はてなキーワード: 転用とは
2026年に相次いで発生した2つの学校行事関連の輸送事故を、経緯(事故の背景・手配の実態)と法的責任の観点から比較します。どちらも「安さ・便宜・理念優先」で正規の安全基準を回避した結果、生徒の命が失われた痛ましい事例です。
北越高校(新潟県)の男子ソフトテニス部生徒20人を乗せたマイクロバスが磐越自動車道でガードレールなどに衝突。17歳男子生徒1人が死亡、26人が重軽傷。
学校側が蒲原鉄道(正規バス事業者)に依頼。「貸切バスは高いので安く」と要望。蒲原鉄道の営業担当者が会社名義で白ナンバーのレンタカーを契約し、「知人の知人」である68歳無職男性(若山哲夫氏)を運転手に丸投げ。
運転手本人の免許確認ゼロ、虚偽申告(営業担当者本人の免許だけ提示)、無断転貸。運行管理・適性確認は一切なし。複数回同じ手口を繰り返していた。
同志社国際高校(京都府)の修学旅行生18人らを乗せた抗議船2隻(平和丸・不屈)が転覆。17歳女子生徒1人と船長1人が死亡、14人が重軽傷。
ヘリ基地反対協議会(市民抗議団体)が運航する抗議活動用の小型船を「平和学習」として利用。学校は数年にわたり同団体に依頼し、常習化。
事業登録のない船を使用。使用料(1万5,000円程度)を支払いながら「ボランティア・カンパ」と主張。波浪注意報下での出航、引率教員不在、学生を「海保制圧回避の盾」として利用していた疑い(仁藤夢乃氏の過去投稿など)。
学校側の思惑で正規輸送を避け、無許可・無管理のグレー輸送に頼った。生徒の安全確認が杜撰で、運行主体の責任放棄が事故を悪化させた。
◦ 白バス事故は部活動遠征の移動手段として発生。プロのバス事業者が安さ対応で白ナンバー車両+外部ドライバーを手配。
◦ 辺野古事故は修学旅行の平和学習として発生。抗議団体が抗議活動用の船を学習目的に転用し、数年常習+対価受領の実態があった。
• 白バス:正規バス事業者(蒲原鉄道) — 運行管理のプロとして道路運送法の義務を負う。
• 辺野古:市民抗議団体(非事業者) — 海上運送法の事業登録なしだが、常習・対価で「実質事業」と認定されやすい。
• 白バス:白バス行為(無許可団体輸送)+虚偽契約・無断転貸。会社名義・業務時間中の常習的手配で、プロが自ら違法を主導。
• 辺野古:海上運送法違反(無登録運航)。対価受領+数年常習依頼で事業性が高く、学生を抗議活動の手段として利用した疑い。
• 白バス:無償主張でも契約虚偽性と転貸の事実が残るため違法。
• 辺野古:使用料受領+常習で「ボランティア」主張が崩れやすく、事業登録義務違反が強く問われる。
白バス:
プロ事業者が安全基準を意図的にすり抜けた「業務上過失+運行管理者義務違反+使用者責任」。国交省立ち入り調査中。
ただし常習性・対価により刑事責任(業務上過失致死傷+海上運送法違反)が追及されやすい。学校の丸投げにも違法性があるため、活動団体への追求が集中しずらい構造。
両事故とも「正規ルートを避けた杜撰な手配」が生徒の命を奪いましたが、白バス事故はプロ事業者の裏切り行為が鮮明なため、法的責任の追求が容易です。一方、辺野古事故は非プロ団体の常習的な無登録運航+政治的利用の組み合わせで、責任の所在を問いにくい構造です。
AIデータセンターはより発熱するから、より冷やさなきゃいけなく、外気ファンも多い。
英語のちゃんとした記事があったはずなんだけど見つけられなかったのでネットメディアの日本語記事を貼る。
https://tocana.jp/2026/03/post_293329_entry.html
ただ、この手の失敗を受けて防音の方も進歩しているし、大丈夫な気もするけど。
低音騒音については、街の条例とかでの規制はあるらしいけど、国としての基準があってもいいかもね。
できることなら、北海道や東北といった涼しい寒冷地にDCを作った方がランニングで安いわけだし、街中に作らないでもいいじゃんとは思う。
空港近くはそもそもうるさいし、人口密度が低いことが多いので、より問題になりにくいだろう。
さくらインターネットが、石狩DCを作ったけど、あんな感じで寒冷地DCを進めればいいと思う。
もしネット回線とかの問題であれば、それは増強するしかないけど、東北や北海道の地域振興にもなるわけで政府が予算つけてもいいと思う。
余った熱を温水プールや暖房とかにも転用でき、地域貢献もできるわけだし。(飴として使える)
今はとにかく需要が凄いから早く建設しなきゃと、工場跡地みたいに電力を確保できる所に無理やり立てるから、いろいろ問題を引き起こしているんだと思う。
この犬の書籍管理システムはゆみこの人格システムを改造して作り上げたものである。
この書籍管理システムは、そのまま日本のマイナンバーシステムに形を変えて転用されている。
ゆみこはY型のオリジナルで、唯一現存する核家族の成員である。
ゆみこは実ははるか昔に車に轢かれて亡くなっており、まゆこの前に現れたゆみこは幽霊だ。
ゆみこ「ふんふん♪」
まゆこ「ゆかり、何作ってるの?」
犬憑きフリークのゆかりは、まゆこの一人暮らしの家にいきなりやってきて、一緒に住むことにした。
まゆこをスケッチしたり、まゆこの写真を撮ったり、まゆこについて観察日記をつけたり、とにかく犬憑きが大好きで観察を怠らない。
まゆこ「ゆみこ、今日の夕飯何がいい?」
ゆみこ「まゆこが食べたいものがいいな!」
まゆこ「はあ?」
まゆこのスーパーへの買い出しについていくゆみこ。
ゆみこ「まゆこ〜これ買って?」
捨てられた子犬のような目で焼き鳥弁当などをまゆこに差し出してくる。
まゆこは冷たく却下する。
と、道に猫が死んでいるのを見かける。
まゆこ「かわいそう」
ゆみこ「死んでるね」
まゆこ「車に轢かれたのかな」
ゆみこ「クンクン、まだ死んでそうは経ってないみたい」
まゆこ「においを嗅ぐなっ」
ゆみこ「車って怖いよね、痛いよね」
まゆこ「早く帰るよ!」
ロールキャベツを作るまゆこ。
その後ろを子供のようにうろうろしているゆみこ。
ゆみこ「早く食べたいな!食べたいな!」
まゆこ「じゃあ手伝いなよ」
ゆみこ「お母さんみたい」
まゆこ「お前のお母さんとか死んでも嫌」
ゆみこ「くぅ〜ん、傷ついちゃうな」
完成したロールキャベツを貪るゆみこ。
まゆこは猛烈な勢いで夕食を食べるゆみこに一言、
ゆみこ「どっちが犬なんだろ・・・」
と呟くのであった。
ゆみこ「ギャース!死体があ!」
それは近頃村で起きている連続殺人事件の被害者のうちの一人であった。
ゆみこ「クゥクゥ、怖かったよう」
警察はすぐに到着し、ゆみこから事情を聞いていたが、ゆみこの憔悴した様子を見ると最低限の聴取のあと、帰してくれた。
迎えにきたまゆこにゆみこは泣く。
ゆみこ「死体こわい」
まゆこ「誰だって怖いさ」
ゆみこは飲むと、落ち着いたように息を吐いた。
ゆみこ「そういえば、最近夢で男が立ってたって言ってたね」
まゆこ「ああ、そうなの。普段は誰もいないのに、男の人が立ってたの」
ゆみこ「変だな」
事件の日付を調べているのだ。
ゆみこ「この前の事件の夜も男が立ってたって」
まゆこ「ええ?どうだったかな」
どうもまゆこの夢に男が現れるのと、殺人事件が起きるのは連動しているらしい。
消去される。街のシステムはそうなっている。
しかし表立って現実に現れることはない。存在自体が初めからなかったように消えるのが常だ。
ゆみこはそれを知っている。
最近はそれが表に流れてきている。
夢の街、つまりシステムの方で何かが起きているのかもしれない。
まゆこが眠りにつく頃、ゆみこは台所で死体が発見されたとされる場所に地図で印を書いた。
どうも、ゆみこの家の近くに近づいてきているようだ。
何かが迫ってきている。
ゆみこ「これはやばいかもしれねーな」
今回の炎上騒動は、公式カップリングを信奉する腐女子による「自らの地雷カプ(許容できない)」の排除という、極めて自閉的で攻撃的な動機が発端である。
作品の主軸である「中村×広瀬」以外の要素を拒絶する過激な固定派が、作者が過去に投稿した「先生×広瀬」の落書きのようなSNSイラスト(削除済み)を発掘し、激怒したことに始まる。
クレーマーが単なる活動家ではなく「腐女子」である証拠は、作者の既に削除された過去の投稿スクショを詳細に把握し、対抗カプを中傷する執拗な挙動に現れている。
彼女らは私怨を正当化するため、Woke系活動家に対し、「成人(教師)と未成年(生徒)の恋愛を描く児童ポルノ作者」というレッテルを貼って通報した。
この「道徳的正しさ」を武器にした告発は、作品がアニメ化で注目されていたことも重なり、英語圏・スペイン語圏・ポルトガル語圏を跨いだ多国籍な誹謗中傷へと急速に延焼。
作者は「教師と生徒の恋愛を成立させるつもりはない」と明言したが、異常な誹謗中傷の勢いは止まらなかった。結果、精神的に追い詰められた作者はアカウント削除に追い込まれた。
彼女らは「自分の推しカプは政治的・倫理的に正しく、他は間違いである」という正義感を振りかざし、対抗派を社会的に抹殺することに躊躇がない。
この通報先がWokeなのが北米・中米・南米の多国籍連合軍である。
「嫌なら見るな」という創作界隈の基本原則を無視し、「嫌だから社会的に消せ」と公権力や外部勢力を引き込むオタクは、もはやファンではなく文化の害虫である。
自らの妄想を絶対視し、作者をコントロールしようとする特権意識(公式より上の立場という勘違い)が、貴重な才能を壊し創作意欲を枯渇させている。
多様性を尊重するはずのWoke的価値観を、「カプ戦争」という極めて卑小な争いの武器に転用する行為は、創作の自由を自ら絞め殺す自殺行為に他ならない。
規制派フェミニスト(性的対象化批判を重視するラディカル寄りまたはメディア表象批判派)のうち、BLを自ら消費・擁護する「BLフェミニスト」の主張を整理すると、明確な内部矛盾と権力行使の様態が浮かび上がります。主な論者は堀あきこ氏、田中東子氏などで、太田啓子・千田有紀氏らと重なる部分もあります。
公共空間(広告、NHK、献血ポスターなど)での性的強調描写(巨乳、へそ出しなど)を「環境型セクハラ」「女性の尊厳侵害」と批判。 田中東子氏は公共メディアでの萌え絵を「ジェンダー規範の再生産」と指摘し、社会的議論・制作過程の改善を求める。 堀あきこ氏は『BLの教科書』で「性の二重基準」を指摘しつつ、男性向け表現のゾーニング(成人指定)を主張。
BLを「女性が家父長制的な異性愛規範から逃れ、欲望を主体的に表現する場」と位置づけ。 堀あきこ氏は「BL無罪なんて言ったことない」と否定しつつ、BLの性的表現を「女性の自由な性表現」として擁護。 田中東子氏は自身がBLを描く裏垢(別名義で商業BL執筆経験あり)を持ち、女性による男性性の消費を「多様性のある表現」と肯定的に扱う。
これらは「女性を守る」「ジェンダー平等を推進する」という善意から出発しています。
男性キャラクターを性的に消費するBL(攻め/受け固定、受容葛藤のドラマ、美少年理想化など)は「女性の解放ツール」として肯定される一方、女性キャラクターの性的強調(萌え絵)は「男性の視線助長」「性差別」と強く批判。 堀あきこ氏は「BLの教科書」で男性向けとBLを比較しつつ、BLの問題(ゲイ男性のオブジェクト化)を軽視。田中東子氏は萌え絵批判の急先鋒でありながら、BL執筆を続けていることが2024年に暴露され、「神話級のダブルスタンダード」として炎上しました。
現実のゲイ男性の表象を女性のファンタジーとして消費するBLは「安全な逃避」と擁護されるが、ゲイ当事者からの「ホモフォビア再生産」「表象の横奪」批判は「過敏」「ネタの一部」と矮小化されやすい。 これは淫夢ネタ(ゲイAVを異性愛者の笑いネタに転用)と構造的に同一です。両者とも当事者の同意を無視し、消費する側の快楽・不快解消のために現実の同性愛者を「イジっても大丈夫なネタ」化しています。
家父長制批判を掲げながら、多数派男性の眼差しを女性に内面化させ、自らを制限させる構造を再生産。BL擁護派は「女性の性的主体性」を主張する一方で、男性向け表現の規制を求めることで「女性の表現の自由」を選択的に守る形になります。
規制論者BLフェミニストの権力行使は、外部からの法規制ではなく、内面化された相互監視として機能します(フーコー的生権力の典型)。
不快(解釈違い、ゲイ当事者批判、現実との衝突)を「界隈の調和」「正義」「女性の尊厳」の名で集団的に処理。 「正しい萌えを守る」「有害な表現を排除」というお気持ち表明が延々と続き、異なる意見を「名誉男性」「ミサンドリー加担者」と村八分化。 これにより、自分の不快を「学級会の議題」にすり替え、表現の多様性を抑圧します。
「あなたは無自覚に男性の視線を内面化している。だから自らを監視し、表現を控えよ」と女性に促す。 結果、女性クリエイター・消費者が自発的に自粛するようになり、権力は最も効率的に浸透(外部強制ではなく「自発的な配慮」として)。
規制派BLフェミニストの影響で、BL内でも「性的描写の過激化を控えよ」「ゾーニングを」との声が上がり、商業BLの自主規制圧力や二次創作の学級会化を助長。 これは「女性の性的主体性」を守る名目で、逆に女性の創作・欲望を管理する逆説を生んでいます。
規制論者BLフェミニストの主張は、「女性を守る」という善意から出発しながら、性的対象化批判を男性向けに厳しく・女性向け(BL)に甘く適用するという致命的なダブルスタンダードを抱えています。
権力行使の様態は学級会的な相互監視と内面化強要——自分の不快を「正義」にすり替え、表現の自由や多様な欲望を抑圧する生権力です。
この矛盾に自覚的になることが、BL文化やフェミニズムが本当に「解放」に向かう鍵です。
規制派フェミニスト(太田啓子、千田有紀、田中東子、堀あきこら)の主張を、**当事者(主にゲイ男性=BLの性的消費被害者、萌え絵批判の対象となったオタク・クリエイター)**との向き合い方で検証しました。情報源は公開発言、書籍、Twitter/X、炎上時の対応記録などです。
• 当事者との向き合い方:ゲイ男性やオタク当事者からの直接的な批判に対して、ほとんど応答なし。キズナアイNHK事件では萌え絵を「性的に強調した描写」「アイキャッチの具」と批判したが、ゲイ当事者からの「BLも同じ性的消費では?」という声には触れず、一般論(「女性の体は性的に強調されやすい」)に留まる。萌え絵批判の延長でオタク表現全体を問題視するが、具体的な当事者対話の記録は見当たらない。
• 自覚度:極めて低い。ダブルスタンダード(BL擁護 vs 萌え絵批判)や、ゲイ男性の表象消費の問題を「社会構造全体の問題」にすり替え、自身の主張が当事者の人権侵害に寄与している自覚は見られない。「法規制ではなく社会的な議論を促すだけ」と繰り返すが、結果として炎上・自己規制圧力を生んでいることへの反省はほとんどない。
• 当事者との向き合い方:キズナアイ事件で相槌の多さを指摘し炎上した際、Twitterで「印象操作」「ねつ造」と反論。ゲイ当事者やオタクからの「BLも同じではないか」という批判には直接応じず、「ジェンダー規範の再生産」という一般論で処理。BLに関する当事者対話の記録もほぼない。
• 自覚度:低い。批判を「恣意的なスクショ」「炎上演出」と切り捨てる防御的姿勢が目立つ。自身の主張がゲイ男性の表象を「女性の議論の道具」にしている自覚は薄く、「女性を励ます」という善意を優先。フェミニズムが「叩き棒」化することを後年懸念する発言はあるが、自身の過去の言動とのつながりを明確に認めていない。
• 当事者との向き合い方:萌え絵広告(宇崎ちゃん献血ポスターなど)を「ジェンダー規範の再生産」と強く批判。一方で2024年11月に自身が別名義(黒澤多香子)で過激BLポルノを書いていたことが暴露され、大炎上。ゲイ男性やオタク当事者からの「ダブルスタンダード」批判に対して、明確な応答・謝罪なし。暴露後も沈黙または間接的な擁護に回る傾向。
• 自覚度:極めて低い(ほぼゼロ)。萌え絵を問題視しながらBLで男性性を性的消費していた事実を、暴露されるまで公にしなかった。ダブルスタンダードを指摘されても「萌え絵=すべてポルノという誤解を正す」と一般論に逃げ、ゲイ当事者の「表象の横奪」という痛みを直視していない。学術者として最も自覚的であるべき立場で、矛盾を放置している点が特に問題視されている。
• 当事者との向き合い方:『BLの教科書』で「性の二重基準」を指摘しつつ、BLを「女性の性的主体性」として擁護。ゲイ当事者(前川直哉氏など)との対談形式で「BLはゲイに真摯に対応してきた」と主張するが、当事者の痛み(ホモフォビア再生産、表象の横奪)を十分に受け止めた形跡は薄い。批判を「BL無罪論の誤解」と否定するが、具体的な是正策は示さない。
•自覚度:部分的・限定的。BLの問題(ゲイのステレオタイプ化)を一部認め、「進化形BL」の必要性を語る点で自覚はある。ただし、男性向け表現への規制志向とBL擁護の矛盾を「女性の自由 vs 男性の視線」という枠組みで正当化し、完全な罪の自覚には至っていない。
• 当事者との向き合い方:ほぼすべての論者が、ゲイ男性(性的消費の直接的当事者)との真摯な対話を避けている。批判を「印象操作」「社会構造の問題」「誤解」と一般化・矮小化し、個別の痛みを受け止める姿勢が弱い。田中東子氏のように自身の矛盾が暴露された場合も、明確な謝罪や方向転換は見られない。
• 自覚度:全体的に極めて低い。 共通するのは「女性を守る善意」という枠組みで、自分の主張がゲイ男性の人権侵害(表象の横奪)やダブルスタンダードを生んでいることを直視せず、正当化・回避する点です。 これはまさに学級会的な権力行使:自分の不快(現実のゲイの声や矛盾)を「正義の議論」にすり替え、当事者の声を排除・無効化する構造です。
規制論者BLフェミニストは、「家父長制批判」を掲げながら、自らが新しい生権力の主体となって個人の性的欲望・表現を管理しています。罪の自覚が低いまま「女性の主体性」を主張し続ける限り、矛盾は解消されず、BL文化やフェミニズム全体の信頼を損なうだけです。
はてなの返信って自我がなくてテンプレ返信してるかと思ったらそんなことないんだな
はてなサポート窓口 Trust & Safety チームです。
匿名ダイアリーの不適切な投稿に通報をいただきありがとうございます。
記事を確認いたしましたが、本投稿は、海外から投稿されるスパムの傾向として、過去に投稿されたとみられる記事の文字列を文脈を無視して転用して一般的な投稿に偽装するような手法が多く見られることを受け
わざと、過去大規模に投稿され利用停止となった不適切な投稿をスパム投稿者に利用させることにより、弊社パトロールによる利用停止をさせるようにする意図での投稿かと見受けられます。
そのため、特段の対応は取りませんでした。ご了承ください。
日本基督教団(UCCJ)社会派の牧師を中心に、伝道活動の報酬(牧師給与や教会活動費)を基盤にしつつ、政治的・社会運動活動を並行して行っている事例が複数確認されます。「信仰の実践」と位置づけられていますが、実態としては伝道の名目で政治活動を展開していると批判されるケースが多く、境界が曖昧です。
日本基督教団の社会派牧師は、教会の牧師給与や研究所の嘱託報酬を基盤に、社会委員会・平和関連委員会での活動、外部NPOや学校への講師派遣、抗議活動参加を並行して行うケースが散見されます。
教会週報で座り込み日数を報告したり、平和集会で政治的メッセージを発信したりする例もあり、「伝道の一環」として政治活動を正当化する論理が共通しています。
佐敷教会の担任牧師として給与を受け、沖縄キリスト教学院平和総合研究所のコーディネーター(嘱託研究員)としても報酬を得ていた。
2014年から抗議船「不屈」の船長を務め、辺野古新基地建設反対の海上抗議活動を指揮。全国カンパで船を購入し、同志社国際高校の平和学習で生徒を乗船させた。
「信仰と離れた政治的な活動をしているという意識はありません。聖書を読み、聖書に聴いた者として促され、押し出されて活動している」(クリスチャントゥデイ2018年インタビュー再掲)。
伝道報酬を基盤に政治活動を展開。牧師としての立場と抗議船船長を兼務し、「イエスは辺野古の現場にいる」と公言。事故後、教会週報で座り込み日数を報告していた事実も確認され、教会活動と政治活動の境界が極めて曖昧。
牧師給与は「伝道活動」の対価ですが、社会派ではこれを基盤に政治・社会運動を展開する人が少なくありません。「信仰の実践」「社会正義の福音」という神学が、政治活動を伝道の延長として位置づけ、境界をぼかしています。
学校が平和学習を外部(牧師やNPO)に委託する場合、教師は「内容まで把握していなかった」と言いやすく、牧師側も「教会の伝道活動」と主張できます。
保守派や外部からは「伝道の名を借りた政治活動」「公的報酬を政治利用している」との指摘が強まっています。特に辺野古事故後、金井牧師のケースが象徴的に取り上げられています。日本基督教団社会派では、「信仰の実践」として政治運動を正当化する論理が強く、牧師給与や教会活動費がその基盤になっています。
法的には「違法」とまでは言えないグレーゾーンですが、政教分離原則(憲法20条)の趣旨から見て極めて問題が多く、非課税制度の悪用に近い構造と言えます。
最高裁判例(砂川政教分離訴訟など)でも、宗教団体が政治活動を主目的とする場合は宗教法人資格を失う可能性が示唆されています。
社会派牧師は「預言者的役割」(社会の不正を指摘する)という神学を根拠に、「信仰の実践=政治活動」と主張します。
宗教法人法・法人税法では、宗教上の活動から生じる収入(献金、教会活動費など)は非課税とされています。これは「宗教活動を公的に支援する」趣旨ではなく、信教の自由を保障するための最低限の配慮です。
**牧師の給与は「伝道活動」の対価として非課税扱いになりますが、社会派牧師の場合、この給与を基盤に政治活動(声明、抗議船運航、平和学習委託など)を展開している実態があります。
金井創牧師(佐敷教会)の例:牧師給与+平和研究所嘱託報酬を基盤に、抗議船船長として活動。同志社国際高校の平和学習プログラムにも深く関与し、結果として生徒を違法運航船に乗せる事態に至りました。
「伝道活動」という非課税枠を、政治活動の資金・時間・地位に転用していると見なされやすく、非課税制度の悪用に近い構造です。文化庁も近年、活動実態のない宗教法人の不正利用を問題視していますが、社会派の「政治活動の宗教活動化」までは十分に規制されていません。
牧師個人の政治活動は憲法で保障されますが、宗教法人(教会)の施設・資金・地位を活用して組織的に政治活動を行う場合、政教分離の趣旨に反する可能性があります。 宗教法人法では「宗教活動を主たる目的とする」ことが要件ですが、社会派では政治活動が「主たる目的」の一部となっているケースが散見されます。
社会派牧師が業として(牧師給与・教会の地位を基盤に)政治活動を行うことは、
これは「信仰の実践」という美名で、責任を曖昧にし、外部委託で偏向を進める構造を生み出しています。 カトリックや保守福音派ではこのような傾向は明らかに弱く、日本基督教団社会派の特徴的な問題と言えます。
かつての日本型雇用は、「若いうちに安く使い、後で高く払う」という、いわば**「一生をかけた遅延報酬」**という決まりで動いていた。
バグの発生: 企業側が「将来払うと言っていた報酬」を、急激な外部環境の変化(採用難・円安・エネルギー危機)を理由に、新卒(新規リソース)の確保へ勝手に転用し始めた。
被害者: 記事にある30代、40代、そして氷河期世代の50代だ。彼らは「将来報われる」という古い仕様書を信じて、
低い給料で泥臭い努力(献身)をスタックしてきた。しかし、会社側は一方的に仕様を変更し、彼らの報酬をカットして新卒40万の原資に充てた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/51fe1ed53f21edb015c7cc9b5ac826efa7e7a9aa?page=3
へー。転用してるのもないのか。へー。
主な受託団体(OCVB平和学習分科会・おきなわ修学旅行ナビ登録団体などから抽出)を、中立性・妥当性が低い順(最も問題が多い→最もマシ)にリストアップ。
• 政治的中立性: 極めて低い。明確に反基地・反新基地の政治的思想を前面に(講話メニューで「県民民意無視」「軍隊のない平和な島」を強調)。
• 教育的妥当性: 低い。抗議船乗船・グラスボート有料ツアー+講話で一方通行。教師不在・希望制で丸投げ常態化。
• 法律順守(加点): なし。
• 違反・不明確化(減点): 多重加盟(東恩納琢磨氏:名護市議+協議会事務局長+ジュゴンの里代表)が極めて顕著。辺野古基金1,000万円で購入したグラスボートを有料商業ツアー化(4,500円/人)。抗議船無登録運航(2026年事故で家宅捜索)。責任ぼかし構造が最も強い(市議・活動家・事業者の三重役割)。
• 政治的中立性: 低い。チビチリガマ・シムクガマなど被害者視点中心。「明るいダークツーリズム」として基地負担を強調するガイドが多い。
• 教育的妥当性: 中程度。民泊+体験は魅力だが、商業化が進み「観光資源化」の批判あり。
• 違反・不明確化(減点): ガイドに反基地活動経験者が含まれるケースあり。村・観光協会・民泊家庭の責任線が曖昧。基金・県補助金とのつながりが不明瞭な部分あり。
• 政治的中立性: 中程度〜やや低い。沖縄戦+米軍基地プログラムで「基地の課題」「住民の声」を扱うが、ワークシート・対話形式で生徒主体を謳う。
• 教育的妥当性: 中程度。大学生サポートで若者目線だが、基地問題を積極的に取り上げる点で誘導リスクあり。
• 法律順守(加点): 比較的明確(大学生団体として登録・ワークシート使用)。
• 違反・不明確化(減点): 多重加盟は少ないが、平和学習分科会経由で反基地団体との連携可能性あり。責任は大学生主体のため、学校側の監督が薄れやすい。
• 政治的中立性: 中程度。沖縄戦戦跡ガイド・ガマ体験中心。基地問題にも触れるが、歴史・体験重視で過度な政治色は薄い。
• 教育的妥当性: 比較的高い。OCVB講習修了者中心のボランティアで、修学旅行生400万人超の実績。
• 法律順守(加点): 強い。公式ボランティア団体として認定・観光功労表彰あり。
• 違反・不明確化(減点): ほとんどなし。ガイド個人の政治的発言リスクは残るが、組織として明確。
• 政治的中立性: 比較的高い。沖縄戦被害者(ひめゆり学徒隊)視点の歴史資料館。基地問題には直接触れず、戦争の悲惨さに焦点。
• 教育的妥当性: 高い。公式博物館として学芸員講話・ビデオ視聴を提供。団体プログラムが整備されている。
• 法律順守(加点): 強い。公益財団法人運営で透明性高く、団体見学予約制・料金体系明確。
• 違反・不明確化(減点): ほとんどなし(一部で「歴史書き換え」批判はあるが、政治活動との多重加盟は確認されず)。
• 最も問題の大きい層: ヘリ基地反対協議会系(多重加盟+基金商業転用+無登録運航)。責任ぼかし構造が極めて強い。
• 中間層: 村・大学生団体。公的支援を受けつつ政治色が残りやすい。
• 相対的にマシな層: 公式博物館・認定ボランティア。法律順守度が高く、責任所在が明確。
OCVB平和学習分科会や県補助金が全体を後押しするため、「平和学習=善」という枠組みで学校・旅行会社が丸投げしやすい。教師不在・希望制がさらに責任をぼかす。
軍拡競争はそのうち各国経済が耐えられなくなって、モームリとなって、1930年代のロンドン軍縮会議みたいなことになりそう。
軍隊はコストセンターなわけで、攻められないように軍拡するお、という路線はそのうち限界が来ると思う。
ガンガン増税して、その国家予算をカネを産まないコストセンターの軍隊にぶっこんでいるわけだし。
軍事技術を民間転用して花開く・・・のは、できたとしても10-20年後ぐらいか。その前に経済が悲鳴を上げると思う。
だったら、互いに貿易しあって、相互依存の関係になって、共に栄えるのが一番いいと思う。
お得意様を攻撃しにくいわけだし。
スイスとか、もう一歩進んで、弾丸を大量に輸出することで、周りの国をお得意様にして、うち攻めたら武器なくなるよね? と、安全保障にも使っているわけで、こういう賢い方法を考えてほしいものだ。
駅前データセンター計画めぐり住民が提訴 建築確認取り消し求める 千葉・印西市【知ってもっと】【グッド!モーニング】(2026年3月9日)
https://www.youtube.com/watch?v=ty3r-ReM7ng
これは「データセンターの世代交代」と深く関係しています。従来(田舎立地)の考え方かつてのデータセンターは「安全に保管する倉庫」的な役割が中心でした。なので優先順位は:
土地が安い
電力が安定して大量に確保できる
…という条件で、郊外・地方が最適解でした。印西市はまさにこの文脈で発展しています。
なぜ都心回帰が起きているのか
ーーー
金融の高頻度取引(HFT)やAIのリアルタイム推論、自動運転の制御など、1ミリ秒以下の遅延が求められる用途が急増しました。光の速度で情報が伝わるとしても、物理距離は絶対に縮められないため、「使う場所の近く」に置くしかないのです。
② エッジコンピューティングの台頭
クラウドに全部送って処理する時代から、端末の近くで処理するという設計思想に変わりつつあります。5GやIoTの普及で、工場・病院・ビルの中にミニデータセンターを置くケースも増えています。
都心のオフィス空室率の上昇(特にコロナ後)や、古いビルの建て替え需要と重なり、既存ビルをデータセンターに転用するケースが増えました。人が働く場所としては不便でも、サーバーには問題ありません。
かつては大量電力の確保が都心では難しかったのですが、変電所の増強や再生可能エネルギーの調達手段が多様化したことで、都心立地のハードルが下がっています。
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試しにGeminiとChatGPTディスってもらいましたっ!
Googleの全サービスと連携できます!って言うけど、それGoogleに全部筒抜けなだけやないですか。検索エンジンで培った「それっぽい答えを出す技術」をそのままAIに転用した感じで、深い議論になると急に薄くなる。Googleブランドの看板で生きてる次男坊。
一番最初に出てきたから「AIといえばChatGPT」になっただけで、先行者利益で生きてるだけ。画像生成できます、コード実行できます、プラグインあります、って機能てんこ盛りにした結果、全部中途半端。「何でもできる」は「何も尖ってない」と紙一重。ユーザー数だけ多くてコミュニティがうるさい。
あるんだなそれが:
サウナ ハッテン場とは、ゲイ男性が出会いや性行為を目的として利用する有料の施設を指します。日本では「ゲイサウナ」「発展場」「ヤリ部屋」などと呼ばれることが多く、東京や大阪、名古屋など大都市に限って存在しています。特に東京の新宿、渋谷、池袋、代々木、上野などに店舗が集中しています。
新宿・代々木エリア:20代~40代の男性向けのクルージングスポットが多く、イベントや照明の変更で毎日異なる雰囲気。
上野:「グローリーホール」など、バーカウンターの奥にハッテンスペースを設けた施設も存在。
池袋:「カルマル」や「ニューウイング」など、昭和の雰囲気を残す施設も人気。
その他:大久保「ドーベルマン」、中野坂上「エルゴライン」、虎ノ門「虎ノ門クラブ」なども知られています。
梅田・堂山:「大吉梅田寮」が代表的。59歳まで入場可能で、6階建ての施設に大部屋、サウナ、トレーニングルーム、屋上日焼けスペースなど充実。
公共の銭湯やサウナがハッテン場として転用されると、公然わいせつ罪や建造物侵入罪のリスクがあります。
2024年には鹿児島県の銭湯がハッテン場化により一般客の減少と経営難を招き、倒産した事例も報告されています。
銭湯経営者は「黙認はまずない」とし、家族経営のため、不審な行為を放置すると生活が成り立たないとしています。
今後の動向
SNSの普及により、専用ハッテン場の数は減少傾向にありますが、小規模な転用ハッテン場がSNSで集客するケースが増えています。
「ハッテン場」は文化として存在する一方で、周囲への迷惑や法的リスクを考慮した利用が求められています。
注意:サウナや銭湯はリラクゼーションの場であり、性行為は法的にもマナー的にも不適切です。利用する際は、周囲の状況を尊重し、公共の場で性的行為をしないことが基本です。
一般的能力、つまり世間が「地頭」などと雑に呼ぶものが、日常世界の統計構造に対するニューロンのフィッティングだとしよう。
フィッティングとは、環境からサンプリングされたデータに対し、神経回路の重みが誤差最小化的に調整されることだ。
赤ん坊が物を落とせば下に落ちると学習するのも、扉は押せば開くと学習するのも、損失関数が日常物理の範囲で収束しているからだ。
ここで問題が生じる。
ない。少なくとも直接は。
では、非直感的数理認識、例えば、無限次元空間の直観や、非可換代数の振る舞い、あるいは超弦理論におけるモジュライ空間の幾何的構造の把握はどこから来るのか。
仮説を立てる。これは作業仮説だ。検証可能性は今のところ僕の頭の中にしかない。
リンゴが落ちる、物体は連続している、時間は一方向に流れる。これらは環境データの主成分だ。脳は主成分分析装置だ。高次元入力を低次元多様体に射影している。
もしそうなら、数理認識はその射影演算子を別のデータ分布に適用する試みだ。
現実世界ではなく、記号体系に対してだ。脳は物理世界で訓練された圧縮機構を、人工的に生成された抽象構造へ転用する。いわばドメインシフトだ。
問題はここだ。なぜそれがうまくいく?
これはプラトニズムではない。弱い構造実在論だ。物理法則が微分方程式で書けるという事実は、宇宙のダイナミクスが連続対称性や保存則を持つことを示す。
対称性は群論的対象だ。量子状態はヒルベルト空間の元だ。つまり、日常物理にフィットしたニューロンは、すでに群や線形構造の影を学習している。
僕たちはリンゴを見ているつもりで、実は表現論の端っこを見ているのかもしれない。
非直感性とは進化的損失関数に含まれていなかった方向への外挿だ。
進化は捕食者を避け、食料を確保する能力を最適化した。リーマン予想を解く能力は含まれていない。
しかし、損失関数を局所的に最適化したネットワークは、十分な容量があれば、未知の領域にも一般化する。
ディープラーニングでいうオーバーパラメータ化だ。脳は進化的に過剰性能だった可能性がある。
超弦理論を考える。余剰次元はコンパクト化され、カラビヤウ多様体のトポロジーが物理定数を規定する。
もし宇宙の基底構造が高度に幾何学的であるなら、数学を理解することは、宇宙の自己記述能力の一部かもしれない。
意識は宇宙が自分の作用積分を読んでいる状態だ、という大胆な仮説すら立つ。
常識にフィットしたニューロンが、記号という仮想宇宙に再帰的に適用されるとき、そこに非直感が生じる。
非直感とは、直感の適用範囲を超えた地点に立ったときの主観的違和感にすぎない。構造自体は連続している。
僕たちは常識を裏切っているのではない。常識の圧縮アルゴリズムを、宇宙のより深い層に向けて再利用しているだけだ。
昨日、公演を聞いてきたのでコメントをここに。
後半部分が聞けなかったのが非常に残念。
(聞くところによると、終了が当初予定より10分ほど押したらしい。熱い議論になったのは想像に難くない)
EAT KANAZAWA 2026 「才能よ、呪文を唱えよ。 -AIは、ヒトの何を解放するのか-」
ダラダラ書いてみた。
記憶だけで書いているので、齟齬があったら柔らかく指摘してほしいw
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人司さんのコメント。
どうも会場の反応が鈍いように感じたので、ググればわかるようなことを敢えてここに。
シタールの大家の名前。ビートルズのジョージ・ハリスンも師事。
(多分、Lucy in the sky with diamonds リリースのの前)
なんとなく、円周率なんかを楽譜に起こして音楽にするのに近いように感じたのと
これを既存の技術だけでやろうとするとkaossilatorになるのかな?
Rolandから出る予定なのか... 価格によっては興味ある。
見た目のサイズ感はD級アンプくらいと思ったけど、客席の後ろのほうから見たので誤っているかも。
プレステみたいに、AI用サーバとして転用されるかもしれないね。
リトモさんのコメント。
実はもうアメリカで起ってる。
ターゲットの身内に電話をかけ、しゃべらせて取得した音声をAIに食わせて
オレオレ詐欺を行うとかなんとか。
戦前はパンチカード式のプログラミングで統計処理やら弾道計算やらしてたし、
もっと言うなら、
(コンピュータ上のデータなのか、物理リソースなのか、の違いの議論は意味を成さない。単なる実装方式の違いなので。
人司さんのコメント
自分は特段ハマらなかった...
一番手っ取り早いように思う。
動画なり音声を、友達の、技術に詳しい弁護士さんと一緒に見て話をしてみたい
と思った
あと人司さんの文章の置き方に親近感を覚えた。
というコメントがあったんだけど
敢えて綺麗に弾かず、エレキギターのオーバードライブを掛けた様な音色にしている
ということなんだろうか?
会場になった金沢に対する、現状維持の姿勢への反発、将来に対する不安と期待を感じた。
eAT関係者の皆様には、公演の録音なり録画なりをyoutubeとかniconicoとかに上げ、
改めて観れる様にしていただけるのを期待する、と記して
本文を結びます。
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