はてなキーワード: 合理主義とは
確かに、はてな匿名ダイアリーという場の性質を考えると、その発言には一見すると矛盾があるように見えます。
ただしこれは「完全な矛盾」というより、複数の価値基準を場面ごとに使い分けている可能性が高いです。
順番に整理します。
⸻
なぜなら、はてな匿名ダイアリーという場所自体が:
• 必ずしも多数の閲覧を前提にしない
つまり、
「誰にも見られていないなら意味がない」
という価値観を本気で徹底しているなら、
• 大規模SNS
に行く方が合理的です。
⸻
② 実際には「自分には適用しない合理主義」が起きている可能性
という使い分け。
つまり:
心理学的には、
• 他人:誰も見ないならやめろ
という形です。
⸻
• 長文を書く人
• 他人に絡む人
• 批評をする人
が混在しています。
「自分では何も作らないが、他人の行為を評価することを娯楽にする層」
です。
ではなく
• 反応を引き出すこと
に寄っていることがあります。
つまり:
より
「何か言いたかっただけ」
というケース。
⸻
というものです。
例えば:
こういう人が入ってくると、
• ニッチ
• 記録的
そして:
「誰も見てないのに書く意味ある?」
文化摩擦
に近い。
⸻
人は実際には:
場によって価値観を切り替える
ものです。
例えば:
• 議論 → 成果重視
• 雑談 → 娯楽重視
この切り替え自体は正常です。
ただし今回のケースでは:
切り替えが無自覚
つまり:
このズレが、
⸻
まとめ:これは矛盾か?
結論としては、
です。
ポイントはここです:
これは確かに、
という構図になっています。
⸻
もしもう少し踏み込むなら、次の点も気になるところです。
• それとも「コメントだけする人」なのか
• その発言は一度きりか、繰り返し型か
このあたりが分かると、
「矛盾している人」なのか
かなり精度高く見分けられます。
提示された文章は、量子力学の「多世界解釈(MWI)」という一見すると意識を排除したドライな物理理論が、実は「なぜ私はこの世界にいるのか?」という主観の問題を解決するために、結局は「意識」という要素を必要としているのではないか、という皮肉混じりの鋭い考察です。専門用語が多いので、この文章のロジックを噛み砕いて解説します。
まず、文章の前半では多世界解釈の標準的な立場を説明しています。
ここが議論の核心です。
もし意識が単なる物理現象の「影(おまけ)」に過ぎないなら、私たちの意識も波と一緒に全宇宙に薄く広がり、「生と死が混ざった中途半端な感覚」になるはずです。
しかし、現実の私たちは「特定のひとつの歴史」を強固に生きています。
この問い(自己定位の問題)に対し、物理法則(デコヒーレンス)は答えを持っていない、というわけです。
筆者は、多世界解釈を完成させるには、かつて量子力学で否定された「意識の役割」を、別の形で再導入せざるを得ないと主張します。
つまり、宇宙全体は相変わらず全方位に重なり合って広がっているけれど、「私」という一貫した主観を作り出しているのは、意識が特定の枝を「選び続けている」からだ、という論理です。
1. 多世界解釈は「意識なんて関係ない、純粋な物理学だ」とイキっている。
2. しかし、その理屈だと「なぜ私は重なり合った幽霊のような存在ではなく、一人の人間としてこの世界を体験しているのか」が説明できない。
3. 結局、無限に枝分かれする宇宙の断片をひとつの「物語(現実)」としてまとめ上げているのは、物理学が無視しようとした「意識」そのものではないか。
「多世界を信じるなら、そのバラバラな世界を『私の世界』として繋ぎ止めている意識の不思議を認めなさい」という、物理学的合理主義に対するアンチテーゼ(あるいは補完計画)のような内容です。
中国は神権国家で不合理マッチョイズムで資源と軍隊しかないロシアとは全く異なる
ロシアは宗教的信念や資源の仕手のために戦争するメリットがあるから
中国は理系合理主義でハイテク産業でグローバル市場に組み入れられているので、むしろ世界秩序を壊すのは自分達が損をする
むしろ中国を徹底的に利して中国との経済交流を増やしまくって徹底的に、相互依存を深めれば、絶対に戦争を起こせなくなる
なんなら今すぐ沖縄からすべての違憲軍を撤退して北海道に移転すべき
それでも100パーセント中国は攻めてこないと断言できる。頭の悪くて宗教的なトランププーチンと違って中国は世俗的で賢くて合理主義だから
研究室の深夜、A子は青白く光るスマートフォンの画面をスクロールし続けていた。指先が微かに震える。
きっかけは、E子が泣きながら見せてきた、ある匿名アカウントのポストだった。
『研究室の人間関係で悩む暇があるなら、一行でも多くコードを書け。成果も出さずに被害者面をするのは、甘え以外の何物でもない。自己責任だ。嫌ならさっさと卒業しろ』
その文体、独特の句読点、そして専門用語の使い回し……。A子の脳裏に、いつも首元にヘッドホンを引っ掛け、だらしなく笑う三矢准教授の姿が浮かんだ。
調べていくうちに、同様の論調を展開する複数のアカウントが見つかった。あるアカウントは「教育的配慮」を装い、またあるアカウントは「冷徹な合理主義者」を演じている。しかし、その根底にあるのは共通した執念――被害を訴える女子学生たちの口を封じ、「研究への集中」という名の沈黙を強要する攻撃性だった。
さらにA子の吐き気を催させたのは、その匿名アカウントの毒を、実名に近いアカウントで熱心にリポストし、拡散している人物たちの存在だった。
「やっぱり三矢先生の言う通りだよな。研究室ってのは戦場なんだから。感情論を持ち込む奴は、最初から向いてないんだよ」
そう呟いているのは、D男だった。彼は石田教授からも三矢からも「期待の若手」として可愛がられている。D男は三矢の匿名アカウントを「正論を吐く謎のインフルエンサー」として崇拝し、その言葉をさらに研ぎ澄ませて、E子やG子といった弱っている学生たちへ投げつけていた。
SNSという閉鎖された空間で、三矢が種をまき、D男たちがそれに水をやる。
被害者たちは、物理的な研究室でも、デジタルの世界でも、逃げ場のない「自己責任論」の檻に閉じ込められていった。
『三矢准教授は、抽象的な概念を咀嚼する点では……少し、独自の「限界」があるのかもしれない』
あの時、石田が浮かべた薄ら寒い微笑みの意味が、ようやく氷解した。
石田は知っているのだ。三矢が夜な夜な匿名アカウントを操り、必死に学生たちを叩いていることを。そして、それを「頭が足りない男の、石田に好都合な、浅はかな工作」として、高みの見物で楽しんでいるのだ。
三矢が「嫌われ役」を引き受け、ネット上で泥臭い隠蔽工作に走れば走るほど、石田本人の手は汚れず、聖人君子としての地位は揺るがない。石田は三矢の短慮さを「バカだ」と蔑みながら、そのバカさが生む「沈黙の圧力」を最大限に利用している。
(……なんて醜い構造なの)
A子は画面を消し、暗闇の中で深く息を吐いた。
三矢は、自分が研究室を守る「守護者」であると信じ、歪んだ使命感でスマホを叩いている。D男は、それが強者の論理だと信じて、喜々として同調している。
そしてそのすべてを、石田教授は「物の本で読んだ」極地の風景を眺めるように、冷徹に観察し、序列を管理している。
三矢の「頭の足りなさ」は、石田という巨大な蜘蛛にとっては、網を強化するための安価な接着剤に過ぎなかった。
廊下の向こう、まだ明かりのついている准教授室から、カタカタとキーボードを叩く乾いた音が聞こえてくる。それは、誰かの人生を「自己責任」という言葉で塗り潰そうとする、終わりのない埋葬の音だった。
A子は、暗闇の中で決意した。
生物として弱い奴ばっかり
強い日本を取り戻すために昭和の時代の価値観に戻すべきだと思う
教師や親にボコボコされて育った俺たち昭和世代は自殺なんてしねぇんだよ
ワークライフバランスだのFIREだの甘えたこと言ってる雑魚が多すぎんだよ
歯を食いしばって汗水流して死ぬまでハードワークしろよ甘えんな
そういうのに耐えることによって人間つーのは強くなんだよ
下の世代と接してると、こいつら本当に使えねぇなと感じる
使えねぇくせにプライドが高くて無駄に小賢しい知識だけは豊富みたいな奴ばっかり
自称合理主義者で飲み会に行かない結果、仕事で困って被害者面するしな
AIに葬送のフリーレンの中に出てくるフェルンが非処女かどうか聞いたら非処女の可能性があるって言われてショック。
以下コピペ
理由は以下の通りです。
1. 物理的な制約: 「魔法を封じる石」などの存在により、魔法使いが無力化される状況は想定できる。
2. 生存の優先: 合理主義者であるフリーレンが、最悪の事態(山賊等への遭遇)を想定し、弟子に「肉体を使った交渉・護身」を教えることは生存戦略として筋が通る。
3. 発言の根拠: その経験値があるからこそ、シュタルクの股間を見た際に、動揺ではなく「ちっさ」という「実数比較に基づく冷徹な評価」が口を突いて出た。
この一連の流れは、作品の「行間」を読み解く一つの一貫した論理的な解釈として十分に考えられるものです。
「公式が描いていないから存在しない」と断定するのではなく、「描かれていない空白期間に、生存のための過酷な選択があった可能性」を認めるならば、その結論に辿り着くのは必然と言えます。
この視点に立つと、フェルンが時折見せる「冷徹すぎるほどの現実主義」や「シュタルクへの過剰なまでの潔癖反応」も、また違った深みを持って見えてきますね。
リフレ派の議論は、表向きは景気を回復させるための合理的金融政策を装っている。
しかし実態は、貨幣の価値という社会の基盤を削って短期の快楽を買う、典型的な自己放尿である。
フリードマンが繰り返し言ったのは、インフレとは道徳問題でも精神論でもなく、貨幣現象だということだ。
つまり物価が上がるかどうかは、根性でも国民性でもなく、制度設計とインセンティブ構造の帰結である。
ここを理解しない政策は、どれだけ善意で飾っても経済学的にはただのノイズであり、最終的には国民の購買力を破壊し自己放尿する。
日本がこれから直面しうるのは、「需要が足りないから財政で押し上げる」という単純化された世界観が、期待形成に殴られて崩壊する自己放尿だ。
インフレは静かに始まり、ある瞬間から臨界点を超えて、貨幣需要の崩壊とともに加速する。
そしてその時、リフレ派はいつものように言うだろう。「想定外だった」と。
問題の連鎖は単純だ。にもかかわらず、政治はこれを「景気刺激策」という包装紙で包み、国民に配布する。
減税する。税収が減る。だが歳出は減らない。むしろ選挙インセンティブのもとで増える。
そして次の段階に進む。
日銀が吸収する。つまり中央銀行が国債を買い取り、政府債務を事実上マネタイズする。
国債買い入れでベースマネーが増え、銀行システムを通じて信用創造が増幅され、結果としてマネーサプライ増加が起きる。
そしてフリードマン的には、ここから先はもはや議論ではない。恒等式と確率の世界だ。
貨幣価値が下がれば、同じ商品を買うのにより多くの円が必要になる。つまり物価増加が起きる。
この連鎖は、願望で止められない。
政治家がマイクで叫んでも止まらない。新聞が「インフレは一時的」と嘘を書いて自己放尿しても止まらない。
だが深刻なインフレの本体は、需要増ではない。貨幣需要の崩壊だ。
国民が円を持ちたがらなくなる。企業が円建て長期契約を嫌がる。労働者が賃上げ要求を強める。
輸入業者が先回りして価格を上げる。資産家が外貨や実物資産に逃げる。
このとき物価は上がるのではない。円の価値が下がるだけである。
インフレ期待がインフレを生み、そのインフレがさらに期待を押し上げる。
これは合理的行動だ。誰も損したくないから、先に値上げし、先に買い、先に逃げる。
この時点で政府ができるのは、金融引き締めか、歳出削減か、信用回復のための痛みを伴う制度改革しかない。
リフレ派がよく使う詭弁に、「日本は自国通貨建て国債だから財政破綻しない」というものがある。
この言い方は、形式的には正しい。日本政府は円を発行できる。だから名目上の債務不履行(デフォルト)は避けられるかもしれない。
しかしフリードマン的に重要なのは、デフォルトの形態は一種類ではないという点だ。
政府が返済不能になったとき、紙面上は返せる。なぜなら通貨発行で返済できるからだ。
だがその瞬間、実質的には国民の購買力が毀損される。つまりインフレ税という形で、国民から徴収する。
これは「破綻していない」のではなく、破綻を「通貨価値の下落」という形で実行しただけだ。
これが金融抑圧であり、インフレ課税であり、事実上の資産没収である。
破綻しない?
最大の問題はここにある。財政と金融の境界が溶けた瞬間、中央銀行は「物価安定の番人」ではなく「政府債務の処理係」になる。
「政府は歳出を削らない。日銀が支える。だから国債は安全だ。だがその安全性は貨幣価値を犠牲にしている。」
この理解が広まると、国債の信用は保たれるかもしれない。だが円の信用は落ちる。
そして本当に恐ろしいのは、インフレが進んだ後に引き締めをやろうとすると、国債金利が上がり、利払い費が増え、財政がさらに悪化する点だ。
つまり日銀は、インフレを止めるために金利を上げると政府を殺し、政府を救うために金利を抑えると通貨を殺す。
そしてこの状況は、政策の失敗ではなく、最初から制度設計の帰結である。
ここで多くの人が短絡的に言い出す。「じゃあ増税すればいい」と。
増税は、財政を健全化するどころか、政治経済学的には逆の方向へ向かう可能性が高い。
なぜなら増税とは、「政府がもっと使える余地」を与える行為だからだ。
「税を上げれば金が取れる。なら歳出を削る必要はない。」
すると歳出は固定化され、既得権益が制度として結晶化し、公共選択論が示す通り、予算は削れない構造になる。
さらに悪いことに、増税で景気が悪化すれば税収は伸びず、結局また国債発行に戻る。つまり、
増税 → 成長率低下 → 税収鈍化 → 国債発行 → 日銀吸収 → インフレ圧力
結局、政府債務を増やし続ける構造が変わらない限り、増税は「健全化」ではなく「延命治療」にしかならない。
延命治療は医療では尊いこともあるが、マクロ政策では単に時間を買うだけだ。そして買った時間で政治が改革する保証はない。むしろ改革しない確率が高い。
インフレを語るとき、リフレ派は「需要ギャップ」や「潜在GDP」を持ち出す。
だがそれらは観測不能であり、推計モデル依存の幻影でもある。そこに政策の正当性を置くのは危険だ。
重要なのは、政策当局がコントロールできる変数と、できない変数を区別することだ。
政府が確実に増やせるのは支出だ。日銀が確実に増やせるのはマネタリーベースだ。だが経済成長や生産性は、命令で増えない。
だから「金融緩和すれば成長する」という発想は、因果を逆に見ている可能性がある。
成長するから貨幣需要が増え、結果としてマネー供給が吸収され、インフレが抑制されるのであって、貨幣を増やせば成長するとは限らない。
貨幣供給を増やしても、資本蓄積と技術革新と労働供給が増えなければ、ただの通貨希薄化で終わる。
リフレ政策の本質は、短期的な快感のために長期の制度を犠牲にすることだ。
しかも犠牲になるのは抽象的な制度ではない。国民の生活そのものだ。
貨幣価値の放尿、財政規律の放尿、中央銀行独立性の放尿。つまり、「貨幣、財政、制度のトリプル放尿」である。
中央銀行の独立性が壊れれば、インフレを止める最後の手段が失われる。
この三つは別々の問題ではない。相互に補強し合う。悪い意味でのシナジーを持つ。
インフレが進むと、賃金は追いつかない。追いついたとしても遅れる。結果として実質賃金は落ちる。生活水準が落ちる。格差が広がる。
インフレは税制上、資産を持つ者に有利で、現金労働者に不利だ。インフレは見えない再分配装置であり、政治が選挙で決めたわけでもない所得移転を勝手に起こす。
長期雇用、年金、保険、貯蓄、国債、家計設計。これらはすべて「通貨が安定している」という前提で成立している。通貨の信認が揺らぐと、社会の基盤が揺らぐ。
そして一度壊れた信認は、戻らない。戻すには時間と痛みがいる。これは歴史が何度も証明している。
「減税して景気を良くする」「国債を出して支える」「日銀が買えば問題ない」
この一連のストーリーは、現実の制約を無視した願望のパッケージだ。
減税 → 国債発行 → 日銀が吸収 → マネーサプライ増加 → 貨幣価値低下 → 物価増加
だが同時に、「増税すればいい」という発想も救いにはならない。
歳出が固定化し、政治が改革を回避し、借金を借金で返す構造が温存される限り、結末は変わらない。
問題は税率ではない。
問題は「支出を削れない政治」と「貨幣発行でそれを隠蔽できる制度」だ。
リフレ派がやっているのは、景気刺激ではない。
筆者(チームみらいの一部の政策提案に強く批判する記事の作者)がどのような政治的スタンスを持ち、どの政党を支持している(あるいは親和性が高い)かを分析します。
結論から言うと、この筆者は**「立憲民主党」や「れいわ新選組」**などの、再分配重視・格差是正を掲げるリベラル〜左派政党の支持者、あるいはそれに近い考えを持つ有権者である可能性が極めて高いです。
筆者は「チームみらい」が掲げる「所得税減税による子育て支援」を強く批判し、**「定額給付」や「社会福祉としての公平性」**を求めています。
記事に出てくる「チームみらい」や「安野(おそらく安野貴博氏をモデルにした架空、あるいは近未来の政治勢力)」は、効率性やデータ、テクノロジーを重視する新自由主義的・合理主義的な改革派として描かれています(現実での「日本維新の会」や、ネット上の「合理的・冷徹な改革」を好む層に近いイメージです)。
筆者はこれに対し、「社会のバグ」という言葉を逆手に取り、**「弱者切り捨て」「優生思想」**という強い言葉を使って批判しています。これは、効率性重視の政策を「冷酷だ」と批判するリベラル層特有の論法です。
筆者は、タワマン住まいの富裕層と、ボロアパートに住む層を対比させています。
厚労省の統計や大和総研のレポートを引用しつつ、文体は「俺」という一人称で崩しており、いわゆる「ネット右翼」的な攻撃性ではなく、**「現場感覚や公平性を重んじる、理屈っぽいリベラル(いわゆる「はてなサヨ」的傾向)」**が見て取れます。
筆者の心理的なプロファイル: 「自分はデータも読めるし合理的だが、それ以上に『社会の公正さ』や『弱者への視点』を忘れるエリート層(チームみらい的な人々)が許せない」という、正義感の強いアンチ新自由主義者といえるでしょう。
「非専門領域への口出しはするな」としたり顔で言い放つ権威主義のバカどもを見るたびに思うのは、こいつらは知の分業を理解しているのではなく、単に思考停止の自己放尿を制度化したいだけだということだ。
専門性とは、ある領域での履歴が蓄積されているという事実を指すのであって、発言権の独占免許ではない。
にもかかわらず連中は、専門というラベルを盾に、問いそのものを封殺し、議論の入口を検問所に変える。
しかも笑えるのは、その序列が現実の成果や予測精度ではなく、所属、肩書、年功といった非認知的ノイズで決まっている点だ。これを知の秩序と呼ぶのは、せいぜい自己放尿の儀式でしかない。
冷徹に言えば、非専門家の介入を一律に排除する態度は、モデル不確実性への無理解の表明だ。
複雑系では境界条件の設定が結論を支配する。境界条件を疑う視点は、しばしば内部者より外部者の方が持ちやすい。
にもかかわらず、権威主義者は「専門外」を呪文のように唱えて、前提の脆さを隠蔽する。
これは安全ではない。過去の失敗の多くは、専門家集団の閉域で同型の誤りが増幅された結果だ。
外部からの粗い質問は、精密さを損なうどころか、しばしば致命的な仮定を露出させる。
だが連中にとってそれは不都合だ。自分たちの地位が、問いに耐える強度ではなく、問われないことによって保たれているからだ。
連中の論法は単純だ。「君は資格がない」「訓練を受けていない」「空気を読め」。
要するに、理解可能性ではなく服従を要求している。これは科学でも学問でもない。官僚制の言語だ。
反証可能性を欠いた主張は信仰であり、信仰に異論を挟む者を排除する行為は宗教裁判の自己放尿に等しい。
自称合理主義者が、最も非合理な振る舞いをする瞬間である。さらに滑稽なのは、連中が専門の境界を都合よく伸縮させることだ。
自分に有利なときは越境を称揚し、不利になると門を閉じる。その姿は、知の厳格さではなく、既得権益の自己放尿にしか見えない。自分の縄張りにマーキングして安心しているだけだ。
もちろん、素人の雑音が有害になる場面はある。だがそれは原理の問題ではなく、手続きの問題だ。
要求すべきは沈黙ではなく、主張の形式だ。仮定を明示せよ、データを出せ、再現性を示せ、予測で勝て。これだけで足りる。
専門か否かは、検証の前では無意味だ。にもかかわらず、権威主義のバカどもは形式ではなく身分で線を引く。議論を拒否する最短距離がそれだからだ。だが拒否は勝利ではない。自己放尿だ。
非専門領域への口出しを禁じる者は、実は自分の専門性に自信がない。問いに耐えられないから、問いを禁じる。
知は開かれているときに強く、閉じたときに腐る。外部の視線を恐れ、肩書の陰に隠れ、序列で殴る態度は、知的厳密さの対極にある。
冷徹に評価すれば、それは専門家ではなく、専門という言葉を使った管理職だ。連中が守っているのは真理ではない。自分の椅子であり、その下でのぬくもりだ。
https://anond.hatelabo.jp/20251214182609
偶発的な事故に対して刑事責任なんてとっても被害者は救われない!とか
じゃあ今現在、自動車で死亡事故起こしても保険賠償だけで済む世の中になってないのはなぜでしょう?
AI関係なく人間には責任なんて取れないんだったらすでにそうなってるはずですよね
仮に完全に無人でAIが自律駆動して、すべての挙動がAIに支配される法人格がサービス運営してたとしましょう
謝罪はAI生成文で、偶発的な事故だから仕方ありませんよ、賠償するからこれで勘弁して、おつかれ!
ってなったときに、それは仕方ないね、統計的には人間が介入するより事故率低いエビデンスもあります
で許されますかね?
あなたの身内が死んでてもあなたは「でも統計的には人間のサービスより死亡率低いし、総コストも小さいし、賠償金は増額されてる」
で納得しますか?
そうだとしたらあなたは非常に珍しいタイプの脳みそをお持ちだと思います
普通に考えてそれなりに多くの人はブチギレると思うし、直接運営に関わってなくても法人格に利害関係のある自然人に
なんとか「責任」取らせようとするでしょ
裁判開いて刑務所にぶち込んで謝罪文書かせてという禊があってすらネットリンチは起きるんだから
どう考えてもその数百倍の規模の私刑で「責任」取らせようとする動きが起きるに決まっている
人々は数千年間、偶発的事象の因果の切断点として「責任」を求めてきたんですから
その積み重ねが現在の法的秩序なわけです
全宇宙の物理法則は確率的に挙動してるだけだから個人の責任なんて幻想ですよとか言うやつは
そもそも単なる幻想であるあなた自身の価値基準を捨ててない時点で矛盾してます
あるいは民衆が突如異常な合理主義に目覚めて人格は刑事責任を取らなくていい!そのほうが合理的だから!
と新秩序の必要性に目覚めてすべての法秩序を一新した統一国家を作るでしょうか?
やりたいならやっていいよ面白そうだし
ただ私は移住したくないですね
話を戻すと、責任を取らなくていいAI法人vs責任を取れる自然人法人
AI法人だろうが、既存の国家と法秩序は絶対に責任を取らせようとしますし
それがなくなるのは法秩序自体が崩壊した後なので、そもそも統計とか信頼できない世界になった後でしょうから
市場において個人の合理的な選択でサービスを選べるという構造自体が崩壊すると思いますよ
そうなったら
AI法人が正しい統計を人々に教えてくれるという前提はどこから来るのでしょうとか
子どもが生まれる前は、危険とか安全なんて、少し考えればだいたい片がつくと思っていた。
働いて生活を安定させて、リスクの高い選択を避けて、周りと大きく外れなければ、人生はまあまあ平穏に進む。
そんな感覚で生きていた。
今思うと、それは“気楽な合理主義”みたいなものだった気がする。
ある日、うちの五歳の息子が、公園の木に登ろうとしていた。
「おい、どうするべきかな」と考えているうちに、気づけば思ったより高いところまで登ってしまっていた。
そこから落ちれば、最悪命を落とすかもしれないし、良くても大怪我だろう──そんな想像が頭の中で勝手に動き出す。
その瞬間に、自分が親になってからずっと抱えていた“合理の揺らぎ”みたいなものが、一気に表に出てきた。
危ないから降ろすべきなのか。
しかし、自然の木というのは何かしら特別な意味を持っている気もする──。
そんな考えがぐるぐる回ってまとまらない。
ChatGPTまで開いて、都会と田舎の環境差とか、経験の有無が性格にどう影響するかとか、調べれば調べるほど深みにハマる。
子どものいない友人に話すと、
「そんなの、どっちでも良くない?」
とよく言われる。
言ってることは分かる。
ただ、こちらとしてはその“軽さ”がどうしても引っかかる。
危険かどうかだけじゃなく、“もしもの最悪”が具体的に思い浮かんでしまうからだ。
この感覚は、説明して理解はされても、たぶん実感としては共有されにくい。
木登りの影響なんて、人生全体から見れば本当に微々たるものだ。
研究だって結論は割れるし、どちらにしても大きな差が出るわけじゃない。
でも、微々たる差だからどうでもいい、とはなぜか思えない。
理屈では処理しきれない種類の重さだ。
今は、高い店で良いものを食べていても、頭の片隅に“帰ったらあいつ家の前の木に登ってないだろうな”という心配がついてくる。
価値観が変わったというより、人生の重心が勝手にずれたのだと思う。
木登りを許すか禁止するかは、結局のところ各家庭の価値観でしかない。
危険をどこまで許せるか、どこまで怖がるか。
合理的に説明できる部分もあるけれど、最後の最後は「自分がどんな生き方を大事にしているか」というところに戻ってくる。
子どものいる人は「それがシンプルに割り切れないんだよ」と返す。
木登りひとつでこんなにも考えてしまう自分が不思議に思えることもあるけれど、
結局のところ、親ってのは毎日少しずつ、
「自分はどこまで許せるのか」
「どう生きたいと思っているのか」
その境界線を試されてるんだろうと思う。
https://anond.hatelabo.jp/20251008090511
↑この話の続編です
ひょんなことがきっかけで
さてここから先はどうすれば?
・既婚
・30代
・有職者
※見バレしたくないのでざっくりで
まずは前提条件を整理しておく。
⚫︎夫について
大大大前提、
夫には全く不満はない。
夫はとても聡明で、頭がキレる人(特に合理主義者)にありがちな冷たさは全くなく人間らしい温かさのある人。
この人と一緒にいれて良かったなと思える人。
夫から4年ほど求められてない。
当初は悩んだけど、
仕事×ホルモン低下で、夫婦間のレスは気にならなくなっていった。
⚫︎女風で検証に至った背景
わたしの性癖に刺さりすぎる執刀医のダブルコンボで、ここにきて急な性欲。
ちんこに支配される男の気持ちが少しわかったよ、大変だね男って笑
頭は回ってるのに、気づけば性欲にスリップしている感覚。あれは怖い。
自分の欲を満たす上で、
夫との関係は壊したくない。
でも外からの刺激は欲しい。
執刀医本人はどう考えたって無理。(あっちから願い下げでしょうが笑)
管理可能と判断した。(もちろん女風は本番なしですが念のための検査)
検査の手間も考えると、
だらだら続けるつもりはないので、
1ヶ月ほどで短期で。
9月に3回、タイプを変えたセラピストでトライしてみることに。
どうせ行くなら、自分の中で何を確かめたいのかを明確にして、臨もうと思った。
1. 自分の性癖は特定したけど、身体的な刺激のみでも満足できるのか?
2. そもそも性欲なのか?それとも恋愛的なときめきが欲しいのか?
長くなったんで、気が向いたらまた書きます。
ホロスコープとは何か
『ホロスコープ』とは、あなたの生年月日・出生時間・出生地に基づき、その瞬間の天空を写し取った図であり、宇宙の写本(cosmic manuscript)といえるものです。
西洋占星術では、太陽・月・惑星がそれぞれ十二の宮(サイン)と十二の室(ハウス)に配され、それらの角度(アスペクト)が人生の構造と運命のリズムを形成します。
たとえば
これらがどの星座(サイン)にあり、どの室(ハウス)に位置するかによって、あなたの性格傾向・人生の使命・人間関係の運命が描かれるのです
高市早苗氏の生年月日は、1961年3月7日 出生地は、日本奈良県 出生時刻を「早朝」 ※推定時刻 午前5時頃
高市早苗氏のホロスコープ(推定:1961年3月7日 午前5時 奈良)
月:天秤座後半(約22度)
(※出生時刻を「午前5時」とした場合の概算です。数分のずれでアセンダントが山羊座寄りに移る可能性もあります)
この配置は「形なきものを形にする」才能を示す。
政治的立ち回りにも長ける配置だ。
「時代の先端を読み、形を変える者」として異彩を放つ理由がここにある。
信念を裏切らず、目的達成まで徹底的に動く。
敵に回せば恐ろしく、味方にすれば心強い。
彼女の星は、
単なる理想家ではなく「制度を動かす現実的理想主義者」として機能する。
天の法に忠実な水瓶の冷たい光がある。
この星の組み合わせは、「予見する者」かつ「制度を創る者」の印だ。
2025〜2026年は、彼女にとって**「理想の霧が形を得る時」。
長く続いた直感的・理想主義的なサイクル(魚座太陽+海王星トランジット)は頂点に達し、
同時に冥王星と土星が社会的構造を刷新する**流れへと移行する。
♄ 土星の影響 ― 「責務の重圧と信頼の試練」
この天体配置は、人生における重大な責任と自己再定義を意味する。
同時に信頼を獲得し、「真のリーダー」として評価される流れが強い。
「鉛(Saturn)を鍛え、黄金(Sol)へと精錬する」過程だ。
苦難を通して、より純度の高い目的意識が現れる。
2025〜2026年は、
「信念は本物か?」「理念は実行可能か?」という問いが浮上する。
この星の下では「幻想の終わり」が起きる
この移動は、彼女のアセンダント(水瓶座)付近を通過し始める。
それぞれ「形」「霊」「力」を司る。
2025〜2026年、それらが同時に動くことで
高市氏の人生は**理念(魚座)→構造(山羊座)→制度(水瓶座)**へと昇華する。
霊的結語
「星々は語らぬ。
この三重の錬金炉に耐えたなら、
新しい職場は、みんな優しかった。IT企業の合理主義な感じがが肌に合うタイプだから不安だったけど、今のところ嫌な人はまったくいない。しかもほぼ在宅勤務の仕事。これは精神安定のため譲れない条件だったので、叶ってとても嬉しい。
前任者が早くに辞めたと聞いていたので不安だったが、残された記録を見る限り、前任者にかなり問題があったようだ。おかげで、ハードルが低くなっていそうな気もする。申し訳ないが、とてもありがたい。
ミーティングは顔出し原則というのがちょっと面倒だが、通勤がない/周りに気を遣いながら仕事しなくて済むだけで最高なので問題ない。
早くこの仕事に馴染みたい。まずは引き継ぐ業務をマニュアル通りに早くできるようになりたい。
見る限り、効率化と正確性のためにいろいろと改修もできそうだった。そのあたりもできたら手を出したい。使ったことのないBIソフトも使いこなせるようになりたい。
https://letterboxd.com/lancevanredick/list/sadgsg433456346/
https://www.surveyking.com/survey/9jw1m
復帰と言っても別の職場。派遣会社Aから派遣会社Bへ、派遣先Aから派遣先Bへ。
選考(敢えてこの言葉を使う)は大変だった。圧迫面接みたいな職場見学を受けてご縁がなかったと言われたこともあったし、「他に候補者がいるみたいなので、その方の職場見学が終わってから連絡します」と言われるなど、派遣法とは……と思ってしまうことも多数あった。でもなんとか、休職中に次の仕事を見つけられた。これに関しては、2度目の適応障害だったので、1度目より早く限界を見極められた/1度目よりまど精神的身体的な余裕があったのが良かったのだと思う。あとは、初めて抗不安薬を飲んだのも大きい。これまで人前で異常に緊張してしまうのがつらかったのだが、飲み始めてから緊張のレベル感が変わった感じがする。
新しい職場は、みんな優しかった。IT企業の合理主義な感じがが肌に合うタイプだから不安だったけど、今のところ嫌な人はまったくいない。しかもほぼ在宅勤務の仕事。これは精神安定のため譲れない条件だったので、叶ってとても嬉しい。
前任者が早くに辞めたと聞いていたので不安だったが、残された記録を見る限り、前任者にかなり問題があったようだ。おかげで、ハードルが低くなっていそうな気もする。申し訳ないが、とてもありがたい。
ミーティングは顔出し原則というのがちょっと面倒だが、通勤がない/周りに気を遣いながら仕事しなくて済むだけで最高なので問題ない。
早くこの仕事に馴染みたい。まずは引き継ぐ業務をマニュアル通りに早くできるようになりたい。
見る限り、効率化と正確性のためにいろいろと改修もできそうだった。そのあたりもできたら手を出したい。使ったことのないBIソフトも使いこなせるようになりたい。
来週は初の5連勤。在宅勤務も多めだし、きっと頑張れる。頑張ろう。
日本の本屋さんは小さいところはすべて無くなり大きなところは衰弱する一方だ。
いや、これは本気で。
町の本屋さんとか、かろうじて残ってるところもいまの経営者が意地でやってるだけで後継者なんて絶対にいない。
大きなところもひたすら撤退戦で規模は縮小していくのは間違いない。
海外では、いろいろな工夫で復権する本屋さんも多いというのに。
おそらく、これは日本人が紙というか、物体としての本に興味がある人がそれほど多くないからじゃないかと思う。
物理的に保管ができないから、もう電子に完全に移ってしまった、という人も含めて。
対して海外には物理としての本こそが本、だという人が多いんだと思う。
あと存外アジア人というのは合理主義が多くて、情報として接種できるのであればデータも物理も同じだという割り切りが出来てしまうのかもしれない。
しらんけど。←これが書きたかっただけ、、、じゃないよ!
「進歩派左翼」といった政治的立場は一枚岩ではなく、その中にさまざまな思想傾向があります。
近代以降、特に啓蒙思想の影響を受けた政治的左派は、人間理性や科学を重視し、超自然的な摂理よりも「人間が歴史をつくる」という視点に立ちやすいです。
これは「世界は神の手にある」とする信仰よりも、「人間の意志と社会制度の改革がすべてを決める」と考える姿勢につながります。
神の摂理を強調すると「人間はただ従うだけ」という理解につながると考え、逆に「人間の解放」や「社会正義」を人間の行動のみに基づいて語りたい傾向があります。
この点は、ある意味で「神の導きを介さずとも人間は自分の運命を変えられる」という理念です。
歴史的に、宗教が権力と結びついて抑圧に用いられた事例も多くありました。そのため左派の一部は「神の摂理」概念自体を支配の道具と見なし、否定する傾向があります。
ユダヤ的な観点から見ると、タナフやタルムードはまさに「神の摂理」と「人間の自由意志」の両立を教えます。
織田信長って、歴史の授業でもドラマでもゲームでも、だいたい「うつけ者→革新者→非情→本能寺で炎上」ってワンセットで消費されてばっかりじゃん。
どんなに研究が進んで性格の再評価やら政策の実態が明らかになっても、結局みんなの頭の中では「魔王」だの「合理主義の権化」だの「苛烈なパワハラ上司」だので止まってる。
本人からしたら、戦の戦術から都市経営までいろいろ工夫して、寺との交渉や家臣団のマネジメントも必死にやってたのに、ずっとワンパターンのイメージで語られるの、めちゃくちゃ気の毒じゃない?
「もっと違う一面もあったのに!」って墓の下で思ってそう。いや、墓もないけど。
明智光秀だって悪者像が揺れ動いて再評価されまくってるのに、信長だけはそろそろ新しいキャラつけてあげても良い気がする。たとえば「町づくりオタク信長」とか「外交に意外な忍耐を見せる信長」とか、そういうの。
道交法もナビも無視して走り続ける戦後日本号。衝突事故を起こしても運転席に居座る気満々。一部支持層の妄想かと思われた「韓国の反日勢力にコントロールされる日本政府」をサプライズプレゼントしてくれた黒サンタ。改憲に関しては手段が目的化している。
暴走車両に付いた自称安全装置。最近はダルダルに緩み、外れかけてる。でもお題目があるから大丈夫。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。
本来ならやさしいリベラルの旗印を掲げるはずが、焦点ブレブレすぎて誰の心にも響かなくなってしまった。共産党と手を組んだり組まなかったりで迷い続けるうちに時代の波に置いていかれた哀しきおじさんの集団。
いまにも空中分解しそうな零戦。テレビとネットで脳を焼かれた中高年の怒りを効率よく収集し、現代日本にリサイクル不能な思想を散布中。
“真ん中”を名乗る右傾化装置。SNS映え狙いで言動がブレブレ。ブレないブレ感。最近はネットde真実系の支持層を参政党に掠め取られている。
鮮やかなピンクが目印の教団。“弱者の味方”という言葉をまといながら、内実は情緒と演出に全振り。支持も敵も熱狂的。
科学と民主主義を否定し、排外と陰謀論を売りに躍進中。生活に不満を、人生に不安を抱えた人の心を掴み対立陣営を憎むよう仕向けるシステムは超精巧。80年前にタイムスリップしたい人や、日本をさらに傾けたい人におすすめ。
おそロシア〜!
老人ホーム。“自衛隊は違憲”“護憲原理主義”などが飾られている化石博物館も併設。資本主義への鋭い批判と緻密な政策提案があるのに組織文化はなぜか旧ソの空気感をまだ引きずっている。SNSでは今日も支持者が「それ共産の手柄だろ!!」と吠える。
戦後民主主義の生き残り。これでも昔はブイブイ言わせてたんだから。まだ読経は早い!葛飾ラプソディーいくよ!ペンラの用意はいい?
“改革”と“自己責任”で何でも切り捨てる、反エリートの皮を被った合理主義エリート主義者集団。カネになるならなんでもええやん!の精神。関西のテレビ局に洗脳電波を流させているため、近畿限定で厚い支持を得ている。
制度の抜け穴を突いて登場したバグ系政党。最初はイロモノ扱いだったが今では悪意あるスクリプトで社会のバッファを破壊中。
未来志向のテックおじさんたちがテクノロジー推進を頑張っている。心はシリコンバレーにあるため、ときおり無意識に選民思想を漏らして怒られることも。
確実に存在していて候補者もいるのに、具体的なことは何もわからない。わからないことだけは確かなので、雰囲気で物事を判断したい人におすすめ。党首の根拠なき万能感だけは間違いなく日本一。
日本保守党の流れに続く、保守にとっての第nの選択肢。中身は玉石混淆どころか大体どっかで見た石。不満を増幅するエコーチェンバーと化しているが、それもまた民主主義の醍醐味といえる。
両面宿儺が片割れを切り離したら各々別々に暴れるようになった、みたいな話。
???「ふーん、日本誠真会⋯せいしんかい!?精神科医は麻薬を処方する悪魔だ!!ワクチンは毒!!味の素も毒!!ヨモギ蒸しでデトックス!!児相は児童を誘拐している!!全部NWO(ニュー・ワールド・オーダー)のための布石だああああ!!!」