『菅公聖蹟・手向山八幡宮』
奈良市の東大寺境内と隣接する手向山(たむけやま)八幡宮の境内に祀られている道真公の腰掛石と歌碑である。
歌碑には道真公の百人一首の歌、
「このたびは ぬさもとりあえず 手向山 もみぢのにしき 神のまにまに」
が刻まれている。
道真公が朝廷で要職を占めていたころ宇多上皇の大和旅に随行して、この石に腰を掛け、この歌を詠んだと云う逸話に基づくものである。
手向山八幡宮は東大寺大仏建立の無事を祈念し、宇佐八幡宮を勧請して平城京内に創建された神社である。
後に東大寺の鎮守社として東大寺の境内に遷宮された。
しかし明治の神仏分離により独立した神社となっている。
鎮座地は三月堂の真向いである。
この右手に楼門、楼門を潜ると応神天皇などを祀る拝殿本殿がある。
腰掛石は拝殿の右手、一段低いところにあるが、その向かいに仁徳天皇を祀る若宮神社と神楽所、神楽所の内部に元東大寺にあった東照宮が祀られている。