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2026-05-10

地方進学校から東大に行った私が、大学一年生に祈ること

地方進学校から東大に行った人間予後が悪い。

もちろん全員ではない。

ただ、少なくとも私はそうだった。

私にとって不幸だったのは、東大に入ったことではない。

自分天井を知るのが十八歳まで遅れたことだった。

十五歳で負けていれば、私はたぶん助かった。

十八歳まで勝ってしまたから、負け方を知らないまま大人になった。

私はどこで間違えたのだろう。

若い頃の私は、自分が間違えることより、他人に合わせて間違えることを恐れていた。その恐れはたしかに私を東大まで連れていった。けれど同じ恐れが、私を社会から少しずつ遠ざけた。

私は今、四十七歳になる。

はいない。子供もいない。

三度目の転職をして、今の会社に来てから二年が経つ。

前の会社は、私から見れば理不尽理由で私を遠ざけ、最後には私の居場所を消した。前の前の会社も、その前の会社も似たようなものだった。

私は毎回、自分は正しかったと思っている。

今でも半分くらいはそう思っている。

ただ、半分はもう思っていない。

これから書くのは、その「半分」の話だ。

この文章を君に向けて書こうと思った理由を先に言っておく。

先日、ある雑誌に頼まれ大学新入生向けの短いエッセイを書くことになった。

東大卒の社会人として、若者メッセージを」というやつだ。

私は引き受けた。

引き受けながら、ふざけるなと思っていた。

社会人として何かを成し遂げたわけでもない私に、なぜそんな依頼が来るのか。たぶん編集者は、私の経歴の一行目しか見ていなかったのだろう。

地方公立高校から現役で東京大学法学部

就職先も誰でも知っている会社だった。

一行目だけは綺麗だ。

二行目以降は読まないほうがいい。

私は二日間、机の前に座った。

何も書けなかった。

自己啓発言葉が一文字も出てこなかった。

「夢を持て」とも「努力は裏切らない」とも書けなかった。

書けば嘘になる。

私は夢を持っていなかった。

努力は私を裏切らなかったが、努力以外のすべてが私を裏切った。

あるいは、努力以外のすべてが私のほうから去っていった。

三日目に編集者電話して、原稿を断った。

その代わりに、誰にも頼まれていないこの文章を書き始めた。

これは雑誌には載らない。

たぶん誰にも届かない。

けれど、もし、たまたま、これから大学に入る誰かが読んでくれるなら、一つだけ伝えたいことがある。

素直になれ。

それから性格をよくしろ

書きながら自分でも笑ってしまう。

よりにもよって私が言うことか。

私はずっと素直ではなかった。

性格も悪かった。

からこれは説教ではない。

懺悔だ。

懺悔は聞かなくてもいい。

ただ、もし君が今、自分の周りを少し愚かに感じているなら、その先に何が待っているかを、私という見本を通して少しだけ覗いてみてほしい。

第一部 正解者だった頃

私が育ったのは北関東県庁所在地だ。

地名は伏せておく。

人口三十万人ほどの、何の特徴もない地方都市だった。

父は地方銀行に勤め、母は小学校給食室でパートをしていた。

妹が一人いた。

家は古かったが、貧しくはなかった。

私の最初記憶は、小学校二年生の算数時間だ。

先生が黒板に問題を書いて、「わかった人?」と聞いた。

私はわかっていた。

手を挙げた。

当てられて答えを言った。

正解だった。

先生が褒めてくれた。

隣の席の女の子が「すごいね」と言った。

私は嬉しかった。

たぶんその瞬間が、私の人生最初ピークだった。

書きながら本当にそう思う。

あの瞬間以上の幸福は、その後の私の人生にもう一度も訪れなかった。

小学校から中学校にかけて、私は常に学年で一番だった。

二番のときもあったが、すぐに一番に戻った。

地方の小中学校で一番というのは、ほとんど何も意味しない。

後になって考えれば、競争相手絶対数が少ないだけのことだ。

けれど当時の私は、自分特別だと信じていた。

周りもそう扱った。

先生も、親戚も、近所のおばさんも。

「あの子東大に行く子だから

中学校とき、母が近所の人にそう言われているのを二回か三回聞いたことがある。

母は嬉しそうに笑っていた。

否定はしなかった。

私は、否定しなかった母を嫌いにはなれなかった。

中学まではまだ良かった。

授業はつまらなかったが、それは皆そうだった。

活動もそれなりに楽しんでいた。

私はクラスで浮いていなかった。

しろ勉強ができる優等生としてちょうど良い位置にいた。

スポーツ普通にできた。

背は普通だった。

顔は、まあ、普通だった。

すべてが普通で、勉強けが少し抜けていた。

それは十三歳の少年にとって、ほとんど理想的な配分だった。

歪み始めたのは高校に入ってからだった。

私が入ったのは、県内で一番偏差値が高いとされる公立高校だった。

OB地元選出の国会議員県知事がいる、というのが地元の自慢だった。

今思えば、それも大した自慢ではない。

けれど当時は、その校門をくぐることに確かな誇りを持っていた。

入ってみると、勉強はやはり私が一番だった。

最初中間試験で学年三位を取ったとき、私は少し焦った。

自分が一番ではないことが、十五歳の私には許せなかった。

期末試験までの一ヶ月、私は本気で勉強した。

期末試験で一番を取った。

それから卒業まで、私は一度も学年一位の座を譲らなかった。

問題勉強以外で起こった。

高校一年の秋、文化祭があった。

私のクラスお化け屋敷をやることに決まった。

決まる過程で、私は反対した。

お化け屋敷過去三年間、毎年どこかのクラスがやっていた。

もう新鮮味がない。

それに暗幕の手配や教室の改造に時間がかかりすぎる。

準備期間は二週間しかない。

私は別の案を提案した。

模擬店で何か食べ物を出すほうが客の回転が早く、利益も出やすい。

これは数字で示した。

前年度の各クラスの売上データを、わざわざ生徒会から借りてきていた。

私の提案却下された。

却下した中心は、クラスで人気のあった明るくてうるさい男子だった。

彼は私の数字を見もせずに言った。

「いや、お化け屋敷のほうが楽しいだろ、絶対

クラスの三分の二が彼に同意した。

私は食い下がった。

「楽しさを論じているんじゃない。準備期間と利益の話をしているんだ」

教室が少し静かになった。

誰かが小さく「うわ」と言った。

私はその「うわ」の意味が今ならわかる。

当時はわからなかった。

担任が温和な顔で言った。

「みんなで決めたんだから、それでいこう」

私は黙った。

黙ったが、心の中では「これは間違いだ」と思っていた。

そして二週間後、その思いは正しかたことが証明された。

私のクラスお化け屋敷は、案の定、準備が間に合わなかった。

当日の朝になっても暗幕が一部つけられず、外から中が見える状態のまま開店した。

客は数えるほどしか来なかった。

模擬店をやった隣のクラスには長蛇の列ができていた。

打ち上げの席で、誰も私に「お前の言う通りだったな」とは言わなかった。

その代わり、最初に反対した男子が笑いながら言った。

「いやー、失敗したわ。けど、楽しかたからいいよな」

クラスの全員が笑った。

私は笑えなかった。

笑えない、というのは笑顔筋肉が動かないという意味ではない。

心が笑い方を覚えていない、という意味だ。

彼らは間違えたあと、間違えたまま、楽しそうに次へ進んでいた。

私は一人だけ間違えていなかった。

間違えていないのに、その輪の中にいなかった。

その夜、私は自分の部屋で長い時間考えた。

そして結論を出した。

人に合わせると間違える。

多数派は正しさを選ばない。

から自分で考えたほうがいい。

この結論は、十六歳の私にとってほとんど真理として体に入った。

そして最悪のことに、それは半分は事実だった。

これが後で書くことのすべての始まりだ。

似たような出来事はその後何度もあった。

一つだけ、もう一つ書いておく。

高校二年の春、私は生物の授業で課題研究の班に入れられた。

班員は四人。

テーマは「学校近くの川の水質調査」だった。

私はすぐに気づいた。

このテーマでは、論文として何の新しさもない。

前の学年の先輩が、ほぼ同じテーマで発表していたからだ。

私は班員にそれを伝えた。

「だから、別の角度で攻めたほうがいい。例えば、水質と水生昆虫の種数の相関を上流と下流比較するとか、もう少しオリジナリティのある切り口がいる」

班員の三人は、ぼんやりと私を見ていた。

一人の女子が言った。

「うーん、でも、先生がこのテーマでいいって言ってたじゃん」

先生は最低ラインの話をしているだけだ。発表会で評価されるためには、もう一段必要なんだ」

別に評価されるためにやってるわけじゃないし……」

そこで私は致命的なことを言った。

今でも覚えている。

評価されないものを、なぜやる必要があるんだ?」

教室空気がすっと冷えた。

そのとき私は、自分が何かまずいことを言ったことには気づいていた。

けれど何がまずいのか、正確にはわからなかった。

今ならわかる。

彼女たちは別に手を抜きたかったわけではない。

ただ、四人で何かを一緒にやる時間のものを、彼女たちなりに大切にしようとしていた。

私はそれを「評価されない無駄」と切って捨てた。

私たち研究は、ありきたりな水質調査になった。

発表会の評価は、可もなく不可もなくだった。

私はその後、班の打ち合わせにあまり出なくなった。

彼女たちも私を呼ばなくなった。

私たち最後まで、お互いの名前フルネームで言えるような関係にはならなかった。

その夏、私は塾の自習室にこもって一人で勉強するようになった。

そのほうが効率が良かった。

私の偏差値は上がった。

この時期に、もう一つ私の中で固まったことがある。

「言い方」という言葉が嫌いになった。

正しいことを言うと、決まって誰かが「言い方がきつい」「言い方を考えろ」と言った。

私には、それが奇妙な反論に見えた。

内容が正しければ、それでいいではないか

なぜ正しい内容を、わざわざ柔らかく包まなければならないのか。

それは内容より装飾のほうが大事だと言っているに等しい。

知性に対する侮辱ではないのか。

私はそう考えた。

そして、ますます内容で押し切ろうとした。

内容が正しければ、いずれ理解される。

理解されないのは、相手の知性が足りないからだ。

「言い方」を気にする人間は、内容で勝負できない人間だ。

これは私の中で信仰になった。

この信仰は、その後の三十年間、私を支配し、私を破壊した。

ここで君に一つだけ言わせてほしい。

「言い方」は装飾ではない。

内容を相手に届けるための、内容の一部だ。

届かない正論は、正論ではない。

ただの独り言だ。

私は四十歳を過ぎてから、ようやくそのことに気づいた。

三十年遅かった。

君はこれを、十八歳のうちに知ってほしい。

東京大学合格発表は、その時代はまだ本郷キャンパス掲示板に紙が貼り出された。

私は二月の終わりに東京へ出て、安いビジネスホテルに泊まり、当日、本郷に向かった。

三月十日だった。

寒い日だった。

自分の番号を見つけたとき、思っていたほど嬉しくなかった。

これは嘘ではない。

本当のことだ。

「やった」とは思った。

「これで人生最初の関門は越えた」とも思った。

けれど、それだけだった。

なぜなら私は、合格することを最初から知っていたからだ。

模試の判定はずっとAだった。

直前の本番形式の演習でも、合格者平均より上を取り続けていた。

落ちる理由がなかった。

から合格は、驚きではなく確認だった。

掲示板の前では、合格した人たちが抱き合ったり、泣いたり、家族電話したりしていた。

私は誰にも電話しなかった。

電話する相手がいなかった、というのとは少し違う。

電話する相手はいた。

父にも母にも、塾の先生にも電話できた。

けれど誰の声を聞きたいとも思わなかった。

私は一人で本郷の門を出て、近くの蕎麦屋に入り、かけそばを食べた。

蕎麦はぬるかった。

それでも最後まで食べた。

蕎麦屋を出てから赤門のあたりをもう一度歩いた。

三月の風が冷たかった。

そのとき一つだけ、ふと思ったことがある。

この四年間、誰と過ごすんだろう。

不思議感覚だった。

喜びではなく、空白に近い感情だった。

私はこれから、知らない街で知らない四年間を過ごす。

誰も知らない

誰も私を「すごい」と言わない。

私の隣の席に座る人間は、たぶん私と同じくらい問題を解ける。

少しだけ怖かった。

けれど私は、その怖さをその日のうちに押し込めた。

「いや、俺はやってきた。一人でやってきた。これからも一人でやればいい」

そう自分に言い聞かせた。

これは合格した日に、十八歳の私が自分自身に与えた呪いだった。

その呪いに私は気づかなかった。

二十年以上、気づかなかった。

続き→https://anond.hatelabo.jp/20260510234017

2026-05-08

ネット世界の知能はこんなもん

①「増田の姉はまるでカマキリのような女だ。旦那を食い物にしてしまう。」

②「増田のねーちゃんってカマキリなんだってさ」

③「増田って昆虫らしいね

2026-05-03

anond:20260503231658

虫やあちこち動物まで食材にするからだよ

日本では犬や昆虫イナゴ以外)を食ったりしないだろ?(少し前にコオロギを食べさせようという動きはあったが)

2026-04-30

anond:20260430163906

個人として原因ならば、幼少期の教え。

「虫を食べてはいけません」と言われたことがあるかどうか。

子供のころの刷り込みは思いのほか影響が強い。

 

で、なぜそういう経験存在するのか、社会全体に射程を変えて言い換えるならば、文化だ。

その文化存在する社会に生きているからだ。

文化があるから、同じ傾向を持った個人が多数生まれる。

 

最後に、なぜそういう文化社会存在するのか? の話をしだすと

ヒトの生物としての特徴、あるいは気候の話をすることになる。

毒虫が多く存在するから、虫嫌いになる・・・ことが多いと思われる。ヘビやクモの恐怖症が世界にあまねく広く存在するのと同じ理由だね。まあ、遺伝子で全部決まるわけじゃあないが、大きな傾向が存在する理由はできるな。

 

番外的に、「昆虫を食べてもいい、などという合理的思考は弱い」みたいな話をしてもいいかもね。

合理的であることが選ぶ理由にならないっていうか。

甲殻類貝類は美味しく食べるのに昆虫を食うのに忌避感がある理由

ってなんだと思う?

足の多さは甲殻類のほうが多いし見た目だけなら昆虫と大差ないよね?

ナマコみたいな軟体動物もどう見ても気持ち悪いのに食うよね

水中にいると気持ち悪さが軽減されるみたいな要素がある感じ?

陸生か水生かの違いってなると羽があるかどうか?

何となくなんだけど何がクリティカル理由なんだろう

anond:20260430113809

昆虫よりもっと小さい細菌だって嫌気性以外は呼吸してるやで…😟

2026-04-23

生きたままイノシシ丸焼きした有吉の話の続き

家の中で僕の踵を噛んじゃったマムシをそのまま踏んづけてしまって逃げられちゃったんだけど、朝にはふすまに挟まってて動けなくなってたんですよね。

関係ないけど、昔俺に殴りかかって来たやくざ朝倉市じゃなくて糸島市人間だと言ってた希ガス。どうでもいい情報だった。

その動けない蛇を逃がすなゴミに出せと母親から言われたんだけど、生きたままはゴミ屋さん回収してくれないんで殺さないといけない。


どうせ殺すんなら食べてしまった方がいいと思って、その動けない蛇の前にコンロ持って来てフライパン熱してベーコン焼いて食ったんだよね。

「お前も食べちゃうよ。」って

フライパンが冷たくなるのを待ってから蛇を引っ張り出してフライパンの上で魔法陣ぐるぐる巻きにして針金で動けなくして庭につるしてアルミホイルの傘かけて遠火の熾火で1時間かけて燻製にした。

通りすがりの近所の子が「いいにおい。ちょうだい。」って言うけど、焼けてなかったら腹壊すと思って確認してみたらこんがり焼きあがってたからあげた。

で、あとでおばさんが「塩味がしたけどなにかつけた?」って聞かれたから、ベーコン焼いたフライパンでぐるぐる巻きにしたからかなって伝えた。

そしたら「生きたまま焼いたのかっ!」ってどなりつけられた。「そうですよ。」って答えた。

怒るようなことだろうか。

ちなみに、僕はふすまを閉めて出られなくしただけだったんだけど、朝隙間からこっちに来ようとして顔を出してた時に母親ふすまを開けたので挟まれて動けなくなってたんだよね。まあ、首を出した時点ですでに動けなかった可能性もあるが、タイミング悪かったよね。かわいそうに。

俺は逃がしてやるつもりでいたんだけどね。(ほんトカナ)

そう言えば、うちにしょっちゅうイノシシが来てたんだよね。

庭で丸焼きにして食う手もあったな。

一頭丸ごととか食べきれないけど、丸焼きの味ってどんなかなって。

生きたままイノシシ丸焼きとか出来るのかな。


結論から言うと、イノシシを生きたまま(生存した状態で)丸焼きにすることは、技術的にも倫理的にも、そして法的にも不可能です。

法律勉強しないとイノシシ丸焼きもできないとか、学歴至上主義にもほどがあるだろう。


昆虫丸焼きだったし、魚も丸焼きにして食ってたんだけどな。

わずかな火で短時間で魚を焼くから内臓には火が通らないんですよ。僕のやり方だと。

だけど、あえてそうしてるんですよね。

なぜかというと、川の魚には寄生虫いるからね。

その寄生虫がつめたい内臓に逃げ込めるように加熱しないんですよね。

食べるときキレイにあばら骨と内臓を残して食べるんです。だから寄生虫にやられないんです。


他にも思い出してたんだよね。

有吉の話の続き。

父親がいろいろ聞いてくるから教室に戻って話すんだけど、有吉が黒板に刺さった椅子の話をしないんですよ。

俺が殴り倒される前の話には口をつぐむんです。

からなんで殴り倒されたのかは、黒板に刺さった椅子が俺の仕業だと推測するしかないんですが、俺が理由もなくガラスを割ったりしないように、理由なく黒板に椅子を突き刺すこともないんです。

誰もやってないなら神の仕業ってことになるんだけど、俺が神様から結局俺の仕業ってことになるんですよね。

埒が明かないんで有吉の机をひっくり返してまさぐってみたらX線レーザーガンが出て来たんです。おもちゃしか見えなかったけど。

父親が「やめろ」って言うんです。父親はそれが何か知っているんですね。

俺は有吉の頭に向けて引き金を引いたけど、何も起こらなかったんです。

しばらくして(30秒後に)有吉が倒れたんだけど、銃の引き金を引いたこととの因果関係不明です。

父親有吉を抱えてどっかに行くんですよね。ホテルかな?ハッテンバかな?


女子を連れて父親が立ち去ったか確認しに行って戻って来て僕は「僕がこれからやることをすますまでお前たちはここを動くな。声を出すな。父親がいたらできないから見届けてきた。」と静かに警告した。

それから僕は全時代全女性をレイプもとい全学年の全教室を巡回してハルヒの前の席の奴じゃなくて教室の真ん中の席の奴に「お前X線レーザーガン持ってるだろ。出せ。」って声をかけて椅子であご下から脳天を突き刺して殺して机の中をまさぐってX線レーザーガンを取り出して集めて回った。

それからまた全教室回って外見ろと言ったけど誰も言う事聞かないので窓際の女子肩たたきして「お前出ろ。俺がすることを最後まで見てろ」って声かけて回った。

それから外の焼却炉の近くて銃を取り出してボンベを出してとがったハンマーで叩いてガス抜きしまくった。

ガスが混じらないように同じ種類のだけ一通りやってからもう片方のボンベも破壊したんだけど、あとで「なんか暇そう」じゃなくて「空が光ってた」って言われた。

空で反応してX線レーザーが出まくってたらしい。俺は銃を叩き割るので忙しくて見てなかったが。


自分と同じX線レーザーガン持ちが一人残らず虐殺されてX線レーザーガン持ってることまでみんなにバレてたらそらビビってもしょうがない。

あいつはチキンじゃない。俺がキチガイなだけだった。

結局その後犬鳴峠でガソリンかけられて燃やされるけど、警察も近所のお店の人も知らんぷりだったんだよね。


X線レーザーガン様に逆らう奴はイスラム式の火に焼かれて死ぬのだ

っていう公開処刑があのニュース

あと、例の記者会見で有名な野々村議員が転校してきて俺を始末したんだよね。

まり、野々村はX線レーザーガンに逆らう奴を始末するエプスタインがらみのエージェントってことだよ。

2026-04-22

昔「世界の謎」が年々明らかになっていく時期あったよな

小学4年ごろ。

長年の未解決問題であった「サンタクロースの正体問題」を解決した私が次に取り組んだのは、「人間生殖問題」だった。

小学館の図鑑の熟読者だった私は、文献調査によって、動物生殖には基本的にはオスとメス(精子卵子)が必要なことを突き止めていた。

魚や昆虫交尾についての情報も把握していた。(それらに比べると哺乳類情報は少なかった)

しか人間生殖の具体的な方法不明だったのである

父親母親存在からして、おそらく自分父親母親生殖の結果生まれてきたと考えられるが、実際に父親母親生殖しているところを見たことはない。

いや、実際には軽いキスは見たことがある。

物理的に精子卵子輸送必要なのだから身体物理的な接触はあるはずである。「コケ生殖は雨が降って濡れている時にしかできない」という情報を得ていた私は、人間場合においても粘膜接触必須ではないかと考えていて、その最有力候補キスだと思っていた。

だがある日、自分股間をまじまじと見ていたところうっすらと毛が生えてきていることに気づき、点と点が線で繋がった。

1つめ、ポケモンの育て屋が「『いつのまにか』タマゴを持っていた」と言っていたこから、おそらく生殖行為については意図的描写が省かれていることを推理した。

2つめ、野原ひろしと野原しんのすけは歳が離れているのにも関わらず、両者ともナンパ対象若い女であることから生殖には適齢があると考えられた(ネネちゃん対象ではないのはそのため)。

適齢かどうかの境を分けるのは、ある程度成長して隠毛が生えているかどうかがサインになっていると思われた。

3つめ、決定的なのが、男性器の名前毎日連呼するのに女性器については名前すら知らないことだった。

人間の体の特徴的な部位に名前がついていないというのは考えづらく、意図的に「世界から秘匿されていると予測された。

上記の3点により、人間生殖方法は何らかの理由で秘匿されているが、成長すると適齢期を迎え、それ以後男性器と女性器の粘膜接触により妊娠するという仮説を導き出すと、「世界」のいろいろな現象説明がついたのだ。

かくしてこの世界の「人間生殖問題」は解決されたのである

〜〜〜〜

なお余談となるが、同時期に「街中の看板日本語の下に併記されているアルファベットローマ字という言語体系であることが判明し解読された」というトピックスもあり、世界の真理の解明が著しい時期であった。

2026-04-15

もうXの裏っ側でAIが常時走ってて、真偽が疑わしければ自動コミュニティノート貼るようにしたらいいんじゃない

 俺は自認がリベラルであり、SNSでもそっち側に好ましいような情報が多く流れてくる。

 流れてくる内容に対して基本的には同意することが多いが、逆に「これは問題だなあ」と考えてしま場合もあり、こうしたケースが最近も二つあった。で、表題のようなことを思ったんである

1. 2026年3月1日 アメリカによるイラン攻撃の際の小泉防衛大臣の答弁について、「日本政府が対イラン攻撃を支持した」と誤解、もしくは故意曲解し、拡散に加担する

 ① 答弁中、防衛大臣が「官房長官からコメントのあったとおり、イランによる核開発は許されない」という旨の発言をする

 ② 記者から「つまりアメリカによる攻撃容認するのか」と質問される

 ③ 「官房長官外務大臣からも話があったとおり、はい政府全体としてはそういう立場」と回答

 ③で「はい」と答えた…ということは、つまるところ支持? という印象は、確かにこの時点では否めない。

 しかし、「官房長官外務大臣からも話があったとおり」という点もふまえて、この両名の答も確認してみる。すると、どちらも「イランの核開発は許されない」というコメントにとどまっており、アメリカ攻撃を支持する、という発言はしていない(もしくは巧みに避けている)ことがわかる。

 そうすると、小泉防衛大臣の答弁③の正確な理解は、 「官房長官外務大臣からも(イランによる核開発は許されないという)話があったとおり、はい政府全体としては(イランによる核開発は許されないという)そういう立場」以上のものではないことがわかる。

 「はい」については、自分発言の末尾についてしまったものだろう。質問に対する肯定とは解せない。なぜなら、仮に、ここに「アメリカ攻撃を支持」というニュアンスを含ませようとすると、三名の発言整合性が取れなくなるからである ※ 「小泉防衛大臣は、官房長官外務大臣アメリカの対イラン攻撃を支持したと誤解して回答していた」みたいなトンチキな想定をするなら別である

 ことわっておくと、俺は防衛大臣も含めて現政権のことをあまり評価していない。外交として灰色に答弁せざるを得ないことはわかるが、はっきりとアメリカに与しないことを表明してほしかった思いはある。

 また、「灰色に回答せざるを得ない内容」のさばき方としては、防衛大臣も隙が大きかったな、とも思う。

 おそらく、この場合タスクは、yesともnoとも答えられない質問をかわしつつ、yesかnoの意味で受け取られる余地は完全につぶしておくことだったと思う。だって言葉尻を捕らえて「そうか、yesなんだ!」と主張されたら、「いや、noですよ」とは反論できない内容だからだ。そもそもyesかnoかを答えたくないわけだから

 それでも、俺が気に入らないのは、防衛大臣発言だけではなく、そこで言及根拠にされている別の要職コメントにもちゃんとあたれば、「政府が対イラン攻撃を支持!」とは解せないはずだからだ。これは日本語問題であり、それが仮に、自分の気に入らない相手発言であろうと(あるいはだからこそ)他人言葉をないがしろにしないというリテラシー問題である

2. 2026年4月13日 XのTLにて、バン副大統領らがワシントンレストラン食事をしようとしたところ、店内にいたパレスチナ支援者からの抗議に「屈して」「レストランを追い出される」という誤報を流し、拡散に加担する

 30秒ほどの動画が添えられており、内容としてはバン副大統領(とトランプらしき人物も映っている)たちがどこかの店内で批判に遭遇している、というものキャプションによれば、バンスたちは抗議に屈して店を去ったとされている。

 その後、Xのニュースフィード部分にて、「副大統領大統領も実際は追い出されてなくて、店から出たのは抗議者の方だよ」という記事掲載されたが、リベラルパレスチナ支援者を中心にすでに拡散されてしまっており、発信元と思われるアカウントもまだポストを削除していない。ちなみにネットを調べてみると、確かにこのときの抗議をめぐる報道が出てきて、抗議者たちの方が店内から連れ去られた、という内容になっている。

 小泉防衛大臣発言に関する解釈リテラシーが云々言っておいて恥ずかしいが、実は俺もこれをRPしかけた。

 しなかった理由は、「いや、バンスとトランプいくら人道に反していても、もしくは国際法違反していても、いま収監されてるわけでもないのに、好きなところでメシを食う自由侵犯されてもいいのか?」と思ったからだ。

 これをRPするのは、パレスチナの話とはまた別に、悪いやつには好きところでメシを食う権利はねえというメッセージだな、と思った。だからRPをいったん止めた。そしたら結論が出る前に考えるのが面倒くさくなり、RPもしないままになった。その面倒くささがデマ拡散に加わることから回避するのにつながったのだ。

 動画をはじめとする煽情的情報について、俺は自分で3つのフィルターをかけてからコメントRPするかを考える。

 ・AI生成の可能性があるか(例:高市総理ダブルピース

 ・編集や(故意の)曲解がなされていないか(例:上記小泉防衛大臣の答弁)

 ・動画画像としては本物だとして、キャプションが実際の時・場所・状況と一致するか(例:上記バンスやトランプの一件)

 

 もっとフィルターの多い人もいるかもしれないが、だいたいこんなものだろう。

 で、結論として、こんなことをいちいちチェックしている余裕はない、という考えに至った。俺は特段多忙ではない。暇と言っていい。それでも無理である。付き合いきれない。

 なので、基本的そもそも政治がらみのRPをしない。しないが、目に入ってくる個々の内容は深刻で、ついいっちょかみして何か言いたくはなる。

 言いたくなるが、時間はないのである。「大統領が~」「首相が~」「何かの本によると~」…どれも深刻だ。でも付き合ってられない。付き合ってられないが、じりじりはする。

 だもんで、表題の話に帰ってくる。

 もうXの裏っ側でAIが常時走ってて、真偽が疑わしければ自動コミュニティノート貼るようにしたらいいんじゃないか。もういいよ、俺はそれで。

 俄然、ハレルヤビッグブラザー、もしくはウイグル感出てくるが、もういいよ、別に。こういうことを書いてると、お前はもしかして中国ロシア擁護なのかと言われるが、ちゃんと? 嫌いである。自分の暮らす、もしくは属する西欧的な価値観民主主義国家で、言葉コミュニケーションが雑にされるのがもっと嫌いなだけである

 もう今のコミュニティノートみたいな、有識者ユーザー自治に任せるみたいなヌルいことやってないで、AIが常時スタンバってて、ぱっと走ってきて、ぱっとなんか貼ってくれ。「AI生成だぞ、元の動画から編集されてるぞ、キャプションと実際の日時がズレてるぞ」ってな具合で。

 もし、常時走らせるのがコストが大きすぎて省エネするなら、可能性があるときシグナルが点灯するのでもいい。アテンションエコノミーを重視するプラットフォームなら、インプレッションの上昇や関わってるインフルエンサーの規模で、そのポストがバズりそうかどうか数値化・予測できるだろう。できないか

 身もふたもないことを言えば、プラットフォームからすればバズりさえすれば真偽なんかどうでもいいのかもしれない。でも、コミュニティノートものが導入されたり、バンスの例の記事みたいなものがポップされたり、一応その辺の善悪はあるんだろうし。

 だから、もういいよ。正直、俺にはもう目の前のポストの真偽はわからない。俺の周りのやつにもたぶん無理なんだろう。少なくとも俺は、費やせる時間判断力も心もとない。歳をとって老人になったらなおさら判断はおぼつかなくなるだろう。

 早くハレルヤでもスカイネットでも導入して、せめて「そこそこ正しいと思われる=本気で激怒するべき」情報だけにしてくれ。俺のTLを静かにしてくれ。基本的昆虫と蟹と海外文学のことしか流れてこない平穏なTLだったんだ。割と最近までは。

2026-04-13

anond:20260412141232

宮崎駿が選ぶ岩波少年文庫の50冊〉

01.サン=テグジュペリ星の王子さま

02.サッカレイバラとゆびわ

03.ジャンニ・ロダーリ『チポリーノの冒険

04.E・ファージョン『ムギと王さま』

05.アレクサンドル・デュマ三銃士

06.バーネット秘密の花園

07.G・シャルク『ニーベルンゲンの宝』

08.コナン・ドイルシャーロック・ホウムズの冒険

09.ルイス・キャロルふしぎの国のアリス

10マリー・ハムズン『小さい牛追い』

11.エルショーフ『せむしの小馬』

12ファーブルファーブル昆虫記』

13.水上勉日本霊異記

14.レフ・トルストイイワンのばか』

15.ローズマリ・サトクリフ『第九軍団のワシ』

16.A・A・ミルン『クマのプーさん

17ローラ・インガルス・ワイルダー『長い冬』

18.ボードウイ『風の王子たち』

19.ジョーン・ロビンソン思い出のマーニー

20.ケネス・グレーアム『たのしい川べ』

21.H・ルイス『とぶ船』

22.K・M・ペイトンフランバーズ屋敷の人びと1 愛の旅だち』

23フィリパ・ピアス『真夜中のパーティー

24マーク・トウェイントム・ソーヤーの冒険

25.宮沢賢治注文の多い料理店 イーハトーヴ童話集』

26.ジュール・ヴェルヌ海底二万里

27.ノートン床下の小人たち

28ヨハンナ・シュピリハイジ

29.K・チャペック『長い長いお医者さんの話』

30.アーサー・ランサムツバメ号とアマゾン号

31エーリヒ・ケストナー飛ぶ教室

32.デフォーロビンソン・クルーソー』

33スティーブンスン『宝島

34.モーリス・ドリュオンみどりのゆび』

35.金素雲ネギをうえた人』

36.蒲松齢聊斎志異

37.ヒュー・ロフティングドリトル先生航海記

38.サムイル・マルシャーク『森は生きている

39.バーネット小公子

40.呉承恩西遊記

41.E・L・カニグズバーグクローディア秘密

42.アストリッド・リンドグレーン『やかましの子どもたち』

43.J・R・R・トールキンホビットの冒険

44.アーシュラ・K・ル=グウィン影との戦い ゲド戦記1』

45.エリザベス・グージ『まぼろし白馬

46.カレル・ポラーチェク『ぼくらはわんぱく5人組』

47.ジャッドソン『ジェーンアダムスの生涯』

48.エリナー・ドーリイ『キュリー夫人

49.セシル・デイ=ルイスオタバリの少年探偵たち』

50.M・M・ドッジ『ハンス・ブリンカー

2026-04-10

死にたい人は別にinじゃねーの?

ウイイイイッス! まあ人間に適性無い人も居るだろ。次は昆虫とかで良いんじゃない?来世に期待。

2026-04-04

anond:20260404000944

はてなーに賢い設定とかあったの?

特にブクマカなんかは、100字も読み切れない低能先生以下のゴミクズってイメージ

見出しで反射してすぐブクマホッテントリに入れてトンチンカンコメント昆虫たち

2026-04-01

恋愛描写は古いと主張する人たちの特徴

1. 特定ファン層(腐女子百合好き・夢女子など)

最も顕著な特徴として、自身の好むカップリング非公式男女カプや同性愛)を正当化するために「異性愛は古い」という論法を用いる層が挙げられています

ダブルスタンダード: 「男女の恋愛は古い」と叩く一方で、タイBLボーイズラブ)などの同性愛コンテンツを「新しくて正しい」と賛美する傾向があります

公式への反発: 自分推している非公式カップリングキャラクター像が、公式恋愛描写によって否定通称:爆破)された際、その恨みを「時代遅れ描写だ」という批判転嫁することがあります

異性愛アンチ: 異性愛を「ヘテロ」と呼び、それを規範とすることを「古い」と攻撃しますが、主張している本人自身異性愛であることも少なくありません。

2. 政治的正しさや「新しさ」を盾にする層

自分感情的好き嫌いを、社会的正義進歩的価値観すり替えて主張する人々です。

主語の拡大: 「自分は嫌いだ」という個人の感想にとどめず、「今の時代には合わない」「間違っている」と主語を大きくして語る特徴があります

多様性の誤解: 「同性愛尊重されるべき」という考えを飛び越え、「多数派である異性愛排除することが新しい」と思い込んでいるケースが見受けられます

啓蒙意識: 自分の好きなものは「政治的に正しい」、嫌いなものは「古くて正しくない」と判定し、作者や作品を「アップデートしろ」と批判します。

3. 友情・バディ関係の「純粋性」を重んじる層

恋愛感情が介入することで、キャラクター間の関係性が「下等になる」「損なわれる」と考える人々です。

友情上位主義: 友情は性欲に左右されない尊いものであり、恋愛になることは「ランクが下がる」ことだと捉える思想を持っています

変化への拒絶: 友達から恋人になることを「昆虫変態」のように劇的な変化(あるいは不純物の混入)と感じ、元の「心地よい関係」が二度と戻らないことを嫌います

ジャンルへのこだわり: お仕事ものや戦記ものにおいて、本筋とは無関係恋愛要素が入ることを「ノイズ」や「ジャンル詐欺」として嫌悪します。

4. テンプレ描写や「ノルマ」への嫌気

作品クオリティに対する不満が「古い」という言葉に集約されているケースもあります

安易恋愛要素への批判: メディアミックスの際、とりあえず恋愛要素を足しておけば受けるだろうという制作側の「透けて見える思惑」や、バブル期トレンディドラマのような古臭い演出うんざりしています

キャラクターの変節: 恋愛が始まった途端に有能だったキャラポンコツ化したり、物語の軸がブレたりすることにストレスを感じます

5. 心理的抵抗感を持つ層

恋愛のものに対して、個人的理由から強い忌避感や恐怖を抱いている人々です。

自己投影の裏返し: 努力して相手に振り向いてもらう描写を「頑張っていない自分を責められている」と感じ、自己防衛のためにその描写否定することがあります

不安定さの回避: 恋愛に伴う感情不安定さを恐れ、最初から契約結婚」などの形が決まった関係性を好む傾向があります

スマホの箱だけ売るとか中身を詰め替え用シャンプーすり替えて返品するとか

そういうのにシコシコ人生費やしている人がこの世界存在することを信じたくない

昆虫未満の知性しか感じられない

2026-03-29

高市サンのおかげでバブル女で残ってるのはつくづくダメだなと改めて実感

仕事できないんだよ態度と根拠のない勘違いと自信だけ大きくて

根本昆虫みたいな情のない女いっぱいいる

2026-03-26

anond:20260326184805

昆虫なんかと同じように性交のあとは即死して母親栄養として食われる一生の方がいいかもね

はてなゴミクズたちに何を期待してるんですか??

anond:20260325145841

連中の行動原則徹頭徹尾、「おきもち」やぞ?

昆虫ぞ?

低能センセイの群れぞ?

直近でもあっただろ?

中共邦人小学生襲撃してぶっ殺した中共キモくてカネのないおっさん犯行

中共反日教育の影響」

と騒いでたはてなゴミクズが、

陸自の三尉が刃物持って中国大使館侵入して捕まった犯行

教育の成果」などと受け止めず「個人犯行」に矮小化しようと必死なのに

一貫した態度、筋の通ったロジック要求するのはどうかしている。

少しは自分たち単細胞の反射でしか動けてない昆虫だと自覚しとけ。

自由意志できちんと動いてると錯覚してるぶん、昆虫以下かもしれんがね。さっさと死ねばいいのに

2026-03-25

チェンソーマン2部を一気に読み直したけど悪くなかった

ここ最近の展開には不満タラタラだったけど

改めて2部を最初から一気に読んでみたらこの終わり方に納得できた

しーちゃんが出てきたあたりからクライマックスに入っていて

アサとの対決、過去の開示みたいに綺麗に収まっていって

ラストは死の概念が無くなったことによる昆虫微生物などの台頭と人類崩壊

そこからポチタとの別れ、最後にパワーとの約束を果たすっていう世界リセットもそんなに悪くない展開かと

まぁこの展開をノストラダムス予言しててくれるともっと良かったかもしれないけど

そんなに悪くなかったし実は打ち切り感もほとんどない展開だから予定されてた連載終了なんじゃないか

「私がビーバーになる時」の構造的な問題

この作品本質は、自らが提示した問いの大きさを、自らの構造が裏切っているという一点に尽きる。そしてその裏切り構造は、単なる脚本上の瑕疵ではなく、この作品が語ろうとしたテーマのものと鏡合わせの関係にある。

第一層:問いの提示

本作の前半は、驚くほど誠実に世界の複雑さを構築している。

どちらも利他的動機から出発している(メイベル動物自然のために、ジェリー市民生活のために)。どちらも自分が正しいと信じており、その確信ゆえに手段を選ばなくなる。メイベル妨害扇動ルール無視へ、ジェリーイカサマ情報操作へ。この二人は対立であると同時に、同じ構造を持つ鏡像である

動物評議会には種ごとの固有の利害、食物連鎖の緊張、歴史的な力関係がある。「池のルール」は「みんなと友達になろう」と「腹ペコなら食べる」を同居させており、この矛盾こそが生態系リアリティとして機能している。

ここまでの設計は、「対立する正義の間でどう折り合いをつけるか」「共存とは何を犠牲にすることか」「自分が正しいと信じる者同士がぶつかったとき、何が起こるか」という、本質的に解決困難な問いを真正から提示している。これらはすべて、ピクサーがかつて最高の形で応答してきた種類の問いであり、宮崎駿高畑勲が生涯をかけて格闘してきた種類の問いでもある。

第二層:裏切り構造

しかし後半、タイタスという「誰が見ても悪い存在」が物語の中心に据えられた瞬間、上記の問いはすべて棚上げされる。

タイタスは中身のないヴィランである権力欲以外の動機を持たず、人間も非昆虫動物もすべて排除して世界を巣にしようとする。古典的ディズニーの「純粋悪」のロールをそのまま踏襲した存在であり、そこには観客が立ち止まって考えるべき複雑さが一切ない。

タイタス共通の敵として立ち上がると、それまで多声的だった世界が単声化する。

物語が前半で丹念に構築した世界の複雑さは、後半でその複雑さごと消費されてしまう。そしてタイタスが退場した後、ジェリーが言う「一緒に考えよう」は、複雑な利害を調整した末の言葉ではなく、共通の敵と戦い終えた安堵の中から出てきた言葉に過ぎない。

その言葉の背後にあるべき重み、すなわち「敵がいない状態で、利害が衝突したまま、それでも隣にいることを選ぶ」という本来の困難さは、タイタス存在によってすでに無化されている。

第三層:裏切りテーマ鏡像関係

ここで最も重要なのはこの脚本上の構造が、作品自身批判しようとしていたものと同型であるという点である

タイタスは劇中で、「人間諸悪の根源だ」と叫び動物たちの多様な利害を単純化し、恐怖と怒りで一本化することで自らの権力を掌握しようとする。これはポピュリズム古典的手法のものであり、作品はこれを明確に否定的に描いている。

しか脚本自体が、タイタスという「諸悪の根源」を設定することで、メイベルジェリー対立動物社会の内部対立も一本化し、カタルシスのある結末に到達している。つまりタイタスが劇中の動物たちに対してやっていることと、脚本が観客に対してやっていることは、構造的に同一なのである

わかりやすい敵を設定して、本当に向き合うべき複雑な問題から目を逸らさせる。

作品はこれをヴィラン手法として描きながら、自らもまたその手法依存して物語を着地させている。この自己矛盾こそが、本作の核心にある裂け目である

第四層:なぜこの裂け目が生じたか

この裂け目は、おそらく本作が抱える二つの志向の間の未解決の緊張から生じている。

予測不能な展開、アナーキーコメディルーニー・テューンズ的な暴走、観客の予想を裏切り続ける快感。これらは物語を加速させ、エンターテインメントとしての爆発力を最大化する。この志向は「全員が一致団結して巨大な敵に立ち向かう」という、わかりやすクライマックス要求する。

このテーマを誠実に追求するなら、共通の敵存在してはならない。本当に試されるのは、敵がいない平時において、利害が異なる者同士がそれでも同じ場所にいることを選べるかどうかであるしかしその場面はカタルシスに欠け、104分のファミリー映画クライマックスとしては機能しにくい。

本作はこの二つの志向のうち、前者を選んだ。エンターテインメントとしての爆発力を選び、テーマの誠実さを犠牲にした。その選択の結果として、ピクサー近年作の中で最もアドレナリンを分泌させる映画誕生し、同時にピクサーがかつて到達していたテーマの深度には届かない映画誕生した。

第五層:それでもなお

しかし、以上すべてを踏まえた上で、最後に言わなければならないことがある。

この作品に対してここまでの批評が成立すること自体が、この作品価値証明である

  • 問いを提示しない作品に対しては、問いへの応答の不誠実さを批判することすらできない。
  • 前半で世界の複雑さを構築しない作品に対しては、後半でそれが平坦化されたことを惜しむこともできない。
  • 鏡合わせのキャラクター設計しない作品に対しては、その鏡合わせが活かされなかったと嘆くこともできない。

本作が「志の低い作品には起こり得ない種類の失敗」を犯しているのは、志が高かったかである。チョン監督世界の複雑さを見る目を確かに持っており、それを物語の前半に刻印する力も持っている。後半でその複雑さを手放したのは、能力の欠如ではなく選択の結果であり、その選択がもたらしたエンターテインメントとしての達成もまた本物である

この作品の核心とは、つまるところ「複雑さを描く力と、複雑さを手放す誘惑の間で、後者に屈した作品ということになる。そしてその屈し方の構造が、作品自身テーマ鏡像関係にあるがゆえに、この映画は観た者に対して、映画自身意図した以上のことを考えさせる。それは作品の欠陥であると同時に、奇妙な形での豊かさでもある。

完璧設計されたテーマの着地を持つ凡庸映画よりも、自らの問いに応答しきれなかった野心的な映画の方が、語るべきことが多い。『私がビーバーになる時』は、まさにそのような作品である

2026-03-24

家賃は急上昇するのか?

ここが最も残酷バグだ。**「家賃は上がるが、サービス品質QoS)は下がる」**という最悪のシナリオだ。

賃貸需要の集中: 家を買えないパワーカップル賃貸に留まるため、都心の優良物件家賃は上がる。

郊外二極化: 埼玉のようなエリアでは、家賃を上げたくても住民の支払能力低賃金)が追いつかない。結果として、**「家賃を据え置く代わりに、修繕を放置する」**という、君が今住んでいるような「昆虫の出る物件」が量産されることになる。

2026-03-12

人も昆虫みたいに何年か一度大発生したらいいのに

2026-03-11

FD人ども。

外の世界からこの宇宙を見下ろして、「エターナルスフィアだ」とか言ってるらしいな。

なるほど、名前は立派だ。だがな、名前を付けた瞬間に理解した気になるのは、昔からある思考ショートカットだ。

分類しただけで支配した気になる。昆虫標本を並べて「自然理解した」と言う幼児みたいなもんだ。

しかも、そのエターナルスフィアとやらを作ったのが、スフィア社?社長ルシファー

笑わせるな。古い宗教言語ルシファーは「光をもたらす者」なんて意味だが、だいたいこういう連中は光じゃなくて派手なスクリーンセーバーを配ってるだけだ。

本物の理解じゃない。派手なインターフェースだ。

FD人は言う。「この宇宙ゲームだ」「エターナルスフィアだ」「我々は外から観測している」。

だがな、少し冷静に構造を見てみろ。もし本当に宇宙が巨大な計算システムだとしても、そこには必ず計算コストがある。

情報は保存され、状態更新され、エネルギーは消費される。物理学者が言うように、情報処理には必ず物理的な基盤が必要になる。

ビット魔法じゃない。どこかのハードウェアで回っている。

まりだ。もしエターナルスフィアが本当に存在するなら、スフィア社のルシファー社長ってやつは、宇宙全体の状態シミュレートする計算資源を維持していることになる。

銀河重力計算、量子状態化学反応生物進化、脳の神経発火。全部だ。

そんなシステム運営しているなら、ルシファーは神でも悪魔でもない。

ただのデータセンター管理者だ。

それも、相当ブラック現場だ。宇宙規模のサーバーを回して、熱問題エラー訂正、ストレージ問題計算遅延。想像するだけで胃が痛くなる。

ところがFD人は、その巨大なシステムの前で何をしているか。「この世界ゲームだ」とか言ってニヤニヤしてる。

おい。

もしそれが本当にゲームなら、お前らはプレイヤーじゃない。

ただのデバッグログ閲覧者だ。

ゲームを動かしているのはルシファーサーバー群。

その中で状態遷移を実際に起こしているのは、こっちの宇宙物理法則生物の行動だ。

FD人がやってることは何か。

ログを見て、「あーこのNPCこう動いた」とか言ってるだけ。

それで「世界理解した」とか言い出す。

この構図、ソフトウェア業界では昔から名前がある。

エアプ批評家プレイしてない。コードも書いてない。サーバー運用してない。

それでゲーム本質を語る。

FD人、お前らはエターナルスフィアの住人を見下してるつもりだろうが、構造的には一番みじめなポジションにいる。

プレイヤーでもない。

開発者でもない。

運用者でもない。

ただの観客席のガヤだ。

そしてスフィア社のルシファー

もし本当にそんな奴がいるなら言っておく。

宇宙を丸ごとシミュレーションする技術力があるなら、まずやることはFD人のコメント欄を閉鎖することだ。

どんな巨大システムでもそうだ。

ノイズが増えるとデバッグができなくなる。

宇宙という計算ログに、「この世界ゲームw」みたいな落書きを延々書き込まれたら、運用者はキレる。

エターナルスフィア結構だ。

スフィア社?まあ、宇宙データセンター管理会社だと思えばいい。

ルシファー社長?ただの巨大サーバー責任者だ。

だがFD人。

お前らは違う。

何も作ってない。何も動かしてない。

それで世界俯瞰しているつもりになってる。

エターナルスフィアを語る前に、まず自分人生というローカルインスタンスぐらい動かしてから言え。

2026-03-09

バックベアードが「割れた空から覗いている目」だというのはガセ

妖怪としてのバックベアードは、初出(1965年少年ブック)において「昆虫の目にふといひげが生えている」ようなビジュアルで描かれている。

また、水木しげる版のデザイン元ネタとして挙げられることが多い「ルドン気球」と「内藤正敏キメラ」でも触手として描かれている。

なので、バックベアードの周囲に描かれるあれが触手のようなものであることは間違いない。

2026-03-06

「生き物苦手板」は、主にインターネット掲示板「5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)」などに存在していた、動物昆虫などの生き物を嫌う人々が集まる掲示板です。

検索結果に基づいたこの板の主な特徴や背景は以下の通りです。

虐待助長過激化: この掲示板スレッドでは、猫などの動物に対する虐待殺害動画投稿や、それらを煽る行為が行われていたと報告されており、動物福祉の観点から問題視されています

閉鎖を求める運動: 生き物苦手板における動画投稿犯行エスカレートしたことを受け、ネット上では閉鎖を求める署名活動change.orgなど)やX(旧Twitter)でのトレンド入り(#生き物苦手板閉鎖にご協力をお願いします)などが行われてきました。

現状: 上記の通り、動物虐待の温床となっているという認識が広まり、一部では閉鎖や規制が強く求められています

この板は、単に「虫が苦手」というような人が集まる場所というよりは、動物全般に対して嫌悪感殺意を抱く人々が集まり過激な内容が投稿される掲示板として認識されています

zxcvdayo 「生き物苦手板」ならまあそらそうよしか言えない、なんで今まで生き残ってたのかわからん2ch史上最悪の板

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.itmedia.co.jp/news/articles/2603/06/news112.html

名前だけかろうじて知ってたけど見たことなかったわ・・・

こんなもん作ったひろ〇きは地獄に落ちるんだろな・・・

アメリカ司法省も良い仕事をしたと思う

生き物とひ〇ゆきに合掌

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