はてなキーワード: MADとは
泥棒は罰して刑務所に入れなければならない、それは社会としての義務だ
一つの見方にしかできないのであれば、行きつく先は自分か敵のどちらかが絶滅するまで殺し合うしかない
19世紀のヨーロッパは、勢力均衡を維持することで戦争を防ぐという基本的な考え方に基づいていました。
1815年のウィーン会議では、オーストリア、イギリス、プロイセン、ロシア、フランスの五大国が協力し、一国の覇権を防ぐシステム(ウィーン体制)を確立しました。
これにより、ヨーロッパは100年間(1815年〜1914年)、比較的安定した国際秩序を維持。
🔹勢力均衡の特徴
どの国も過度に強くならないように調整(例えば、フランスが強くなりすぎれば、他国が同盟を組んで対抗)。
国際協調と戦争の回避が目的(バランスが崩れると戦争が起こる)。
例)クリミア戦争(1853-1856年):ロシアの南下を防ぐため、イギリスとフランスがオスマン帝国を支援。
例)普仏戦争(1870-1871年):ドイツ統一後、フランスとドイツの勢力バランスが崩れ、対立が激化。
➡︎問題点: 勢力均衡は理論上安定を生むが、各国が互いを疑い続けるため、軍備競争が進行しやすい。
🔹戦争の原因
19世紀後半になると、ドイツの急速な成長によりヨーロッパの勢力均衡が崩れた。
フランス・イギリス・ロシア(協商国) vs. ドイツ・オーストリア(同盟国)という対立構造が固定化し、軍拡競争が発生。
バルカン半島での民族主義の高まりや、オーストリア皇太子の暗殺(サラエボ事件)がきっかけで戦争が勃発。
各国が相手を警戒しすぎて、軍拡競争が過熱(安全保障のジレンマ)。
一国が突出すると、それを抑えるための戦争が発生(ドイツの台頭と英仏の対抗)。
➡︎戦後の影響:ドイツ帝国・オーストリア=ハンガリー帝国・オスマン帝国が崩壊し、新しい国際秩序が求められる。
国際連盟(League of Nations)が設立され、勢力均衡ではなく「集団安全保障(Collective Security)」の概念が生まれる。
🔹戦争の原因
第一次世界大戦後の国際連盟は、ドイツ・日本・イタリアの侵略を止められず、集団安全保障が機能しなかった。
一方で、イギリスとフランスはヒトラーの台頭を防ごうとせず、ドイツの軍拡を許した(宥和政策)。
ドイツ・日本は「地域覇権」を目指し、国際秩序を変えようとした。
➡︎戦後の影響:勢力均衡ではなく、アメリカとソ連という二大超大国による新しい国際秩序(冷戦)が生まれる。
冷戦では、アメリカとソ連の二極体制(Bipolar System)が形成され、勢力均衡ではなく「敵対的均衡」となる。
核兵器の登場により、「相互確証破壊(MAD)」による均衡が成立。
🔹防御的現実主義(Defensive Realism)の登場
ケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz)は、「冷戦の安定性は、両陣営が均衡を保ち、過度な拡張をしないから」と分析。
「勢力均衡は戦争を防ぐが、過度な軍事拡張は戦争を招く」とし、防御的現実主義を提唱。
1991年にソ連が崩壊し、アメリカの一極支配(Unipolarity)が確立。
🔹ジョン・ミアシャイマーの攻撃的現実主義(Offensive Realism)
「国家は勢力均衡ではなく、可能な限り力を拡大し、覇権を確立しようとする」。
勢力均衡理論(防御的現実主義)と異なり、攻撃的に力を求める国家が競争を激化させる。
ウクライナ戦争も、アメリカとNATOがロシアを締め出そうとした結果、ロシアが反撃したと説明。
時代 | 主要理論 | 特徴 | 失敗の要因 |
---|---|---|---|
19世紀 | 勢力均衡論 | 各国が均衡を維持 | 軍拡競争を止められず、戦争に発展 |
WW1 | 勢力均衡崩壊 | 同盟が固定化 | ドイツの台頭に対処できず戦争勃発 |
WW2 | 集団安全保障 | 国際協調 | ヒトラーの拡張を防げず |
冷戦 | 防御的現実主義 | 二極均衡(米ソ) | 軍拡競争、代理戦争 |
冷戦後 | 攻撃的現実主義 | 覇権競争 | アメリカの一極支配とNATO拡大 |
ミアシャイマーの攻撃的現実主義は、ケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz)の「防御的現実主義(Defensive Realism)」とは異なり、国家は安全保障を求めるだけでなく、可能な限り権力を拡大しようとすると主張します。彼の理論の基本的な前提は以下の通りです。
1.無政府状態(Anarchy):
国際社会には「世界政府」が存在せず、国家は最終的に自らの安全を自ら守らなければならない。
2.国家は生存が最優先(Survival is the Primary Goal):
国家は他国に侵略されず、自国の主権を維持することを最重要目標とする。
3.国家は合理的な主体(States are Rational Actors):
4.パワーの均衡(Power Balancing):
国家は敵対国を牽制しながら、軍事力・経済力を増大させることで優位性を確保しようとする。
5.安全保障のジレンマ(Security Dilemma):
ある国が自国の安全を確保しようと軍備を拡大すると、他国はそれを脅威とみなし、さらなる軍備拡張を招く。
国家は単に自国を守るだけでなく、可能な限り他国よりも優位に立とうとする。
防御的現実主義(ウォルツ)は「国家は一定の安全保障が得られれば満足する」と考えるが、ミアシャイマーは「どの国家も覇権を追求する傾向がある」と主張。
ミアシャイマーによれば、すべての大国は地域覇権を確立し、他の地域で覇権を持つ国を封じ込めようとする。
例)アメリカは西半球(南北アメリカ)で覇権を確立し、他の覇権国家(例えば中国やロシア)が台頭するのを防ごうとする。
防御的現実主義は「勢力均衡が安定をもたらす」と考えるが、攻撃的現実主義は「国家は可能な限り強くなることでのみ安全を確保できる」と考える。
軍事力・経済力を最大化し、競争相手を抑え込むことが最善の戦略。
核兵器は絶対的な安全を保証する手段の一つだが、核拡散が進むと不安定要因となる。
例)アメリカはロシアや中国、北朝鮮の核戦力を抑えようとするが、これが新たな競争を生む。
ミアシャイマーの攻撃的現実主義の視点から、彼はウクライナ戦争について以下のように説明しています。
アメリカ(NATO)は、ウクライナを西側陣営に組み込み、ロシアの影響力を削ぐ戦略をとってきた。
ミアシャイマーは、「アメリカがロシアの勢力圏を狭めようとしたことが、ロシアのウクライナ侵攻を誘発した」と分析し、西側の外交政策を批判しています。
日本劇場公開から1ヶ月。Gundam GQuuuuuuXがやっと劇場公開(ありがとうGKIDS)。
この1ヶ月「庵野」「鶴巻」「ジークアクス」「GQuuuuuuX」などありとあらゆるミュートワードでガッチガチに固めてきたが、
とかを見る限り、多分「そういう作品」なんだと思う。こんなネタバレある?
・でも外伝が散々作られてるコンテンツだし、少し「再解釈」的な捻りを入れるんじゃないかな。
カラー作品だから多分並行世界とかそういうイメージでまとめてくると予想
庵野脚本だしそういうところに無駄にこだわる気がする。たぶんズムシティはそのまま。ジークジオン。
・新しいものは描かない。鶴巻・庵野コンビらしく過去作(宇宙世紀・カラーともに)オマージュの嵐。
マッシュアップ。「こういうのでいいんだよこういうので」ってちゃんと楽しませてくれそう。
・カヲルくんっぽいキャラは多分本編有名ニュータイプの関係者だったりする。
ムラサメ研究所出身だったりしない?本名ゼロ・ムラサメだったりしません?
・オープニングでいきなりシャアが出てくる。
「開幕すぐに度肝抜かれた」みたいな感想が大量に流れてきたのを見る限りこれ以外なかなか想像しづらい
・シャアじゃなくて「よく似てる人・オマージュ」案も考えたけど、Oガンダムとかフル・フロンタルで散々やってるからな。
使い古されてる。なので多分シャア本人が出てくる。似てる人だと盛り上がらねえんですよもう…
・「アムロじゃないの?」とは自分では思うけど、アムロを出すと主人公食われるんで作劇的に無理でしょ。
シャアなら視聴者へのインパクトを出しつつなんとかまとめてくれる
・「変だな…?このアムロ・レイ、声が違う…?」←これは少し期待してる
・わざわざ1st通し見始める人がいるくらいだから、多分どっかのゲストキャラ(存在感はある)が顔出ししてるんだろうね。
ランバ・ラルがいきなり超強キャラで出てくるか。マ・クベがめっちゃいいリメイクされて初期から登場するか(キシリアとの絡みとか掘り下げやすいし)。
・でも庵野作品が狙いそうで妥当なラインでいうとシャリア・ブルじゃないかなぁ。
メインキャラ以外のニュータイプって初代以外だったらあのおじさんくらいしかいなくない?
(うろ覚え)小説では散々掘り下げてるけど、映画では省略されてるから、絶妙にいいラインのキャラだと思う。
・それにランバ・ラルとかマ・クベがメインに昇格しても、1stを全部見直そうとはならない気がするんだよなぁ
・やっぱ『シン・ウルトラマン』で見た庵野監督ののオタクリメイク根性(ゾーフィーとか)からすると安易にシャリア・ブルな気がしてきた
・コロニー落としの話題がしょっちゅう聞こえるのでありそう。やたらリアルな描写で。
・時代背景は1stかZあたり。「アムロが戦死したZ時空」とか「そもそもアムロが生まれなかった1st時空」とかになるのかな。
小説版とかGジェネで散々擦られてきた設定ではあるんだけど。(ニンテンドーDSのSDガンダム GジェネDSは傑作だからみんなやろうな)
・モビルスーツバトルとかはどうせ面白いから楽しみにしている。
(文字数オーバーで後半途切れたので再投稿。読んでくれた人ごめん)
話をしよう。だいぶ昔のことだ。すでに動画投稿を引退している。
当時を懐かしむために作った文章である。気に入ったら読み進めてほしい。
ニコ動投稿者としての初期は、若手社会人だった。大学を卒業して数年経った頃かな。コンビニでゲーム雑誌をめくると、『ニコニコ動画』がサービス開始してます~これから人気が出るかも!?という宣伝記事を見つけた。
サービス名称が気になったのと、コメントが流れる機能が目に付いた。動画をひとまず10本くらい見てみた。ようつべと同じような感じで、そこにコメントが流れている仕様だった。カオスよりはシュール寄りだった。
今でいう生放送やチャンネルはないし、アニメ1話単位の投稿は(アップロード容量の関係で)されないし、画質はイマイチだし、お洒落なMADもない。ランキングは50位までで、再生数やマイリス準拠だった。歌ってみたやボカロが流行り始めるのは、2007年半ば以降である。
ゲームプレイの切り抜きとか、面白画像のまとめとか、空耳とか、エロゲーのOPのみとか、動画だったら10分くらいで料理作るのとか、販売済映像作品の切り貼りとか、そんなのばかりだった。(フタエノキワミ、アッー!)
※昨年末頃、新るろ剣で左之助が二重の極みを会得する回があった
たまにR18の画像をまとめたものや、小学生が好きそうな下ネタ動画が流れてきた(1~2日以内に運営削除)。
でも、感じるものがあったんだろうな。だんだん見ていくうち、ゲーム実況とか、アニメ転載(2~3日で削除)とか、いろんなアニメやゲームキャラが一同に会するシリーズとか、ニコニコ動画組曲とか、コンテンツが増えていって、ドハマりした。
会員登録して約半年が経って、ニコ動のプレミアム会員になったあたりで自分も動画を投稿してみようと思った。
「一体どうすればいいんだ……?」と躊躇したものの、社会人経験が活きたのだろうか。結局、最初の動画を撮り終えてアップロードしてみた。一応は料理のネタ動画だったと思う。
うん、まあ……という感じだった。再生数はそんなに伸びなかった。でも、初心者としてはイイ線いってた。それからも動画投稿を続けたけど、やはり数千、運がよくて1万以上~しかし攻めすぎて運営削除という末路だった。
ある時だった。「自分が本当に好きなモノじゃないと高再生数は厳しいのでは?」と思うようになった。
当時はすでに2007年後半だった。ランキング上位に入ってる人の投稿動画って、転載切り抜きとかを除けば、プロレベルか、それに準ずるクオリティだった。
つまり、イラストが抜群とか、楽曲作りが優れてるとか、ゲーム実況が天才的とか、遊戯王MADみたいに面白センスが光ってるとか、そういうのだ。
でも、そういうのって、自分が好きだからこそできる。好きだからこそ、動作投稿サイトのランキング上位者って、その道にのめり込んで、ここまできたわけだろう。
俺にとっての『それ』は何だろうか。考えていったところ……『エロ』という凡庸な結論にたどり着いた。
小学生の頃は河川敷やそこらへんの雑種地、空き地にエロ本が捨ててあった。そういうモノですら気になっていた。今は、そういうのはない。白ポストが駅前にできたり、電子空間でエロを鑑賞する時代である。
中学生の頃は、同級生女子が油断してイロイロ見えてるところや、都市部での夜の学習塾の帰りに、大人がそういうことをしてるのを目撃したりした。
部活の遠征先で、対戦校の女子マネージャー数名が太腿~尻肉を見せつけるかのように壁にしゃがみ座りしてたのを見た時は、対戦相手への嫉妬で殺意が湧いたよ。学校でも家庭でも趣味の場でも、俺にとってはすべてがエロだった。
高校生の時は、同級生がそういうことに大変興味をもっていて……同級生の家に集まって、今でいうセクシーな動画をみんなで鑑賞したっけ。感想を述べあっていた。
「輪姦もののAVだが、実際には輪姦をしていないというのは、道徳的に正しい行為なのだろうか? 消費者を騙していないか?」
「阿呆か。女優の負担を考えろ。しかし、○姦もののAVだというのに、女優が騎乗位なのは気になるところである」
など、意見を交わしたのを覚えている。あとは、性行為を覚えた奴がいて、ガラケーで撮った写真を見せてもらって感動したのを覚えている。
大学生になって一人暮らしを始めてからは、やっぱりそういうDVDを買ったり借りたりした。高校生の頃からすでに、一人でR18の作品を本屋で買っていた。高校の制服姿で、堂々とした立ち振る舞いで、女子店員の時をむしろ狙って、そういうコンテンツを購入する。(女子店員の時、むしろ行け!! の精神)
そのクセは大学生になっても、社会人になっても、すでに小太りのおじさん管理職になった今でも変わらない。
エロへと繋がるコンテンツで、ニコニコ動画に投稿が可能で、それでいて自分の持ち技とマッチする……と考えていった結果、「替え歌はどうか?」という結論にたどり着いた。
あとは、歌唱の腕前だ。酒席の付き合いの中で、カラオケで歌った経験はそれなりにある。が、それだけだ。全然うまいわけじゃない。むしろヘタな方だ。しかし、カラオケの採点機械で70点は取れている。後は成長すると信じるほかない。
そんなこんなで、ニコ動に下ネタ系の替え歌を投稿してみた。既存曲をそういう単語やストーリーで置き換えたものだ。ずっとこれ一本でやってきた。
簡単なイラストを数枚付けて、あとは一発勝負である。投稿した後、一晩置いて動画を見ると……まずまずだった。初級者が投稿した動画は多くても100再生しか付かないが、俺の動画は数千再生だった。
一番よかったのは、投稿した動画を「おもしろい」と言ってもらえたことだ。それだけでもう、駆け出しの投稿者としては感無量である。嬉しかった。みんなにニコニコしてもらえたのが。
イラストも凝った感じにしていった。プロには遠く及ばないけど、それでもこだわりのイラストやアニメーションを載せて、ちょっとでも面白くなるように気を遣った。
それからも、1~2か月に1本の割合で動画を投稿していった。動画再生数は伸びていった。数万再生の人気になった。当時のニコ動だと、1万再生されれば人気作品という扱いである。10万再生で一流、100万再生で神。
当時のTwitter理論において、フォロワーやお気に入りやリプライ的なやつが増えれば増えるほど、投稿した元作品がみんなの目に入るようになる――そういう感じで、元作品(新たな投稿動画)は、初心者の動画に比べると信頼性がある――それでさらに皆の目に入るようになる、みたいなロジックが紹介されていた。
『六次の隔たり』である。今時の言葉でいうとネットワーク理論や、錯覚資産だろうか。高評価はさらなる高評価を呼ぶのだ。『マタイによる福音書』にも、「持っている者は与えられてますます豊かになり、持っていないものは持っているものまで取り上げられるだろう」とある。
過去に投稿した人気動画が、今投稿したばかりの動画を支えていた。結局、2008年くらいまで投稿を続けたのかな。約1年半の活動期間だった。過去に投稿した人気動画ってなんか、不労所得感がある。ぜんぜん不労じゃないけどさ。
実は当時、人事異動で忙しい部署に行くことが決まっていた。勤め人としての役目が優先だ。動画投稿は趣味である。
忙しい部署に移った後は、やはり本当に忙しくなり、動画投稿をするだけの精神的余裕がなくなった。あとは、声か。俺の投稿動画だけど、声の加工はほぼしてなかった。声質が丸わかりである。特定が怖かった。ちょうどその頃は、Twitterでよろしくない行為をした社会人が吊るし上げに遭うことがあった。
アディダスの広報の女性がスポンサー選手をディスったとか、ホテル従業員が芸能人の利用をネットで報告したとか、そういう案件でボコボコに叩かれてるのを見ると、「自分もヤバいかも」という考えが浮かんだ。
投稿動画で使っていた曲も、許諾を取っているのは皆無だった。権利者によるお目こぼし状態である。リスク回避という社会人意識がニコ動から俺を遠ざけた。
自分の判断の結果だから後悔はしてないよ。それでよかったと思ってる。下ネタの替え歌なんか、バレたら恥ずかしいなんてものじゃない。それも法令違反。社会人としてキズが大きい。
それから長い月日が経って……忙しい部署で相当長いこと勤め上げた俺は、また別の地方支局に人事異動で移った。そして、30代後半で管理職になりましたとさ……めでたしめでたし、で終わればよかったのだが。
今度はあまりの暇具合に辟易するようになった。前の部署がキツイ部署だったので、人事部局が配慮してくれた。「暇な職場で休憩」というメッセージである。
その地方支局がある市町は、有名どころの百貨店が進出してないエリアだった。高島屋とか松坂屋とか伊勢丹とか、そんなの一切ない。天満屋ならあるのだが。
暇な時間があるなら楽しんでみては~と思ったが、ここは田舎である。東京に比べて面白いコンテンツは少ない。自分で見つけるしかない。時間がかかりそうだった。
例えば、都内だったら、今ニコ動で活躍してる有名投稿者……miniさんの友達の、東北ずん子を使う料理・旅行の実況者がいたと思うのだが、あの人達が取材で行くような面白いスポットが、この中核市にはひとつもなかった。
昔ながらのローカル百貨店と、人通りがほぼない商店街、昭和のスナックやラウンジ――中核市なので若い連中は多いはずなのに、まちおこしのイベントがロクにない。
人口はすでに飽和状態で、後は減るだけ……そんな地方都市だった。
しかも、エロに興味がある俺が、引っ越し前に入念に下調べをしたのだが……実は、この地方都市には有名な風俗街があって、1万円+αで本番ができるヘルスが立ち並ぶ地域があったのだ!!
それらの箱ヘルだが、俺が異動する数年前に警察の摘発に遭って全滅していた……悲しい事態だった。今でも、ここは中核市だというのに、ソープも含めて本番ができる店は一切ない。
残された手段は、ホテヘルやデリヘルで本番をさせてくれる、それくらい強い信頼関係を嬢と築く以外に道はない。
そんな状況で、当時の俺は……もう一度、動画投稿をしてみようと思った。ネタはもちろん替え歌である。
毎日があまりに退屈だった。刺激がほしかった。昔の投稿動画をふと見る機会があって、感慨を覚えたのがきっけである。あとはファンの声とか。
最後の投稿から長い月日が経っていたが、俺が投稿した動画には、まだ人が集まっていた。主にはノスタルジーを感じてる人達だ。ニコニコ動画の中では、俺はもう「終わった投稿者」である。
でもさ、年齢は関係ないじゃん。40才が近い投稿者でも、やってやればいいんじゃないか。
人気の投稿者だと、30才くらいまでの若い人(※先ほど挙げたminiさんの友達の青海さんなど。youtubeだと、セミやマイナー貝やザリガニを野外調理して食べる若い兄ちゃんや、下半身が動かない女の子とか)が多いんだろうけど、別におっさんだって投稿すればいいじゃん。きっと、ひろゆきだってそう言ってくれる。
もう一度、過去のネタを参考にしつつ、替え歌の動画を投稿することにした。昔に比べてやりやすそうだった。
カメラ等の撮影機材は進化してるし、下手くそな歌は社内社外のカラオケで鍛えて上手くなった。今時流行りの曲だって、80点以上は安定して出せる。編集ソフトの進化により、少しのミスは撮り直さなくていい。
一番よかったのは、ニコニコ運営が楽曲の著作権関係を整理してくれたことだ。投稿者が今時の楽曲を歌うのは、著作権を侵害しない行為になっていた。
そして……実際に、新作動画を投稿したのはいいが、昔ほど人気は集められなかった。視聴者は、昔からのファンが多かった。新規の人もいたけど。皆にニコニコしてもらえてうれしかった。
それから、何本も動画を投稿していった。暇な時間はたくさんあった。ほぼ必ず定時で上がれるので、飲みに行く日とか、セクシーな動画を見る日とか、そういう日を除けば替え歌動画を作りたい放題だった。
再生数・マイリス数は十分だった。みんな、俺が作った動画を見てニコニコしてくれた。数万回の再生がコンスタントに取れた。しかし……数年間投稿して、メガヒットはひとつも出なかった。若い層が投稿動画を見ていない。
楽曲選びのせいもある。自覚はあった。例えば、サイバーダムのカラオケ人気曲ランキングで上位になってるのがあるだろう。昔からそうだけど、あのランキングで上位になる曲って、中高年世代を基準にしてる。
有線放送もそうだ。飲食店の有線放送で流れてくる曲って、90年代~00年代の人気曲がほとんどだ。今の20代が聞いてもわかんないよ。ところで、俺が若手社会人の頃に、先輩方がよくカラオケで歌ってたのは、T-BORANや酒井法子など、あの世代の楽曲が多かった。(壊れかけのRadio~♪♪)
再生数が伸びない最大の原因は、俺自身の感性が鈍ってた。投稿動画は過去作の焼き直し感があったし、中年世代が子ども・若者時代を懐かしんでる替え歌もあった。ノスタルジーである。
しかし……今時の若い人が聴いている・歌ってるような楽曲(YOASOBIとか)の替え歌を投稿すると、再生数が伸びた。平均再生数が1~2万とすると、そういう楽曲は5万再生以上になった。
ちなみに、俺が若い頃に投稿した人気動画は、最高で300万再生である。今思えば、あそこまで情熱をもって取り組んだのは人生で初めてだった。そんな気概は……まだ少しはあるけど、創造性は燃え尽きつつある。
今はもう引退してるって、冒頭で書いた気がする。文字どおり本当の引退である。事前にファンの人に説明するまでもなく、全ての動画を削除した。問答無用である。
理由は2つあって……また新しい部署に異動になったのが1点。関東にある重要拠点のひとつだった。忙しい日々になりつつあった。
2点目が圧倒的なのだが、「著作権法違反」ということで、俺のSNSでの連絡先に警告が届いた。カラオケのランキングで上位に入るような曲を作ってる大手音楽プロダクションからである。あなたが社名を知ってる可能性はとても高い。
自分が投稿した動画、ダメなんだってさ。だって替え歌だから。ニコ動で歌うことが許されてるのは、あくまで本来の楽曲であって、替え歌は対象外である。考えが足りなかった。
これこそが、替え歌を作って投稿すること自体が法的リスクのある行為だった。わかってなかった。メール文には「今後投稿を続けるようであれば、法的措置を行います」とあった。
別の人で、同じニコ動で福山○治(ふくやまぴーはる)さんという投稿者がいたのだが、この方も、ある時いきなり投稿動画をすべて非公開or削除にしたのだった。人気の投稿者であり、HoneyWorksの「可愛くなりたい」などを福山雅治の声で歌って、500万再生以上を叩き出していた。
彼も、同じような理由なのだろうか。芸能事務所や音楽プロダクションからすると、替え歌動画ほど下品ではないにせよ、無許可の二次創作だったのは間違いない。
そんな事情で、そろそろ頃合いかと思って完全引退を決意した。ほかの投稿動画についても、警告するまでもなく訴訟という可能性もある。申し訳ないけど削除した。
悲しかったけど、しょうがないのだ。他人様のふんどしをお借りしていた。それを元に戻しただけだ。作品を天に返したのである。
これで日記は終わりだ。今は会社員として幸せにやってるつもりだ。
今これを読んでおられる方にも、替え歌動画を見てくれた方がいるかもしれない。
事前告知はできなかったけど、感謝を伝えたい。応援ありがとうございました。Permalink | 記事への反応(5) | 11:10
単純に例の角川の件で今まで身内が持ってるDCのプライベートクラウドで運用していたのを全部パブリッククラウドに持っていったせいで海外基準にせざる得なくなっただけでは
ニコニコって関連サービスはともかくメインの動画生放送に関してはプライベートクラウド以前はさくらのDCを使ったオンプレだったし運用が日本基準でも問題なかったんだろうけど
これ著作権じゃなくて「海外情勢に合わせた表現規制基準の変更」で消えたR-15系MMD動画が主なんですよ
今後一次創作にすら及びかねないかなり危険な話で、普通真っ先に削除されるであろうmadの削除が二の次なのもまたヤバい話なんです、それほど切羽詰まってるとも取れるんで— ゆうしゃアシスタント (@yuusyaasisutant) January 19, 2025
いつ頃からだろう。ネット上で「野獣先輩」のネタを見かけることがめっきり減った。かつては掲示板やSNS、動画サイトでも無数のMADやコラージュ、替え歌、それから「やりますねぇ」「114514」など、淫夢語録が飛び交い、いたるところで野獣先輩を祭り上げるような風潮があったはずなんだけど、最近はそういうネタを積極的に楽しむ層が目に見えて少なくなってきた気がする。あれだけネット上を席巻した野獣先輩はいったいどこへ行ってしまったのか。もう“ブーム”という意味では完全に過ぎ去ってしまったのかもしれない。
もちろん、いまでもYouTubeで「野獣先輩」と検索すれば、昔アップロードされたMAD作品やキワモノじみた動画の数々が出てくる。そしてコメント欄やSNSの一部では、いまだに「ンアッー!」「イキスギィ!」「先輩!?今なにしてるんですか!?」なんて淫夢語録を使っている人がいるのも事実だ。だけど、いわゆる一般的な流行語として、あるいは“ネタ画像の定番”としての盛り上がりは、ここ数年でかなり勢いを失ったように思う。まるでピークを過ぎたお笑い芸人のように、かつてはテレビをつければ見ない日はなかったのに、ある日を境にパタッと姿を見せなくなった――そんな印象すらある。
言うまでもなく、野獣先輩は元々“某ビデオ作品”から生まれた人物(キャラクター?)であって、その正体については未だに不透明な部分が多い。顔や声はあまりに有名になりすぎたが、名前や経歴などの公式情報がほとんどないまま、それどころか実在さえ疑われる都市伝説の領域になりつつある。そこがまたインターネット時代の想像力を刺激したのか、過剰なまでの二次創作が生まれ、動画やイラスト、コラージュ画像やフィギュア(自作)など、多方面で“発展”を続けていたのが、ちょうど2010年代前半から中盤あたりだった気がする。
当時はニコニコ動画をはじめ、コメント文化が根付いた動画プラットフォームとの相性も抜群だった。コメント欄がスクリプトのように淫夢語録で埋め尽くされ、それをさらに面白がってMAD制作者がネタを増殖させる。あるいは一部のニュースサイトやまとめブログですら、面白半分に野獣先輩ネタを取り上げたりして、「知らない奴はネット初心者」なんて言われるほど浸透していた。Twitter上でも「誕生日おめでとう」「これは草」などの汎用スタンプ的に「114514」を使っている人がいて、一種の“邪道な共通言語”のようになっていたのを覚えている。
しかし、その盛り上がりも徐々に変容していった。一つには、ネットコミュニティの分散化が関係しているだろう。SNSが多様化して、趣味やコミュニティごとに細分化され、それまでニコニコ動画や特定の掲示板で集中して消費されていたコンテンツが、それぞれの独立したプラットフォームでまばらに取り扱われるようになった。そこに加えて、“炎上”や“差別”といったセンシティブな話題への社会的な目が厳しくなったという背景もある。そもそも、野獣先輩が初出のビデオはゲイポルノ。今でこそ多少は寛容になった部分もあるかもしれないが、ネットミームとして消費される過程で、ゲイの人々に対する差別や誤解を助長するような表現があったのは事実だ。それを面白がって繰り返していくことに抵抗を感じる人も増えてきたんじゃないかと思う。
ネットミームは流行り廃りが激しい。しばらく異様な勢いで盛り上がったかと思えば、ある瞬間を境にして興味を失われ、どこにも“ネタ”としての居場所がなくなる。しかも野獣先輩ネタは、興味のない人からすると「意味不明」「ただのホモビデオネタでしょ」という評価になりがちだし、社会全体から見ればかなり“マイナー”な部類に入るわけで。そもそも一般ウケするような題材じゃない。それでも大きく盛り上がったのは、当時のネット文化や動画サイトとの相性、そして一部のコアなファンの狂気じみた創作熱が奇跡的に結びついた結果でもあるんだろう。
さらに、野獣先輩にまつわるデマや過剰な“考察”が広まった結果、本人とされる人物がリアルで迷惑を被っているという噂も立った(真偽は不明)。ネットの海では無自覚に二次創作を楽しんでいただけでも、誰かが被害を受けている可能性がある、という認識が広まれば、それだけで一気に“冷める”人もいる。実際に「ストリートビューで野獣先輩を見つけた」とか「就職先が判明」などといったデマが飛び交う中、面白がっているだけでは済まされない雰囲気になったことも、大きな要因の一つかもしれない。
それと同時に、淫夢界隈というか、いわゆるホモビデオネタ全体が少しずつ下火になったという説もある。昔は「なんでも実況J(なんJ)」板などでしばしば盛り上がったりしていたが、ネット文化全体の主流はもっと別の方向にシフトしていった。VTuberやTikTokの短動画文化など、新しい潮流が台頭し、そこに若い世代の目が向いた結果、野獣先輩界隈のような“十年選手”のコンテンツに新規参入する人が減ったのだろう。お決まりの淫夢語録を使って盛り上がるだけのコミュニティは、古参が固定化して停滞していくばかり――そんな現象が見え隠れしている。
一方で、「ブーム」というほどの熱狂が消え失せたとしても、コアなファン層は一定数残るものだ。何かの拍子に「イキスギィ!」「なにわろてんねん」なんて書き込みを見ると、一部の人々は懐かしさを覚え、それでまた小規模ながら盛り上がりをみせることがある。マイナージャンルの音楽や漫画と同じで、「好きな人だけが好きなタイミングで楽しむ」というスタイルに落ち着いたのかもしれない。かつてのようにニコニコ動画のランキングをジャックするような勢いはもうないけれど、自分たちが愛する淫夢ワールドを守り続けるコアファンがいる限りは、完全な“消滅”とはならないだろう。
ただ、「話題性」という意味でのブームは、もう戻ってこないんじゃないかと思う。ネットミームは消費サイクルがとにかく早いし、過去に何度もリバイバルされた他のネタ(例えばエア本やエガちゃんとか)と比べても、野獣先輩ネタは一度ピークを迎えてから、その余韻を引きずりながらも急激に下火になっていった印象がある。もし今後、野獣先輩を取り上げる大きな出来事――たとえば本人がメディアに登場するとか、公式に何か声明を出すとか――があれば別だけど、その可能性はほとんどないだろうし、あるとしてもまったく予想がつかない。
もう一つ言えるのは、ネット社会自体が“ネタ”に対して敏感になっているということだ。SNSの拡散力やモラルへの意識が高まった結果、差別や迷惑行為に該当するコンテンツは批判されやすい。野獣先輩ネタは本質的に“ホモビデオ出演者をネタ化して面白おかしく広める”という構造があるから、やはり批判されるリスクも高い。インターネットの一部コミュニティだけで楽しむ、いわゆる“内輪ネタ”としてなら成り立つかもしれないが、外部への広がりを目指すとなると、今の風潮ではどうしても厳しいだろう。
となると、自然に考えて、野獣先輩のブームが再燃するシナリオは想像しにくい。むしろ今はもう「懐かしいネタ」や「一部でコソコソ盛り上がるカルト的な存在」として消えていく運命にあるのかもしれない。かつての勢いを知っている人からすると、あの狂乱の時代が嘘のようだと思うかもしれない。ネット上の祭りとは、えてしてそういう儚さを伴うものだ。盛り上がるときは一気に爆発するけれど、それが長く続く保証はどこにもない。むしろ急激に消費されるからこそ、一種の“バカ騒ぎ”として鮮やかに記憶に刻まれるのだろう。
もっとも、完全に誰からも忘れ去られるかと言えば、そうはならないと思う。インターネットの大海原には、かつて作られた無数の動画や画像、スクリプト、テキストが残っている。ふとした拍子に目にした古いMAD動画から、若い世代が「なにこれ…?」と興味を抱くことだってあるかもしれない。まるで化石のように眠っているアーカイブのなかで、野獣先輩という存在はいまだに息づいている。見つけた人が手を加えれば、また新たなネタとして蘇生する可能性だってゼロではない。だが、それはあくまで局所的なものであって、再び大衆を巻き込むようなブームになるとは考えにくい。
思えば、野獣先輩があれほどまでに取り上げられたのは、ネットミームの“暗黒面”を象徴するかのような要素が詰まっていたからでもある。アングラ感、不条理ギャグ、謎の考察文化、コラの素材としての汎用性、そして大衆から見ると“ネタにしづらい”危うさ。それらが絶妙に交じり合い、奇妙な熱狂を生んだ。だが、その熱狂は時代とともに下火になり、今や「ブーム」と呼べるほどの勢いを残してはいない。淫夢語録を使ってキャッキャ盛り上がる文化は、いまや一部の“伝道師”たちのものとなったのだろう。
「もう野獣先輩のブームって消えたよね」と言われれば、正直「うん、消えたと思う」と答えるしかない。もちろん“好きな人は好き”という段階で存続しているのも確かだが、少なくともネット全体を席巻するほどのパワーはもはやない。あの独特のネットスラングや淫夢語録を見かけたとき、「そういえばそんなネタもあったな」と懐かしむ人が増えた時点で、ブームは終焉を迎えたのだ。
ただ、ネット文化において「ブームの終わり」がイコール「完全な死」を意味しないのは、これまでも繰り返し目にしてきた通りだ。野獣先輩ネタも、“隠れ里”のようなコミュニティや、昔を懐かしむ古参ユーザーの間で、細々と脈打ち続けるだろう。いつかまた世代を超えてリメイクされる瞬間が来るかもしれないし、さらにマイナーな世界へ潜っていくかもしれない。結局のところ、“生きている”かどうかよりも、“楽しむ人がいる”かどうかがネットミームにとっては重要なのだ。
では、われわれは今後、野獣先輩のブームをどう捉えればいいのだろうか。答えは、あまり深く考えすぎなくてもいいんじゃないかと思う。所詮、ネットの一大ネタ祭りだったのだから。盛り上がるときはとことん盛り上がり、廃れるときは静かに廃れる。次から次へと新しい話題が生まれ、消えていくのがインターネットの常だ。たまたま“ナゾの多いホモビデオの出演者”というインパクトが重なり合って、一瞬の閃光のように注目を浴びただけのことかもしれない。
それでも、かつてのインターネットの一角を彩った壮大な“お祭り”であることに変わりはない。あの時代をリアルタイムで経験した人は、きっと「やりますねぇ」「ンアッー!」なんて語録を見るたびに、あのカオスな日々を思い出して苦笑するだろう。そんなふうに、野獣先輩のブームは過去のインターネット文化を振り返るうえで、ひとつの象徴として語り継がれる可能性がある。これこそが、ブームが去ってもなお、どこかの片隅で語られ続ける“ネットミーム”の宿命なのかもしれない。
結論としては、もう「野獣先輩」のブームは確かに消えてしまった。かつてのような大規模な盛り上がりを再現することは難しいだろう。しかし、それでも完全に消え去ったわけではなく、いまでもどこかでひっそりと愛好され続けている。「ブームが過ぎ去ったあとにこそ、本当のファンが残る」なんて言い方もあるけれど、まさにそういう状態だと思う。表舞台には出なくなったが、インターネットの奥底ではまだ生きている――それが野獣先輩という“伝説”の現在形なのだ。いずれにせよ、もう一度あの規模の“祭り”が起きることは、たぶんないだろうし、仮に起きたとしても、それはもう“別物”なのかもしれない。人々の記憶の中でしか語り継がれないような、そんな“終わり方”もまた、ネットミームには相応しいのかもしれない。
11/15のX利用規約改訂における「AI学習」にまつわる問題で、ここ1ヶ月ほどずっと
の争いや混乱を眺めてきた。
ただクオリティの高い絵が流れてくるTLを見て時々イラストを投稿したかっただけなのに、そんな宗教戦争(もうこう形容するしかない)に巻き込まれてきた。
そこで気づいたことがある。
だって、定型はインターネットお絵描きにもAIが抱える問題にもクソほど興味ないんだから。TikTokとかmeituとかchatGPTで無邪気に遊んでるぐらいだし。
程よい距離を取れずネットに張り付いてる奴はもれなく精神に何かしら障害を抱えてると言わざるを得ない。
今回の件でも比較的冷静に判断して対処してた勢力はみんな売れてるし、コミュニケーションも取れて業界内外の人脈形成にも成功していて、事務作業能力もコンプラ意識もある、定型寄りの人たちだ。
一応ファンアート程度は描く絵描きだと自分のことを思っている。
そして最初は絵師を応援したかったし、AIイラストは疎ましかったが今は登場人物全員憎い状態になっている。
人間という生き物の醜悪さを今回嫌というほど再認識させられた。
元々私はレスバの空気に精神を影響されやすい。自分のメンタルを管理できない。だから診断が下るのだ。
ASDでHSP気質のINFP(たまにINTPになる)の人間に対戦型SNSは向いてなかった。だが、怒りには中毒性があり無意識に時間を取られて追ってしまう。
目を離してる隙に議論が進み、公開アカウントを叩かれてたらどうしようと気になって仕方なくなり、14〜17日は風呂キャン飯キャン寝落ちの生活が余儀なく続いた。お陰でこの数日間で1.5キロ体重が落ちた。
他責思考だが、自分で絵を描くモチベーションもこいつらに食われてしまった。
今回特に目立ったのは「前々から危惧されていた絵師の社会性なさ」「技術職のサイコパス加減」「AIを頭ごなしに非難してインプを稼いだりファンネルを飛ばしてくる反AIの厄介さ」「全勢力におけるとにかくただ乗りしたい乞食精神」である。
これのせいで、どんな絵を見ても「ウォーターマークとノイズ如きで対策できた気になってるの馬鹿じゃないの」「逃げるな卑怯者」「対策の一つもしないなんて随分呑気に危機感も持たずご自身の作品を蔑ろにしてるんですね」「結局こいつらも身内から村八分にされたくないだけだろ」「お前は3D素材とか使わないんか?なんならこっそりAI補正してんだろ」という感情が同時に発生するようになってしまった。
自分は権利侵害(二次創作とそれによる収益発生、画像リプ、MAD視聴、クソコラ、否認可のスクショ掲載他)をしておきながら自分の権利だけ振り翳す絵師軍団をダブスタと罵っていたが、私も変わらないじゃないか。
まぁ、そもそもこれらはAI関係なく人の手によって昔から起きてた問題でもあるんだから、結局人間が悪いんだが。
先ほども言ったが、この状態は軽く鬱に片足突っ込んでる気がする。非常に良くない。
人の心がわからない。
なんでも正論で返して人を傷つける。
何をしたら人が傷つくかわからない。
パターンから外れたことを人や周りがしてくると混乱して発狂する。
プライドが高くてごめんなさいが言えない。
なお、エンジニアには調整能力や交渉能力のような営業職じみたスキルが求められるため、キラキラ陽キャ定型の方が向いている。ここで指す技術屋(反曰くテックカス)はプログラマーのことを言う。
確かにプログラマーの人間なら人脈がなくてもクリエイターごっこできる、ポチポチプロンプトを入力する作業が肌に合ってるんだから生成AIにハマるよな。
その場の衝動ですぐに行動していつも後悔する。
それ故の対人トラブルが多い。
都合に合わせて主張をコロコロ変える。
泣けば誰か助けてくれると思ってる。
プライドが高くてごめんなさいが言えない。
そのわりに統率が取れてないのですぐ瓦解する。
まるで美術部や漫研に属する中学生女子みたいなメンタリティだ。そのまま大人になってしまったのが哀れで仕方ない。
どっちも社会性に欠けており、わがままで自分の思うように事が動かないと癇癪を起こしてしまうのは共通している。
そしてリアルの友人や家族よりフォロワーになってる。フォロワーなんてただ見てるだけの存在で内心何考えてるかわからないんなんだから信じること自体野暮だろう。
きっと現実世界で愛されなかったからここにいるんだね。居場所、奪われたくないもんね
あとこれは推測だが家庭環境に恵まれていない人がTwitterにハマり、ネットで絵を上げることにハマりやすい傾向にある気がする。今回の登場人物、育ちの時点でロクでもないのでは?
ASDとADHDは相互補完で良ペアになるかと思いきや、相互の特性が干渉してうまくいかないことが多い。
今回もそれなのではないか?
私は絵垢とは別のでこれらのことをやんわりと、時には感情の赴くままダイレクトに中立寄りとして言及してきた。
そして反AI過激派勢力(赤枠アイコン系)に集団ブロックされたり、時には本垢やblueskyにまで追いかけられたり、5ちゃんねるのヲチスレに晒されたりした。話を聞く限り赤アイコン連中のブロック監視リストに入れられてるらしい。
曰く、中立派は多少たりとも現行のAIに悪感情を持ってないようであればいくらでも叩き潰していいし、どちらの味方もしないクソコウモリ野郎だから話を聞く価値もないとのことで反AI勢力は誹謗中傷しまくってるがお前ら目的間違えてないか?
倒すべき相手は違法に取り入れたデータを学習し生成させているAI系企業であって、その辺でなんか喚いてる一般人ではない。分かってるのに何故根本解決に動くよりも、何も得られないレスバに力を注ぐんだ。
ここを見れば各々がどんな主張をしているか嫌でもわかると思う。
正直、両者の主張も理解できるし言い過ぎだと思う。
https://itest.5ch.net/mevius/test/read.cgi/illustrator/1731757051/
【Nore more 生成AI】画像生成AI信者ヲチスレ_130【AI○○】
https://itest.5ch.net/lavender/test/read.cgi/net/1731727015/
(いずれも2024/11/18時点)
人間丸ごと嫌いだ。
どいつもこいつも自分のことしか考えてなくて、他人のこと踏み台にして、都合のいい解釈をして、根本的な解決よりも気に入らない人間を叩き潰すことの方に本能的に精が出てしまう。
反AIはAIさえなければこんなことにはならなかったと言うが、そもそも人間さえいなければ争いは起こらなかったのではないか?
まどろっこしい。
こんな醜悪な生き物をこれ以上この世に解き放つな。
そんなことを人間が作った建物の中で、人間と契約した賃貸で、人間が作った服を着て、人間が作ったスマホを介して、人間が繋いだネットワークを利用して、人間が作ったコミュニケーションサービスやイラストのことを考えながら一応人間が思って書き込んだりする。
どの派閥においても、人間の汚い部分が見え隠れしてて嫌になる。
だったら全員死んでくれ。推進派も反AIもリテラシー皆無なクリエイターもまともなことやってるつもりの一般人も何もかも全員。
こんな自分が嫌になる。
https://anond.hatelabo.jp/20241106140729
音楽ゲームの波に乗って、ポップン版も独断と偏見で書いてみた。一応曲の良さだけでなく、ポップン史的に重要な曲って軸で選んだ。
現在収録曲数は1000曲超え、現在26周年のKONAMI製アーケード音楽ゲームポップンミュージック
初期ポップンを代表する人気曲。ポップン6の人気投票では4位を獲得した。その際1〜3位ももちろんいい曲ではあるが、とかくキャラ人気が高い曲だったのもあって、実際曲だけでいうならこの曲が1番人気だったのでは…という意見も見たことがある。(諸説)
7ではLONG版がプレイできるようになった。ピチカートファイブを想起させる渋谷系の楽曲で、明るい曲調と言葉遊びのような歌詞、そしてボーカル杉本清隆のハニーボイスが魅力的な曲だ。
杉本清隆は初代からボーカル歌唱という形で参加しており、6ではサウンドディレクターも務めていた初期ポップンを支えていたコンポーザーの1人である。
初代の参加曲「ポップス/I REALLY WANT TO HURT YOU」もまたポップンの代表曲として、今でもKAC(公式大会)の表彰などで流れている。
6を最後に退社、個人の音楽活動に集中する形になったものの、その後もたまに曲を提供してくれる
近年だと公式大会で決勝初出・かつパーカッシヴシリーズの続編曲ということで速度変化が大変なことになっている「西馬込交通曲」、ソフトロックの続編曲として発表された「le mal du pays, numéro 1」が収録されている(ポップン25 peace)
ポップン6は様々な要素が従来から変化したシリーズである。サウンドディレクターの変更(5で務めていた杉本清隆が抜け、同職だったwacが1人で担う形に)、メインデザイナーの変更(犬千代、P-CATがチームから抜け、shio中心の体制に)、版権曲の収録、キャラアニメがドットから現在のようなアニメーションになったなど……。
そんな折、突如現れたのがこの曲である。
それまでのポップンではあまりなかった力強い日本語ラップ曲。そして途中で高速になる独特の譜面。
この曲の公式コメントで「この曲に美味しいところを持ってかれちまうであろうことも。…大体当たったよね?」とあったことから当時の人気が窺える。
キャラクターのサムライ男性キャラの六も高い人気を誇っている。ちなみに現在公式大会で11連覇している選手もこのキャラを愛用している。
作曲者のDes-Row自体は5から曲提供していたが、この曲で一気に人気に火がつき、さまざまな名義でpeaceの頃まで楽曲提供をし続けていた。
ヒップロックシリーズはその後もコンスタントに(3の倍数がつくナンバリング)続編曲が作られた。
当時のポップンに少なかった力強い男性ボーカル・少し大人びた歌詞に当時女性を中心に凄まじい人気があったらしい。
また、キャラクターの狼男・アッシュも人気が高かった。ドラムの彼とベースのスマイル、ボーカルのユーリというキャラ、彼らの組んでいる「Deuil」というバンドは当時の女子ポッパーの心を大いに掴んだ。その人気からか、25 peaceでは、「Deuil」として数少ない書き下ろしキャラアニメ枠として新曲を引っ提げた。
新堂曲に関してはどれをピックアップするか悩んだが、多分氏の曲の中でも人気が高い、8でライブバージョンも収録されたということも加味してこの曲を選出。
その後もポップン11に至るまで曲提供をし続けていたが、諸般の事情(詳しくは検索)でポップン12では彼の曲は全削除、ポップンから姿を消すことになった。
その後、ポップン17、ポップン24では氏の曲をオマージュした楽曲が作られた。(24に関しては担当キャラもアッシュ)
beatmaniaの生みの親にしてポップンミュージックの名付け親、南雲玲生作曲。ちなみに前述のポップス
/I REALLY WANT TO HURT YOUの作曲者でもある。
透明感のある女性ボーカルと、アンニュイな曲調は人気が高く、ポップン9ではロング譜面が作られた。
この曲はキャラクターも特徴的である。ポップン7では、キャラクター数名の名前を公募で決めるという試み「PaPa*MaMa 7」を行なっていた。
この曲の担当キャラは「かごめ」という名前に決定し、影のある少女という属性も相まって大変人気のあるキャラとなった。
ポップンでは10のお星様にお願い、20のみんなでつくろう ポップン20などさまざまな形でユーザー公募のイベントを行うが、ポップン7のイベントはそのはしりと言える。
氏の楽曲は退社後のゴタゴタで多くの曲が削除されてしまったが、こちらの曲は運良く削除を免れ、今もプレイ可能だ。
版権曲に関しては初見の人がプレイすることが多いということで低難易度の譜面が作られることが多かった。
ポップで可愛い風体のポップンに収録された筋肉少女帯。同じアーティストの「日本印度化計画」と共に8に収録された。
レベルは最高難易度級、おどろおどろしい歌詞と、ノーツが微妙にずれて非常に押しにくい譜面、おまけの辛判定とまさに(当時のレベルなら)トラウマ級の譜面。
キャラアニメのミミは、本来可愛らしいキャラのはずなのだがこの曲では怪しい雰囲気の絵柄になってしまっている。キャラ説明文を見ると「不思議な夢」ということらしい…。
長らく収録されていたが、版権曲の定めか、ポップン21にてついに削除されてしまった。
ポップンで1番有名な曲。
作曲はbeatmaniaやギタドラでヒット曲を生み出していたTOMOSUKE、作詞はポップン12で雫というヒット曲を出したあさきというBEMANI的には豪華なメンツ。和風ロックなこの曲は大ヒットし、ポップンは知らないけどこの曲は知っている、なんて人もいるくらいだ。他機種にも移植されまくり、ひなビタもカバーしている。近年だとVtuberもカバーしたりしており、人気の高さが窺える。
16では初のAC出身最高難易度43・トイコンテンポラリーという曲が作られ、その譜面の超密度部分は「わけのわからないもの」と恐れられた。
ピアノの濁流がノーツとなったその譜面は「どうしようもないもの」と呼ばれる。スタッフはそんなに難しくないと思ったらしく、レベルは最高難易度一個下の42に設定されていたのもユーザーを恐怖に陥れた。
その反省か、次のポップン18のボス曲(ふること)は譜面難易度が大幅に下げられた。
その結果、当時の音ゲー板では「ポップンはガチ機種じゃないからこれくらいでいい」派vs「トイコンサイレント並みの譜面をよこせ」派で論争が起きていたのを見かけた。
KONAMI公式大会9thKACではポップン14からのボス曲(+J-テクノ)がメドレーとなったPopperz Chronicleという曲がお披露目され、ランカー達を驚かせた。
前述でポップン公募企画の話をしたが、こちらの楽曲は「みんなでつくって20」という企画でボーカル募集をしたものである。
可愛らしく元気な曲調とボーカル、そして何より乙女がいきすぎてストーカーの域に入っているようなキャラ、かおりんが当時話題となっていた。
みんつく20で募集したボーカルはその後も今に至るまでBEMANIに参加してくれているのだが、特にこちらのNU-KOの躍進は凄まじい。
ポップン以外にもオトカドールというACでは全曲のボーカリストを担当、BEMANIのプロリーグでは監督や解説を担当するなど、様々な形で関わっている。近年では声優としてもデビューしている。
昔のポップンはスタッフコメントや質問コーナー等の影響でスタッフとユーザーの距離が近かったゲームであり、まさにポップンだからこそ生まれた曲といえる。
また、作曲のPONは16よりポップンスタッフとなり、おそらく今も主要なサウンドディレクターとしてポップンを支えている。BST騒動以降、スタッフの詳細が隠されてしまったため憶測となってしまうが…。
当時「つぎドカ!」というBEMANI作曲家4人が4機種に1曲ずつ曲を提供し、選曲回数を競うという企画があった。
その中でポップン出身のPONの曲が見事1位を獲得したという曲である。
経緯的にポップン史10選に入れていいのか?と今気付いたが気にしない。
曲はストレートに熱く、少年漫画のOPのような曲。この時期のPONは作曲スピードがとても早く、サウンドディレクターとなった22、ラピストリアでも多数の曲を書き下ろしていた。
また、このつぎドカの曲を担当した4人のキャラ(烈・風雅・鈴花・氷海)はそれまでポップンにいない毛色だったこともあってか人気が高かった。
その結果、ポップン22 ラピストリアのストーリーでは主役級に抜擢される。
ラピストリアは等身高めな絵柄に改変(メインデザイナーもshio→ちっひに変更)、インスト曲の減少とキャラに沿ったボーカル曲の増加、濃いストーリー、ジャンル名の廃止……etcなどポップンのテコ入れと言わんばかりに様々な変化を取り入れた作品。
つぎドカのキャラ4人は、そのラピストリアの変化を象徴するキャラ達と言える。
ちなみにラピストリアの画風(通称ラピス絵)は、現在ではpeaceでは従来のデフォルメ(+厚塗りにした感じ)に戻っている。
こちらはポップン史に大きな影響…という感じではないが〆にふさわしい感じだったので載っけた。
20周年記念ということで、初代より参加していたsana、杉本清隆がボーカルを務め、23くらいまで長らくポップンに関わっていたwacが作曲をしている。こちらの名義も初期の楽曲と同じものが使われている。(メンバーは多少異なる様)また、初代ポップンのBGMが引用されている。
サントラのスタッフ欄はそれまでポップンに関わっていたアーティストやキャラ(!)がクレジットされており、往年のプレイヤーにはグッと来るものとなっている。
peaceの時のポップンには末期感が漂っていた。前作のうさ猫の途中からポップンの最大の特徴とも言えるキャラアニメの書き下ろしがなくなり、次作として発表された「peace」というサブタイトルは、ポップンのスタッフロールの最後によく使われる言葉だった。
稼働前に公式が25のサブタイトル案として出した中にも「climax」「ありがとう」があり、本当に最終作だったのではないか…?と考えるプレイヤーも多かった。
歌詞には「さよならさえも言えないのなら 今その分の思いを込めて歌うんだ」とあり、スタッフからユーザーへの、いつか来る別れのメッセージが込められている。
リフレクビートの様に、実質サ終だが別れの機会を逃してしまった機種があるからこそ、歌という形でさよならを託したのかもしれない。
peaceに関しては、絵柄の回帰、昔の楽曲のオマージュ曲や、人気曲の追加譜面、そして新たな難易度UPPERなどを追加したことで好評な作品となった。
peaceはレッスンやベビーメタルの追加譜面も話題になっていたので本来ならそっちを入れるべきかもしれない。
また、新たなポップンとしてスライダーを追加、ボタンサイズを縮小などされて開発されていた新筐体「NEW pop'n music Welcome to Wonderland!」がおそらく既存プレイヤーから不評+コロナ禍でお蔵入りしたことで、現在に至るまでさよならすることなく無事に続くこととなった。
ポップン初期〜中期を凄まじい曲数と幅広いジャンルで、サウンドディレクターとしてもポップンを支えていた村井聖夜による楽曲。
特にこの曲は初音ミクもまだ開発されていない頃に、PCに歌わせた革新的な曲である。
ボーカリスト、そしてキャラの「Alt」はポップンユーザーの中では人気があったが、他機種においては数年後にjubeatに収録された「隅田川夏恋歌」にて大きな注目を浴びることになる。
可愛らしい曲調と、ロリ天使がおむつを履いているという、絵柄がデフォルメだから可愛く見えるものの、なかなかすごいキャラデザのポエットは人気を博し、その後のシリーズでも新曲・新アニメが作られていった。
特にパーキッツの作曲の方は、ブタパンチなどの名義でパーキッツの可愛い楽曲とは裏腹にハードでちょっとイロモノっぽい曲を収録していくのであった……。
パーキッツに関してはどの曲を入れたらいいかも悩んでしまった…。順当に入れるなら初代かなあ。個人的にはウィッシュが好き。
あとはDJ YOSHITAKAの曲も入れようかと悩んだ。でも他機種に沢山代表曲あるからいいか。
一応最新作まで低頻度なもののプレイしているのだが、昔の曲多めになってしまった。
ただ、ネットの評判やポップンのリアルイベントの開催状況等を見る感じおそらくブームだったのが1〜8、14〜15だったので、その辺に偏るのはさもありなんかも。
ふしぎなくすりは本当に忘れてた…
でも人気と外に与えた影響を考慮するなら絶対に入れるべきだった。と言うわけで書いてみた
撫子ロックにポップンで1番有名な曲と書いたが、こちらも同等レベルで有名な曲。
作曲者の上野圭市は主に弐寺で独特な作風の曲を提供しており、前作の16からポップンにも提供を始めた。
こちらの曲についても「ふしぎなくすり飲まされて、渋谷で海を見ちゃったの」という歌詞からお分かりになる様に、なかなかの電波曲である。曲調も相まって大変中毒性が高い。
そんなネタ度の高い歌詞は、曲が出た2009年頃はまだまだ勢いのあったニコニコ動画で大ヒットした。
この曲を使った手描きMAD「ふしぎなくすり のまされて」シリーズはブームを起こし、色んなジャンルで作られたのだった。
こちらのMADで知名度をあげたため、ポップン初出ということを知らない人も多いかもしれない。
上野氏はその後も参加し、peaceでは続編曲とも言える「いつまでやったって、別にいいじゃない!?」を提供。ポップンはいつまでやったっていいんだ。
https://anond.hatelabo.jp/20241106140729 が個人的にあんまりなので自分で選び直してみた。
すべては ここから はじまった!
正直1stの曲ならなんでもよいが、選曲画面でいの一番に出てくるコイツをチョイス。
Q. 音ゲーといえば?
5鍵1stのロケテ時点では存在しなかった20,novemberは、いともたやすく達成された全曲クリアを阻むために作曲された「ボス曲」のハシり。
難しいものを攻略してもらうことでインカムと人気を確保するため、というなんとも実利的な意味合いではあったらしい。
実は音楽ゲーム史で最初に版権曲を取り入れたのがDDR 1stなのだ。(東芝EMIとコラボ)
このBUTTERFLYが先行まとめであったように人気曲を版権曲として取り込む潮流の元になったことは間違いないであろう。
これも1stの版権ならなんでもいいが、音ゲーブームのきっかけになった点も加味してチョイスした。
曲の実質BPMは160で固定だが、譜面としてはBPM80~320と強烈な変速をするのが特徴。
早く墓譜面付きで復活してほしい。
IIDX 4thからチョイスしたこの2曲は初めての「公募曲」。
今やSDVX、CHUNITHMをはじめ太鼓の達人に至るまで音楽ゲームに「公募」という概念が根付いているが、ハシりとなったはこの2曲だ。
古今東西使い古された音MAD楽曲であるコイツはIIDX REDが初出。2004/10/28稼働なので丁度20周年を迎えたばかりの楽曲である。
ちなみに元のBGAにMADでよくある左右分割地帯は存在しない。
融和(?)の象徴。BMS(わからない人向け:PC向け同人音ゲー。IIDXにそっくり)から初めての商業音ゲー進出を果たした楽曲。
今やスマホ音ゲーからAC音ゲーまでBMS楽曲が入っていない機種の方が少数派と言っても過言ではないが、いかんせんゲームシステムからしてアングラ気味だったBMSから曲を引っ張れる下地を作れたのは大きい。
近年の音ゲーコンポーザーはBMSを足掛かりにキャリアをスタートすることも多く、そのキャリアコースを形成した一因と言ってもよいだろう。
音ゲー大会の決勝はなぜか曲数が多い。なぜなら最後に新曲を初見でやるからだ。
そのハシりとなったのがSDVX BOOTHのMax Burning!!。
KAC2012でお披露目されたこの楽曲はトップランカーを蹴散らす…程ではなかったが、音ゲー史にその名前を深く刻みつけた。
最後にIIDX 9thからこの楽曲。そんな曲シランがな、という人も多そうだが、何を隠そうこの楽曲は史上初の「解禁曲」(特定の条件で出現し、かつそれ以降常駐する新曲)。
9thは初めてe-amusementに対応した作品であり、このような解禁方法が可能になった最初の作品である。初の解禁曲だけあって解禁方法は至ってシンプルで、①9th柄のエントリーカードでプレイする②他の柄のエントリーカードで一定回数プレイする、のどちらか。
解禁イベントの重量化は昨今の音ゲーで深刻である。そもそもの火種を起こしたこの曲が残した功罪は大きいかもしれない。
1stにいっぱいいるJ-POPは同時期に既にBEMANIシリーズにちょくちょくいたりしたのと、覇権を取った所以が楽曲にあるわけでもない(と思っている)。
デニムは言うほど浸透してない気がしたので。
特異点(クローンゲーからの譜面含めた移植)ではあるが史上で重要かというとそうでもない。
やってないのもあるがいまいち思いつかんかった。あったら言及ください。
少なくともbeatmania III (2000年) の「mnemoniq」が先行してる。フロッピーにプレイ記録を保存できた。
https://anond.hatelabo.jp/20240830213900
ヨッピーが育児ハックネタで増田とバチバチやってるの見てたら、ヨッピーが大人の対応してる感出してるけど、全く噛み合ってないのが痛々しいので、気分転換に書いてくよ。
・うちは4人いるけど、育児のテクニックが効くやつと効かないやつがマジでバラバラ。どの話もとりあえず話半分聞くのが良い。
・1番目の時、ワイフは育児ノイローゼになり、僕が専業主夫を半年やった。当時大変だったけど、今思えば1番目が1番育てやすかった。4番目ともなると、こちらも百戦錬磨のはずが、本人の資質もあり滅茶苦茶手がかかり思い通りにいかない。4番目が最初だったら……と思うと恐怖しかない。子どもは小学校入るまでは本当に個人差が激しいので、4番目みたいな子が最初になってしまったお父さんお母さんには、本当にお疲れさまです、としか言いようがない。
・うちの4番目、体力がある、というか、しつこい、というか、忍耐力がある、というか、ちゃんと抱っこしたりかまったりしないと、とにかくブチギレる。機嫌が良い時は良いのだが、一度悪くなると治まらない。基本は多少泣いてもスルーする、なのだが、世界が終わるかのように泣きじゃくり服を引っ張ったりして、家事全般が全然できなくなる。抱っこで少し落ち着いてきたら、椅子に座って膝に乗せる状況なら多少大人しくしてるので、疲れ果てたワイフor僕は、人間椅子と化す。
そんな時の育児ハックは、座りながら寝れそう椅子/ソファをテレビの前に設置し、テレビで動画を流す!、だ。
家事を自分でやりたいタイミングでやるのはもう諦め、少しでも休息を取り、寝静まったり落ち着いた瞬間にやりきることに徹するのだ。
地上波のテレビはCMが長く挟まるので、CMのタイミングでキレられることになる。
普通にYouTubeを流してもCMは流れるが、スキップがテレビより早くできるのでまだマシ。
個人的にオススメは、YouTube kidsのアカウントを作って、YouTubeアプリで再生すること。
YouTube kidsアカウントだとCMは入らない。YouTube kidsのアプリで再生すると、次の動画の再生が自動で行われないため、10分に一度操作する必要が出てくる。
だが、YouTubeアプリでYouTube kidsアカウントで入り、動画再生すると、何も操作しなくても流れ続けるので、そのまま寝落ちすることができる。
ちなみにうちの子どもらにヒット率が高かったのは、boobaだ。
https://youtube.com/@booba?si=u4TJhgeuwMK3Yx55
アンパンマンにハマる子、電車にハマる子、動物にハマる子、色々いたが、今のところboobaの食いつきが一番良かった。
最初はマジで何が良いか、本当に分からなかったが、あまりにどの子も食いつくので、何度も何度も何度も観ることになり、結果慣れてしまった。
うちの子らの一番のお気に入りは、aviciiのLEVELSという曲に合わせてboobaがダンスする動画で、コレ流すと本当に機嫌が良くなる。
コレを聴きながら人間椅子となり、眠る日々を何度も過ごしてる。
https://youtu.be/kWxlSzoQSRM?si=r7IRibA83jGghHFZ
子どもは気に入ったやつを何度も流すことを要求する、それも歌や音楽があるとヘビロテを要求しがちなので、それがアンパンマンマーチのような童謡ばかり聴いてると、だんだん謎の新興宗教に精神汚染されてるようなオカシナ感覚になってくる。
アンパンマンマーチ無限ループで、オカシクなりそうだった時は、アンパンマンの動画にmy first storyのi'm a mess の曲を当てたMADに救われた。
https://youtu.be/vT_Y4R_ZNyw?si=5K7WRq1KMFexFRi-
お風呂で機嫌が悪くなると、まためんどくさいので、機嫌が悪くなりそうな時はBluetooth防水スピーカーをお風呂において、LEVELSとI'm a messを流す。
音楽を聴くだけで、boobaやアンパンマンを観たような感覚で、機嫌が良くなるのは助かる。
・ご飯をちゃんと食べてくれない子は、お腹が空きがちなので、普段の生活の機嫌もだいたい悪い。なので、ちゃんと食べさせたいわけだが、4番目は特に食べないことが多く苦労してる。今思えば、1番目はとにかく食べる子だったので楽だった。
1番目は、タレやソースを漬けると美味い、と学習したらしく、とにかくタレを別の皿に用意し、自分でつけて食べるスタイルにすると何でも食べた。
2番目以降は完全に真逆で、何かがついてると、美味しい不味いの前に、気に入らない、食べる気がしない、ので食べない。
外食すると、東海地方のソフルフード、スガキヤのラーメンは、なんやかんや絶対に食べてくれるので、非常に助かる。
3番目と4番目は、焼いた食パンが好きで、3番目は白いところだけ食べ、4番目は耳だけを食べる。
どの子にも言えることだが、めっちゃ好き!テンションが上がる!!以外は、思いのほか食べるのがめんどくさいと食べないことが多い。
なので、硬い状態はできるだけ避け、手でつかんで食べれるような状況にしとくと、手でもスプーンフォークでも結構食べてくれる。
麺類を比較的食べてくれるのは、子どもらとしては食べやすいからかも。
きゅうりの蛇腹切りのように、斜めに刃を半分入れる、を両面からやる感じ。
そうすると、焼いた後、食パンを手でちぎるのが簡単になり、スナック菓子のようにつまみながら食べることができる。
テンションあがる!で食べてくれるので、キャラものの食器、アンパンマンのスプーンや茶碗などは効果があるが、席に着くまでは持っていけても、食べ始めるとやる気が無くなることも多いので難しい。
テンションが高くないと、子どもの横について、1時間近く食べさせないと食べてくれない。
食べさせる疲れと、上に書いたような手間をかける疲れを天秤にかけて、レシピを選ぶ。
麺類、唐揚げ、おにぎり、あたりは外しにくいメニューなので助かる。一般的にはココにカレーも入るのだが、うちの子らの場合、カレーよりもハヤシライスの方がよく食べるので、ハヤシライス率の方が高い。
ポケモンやアンパンマンのラーメンうどんはあるが、絵のついたかまぼこを食べ終わった瞬間食べなくなったりする。
どん兵衛の小さいサイズは、柚子の風味がついていて、普通のどん兵衛よりも正直美味い。
・子どもをあやす時、室内で抱っこするだけじゃ泣き止まない時は、外に連れ出して移動する。
歩いたり、ベビーカーに乗せたり、自転車に乗せたり、車に乗せたり……
外に出る疲れとめんどくささ、と、永遠に続くと思われるギャン泣きとを天秤にかけて、仕方なく外に出る。
哺乳類全般が持ってる習性で「輸送反応」というものがあり、子どもをあやすテクニックのほとんどがコレに由来してるものが多い。
https://www.sukusuku.com/contents/qa/60442#
哺乳類は赤ちゃんの時なにもできないので、危険が迫った時親が赤ちゃんを上手く運べるように、運ばれると感じた赤ちゃんは大人しくなる、というもの。
ひとつ注意点は、運ばれていると感じている間は、習性により大人しくしてるが、それが無くなったと感じれば元に戻るということ。
なので、移動で大人しくなった後、眠ったり、本人が落ち着いたりした後でないと、移動を止めた瞬間、またギャン泣きすることになる。
ちなみに、専業主夫やってた1番目の時は、夜中全然泣き止まないと、抱っこ紐で背中に乗せ、近くの公園を自転車でずっと走っていた。
4番目になって、気付いたテクニックとして、ただ抱っこするよりも、抱っこしたままトランポリンで軽く揺れると、滅茶苦茶大人しくなる、ということ。
足で良い感じで揺れを作っても、同じようには大人しくならない。
移動と違って、4番目だけのN=1の事例なので、家にトランポリンがある家庭は効果があるか試してほしい。
………他にも無限に出てきそうだけど、ひとまず今日はここまで。
ハックと呼ばれるもの全然に言えることだと思うけれど、泥臭いストーリーが無いと、リアリティが無くて、たまたま上手くいって良かったですね、で終わる気がしたので、そこに至るまでの小話も添えてます。
前クールの放送前、『しかのこのこのここしたんたん』の公式MAD(?)が大バズりしていたのを覚えている人は多いと思う。
「(電通)マーケティングの巧みさ」が賞賛されていたように記憶している。
が、俺は懐疑的だった。
「本当にこの勢いに見合うアニメなのか?」と。
また、「ボーボボの再来」とも言われていたように覚えているけど、あれは常人が描ける漫画ではない。本当にそんなことが可能なのか?と。
それが放送を見るうちたちまち夢中に……とはならなかった。
「やっぱり俺の言ったとおりじゃないか!」と思った。顔芸にしろスローモーションにしろ率直にいえばスベッていて、これで1クール持たせるつもりだとは到底思えなかった。
2話を見る。スベってる。3話を見る。スベってる。……と見ていくうち、しかしこの作品は何ごとかではある、と思うようになった(5話は普通にちょっと面白かった)。
愛すべきスベりっぷり? それはある。しかし確実に「愛せない」スベりっぷりもこの作品には刻み込まれている。
その両者を浴びていくうち……なんだかシビれてくるものがあるのだ。
作者や製作陣に敬意を表すると、意欲作ではある。
キャラクターがいわゆる「百合媚び」をしないからこそのキャラの可愛さがある。
これ見よがしに「関係性の進展」を描かないところも個人的な好みだ(終盤にばしゃめとあんこに関しては描かれたが)。
のこたんが消えると言う「フリ」があった。
なのでこしたんが奮闘し、色々あった末に魔法が起きてのこたんが帰ってくるみたいな話なのかな……と思っていたら消えるのは「ウソ」で、のこたんがせんとくんとの試合で爆弾を落としまくると言うエンド(?)。
あれは痺れた。日常系では「魔法」が問題を解決するわけだが、『しかのこ』では「爆弾」が問題を解決するのだなと。
ここでの本題ではないので省略するが、他にも「日常系との違い」が強く意識された作品ではあった。
話を戻そう。
この『しかのこ』のくだらなさ、そして見続けていると痺れてくる感じ……これは貴重な体験のようにも思うのだ。
だって考えてみてほしい。タルコフスキーの映画だってカフカの小説だって基本的には退屈だ。
ただそれを味わっていくうちにビリビリくるものがある……と言うものではなかったか?(個人の感想です)
少なくともこうは言えるだろう。「つまらない」は「贅沢」なのだと。
アニメに限らず、今の世の中(主語がデカすぎるが、続ける)、面白いもので溢れかえっていると思う。
寸分も目を離さないように設計されているもの、気が利いているもの、巧みな工夫が施されたものetc.
そしてこのサブスク化によって、私たちは時間さえあれば無限に面白いものに触れられるようになった。『Rate your music』など、最近はレビューサイトも充実してきている。
もちろん、それは良いことだ。クソアニメばかり掴まされてきた若い頃と比べると、良い時代になったなと思う。
でも裏面では、面白いものに内心うんざりもしているんじゃないか?
大げさにいえば、「面白さというエコノミー」にナッジされ搾取されている私たち……ということだと思う。
ただ具体的に、「面白くない作品、感動させられない作品、心を揺さぶられない作品」があってもいいと思うのだ。
(これはいわゆる"クソアニメを面白がる"態度と近い。俺はそれを認めた上で、ズレる面があると言いたいのだが、ここでの本題ではないので置いておこう)
そして勘違いしないで欲しいのは、俺の『しかのこ』への想いは決して"いわゆる"作品愛ではないことだ。
上に書いたとおり、ギャグはかなり滑ってると思った。またそのゆるさ・たわいのなさを愛でるにしても「愛せない」と感じる側面がある。
しかし、一見矛盾しているように感じるかもしれないが、この愛せる部分と愛せない部分の共存、それこそが真の「愛」じゃないか? と感じるようにもなった。
俺が講釈を垂れるまでもなく、今は「いいね!」が氾濫する時代である。「推し」も然りだ。
またアニメ評論に関していえば、一見客観的・中立的な技術的分析が背後に大きな「好き!」を隠し持っているというケースは多々ある(そういう世界なんです)。
それらを否定する気は全くない。
自分はどちらかといえば「批評(批判)」には懐疑的な立場だ。作品のポテンシャルを引き出すよりも削いでしまっている、あるいは作品を読めてないだけ、ということの方が多くないか? と思う。
何より、好きな作品の批判を見るのは嫌なものだ。それから推しのVtuberもいる(複数)。
ゴールドタイガーって怪しい動画、ネタ動画というかMAD素材として一部でバズっている。
件の動画を見た感じ確かに胡乱さは感じたんだけど、「ネタ動画」という枠組みがないまま見たら自分も足元すくわれていたのではないか?と急に怖くなった。
詐欺とか陰謀論とかネット社会には溢れまくっているけど、自分も知らない間にそういうのに騙されているのではないか?という気分になった。
知り合いに雨宮純とかの言説を肯定的に引用する形で陰謀論をバカにしている人が居るけど、その人は舌の根も乾かぬうちに「○○アノン」的な言説を肯定的文脈で再生産していた。
雨宮純を知っている人間ですらこうなんだから、いわんばその手の話題に興味がない自分は陰謀論のるつぼ状態なのではないか?と気が気でない。
こうなんか、どうすればいいんだろう…ってゲボ吐きそう。でも「詐欺(陰謀論)チェッカー」みたいなのも別のそれをインストールするための装置として悪用されているケースもあるわけだし難しい。
毎月1日にアイスを食べている外国人が驚く動画とは、日本のフォッ毛などのユーザがアップロードする毎月の定期。
そもそもの動画は海外のYoutuberであるjallerboがアップロードした『Spongebob reaction nigger』という動画が元となっている。
これは『スポンジボブ』のMAD動画に近いYoutube Poop(YTP)で、「『スポンジボブ』にて黒人を指す蔑称であるNigger(ニガー)を題材としたエピソードタイトルのコール」に対してのjallerboのリアクションを見る動画だが、
このリアクションがあまりにも良いということから、海外の方ではYTPの部分などを別の人種差別スラングなどに改変するといった流行を見せていた。
フォッ毛がこの動画を扱ったのはその後であるとされており、YTPの部分を単に「1月」、「2月」と変更し、月が替わったことに対してリアクションする動画シリーズへと変貌している。
現在では『桃太郎電鉄』の月が替わる演出と同じ認識で、それ以外のユーザも使うようになっているが、上記の元ネタを知っているユーザは少ないとされる。