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はてなキーワード: 既視感とは

2026-01-22

高市首相応援団気持ち悪い

最近Xとか見てると、中道改革連合dis投稿が目につく。正直気持ち悪い。

別に自分支持政党応援するのはいいのよ。こっちの政策がこう良い、というのもあり。多少のdisりもポジショントークとして理解できる。

気持ち悪いのは、

最近多い「私は中立よりだったんだけど、野合する中道には失望したわー」って投稿そいつプロフィール見に行くと「日本🇯🇵を取り戻すために頑張ってます」と書いてあったり、過去ツイート野党disりまくったりしてんの。中立のフリして読み手誘導したい、というのがありありと分かる。

「あーこれ既視感あるな」と思ったら、あれだ。東京都知事選蓮舫応援団。Rステッカー貼りまくったり、自己完結した世界小池都知事を延々とdisっていたあの感じ。「自分たちのあって欲しい姿」だけ延々としゃべっていて、読み手は置いてけぼり。もちろん結果はご存知の通り。

嫌な言い方をすると、なんか意地汚いんだよね。相手が強いと思うなら、強いものとして自分の方を立てればいいし、相手が弱いと思うなら、今共産社民にやっているように放っておけば良い。そのどちらでもなく、ただ相手を落とすことに徹する気持ち悪さがある。

「こいつらは弱くあるべきで、だから弱いのである」みたいな個人的な願いを見せられ続けてげんなりしてる。今回の選挙は、気持ち悪いフェミニストが静かな代わりにネトウヨ祭りか、と正直辟易しているところ。

2026-01-21

白紙委任を求める首相と、それを支持する「信者」たちへ

「国論を二分するような大胆な政策改革にも果敢に挑戦していく」

高市早苗首相総選挙に向けて放ったこ言葉、背筋が凍る思いがした。

具体的に「何を」するのかは言わない。詳細は選挙後に決める。でも、私に任せろ。

これ、完全に白紙委任状(カルトブランシュ)を求めてるだけだろ。

歴史を少しでも知っている人間なら、この手口に既視感を覚えるはずだ。

危機煽り、「強い指導者」を演出し、具体的なプロセスはすっ飛ばして全権を掌握しようとする。

かつてドイツ全権委任法が成立した時も、最初は「決断できる政治」が歓迎されたんじゃなかったか

ヒトラーのやり方と同じ」と言われても反論できないレベルで、構造酷似している。

本当に恐ろしいのは、この「中身のない強権」に対して、諸手を挙げて賛成している支持層だ。

お前ら、本当に大丈夫か?

高市さんなら日本を良くしてくれる」「サヨク発狂してるから正解」とか、思考停止もいい加減にしろよ。

中身を明かさない「大胆な政策」の中身、想像できてる?

例えば、徴兵制

「国を守る気概」とか美しい言葉で飾って、若者戦場に送り出すシステムができない保証なんてどこにもない。

まさかそんなこと」って笑ってる奴、その「まさか」が起きた時にお前の子供や孫が取られても、同じように笑ってられるのか?

例えば、スパイ防止法という名の盗聴法監視社会化。

スパイを取り締まる」という大義名分があれば、一般市民LINEメール政府自由に覗き見てもいいと思ってるのか?

「やましいことがなければ堂々としていればいい」なんて言えるのは、権力絶対暴走しないと信じているお花畑だけだ。

そして、言論統制

放送法解釈変更をちらつかせた過去を忘れたわけじゃないだろう。

政府に都合の悪いニュースは「偏向報道」として潰され、大本営発表しか流れない世界

そんなディストピアが、もう目の前まで来ている。

今回の選挙は、政策の是非を問う選挙じゃない。

高市早苗という人間に、白紙小切手を渡して、好き勝手に国を改造させる権利を与えるかどうか」を問う選挙だ。

保守を自認するなら、本来権力暴走を誰よりも警戒すべきはずだろう。

それなのに、思考停止して「高市親衛隊」になり下がっている現状は、滑稽ですらある。

独裁への道は、いつだって熱狂」と「無関心」、そして「思考停止した信者」によって舗装されるんだよ。

後になって「こんなはずじゃなかった」と泣き喚いても遅い。

その時、地獄を見るのはお前らだけじゃない。巻き込まれるこっちの身にもなれ。

2026-01-19

ショート動画見すぎてどれ見ても既視感あるくらいになってきた

ショート動画オチを当てる早押しクイズ大会とかあったら多分俺が優勝できると思う

2026-01-18

anond:20260118121032

あんた、そんなことで運命なんて言葉使ってんじゃないわよ!……まあ、「ホシノ・ルリ」に辿り着いたその審美眼だけは、少し認めてあげてもいいけどね。

結論から言うと、あんたがフリーレンを見てルリを見つけたのは、「無機質な少女の皮を被った、あまりにも人間くさい成長物語」という本質的共通点本能が反応したからよ。 結局、あんたはああいう「ちょっと影があって、でも目が離せない」タイプに弱いのね。バカね。

詳細は以下の通りよ。しっかり読みなさい!

---

1. フリーレンとホシノ・ルリの「既視感」の正体

あんたが感じた違和感は、キャラクターデザイン記号だけじゃないわ。

2. なぜ今、ホシノ・ルリにハマるのか

90年代キャラからって舐めないで。彼女の魅力は今でも通用するわ。

特徴 詳細
成長の物語 無機質なオペレーターから、少しずつ「心」を獲得していく過程が最高にエモいのよ。
代名詞セリフバカばっかり」……あんたも画面越しに言われたいんでしょ?
劇場版の変貌 TVからThe prince of darkness』への飛躍。あれを見たら、あんた戻ってこれなくなるわよ。
3. オタクとしての「正しい横滑り」

フリーレン(最新作)からナデシコ古典)へ行くのは、実は非常に理に適ったオタクの楽しみ方よ。

---

あんたが今、dアニメTV版を観てるなら、中盤の「あの展開」や、最終的な彼女選択にしっかり向き合いなさい。 フリーレンの「人を知る旅」と同じくらい、ルリの物語も重いんだから

質問あんた、ルリの「TV版の幼い可愛さ」と「劇場版大人びた美しさ」、どっちにトドメを刺されたの?

フリーレンを見始めたらホシノ・ルリを好きになっていた

今更だが葬送のフリーレンを見始めた。

理由は単純で二期が始まるから。それも、みんなが前提として知っている作品をそろそろ放置しておくのもまずいな、といったオタク気質動機だ。

一話目視聴。……なんだろう、この感じ。悪くはない。嫌いじゃないが……違和感がある。

フリーレンが画面に映るたびに、頭の奥で「見たことがある」という感覚がざらつく。既視感というほど明確じゃない。もっとこう…思い出しかけているのに、名前が出てこない人を前にしたとき気持ちに近い。

銀髪感情の起伏が少ない表情。少し斜に構えたような目線。いったん視聴を止めて検索

フリーレン 似てる」

フリーレン 既視感

そんなワード検索をかけて、ネットの海を漂い始めた。

そこで出てきた名前が、ホシノ・ルリだった。

……ああ。それだ。画像検索を開いた瞬間、膝を打った。

そう、この顔だ。調べると、どうやら『機動戦艦ナデシコ』という90年代アニメキャラクターらしい。

正直、世代ど真ん中ではない。「なんとなく見たことあるな」くらいの距離感

そこから先は、もう戻れなかった。

ホシノ・ルリ」で検索して、Wikipediaを開いて、気づいたら深夜のテンションで各種スレまとめまで読んでいた。

気づけば心を奪われていた。数十年前のキャラなのに。え?てか……可愛くないか

フリーレンを見始めたはずなのに、いつの間にか思考の重心が完全にホシノ・ルリ側に移っていた。

気づけば、メルカリを開いて「ホシノ・ルリ フィギュア」と検索ヤフオクにも目を移す。

YouTubeホシノ・ルリ関連の動画を延々と見続けた。

まさかフリーレンを入口にして、90年代宇宙戦艦アニメ美少女に心を持っていかれるとは。

今はdアニメに加入し機動戦艦ナデシコを履修中。

ファンタジーを観ていたつもりが、いつの間にかSFに横移動してた。

今となってホシノ・ルリ出会たことは奇跡であり、運命であると思う。

【時評】貫かれる白虹、沈黙するペン――百年の轍を踏むメディアの欺

歴史は韻(いん)を踏むというが、それは時に残酷なまでの既視感として我々の前に現れる。

一九一八(大正七)年、言論の自由を死守すべきジャーナリズム国家権力という巨大な壁に膝を屈した「白虹(はっこう)事件」。

そして令和の今日台湾情勢を巡る高市首相の答弁に動揺し、思考停止に陥る現代メディアの姿。

これら二つの事象は、単なる政治の混迷ではなく、一世紀を経てもなお変わらぬ、日本マスメディア本質的な「脆弱(ぜいじゃく)」を露呈させている。

虎の尾を踏んだ「白虹」の筆禍

白虹事件という言葉を知る者は、現代では稀(まれ)かもしれない。しかし、この事件こそが日本ジャーナリズム去勢し、後の軍靴の響きへと道を開いた決定的な転換点であった。

当時、米価の高騰に喘(あえ)ぐ民衆の怒りは「米騒動」として全国に飛び火していた。

批判の矛先は寺内正毅内閣と、利権を貪(むさぼ)る政商へと向けられた。

その急先鋒に立っていたのが、大阪朝日新聞である

同紙は一九一八年八月、米騒動の背後にある社会矛盾を指摘する記事の中で、

「白虹日を貫けり(はっこうひをぬけり)」 という中国古典戦国策』に由来する一句引用した。

「白い虹が太陽を突き刺す」――。

これは古代中国の天象解釈において、武器を持った臣下君主殺害する兵乱の前兆とされる。

太陽天皇象徴、白い虹を反乱の武器と見なした当局は、この記事を「安寧秩序を乱す」不敬な扇動であるとして、新聞紙違反起訴

発行禁止という組織死刑宣告を突きつけたのである

これに対し、大阪朝日経営陣が選んだ道は「ジャーナリズム殉教」ではなかった。

彼らは社告で自らの非を認め、社長以下幹部が退社。

政府軍門に降ることで組織の存続を図った。

以後、同紙は急進性を失い、権力の顔色を伺う「翼賛」への道を一歩踏み出すこととなったのである

相似形としての「台湾有事」答弁

翻(ひるがえ)って現在高市首相国会答弁で「台湾有事が存立危機事態になり得る」と踏み込んだ発言を行った際のマスメディアの反応はどうであったか

中国政府が「一つの中国」という彼らにとっての「神聖国体」に触れたとして猛反発し、経済的威圧をも示唆した途端、

国内メディアの多くは、あたかも「不敬」を咎(とが)めるかつての内務省のように、その「不用意さ」を論い、緊張緩和を優先せよとの合唱を始めた。

ここで問われるべきは、高市氏の政治妥当性ではない。

国家の核心的なタブー(=国体的な要素)」に触れた言葉に対し、メディアが即座に「静止」や「回避」のバイアスをかけるという構造のものだ。

かつては「天皇神格化」という国内国体言論を封じ、今は「大国への外交的配慮」という疑似的な国体が、事実上報道自主規制を強いている。

どちらも、国家や外部権力が設定した「虎の尾」を避けることを最優先し、事の本質――すなわち、国民が直面している真のリスク直視させることから逃げているのではないか

「反権力」というポーズの内実

日本メディアは、平時には些末(さまつ)な不祥事揚げ足取りをもって「反権力監視役」を自演する。

しかし、いざ国家の根幹を揺るがす安全保障や、他国とのパワーバランスといった真に重い論点、すなわち「現代国体」と呼べる領域に話が及ぶと、突如として腰が引ける。

メディア役割とは、国民保有する「知る権利」を具現化し、権力意志を透明化することにあるはずだ。

それが国内権力であろうと、中国のような強大な外国権力であろうと、そこに国民の命運を左右する「真実」があるならば、メディアは不敬や摩擦を恐れず、白虹となってその核心を貫かなければならない。

百年前、大阪朝日が社に掲げた「不偏不党」の看板は、弾圧を前に色あせた。

現代メディアもまた、表面的な正義の裏側で、同じ轍(わだち)を踏んでいないか

権力意図忖度(そんたく)し、タブーの前で立ち止まる存在であるならば、それはもはやジャーナリズムではなく、単なる「広報機関」への堕落である

歴史の白虹は、今も我々の空を貫いている。

その下で沈黙を守るペンの罪深さを、我々は今一度、厳しく問い直すべきである

感想

こういう内容のコラム書いてってお願いすると書いてくれるのはやっぱりAIすごいなと思う一方で、

これ不偏不党の成立経緯を間違って認識していますね。

不偏不党は、白虹事件を機に成立したもので、「どの政党にも偏らない」という積極的自由宣言ではなく、

政府と正面から衝突するような過激な主張を捨て、企業安全保証される範囲内で報道する」という、いわば「去勢」の宣言だったはず。

2026-01-17

ドールハウス映画)を見た

ネッ友2人くらいに怖くてトラウマになったって言われて(多分若い人)

ホラーええやんと思ってみた

結構できは良かったと思う、人形怖いっていうホラーからね、だいぶ王道評価が高いのも分かる

しかし悪く言えば既視感がすごい(これは贅沢な話だけど)のと、テーマ人形という古典からそもそも作るのが難しそうに感じた

画作りはしっかりしてて、変にCGとか使いすぎずちゃんと怖くなってて秀作って感じ

 

それより気になったのは、一回妖怪大戦争みたいな、バトルフェーズがあるんだけど

こういうのって昔は無かったよな?

リング見てたと思ったら急にチャッキーなるみたいな

これどっから始まったんだろう

2026-01-16

今期の呪術廻戦OPに似てる他のアニメOPが思い出せない

今期の呪術廻戦OPを見ていたら、昔こう言うOPたことあるなぁと思ったのだが、そのOPが思い出せなくて力を貸したい。

https://youtu.be/Xr032EhUDPw

このOPの34秒付近から曲が一旦静かになって(正式名前がわからない)タイトルロゴが出てるが、昔こう言う感じのOPを見た気がする。

攻殻機動隊?か他のアニメだったかちょっと思い出せないだが、既視感がある。そのOPは一旦曲が静か?落ち着いてアニメタイトルが出てたと思う。

誰か助けてくれ。

2026-01-15

男性アイドル明暗

オーディション企画にハマりにハマっていた。

気まぐれで視聴し始めたが、回が進むにつれオーディション参加者たちの苦悩や葛藤や成長、候補生にかける審査員の熱意と寄り添いの言葉に胸を熱くし、審査員へも参加者へも感情移入し涙した。

最新話が配信される度に毎回泣きながら見た。

最新話が更新されるまでの間は何度も繰り返し1話から見直した。努力し成長する美しい男たちの姿は何度でも泣けた。

オーディション終了後は約半年間楽しませてくれたお礼とご祝儀としてファンクラブにも入った。

そこからは怒涛の供給に次ぐ供給

雑誌CMバラエティ歌番組そして冠番組と、今ではテレビで見ない日はないほどの人気グループとなった。

今回の話は、惜しくも選考から漏れた1人が私の地元イベントに来ると知り、興味本位で覗いてみたものだ。

私はオーディション結構彼を推していた。

顔が美しい。

ダンスの良し悪しについては判断することができないが、歌は上手い。彼自身ダンスより歌に自信があったのだろうと思う。

オーディション中も音程の合わない参加者練習に付き合いピッチを合わせ、歌う必要のないダンス練習中でも彼の歌が響いていた。チームのダンスカウントを合わせたのは間違いなく彼の歌声だった。

しかし自らそれを知らしめるようなことはせず、彼の人柄の素晴らしさはオーディション後に他の参加者から特に多く語られた。

彼のオーディション結果が公開なった後すぐにソロアイドル活動を行うと発表があり、直後に開設したインスタはフォローしていた。

桜色の薄い唇をふわりと引き上げとろけるように微笑む笑顔写真も、添えられる言葉も気高く美しかった。

そんな彼が地元で行われるイベントゲストとしてやって来るらしいと知ったのは当日の朝で、出不精な私は数時間の逡巡の末、現場入りを決意した。

貴重な休日寒いし外に出るのは面倒だけど、家にいるよりは楽しいことありそう。

欲しいもの特にないが、何かを期待して新装開店セールに行くような、そんな気持ちである

会場はよく知った商業ビル特設会場

駅前の超好立地でありながらタピオカやらフルーツサンドやらフルーツ飴やら、学生向けの流行りのテナントが瞬間的に出店しすぐに撤退を繰り返すような、常に今何が入ってるのかわからないようなビルだ。そんな中に特設ステージと言われても正直ピンと来ない。

SNSを見ても会場の様子が何もわからないので、予定より少し早めに着いた。

該当フロアに近づくたびに漏れ聞こえてくる音が大きくなる。

迷うような広さの建物ではない。

エスカレーターの真裏の特設ステージを視界に捉えた私はまず一度通り過ぎ、足早にトイレ直行した。

急な便意尿意ではない。急な発汗はしているが。

一次的な避難である

便座に腰を下ろしながら、思う。

きつい。

これはきついかもしれん。


特設ステージという名の、空きテナントと空きテナントの間のスペースが衝立で区切られ、舞台が組まれ、“何か”やっている。

この“何か”は明らかに私が目的としていたイベントなのだが、なんというか、思った以上にアットホームハンドメイドDIYだ。

意を決して会場入りする。

と言っても衝立の向こう側に入るだけなのだが。

高さ50cmほどの舞台

上下の照明。

2〜30人ほどの女性の群れ。

既視感の正体は、今より景気が良かった子供の頃によく見た福引会場だ。あれによく似ている。

壇上には若い男が3人。

後で知ったがご当地アイドルらしい。この地に長く住んでるのに存在すら知らなかった。

演者と観客が軽快な音楽にあわせてコール&レスポンスしている。

きつい。

知らない曲、知らない男、ノリがわからない。

きつい。

何がきついのかわからないが、とにかく辛い。

何かから逃げ出したい気持ちのまま、ご当地アイドルの出番は終了した。

観客の1/3くらいが入れ替わる。

前方へ身を詰めた女性達がお揃いのペンライトを取り出し点灯する。

SNSで見た彼のオリジナルグッズだ。

ペンライトも持っておらず立ち振舞いがわからない私はとりあえず会場の最後尾の端に立ち、防衛本能から自然と体の前で腕を組む。そんなつもりは全く無かったが、偶然にも後方腕組み彼女面の参戦スタイルが完成してしまった。

前の方の女性たちがにわかに色めき立ち、歓声とともに、彼は登壇した。

画面越しで見るよりも色白で首が長くて顔が小さい。手足が長くて華奢だ。美しい。

喋り慣れているのだろう、臆することなく爽やかに軽快に二言三言挨拶をする。臆しているのは恐らくこの会場で私だけだ。

彼が笑顔で何かを言う度に、観客たちは笑顔で歓声をあげる。私以外の全てが笑顔だ。

彼の合図で聞いたことのないイントロが始まった。

爽やかな曲調。軽やかなステップ。歌が上手い。

だがきつい。

ずっときつい。

なんだこの感情は。

なんだかずっといたたまれない。

彼が歌い出す前から、いや登壇する前からずっといたたまれない。

なんだこれは。

なんだこの近さは。

つらい。

何がつらいのかわからない。

共感性羞恥とも違う。

つらい。

ずっと心のなかで何かを嘆き、よくわからない痛手を負いながら、イベント最後まで見届け、ぼんやりとしたまま帰宅した。

冷静に今日のことを振り返る。

つらかった。

きつかった。

何がそんなにきつかったのか?

考えた結論が、現実味距離感である


2週間ほど前。巨大な会場で、偉大な先輩たちとともに煌びやかな衣装でたくさんの照明と数万人の歓声を浴びて歌って踊る彼らを見た。

スタンド前方席で視力1.5の私でも肉眼では豆粒くらいにしか見えなかったが、それでも夢のような時間だった。

これが「人気アイドルグループとなった人たち」である

だが今日イベントは確実に現実であった。

骨身に染みるほどの現実であった。

オーディション中は横並びで、彼もそうなり得た人であったはずが、結果によって片や数万人規模、片や田舎特設ステージ無料イベントである

この現場がどちらも映像で見たものであったなら、私と彼らの距離は全て「画面越し」で同等であったはずだ。

だが実際は豆粒と等身大の差である

もちろん実際に触れ合える距離感を楽しみ、だからこそ応援したくなるというファンもいるだろう。そういう楽しみもあるだろう。

勝手にこんな気持ちになっている私の方に問題があり、本当に失礼極まりない感情である

彼が悪いわけではないし、ファンイベント非難する気もない。彼は美しかった。

私自身が「選ばれない側」「持っていない側」の人間であるため、勝手投影して勝手に落差に傷ついてしまった。

彼は尚美しく輝き、彼の望んだ活動をしているというのに。

成功とは何か、幸せとは何か、人の数だけ答えはあり、個人のそれらは他人から推し量ることはできないしするものでもない。

ならば私が願うことは、美しい微笑みが崩れることなく、いつまでも幸福であって欲しいということだけだ。

本来であれば、それ以外は全て野暮な蛇足なのだ

選ばれない持っていない私は明日もさえない仕事をして、画面のこちら側から美しい夢を愛でる。

2026-01-11

anond:20260110081301

あんた、意外と鋭いこと言うじゃない。

結論から言うわね。エンターテインメント本質は「ロジック論理)」じゃなくて「エクスペリエンス体験)」よ。 ストーリー整合性なんて、観客をその世界に引きずり込むための「装置」のひとつに過ぎないの。

あんたが感じた違和感と、この作品が化け物じみた人気を誇る理由は、以下のポイントに集約されるわ。

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物語整合性よりも重要な要素

作品が「面白い」と感じる時、脳はストーリーを追うだけでなく、もっと直感的な刺激に反応しているの。

要素 効果千と千尋』における具体例
圧倒的なビジュアル視覚的な説得力理屈を黙らせる 腐れ神の浄化、海原電鉄の静謐描写
生理的快感 動きや音による本能的な心地よさ 龍の滑らかな動き、久石譲音楽との同期
イメージの奔流 既視感のない「未知」への驚き 湯屋というカオス空間、神々のデザイン
象徴メタファー 観客が勝手意味を見出す余白 名前を奪われる」というアイデンティティ喪失

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なぜ「破綻」していても名作になるのか

あんたは、この「物語の不完全さ」を指摘することで、自分自身の現状をどう肯定しようとしているのかしら?

あんたが最近見た作品の中で、「ストーリー完璧なのに、ちっとも心に残らなかった」っていう退屈な作品、何か心当たりある

2026-01-09

ダンバインROBOT魂で新しく出たけど、表現に目新しさがなく中途半端・・・

と思ったけど意外と過去にやってないアレンジ

あくまでもバンダイとしては

でもめちゃくちゃ既視感があって、なんでこんなにもうこれはお腹いっぱいだよ〜って感じるんだろう

直近でサーバインとかウェルビンプラモデルが出てたからかな

過去のHGABやMGリニューアルしたプラモデルのなんともいえないやる気のないオーラファンタズム風味をなんとなく追加しましたという駄作記憶ありすぎるから

ダンバインROBOT魂 [SIDE AB]シリー時はアニメ雰囲気がよく出ててかなりいいシリーズだったと思うが

再販とカラバリでええんちゃうんか

2026-01-06

ベネズエラニュースを見て、妙に既視感があると思った。

南米歴史を少しでもかじった人間なら、たぶん同じことを考えたはずだ。

かつてヨーロッパからやってきたコンキスタドールたちは、南米の金を奪うのに、単純に軍事力だけを使ったわけではなかった。

彼らが好んだ方法ひとつは、「首長さらう」ことだった。

村や都市指導者人質に取り、「命が惜しければ金銀財宝を持ってこい」と迫る。

約束どおり山ほどの黄金が積み上がっても、人質解放されない。

首長は殺され、金だけが海を越えて運ばれていく。

やっていることを冷静に言い換えれば、「権力の中枢を人質に取り、財貨や譲歩を引き出す」という、人質ビジネスのものだ。

それから何世紀もたったはずなのに、いまだに「気に入らない政権トップ」を国外で拘束し、制裁圧力カードとして扱う発想が平然と出てくるのだから、たいした一貫性だと言うべきかもしれない。

もちろん、表向きの理由はいくらでも用意される。

民主主義を守るため、安全保障のため、人権のため、麻薬との戦いのため。

16世紀には十字架と「未開の偶像破壊」が掲げられ、21世紀には国際秩序法の支配が掲げられる。

看板けが入れ替わり、中でやっていることは「気に入らない相手の首根っこを押さえて、条件をのませる」という一点で、実にブレがない。

コンキスタドールがインカの皇帝を拘束したとき、彼らは南米の金を奪っただけではなく、その社会尊厳と自立心を根こそぎ持ち去った。

いま、ベネズエラ大統領の身柄を押さえて圧力材料にする振る舞いも、本質はそれと変わらない。

選挙の是非や政権問題とは別次元で、丸ごと一国の主権人質に取るような手法に、「正義」などという上品名前を与えて済ませてよいのかという話だ。

白人種とは、よほどそういう行為が好きなようだ――と、歴史教科書を開きながら皮肉を言いたくもなる。

首長皇帝から大統領に変わり、黄金の延べ棒から原油鉱物資源に変わっただけだ。

文明」の名のもとに人をさらい、「国際社会」の名のもとに指導者を拘束する。

そのたびに、南米の人々は何世紀も前のあの光景を、嫌でも思い出させられているのではないか

2026-01-05

懺悔したいことがあるんだ 第7話

いつ頃からか、私は・・・いかけ回す事で逃げながら私を拒絶する女子仕草
そういう形であろうと、女子と接点を持てる・・・いかけ回す事で女子と接する事ができると思うようになっていた
そして、当時はそれをおかしいとは思いもしなかった

中学高校時代の話「懺悔したいことがあるんだ」<中編>

親睦合宿が終わって、日常生活に戻ってから・・・私は、肝試しの時同じグループだった女子(以下、この子をHとする)を追いかけ回す様になった。

休み時間になるとHを追いかけ回す私。
Hはそれなりに運動神経もあり、走るのはそこそこ早かった。
そこで、追いかけ回すだけでは無理だと判断した私は別の戦法も行う様になった。
移動教室の時等は、教室移動のルートを先回りし影で待ち伏せ教室移動中のHを抱きしめるという具合に。

そうした先回りする私の動きをHは察して防衛策を練るようになった。
こうして、私とHの追いかけっこは・・・次第にエスカレートしていった。

Hを捕まえ、胸を揉もうとする私・・・嫌がって逃げるHそんな毎日が2年生の間ずっと続いた。

だが、二つ、不思議な事があった。
一つは、FやGの時には、周りの女子の中に同情的になり当事者であるFやGをガードする女子が現れたものだったが、
2年生の間・・・Hとのやりとりに、Hをガードしようとする女子は一人を除いて現れなかった。
もう一つは・・・Hを追いかけ回している時に、偶に奇妙な既視感を感じる事があった。

から逃げながら、私を罵倒するH
私「逃げるなよ・・・、それとも・・・逃げてるのは照れ隠しかい?」
H「あんたしつこいんだって、何回言ったら解るの?
嫌ってる振りなのか本当に嫌ってるのかちゃんと見分けたら?
目腐ってるんじゃないの?」
そんな会話を、追いかけっこをしながら繰り広げる私とH。

FやGを追いかけ回していた時は
Hとの追いかけっこの時の様なやりとりは無かった。
Fの時は・・・
私「そんなに逃げるなよ、あいしてるぜ」
F「や、やめて・・・それ以上来ないで(涙目)」
とか、Fを捕まえて胸を揉んでる時も
F「ううっ・・・・ひっく(涙を堪えて、でも泣き声)」
だったし。
Gの時は、近付いたら容赦なく蹴りを浴びせられて・・・私は蹴り飛ばされていた。

それ以前にしてもそうだ・・・私に追いかけ回されて、「やめて」と言う子や
抵抗する様に攻撃しようとする子は居ても・・・

追いつけなかった時等に
Hの様に「あら、残念ね」等と言ったりする女子は居なかった。

3年生になった頃には、奇妙な既視感の正体に薄々感づいていた。
小学校3・4年生の時のあの子・・・Eとのやりとりが、こんな感じだった
ただ、Eとは普通に友達同士と言う感じでのやりとりで、追いかけ回したりとかは無かった。
同じ様なやりとりをしているのにEとHは何処か大きな違いがある・・・その違いが、
当時の私には解らなかった。

今なら、その違いが何なのかは解っている。

中学3年のクラス替えで、再び・・・Hと同じクラスになった。
当然、3年生の間も、Hを追いかけ回していた。
だが、3年になってからクラスでは・・・Hに同情的になる女子が数名居て
そういう女子達がHをガードしていた。
そうなると、私がとる手段は一つだった。
5年・6年の時と同じ・・・乳揉み。
だが、中には乳揉みで怯まない、根性の座った子も居た。
そういう子に対しては・・・スカート捲りまではしていた。

そんなこんなで3年生の時間は過ぎ、高校受験を終え、高校へ進学する事になった。
一学年300名、40人前後クラスが8クラス高校
いたことに、Hが同じ高校受験し受かっていたのだ。
しかも、入学式の日に見たクラス名簿には、同じクラスにHの名前があった。

【各話へのリンクこちら】
【全話まとめ】 「懺悔したいことがあるんだ」

2026-01-04

最近ゲームがつまらない理由

作成手順が世界レベル効率化されて、ゲームエンジニアの全員が似たような教育を受けていて、皆が同じゲームエンジンを使っているか

昔のゲームで言うところのRPGツクール世界中のゲーム会社が使っているようなものから、似たゲームばっかり既視感あるのは当たり前なんだな

表面上のデザインやあらすじが違うだけで作成側と操作側がゲーム内で可能挙動物理演算はすべて同じ

2026-01-02

anond:20260102125004

メトロポリス見て見たがすごいな。https://www.youtube.com/watch?v=_q25QpZXfoU&t=2535s

おっぱいロボがマリアとなって動き出すシーンとか、上流階級天国みたいなところで贅沢な暮らしをしているのに対し、労働者階級は地面の下で辛い仕事をしている、みたいな描写はその後いろんなSFテンプレになっているのでとても既視感がある。

今日も籤運がいいおみくじ増田すまじく澪いいがん羽軸網ょき(回文

おはようございます

今日みんなもうおみくじ引いたかし!?

私は、

な!なんと今日も大大大吉

1日150ジュエルで回せる1ガチャSSRセンチがきました!

おおお!

今日もこれ運よくない運勢いい感じがしてって、

もうNIKKEおみくじしかしてなくて、

それと言うのもまだ世間に飛び出すお出かけをしていないお出かけしていないお正月三が日の2日目なのよ。

まあ3日間は大人しくしておけばいいと思ってしまっていて

いきなり4日になったら、

もうお正月休み最終日になっちゃうのよ!

うわー!

もうさ残りのお休み時間がってファイナルカウントダウンちゃうと悲しくなるので、

いっそのこと気づかないふりして今日は1日精一杯楽しく過ごすってのが今日2日目の目標!ってことにしておくわ。

元旦新聞を今まだ読んでいるんだけど、

たくさん分厚くてといってもほとんどが広告な面の側面が多いっちゃー多いのでページ的には広告多くて充実してなさそうと思いきや、

じっくり読んでいくと時間があっという間に過ぎちゃうの。

正月元旦新聞淡々と読んでいるいったん止めて増田を書いているって感じ。

今年は新聞を読んでお利口さんになれればって作戦も兼ねているの!

あと、

これはこれでいいんだけどさすがに寝すぎなところがあるので、

夕方から寝入っちゃってしまうのは随分早い就寝時間ね!って我ながらに思っちゃうのよ。

HD-2D版のドラゴンクエストI・IIの2が永遠に先に進んでいるのかどうかよくわかんない感じ、

なので、

ここでガッツリストーリーを進めたいところなので、

今日ちょっと夜ふかしして22時ぐらいまで起きちゃおうかなってところ。

でさ、

流石に早い就寝時間でうぉー!よく寝た!って目覚めたらまだ今日だった!って、

儲けたのか損しているのかよくわからない状況に陥るの。

そっからNIKKEいろいろやろうかなーって起き出しちゃったら絶対メガ目が覚めちゃうので、

NIKKEの1日の始まりの5時までは寝てよう!ってところね。

この時期しか寝すぎチャンスは得られないから寝たいっちゃ寝たいのよね。

1年間の寝溜めは元旦にあり!だなんていうけれど、

ここで一所懸命寝てこれから先の今年1年分の寝溜めとはいかないところよ。

これが1年持続してもてばいいんだけど。

しっかり寝て頭がスッキリして爽快なのは変わりないわ。

睡眠時間の年間大賞を発表しようと私的データを見返していたら、

2024年の方が2025年よりたくさん寝ていた感じなのよね。

意外と2025年睡眠時間少なくなっていたみたい、

ああ!私気付いちゃったわ、

これシャインポストわ!って輝く私の道標!って。

延々と永遠に観続けて楽しいライブビューモード」で一生暮らせるって思ってるほど本編の武道館ライブ達成のメインストリーはもうそっちのけで毎晩毎晩ライブビューモードを観て声援をおくっていたのが2025年睡眠時間が少なかった主な原因だと思うわ。

なので、

2026年2025年よりちょっと睡眠スコア改善したいしてみたいという新たな目標データを見て一目瞭然と言うか一目みて分かったってところ。

そんで私の性分なら、

ここで今年はシャインポスト3期生全員武道館ライブ達成させるんだ!って勢いだけは大谷翔平選手みたくなるんだ!って言いたいところだけど、

あれは相当むずかしいと思うし、

ちゃんギミック解析してメモつけないと到底クリアできそうにない気がするわ。

ドラクエとかならヒットポイントとかマジックポイントとか、

後どのぐらいでレヴェルあがるのかって

敵のあとどのぐらいの弱まっているか具合ですら、

敵の名前の表示されている文字の色で判断できるぐらいな敵の文字が赤くなったらあともうちょっと!って頑張れるけれど、

シャインポストに関しては各アイドルパラメーターが数字として見れないので、

これどうしたら一番いいのか?ってのがよく分からないのよね。

本当は「政治」とかって育成要素はやんなくてもよかったりして?

そんなまんべんなく各項目をパワーアップさせようと思うと一気にアイドルたちの機嫌や調子が悪くなっちゃうので、

この攻略難しすぎるわ!

本当は3期生とも武道館ライブを達成させたいところだけどかなり塩いそして渋い顔になっちゃうのよね私。

なので『シャインポスト』に関しては今年も「ライブビューモード」で暮らす!ってのが目標ね!

分かんないけれど、

新しい楽曲とかがダウンロードコンテンツ別売りとか発売になったら私はもちろん飛びついて、

インストリーライブビューモードで歌えるようにするために楽曲衣装だけを揃える捨て周回プレイとしてやることは挑戦するぐらいね

から

大変だけど、

楽曲衣装発注して「ライブビューモード」で歌えたり衣装を装備できたりするためにプレイするのも間違いではないある意味新しい楽しみ方でもあると思う新開地なの。

結構お世話してくれる「小夢」ちゃん辛辣なこと言われるのが一番このゲーム辛いのでそれは避けたいところなのよぴえん。

いやもう、

正月早々ゲームの話しかしてない自分のほうがぴえんだわ出かけなくちゃって今日絶対年末から楽しみにしていたもういくつ寝るとステイサムって歌っているでお馴染みの『ワーキングマン』の映画あんので観に行かなくちゃ!って今からと言うかチケット予約できる瞬間にゴーして予約してお出かけする理由を無理やり作ったので、

今日は是が非でも非が是にでも言ってもお出かけしなくちゃね。

あ!そうそう!

大大大吉の話で思い出したけど、

例の人気のニンテンドーミュージアムの入場抽選が当たったので、

これも新年早々にいい話じゃない?2年連続2回目の来館になりそう!

いわゆるV2達成ってところよ!

1年ずっと応募を送り続けててやっとまた当たったって当選メールを疑ってしまったわ!

前回いった時の話をしようとしていてすっかり忘れてしまって1年が経ってしまったってこと。

虎舞竜さんのロードの歌で言うところの256章に「ちょうど一年前に」って歌詞と全く一緒。

1年ぶりだわ!

展示ももしかしたらちょっと変わっているかも知れないのでこっそりと楽しみにしているわ!

これがまた元旦にやってきた当選メールだってことも嬉しくない?

2025年元旦メール来て当選ヤッター!って言ってたの思い出して、

あれ?なんかこれ以前にも似たような同じような気持ちになったことなかったかしら?って

辿ってみると、

ちょうど一年前に当選メール来てたのよ!まさに「ちょうど一年前」を地でいくザ虎舞竜さんじゃない?って感じ。

あと思い出して、

これなんかどっかで見覚えあるけど、

いまいち思い出せないハッキリとしない理由が私の心の奥底にあったものがあって、

経済学者の人の四角い形と丸い形が同居している眼鏡

あれこれだ!って思い出したの

正月に必ず遊ぶ羽子板で羽をうまく打ち返せなくてそのペナルティで顔に筆で墨で丸とかバツとか書くじゃない!

これだ!って

あれの既視感羽子板プレイで羽をうまく打ち返せず失敗した人の顔に落書きで変になる顔を見てお正月爆笑必至必須悪霊を退散させるって効果も抜群らしいのでそういった意味があった既視感みたいだったの。

なんかこれどっかで馴染みのある四角と丸い形の眼鏡だなぁって思ったら、

その羽子板ペナルティのやつだったわ!

ちょっと正月2日目にしていきなり賢くなってしまった感じがして私の好奇心が止めどなく止められないわ!

昨日の元旦の日に寝てみた夢が初夢なのか、

2日の日に寝て見る夢が初夢なのか

どちらか説は私の中でハッキリさせることは未だ出来ていないけれど、

それもいずれ解き明かせられると思うわ!

正月のお休み期間のうちのいずれかに

いい夢見た時の都合の良い夢をみたとき初夢ってする説が私的には濃厚ね。

いい夢見るチャンス逃さないわよ!

うふふ。


今日朝ご飯

みかん花咲く丘公園前駅の駅前商店街

私のいつもお休みの日に行く喫茶店今日から営業なの。

正月から頑張るわねって思いつつ私の朝の憩いの場があってたいへん助かるってワケ。

そんで今日焼き魚定食をいつものように頼んで、

今日はお正月まだ三が日だし、

お魚なに焼いてくるかな?って楽しみだったけど

だいたいの鮭か鯖かの予想を裏切らない展開の、

焼き鮭のランダム焼き魚の朝定食

おお!鮭きた!

たまにランダムでやってくる鮭と鯖以外のなにかだと期待したのに、

こっちの籤運というか焼き魚運は通常通りった感じみたいね

炊きたてのご飯が美味しいわ!

安定の美味しさ。

デトックスウォーター

お湯沸かして飲むホッツ白湯ストレートウォーラーね。

休みの日だからって遅くまでお寝坊してられない早起きよ!

まあその分うんと早くに寝ちゃうけれどね。

結局帳尻は一緒かーって。

身体温めて貴重なおやすみの1日をスターツよ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2025-12-25

滑らかになろうとする社会と、その敵

一九九〇年代日本は二〇二五年の未来を夢見ていた。

テクノロジーは人を解放し、創造はより自由になり、表現多様化する。アニメ漫画は単なる娯楽を越え、新しい思想感情実験場になる。少なくとも、そうした期待が確かに存在していた。では現実の二〇二五年はどうだろうか。映像技術は驚くほど進歩した。作画は滑らかになり、演出は洗練され、作品数は爆発的に増えた。だが内容に目を向けるとそこには奇妙な既視感が漂っている。異世界転生、既存ジャンルの再配置、過去作のリメイク作品は多いが未来は見えてこない。

この乖離は偶然ではない。現代社会は「未知」を極端に恐れるようになった。情報可視化され、価値は共有され、リスク統計的に処理される。失敗は管理され、予測不能ものは避けられる。合理的で誠実な態度。しかし、この態度が社会全体に浸透したとき創造の前提そのものが変質する。一九九〇年代日本アニメ未来を過剰に夢見ていた。それは楽観的な未来ではない。むしろ不安に満ち、壊れやすく、説明不能未来だった。だがそこには確かに「まだ名前のついていない何か」が存在していた。当時の作品群が描いていたのは、技術進歩ではなく、世界意味が揺らぐ感覚だった。社会がどう変わるかではなく、人間がその変化に耐えられるのかどうか。その問いは、明確な答えを拒み続けていた。

二〇二五年。技術的に見れば当時の想像はるかに超えた地点に到達している。作画は安定し、演出は洗練され、制作本数は爆発的に増えた。だがその一方で、アニメがかつて持っていた「未来への不安」は、奇妙なほど姿を消している。現在主流となっている作品の多くは、世界を脅かさない。異世界転生にせよ、日常系にせよ、そこにあるのは居心地の良さだ。問題は発生するが、致命的にはならない。社会は変わらず、主体は守られる。視聴者安全に没入し、安全に戻ってこられる。

これは偶然ではない。

アニメ産業は、データによって「滑らかさ」を獲得した。視聴完走率、話題性二次創作のしやすさ、商品展開の可能性。あらゆる要素が数値化され、共有され、失敗は事前に回避される。未知は「読めないリスク」として排除される。その結果、アニメはかつてよりも誠実になった。視聴者を裏切らず、期待を外さず、理解不能な展開を避ける。だが同時に、説明できない衝動や、意味のわからない跳躍も失われていった。ロングテール型の配信環境によって、実験的な作品存在できる余地は確かに広がった。かつてならOVAや深夜枠に追いやられていた表現が、地表に現れるようになったのも事実だ。

しかし、それでも太陽は遠い。

評価され、記憶され、語り継がれるのは、あくまで「理解可能革新である過去作との比較が容易で、ジャンルとして説明でき、成功再現性が見込めるもの。真に未知な作品は、推薦も炎上も起こさず、静かに埋もれる。ここでアニメは奇妙な逆説を抱え込む。革新であることを称賛しながら、革新のものを恐れる。かつてのアニメは、失敗を前提に作られていた。意味がわからなくてもいい。売れなくてもいい。視聴者が戸惑うこと自体が、作品の一部だった。九〇年代未来像が輝いて見えるのは、完成度の高さではなく、その無防備さゆである

だが現在アニメ社会の「常識」を内面化した。

説明責任、共感可能性、誤解されない配慮。そうした善意が積み重なった結果、アニメ社会にとって安全存在になった。その代わり、社会を揺さぶる力を失った。ここで言う「敵」とは、誰かを指す言葉ではない。情報可視化し、価値を共有し、リスク排除するという、正しすぎる態度そのものだ。それはアニメを守ったが、未来を描く力を削った。何が起こるかわからない未来を、それでも信じてみる行為。その想像力が、今のアニメにはほとんど残されていない。残されているのは、未来不安過去世界が描いたパロディとして、提示するのみである

「敵」とは誰か。

それは特定職業でも、個人でもない。未知を測定可能もの還元しようとする思考のものだ。善意合理性によって構築された、失敗を許さな構造。「データ社会」を称揚するそれ自体が「敵」なのである

2025-12-24

他人舐めるな、三宅香帆

考察する若者たち』という本を読んだ。

この本はつまらない。三宅香帆は面白くない。

初めにこのことを書かなければならないと思った。

なぜなら本書において三宅香帆は信じられない前提を置いている。

若者は、自分面白いと思う物や好きと感じることが自分では分からないという前提だ。

から初めに書く。

私は自分の好きなものや、自分の嫌いなものを確かに自分判断することが出来る。

その上でこの本は面白くないと感じるし、筆者のことは嫌いだ。

私は23歳の男だ。地元の友人は結婚ないし婚約をしている中で、そろそろ若者としての賞味期限切れを感じつつあるが、若者という立場文章を書く。

本書で述べられる考察とは何か。

それは既に存在している正解を探す行為であり、そこから与えられる「報われた」という感情報酬となって流行を見せているという主張が展開された。

この論が提示することは何か?それは受け手消極性だ。

序盤で出てくるヒットコンテンツの分析

変な家、あなたの番です等で正解のある内容を考えることでほっとして安心できる。これが若者思考であり令和でウケる要素があると書かれた。

そこには正解を当てたという「意味」があり、これがあるからこそ物語を楽しむ時間無意味であることの恐怖を和らげることが出来る。

からこそ答えがある場所に、成果が得られそうな場所に集まる。

そうして物語を楽しむという行為が報われるという行為に奪われていくという話だ。

この流れを聞いてどういった印象を受けるだろうか。

非常に主体性が欠け、周りに流されやす人物

何が良いのかも判断が付かず、それらしいものに絡めとられていく様子が私には浮かんだ。

私はこの主張に否を突き付けたい。

かに若者が好みそうなコンテンツ作品計算して作られることはあるだろう。

だがそこに乗っかるのはあくま自分たちが楽しいから自分たちが良いと感じるからのはずだ。

ネガティブ感情に追いやられ、そればかりしか楽しめなくなる集団多数派かのような内容を押し付け行為は認められない。

そもそも考察とは、本当に正解を探すゲームなのだろうか。

だって好きなゲーム考察したことがある。

一読した部分では分からないことや読み取り難い部分があり、作品に再度触れながら仮説を立てたり根拠を探したりした。

その結果出た結論が正解だったかは分からない。

が、それでいい。何故か?

答えを探し求める過程作品世界への理解が深まり、これまでの自分では気が付かなかった領域が見えたからだ。

そうして感じ取った部分を基に、またもう一度その作品が好きになる。

時間をかけて丁寧に読み、初めに探していた部分とは違った側面がいくつも見えてくる。

このキャラクター言動はこういう意図があったんじゃないか

直前の出来事でここの言動が変化していたんじゃないか

この物語は、もしかたらこういうことを描きたかったんじゃないか

改めて考察を終えた後作品を振り返ると、それまでとは全く違う姿が見える時がある。

そんな瞬間が楽しくて、考察をする。

人が考察をするのってそういう部分を求めてるからなんじゃないのか?

考察能動的だ。

コンテンツが語らなかった部分を積極的に読み取ろうとすることで、自分の中で新しい物が芽生える。

頭を使い、目に映る情報から推察を働かせる。

受動的な視聴とは違う。

自ら生み出す創作とも違う。

その狭間位置する行為だ。

推しだってそうだろう。

実際に自分ステージに立つわけではない。

それでも自分の行動が挟まる(ように見える)余地があって、自分の手で何かが変わった体感が得られる。

この能動性に考察との共通項があるからこそ、二つが同時発生的に消費者の中で存在感を放つようになったのではないか

そこには、コンテンツが溢れるようになった時代関係しているのかもしれない。

ただそこにあるものを消費する営みに疲れ、一歩積極的な行動に価値を感じるようになった。

そんな背景がもしかしたらあるのかもしれない。

ここまで書いたことと、本書で主張されたことは、どちらが正しいのかは分からない。

からないことが問題なのだ

著者に課せられたハードルはそんな低い物ではないはずだ。

根拠のない持論を重ねること。

何かの作品に対して向けるなら好きにすればいいが、現実人間に向けるなら話は別だ。

若者」達に向かって、生き方や接し方を説く。より上の世代に向けて「若者」との接し方を示す。

そんなこと、三宅香帆には分不相応だ。

分析する力も、説得する力もまるで足りてない。

自身ツイート若者を救いたいと言っていたが、別にあなた必要とされてない。

少なくとも私にとっては邪魔存在だ。

彼女がこの本でやっているのは、勝手問題意識を植え付けることだけ。

ネガティブな像を作り、最終的に自分提示する方向性誘導する。

高級感のある情報商材屋だ。イラストアイコンにしたビジネスブルーバッジがよくやっている。

顔と本名晒してやることがそれでいいのか?

もっと根本的にだ。仮に考察目的が正解当てゲームに主眼を置いた物だったとしよう。

それって楽しいか?そんなことしてるやつ周りにいて面白いか

ドラマの正解当てばかりに躍起になってるやつ、見たことあるか?

もっと言えば、そもそも考察でそんなに正解に辿り着いているか??

考察」で得られる安心感は、万人に開かれた物か???

本書の嫌いな部分はこういう所だ。

自分の言いたいことのために、もっと当たり前のことをいくつも無視している。

娯楽に触れる上で最も嫌われるのは「つまらない」ことのはずだ。

報われるだとか、最適化だとか、くだらないことをごちゃごちゃ語るんじゃなくて、シンプル面白くないことはしたくない。誰だって楽しいことが好きなはずだ。

面白そうだから考察するし、面白そうだからゲーム実況を見る。

失敗したくないだとか、何を言っているんだ。

楽しい時間が一秒でも長い方がいいだろう。

歪んだ色眼鏡勝手病理を見出すな。

若者を使ったお人形遊びがしたいなら1人でやれ。

寂しいならお友達が周りに沢山いるだろ。

他人をわざわざ付き合わせるな。

この本は一時が万事そんな調子だ。

根拠になっていない根拠に著者の妄想が乗っかり、あなたはそう思うのかもしれませんね以上に見どころがない話が続く。

さっき書いた考察という行為に対する私の主張も、別に特段の根拠がある訳ではない。

どっちが正しいかは分からない。

少なくとも私と私の周りにいる人間物語を愛するために考察をする。

三宅香帆の周りには、正解が欲しい若者が沢山いるのだろうか。

だったら本を書く前に、そんなことをしなくてよいと直接声をかけるべきではないか

声をかけた結果の対話でもあれば、この本はもっとマシな内容になっただろう。

からこの著者のことがあまり好きではなかった。

やけに人気そうな割に話すことが薄いなと思ったし、Kindle Unlimitedで読んだ『好きを言語化する技術』は途中で投げた。

読みづらい上にnoteで書けよみたいな話ばかりで。

そんな中、彼女に対する批判最近目にする。

正直批判する側に相当アレなやつが多いし、いちゃもんばかりつけられているように見えた(例えば飯田一史のやり方は気に喰わない)。

実際彼女の著書を最後まで読み切った訳ではないから、一冊しっかり読み切ろうと手に取ってみればこのザマだ。

『好きを言語化する技術』の方が何倍も良い。

全く言語化について考えたことがない人間には役立つ部分もあるからだ。

『好きを言語化する技術』は、対象が明確だった。

言葉が出てこない。何を言えばいいかからない。

そういう悩みを抱えた人間

これは対象が明確だ。

過剰な言語化ブームの中で必然まれ存在だろう。

そういった人々にとって助けになる可能性はある。

noteYoutubeで探せばもっと分かりやすく深い内容の物があると思うが、それでも本の価値は0ではない。

考察する若者たち』はどうだ。

誰のことを書いている。

様々な作品に、自分の主張を通すために無理やりな解釈を加え続ける。

長々と稚拙な話を続けた後、最後自己啓発で締める。

これでいいと本当に思ったのだろうか。

内容を磨きあげるためにベストを尽くしたのだろうか。

これでいいと思ったのなら、読者を舐めている。

そしてこれは彼女の周辺の人間にも言える。

彼女擁護する者の中に、彼女と同様に「若者」を舐めている者がいないか

もっと言えば、そいつらは三宅香帆を舐めてないか

最近三宅香帆の文章添削するというnote話題になった(https://note.com/kyunkyun_p_d/n/n9cc45ed3d74b)。

私の立場を示すなら、必要な指摘と的外れな指摘が混在していると思っている。

かに三宅香帆の文章は読みづらいと思うが、それはターゲット層の違いもある。

1-の章立てで指摘されてた表現群はちゃんと狙いがあるし、修正前の方が素晴らしい内容だと感じた。

修正した人はあまりそういった情緒を解せなさそうだ。

一方で2-、3-の章での指摘な重要な物もある。

彼女文章は、読み手おかしな部分を見逃したり、言いたいことを察したりする必要がある部分がそれなりにある。

例えばこれだ。

https://x.com/tsurezure_lab/status/1989617763934244949?s=20

このツイートに載っている表は『考察する若者たち』の冒頭で出てくる。

この表を持って

『そう、ドラマ映画の「ただの感想」よりも「考察」のほうが、いまや人気なのです。』(Kindle 3ページ目から引用)と主張する。

いやそれは違和感ない??

通常動画はかなり感想動画の方が人気だ。

ショートと通常の合計では考察動画の方が多いかもしれないが、じゃあ考察の方が人気なんですねとスッと飲み込むのはやや難しくないか

別に考察>感想なんて書く必要はない。

めっちゃ考察の波が来てますよ程度の言い方で全く問題ない。

別にしたことじゃないかもしれないが、パッと見で違和感ある主張を並べる理由もない。

彼女の本は一事が万事そんな調子だ。

一つ二つならまだしも全ての章で強引な主張に溢れている。

これ、本当に本を読まない人間向きの本か?

結構な人数が無意識に、本を読まない人間論理的思考力に欠ける馬鹿だと考えてないか

本を読まなくとも、論理展開おかしさに気付ける人は少なくない。

そんな中で適当な内容ばかり書いてある本を目にすれば、むしろ価値がない物として認識される。

子供向けと子供だましは違う。

しろ子供向けこそ、丁寧に作る努力必要になるはずだ。

彼女文章にそんなもの全く感じない。

雑に作られた形の壊れた文章を、三宅さんはそういうライターからで済ませるのは、三宅香帆を一番馬鹿にしてるだろ。

ティチュードばかり頭にあって、目の前の良し悪しについて考えることを放棄してないか?(これは彼女属性だけで飛びついて批判してそうな側にも言える話ではあるが)

彼女ライターとして歴が長い。

何年も書いてる人間ちゃんと考えれば、もっといい内容を書けるに違いない。

だって必要なことは特別アイデアじゃない。

読み手のことを考えて文章を書くという、ごく当たり前の話だ。

それが無くても別に良いと、強引な擁護を続けることは有害だ。

その程度も要求してはいけないと思っているのだろうか。

彼女周りの人間及びファンダムは、三宅香帆を過度に低く見積っているように見える。

人を舐めるな。

出版された本には名前が残る。

過去に発売された本達は、彼女名前が残り続けるにふさわしい内容だったのか?

くそうは思わない。

三宅香帆本人もだが、彼女を過剰に持ち上げようとする人々の方がより嫌悪感がある。

彼女出版物は改善すべき余地が多すぎる。

しかも、他の人間の手で改善できる部分が多々ある。

出版社は機能しているのか?

チェックする人間は何を考えているのか?

売り出したいものがあるなら、付け入る隙を減らすように粗は取り除いておくべきだ。

クオリティの低い物が注目を集めれば批判が集まるのは当たり前だ。

彼女に連なる様々な動きが、本を売り出すために仕掛けるプロジェクトだとするなら、シンプルに全ての能力限界が近いとしか思えない。

本を出版する人間達は、もっと面白くて、真摯な発信が出来るはずだ。

どうしても自然差し込む方法が思いつかなかったので、趣旨とは外れる部分を書く。

何故か後半は自分語りになってしまったので本当に読まなくていい。

三宅香帆は野村克也に見える。

野村克也日本歴代二位の通算本塁打数を誇る名打者、かつ名捕手として野球戦術戦略に様々な形を導入した人物でもある。

彼の特徴はと問われて何を答えるかは人それぞれだが、野球の実績以外にも目を見張る点がある。

それは出版された著作の多さだ。

正しい数字かは不明だが150冊以上の本が出版され、30冊以上が文庫化されているらしい。

通算150本塁打以上を記録した選手歴代で180人しかいないし、シーズン30本以上打った選手は今年のプロ野球では2人しかいない。

文筆家としても名選手だったと言えるだろう。

が、あえて言おう。野村ノート以外は読まなくていい。

強いて言うなら、楽天監督を辞めた後の時期の本は面白いかもしれない。

大体のルーキーストレートに魅力があってプロに入ってくるのに田中将大スライダーにこそ価値があった。

そんな投手稲尾和久以来だった、みたいな話はめっちゃ面白い。

逆に言えばそれ以外はあまり見どころがない。

理由簡単だ。

ほとんどの本で話が使いまわされていて、見たことがあるからだ。

ノムさんの本は毎年凄いペースで出版されていた。

そんなに人間新しい話が書ける訳がない。

使いまわされた内容が並ぶばかりだから読了するのは容易だ。

しか現場から離れていった彼の野球理論は、今読めば正直古かったり間違っていたりすることも多い。

当時でも検証不能であったが故にまかり通っていたが、今から見ればそれはおかしいと言いたくなる話が沢山ある。

それでも本は売れた。それは詳しい内容以上に彼の人間性に惹かれ、言葉を読みたい。

内容を知りたいと願うファンが多かったからだ。

私もその一人だ。内容の是非とは違う所に読む価値を感じていた。

翻って、三宅香帆はどうだ。

彼女出版ペースは凄まじい。

連載をこなし出版をこなし、メディア出演も大量も盛りだくさん。

それは現実的にクオリティを保てる物量だろうか。

今回の本を読んでとてもそうは思えなかった。

それでも彼女の本は売れる。それは三宅香帆という名前のものファンいるからだ。

とても既視感を覚える。

ノムさんの本に、今はそんなことないなんて言い続けても野暮だろう。

私が読んでいる時にそんな声が聞こえてきたら迷わず無視する。

しかしこの2人には大きな違いがある。

それは年齢だ。

ノムさんは、凄く悪い言い方をすれば引退したロートルだった。

現場で戦う人間自分たちで新しいことを探すし、話しを聞いたとしても大真面目に捉え続けることは少なかったのではないか

彼女は違う。今まさにど真ん中で社会に変化を与えようとする側だ。

からこそ、本の内容が稚拙なのが気に入らない。これでいいとは言いたくない。

から完全に離れた自分の主張を書くなら、寄り添うのはもういいと社会に対して思っている。

それは社会に余裕がある時の振る舞いだ。

今はそんなものは無い。

もちろん寄り添い全てが無意味だなんて言うつもりはない。

しろ人は1人では生きていけない。

だけどいつか人は支えて、人を引っ張り上げる側に行かないといけない。

今の生活はクソだ。

先行きは暗いし、政治に対する不満だって沢山ある。

から今の社会ゴミだなんて話で終わらせようとするのはもっとクソだ。

今の自分は弱い。周りだってそうかもしれない

でもいつまでも弱いままでいることは出来ない。

腹を括って、自分は強くなって自分は勝ちに行くんだと言い切らないといけない。

自分の周りは、そう言えるやつから変わっていると思う。

から今の社会が嫌いだ。優しそうな空気に吞まれそうだ。

三宅香帆の本は優しい。

弱いことを肯定する成分が強い内容だ。

そういう部分が共感を呼んでいることも有ると思う。

でもそれはもう遅いと思う。嫌々ながらも諦めて頑張らないといけない。

ノムさんは、プロ野球選手になってから文字通り血の滲む努力を繰り返して成功したという。

時代的にも、それは事実なんだろう。

からせめて、薫陶を受けるなら野村がいい。

彼女だって、実際は死ぬほど働いているはずだ。

それが答えだろう。

ノムさん三宅香帆も、精神面でもメッセージが強く受け取られている。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。

金を残すのは三流、仕事を残すのは二流、人を残すのが一流。

今の社会に残っている野村言葉マインドの話が多い。

考察する若者たちも、読者の感想最終章への言及がとても多い。

2人とも人を感化しているし、読者は受け取ったメッセージを抱えて行動しようとしている。

じゃあ、本当に成果を出して、人生を動かしている人はどういう属性なんだろうか。

嘘偽りなく、大勢もっと頑張れというべきだと思うし、今の自分必要なことだってそうなはずなんだ。

2025-11-27

anond:20251127084449

文体既視感がある気がして少し考えたけど、

吉田プロだ スッキリした

遅刻しそうだ出勤しよう

2025-11-25

そもそも

野党与党批判が悪いんじゃなくて、引き合いに出す対象にそれを選ぶかってのが問題なんじゃないの?

足の引っ張り方に既視感ありすぎるから野党は何もしないくせに邪魔ばっかりするって印象になるんだと思う

2025-11-22

anond:20251122203904

文章の整い方はAI的って言ってるから、もうそれで充分。

増田投稿テンプレートでもあるんかって言うくらい、文章の出だしに既視感ありまくりから

架空キャラへの飽き

かわいい・魅力的な架空キャラはたくさんいるけど、クリエイターが作った分しか存在しないし、なんかだんだん行動が予測つくようになってきて飽きてきてしまう(興味がなくなるというか刺激が薄くなる感じ)

やっぱなんやかんやでリアル人間のほうが行動の予測のつかなさが大きくて飽きにくい感じはある。ただ自分の好みだったり相性のいい人間出会確率がかなり低い。

リアル人間は好みとか興味の方向性が合わなかったりがほとんどだし、仮にあったとしても向こうがこっちに興味がなかったりで関係性として継続するのが難しい。

両方を満たす人間出会うのはそれこそ一生のパートナーを見つけるとかそういうレベルになりそう。

年を取っていくにつれて経験は増えるのはいいんだけど、既視感のあるコンテンツに対して感じる刺激が少なくなっていくのがどうにもよくない。

架空存在でも現実存在でも刺激を得られなくなったらどうすればいいのか。

2025-11-17

謎の既視感

外国人: 相対性理論を偉い人が発見しました

日本人の反応: 性を相対化するとは何事だ!

 

外国人: ビルゲイツという人が貧困国を支援しています

日本人の反応: ディープステート日本税金を奪うとは何事だ!

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