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はてなキーワード: かぐやとは

2026-05-05

anond:20260505174508

いや~・・・主人公の設定はドン引きしたよ、共感性死んでそう・・・って思った

あのバカみたいな設定書けるの、よっぽど苦労したことないんだろうな、みたいな

 

でも、みんなフツーなキャラ自分と重なってフィクションとしてみれなくなる傾向があるんだって

なので、あの雑に盛り過ぎのキャラの方が見やすい人が多いみたいんなんだけど、

また、ここのバランスがねぇ・・・

 

かぐや「(母の事を愛しているかと聞いた自分に)怒ったってよかったのに。“かぐやには分かんない”って言いたかったっしょ?」

彩葉「違うよ。言いたかったんじゃない…[上記の回想]…言いたくなかったの」

 

彩葉関係ないけど、8000年前にかぐやを飛ばすの、「ギャグ」としても「かわいそ萌えるでしょ」としても重すぎるので、

やっぱサイコか?ってなる(kawaii共感物語じゃなきゃ引っかかりは感じないんだけどね)

かぐや姫!は記号小ネタミームパズルである

かぐや姫!は売り出し方が気に食わなく、なんとなく忌避していたのだが、信頼している友人がお勧めしてきたので視聴することにした。

普通に面白かったし、終盤の方はなんなら泣きながら視聴していた。

ただ、それはそれとして非常に荒削りな作品であるとも思った。

監督自身長編映画制作をあまり経験していないという背景もあるのだろうが、その辺の話は一旦置いとくことにする。

 

全体の感想として、全てがあまりにも舞台装置的であり、人間の心の深い葛藤というものは確かにまり感じられなかった。

しかし、葛藤や反発の描写を重くすればするほど作品の消費カロリーも増えていく。

この令和の時代に、エンタメ映画文脈でそれをするのは悪手なのではなかろうか。

少ない心理描写リソースの中で象徴的な親殺し(親から与えられた物語から離脱)は行えていたし、全ての人間関係の描写をそういう記号だと思えば咀嚼できるだろうと思う。

 

竹取物語推し活、VtuberMMOVR百合、親殺し、CGDCT、クリエイタービートセーバー女装男子Crazy Raccoon、表情描写サンプリングミュージカルドラえもん最終回...

この映画は、全体的に記号小ネタミームパズルのようになっている。

あるあるネタのShortsを観ている感覚に近いだろう。

マリオ映画ファンを喜ばせる小ネタ満載であったように、小さな内輪ネタが集まって大きなものになったのが超かぐや姫であると感じた。

 

 

あと、超かぐや主人公に対して「恵まれすぎ」「ハイスペすぎ」と言うのは、悟空に対して「強すぎる」と言うのに近く、あまり意味のある批判ではないと感じた。

現代人間として描かれているからこそ比較してしまうのだろうが、あくまファンタジーの主人公であり、物語を動かすための装置として見るべき存在だと思う。

2026-05-02

若者批判のなかで機密情報をBeReal.にアップするなそんなことも言われないと分からないのか馬鹿が、だけは正当だと思う

でもマカロンタピオカナイトプールアフタヌーンティースタバを叩いてたのは意味がわからないし、ミセスや、超かぐや様?を叩くのも意味が分からない

人が楽しんでるのが憎いって不幸の象徴だと思う

安楽死合法になるといいね

日本アニメ文化が育たなかった理由

https://anond.hatelabo.jp/20260501204800

バカアニメのほうが儲かるから。それに尽きる。

海外意識高いアニメ評価されてるのはわかるけど、世界を席巻しているのは日本単細胞バカアニメなのよ。

みんな日本に住んでるからからないだろうけど、呪術廻戦や鬼滅フリーレン進撃は世界でそこそこ人気なんてレベルじゃないのよ。もう世界支配してるレベルで大ブームなのよ。

国によっては「進撃の巨人で争いの醜さを学びました」なんて人がゴロゴロしてるのよ。日本アニメ日本語を学んだ大企業エリートも珍しくない。

チェンソーマンレゼ編は日本でヒットしたけど、実際は世界でヒットしてるんだよ。日本アニメプロデューサー日本なんて相手にしてないのよ。海外に売り出してるの。


なので「世界中でバカが増えてるから日本単細胞バカアニメ世界で売れてうっはうはで、金儲けできればそれでいいバカプロデューサーバカアニメ量産している」が正しい。

そんで儲かったお金はどこかの誰かに流れてるに決まってる。誰かが死ぬほど儲かってる。ヤマカンはこれを昔からずうううううううっと批判してるのに誰も耳を貸さなかった結果がこれね。


金さえ儲かればそれでいい発想の到達点が 超かぐや姫 でしょ。 で「超かぐやサイコージャパンクールね!」と外人が喜ぶ。日本アニメに影響を受けた外人がまた似たようなアニメ漫画ゲームを作る。

もう俺アニメ卒業たからどうでもいいよ。勝手にやってくれ。もう今のアニメに興味ない。

2026-04-22

かぐや姫!超おもしろかった!

むりやりに大絶賛してみる!

一億総ドパガキ社会

まず制作陣がガチ天才から、この物語への主な批判ポイントが、そのまますべてSF設計の土台なんだよね。

たとえば、キャラ葛藤がないとか、ご都合主義AIっぽさとか、リアリティがないとか、散々な言われようだけれど。

それって『超かぐや姫』の核心なんだよね。

なぜかって……本作は、『神に喧嘩を売ってでも人間を作りたい』ってのがメインテーマから

簡単表現すると、人間らしさが消えちゃった彩葉と、ほんとうは人間じゃないかぐやが、「パンケーキを食べておいしい!」と感じたい話。

これこそが『超かぐや姫』の始まりであり、終わりに至るまですべて。

その為には、超早送りでびゅーんっと駆け抜けて、配信界の頂点にたどり着いて、「資本主義バンザイ!」でドパガキから集金しまくって、神の領域に挑戦しなきゃならない。

まるで全部乗せのパンケーキ、すべて持った超人エネルギーで。

言うなれば、『令和のセカイ系サイコパス』、うじうじと理屈を語るよりも、葛藤さえもハイスピードで終わらせて、きみとぼくの為――彩葉かぐやの為だけに、神の理屈ねじ曲げにゆく。

理由はただひとつ……「またパンケーキを食べたい」から

(※セカイ系とは?
「きみ」と「ぼく」という、
ちっちゃな関係性が、
国家社会をすっ飛ばして、世界のあり方に直結する話)

すなわち、新時代セカイ系は、狂気踏み込む決断主義、なにもかも舐め腐って、日本古典――竹取物語をぶち破らなきゃならない。

天の羽衣を脱ぐ、綺麗事を捨てて、パンケーキの為だけに成り上がる話。

そこまでやらなきゃ、宇宙一の負けヒロインであるかぐやを、地獄の円環構造から救えない。

逆に言えば、それを実現させるまでは、まるで水と粉のパンケーキ感情移入できないくらいぱっさぱさ――人間味がない、AIみたい、機械的なんですよ。

その薄っぺらさこそがスタート地点ってこと。

たとえば、主人公の酒寄彩葉17歳JKは、【楽しんでる場合やあらへん……いちばんやないとあかん】って母親に冷たく言われ続けたせいで、完璧主義マシーンなっちゃったと。

まり学生なのに週5日のバイト一人暮らし東大を目指す受験勉強プロゲーマーばりの腕前、こんだけ詰め込みすぎなのは、いわゆる『過剰適応』って奴。

いじめられっ子がなぜか笑うのと一緒で、『苦しさを100%抑圧』している。

まるで広末涼子の爆走185キロ人間って一度狂うと止まらないんだよ。

さら彩葉は、Vtuber月見ヤチヨの歌声に惚れ込んで、ガチガチ推し活もやっていると。

ここでも批判の声――「推し活が記号的、ただの舞台装置」みたいな意見があるけれど、これはSF的にも心理面でも必要不可欠なんですよ。

どういう事かって、彩葉は疲れすぎな日々に、お母さんから罵倒幻聴として聞こえていて、それを防ぐためにイヤホンをつけて、ヤチヨのRememberを聴き始めたと。

それもあって、○人的スケジュールなのに、なぜか感動できたり黄昏れたりと、一見余裕があるように見えるのは、その瞬間だけが抑圧から解放――人間性を取り戻せているから。

なので、明らかな依存症として推し活にハマったんですよ。

その証拠に、「推しがいなければ生きられない」という考えで、食欲がない鬱状態ときも、推しさえ見ればちょっとずつ食べられる、そんな描写もされていて。

もはや推しというより神様――だからこそ彩葉は、月見ヤチヨの神棚アクリルスタンド大事に飾っているんだよね。

しかSF的にエグいのは、『超かぐや姫』って本質的に『神○し』のお話になっていて。

パンケーキを食べたい」というエゴの為に、冗談抜きでドパガキも資本主義もハックして、運と才能とお金と人脈でフルスイングする。

まりは、綺麗事じゃない愛を奪い取る話。

そして、もう一人のヒロインかぐやは、さっきも言ったとおり、本来人間ではなくて、じゃあ何者かって、月に住んでいたむなしい存在――肉体のない思念体なんですよ。

なので、地球に舞い降りて人間の肉体を得てすぐに、「自由毎日楽しいなぁぁ!」って欲望が大爆発する。

その最たる例としては、彩葉睡眠を削ってまで働いて、がんばって貯めたお金――12万円を使い果たしたことがあって。

ちなみにこのシーン、「彩葉の怒りがあまりにも薄い!」って批判が多いんだけれど、それへの反論は秒速で終わるんだよね。

かぐや無駄遣いが、呪い浄化になっているから。

まず彩葉のため込んだ12万円は、超現実主義なお母さんの呪縛なんだよ。

【この世で頼れるんは自分一人や】、【今日の百円は明日の千円や】みたいな、冷たい言葉を吐かれすぎて、「心が壊れても頑張らなきゃ」という呪いになっている。

そこに叩き込まれたのが、かぐや! ドパガキ! ラーの鏡

まり、今までずっと無駄なく効率的に生きてきて、完璧主義廃人になっていた彩葉に、無駄遣いでショック療法――かぐやはこれでもかとご馳走を振る舞った。

そのとき彩葉は味わうこと、人生の喜びを思い出したんだよ。

人間人間たらしめるクオリア――簡単にいえば、おいしいという感情、「生きている!」という感覚を取り戻せたと。

その結果、このあと少しして風邪を引くんだけれど、それは別な言い方をすれば、やっと風邪を引けたんだよね、甘えと弱さを出しきって、これでもかと人間らしく。

今まで母親祟りにやられて、完璧超人マシーンだった彩葉が、かぐやによって人間性を蘇らせたってこと。

そう考えると、もはや妖怪人間ベムよろしく、「早く人間になりたい」ってのが、『超かぐや姫』のキモなんですよ。

そして、この物語マジで恐ろしいところは、かぐやが元々暮らしていた月の世界なんだよね。

ここってのは味も温度もない巨大な水槽みたいで、喜びも悲しみもなくて、生きることも死ぬこともできない、永遠なる空っぽ場所であると。

でもって月の住人たちは、ゲームNPCと同じで、無感覚の日々を繰り返すという、究極的にむなしいシステムに閉じ込められていて。

そんな中、かぐやけが奇跡というかバグの発生によって、「寂しい! 退屈! 死にそう!」って、みるみると自我が芽生えて、月から飛び出しちゃったんだよ。

そして流れ星のようにキラキラと、『もと光る竹』という宇宙船に乗って、そのまま地球電柱ビリビリビリってぶつかってゆく。

すると、一瞬でゲーミング電柱になるんだけれど、これは月のテクノロジー地球環境に馴染むべく、そこに最適化された肉体――今回は赤ちゃんの体を用意して、かぐや思念体が入り込んでゆくと。

そんでドパガキよろしくタブレットネットサーフィン、高速で情報収集をすることによって、その知識量に合わせてハイスピードで、女子高生くらいの見た目に変化するんだよ。

まりかぐや地球人じゃない。

なので、普通人間たちとは違って、文字通り、恥も外聞もないから、持ちうる力は『すべて出す』を地でゆく、このあと一瞬にして配信業でのし上がるんだよ。

めちゃくちゃな話、『美少女版へずまりゅう』だから

そもそもかぐや彩葉お金勝手に、ライバーになる為のスマートコンタクトを買って、メタバース世界ツクヨミログインして、大観衆の前でいきなり叫ぶ売名行為までやって、終始、大暴れするんだよね。

なのでよくある批判――「子育ての苦しみがない」、「生配信世界は甘くないぞ!」ってのは、筋の通ったやり方で回避できる。

何度も言っているとおり、普通地球人じゃないから。

そうこうして、「パンケーキがおいしい」と思えるくらい、かぐや人間幸せを覚えてゆく。

でも残念ながら、『かぐやは月の秩序を乱すバグ』と見なされて、月の世界へと戻されてしまう。

これは日本古典であるかぐや姫』の結末通りで、強制的なバッドエンドを迎えると。

さらに怖すぎる話、地獄の本番はここからなんだよ。

まず月に戻されたかぐやは、また何もない水槽の中に入れられて、虚無の永久ループに閉じ込められると。

しかも以前と違うのは、主人公彩葉出会って、笑ったり歌ったり、パンケーキの甘さを感じたりで、幸せを知ってしまたからこそ、その絶望はより深いんだよね。

5億年ボタンの比じゃないさみしさ、『生と死の狭間』にある闇のような場所で、永遠のひとりぼっち

でもそんなある日、38万キロの彼方――地球惑星から、懐かしい歌声が聞こえてきて、「もう一回だけ地球に行こう! 彩葉に会いたい!」って、奇跡で飛び起きることができた。

でも運命残酷で、「また宇宙船に乗って地球に出発だ!」ってときに、タイムトラベル機能をオンにしたもんだから、なんと制御不能でバコーンって隕石と衝突して、8000年前の地球にぶち飛ばされたんだよね。

すると何が起きたか宇宙船システムエネルギー切れ、月のテクノロジーが使えないせいで、最適な肉体を作り出せない、前と違って赤ちゃんにもなれない、ただの思念体――魂だけで放り出されたと。

それはつまり、声も出せない、誰とも話せない、誰の目にも見えない、永遠に続く孤独がはじまった。

これは昔の名作、『STEINS;GATE』のトラウマ回と似ていて、とある女の子が不完全なタイムマシンに乗ったら、時間跳躍ときダメージを食らって、自分名前以外すべてを忘れちゃったんだよ。

それから24年のときが流れて、ふっと思い出してしまう。

とてつもない使命、大切な約束があったのに、のうのうと生きてしまたことを悔いて、【失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した】、そう書き綴って……そのまま自殺するんだよね。

そして、かぐや場合はより怖い――寂しくても退屈でも永久に○ねないから。

なので、「彩葉! 彩葉! 彩葉!」って発狂するんだけれど、それは声にも叫びにもならなくて、いつまでも絶無なんだよね。

泣きながら膝を抱えようにも、そこには涙も膝もない。

そうやってかぐやは、ゆっくり時間をかけて絶望してゆく。

けれど1%の奇跡として、宇宙船に乗り込んだときに、地球彩葉からもらった、たまごっちみたいな携帯ゲーム機、そこに『犬DOGE』という柴犬電子ペットがいて。

そいつデータとして連れて来たんだよね。

その結果、シャットダウン直前の、宇宙船による最後の力で、たまたま近くにいた、かわいいウミウシ――海のウサギとも呼ばれる生物スキャンして、そこに犬DOGEの軽いデータをぶっ込めた。

これはつまり完成済みのハードウェア、しょぼいけれどロボットの出来上がり。

からウミウシログインした犬DOGEをハッキングして、思念体かぐやが入り込んで動かせるってこと。

そうこうしてウミウシかぐやは、不老不死の日々を進んでゆく、それも8000年。

縄文時代平安時代戦国時代、あらゆる時代に漂って、大量の出会いと別れがあって、もちろん戦争による○し合いもあって、破壊再生が延々と繰り返される中、かぐや孤独観測者として、それらを眺め続けたんだよね。

毒も薬も酸いも甘いもカオスも、すべて飲み込みながら。

そうやって膨大な時が流れて、人類は血みどろの歴史の果てに、電話冷蔵庫テレビに、そしてインターネットという、高度な文明誕生させるんだよ。

そんなある日、かぐやウミウシ身体のままで、パソコンキーボードを押して、『Hello,world!』って入力した。

まり8000年の時を経てとうとう……想いを伝えられるようになった、孤独な旅がやっと終わった。

その瞬間かぐやは壮大な夢を思い描くんだよ。

それってのは、地球での血なまぐさい争いとか、ひとりぼっちとは無縁な、ユートピア仮想空間を作ること。

要するに、『水も波も立たない巨大な水槽である』月の寂しさを、他の誰にも味わって欲しくないってこと。

からこそ、ここでの仮想通貨ふじゅ~』は、水のように、あぶくのように湧き出てくる。

まさにドパガキよろしく、人の心が踊れば踊るほどに、無尽蔵に金が降り注ぐんだよ。

そうしてかぐやは、ウミウシ身体をよじりながら、htmlを書いてアクセス解析もして、とにかく試行錯誤しているときに、はっと衝撃的なことに気づく。

それってのは、自分ゼロから築き上げてゆく仮想世界が、かつて彩葉遊んだツクヨミだってことに。

そして、彩葉歌声に惚れたVtuber月見ヤチヨは私なんだってことに。

すなわち、ぐるぐると同じ輪廻を巡って、この8000年の孤独も含めたループが、何百回、何千回、何万回も続いているのかもしれない。

これをむりやり表現するならば、『メタディストピア円環構造』だね。

まり、『感情を持った思念体』のかぐやが、月から地球に来て赤ちゃんとして生まれる→彩葉幸せ時間を過ごす→月の世界に戻される→歌が聞こえて脱出を決意……でも隕石に衝突→8000年前の地球に吹き飛ばされる→そして今の今に繋がる――

めちゃくちゃ残酷なことに、この円環構造の中で、常にかぐや自我があって、しかもその時間の大半、メタ視点――実体のない魂のような存在として、声にならない声を上げながら、ずっとひとりぼっちで過ごしている。

そしてこの、『メタディストピア円環構造』をぶち壊すには、バグを伝染させる必要があった。

それは愛も憎しみも含めた、綺麗事抜きの人間らしさ。

もっと単純な話、心の底からパンケーキがおいしい!」と思えること。

彩葉のケースで言えば、月のシステムみたいな完璧主義をやめて、泣いて甘えること、自分意思で進路を決めること、ホンモノの反抗心で母親にぶつかること。

そのうえで最大の敵は、退屈で○にたくなるほど整った、穢れなき月のAI世界なんだよね。

からこそ、ドパガキも資本主義も運も才能も醜さも、Rememberという推しの曲もすべて総動員して、綺麗事抜きの人間らしさで殴り返した。

ありとあらゆる手段で、『竹取物語』の運命――かぐや姫は月に帰るという、神様の結末を破壊する為に。

それはつまり彩葉推し――神様だった月見ヤチヨ(かぐや)に、『終わりのある人間としての人生』を与える、今度は自分神様よろしく生命誕生させるってこと。

ちなみに当初、メタバースツクヨミ)の世界では、かぐやを連れ去りに来る、月人(つきじん)という大勢の敵を、ゲームシステムに落とし込んで、プロゲーマーの力とチートによって倒そうとしたんだよ。

現実世界じゃ負けるに決まっているから、ゲームの敵キャラダウングレードさせようとした。

でもそんな甘っちょろい敵ではなくて、まるで勝ち目がなかった。

その結果、映画の途中でスタッフロールが出て、「めでたし めでたし」って、皮肉エンディングが軽く流れるんだよね。

でも彩葉はその終わりを許さずに、ツクヨミという仮想空間――一億総ドパガキ社会ってくらい、ユーザー数の多い場所で、ハイスピード配信者として売れて、べらぼうに儲けたお金と、人脈をフル活用して、10年間、ロボット工学をはじめとした科学技術を学んでゆく。

なぜかって、かぐや思念体を入れる義体――それも寿命のあるホンモノの生命体を作りたいから。

これこそが『超かぐや姫』のすべて。

まり、愛とは綺麗事ではない、愛≒平和ではない、愛とは能動的なバグなんだという、パンケーキを食べておいしいと感じる話。

↓『本音のおまけ』

冒頭で、「むりやりに大絶賛してみる!」と宣言したとおり、映画版の『超かぐや姫』は、ファミ通文庫版も読んで、SF設定もメモして、登場人物の背景も学んで想像して――つまりこちら側でかなり踏み込んで視聴しないと、ちんぷんかんぷんな事ばかりだ。

とはいえ90年代2000年代を振り返りゃ、映画であれ音楽であれゲームであれ、たった一本、たった一枚、たった一作を繰り返し……狂ったように楽しむものであった。

たとえば、FF聖剣伝説をやるときにはアルティマニアという、ごっつい攻略本を買ってプレイから読みふけっていた。

そう考えりゃ、『超かぐや姫』の円環構造よろしく、ぐるぐるとリピートする事が大前提作品があっても良いのかもしれない。

しかも『超かぐや姫』 の場合知識考察を重ねるごとに、「この複雑な円環構造SF設計を考えると、これはこれでアリかもな」と思えてきて、じわじわ評価点が高まる

そして最近のドパガキ、マジで舐めすぎだろ

2026-04-20

三大イラスト生成AI名前だけで正確に出力してくるキャラクター

初音ミク

綾波レイアスカは惣流と式波が混じる)

霊夢と魔理沙

あと一つは?

釣って情報を集めたかったのに失敗したので自分用のメモ

VOCALOID

初音ミク巡音ルカGUMIMEIKO鏡音リン鏡音レンKAITO、がくぽ、

VOCALOID派生

重音テト弱音ハク亞北ネル

・VOICEROID

結月ゆかり、紲星あかり東北ずん子、琴葉葵、琴葉茜、四国めたん、

漫画

孫悟空DB孫悟空が出る)、孫悟飯ベジータ人造人間18号、ビーデル

ナミ、ニコ・ロビンボア・ハンコック

綱手春野サクラ

マキマ、

釘崎野薔薇、虎杖悠仁

井上織姫松本乱菊朽木ルキア、(四楓院夜一ダメだった)

中野一花、中野二乃、中野三玖、中野四葉中野五月、

真崎杏子ブラックマジシャンガール

マルシル・ドナトー、イヅツミ

羽衣狐、

月野うさぎ水野亜美火野レイ愛野美奈子

木之本桜

黒木智子、

蛇喰夢子

四宮かぐや藤原千花、早坂愛

アーニャ、ヨル・フォージャー

麗日お茶子八百万百、トガヒミコ

神谷薫、

キャスカファルネーゼ

宮永咲、竹井久、

志摩リン

ライトノベル

長門有希涼宮ハルヒはいまいち)

リナ・インバース、白蛇のナーガ

バーチャルユーチューバー

キズナアイミライアカリ

宝鐘マリン白銀ノエル、兎田ぺこら、天音かなた、桐生ココ、大空スバル、紫咲シオンさくらみこ、夏色まつり、

月ノ美兎樋口楓・アンジュ・カトリーナ・戌亥とこ、笹木咲、フレン・E・ルスタリオ、葉加瀬冬雪、周央サンゴ、(リゼ・ヘルエスタは安定しない)

アニメ

セイラ・マスララァ・スンルー・ルカ

葛城ミサト赤木リツコ

鹿目まどか

辺見エリカ、西住みほ、西住まほ、

ゲーム

ナコルル

パイモンバーバラ、ロサリア、雷電将軍八重神子、甘雨、宵宮、刻晴、凝光、香菱、煙緋、申鶴、夜蘭、雲菫、辛炎、神里綾華、神里綾人、九条裟羅、珊瑚宮心海、久岐忍、ナヒーダ、ニィロウ、ファルザン、ナヴィア、クロリンデ、

リタ・ロスヴァイセ 、無量塔姫子、ゼーレ・フェレライ 、李素裳、

銀狼、カフカ

セイバー遠野秋葉

ピーチ姫

サイレンススズカ

2026-04-19

かぐや姫を見た

タイトル通り最近ようやく見たので感想というか思う所をつらつら書こうと思ったわけである

ネタバレはあると思うので、偏見無しに見たい方は先に見てきてください。


かぐや姫見たのはネトフリ版で、rayの方も視聴した。


直球で言ってしまうと、

アニメらしくキャラの動きが描かれていて見て楽しく

ライブありアクションありでと観客を楽しませよう、飽きずに見せようという

丁寧さと心意気を感じた。確かに本作は面白い

ただ見ていてずっと「この作品で感動していいのだろうか?」と思っていた。

後ろ髪を引かれる思い(誤用である


何というか映画を見ているというよりは、リアリティーショーを見ているといった感じなのだ

映画を見ているとき主人公と違う属性であってもどこか自分を見ることがある。

それは悩みだったり、憤りだったり共感羞恥的なものかもしれない。

本作の主人公彩華いろは)は最初まるで一般的ヒロインのように演出される。

勉強バイトも頑張っていて、でも周囲には仮面かぶって優等生仮面がはがれるヤチヨへの推し活が生きがい。


しかし内容は違う。

高校生なのに学費生活費しか東京一人暮らし!)をバイトで稼いで。

学業東大を狙えるぐらいトップ。その後も色々超人設定画出てくるのだが・…。

何というか等身大女の子かと思ったら、ドンドン離れていくのだ。

え?彩華さん!?なんでそのポジションにいるの!?

まるでリアリティショーに出てくる自称一般人を見ているようである

彩華自分に自信がなく、作中けっこう悩む

でもそれは彩華自身超人なのでドンドン解決される。人脈もすごい。

なので見ているコッチとしては自分が入り込む余地がない。


何というか観客は壁なのだ、いろPの家にある壁。

そこでかぐや彩華日常だったり、努力しているさまを摂取する。

壁なので自己は介入しない、推し推しの尊さ空間安全からひっそり楽しむ。

その楽しみ自体否定しない、最近一般的な楽しみ方だと思う。

本作はそういった楽しみを考慮して作られていると筆者は思っている。


からこそ最後の締めは、正直、酷いなと思ったのだ。

しかすると製作者はみんな努力すれば東大に行けて、すごい人脈を持っていることに気づいていない。と、思っているのかもしれない。

そうか?いや無理だろ?


昔別件だがSNSフォローしている方が怒っていたことを思い出す

成功できない人間落伍者とし、競争脅迫感に耐えられた一握りの人間だけを社会が選別する

 その結果落ちていった者へのフォローはない」

(本文を貼っていいのか分からないので要約しつつ多少変更を加えています


本作はなんというか「その一握りの人間」の話だ。

そして本作はあなたも頑張れと背中を押す。

その構図が筆者にはグロかった


本作は面白いくてキラキラ尊い。でもその皮の下にイロPになれなかった彩華が沈んでいる。

面白かった。綺麗だった。でも肯定は出来ない。

本作は申し訳ないが後続が続かないことを祈る。


蛇足

筆者もエセ体育会系マインドの持ち主で

努力してる(つもり)だが、現実は厳しいものがある。

まぁレールから落ちた先も道はあったので悲観しなくても大丈夫だよ、とだけ。

2026-04-16

アニメ映画必要性を感じないアクションシーンにげんなりする

 超かぐや姫

 パリに咲くエトワール

 どちらも最近沸騰中のアニメ映画である

 しかし、私は全くハマれなかった。

 双方に共通するのは気合の入ったアクションシーンだ。神作画だなんだ言われているけど、私は正直動き回るキャラクターたちをみて「この人たち何やってんの?」と思ってしまった。

 たしか映像はすごかったよ。でも、展開的に必要性を感じられなかったというか、アクションシーンを入れるために脚本を捻じ曲げて無理矢理ぶちこんでいるように感じた。


 超かぐや姫ではかぐやを月人から守るシーン。

 ライブのためとはいえ、なんで迎え撃つ相手に有利なツクヨミ世界にわざわざ潜りこむんだよ、とかね。

 かぐやとの別れという悲劇的なシーンのはずなのに、勝手に不利な世界に飛び込んでよく分からないゲームシステムで戦って負けて、なぜか現実世界消滅!涙のお別れ!ってされても全然のめり込めなかったよ。

 最初にKASSENが最初に出てきたシーンもそう。ルールがよくわからないので何がどう熱い展開なのか雰囲気で「そういうもんだ」と受け入れるしかない。なんかキラキラ動いてなんか盛り上がってる~ぐらいの感想を抱いて終わる。そしてそのシステム物語重要防衛戦に使っているから、なんでそれがかぐやを守るために使えているのか、どういう状況なら守れていることになるのかよくわからない。

 終盤にヤチヨ明かされた情報をもとにヤチヨの心情を想像すると思うところはあるけれど、重要な転換点になる別れのシーンがコレだったので素直に感動できなかった。問題解決宣言して過程カットだったし。

 あとハッピーエンドにするって宣言してその場の雰囲気に流されて真っ先に諦めんなよ、かぐや

 そんで責務果たしたらあっさり戻ってこれんのかよ(だからこそ月に戻るの受け止めたのかもしれないけどさ)。


 パリに咲くエトワールでは千鶴母親が迎えに来るシーン。

 状況が状況とはいえ薙刀振り回すかね。まあこっちは薙刀物語重要ファクターになっている分まだ理解できる。

 でも、その直後で千鶴母親はどういう心境でバレエ見に来て温かいまなざし送ってるんだよ。面の厚さが怖いよ。

 なんかいい感じに終わったけど終盤も終盤だったのでそれが引っかかってしまって、素直に楽しめなかった。

 (この作品に関しては主演3人の演技がよくなかったのもある。驚き方とか笑い方がわざとらしくて最後まで慣れなかった)


 

 ここまで行ってなんだけど、すべての映画アクションシーン自体不要とは思っていない。私も見ていて楽しいと思うし、記憶に残るし、わかりやす宣伝要素にもなる。でもこの2作は脚本の大筋はよかったのにアクションを入れるために歪んだような部分が見受けられて、そこがノイズになってうまく楽しめなかった。特にかぐや姫は明らかに尺が足りていない展開だったから余計に残念だったな。

 アクションシーンを槍玉にあげてしまったけど、この2作品に関してはどちらも脚本問題だね。

 

 

2026-04-13

かぐや姫!を観た、マジで超酷かった!

令和型のセカイ系サイコパス

はっきり言って『都合の良いZ世代のガキ』 みたいな、令和のキモいところを凝縮した作品だった。

令和型のセカイ系――

「ちゃちゃっとエモくなんでも解決ちゃおう!」

私たち一所懸命合法からハッピーエンドが当たり前だよ!」的な、超効率主義の超ドライっぷりがすごいんだよ。

要するに『平均的で弱い一般大衆』を踏み台にして、遺伝子の良さ、メイクマネー能力、親から与えられた文化資本を総動員して、なんでも秒速で攻略ちゃうと。

であるから、描かれていない物語の裏側で、とんでもない数の罪なき人々が、雑に淘汰されているんだよ確実に。

しかも、昔のセカイ系と違って、痛みも葛藤ほとんどなくて「せっかくの人生なんだから、全部奪い取ればいいじゃん」って勢いなんだよ。それもヨゴレ役をやらずに、光属性ファッションにしたまま、何もかもを得ようとしてゆくと。

主人公の態度としては「最低限の法と道徳倫理は守っているから、わたしら以外のザコな一般人は知りませんよ?」的な、ぎとぎとの冷酷さが伝わってくるんだよ。新時代サイコパスを決めるなら、こういう奴らだろうね。

その証拠に、主人公彩葉17歳JKが、視聴者から投げ銭をあぶく銭、水物呼ばわりして、もう一人のヒロインかぐやも「でも合法でございましょ」って切り返すんだけれど。

冗談抜きの話、こいつらって生き様キャバ嬢ラウンジ嬢なんだよ。手練れの売女ってくらい「私は一所懸命」「私は苦しんでいる」「私は生きる為に必死」という大義名分で、もうそれだけで感情労働をしているから、どんな奇跡が起きようとも、どんな大金が舞い込もうとも「必要以上には感謝しませんよ!」って冷え切った流れ。

なので、超かぐや姫を一言で言い表すと『整形手術した人の笑顔』だね。

ハイスピードで展開する、外面だけ美しい歪んだ物語

でね正直な話、超かぐや姫、SF設定はむっちゃ面白いのに、各キャラクターの深掘りがあまりにも薄くて、あらゆる事が超早送り――ダイジェストで進むもんだから貧困毒親配信業もメタバース仮想世界)も、全部ぺらっぺらなんだよ。

そのせいで2時間22分もあるのに、唯一、緊張感のある場面って、彩葉が疲れて風邪を引くシーンだけ。でもって大規模な戦闘シーンなんかも「知らない奴らが知らない技を使って知らない世界で、いつまでも戦ってんねぇー」としか思えないんだよ。

例えるなら、僕が昔、風の王国というMMORPGをやっていたときに「そんなクソゲーやめて、マビノギやりなよ」って何度も誘ってくる奴がいて、仕方なく新規ログインしたら「なんだこの世界観、くそきめぇー」って、14歳前後のガキだったから思っちゃってさ。

まりは、心の準備が整っていないのに、いきなし『異空間に連れて行かれて知り合いゼロ』という、2000年代ネトゲで味わった独特な疎外感――仲間外れ感を思い出したんだよ。そんくらい感情移入させてもらえないのが、超かぐや姫!

個人的に懐かしい話、テイルズウィーバーとか、メイプルストーリーとか、ラグナロクオンラインとか。そこらに一瞬だけログインして「マジでつまんねえ~」って思って荒らして、飽きたらハンゲをやって、今度はフラッシュ倉庫に行って「人生ってクソゲーだな」ってマウスをカチカチしていた頃。そのとき感情がぐわっと蘇ったね。

「古き良きネット社会黎明期ってのも、快楽ばかりではなかったよなー」って、あの頃に心がタイムスリップできた。

それで言えば、挿入歌――ハッピーシンセサイザとかメルトとかも、僕が病んで疲れて、ひきこもりだったときによく流れていて。永井先生とかウナちゃんマンとか初音ミクとかニコニコ組曲とか、そんなのとも混ぜこぜな日々の中「毎日まらねぇー、生きていても意味ねぇー」って絶望していた時代が、はちゃめちゃ解像度高く、思い出されたんだよね。

そう考えりゃ、一周回ってすごい作品かもね。

言うなれば、その昔、『キャビン』って洋画があってさ。伝説モンスター集合みたいなB級ホラー作品で、シャイニングとか ファニーゲームとかジュラシックパークとか、名だたる作品の奴らがオマージュとして、がんがん登場するんだよ。超かぐや姫もそのベクトルで、思い出のお祭り騒ぎなんだと思えば、ぎりっぎり、ありな作品なのかもしれないね

そんでね強く言えるのは、超かぐや姫を観て20分そこらで「うわぁ、資本主義の悪いところ出てんな」って、最速で虫唾が走ったんですよ。

というのも、本作のヒロイン――酒寄彩葉(さかよりいろは17歳が、顔も可愛くて、東大も狙えて、音楽センスもあって、母親京大出身金持ちで、一人暮らしで、推し活もやって、FPSプロゲーマーレベルで、友達売れっ子インフルエンサーで、つまるところバケモン。

「こいつこそ地球人じゃない可能性があるな」って、まるでマルチバースってくらい、いろんな天才人生を歩み過ぎなんだよね。

しかも、週5日のバイト受験勉強友達付き合い、ゲーム、全部ガチ勢として、一分一秒を争うスケジュールで生きているのに、気持ちよく感動して泣いたり、ぽわぁ~んっと黄昏れたりで、謎めくほどの余裕があって。挙げ句の果てには、冒頭のナレーション含め『一生懸命苦学生尊い!』というモードなんだよ。

そんで重要な話。彩葉の『限界ぎりぎり生活』ってのは、そうせざるを得ないかスタートしたのではなくて、自己選択貧乏をやっているから、あくまでもガソリンの味は知らないヒロイン、そこにあるのは真の闇じゃないと。

なぜかって、彩葉自身が口にしたように、親子喧嘩で譲らなかった結果として、保証人不要のボロアパートに住み始めただけなんだよ。

さらに、お母さんは嫌味ながらも【今でも彩葉はすぐに泣いて帰ってくると思ってます、甘ちゃんから】そう言っているように、『いつ帰ってきても良い』という逃げ場を用意していると。もっといえば、彩葉は、父方の祖父母から仕送りまでもらっていて『だが自尊心を守るために使わない』という自己決定をしているんだよね。

しかも、小汚いアパートといえども、パソコンタブレットもあるし、トリプルモニタだし、節約で使わないながらもエアコンがあるしで、向かうところ敵なしのガジェットだらけなんですよ。

まりやらせ貧乏やらせ苦学生やらせの追い込まれから貧困なりきり体験ツアーしかない。これは言ってしまえば、10年前に流行ったビリギャル的な世界観『敗者復活ごっこ』でしかいね

そもそもがさ、若いとき貧乏暮らしなんて「刺激にあふれた愉快な下積み」と考えりゃ、ただただ楽しいだけじゃん。この僕なんかも19歳の頃、試食品コーナーだけで食事を済ませたり、洗面台にホースをつけてシャワー代わりにしたり、キシリトール歯磨き粉を歯に塗って空腹をごまかしたりで、すこぶる貧しき時代があったけれど、若さゆえに面白かったからね。

すなわち『まだ未来のある貧乏』って、所詮は娯楽の一種しかないのよ。

やはりね、生まれ育ちが最強な奴の苦しみって、ストリートファイターのさ、サマーソルトキックを放つ前のしゃがんだガイルを見て「背が低いねー」って言っちゃうくらい、本質的にくだらないなって。

追記、書いた文章Google Geminiで「ちょうどよく改行して!」と頼んだら、謎のハングル文字がたった一個だけ登場した。考えられる理由!?

2026-03-31

anond:20260330113735

パリエトは見たら面白いんだろうなあ〜とは思うけど「映画館で」見る意味があるかっていうとそうでもなさそうだから見てない

今のところそういう評判もあまりなさそうだし後々配信で自宅モニター鑑賞で十分かなって

絶対見たいってわけでもないか配信落ちしなかったとしてもまあいいかくらいのノリ

かぐや花緑青、ヘイルメアリーとかは映像音響体験のすごさが語られてるから見に行ったし見てよかった

2026-03-30

かぐや姫腐女子を連れて行ってはいけない

「己は解釈を本にするのが好き」と言っていた自称早見沙織好きの同人女を超かぐや姫に連れていった

2時間近くかぐや、ヤチヨ、彩葉人生劇場で見られて幸せだった

劇場はほぼ男性で、嗚咽が聞こえたし私も劇中10回ぐらいは泣いていた

が、劇場が明るくなってきた瞬間にそこそこの音量で「入野自由がお兄ちゃん属性なんて誰も教えてくれなかった」と叫ばれそいつを埋めて帰ろうかと思った

劇場にいる人はかぐや、ヤチヨ、彩葉物語に浸って泣いてただろうに本当に理解ができない

感想個人自由だけど、2時間あの映像を見て、すすり泣く声が聞こえる劇場で、そこそこの音量で「入野自由がお兄ちゃん属性!?そっから記憶ないんですけど〜!」で泣きそうになった……同じ回だった人はごめんなさい

始まる前に早見沙織は大好きな声優で、彩葉声優が売れてきて嬉しい等々声優に詳しそうだったのにね……

かぐやが〜」「やちよが〜」「彩葉が〜」って映画がおわった後に話しかけても「かぐやって誰?白髪?」って言われて

白髪はお前が好きっていってた早見沙織だろうが!!!

お前が言う好きな声優ってなんなん??

2時間見たのに、「かぐやがね」「かぐやって誰?どっち?」って言われてトランプとどっちの方が痴呆進んでるんだろうかと考えてしまった。

ジャンプ作品先生×生徒なんか倫理観欠けるCP描いてる奴にこの映画を見せたのが間違いでした

画面に男が映るだけで男にメロつきタゲタイプの女を同行させてはいけない

アイプリガチ勢女を同行させるべきだった

2026-03-28

もしや推しの子って、マルチエンディング想定なのでは?

推しの子の第3期を見終わった。相変わらずアニメクオリティも高いし、今期はルビースポットライトが当たり、暗いシリアスな話が多かったけど、コメディとの緩急も風邪をひきそうなくらい急で面白かった。

最終シーズンも決まって、ここから一気にクライマックスに向かうことになるけど、原作を知っている人は本当に原作通りのエンディングに行き着くのか気が気でないだろう。ラストの改変が望まれる声も多い。

……

で、3期を見ながら思ったんだけど、推しの子マルチエンディングノベルゲームみたいにする計画が元からあったのではないだろうか。漫画版がBadエンドで、アニメ版がTrueエンドみたいな?

思えば原作の終わり方ってあまりに不自然で、色々伏線とかも投げやりにしたまま急に終わったけど、例えるならノベルゲームのバッドエンドを見ているような感じだった。

あり得そうなのが、そもそも漫画のあの終わらせ方は意図的で、最終シーズンは【推しの子】の【】が途中から取れてストーリー分岐するとか、脚本赤坂先生ががっつり参加するとかあるのでは?アニメ版の完結に合わせ、漫画版Trueエンドの新刊が出るかもしれない。

アニメストーリー改変はよくあるけど、最初からメディアミックスで異なるエンディング計画している作品過去にないような気がする。それができるのも、元々赤坂先生が売れていたのと、アニメ版の第1期も爆発的に人気が出たことがあって、時間がかかっても最終回保証されていることがあってのことだと思う。

俺も原作最終回を読んだ時に、人気もあった自分作品をなんでこんな投げやりに終わらせたのか、先生が何を考えているのか理解できなかったけど、過去に類のない壮大な計画があって、読者から批判覚悟漫画は後味悪く終わらせ、アニメ版で全てを回収する考えなのであれば納得がいく。

赤坂先生は畳み方が下手という批判はあるけど、個人的にはかぐや様のラスト結構好きだった。シリアスな部分を決着させ、各キャラにそれぞれスポットを当てて愛情をこめ、丁寧にコメディで締めていた方が、推しの子あんエンディングで終わらせるわけがない。

なので、エンディング改変を望んでいる人、アニメ版は違うエンディングになると思うよ。そう思えてならない。

もしや推しの子って、マルチエンディング想定なのでは?

推しの子の第3期を見終わった。相変わらずアニメクオリティも高いし、今期はルビースポットライトが当たり、暗いシリアスな話が多かったけど、コメディとの緩急も風邪をひきそうなくらい急で面白かった。

最終シーズンも決まって、ここから一気にクライマックスに向かうことになるけど、原作を知っている人は本当に原作通りのエンディングに行き着くのか気が気でないだろう。ラストの改変が望まれる声も多い。

……

で、3期を見ながら思ったんだけど、推しの子マルチエンディングノベルゲームみたいにする計画が元からあったのではないだろうか。漫画版がBadエンドで、アニメ版がTrueエンドみたいな?

思えば原作の終わり方ってあまりに不自然で、色々伏線とかも投げやりにしたまま急に終わったけど、例えるならノベルゲームのバッドエンドを見ているような感じだった。

あり得そうなのが、そもそも漫画のあの終わらせ方は意図的で、最終シーズンは【推しの子】の【】が途中から取れてストーリー分岐するとか、脚本赤坂先生ががっつり参加するとかあるのでは?アニメ版の完結に合わせ、漫画版Trueエンドの新刊が出るかもしれない。

アニメストーリー改変はよくあるけど、最初からメディアミックスで異なるエンディング計画している作品過去にないような気がする。それができるのも、元々赤坂先生が売れていたのと、アニメ版の第1期も爆発的に人気が出たことがあって、時間がかかっても最終回保証されていることがあってのことだと思う。

俺も原作最終回を読んだ時に、人気もあった自分作品をなんでこんな投げやりに終わらせたのか、先生が何を考えているのか理解できなかったけど、過去に類のない壮大な計画があって、読者から批判覚悟漫画は後味悪く終わらせ、アニメ版で全てを回収する考えなのであれば納得がいく。

赤坂先生は畳み方が下手という批判はあるけど、個人的にはかぐや様のラスト結構好きだった。シリアスな部分を決着させ、各キャラにそれぞれスポットを当てて愛情をこめ、丁寧にコメディで締めていた方が、推しの子あんエンディングで終わらせるわけがない。

なので、エンディング改変を望んでいる人、アニメ版は違うエンディングになると思うよ。そう思えてならない。

2026-03-26

フリーレン15巻、メダリスト14巻、ゆるキャン18巻、鬼滅23巻、進撃の巨人34巻、人気アニメのこの辺りだけでもう100冊になる

ジャンプアニメ化人気作品だけでも

ナルト72巻、ブリーチ74巻、ヒロアカ42巻、ハイキュー45巻、黒子のバスケ30巻、銀魂77巻、呪術30巻、チェンソーマン23巻、SPY×FAMILY16巻、ワンパンマン36巻

これで443巻

その他覇権まではいかない人気作品でも

推しの子16巻、キングダム78巻、ブルーロック37巻、トニカクカワイイ35巻、かぐや28

荒川弘系とか平野耕太系とか藤田和日郎系とか

ワンピース114巻、ジョジョシリーズ142巻、コナン108巻、はじめの一歩145巻、刃牙シリーズ150巻、高橋留美子系とかあだち充系はもう読む気も起きない

異世界系やなろう系まで手を出すと

無職転生24巻、薬屋16巻みたいな人気作に加えて、アニメ化した中で気に入ったものを追うだけでも作品数が多いので数100冊

それに加えて毎クールの良作アニメ映画化アニメ

京アニアニプレックスガイナックス トリガー系の名作アニメ

ガンダム系が気になるなら初代、Z、ZZ逆シャア、V、F91、ターンエーくらいは見ておきたいし

ソシャゲでは

基礎教養FGOウマ娘、ブルアカ

話題になった作品では原神、ニケ、エンドフィールド

コンシューマーだと

ゼルダマリオFFドラクエフロムゲー

あたりの人気系の最新作

さらVtuber

ホロがどうだとかにじさんじがどうだとか

流石にこれだけ話題になるとまあちょっと知っておこうかとなるし

世の中の情報量が増えすぎて、俺みたいなその辺にいくらでもいるような大衆凡人の一人でも時間がなさすぎる

ちゃんオタクやることすらハードルが高すぎる

正直今の若いオタクってちゃんとこんなの全部追えているんだろうか

流石に一部や表層だけなぞってるニワカだらけになる気がする

2026-03-25

SNSなんぞなかったらもうちょい乱されずになんとか落ち着くところまで落ち着いただろうなって漫画チェンソーマンが追加された

他だとかぐや様と推しの子

2026-03-22

絵は綺麗だしよく動く。表情もくるくる動いて可愛い

アクションもワクワクさせてくれるしテンポが良くてスイスイ進んでいく。

その上で、ストーリーの流れに関して自分は「翁(いろは)×かぐや姫かぐや)のパラレル二次創作」だなと思った。

いろは×かぐやを成立させるためにさまざまな要素が省略され、関係ない部分は切り落とされて見えないようにされている。二次創作において、キャラクター人格や背景は原作いるから詳しく説明しなくてもいい。私(作者)はこの子達の性格が分かっているから、彼女たちの詳しいキャラ設定性格設定を盛って感情移入させるより、エモを盛る。エモのための描写はたくさん盛るし、推しカプ以外は須く推しカプを盛り上げるためのモブ原作ネームキャラも出すけど、その辺の感情に関しては書かなくてもいいよね。いろんなイメソンを突っ込んで推しカプを盛り上げる!自カプが自カプのイメソン歌ってたら超よくない?

中の人女子高校生ではないか女子高校生が行くようなお店は出ない。でもパンケーキのくだりは入れたいか喫茶店パンケーキ食べるシーンは入れる。いろはが一人で行くわけないか友達に連れて来させる必要がある。可愛い推し友達なんだから可愛くていい子じゃないと。でもどんなに心配してもいろはの心を開けるのはカグヤだけだからいろはは心を開かない。どんなに心配されて気遣われていても。

展開ありきでキャラクターの背景や心情が設定されていく。これなんか懐かしい気持ちになるなと思ったら松だわ

推しからなんでもできるべき。でも完璧すぎない方が可愛いからどこかに弱さを持たせないと。書いてる人間がカグヤを好きだから見てる側のヘイトコントロールなんて関係ない。カグヤは可愛くて最高で健気な月のお姫様で、いろははそんなカグヤを好きになる。好きになったからにはカグヤを助けるために設定を変えてもいい。カグヤを好きになるメリットのために母親とも和解。ぽっと出の兄もカグヤに好意を持ってくれるしいろはを助けてくれる。

作者がお兄ちゃんにもある程度萌えてるか原作お約束になってるから妹の前で俺様ムーブをしてもキツいともキモいとも思わないし言われない。俺様ムーブでその場にいるファンは倒れる。お約束から

可愛くて健気でいろはのこと大好きなカグヤは月に帰ったけどいろはの愛で戻って来ようとするのね。いろはもカグヤがいない間に愛を育てるしカグヤのために今まで大事にしてたもの全部ほったらかしにする。これ超愛だよね。

こ難しげなSF曇らせ展開の末八千年いろはのこと待ち続ける健気で可愛い最高のカグヤエモエモのエモ〜みたいな。カグヤはいろはがいないとすぐ曇っちゃうんだけど、また会いたいから頑張ってるのね。萌。

なんやかんや部分のなんやかんやを考えるのが面倒だから十年飛ばし愛する人をこの手で甦らせるスパダリいろは最高いろかぐ大勝利ハピエンお疲れノベルティはいろかぐ結婚報告風ポストカードです。

ヤチヨ?翁の妻だよ。同人的に言うと勝手に身を引いて二人のこと応援してくれる当て馬だよ。いろはもカグヤも優しくていい子だから仲間はずれにしたりしない。

2026-03-14

かぐや見て寝たら風邪治った

百合作品は万病に効くって本当だったんだ

2026-03-12

かぐや姫は良い作品だが「全肯定しか許されない空気」は息苦しい

ネタバレあり

良い作品だったと思う。

普通に感動もした。

ただ、正直なところ「もう一度映画館で観るか」と言われると観ないし、配信で何度も観るタイプ作品でもない。

自分の中では 「面白かったけど1回で十分」 という位置に落ち着いた。

ここまでは普通感想なんだけど、この作品について語るときに少し息苦しさを感じた。

最近オタク文化全体に言えることかもしれないけど、

• 好みじゃない

• Not for me

みたいな感想を言うと、すぐ「冷笑」とか「斜に構えてる」と言われがちで、

作品を全肯定することが求められる空気がある気がする。

なんというか、推し活の「全肯定オタク」と似た構図になっていて、

まり好みじゃないと感じる側としてはちょっと息苦しい。

もちろん、見えないところでは言ってる人もいるんだろうけど。

かぐや彩葉関係は好き

キャラクター自体は魅力的だった。

かぐや可愛いし、自由気ままに動き回る。

そして彩葉は、かぐやに振り回されながらも行動するようになり、最終的には夢を見つけて自分で歩き出す。

この構図自体はすごく良いと思う。

ただ、彩葉キャラ設定が「結果ありき」に見えた

ただ見ていて気になったのは、彩葉の設定。

例えば最初

赤ん坊を拾う」

という展開。

冷静に考えると

学校どうするの?

生活どうするの?

という問題がある。

そこに対して作中では

かぐやは成長するから問題ない

かぐやが稼ぐから問題ない

みたいな形で処理されてしまう。

彩葉バイトして生活費を切り詰めていた設定だったはずなのに、

その割に危機感ほとんどない。

このあたりが 設定の重さとキャラクターの行動が噛み合っていない ように感じた。

母親との確執も少し気になった

母親との関係重要な要素として出てくるけど、

散々無視していたのに、

電話一本で解決するのはさすがにあっさりしすぎでは?と思ってしまった。

父親が死んだことが原因というわけでもなく、

結局「何が問題だったのか」があまり見えてこない。

伏線というより ストーリーを進めるための装置 に見えてしまった。

最後戦闘シーンは必要だった?

かぐやが帰るシーンの戦闘

正直、

最後ちょっと派手なシーン入れとくか」

くらいの意味しか見えなかった。

物語的な必然性があまり感じられなかったのが残念。

全体の印象

全体として

キャラは魅力的

• 感動もする

ただ、

キャラクター自然に動いているというより

脚本舞台の駒を動かしているように見える瞬間がある。

その雑さがところどころで気になった。

とはいえ

中学生の頃に観ていたら、自分は絶賛していたと思う。

まらない作品ではない。

ただ、

「1回観れば十分かな」

というのが正直な感想だった。

2026-03-10

『超かぐや姫!』の評価はなぜ賛否両論なのか?を考察した

最近よく『超かぐや姫!』の評価を目にしますが、中間意見は少なく、かなり賛否両論な印象を受けます

なぜここまで評価が真っ二つに分かれるのか。気になって筆者なりに考察してみたので共有します。

最初に断っておくと、筆者個人評価は『面白いポイントもあるけれど、トータルでは面白くなかった』という、賛否でいえば「否」側の人間です。なるべく中立に努めますが、あくまで『否』の視点から考察であることはご容赦ください。

 

結論から言うと、筆者は以下の3つが原因だと考えています

 

1. 世界観が『人を選ぶ要素』のオンパレード

 

この作品冷笑したり、合わないと感じたりしている人の大半はこれが原因です。

具体的には、以下のような要素が物語の軸になっています

・ 『推しはいものという概念

VRが当たり前の世界

・ ストリーマー(配信者)を目指す展開

・ 会話テンポやノリ

ルールがよくわからないゲームパクるならパクりきれよ)

・ 万人受けしなさそうなキャラクター

百合要素

等々、オタクが好きなものを良くも悪くも無理やり詰め込んだ作品なので、どれか一つなら許容できても、複数が積み重なるとノイズになって物語に没入できなくなります

例えるなら、『何が出てくるか分からない料理屋に行き、出てきた皿に苦手な食材が大量に入っていた』ような状態です。少しなら耐えられても、許容量を超えれば無理だと感じるのは自然なことです。

実際、筆者はかぐやワガママ性格が本当に受け入れられませんでした。勝手に金を使い込んだり、女を武器にして主人公コントロールしたりする姿を見て、序盤は物語に集中できませんでした。

 

ここで筆者が言っている世界観の引っかかりを中心に批評している方がいたので紹介させていただきます

人を選ぶ世界観問題点が分かるかと思います。(『超かぐや姫!』が大好きな人は視聴非推奨)

https://youtu.be/PZ1slg7LYNo?si=9u9_zN-ON2h00yhE

 

こういう要素をすんなり受け入れられた人は第一関門クリアです。

 

 

2. エンタメ作品の『評価項目』は人によって違う

 

皆さんはアニメ映画作品評価するとき、どの要素を重視しますか?

筆者の配分はこんな感じです。

ストーリー面白さ・構成:50点

映像音楽:15点

キャラクター:15点

演出・その他:20

 

配点を見てもらったら分かる通り、筆者は単純な話の面白さでエンタメ作品評価してます

これが映像音楽の配点が高い人だと超かぐや姫高得点になると思います

また、ここが難しいところでエンタメ作品評価軸なんて個人裁量作品毎にいくらでも変わってしまます

かぐや姫映像音楽だけを見たらほとんどの人が高得点をつけると思います

柔軟にエンタメ作品を受け入れ作品ポジティブに楽しもうとしている人は

「超かぐや姫の良さは映像音楽!そこが良かったから高評価!」

となるかと思います

それとは対照で、筆者のように

映像音楽は良かったけど話はイマイチだったし並か並以下かなぁ…」

評価基準がほとんどブレない人間もいます

もちろん0か100かという話ではなく、自分価値観持っているけど多少柔軟に良さを評価できる人もいると思います

 

ポケモンで例えると『超かぐや姫!』の種族値ツボツボみたいなもんで、耐久力の高いポケモンを望んでいる人からしたら高評価、火力の高いポケモンを望んでいるなら低評価って感じですね。

柔軟に評価基準を変えれる人ならツボツボの耐久力を好意的に受け止めれます

 

たこれに関連する話題で、若者、おじさんのどちらが超かぐや姫を楽しめてるか、と論争になってましたが、おじさんの方が生きてきた時間が長い分価値観が凝り固まっている人の割合が高く、若者の方が比較的柔軟に評価出来る人間が多いってだけだと思います

凝り固まった価値観をもったおじさんでも、その価値観に超かぐや姫ピタッとハマれば評価するので、この世代は超かぐや姫を受け入れられない!みたいな主張は間違っていると思っています

 

 

3. 正直、ストーリーの本筋はそこまで練られていない

 

ファンの方には受け入れがたいかもしれませんが、ここだけは言わせてください。

『超かぐや姫!』の脚本の完成度は、お世辞にも高いとは言えません。

特にタイムリープものの名作をいくつも見てきた読者の皆さんなら、設定の矛盾説明不足な点が気になったはずです。(他作品と比べるのはナンセンスかもしれませんが)

かぐや=やちよ」という仕掛け自体は筆者も好きですが、肝心のタイムリープ周りの補完が雑すぎて、納得感が全然足りません。

物語整合性を重視するタイプからすると、どうしても『面白くない』という結論になってしまます

作品評価軸が話の面白さに偏っている筆者のようなタイプからすると、どうしても評価が下がってしまます

 

 

結論

 

『超かぐや姫!』が作画音楽アニメ界でもトップクラスなのは紛れもない事実です。

ただ、ストーリーの大筋がイマイチなこともまた事実です。

 

筆者がこの記事を通して伝えたいことは

『好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。』ということです。

楽しめなかった人を「感性が古い」と煽るのも、逆に楽しんでいる人を「分かってない」と冷笑するのも、もうやめませんか。

評価なんて千差万別です。お互いの価値観尊重できるようになれば、もっと楽しく作品を語り合えるのにな、と筆者は思います

 

PS:やっぱり筆者はかぐや性格だけは嫌いです!(言ってる側から批判かよ、これだからオタクは…)

かぐや姫!を視聴した感想ネタバレ有り・ネガティブ感想

かぐや姫!を見た感想を書く。

この感想

ネタバレ有り。全開。

ネガティブ感想好きな人たちは読まない方がいい。

自分向け。論理的構造化した文章ではない。MECEではない。散文。

AIで綺麗に清書したりしない。100%オーガニック

以下ネタバレ防止改行ここから












































以上ネタバレ防止改行ここまで



(1)自由を賛美しているように見えるが、実際には自由ではないように見えた

富・名誉勝利競争といったものから自由ではないように見えた

例えば

・タワマンへの移住

・タワマンから見える景色

美食への賛美(鯛を自宅でさばいて寿司にするなど)

ツクヨミの「クリエイターポイントを貰える」というシステム

配信者の人気投票ランキング勝負

悪意のある見方だとは思うが、もし、

いろは受験勉強に専念し

かぐやはヤチヨカップで無数にいる底辺配信者~そこそこどまりの1人で終わり、

・2人は貧しい暮らしを続けていて

・それでもツクヨミでのモブとしての生活リアル屋台花火大会といった、富と名誉勝利を伴わない思い出を2人で作って仲良くはなった

このような場合かぐやいろはが月から迎えがきたとき、本編と同じくらいに、2人は別れを惜しんでいただろうか?

私はそうであってほしいと思うし、たぶんそうだと思うが、そうではないと本編から言い切るのがやや難しい程度には感じる

公平のために言うと、月でかぐや自由ではなかった理由

天の羽衣による自由意志そのものの欠如や、変化のなさ、大量の仕事といった何かであって

かぐやが「富・名誉勝利競争」の敗者だったか不自由だったというわけではない

(月に、それらがあるようには見えない。「権威」だけはあるかもしれないが。)

したがって仮に、超かぐや姫が「富・名誉勝利競争」に肯定的であったからといって、脚本上に論理的矛盾があるとはいえない

ではなぜ富・名誉勝利競争言及したのかというと、これは作品関係なく自分の考えとして、友情あるいは愛情は、それらとは無縁に成立してほしかたからなんだと思う

少なくとも現実ではなく美しいフィクション世界では

8000年の思い出をヤチヨがいろはに語るときに出現させたのは、あのボロ屋とコーラと安物のお菓子であったこから

2人にとって富や成功がなくとも友情/愛情は成立していると、そう描写していると理解することにしたい




(2) 「俺TUEEEEE」「ハイスペの私が幸せになりました」という物語に見えた

かぐやとヤチヨは特殊事情があるので良いとして、普通人間であるはずのいろはが有能すぎた

かぐや一目惚れするくらいに容姿がいい、というのはまあ恋愛ものから良いとして

東大行けそうで、世界ライブ演奏できる程度の作曲演奏ができて、プロゲーマーゲームでも勝負できる

ゲームについては、いろはが「実力差がありすぎる」ようなセリフはある

しかし兄が舐めプしたような描写は見当たらないし、観客からプロゲーマー舐めプしてる」というような批判が見当たらないので、兄は一定程度はちゃんプレイしたのだろうし、

そのプロゲーマーの兄相手に、試合後にファンが増える程度に試合が成立している

公平のために言うと、

しろ最近~今の流行りであって実際に興行的に大成功しているとか、

物語主人公はそうした特殊な人であるべきだよねとか、

東大プロゲーマーの「ときど」氏みたいな人もいるよねとか、

今のトップ配信者は事実そういうハイスペの極みな人だよねとか、

いろは普通人間ではないから、こういう奇跡のような物語になったのだろうとか

ハイスペだったり共感性が高い人だと視聴していて快の強い物語かもしれないとか、

いろいろ理屈はつけられるとは思う







(3) 放棄された法学部への進学

いろはは、ビターエンドの流れとして進路希望書に法学部を書く

そしてそのビターエンドは否定され、工学部系?に進学する

いろは工学部を選ぶのは、物語として整合性がある

また、二昔前くらいの作品のように「勉強自由否定=悪 / 芸術・遊び・スポーツ自由=善」のような単純化を拒み、いろは学業努力否定しなかったのは評価できる

それでもなお、その過程法学部を明示的に否定する必要はなかったなと感じてしま

例えばビターでは空白のままで、ハッピーエンドでは東京科学大学名前が入っているような描写だと良かったのかもしれない


この作品では、科学技術芸術特に音楽)の賛美があった

実際、それらは素晴らしいものであると私も思う

しかしながら、法だって社会には必要もの

法が間接的にではあるが劣るものとして暗示されたようにも感じられる描写は好きではなかった

この作品では語られなかったし語る時間もないことは理解するが、

力も利害も思考立場も異なる人間たちが、一定程度に公平かつ効率社会を成立させている要因として、法や法を支える人権思想がある

そうした法の制定と執行を正しくあるよう務める各機関職員や、法を学んだ後に民間で働く人の努力がある

卑近な例を出せば、この作品スタッフロールだって法務として4人の名前が載っている

映像作品が世に継続的にでるのは、数多くの有名スタッフ努力はもちろんだがそれだけではなく、

法務のような人がこういった作品権利が不当に害されないように努力しているからでもある



(4) ただ、好きになった部分もいっぱいあった

ただ、そういう自分向けではなかった要素はいっぱいありつつも

なんかそういう自分意見を難癖と感じるくらいには、キャラのことは好きにはなったとも思うし、物語一定程度好きではあるんだと思う

このあたりはとても良かった

・「かぐやにはわかんない」と言いたかったんじゃなくて「言いたくなかった」といったいろはとか

かぐやが月に拉致されたときに泣いたり叫んだり取り乱したりせずにチームに挨拶してすぐに別れるいろはとか

かぐやが別れのときに涙をいろはにみせないとか

8000年の記憶の中で、かぐやに温かい言葉をかける人たちとか

・母、兄、妹の関係が短い時間の中で納得感のあるものになっているとか

・くだらないビターエンドを否定してハッピーエンドにしたとか

EDメルト気持ちよかったとか

おわり

2026-03-09

かぐや姫評価感性の衰えは関係無いのでは

流石に見ないとなと思って見てきた感想ちょっと思わされた事


点数

加点減点両方できる点はあったし67点といったところ


基本的評価

ネットでよく言われている程ストーリー破綻はないと感じた

ストーリーラインは概ねボーイミーツガール王道的な「出会い」「別れ」「再会に際してのトラブル」「再会」の流れで構成されていて、そこに関して特に大きな破綻はない

しかし、言ってしまえばストーリーは実質それだけであり、ネットで言われている程内容に深みはなかった

また、必要のない情報が非常に多く、その影響か構成時間配分に大きく問題があったと思う


評価要素

作画:これはネットでも声高らかに言われている部分だと思う。かわいらしいキャラクター作画は安定していてよく動くし、mobaっぽいゲーム戦闘シーンやライブシーンの迫力は作画の良さが存分に表れていた

楽曲:作中でいくつか流れるオリジナル楽曲はその時々の登場人物状態作品テーマをよく表した楽曲で、聞いていて作品理解する一助になる


評価できなかった要素

必要のない要素が多い:母との確執は1人暮らしの為の理由付けとして有効だが、兄との確執及びBlack onyXとの対決は少なくともこの映画単体では必要のない要素だった

          また、友人2名に関しても同様の事が言える

ライブ楽曲     :かぐや性格に合わせた楽曲選択なのだろうとは思うが、ワールドイズマインをそのまま流すのは少々文脈がなく、オリジナル楽曲ではなく既存曲を使用した理由に乏しい

時間配分     :前述のストーリー構成における「再会に際してのトラブル」「再会」である宇宙船トラブル義体作成に割り当てられた時間がおよそ10分のダイジェスト形式で、作中で途中からしばしば語られるハッピーエンドへと向かうカタルシスが弱い


総評

ネットでよく言われるストーリー破綻というのは、根幹に必要のない部分がメインとして存在するストーリーの中に挟まってくる事でストーリーとしての繋がりに違和感を覚えた事による勘違いかなと思う

ただ、反論として使われるストーリーの深みというのも視聴者妄想で付け足されている要素が多分に含まれているとも感じた。ストーリー上記基本的評価記述した以上でも以下でもなかった

戦闘シーンやライブシーン等、良かったシーン1010分の映像作品としての質は高いと言えるが、1本の2時間20分の映画としてはどうしてもただただ質が低く、バズりそうな流行ものを縫い合わせて作ったパッチワークと言わざるをえないというのが自分評価である

前述の通り映像としての質が良かったシーンは少なからずあるので、そこにハマるのは別に良いだろう。しかし、そこにハマれなかった・評価できなかった人間に対して感性が衰えているという評価を下すのは違う問題である

ハマれなかった貴方は恐らく超かぐや姫を、現代SFとしてかぐや姫を扱うストーリー映画だと思って見に来たのでしょう

ハマった貴方は出来の良いMV戦闘シーンを見に来たのでしょう

好きと評価は別の軸であることを理解しないといけない

自分サメ映画が好きだが、幽霊サメを幽体になって止めたり三又首のサメが地上に走りこんできたりする荒唐無稽さを愛しているのであり、ストーリーのある映画として評価するならそれらは普通にカスである

変なサメ映画ストーリーが良いとか言って勧めてくる人が居たら怖いと思いませんか?自分は怖いと思います

        

2026-02-25

『超かぐや姫!』は「現代人を舐めている」のか

少し前に『超かぐや姫!』への批判的なダイアリーを読んだので、私なりにこの作品の意義を書いてみます

参照:

『超かぐや姫!が超つまらなかった』

https://anond.hatelabo.jp/20260207025626

先の投稿には、分析としてうなずける点もあります

しかし、ターゲット視聴者層理解が浅く、主観的感想に終始している印象も受けました。

ただ私は、この作品はかなり意図的に「今の観客」に向けて作られた、意味のある作品だと考えています

とくに評価が分かれる「ご都合主義」に見える部分こそ、本作の主張の核だと思っています

キャラクター設定と客層の理解

本作の主なターゲットは、さとり世代・Z世代にあたる20代20代後半、特にデジタルネイティブ女性層だと見ています

現代の客をなめている」という見方もありますが、私はむしろ逆で、現代の観客心理をかなり正確に捉えている作品だと感じます

とくに推し活をしている層の自己認識は、彩葉の在り方とよく重なります

私たちは表面的には「自分特別ではない」と理解していても、心の奥では「何者かでありたい」と願っていることが多い。

からこそ、主人公にはある程度のハイスペックさが必要になる。

ターゲット層が「完璧ではないが、そこそこ何でもできる(あるいはそうありたい)」という自己像を持っているからです。

また「百合っぽければいいんでしょ」という批判についても、私は単純にはそう思いません。

現代女性の対人感情、とくに同性に対する感情は、友情恋愛境界比較的ゆらぎやすい。

さら女性VTuber応援する文化圏を踏まえれば、20代女性にとって本作の距離感は不自然というより、むしろ自然範囲にあると思います。(小説版蛇足感がありますが)

作品主題

本作が投げかけているのは、「過度な人間信仰」と「世の中を舐めていなさすぎる態度」だと私は捉えています

現代人は、親・推し成功者を「自分とは違う、完璧特別存在」と見なしがちです。

自分の不完全さを自覚しているからこそ、相手神格化し、「どうせ自分には無理だ」と距離をとって心を守る。

批判文中には「なんでこいつら配信してんの?」という趣旨の指摘がありますが、私はここが読み違えだと思います

少なくとも、かぐや配信する理由シンプルで、「自分もそうなりたいから」です。

一方の彩葉は、なりたい気持ちはあるのに「完璧でない自分には無理だ」と考えてしまう。

失敗要因をすべて潰さないと成功できない、推し成功しているのは彼らが完璧からだ、という発想に囚われている。

から配信消極的になる。

この物語の核は、その完璧主義と人間信仰による歪みを、彩葉かぐやとの配信活動を通じてほどいていく過程です。

これはデジタルネイティブ世代に限らず、多くの現代人が抱える問題でもあります

ここでいう「世の中を舐める」は、他者を見下すことではありません。

完璧でなくても、案外なんとかなる」と見積もる態度です。

私は本作が、まさにそれを提示していると感じています

そういった意味で、本作がサクセスストーリーになるのはある意味必然です。

完璧かどうかより先に、「うまくいく可能性を信じて前に出ること」がなければ、そもそも成功は起こらない。

作品はその事実を伝えるために、視聴者が「自分もやれるかもしれない」と思える構造を取っているのだと思います

批判から見ると、それは「決めたら叶う」都合のよさに見えるでしょう。

ただ私は、その都合のよさを「物語上の誇張」として意図的に使っていると読みます

この作品が描いているのは、リアル成功率の再現ではなく、最初の一歩を踏み出すための心理的転換です。

かぐやの少し不格好な配信は、「不完全な自分を受け入れること」の象徴です。

それでも結果が出る展開は、「完璧でなくても進める」ことの象徴です。

親との対話は、相手もまた不完全な人間だと受け止めることの象徴です。

そしてヤチヨの正体を見抜く場面は、彩葉がそれらを内面化したことの到達点として機能しています

心理描写について

父親の死や母親との衝突はありきたりだ」という反応もありますが、私はむしろそこが重要だと思います

これらは特別悲劇ではなく、多くの人が程度の差こそあれ抱える現実的な悩みです。

作中の「でも、みんな抑えてもいるんだよね。自分気持ちもっと大事もののために。」という台詞は、その普遍性をよく示しています

本作の心理描写は、対人関係ドラマを細密に描くより、主人公内面葛藤に焦点を絞っている。

から人間関係情緒は、あえて視聴者想像に委ねる部分が大きいのだと思います

人間関係の発展に関する心理描写は、確かに少ないと思います

しかし、発展後の心理描写や、彩葉内面心理描写は、むしろしっかり描かれており、重要な点はその部分だと感じています

それでも、その描写を「浅い」と感じる人はいるかもしれません。

ただ、それは現代自体の浅さを反映しているとも言えるのではないでしょうか。

本作は、その弱さを否定するのではなく、乗り越えるための物語として作られている。

現代人は、傷つきやすく、救われやすい。

推し活の広がりやMrs. GREEN APPLE流行していることからも、それが分かると思います

現代人の多くが、些細なことで悩み、些細なことで傷つき、些細なことで救われることを望んでいます

物語最後では、「このお話ハッピーエンドだと思う? この後すぐ喧嘩別れしたりして。まだまだ分からないよね」「あなた物語もそうでしょ?」という台詞が出てきます

これは「現実ハッピーエンドとは限らない。だからこそ、自分物語自分で作っていくしかない」というメッセージであるとともに、視聴者物語主人公を移し、自分物語を考えるきっかけを与えるものだと思います

から私は、『超かぐや姫!』は現代人の心の弱さを受け入れたうえで、一歩先へ進ませようとする作品なのではないかと感じています

2026-02-24

かぐや姫にノれなかった負け犬の話

こういうのは見る専で、つまりこういうものに書き込むことは初めてなので、駄文も散文も暖かく見守って欲しい。とにかく、今の感情を描き綴りたいだけだった。

「超かぐや姫!」を見たのはつい昨日の話。

元来逆張りオタク性質もつため、ほとぼり冷めてからゆっくり見ようと思っていたのだが、先に「超かぐや姫!」を閲覧していた職場オタク先輩のハマりようは凄まじく、なんと1万円だかウン万円だかのクラファンまで購入していた。

その話の流れで「見てみろ」とさんざん勧められた為に恩のある先輩の言うことだ、とその日のうちにネトフリを契約して「超かぐや姫!」を見ることにした。

この長ったらしい前置きの文章だけでも勘のいい方はお気づきになられるかもしれないが、結論として、自分には「超かぐや姫!」を見るに耐えうる精神性の作りをしていなかった。それはもちろん自分の不徳の致すところである。「超かぐや姫!」は悪くない。

その為、これはこの作品を良いと話す方を攻撃する意図はなく、もちろん悪いと話す方を突き放す意図も無いことを留意して、これから先の駄文を読んで頂きたい。

また、この先には少しのネタバレがあるので、未視聴の方は是非「超かぐや姫!」を見てほしい。





序盤の日常パートは割とすきだ。日常パート苦痛だと思いながらも柔らかなトゲのない世界ぬるま湯につかる感覚は、AirPodsの充電が切れているのに満員電車に乗車中です。みたいなどうしようもない心を癒してくれる。

序盤のかぐやちゃんがいささかカスすぎるとは思ったものの、後に何かしらのリカバリーがあることは、それなりのアニメを観てきた自分にとっては当然の期待であるし、事実その通りになった。

スマートコンタクトもカッコイイ。目を閉じると若干目が光る仕様現実世界にも普及したらどれほど面白いだろう。

さて、2度も見返す気力もない(もちろん超かぐや姫は悪くない。自身精神性の幼さ故である)のでこれまでもここから先も、記憶を頼りに書かせていただくのだが、冒頭のサカバンナンタラがチラリと出てきた辺りで心が折れそうになった。あれはオタクが「サカバンナンタラだ♡♡♡♡♡」って言うためだけのものなのか?(多分そう)

それだけじゃない。唐突差しまれジョジョ調のイラストはなんだったんだろう。あんタイミング差しまれてはジョジョに失礼だと思う。特に、今週はジャンプラに掲載中の「都市伝説先輩」のジョジョパロに腹を抱えて笑ったので、あのタイミングでのジョジョ調のイラストは頭を抱えた。やかましいわ。(←これは腹を抱えて笑ったことに対する頭を抱えた。の慣用句使用がやかましすぎるという自己ツッコミ。寂しい人間だ。)

配信成り上がりパート障害が無さすぎて面白くなかったし、ライブもキツかった。

最後のあの展開が来るまでは暫く何を見ているんだろう。と思っていた。

が、しかし、これは負け犬の話であるので、批判本質ではない。千差万別感想があり、それらが人を面白くしている。今日も早速オタク先輩と議論したしね。

ただ、今これを書いている間も、なぜそれらを面白く思えないのか。と自省し続けた己が早く解を示したいと筆を急いでいる。

とどのつまりは、

流行りに乗れなかった自分が、この作品拒絶反応を示していたのだ。

VTuberどころか配信文化が肌に合わずに、のじゃおじさんくらいしかまともに見ていなかったあの日

対戦ゲームをすれば知らないどこかの誰かから罵倒が飛んでくるせいで恐ろしくて布団にこもってアンインストールしたあの日

昨今の推しブーム流行により小さな子供まで痛バか何かを組んでいる現状に心を痛める今。

積み重なった瞬間が、その流行りに乗れなかった自分の弱い心が、「超かぐや姫!」によりズタボロにされている。


なぜそんなことで傷つくのか?簡単だ。

自分は、インターネットの汚い部分に救われていたからだ。

現実ネットの汚さはわけが違う。現実ではただ蹂躙されるだけの自分は、ネットでは時に属性蹂躙され、属性加害者になる。

そんなカオス空間に救われていた。

誰しもが被害者で誰しもが加害者無責任空間が、現実で荒む心を癒していた。自分でも書きながら酷い話だと思う。この潔癖な時代にはとてもそぐわないいやらしい感性だ。

そんないやらしさが、「超かぐや姫!」の潔癖を拒絶した。

インターネットはいだって不快もので溢れている。

FFから失礼するゾ」から淫夢に手を染めてしまったあの日

馬鹿左翼だとレッテルを貼ったただの人をを冷笑し続けた厨二病右翼だったあの日

トイストーリー名言botはみんなもう忘れちゃったかな?俺はまだ覚えてるよ。大好きだった。確実に自分の笑いのツボを変えられたきっかけだったから、よく覚えてるよ。

だって汚いインターネット世界に生きている。そこには、「超かぐや姫!」みたいに、誰かと協力して何かを成すことも、誰かと戦うことも、誰かを応援することも無い。

ただひたすら、独り鍵アカウントで誰かの悪口引用リツイートし続けるか、いいね数100以下のネタツイに「俺は好きだけどな」っつっていいね押し続けるだけの、「超かぐや姫!」を楽しめた人たちにはきっと一生理解し得ない汚く浅ましくいやらしい生活をするだけだ。

もし、もしも、「超かぐや姫!」を楽しめた人が

この感性を持つ人であるのならば、それはもう、自分ゴミカスで死んだ方がいい人間ってだけだ。

だってあんキラキラ物語を楽しめる人間で溢れる世界の方が良いからだ。

くだらない上にダラダラと続く文章最後まで読んでくれてありがとう

文章をどう締めればいいのか忘れてしまった。

とにかく、自分向けではなかったという話だ。

そして、負け犬自分はこれをここに書くことで、その惨めな思いを忘れようと思う。

そして、これを読んだ人は、あくまでこれは私の物語であるということを忘れないで欲しい。誰かを批判する意図は無いし、これを見て君は自分のことだと思わないで欲しい。そして、誰かを傷つけるためにこの投稿を使わないでいてくれると、それだけで嬉しいと思える。そこまで誰かに読んで貰えるような文章でもないけど、一応ね。

2026-02-23

anond:20260223174611

その論だと、「日本人視聴者」と「劇中の登場人物」は同じ知識レベル(「竹取物語」を知っている)と考えられるが、

竹取物語」では地球軍勢は月の軍勢に対し太刀打ちできなかったということを共通の前提知識として、

であればなぜそもそも「月の軍勢と対決し、かぐやの奪還を阻止する」という判断をしたと思う?

それにツクヨミ内であれば月の軍勢渡り合えるとしても(結果的にそうであったようだが)、

ツクヨミ内のかぐやの奪還阻止が成ったとして、現実世界かぐやの奪還が阻止できないのであれば、意味がないのではないか

かぐや現実世界交流できなくなってもツクヨミ内で会えれば良しとするのであれば、月からツクヨミにインできることを確認しておく必要があるし、

どうせ天の羽衣を着せられた時点でかぐや地球上での記憶感情が失われてしまうので、

どちらにせよ地球上でのかぐや防衛しなければ意味がないはずではないか

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