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2026-04-29

[]基地反対団体の「謝れない構造

2026年3月16日辺野古沖抗議船転覆事故から1ヶ月以上が経過した現在も、ヘリ基地反対協議会(安次富浩氏ら)は遺族に対し、直接的な対面謝罪手紙・弔電を一切行っていません。

デイリー新潮「なぜ謝罪しないんですか?」(2026年4月29日配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/a8e1ce17609471c2b5cac0a6f5b279117d0b58c8

記事によると、共同代表の仲村善幸氏と事務局長の東恩納琢磨氏に記者が「なぜ遺族に謝罪しないのか」と直接聞いたところ、両氏とも口を揃えて「弁護士に聞いてください」と回答しただけでした。4月3日頃に弁護士を通じて「遺族の意向確認中ですのでお待ちください」と学校側に連絡した記録はありますが、対面謝罪手紙・弔電などの具体的なアクション確認されていません。

この「謝れない」姿勢は、単なる個人の冷たさではなく、構造的な問題です。

集団無責任体制

共同代表制・構成団体連合という分散組織のため、誰が最終責任者かわかりません。共産党北部地区委員会構成団体)、日本基督教団社会派労働組合辺野古基金などが緩やかに連携し、責任たらい回しにできます。結果、「団体として謝罪した」「政府の責任だ」と主張することで、個別・具体的な謝罪回避します。

大義名分による免罪符

平和」「反基地」「民意抵抗」という強い大義が、違法占拠テント村・海上カヌー)や違法運航(無登録船・無保険)を正当化します。謝罪をすれば「自分たち活動に非がある」と認めることになり、運動正当性が揺らぐため、心理的組織的に極めてハードルが高い。

相互依存ネットワーク資金還流

最も深刻な要因は、運動継続自体利権を生み出す分散ネットワークです。

辺野古基金資金循環
2015年設立された辺野古基金は、2026年3月末時点で寄付総額約8億5,492万円(124,939件)を集め、ほぼ全額を反対運動支援運営費に充てています。主な寄付元は教職員組合日教組全教)や自治労などから組織寄付です。

修学旅行平和学習から収入
年間約2,000校に上る沖縄平和学習で、抗議船使用料(「協力金」「カンパ名目で1人あたり数千円)、民泊プログラム料、ガイド料が発生します。同志社国際高校事故時も、船員3人に対して各5,000円(計15,000円)が支払われていました。

・激励ツアーなどの商業活動富士国際旅行社などが「辺野古・高江激励訪問ツアー」(8〜9万円/人)を定期的に企画販売し、ヘリ基地反対協議会が現地ガイド役を務めています。これらの参加費もネットワーク内に還流します。

宗教献金役割日本基督教団社会派では、信徒献金牧師謝儀が抗議船購入・運用資金に間接的に使われるケースが確認されています

トップ存在しない分散組織が、思想平和・反基地イデオロギー)と利権資金活動家としての地位アイデンティティ)で固く結びついています

つの団体が「やめよう」と言い出せば、全体の資金源が失われ、ネットワーク崩壊する可能性があります。このことが、主体的意思表明・反省方針転換を実質的不可能にしています

自浄作用の極端な弱さ

この構造は内部からの総括・反省を極めて困難にします。


安次富浩氏ら協議会メンバー事故直後の記者会見で私服のまま出席し、腕組みをして仏頂面で臨むなど、責任回避的な態度が目立ちました。小池晃共産党書記局長も会見で「平和問題一生懸命勉強して沖縄まで来られた方が…命を落とされるのは絶対あってはならない」と述べ、事故を「平和教育の犠牲」として位置づけ、政府責任論を強調しました。

こうした責任回避的な言動は、「間違いを認められない」点で戦前の総動員体制酷似しています

戦前軍部政府が「聖戦」「神風」「大本営発表」で失敗を認めず、内部批判を「非国民」として排除しました。現在も「平和」という大義名分のもと、事故原因の自己検証活動見直しが極めて困難になっています。明確な指揮系統がない分散ネットワークは、外部から是正圧力海上保安庁捜査文科省通知)を受けつつも、内部自浄が機能しない「集団無責任体制」を生み出しています

まとめ

基地反対団体の「謝れない構造」は、集団無責任体制大義名分相互依存ネットワーク資金還流が複合的に絡み合った結果です。


これは戦前の総動員体制の「誰も最終責任を取らない」病理現代版です。トップ存在しない様々な団体が、思想利権で結びついているため、「大義に逆らう」主体的反省方針転換をすることは、実質的不可能状態です。

事故を契機に、外部から是正(法執行の徹底、外部団体丸投げの禁止資金透明化)がどこまで進むかが、試金石となります

2026-04-27

ボート少年ダンス

インドネシアだったかのロングカヌーの先頭に立って踊っている少年に、サカナクションの夜の踊り子楽曲を合わせているやつ

最近やたらとショートが流れてくる

流行り始めっていつから

2026-04-15

紫雲丸事故辺野古工作船事故日本人はなぜ無責任になったのか。

戦後最大の海難事故の一つである「紫雲丸事故」と、近年の「辺野古抗議船事故カヌー・抗議船転覆事案)」。これら二つの事象比較し、現代日本人の「無責任化」を憂慮する視点は、非常に重い問いを私たちに投げかけています

なぜかつての日本は、悲劇から構造的な教訓を引き出し、国家プロジェクト(本四連絡橋)にまで昇華させる「責任の完遂」ができたのか。そして、なぜ現代の事案では、責任所在曖昧なまま風化していくのか。その背景には、単なる個人倫理観の変容だけでなく、社会構造情報のあり方の劇的な変化が横たわっています

1. 紫雲丸事故悲劇を「公」の課題へと昇華させた時代

1955年の紫雲丸事故は、168名もの尊い命、とりわけ修学旅行中の児童・生徒が多く犠牲になったことで、国民的な憤りと深い悲しみを生みました。この時、当時の社会が取った行動は、現代から見れば驚くほど「直線的で責任あるもの」でした。

徹底した原因究明と引責:

船長の操船ミスや当時の国鉄安全管理体制に対し、司法世論は極めて厳しい視線を注ぎました。当事者責任を認めるだけでなく、社会全体が「二度とこの海域子供を死なせてはならない」という強烈な合意形成しました。

構造解決への意志

「霧の瀬戸内海に船を浮かべること自体リスクである」という認識から瀬戸大橋を含む本州四国連絡橋建設という、天文学的予算を投じたインフラ整備へと舵を切りました。

この時代日本には、「公(パブリック)」のために責任を取るという規範が、指導から現場にまで浸透していました。失敗を隠蔽するのではなく、失敗を「国家の改良」の糧にするエネルギーがあったと言えます

2. 辺野古の事案:政治的対立による「責任の相対化」

一方で、辺野古周辺での抗議活動に伴う転覆事案や事故においては、紫雲丸の時とは全く異なる力学が働いています。ここでは「責任」が追求される前に、「政治的立場」が先行してしまうという現代特有病理が見て取れます

責任なすりつけ合い:

事故が起きても、一方は「警備側の過剰な規制」を叩き、もう一方は「抗議側の無謀な行動」を非難します。双方が自分正義を盾にするため、客観的な「安全管理上の責任」という議論二の次になります

報道機能不全:

かつてのメディアは「社会の公器」として全方位的な責任追及を行いましたが、現在メディア自体二極化しています。自陣営不都合な事実は小さく扱い、敵陣営の失態を大きく報じる「チェリー・ピッキングつまみ食い)」が常態化し、本質的な追求がなされにくくなっています

3. なぜ日本人は「無責任」に見えるようになったのか

無責任化」の正体は、以下の三つの要因が複合的に絡み合っていると考えられます

① 「恥の文化から「損得の文化」への変容

かつての日本社会には、職責を全うできないことを「恥」とする文化が強く根付いていました。しかし、現代コンプライアンスや法的リスク管理が過剰に進んだ結果、「責任を認める=法的・経済的に致命的な損害を被る」という構造が強化されました。その結果、まずは「認めない」「謝らない」という防御本能が、責任感に打ち勝ってしまうのです。

組織の巨大化と責任の細分化

現代プロジェクト警備体制は、あまりに高度化・細分化されています。誰もが「自分の持ち場ではルール通りにやった」と言える状態官僚無責任)が作り出され、全体としての悲劇に対して「誰も責任を取らなくて良い」構造が完成してしまっています

③ 圧倒的な「当事者意識」の欠如

紫雲丸事故の際は、多くの国民が「自分の子供が犠牲になったかもしれない」という当事者意識を持ちました。しかし、現代辺野古を巡る問題などは、地理的政治的距離感から、多くの国民にとって「遠い世界出来事」として消費されてしまますSNSでの批判一過性であり、国を動かすほどの持続的な「責任追及の世論」になりにくいのが現状です。

結論:失われた「共通土俵

紫雲丸事故解決モデルとなったのは、日本人が「安全」という共通価値観を信じ、それに対して全員が真摯に向き合ったからです。翻って現代は、価値観が分断され、何が「責任であるかという定義すら、立場によって異なります

日本人が無責任になったというよりは、「誰に対して責任を負うべきか」という対象(=公、国家次世代)を見失ってしまったというのが、より正確な表現かもしれません。

辺野古のようなデリケート現場で起きる事案を、単なる政治闘争の道具にするのではなく、紫雲丸の時のように「命の安全」という原点に立ち返って検証できるか。それが、私たちが「責任ある大人」の社会を取り戻せるかどうかの瀬戸際であると感じます

2026-04-10

[]未経験歓迎カヌー教室辺野古ぶるー」

辺野古ぶるーは、ヘリ基地反対協議会(反対協)の海上カヌーチームとして、名護市辺野古沖の大浦湾で米軍基地移設工事反対の抗議活動規制海域接近・工事阻止)を行っています。以下に、人的ネットワーク支援・参加団体個人)と初心者カヌー教室を通じた動員を、情報源を明記して整理します。

1. 人的ネットワーク概要

辺野古ぶるーは反対協のカヌー部門として位置づけられ、外部からの人的・物的支援を受けながら活動継続してきました。主なネットワークは以下の通りです。

関西生コン全日連帯労組関西地区生コン支部)
カヌー寄付の主要支援元。

橙色のMalibu社製カヌーに「関西生コン」と手書きされ、ハングル「동지」(同志)の表記があったと指摘されています2017年には組合員11名を辺野古派遣し、水上デモに参加。


情報源篠原常一郎氏の現地調査(2015〜2018年、X投稿2026年3月18日)、八重山新報Yahoo!ニュース2026年4月上旬)。

極左暴力集団公安調査対象団体)の動員

中核派機関紙前進』で辺野古闘争を重視し、活動家を現地に派遣海上行動や集会に参加。

革マル派:ゲート前座り込みや海上行動に活動家を参加させ、反対協と連携

革労協(主流派・反主流派):反戦・反基地闘争として辺野古活動家を動員。

公安調査資料では、これらの団体辺野古の抗議行動を「組織拡大の機会」と位置づけ、大衆運動に介入していると繰り返し指摘されています。
情報源公安調査庁「内外情勢の回顧と展望」(平成30年など)、産経新聞報道2026年4月)。

その他の人的つながり

地元本土活動ネットワーク小野純一さん(兵庫在住、辺野古ぶるーHTOGOチーム)のように、カヌー経験者を起点にチームを拡大。未経験者も講習で参加。

情報源共同通信未来サイト(kyodomirai.org、2021年インタビュー)。

これらのネットワークは「超党派市民運動」を標榜しつつ、外部の労働組合極左団体からの人的支援で支えられています

2. 初心者カヌー教室を通じた政治的動員の実態

辺野古ぶるーは毎週日曜日カヌー教室を開催し、未経験者・初心者積極的募集していました。教室で操船方法転覆回復訓練を行い、その後抗議行動のための外洋(工事現場周辺海域)へ送り出す体制を取っていました。

募集運営実態

ホームページやチラシに「カヌー新メンバー募集」「未経験者はカヌー教室へ」と明記。

・毎週日曜の教室初心者指導後、抗議海域へ移行。

関西甲子園浜など)でも合同教室を開催し、現地参加を促進(少なくとも2日間の基礎練習+転覆回復訓練)。

情報源八重山新報2026年4月4日・9日頃)、Yahoo!ニュース(同)、共同通信未来サイト2025年8月記事)、kyodomirai.org(2021年小野純一さんインタビュー)。

動員の特徴

・「カヌー体験」や「自然を守る」名目集客し、結果として反基地抗議活動海保との対峙工事阻止)の人員補充に活用

参加者には「海の美しさを実感」「非暴力抵抗実践」といった感想が見られますが、危険性(波・潮の流れ・海保との衝突リスク)は十分に強調されないケースが指摘されています

名護漁協組合長(安里政利氏)は「無謀」「カヌーは流されやすい」と危惧を表明。過去疲労したカヌー乗船者が漁船に助けを求めるトラブルも発生。

情報源八重山新報Yahoo!ニュース2026年4月)、名護漁協コメント(同)。

事故との関連


2026年3月16日転覆事故(反対協船2隻、同志社国際高校生徒参加)後、辺野古ぶるーの教室体制が「初心者危険現場に送り出す仕組み」として批判的に報じられました。事故後、活動報告は控えめになり、新規募集の告知が減少しています

まとめ

辺野古ぶるーは、関西生コンからの物的支援極左団体の人的動員、初心者カヌー教室による動員体制で長年海上抗議を支えてきました。教室は「平和自然体験」の入り口として機能しつつ、政治的抗議活動への参加を促進する構造でした。

主な情報源(再掲):

報道八重山新報Yahoo!ニュース2026年4月)、共同通信未来サイト(kyodomirai.org)。

調査篠原常一郎氏の現地取材(2015〜2018年、X投稿)。

公安資料公安調査庁「内外情勢の回顧と展望シリーズ

参加者側:小野純一さんインタビュー2021年)など。

これらの事実は、事故きっかけに地元住民漁協から過激な抗議の危険性」として指摘されるようになりました。情報は公開報道公式資料に基づいていますが、運動側と批判側の解釈が分かれる点もあります

2026-03-27

[]辺野古テント村という無法地帯

この文章リンク先の動画を踏まえ生成しました。

https://x.com/fm21wannuumui/status/1900784106558156984?s=46&t=F2mP0nLoJok5eiFhV2eYZw

辺野古テント村(座り込み拠点)の法的問題

辺野古テント村(正式には「浜テント」やゲート前テント群)は、2004年からヘリ基地反対協議会などが新基地建設反対のために設置・維持している座り込み拠点です。2026年3月時点で座り込み8000日を超えていますが、長年「違法占拠」「道路・用地の不法使用」として法的問題が指摘されています。以下に主な法的問題を整理します。

1. 道路公共用地の不法占拠道路交通法・道路違反

• 主な指摘: テント国道歩道公共護岸・用地に常設・設置し、交通妨害不法占拠状態にしている。

道路交通法76条(道路における禁止行為):交通妨害となる方法物件をみだりに道路に置いてはならない。

道路違反として、国土交通省北部国道事務所)が2015年頃に注意書・警告書を複数回出しており、「撤去しない場合強制的違法状態を解消する」と明記。

過去対応: 政府防衛省強制撤去検討した記録あり(2015年)。地元辺野古区民(住民約1200人のうち約700人=過半数)が撤去を求める署名陳情を行い、名護市議会で採択された事例もある。

• 現状: 警告は出されているものの、恒常的な強制撤去には至っていない。行政代執行可能性は指摘されるが、実行されていない。

2. 工事妨害公務執行妨害の疑い

テント村を拠点に資材搬入阻止のための座り込み車両封鎖・カヌー海上行動などが行われ、公務執行妨害罪や威力業務妨害罪適用過去問題化。

過去沖縄県警テント村を含む複数箇所を家宅捜索威力業務妨害容疑など)。

2026年3月同志社国際高校事故関連では、海上保安庁がヘリ基地反対協議会事務所テント村関連を業務上過失致死傷容疑・海上運送法違反容疑で家宅捜索。抗議船の無登録運航が焦点。

3. 個人情報晒しプライバシー侵害の疑い

テント村内で警察官公務員工事関係者顔写真・行動記録・個人情報掲示撮影晒す行為が長年続いている。(冒頭URL先参照)

◦ 「公務からOK」という活動家側の理屈があるが、プライバシー侵害名誉毀損可能性が高い(家族まで特定されるケースも指摘)。

◦ X投稿などで「違法テント村の晒し壁」として問題視されている。

4. その他の法的・行政問題

海上行動関連: 抗議船(平和丸・不屈など)の運航が海上運送法上の事業登録をしていなかった疑い(2026年事故捜査対象)。

地元住民との対立: 辺野古区民の一部から住民生活空間散歩道の占拠」「迷惑行為」として撤去要求が出ている。反対派は「公共の場」と主張するが、住民過半数撤去を望む声もある。

• 全体の構造: 任意団体ヘリ基地反対協議会など)の活動拠点として長期間維持されているが、恒久的な工作物設置・占拠として道路法・民法不法占拠)上の問題が指摘され続けている。

まとめと現状

法的根拠: 道路交通法・道路法を中心に「不法占拠」「交通妨害」「公務執行妨害」の観点から違法性が高いと指摘されるが、行政強制執行が徹底されていないため、長期間存続している。
最近の動き: 2026年3月の抗議船事故を機に、海上保安庁の家宅捜索テント村・事務所実態解明が進む可能性あり。座り込み自体は「表現の自由」として保護される面もあるが、占拠妨害個人情報侵害の度合いが問題視されている。
地元住民の声: 反対派の活動が「外部勢力による無法地帯化」と感じる住民も少なくなく、撤去署名などの動きがある。

これらは沖縄タイムス琉球新報産経新聞などの報道公式警告記録に基づきますテント村は「平和学習」で生徒が訪れる可能性のある現場ひとつであり、学校側がイデオロギー性を十分説明せず外部団体に丸投げする場合、こうした法的グレーゾーン対立構造に生徒をさらリスクも伴います

親御さんが学校確認する際は、「訪問先の法的問題安全管理について学校はどのように把握・説明しているか」を文書で聞くことをおすすめします。

2026-03-20

横揺れに強い船舶とは何か?

辺野古沖で転覆した船の構造は横揺れに弱いというエントリを書いたが、団体側のあまり杜撰さへ頭に来て書くことを放棄した。

しかし、一部の方々から意見をまとめれば「知識があってせっかく筆をとったのに放棄するのは社会貢献にならない」の様なお叱りを受ける。

ここ数日、書くかどうか考えていたが、時間が経てば経つほどに追加情報がその杜撰さを強固にし、考えれば考えるほど怒りを増幅する結果となった。

まり、このエントリは私の心身へ多大なストレスを受けながら書いたエントリであり、このストレスを察していただければ幸いである。



さて、海事に関してあまり詳しくなく、ましてや船体構造知識アクセスすることすら困難な一般の方が、前回のエントリで気になるのは「逆を言えば横揺れに強い船舶ってどういうもの?」ではないかと思う。

専門用語を多く重ねても一般の方の理解を阻害するだけなので端的に言えば「重心が低く、幅広で、強く水の抵抗を受ける船舶である

これを大いに実現しているのが双胴船(そうどうせん)と呼ばれる、まるで2つの船を横に並べ合体させたような構造を持つ船で横揺れに関して非常に強い。ちなみに双胴船は多胴船の一種で必ずしも合体させるのが2つとは限らない。

続いて、一般人でもパッと思い付くのが、伝統木造船を紹介する教養情報エンタメバラエティまれに登場する、カヌーシーカヤックの横へ張り出し構造を追加する方式である。これをアウトリガーと呼ぶ。

見た目そのままに転覆する横揺れ方向へ張り出しの支えを設けることで転覆を防ぐ方式で、古代人すら発想した非常にシンプルな解。多胴船はこの伝統的なアウトリガーから発展したと考えられている。

しかしこの多胴船やアウトリガー欠点が無いわけではなかった。

先にも触れたように横揺れへ強い船は「重心が低く、幅広で、強く水の抵抗を受ける船舶」であり、3つ目に挙げた「強く水の抵抗を受ける」とは即ち船速(せんそく)が出しにくいことを意味するのだ。

特に帆船時代へ入ると交易によって(当時の価値観として)極大長距離を頻繁に移動し、取引を頻繁にするようになると船速は非常に重要となった。

かつ、アウトリガーなどへ頼る横揺れ防止設計は、極大長距離を移動中に沖合でアウトリガー破壊された際にそのまま生命財産を失うことを意味していたため、一般的に船としてイメージされる単胴船(たんどうせん)で一体設計をした方が安心だった。

結果として、現代の多胴構造やアウトリガー構造は一部の特殊用途の船を除いて、内陸の川や湖、陸から非常に近い沿岸部しか使われなくなった。

このエントリを読んでいる方々も、アウトリガーを持つカヌーシーカヤックが出た記事写真映像を思い出すと内陸か陸の見える沿岸しか使われていない事に気付けると思う。



続いて、多胴構造やアウトリガー構造ではなく単胴構造としての横揺れ対策の別解だ。

これも一般の方へわかりやす説明すると「船体構造として水面の下の船底構造物を広く長く深く取る」という解にたどり着いた。

これは、ご飯お茶碗へよそう時のしゃもじを想像し、水面へ対してしゃもじを立てたまま直角に沈めるとわかりやすい。

立てたしゃもじを深く沈めれば沈めるほど、しゃもじの幅広の面が受ける抵抗は強くなる。船でも同様に船底の下にしゃもじを付ければ横揺れに強くなるという発想だ。

様々な種類があるが、船の竜骨(キール)を広く長く深く取った「フィンキール」や、横揺れ防止するためにメインキールの両サイドへ補助のキールを設ける「ビルキール」などが発想された。

当然ながら「フィンキール」や「ビルキール」に欠点が無いわけではない。

前述したように水の抵抗が増えて船速に影響するばかりか、水面下、つまり船の喫水下の構造長大化することによって浅い水深では座礁する危険性を伴う構造である

ここまで説明してようやく辺野古沖で転覆した平和丸および不屈がなぜあの様な船体構造採用していたかがわかる。


平和丸および不屈が横揺れに弱い船を採用していた理由

ここまで説明を読んだのであれば、この端的な結論理解できると思う。

平和丸および不屈はあえて喫水が浅い船を採用していたのは、水深の浅い珊瑚リーフの観察を間近で行うと共に、喫水の深い海保艦艇珊瑚リーフに近付けないことを利用して逃走するためだった」

実は海洋ネイチャーウォッチング系の小型船では喫水が浅いことがかなり有利に働くというのは海事業界の中でも観光系では共通認識で、釣り船であればアクセスできるポイントが増えるし、辺野古珊瑚知床ヒグマであればかなり近付くことが出来る。中〜大型船ではこのようなことが出来ない。

珊瑚であれヒグマであれ、より近付けば観光客は喜ぶ。観光客に目的のものを見せなければカネが稼げない。だから運航業者は無理して出航するし、より近付くというチキンレースを始めたりしがちなのだが、結果として起こるのは推進プロペラ破壊したり座礁したり、今回のように転覆したりする。

ここで私は提言する。

今回は荒天で珊瑚リーフへ極度に近付いて転覆したと思われるので、基地反対派が普段から必死に守ろうと訴え続けてる珊瑚リーフ損壊が無いか状態確認すべきである

私の本音を明らかにすると、当初は可能性として珊瑚リーフ損壊があるかも知れないと気付いていたが、これに言及するつもりは無かった。海事業界の仲間として多少の擁護というのはそういうことだ。

しかしながら、あまりにも杜撰運営体制および法令の不遵守、これらを恣意的擁護し続けるオール沖縄および左派政党、そして支持者たちの態度に対して怒りを覚え、私はこれまで培った海事知識のすべて使って糾弾をする事に決めた。

私も左派である沖縄基地問題へ対してなるべく沖縄支援をしてきた。しかしながら今回は決して見逃したり許すことはできない。アナタたちは間違っている。

2026-03-19

anond:20260319123726

こういう船の救命胴衣って最初から浮力があるものじゃないんか?

学生の時に、学校研修旅行カヌーみたいなの漕がされたけど、その時の救命胴衣最初から浮くものだったような。

海に落ちたり投げ出されることを想定した救命胴衣だろうから最初から膨らんで浮力がないと、ダメじゃん。

投げ出された衝撃で、意識を失ったり、パニックで膨らませることが出来ないこともあるわけだし。最初から浮いてくれた方がいいでしょ。

したがって、水に浮く素材で作られているはずだよ。

そして、救命胴衣から簡単には脱げない。簡単に脱げてしまったら、海に投げ出された時に困るからね。

したがって、船の下になって取り残された時には、もうどうしようもなかったんだと思う。

波浪注意報が出ているのになぜ?

(cache)続・週刊牧瀬:11月21日の海上行動 - livedoor Blog(ブログ)

今日は、勝丸と平和丸と2隻、海案内があり、カヌーと船に激励の声がありました。勝丸はおとなのグループ平和丸には修学旅行中学生たちが乗っていました。いつもは「直ちに臨時制限区域の外に出てください」「フロートから離れてください」など絶え間なくうるさくアナウンスしてくる警備艇が、子どもたちが近くにいる間はピタリアナウンスしませんでした。

子どもに言うのは気がひけたのか……もしかしたら恥ずかしかったのかもしれません。

平和丸の船長補佐ほか関係者の直近ブログ

Facebookより。

海保の警備をかわしてカヌーで突っ込んで勝手作業現場に乗り込んだそうで。

これまでも何百回と繰り返したそうで。

2月21日 辺野古海上行動 】

カヌーメンバー4人、船長1人…

なので、私は平和丸の船長補佐として行動開始

2026/02/18海上行動

船一隻、カヌー5艇。

今朝の先頭船団は四隻。一隻は「第三十三あおい丸」でデッキパージ瀬取りするので、デッキパージ近くのフロートを超えて待機し海砂船が横着けするタイミングダッシュする。しばらく船の動きが止まったが私達が止めたのか、船の都合なのかはわからない。

カヌチャ沖で解放されてから、A護岸へ向かう。南側鋼管矢板の打設、北側では作業員が何やら作業をしている。

フロートを超え5艇のカヌーが突っ込んだ。Tちゃんは2人の海保をかわして作業船とA護岸の間に入り込み鋼管矢板へ登った。

作業員はさぞかし驚いた事だろう。

2024年8月20日に始まったA護岸造成工事へ私達はいったい何百回アタックしただろう、誰も届かなかった場所へTちゃん今日初めて到達した。

作業を止めた時間は短いけれど1,000倍の力の差を跳ね除けて工事を止められる所まで到達したのは大いなる成果だ。

出し抜かれた海保はこれから規制を強くするだろう、成果を潰しに来る。

でも、Tちゃんお見事でした。エールを送ります

こういう活動をつい先月までやってる連中が修学旅行生を大勢載せて事故って、恥ずかしくて海保通報もしてませんでしたって。

ソバカのドブカスしか言いようがないわ。

平和丸の乗組員は、強い後悔を語りました。

「早く行って状況を確認して、すぐに船に乗せるという感情で(救助に向かった)」

「引き返すべきだった。すごく後悔しています。今だったら、気持ちをこらえて、すぐに海上保安庁の方に助けを呼びに行く選択をすると思う」

https://news.yahoo.co.jp/articles/35b45b57b79d06d578f2580d3b15702fb4c68fb0?page=2

辺野古の抗議船の皆さんの過去の取り組み

抗議船の皆さんがこの海域でどのような振る舞いをしてきて、海保にどのように接してきたのか。

辺野古基地反対 午前中の工事を止める

4月25日、午前9時30分。名護市瀬嵩(せだけ)の浜からカヌー36艇が工事現場「K9」護岸に向かって漕ぎ出した。沖で待機していた「平和丸」などの抗議船7隻と合流

(略)

午前中の工事ストッしたこと確認し、2時間余りの行動を終えた。この日の海上アピール行動には、65人が参加した。

https://kyodomirai.org/2023/05/05/%e8%be%ba%e9%87%8e%e5%8f%a4%e6%96%b0%e5%9f%ba%e5%9c%b0%e5%8f%8d%e5%af%be%e3%80%80%e5%8d%88%e5%89%8d%e4%b8%ad%e3%81%ae%e5%b7%a5%e4%ba%8b%e3%82%92%e6%ad%a2%e3%82%81%e3%82%8b%e3%80%804%e6%9c%8825/

まり、今回の平和丸は、時には合計43隻65名もの大勢の人々の一員として、国の工事ストップさせる活動していたわけですね。

千葉さんは、長く「辺野古ぶるー」メンバーとして埋め立て反対の抗議活動を続けている。

2021年4月15日、エンジン2基を搭載した、GBと呼ばれる海保の大きなゴムボート2艇が千葉さんのカヌーに衝突した。

千葉さんは意識不明となり救急車で運ばれ、今もその後遺症に苦しめられている。

判決後、裁判所前の広場千葉さんと弁護団からの報告を聞いた。今回の控訴審証拠として提出した平和船長現場動画を、裁判長無視した。衝突の後、千葉さんが意識を失った。その異常に気づいた海保隊員から引き継いで、救急車を呼び病院に付き添ったのが平和丸の副船長だ。

(略)

私が辺野古にかかわり始めたのは2014年9月からだが、そのころ千葉さんに会うことはなかった。

千葉さんは、その年の7月の海上阻止闘争開始当初に、海保隊員による「拘束術」によって6カ月にも及ぶ重傷を負わされ、茨城実家必死リハビリに励んでいたからだ。

2015年に、千葉さんがカヌーチームに復帰した。

(略)

カヌー操作技術に卓越している彼は、海保GBに狙い撃ちされた。千葉さんが海保隊員によって負傷したのは、今回で3回に及んでいる。

https://kyodomirai.org/2026/01/12/%EF%BC%9C%E3%82%A6%E3%83%81%E3%83%8A%E2%80%95%E3%81%A8%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%88%E3%82%92%E7%B5%90%E3%81%B6%EF%BC%9E%EF%BC%88%EF%BC%92%EF%BC%95%EF%BC%89%E6%B2%96%E7%B8%84%E3%80%81%E5%8D%83%E8%91%89/

まり平和丸が活動に加わっていた、時には43隻65名にも及ぶ集団は、2014年以前から繰り返し海上保安庁と衝突して、中にはリハビリを要する重傷を負わされたとして、裁判で争っていた人もいるわけですね。

いや、わかりませんよ?誤判可能性はゼロとはいえませんし辺野古建設道義的正当性とかもわかりませんよ?

今回の事故不可抗力天災なのか過失によるものか、わかりませんよ?

でもね、大勢が争って負傷や裁判を伴う激烈な抗議活動最前線だというのは事実からね?

そんな現場に、修学旅行で来ていた青春真っ盛りの子供が連れていかれて死んだってのは、事実からね?

連れて行った奴も受け入れた奴も、今どこで何してるんだろうね?

2025-10-14

大金かけた万博建設費、壊すのにお金をかけるのはもったいない

万博レガシー

解体を含めた建設費を最大2350億円

コモンズとかは建設費は日本持ちだけれど、アメリカとかドイツみたいな独自建設のやつはそれぞれの国が

パビリオン計画設計建設、展示、運営撤去までの一切の責任費用を負う。建設業者(GL eventsのような元請け含む)の選定・契約も参加国が行った。

住友とかパソナとかも各企業お金で立てている。




東京オリンピックレガシー

新国立競技場および主要3会場 だけで 当時 計2801億円(40会場のは除く)

物価上昇を入れると現在なら3110億円相当

国立競技場、年13億円前後赤字、50年間で650億円と見込まれ大規模修繕費。東京アクアティクスセンターが6億円超の赤字、海の森水上競技場が1億5000万、カヌースラロームセンターが1億9000万,大井ホッケー競技場が1億の赤字

解体する場合さらに増える。

2025-09-28

anond:20250928112452

子供にさせたい趣味

総論

相性があるから、無理にやらせても効果薄いし、逆に嫌いになる可能性高いから気をつけよう。

1位

歴史地理地学

知識の蓄積も、応用も楽しい

2位

読書

シンプルでどこでも自分の速度で出来て、奥が深すぎる趣味

3位

DIY、修理

役に立ちすぎるし、快感がすごい。

4位

料理

役に立ちすぎるし、快感がすごい・・のでは?

私はダメだった。親の英才教育をふんだんに受けた育ったが、何一つ身につかなかった。

5位

植物

植生を観察すると散歩登山が楽しくなる。

私はダメだった。親の英才教育をふんだんに受けた育ったが、何一つ身につかなかった。

6位

オーディオ

オカルトじゃないやつ。

7位

筋トレストレッチ

8位

登山ハイキングカヌー など★

9位

語学

違う文化の人と話せたり、その文化について知ることができると楽しい

マーク友達が増えそうな趣味だぞ。(3個しかなかった。)

やらせたくない趣味

音楽

才能に依存しすぎて、ほとんどの人が満足に演奏できるようにならない。

私が愛している趣味だが。

バイク

安全運転の域に達するまでに、若気の至り大事故に遭う可能性が高い。

私が愛している趣味だが。

2025-09-24

カヤックを嗜む

カヌーカヤック楽しい海抜座高程度から眺める景色はひと味ちがう。漕ぎ疲れたら、手を止めて好きなだけ漂い、給水する。

カヌーカヤックの特徴

カヌーはお椀を前後に引っ張ったかたちをした、幅広底深のオープンデッキフネで、積載能力が高い。カヤックは底の浅い流線型をした、コックピット部分に穴が開いたクローズドデッキフネである

カヤックには、グラスファイバー製で一体成形のリジッドカヤックの他、広げた折り畳み傘のように、グラスファイバーアルミの骨を組んで、岩にこすれても簡単には破れない丈夫な防水スキンを張った、フォールディングカヤックがある。専門店で注文する。

機能的には、水遊び用の全長1m強の小回りの効く水すましタイプ、荒れ狂うホワイトウォーターに飛び込んで戯れるロデオ、全長5mほどでキャンプ道具など積載できるツーリングカヤック、舵のついたシーカヤックなどに分けられる。

漕ぎ方

カヌーではオールパドル)の片端のみに水かきがついていて、片膝を立ててJストロークを左右繰り返して直進する。

カヤックでは、両腕を伸ばしたままパドルをもち、横倒しにした8の字を立体的に描くように左右に動かして漕ぐ。上手い人は、進路変更以外では、パドルの先をほとんど水面下に浸けない。私はというと、半分以上先を浸して強引に漕ぐ、水上筋トレ派だ。

装備

性能の良いライフジャケット必須である。性能は浮力kg表示で判断する。必要スペックの詳細はアウトドアショップで尋ねてほしい。単に静水で浮くだけでなく、流れの落ち込みで圧されたとき浮力保証するようでないといけない。浴槽の栓を抜くと水と共にゴミが渦を巻くが、川で流木等が積み重なっている場所は水の吸い込み口で、近づくとフネごと引き込まれてとても危険だ。

パドルは、ホームセンターで売っているのは予備として、できれば専門店で良いものがほしい。

服装は、頭は帽子バンダナ、胴はウエットスーツ冷水ではドライスーツ、足元は長靴サンダルがいいというが、要は日差しと低体温を防げる機能的な格好ならなんでもいい。

貴重品や着替え、食料などは、防水のドライバッグに入れて膨らませ、転覆しても荷物が浮くようにしておく。

地図は、国土地理院の一番細かいものコピーするか、場合によっては川地図が買える。堰堤場所上陸して回避する)、最寄りの道路、民家などの場所キャンプ場のある上陸可能な岸などがわかればいい。

あとは、水辺へフネを運ぶ交通手段がいる。

進水

自分フネもつ人は好きなとき好きな水に浮かべればいい。カヌー場合、川でははじめ、へ先を上流に向けて漕ぎ出す。

フネをもたない人は、アウトドアショップカヌーショップ、それにレンタルカヌー屋が開催する体験ワークショップツーリング(川下り)に申し込むことになる。どちらも漕ぎ方はもちろん教えてくれるが、ツーリングでは流れの読み方も教えてくれるはずだ。関東だと長瀞関西だと吉野川北海道だと釧路川など。

フネ転覆して中の人が水没することを沈するという。ワークショップでは教えることになっているはずだが、沈したときパニックで溺れないよう、また対処のしかたを知るために、一度は経験しておくのがいい。

風波が強くてフネがあおられるときは、水面をパドルで押さえるように叩いてバランスをとる。波に対してフネが横向きになったり、岸近くの波に巻かれると転覆やすい。川で水が白くなって見えるところを「瀬」というが、瀬に入る前にコース見をしてから突っ込む。瀬に岩が噛んで泡立っている場合ヘルメットなどが必要だろう。日本の川は急流で短い。

私はツーリングでは一度も沈したことがなく、漕ぎ方もずいぶん上達したものと思っていた。なにしろ2000km近くフネに乗ったのだ。ある夏、友人夫妻と湖で小さなカヤックを漕いだところ、私より非力なはずの友人の奥さんは静水で2倍のスピードで進んだ。体重差で言い訳はできない。つまり、これまで私は流れに逆らわず、流れに乗って川下りをしていただけであるのが判った。あまり従順すぎるのも考えものだ。

オプション

釣りBBQ焚き火、その他。

2025年現在川魚を食べて健康問題ない日本の川があるのかわからない。昔、極北に注ぐ川の水の澄んだ上流部で、ルアーを投げると簡単20-30cmの鱒が釣れた。釣りの腕は素人だ。それまで虫さえ殺したことのなかった私は、釣りあげた魚を前に途方に暮れた。話によると、石で魚の頭を殴りつけて気絶させるといいらしいので、そうしたところ、魚はじたばた暴れたままだ。動物愛護調理計画の板挟みになった。(略)

ホイルに包んで焚き火バター香草焼きにした。このときの魚には申し訳なく思っている。冥福祈りたい。

人類が火を使うようになって文明への道を歩み始めたといわれるが、子孫の私は火をつけるのが上手くない。燃え広がらないのだ。つい着火剤に頼るので、上達しない。あるとき、直径30cmほどの流木を見つけた。ノコギリで挽くのが面倒でたまらず、油をかけて丸ごと燃やそうかと思ったほどだ。

まとめ

カヤックツーリング楽しい。夕暮れ空が色のグラデーションを濃厚にしていくころ、音のない澄み切った空気のなか、ウイスキーを啜りつつ(ビール等かさばるものはあまりもち込まないでいた)焚き火を突っつき火の粉を眺めるのは、この上なく愉快だ。

2025-08-24

川沿いに住んでる人

川の流れに乗ってカヌー移動すればガソリン代いらんやん

帰りどうすんだよって?カヌーヒモでつないどいて、嫁さんが家からリール回して引っ張ってもらうわけよ

な?

2025-07-20

20250720 BS10[アタック25] 2025年7月20日 夏休みペア大会傑作選 2025-07-20 結果

来週も再放送は土曜昼1時ちょうどから

 

小学生親子ペア大会 2022年9月4日

赤:渡辺健雄43渡辺奏祐 小5@東京

緑:濱田糸永48濱田悠輝 小4@千葉

白:竹内章51竹内悠真 小4@岡山

青:安本清佳45安本桃実 小6@大阪

 

BSジャパネクストリニューアル BS10無料放送側で日曜昼などに放送

見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認

つながるジャパネットアプリ放送同期・スマートテレビ4月からtverを含め見逃し配信あり

 

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今日の答え(放送とは表現が異なる場合があります

・01 [ある動物名前]コアラ

・02 露(にぬれつつ つゆ

・03 リアス式(海岸

・04 [子どものみ]雲梯 うんてい

・05 [子どものみ][3択]1(番

・06 [子どものみ]1(番

・07 [子どものみ]1440(分

・08 勇み(足

・09 [歌詞]くもの

10 [近似値]1026(字

11 牡蠣

12 [すべて]新横浜 小田原 新富士 名古屋 新大阪

・13 Sexy Zone

・14 塩

・15 [2択]くろ (やぎさん

・16 南野拓実 みなみたくみ

17 ビクトリア(湖

・18 [ふるさと]奥能登の)カッパドキア

・19 信長(の野望・新生

20 秋田(県

・21 カプレーゼ

・22 小学館

23 [AC]山猫軒 やまねこけん

24あん

・25 [3択]10メートル

・26 F

・27 しょくぱんまん

・28e ティファニー

・yy 臥薪嘗胆 がしんしょうたん

 

なんでもペア大会 202310月15日

赤:大和田武伸 千葉弘絵 カップル@青森

緑:[吉]田寛章 元村謙介 上司・部下@兵庫大阪

白:平田侑夏子 武正奈菜子 友達@東京

青:土居悠希 山浦孝一 先輩・後輩@広島兵庫  

 

・01 [ある建造物名前]シドニー・)オペラハウス

・02 ツタ(蔦)

・03 卓球

・04 ガリレオ

・05 兼近大樹 かねちかだいき

・06 [すべて][5答]チリ フランス スペイン イタリア オーストラリア

・07 フィート

・08 布袋寅泰 ほていともやす

・09 [近似値]9.93(メートル

10 [ドイツ語から]コッヘル

11 [3択]毛利 元就 もうり もとなり

12ハイキュー!!

・13 [英語]アイボリー

・14 [ペアクイズ]2番と7番

・15 ニーチェ

・16 [アルファベット3文字]UMA ユーマ

17 LiSA リサ

・18 [ふるさとクイズ][愛知県蒲郡市]砂

・19 C

20 『翔んで埼玉 ~)琵琶湖(より愛をこめて~』

・21 ヨシタケシンスケ

・22 CANOE カヌー

-----

23 [AC][アルファベット4文字]ISBN

24 ランボー

・25 [3択]フルート

・26 [国]タイ

・27 10(通り

・28e 遠藤航 えんどうわたる

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(日曜本放送)このあとは「BS10からのお知らせ」→ジャパネットたかたテレビショッピングジャパネットたかたのテレビショッピング

16時からは「マナミ&光里のGOLF LOVERS #35」(20日曜日)

ゲスト矢野東 関根勤

2025-07-14

ボートマッチに行ってきた

選挙前になると、各地で「ボートマッチ」が開催されるのは皆知ってると思うけど、恥ずかしながら自分はこれまで一度も行ったことがなかった。

今朝たまたま近くの河川敷を通ったら、ちょうど地元立候補者たちが出走するというので、観戦してきた。

正直、なめてた。

ただのボートレースだろ?とか思ってた自分を張り倒したい。

会場では、候補者それぞれが自分政策象徴するボートに乗って現れる。

与党系は巨大で安定感のあるクルーザー型。

野党系は手作り感のあるカヌーや、時に浮力ギリギリの筏だったりする。

無所属新人ペダルボートだった。足で漕ぐやつ。泣けた。

レースが始まるとすぐにわかる。

政策に筋が通っている候補者」は、まっすぐ力強く進む。

中途半端迎合してる候補者」は、オールの動きがチグハグで、すぐスピンする。

公約が軽い候補者」は、風に煽られて対岸に流されていった。

一人、開始30秒で沈んだ人がいたけど、「政界引退します」と水中から叫んでいて会場がどよめいた。

特に印象的だったのは、「若者の声を政治に」と言っていた候補者

ボートスピーカーを載せてTikTok音源を流していたが、それが重量オーバーボートが傾きっぱなしだった。

パフォーマンス重視の政治は沈む」と、隣のボートからベテラン候補がぼそっと言っててちょっと痺れた。

レース後には、「あなたに合った候補者はこの人!」という診断テントが設置されていた。

係員に「どのボート共感しまたか?」と聞かれて、「沈んだ人」と答えたら、

「それ、いちばん本気で政治と向き合ってた人ですね」と真顔で言われたのが今日いちばんの収穫。

2024-07-22

[] オールド・ティカヌー

第9代アメリカ合衆国大統領ウィリアム・ハリソン愛称

1811年、当時は軍人だった彼が「ティカヌーの戦い」で活躍したことから、そう呼ばれている。

なお、彼が大統領就任したのは68歳の時で、当時としては結構高齢

そのせいもあってか、就任わずか1か月で肺炎によって死去している。

2024-02-04

anond:20240204164152

林間学校臨海学校って、今の若い子は体験しないもんなのか・・・

林間はともかく、臨海学校カヌー?をみんなでやらされたのは地獄だったわ

2023-10-15

20231015[アタック25]Next 2023年10月15日 #82 なんでもペア大会 2023-10-15結果

BSジャパネクストで日曜昼などに放送

日曜日の本放送だけ1時「25」分から

BS1からボタン2回(今だけ?)とか

ケーブルテレビSTBでは見られない場合が多いようなのでBSパススルーとか

地域によってはSTBで見られるようになったかもしれないので最新情報確認

ジャパネットアプリ放送同期・見逃し配信あり

 

大和田武伸 千葉弘絵 カップル@青森

[吉]田寛章 元村謙介 上司・部下@兵庫大阪

平田侑夏子 武正奈菜子 友達@東京

土居悠希 山浦孝一 先輩・後輩@広島兵庫

 

今日の答え(放送とは表現が異なる場合があります

・01 [ある建造物名前]シドニー・)オペラハウス

・02 ツタ(蔦)

・03 卓球

・04 ガリレオ

・05 兼近大樹 かねちかだいき

・06 [すべて][5答]チリ フランス スペイン イタリア オーストラリア

・07 フィート

・08 布袋寅泰 ほていともやす

・09 [近似値]9.93(メートル

10 [ドイツ語から]コッヘル

11 [3択]毛利 元就 もうり もとなり

12ハイキュー!!

・13 [英語]アイボリー

・14 [ペアクイズ]2番と7番

・15 ニーチェ

・16 [アルファベット3文字]UMA ユーマ

17 LiSA リサ

・18 [ふるさとクイズ][愛知県蒲郡市]砂

・19 C

20 『翔んで埼玉 ~)琵琶湖(より愛をこめて~』

・21 ヨシタケシンスケ

・22 CANOE カヌー

23 [AC][アルファベット4文字]ISBN

24 ランボー

・25 [3択]フルート

・26 [国]タイ

・27 10(通り

・28e 遠藤航 えんどうわたる

・xx [ある人物名前]有島武郎 ありしまたけろう

 

81→82 10.29 14:30前 回数補正

2023-09-26

万物黎明』は人類歴史を誤解している・続きの続きの続き

農業の到来

平等から階層へ、男女平等から著しい男女不平等への転換は、一般農業と関連しており、このことはグレーバーとウェングローにかなりの問題を突きつけている。彼らは選択に関心があるため、唯物論的な議論を避けたり、環境が人々の選択を条件づけ、制限する方法について考察したりすることに固執しているようだ。

農業は、約1万2千年前から世界の多くの場所独自発明された。狩猟採集民は食料を共有し、持てる以上のものを所有することはできなかった。しか農民たちは定住し、畑や作物に投資するようになった。そのため、一部の人々が自分の取り分以上の食料を手にする可能性が生まれた。

やがて、凶悪犯やいじめっ子集団が集まって領主になることもあった。窃盗や略奪、家賃小作料、労働力雇用税金、貢納、什分の一など、さまざまな方法でこれを行った。どのような形であれ、このような階級的不平等は常に組織的暴力依存していた。そしてこれこそが、ごく最近まで階級闘争が対象としてきたものなのだ

農民狩猟民族にはない弱者だった。彼らは自分土地、畑を開墾し灌漑するために費やした労働、そして作物の貯蔵に縛られていた。狩猟採集民は離れることができた。農民はそうではなかった。

しかし、グレイバーとウェングローは、農民が余剰を生産し、蓄えることができたからこそ、階級社会搾取国家、そして偶然にもジェンダーによる不平等可能になったのだという、この物語に立ち向かった。

フラナリーとマーカス

2012年考古学者のケント・フラナリージョイス・マーカスは『不平等創造』という素晴らしい本を出版した。彼らは、世界のさまざまな地域農業がどのように不平等をもたらしたかをたどっている。

しかし彼らは、その関連性は自動的に生じたものではないと主張する。農業階級可能にしたが、多くの農民平等主義の社会暮らしていた。農業発明階級発明の間のギャップは、数世紀単位で測られる場所もあれば、数千年単位で測られる場所もある。

フラナリーとマーカスはまた、地元凶悪犯や領主権力を掌握しても、後に打倒されることが多いことを、注意深い実例を通して示している。多くの町や都市では、エリート考古学的記録に現れ、その後何十年も姿を消し、また現れる。事実上階級闘争は決して止まらないのである[5]。

ジェームズ・C・スコットフラナリーとマーカスの壮大な比較研究は、人類学根本的に変えた1954年エドモンド・リーチの著書『ビルマ高地政治制度』や、アナーキスト政治学者であり人類学者でもあるジェームズ・C・スコットの研究において先取りされていた。[2009年、スコットは『統治されない技術』(An Anarchist History of Upland Southeast Asia)を出版した。同書は数世紀にわたる東南アジア全域を対象としている。

スコットは、平原王国の稲作農民の多くが丘陵地帯に逃亡したことに関心を寄せている。彼らはそこで、「焼畑」移動耕作者の新たな民族集団として再出発した。彼らの中には、より小さな階級社会を作り上げた者もいれば、階級を持たずに生活した者もいた。そのすべてが、下の王国国家からの絶え間ない奴隷化軍事的襲撃に抵抗しなければならなかった。

技術

ある意味では、グレイバーとウェングローはリーチ、スコット、フラナリー、マーカス仕事を土台にしている。ウェングローは結局のところ、フラナリーとマーカスが要約している考古学の変化の一端を担っている。そして『万物黎明』には、スコットの影響が随所に見られる。

しかし、グレイバーとウェングローは、一方では技術環境と、他方では経済的政治的変化との間にある、他の著者たちの結びつきを好まない。

フラナリー、マーカス、スコットの3人は、テクノロジー環境が変化を決定するのではない、と注意深く述べている。それらは変化を可能にする。同様に、穀物農業発明自動的階級格差国家をもたらしたわけではない。しかし、それがそうした変化を可能にしたのである

階級関係階級闘争技術環境の変化は、階級闘争の舞台を設定した。そして、その階級闘争の結果が、平等と不平等のどちらが勝利するかを決定した。グレーバーとウェングローはこの重要な点を無視している。その代わりに、彼らは常に、そのような変化を即座に必然的ものとする段階論の粗雑な形式問題にしている。

この生態学思考に対するアレルギーが、彼らが人類進化に関する新しい文献を扱おうとしない背景の一つであろう。

これらの文献はすべて、人類となった動物たちが、自分たちの住む環境自分たちの身体、競合する捕食者、自分たちが発明できる技術生計を立てる方法に対して、どのように社会適応を築いたか理解しようとするものである。偶然にも、彼らはその生態系と状況に対処するために平等主義的な社会を築いた。それは必然的な結果ではなかった。しかし、それは適応だったのだ。

一方、グレーバーとウェングローは唯物論者ではない。彼らにとって、生態系技術について考えることは、彼らが望む選択革命不可能にする恐れがある。例えば、古代メソポタミアに関するスコットの本が、特に穀物農業が不平等をもたらした物質的な理由を強調しているため、彼らが満足していないのはこのためである

これは些細な問題ではない。私たちが今直面している気候危機は、人類が新しい技術と新しい環境適応するために、社会をどのように変えていくかという問題を浮き彫りにしている。平等人類存続のための政治は、今や深遠なまでに唯物論的でなければならない。

ジェンダーの不在

グレーバーとウェングローが環境人間存在物質的基盤にほとんど関心がないことは、これまで見てきたとおりである

同じように、彼らは階級という概念や、階級関係階級闘争についての議論ほとんど宗教的に避けている。グレーバーは確かに、そしておそらくウェングローも、階級関係階級闘争について理解している。彼らは、階級が何をするのか、そして実際、自分がどの階級人間なのかを知っているが、階級関係社会変革の原動力として扱うことはできないし、また扱おうともしない。

これと同様に目を引くのは、グレーバーとウェングローがジェンダー社会的構築に対して関心を示さないことである。彼らはミノア・クレタ島における母系制のほぼバコフェンを再現する一方で、女性は養育者であり、男性はいじめっ子であるという家父長制的なステレオタイプ散見する。

平等は常に私たちとともにあったというのが彼らの主張であるため、グレーバーとウェングローは、人類性別による不平等起源についてほとんど何も語っていない。

男女関係進化については、基本的に3つの学派がある。まず、進化心理学者たちであるが、彼らの主張は非常に保守的であるジャレド・ダイアモンドナポレオン・シャグノン、スティーブン・ピンカーは、不平等暴力競争人間の本性の基本であると主張する。彼らは、男性進化によって他の男性競争するようにプログラムされているため、強い者が女性支配し、より多くの子どもをもうけることができるからだと言う。これは残念なことであり、幸いにも西洋文明はそのような原始的感情部分的に手なずけてきたとピンカーは言う。

偉大な生物学者であり、トランス活動家であるジョーン・ラフガーデンは、こうした考えを『薄く偽装されたレイプ物語』と正しく表現している。このような議論は実に忌まわしいものであり、そのためだけにグレーバーやウェングローが否定したのは間違いない。

非常に長い間、フェミニスト人類学者の間では、第二の学派の考え方が支配的であった。この学派もまた、女性男性の間の差異本質化し、女性男性の間に何らかの不平等があることをあらゆる社会で当然のこととして受け入れていた。

私たちが支持するのは第3の選択である歴史学人類学考古学の記録に顕著な特徴がある。人々が経済的政治的に平等社会暮らしていたほとんどの場合女性男性平等であった。また、経済的に不平等階級社会存在したところでは、そこでも男性女性支配していた。

私たちにつきまとう疑問はこうだ:なぜなのか?

グレーバーとウェングローはこの問いに取り組んでいない。彼らは性差別について何の説明もしないし、男女関係がどのように、あるいはなぜ変化するのかにも関心がない。しかし、彼らは性差別主義者ではない。彼らは何度も女性抑圧の事例に触れているが、それは一過性のものである。彼らの関心事の中心にはないのだ。だから私たちには印象的な一致に見えるが、彼らにとっては蜃気楼なのだ

複雑な採集

グレイバーとウェングローの説明重要な部分は、農耕と階級的不平等、そして国家の出現との関連を軽視しようとする決意のもと、階級的不平等戦争さらには奴隷制さえも存在した狩猟採集民のグループに焦点を当てている。考古学者は彼らを「複合狩猟採集民」あるいは「複合採集民」と呼んでいる。

レバーとウェングローは、先史時代の人々が無国籍平等主義的であったか暴力的で不平等であったかのどちらかであったという証拠として、これらの人々を取り上げている。それは証拠が示すところとは違う。[7]

典型的な例は、フランツボースによって研究されたクワキウトル族と、カナダ西海岸コロンビア川フレイザー川の近隣の人々である。この川と海岸では、莫大な数のサケ遡上していた。限られた数の隘路や漁場を支配する者は、莫大な余剰を蓄えることができた。コロンビア川のギャレスがその一例だ。少人数で10ポンドサケを獲ることができた日もあった。

それは例外的なことだった。場所によって差はあった。しかし、沿岸部河川全域にわたって、サケ資源豊富であればあるほど、考古学や文献記録には階級間の不平等が表れている。富の不平等はしばしば極端であった。また、これらの人々は複雑な軍事技術を持っており、大勢戦士を乗せ、数人で何カ月もかけて作るような大きなカヌーを使っていた。

事実上農民田畑に囚われていたように、これらの人々は漁場に囚われていた。そして農民と同じように、サケ漁師たちにとって貯蔵は不可欠だった。考古学上の記録を遥かに遡ると、彼らの骨や歯を調べると、年間の食生活の40%から60%がサケからもたらされていたことがわかる。サケは数週間しか獲れないので、その食生活の大半は乾燥サケによるものだったに違いない。

農民と同じように、環境的制約と新技術階級社会可能性を開いていたのだ。こうした過程は、『万物黎明』にはまったく見られない。そのかわりに、50年前の学部生がクワキウトル族について語った、浪費的で貪欲ポトラッチ饗宴の民という、お決まり説明がなされている。この説明は、その後の膨大な研究成果を無視している。

天然痘梅毒人口の6分の5を失い、金鉱探鉱者によって征服され、そして蹂躙され、最終的にはカナダ政府によってポトラッチの宴が禁止された人々の中で、あの無秩序な宴は、権力にしがみつこうと必死だった支配階級によって管理された伝統的な生活の祭典であったことが、今ではわかっている。深い物質的な悲劇が、非合理的茶番劇として語られている[8]。

西海岸漁民けが「複雑な採集者」だったわけではない。世界中には他にも例がある。しかし、それがいかに少ないかは注目に値する。さら考古学者たちは、現在より7,000年前より古いものひとつも見つかっておらず、14,000年前より前に戦争があった証拠もない。

複雑な採集民の数が少なく、その起源が新しいのは、技術問題かもしれない。確かにカリフォルニア沿岸のチュマシュ族が不平等戦争を発展させたのは、紀元600年以前に大型の外洋用板カヌーの建造を習得してからである

彼らは「複合型採集民」の第三の例として、フロリダ南部カルーサ族を選んでいる。ある意味では、これらもまた、支配的な首長戦士階級格差奴隷制度、高価な戦争カヌー、海の哺乳類、ワニ、大型魚の漁業依存する漁民であった。

グレーバーとウェングローは、カルサ人を「非農耕民族」と表現している。しかし、彼らが認めているように、カルサの漁民もっと大きな政治の中で支配的なグループであった。他のすべての集団は農耕民であり、カルサ人の支配者に大量の食料、金、奴隷にされたヨーロッパ人アフリカ人捕虜を貢納していた。その食料によって、カルサ族のエリートたち、そして300人のフルタイム戦士たちは働かずに生活することができた[10]。

続き→https://anond.hatelabo.jp/20230926143955

2023-09-02

anond:20230902112636

https://news.yahoo.co.jp/articles/e0dbfe52bc7559a2b5a6253e80ee8d3cf68290ef

  

ニュースに出てしまった。やはり亡くなられたのか。ご冥福をお祈りします

ヤフコメにはサポート体制を問う声があるけど、ボート1隻、ジェットスキー2隻、カヌー2隻くらいで、会場は300メートル×100メートルくらいの狭い範囲なのでそれほどサポートが少ないようには見えなかった。

この競技素人なので断定は全くできないし警察が調べるのだろうけど。

2023-07-08

やりたいことはいくらでもある

22だけどやりたいことや生き甲斐はいくらでもある。

今の趣味オートバイ自転車。冬はスキーをやる。来年社会人になるのでお金ができたらクルマも欲しい。

今はやってないけど、登山カヌーもやってみたいなあ。

手で数えられる程度の趣味しかねえじゃねえかと思われるかもしれないが、一つの趣味でも様々な指向がある。

ひとえにオートバイと言えども、高速を多用したロングツーリングをするのと、サーキットタイムを追求するのと、オフロードバイクで泥々になるのとでは全く別の趣味と言っていい。

それぞれの趣味で色々な指向を追求したいと思っており、膨大な時間と金がかかるので、結婚子供は後回しになると思う。

リスクとしては、アウトドア趣味が多いので体に何かあると多くの趣味に支障が出る。足を切断して義足になる程度なら何とかなりそうだが、目をやってしまうと非常にまずい。

anond:20230708124309

2023-05-23

インディアンの偉大な英雄打線組んでみた

1.三 ポンティアック

2.二 リトル・タートル

3.捕 テカム

4.遊 オセオラ

5.中 レッドクラウド

6.一 シッティング・ブル、クレイジーホース

7.左 キャプテンジャック

8.右 ジョゼフ酋長

9.投 ジェロニモ

解説

ポンティアック

 五大湖周辺のオタワ族の酋長。元々フランス人交易を通じ友好な関係を築いていた。しかし、フレンチインディアン戦争イギリス勝利すると、情勢は変化する。フランスに変わり台頭したイギリス人は次々に入植し土地を奪う、一方的交易制限するなどの横暴に出る。これに脅威を感じたポンティアックオジブワ族、ポタワトミ族などの諸部族提携し、イギリスの一斉攻勢をしかける(ポンティアック戦争1763)。イギリス人の完全追放という目的には失敗したものの、大打撃を受けたイギリスは広大なインディアン保護区を制定するなどの大幅な妥協を強いられた。

・リトル・タートル

 北東部マイアミ族の酋長アメリカ独立戦争ではイギリス同盟し、フランス軍のオーギュスタン・ド・ラ=バル大佐戦死させるなど活躍した。戦後オタワ族、ショーニー族、レナペ族などと共に北西インディアン同盟を結成。イギリスとも結託し、北西インディアン戦争(1785~95)を戦った。1790年ハーマー作戦では250名以上の米兵戦死させる戦果を挙げ、更に翌年ウォバッシュ川の戦いでは包囲奇襲により米軍の死者600名以上、インディアンの死者20名程度という大勝利を収めた。これはインディアン戦争で最大の勝利であるしかし、フォールンティバーズの戦いで破れ、イギリスに見捨てられたため降伏、広大な土地割譲することになった。

・テカム

 北東部のショーニー族の戦士。北西インディアン戦争でショーニー族は敗れたショーニー族は抵抗意志を失っていた。しかし、テカムセは弟の預言者テンスクワタワと共に白人への抵抗運動を再開する。土地を守るために全インディアンの団結が必要であると考えた彼は各地を訪問し、インディアン部族連携を呼びかけた。1811年ティッペカヌーの戦いで米軍に敗れたが、その後も抵抗を諦めず、米英戦争ではイギリスと組んで米軍と戦う。デトロイドの戦いで勝利、メイグス砦包囲戦では攻略には失敗するも大損害を与えた。しかし、1813年テムズの戦いで戦死し、彼の壮大な夢は実現することなく幕を閉じた。

オセオラ

 フロリダ半島セミノール族の戦士アメリカフロリダからセミノール族を追放しようと3渡に渡る侵略戦争を仕掛ける。オセオラが活躍したのはその中でも最大規模の第二次セミノール戦争(1835~42)である。彼の指揮する巧みなゲリラ戦に苦しめられた米軍は37年和平交渉最中オセオラを捕らえ獄死させた。しかし、セミノール族の怒りは収らず戦争は続いた。第三次セミノール戦争でも米軍は苦戦した。セミノール族の一部はフロリダの奥地エバグレイズに立て籠もり続け、現在に至るまで降伏していない。そのためセミノール戦争は「インディアンベトナム戦争」と呼ばれ、フロリダセミノールは征服されざる人々を自称する。

レッドクラウド

 グレートプレーンズラコタスー族オグララ酋長モンタナ州鉱山が発掘されると、アメリカララミー砦から鉱山に至る道路建設を企む。これに反発したレッドクラウドシャイアン族、アラパホ族と連携し、レッドクラウド戦争(1866~68)を戦う。途中のフェッターマン虐殺では陽動に乗せられたウィリアム・フェッターマン大尉指揮下の米軍80名が完全包囲され全滅した。米軍道路建設を諦め、ララミー砦を放棄したため、レッドクラウドは唯一アメリカ勝利した偉大なインディアンとして賞賛されることになった。しかし、米軍の強さを実感した彼はそれ以後白人と戦わなくなり、晩年キリスト教改宗居留地に入った。

シッティング・ブル&クレイジーホース

 シッティング・ブルはラコタスー族ハンクパパ、クレイジーホースはオグララ戦士本来ならば別個に扱うべきだが、打線に収りきらないのでやむを得ず同じポジションに収めた。二人はレッドクラウド戦争でも活躍し、その知略と武勇を称えられた。その後インディアン聖地ブラックヒルズで鉱産資源が発掘されると、聖地を巡りブラックヒルズ戦争(1876~77)が勃発,ラコタスー族は再度シャイアン、アラパホ族と共に戦うことになる。76年リトル・ビッグホーンの戦いではジョージカスター大佐指揮下の騎兵連隊250名が完全包囲され全滅した。そのため、シッティング・ブルとクレイジーホースの二人は偉大な戦士としてインディアンから賞賛され、白人からは恐れ憎まれるることとなる。しかし、米軍の容赦ない猛攻と兵糧攻めの前にインディアンは敗北、クレイジーホースは捕らえられ刺殺された。シッティングブルはカナダ亡命し、帰国後無実の罪で逮捕されそうになり抵抗したため射殺された。

キャプテンジャック

 カリフォルニア溶岩地帯モードック族の酋長モードック族は故郷から追放されるが、キャプテンジャックと数十名の戦士はこれに反発し居留地脱出した。彼らは複雑な地形を利用したゲリラ戦10倍近い戦力の米軍を1年近く苦戦させた。手を焼いた米軍は和平交渉のためにエドワードキャンビー少将派遣するが、交渉が決裂し殺害されたため、インディアン戦争で唯一米軍将軍戦死した戦争となった。白人の猛攻の前に降伏したキャプテンジャック将軍殺しの罪で処刑され遺体見世物にされた。

・ジョゼフ酋長

 アイダホ高原部のネズパース族の酋長平和主義者であった彼はキリスト教改宗するなど白人に対して従順であったが、居留地入りを命じられるとこれに反発、部族を率いてカナダへの亡命を目指した逃避行に出る。彼らは兵力と装備で圧倒する米軍の追撃を巧みにかわし続け、遭遇した際にも返り討ちにしたため、白人はジョゼフ酋長を赤いナポレオン賞賛した。しかし、2000kmにも及ぶ逃避行の末に目的地直前で米軍に敗れ降伏した。故郷を追われ仲間を失った彼は傷心で没することになった

ジェロニモ

 アメリカ南西部国境地帯チリカワ・アパッチ族戦士家族を殺された報復メキシコ軍との戦いに身を投じ武名をはせた。ジェロニモの名は銃弾の雨を無視して襲い来る彼に恐れをなしたメキシコ兵が聖者ヒエロニムスに助けを求めたことが由来である。一旦米軍降伏し、保留地に入るも、1874年脱出し、96年に降伏するまで戦い続けた。ゲリラ戦の名手であった彼は米軍を苦戦させ続け、捕らえられても何度も脱出を繰り返した。彼の降伏によりインディアンの大規模な抵抗終焉を迎えた。彼は見世物にされるなどの屈辱を受けながら虜囚のまま没した。

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