はてなキーワード: 公認とは
ユーザーが要求する「もし~だったら」、「~になるにはどうすべきだったのか?」という質問に対して、過去の歴史を振り返って、回答してください
清の滅亡を回避してください
2.あの時代に起こった主要な出来事に対してどのように対応するべきか
この3つを踏まえて回答してください
清の滅亡を回避するためには、以下のような歴史の分岐点での別の選択と構造改革が必要でした。
転換点は第一次アヘン戦争(1840~42年)敗北直後、すなわち道光帝の晩年から咸豊帝の即位期です。
この段階で、単なる部分的軍備強化ではなく、国家存続をかけた「全方位改革」に着手すべきでした。
単なる鎮圧ではなく、乱の背景にある社会矛盾(土地集中、貧困)への対策を並行。
郷紳・曽国藩ら漢人地方エリートの武装化を容認しつつ、中央政府が近代的常備軍(新軍の原型)を早期に創設。
乱の終結後、その軍事力と中央財政を背景に地方督撫の分権化を抑制し、連邦制的な瓦解を阻止する。
戦争自体を回避する外交努力を前置きしつつ、敗北後は北京条約を受け入れつつ、そのショックを逆手に取り「国家存亡の危機」として一気に改革を加速。
総理衙門のような機関を単なる窓口でなく、内閣に準ずる政策決定機関に格上げし、諸外国公使の北京駐在を近代化の触媒として利用する。
日本の明治維新の成功を早い段階で徹底研究し、海軍建設で競うだけでなく、憲法制定・議会開設・内閣制度の導入で政治体制自体を近代化する。
戦争の口実となった朝鮮問題では、対外強硬策に走らず、朝鮮の内政改革を日清共同で支援する構想を実現可能な外交力で押し進める。
西太后が改革派(康有為・梁啓超ら)を弾圧せず、光緒帝を中心とする立憲君主制への移行を主導する。
急進的な「百日改革」ではなく、日本の明治憲法をモデルに10年程度の移行期間を設けた漸進的改革を懿旨(西太后の了承)として出す。
義和団の排外運動は発生段階で徹底的に鎮圧し、列国との共同歩調をとることで北京議定書以前の外交的破綻を防ぎ、主権を守りながら国際的信頼を回復する。
この道筋を取れば、辛亥革命は起きず、清は自ら変革を遂げた正統王朝として1912年以降も存続し得たでしょう。
この歴史の分岐をたどった場合、中国共産党は組織として誕生しなかったか、誕生したとしても極めて周縁的な小勢力にとどまり、中国の政治を左右する存在にはならなかったと考えられます。
なぜなら、中国共産党が歴史的に成長し得た条件のほとんどが、この改変された軌道では失われるからです。
中国共産党は、清朝崩壊後の軍閥割拠、国家分裂、そして外国帝国主義の圧力が極限に達する中で、「救国」を掲げる革命政党として支持を集めました。
改革に成功した清朝が存続し、中央集権的な近代化と不平等条約の段階的改正を実現していれば、国を根底から覆す革命の必然性そのものが薄れます。
五四運動(1919年)の反帝国主義・反伝統の激しいラディカリズムは、民国政府の無力さとヴェルサイユ条約の屈辱に端を発しました。
もし憲法・議会・内閣を備えた立憲君主国が国際社会の中で主権を徐々に回復していたなら、若い知識人たちの多くは陳独秀や李大釗のような革命思想家ではなく、議院内の改革派政党(例えばイギリス自由党や日本の立憲政友会のような存在)に流れていたでしょう。
中国共産党の原動力は、無権利状態の都市労働者と貧窮にあえぐ農民でした。
私の提示した道筋では、皇帝政府が「労働者保護と農地改革(小作料の法定化)」を漸進的に進め、官営工場から始まった工業化が民族資本の育成につながるため、搾取の構造は徐々に改善されます。
社会立法と改革が上から施されることで、階級闘争を呼び込むよりは、社会民主主義的な労働組合の公認に落ち着く可能性が高いでしょう。
ロシア革命(1917年)の成功が中国の共産主義者に与えた衝撃は、「後進国でも社会主義革命は可能だ」というモデルでした。
しかし清朝が既に立憲君主制へ移行し、民族自決を連邦制に吸収して辺境も安定させている状況では、コミンテルンの工作員が入り込む隙間は格段に減ります。
また、沿海部に外国の租界が残っていなければ、そこを安全な根拠地として使うこともできません。
清朝という伝統的王朝がみずから憲法を制定し改革の主体となれば、「打倒孔家店(儒教を打倒せよ)」に象徴される全面的な反伝統運動は起こりません。
「東洋の道徳、西洋の芸術(技術)」を掲げた漸進的な近代化が成功すれば、伝統文化を全否定するイデオロギーとしての共産主義が、文化的に訴求力を持つこともなかったでしょう。
したがって、この歴史の線路においては、中国共産党が指導政党として全国を掌握する未来は訪れないというのが、歴史シミュレーターとしての結論です。
中国はむしろ、立憲君主制の下で早熟な議会政治と保護貿易による工業化を遂げ、20世紀後半には「大英帝国から英連邦へ」と変貌したように、多民族連合の「大清連邦」としてアジアで独自の位置を占めていたでしょう。
その政体では、社会主義政党が誕生したとしても、日本の社会党や英国の労働党のように、同じ立憲体制の枠内で穏健な野党として活動するにとどまったはずです。
タイトルがもう自慢みたいで嫌なんだが、自慢じゃない。むしろ逆だ。
俺はずっと、自分の頭はどこか壊れてると思って生きてきた。だから検査を受けた。
結果が、132だった。
書く順番を間違えると全部嘘くさくなる気がするから、最初から書く。
俺は34歳、都内の中堅メーカーで営業企画みたいなことをしてる。
仕事ができないわけじゃない。ただ、できる時とできない時の差が異常にデカい。
企画書を書かせると上司が「お前これどこから出てきた発想だよ」と笑うようなアイデアが出る。
一方で、月末の経費精算でレシートの日付を3回連続で打ち間違える。会議の電話番号を聞き取れなくて聞き返す。「先週の議事録のあの件だけど」と言われて、議事録の存在ごと忘れてる。
20代の頃はそれを「ムラっ気」で済ませてきた。
30過ぎたら誤魔化しが効かなくなった。
去年、得意先への請求書を1ヶ月送り忘れて先方の経理を激怒させた。あれは凹んだ。普通こんなミスしないだろ、と自分で思った。
それで精神科に行った。
発達障害の検査をしたい、と言った。受付のお姉さんは、こういう客に慣れた感じで「では初診の予約から」と言った。
「いつから困ってます」「子供の頃の通知表は」「家族に同様の特性は」みたいなことを30分聞かれた。最後に「WAIS-IVを受けてみますか」と言われた。
WAIS-IV。ウェイス・フォー、と読む。世界で一番使われてる大人向けの知能検査だ。
発達障害そのものを判定する検査ではない。「あなたの頭の中の凸凹を見る」検査だ、と医者は説明した。
検査は2週間後に予約された。
費用は保険適用で自己負担1350円程度、と言われた。安い。Netflixの月額より安い。
検査当日のことを書く。
検査室は4畳半くらいの個室で、机を挟んで臨床心理士の女性と向かい合った。30代くらい。終始物腰が柔らかい。
机の上には、検査キットらしき木箱と、何種類もの冊子と、ストップウォッチ。あとティッシュ箱。なぜティッシュなのかは後でわかった。
「これから2時間ほど、いろんな課題をやってもらいます。途中で休憩できます。わからない問題は『わかりません』で大丈夫です。最後までできなくても大丈夫です」
心理士はそう言った。声がやけに優しい。たぶん、緊張してビビってる受検者を山ほど見てきた声だ。
俺は「果物です」と答えた。
「両方とも芸術作品で、人間が制作するもので、視覚を通して鑑賞される表現形式、という意味で似てます」
心理士の手が止まった。一瞬だけ。
これが後でわかったんだが、こういう問題には「採点基準」があって、抽象度の高い回答ほど点が高くつく。「果物」は1点、「植物」は2点、「自然界の生命体」は3点、みたいな構造らしい。
俺はたぶん全部の問題で、聞かれた瞬間に脳が勝手に最上位の抽象を引っ張り出した。これは後で結果を見て知ったことだ。本人としては「普通に答えた」だけだった。
次が「積木模様」。
赤と白に塗り分けられたサイコロみたいな積木が9個渡される。心理士が「この絵と同じ模様を作ってください」と図形を提示する。タイマーが鳴る。
俺は途中で「あ、これ全部の積木の側面パターンが2種類しかないから、必要な面さえ向ければいい」と気づいた。それからは、図形を見た瞬間に必要な「面」だけ脳内で先にレイアウトして、積木は後から面を合わせるだけになった。
心理士のストップウォッチが、何回か0.5秒くらいで止まった。
俺はその時、自分が褒められてるのか変な目で見られてるのかわからなかった。
そのあと「数唱」というのが来た。
3-7-2。簡単。
8-4-9-1-7-3-2。…7個までは行けた。
「次は、逆の順番で言ってください」
9-6-2-4-8-3-1。逆順。…これが、できなかった。
途中で「あれ、4の前なんだっけ」となって脳がフリーズした。同じ問題を3問続けて落とした。心理士が「次の課題に行きますね」と言った。声色は変わらなかったけど、俺はその瞬間「あ、ここは俺の苦手領域だ」と直感した。
「符号」というのが来た。
記号と数字の対応表が上にあって、下にランダムに並んだ数字の下に、対応する記号を書き写していく。120秒。
これも、できなかった。
正確には、できたけど、遅かった。
俺は5番目くらいで「対応表を覚えれば見なくて済む」と思って、対応表を一回見て覚えようとした。覚えきる前にタイマーがガンガン進む。焦って書き写しに戻る。書き写しはできるけど、心が折れてるから手が震える。震えるからケアレスミスが出る。
終わった時、心理士が「お疲れ様でした」と言った。俺は「すいません、これ全然できなかった」と言った。心理士は微笑んで「皆さんそうです」とだけ言った。
休憩を10分挟んで、後半。
4×4くらいのマス目に、ある法則で図形が並んでて、空白の1マスに入る図形を6択から選ぶ。IQテストでよくあるあれだ。
楽しかったというのは語弊がある。脳の中で、何か正しい場所に正しい部品がカチッとハマる感覚があった。プラモデルで一番小さい部品が、迷ってた手のひらの上から正しい場所に吸い込まれる、あの感覚。
全問、考える前に答えが見えていた。
「『遵守』という言葉の意味を説明してください」「日本の首都はどこですか」「人はなぜ法律を守るんでしょうか」
こういうやつ。これも口が勝手に動いた。
特に「理解」の問題は、俺の中で勝手に映画の脚本みたいなのが回り始めて、「法律を守るのは社会契約の維持に必要で、契約を破ることのコストが個人の利益を上回る設計になってるから」みたいなことを言った。心理士が「ありがとうございます」とだけ言ってメモを取った。
検査が終わった時、心理士は「お疲れ様でした、結果は2週間後にドクターから説明があります」と言って、ティッシュ箱から1枚抜いて俺に渡した。
俺は何も泣いてなかった。ただ、汗が顎から落ちる寸前だった。
2週間後、診察室で結果を聞いた。
医者は紙を1枚机に置いた。レーダーチャートがあって、4本の棒グラフがあって、数字が並んでた。
自覚、なかった。
「ない、です」と答えた。
医者は紙を俺の方に向けた。
「これね、VCIとPRIだけ見ると上位0.3%です。MENSAの基準は楽勝で超えてます。でもね、ワーキングメモリと処理速度が、ほぼ平均ど真ん中。この差が、43ポイントある。これはかなり大きい凸凹です」
「あなたが感じてた『仕事ができない』は、本当の意味では『できない』じゃないです。あなたの言語理解と知覚推理が高すぎて、ワーキングメモリと処理速度が、相対的に追いついてない。本人の中で常に『俺の他の能力が、俺の足を引っ張ってる』状態になってる。これはね、しんどいですよ」
俺は医者の言葉を聞きながら、顔の筋肉が固まってくのを感じた。
「自慢ですね、なんかすいません」と俺は言った。
医者は笑った。
「自慢じゃないですよ。自慢じゃない。あなた、たぶん『自分は変だ』って思って生きてきたでしょ。変じゃないんです。ただ、社会の平均的な仕組みが、あなたみたいなプロファイルの人に最適化されてないだけ」
検査結果を聞いた帰りの電車で、俺は新宿駅から自宅最寄りまでの30分間、ずっと自分の人生を再生してた。
小学校の時、全教科の平均点が異常に高いのに、夏休みの宿題のドリルを毎年8月31日にやってた俺。
中学の時、数学の応用問題は10秒で解けるのに、計算問題で連続して符号ミスをして100点を取れなかった俺。
高校の時、現代文が偏差値75あるのに英単語の暗記がどうしても回らなくて、英語は60を切ってた俺。
大学の時、卒論で教授に「お前の文章は構造がきれい」と褒められたのに、卒業要件の単位を1個落としかけて留年スレスレだった俺。
全部、つながってた。
違った。
俺の頭の中には、競走馬みたいに速い領域と、自転車を後ろ向きに漕ぐみたいな領域が、同居してた。
速い方が「自分の標準」だと思って生きてきたから、遅い方の自分が出てくると「なんで俺、こんなこともできないんだ」と毎回殴られた。
殴ってたのは他人じゃなくて、俺自身の中の、速い方の俺だった。
これが、しんどかった理由だ。
自分の中の優秀な方の自分が、自分の中の平均的な方の自分を、毎日殴り続けてた。
たとえ話を、もう一個書かせてくれ。
俺の頭は、エンジンが2000ccのスポーツカーに、軽自動車のタイヤが付いてる状態だった。
エンジンは喜んで吹け上がる。アクセルを踏めばすぐ100キロ出る。
でもタイヤが軽自動車だから、コーナーで踏ん張れない。雨が降ると滑る。長時間走ると焼ける。
ドライバー(俺)は、エンジンの音を聞いて「俺の車は走れる」と思って毎回踏み込む。
そしてコーナーで毎回横に飛んでいく。
何回も飛んだ。何回も「自分の運転が下手だから飛ぶんだ」と思って、運転テクの本を買って勉強した。
違った。タイヤが弱かっただけだった。
コーナーでは諦めて減速する。直線で全部取り返す。それでいい、と医者に言われた。
これは「障害があった」って話じゃない。
俺のWMI(99)とPSI(92)は、世間的には完全に「平均」だ。一般人と同じ。
ただ、俺の他のスペックが上振れすぎて、平均的な部分が「機能不全」に見えるレベルで足を引っ張ってた、というだけだ。
むしろ、平均的な機能を平均的なまま使ってる人のほうが、人生は楽だと思う。
レーダーチャートの紙の右下に、心理士の手書きで一文だけメモが入ってた。
「ご自身の得意な領域を活かしつつ、苦手な領域は外部ツールやサポートで補うことを推奨します」
外部ツール。
俺はこの3文字に、たぶん30秒くらい目が止まった。
「俺の足りない部分は、俺自身で頑張って補わなきゃいけない」と思って34年生きてきた。
違った。
外で補っていい、と国家資格を持った人が文書で公認してくれた。
IQが132だったことより、「Excelに任せていい」「カレンダーアプリに任せていい」「同僚の力を借りていい」と、医療として公式に許可されたこと。これが効いた。
検査の翌週から、俺は会社のメールに自動振り分けルールを20個追加した。
会議は全部録音するようにして、議事録は文字起こしAIに任せた。
請求書は経理に「月末3営業日前にリマインドしてください」と頭を下げて頼んだ。
ミスが、減った。
劇的に減った。当たり前だ。タイヤを4本とも履き替えたんだから。
そして、減ったぶんのリソースで、得意な企画の方をもっと深く考えるようになった。
今期、俺の課の売上が部内トップになった。たぶん、IQ132の本領が、初めて発揮された期だ。
俺と同じように「自分はムラがある」「できる時とできない時の差が大きい」「子供の頃から自分のどこかが壊れてると思ってきた」って人に、たぶんWAIS-IVは効く。
発達障害かどうかを白黒つけるためじゃない。
自分の中の「速い俺」と「遅い俺」を、他人事として眺める視点をくれるから、効く。
受けてから2週間で結果が出る。
精神科に行く勇気が要るのは知ってる。俺も予約電話を3回かけ直した。
それでも、行ったほうがいい。
「自分が自分を殴ってる」状態で生きてる人、世の中に俺が思ってた10倍はいる気がする。
俺はもう、自分を殴ってない。
速い俺と遅い俺、両方が同じ車に乗ってる。それでいい。
タイヤを履き替えれば、そのスポーツカーは、ちゃんと走るから。
追記。
「IQ132で会社員してるの、もったいなくね?」って言われそうなんで先回りして書く。
全検査IQ132って、たぶん同年代の同期100人いたら2〜3人いる程度の数値だ。
珍しくない。普通に会社にいる。あなたの隣の同僚かもしれない。
測らないまま生きていける人は測らなくていい。
少なくともコイツよりかは正しい
・金融機関のキャッシュカードを他人に不正に譲り渡し、振り込め詐欺に悪用された。(犯罪収益移転防止法違反の疑い)
・「寸借詐欺」大田区在住の独居高齢者(80代)の方から借金。「借金をしたこと」は誰にも言わないように、荻野から口止めをされた。調査をしたところ、他にも複数借金をしていることが判明。
・コロナ禍、40度の熱があるのに自己判断で通常の活動を行っていた。
・殺害予告を受け、ベルトホルダーにてナイフを携帯(銃刀法違反)
・委員長を務めていた東京JC大田区委員会のお金の使い込みが発覚。
・名誉毀損で訴えられ、謝罪文掲載と20万円の支払いを命じられた。
・妻の裁判にあたりカンパを集め、月一でカンパの額を公開すると言っていたのに、ずっと公開されず。
・金融機関のキャッシュカードを他人に不正に譲り渡し、振り込め詐欺に悪用された。(犯罪収益移転防止法違反の疑い)
・「寸借詐欺」大田区在住の独居高齢者(80代)の方から借金。「借金をしたこと」は誰にも言わないように、荻野から口止めをされた。調査をしたところ、他にも複数借金をしていることが判明。
・コロナ禍、40度の熱があるのに自己判断で通常の活動を行っていた。
・殺害予告を受け、ベルトホルダーにてナイフを携帯(銃刀法違反)
・委員長を務めていた東京JC大田区委員会のお金の使い込みが発覚。
・名誉毀損で訴えられ、謝罪文掲載と20万円の支払いを命じられた。
・妻の裁判にあたりカンパを集め、月一でカンパの額を公開すると言っていたのに、ずっと公開されず。
釈迦(ブッダ)はバラモン教の階級制度・有料儀式・神々への依存を徹底的に喝破した。
金銭で功徳を買う行為など、想像すらしていなかったはずだ。それが特に日本では、死後の戒名授与や高額お布施を伴う「葬式仏教」として定着した。なぜ、輪廻からの完全脱出を理想とした教えが、死者供養のビジネスに変貌したのか。原始仏教の思想と大乗仏教の展開、そして日本独自の歴史的必然を、独立した視点で整理する。
紀元前5世紀頃のインドで、釈迦は当時の宗教界を根本から批判した。バラモン教は祭祀・呪術・金銭による功徳取引を基盤とし、永遠の魂(アートマン)を前提に輪廻を語っていた。これに対し、釈迦は諸行無常・一切皆苦・諸法無我の四法印を掲げた。世界は瞬間ごとに生滅し、固定の実体(我)はなく、生老病死は避けられない苦である。
出家者(比丘)に対する戒律は厳格だった。律蔵(Vinaya Pitaka)では、金銀の授受を明確に禁じている。「比丘よ、金銀を受け取ってはならない。他人に受け取らせてはならない。これを破れば捨堕の罪である」(Nissaggiya Pācittiya 18)。布施は自発的な喜捨でなければならず、対価としての儀式販売は許されなかった。葬儀自体も、僧侶の直接関与を避ける傾向が強かった。死体は「穢れ」とされ、修行の妨げになるとされたからだ。
「完全な消滅」(無余涅槃)が理想で、永遠の魂を前提とする常住論も、すべてが無になるとする断滅論も、ともに「中道」から逸脱した邪見とされた。
神頼み・儀式依存・金で救済を買う商売を、毒矢の譬え(矢が刺さったまま原因を詮索する無益さ)で一蹴した。目的は個人の解脱であり、組織化された宗教団体すら、釈迦自身は最小限に留めた。
釈迦没後約500年後、インド北部で大乗仏教が興った。「小乗」(上座部)と自らを区別し、「大いなる乗り物」として一切衆生の救済を掲げた点が決定的だった。原始仏教の個人解脱に対し、大乗は菩薩道を理想とする。菩薩は自らの涅槃を遅らせ、衆生を救うためにあえて苦行を続ける。
衆生の能力や文化に合わせて教えを柔軟に変容させる手段だ。これにより、厳格な出家戒律や無神論的性格が緩和された。
中国に伝わった大乗は、現地の祖先崇拝や道教的儀礼と融合。死後供養・功徳回向が積極的に取り入れられ、在家信者向けの浄土信仰(阿弥陀仏による救済)が拡大した。戒律も大乗戒(梵網経など)として再解釈され、菩薩の利他行を優先するようになった。
この方便は、仏教の「生存戦略」でもあった。民衆に広まるためには、現地文化に適応せざるを得なかった。しかし同時に、原始の精神を薄め、儀式・供養・経済的布施への依存を許す土壌を生んだ。インド・中国ではまだ「死後ビジネス」までは発展しなかったが、日本への伝播で決定的な変化が起きる。
仏教は6世紀に日本へ伝来したが、当初は国家鎮護・貴族の氏寺として機能した。飛鳥・奈良時代、僧侶は葬儀に直接関わらなかった。死の「穢れ」を嫌う神道的な観念が強く、官僧(国家公認の僧)は死体に近づくことを避けた。
転機は鎌倉時代だった。遁世僧(とんせいそう)と呼ばれる民間僧が現れ、死の不安に苛まれる庶民のために葬儀・供養を積極的に担った。
1630年代、幕府はキリスト教禁制のため寺請制度(檀家制度)を全国に施行した。全庶民をどこかの寺院の檀家に強制登録させ、寺が戸籍(宗旨人別改帳)を管理。出生・死亡・婚姻の証明を発行し、死体検分まで行った。結果、葬儀・法事・戒名授与が寺の独占業務となった。戒名(死後与えられる仏弟子の名)は、元々出家者の生前名だったが、日本では位階付き(信士・居士・院号など)で一般化し、「長い戒名=高額お布施」という金銭取引が生まれた。
荘園崩壊後の寺院経営危機も、檀家からの継続的布施を必要とした。こうして、原始仏教の「金銀は毒蛇のごとし」という戒律は、遠い過去のものとなった。
江戸幕府は仏教をキリシタン摘発の道具に利用した。信仰の自由などなく、寺檀関係は義務だった。
大乗の方便が、日本古来の祖先崇拝・家制度と結びついた。死後の供養は「家」の存続を象徴し、戒名は家名を仏教的に昇華させる手段となった。
少子化以前から、寺院は布施に頼らざるを得なかった。方便の名の下に、原始の喝破精神は置き去りにされた。
浄土真宗のように法名を簡素化・生前授与する宗派もあるが、多数派は戒名料を伴う葬儀中心だ。
今日、寺離れ・直葬(火葬のみ)の増加は、この歴史的矛盾を浮き彫りにしている。原始仏教の視点から見れば、戒名料や葬儀独占はブッダの教えに明確に反する。金で徳を買う行為は、貪欲を増長させるだけで、涅槃の道ではない。
大乗の方便は、仏教を世界に広めた功績がある。しかし、少子高齢化で檀家減少が進む今、僧侶自身が「生活仏教」への転換を模索している。生前からのつながり、戒名なしの俗名供養、原始の喝破精神への回帰―これが、本来の仏教が「葬式屋」から脱却するための道かもしれない。
アンチ宗教の精神を忘れたとき、仏教は単なる葬儀屋となる。2000年の歴史を振り返り、私たちは再び「中道」を問う時を迎えている。
原神でもブルアカでもホロライブでもいいけど、ガイドラインの最後の方をちゃんと読めよ。
この最強のジョーカーが入ってる時点で、公式はお前に何も約束してないんだわ。
お前がどれだけルールを守ってるつもりでも、公式が「あ、こいつの絵、なんかムカつくわ」「ブランドイメージに合わないわ」って思ったら、その瞬間にアウト。
ガイドラインは「ここまでは安全」という保証書じゃない。「俺様が機嫌を損ねたら、いつでもお前を潰せるけど?」っていう最後通牒の猶予期間にすぎない。
そもそも法的に言えば、二次創作はどこまで行っても著作権侵害なんだよ。
あれは「契約」じゃない。ただの「一方的なお願い」か、良くて「今のところは訴えないでおいてやるリスト」だ。
「お願い」に従ったところで、著作権者と対等な立場になれるわけじゃない。お前らは依然として「泥棒した素材で勝手に商売(あるいは承認欲求の充足)をしてる居候」でしかないんだよ。
ガイドラインを読んで「公式公認!」とか言ってる奴は、マジでリテラシーが低すぎて見てられない。
ローソンはセブンと違って一店舗で利益を上げられた人はいないと本部公認のあこぎ会社らしいよ。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260429153849# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCafGnfQAKCRBwMdsubs4+ SHdGAQDUoe4eNaVDgVFCEw5baXHHxVPH2k+FwIJPlgxoPXwP0wD/WlYDWUyQgyhX wmzsFOx8XeQSebK0H5cA0ClSPZWPVAg= =XnyV -----END PGP SIGNATURE-----
あのね、安楽死の議論なんて聞いてるとさ、なんだかお部屋のお片付けの延長線上にあるみたいで、私はおかしくてしょうがないんだよ。世の中みんな断捨離がお好きでしょ? いらないモノを捨ててスッキリしましょう、なんて。そのうちいらなくなった自分までゴミの日に出しちゃいそうな勢いなんだも〜ん🗑️🏃
最近の安楽死論議っていうのはさ、要するに人生のタイパを最後まで追求しましょうって話でしょ。そんなに急いでどこへ行くのよって感じなんだけど、みんな大真面目なんだね?笑
みんな「自分の意志で死ぬのは権利だ!」って鼻息荒くしてるけどさ、この国で「権利」なんて言葉が使われる時は、大抵「みんながそう言ってるから」っていう流行語大賞みたいなもんなんだよ?
死ぬ権利が公認されたら、お役所や世間様はニコニコしながらこう言うに決まってるじゃない。「あら〜、まだ閉店しないんですか? お得な死後プラン、用意してありますよ」ってさ。これ、権利じゃなくて、単なる忖度の強要だろ。
今の日本っていうのは、自分を「一、十、百、千……」って数値化しないと安心できない病気にかかってるんだよ。システムの側からすれば、税金を食うだけでリターンを生まないお年寄りや病人は、帳簿上の不良債権なわけ。
で、その不良債権が「自ら消えてくれる」って言い出したら、そりゃあ拍手喝采よ。「なんて慈悲深い、合理的な選択でしょう!👏」なんて。でもそれさ、要するに「お荷物は自分で片付けろ」っていう、ケチな会計士の論理じゃないの?そんな冷え切ったソロバン勘定に、自分の命を預けていいのー??こわいねヒエー😨
3. ポカンとしたまま死なないで
みんなさ、自分を動かすための独自の掟を持ってないでしょ。だから、外から「こうするのがスマートですよ♡」ってマニュアルが降ってくると、すぐにインストールしちゃうんでしょ。
「生きる意味が見つからないから、とりあえず死ぬという解決策を選びます!」なんて、夏休みの宿題が終わらないから学校を爆破しますっていう子供の理屈と同じなンだよ!
魂が空っぽになっちゃったところに、全体主義っていう得体の知れないOSが「効率的な死」っていうアプリを勝手にダウンロードしてくる。こわっ!!
あのね、生きてる人間っていうのは、本来システムにとっては邪魔なノイズなんだよ。食べれば出すし、理屈に合わないことで泣き喚くし、とにかく効率が悪いしな?
でもね、その効率の悪さこそが人間の手触りってやつでしょ。それを「綺麗に、論理的に、ご迷惑をかけずに」お片付けしましょうなんて、そんなの人間扱いじゃなくて、ただの在庫処分だよ!
すべてをハックして、数値化して、最後は死をもって完勝したつもりになってる社会。そんなの、ガサガサに乾ききった、ちっとも色っぽくない世界、つまんな!
だからさ、そんな死の合理化っていう小ぎれいな誘惑には、あっかんべだよ😛
「私は理由もなく、ダラダラと、システムの邪魔をしながら生きてやるんだ!」っていう、その居直り。それこそが、一番パンクで、一番ウィットに富んだでるんだいー!
→解決する気があまりなく、事実上放置。物価高が止まる気配まったくなし。
○外交問題
→中国に対して不用意な発言連発で現場は大混乱。イラン戦争では世界中の国(アメリカの世論を含む)で唯一トランプを支持する姿勢を表明。原油・ナフサ不足も、いまのところ確保の目処がたったというニュースはないのに、節約を呼びかけることもしない。
○消費減税
→場当たり発言を繰り返すばかりで一貫性がなく、選挙中も曖昧な態度に終始。現在もまったくやる気がない。個人的には大反対なので、このままつぶれてほしいが。
→TM報告書から、ズブズブな関係は明らかに。完全に黙殺を決め込んでおり、隙あらば関係修復まで考えてそうな気配。
→世論調査では7割超が女性天皇支持だが、高市首相は男系絶対死守で、生まれた時から民間人である元皇族の子孫を天皇にすることを可能にするという、もともとは保守論壇の中でも非常識なカルト的主張だった改正案を真面目に推進。
○その他
官僚のレクを受けない、素人勉強で独学する、記者会見をほとんどしない、党首討論にも応じない、自民党の幹部とも会わず官邸にこもりっきり、夫が異常な社会保障嫌いカルトで介護保険すら利用せず、家事と介護に疲弊して睡眠不足、などなど。
岸田・石破のほうが圧倒的にまともだったことは明らかなのに、なぜ岸田・石破政権は支持率が低く、高市政権は高いのか。支持率が低い理由として上記の問題が挙げられていたから、なおさら不可解である。Youtubeが悪い。
・金融機関のキャッシュカードを他人に不正に譲り渡し、振り込め詐欺に悪用された。(犯罪収益移転防止法違反の疑い)
・「寸借詐欺」大田区在住の独居高齢者(80代)の方から借金。「借金をしたこと」は誰にも言わないように、荻野から口止めをされた。調査をしたところ、他にも複数借金をしていることが判明。
・コロナ禍、40度の熱があるのに自己判断で通常の活動を行っていた。
・殺害予告を受け、ベルトホルダーにてナイフを携帯(銃刀法違反)
・委員長を務めていた東京JC大田区委員会のお金の使い込みが発覚。
・名誉毀損で訴えられ、謝罪文掲載と20万円の支払いを命じられた。
・妻の裁判にあたりカンパを集め、月一でカンパの額を公開すると言っていたのに、ずっと公開されず。
・都ファで公認をもらうため、ずっと反対し続けていた新空港線について、急に必要だと言い始めた。
•自死遺族ではないのに、議会で自死遺族だと主張。その後、親族から「嘘をつくな」との指摘を受ける。実際は肺炎だった。
Xより転載
最初は軽い遊びのつもりだった。
最近なにかと話題のAIに、小説を書かせてみたらどうなるんだろう──そんな好奇心から、いくつか雑なプロンプトを投げてみたのが始まりだ。「パトレイバー風で」「異世界」「警察もの」。今思えばずいぶん雑なくくり方だけど、AIは文句ひとつ言わずに受け取って、しばらくの沈黙のあと、するりと一つのタイトルを出してきた。
この時点ではまだ、半分ネタのつもりだった。語感はいいけど、いかにもそれっぽすぎる。そんな第一印象。
ところが本文を読み始めて、少しずつ背筋が伸びていく。
舞台は、ダンジョンテクノロジーが急速に発展した都市国家。かつては未知の領域だったダンジョンは、資源と技術の宝庫として開発が進み、その副作用みたいに“レイダー犯罪”が増えていた。レイダー──要するに他作品でいうところの冒険者に近い存在だが、この世界では半ば公認、半ば野放しのグレーな職業で、腕さえあれば何でもあり、という連中だ。
問題は、その「何でもあり」が都市の中にまで持ち込まれ始めたことだった。
違法に持ち出された魔導資源、改造された遺物、ダンジョン産の危険生物の密売。そういうものを扱うレイダーたちが、やがて組織化し、普通の警察では手に負えない領域に踏み込んでくる。
そこで出てくるのが、「特殊魔導2課」。
魔導技術を応用した専用装備で、レイダー犯罪に対抗するために設立された部署だ。現場主義で、上層部からは半ば厄介者扱いされているが、厄介ごとはだいたいここに回ってくる。
……この設定だけでもう、だいぶ“わかってる”。
新人隊員が配属されてきて、クセの強い面々に揉まれるところから話は始まる。ダンジョン帰りのレイダーを取り締まる日常任務。押収した魔導品の扱いを巡って整備班と揉めるやりとり。書類仕事を後回しにして上司に怒鳴られるくだり。
どれも細かいのに妙にリアルで、「ああ、この世界ちゃんと回ってるな」と思わせてくる。
完全な悪ではない。むしろ、都市の発展に貢献してきた側面もある。だから一律に取り締まることもできないし、かといって放置すれば被害が出る。その曖昧な立場が、事件のたびにじわじわ効いてくる。
取り締まる側も、どこか割り切れていない。
その空気が、妙に良かった。
中盤からは、ダンジョンテクノロジーそのものに関わる不正利用の話が浮上してきて、レイダー犯罪が単なる現場レベルの問題じゃないことが見えてくる。供給ルートの歪み、利権の匂い、そしてそれを見て見ぬふりをしている上層部。
気づけば、「これ続きどうなるんだ?」と完全に引き込まれていた。
最初はネタのつもりだったのに、読み終えた頃にはすっかり好きになっている。悔しいけど、普通に面白い。
で、やっぱり思う。
これ、誰かに読ませたいな、と。
絶対この設定好きなやついるし、「特殊魔導2課」の面子の話だけで何時間も語れる自信がある。でも同時に、ふとブレーキがかかる。
これ、どこまで大丈夫なんだ?
自分で条件を出したとはいえ、「パトレイバー風」という時点で、どこかしら既存作品の影響はあるはずだし、AIがどの程度それを引きずっているのか、自分には判断がつかない。
面白い。間違いなく。
でも、その面白さをそのまま外に出していいのかは、ちょっと別の話だ。
だから結局、この『魔導警察パトレイダー』は、まだ人に見せていない。
おすすめしたくてたまらないのに、どこかで引っかかっている。そんな微妙な距離感のまま、今もときどき読み返しては、「やっぱいいよなこれ」と一人で頷いている。
俺は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の元ネタは「魔法の国ザンス ルーグナ城の秘密」だと思っている。
そう考えるのは、たぶん、夕方の電車の窓から見えるマンション群の影が、ときどき昔住んでいた団地に似て見えるのと、同じくらい根拠のないことだ。
誰もそんなことは言ってないし、ネットニュースにもならない。でも、俺にとってはけっこう重大な発見なのだ。世界の見え方が、少しだけ違ってくるから。
どちらの本も、表紙だけ眺めると、まったく別の方向を向いているように見える。
「ヘイル・メアリー」は真空パックされた最新式の宇宙食みたいな顔をしている。
カロリー表示も栄養バランスも完璧で、NASA公認のお墨付きがありそうだ。
一方「ルーグナ城の秘密」は、地方の駄菓子屋のガラスケースの奥に、なぜかまだ残っている色あせたラムネみたいなものだ。
ページを開いてみると、そこではどちらも、とても奇妙な友情が育っている。
ヘイル・メアリーでは、ひとりぼっちの科学教師が、宇宙の暗闇の真ん中で、岩みたいな異星人と友だちになる。
彼らは素数を数え、音程を並べ、やがて冗談を言い合う。数学と物理が、そこでは居酒屋のカウンターみたいな役目を果たしている。
全然違う世界から迷い込んできた二人が、とりあえず同じ皿の枝豆に手を伸ばすための、小さなきっかけだ。
一方、ルーグナ城では、魔法使いの城とゾンビと幽霊の入り混じった騒ぎの中で、少年が巨大なクモと肩を並べる。
肩、といってもクモに肩があるのかどうか、僕にはよくわからない。
でも彼らは一緒に走り、一緒に危ない橋を渡る。魔法とギャグと、やや悪趣味な設定が、彼らにとっての居酒屋のカウンターになっている。
俺がこの二冊を並べて机の上に置くとき、同じことを思う。
人間は、人間同士よりも、むしろ人間じゃないものと一緒にいるときのほうが、よっぽど人間らしく見えることがある。
だから彼らの前では、「いい人であろうとする演技」はほとんど意味を持たない。
意味を持つのは、もっと単純なことだ。相手を見捨てるか、見捨てないか。逃げるか、踏みとどまるか。
ヘイル・メアリーの最後のほうで、主人公が選ぶあの面倒な決断は、そういう単純なところまで削ぎ落とされた結果だし、ルーグナ城で少年がクモのために動くときも、やはりそこまで話が削ぎ落とされている気がする。
それは、料理を出されたときに「これって何キロカロリーあるの?」といきなり聞いてしまうようなものだ。
だいたいのことはそうやって数値化できるだろうが、テーブルの上の楽しい空気はどこかへ逃げていく。
でもときどき俺は、あえてそういう雑な言葉を手に取ってみたくなる。
「ヘイル・メアリー」のページをめくりながら、ロッキーが工具をいじったり、奇妙な金属音で笑ったりする場面に出会うと、その背後から、ひょいとジャンパーの足が見える気がするからだ。
それはたぶん、俺の脳内だけに投影された、個人的な二重露光だ。
けれど一度そうとらえてしまうと、本の風景は別の顔を見せ始める。
創作というものは、遠く離れた本棚同士が、たまにこっそり電話をかけ合うみたいなところがある。
ある作家が若いころに読んだ文庫本が、時間をかけて頭の中で発酵して、ずっとあとになって別のかたちで現れる。
本人はもう、ラベルなんて読めない。けれど発酵食品の匂いだけは、どこかに残っている。
宇宙船の中の孤独や、魔法の国の城壁の風の音の中にも、その匂いがかすかに混じっている。
だから僕は、「きっとどこかで、この二冊は同じ樽に入っていたんだ」と勝手に想像する。
証拠なんていらない。冷蔵庫の奥から同じ匂いがしたら、だいたい同じ棚に置いてあったんだろうと信じてしまうのと同じように。
読者としてできるのは、その匂いに名前をつけてみることだけだ。
「これは元ネタだ」と言うとき、俺は本当は、「これはとてもよく似た夢の、別バージョンだ」と言い換えているのかもしれない。
宇宙船の小さなベッドの上で見た夢と、魔法の国の石畳の上で見た夢。
その二つが、ページの裏側でそっと手をつなぎ合っている。
平和学習(特に「現場体験型」)が意図せず(または半ば意図的に)特定の政治的傾向の強い団体に利益を提供する構造は、教育理念・実践の特性と外部パートナー選定の甘さが絡み合った結果です。以下に、検索・報道・学校事例から抽出した具体的なメカニズムを整理します(同志社国際高の不屈号ケースを典型例に、一般化)。
• 平和学習は「教科書・資料館だけでは不十分」「生徒が自分の目で確かめる」ことを重視(同志社国際高公式文書:1980年代から「現地で平和活動をしている方々の助けを借り、手作りで研修旅行を作り上げてきた」)。
• 歴史的事象(広島・長崎)は公的資料館で中立的に学べるが、**現在進行中の争点(基地問題、佐渡金山「強制連行」主張、加害史強調など)**になると、中立的な商業ツアー業者がほぼ存在しない。
◦ 辺野古の場合:海上視察ができるのはヘリ基地反対協議会(抗議船「不屈」「平和丸」)しか実質選択肢なし。学校側「運航主体を把握していない」と釈明するが、長年継続で慣例化。
◦ 結果:団体が「唯一の現場アクセス提供者」になり、学校が依存 → 生徒を案内役・説明役として活用
• 抗議団体/NGOは寄付・カンパ依存で運営(不屈号:全国カンパ購入、船使用料は生徒1人あたり数千円程度の「ボランティア的」)。
• 学校側:高額な商業チャーターより安価に「独自プログラム」を実現。教員同行なし・外部丸投げも起きやすい(同志社事故:引率教員同乗なし)。
• 相互利益:学校は「多様性・国際教育」の実績獲得、団体は安定した収入源+学校公認の「教育利用」
NPO「Peace Culture Village」など広島系平和団体も同様に学校ツアーガイドを提供。
• キリスト教系学校(同志社系列、日本基督教団):金井船長(牧師)のような活動家と同教団ネットワークで信頼関係ができやすい。「平和主義・社会正義」理念が一致。
• 日教組(日本教職員組合)系:教研集会で「平和劇」(日本軍残虐描写強調)や特定団体連携実践を共有。組合影響下の教員が「進歩的」外部講師・団体を推薦(2026年教研集会でも平和教育推進)。
• ユネスコスクールや私立進歩系校:平和NGO(Peace Boat系など)と連携しやすい文化。結果、「一度の協力」が慣例化し、団体に長期的な学校ルートを提供
• 学校は「特定の思想を押しつけない」「選択制」「抗議参加ではない」と主張(同志社会見通り)。
• しかし、教育基本法第14条第2項(特定の政党・団体支持・反対のための政治教育禁止)を満たすためには「多角的視点・外部介入排除」が必須(広島県指針)。実際は運航主体調査不足・政治色検証なし。
• 文科省・自治体指導も事後的。結果、団体は学校という公的機関の「後ろ盾」を得て正当化(例:共産党議員が不屈号乗船を「名誉」と公言)。
• 資金・露出:学校支払い+報道露出(事故前は琉球新報などで「平和の象徴」と英雄視)。
• 正当性獲得:学校が「教育プログラム」として利用 → 抗議活動が「平和学習」と同列視され、社会的批判が緩和。
これは同志社ケースに限らず、日教組系「平和劇」や佐渡金山関連学習でも同様パターン。教育基本法の精神(政治的中立)から逸脱しやすいのは、「良心教育」「実相重視」の美名で検証を怠る学校側の構造的問題です。