JR奈良線9・新田駅
「木津駅」、「京都駅」を起終点とする「JR奈良線」の駅を順番に訪ねてみる。
今回は木津駅から8つ目の京都府宇治市の「新田駅」である。
(上図の上は東方向)
「新田駅」で下車する。
駅舎の前には、樹齢は不明であるが大き銀杏の木がある。
聞いてみると、ここ数年前から紅葉はしなくなって、常緑とのことで、珍しいものである。
駅前の細い道を西へと進む。
途中にアーケードの商店街もあり、「近鉄大久保駅」へと着く。
大久保駅を抜けて、近鉄の高架線路沿いに南へと下がる。
そして右折し、しばらく行くと神社の社頭が見える。
式内社の「旦椋(あさくら)神社」である。
社頭は南向きで、社号柱が建つ。
北へ向かって参道が続き、途中で鳥居を潜る。
その先、二ノ鳥居を潜り、一般道を横切り、神門へと到達すると境内である。
境内正面には割拝式の拝殿、続いて廊、そして本殿と続く。
また、拝殿の右前には神牛が祀られている。
本殿の手前には一対の狛犬が祀られている。
そして本殿である。
本殿の祭神は、高皇産霊命(たかみむすびのみこと) 、神皇産霊命(かみむすびのみこと)、菅原道真公である。
元の旦椋神社は、少し西の現在の旦椋地区にあった。
戦国時代にその神社は焼失し、元々神社の現在の場所にあった天満天神に合祀され、新たな旦椋神社になったと云われている。
本殿の背後の左側には愛宕神社が祀られている。
本殿の背後は社叢である。
宇治市の銘木百選、樹齢400年の椎の木もある。
更に、神社参道を横切る道路の所に、神社の境内も含めて、この辺りは古墳時代から奈良時代にかけてのの遺蹟「旦椋遺蹟」であったという説明看板もある。
神社を後に、住宅街の中を北方向へと進む。
広い道路の向こう側に、陸上自衛隊の大久保駐屯地がある。
そしてこの地点で新田駅のミニ旅を終了した。
今回は木津駅から8つ目の京都府宇治市の「新田駅」である。
(上図の上は東方向)
「新田駅」で下車する。
駅舎の前には、樹齢は不明であるが大き銀杏の木がある。
聞いてみると、ここ数年前から紅葉はしなくなって、常緑とのことで、珍しいものである。
駅前の細い道を西へと進む。
途中にアーケードの商店街もあり、「近鉄大久保駅」へと着く。
大久保駅を抜けて、近鉄の高架線路沿いに南へと下がる。
そして右折し、しばらく行くと神社の社頭が見える。
式内社の「旦椋(あさくら)神社」である。
社頭は南向きで、社号柱が建つ。
北へ向かって参道が続き、途中で鳥居を潜る。
その先、二ノ鳥居を潜り、一般道を横切り、神門へと到達すると境内である。
境内正面には割拝式の拝殿、続いて廊、そして本殿と続く。
また、拝殿の右前には神牛が祀られている。
本殿の手前には一対の狛犬が祀られている。
そして本殿である。
本殿の祭神は、高皇産霊命(たかみむすびのみこと) 、神皇産霊命(かみむすびのみこと)、菅原道真公である。
元の旦椋神社は、少し西の現在の旦椋地区にあった。
戦国時代にその神社は焼失し、元々神社の現在の場所にあった天満天神に合祀され、新たな旦椋神社になったと云われている。
本殿の背後の左側には愛宕神社が祀られている。
本殿の背後は社叢である。
宇治市の銘木百選、樹齢400年の椎の木もある。
更に、神社参道を横切る道路の所に、神社の境内も含めて、この辺りは古墳時代から奈良時代にかけてのの遺蹟「旦椋遺蹟」であったという説明看板もある。
神社を後に、住宅街の中を北方向へと進む。
広い道路の向こう側に、陸上自衛隊の大久保駐屯地がある。
そしてこの地点で新田駅のミニ旅を終了した。