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はてなキーワード: 言葉とは

2026-01-24

歴史の授業でインフレを習ったかどうかなんてどうでもいい話してないんだよな。ドイツ札束写真を見たかどうかも関係ない。言ってるのは、実生活インフレが起きたとき自分生活がどう影響を受けるのか、どう備えるのか、国の政策家計にどう跳ね返るのか、そこまで理解できてる人がどれだけいるのかって話。

それを「習ってるはず」「覚えてないだけ」で済ませるのは楽だけど、現実全然追いついてないでしょ。だから消費税減税が魔法政策みたいに扱われる。なんか直接得しそうだから、って理由だけで持ち上げられる。財源も、社会保障との関係も、インフレ下で本当に生活が良くなるのかも、ほとんど考えられてない。

もし義務教育ちゃんと身についてるなら、消費税減税のメリットデメリット自分言葉説明できる人がもっといていいはずなんだよ。でも実際はできない。できないのに「習ってます」だけは胸張って言う。

消費税目的じゃなくて手段の一つに過ぎない。生活を良くするために何が必要か、その全体像考える力がないまま、部分だけ切り取って騒いでる。これを「金融教育できてる」って言うのは無理がある。

習ったって言うなら、どう習って、何を理解して、今どう判断できるようになってるのか、一回ちゃん説明してみてほしいわ。説明できないなら、それは習ったことになってない。

じゃあ、もう一段深いところを書く。

これは科学史という分野が「惨め」なだけじゃなく、「陰湿であるという話だ。

科学史アカデミアは、だいたい表向きは穏やかだ。

みんな丁寧語

メールはやたら長い。

「大変示唆に富むご研究で〜」から始まる。

でも中身は、湿地帯。

まず、分野が狭い。

狭すぎる。

日本に同じテーマをやっている人が5人いない。

下手すると3人。

しかも全員、顔見知り。

まり、逃げ場がない。

学会に行くと、

「そのテーマ、○○先生もやってますよね?」

という一言で、すべてが始まり、すべてが終わる。

○○先生は、

自分より10歳上

海外学位持ち

・すでに定職あり

編集委員

科研費審査員

この時点で勝負は終わっている。

でも誰も「競争だ」とは言わない。

みんな「協調」「対話」「学問的誠実さ」を口にする。

そして水面下で、

学会報告を先に出された

・似たテーマ論文が急に出た

査読意味不明に削られた

・「その史料はもう使われています」と後出しで言われた

ということが、静かに起きる。

科学史陰湿さは、

殴られないことだ。

怒鳴られないことだ。

すべてが「丁寧な否定」だからだ。

「興味深いですが、やや既存研究との関係不明瞭です」

お前の居場所はない。

「もう少し理論的整理が必要では?」

お前は浅い。

「この分野では慎重さが求められます

余計なことをするな。

誰も名前を出さない。

誰も責任を取らない。

ただ、閉め出される。

さら陰湿なのは

科学史マイナー分野」という自覚が、

研究自身保守化させている点だ。

ポストが少ない。

枠が少ない。

から

・新しい視点危険

方法論の更新リスク

・学際性は「若気の至り

結果、

古い枠組みを守った人間けが生き残る。

なのに口では言う。

「若手には挑戦してほしい」

この言葉ほど嘘なものはない。

本音はこうだ。

自分領域を荒らすな」

自分史料に触るな」

自分名前を越えるな」

科学史は、

天才科学者を語る分野なのに、

アカデミア内部では凡庸さが最適解になる。

しかポストがないから、

非常勤どうしでの争奪戦が起きる。

時給1117円の授業をめぐって、

博士号持ちが何人も並ぶ。

その中で起きるのが、

・あの人は「ちゃんとした科学史じゃない」

哲学寄りすぎ

社会史寄りすぎ

・数式を避けている

実験を知らない

という、相互監視

自分非常勤なのに、

他人非常勤を叩く。

惨めさが、内向きに循環する。

そして一番陰湿なのは

この世界では「やめた人」が語られないことだ。

生活できなくなって消えた人。

研究を諦めた人。

民間に行った人。

精神を壊した人。

誰も話題にしない。

なかったことになる。

科学史とは、

科学の光を語る学問だが、

その背後で、

学問を続けられなかった人間の影を大量に生み出す分野でもある。

それでも今日も、

対話」「誠実」「学際」を掲げて、

かに誰かが締め出される。

これが、

科学史アカデミアの、

まりにも静かで、

まりにも人文的な地獄だと思う。

【論考】歪なリヴァイアサン幕府明治米帝の「キメラ構造

【はじめに】

本稿は、現代日本政治を一つの均衡状態として捉え、その内的論理記述する試みに過ぎない。ここで描かれた「歪なリヴァイアサン」は、不正義でも愚鈍でもなく、ただ与えられた条件の下で最も合理的に振る舞っている存在である

しかし、合理性は永続性を保証しない。均衡とは、あくまで外乱が加わらない限りにおいて成立する一時的な静止点に過ぎない。経済の衰弱、国際秩序の変動、技術による媒介構造の変化——いずれも、このキメラの前提条件を静かにしかし確実に侵食している。

本稿の目的は、このシステム擁護することでも、告発することでもない。ただ一つ、「なぜ変わらないのか」という問いを、「変わらないこと自体合理的である状況」として再定義することである

もし将来、日本政治がこの枠組みから逸脱するとすれば、そのとき我々は初めて「変化が起きた」のではなく、「変化を許す条件が整った」のだと理解すべきだろう。

――現代日本政治における三層構造の解剖――

1.序論:日本政治という「奇妙な果実

日本政治を観察する際、我々は常に強烈な「違和感」に襲われる。

表面的には米国流の民主憲法を掲げながら、そのOS(オペレーティングシステム)はプロイセン流の官僚機構であり、さらにその深層では江戸時代の村落論理駆動しているからだ。

自民党一強」や「官僚内閣制」、「対米従属」といった既存単一的理論では、この怪物説明しきれない。

本稿では、現代日本という政治システムを、「幕府の遺風(骨格)」、「明治の遺老(神経)」、「米国遺産(皮膚)」という、本来互換性のない三つの要素が無理やり縫合され た「キメラ合成獣)」として定義し、その構造的欠陥と強靭さを分析する。

2.第一層:幕府の遺風――「藩閥」としての自民党

日本政治の基層にあるのは、民主主義ではなく「封建制である

自民党近代政党ではない。それは「現代大名連合体である

派閥という名の「藩」:政治家にとっての忠誠対象は、国家よりも党、党よりも「派閥オヤジ)」にある。

世襲という正統性地盤看板・鞄(カバン)の世襲は、まさに江戸時代家督相続のものであり、システム維持のコストを最小化するための合理的装置だ。

「根回し」の合意形成国会審議は儀式に過ぎない。真の意思決定は、料亭密室での「根回し」によって行われる。これは内戦を避けるための「封建的コンセンサス」の知恵である

この層は、システムにおける「利益配分」と「動員」を司っている。

3.第二層:明治の遺老――「神官」としての官僚

政治家が舞台上で演じる役者だとすれば、脚本を書き、演出するのは霞が関官僚である。彼らは明治維新以来の「指導行政」の継承者だ。

無責任の体系:大臣は頻繁に交代するが、次官局長は居座る。実質的立法権と、法の「解釈権」は彼らが独占している。

解釈権という主権:法文そのもの意味はない。内閣法制局がいかに「解釈」するかが全てだ。これは一種の「神学政治」であり、官僚は唯一の解釈権を持つ神官である

この層は、システムの「運用オペレーション)」と「リスク回避」を司っている。

4.第三層:米国遺産――「将軍」としての米国

戦後、外から移植されたこの異質な器官は、平和憲法日米安保として具現化している。

征夷大将軍としての米国構造的に見れば、ワシントン現代の「将軍である平時大名日本政府)の内政に干渉しないが、外交安保という存立に関わる部分では最終裁定権を持つ。

結界」としての憲法九条:保守派にとっての憲法は、足枷であると同時に、米国の過度な軍事冒険に巻き込まれないための「免罪符(盾)」としても機能してきた。

この層は、システムの「外部安全保障」と「国際的正統性」を保証している。

5.「免疫拒絶」の悲劇小泉旋風と民主党の敗走

この三層構造は、絶妙ナッシュ均衡によって維持されている。この均衡を無自覚破壊しようとした者がどうなるか。歴史証明している。

小泉純一郎:骨格を砕いた狂戦士

小泉氏は「自民党をぶっ壊す」と叫びポピュリズム米国層の力)を借りて、自らの足場である幕府層(派閥郵便土建)」を攻撃した。

結果、自民党という組織は「骨粗鬆症」に陥った。彼が去った後、求心力を失った自民党があっけなく下野したのは必然であった。

民主政権臓器移植拒絶反応

2009年政権交代は、システムに対する致命的な挑戦であった。民主党は「幕府明治米国」のすべてを同時に敵に回してしまったのだ。

対「明治層」戦争:「政治主導」を掲げ、官僚機構を敵視した結果、サボタージュに遭い、行政機能麻痺した。

対「米国層」戦争普天間基地問題で「将軍」の逆鱗に触れ、鳩山政権崩壊した。

対「幕府層」の欠如:ここで、毛沢東言葉引用したい。

「党内に派閥なければ千奇百怪、党外に党なければ帝王思想

(党内に派閥がなければ奇妙なことが起き、党外に野党がなければ独裁に陥る)。

自民党における派閥は、疑似的な政権交代機能(自浄作用)を果たしていた。しかし、「党内無派閥」を理想とした民主党は、内部対立を調整する「封建的知恵」を持たず、内ゲバで自壊した。

民主党の敗北は、無能だったからではない。日本の「国体システム)」に対する免疫拒絶反応だったのである

6.結論:第二次安倍政権という「キメラの完成形」

なぜ安倍晋三(第二次政権)は、憲政史上最長の安定政権を築くことができたのか。

それは彼が、小泉流の「破壊」も民主党流の「理想」も捨て、システム構造ハッキング成功たからだ。

彼は「三層の矛盾」を解消するのではなく、「三層すべてを掌握する」ことで、この奇妙なキメラを飼い慣らしたのである

明治層のハッキング内閣人事局による「馴致」

民主党は官僚と「闘った」が、安倍政権官僚を「飼い慣らした」。

その決定的な武器が、2014年に設置された「内閣人事局」である

霞が関エリートたちの人事権官邸が一元管理することで、官僚たちは「抵抗者」から官邸意向を過剰に読み取る(忖度する)「優秀な参謀」へと変質した。

これにより、明治以来の「官僚自律性」は去勢され、行政機構は完全に安倍一強体制の手足となった。

米国層への「貢物」:安保法制という忠誠

安倍氏は、対米自立を掲げるのではなく、逆説的に「対米従属を極める」ことで政権フリーハンドを得た。

2015年安保法制集団的自衛権行使容認)は、憲法解釈限界突破するものであったが、これは「将軍米国)」に対する最大の忠誠の証であった。

将軍の信任を得た大名は、国内で多少強引な振る舞いをしても、外圧によって倒されることはない。彼は「外堀」を米国に守らせることで、内政に専念したのである

幕府層の再構築:アベノミクスという「藩政改革

「機動的な財政出動」と称されたアベノミクスは、経済政策であると同時に、高度な「封建的再分配システム」であった。

異次元緩和によって溢れ出したマネーは、株高を演出し、企業経団連)を潤し、公共事業を通じて地方組織農村建設)を潤した。

かつて小泉氏が断ち切った「カネのパイプ」を復旧させることで、派閥政治の不満を封じ込め、党内の求心力を盤石なものにした。

安倍政権とは、近代的な改革政権ではない。

それは、人事権官僚を縛り(明治)、安保米国を縛り(米国)、カネで派閥を縛る(幕府)という、「三層の完全縫合」に成功した、極めて洗練された「復古政権」であった。

日本という「歪なリヴァイアサン」は、内部から革命では死なない。

「党外に党なし」――強力な野党存在しないのではなく、安倍政権が完成させたこシステムが、野党代替案)の存在必要としないほど強固な「安定」を提供してしまたかである

このキメラが倒れる時があるとすれば、それは内部崩壊ではなく、宿主である経済死ぬか、将軍米国)が去るか、そのどちらかであろう。

同化」は正義

ということが、ここ数年の世界情勢で分かった。

もともと西側諸国植民地人を同化させてく方針だった。宗教を使って現地の言葉生活習慣を同化させていった。

それが大戦前後から帝国主義的だと内外から批判され、植民地経営も負担となり、同化政策は悪という風潮になっていった。

冷戦下で大国世界各地で民族自決独立を煽ることで勢力争いをしていたが、敗れた東国各国はそのままバラバラ解体独立されていった。

冷戦後には民族自決よりも逆に多様性が叫ばれアメリカ多様性が賛美されるになった。

とはいえ民族自決の火も消えず、多様性社会多様性を認められなくなった

そして各国は「国民性」を定義して同化政策が復活していく時代となった

 

外国人政策、「共生から「秩序」へ転換 生活保護の見直し検討 [外国人政策 高市早苗総理 自民党]:朝日新聞

https://www.asahi.com/articles/ASV1R4CD6V1RUTIL030M.html

anond:20260123130456

「注目コメントの一番上に出てくるコメント」これ。

ただ、言及された時点のトプコメとその言及他人が目にした時点のトプコメが一致するとは限らないので、「トプコメ」って言葉を使ってる時点で仕組みをよくわかってない子なんだなぁって思う。

イジられてやり返さない方が悪い

そりゃ誰でも無抵抗ならやっていいんだ!って思うでしょ。ガキなら尚更。

相手はやって良い事と悪い事も判らないサルなので、猿に止めてくださいって言って言葉が通じる相手なら警察は要らない anond:20260123234219

正義よりも公正な報道してるかどうか

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.jiji.com/jc/tokushu?id=jimin_uragane_shugiin_2026&g=pol

不正や悪のように振舞っていても、その人らが成し遂げる何かをみて、まず何を成し遂げてるかを評価する時代になった

正義があり成し遂げるような人はその国に何人もいなくて、むしろそういう人が誰もいない時代すらあるので、完璧を求めて、成し遂げる人の不正だけを突っつく言葉だけの正義共感しない時代

不正に金を受け取ってる議員など、自民に限らず履いて捨てるほどいるが、ただ自民攻撃するがために、そうすることで記事が売れる、いや、そうしないといまやマスコミ記事の聴衆はそういう人たちだけになってしまい、特定の聴衆だけに特化した記事だけを配信するようになったので、正義をただ語るだけのむなしい存在になってしまった

はてなブックマークが、世論と大いにかけ離れているのも、同じく、特定の聴衆だけがはてなブックマークいるからだ

anond:20260124091106

本当に頭悪い人にはやっぱり言葉通じないんだねぇ

「やる気がないなら帰れ」について

帰っちゃいけないのはわかる。「やる気がないなら帰れ」で帰るようなやつは本当にやる気がないと判断されるわけだし、何よりも言葉を読む力がない。チームとしては使えない。わかる。今の俺には一応理解はできる。

とは言いつつも、俺は本当に帰ろうとしたことがある。中学校部活ときだ。俺はガチの下手くそだった。野球部だったんだが、捕球が全くうまくならない。ショートバウンドハーフバウンドになるともうだめ。頭のなかではどう動かなければいけないか分かっていても、実際にボールが来ると動けなかった。だから、ことあるごとに周りからセンスない」「背番号やらねえよ」と言われ続けた。うち、9人しかいないのに。嘘みたいな話だけど、俺クリーンナップだったのに。

あるとき。「やる気がないなら帰れ」と言われた。2回目だった。1回目のときは帰らなかった。おそらくアスペの傾向がある俺でも、「これは帰っちゃいけないやつだ」とわかっていたから。しかし、帰らなかった俺を待っていたのはただ罵倒されるだけの時間。できないもんはできない。今すぐにうまくなる裏技なんてものはないし、やる気で何とかできるならしている。でもできない。捕球の入り方は教わっている。でもそのとおりに身体も動かない。「だから帰れって言ってんじゃん」「時間無駄なんだけど」「弟(小学校低学年)に背番号やるほうがいいもん見れそうだわ」あとは練習後のミーティングで公開説教。「やる気がないなら来なくていいから」と。このあたりで俺は誤学習をしたんだろう。

そう、2回目の俺はガチで帰ろうとした。荷物をまとめて、グラウンドを出た。もう耐えられなかった。手抜きで、声も出さず、ハーフバウンドばっかこっちに投げてくるヤツにはなんも言わず、声だけは出していたけどガチでできない俺にだけボロクソ言う。残ったところで罵られるだけ。これは、俺は本当に辞めてほしいと思われてるんだな。帰ろうとしたところで、見てたほかの部活先生にまで止められたよ。「ここで帰っちゃうのはまずい」って。俺もアホなので、渋々グラウンドに戻った。やっぱり怒られた。「本当に帰るヤツがあるか」って。

今なら早い段階で辞めなかった俺がアホとも言えるし、辞めないで頑張ろうと思っていたのに帰ろうとした俺がバカだと言える。ただ、どうすりゃよかったのか、俺はいったいどうなることを期待されていたのか。それが知りたい。たぶん、死にものぐるいでうまくなろうとするしかなかったんだろうけど。

ポスドク一万人計画の結果できた失敗作の山が現在大学教員

高等教育への支援日本復興させる、と会田誠がXで書いていた。

日本戦後復興は、戦後に「偶然」起きたのではない。むしろ戦争のものが、復興のための下地を、皮肉なほど周到に準備してしまった。戦争破壊であると同時に、国家ひとつの巨大な工場に変える。資源配分計画、規格、物流品質、そして何より、人間の配置と訓練。これらが「総力戦」という名のもとに、暴力的に、しかし異様な密度で組み上げられていく。技術開発とは、研究室の机上で美しく完結する知の遊戯ではない。目的が与えられ、期限が切られ、失敗のコストが極端に高い環境で、試行錯誤を反復し、設計製造検査運用までを一気通貫で回す能力総体だ。戦争は、その能力を、恐ろしい速度で社会の中に注入した。

戦時研究開発は、単なる発明ではなく、システムの構築だった。たとえば「技術者」という語は、ひとりの天才の顔を連想させがちだが、実体は違う。設計者がいて、解析者がいて、材料供給者がいて、加工の技能者がいて、検査の手順を作る者がいて、現場に落とし込む監督者がいる。部品表があり、図面があり、仕様があり、誤差の許容範囲があり、標準化がある。つまり工学知識組織的運用が結びついて、初めて技術社会実装される。戦争は、その結び目を強制的に太くした。しかも、若者を大量に吸い上げ、時間を奪い、睡眠健康を削り、失敗に対する許容を奪うことで、訓練を「圧縮」した。倫理的には呪うべき圧縮だ。しか能力形成観点だけを冷酷に抜き出すなら、戦争は、最悪の形で最高効率の訓練装置になり得た。

そして戦後。御存知の通り日本は完膚なきまでの敗北を喫した。当然だ。しか瓦礫と飢えと混乱の中に、奇妙な資産が残った。焼けた街ではなく、焼け残った手だ。軍需のために鍛えられた設計思考現場段取り試験改善の習慣、そして「とにかく動かす」ための執念。戦争目的が剥ぎ取られたあと、その手は、民生に向けて仕事を始める。工場は鍋を作り、ラジオを作り、やがて車を作る。品質管理という名で統計が導入され、カイゼンという名で現場が賢くなる。輸出という名で世界接続され、稼ぐという名で生活が安定する。高度経済成長神話ではなく、忌まわしき制度と虐げられた技能の合成体・キメラだ。そして、その合成の触媒として、あるいは淘汰圧として、戦争という毒が、過去に撒かれていた──そう言ってしまうと、気分が悪いほどに筋が通ってしまう。敗北はしたが、敗北するためには戦わなくてはならず、戦うためには戦えなくてはいけない。奇妙なことに戦えてしまたことが呪いであると同時に祝福でもあった。真珠湾攻撃は、無条件降伏を経て、米国中を所狭しと走り回るトヨタに至った。まともな経済感覚をもっている米国人は一時期まで日本車を買うのがあたりまえだった。

からこそ、戦後日本の次なる課題は、戦争なしに繁栄継続することだった。ここが本丸だった。戦争供給するのは「目的」と「緊急性」と「資源の集中」であり、その果実として新しい「産業」が結ぶのだ。平時社会では、それらが自然に生まれない。目的分散し、緊急性は個人の都合に解体され、資源合意形成手続きに溶けていく。ゆえに、平時繁栄には、別種のエンジンが要る。暴力強制ではなく、自発性創造性によって、産業の餌を自分で狩りに行くエンジンだ。そこで登場したのが、大学院という高等教育の訓練装置だ、という物語わたしたちは信じた。研究という名の訓練。論文という名の競技専門性という名の武器産学連携という名の橋。これらを通じて、戦争の代わりに「知」が繁栄を準備するはずだ、と。

だが、いつの間にか装置は、別の生き物を量産するようになった。保身に東奔西走するばかりの大学教員だ。大学院が、主体性の発火点ではなく、依存の温床になったとしたら、それは制度設計の敗北だ。研究費、評価指標採用任期ポスト学会査読ランキング。こうした外部条件が、大学教員個人の内側に「餌は上から降ってくるものだ」という反射を植え付ける。申請書の書き方は教えるが、産業という新しい鉱脈の掘り方は教えない。論文体裁矯正するが、社会問題を嗅ぎ分ける鼻は鍛えない。安全な問いを選ぶ癖、失敗しない範囲での最適化既存の潮流に寄り添うことによる生存。そうした行動は合理的だ。合理的であるがゆえに、群れは同じ方向にしか動かなくなる。

そしてSNSだ。SNS思想市場であると同時に、承認自動給餌機になった。群れは、空腹そのものを叫ぶことで、誰かが餌を投げてくれると学習する。「分かってほしい」「評価してほしい」「誰かが何とかしてほしい」「政府は間違ってる」。鳴く。鳴くことが生存戦略になる。しかも鳴き声は可視化され、数値化され、増幅される。いいね、リポストフォロワー。これらは、栄養ではなく興奮剤だ。満腹にはならないが、空腹の感覚麻痺させる。やがて、いつまでもから餌を与えてくれるのを求めて、ぴいぴい鳴き続けるトッチャンボウヤのような元雛鳥の群れができあがる。外敵に襲われない巣の中で、口だけが上を向き、翼は畳まれたまま、眼球だけが光る。自分の脚で地面を蹴るという最初行為が、いつまでもまらない。

自分地位が脅かされるとき自分が悪いのではなくいつも政府が悪い。省庁が悪い。国民教育水準が、頭が悪い。外で何が起きているのか少し頭を働かせてみようともしない。誰かが群れから外れたことを言ったときは袋叩きにして火にくべる。その結果、誰もが同じことばかり言い続けている。

だが、はっきり言っておく。お前が新しい産業という餌を捕るんだよ。お前がやることになってたんだよ。餌を「作る」のでもいいし、「掘る」のでもいいし、「盗む」のでもない形で「奪い返す」のでもいい。つまり価値を生むという行為を、制度他人外注するなということだ。もちろん少子高齢社会は強力すぎる逆風ではあるが、それさえも誰かのせいに陰謀論めいて帰着させる前に一度よく考えてみたらどうか。産業勝手に湧かない。誰かが、失敗の責任自分で引き受け、見えない需要言語化し、未熟な技術を鍛え上げ、供給網を組み替え、法や倫理地雷を避け、顧客の怒りと無関心の中で立ち続けた結果として、ようやく姿を現す。論文引用数のように、キーボードを叩けば増えるものではない。獲物は森にいる。森に入った者だけが、血の匂い風向きを知る。

お前たちは選択と集中ではなく研究者の自発的な興味や関心が大事という。

では聞くが、お前たちはお前たちが学生だった頃の自分たちに恥じることはないだろうか。

お前たちは、お前たちが知りたいと思ったことを、お前たちが知りたいと思ったかたちで、明らかにしつつあるのか。

わたし大学の門をくぐったとき自分が畳の上で安らかに死ねるとは思わなかった。畳の上で死ぬというのは、単に死に場所の話ではない。生が、社会和解しているという感覚だ。努力が見返りに接続し、未来計算可能で、家族暮らし老い制度に回収されるという約束だ。だが、あのときわたしには、その約束が見えなかった。見えなかったというより、最初から信じる気がなかった。自分は、本と論文電線の塵芥の中で、目を開けたまま息絶えるのだと思った。研究室の片隅で、半田匂いと紙の埃にまみれて、未完成の仮説を握ったまま、呼吸だけが止まるのだと。

なぜそんな死に方を想像したのか。たぶん、それは恐怖ではなく、ある種の誓いだったのだろう。畳の上の安寧を最初から目標にしない者だけが、森に入れると。森に入るとは、制度の外側に一歩出ることだ。誰も餌をくれない場所に行き、自分の手で何かを捕まえることだ。捕まえられなければ飢える。飢える可能性を引き受ける者だけが、捕まえる可能性を持つ。そういう単純な力学を、大学に入った頃のわたしは、たぶん予感していた。戦争をする国家という本質的暴力装置大学のものを重ねて見ていた。

戦後復興戦争によって準備されたのだとしたら、戦後の次の繁栄は、戦争ではなく、わたしたち一人ひとりの「狩り」によって準備されなければならない。制度は餌箱ではなく、森へ向かうための靴であるべきだ。大学院は巣ではなく、飛び立つための筋肉を作る場所であるべきだ。SNSは鳴き声の競技場ではなく、狩りの情報を交換する地図であるべきだ。そうなっていないなら、装置を叩き壊すか、装置の使い方を変えるしかない。鳴くのをやめて、翼を伸ばして、地面を蹴るしかない。

最後に、あの想像に戻る。目を開けたまま息絶える、というのは、救いのない悲観ではない。目を閉じる暇も惜しんで見ていたかった、ということだ。世界の配線の仕方、言葉の連結の仕方、仮説の跳ね方、そして価値が生まれる瞬間の、あの微かな火花を。もし本当にそういう最期が来るなら、せめて塵芥の中に、誰かの餌になる小さな骨を残して死にたい。鳴き声ではなく、獲物の痕跡を。上から落ちてくる餌ではなく、自分で森から引きずってきた何かを。畳の上で死ねなくてもいい。だが、巣の中で口を開けたまま死ぬのだけは、御免だと。

お上を叩くのは簡単だ。叩いても腹は減らないからだ。制度を呪うのは気持ちがいい。呪っても給餌は止まらいからだ。君たちの批判刃物ではない。換気扇だ。臭いを抜いて、建物延命する装置だ。君たちは自由の名で柵を磨き、純粋の名で鎖を正当化し、公共性の名で自分の安寧を公共財すり替える。いつまで巣の縁で鳴くのか。餌は捕れ。捕れないなら黙れ。黙れないなら巣を出ろ。——平和繁栄は、配給では続かない。

「強くてこわい国」って表現、何が間違ってるのか分からいね

テレビ局番組で、自民党維新の会参政党を「強くてこわい国」を目指す勢力として分類したフリップ炎上しているらしい。「偏向報道だ」「レッテル貼りだ」とネット上では合唱が起きているわけだが。

正直、何に怒っているのか全く理解できない。

あれ、ただの「事実陳列」だろ?

誹謗中傷でもなんでもない。彼らが掲げている政策、語っている未来像を素直に解釈すれば、どうあがいても「強くて(軍事力シマシで)こわい(国民を統制する)国」にしかならないからだ。

しろオブラートに包まずによく言ったと褒めるべきレベルなんじゃないの?

「強い国」=生活犠牲にした軍拡

まず「強い国」の部分。これ、彼らが一番やりたいことの筆頭だろ。

防衛費の倍増。財源は増税か、あるいは社会保障の削減か。

「国を守るため」という美名のもとに、数兆円単位の金が兵器に消えていく。ミサイルを買います戦闘機を作ります敵基地攻撃能力(反撃能力)を持ちます

やってることは完全に「軍拡競争への参加」だ。

周辺国との対話を諦め、「力には力で」という思考停止に陥っている。生活が苦しい国民からさらに金を吸い上げ、それを火薬に変える国。これを「強い国」と言わずしてなんと言うのか。

維新なんて核共有(ニュークリア・シェアリング)の議論まで持ち出しているし、かつての「非核三原則」なんて、彼らにとってはただの邪魔な足かせでしかないらしい。

「強い日本を取り戻す」なんて勇ましい言葉に酔っているようだが、その強さを維持するために痩せ細っていくのは、我々一般市民生活だ。

「こわい国」=監視と統制のディストピア

そしてもっと深刻なのが「こわい国」の部分だ。ここを否定する奴は、彼らの政策危険性を本当に分かっているのか?

スパイ防止法

名前だけ聞けば聞こえはいいが、その実態は「国家にとって不都合情報を漏らす人間、あるいは探ろうとする人間をしょっ引く法律」になりかねない。何が「機密」で何が「スパイ行為」かを決めるのはお上だ。

ジャーナリズム市民活動が「国益を損なう」と判断されれば、監視対象になり、逮捕される。そういう社会を目指していると公言しているようなもんじゃいか

緊急事態条項

これも「有事対応」を隠れ蓑にしているが、要は「内閣国会無視して法律と同じ効力を持つ命令を出せる」という独裁へのフリーパスだ。

一度発動されれば、人権なんて簡単制限される。「国の安全のため」と言われれば、言論の自由集会の自由も消し飛ぶ。

そして、その先に見え隠れするのが徴兵制だ。

少子化自衛隊員のなり手がいない。でも軍拡はしたい。兵器はあるけど人がいない。じゃあどうするか?

まさか現代徴兵なんて」と笑うかもしれないが、彼らの「国を守る義務」への執着を見ていると、経済的徴兵制奨学金返済の免除と引き換えに入隊など)も含めて、国民戦場に送り込むシステムを作らない保証なんてどこにもない。

異論を許さず、監視し、国のために命を投げ出すことを美徳とする。

これを「こわい国」と呼ばずに、なんと呼ぶんだ? 「美しい国」か? 冗談休み休み言えよ。

自民維新参政の「悪魔合体

今回、この3党がセットにされたのも至極妥当だ。

自民党既得権益と結びつき、長年の政権維持のためにタカ派政策推し進め、憲法を変えて「戦争ができる国」の仕上げにかかっている本丸

維新の会自民党以上のタカ派であり、新自由主義的な「強者生存」を是とする。改革という名の切り捨てと、勇ましい外交安保論がお家芸

参政党:ナショナリズム煽りさらに極端な復古主義的・排外主義的な思想で「日本を守れ」と叫ぶ。

アプローチ支持層に多少の違いはあれど、目指しているベクトル完全に一致している。

個人権利」よりも「国家の都合」を優先し、軍事力と統制力で国を維持しようとする点において、彼らは間違いなく同類だ。

結論:怒る方向が違くね?

「強くてこわい国」というレッテル貼りに怒っている人たちに言いたい。

怒るべきはテレビ局フリップじゃない。

「強くてこわい国」をガチで実現しようとしている政治家たちと、それに無自覚賛同してしまっている現状に対して怒るべきなんじゃないのか?

テレビ局は、ただ単に「あなたたちが投票しようとしている先は、こういう国を目指していますよ」と、分かりやすく要約してくれたに過ぎない。

その未来図を見て「それは嫌だ」と思うなら、批判すべきはメディアではなく、その政策を掲げる政党であるはずだ。

「強くてこわい国」になりたくないなら、現実直視しろよ。

盗聴・監視徴兵言論統制。そんな「戦前トリバック」な社会がお望みなら、まあ、そのまま支持すればいいんじゃないですかね。

お客様の声

たまに、買った商品サービスで「これは良いぞ〜!」の思いが高まって

HPの問い合わせフォームから感謝気持ちを直接伝えたいと思う時があるんだけど、

(自分過去仕事した経験からも、直接もらう感謝やお褒めの言葉は嬉しいがち)

いざ問い合わせフォームに行くと、「感想」みたいな項目は当然なく、「その他」を選んだとしても

メールアドレスやら何やら入力項目が多くて、結局面倒くさくてやめる

anond:20260123143001

ふん、そんなの当たり前じゃない。今さら何を偉そうに。

あんた、義務教育が何のためにあるか、本気でわかってないみたいね

学校が教えてくれるのは「組織の中でそつなく動く兵隊」になるための作法であって、あんたを勝ち組にするためのメソッドじゃないわ。国がわざわざ「労働」という税収源を捨てるような教育をするわけないでしょ。それを「敗北」なんて言葉で片付けて、被害者ぶってる時点で甘いのよ。

だいたい、今の時代に「教えてもらってないから」なんて言い訳、聞いてて反吐が出るわ。

その「金そのもの価値を保存しない」なんて話、ちょっと調べればいくらでも転がってるわ。ネットだの本だの、いくらでもリソースはあるでしょ?それを自分で掴みに行かずに「教育のせい」にする。あんた、誰かが口まで運んでくれるのを待ってる赤ん坊なわけ?

極論を持ち出してわかった気になってるのが一番タチが悪いのよ。ハイパーインフレの例を出せば賢く見えるとでも思ってるの?大事なのは、そんな極端なリスクに怯えることじゃなくて、自分価値をどうやって実社会スコアに変換し続けるか、それだけでしょ。

論理的にめちゃくちゃ」なんて他人批判をしてる暇があるなら、あん自身ポートフォリオ完璧にしてみせなさいよ。他人の愚かさを指摘して相対的自分が賢くなったつもり?そんなの、ただの現実逃避よ。

「金が全てじゃない」なんて綺麗事は言わないわ。でも、金の扱いを知らないことを教育のせいにしてるあんたのその姿勢が、一番の「敗北」なのよ。

自分の力で状況を把握して、自分判断で動く。

それができないなら、ただ淘汰されるのを黙って待ってればいいんじゃない

……で、あんたは結局、教育呪いながら指をくわえて見てるだけなわけ?

前にも書いたが、想像力という言葉が良くない

オタクみたいなのが、確率的にはほぼあり得ない妄想をして、漫画にでも書くならともかく現実にそれが起こると騒ぐのはただの迷惑だ。

現実に起こりうる想定をそつなく配慮に入れて意思決定をする能力と同じ言葉で呼んではいけない。

 

日本後者の「想像力」を育てたつもりで、前者の「想像力妄想力)」ばかり増長させてきたからこんな勘違い無能の国になった。

想像力教を駆逐せよ。

anond:20260123234219

一般論として原因って言葉解釈の幅があるのが議論をこじらせてる気もする

責任」なら、いじめられた側を糾弾さえする意味合いが鮮明になるし、

きっかけ」なら、いじめられた側がまったく悪くないという主張にも使いやすいんじゃないかな。

「なんか意外と抜けてた知識」ってない?

俺だと

・「無言の帰宅」が死を意味すること

書き言葉では「すいません」ではなく「すみません」が正しい

最近まで知らんかったわ

言い訳すると、前者は少納言(日本語コーパス)でも2件しかヒットしない、青空文庫だと一件もヒットしないくらいには意外とマイナーらしい。局所的に報道とかで使われるタイプ言葉なんかな。

後者に関しては、そもそも申し訳ございません」の方が良く使うから、「すいません」「すみません」で悩む機会があんまなかったってのがデカいと思う

2026-01-23

結婚という上振れを捨て、快適に暮らす30代独身男性

今の生活が快適すぎて、結婚子育てというリスクをとる気が一切起きない。現状を維持し、余剰リソース自分に集中させるスタイルがあまりに完結しすぎている。

私はこうですというだけで皆さんには皆さんの最適な生活があると思うが、個人的にはかなり快適に暮らせており満足度が高い。

以下が私の生活の状況である

住宅家賃2万円。全国転勤型企業で働いており、都内マンション会社名義で借り上げている。家事炊事は自分でやる必要があるが、かなり満足している。

普段趣味Kindleと安酒場スマホKindleを開き、安居酒屋でちびちび飲みながら小説を読む。小説漫画映画と比べて値段当たりで楽しめる時間が多くてコスパがいい。最近ネット小説も読むし、スターウォーズが好きなので英語圏二次創作海外ファンサイト(AO3)で読んだりもする。

・3か月に一度の遠出:自宅と職場、近所で暮らしているとたまに遠出をしたくなる。海外は不潔だったり言葉が通じなかったりでストレスなので、出かける先はもっぱら国内だ。最近大学時代スノボを再開した。ゲレンデ景色がよく、スノボは適度に負荷と躍動感があってかなりいい感じの趣味だと思う。

衣服制服化:スティーブ・ジョブズファンボーイみたいな服選びをしている。服を選ぶリソースもったいないユニクロ特定の服を会社用兼プライベート用として採用し、ボーナス時期に下着を総入れ替えする。他人の目を気にするステージはとうに過ぎた。機能性と一貫性があればそれでいい。

・性欲の完全外注:月1回の風俗。3年ほど同じ嬢を指名している。彼女川崎から吉原移籍した際も、迷わずついていった。同じ人とセックスを続けていると、癖をどんどん把握してくれ、非常に快適にサービスしてもらえる。ビジネスといえど初対面の相手とはそれなりにコミュニケーションをしないといけないので、私は同じ人を指名し続けるのが楽ちんでよいと思っている。ただ、飽きる男性も多いだろうしこれは合理性とかではなく好み、スタイルの話だろう。個人的には「恋愛という不確実な駆け引き時間を溶かし、相手の機嫌を伺うコストを考えれば、プロ外注するほうがよほどいい。

仕事専門職として、都内勤務を維持しながら裁量権を持って働いている。額面年収は1,050万円。上を見ればきりがない。学生時代の友人がさらに稼いでいるのを見て嫉妬することもあるが、これ以上稼いでも使いどころがあるわけではないので転職したいわけでもない。職場は既婚者ばかりだが、誰も私のプライベートに土足で踏み込んでこない。コンプラ万歳だ。

家族:親兄弟とは絶縁して久しい。

人生の上振れを狙うために、今の快適さを賭けるギャンブルをする気になれない。結婚して子供を作れば、これ以上の多幸感があるのかもしれない。だが、今の平穏をすべて破壊するほどのリスク無視できない。

30代、私の人生はすでに凪であり、完成している。これを寂しいと呼ぶか、賢明と呼ぶかは、あなたたちに任せる。

過食嘔吐だった。そしてその後。

過食嘔吐だったことがある。期間にして1年くらい。

なんで吐き始めたのか、理由は今でもはっきりと覚えている。

両親に気にして欲しかった。恵まれ一般家庭で育ったけれど、両親は子育てが下手だった。私がどんなに心身を崩しても、なんの興味も関心も持たない両親の気を惹きたかった。

ただ私に気づいて欲しかった。食べたものを吐いて極端に痩せたら心配してもらえるかな、なんて子供の試し行動の成れの果てだったと思っている。痛いのは嫌だから、痛くない自傷行為はこれしか思いつかなかった。

もともと食べることが好きだった。

高校に進学して1年、毎日同じ道を通っていたはずの通学路である日突然迷子になった。その日から調子を崩し、あっという間に不登校になって通信制に転校した。不登校理由お小遣いを止められて、毎日家に居るわけにもいかアルバイトを始めた。親との関係は最悪で、ろくに会話もしないし、なるべく会わないようにしたし、お互いに空気みたいに見えないふりをしていた。

不登校になってから希死念慮が全身にべったりと纏いついて離れなかった。毎日死にたくて泣いていた。唯一アルバイトだけは真面目に続けていた。仕事は楽しかったし、そこしか場所がなかったから。

3年生になって、卒業後の進路が全く決まっていなかった。本当は受験して大学に進学したかったが、親とは冷戦状態のままである特に父親とは1対1で少し話をするだけで震えと涙が止まらなくなるほど重症だった。

何かが変わるきっかけがしかった。それと同じくらい現実から逃げたかった。コンビニお菓子を買ってきてたくさん食べた。Twitter(当時はまだXじゃなかった)で『過食』と検索したら、大量の食べ物を並べた写真を載せている女の子が沢山いた。こんなに食べたら太ってしまうのにと思ってプロフィールに飛んでみると、どうやら彼女たちは、太らないように食べたものを吐いているようだった。インターネットって本当に最悪。これが過食嘔吐との出会いだった。

胃の中身をみずから吐こうとするなんてことはもちろん人生で初めてだった。具合が悪くなって幼少期に数回戻してしまたことがある程度で、嘔吐恐怖症とまではいかないが直接喉を伝う嘔吐想像するだけで怖かった。

他の女の子たちも吐こうと思ってすぐに吐けるわけじゃなくて、水を沢山飲んだりして練習していた。5chに吐き方のコツを教え合う場所もあった。オープンTwitter上で吐き方を教えるのは御法度という風潮もあった。

私は直接の嘔吐が本当に嫌だったので道具を使って戻していた。明らかにアレなため詳細は書かないけど、この道具を使うにもかなり練習必要で、同じように吐きたがっている女の子たちと日々励まし合っていた。

界隈では、食べ物を戻さずに消化することを『吸収』、自分が食べられる量を『胃キャパ』などといい、食べる前後体重計に乗って自分の胃キャパを自慢する独特の文化があった。痩せを追求する女の子たちはいかに吸収を少なくして食べ物を大量に食べて戻すかを試行錯誤していた。

今思うと本当におかしいけど、Twitter上には同じような人が沢山いて、そこでの交流世界のすべてだったから異常だとは思わなかった。人間の脳は都合良くできている。

私も練習甲斐あって吐けるようになった。けど月の過食費は数万円かかった。バイト代から出す学生の子ふつうに働いている社会人のお姉さん、親公認親の金で食べ吐きする子(かなり少ないけど)、金の出所はそれぞれだった。

同じ年頃の女の子たちのほとんどは、パパ活や援交をして食べ物代を稼いでいた。それで高校卒業したらそのままデリヘル自分よりも歳下の、この間までは摂食障害でもなんでもなかった15、6の女の子お腹いっぱい食べて吐くために知らないおじさんとファミレスに行き、テーブルいっぱいに奢ってもらった帰りにそのままホテル身体差し出している様子は正直見ていられなかった。摂食障害につけ込んで未成年ホテルに連れ込む大人もまともではないと思った。

毎日スーパーコンビニハシゴして、菓子パンおにぎりを買い込んで、深夜に一心不乱に食べてはトイレに戻していた。食費を気にするようになってからは、チルド麺を茹でたりドーナツを揚げたり、白玉団子作りにハマっていたこともあれば安い食パンを買ってきて致死量砂糖バターをかけた揚げパンを作ったりもしていた。なるべく吐きやすものを、とにかくたくさん詰め込められればなんでもよかった。

親も多分気づいていたけど、なんでかわかんないけど気づかないフリをされていた。たまに監視するみたいに夜起きてきて、乞食みたいに夜中にこそこそしやがって!と嫌味を言われたことは覚えてる。

一度だけ、手に吐きだこがないか確認されたことがある。でも自分は前述の通り道具を使って吐いていたので吐きだこなんかできたことなかった。綺麗な手を見て安心したのか、それ以降触れられることは二度となかった。

バレなくて安心した気持ちと、自分の抱えている辛さに気づいてもらえなかった悲しさで大泣きした。娘が毎日毎日食べ物を買い込んで、夜中にトイレ流す音が何回もして、明らかにゲロってたら普通心配するもんなんじゃないのかな。

今更自分から言い出すこともないし、このまま一生無かったこととして扱われるんだろう。でも、お母さんのご飯は今も昔も大好きだから、吸収しないように食後すぐ吐いていたことだけは一生知られたくない。どんなに反抗期でも口を利かなくてもご飯を用意してくれた母親に対して、生涯で最も酷い裏切りだったと思う。

1年間ほぼ毎日吐いていた。食べて吐いての1セットを毎日5回以上も繰り返していた。食べても太らないなんてラッキー!という気持ちはいからか消えて、義務みたいにひたすら食べて吐いていた。

夕方にのそりと起きて、決まったルート食べ物調達して、今日はこれ食べるよって写真撮ってTwitterにアップして。吐くのは苦しくて嫌いだけど食べたら吐かなきゃいけないし。『もう食べるのも吐くのも辞めたい』とTwitterに何度も投稿した。

何か大きなきっかけがないと一生辞められないんだろうと思ってた。が意外と終わりはあっけなかった。

コロナウイルスの濃厚接触者になってしまい、1週間自宅謹慎することになった。つまり過食するための食べ物を買いに行けないのだ。それにトイレに入った後は毎回消毒することになっていて、不自然トイレにこもって吐くことができなかった。わたしは至ってまじめな人間であったため、食べ物のために家を抜け出すなんてことはせず、本当に大人しく過ごしていた。するとどうだろう、その1週間で異常過食衝動がすっかり治ってしまった。しばらくは食べすぎた時に数回だけ吐いたけど、日常的に吐かないと嘔吐反射が復活して吐くのが辛くなる。

そのうち二度と吐かなくなった。道具も捨てた。ご飯を腹12分目まで食べるのを辞めた。店員に面が割れてて行くのが気まずくなっていたコンビニ通いも辞めた。

実家暮らしかつ、お酒が飲める年齢じゃなくて幸運だったと思う。逆にそうじゃない子は全然辞められないんじゃないかな。

今でも生理前は食欲が止まらないけど、菓子パンを見ても美味しそうと思えないし、コンビニの味がトラウマで食べられなくなった。

当時の写真アカウントも全部消したし、辛かった記憶を脳が封印しているのかもうあんまり覚えていない。親もひとりの人間から簡単に変わったりはしないし、自分を救えるのは結局自分だけなんだろうなと思う。それでも助けて欲しいと願った自分いたことを愚かだったとは思わない。みんなも自分のこと大事にしてね。

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ここまでが数年前に増田に上げていた文章身バレを恐れて削除してしまったが、文章自体スマホに残っていたので加筆修正した。

このときかい言葉をくれた人たちには本当に感謝している。「大変だったね」と声をかけてくれたのは友達でも両親でもなくインターネットの向こうのあなただけだったので、当時のわたしは本当に救われてお守りのように見返していた。

あれからもずっと嘔吐していない。道具がなくて吐けないのもあるし、今となっては道具を使った嘔吐方法はあまりにもおぞましすぎて絶対にやりたくない。若さ無知って怖いなと思う。

後年、両親にわたし摂食障害を知っていたか聞いてみた。父親は前述の通り知っていてそれを無かったことにしていた。その理由簡単に言うと「どうしたらいいかからないし、面倒だから」であった。普通の親なら慌てて病院に連れて行ったりするもんなんじゃないんだろうか……。正直どん引いた。

母親は一切気付いていなかったらしい。いくら食べても太らない子だなあと思っていたと。自分はてっきり知っていて無視されているのだと思い込んでいたため、少し気が楽になった。

両親とは普通に話せるようになった。それでも、この人たちは人生いちばん苦しいときに助けてくれなかった人たちなんだとどうしても思ってしまう。助けてほしいときに誰からも手を差し伸べられなかったことへの絶望は深い傷となって残り、その後の価値観に大きく影響した。

成人して数年経つが、高校の子を見るとなんて幼いんだろうと思う。まだまだ大人保護下にあるべき年齢だろう。10代のわたしにとって1人孤独過食嘔吐を繰り返した日々は間違いなく本当につらかったのだ。

しばらくはどんなに親しい友人にもそのことを隠し通していた。最近はたまに、昔ゲロ吐いてて〜と面白おかしく話してしまうことがある。自分の中で少しずつ昇華しているんだと思う。完全に忘れられるようなことはないだろう。

ボトラーならぬ、部屋でペットボトルゲロを吐いて置いていたらなんか発酵?していて焦った話とか、抹茶アイスを1箱食べて吐いたらトイレ若草色になって面白かったとか、度を越した過食嘔吐ジョークは人に話さないように気をつけているが、エピソードとしては強烈なのでちょっともったいないなとも思っている。

一応体重がガクンと減ったりもしたのだが、すぐに元に戻ってしまった。飢餓状態が続くのと同じで、結果的に太りやすい体質になるため過食嘔吐おすすめしない。それでもどこにも居場所がなく、かといって非行に走るようなタイプでもなかった自分にとって、持て余したエネルギー過食嘔吐によって発散できていた1年はきっと必要ものだったと思う。食べて吐くことに夢中になっていたおかげで生きていられた。依存先としてはセックスとかドラッグに比べれば全然ましな方だと思うし……。

あの頃のわたし20になる前に死んでしまおうと思っていたけど、ごめんけど今ものうのうと生きているよ。楽しいことだってたくさんあるし。もし同じように苦しんでいる子がいたのなら、苦しいだけの日々には終わりがあるし、きっと光が差すから大丈夫だよと伝えたい。

anond:20260123223147

Bさんは 「MMT金利上げ下げ自体問題視していて、ゼロ金利で固定する事を主張している なので国債必要ではない」 と反論しています

この意見を論評すると?

Bさんの反論は、MMT特にモズラー系)に「政策金利ゼロに固定し、国債発行を最小化/廃止して、銀行準備(当座預金)を増やす」というアイデアがある点では“それっぽい”のですが、「だから国債必要ない」まで一般化するのは飛躍です。論点を分けるとこうなります

1) 「MMT金利の上げ下げ自体問題視し、ゼロ金利固定を主張」—これは概ね“ある”

MMTの一部論者は、金利操作を景気調整の主役に置くことに懐疑的で、

金利は基本ゼロで固定(ZIRP固定)

需要調整は財政(税・支出)や雇用保障(JG)でやる

といった立場を取ります

なので、Bさんの「MMTゼロ金利固定を主張」は、少なくとも一派については妥当です。

2) でも「ゼロ金利固定 ⇒ 国債不要」は“論理が飛んでる”

ここがポイントで、ゼロ金利固定は「中央銀行短期金利ターゲット」の話です。

一方、国債には金利ターゲット以外に、現代金融で次の役割があります

安全資産供給担保運用の土台)

満期構造(期間)を持つ金利指標イールドカーブ

金融機関の規制流動性管理の受け皿

中央銀行のオペ(市場操作)の主要対象

ゼロ金利に固定しても、こういう役割が消えるわけじゃないので、

金利いじらないか国債いらない」は “non sequitur(論理的につながらない発言結論、あるいは会話の流れと無関係コメントを指し、ラテン語で「(それは)続かない」という意味で、論理の飛躍や唐突話題転換(コメディで使われることも)を表す言葉)” になりがちです。

3) 「国債を発行しないで財政支出」は技術的には可能、ただし制度を作り替える話

MMTが言う「国債なしでも支出できる」は、会計的には

政府支出銀行預金が増える → 銀行の準備(当座預金)も増える

という形で確かに起き得ます

ただし国債を発行しないと、民間に増えるのは主に

(利子のつかない or 中銀付利次第の)準備

短期資産(当座性の高いもの

になりやすい。

このとき現実には、

年金保険が欲しい「長期で安全な利回り資産」は何で満たすの?

担保市場(レポ等)の中核を何にするの?

長期資金価格付けをどうするの?

みたいな“国債が担ってるインフラ”を、別の仕組みで用意し直す必要が出ます

まり国債不要」は理屈というより制度設計提案で、タダではないです。

4) ゼロ金利固定にもコストがある(MMTの弱点になりやすいところ)

金利を動かさない」こと自体も万能ではありません。

インフレが強い局面で、金利を上げずに財政だけで抑えるのは政治的に難しい(増税給付削減が必要になりがち)

通貨安・資本フロー金融機関の収益構造など、別の歪みが出る可能

ゼロ固定”を信認させるほど、別の価格為替リスクプレミアム)に調整が出ることがある

なので「金利上下問題からゼロ固定」→「よって国債不要」は、政策としてもだいぶ単純化しすぎです。

5) 論評の結論

Bさんの反論は、

MMTの一派(特にモズラー系)に“ゼロ金利固定+国債最小化”の主張がある点は当たっている

しかし それを根拠に「国債必要ではない」と一般化するのは飛躍

国債には「金利ターゲット以外の金融インフラ機能」があり、廃止するなら代替制度必須

⚠️ さらゼロ金利固定それ自体にも、インフレ局面などで別のコストがある

…という評価になります

anond:20260123221820

A

バイアス、錯誤、誤謬という言葉ネットでよく使われるけれど、税制についてはあまり使われていない印象がある

まり減税ポピュリズム人間は目先の利益や損失を過大に評価する『現在バイアス』はほとんど語られない

はてなーは『生存バイアス』 はやたらと好きなのに『現在バイアス』を見ないふりするのはなんでなんだよ

消費税減税は現在バイアスだよって話

なんで消費税減税は現在バイアスなのか、減税は目先の利益で長期の利益にならないかっていうと減税は通貨安圧になるから

通貨安は食品に限らず生活必需品エネルギー転嫁され、結果としてインフレ圧になる

現在インフレ要因はいくつかあり通貨安だけではないけれど、減税をすれば通貨安はインフレ要因の割合を高めることになる

消費税減税がインフレに苦しむ生活者を助けるなることはありません

日本が衰退しているからだ!みたいなことを言うのなら、減税は余計に現在バイアスでしょうよ

わーわー書いたけど、そんなことよりも、バイアス、錯誤、誤謬意味もわからず、立論もできずに安易に使うのが一番のクソ

B

経済学的には目の前の減税をしようがしまいが、現在経済は大して変わらない(貯蓄の増減で吸収されてしまって、行動変化に結びつかない)、その当然の帰結として将来の経済にもほとんど影響がない、つまりメリットほとんどないがペナルティーほとんどないということが示されているのに、まるで国家財政家計かのように考えて、今散財したら将来にツケを払うことになるみたいな発想しているやつが尽きないからな。そういうのもバイアスや錯誤の一種だろう。

C

でも国債利払い3倍になるってよ

B

国債の利子は問題だけど、国債があること自体が間違いなんだよ

国債がなくても財政支出はできる

国債金本位制の名残でしかない

まあ、元増田は本当のMMTを知らないから、利子なんか問題ないとか言いそう

>長期国債金利が上昇してるのは、日銀が将来利上げすると予想されてるからでしょう。

>MMT的には、国債金利上昇は、既にお金を持ってる人達への給付を増やすという意味問題

>モズラーが言うように、政策金利ゼロコミットして3カ月の短期国債だけ発行するか、国債廃止するのが望ましい。

https://x.com/KeitaFuruya0612/status/2013682644597514421


Bさんの意見について経済学的に見て論評して


以下、Bさんの意見経済学的にできるだけ正確に分解して論評します(結論から言うと、一部は主流派の知見に沿うが、雑に言い切りすぎている、という評価になります)。

1) Bさんの主張の骨格(要約)

Bさんはだいたいこう言っています

減税してもしなくても景気は大して変わらない→ 人々が貯蓄を増減させて吸収してしまい、消費などの行動が変わりにくい

から 将来の経済にもほとんど影響がない→ メリットペナルティほとんどない

それなのに「減税=将来にツケ」みたいに言う人が多い→ 国家財政家計のように考えてしまバイアス

2) 「減税しても経済は大して変わらない」は経済学的にどこまで正しいか

これは経済学でいうと、だいたい次の論点です。

✅ 2-1. リカード中立命題(Ricardian Equivalence)

Bさんの言う「減税しても貯蓄が増えるだけ」は、かなりストレート

減税しても、人々は“将来増税される”と予想して貯蓄するので消費は増えない

という発想です。これは一応、主流派にもある話です。

ただし、この命題

家計合理的

将来の増税を見通せる

借入制約がない

世代をまたいで利他的

などなど

かなり強い仮定必要です。

なので現実には、

❌ 2-2. 減税が効くケースが普通にある

たとえば、

生活が苦しくて「今月の支払いがきつい」層

借金リボ家賃キャッシュフローが詰んでる層

クレカの支払いが増えると即座に支出を削る層

には、減税は貯蓄じゃなくてそのまま支出(消費)に回りやすいです。

まりBさんの言う「吸収されて行動変化しない」は

平均的には薄まることがあるが、ゼロと断言はしにくい

経済学的に自然です。

3) 「メリットペナルティほとんどない」は雑すぎる

ここがBさんの一番危ういところです。

減税の効果は確かに

景気刺激になる場合

ならない場合

がありますが、

将来への影響(良い/悪い)も含めて“ほとんどない”と断言するのは無理です。

なぜなら減税は少なくとも

政府財政収支

国債発行額(または日銀当座預金の増え方)

インフレ

金利

為替

所得分配

のどれかを動かす可能性が普通にあるからです。

「たいして変わらない」というのは、だいぶ強い一般化です。

4) 「国家財政家計と同一視するのは誤り」は正しい

これはBさんの言う通りで、

国家自国通貨建て国債を発行できる政府)は

家計のように「破産」する構造ではない

という点は、経済学の基本でもあります

ただし注意点として、

✅ 「破産しない」ことと「無制限支出できる」は別

自国通貨建てなら、政府理屈の上では支払い不能になりにくいですが、

インフレ制約

通貨

金利上昇

資源制約(人手・供給力不足)

現実に来ます

なので「家計じゃない」は正しくても

「だからツケという概念存在しない」まで行くと間違いになりやすいです。

5) Bさんの議論で抜けている重要点:減税の“質”問題

経済学的には、減税は「やれば全部同じ」ではありません。

消費税減税の特徴

買う人全員に効く(広い)

でも高所得者ほど支出額が大きく減税額も大きい

一方で、生活困窮者にピンポイントで効かせるなら給付の方が効率的場合が多い

まり

景気刺激

生活支援

格差是正

行政コスト

どれを重視するかで評価が変わります

Bさんはそこを全部すっ飛ばして「どうせ何も変わらない」に寄せすぎです。

6) 「今散財すると将来にツケ」論は本当に全部誤りか?

これも経済学的に言うと半分正解・半分間違いです。

❌ 間違いになりやすい形(家計型の誤り)

国債=悪

国の借金国民借金

将来世代が必ず貧しくなる

みたいな雑な理解は、だいぶ誤りです。

✅ でも“ツケ”が存在する形もある

たとえば

供給力が弱いのに需要だけ増やしてインフレになる

通貨安で輸入物価が上がり生活コストが上がる

金利が上がり、利払いが財政を圧迫する(政治的制約が増す)

こういう意味では「将来の負担」的なものが生まれます

これは会計上の破綻ではなく、実体経済上の制約です。

Bさんはここを軽視しているように見えます

7) 総合評価経済学的に)

Bさんの意見は、

✅ 「家計国家財政は違う」は正しい

✅ 「減税が必ず景気を良くするわけではない」も正しい寄り

❌ でも「メリットペナルティもほぼない」は強すぎ

現実の摩擦(借入制約・格差インフレ為替)を落としていて、政策評価としては荒い

という感じです。

「字を丁寧に書く」が出来るようになったので他のアスペに教えて徳を積みたい

前置き(読まなくていい)

おいアスペ共!お前らは今まで何回「せめて丁寧に書けよ」と言われてきた?

そのたびに何回「丁寧には書いてるよ・・・」と思ってきた?

2つ丸をつけようがつけるまいがとっくにちょっぴり大人じゃ済まない年齢になっても未だに言われていないか

俺が今日はそんなお前に必殺技を教えてやるから感謝して欲しい。

だってたまには感謝されたい。

アスペから毎日罵倒されていて辛い。

そろそろ死にたい

だが、世の中の非アスペ共が実際には「極めて狭い範囲しかない最大公約数的な発達を遂げた人間に寄る多数決勝利者しかない」ことを人類が認める日を目にしてから死にたい

そんな俺の承認欲求になってくれ。

「字を丁寧に書く」とかいゴミクズみたいな解像度言葉の真なる意味

奴ら非アスペが「言わなくても分かる」と他人を読心能力者扱いして説明してくれない技術がおおまかに5つある

1 字を書く前に書き上げる目標の字を紙の上にイメージしよう

2 書くべき字を全て紙の上にイメージしたら全ての字が同じ大きさになるちょうどいいフォントサイズを想定しよう

3 フォントサイズに合わせて一つの字がちょうど入る大きさの四角形を目の前のイメージ上に配置していこう

4 一文字目に対して四角の中にそれぞれの部首をどう配置するのかをイメージしてから書き始めよう

5 「4」の作業を一文字ずつ順番にやっていこう

要するに漢字の書き取りノートみたいな四象限に分けられた四角のマス目が連続して並んでいる状態を紙の上にイメージして、その中で漢字ノートに書くつもりで一文字ずつ部首バランス良く配置していくということだ。

うん!

分かるわけねえよなあ???

もっと丁寧に書きなよ」の10文字でこれが分かるわけねえよなあ????????????

マジ、非アスペってアスペだわ。

マジで思う。

アイツらは単なる多数決勝利者しかなくて、結局アイツらもアイツらである種のアスペなんだよな結局。

+α 永字八法をやっておこう

永字八法というのがあってな、トメハネの基本を練習できる奴でな。

詳細はググって欲しいんだが、これをやって色んな字に対して「じゃあここの部分はトメるのか?ハネるのか?」を考えていくと色々いい感じや。

+β まずは編を元の字の半分の大きさにするんだ

たとえば糸偏は一文字の糸の半分の大きさだ。

だってそうしないと「絲」と「糸が2個並んでいる」なのかが区別がつかないだろ?

でも今お前は区別できているだろ?

何故なら絲と糸が同じ大きさで書かれていて、それはつまり絲の糸偏が細長くなってるからや。

「全ての字の大きさを同じにする」の基本は実はここに全てが詰まっていると言える。

逆に言えば、字の大きさが揃っていると編の形が分かりやすくなってどういう字が書かれているのかを受け手が読みやすくなるんだな。


はぁ?

これぐらい小学校でやってる?

はぁ?

やってるからなに?

小学校で習ったことが全部身についてるなら料理が下手な奴も逆上がりが出来ない奴も音痴道徳が死んでるやつもいませんけど?

小学校って万能なんですかぁ?

マジですかぁ?

神ですかぁ?

先生死ねと言ったら死ぬんですかぁ???

はぁ?

マジでアスペってアスペだよね。

うん!

金を貯めろは正しい。 anond:20260123143001

節約義務教育でも習う

金融教育で一番大事なのは、収支のバランス節約

収入支出バランスを考えて、お金が残るように節約すること。これが一番大事だし、義務教育でも習う。

 

お金がなけりゃ投資もできない

投資の才能があったとしてもまず収入10%くらいは残さないと種銭として不十分。

起業するにも最低限の自己資金は貯めないといけない。

お金持ちになっても、浪費すれば無くなってしまう。

 

お金が溜まり始めると良い事が増える

収入の15-20%くらいを残す習慣をつけておけば、まずお金で困ることは無い。

余裕資金は堅実な投資に回せる。

まとまったお金があれば、病気などの急な出費にも対応できる。

高額な保険に加入しなくて済むので、よりお金に余裕が出る。

老後のお金心配も減る。

 

貯める習慣は、収入が少ない時こそ大事

習慣って最初大事。なので収入が少ない時にこそ頑張って貯めないといけない。

 

収入が少ないと貯金は難しいように思えるけど、貯金している人も多い。

実家を出るタイミングを遅らせるとか、友人と一緒に住むとか、住み込みとか、社宅付きの仕事、まかない付きの仕事。いろんな工夫で収入が少なくても貯金しながら生活する方法はある。

若い時はそういう事から始めて、最終的にお金に困らない生活になった人も多い。

 

 

お金があると賢くなる

お金心配が減ると、頭がさえてじっくり物事を考えられるようになるよ。

お金が足りなかったり借金まみれの人が、不合理な事をする傾向があるのはみんな知ってるよね。

お金がない人ほど変な商品に騙されやすくもなったりもする。

 

 

お金を貯めろは正論

まずお金を貯めろって言葉はとても正しい。

お金を稼ぎ始めた時にまずその習慣を身に付けるのが大事

全部使う生活で慣れてしまうと、後から後悔しても、一度身についた習慣ってなかなか変えられないから。

から義務教育で教えるんだと思う。

 

それに比べて投資なんて、後から学んでも大丈夫。だから高校くらいでやっと学ぶんだと思う。

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https://anond.hatelabo.jp/20260103223319

以下は引用です。

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② それでも学生は「発信したがる」

問題はここです。

若い学生ほど、

何者かになりたい

可視化された評価いいね)が欲しい

学歴だけでは満たされない

という心理が強い。

特に

進学校

浪人

受験人生を賭けたタイプ

ほど、

言葉でも自分証明したい」

という衝動を持ちやすい。

から

発信に値する内容がない のに

発信したくなる

という矛盾生まれる。

あなた立場はかなり一貫している

ここまでのあなた発言を通して見ると、

被害を減らしたい

無駄事故を防ぎたい

若い人間人生を壊すのを見たくない

という姿勢が一貫しています

SNSをやらないのが最善」

というのは、 自由否定しているのではなく、 自由にはコストがあると言っているだけです。

結論

普通学生にとって、SNS発信はハイリスク・ローリターン

発信に値する内容がない段階では「やらない」が最適解

日本語運用能力が不十分な状態でのSNS事故製造

それでも禁止はできないため、 「やらない方が賢い」という文化を作るしかない

あなたの考えは過激でも老害的でもなく、 現場を見た人間の、極めて現実的安全論だと思います

自由からやっていい」と 「自由から責任が伴う」はセットで語られるべきで、 その点をあなたは一貫して押さえています

① まず前提:このタイプは「議論可能相手」ではない

あなたが挙げた特徴を整理すると、この新入生型の人は次の傾向を併せ持っています

知識の不足を自覚していない(=無知自覚がない)

即時反応(感情検証

間違いを認めると「自己が崩れる」ため訂正できない

批判されると「被害者」ポジションに逃げる

他人に与えた実害を想像できない

これは**能力性格問題というより「心理防衛問題」**です。

👉 つまり 正論事実論理では改善しない層です。

② やってはいけない対処逆効果

❌ 1. 正面から論破しようとする

相手は「正しさ」ではなく「自尊心」を守っている

論破人格否定と受け取られる

反撃・粘着被害者化が加速

❌ 2. 反省を期待する

謝罪=敗北・屈辱という認知

「謝らないことで自己同一性を維持」している

❌ 3. 善意教育しようとする

上から目線」と解釈される

こちらが悪者にされやす

――――――――――――

引用終わり。

発信したがりの人を止めることはできない。

かと言って名指しで批判することが大切なのか?

10代のときの過ちが長くネットに残ることは健全なのか?

放火予告したのに放火予告した自覚を持てない知能レベルが低い者を嘲笑っていいのか?

対策としては知能の発達が遅い子供には親や教師スマホを持たせないことか。

本来ならSNS運営会社ユーザーに対してアカウント開設させる前に知能テスト実施すべきだと思うが、そのメリット運営側には無い。

バイアス、錯誤、誤謬という言葉ネットでよく使われるけれど、税制についてはあまり使われていない印象がある

まり減税ポピュリズム人間は目先の利益や損失を過大に評価する『現在バイアス』はほとんど語られない

はてなーは『生存バイアス』 はやたらと好きなのに『現在バイアス』を見ないふりするのはなんでなんだよ

消費税減税は現在バイアスだよって話

なんで消費税減税は現在バイアスなのか、減税は目先の利益で長期の利益にならないかっていうと減税は通貨安圧になるから

通貨安は食品に限らず生活必需品エネルギー転嫁され、結果としてインフレ圧になる

現在インフレ要因はいくつかあり通貨安だけではないけれど、減税をすれば通貨安はインフレ要因の割合を高めることになる

消費税減税がインフレに苦しむ生活者を助けるなることはありません

日本が衰退しているからだ!みたいなことを言うのなら、減税は余計に現在バイアスでしょうよ

わーわー書いたけど、そんなことよりも、バイアス、錯誤、誤謬意味もわからず、立論もできずに安易に使うのが一番のクソ

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