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2026-04-04

anond:20260404213536

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木下ちがや

政治社会学者

2026年4月4日13時37分 投稿

視点中国の古いお話に「胡蝶の夢」というものがある。荘子が夢のなかで蝶になった。目覚めた時、「蝶になった夢」か「自分がいま夢を見て蝶になった」か分からなくなったという故事だ。荘子のこの教えは自由意志希求のようであり、何かポストモダンの先駆のようにも思える。押井守はこの故事映画版うる星やつら2」で活用し、無限に反復する喧騒学園祭前夜の夢のような世界と並行し、荒廃していく現実世界歓喜と恐怖を描き出していった。

 

記者はこう書いている「日本トップとは思えぬ振る舞いに、私も思わずフェイ画像か」と、わが目を疑った」。だが夢か現実かの区別がつかない感覚に襲われたのは記者だけでなく、対イラン戦争をめぐる狂騒のなかで日々われわれが襲われている感覚であるホワイトハウス公式アカウントが垂れ流す不可解な映像支離滅裂命令、そして映画版うる星やつら2』では、現実に向き合おうとする登場人物たちが次々と消されていったが、これもトランプ政権の軍幹部たちの粛清と重なる。

 

高市総理もまた「蝶になった夢」をみているのかもしれない。記事は「首相のアクロバティックな動きは、むしろ選択肢の乏しさの裏返しでもある」と批判で締めくくられているが、夢の世界選択肢無限なのである

 

もっと世界指導者の大半は現実世界にいる。世界の大半の人々は、明日生活に怯え、真面目に現実と向き合おうとしている。だからどうも、トランプ高市の二人だけが夢を見ているようだ。高市総理は夢から覚まそうとする側近たちを、トランプがそうしているように次々に消していくのだろうか。

 

夢とも現実もつかない世界で夢見る二人の指導者のもとで、荒廃していく世界のなかでわれわれはSNSを通じて流れて来る夢とも現実もつかない映像をこれからも日々みせつけられることになるのだろう。押井守の「うる星やつら2」は、愛を選択した主人公現実回帰することで夢の世界は一斉に崩壊し、作品は締めくくられ、蝶は飛び去っていく。その時がいつくるかは、まだわからない。

2026-03-14

工学系(特に情報系)の女子枠の話

 昔を知っている人ならわかるとおもうけど、歴史改変も甚だしいよね、という話である自分2002年某国立大学の情報学部入学したおっさんで、今は結婚して平凡な日々を過ごしている。で、女子枠を正当化するために持ち出される「女子にやたら言い寄る情報男子」「女子侮蔑する情報男子」「女性が来るや否や特別視して騒ぐ男性」なる存在だけど、あれは少なくとも自分の知る範囲では、はぐれメタル並みにレアキャラだった。本当に。

 後述する学園祭実行委員会絡みで他大学との交流もあったけど、このへんはまあぶっちゃけ大同小異だった。

 もちろん、女子目線でいえば「キモい男子結構いたのだろうとはおもう。そこは否定しない。

 でも、キモいキモいにしても、そもそも情報系に進みたがる男子なんて時点で、女慣れしていない人間の方が圧倒的に多い。なので「声をかける」以前の問題だったし、実際に人間関係トラブルが起こる場の多くはサークルだった。要するに、情報男子女子に積極アプローチして事件事案になる、みたいな構図自体が、そんなに成立していなかった。

 自分所属していたサークルは、学園祭実行委員会登山サークル情報サークルの3つだったけど、男女間のトラブル発生比率でいえば……ぶっちゃけ女性慣れしている男子の方が遥かに多かった。

 特に学園祭実行委員会なんて、構成員100名近い大所帯だったから、その手の揉め事普通によくあった。で、女子側が微妙目線を向けていたのは、おどおどしている工学系(情報系)男子より、圧倒的にリーダー格だったり、それに近い男子層(文系)だった。理由は単純で、委員会内で異性にやたらアプローチを仕掛けるのが、その層に偏っていたかである

 なんでそんなことを知っているのかと言われそうだけど、アパートが2Kだったせいで実行委員会のたまり場になっていて、その手の話を耳タコになるくらい聞いていたからです。

 さらにいうと、女子の側も「情報男子はアレよねー」みたいな目線を薄っすら共有していたし、そもそも多くの女子情報系そのものにあまり興味を持っていなかった。某大学僻地にあるせいか女子の側から露骨侮蔑を向ける人はそこまで多くなかったけど、それでも「女性差別によって工学系に進めなかった」みたいな話になると、いや歴史改変はやめろよ、となる。

 実際のところ、多くの女子認識は「情報系なんかわからんし難しそうだし、興味ないからどうでもいいや」くらいのものだったでしょ、というのが自分の実感である。これからIT時代だ、みたいな風潮はすでに強かったので、「よくわからんIT系のことは情報男子にぶん投げておけばいいでしょ」という雑な認識もかなり横行していた。

 一応補足しておくと、いわゆるオタサー(※非PC系)だと、「オタサーの姫現象みたいなものはあったらしい。これは友人からの又聞きなので実態は知らない。でも、それは工学系というよりサブカルオタ界隈の男女関係の話であって、情報男子の話とはあまり関係がない。

 自分自身は、飲み会会場として自分の部屋を提供していたせいか、単に無害なやつ認定されていたのかは不明だけど、どのサークルでも女子から疎外された経験はないので、個人的に嫌な思い出があるわけではない。

 それでも、女子情報系を薄っすら避けていた、あるいはそもそも興味を持っていなかった、という歴史的事実まで改変して、「女性情報系に行きたくても男性たちの空気のせいで行けなかった」みたいな物語に全部回収するのは、さすがによろしくないとおもう。

2026-02-19

anond:20260219155857

学園祭前までが最盛期って感じするわ

つーか爆轟がクソ嫌いだったかあいつが自分能力四肢爆裂して苦しみながらカタワになるみたいな展開じゃないのが嫌。

2026-02-17

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インタビュー

「右」と「左」の対立はもういらない? 対話で見えた予想外の世界線

2026年2月12日

https://digital.asahi.com/articles/ASV1G2HJNV1GULLI003M.html

 

Re:Ron対話 宇野重規×梶原麻衣子

 【宇野】 朝日新聞で論壇時評を2025年3月まで2年間担当し、そのとき梶原さんの『「“右翼雑誌」の舞台裏』(星海社新書24年)を読みました。

 論壇とは何なのか、いつも考えていて、論壇時評といっても取り上げる雑誌はやっぱり朝日新聞っぽいものを選んでいるんじゃないのか、と感じることがある。「WiLL」や「Hanada」も時々読んでいたけど、取り上げることは限られていた。一方で本屋さんに行くと、論壇時評で取り上げるような雑誌は1、2冊くらいで、「WiLL」「Hanada」がずらっと山積みになっていて。ただ正直に言うと、熟読するのはやや抵抗あるな、とも。

 そんななかで梶原さんの本を読んで、面白いと思いました。現場学園祭のノリで編集していく様子が楽しそうで、何より梶原さんがちゃん対話しようとしていたのが印象的だった。まずは自分たちが考えていることを知ってもらい、そして相手がどう思うかも聞いて話し合おうという企画を色々と練っている。うまくいかなかったものも含めて、いわゆる「左」とか「右」というのを超えた対話を実現しようとする努力が伝わってきました。

 【梶原】 実は「WiLL」編集部にいたときコラムニスト勝谷誠彦さんの「あっぱれ!築地をどり」という連載を、入社当時から19年に退社するまで13年近く担当していました。

 朝日新聞論調を、東京本社所在地にちなんで「築地をどり」という流派になぞらえ、いわばおちょくるものです。とにかく朝日新聞を隅から隅まで毎日読んで、ネタを探す。細かい記事読者投稿まで読んで、今月はこれにツッコミを入れるぞ!というのを勝谷さんと相談して作っていく。

 たぶん朝日新聞の人はあまりきじゃなかったと思うし、応答が返ってくることはほとんどなかったんですけど、日々の紙面に対してツッコミを入れることで、一つのやりとりが成立していたと思う。私にとっても鍛錬になりました。

 24年の論壇時評(7月25日朝日新聞)で「Hanada」の記事石丸伸二・前広島県安芸高田市長についての地元の人たちによる座談会)を取り上げてもらったときは、編集部内がどよめいていたそうです。読んでくれている、というのは編集者としてすごくうれしいと思います

 【宇野】 実際読んでみると面白い記事もあるわけで、それを雑誌に対する一方的思い込みでこれはダメだっていうのはおかしいですよね。

 ただ、いまどきのネット空間では、見出しすら半分くらいしか見ずに、とりあえず相手にかみつく。批判する対象も丁寧に読むというのは、それだけで誠実かもしれません。

 具体的にはどういうのがありましたか? 梶原さんが見た「朝日新聞っぽさ」というのが浮かび上がってくるかと。



 【梶原】 衝撃だったのは連載初回で、04年11月中国の原潜とおぼしき船が日本領海内を航行した際の記事です。朝日新聞の社説(同11日付)で小見出しに「中国潜水艦?」って書いているんですけど「?」の級数ものすごく小さいんです。他のメディアはもう「ほぼ中国船」といった形で報じているけど、まだ違う可能性があるからなのか、あるいは中国に対して気を使っているからじゃないか、と。

 他にも、旭日(きょくじつ)旗に対して韓国から批判的な声が高まるなかで、朝日新聞夏の甲子園大会開会式で、毎回、旭日旗を元にしたような社旗ボールにくっつけてヘリから落とす。それに対してここでは言えないような下品ないじり方をしていたんですけど、客観的には面白い意見は違うけど存在否定しているわけではなく、風刺というか笑いにしてしまおう、という精神は良かったのではないかと思うんです。

 連載のネタにはならないけれど、朝日新聞を読んでいて説得されるようなこともありました。読み続けることで変化も分かるし、相変わらず、というところもあって、定点で見ていくことに意味があったと思います

 【宇野】 立場が違うとどうしても殺伐としたやりとりになって、特に今のネットでは相手を斬らなかったら自分が斬られるというか、どちらが先に相手ののしり倒すかみたいな感じがある。それに比べると、笑い、ユーモアからかいを含めた風刺は大切ですね。雑誌という媒体性質なのか、あの時期はまだそういう対話が成り立ったのか……。

 【梶原】 編集長の花田紀凱さんの方針で、雑誌新聞に対して批判の目を向けなければ、というスタンスで、朝日新聞特集を何号もやっていました。

 【宇野】 花田さんが週刊文春などで鍛えたジャーナリズム感覚のようなものでしょうか。ただ、その大前提には、朝日新聞というのは権威であって、それをたたいたり、ちょっとおちょくったり、それ自身面白い、というのがあったわけですよね。

 【梶原】 論調の違いや歴史認識に関して言えば、非常にシビア批判もたくさんあった。でも、そうじゃない視点から面白くいじり倒すというのもあって、「品はないけど愛はあった」というか。


 たとえば、朝日新聞記者年末年始ホームレスの人たちと寝袋で寝たという記事があって、もちろんその動機とかそこで見えてくるものは当然あると思うけど、ちょっと離れたところから見ると、「朝日記者は高給取りなのに、それは偽善では……」みたいな。そんな視点です。

 【宇野】 権威とされているものツッコミを入れたりひっくり返したりするのは、ジャーナリズムメディアの基本でもありますね。

■「敵」がいなくなった保守

 【梶原】 でも、権威があってそれをたたく構図、「革新」と「保守」というか、「左」と「右」といった構図がずっとあったけれど、徐々に「保守」のほうが強くなってきた。第2次安倍政権になってさらにそれが見るも明らかな状態になっているにもかかわらず、まだ左派カウンターを打つだけでやっていこうとしてしまった。本来保守側が論を立てなければならない側になったのに、保守側の意識が変わらなかった。ここが雑誌を作っていて難しかったところです。

 【宇野】 まさに朝日新聞というのが批判する側の言説の権威としてあるのが大前提で、逆に言うと、朝日新聞権威の座から転げ落ちてしまうと今度は敵がいなくなってしまう。ということで今度は、裏側から朝日新聞頑張れ!とエールを送っているところもある。

 加えて、保守なかにも「正論」や「諸君!」(09年休刊)といった既存の「ガチ論壇誌」があって、「WiLL」「Hanada」はそれともまた少し距離を置いた媒体で、面白くなきゃ、読者を楽しませなきゃ、という感覚がすごくある。でも、これも保守の“正規軍”があってこそ。それもだんだん力がなくなっていくんですよね。



 そんななかで、雑誌は売れるけど、自分たちが対抗する相手保守の牙城(がじょう)みたいなものが弱くなって、何に向かって茶々を入れていけばいいのか見えにくくなってきた。メディア政治の潮流がどんどん変わっていくなかで、梶原さんは居心地が悪くなって、結局飛び出した。何が一番大きなきっかけだったのですか?

 【梶原】 やっぱり第2次安倍政権の時期に抱いた違和感がすごく強くて。政権朝日新聞をはじめメディアからたかれるなか、こちらがそれを押し返すという構図がありました。でも本来は、保守からできる保守派の政治批判というのも当然あって、安倍政権にまだできていないこと、もっとやってもらわなければということが結構残っていたんです。実際、あそこまで政権が続いても憲法改正はできていません。

 なぜそれができないのか、を突きつけていかないといけない。岩盤支持層であればあるほど、その人たちがグラグラすることによって政治危機感を覚えるし、支持が離れることになって初めて本気になる。何をしても応援しています、できないことはやらなくていいよ、という状態が続いてしまうと、政治の側の「現状を変えよう」という動機けが希薄になる。

 だからこそ、保守から批判ちゃんとしないと、自分たちが思い描くような政治にはならないんじゃないか、という思いがありました。

 ところが実際には、北方領土返還をめぐる日ロ交渉が失敗し、四島返還事実上遠のいたにもかかわらず、「安倍さんは頑張ったからいいじゃないか」といった意見や、「モリカケ問題」の文書改ざん擁護する声も出てきた。最終的に、やっぱり憲法改正を言わないほうが正しいという意見まで雑誌に載るようになって、そうすると一体何のために雑誌をやってきたのか、安倍政権擁護するあまり今までずっと訴えてきた保守側の意見とも違うものまで雑誌掲載されたことで、これはさすがに許容できないと思った。葛藤がどんどん大きくなっていって、体調も崩してしまいました。

 【宇野】 ある意味で筋を通そうとしたわけですね。保守の原点、特に安倍政権本来の志は憲法改正であったとすると、それは置いておいて、むしろ政権を続けること自体目的化しているとしたら、それは本来めざしていたものからそれているんじゃないのかと。当然これは保守の側から出てきてしかるべき疑問だと思いますが、右派系の月刊誌を含めたメディアの多くも安倍さんの人気に乗っかって応援団のようになってしまった。おかしければおかしいと言うのがむしろ筋なのではというのは、本当にそう思います


本来の「保守」とは?

 私は『保守主義とは何か』(中公新書、16年)という本も書きましたが、保守って、自分たちの大切にしている価値があって、それが絶対だとか、一切変えちゃいけないとまでは言わない。でも大切なもの放置しておくとだんだん失われていくので、必要な変化は認めた上で、でも大切な価値はこれだ、とそれを守り抜いていく。それが保守保守たるゆえんだと思う。

 でも現代保守は何を守ろうとしているのか。あいつはおかしいというカウンターははっきりしているけれど、肝心の自分たちが守ろうとしているものがよく分からなくなってきているのではないでしょうか。

 【梶原】 保守の側にもそういうことを言う人は出てきてはいますが、大勢ではありません。今は良い意味でも悪い意味でも右とか左とかではない時代になってきています

 まだちゃんとあったほうが良かったと思うのは、自分が何に立脚してものを考えているのかがあった上で、あなたはそういう価値観だから私とは意見が違いますね、とある程度分かったほうがまだ話はできると思うからです。

 【宇野】 確かに保守主義って生まれときから明確な敵があったんですよね。フランス革命20世紀社会主義アメリカ流の「大きな政府」(ニューディール政策)と対象は変わったが、常に敵があるときに元気が良くて論理も鋭い。だけど21世紀になったぐらいから、だんだん明確な敵が分からなくなっていった。

 【梶原】 今は私も、保守派の人と話していても話が通じないことがありますネットの言説の影響が大きいと思うけれど、とても変わってきています

 たとえばLGBT問題で、本来日本の文化で言えば西洋の男女二元論のような捉え方とは違うはず。ところが保守派は、性別絶対的なものであると主張し、LGBTを許容する発想を危険視するようになっています。「女のふりをした男が女湯に入ってくる」というようなレアケースを持ち出すことで危険性を訴え、「LGBT思想蔓延(まんえん)すると女性を守れない」と印象付けようとしていました。

 そういう時だけ「女性を守れ」と言いますが、日ごろ「痴漢撲滅、女性を守れ」などとは言っていない。LGBTを推進する左派に対抗したいというイデオロギーのために「女性を守れ」の方便が持ち出されているだけです。また、「LGBTを許容することで性別不明の人間同性愛者が増える」とも言うのですが、保守派が認めようが認めまいが、当事者はすでにこの社会暮らしているわけで、「認めなければ存在しない」かのような言い方には違和感しかありませんでした。

 【宇野】 今の保守右翼を論ずる上でのポイントで、かつてのようなイデオロギーに基づくような明確な敵はいない。

 むしろもっと素朴な違和感、何か嫌だという感覚がある。そこからスタートするのは議論の仕方としてはありだとは思う。ただ、お互いになぜ嫌なのか、考えてみると自分のこういうものを脅かすと感じるから嫌なんだ、くらいまでいけば、それならお互いの大切な部分をなるべく傷つけないように、どうしたら共存が図れるか、といった議論もできる。けれど、たぶんそこまでいっていない。

 【梶原】 移民などに対してもそうですが、海外で起きている事例とか、嫌悪をあおるような動画を見聞きして、それをそのまま取り込んで日本でも近い将来こうなる、といった言い方がすごく増えています防衛本能みたいなところから出てくるのは分かるけど、社会の違いがあるのでそのままそうなるわけじゃない。これも保守の人には分かるはずと思っていたんですが……。

 【宇野】 もちろん、地域によっては外国人労働者が増えて、住んでいる人との間に摩擦やトラブルが起きることもある。そのとき、お互いに反発があるなかで、どう一緒にやっていくのか、どうルールを決めていくか、という議論ならいいけれど、今あるのは「なんちゃって排外主義」というか、漠然とした排外主義的な気分。本来自分たちのものであるものが、いつの間にか外国人に奪われているのではないか、という不安感だと思います。そうした不安自体否定しないけれど、相手存在否定する、いなかったことにする、というのは違う。

 そもそも梶原さんは最初から自分右派的な意見を持って雑誌に行ったときも「最右翼」と自認されていましたけど、何かきっかけがあったんですか?


■なぜ保守右派的な思想に?

 【梶原】 さかのぼってみると、父が自衛官で、小学校時代に父の仕事について担任先生から、「あなたのお父さんの仕事って嫌われてるよ」と言われたり、PKO派遣1991年議論になったときに、父は行きたいと言ったけど母がそれを止めて、「あなた正義心で世界のために命をかけようとしているんだろうけど、死んでも誰も感謝しない、この国は」という言い方をしていたり。実は母も自衛官の娘で、そういう立場の人がそんな風に言うこの国とは一体なんなのだろう、とすごく疑問に思ったんです。

 父の仕事が他の仕事と比べて特別すごいとは思っていないけれど、でも誇りを持ってやっていることだし、自分観閲式に行ったりして親しみもあったので、なんでそんなことを言われるんだろう、という思いがありました。大学に行ってからいろいろ雑誌を読んだりするなかで、それって憲法の話からきていたのか、それで存在否定されてこうなっちゃうのか、と。そのあたりからだんだん保守系の雑誌を読むようになって、自分にはしっくりくるなと思った。

 そして2002年北朝鮮による拉致問題の大きな進展があったとき、こんなことが起きていると知らなくて、それを解決できずにきていたんだとショックを受けて。そこから保守派の考えになったのが大きかったと思います

 【宇野】 お母様の言葉が重たいですね。もちろん個人意見として、憲法9条についての考えが多様なこと、自衛隊という存在に対して否定的な考えがあるのはしょうがない。でも実際問題として、この国のために働いて亡くなったところで、誰もそれを嘆いてくれないというのはおかしいんじゃないか、というのはそう思います。国のあり方としてどこかおかしいっていうのは、非常によく分かる感覚です。

 拉致問題にしても、この国のあり方とか外交とか特定の国に対する姿勢とかを考えるとき、決定的に重要事実を知らなかったのはショックですよね。大切な事実や前提が分からなければ対話も始められない。

 その後も、お父様やお母様とはそういう話はしていますか?

 【梶原】 憲法の話とかをするようになったのは編集部に入ってからでした。雑誌も購読してくれて、感想も聞かせてくれました。母方の祖父仏壇雑誌を供えることもあって、軍に入って終戦を迎えた後に警察予備隊にも入隊していましたから、戦後の風潮に対する何らかの思いがありながらも言えないこともあったんだろうな、と感じました。あまり多くを語らない人だったのですが、もうちょっと聞いておけば良かったと思います

 私自身も編集部に入る前から「WiLL」の読者だったので、編集者になっても雑誌を読んで毎月楽しみにしている気持ちは読者と共有できている、という感覚がありました。

 【宇野】 思いがある問題意識を書いて、それが読み手に届いて共有され、一緒にやっている感覚ジャーナリストとして幸せですね。

 【梶原】 読者から電話やお手紙などのリアクションもすごく多くて。批判ももちろんありましたが、でもそこでまたコミュニケーションが生まれた。

 ただ、第2次安倍政権期に入って私自身も疑問を持つようになったとき、読者から手紙いただきました。「保守雑誌は本当のことを書いてくれるから読んでいた。リベラル媒体と違ってちゃんとフェアにやってくれると思っていたのに、安倍擁護ばかり

2026-02-16

anond:20260216153004

俺の中学の時の同学年の生徒会長は、

服装規定の緩和を訴えた奴が立候補して当選

教師に反対されてなしに。

高校の時の同学年の生徒会長は、

学園祭の拡大を訴えて当選

学園祭が拡大実施された。

2026-02-14

なんでもや

木曜の夜、僕は渋谷マークシティの横のエスカレーターに立っていて、上に行く人たちの後頭部を見ていた。みんなどこかに行くところがあって、誰かに会う予定があって、それが当然みたいな顔をしている。僕にはこの後の予定がない。さっきまで打ち合わせだった。クライアントじゃない、業務委託デザイナーとの打ち合わせで、サイトワイヤーフレーム修正点を詰めていた。二十二歳同士の打ち合わせ。たぶん外から見たら、意識の高い大学生が何かやってるな、くらいのものだ。くらいのものだ、ということを自分でわかっているということが、たぶん僕の一番の問題だと思う。

自分の話をする。

僕は今、大学四年生で、二年の終わりくらいかウェブマーケティング的なことを仕事にしている。会社を作ったと言えば聞こえはいいけれど、実態フリーランスに毛が生えたくらいのもので、オフィスはなくて、自宅の六畳の部屋が全部だ。クライアント十二社。小さいところばかりだけれど、毎月の売上はまあ、大学生にしてはあるらしい。「大学生にしては」。この留保がつく限り、僕はまだ何者でもない。

大学生にしてはすごいね

この言葉を言われるたびに、笑顔で「いやいや全然です」と返しながら、胃の底がかすかに冷たくなるのを感じる。大学生にしては。大学生にしては。その「しては」を取ったら、僕に何が残るんだろう。

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インターン先の話をする。大学三年のとき半年だけ、あるスタートアップインターンをしていた。もう辞めてしまったけど、あそこで僕は初めて、本物の優秀さというものを見た。

先輩の川島さんは二十六歳だった。東大の院を出て、新卒でそのスタートアップに入って、マーケ責任者をやっていた。川島さんは、僕が二時間かけて作った広告レポートを見て、三十秒くらい黙って、それから「ここの因果、逆じゃない?」と言った。僕は二時間かけて間違った方向に全力で走っていたのだ。川島さんはそれを三十秒で見抜いた。

三十秒。

僕は自分の二時間川島さんの三十秒を天秤にかけて、その傾きの角度に目眩がした。

川島さんだけじゃなかった。もう一人、営業柴田さんという人がいた。二十八歳。この人はマーケことなんか何にも知らない。でも柴田さんがクライアント電話しているのを横で聞いていると、声のトーンが変わる瞬間がわかる。相手の声が、硬いのから柔らかいのに変わる。それは技術じゃなかった。人間の、もっと根っこのところにある何かだった。

僕にはあれがない。

あれが何なのかすら、正確にはわからない。わからないということが、つまり僕にはない、ということだ。

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ここで白状しなければならないことがある。

僕がビジネスを始めたのは、見返したかたからだ。

中学とき、僕はいじめられていた。いじめ、という言葉を使うと何か大げさなもの想像されるかもしれないけれど、そんな劇的なものじゃなかった。殴られたわけでも、金を取られたわけでもない。ただ、存在を透明にされた。グループワークで僕の意見は聞かれない。昼休みに話しかけても目を合わせてもらえない。LINEグループに入れてもらえない。文化祭の班決めで余る。修学旅行の部屋割りで余る。「余る」。僕の中学時代はこの一語に集約される。

いじめっ子たちは別に悪い奴らじゃなかった、と今は思う。ただ、僕がつまらなかったのだ。面白くなくて、運動もできなくて、顔もよくなくて、声も小さくて、一緒にいて得るものが何もない人間。それが中学時代の僕で、たぶん、客観的に見ればそれは正当な評価だった。正当な評価だったということが、余計にたちが悪い。理不尽に虐げられたのなら怒れる。でも正当に無視されたとき、人はどこに怒りを向ければいいのだろう。

僕はそれを自分に向けた。

高校に入って、僕は変わろうとした。プログラミングを覚えた。ウェブのことを勉強した。ビジネス書を読んだ。大学に入って、すぐにインターンを始めた。自分会社を作った。それは全部、中学教室で透明だった自分への復讐だった。お前らが僕を無視している間に、僕はお前らの知らない場所で、お前らの知らないことを身につける。そしていつか、お前らが想像もしない場所に立つ。

復讐。そう、復讐だった。動機としては不純かもしれないけれど、僕を動かしていたのは確かにそれだった。

でも最近、その復讐の燃料が、切れかけている。

なぜなら、上を見てしまたから。

川島さんや柴田さんのような人間を見てしまたから。僕が中学教室透明な存在から脱出するために必死に積み上げてきたものの全部が、彼らの前では、ほとんど何でもないということを、知ってしまたから。

世代で見れば、僕はたぶん上の方にいる。大学生自分会社を持っていて、クライアント十二社いて、マーケのことはそれなりにわかる。合コンがあれば(行ったことはないけれど)「すごいね」と言われるプロフィールだと思う。

でもそれは同世代の話だ。同世代トップなんて、トップでも何でもない。ちょっと世代を上にずらせば、僕みたいなやつなんかいくらでもいる。いくらでもいるどころか、僕よりはるかに速く、はるかに深く、はるかに遠くまで行っている人たちが、ごろごろいる。そしてその人たちは、僕が必死にやっていることを、息をするようにやっている。

オンリーワンでなければ意味がない、と言ったら大袈裟かもしれない。でも、「大学生にしてはすごいね」の「しては」がいつか取れる日が来るのか、僕にはわからない。来ないかもしれない。一生「しては」付きの人間として、そこそこの場所で、そこそこに生きていくのかもしれない。

そう思うと、怖い。

今の自分に満足してしまいそうになることが、怖い。「まあ、大学生にしてはやってる方じゃん」と自分に言い聞かせて、その「しては」の中に安住してしまいそうになることが、本当に怖い。こんなところで満足していたら、僕は永遠に川島さんには追いつけない。満足するな、と自分に言い聞かせる。もっとやれ。もっと上に行け。もっと

もっと

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でも。

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でも、と僕は思う

木曜の夜の渋谷エスカレーターの上で、どこにも行く予定のない自分の足元を見ながら、僕は思う

僕は、楽しんだことがあるだろうか。

人生を。

中学とき、透明だった。高校とき復讐の準備をしていた。大学に入って、ビジネスを始めた。二十二年間の中に、純粋に「楽しい」と思った時間が、どれくらいあっただろう。

友達と夜通しくだらない話をしたこと。ない。というか、夜通し話せるような友達が、いない。彼女と手を繋いで歩いたこと。ない。当然ない。二十二年間、一度もない。

二十二年間、一度も、誰の手も握ったことがない。

旅行に行ったこと。ほとんどない。行ったとしても、移動中にSlackを見ている。映画最後まで集中して観たこと。思い出せない。たぶんある。でも何を観たか思い出せない程度の体験しかしていない。

大学生って、たぶん、もっと楽しいものなんじゃないだろうか。

Twitterを開けば、同い年のやつらがサークル合宿で海に行ってたり、学園祭で何かやってたり、彼女誕生日を祝ってたりする。インスタを開けば、もっとだ。僕がワイヤーフレーム修正点を詰めている木曜の夜に、誰かは誰かとイルミネーションを見に行っている。

僕はそれを、ずっと、「そんなことしてる場合じゃない」と思って切り捨ててきた。川島さんに追いつかなきゃいけない。もっと仕事をしなきゃいけない。もっとスキルを上げなきゃいけない。遊んでる暇なんかない。

でも最近、夜中にベッドの中で、天井を見ながら、こう思うことがある。

僕は、「もういい」と思えるほど、生きていない。

もういいや、仕事に集中しよう。そう言い切れるほど、僕は人生を味わっていない。楽しんでいない。何も楽しんでいないのに、何かに集中しようとしている。空っぽの器を火にかけているようなものだ。中身がないまま熱し続けたら、器が割れる。

でも中身を入れに行く方法がわからない。

友達の作り方がわからない。二十二歳にもなって。恋人の作り方はもっとからない。そもそも誰かと親しくなるということの手順が、僕の中にインストールされていない。中学で透明にされた三年間の間に、みんなが自然と身につけたはずの何かが、僕には欠落している。

から僕は仕事をする。仕事なら、手順がある。クライアント課題を聞いて、分析して、施策を考えて、実行して、数字で結果を出す。そこには人間関係の不確定性がない。数字は僕を透明にしない。数字は僕を無視しない。

でもそれは、逃げなんじゃないだろうか。

からない。

もっと上を目指さなきゃいけないのに、同時に、もっと今を楽しまなきゃいけない気がする。でも上を目指すことと今を楽しむことは両立しない気がする。でもどっちも諦められない。でもどっちも中途半端になってる。上を目指すには全然足りていないし、楽しむなんてそもそもできていない。どっちつかずの二十二歳が、渋谷エスカレーターの上で立ち止まっている。

ワークライフバランス、という言葉がある。あれは、ワークとライフの両方がある人間のための言葉だ。僕にはワークしかない。いや、ワークすら中途半端だ。ライフに至っては存在しない。バランスを取る以前の問題だ。存在しないものの天秤をどう釣り合わせろというのか。

こんなことで悩んでいる自分が恥ずかしい。川島さんはたぶん、こんなことでは悩まない。川島さんには友達がいて、恋人いるかは知らないけれど、少なくとも飲みに行く相手がいて、人間としてのベースちゃんとある上で、あの恐ろしい優秀さを発揮している。土台がある。僕には土台がない。砂の上に家を建てているようなもので、いつ崩れてもおかしくない。

おかしくない、と思いながら、それでも僕は今日も家を建て続けている。他にやり方を知らないから。

---

金曜の朝。

特に何があったわけでもない朝だった。

はいつも通り六時半に起きて、いつも通り白湯を飲んで(コーヒーは胃が荒れるからやめた、二十二歳で胃を心配している自分ちょっと情けない)、いつも通りMacBookを開いた。

メール確認する。Slack確認する。クライアントからの返信をいくつか処理する。そのうちの一件が、先月から手がけていた案件レポートへの反応だった。

さなオンラインショップをやっている人で、三十代の女性で、自分アクセサリーを作って売っている。月商は二十万くらい。僕がやったのは、広告設計と、LP改善と、SNS運用方針を整理することだった。

その人からメールには、こう書いてあった。

「先月お願いした施策を始めてから、はじめてSNS経由で知らない方からの注文がありました。すごく嬉しかったです。今まで友人や知人にしか買ってもらえなかったので。本当にありがとうございます

僕はそのメールを読んだ。

二回読んだ。

三回読んだ。

そして、自分でもよくわからないのだけど、目の奥がじんとした。

「はじめて知らない方からの注文がありました」。

それだけのことだ。たった一件の注文だ。川島さんなら、こんな規模の案件はやらないだろう。やる必要がない。川島さんは何千万、何億という広告予算を動かしている。僕がやっていることは、それに比べたら、本当に小さい。

でも、あのアクセサリーを作っている人にとっては、知らない誰かが自分作品を見つけてくれたことは、たぶん、小さくなかった。

僕がやった仕事は、完璧じゃなかったと思う。川島さんなら、もっとうまくやれた。もっと効率よく、もっと的確に、もっと大きな成果を出せた。でも川島さんはあの案件をやらない。月商二十万のオンラインショップ広告なんか、川島さんの世界には存在しない。

でも、僕の世界には存在する。

僕はなんでもやだ。

マーケもやるし、広告もやるし、SNSもやるし、たまにデザイン方向性も考えるし、クライアント愚痴も聞くし、請求書自分で発行する。専門性がない、と言われたらそれまでだ。川島さんのようにマーケティングの深い専門性があるわけでもなく、柴田さんのように人の心を一瞬で掴む力があるわけでもない。僕は何でもそこそこにできて、何一つ突出していない。なんでもや。便利で、代替可能で、オンリーワンとは程遠い存在

でも。

あのメールを三回読んだ朝、僕は思った。

なんでもやの僕でしか、届けられなかったものが、もしかしたら、あったのかもしれない。

月商二十万のアクセサリーショップに、真剣に向き合えるのは、たぶん僕みたいな人間だ。大きすぎず、小さすぎず、どこにも分類されない、中途半端場所にいる人間。上から見下ろすでもなく、同じ場所に立って、一緒に考える。それは才能じゃない。たぶん、境遇だ。僕が中途半端から中途半端場所にいる人たちの気持ちがわかる。わかるというか、少なくとも、わかろうとすることができる。

それは川島さんには、たぶん、できない。できないというか、する必要がない。川島さんにはもっと大きな仕事がある。

僕にはこの仕事がある。

---

これが何かの答えだとは思わない。

川島さんとの距離は縮まっていないし、彼女はまだいないし、友達も増えていないし、人生は相変わらず楽しくない。木曜の夜に渋谷エスカレーターで一人で立っている二十二歳は、金曜の朝になっても、やっぱり一人で六畳の部屋にいる二十二歳だ。

ワークの問題解決していない。もっともっと上に行かなきゃいけない。もっと勉強しなきゃいけない。川島さんの三十秒に、いつか追いつかなきゃいけない。追いつけるかはわからない。たぶん、追いつけない。でも追いかけることをやめたら、中学教室の透明な僕に戻ってしまう。

ライフ問題もっと解決していない。二十二歳の、今しかない時間が、砂時計の砂みたいにさらさら落ちていっている。大学を出たら、もう「大学生」という猶予は終わる。社会人になったら、きっともっと時間がなくなる。今のうちにもっとしまなきゃいけないのに、楽しみ方を知らない。楽しみ方を学ぶ時間を、仕事に使ってしまう。仕事に使ってしまうことに罪悪感を覚える。罪悪感を覚える自分に対してまた恥じる。恥じている時間がまた過ぎていく。

全部、中途半端だ。

全部が中途半端で、その中途半端さを直視できるくらいには頭が回って、でも直視したところで何も変えられないくらいには無力で、その無力さすら誰にも言えないくらいには意地を張っていて、意地を張っている自分がまた恥ずかしい。

この恥ずかしさの連鎖を、どこで断ち切ればいいのか、僕にはまだわからない。

2025-12-11

ふと昔のサークル仲間(大生)のことを思い出した。旧姓で知っていた後輩が結婚後に名前を変えて研究者として活動していたことまでは辿れた!

残念ながら見つかったのは20年以上前の記録だけだった。報告書名前が残っていて、2000年から2002年頃に活動していたことは

確認できたものの、その後の足跡は途絶えている。

OBとしての系譜を追うつもりが、時間の断絶に行き当たってしまった。

珍しいこともあり、記憶と断片的な資料が重なって「あの生だ」と確信できたのは、元大生としてちょっとだけ嬉しかった。

けれども、そこから先はもう辿れなかった。人の人生は大の公開情報に残る部分と残らない部分があり、記録が途絶えることもまた一つの選択なのだろう。

そんなこと追跡をしていると、ふと先日家族学園祭に出かけたことを思い出した。大の展示や企画は新鮮だったが、特に印象に残ったのは

昔よく通った近くの食堂家族食事したことと折先生の像がなくなったことだった。

時代日常場所に、今は家族と座っている。

その重なりが、時代記憶を辿る作業と同じように、過去現在へたれ)をつなぐ体験になった。

2025-12-01

日能研パパの自分語りオ〇二ーブログ

まだ読んでない人は下記リンクを読んでくれ。https://x.com/exxjr3/status/1995013366033912124?s=12&t=qHSb8VYQ1aO4ys5MYp1lhw

文章が陶酔しすぎてて気持ち悪く読みづらいのはさておき、29歳、既婚、妊娠中、中受経験済みの増田的には「そんなに親が消耗してまで、子供を消耗させてまで中学受験はしなきゃいけないものだったのか?」という点が気がかりで仕方がない。

中学受験の末、第一志望に受かった増田は、6年間通った都内の某中堅私立女子校のことが今でも時折口に出すくらいには大嫌いだ。

そこでできた友達は好きだけれど、それだけ。

良妻賢母(笑)に好かれる学校らしいが、ペットボトル持ち込み禁止文化祭でのクラスTシャツ禁止など、しょうもない校則を上げればキリがないくらい。教員たちもその学校卒業して職に就くような母校愛(笑)に溢れた筋金入りしかおらず、革新もなければ保守らしい一貫性だってない、なんとも中途半端腑抜け学校だった。そんなんだから自分たち卒業した数年後には定員割れを起こし、当時偏差値的には横並びだった学校に易々と差をつけられてあっという間に落ちぶれた。当時はそこそこだった進学実績だっていまや見る影もない。

まあ、自分の母校に対する恨みつらみは「選んだ学校が悪かっただけじゃね?」というのもあるので言うならばサブの理由だ。メインの理由はここからだ。

中学受験の闇は、「15歳の少年少女が、自分意思で道を選べない」ことにあると思う。

このブログでも論じられているように、大学受験金銭面以外は個人の頑張り、個人意思による部分が大きい。中学受験は親の意志による部分が大きい。

じゃあ、高校受験は?

高校受験大学受験ほどとは言わずとも、子供子供意思で選べる部分があると思っている。

中受で受けた学校を辞めたらいいじゃん?それはそう。だが、その選択を取れる子供は意外と少ない。自分学校完全中高一貫校だったのもあるかもしれないが、その選択をしたのは学年全体のわずか0.数パーセント程度だ。

子供は親が思うより、親に気を遣っている。自分に期待してくれたことも、お金をかけてくれたこともわかっている。いじめられた、不登校になったなどの理由ではなく、ただぼんやりとこの学校嫌だと思っている生徒の中で、勇敢にもその選択肢を取れるのは一体何人くらいいるのだろうか。

少なくとも増田は、高校受験がしたかった。制服可愛いとか、学食がきれいとか、何かしらの理由をつけても自分が選んだ学校に行きたかった。親に行かされたこ学校よりも、その方が頑張れるし、幸せだと思ったからだ。

もちろん、自分意志とは関係なく、『中学受験をした方がいい』人は存在するだろう。例えば学区域が荒れているとか、本人が周りに流されやすくて公立に入れると簡単に落ちぶれそうだから、とかが例だ。親に言わせてみれば私は後者だったのだろうが、それは親が子供の進路を決めていい免罪符にはならないし、12歳の今は親の傀儡になれるとしても、15歳、18歳、さらに歳を重ねた子供が親の作り出した素晴らしい環境感謝できるとは限らない。

このブログでも、親は子供子供であることを認識している。認識しているのだ。実際に子が怒られた回数は食事の回数と同じくらいと言っている。増田は子に同情してしまう。もちろん、自分意思受験をした層もゼロとは言わないが、少年はそうではなかったのではないかと思えてしまう。熱意を持った親に、熱意で返さないといけない重圧。自分が不出来なせいで親が落ち込むところなんて見たくないに決まっている。友達と遊ぶ方が何倍も楽しいのに、親に手を引かれ学園祭に連れていか感想を聞かれ、何となく興味を示さないといけないような気持ちになる不快感。そして子供という生き物は健気にも、親に期待をかけられると「うん、僕も頑張ってこの学校行くよ!」と空気を読むのだ。彼の気持ちを代弁できてるとは思わないが、自分経験した子側の気持ちを重ねてしまうのだ。

子供をしなくてもいい苦労にぶち込んでおいて、合格が取れないことに被害者ヅラして消耗する親。子はこのプレッシャーの中でよく頑張ったと思う。増田は産まれてくる子にそんな思いは絶対にさせたくない。

数回受けてようやく合格できるような学校では、彼はきっと苦労するだろう。2回目で受かった増田でも、地頭の悪さと学校への反発心が重なって勉強では非常に苦労をしたが、高2の秋に入った東〇ハイスクールで叩き直されてなんとか現役でそこそこの大学に進学し、今もそこそこの会社正社員として働けている。つくづく中学受験なんて自分人生必要がなかったなと思う。親がどれだけ悲しそうな顔をしても、これだけは増田の中で揺るぎない事実なのだ

苦労の末に合格した彼に幸多からんことを。

不要であれば取り越し苦労だが、彼がその高校を選んだことを後悔する日が来たら、「やめる自由」が与えられますように。

2025-11-27

今日はくもりかな、出かけよう。

自転車に乗れそう。お日様の明るいうちに帰宅できるといいが無理ゲーだろか

この前学園祭に行ったとき、同行した家族折田先生の像を見せようと探したけど、もう20年以上前撤去されていたらしい。現役の頃は落書きされた銅像があって、まだペンキ塗りのまま残っていると思っていた。今は「はなかっぱ」の像が置かれているらしいけど、見つけられなかった。というか、旧教養部キャンパス建物がぎっしり立ち並んでいて驚いた。昔は学生運動本部占拠された、なんとか堂という古い建物もあったけど、あれって燃えたんだっけ?

2025-10-31

文化祭学園祭伝説

アニメ漫画なんかで、

この日に〇〇(告白キスなど)したとカップル結婚するとかなんとか

みたいな伝説がこの学校にはあるってのをよく見るんだけど

おまいらの学校にそんな伝説あった?

2025-10-15

知り合いで総合商社に行った奴、全員性格破綻

Aちゃん(M商事内定

虚言癖、遅刻癖、一人称自分名前と社不三神器を揃えている。帰国子女であることを盾に「そういう日本人特有ルール、分かんなーい♪」などと言って数多くのグループ課題ミーティングサークル仕事をバックれてきたことで有名。

Bくん(S商事内定

周囲の女友達全員が認める超美人彼女に対して「お前みたいなデブスと付き合えるのは俺くらい」等言い続け、洗脳成功彼女は整形を繰り返し、ガリガリになるまでダイエットを続けた結果、メンタル不調に陥り留年。罪悪感に耐えかねたのかこの夏に彼女を手放したようだ。

C先輩(I商事2年目)

企業社長の息子、ボンボン同級生彼女と並行して何人かの後輩女子浮気を行っていたことが学園祭出展中、誰もいない部室でベロチュー&前戯をしていたことをきっかけに露呈。

なおその彼女は某省に入省後、C先輩と別れて配属先の上司不倫関係になったという、、、

2025-10-04

anond:20251004003624

40後半だけど高校先生結構亡くなっているよ。

同窓会に顔を出していくことをお勧めするよ。

学園祭時に同時開催している簡易な卒業生交流会みたいなものもあったりするよ。

2025-09-09

anond:20250909055749

本当は共学に通いたかったが己の愚かさのせいで仕方なく選択している底辺男子校鬱屈さをしらない

常に女を夢想をするが底辺民ゆえに何も行動せず

学園祭体育祭は異性の目が無いから何も動機を付けられず

三年間を無気力にやり過ごす

その先は文系なのに男だらけのFラン大学

そして文系ITエンジニアとして採用される似たような男だからけの職場

ずっと無気力な男の集団のひとりのまま

2025-09-06

11月京都大学学園祭が開催されるとのことです。実は私、突然ですが、京都大学卒業生でして、今年は家族と共にこの学園祭に行く予定です。家族サービスの一環ということになるでしょうか。すでに京都ユースホステルを予約し、準備は整っています。今年度、この学園祭は、11月21日(金)から24日(月)まで開催されるようで、乗り越えたあの輝かしい日々を思い出しつつ、学園祭を楽しんできたいと思います

https://youtu.be/boU8uAn0oSA

2025-08-05

anond:20250804235546

リンダリンダリンダ

女子高生学園祭バンド組む青春ものなんだけど、好きすぎて10回は観てる。ぜひ観てほしいし、なんなら感想もほしい。

2025-07-26

しかに、今年のプロ野球オールスター戦は、どこか学園祭みたいなおふざけの空気が強かった。

もう少し選手スキルフォーカスして、良いところを見せ合う試合の側面が強くても良いと、個人的には思う。

選手推します!みたいなファンにとっては、普段見られない一面が見れるので良いんだろうけど、競技としての野球好きというのも、そこそこに多いと思う。

2025-07-22

[]偽中国語SNS 対多雑感 その4(定点観測継続中)

枝豆

から三十日ほど前、ある人物が全レスを決意。安価レスする単語募集したところ、「枝豆」に決定。それ以来、脈絡もなく「枝豆」と変身することが流行し始めている。または、トピックに関して枝豆を交えた返信をする人もいる(増田パンティー改変みたいなものか?)。

以前から豚汁」「豆腐」などというナンセンスな返信があったのだが、今はこれが流行っている。

ただし、対多は人口が少ないため、数名模倣するだけであたかも局地的な流行のように見えるし、同一投稿する人物は非常に目立つ(第3のまとめに記載個人晒すようで気が引けたのでいったん削除したが、やはり記録を残すことを優先すべきだと考えて復活させた)。

anond:20250613074743

新しい同一投稿

天才蝉」。言葉を操る蝉が何かを発言する(ミンミン鳴くのではなく)。

「実八○○八」。○○には毎日違う言葉が入る。意図はよくわからないが、単語によってはレスがそれなりに付く。

農家らしい人物がひたすら暑いとぼやく投稿

禁酒○○日目」。しばらく続いたが最近見ない。

「苺王子」。意味が解らなかったがストロベリープリンスというアニメアイドルがいるらしい。「天才蝉」など、他の流行語をライバル視している模様。

あと、最近なんJ大谷翔平丸太小屋コピペを数日連続で見た。有名らしいので別人かもしれない。

夏季休暇、○日目――」。学生なのだろう。休みが長くて羨ましい。

前回書いた同一投稿兄貴姉貴。

女子高生太腿最高也」「宵崎奏 非常可愛」は投稿が続いているのだが、「性交希望」は学業のため投稿不定期になると宣言、その後投稿が絶えている。

「我中三男子可愛女子戸居茶居茶死体」は学園祭で年上女性の連絡先をゲットした模様。

意味不明波平」は最近見かけない。

今日之御尻」は段々シュールになってきており、だんだんコウメ太夫ツイッターみたいな雰囲気を醸し出している。

中国語ブームの野望?

「偽中国語新聞創刊計画始動!」のトピックで、潜在的読者数の多さを訴えて、偽中国語メディアの創刊をしようとしていた人がいた。「新型文化実験媒体『偽中国語新聞』」でググってくれと主張、確かにRedditがヒットする。

荒らし

だいたい二週間くらい前だろうか、まるでスクリプトのように同一レスをする者がいた。「(^;_;^)対多民性格残念、猫、悲」「終了」などであるスクリプトでない証拠としては「^」を含んだ文字列非表示にすると宣言すると「^」を「/\」に変更して猫の顔を作ったり、スペースを入れて「終 了」としたりした。皆から畜生猫」と呼ばれている。

大体十九時ごろの夜にかけて活動し、二十二時ごろになるとBANされたせいか消えた。

それにしても手打ち荒らしをするのって相当面倒くさくないか新規返信するのに毎回三十秒待たないといけないし。

最近話題

この一週間は参議院選話題結構多かった。体感半年くらい前はどの政党ダメだというコピペもあったが、どちらかと言えば参政党にはアンチが多い模様(まさか人口の少ないSNS政治的傾向について書くとは思わなかったよ)。

というか、参議院選挙を機に、急に政治話題が増えてきた。これからはてな匿名ダイアリー」のように、急に政治の季節がやってくるのだろうか。

以上。

増田番付めいているが、定点観測は続けていきたい。

対多が消えても、少しでもその文化を残していきたい。

7月23日追記

そう言え赤子の真似をして「抱子」と呟くユーザーもいたな。

あと、これは前に書いたかもしれないが、かなり前から「同情」を意味する飴玉の絵文字の「いいねボタン」が「反対」「痛い人への憐憫」も意味するようになっている。絵文字って難しい。

【夜追記

イチャラブしたいと嘆く男性つぶやきが流れてくる。筆者も十代二十代ずっと恋人がいなかったので気持ちは良く分かる。応援したい。

2025-07-16

子ども夏休みの宿題が羨ましい。

中1だけどかなりの宿題が出てる。

夏休みの友みたいなやつ

5教科90ページの問題集難易度的に中1ぐらいがちょどいい。やりたい。

読書感想文

原稿用紙5枚。先生から感想をもらえるのが羨ましい。あえて嫌いな本選んでこき下ろしたい。

英語

単語60個くらい覚える。1~20までとか、曜日、月の名前とかあってほほえましい。

休み明けにスペルテストがあるらしい。参加したい。

社会

都道府県県庁所在地覚える。これも休み明けにテスト漢字なら加点。やりたい。

理科

博物館動物観、科学館に行ってレポート

動物ごとに写真撮ってツッコミ入れたい。

ポスター

学園祭ポスターデジタルでもいいらしい。

ワードアートカラフルに決めたい。

家庭科

料理10品作ってカメラで撮る。手抜きレシピ紹介したり、分厚い肉焼いてドヤ顔したい。

内容も面白いけど、周りと比べたり、先生からの反応があるのが羨ましい。大人にならないと楽しさが分からなかったのが悔やまれる。

2025-06-08

酒類広告規制についてGPT君に聞いてみた

まず法規制から抜粋

健康増進法

第25条:未成年者の飲酒防止

 酒類広告において、未成年者が飲酒しているような描写禁止

 広告媒体ターゲット未成年場合(例:高校生向け雑誌)には広告のもの問題視される可能性。

 

未成年飲酒禁止

 広告パッケージにおいて、未成年者の飲酒助長するような表現禁止

 

次に自主規制

 ① 公正競争規約(各業界団体による)

酒類の表示に関する公正競争規約通称酒類表示規約) 酒類中央団体が定める自主ルール

 景表法を補完し、表示や広告の「公正性」を保つことを目的

 禁止事項例: 

  飲酒により「万能感」や「性的魅力」が増すといった表現

  「酒を飲むと運転がうまくなる」といった内容。

  健康に良いと明確に謳う文言

 

 ② 全国公正取引協議会連合会(全酒協)

  実際の広告審査指導を行っている。

   違反があった場合是正勧告を出すこともある。

 自主規制の具体例

   未成年の出演 20歳未満の人物酒類広告に登場することは禁止

   健康効能の暗示 「健康になる」「病気が治る」などの表現禁止

   飲酒運転 飲酒運転と結びつくような表現禁止

   過度な飲酒描写 一気飲みや連続的に飲む描写禁止されている。

   飲酒時間帯 朝や出勤前の飲酒肯定する描写は基本NG

   対象メディアの選定 未成年視聴率が高い番組媒体では原則掲載・放映不可。

以下に、一般的ビール会社が定めている社内規定の主な内容を紹介します。

 1. 未成年者に関する規定

  モデル俳優の年齢確認義務付けられている

  CMポスター等に出演する人物撮影時に20歳以上であることを証明する必要がある。

  実年齢が20歳以上でも、未成年に見える人物の起用を避ける指針がある。

 

 若者文化学生生活に関連する描写排除

  学園祭制服部活動などを連想させる要素は禁止

   「青春」的な演出も注意が必要

 

 2. 飲酒描写ガイドライン

  一気飲み・連続飲酒禁止

  飲酒シーンは「適量を楽しむ」形に限定される。

  飲み干す、あおる、といった表現は避ける。

  飲酒運転との関係排除

   運転手や自動車連想させる描写広告に含めない。

  CMに登場する人物飲酒後に移動する描写も不可。

 時間帯・状況の規制

   朝の飲酒仕事中の飲酒ストレス発散目的飲酒表現禁止

 

 3. 健康効能に関する配慮

   健康増進効果を匂わせない

   「疲れがとれる」「体に良い」などの文言禁止

   「爽やか」「すっきり」といった表現容認されるが、慎重な判断必要

 

  適正飲酒の推進

    会社によっては、広告最後に「お酒は適量を」などの注意喚起テロップを表示。

 4. 媒体ターゲットの選定基準

  広告掲載メディアの選定

   テレビ番組雑誌Web媒体のうち、「未成年層の視聴・閲覧比率」が一定以上のものには広告を出さない。

  SNSインフルエンサー起用の規定

   起用するインフルエンサー20歳以上であることを契約確認

   酒類プロモーションに際して、未成年フォロワーの多数を占めるアカウント使用不可。

 5. 社内運用とチェック体制

   社内審査部門の設置

   全ての広告素材は、法務部門広告倫理審査担当事前審査

   社外専門家(弁護士倫理審査機関)と連携する場合も。

 社内研修実施

   略

トラブル発生時の対応マニュアル

    万が一、広告問題視された場合の**迅速な対応フロー広報撤回謝罪など)を整備。

以下実際

サントリー

https://www.suntory.co.jp/company/csr/soc_alcohol/

サントリーグループサステナビリティ アルコール関連問題への取り組み

アルコール関連問題への取り組み

 https://www.rcaa.jp/standard/pdf/jishukijun.pdf 

 酒類広告宣伝及び酒類容器の表示に関する自主基準

 

社会情勢に対応した自主基準改定業界・社内)

社会情勢に対応して、「飲酒に関する連絡協議会」が制定した酒類業界自主基準、および社内自主基準改定しています2010年からCMに妊産婦飲酒の注意表示を実施。また、テレビCMの土・日・祝日自粛時間を5時00分~12時00分までから、5時00分~18時00分までに延長し、年間を通して5時00分~18時00分まで酒類テレビ広告自粛することとしました。

さらに、2014年施行された「アルコール健康障害対策基本法」に基づき、不適切飲酒誘引防止のための自主的な取り組みとして、テレビ広告使用するタレントの年齢を25歳以上に引き上げることや、テレビ広告飲酒表現で、喉元を通る「ゴクゴク」の効果音を使わないことなどを実施しています

以下キリン

https://www.kirinholdings.com/jp/impact/alcohol/policies/

責任あるマーケティングの実行

酒類ノンアルコール商品マーケティングにあたっては、コミュニケーションが与える影響を認識し、責任あるマーケティング実践します。また、潜在的人権リスクへの配慮を行い、差別的表現や法定飲酒可能年齢未満の方へ悪影響を与える恐れのあるコミュニケーションは行いません。事業展開する各国の法令を遵守するとともに、キリングループが加盟する“International Alliance for Responsible Drinking”が定めるDigital Guiding Principlesをはじめとしたグローバルスタンダードや、各国の業界自主基準を遵守します。また、キリングループが定める「責任ある飲酒に関するグローバルマーケティング指針」をはじめ、グループ各社で定める広告自主基準を遵守します。様々な法令基準の遵守はもちろん、その背景にある道義的精神に則った責任あるマーケティングを行います

 

 

 

アサヒサイト閲覧に年齢チェックをかけているのでググられビリティが低い模様

 上記組織International Alliance for Responsible Drinkingにはアサヒも加盟している

anond:20250607084545

2025-06-02

anond:20250602121410

特にハマってはなかったけど傍から見てた当時の印象としては

1話だったか自主製作映像の下手さがリアルすぎるとかでまずバズった

しか原作時系列と違うみたいだぞでまたバズ

エンディングダンスがぬるぬる動いてすごいでまたバズ

・なんかSF要素も凄いらしいぞでただの萌えアニメじゃないみたいな評価を獲得

綾波系列のヒロインとして長門が順当に人気爆発

古泉キョンBLっぽく見える要素があって女性層にもリーチ

・隆盛期のニコニコネタ動画MADが大量に作られてランキングを席巻したのでニコニコを楽しむためにハルヒを見るという逆転現象が発生

ダメ押し学園祭ライブリアルアニメキャラにシワを描くなんてすごい!で殿堂入り

みたいな感じ

特に大きかったのはやっぱりニコニコの影響で「ネット上でみんなで同じ作品考察したり二次創作したりしながら楽しむ」最初期の作品としての地位確立できたことかな

作品単体の魅力だけで人気になったわけじゃなくネット上でファンが作ったムーブメント込みでの人気

2025-05-26

No No Girlsに感動した後に男性アイドル絶望した

F1RST TAKEYouTubeチャンネル登録はしてないんだけど、良さげな動画出たら見るのね

そこでちゃんみなとNo No Girlsの動画に遭遇してくらっちゃった

顔面のビジュはちょっと落ちるけど、歌唱力があって感情表現豊かなパフォーマンス

めちゃくちゃ輝いて見えて、応援したい好きだなって初見で思った

そこからHuluオーディション遡ってみて、さらに感動

こんなにスキルがあって、性格が良くて、頑張ってる子たち他におるん?

日本エンタメ未来明る過ぎない?

今の時代に生まれてよかったってちょっと思ったんよ

でも、No No Girls関連の動画全部見ちゃったから見るものなくなって、「あの感動をもう一度味わいたい!今まで偏見で見てなかったけどジャニーズかいいんじゃない?」と思ってtimelesz project見た

何あのゴミ

えっ?えっ?彼らって日本トップアイドルじゃないの?

それなのにあんな仲良しごっこのゆるいパフォーマンス披露してるの?

オーディション参加者クオリティの低さ何?

踊れてないし、唯一無二の歌声出せる人もいないし、イキってる感じがして「自分まだ本気出してないんで」みたいなスタンスの人多過ぎない?

歌詞忘れちゃうとか、踊らず手拍子だけとか、カス過ぎん?

2話だけ見て絶望して、それでも最終オーディションパフォーマンスなら感動できるかもと思って最後まで飛ばしてみたけど、やはり学園祭レベルだなって印象変わらなかった

毛穴が見えない、キラキラ男子がチャラチャラしてるだけに見えた

終わってるわ

韓国男性アイドル見ればまた感動できるのかなぁ

2025-05-08

anond:20250508090048

こないだふたば学園祭行ってきたけどあっちの方がコミュニティ新陳代謝が進んでる感じしたなぁ

20の半ば〜後半っぽい人が結構多く、ああだからふたばはなんかリベラル的なレス結構目につくんだなと思った

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