はてなキーワード: 度外視とは
まあ端的に言うとこっちが勝手に開発の舞台裏を邪推してしんどくなっているだけだ
本編DLCともに全クリしてる前提で書いてる ネタバレ踏みたくない人は読まないでほしい
昔からポケモンが好きで、何百時間もプレイしてきたしグッズも色々買い集めてる
その体験自体はまあまあツッコミどころもあれど楽しかった、のだが
とあるnoteかなんかで「DLCのシナリオに違和感がある、本来はカラスバじゃなくてガイがメインだったんじゃないか」って意見を見た
その直後は「ふーん」と思って流したが、「クリア後の『挑み続けよう』ミッションをクリアしなくてもDLCはプレイできる」って情報を得てから印象が変わってしまった
具体的に言うと「ユーザーの心理度外視でプレイ時間を引き延ばしたい利益主義チーム」と「ユーザーの体験とかシナリオとかを重視したいクリエイター」の競り合いを幻視するようになった
ところで自分はゲーム業界の、いわゆるクリエイターの端くれである
元請けではなく下請け クライアントの無茶ぶりに振り回される側
クライアントはパブリッシャーであり、会議で直接話すお相手はクリエイターではない
何が「おもしろい」のか、多分あんまりわかっていない(だから無茶ぶりをしてくる)
商品として欲しいのは「面白いゲーム」よりも「売れるゲーム」なので、まあ妥当ではある
それで、自分はZA(特にDLC)からこのクライアントみたいな勢力を邪推するようになってしまった
ZA本編クリア後のメインミッション、本当に重い 物量が重い 周回前提の作りをしている
そのやり口が、シナリオの面白さやゲームの手触りよりもユーザーのアクセス数を重視するクライアントのやり方にとても似ている
プレイさせ続けること、話題にさせ続けることが目的に見える 「ああ面白かった」で終わらせるのではなく
コンテンツの戦略としては正しい、が、いちユーザーいちプレイヤーでもある自分個人としては反感が強い
クライアント側からしたら「売れなきゃ元も子もないのに細部に拘泥するな」って感覚なのかもしれないが
DLC、本当は、「本編クリア時点でメインミッションがすべて完了しており、ガイ/タウニーの過去がすべて明らかになっている」ことを前提にしていたんじゃないか
だとしたらすごく通りが良い あのnoteの筆者が言及していた通り
会社の代表として指揮を執っていたなら、多分歪みでのバトルにも参加していなかったのだろう それを後からねじ込んだからあんな登場になっている
ガイ/タウニーの「相槌や茶々入れ以外の、意味のあるセリフ」がやたら少ないのも、カラスバの口調揺れが若干怪しいのも、作戦のネーミングセンスにも全部説明がつく
でも、「プレイ時間を引き延ばしたいから」という理由で過去の開示が先に引き延ばされた
その苦行じみた作業プレイをクリアした人間だけがDLCをプレイできる、とするのは流石にヤバい
ここで「過去が開示されるイベントの発生条件を緩和する」ではなく「DLCのメインキャラそのものを変更する」に舵を切った結果があのDLCなんじゃないか
まあ、大人の視点・クリエイターの視点でプレイする以上避けられないことではある
デモシーンとか「あ、これはゲーム内モデルそのままだな」とか「外注かなんかのリッチなやつだな」とか区分を意識するようになってしまったし
でも正直、開発の人らはすごいと思う
何がすごいって〆切を全く落としていないのが一番すごい えげつない数のローカライズがあるにもかかわらず
あれすごいんですよ本当に うちのプロジェクトなんか年単位で遅れて人とリソースを食い続けている 割と大手なのに
あとコンテンツ力が強いのとグッズ展開が強い、本当に頭が下がる
ポケモンは子供向けのコンテンツだから、発売を数年遅らせるだけで「ポケモンを遊んでいない層」が発生するのだと思う
そりゃあボイスなんて実装してられないよな
上で述べたような方向転換をあの規模のゲームにおいて行うと、まず間違いなく数か月以上の遅れが出る
収録がもう終わってた場合なんかもう最悪、というかセリフの変更はほぼ不可能
せいぜいが、矛盾するボイスをカットしてつじつまを合わせる程度だと思う
声優さんってお呼びするだけで予算が発生するんですよ スタジオに来ていただく時点でそうなる
フルボイスのゲームはスケジューリングか予算のどっちかがすごい
ユーザーとして気になる点はあれど、同業者としては非常に尊敬している
だから、誰かしらを責めたいわけでは全くない ここに書いているのは全部ただの邪推でありお気持ちである
でも個人的には、ビジネス面の意図が一切介入していない、クリエイターが考えたシナリオをそのまま体験してみたかった
それだけが惜しいと思う
おわり
常習的に客の女性に薬を盛ってヤッてたそうな。
なんというか、思いつくやつは居ても本当にやるやつは居ないはずの犯罪。安っぽい漫画じゃないんだからさ。
ちなみにその食虫植物みたいなゲストハウスの所在地は岡山県里庄町なのだが、本当に何もないところだ。山陽本線か国道2号で岡山から広島方面へ、あるいは広島から岡山方面へ移動中に一瞬で通り過ぎて誰の意識にも残らない、そんな場所である。長く岡山人やってるが、里庄に行こうと思って里庄に行くやつなど聞いたことがない。あんなとこでゲストハウスやって商売になるわけねえし採算度外視でレイプのためにやってたんだろうな。
https://news.yahoo.co.jp/articles/0dfa221a0b673d07418291e11f9171a73b9d89a7
アフガニスタンにおける民主化の失敗は、近代西欧が信奉してきた「普遍的価値の輸出」というドグマの限界を露呈させた。かつて日本やドイツが敗戦から鮮やかに民主化を成し遂げた成功体験は、今や「前提条件」という名の残酷なフィルターを通さねば語ることはできない。
第一の論点は、国家建設における「土台」の重要性である。日本が明治維新を経て成し遂げたのは、教育と強権的な行政機構による「国民アイデンティティ」の創出であった。それは江戸時代の幕藩体制を、元老という名の啓蒙君主たちが半ば独裁的に統合し、数十年かけて「日本人」という均質なアイデンティティを鋳造する作業であった。対して、部族性が色濃く残るアフガニスタンにいきなり選挙を持ち込むことは、江戸時代の藩の対立をそのまま投票箱に持ち込むに等しい。自発的な啓蒙君主による数十年の安定と教育を欠いたまま、外部から制度の箱だけを投下しても、それは砂上の楼閣に過ぎない。もしアメリカが本気で民主化を完遂させようとするならば、経済的デメリットを度外視し、行政から警察機構までを植民地支配のごとく直接統治するしかなかった。しかし、現代の倫理観と経済合理性の下では、その選択肢は既に閉ざされている。
第二に、近代化の熱量を規定するのは「背水の陣」という極限状態である。明治期の日本を突き動かしたのは、当時の凄まじい人種差別という外圧であった。どれほど優秀であっても「個人」としての立身が封じられた時代、彼らの全知全能は「日本という国を対等に引き上げる」という一点に凝縮されるしかなかった。対して現代のグローバル社会では、中後進国のエリートは容易に「国を捨て、システムが完成した先進国へ移住する」という合理的選択が可能である。この「頭脳流出」は、国家建設に不可欠な知的エネルギーを霧散させ、残された地にさらなる混迷を招くという構造的欠陥を抱えている。
第三に、文明の持続可能性と人口動態の逆説である。自由民主主義は個人の権利を尊重するが、それは同時に出生率の低下という文明的衰退を内包している。一方で、タリバンに象徴されるような伝統的・抑圧的な体制は、現代の倫理観には反するものの、高い出生率によって「数」の優位を保ち続ける。歴史は常に「正しい」側ではなく、変化に適応し、次世代を繋ぎ得た側に軍配を上げる。我々が享受する「治安の良さ」や「安定」すらも、アイヌや琉球などの多様性を削ぎ落とし、一度レールを外れれば再起が困難な「同質性の罠」という代償の上に成り立つ危うい均衡に過ぎない。
結論として、今後の世界は何もかもを分かち合う「アイデンティティの一致」を諦め、合致する利害のみで繋がる「プラグマティックな取引」の時代へと移行するだろう。日本においても、医療・年金システムの限界が露呈し、国家による一律の救済という幻想が崩壊する中、我々に残されたのは「諦念」という名の覚悟である。十分な資産を持たぬ者は現実に適応し、現役世代は国家に依存せず、自らの力で生存の基盤を築く「個の武装」を余儀なくされる。
アフガニスタンの混迷から日本の閉塞感までを通底しているのは、「他者から与えられたシステムは、その土地の現実に即していなければ必ず破綻する」という冷厳な真理である。我々は今、戦後という長い安寧の時代の終わりにおいて、再び「自力で生き残る」という根源的な問いの前に立たされている。
暇なんでgemini使用
例えば、進学校に入学した子供とその母親。子供は入学試験のために何年も勉強してきていたケースが多く、自分の勉強ペースを把握している。また、受験を終えてすぐの子供たちはしばらく勉強から離れたがる。
そのことは学校側も知っていて、入学直後はせいぜい「ちょっとずつでいいから勉強の習慣を付けておきなさい」位しか言わない。更に学校側は親にも「しばらくは休ませてあげてください」と4月の説明会で言っている。
ところがここで血道を上げるのが一部の干渉したがりの母親だ。彼女らは子供に「今怠けたら深海魚になる!」と叱りつけ、早速予備校の入学手続きを済ましてくる。子供は当然、新しい環境に勉強に忙しくてそれどころではないのに、こういう母親は平気で子供の事情を無視する。
結果として、学校と予備校の往復に疲れきって、早ければ1学期の期末で、遅くても2年生に上がる頃にはすっかり勉強嫌いの深海魚のできあがりとなる(※深海魚=落ちこぼれ)。
こうなる前に、たいがい子供からは「勉強のペースくらい自分に決めさせてくれ」と言われるが、母親達は気にしない。
何故ならこうやって暴走する母親は大概専門卒か高卒で、大学受験をしたことがないからだ。やったこともないことの要領はわからない。
しかし、それにしても不思議に思うことがある。こうした母親は、進学校に合格した自分の子供が既に自分より勉強に詳しい「勉強の専門家」だということには気づかないのだろうか。
この例の中で出した母親だって、大抵は働いているのである。手に職系でもパートでもなんでも、初めは研修があり、続いて1人での業務となり、やがて立派な従業員になっているはずなのである。だから、ある日お客さんの一人が「あんた仕事足りないんじゃない!?タイムカード押した後も追加で働きなさいよ!」なんて言ってきた所で「お客さんに業務の何が分かるんだ」「長く働いたからって業務効率は上がらない」「そもそも給料出ない時間帯に働いたら壊れます」となってマトモに取り合わないはずなのである。それがこと我が子の勉強に限っては「オーバーワークOK!やればやるほど成績は上がる!休憩時間は度外視!」となってしまう。これは不思議な現象である。
もしあなたが自分より賢い子供を持ったら、勉強のことは子供に任せてあげてほしい。あなたが子供のお世話の一環として勉強に口出ししたがる気持ちは分かる。しかしそれは、あなたの業務態度にケチをつけてくる困ったお客さん並みに役に立たないし、神経を逆撫でするだけの、無意味な言葉になってしまう。当然、子供からあなたへの態度もクレーマーに対するそれになる。
また、あなたがそういう母親に悩まされている子供なら、一度母親の最終学歴を確かめてみてほしい。大卒でない、もしくは名前を書けば受かるような大学であれば、あなたのお母様はそもそも勉強の大変さを知らない可能性が高い。そんな時は父親や親戚など、あなたの母親に物申せる立場の人にそっと相談してみればいいかもしれない。私は学生の時にこれを思いつかなくて、今とても後悔している。
母親が子供の勉強に口出ししたがる理由、それは「指導しなきゃいけない(と思い込んでいる)のに、指標がないから」である。そんな時は、子供から母親に物申すだけで事態が解決することはないので、周りの大人にも頼ってみてほしい。
10時〜12時、20時〜22時などに、住宅地に侵入してきます。
継続的に警察等の機関に報告をしていますが、解決には至っていません。
至っていないというのは誤りかもしれません。
もしかすると検挙された車両が再度現れているだけかもしれませんが⋯。
とにかく、住宅地に大音量を及ぼすレベルでの騒音がやみません。
私の部屋はそのため二重窓ですが、それを貫通してきます。
向精神薬もかなり多く飲むようになりましたが、頓服薬は眠気を誘うので、仕事がある日は飲めません。
なので眠気を伴わない、脳内で分泌される回復薬に頼ることにしました。
リストカットです。
おそらくこれは合理的です。
私の肉体を削りとるということを度外視すれば。
ここで「暴走族は騒音をやめろ。」と言えば、おそらく多くのバイカーおよび車両の使用者は
と言い逃れるでしょう。
定期的に調べていますが、特にバイカーはヘルメットを被っているので、騒音を発生させている自覚がかなりないようです。
なのではっきりいいます。
「法定でない改造を施した車両および、整備不良の車両は、使用を停止し、法定の整備を受けてください。」
私達のような被害者を実際に生み出していることを、忘れないでください。
同じくセックスに対して和解するなら方向性が別だと思うんだよな。
毎回ドレスコードありのフルコースであり、テーブルマナーゴリゴリで、疲れちゃうというのは、
もっと雑にサクッとハメるほうが推奨されると思うんだよな。
膣の入口にちんこあててチューしてればじきにぬるっと入るんだから、
そんなもんでいいんだよ。
全部で10分くらいでサクッと終わらせる。
セックスはコミュニケーションというのが、どこかのブコメで人気だったけど、
相手が許容できるセックスを度外視し、自分のセックス論を強要する増田の方にも多いに省みるところはあるだろう。
それは多分、もはや儀式なんだよ。
恋人間は、こんな感じで月に数回丁寧に抱く儀式。異論は認めない。みたいな。
発達障害で別に何か天才的にうまいことが出来る訳でもなく、体力がある訳でもないどころか割と体調崩しやすい人間って生きてる価値あるのか?と自問自答してしまう。私のことだが。
80%のことが人よりできなくても、10〜20%のことが人の50倍くらいできるとか、いわゆる天才型ならまだそこで生きていけると思う。
特に特筆するほどのことはなくても、体が元気で体力があれば、仕事自体はあると思う。
しかし私はそのどっちでもない。
なんなら自律神経の問題で、定期的に貧血を起こして立ち上がれなくなったり、最悪気絶する。
何もかもできないってわけじゃない。一応大学もでたし資格も取れた。金出せばどちらも手に入るようなところもあるかもしれないし、わたしのいってたところもそうかもしれない、少なくとも大学の単位が取れる程度には読み書きできた。
読み書きすらままならないほど、学力に問題があった訳ではない。
接客もできた。発達障害の中には会話が怪しいレベルの人もいるにはいる。
私はその人に比べたら発話できる方だった。
音読も割と得意なほうだろう。アナウンスなどを任せていただきこなすことは出来た。
私は決して何もかもができないほどではない。
しかし当然苦手なこともある。数学は得意じゃない。運動もかなり音痴だ。球技でラリー?が続けられない。バドミントンでサーブすら打てなくて笑われてから私はとても運動が下手だな……と実感が強まった。
そしてそこに発達障害の特性による「出来ないこと」や、自律神経失調症による「いつ来るか分からないぶっ倒れ」が重なった結果、まともなところでまともに働くことは多分不可能だ。
正直私が私じゃなかったら、私と働きたくない。突然具合悪くなってシフトに穴を開けまくったり、忘れ物やなくしものが多かったり、命令がないと動けなかったり。
ゲームやる時だって、可能な限り最大効率出せるキャラしか採用したくないだろ。
せめて平均は出せなきゃやりたくないよ、なんで成功率30%くらいのキャラを採用する?しないだろ……。
いや、問題あるのはわかる、たくさん問題が出るだろう、でも私みたいなのは生まれずに苦しまずに済んだのに。
私の父方の人達はみんな、何かしら精神疾患や発達障害を持っている。多分そこら辺問題ある遺伝子なんだろう。
優生思想の法律があれば、私の祖父母辺りでうちの家は途絶えていたに違いない。発狂して大暴れしたらしいし。
そしたらまず優生思想的にはアウトそうだし。
ぜーんぶ中途半端、ちゃんと苦しみが理解できないほど頭パッパラパーでもない、未来が全く想像できないほど知能に問題がある訳でもない、でも生きていくには足らない。
税金貰ってる立場だけれど、感謝してるけど、それはそれとしてそれだけじゃ絶対生活できない。月5万でどうやって生きていけと仰る。
仕事したくてもそもそも雇って貰えないし、迷惑かけたくもない。何とか雇ってもらえてもフルタイムで働けない。障害者用の作業所とかだと月数千円。高くても8万円くらいの給料しか貰えない。
家じゃ邪魔者で早く出ていけと言われる。
足らんて、普通に。一人暮らしするならもう少しないと流石に安定しないって。火の車で健康度外視食生活とかならなんとかなるかもしれないけど。
障害者は福祉に繋がれば社会が生かしてくれるんでしょ?という人もいるかもしれないけど、全然そんなことない、マジでア〜とかしか言えないようなレベルだったり、読み書きできない会話もあんまり成り立たないレベルだったら知らんけど。
会話できて勉強ある程度できて動くのに支障ない(だが生きるのに支障はある)レベルだと上に書いた程度。
そして仕事はない、たすかりたい、助けがないと今の社会じゃ難しい、お金が無いと生きてけないけど、バカにはお金を手に入れるのが難しい。狩りとかの時代の方が多分生きてける。
つらい
今の中国の振る舞いが気に食わない、高市氏の発言にスカッとした。それは結構だ。個人の感想としては自由だろう。だが、それを国家の外交戦略として肯定し、従来の「どっちつかず」な態度を「弱腰」だの「中国への阿り」だのと断じるのは、あまりに国際政治のイロハが分かっていない。「敵か味方か」「善か悪か」という幼稚な二元論でしか世界を見られないのなら、外交について語るのはやめたほうがいい。
まず決定的に理解が足りていないのは、中国という国家における「面子」の機能だ。お前らはこれを「中国人のプライド」程度の、単なる感情の問題だと思っているのだろう。だから「相手の顔色をうかがう必要はない」などと言えるのだ。
中国共産党体制において、面子とは統治の正当性を担保するシステムそのものである。「中華民族の復興」を掲げる以上、核心的利益(台湾など)で公然と面子を潰されれば、彼らは体制維持のために、経済合理性を無視してでも強硬手段に出ざるを得なくなる。つまり、相手の面子を潰すという行為は、相手から「合理的な判断(=戦争は損だからやめておこうという判断)」を奪い、暴発へと追い込むトリガーを引くことに他ならない。
高市氏の発言が危ういのはまさにここだ。「守る意思」を示すのは良い。だが、それを言葉にして相手の逃げ道を塞げば、相手はコスト度外視で殴り返してくる。相手を暴発させずにコストだけを認識させる、そのギリギリのラインを突くのが外交であり、素人の喧嘩自慢とはわけが違うのだ。
さらに絶望的なのは、相手国を一枚岩の「悪の帝国」としてしか捉えていない点だ。中国共産党内部にも、経済合理性を重視し、欧米との協調を模索する穏健派(非強硬派)は確実に存在する。彼らは、今の独裁体制の中で息を潜めながら、強硬派の暴走を止める機会を窺っている。
日本が「一つの中国」という建前(面子)を維持し続ける最大の意義はここにある。我々が面子を立ててやることで、中国国内の穏健派に「日本も配慮しているのだから、我々も過激な行動は慎むべきだ」と主張するための論拠(武器)を与えているのだ。
それを「白黒つけろ」といって放り投げればどうなるか。
中国国内はナショナリズム一色に染まり、穏健派は「売国奴」として粛清されるか、沈黙するしかなくなる。結果、中国の意思決定は強硬派に一本化され、軍事衝突のリスクは跳ね上がる。「どっちつかず」をやめるというのは、敵の内部にいるブレーキ役を自らの手で殺すのと同義だ。これほど利敵行為に近い愚策があるか?
最近ネットでは「中国に配慮するリベラルは中国の手先だ」といった短絡的な言説が溢れているが、知性の劣化もここに極まれりだ。「相手の主張に賛成すること」と、「国益のために相手の面子に配慮(マネジメント)すること」は、全く別のレイヤーの話である。
「一つの中国」を表面的に支持しつつ、裏で台湾と実質的な関係を強化する。この「戦略的曖昧さ」こそが、中国を縛り付け、現状変更を許さず、かつ戦争という最悪のコストを回避するための、最も冷徹で計算高い「封じ込め政策」なのだ。これを「信念がない」「コウモリだ」と批判するのは、高度な嘘で成り立っている国際社会の現実から目を背け、自分に気持ちのいいカタルシスを求めているだけに過ぎない。
我々が求めているのは、一時の感情的満足ではなく、明日も平和に暮らせるという実利だ。そのためなら、笑顔で嘘をつき、嫌いな相手の面子を立てることくらい、大人なら当たり前にやるべきことだろう。
若い女性が世間に変な目で見られないように払っているコストと公園にいるだけで不審者扱いされ職質を受けがちな見た目に気を使っていない寄りであろう男性の払っているコストの多大な差を度外視して男女で世間の扱いが違う!という結論になるのも一部男性の厚かましさからくる間違った考えのような気がしてきた
どう考えても平均して費やしてる労力が違いすぎるのに性別から来る差だけが理由だと考えて疑わないの尊大すぎるだろ
そして外出した時の観察としても身なりに気を使っている若い男性は全く冷遇されていないと思う、一昔前の傾向としてヤンキー系、コワモテ系が男性のなかではファッションを好んでいて、別の理由で怖がられてしまうので今まであまり身なりで相手の態度が違うという部分に着目されてなかっただけなんじゃないか
何のために米農家守ってるのかって話だよな。
経済的に、あるいは物理的に海上を封鎖された時、そういう時に、せめて食糧だけ、肉や野までは無理でもカロリーだけは自給するためなんじゃないの?
実際に封鎖されることはないにしても、封鎖されたらどうやっても立ち行かないという急所をさらしていたら、そこにつけ込まれて不利な条件でも飲まないとならなくなる。
弱い国は舐められて毟られる。
だからどこの国も、食料だって工業製品だって資源だって、海外から買ったほうが安くても、国内で賄えるように出来る範囲で努力してるんじゃないのか?
1円の金にもならない軍隊を常備してるんじゃないのか?
国防のためだから採算度外視ってんなら米農家の保護はわかるよ。
日本国民がざっくり1億人として、1人80万円、夫婦なら160万、子供2人の4にん家族なら320万円もカツアゲされるんだが、それもこれも自動車と米を守るためだろ?