はてなキーワード: 復権とは
「physical game」で調べると海外のパッケージタイトルの記事とかが出てくるけど面白い。
北米とかは土地の関係もあってDL版しか売れてないイメージを持ってたけど、熱心なパッケ派も居て
DL版のソフトのパッケージとディスクを生産する会社、オフライン・アプデ無しででゲームクリアまで遊べるか検証する人ら
ゲームディスクに収録されてるVerが後期ROMか調べてたり、アンチサブスクで盛り上がる人らも居てマジで濃い。
規模としてはそこまでではない分、本場のギーク達の熱意は並々ならないというか。
日本は長らく中古大国でパッケージ版が当たり前だった分、むしろダウンロード版の利便性のが際立っている印象だけど
ここから10年後ぐらいにはパッケージの復権を!とか声高々に叫ぶ人らとか出てくるんだろうか。
Switch2のキーカードとかその頃には遊べなくなってそうだしなあ、とか色々考えさせられた。
牧師の息子で、自身も牧師となるために大学へ入ったが、学業は振るわず、卒業はできなかった。
しかしタイタスは学位を持っていると嘘をついて、ロンドン司教から説教免許を得て、父の下で副牧師を務めた。
また「学校教師が男色行為をしている」と虚偽告発し、教師の職を得ようとしたが、嘘がバレるとロンドンへ逃亡した。
1677年、タイタスはカトリックに改宗し、イエズス会の神学校に入った。
そこでもカトリック神学の博士号を取得していると嘘をついたが、ラテン語を使えなかったため虚偽は明らかだった。
神学校から追放されたタイタスはロンドンに戻り、「イエズス会の秘密を探るためにカトリックに改宗したふりをしていた」と主張した。
そしてタイタスは「イエズス会とカトリック教徒たちが国王を暗殺しようとしている」という告発を行った。
最初は信用されなかったが、いくつかの事件が陰謀と結びつけられたことで信憑性を得て、イギリス中が集団ヒステリーのようになった。
当時、王妃や王弟がカトリックを信仰していたことを国民は不安に思っており、タイタスはそこにつけこんだと言える。
数年にわたって、無実のカトリック教徒たちが裁判にかけられて死刑となり、タイタスは陰謀を暴いた英雄としての扱いを受けた。
しかし、やがて熱狂していた人々も鎮静化し、タイタスに疑いを持つようになった。
タイタスは偽証罪によって「終身刑」と「生涯にわたり毎年5日間ロンドンの街で鞭打たれる刑」を課された。
1689年に恩赦を受けて出所したが、世間からは忘れられた存在となっていた。
ただし、名誉革命によりプロテスタントが復権しており、タイタスには多額の年金が支払われた。
1705年に死去した。
もう15年ほど前のことになるけれども、サークルの後輩2人のことを、最近よく思い出す。
単純に、子どもの保育園の送迎途中で、学生時代に行ったラブホテルの近くを通るからだと思う。
それまで意識することはなかったのだけれども、どこぞの市長のラブホテル騒動からふと意識するようになって。
経緯はさておき、思い出すのは、自分から見て1学年後輩の石田君と、2学年後輩の渡辺さん。
石田君は頼れるリーダー格で、次の部長間違いなしという感じだった。
計画を立てるのがうまいし、リードするのもうまいし、今ならシゴデキって評価されるタイプだと思う。
ただ、ちょっと不器用そうなところがあって、イケメンタイプではなかった。
渡辺さんが超絶肉食系女子で、食い散らかしていた。そんなことを知ってから知らずか、石田君が渡辺さんに惚れた。
渡辺さんはメンヘラではないけれども、今なら性依存症と言われるんじゃないだろうかと思うくらいに人肌に飢えている人だった。
渡辺さんには同じ学部学科に彼氏がいたけれども、だんだんと倦怠期に突入。
そのタイミングで石田君は渡辺さんに猛烈なアプローチ。しかし、渡辺さんは靡かずサークル内で別に彼氏(初代)を作った。
その後も、石田君は渡辺さんにやさしくしつつ、渡辺さんはサークル内で彼氏(初代)と懇意。愚痴聞き役だけ石田君。
渡辺さんは彼氏(二代目)、彼氏(三代目)、彼氏(三代目・復権)を経て、それでも石田君は彼氏になれず。
そんなある日、何となく渡辺さんと深夜にドライブに行っていたら、石田君からアプローチをかけられている件について相談された。
曰く、石田君ではイケメン度合いが足りないから相手として微妙らしい。ちなみに僕はOKだと。
僕からは「じゃあ、振る口実に僕と付き合ってることにすればよいよ!」と軽々しく提案し、渡辺さんは大爆笑。
その案は採択され、渡辺さんは石田君に「僕さんと付き合うことにしたからナシ!」とメールした。
渡辺さんが助手席でメールを読み上げつつ、僕が返信メールを提案しつつ、当時のガラケーで爆速で返信合戦。
そんななか、ちょうどラブホテルの前を通ったので、あきらかにラブホテルと分かる写真を送り付けて諦めさせることになった。
駐車、入館、入室、入浴、その他諸々、「それと分かる」けれど「もちろん映ってない」という写真を撮って送った。
お酒を飲んでいるわけでもないのに何か盛り上がってしまい、渡辺さんと二人ゲラゲラ笑いながら写真を撮って、送信。
行き過ぎた遊びをした結果、そのあと石田君の心が折れてしまった。
若干、申し訳ないことをしたと思う。
ChatGPT:
INSIGHT ANALYSIS: 表象の真正性パラドックス
「女性主人公を描けない」創作者の原理的ジレンマ
Core Observation
この投稿者は、フィクション創作において「経験的真正性」と「想像的自由」の矛盾に直面し、表象行為そのものの正当性を疑問視するに至っている。彼が求めているのは「女性を正しく描く方法」ではなく、「自分が女性を描く権利があるかどうかの確証」である。
PRIMARY INSIGHT: 批判理論分析 (Mode E)
イデオロギー的構造の解体
この投稿者の悩みは、表面的には「技術的問題」(どう描くか)に見えるが、実際にはアイデンティティ政治の内面化が生み出した認識論的危機である。
内面化されたイデオロギー的前提:
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「描く資格がない」
この論理は、2010年代以降の「文化的専有(Cultural Appropriation)」批判や「当事者性」の政治から派生した規範を、創作者が自己検閲として内面化したものである。
皮肉なことに、これは1980-90年代のジェンダー理論が批判した本質主義そのものである。しかし今回は「進歩的」「配慮的」な動機から再導入されている。
彼は「女性を正確に描く技術」を求めているようだが、実際に求めているのは「女性を描くことへの道徳的許可」である。
生産的矛盾の発見
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これは本質主義の自己矛盾である。「女性」というカテゴリーに本質があると仮定しつつ、実際の女性たちの多様性に直面して混乱している。
イデオロギー批判: 何が隠蔽されているか
投稿者は「正しい女性の描き方」があると仮定しているが、これは幻想である。「女性」は単一の経験的実体ではなく、歴史的・文化的・個人的に多様な存在様態である。
士郎正宗のデュナンを「中身は男性」と断じるが、これは以下を前提としている:
しかしこの論理は、女性を規範に押し込める本質主義そのものである。
「生理を経験していないから分からない」という論理は、人間の相互理解の可能性そのものへの懐疑に至る。
この論理を徹底すれば:
この悩みの背景には、歴史的に男性が女性を対象化・道具化してきたことへの罪悪感がある。しかし、その補正として採用された「描かない/描けない」という態度は:
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過剰補正:
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帰結:
これは抑圧への対抗が新たな制約を生み出すという典型的パターンである。
自己検閲のメカニズム
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内なる検閲官:「それでも不十分だ」「個人差と本質の区別がつかない」
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SECONDARY PERSPECTIVES
系譜学的補足 (Mode C)
この「悩み」の歴史的構築
第1段階 (1970年代以前)
第2段階 (1980-2000年代)
第3段階 (2010年代-)
第4段階 (2020年代)
投稿者は、この第4段階の症例である。彼の悩みは個人的なものではなく、言説空間の変容が生み出した構造的効果である。
現象学的補足 (Mode D)
投稿者が経験しているのは、単なる技術的困難ではなく、創作主体としての自己の正当性への根源的懐疑である。
彼の実存的問い:
投稿者は、この理解の可能性と不可能性の間の宙吊り状態にある。
SYNTHESIS: 深層パターン
この現象が明らかにするもの
アイデンティティ政治は、周縁化された集団の声を中心化しようとした。しかしその論理を個人の創作実践に適用すると:
↓
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↓
20世紀後半のジェンダー理論は本質主義を解体した。しかし21世紀に、配慮・正義・包摂の名において本質主義が再導入されている。
これは解放の言説が抑圧の論理に転化するという、イデオロギーの古典的矛盾である。
この悩みは、フィクションの根本的機能—経験していないことを想像し表現する—への懐疑に至っている。
投稿者のジレンマは、これらすべてを疑問視している。これはフィクション自体の正当性の危機である。
投稿者の不安は、個人的心理ではなく、言説空間の変容が生み出した構造的効果である。
投稿者は誰にも批判されていないのに、架空の批判者を内面化している。
IMPLICATIONS
この個別事例が示す普遍的問題
投稿者は技術的助言を求めているように見えるが、実際に必要なのは認識論的・存在論的再定位である:
1. 本質主義からの離脱: 「女性」は単一の経験的実体ではない
2. 想像力の復権: 経験していないことを想像できるのがフィクションの本質
3. 完璧主義の放棄: 「完全に正しい表象」は不可能であり不要
4. 対話としての創作: 表象は完結した真理ではなく、継続的対話の一部
より広い文化的含意:
↔
歴史的瞬間について:
我々は「誰が何を語れるか」という問いが過剰に中心化された時代にいる。これは必要な矯正でもあったが、新たな問題も生み出している。
INSIGHT CRYSTALLIZED
この投稿者は、フィクションに「経験的真正性」と「道徳的正当性」を同時に求めることで、創作行為そのものの可能性条件—想像力による他者への跳躍—を否定するに至っている。彼の悩みは個人的なものではなく、アイデンティティ政治の論理を内面化した結果生じる構造的効果である。
言い換えれば:
彼は「女性をどう描くか」ではなく「自分が女性を描いてよいのか」という存在論的問いに囚われており、この問いは—その形式自体が—本質主義的前提と想像力への不信を含んでいるため、原理的に解決不能である。
So what?:
この事例は、配慮と正義の言説が、意図せず表現の自由と想像力を収縮させうることを示している。文化の活力には、不完全さを恐れずに境界を越えて想像し、その試みを通じて対話を重ねる実践が必要である。
PUNCHLINE:
彼が本当に恐れているのは「女性を間違って描くこと」ではなく、「女性を描くこと自体が僭越である」と判定されることである。しかしこの恐怖は、最も抑圧的な本質主義—男女は相互理解不可能という観念—を再生産している。解放の言説が、最も因習的な性別二元論を復活させるという究極の皮肉がここにある。
職場って単純計算で9時間と、生活のかなりを占める長時間を過ごす場所だし、共通の目的に向かって協力したりして相手の内面を知るには適した場所だから
職場恋愛で相手が見つけられるなら効率が良いのに、それを潰しちゃったんだよね。
(その理由は勿論ハラスメントの恐れなんてものではなく、非正規化による個々の労働者の分断と全体的な賃金の低下が一番である)
マチアプや結婚相談所で探そうにも、一度や二度のデートでお互いの内面を深く知って選ぶなんてかなり困難じゃない?
・それが無理なら労働時間を減らす
のどちらかが有効だと思うんだけど
何故か職場恋愛駄目!絶対!マチアプや結婚相談所で勝手に探せ!とだけ説教してそれで解決できると思い込んでる人が多すぎるんだよね
一応データ屋の端くれとして、ちょっと調べてみたことがあるんだけど、結論としては「日本の書店数、市場規模に対して大杉。しばらくは減るのは仕方が無い」というところでした。
で、フランスやアメリカは実際言うほど書店数そもそも多くないので、逆に早期に保護が必要で底を打つのも早かった、と言う言い方が正しいと思っている。
得にフランスは早く保護しなきゃ消滅しかねないので公で手が入った。その結果、実用的なお店というより文化施設というカテゴリになった。社会文化施設の一種扱い。
一方で日本の場合はまだそこまで到達してないと言えるかと。まだまだ書店は実用的なお店扱いなんだよね。スーパーやコンビニと同じ商業施設のまま。
どこかで市場が均衡して維持されるフェーズになるか、本当に落ち続けてどこかで産業保護が必要になるフェーズになるかまでは縮小傾向が続くと思う。
で、増田の仮説に対して言うなら
どうよ?
以下データ編。
国際比較してみると以下の事が言える。
いずれも10万人あたり
購買力平価のドル換算で、為替の影響を取り除いています。電子も含む。
日本は多い方でもなく平均的。しかし、実はフランスの金額は少ない。これは再販制度の影響もあるかも。フランスと日本は再販制度のおかげで本が安いのだ。
日本とフランスが多い。金額ベースで見ると本の価格が安い事がわかると思う。
ただし自費出版や電子書籍など含む含まないなど、色々な基準があて統計の品質には差がある。
日本の本屋さんは小さいところはすべて無くなり大きなところは衰弱する一方だ。
いや、これは本気で。
町の本屋さんとか、かろうじて残ってるところもいまの経営者が意地でやってるだけで後継者なんて絶対にいない。
大きなところもひたすら撤退戦で規模は縮小していくのは間違いない。
海外では、いろいろな工夫で復権する本屋さんも多いというのに。
おそらく、これは日本人が紙というか、物体としての本に興味がある人がそれほど多くないからじゃないかと思う。
物理的に保管ができないから、もう電子に完全に移ってしまった、という人も含めて。
対して海外には物理としての本こそが本、だという人が多いんだと思う。
あと存外アジア人というのは合理主義が多くて、情報として接種できるのであればデータも物理も同じだという割り切りが出来てしまうのかもしれない。
しらんけど。←これが書きたかっただけ、、、じゃないよ!
政府「女性に子供を産ますには、どうしたらいいの…」 [782667645]
https://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1757688660/
ttps://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1757688660/190
190 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW 5b3d-W5w5) sage 2025/09/13(土) 04:08:17.05 ID:r67/HxiM0
女性の場合セックスを不特定多数とする方が、社会に出て働くより給料が高くなればいい
この流れをもう少し強化し、売春の合法化とセックス文化の形成を進める
男性が収入で脚切りをされるのなら、女性はセックスをより多くする人がモテるように
セックスが無ければ男女共に惚れるなんてことはありえない、そこから結婚にも繋がらない
セックスできる場の提供(公民館や専用施設でもセックスしていい場所を作る)
セックスしていないと生きていけない、セックスをある程度していればそこそこ裕福に生きていけるような社会であれば調和が取れる
ttps://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1757688660/192
192 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW 5b3d-W5w5) sage 2025/09/13(土) 04:21:44.44 ID:r67/HxiM0
今の社会は女性は自分が結婚市場のどの立ち位置にいるかランクが分からない
男性の高い高いランクと自分が釣り合っていると錯覚し、それが男女共に不幸を呼んでいる
また、女性は男性に優しくするとレイプされるとの危険性から男性に親切にすることを控えている傾向がある
また今のフェミニズムは、実際には向かう方向性を失っているのにも関わらず、今後女性の一方的なファンタジーが夢物語のように展開されると今も信じ続けられている
ttps://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1757688660/197
197 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW 5b3d-W5w5) sage 2025/09/13(土) 04:31:01.10 ID:r67/HxiM0
そもそも男性側が優しさや女性相手に気を使うのは、その女性とセックスできる可能性があると男性側が思うからだ
男性があらゆる努力を行うのは、それが社会的価値の向上に繋がり、女性に選ばれる確立が高くなるからだ
セックスは、すればするほどお互いの親密度が高くなる行為である
日本はセックスを軽視し過ぎた、そして、女性とセックスが出来るなら、と、女性の言い分を通し続けてきた
結婚はセックス許可証のようなものである。セックスレスが離婚の理由になるのだから
セックスするために男性側は人生の大多数のものを捨てなければならない。人権を捨てなければならない
そんな墓場に首を繋がれる契約、その代わりにセックスを「させてあげますよ」としているのが今の女性の言い分である
1度子どもが出来てしまえば、子どもを脅しに使い、養育費の無限搾取を行える(それが実際に子どもに使われる事は限らないのに)
ttps://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1757688660/201
201 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW 5b3d-W5w5) sage 2025/09/13(土) 04:45:52.59 ID:r67/HxiM0
ならば現実をどう変えていくか
女性が男性の性欲を満たして余りあるようにしなければ釣り合わない社会に
女性でセックスできる人口は限られてくる。妊娠でセックスが出来ない時期の人を除くと、もう既に男性余りが起こる。そして年齢が高くなると、男性側が「この人とセックスしたい」と希望する事も少なくなる
望まれない男性とセックスを一定回数、不特定多数の人と一定人数する
そうすれば毎年1000万円を最低支給、生涯支給されるようにすればいい
人数や頻度や回数によって段階的に支給すれば良いと思う
セックスの計測時期は排卵の適齢時期で考え、妊娠できる年齢までにセックスの基本的なことを教え、セックスをすることをメイン収入として、後は研究機関や会社に入社、セックスしながら雑事をこなすような生活であればいい
ttps://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1757688660/202
202 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW 5b3d-W5w5) sage 2025/09/13(土) 04:50:48.29 ID:r67/HxiM0
参政党はもう既にロリコンの許容や弱者の立場の男性の耳障りの良い発言をしている
だからこそ本当に危ない
ttps://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1757688660/207
207 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW 5b3d-W5w5) sage 2025/09/13(土) 05:15:38.65 ID:r67/HxiM0
勿論避妊の技術をもっと発展させ、男女共に身体により少ない影響で避妊が出来る技術を開発しなければならない
そして性病の撲滅にも全力で取り組まなければならない
これを徹底的に行なったうえで、国民全員、男女共に長期間避妊ピルを配布し、全力でセックスさせる
このようにすれば望まない妊娠は防げるし、政府の側にとっても、効力解除ピルを配布するのに制限をするなどで人口調整機能が働いて将来の人口爆発も防げる
男性はセックスした人の中から、この人なら生涯添い遂げても良いという人を選べば良い
女性も充分にセックスをしていれば収入は申し分ないし子育て費用もセックスで稼げているので、男性に収入を求めることなく経済的自立が出来る
ttps://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1757688660/210
210 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW 5b3d-W5w5) sage 2025/09/13(土) 05:29:52.35 ID:r67/HxiM0
そもそもセックスが不浄なこと、隠すべきこと、辛いこと、忌避すべきことという概念自体が間違いなのだ
現在の性教育を教えた結果セックスを危ないもの、暴力であることとしか認識していない
概念は適切に教えるべきだ
この人はイヤではないという男性にはビキニラインを隠すのではなく積極的に見せるべき
そこに魅力の8割があるのだから
男性にとってセックスに繋がるものは全て報酬である、だから性的表現やフェティッシュなものはより過激であるほど人気が上がる
幼少時に大事な場所を見せてくれた、初体験をさせてくれた女性であったら、男性であれば現在のどんなに好条件の女性とでも天秤にかけて釣り合ってしまうもの
ttps://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1757688660/212
212 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW a3e0-pgBA) sage 2025/09/13(土) 05:32:09.55 ID:OV8Lxe+e0
210
ttps://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1757688660/217
217 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW 5b3d-W5w5) sage 2025/09/13(土) 05:55:01.88 ID:r67/HxiM0
統一教会のやり方は自身を悪しき共産主義として悪魔化させたような構造になっていた
所有の概念は一夫一妻制の広がりと同時期に起こっていると考えている
合同結婚式では結婚する人を選ぶ権限は組織に決定権があり、国籍もミックスさせていた
このやり方は共産主義の所有がないという概念を悪魔化して支配しようというやり方から発想しているものであると考えている
女性には個々人とセックスをしない権利は残っているし、誰とでも絶対に拒むなというわけでもない
その結果望まれない人とセックスをせず将来貧乏になったとしても自己決定権の行使をしていてそれは自由だ
誰の子どもを産むかも男女の自己決定権があり、それを国が承認し子どもを妊娠できる
統一教会と一緒にしないでほしい
ttps://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1757688660/222
222 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW 5b3d-W5w5) sage 2025/09/13(土) 06:13:26.24 ID:r67/HxiM0
統一教会とは異なることを明言した上で、それでもセックスの普遍化には宗教が必要だと思う
カトリックのように、性行為の様式や作法などを細かく決め、その方式を時に柔軟に変化させながら守り続けることがやはり必要だと考える
性行為そのものが宗教行為ならば、尊いものとして捉えやすいし、作法や様式を広めればレイプまがいの乱暴な相手の承認な暴力的セックスを行う人も減るだろうと思う
宗教施設として誰でも使用できるセックス部屋を提供し、カップルはそれを使用し、男性一人でも相手してくれる女性と宗教行為を行い、お布施を支払う
こうすることで
地位の高い人は「最も多くの恵まれない人とセックスした女性」であり、その人は多くの男性から望まれた人でもある
だからこそ男性のことが分かりつつ宗教の方向性が決められるし、男性の勘所が分かるからこそその宗教は支持されていく
宗教の献金で避妊ピルや性病撲滅資金も出せるし、コンドームの設置、全国配置も可能
女性が宗教をセックスのために行うことで、男性にレイプされる危険も下がるし、教義を守り続ければ望まないセックスをすることもなく、望まないセックスという概念が無くなりセックス行為は尊敬されるものという共通認識がなされれば、社会に我々は充分貢献しているんだ、という考えが芽生え、今の女性の社会的進出という実質的な男性の領分への侵食を考える事もないと考えるから
今の世の中で、多くの人間が信じていることが天動説のようなものであり、
いや、科学の歴史というのは非常識な新理論が旧来の常識を覆すことの繰り返しなんだよ
非ユークリッド幾何学とか、カントールの濃度の概念とか、ボルツマンの気体分子運動論とか、それこそ相対性理論とか量子力学とか
そういう大きな転換は宗教の復権にはつながらず、逆に科学はそういう新しい常識を組み込むことで発展していった
あと、「天動説=宗教、地動説=科学」という見方は歴史的には正しくない
天動説も元々は観測データを説明するための科学理論として、キリスト教とは関係なく理論的に発展していった
惑星の運行を数学的にそれなりに予測できるところまで仕上がってて、宗教が後からその権威を利用して教義に取り込んだ
原因は色々考えられるけど、簡単にまとめると男女平等が普及して、クネクネが気色悪いという意識が男女ともに芽生えたんだろうなと思う。
女性側は「男に媚びるのはキモい!」という考えが、男性側は「クネクネされたからと言って女に施すのはキモい」という考えが共有されたのだろう。
男性は当然二次元の女性のクネクネには魅力を感じる。施しの必要もないからいいものだ。
しかし女性は二次元の女性のクネクネに怒り狂う。自分たちができなくなったクネクネを男性がタダで享受することを許せないから。
ここから何が言いたいのかというと、女性は二次元の女性のクネクネに怒り狂うのはやめて自らクネクネを売り込むべきで、三次元の女性のクネクネを復権するべきだ。クネクネは武器になるのだから。
昭和から平成初期までは、台本ガッチリ小道具大道具総動員して演出する番組が多かったけど、そういうのが減って、台本の存在感が薄い芸人がなにかをやらされるコンテンツになった。
結局、いじめが1番視聴者にうけて、それ以上の工夫をしなくなった。コンプラ的にも許されなくなってきたし、なにより視聴者がイジメに飽きてきた。
自浄作用かのように、M1が始まったりして、視聴者は「芸」の復権を歓迎したんだけど、売れたら漫才はやらないでコメンテーターポジションにつくっていう伝統だけそのまま。
そうこうしてるうちに、芸人いじめコンテンツも衰退して、雑談しか残らなくなった。
ジュニア時代から応援きてるジャニーズアイドルを推すように、M1から知ってる芸人には親近感がわくっていう感じの育成商法なんだろ?
昔から知ってて親近感が湧いてるから楽しいのであって、初見の人にとっちゃ、「最近あった○○な出来事」とか記憶で喋られてもつまんないよ。
でも、こういうのは宿命なんだろうな。
いつのまにか、よく見知った顔の爺さんたちを見ることが心地よくなって、話してる中身なんて放送直後すら覚えてないくらいに興味がなくなる。
オープニングの渾身の演芸よりも、ジジイたちのダジャレしかない大喜利が1番視聴者に喜ばれる。
新しくテレビをみる人口が増えないから、既にテレビを観る人のためのコンテンツ、つまり知った顔が雑談してるコンテンツばかりになる。
終わりだね。
あーごめんごめん、お察しの通り前の文章は生成AIと一緒に作ったやつで30ラリーくらいした上で最後の添削のところで手伝ってもらったから臭さが残っちゃったね。
今度のこの文章は100%pureメイドバイ人力なので安心してえろ(絶対に添削で残らない語尾を敢えて残すことで証左を高めるテクニック!)
私が前の文章書くにあたって、穢れの部分については文化人類学、男性主権社会の構造分析にはポスト構造主義、他にもフーコーやハンナ・アーレントあたりを援用しながら考察を進めていったから議論が拡散しすぎてはてなーには理解不可能だったかもね。
でもおかげで論点がより可視化されたのでさらに一歩進めることができたよ。BIG LOVE🩷 あと、積極的に私の話を聞いてくれたひとには感謝しかない。
私の主題は、罪を男性に擦りつけることではなかったよ。でも今更こういったところで、ヒス女が話聞いてくれなかったから尻尾振ってきたくらいにしか思われないし、男女対立にした瞬間に血圧200超えちゃうひといるからどうしようもない問題かもしれない。Koshianxさん、昔はあなたが好きだったから寂しい限りです。
前回の私の文章の問題点として挙げられていたのをまとめると以下の3つだと思っている。
①公開垢で言うのが間違い派
①について、確かに、私の素朴に感情を呟くという表現は迂闊だった。反省している。でも、はてブならいいんかってレベルで差別発言してるひといるよね? てかAV女優ごときが何を偉そうにと言っているひともいるし、そいつら一人ひとり叩き潰してから掛かってこいよってこれまた燃えるね。
いいかい、投稿者は元AV女優が私が着る予定だったドレスを着たことを問題にしたんだ。三上悠亜という名指しをしたわけではない。
そこにあったのは、自分の見られ方をコントロールできないという諦めからとも読める。内心の自由を否定しないはてなーなら、アイツの着てるドレスAV女優と同じなんだって、ぷぷ、インフルエンサーなんて同列だから仕方ないねw だったり、AV女優と同じ衣装着てるってエロw 同じドレス着るなんて穢れが移ったね、という見られ方をするのは仕方ないってことなんだよね。これはポスト構造主義的議論。
前回の文章ではここの部分を端折りすぎて議論が拡散していたから丁寧に書くよ。
じゃあ、そもそもAV女優だから最悪って思う心はどこから来ているんだって話。
ここからが文化人類学的な視点になる。穢れというのは、処女性=純潔性→神聖さと対立する概念であって、女性は氏族交換によって価値を生む存在である。その価値を担保するのが穢れのなさである。それを示すのが白無垢=ウェディングドレスだ。逆に言えば、自分自身を商品化する女性には価値がない、けれど社会を維持するためには必要な存在として穢れを負わせることで内包していた—もちろん、コメントにあるように病的な意味で穢れという身体的な惹起があることも確か。
穢れを持つものの身分は固定化されやすく、この差別とは再生産され続けていた、というのが歴史的な経緯。
で、ここからがフェミニズム的な見方になるんだけれど、職業選択の自由や女性の選挙権をはじめとする自主決定権が与えられてから世代で言えば4世代くらいは経っている現代において、建前上は穢れによる身分の固定化というのはないことになっている。
けれど、一方で経済的な事情から身体を商品化する職業を選ばざるを得ない家庭に育つひとがいることも確か。
こうした、選択肢がないものにしか選べない職業ということでセックスワークは現代においても賤業として見られている。
そこに近代以前の穢れ観と結びついて、AV女優をその職業を理由に区別することは、差別だと言われる、と私は読み解いたよ。
他の差別と比べて難しいのが、他の前近代的差別は教科書に載せて、また教育によって廃止するというスローガンがある一方、こちらの穢れについては明文化されてこないものであった。
つまり、投稿者にとってAV女優が着て最悪と言ったのは、現代的な価値観やそもそも身体を商品化している職業者と同一視される可能性を危惧してのことかもしれない。けれど、過去からの文脈を知るものが、穢れと結びつけて差別だと批判したんだよね。
で、ここまで来てようやく私の本題に入るんだ。
この穢れの構造を作ったのは、女性か? 女性は、コメントにあったように自らの商品価値を高めるために他者の純潔性を貶めることをしたり争ったりと主体的に再生産に寄与していた側面はあることは確かだが、そもそも、この純潔性は自らの商品価値であり値付けをする存在がいるからこのマーケットは成り立つんだよね。
そのマーケットの主催者は歴史的に男性だったんじゃないの???
勘違いしてほしくないのは、別に現代に生きる男性を糾弾したいわけじゃない—むしろ私たちは女性に選ばれる側、値付けされる側として大変だもんな。これまでと価値観が転倒してそれに対応するので精一杯だ。でも、女性達が結婚式で着るウェディングドレスの純白には、過去の私たちの価値観が色濃く(むしろ真っ白に)残っている。
ここを認識しないと、この差別を無くすための第一歩にならないということだ。みんな、公共の場で差別を叫んではいけない、という道徳規範を持っているなら、差別を撤廃しようという運動にもベットしてくれるよな?
過去から分断した価値観を持つ者はとっくにこの枠組みから逃れていて、だからこそAV女優について非難することは差別だと思うのかもしれない。けれど、そう言えるのは男性だけであって、今でも値付けされた側には純潔性を巡る呪いから逃れることはできないままでいるんだ。
だから、AV女優に対して普段から暴言を吐かれていても可視化されなかったが、今回炎上したのは、この純潔性の呪いがはっきりと顕れる事象だった、しかもミソジニーが喜ぶ構図で、という最悪の掛け算が起こったからなんだと思う。
そうやって純潔性の呪いから抜け出せないことは前近代的な価値観の復活であり、それはつまり男性主権社会復権の足掛かりなんだから。
私の前回の文章は、議論の範囲やトーンが整理されていなかったことや、現状認識の甘さがあったことは認める。SNSは素朴じゃダメだよな。そこは素直に謝りたい。ごめん。
だけど、私が訴えたかったのは、
ここまで来れば、女性が自分にかけられた呪いを解くターンにあることは確かだし、その呪いを再びかけようとする存在も意識することができる。
私は今回の炎上から、この一歩の必要性を感じたよ。あなたはどう?
追記。私はフェミニストではないよ。ただの人文系を大学時代に齧っただけのものだから、理論の正確性に欠ける部分はあるけれど、この問題を解きほぐすためには人文学の知識を総動員しないといけなかった。大学時代、使うことはあっても何か定規で測っているだけのようだったけれど、初めて知の巨人の肩に少しだけ乗れた気がする。
トランプが本当に目指しているものは何か。民主党の壊滅? 再選? 国家主義の復権? いや、違う。あの男が本気でやろうとしているのは、アメリカ国民の総ブリーフ化である。
まず思い出してほしい。2020年、ホワイトハウスの庭で突如として披露されたあの奇妙な立ち姿。白いポロシャツ、やや短めのスラックス、そしてわずかに透ける下着のライン。そう、ブリーフだ。いや、ブリーフらしきもの。「トランプ ブリーフ」で画像検索してほしい。あの輪郭は決して偶然ではない。
アメリカの男性用下着文化は、長らくトランクスとブリーフの対立であった。冷戦と似ている。自由と包容のトランクス、統制と密着のブリーフ。この文化戦争に終止符を打つべく、ひとりの男が立ち上がった。彼こそが、トランプである。
なぜブリーフなのか? ブリーフは秩序である。形が崩れず、締め付けがあり、すべてを「収める」構造になっている。これはトランプの政治思想に一致する。国境を締め、貿易を制限し、言論をまとめ上げ、移民を押さえ込む。つまり、ブリーフ的支配構造だ。
また、彼の支持層である中西部の保守的白人男性たちの多くは、いまだにブリーフを履いているという統計がある(※たぶんどこかに)。トランプは、彼らの「日常性」に寄り添うかたちで、トランクス系リベラルエリートのゆるみ切った下半身を糾弾しているのだ。ゆるみは堕落であり、堕落は敗北である。だからこそ、彼は口を開けば「tighten up(引き締めろ)」と叫び、壁を作り、関税を課し、マスコミをdisる。これはつまり、アメリカ合衆国に再び「前閉じ」の誇りを取り戻す運動なのだ。
そして最近、トランプが展開しようとしているブランド商品の中に「アンダーウェア」が含まれているという噂がある。まだ現実になっていないが、それは「その時」に向けた布石なのではないか。Make America Brief Again ― これが新しいスローガンだ。
バイデンはボクサーブリーフ派だという説がある。実際、彼のスーツの着こなしには「ブリーフ的構造性」が感じられない。ふわっとしていて、たるんでいて、弛緩している。つまり、トランプにとってのバイデンは、「下着が曖昧な男」、あるいは「収めるべきものを収められない男」なのだ。
私たちは気づかねばならない。この下着の選択こそが、国家のかたちを決めるのだということに。これは単なる衣服の話ではない。アイデンティティの戦争であり、パンツという名の憲法改正である。
もう一度言う。トランプが目指しているのは、再選ではない。統一された価値観、揺るぎない国家観、そしてブリーフによるアメリカの再建である。履くか、履かないか。いや、締めるか、緩めるか。その問いに答える日が、今近づいている。
https://anond.hatelabo.jp/20250727144129
アメリカの対応は表面的で具体的な措置はこれから数か月かかる。撤退(撤僑)は戦争直前や戦争中でないと起きない。
香港国家安全法の制定は、香港の基层統治強化にはつながらず、国際的な反発も大きいが、これは中国共産党ではなく習近平個人の「党を壊し、党を作り直す」ための動きである。
香港は共産党の伝統的政策では消滅対象ではなく、むしろ改革開放派と旧ロシア系諜報グループ(黄俄)にとって極めて重要な拠点だった。彼らは香港を通じて資金調達や諜報活動を行っており、香港の喪失は彼らにとって致命的だ。
中国共産党は伝統的に「黄俄(ロシア系諜報組織)」「山東老幹部(元貧農出身)」そして「改革開放派(元士大夫階級や国民党士大夫の子孫)」という複雑な階層構造で成り立っている。
改革開放は士大夫階級の復権を促し、山東老幹部を抑えつけたが、同時に黄俄諜報系の権力も強化した。
習近平は毛沢東に似たやり方で「党を壊して作り直す」動きを進めており、黄俄系や改革開放派の一部を徹底的に叩いている。反腐敗運動はその表れであり、特に薄熙来の排除はその一環。
公安・軍隊などの強権部門には、「無産階級出身の新無産階級」と「旧無産階級(山東老幹部)」の対立がある。
彼らは文化的背景や趣味嗜好も異なり、階級闘争は内部で続いている。
アメリカは黄俄系を「党の中核」と見なし、経済的恩恵と引き換えに権力の分割を進めてきた。権力を手放す代わりに資産を得る「贖買政策」である。
しかし習近平の登場で、この黄俄系は政治的に弱体化し、資金はあっても軍事力がなく、支配が難しくなっている。
習近平の状況は、スターリンが権力を掌握した初期の混乱と似ている。多くの党内対立者が彼を理解できず、後に大量粛清が起こる。
スターリンは軍事力を持つトロツキー派を排除し、情報機関を駆使して権力を固めた。習近平も類似の道を歩んでいる。
このように、劉仲敬は習近平の香港政策や党内の派閥闘争を、歴史的な中国共産党の構造と比較しながら、「習近平は既存の党の枠組みを壊し、全く新しい党を作ろうとしている」と分析しています。香港封鎖は単なる統治強化ではなく、党内外の既得権益と諜報組織をターゲットにした動きであるという見解です。