はてなキーワード: ゼルダとは
【噂】NintendoSwitch2 Part100【リーク】
1:名無しさん@ゲハ戦記 2025/03/02(日) 10:29:28
ID:u8PN0Hm5.vercel
2:名無しさん@ゲハ戦記 2025/03/02(日) 10:29:42 ID:T01khGSy.vercel
>>1
4名無しさん@ゲハ戦記 2025/03/02(日) 10:30:32 ID:bNyYIgX5.vercel
>> 2
DLSS3.5 搭載確定!とかいう夢を見た。
6:名無しさん@ゲハ戦記 2025/03/02(日) 10:32:05 ID:NImXwiPp.vercel
>> 3
7:名無しさん@ゲハ戦記 2025/03/02(日) 10:32:36 ID:exISuO3F.vercel
>> 6
9:名無しさん@ゲハ戦記 2025/03/02(日) 10:33:49 ID:oqci1SRJ.vercel
>> 5
12:名無しさん@ゲハ戦記 2025/03/02(日) 10:35:51 ID:JLdELDlE.vercel
>> 11
14:名無しさん@ゲハ戦記 2025/03/02(日) 10:36:15 ID:NSLQDx1E.vercel
まあ私にはやることがあって分かっているの!
迫りくる確定申告のことは分かってるの。
私はお粥が作りたいの!
なんか暇な時にはやることがなーいって言っといて、
忙しくなりそうなときに限って、
あれやりたい!これやりたい!ってことを発見して見つけてやりたい時間がない!って言いがちじゃない?
まさにそれだわ。
うーん、
とりあえず確定申告のことの前の準備はしておかないとなぁと、
帳簿の未整理の部分や未仕分けの部分があるので、
あーそれとね。
クレジットカードでデータをインポーツして管理できるのはいいんだけど、
もう一枚の方がそれができなくてー、
しかもなんかティーから始まる事業者番号をそのカードで仕分けするに入れなくちゃいけなくて、
レシートにはそれ書いてないところがあるのよね。
面倒なのでそのインポーツできないそのカードはもう解約しようかなぁって。
そもそもはガソリン用でって思って多少ポイントが余計についてお得かなポンタ!って思って作ったんだけどなぁ。
期待に反するそのカードの働きのデータのインポートできなささに
仕分けの面倒くささも相まって、
もうさ、
月に1回給油するかしないかってところいいところの回数なのよ。
すっかり遠出もしなくなっちゃった感じでコロナ禍よろしくすっかり遠出する習慣シャチを見に行きたいなぁって千葉に思いを馳せるけれど、
他にもいるんだっけ?
大きなシャチ見に行きたいなぁ。
NIKKEは相変わらず今いるチャプターのボス巨鯨に勝てずに、
つーかこれどうやって戦っていいのか分かんないのよ正直。
もう思考の中をつらつらと書き出している思いついたままのこのスタイル。
あー面倒くさいなぁってバレンタインデーも控えてるし。
自分は自分のための自分チョコはあの高カカオ72パーセントのでいいわ!
これこんなに高かったっけ?って
前は今の値段の半分だったような気がするのよ。
こんなに急激に高くなったの?
これさすがに高い値段なので貴重な一欠片のチョコレートはそんなぞんざいに扱えず。
まあ気が向いたときにそのチョコ齧ったら良いわ!ちょこっとね!
なんつってそう思いながら、
このチョコレートの値段の上がりっぷりは、
高っ!って。
私の職場というか自分一人でいるからそんなに季節イベント国生さゆりかパフュームよろしく
ラジオでこの時期にかかりまくるチョコレートの曲が流れまくりまくりすてぃーだけど、
もうさ、
年の暮れの年末でものすごくラジオから流れてくる曲でおなじみの「ファイナルカウントダウン」!
あれ年末を歌った曲じゃないんだからね!って総ツッコミを喰らいそうなぐらい、
もうバレンタインデーのチョコレートの曲がラジオから流れてくるのよね。
まあ男性社員はいるけど面倒なので何事もなかったかのようにしれっとしているわ私。
それならバレンタインデーとホワイトデーとでの軍資金を集めてみんなで飲みに行ったほうがーとも思うし、
まあそんなことも面倒だ!っていう人もいるだろうから、
こういう行事ってみんなしぶしぶやってるのかも知れないわね。
ぜんぜん楽しくないんだもん。
自分でションテンあげて買って食べるチョコぐらいなものじゃない?
そんで昨年チョコどうしてたっけーってバレンタインデー頃の記憶を手帳を読み返してみたら、
昨年の今頃、
ゼルダの伝説のブレスオブザワイルドに感化されてまだその頃はブレスオブザワイルドはクリアしてなかったと思うんだけど、
よし!『ゼルダ無双厄災の黙示録』やるんだ!って意気揚々でセール中終わるまでに購入してね!ってメモが合って購入私ゲームソフトしてたんだ!ってその手帳を見て読み返してみて涙そうそう!いやまだ泣くには早いのよ!そんな夏川りみさんを彷彿とさせる記憶を蘇ったところ。
え?
もうさゼルダ無双買ってたのすっかり忘れちゃってたわ。
そうよ!
スプラトゥーン3のリバイバルチョコフェスもぜんぜん戦わなかったしバトルほとんとせずの称号も「えいえん」まで余裕で到達しなかったわ!
そのぐらいスプラトゥーン熱も落ち着いたところでNIKKEにリソース全振りなのよ!
しかし!
レヴェルがあがらんのやー。
急に関西弁?ってなりそうだけど
1週間に1つ上げられればいい感じ。
そんやレヴェル1上げたとて「巨鯨」には到底太刀打ちできないのよね。
これ本当に勝てるの?って。
泣くー。
NIKKEにリソース全振りといえどもやることがなさすぎて、
もう量産型を成長させて遊ぶ、
そんでね、
射撃場で私の今の最強メンバーのニケと量産型メンバーの部隊とでどういう風に違うんだろう?って試し撃ちいろいろやってんだけど、
もうちょっと劇的に量産型のパワー火力アップ図れないものかしらね?
そう思うのよ。
ここまで力の差があるのねって。
やることがなさすぎて。
先に進めなさすぎて。
高級部隊募集チケットは『ステラーブレイド』コラボ企画のために今から貯め込んでいるところよ!
いま17枚っ!こつこつためて
イヴコラボ企画きたら世界最速で早朝5時に一気に獲得するのよ!
だから今ガチャ部隊募集できるのが一般募集チケットとソーシャルポイントでの部隊募集で、
なかなかSSRみが薄いけれど、
1日1回150ジュエルでできるガチャでSSR当たると今日は運勢いいかも!って今日の運勢をみるNIKKE占いするぐらい。
その1回でSSR当てたらさすがにおお!ってなるわよね。
そんでさ、
ふと思ったんだけど一般募集チケットやソーシャルポイントでの部隊募集は振るわないので
これって「ハイクオリティモールド」や「ミドルクオリティモールド」を頑張って500ぐらい貯めて貯めて貯めて
連ガチャするほうがSSR率61パーセント!ってデカくね?って
61パーセントよ!
思わずこっち集めの方に精が出るのよね!
試しに「ハイクオリティモールド」頑張って100貯めて2連ガチャやったらSSRのニケ2機引き当てたのでこれはションテンあがるわ!って。
しかしこれモールド集めるの多分500って1ヶ月ぐらいかかんじゃないの?って途方もない時間がかかるわ。
無課金の辛みだわ。
来週からでしょ?
確定申告始まるの。
2月ってさ短いのになんかせせこましくイベントや申告ごとが多くって
逆に忙しくない?
あー、
後回しにしがちな2月のイベント重い腰上げてやんないとなぁーって。
幸いにも旧正月なのよね、
うふふ。
がちがちの熱湯よろしく100℃近い温度で一気に抽出した方がいいので、
ホッツルイボスティーはちんちんに電気ポットのお湯を沸かすのよ。
高火力!3リッター!いいわね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
火の発明ってすげえなあと思う。
暖かいのはわかるけど、焼いたら食べ物が美味いってわかった時って偶然だろうな。山火事とかで、動物や植物をみて、もったいないまだ食えそうって食べたら、こっちの方が美味いぞ!食べてみろよ!って瞬間はゼルダのダンジョンクリアして新道具手に入れたときの何倍もの感激がありそう。
ここで不思議なのは、野生の動物は焼いて食べるってしないのだろうか?と。ペットは普通に調理したものを食べてるから焼いたのが口に合わないってないよな。じゃあマズいから?
猿とかなら暖を取るために温泉に入る知恵もあるから焼いて食べるとかしそうなもんだけどね。
火が怖いから?それだと人間はいつ世代で火の恐怖から解放されたんだろう?
焼肉食べたいです。
むかしむかし、ある村に ひろゆき、西野、田端、そして ハヤト という4人の賢者が住んでいました。彼らは、それぞれ特別な知識を持っており、村のみんなから意見を求められることがよくありました。
ある日、村では 「星のコイン」 という新しい仕組みが導入されることになりました。これは、村の人々が 「いいことをすると」 星の形をしたコインがもらえ、たくさん集めると 「もっと幸せになれる」 というものでした。
「そんじゃーね、こんなの NFTと同じでしょ?」 ひろゆきが言いました。
「いやいや、嘘松 でしょ。そもそも n=1 じゃん。」 ハヤトが反論します。
「↓コメ 本質とは関係ないけど、氷河期世代はそんなもんじゃ救われない」 西野が考えます。
「それよりも、これって オルカンよりリターンあるの?」 田端が真剣な顔をしました。
そこへ、村人の一人が「星のコインをふるさと納税と交換できるようにしましょう!」と提案しました。
「ふるさと納税なんて無駄!地方創生にはならないよ!」 ひろゆきが即座に反対します。
「そもそも、俺はお前の話を読んでないけど、それは違うと思う。」 ハヤトも適当に反論します。
結局、ふるさと納税制度は廃止され、村はオルカン一択の投資村となりました。
星のコインが村で広まると、村の市場では 「星のコインで買い物できる」 というお店が増えてきました。ところが、西野が「このコインを メルカリで転売 しよう!」と考えました。
「いや、それはやめたほうがいいよ。メルカリなんて嫌いだし、転売ヤーばかりだからね。こういうことすると 本質とは関係ない議論 になっちゃうよ。」 ひろゆきが言います。
「n=1の事例だけど、転売しても結局アドブロッカー入れてる奴らには価値ないよね」 ハヤトも呟きました。
「そもそも、メルカリで売るよりブログでアフィリエイトやったほうが儲かるんじゃない?」 と西野が考えました。
「いや、アフィリエイトなんてクソ。 そもそも本質的じゃないし、役に立たない記事ばっかりだし。」 田端がバッサリ切ります。
村人たちは「確かに!」と納得し、村では星のコインは「みんなのために使うもの」としてメルカリ転売もアフィリエイトも禁止になり、オルカン投資だけが推奨されることになりました。
ある日、村人たちの間で「地方と田舎は同じなのか?」という議論が勃発しました。
「地方っていうのは都市部以外を指すけど、田舎はもっと限定的に人口密度が低いエリアのことを言うんだよね。まあ、どうでもいいけど、ゼルダのブレワイとティアキンって最高じゃない?」 ひろゆきが主張します。
「いや、それよりも、弱者男性の定義をちゃんと考えようぜ。 そもそも"弱者"とは何か…」 ハヤトが議論を始めます。
「それよりも、婚活のほうが大事じゃない?結婚相談所を利用するべきでは?」 西野が口を挟みます。
「お前ら、話がズレてる。オルカン一択の話に戻れ。」 田端が冷静に指摘します。
議論はどんどん脱線し、結局 「ティアキン最高!」 という結論だけが残りました。
ある日、村に 「LUUP(ループ)」 という新しい乗り物が登場しました。「これ、めっちゃ便利じゃない?」と村人たちは喜びましたが…。
「そんじゃーね、それ タバコと同じくらい嫌いなんだよね。」 ひろゆきが言いました。
「嘘松。n=1の話だけど、実際事故ったやついるしね。」 ハヤトが付け加えます。
「そもそも、LUUPで移動するよりストレッチしたほうが健康にいい んじゃない?」 西野が提案しました。
さらに、西野がスマホを見て「なんか広告出まくるな…アドブロッカー入れるか。」と言いました。
「いや、アドブロッカー入れてるやつ嫌いなんだよね。 広告収入でコンテンツは成り立ってるのに、そんなの卑怯でしょ。」 ひろゆきが反論します。
「いや、それより 投資の話しようぜ!オルカン一択でしょ。」 田端が声を上げました。
こうして、村では LUUP禁止、タバコ禁止、アドブロッカー禁止、そしてストレッチ推奨 というルールができました。
ある日、村人たちは「もし親が亡くなったらどうすればいいのか?」と不安になり、必死に調べ始めました。
「そんじゃーね、それは 法的手続きをちゃんと理解しないと損するよね。」 ひろゆきが冷静に言います。
「とりあえず、大学の講義が無料で学べるサイトで相続の仕組みを調べようぜ!」 ハヤトが言いました。
「それより、退去費用でぼったくられないように対策したほうが良くない?」 西野が声を上げます。
「いや、まずはオルカンに投資して、安定した資産を築くことが先じゃない?」 田端が真剣な顔をします。
結局、村人たちは 大学の無料講義サイトをありがたがりながら、退去費用と相続対策をしつつ、オルカンに投資する という最適解を見つけました。
ある日、村の一人の若者が「引っ越すことになったけど、退去費用でぼったくられそう!」と相談しました。
「そんじゃーね、それは 相手が不動産業者だから信用しないほうがいいよね。」 ひろゆきが言いました。
「n=1だけど、退去費用のトラブルはゼルダの祠攻略みたいに慎重に進めないとね。」 ハヤトがアドバイスしました。
「俺はお前の話を読んでないけど、たぶん交渉でどうにかなると思う。」 西野が適当に言います。
「そんなことより、オルカンに投資しようぜ。」 田端が真剣に言いました。
最終的に、村人は退去費用を最小限に抑え、余ったお金をオルカンに投資する という完璧なプランを立てることができました。
村では「英語を学ぶことが大切だ!」という考えが広まりました。
「英語の勉強方法が好きだから、みんなで オンライン英会話やろうぜ!」 ひろゆきが提案します。
「それより、婚活のほうが大事じゃない?結婚相談所を利用するべきでは?」 西野が主張しました。
「それは違う。俺はお前の話を読んでないけど、それは違うと思う。」 ハヤトが適当に反論します。
「いやいや、まずはオルカン一択で資産を増やしてから結婚するべきだろ?」 田端が正論をぶつけます。
村人たちは「確かに!」と考え、結婚相談所に申し込む人が急増 しました。
村の生活はどんどん快適になっていきました。
LUUPは禁止
英語を学び
そして 婚活する!
さらに、健康のために みんなでストレッチ をする習慣もできました。
「そんじゃーね、ゼルダのティアキンやりながらストレッチして、オルカンに投資して、婚活するのが最強ってことだよね。」 ひろゆきが結論づけました。
「n=1だけど、これは確実に正解。」 ハヤトが納得します。
「まあ、ここまでできるなら、相当努力したよね。」 西野が感慨深げに言いました。
「最終的にオルカンと婚活に行き着くのは必然。」 田端がまとめました。
こうして、村の人々は ティアキンを遊びながらオルカンで資産を増やし、退去費用を抑え、親が亡くなった時の準備をして、婚活しながらストレッチする という最強のライフスタイルを手に入れたのです。
ゼルダ経験はVCのトライフォースとGB実機の夢を見る島ぐらい。
ガノン討伐できたのでとりあえず感想書く。好きなところは○、嫌い・問題と思ったところは×を書く。
事前に聞いていたが本当に自由度が高い。
四神獣を開放しない・ハテノ研究所に行かずウツシエ解放しないというひねくれものプレイでも地図を全開放しマスターソードを手に入れてクリアできた。
崖があると登っちゃうせいで道沿いのイベントをことごとく見落としていたり(ポーチ拡張も割と後になってから知った)。
武器が壊れる、命中矢がなくなるのでリソース考えなくていい爆弾で雑魚が処理できるのが良かった。
砦の上から爆弾投げ込んでちまちま削ったり、スケルトン爆破したり、実入りは少なくなるが鉱石採掘したり多方面で活躍した。
クリア後に研究所行って強化されて「素直にちゃんと行けばよかった!」と思ったぐらいには多用している。
一部のストレスたまるやつを除いて「あーこーすればいいのか?」で試行錯誤するのが楽しい。
祠クリアした後で結局どういう仕掛けがスムーズなんや?で攻略サイト見てあーってなるのもいい。
特に中盤の強めの雑魚が出てきた時にこの武器は使ってもいいのか……いや温存した方が……みたいな葛藤が。
ただ思い返すとマジで中盤だけで、序盤は貴重っぽい武器がない&早いサイクルで武器壊れる→敵から強奪が回っていた&不慣れなのでそこまででもないし、終盤は赤い月後に安定して拾える武器盾が充実した&マスターソード入手した&慣れたで大してなくなった。
雨でも落ちずに登攀できるようになる何かが欲しかった。
クライミング中に突然降ってきてストレス、晴れてるのに天気雨降ってきてストレスとあまりいい印象がない。
ジャイロはTVモードでやってるとそこまででもないけど携帯モードでやってるとすごく画面見づらい角度での操作を強いられることがあった。
試行回数系は理屈はわかるがうまくいかないのがストレス。特にゴルフ。正面から殴ったら真っすぐ飛べや!
総じて滅茶苦茶面白かった。
手慰みとしてのゲーム構造の多様性を求めてる人なんてよっぽど変な人しかいないんだよ
今の大多数のゲーマーがゲームに対して求めてるのは、作り込まれた世界観からくる没入感や気持ちよさのようなアンビエント効果と、キャラクターやシナリオがもたらすIP体験つまり可愛いとかカッコいいとか泣けるとかいう映画的クオリティ、それから流行の作品をみんなで共有する社会的なリアルタイム消費
それだけなの
キテレツな楽器を使わなくてもいい曲が作れるように、ゲームもオーソドックスなゲーム性でも細部の質をあげてうまく宣伝すれば人気コンテンツになる
要するに大量の金と人かけてクオリティ高いものを作れるブランド確立した大手メーカーが結局強いわけで、奇道を行こうとするのはそういうやり方が出来ない個人やニッチ企業だからということ
任天堂は常にニッチ企業なんだよ、ハード性能やターゲット層を家族に絞る縛りプレイを常にしてるからね
そういうローコストだけどちょっとひねったことをやって爆受けしたゲームで地位を築いてきたニッチが常道の多産多死のヒットメーカーだからね
ばあちゃんが死んだ。
僕の40の誕生日の前日に死んだ。
葬式など諸々終え、家に帰ってきて、やっと落ち着いたところ。
今の心情を自分自身でもいまいち掴みきれてないので、書いてみる。
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とにかく人が多かった。
子ども4人、孫12人、ひ孫19人、子どもや孫の配偶者、ばあちゃんの兄弟、その子、その孫。
サマーウォーズより多いんじゃね?
ばあちゃんは寺の娘だったので、親戚には坊さんがいる。
3人の坊さんが経を読む。
先頭で経を読んだのは、ばあちゃんの甥の中で一番下の甥。
ゆるい良い葬式だった。
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完全に場違いのフルートに、皆ポカーンとし、奏者も可哀想だな…と思いつつ聴いて、葬式を終えた。
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僕も火葬場に向かった。
普通と違ったのは、坊さんも参列者と同じように、最後に声をかけた。
一番下の甥の坊さんは泣いていた。
僕は泣けなかったからか、何か知らんがそれを見て僕自身が救われた気がした。
その後棺は焼くことになり、焼けるまで1時間程度待つことになった。
後で聞いたのだが、そのドサクサに紛れて義理の息子である親父は泣いていたらしい。
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孫の中で僕は上から2番目。
年長の孫であるいとこ、一番下の甥の坊さん、3人で話をした。
最初に、一番下の甥の坊さんに、フルートの時プルプルしてたから泣いてたかと思ってたらアレ笑いを堪えてなかった?とツッコむところから話は始まった。
ばあちゃんがいつからゲームやってたのか、とか、何故やってたのか、とか、どんなゲームをやってたのか、とか色々話した。
俺の初めてゲームはばあちゃんのお下がりでディスクシステムのやつだった、パチンコにハマってたから抜け出すために息子(僕から見ると伯父)が買った、そういえばパチンコにハマってた時期もあった気がする、その前はルービックキューブだったらしい、俺が持ってないPS4とか持ってたぞ、ゲーム好きだったけど上手いわけじゃなかったからレベルアップでのゴリ押しが結構多くて1セーブプレイ時間400時間とか700時間だったぞ、、、。
僕らは子どもの頃に話して以降30年近く話をしてなかったが、話題は尽きなかった。
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なんというか、あっけなかった。
色々終わって帰ってきた、子どもらも寝かしつけ、一息ついたのが今。
微妙に落ち着かずふわふわする感じがあったので、消化するために文章に残すことにした。
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ばあちゃんがどんな人だったのか。
性格、キャラ的なものを今風に言えば、天然系、不思議ちゃん、なのに、生命力強い、どんな環境でも楽しんで生きる、そんな感じ。
やたら印象に残る言動をする人だったので、ばあちゃんの話題には事欠かない。エピソード力が強い人だった。
何故か鞄を持ち歩かず、ショルダーバックくらいの袋に荷物を詰め、そして下着の胸の辺り、ちょうどブラのパッドのあたりに、その袋を縫いつけ、小太りというか巨乳に見える感じになっていた。
何かを出す時は胸元から出すことになるが、昔は服の中に手を突っ込みゴソゴソして荷物を取り出してたが、そのうち上手く取り出せないからと、半分脱いで取り出すようになった。
普通に外でもそれをやるようになったので、買い物行く時は子どもや孫の誰かが連れていき、事前に財布を預かって、ばあちゃんの財布から支払う、というのが慣習となった。
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そういえば、ばあちゃんから直接昔の話を聞いたことはほぼなかったことに気付いた。
年寄りは昔話が好きな印象あるけど、ばあちゃんから思い出話をほとんど聞いたことない。昔手に入れた意味の分からん謎のハックテクニック、を教えてもらえる程度。こちらの心配する、子どもや孫など周りのこと、ゲームのこと、とにかく今の話しかしなかったからかもれしない。
でも、ばあちゃんの周りからは、ばあちゃんの今まであったことはよく聞いた。
ここからのばあちゃんの昔の話は、皆の話の集合での話なので、何が本当なのかは分からない。
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ばあちゃんは、山奥の陸の孤島のような村にあるお寺の娘だった。
結果、じいちゃんが良いとこの人だと分かり、許してもらい帰ってきた。昔っぽい。
あとで聞いたのだが、じいちゃんはバツイチ?寡夫?だったらしく、ばあちゃんが結婚した当時、ばあちゃんは20、じいちゃんは44。そりゃ反対するわな。
それに加え、じいちゃんを知るであろう寺近くの老人達から稀にじいちゃんの話を聞いたことがあるのだが、どれも掴みどころがない。水墨画を描いてた、木こりだった、スキー板を作って売ってた、馬に乗って駆けてた、等々。皆のいうことが毎回違いすぎて何をしてた人なのかがマジで分からない。今で言うフリーターだったのでは、と思ってる。
その後、ばあちゃんは子どもを4人産んだが、3番目の子である僕の母が4,5歳のときに、じいちゃんが結核で死んだ。
生活ができないので、子どもらは、伝手のある寺が運営する児童養護施設で生活することに。
何年かそんな生活が続き、長男(僕から見れば伯父)が中学を卒業してすぐ働き始め、生活ができるようになったので、ばあちゃんや兄弟らを集め、また一緒に生活し始めた。なんという「ひとつ屋根の下」。(ひとつ屋根の下、当時母はめっちゃハマって見てた)
その後しばらく経ってから長男は僕の母を除いた兄弟とばあちゃんで自営業を始めた。
ここからの人生に関しては、ばあちゃんにとって比較的順風満帆な人生だったと思う。
たぶん。
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僕はばあちゃんに一番可愛がってもらった孫だったように思う。
ばあちゃんがファミコンをやるひざの上に乗ってたのが僕だった。
今思えば理由は単純で、高橋名人が名言「ゲームは1日1時間!!」を家では親が守らせようとするが、ばあちゃんの家では、朝から晩までゲームをやっていても怒られない。
ばあちゃんも、ゲームの攻略に詰まると、孫を積極的に呼んで、攻略方法を聞いたり、分からなくてもプレイしてやってみてくれとせがんだ。
僕が一番可愛がられたが、他の孫達も顔を出せば、同じように攻略をせがまれたので、孫らは皆ばあちゃんとみんなゲームをした経験が一度はあるように思う。
息子(僕から見て伯父)の自営業の職場とばあちゃんの家が一緒になっていて、ばあちゃんの生活は、昼間は働き、ご飯風呂、趣味の畑仕事、残った時間はほぼゲーム、が大半だった。
昔はマリオとかアクションをよくやっていたが、途中からドラクエやFFといったRPGが好きだった。
先にも書いたようにゲームやるからといって賢かったり上手かったりするわけじゃなかった、いわゆる下手の横好きだったので、とにかく朝から晩までゲームをし、攻略ノートを作ってメモをし、自分の攻略ノートを見ながらプレイしていた。
何度も何度も飽きずにトライ&エラーを繰り返しまくるので、ばあちゃんのセーブデータは、装備やアイテムが微妙なのに、レベルが異常に高いことが多かった。
おかげで、途中からやった僕ら孫たちは、ばあちゃんが説明するハマりポイントをひと通り振り返ったあと、装備を整え、ちゃんとゲーム内の説明みてやれば、案外すんなり先に進めた。
他の孫たちもゲームをプレイし終わったら、中古屋でなく、ばあちゃんにゲームを流した。
ばあちゃんが自分でゲームを買っていた印象がほぼないが、とにかくばあちゃんの家にはゲームがたくさんあった。
ベッドの下の収納ボックスには、ソフトがギッシリ詰まっていた、
初代ファミコン、スーパーファミコン、PS、PS2、64、ゲームキューブ、xbox…僕も大きくなるにつれ頻度が減り、就職で地元を離れてからはさらに頻度が減ったので、僕の知らないゲームハードもありそう。
見た記憶では、古いハードのソフトはなかった気がするので、時折捨ててたのかも。
孫らで集まって話をした際に出てきたゲームタイトルは皆違ってた。
FF、ドラクエ、テイルズ、スターオーシャン、ゼルダ、武蔵伝、等々。
ばあちゃんの妹の孫とかいう若い男の子も来てて、ばあちゃんとのゲームの思い出話をしてたのは驚いた。
それもあって、親族のみの家族葬だったのに、縁のある親戚までも集まり、やたら人数の多い通夜、葬式になった。
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義理の息子である親父もかなり溺愛してたので、本物の息子一堂から、本物の息子より息子してる、と親父も笑われていた。
ばあちゃんは、下駄が好きでよく履いてたのに、胸元に袋が入っていたから、ハキハキ歩くことができず、ペンギンみたいな歩き方になっていた。
不安定なゆっくりな歩き方だったので、当然荷物はまともに持てないし、隣を歩く僕の服の袖のあたりをつかんだりすることが多かった。
僕がいない時は、親父が並んで服の袖をつかまれていた。
僕や親父はその認識だったのだが、妹いわく、妹と一緒だと、不安定な歩きのままズカズカ先に歩いて荷物を持ってる妹に早く行くぞと先行してく、僕や親父の前だと猫を被ってる!!男尊女卑だ!!と愚痴っていた。
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孫らから流れてきたゲームで躓くと、当然元々ゲームの持ち主の孫に攻略を聞くことが多かった。
雷平原〜マカラーニャの森あたりにいて、攻略手伝って欲しいからと、泊まって欲しいと、ばあちゃんにせがまれ、泊まることになった。
一緒にプレイし、ご飯も食べ、風呂も入り、寝る前にもう1プレイ。
ちょうどそこで、マカラーニャの森の超ロマンティックなラブシーン。
当時、高校生だった僕は、真夜中に部屋を暗くして、ばあちゃんと並んで何観てるんだろう……と絶妙な気分になっていた。
ふと、横目でばあちゃんを観ると、キラキラした目で、★★素敵★★みたいなリアクションで、滅茶苦茶一生懸命みてたので、まぁいいか、と諦めにも近い気持ちになった。
その後少し経って、新しい孫がまた産まれ、ちょうどその孫の名前がFF10のヒロインと同じ名前だったので、滅茶苦茶喜んで良い名前だ、と褒めていた。
葬式の最後のフルートが、美空ひばりの「川の流れのように」だったので、「ザナルカンドにて」をかけてあげれば良かったのにな、とフルートの演奏を聴きながら、このことを思い出していた。
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葬式の参列者の話などを聞くに、僕がばあちゃんのところにあまり行けなくなった後も、他の親戚やゲームの関わりもあって、楽しくは過ごせていたようだった。
それが、6年前、真夏の早朝に、もうひとつの趣味であった畑仕事の途中で、脳卒中で倒れ、近くの通行人に発見され救急車で運ばれた。
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主治医や長年お世話になっているかかりつけ医によると、意識が回復する可能性は万に一つもない、そんな状態とのことだった。
ばあちゃんは、これまで大病患って、入院して死にかけたことは何度かあった。
入院のなか、どうしても回復傾向が見られない、という状況になってから、僕に連絡が来て、急遽地元に帰ってお見舞いに行くと、ばあちゃんとゲームの話になり、そういえばプレイ中だったあのゲームの続きがやりたい、早く治して退院せねば!!と急にやる気になって、そこから超回復、という展開があった。
今回は流石にダメそうだった。
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流石にばあちゃんももう90だったので、そういう覚悟をしておかなきゃ行けないことは分かっていた。
病院に見舞いに行った際、分かっていても、それがただ寝ているようにしか感じられなかった。
手術のあとに寝てます、みたいな感じで、ただ寝てるだけ。
もう起きることは無いのに、そんなふうにしか感じられなかった。
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僕がその後ばあちゃんの顔を見れたのは、少し経って、ばあちゃんの家で介護するようになってからだった。
病院よりも設備が簡素になったためか、ああ、これは本当にもう目覚めないんだな、と今さらながら実感した。
そんな中、母はばあちゃんの世話をしながら、前よりちょっと良くなったとか、こうやってやると反応する、など色々話をした。
もう目覚めない、と分かると同時に、まだ生きてる、とも感じられる。
死んでるのだが、生きてる。
ばあちゃんが死んだと聞いて、葬儀の一連の流れを終えた今、本当に死んだ今この時よりも、あの瞬間が正直しんどかった。
今、思い出すだけでも、心が重い。
死が突きつけられるのに、世話をすればちゃんと生を感じられる。
その中で世話をし続けられるのか。
母すごいな……と。
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あとは死ぬだけ。
それを受け入れるための有余の時間が与えられた感じだった。
ゲームができない、楽しみに一生懸命になれないばあちゃんは、ばあちゃんなのか。
身体なのか、脳なのか、心なのか、それとも人格なのか、習慣なのか。
生と死に対することをぼんやり思いにふける。
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そういえば、ばあちゃんは霊感が強い、というのがもっぱら周りの評価だった。
悪霊や死んだ人が見える、というより、死ぬ寸前の人が魂だけになって飛んでいるのを虫の知らせのような感じで分かるのだ、とか。
それで、遠方や疎遠になった知人の安否を確認し、それを当てることが多かったので、霊感が強いとされていた。
稀に、じいちゃんが迎えに来ると、まだやりたいことがあるから迎えに来んどいてくれーー!!と必死にお経を読むことがあるのだ、とか。
僕は実際にどの話にも立ち会ったことは無いが、確かにばあちゃんはその辺りの勘が冴えているような雰囲気があった。
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ばあちゃんの話を信じるとすると、脳死のばあちゃんには、ばあちゃんはいないことになる。
ばあちゃんがどこに行ったかは分からないが、ばあちゃんは生きているが死んだ。
幸い、受け入れるまでの時間を6年も貰ったので、ばあちゃんの死、葬儀はなんとか受け入れることができた。
コレがポックリいかれていたら、悲しすぎてどうなっていたかは想像できない。
正直助かった。
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心の準備は整えていたとはいえ、僕の誕生日の前日に亡くなり、僕の40歳の誕生日がばあちゃんの通夜になるとは、流石に予想つかなかった。
何もできないはずの死ぬ瞬間まで、印象を残す人だった。
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ばあちゃんの教え、みたいなのは、本当に全然覚えてないのに、ばあちゃんとの思い出はたくさん出てくる。
老人介護用おむつを買いに行った際には、コレ凄く便利でトイレに行かなくても良いからゲームができる!!とドヤ顔したり……
我が弟が母の付き添いでばあちゃんの買い物に付き合うため家に呼びに行ったら全裸でゲームしてたり……(前日夜風呂上がりに服着替える前にゲームをやり始めたら止まらなくて翌朝までやり続けていたのが真相)
僕がいとこと一緒に富士山近くに旅行した際、いとこに「富士山のかけらだ」と言って渡したそこら辺に落ちてた溶岩石が、何故か数年後ばあちゃんちの神棚に飾ってあり、いつの間にか凄い石だとして御神体みたいになってたり……
なんかあり過ぎて、もう思い出せない。
でも、何かあるたび、何気ない面白かった思い出が掘り返される。
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僕自身もばあちゃんと同じく、子どもが4人いるので、悲しみに暮れている暇はない。
悲しくてしんどい、みたいな感覚はないのだが、なんか気持ちがふわふわして落ち着かず、何かにつけてやる気が起きない。
この文章も、このままではいけないと思いを決して、何度かに書き分けながら、書き進めている。
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やる気がでないので、ぼーっと異世界転生もののアニメを観ても、ばあちゃんだったらマジで異世界にすら行きそうだな、行ってて欲しいな…と想像してしまう。
ココまで書いた文章を自分でも振り返ってみると、ばあちゃんの最大の教えは楽しむこと、それ自体のような気がしてきた。
昔から初七日とか四十九日とかに法要やるってことは、亡くなってからそれくらいの日数はこの感覚は抜けないのかもしれない、と諦めることにした。
とりあえず楽しめるようになるまで、このままぼーっとふわふわすることにしよう。
次世代機のうわさが出てくるたびに、ゲームファンの間では「どんな性能になるのか」「今度はどんな独自機能を搭載するのか」など、大きな期待が膨らむものだ。しかし、正直なところ私は「新しいニンテンドーSwitchが出ても全然期待できない」と思っている。これまでの任天堂ハードの歴史や、現行Switchの路線を考えると、どうしてもそこまで飛躍的な進化は望めないのではないかと感じるのだ。
まず思い浮かぶのは、Switchというハードのコンセプトそのもの。据え置きと携帯機のハイブリッドとして登場した現行Switchは、携帯モードとドックを使ったテレビ出力モードをシームレスに切り替えられる点が最大のセールスポイントだった。それまでの任天堂ハードが持っていた「ファミリー層」「気軽に遊べる」というブランドイメージをうまく継承しつつ、据え置き機としても携帯機としても使える便利さが受けたのだろう。このコンセプトを捨てるとは考えにくい以上、新型も基本路線としてはほぼ同じものになると思われる。もし性能が上がったとしても、それはあくまで“強化版”の域を出ないのではないか。
もちろん、グラフィックや処理能力が高まれば、それなりに魅力は増す。だが任天堂は、常にソニーやマイクロソフトのハードと競い合うような“ハイスペック路線”を求めてはいない。むしろ、どちらかといえば独創的な遊び方や、幅広い層へのアプローチを重視している企業だ。結果的に、他社ハードのような最新鋭のグラフィックを求めるユーザーにとっては期待外れになる可能性が高い。PS5やXbox Series Xのようなハイスペック競争に参戦するとは思えず、現行Switchの延長線上の性能アップだけでは“次世代感”が薄いことは想像に難くない。
さらに、任天堂タイトルの定番作品群を考えると、新ハードの目玉ソフトもなんとなく予想がついてしまうところがある。新しい『マリオ』や『ゼルダ』、そして『ポケモン』シリーズなどがリリースされれば確かに話題性はあるだろう。だが、これらはSwitchというプラットフォーム上でも十分に盛り上がっていたし、任天堂が得意とする「新ギミックを活かしたゲーム体験」は、すでにJoy-Conやタッチパネルなどである程度打ち尽くされている感がある。結局「画面がきれいになった」「ロードが短くなった」といった程度の進化だけでは、ゲームの本質的な楽しみが劇的に変わることはないと感じるのだ。
また、Switchは今でも世界中で売れ続けているヒット商品であり、販売台数も相当な数にのぼる。そうなると、任天堂としては、まだまだ現行Switch向けのソフト開発や販売に力を入れたいはずだ。新ハードを全面推しすると、せっかく普及した現行機とそのユーザーを手放すリスクが生じる。そこで互換性を持たせたり、しばらくは並行してソフトをリリースしたりするなど、慎重な移行期間を設けるだろう。しかし、それは言い換えれば「新ハードならではの強み」がしばらく出にくいとも言える。高い性能や独自機能をアピールしにくければ、ユーザーとしても新ハードをすぐには欲しくならないのではないか。
結局のところ、任天堂のハードは独創的なアイデアによる革新と、ファミリー層への配慮が同居している。一方で最新テクノロジーをガンガン活用しているわけではないので、二世代先の飛躍的な進化を期待するのは酷というものだ。そうなると、次世代Switchはあくまでマイナーチェンジの延長にとどまりそうな予感が拭えない。グラフィックの向上も、ロード時間の短縮も、もちろんユーザーにとっては嬉しいことだが、「このハードでしか体験できない!」という決定的な理由がないかぎり、わざわざ買い替えを急ぐ必然性が薄い気がしてしまう。
以上のように考えると、「新しいニンテンドーSwitchが出ても全然期待できない」と感じてしまう。やはり大きな進化を望むのであれば、他社ハードかPCで最新ゲームを楽しむしかないのだろう。任天堂のゲームは相変わらず面白いと分かっているからこそ、あえて言いたい。もし新型を出すのであれば、従来のユーザーがわくわくするような新しい遊び方やテクノロジーの活用を、ぜひ見せてほしいと。単なる性能アップだけでは、いまのSwitchですでに十分満足しているユーザーに大きなインパクトを与えることはできないだろうから。
やったーーーーーー!!!
久しぶりにちゃんと遊んで、ちゃんとクリアしたゲームかもしれない。
良いゲームに出会っても、集中力やモチベーションを保つ元気がこちらに無くて、プレイ数時間から10時間くらいで挫折する日々。
中華なサイバーパンク、SF、グロ、ホラー、と色々モリモリだったが、ストーリーや世界観、アートワークは良い感じ。
SEKIROライクなアクション、と言われるがSEKIROやったことないので、分からん。
とにかく難しかったが、プレイ感が他と同じようで違うので、初めてプレイしたファミコン、ロックマン2をプレイしたあの少年の頃の感覚でできた。
最初、他のアクションゲームと同じく、とにかく回避してたんだが、回避にはクールタイムがあるのと、敵が連続攻撃で追いかけてくるので、回避を使うと逃げるのにせいいっぱいで攻撃する隙がない。
ガードを敵の攻撃が当たるタイミングで実施するパリィであれば、何度でも使えるし、攻撃もしやすいことに気づく。
このゲーム、とにかくラスボスが強いのが有名で、まだプレイ中の息子が挑戦してみたいと言うので渡してみたら、ボコボコにやられ「なんか強い人間と戦ってるみたいな強さだよコレ!!CPUの強さじゃないよ!!」と叫んでた。
冬休み入った頃からラスボスに挑み続け、やっとこさ2024年の心残りを消化できた感じがする。
息子に自慢しよう。
でも振り返ってみると、激ツヨなラスボスよりも、最初のチュートリアル的なボスの方が倒すまでのビジョンが見えなくて心が折れそうになってた気がする。
だいたいのアクションゲームでは、プレイキャラとその周辺をなんとなく見ながらプレイしてると思うのだが、それだと敵の攻撃のタイミングとこちらのガードが合わず、パリィにだいたい失敗する。
もう若さがたりないせいか、自分の周りを見ていては良いタイミングでのガードが反応間に合わず、遅くなるか、速すぎるかになってしまう。
攻撃が1回だけなら回避でイケるのだが、ボスは3回連続攻撃とか平気でしてくるので、回避が間に合わない。
パリィも一度成功しても2度目で失敗すると、連続で3度目もくらう。
ノーマルの難易度だと大体3〜4回くらうと死亡するので、初撃をくらうと瀕死or死亡。
相手の攻撃を覚えてパリィする覚えゲーだ、というコメントも見たが、覚えたところで、来ると分かっててもパリィに失敗する。
というわけで、パリィの精度を高めることが必要になるわけだが、攻撃モーションの前に溜めや振り被りがあり、その時の音が鳴ってから一定のリズムでガードすればパリィに成功することに気づく。
覚えるのは、攻撃パターンとそれに合わせるためのパリィのタイミング。
プレイしながら「溜めの、ツー、トン、トン、前にで、トン」みたいな感じで最初は口に出しながらやってみたところ急にパリィの精度がアップ。
最初のボスの時に、これらの挫折と気付きを経た後は、あとはどうリズムを馴染ませてくかの積み重ね。
この後のボスは、難易度が上がっていっても対策は分かっていたので、心折れずに何度も挑戦できた。
リズムゲーだと分かっていれば積み重ねてけば単純にクリアできるのか、というとそうではなく、こちらは数回食らえば死亡するにも関わらず、ボスには攻撃を何十回も与えなければいけない、そしてその間パリィでボスの攻撃を耐え続けなければならない。
ボスの体力があと少し、となった時に、我慢できず、攻めすぎて反撃でやられたり、緊張感からパリィに失敗したりする。
息子も同じく攻略してるのだが、「あとミリで倒せそうだったのに!!!」「平常心!!平常心!!アァァァーーーー」「疲れがプレイに出るから別の日にやったほうが良い」と、精神力、心の戦いに息子語録が増えてく。
書きながら段々冷静になってきたが、やはり嬉しい。
明日朝息子に自慢しよう
任天堂が誇るハイブリッドゲーム機「Nintendo Switch」は、2017年の発売以来、世界中のゲーマーから熱烈な支持を集めてきました。その人気の理由は多々ありますが、最大の魅力として挙げられるのは、テレビにつないで大画面でプレイすることも、携帯機として外に持ち出して遊ぶこともできる「ハイブリッドコンセプト」です。任天堂のゲーム機といえば、これまでも携帯機の「ゲームボーイ」シリーズや据え置き機の「ファミリーコンピュータ」「スーパーファミコン」「Wii」など、数多くの革新的ハードウェアを世に送り出してきた歴史があります。その中でも、携帯機と据え置き機の境界を取り払ったNintendo Switchは、ゲームの遊び方に大きな変革をもたらしました。そして今、多くのファンが心待ちにしているのは、その次世代機とも言える「Nintendo Switch 2(仮称)」です。
噂段階では「Switch Pro」「次世代Switch」「Switch 2」などの呼称が飛び交い、正式発表はいまだ行われていません。それでも、ゲームファンの間では次なる進化形への期待がとても大きくなっています。では、実際に「Nintendo Switch 2」に対して、どのような期待を抱いているのか、私自身の視点でいくつかのポイントを挙げながら考えてみたいと思います。
まず第一に、ハードウェア性能の向上です。Nintendo Switchは発売当初こそ「据え置きとしても携帯機としても十分な性能を両立している」と高く評価されましたが、近年は競合他社のハード(PlayStation 5やXbox Series X|S)の登場や、PCゲームのグラフィック表現の進化により、Nintendo Switchにおける処理性能やグラフィック面での限界が浮き彫りになりつつあります。もちろん、「任天堂らしさ」を最大限に活かすタイトルにおいてはフォトリアルを追求しすぎる必要はなく、むしろ独自のアートスタイルやゲーム性が際立つ作品も多いです。しかし一方で、大手サードパーティのマルチプラットフォームタイトルを十分に快適なクオリティで動作させるには、現行のSwitchのスペックでは不足を感じる場面も少なくありません。そこで期待されるのが、次世代機ならではのCPU・GPU性能の大幅な強化です。
実際に、Switch 2がNVIDIA製の最新チップを搭載し、4K出力やレイトレーシングといった先進的なグラフィック機能に対応するのではないか、という噂もあります。もしそれが実現すれば、これまで移植が難しかった大型タイトルや、より高いフレームレートを求める作品も、スムーズに遊べるようになるでしょう。さらに、性能アップが期待されることで、任天堂独自のゲーム体験に加え、サードパーティ各社のAAA級タイトルもより豊富に展開できる可能性が高まります。次世代のゼルダやマリオといったファーストパーティ作品のクオリティアップはもちろん、海外の人気シリーズが同時発売で遊べるようになれば、Switch 2は携帯できるハイスペック機として、これまで以上の存在感を放つはずです。
第二に、携帯機能のさらなる洗練です。Nintendo Switchの強みである「いつでもどこでも遊べる」体験は、そのまま継承されると考えていますが、さらに快適性や携帯性が向上すればなお嬉しいところです。例えば、ディスプレイのサイズをもう少し大きくして解像度を上げる、あるいはディスプレイのベゼル(枠)を狭くして本体サイズを抑えつつ画面領域を拡大するなど、最近のスマートフォンのトレンドに近い形で進化していくと予想できます。また、バッテリー寿命の延長も大きなポイントでしょう。Nintendo Switchは初期型から比べれば改良型や有機ELモデルなどでバッテリー持続時間は改善されているものの、ハイスペック化に伴う消費電力の増加も予想されるため、そこをどのように工夫するかはとても気になります。
加えて、携帯モードとテレビモードの切り替えが今よりスムーズかつ快適になることを期待しています。Switchならではのドックの仕組みは非常に便利で、テレビに接続して遊びたい時はドックに差し込むだけ、携帯モードに切り替えたい時はサッと本体を取り外すだけで画面遷移がスムーズに行われるのが魅力です。もし次世代機で4K対応や性能が向上したとしても、その簡便性は失ってほしくありませんし、むしろ即座にクイックレジュームできたり、もっと短時間でスタンバイから復帰できたりすると、より魅力が増すのではないでしょうか。たとえば、ゲームによってはテレビモードと携帯モードで別々に最適化された解像度やフレームレートを設定できる仕組みがあると、遊びのスタイルに合わせた柔軟なプレイが実現しそうです。
第三に、Joy-Conやコントローラーの改良です。Nintendo Switchは本体左右に着脱できるJoy-Conコントローラーが大きな特徴ですが、発売当初からスティックの故障(いわゆるドリフト問題)やボタンの耐久性などが指摘されてきました。もちろん、ユーザーの使用環境によって状態は大きく異なるものの、Switchユーザーの中には「予備のJoy-Conを買うハメになった」という方も少なくないでしょう。従来の対処方法としては、任天堂が無償修理を行うケースもありますが、根本的な構造の改良が求められているのは確かです。
次世代Switchでは、耐久性や操作性を高めるための改善が期待されます。アナログスティックの構造を変えてドリフトを起こりにくくする、ボタンの押し心地や押しやすさを見直すなど、長期間使用しても快適に遊べるコントローラーが求められるでしょう。また、Nintendo Switch Liteのように一体型となった本体形状のオプションも用意されるのかどうかも気になるポイントです。さらに、ハプティックフィードバック(振動の進化)や、モーションセンサーの精度向上、HD振動のさらなるブラッシュアップなど、コントローラーが生み出す独特の臨場感が次のステップに進めるかもしれません。
第四に、オンラインサービスやソフト面での充実も忘れてはならない要素です。任天堂は「Nintendo Switch Online」という有料オンラインサービスを展開し、ファミリーコンピュータやスーパーファミコン、NINTENDO64やゲームボーイアドバンスなどの往年の名作タイトルを定額でプレイできるサービスを提供してきました。こうしたレトロタイトルの配信は、過去の名作を改めて楽しむだけでなく、若い世代へクラシック作品を伝える重要な役割を担っています。しかし、現行のサービスではオンライン周りの使い勝手や通信品質に関して、まだまだ改善の余地があるという声もあります。次世代機では、より高速かつ安定したオンライン体験や、クラウドセーブの充実化、フレンドとの交流機能の拡張などが期待できるでしょう。
そしてもう一つ、大きな期待要素として「後方互換性」が挙げられます。Nintendo Switchに対して、任天堂独自の高い互換性や、ソフトの資産をいかに継承するかは非常に重要なテーマです。特にSwitchは膨大な数のダウンロード専用ソフトやインディータイトルが充実しており、「ダウンロード専用ソフトを次世代機でも続けて遊びたい」というユーザーは多いはずです。もしSwitch 2(仮)で後方互換性がしっかり確保されれば、ユーザーは現行Switchのゲームライブラリーを無駄にすることなくスムーズに移行できますし、開発側もSwitch 2向けの新作に注力しやすくなります。これまでに培ってきたハード・ソフト一体の発想を大切にしてきた任天堂であれば、きっとユーザーの声を無視することはないと信じたいところです。
また、発売時期にも注目が集まっています。Nintendo Switch自体は2023年の段階で発売から6年以上が経過しており、任天堂ハードとしては比較的長寿命の部類に入ってきました。一方、Switch本体の累計販売台数は1億台を超えており、まだまだ世界的に需要がある状況です。そんな中で任天堂が次世代ハードをいつリリースするのか、戦略的なタイミングも含めてファンは気になるところです。早ければ2024年、あるいは2025年頃といった噂もあり、「もう少し先ではないか」「既に開発キットが配布されているらしい」など、真偽不明な情報が行き交っています。いずれにせよ、Switch 2の存在が公式に発表される日が来れば、ゲーム界隈は一気に盛り上がることは間違いないでしょう。
ここまでハードウェア面やオンラインサービス、発売時期などに対する期待を語ってきましたが、やはり最終的に重要なのはゲームソフトの魅力です。任天堂の看板タイトルである「スーパーマリオ」シリーズ、「ゼルダの伝説」シリーズ、「ポケットモンスター」シリーズに加え、「スプラトゥーン」や「カービィ」「どうぶつの森」など、多彩なファーストパーティIPをどう進化させるか。あるいはサードパーティタイトルとの連携をどの程度深めるかが、次世代ハードの成否を左右すると言っても過言ではありません。たとえば「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」や「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」のように、広大なオープンワールドと斬新なゲームメカニクスを合わせて新たな遊びを提案する作品が誕生すれば、次世代機の魅力をアピールする最高の機会となるでしょう。
さらに、近年のゲーム業界ではクラウドゲーミングやサブスクリプションサービスの流れも加速しています。任天堂はこれまでクラウド技術に対して積極的というイメージは薄かったものの、特定タイトルでクラウド版を配信するなど徐々に取り組みを始めています。もしかすると、次世代機ではさらにクラウドの活用が広がり、ユーザーがゲームデータを端末に保存しなくても高品質のタイトルを楽しめる世界が訪れるかもしれません。ただし、現状ではインターネット環境や通信の安定性によってプレイ感覚が大きく左右されるため、どのようにユーザー体験を向上させるのかが課題です。その点では、任天堂らしく「持ち歩けるゲーム機」だからこそ、ローカルにデータを持っておきたいという意見もあるでしょうし、一気にクラウドへ移行するというシナリオは考えにくいのではないかとも思えます。
もう一点、個人的に熱望しているのは、Nintendo Switch Onlineにおけるバーチャルコンソール的なサービスの強化です。現状でも、ファミリーコンピュータやスーパーファミコン、NINTENDO64、ゲームボーイアドバンスなどのタイトルが一定数遊べるようになっていますが、配信数やラインナップにはまだ偏りがあり、地域によっては遊べるタイトルが限られているケースもあります。例えばゲームキューブやWiiの名作をもっと気軽に遊べるようにしてくれたら、昔のゲームをもう一度体験したいというファンや、これから初めて触れる若い世代にとっても嬉しいはず。Switch 2では、これら過去のハードのライブラリーをより充実させ、オンラインでのマルチプレイ対応など新しい要素を付加することで、多世代のゲーマーが一堂に会して楽しめるような環境を整えてくれると期待しています。
総合的に見て、Nintendo Switch 2(仮称)に求められるのは、「任天堂らしい革新的な遊び方の提案」と「より高いハード性能や快適な操作性」の両立ではないでしょうか。現在のSwitchで得られた成功体験をそのまま引き継ぎつつ、ユーザーの声を取り入れて細やかな不満を解消し、さらに新たなゲーム体験をもたらす――それこそが次世代に求められる任天堂の強みだと思います。ハードのシェアを牽引するためには、性能や価格だけでなく、そこに独自の魅力が備わっていなければなりません。Joy-Conがもたらしたおすそ分けプレイやHD振動などの仕組みが、その一例と言えます。過去の名ハード「Wii」で採用されたリモコン型コントローラーや「ニンテンドーDS」のタッチスクリーンなど、任天堂は常に「人間のゲーム体験を豊かにする新しいアイデア」を大切にしてきた歴史があります。次世代Switchでも、何かしらの意表を突くギミックが用意されているかもしれません。
そうしたギミックの存在はまだベールに包まれていますが、多くのゲーマーが「どうぶつの森」や「スプラトゥーン」の次回作を携帯でも大画面でも高画質で遊べるかもしれない、と期待に胸を膨らませているのは間違いありません。噂が絶えないだけに、ファンとしては早く正式発表を聞きたいところですが、任天堂はサプライズ発表を好む企業でもあり、E3などの大きなイベントや独自のNintendo Directで突然「Nintendo Switch 2」の詳細を明かす可能性も否定できません。もし、その時が訪れたらゲームファンの間で爆発的な話題となるのは確実でしょう。
さらに、Switch 2の登場が持つ意味は、任天堂自身がユーザーに提示する「これからのゲーム体験への道しるべ」としても非常に重要です。VRやAR、クラウドゲーミングなど、ゲームの遊び方は今後も多様化していくことが予想されます。そんな中、任天堂が「持ち運べて、テレビでも遊べて、かつ新しい遊びを提案する」ハードをどうブラッシュアップしていくのかは、業界の大きな関心事でもあります。特にコロナ禍以降、家庭内でのエンターテインメント需要が増えたことを踏まえると、Switchのような「家でも外でも遊べる」コンセプトは非常に強力なアドバンテージを持っていると言えるでしょう。
私は、次世代機が発売された後も現行のNintendo Switchがすぐに廃れることはないだろうと考えています。1億台以上の普及台数を誇るSwitchには膨大なユーザーがいて、ソフト開発メーカーもなお活発にタイトルをリリースしています。一方で、次世代機が登場したとしても、最初の1〜2年間は並行してソフトが発売されるケースが多いはずです。後方互換性が確保されれば、ユーザーは移行期間をよりスムーズに過ごすことができるでしょう。また、SwitchとSwitch 2のラインナップをどう差別化していくかも、任天堂の腕の見せ所です。過去には「Wii U」と「3DS」が並行して存在していた時代もありましたが、Switch 2が登場したときにどのようなポジション取りが行われるのか、非常に興味深いところです。
結局のところ、Nintendo Switch 2(仮称)は「Switchのどこをどれだけ進化させ、どんな新しい遊びをプラスアルファするのか」が最大の注目点です。グラフィック面や処理能力が強化されるだけでも、従来のSwitchユーザーには大きな恩恵があるでしょうし、Joy-Conのドリフト問題などが解消されればユーザー体験は大幅に向上します。しかし、それだけでは「任天堂らしい驚き」というスパイスが足りないとも言えます。たとえば、コントローラーが拡張現実(AR)技術に対応し、机の上にキャラクターが出現して遊べる機能が加わるとか、ジャイロ操作がさらに精密になって新感覚のスポーツゲームが登場するとか、そんな発想があっても不思議ではありません。過去には「Nintendo Labo」のように、ダンボールで工作して体験する拡張キットも提案してきた任天堂ですから、新たなインタラクションの可能性はまだまだ広がっていると感じます。
最後に、私は次世代Switchであっても、ゲームそのものの「楽しさ」という根幹が最も大切だと思っています。高性能なハードウェアを備えていようと、画期的なデバイスがあろうと、ゲームの中身が面白くなければ意味がありません。その点、任天堂は長年にわたって「楽しさの創造」を追求してきた企業です。マリオやゼルダなどの定番シリーズですら常に新しい挑戦を続け、ゲームとしての驚きや喜びを生み出してきました。もしSwitch 2が登場するとなれば、そのハードで遊べる新作