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近鉄田原本線2・黒田駅

 奈良県田原本町の「西田原本駅」と、奈良県王寺町の「新王寺駅」を起終点とする「近鉄田原本線」の各駅を途中下車して探索してみる。
 この路線は、奈良県内の磯城(しき)郡/田原本町・三宅町、北葛城郡/広陵町・河合町・王寺町の郡部のみを通り、市部を通らない珍しい路線である。
 今回は、「西田原本駅」の次の駅である田原本町の「黒田駅」である。

2112a黒田駅 (2)

 「黒田駅」で下車する。
 線路は単線、単式1面ホームである。
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 この「黒田駅」の近辺は、紀元前の縄文・弥生時代から歴史に登場する地域である。
 それは第7代の「孝霊天皇」がこの地に「廬戸宮(いおとのみや)」を遷都したことに始まる。

 「黒田駅」の西側には「聖徳太子」の「筋違道」が通っている。
 そしてそこには、古墳時代後期の「黒田大塚古墳」がある。
 全長86mでそう大きなものでは無く、周濠は埋め立てられている。
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 駅側(東側)が後円部、西側が前方部である。
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 古墳の西側は寺院「法楽寺」である。
 寺院前には、「孝霊天皇黒田廬戸宮趾」の石柱、そして「桃太郎誕生伝説地」の標柱も建っている。
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 「法楽寺」の参道へ入る。
 この「法楽寺」は、「廬戸(いおと)宮跡」に、後年、「聖徳太子」により開基されたとされる。
 「桃太郎」の説明石板もあり、当時大寺院であった「法楽寺」の境内図もある。
 境内には、後程訪れる鎮守社の「孝霊神社」も描かれている。
 尚、「桃太郎」は「孝霊天皇」の皇子の「吉備津彦」であるとされ、この宮で生まれたとされている。
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 突き当りは「本堂」である。
 「子安地蔵」との標示がある。
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 また、「本堂」の柱には「法楽寺」の寺号が記され、「鐘楼」も建っている。
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 「法楽寺」を後にして、東南方向へと進む。
 そして「筋違道」を南へ進むと、右手に神社がある。
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 石段の上には「鳥居」が建ち、「扁額」には廬戸神社」と記されている。
 「孝霊天皇」を祀る「孝霊神社」である。
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 境内正面は「拝殿」・「本殿」である。
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 神社の南側は「黒田池」である。
 この池は、明治時代に灌漑用として造られたものとのことである。
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 池の東側は「筋違道」である。
 「桃太郎」の生誕看板も建っている。
 更に東方向を眺めると高架の「京奈和道」が通っている風景がある。
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 そして、この地点で「黒田駅」のミニ探索を終了したのであった。

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藤白 怜

Author:藤白 怜
気まぐれに各地の城跡、神社仏閣、路端や公園の草花、街角の風景などあっちこち出掛けては写真を撮ったり、その土地の歴史遺産を訪ねたりしています。
よろしかったら覗いてみて下さい。
よろしくお願いします。
最近、小品集を別ページにてアップしました。
右側リンクの「悠々紀行あっちこち」です。
併せてよろしくお願いします。

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