はてなキーワード: 課題とは
ただ歩いているだけでも思う
「いや、お前からは横道にだれもいないことが見えてるんだろうけど、俺からは見えてないから横道からの飛び出しが怖いからその角ギリギリで歩くの嫌なんだよ」
って思った
多分君たちにもなんにも通じないだろうけど終わりにします
日本って、もしかして世界の先を行ってたんじゃないかと思うことがある。
昔から日本の創作界隈には、「登場人物は全員18歳以上です」「未成年はいません」っていう建前があったじゃん。見た目はどう見ても幼いけど、設定上は成人、というあのやつ。良い悪いは置いといて、少なくとも“線引き”を意識した回避行動ではあった。
ところが今、AIが普及して事情が一気に変わった。海外アカウントでも、どう見ても未成年にしか見えないAI生成画像や動画が普通に流れてくる。でも説明文には平然と「成人女性です」って書いてある。日本で昔から見てきたロジックが、グローバルに拡張されてる感じすらある。
ここで気になるのは、規制がどうなるのかって話だ。実在の人間じゃない、年齢も設定上は成人、でも視覚的には未成年に見える。このグレーゾーンを、法律やプラットフォームはどう裁くのか。感情論だけで「アウトだ」と言うのは簡単だけど、じゃあどこで線を引くのか説明できる人は少ない。
AIが進めば進むほど、「実在しない」「設定上は成人」という逃げ道は増える。そのとき、見た目基準で規制するのか、意図で規制するのか、それとも全面禁止に振り切るのか。たぶん今は、どの国も答えを持ってない。
「佳勝会」に関する報道が中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)の組織運営や対外活動に小さくない影響を及ぼているようですね。
厳しい状況にある組織が、こうした「打撃」から挽回し、勢力を立て直すための一般的な戦略を整理しました。
外部からの批判や報道が激しい時ほど、組織は内側から崩れやすくなります。
総括と自己批判の徹底: 報道された内容に対して、組織内で曖昧にせず明確な「総括」を行うこと。指導部が責任の所在をはっきりさせ、下部組織への説明責任を果たすことが信頼回復の第一歩です。
教育の再徹底: 組織の基本理念(綱領)に立ち返り、構成員の思想的な引き締めを行うことで、動揺による脱退や内紛を防ぎます。
「隠蔽」や「沈黙」は現代のメディア環境では逆効果になることが多いです。
カウンター・プロパガンダ: 報道内容に対して、事実に反する点があれば論理的・実証的に反論する資料を即座に提示すること。
情報の透明化: 秘密主義的な印象を払拭するため、可能な範囲で活動内容や資金の流れをオープンにし、「開かれた組織」という見せ方へのシフトを検討する必要があります。
議論だけでなく、大衆が求めている具体的な課題で成果を出すことが、支持を取り戻す近道です。
労働運動・住民運動への注力: 報道のイメージを上書きするほど、現場での実直な労働支援や生活支援を行い、「自分たちにとって必要な存在である」と周囲に認識させること。
SNS・デジタル戦略の強化: 既存メディアのフィルターを通さず、直接大衆に訴えかけるプラットフォームでの発信力を強め、若い層へのアプローチを再編します。
どのような組織であれ、現代社会において法令遵守(コンプライアンス)を軽視したままの挽回は極めて困難です。社会的な「正当性」をどこに見出すかが、今後の存続を左右する大きな分岐点になるでしょう。
高市が余計なことさえ言わなければ、今も普通にパンダは日本にいてくれて、私の週末の楽しみを奪われることなんてなかった。他の首相のように適当にお茶濁し発言してれば良かった話なのに、何をしてくれてるんだろう。これまで首相に対して好きとか嫌いとかいう感情はあまり抱いたことがなかったけど、私たちからパンダを奪った高市はもう明確に憎い。そんな憎い人がテレビをつけたら頻繁に画面に出てくるのも辛い。顔も見たくないのに。
支持率高いんだし、淡々と国内の課題解決に向き合ってればよかったのに、なんでいちいち中国に喧嘩売ったんだろう。しなくていいことをして、パンダを日本から消した責任を取ってほしい。パンダが当たり前にいた日常を返してほしい。ほんと余計なことしないでよ。
https://gigazine.net/news/20260126-anthropic-claude-code-test-design/
Anthropicが試みた対策の1つが、試験内容を奇抜にするというものでした。
AnthropicはZachtronicsというプログラミングゲームからヒントを得て、極めて制約の厳しい小さな命令セットを用いたパズルを設計し、試験に統合。
「そんなものはない」
と、錯覚してしまうほどに、インターネットのコメント欄というのは程度が低い
仮説としては
・賢い人ほど書き込まないから、アレらは平均以下だよ
・過激なもの、極端な意見ばかり上がりすぎるから、あれは平均じゃないよ
・頭の出来はともかく、攻撃的な人ばかり書き込んでるよ
・ごく一部の変なやつの意見が目立ちやすい仕組みになっているだけだよ
ここらへんは複合して存在している気がする
実際
・インターネットで何か活動してる人(必ずしも皆が頭いいわけではない)
・著名人、タレント、インフルエンサー、多くのYoutuber(全員ではない)
・知り合い
こういう人からはさほど変なコメントは出てこないので、このギャップが奇妙で怖く感じる
コンテンツを発信されてる方はかなり賢いと感じるし、慎重だし、言語化がうまく、空気も読めるし、変な意見もあまり言わないんだが、それを見てる視聴側はひょっとして全員猿なのか?と錯覚する
たとえばXのコメントの一部なんて、2chと攻撃性は変わらない
どんな人が言ってるのかとアカウントを覗いてみると、普通の垢もある一方で、病気持ちを公言していたり、フォワー2みたいな人は体感多いように感じる
まあそもそもリア友と繋がってる垢でそういうことは言わないから、人柄というよりアカウントの違いかもしれないが
何割かは、自分でも思いつかない切り口の意見を持っていて感心するが
半分くらいはやはりバカにしか見えず、特にスターを付けてるだけの人?はキツイ
これはXなんかでも同じで、つまりバカが多いせいで「より間違った意見にいいねが集まり上に来る」という事象が起きるんだ、集合知ならぬ集合痴
たとえば、サラリーマンが見るようなビジネス系Youtubeのコメント欄や、Xの賢いインフルエンサーの返信欄ですらこれはひどくて、彼らも相当失望してることだろうと心中を察する、まともな人もっと反応してくれーとか思ってんのかな(いやもう完全に無視してるのか?考えてみたら彼らのスルースキルすごくね?)
一周回ってヤフコメの方が最近はマシに見えてきた(まああれも、注目度の高い5件に2件まともなのがあったら良いほうだけど)、あれはたぶんエキスパートという仕組みを入れてるお陰でマシに見えてるのかもしれない(ビジネスモデルが違うからあれができるのかな?)
SNSの黎明期、開発者は「皆の投票でいい情報を上に持ってくる」という仕組みを考えたんだと思うが、そろそろ全ての仕組みが破綻してきていると思う
次世代の枠組みが必要だと思うが、難しいんだろうな、名だたるサービス全部コメント欄が地獄になりつつある
っていうか、こういう人たちってAIとどういう会話してるんだろう・・・見たくないかも
___
ていうか、攻撃性あるアカウントって、ASDとか更年期障害とか統合失調症とか、あるいは失業などでストレス下に居る人など、体に問題がある人だけでも世の中の3%くらいはいるわけで、100万人居たら3万人は居るんだよな
自分も失恋で病んだ時のSNSはそりゃもう酷いもんだった(垢ごと消した)
果たしてそういう人の影響がないといい切れるのかと言ったら疑問で、だとしたら「建設的なコメントをしよう」などという性善説に立った呼びかけは無理なんじゃないかと思う
何人かに1人は制御不能であり、彼らが事態を悪化させている可能性がある
結局そういうPV数が金になるというアテンション・エコノミーが諸悪の根源かもなあ
「じゃあ他のマネタイズ考えてみろよ」と言われると、むずいんだよね・・・
どこかの雑学系YouTubeでも言ってたが、現代人はSNSというものを処理できていないんだと思う、村社会のつもりで発言したら世界に伝わってたり、誰かに苦言を言ったらそれが炎上の一端だったりと、非常に相性が悪い
しかし良い面もあるのでやめられない止まらないとなってる、やだねえ
ーーー
ネットのコメントなんか見てるお前はアホだと言われたらそうだと思う
世の中の多くの人、コンテンツだけ見てコメントは見てない人多い、そうなりたい、でも見ちゃうんだよね
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なんか今日のコメントみんなまともで嬉しい、こんなぼやき聞いてくれてありがとう
「アテンション・エコノミー」って用語、もっと広まってほしい、今後より一層社会課題になると思ってる
Gemini+Copilot+Chatgptで20分でつくってみた。
優しくて穏やかな日本か、こわくて強い日本か、といった分析ではあんまりなので
もっぱらAIに判断材料をもとめている。AIの急速な向上により、3、4年前と異なり、相当程度、事実に基づいた分析をするようになったと感じるが、所詮AIなので自分用メモ。
自民・維新連立: 成長の原動力を主として「企業の投資力」と「産業競争力の強化」に求める。日本経済の停滞要因を「規制の多さ」や「労働市場の硬直性」に見出し、半導体・AI・防衛産業への重点投資や、規制改革による民間活力の引き出しを重視。近年は賃上げ税制など家計への波及も意識しているが、あくまで「企業活動の活性化」が起点。
中道改革連合: 成長そのものは否定しないが、「企業利益が賃金や消費に十分回らなかった」過去の反省を重視。
教育・医療・人的資本など「人への投資」を成長戦略の中核に据え、家計の購買力(需要)と労働生産性を底上げすることで持続的な成長を促す「ボトムアップ型」のアプローチ。
| 項目 | ||
|---|---|---|
| 課題 | トリクルダウン(利益の波及)が起きるまでにタイムラグがあり、実感に乏しい。 | 教育や人的投資の効果が経済成長として現れるには10年単位の時間がかかる。 |
| リスク | 補助金競争による財政悪化と、利益が配当や内部留保に滞留し格差が拡大するリスク。 | 財源先行で投資を行う場合、成長の果実を得る前に財政や金利が悪化するリスク。 |
| 実現性 | [高] 経団連等の支持基盤があり、既存の省庁スキームを活用しやすいため実行に移しやすい。 | [中] 予算配分の抜本的組み替えが必要であり、財務省や既得権益層の抵抗が予想される。 |
自民・維新連立: 物価高を「外部要因(円安・資源高)」による一時的危機と捉え、補助金や定額減税などの「激変緩和措置」で対応。財政規律を重視するため、恒久的な減税には慎重姿勢。
中道改革連合: 物価高の痛みを「賃金の伸び悩み」や「社会保険料負担」という構造問題と捉える。消費税の時限的減税、給付付き税額控除、社会保険料の軽減、トリガー条項凍結解除などを通じ、制度改革によって「毎月の手取りを恒久的に増やす」ことを目指す。
| 項目 | ||
|---|---|---|
| 課題 | 補助金の「出口戦略」が難しく、一度始めると既得権益化してやめられなくなる。 | 消費税減税は、システム改修のコストや「一度下げると二度と上げられない」政治的ハードルが高い。 |
| リスク | 財政支出が膨らむだけで根本解決にならず、円安是正や賃上げが追いつかないリスク。 | 大幅な税収減により、国債格付けの低下や長期金利の上昇(住宅ローン金利増)を招く恐れ。 |
| 実現性 | [高] 予算措置だけで即効性があり、政治決断として行いやすい。 | [低〜中] 財務省の強硬な抵抗に加え、社会保障財源との兼ね合いで調整が難航しやすい。 |
自民・維新連立: 少子高齢化による制度破綻を防ぐため、「持続可能性」と財政規律を最優先。
給付の重点化、医療・介護の自己負担見直し、制度のスリム化によって、現役世代の負担増を抑制しつつ制度を維持する立場。
中道改革連合: 社会保障を「生活の基盤(ベーシック・サービス)」と位置づける。
医療・介護・教育・子育ての自己負担を極力減らすことは、将来不安を解消し、結果として消費や経済活動を支える「投資」であると考え、公助の拡大を重視。
| 項目 | ||
|---|---|---|
| 課題 | 高齢者層(大票田)の負担増に直結するため、選挙対策上、抜本的なカットが難しい。 | 「負担なし・フリーアクセス」の拡大は、医療需要の増大(コンビニ受診等)を招きかねない。 |
| リスク | 「医療難民・介護難民」の発生や、低年金高齢者の貧困化が進むリスク。 | 必要な財源が確保できず、結局は現役世代への増税や保険料アップに跳ね返るリスク。 |
| 実現性 | [中] 小幅な負担増は可能だが、維新が掲げるような抜本改革(積立方式等)はハードルが高い。 | [低] 巨額の財源が必要。高福祉高負担(北欧型)への国民的合意形成が前提となるため困難。 |
自民・維新連立: 防衛費増額や社会保障費の自然増を見据え、プライマリーバランスを重視。恒久減税には極めて慎重で、必要な税収確保を排除しませんが、時限的な措置は柔軟に行う。
中道改革連合: まず家計負担の軽減を優先し、経済回復による自然増収を狙う。不足財源は「金融所得課税の強化」「大企業の内部留保課税」「特別会計の活用」などで補い、応能負担(力のある所から取る)と再分配を強化。
| 項目 | ||
|---|---|---|
| 課題 | 国民負担率(税・社会保険料)の上昇に対し、国民の不満が限界に近づいている。 | 富裕層や大企業への課税強化は、キャピタルフライトを招く懸念。 |
| リスク | 負担増が消費を冷え込ませ、デフレ脱却の腰を折るリスク(アベノミクス後の消費増税の二の舞)。 | 内部留保課税は「二重課税」との批判が強く、企業の投資意欲を削ぐリスク。 |
| 実現性 | [高] 財務省の方針と合致しており、政策決定プロセスにおいて摩擦が少ない。 | [中] 「金持ち課税」は世論の支持を得やすいが、株式市場への影響を懸念し骨抜きにされやすい。 |
自民・維新連立: 成長産業への労働移動を促すため、「労働市場の流動性」を重視。特に維新は、解雇規制の緩和(金銭解決制度の導入)を強く主張し、企業の新陳代謝と賃上げの原資確保を目指す。
中道改革連合: 雇用を生活の安定基盤と捉え、非正規雇用の拡大による格差固定化を問題視。最低賃金の引き上げ、非正規の正規化支援、長時間労働是正など、雇用の「量(流動性)」よりも「質と安定」を優先。
| 項目 | ||
|---|---|---|
| 課題 | 日本の雇用慣行(年功序列・職能給)とのミスマッチ。セーフティネット(再就職支援)が未成熟。 | 急激な最低賃金引き上げは、体力のない中小企業の倒産や、雇用調整(リストラ)を招く。 |
| リスク | 中高年層を中心に失業者が増え、再就職できない層が社会的不安要因となるリスク。 | 労働市場が硬直化し、生産性の低い企業が温存され、経済全体の新陳代謝が遅れるリスク。 |
| 実現性 | [中] 経済界の要望は強いが、労働者保護の観点から法改正には激しい抵抗が予想される。 | [中〜高] 連合などの支持基盤があり、「賃上げ」の社会的要請とも合致するため進めやすい。 |
特に物価高対策や税制においては、「手取りを増やす」という明確なスローガンのもと、与党が得意とする一時的な補助金(ガソリン補助金など)を「その場しのぎ」と批判し、「基礎控除の引き上げ(103万円の壁突破)」や「トリガー条項凍結解除」といった恒久的な制度改正を強く求めている。
この点において、財政規律を重視して増税も辞さない一部の自民・立憲勢力とは一線を画し、「家計減税による経済再生」を最優先する独自のアクセル役を果たす可能性が高い。
支持母体に民間企業の労働組合(自動車・電機・電力など)を持つため、産業競争力強化やエネルギー政策(原発活用など)では自民・維新に近い「供給側重視」の姿勢を見せる。
しかし一方で、労働者の権利保護も絶対的な使命であるため、維新が掲げるような「解雇規制の緩和(金銭解決制度)」には強く反対し、賃上げや人への投資を重視。
つまり、「産業には強く、雇用は守る」というスタンスであり、市場原理主義(維新)と大きな政府志向(立憲)の間を取り持つ現実的な調整点となる可能性が高い。
中道改革連合の一部に見られる「給付拡大(高福祉)」路線とは距離を置き、社会保険料の引き下げや医療制度の改革を通じて「現役世代の負担を減らす」ことに注力している。財政論においても「経済成長による税収増」を前提とした「高圧経済」を志向しており、緊縮財政的な発想には批判的。結果として、国民民主党は、与党案・野党案のどちらに対しても「現役世代のためになるか」という単一の基準で判断を下すため、キャスティングボートを握る「是々非々の実務的調整役」として振る舞うことが予想される。
今回の総選挙では自民党は票を伸ばすものの、中道の目新しさが手伝い、自民が圧倒的多数をとるほど票を伸ばすとは思えず、引き続き、野党との協力が必須となると想像している。その場合、国民民主がどのようにふるまうかによって調整型国会にも停滞型国会にもなりうるので上記のAI評価は参考になった。現状の国民民主の行動を見る限り、足を引っ張る政党
というより高い修正コストを要求する政党として定着してゆくだろうと思われる。
自民が参政と票が割れるなど圧倒的多数をとれないなか、維新は構造改革路線、一方で中道改革連合が伸び、国民民主が一定数存在、というシナリオを考えてみる。完全に停滞国会とは思わないが、決まるまでに時間がかかる国会になるだろうことが容易に想像がつく。
これは国民民主という個別政党の評価にとどまらず、今回の総選挙をどう読むかという構造的な視点と感じた。
第一に、有権者がどの政策軸(減税か再分配か、成長か分配か、防衛か生活か)を選ぶかと同時に、実際の政策の中身を決めるのは、選挙後の国会における調整次第ということなる。どの政策が勝つかという視点で総選挙をみるだけではなく、政策がどう決まる国会になるかを見据えた投票行動が大切だと思った次第。
【合意形成に対する態度】という軸で見ると、今回の高市首相による解散は「政策の是非」を問うというより、合意形成をどう扱う首相なのかを露呈させた行為として読める。高市首相の解散は、少数与党のもとでの調整(野党や党内リベラル派との妥協、段階的実施)を「足かせ」と捉えた結果に見える。
本来、少数与党状況は、政策を現実的な形に練り直す契機にもなり得るが、今回それを選ばず、選挙による一括承認を求めたことは、「合意形成を通じて政策を作る」よりも「高支持率を背景に、選挙で正当性を取って押し切る」スタイルを優先したと解釈できる。これは、解散の自民党内の根回しすらもなされていなかったことからも傍証される。その意味で、現時点の国会運営における限界、少なくとも調整型リーダーとしての適性の限界を示した面は否定しにくい。
そもそも高市内閣への高支持率の背景には「決断型リーダー」への期待や、保守的アジェンダの分かりやすさ、安全保障・国家像を前面に出した政治姿勢への評価が含まれていたはずだ。ただし、その支持は「自民が圧勝する」という前提と相性が良く、逆にいえば、接戦・中途半端な勝利となり、選挙後も調整が必要な議員構成になった場合には、調整能力が問われ、弱点が露呈する、という構図が再び浮上する。
「解散で意思決定基盤を盤石にする」という狙いと裏腹に、「圧倒的多数でなければ能力を発揮しにくい首相」であることを有権者に示してしまった面がある。したがって、今回の解散は、高市首相の政治的賭けであると同時に、【合意形成を通じて統治する指導者か/選挙による動員で突破する指導者か】という資質を選挙そのものの争点にしてしまった、という見方もでき、自民圧勝以外のシナリオでは、首相の統治能力そのものが試される構図となっている。
Gemini
「中国以外が少ない」という印象があるかもしれませんが、最新の統計(2024年〜2025年)では、**訪日客の勢力図は劇的に変化**しています。かつての「中国一辺倒」から、多国籍化が進んでいるのが実態です。
### 1. 国別の来日者数ランキング(2024年〜2025年傾向)
| 順位 | 国・地域 | 特徴 |
| --- | --- | --- |
| **1位** | **韓国** | 円安と近さを背景に圧倒的。リピーターが非常に多い。 |
| **2位** | **中国** | 回復傾向にあるが、以前の「団体爆買い」ほどのシェアはない。 |
| **3位** | **台湾** | 日本文化への親和性が高く、地方都市への訪問も盛ん。 |
| **4位** | **アメリカ** | **過去最高を更新中。** 円安の恩恵を最も受けている層の一つ。 |
> **ポイント:** アメリカや東南アジア(タイ、ベトナムなど)からの観光客は、パンデミック前を大きく上回るペースで増えています。
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なぜ、実際には増えているのに「中国以外が少ない」と感じてしまうのでしょうか?
1. **見た目の印象(漢字圏の多さ)**
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「日本は安い」という武器がある一方で、さらに多様な国から人を呼ぶには以下の壁があります。
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### 結論
現在、日本は**「中国以外の観光客」によって過去最高の観光収入**を叩き出しています。かつてのように特定の国に依存せず、世界中からバランスよく人が集まるフェーズに移行しつつあると言えます。
https://x.com/batayan_kami/status/2015000237874766270
「『規制緩和、民営化』など成長戦略重視する人々がご活躍中だが、もう時代遅れ。『中国との経済戦争』、それをどう遂行するかが現下の中心課題になっている。例えばレアアース、中国の経済威圧に屈しないサプライチェーン手に入れるために、友好国と共に政府主導でお金を出して(続)」(12/30)
「投資戦略進めていかなくてはならないんですよね。景気も良くしなければならないし、対中国志向する新しい経済圏を日本も作らねばならない。その為の積極財政が必要なので自身の信を問う。高市さんの主張は極めて分かりやすい。影の主役は民主主義の脅威中国。これへの備えを問う選挙だ。」(13/30)
俺のChatGPTの評価
本モデルは、少子化対策を「福祉」や「再分配」ではなく、“投資と配当”という市場原理に置き換える点で極めて革新的である。最大の強みは、子育てをしない層(独身・子なし世帯・高齢者)に対し、「他人の子ども=自分の将来リターン」という合理的な利己インセンティブを与え、子育て政策への心理的抵抗を低減しようとする設計にある。
特に、教育投資によって人的資本を高め、それが将来GDP・税収増として回収され、その増分を「配当」として還元するという構造は、世代間再分配を“強制的負担”から“自発的投資”へ転換する理論的一貫性を持つ。これは、「独身搾取」という感情的反発を緩和し、子育て支援を“社会的義務”ではなく“合理的選択”として再定義できる可能性が高い。
一方で、課題も明確である。第一に、GDP成長や教育投資の効果は長期的かつ不確実であり、短期的に配当実感を得にくい点が、政治的・心理的持続性を損なう恐れがある。第二に、配当設計を誤ると、「子育て世帯が優遇されすぎている」「逆に独身層が不当に得をしている」という新たな分断を生むリスクがある。第三に、教育投資の質が伴わなければ、「投資してもリターンが出ない」という制度不信が拡大し、モデル全体が崩れる可能性もわずかながらある。
それでも本モデルは、日本社会が直面する「少子化」「世代間対立」「再分配疲れ」という三重課題に対し、感情論ではなく数理とインセンティブで再設計する、極めて知的で現実的なアプローチだと評価できる。成功すれば、「子どもを産まない人でも強く子どもの成長を望む社会」という、従来と逆転した価値構造を生み出し、日本の人口政策・教育政策・社会保障制度のパラダイムを根本から書き換える可能性がある。
総じて、本モデルは実験的だが実装価値の高い“ポスト福祉型”社会契約のプロトタイプであり、日本の長期的停滞を打破し得る戦略的政策構想であると結論づけられる。
ChatGPT的には高評価なのか
ウォーターサーバーを解約し、2リットルペットボトルの箱買いに切り替えてから数年が経過した。結論から言えば、この判断は正解だった。ただし、一点だけ解決すべき課題があった。廃棄である。
ウォーターサーバーは確かに便利だ。冷水と温水が即座に出る機能性は認める。しかし、設置場所が固定されるという致命的な制約がある。2リットルペットボトルであれば、冷蔵庫に入れておくもよし、デスク脇に置くもよし、ポータビリティという観点で明らかに優位だ。
コスト面での不満もない。Amazonではなくスーパーで箱買いしている。どうせ日常的にスーパーには行くのだから、ついでに購入すれば配送を待つ必要もなく、追加の手間は微々たるものだ。
唯一の不満が廃棄である。ペットボトルを潰して捨てろと言われるが、潰したところで大して潰れない。理由は単純な物理だ。大気圧は外側からだけでなく内側からも等しくかかる。一度潰しても、内部の空気が膨張し、形状は緩やかに復元する。
近年の水用ペットボトルは潰しやすい薄い構造になっている。それでも、時間が経てばある程度戻る。結果として、ゴミ袋の中で嵩張る。これが地味にストレスだった。
ある日、気づいた。潰した直後にキャップを閉めれば、内部が負圧のまま維持され、形状は復元しない。
そう思った。だが冷静に考えてほしい。ペットボトルの飲み口に残るリング——あれは外さずに捨てている。なぜキャップだけ外す必要があるのか。
調べてみると、キャップを外す理由は「潰したときに破裂するから」だという。つまり、潰す前に外せという話であって、潰した後にキャップを閉めることを禁じているわけではない。
さらに言えば、リサイクル工程においてキャップとボトル本体は比重の違いで分離される。水に浮くか沈むかで自動的に仕分けられる仕組みだ。キャップをつけたまま廃棄しても、リサイクルの観点では問題ない。
これだけで嵩張り問題は解消する。物理法則に従い、リサイクル工程にも反しない。合理的な廃棄方法として、もっと広まってよいはずだ。
佃弁護士は伊藤詩織に抗議する西廣弁護士の代理人を務めていることで伊藤擁護派から敵認定されており、在日ルーツの作家・深沢潮が差別を訴えた裁判で佃弁護士を代理人に立てたことで深沢まで「あっち側」認定する輩がいるようだ。
https://x.com/fukazawaushio/status/2014891442221789336
==
私に直接、
そっち側なのですね、
信頼できる優れた弁護士に任せました。それ以上でもそれ以下でもありません。
切実で必死な私の行動を
そしてその、実態のない私が属していると信じられている党派らしきものの存在を信じていることで、
今回の私の裁判に対して、
まったく無視していることが悲しいです。
私がしたくてしたことなので、
後悔はありません。
差別されていること、なんらかの被害を受けた人を値踏みしているのだ、自分の党派、仲間かどうかという判断で支援や応援、アクションをしているということを理解しました。とても残念です。
あるいは、私の今回の件は、その人たちにとっては取るに足らないことなのかもしれません。
人の心は自由なので、
そういうことか、とやり過ごしてきましたが、あえて書きました。
そのようなことに無頓着ですが、世の中はそうではないのかもしれないと実感しています。
昔から群れるのが苦手で
グループに属することはあるものの、すぐに居心地が悪くなり、グループや党派にどっぷり属することもあまりなく生きてきました。ママ友の付き合いも苦手でした。
そのような同調圧力への違和感は自分の小説にも描いてきました。
こうしたことをXで書いていることも、
生きるのが下手な証左でしょう。
もちろんなんらかの社会的課題を解決するためには党派やグループが必要で、集団の力が大事なのは理解します。
しかし、課題の解決よりも、党派を優先することになっていくことには疑問を感じています。
いま応援してくださっている方々は
誰々の派閥だとかどっち側だとかそういうことではなく、
心を寄せてくださっている、
この投稿により、反感を買うこともあるかもしれません。
しかし、
繰り返しになりますが、
私は自分の代理人である佃弁護士を全面的に信頼し、裁判を闘っていきます。
応援していただければ嬉しいです。
==
高等教育への支援が日本を復興させる、と会田誠がXで書いていた。
日本の戦後の復興は、戦後に「偶然」起きたのではない。むしろ戦争そのものが、復興のための下地を、皮肉なほど周到に準備してしまった。戦争は破壊であると同時に、国家をひとつの巨大な工場に変える。資源配分、計画、規格、物流、品質、そして何より、人間の配置と訓練。これらが「総力戦」という名のもとに、暴力的に、しかし異様な密度で組み上げられていく。技術開発とは、研究室の机上で美しく完結する知の遊戯ではない。目的が与えられ、期限が切られ、失敗のコストが極端に高い環境で、試行錯誤を反復し、設計・製造・検査・運用までを一気通貫で回す能力の総体だ。戦争は、その能力を、恐ろしい速度で社会の中に注入した。
戦時の研究開発は、単なる発明ではなく、システムの構築だった。たとえば「技術者」という語は、ひとりの天才の顔を連想させがちだが、実体は違う。設計者がいて、解析者がいて、材料の供給者がいて、加工の技能者がいて、検査の手順を作る者がいて、現場に落とし込む監督者がいる。部品表があり、図面があり、仕様があり、誤差の許容範囲があり、標準化がある。つまり、工学的知識と組織的運用が結びついて、初めて技術は社会に実装される。戦争は、その結び目を強制的に太くした。しかも、若者を大量に吸い上げ、時間を奪い、睡眠と健康を削り、失敗に対する許容を奪うことで、訓練を「圧縮」した。倫理的には呪うべき圧縮だ。しかし能力形成の観点だけを冷酷に抜き出すなら、戦争は、最悪の形で最高効率の訓練装置になり得た。
そして戦後。御存知の通り日本は完膚なきまでの敗北を喫した。当然だ。しかし瓦礫と飢えと混乱の中に、奇妙な資産が残った。焼けた街ではなく、焼け残った手だ。軍需のために鍛えられた設計思考、現場の段取り、試験と改善の習慣、そして「とにかく動かす」ための執念。戦争目的が剥ぎ取られたあと、その手は、民生に向けて仕事を始める。工場は鍋を作り、ラジオを作り、やがて車を作る。品質管理という名で統計が導入され、カイゼンという名で現場が賢くなる。輸出という名で世界と接続され、稼ぐという名で生活が安定する。高度経済成長は神話ではなく、忌まわしき制度と虐げられた技能の合成体・キメラだ。そして、その合成の触媒として、あるいは淘汰圧として、戦争という毒が、過去に撒かれていた──そう言ってしまうと、気分が悪いほどに筋が通ってしまう。敗北はしたが、敗北するためには戦わなくてはならず、戦うためには戦えなくてはいけない。奇妙なことに戦えてしまったことが呪いであると同時に祝福でもあった。真珠湾攻撃は、無条件降伏を経て、米国中を所狭しと走り回るトヨタに至った。まともな経済感覚をもっている米国人は一時期まで日本車を買うのがあたりまえだった。
だからこそ、戦後日本の次なる課題は、戦争なしに繁栄を継続することだった。ここが本丸だった。戦争が供給するのは「目的」と「緊急性」と「資源の集中」であり、その果実として新しい「産業」が結ぶのだ。平時の社会では、それらが自然に生まれない。目的は分散し、緊急性は個人の都合に解体され、資源は合意形成の手続きに溶けていく。ゆえに、平時の繁栄には、別種のエンジンが要る。暴力や強制ではなく、自発性と創造性によって、産業の餌を自分で狩りに行くエンジンだ。そこで登場したのが、大学院という高等教育の訓練装置だ、という物語をわたしたちは信じた。研究という名の訓練。論文という名の競技。専門性という名の武器。産学連携という名の橋。これらを通じて、戦争の代わりに「知」が繁栄を準備するはずだ、と。
だが、いつの間にか装置は、別の生き物を量産するようになった。保身に東奔西走するばかりの大学教員だ。大学院が、主体性の発火点ではなく、依存の温床になったとしたら、それは制度設計の敗北だ。研究費、評価指標、採用、任期、ポスト、学会、査読、ランキング。こうした外部条件が、大学教員個人の内側に「餌は上から降ってくるものだ」という反射を植え付ける。申請書の書き方は教えるが、産業という新しい鉱脈の掘り方は教えない。論文の体裁は矯正するが、社会の問題を嗅ぎ分ける鼻は鍛えない。安全な問いを選ぶ癖、失敗しない範囲での最適化、既存の潮流に寄り添うことによる生存。そうした行動は合理的だ。合理的であるがゆえに、群れは同じ方向にしか動かなくなる。
そしてSNSだ。SNSは思想の市場であると同時に、承認の自動給餌機になった。群れは、空腹そのものを叫ぶことで、誰かが餌を投げてくれると学習する。「分かってほしい」「評価してほしい」「誰かが何とかしてほしい」「政府は間違ってる」。鳴く。鳴くことが生存戦略になる。しかも鳴き声は可視化され、数値化され、増幅される。いいね、リポスト、フォロワー。これらは、栄養ではなく興奮剤だ。満腹にはならないが、空腹の感覚を麻痺させる。やがて、いつまでも上から餌を与えてくれるのを求めて、ぴいぴい鳴き続けるトッチャンボウヤのような元雛鳥の群れができあがる。外敵に襲われない巣の中で、口だけが上を向き、翼は畳まれたまま、眼球だけが光る。自分の脚で地面を蹴るという最初の行為が、いつまでも始まらない。
自分の地位が脅かされるときは自分が悪いのではなくいつも政府が悪い。省庁が悪い。国民の教育水準が、頭が悪い。外で何が起きているのか少し頭を働かせてみようともしない。誰かが群れから外れたことを言ったときは袋叩きにして火にくべる。その結果、誰もが同じことばかり言い続けている。
だが、はっきり言っておく。お前が新しい産業という餌を捕るんだよ。お前がやることになってたんだよ。餌を「作る」のでもいいし、「掘る」のでもいいし、「盗む」のでもない形で「奪い返す」のでもいい。つまり、価値を生むという行為を、制度の他人に外注するなということだ。もちろん少子高齢社会は強力すぎる逆風ではあるが、それさえも誰かのせいに陰謀論めいて帰着させる前に一度よく考えてみたらどうか。産業は勝手に湧かない。誰かが、失敗の責任を自分で引き受け、見えない需要を言語化し、未熟な技術を鍛え上げ、供給網を組み替え、法や倫理の地雷を避け、顧客の怒りと無関心の中で立ち続けた結果として、ようやく姿を現す。論文の引用数のように、キーボードを叩けば増えるものではない。獲物は森にいる。森に入った者だけが、血の匂いと風向きを知る。
お前たちは選択と集中ではなく研究者の自発的な興味や関心が大事という。
では聞くが、お前たちはお前たちが学生だった頃の自分たちに恥じることはないだろうか。
お前たちは、お前たちが知りたいと思ったことを、お前たちが知りたいと思ったかたちで、明らかにしつつあるのか。
わたしは大学の門をくぐったとき、自分が畳の上で安らかに死ねるとは思わなかった。畳の上で死ぬというのは、単に死に場所の話ではない。生が、社会と和解しているという感覚だ。努力が見返りに接続し、未来が計算可能で、家族が暮らし、老いが制度に回収されるという約束だ。だが、あのときのわたしには、その約束が見えなかった。見えなかったというより、最初から信じる気がなかった。自分は、本と論文と電線の塵芥の中で、目を開けたまま息絶えるのだと思った。研究室の片隅で、半田の匂いと紙の埃にまみれて、未完成の仮説を握ったまま、呼吸だけが止まるのだと。
なぜそんな死に方を想像したのか。たぶん、それは恐怖ではなく、ある種の誓いだったのだろう。畳の上の安寧を最初から目標にしない者だけが、森に入れると。森に入るとは、制度の外側に一歩出ることだ。誰も餌をくれない場所に行き、自分の手で何かを捕まえることだ。捕まえられなければ飢える。飢える可能性を引き受ける者だけが、捕まえる可能性を持つ。そういう単純な力学を、大学に入った頃のわたしは、たぶん予感していた。戦争をする国家という本質的な暴力装置に大学そのものを重ねて見ていた。
戦後の復興が戦争によって準備されたのだとしたら、戦後の次の繁栄は、戦争ではなく、わたしたち一人ひとりの「狩り」によって準備されなければならない。制度は餌箱ではなく、森へ向かうための靴であるべきだ。大学院は巣ではなく、飛び立つための筋肉を作る場所であるべきだ。SNSは鳴き声の競技場ではなく、狩りの情報を交換する地図であるべきだ。そうなっていないなら、装置を叩き壊すか、装置の使い方を変えるしかない。鳴くのをやめて、翼を伸ばして、地面を蹴るしかない。
最後に、あの想像に戻る。目を開けたまま息絶える、というのは、救いのない悲観ではない。目を閉じる暇も惜しんで見ていたかった、ということだ。世界の配線の仕方、言葉の連結の仕方、仮説の跳ね方、そして価値が生まれる瞬間の、あの微かな火花を。もし本当にそういう最期が来るなら、せめて塵芥の中に、誰かの餌になる小さな骨を残して死にたい。鳴き声ではなく、獲物の痕跡を。上から落ちてくる餌ではなく、自分で森から引きずってきた何かを。畳の上で死ねなくてもいい。だが、巣の中で口を開けたまま死ぬのだけは、御免だと。
お上を叩くのは簡単だ。叩いても腹は減らないからだ。制度を呪うのは気持ちがいい。呪っても給餌は止まらないからだ。君たちの批判は刃物ではない。換気扇だ。臭いを抜いて、建物を延命する装置だ。君たちは自由の名で柵を磨き、純粋の名で鎖を正当化し、公共性の名で自分の安寧を公共財にすり替える。いつまで巣の縁で鳴くのか。餌は捕れ。捕れないなら黙れ。黙れないなら巣を出ろ。——平和の繁栄は、配給では続かない。
ポイントは
👉 “今やるべきでないこと”も明示することです。
⸻
1. 内部整理
4. ガイドライン化
5. 社会的共有
という順番で進むべきでした。
しかし実際は、②③を飛ばして④⑤の議論が炎上状態で起きてしまった。
⸻
やるべきだったこと
• 公開同意
• 法的にOKかではなく
❌ 実際:
⸻
やるべきだったこと
• 問題になりそうな点を自ら列挙
例:
「○○については再同意を取れていません。
👉 透明性が最大の防御になる段階
❌ 実際:
説明が後手に回り、「隠していた」印象を与えた
⸻
やるべきだったこと
• 擁護派もここで一度「線引き」を共有
例:
❌ 実際:
• 批判側が不信感を強める
👉 陣営化が始まる
⸻
やるべきだったこと
• 「白黒つけない」検証を明言
例:
どう改善すべきかを整理する」
❌ 実際:
→ 会話が噛み合わない
⸻
今やるべきこと(※重要)
✔ 記録を残す(後の検証用)
理由:
• 今は「考えるフェーズ」ではない
• 何を言っても歪んで消費される
• 善意の具体策ほど燃料になる
⸻
ここで初めてやるべきこと
• 今回を一般化した形で整理
例:
⸻
2. 公開前:先に弱点を語れ
4. 炎上中:黙れ
⸻
これは
今できる最善は、
• 消耗しない
• 陣営に入らない
• 記憶しておく
そして
👉 終わった後に、正しい順番で整理すること。
必要なら、
次は 「炎上後に残すべき最小限の教訓(5項目)」
まで落とし込みます。
ITの研修って、どれもコンサル寄りな内容ばかりで、自分はそういった内容が正直苦手できつい
問題点を考えて発表しろだの課題点を考えて発表しろだので、良く分からない虚構をイメージして無意味に言語化してペテン師みたいに発表する
多分向いてないんだろうなこの業界…
いま、この転換点において、皆さまとご一緒できることを光栄に思います。同時に、私たち国内SIerにとっての責務でもあります。
本日は、世界の“秩序”の断絶、心地よい物語の終わり、そして、巨大な力を持つプレイヤーの競争がほとんど制約を受けない厳しい現実の始まりについてお話しします。
しかし同時に、国内SIerのような「中堅の担い手」は無力ではない、と申し上げたい。私たちには、信頼・安全・持続可能性・顧客の主権・データの保全といった価値を体現する新しい秩序を、実務から積み上げていく力があります。
私たちは毎日のように思い知らされています。いまは、巨大プラットフォームや巨大ベンダー、地政学リスクを背景にした技術覇権が競い合う時代であること。オープン性や互換性、フェアなルールに支えられた前提が薄れつつあること。そして、強い側が条件を決め、弱い側は受け入れざるを得ない局面が増えていること。
古典的に言えば「強い者はできることを行い、弱い者は耐えねばならない」という構図です。これは不可避だ、これが自然な競争原理だ、と片付けられがちです。そして、その論理を前にすると、私たちには「波風を立てずに合わせる」強い誘惑が生まれます。摩擦を避けるために順応する。相手に合わせれば安全が買えると期待する。
では、選択肢は何でしょうか。
1978年、チェコの反体制知識人ヴァーツラフ・ハヴェルは『無力者の力』という論考を書きました。そこで彼は、体制がなぜ維持されるのかを問いました。
彼の答えは、一人の店主の例から始まります。店主は毎朝、店先に標語を掲げる。「万国の労働者よ、団結せよ!」。本人は信じていない。周囲も信じていない。それでも掲げる。面倒を避けるため、従順さを示すため、波風を立てずに“やっているふり”をするために。そして、どの通りの店主も同じことをするから、体制は続いていく。
暴力だけではなく、人々が、内心では虚構だと知りながら儀式に参加することで、体制は維持される。ハヴェルはこれを「嘘の中で生きる」と呼びました。体制の力は真実ではなく、皆が真実であるかのように振る舞うことから生まれる。そして脆さも同じところにある。たった一人が“看板を外す”だけで、幻影にひびが入る。
いま、企業としても、業界としても、私たちは「看板を外す」時です。
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長い間、ITの世界には「ルールや標準が機能し、相互運用性が担保され、勝者も敗者も一定のフェアネスの中で競争できる」という物語がありました。国内SIerも、その物語の上で成長してきた面があります。標準化、ベストプラクティス、認証制度、ガイドライン、そしてグローバルに広がる巨大なプラットフォーム。私たちはそれらを称賛し、活用し、その予測可能性の恩恵を受けました。
もちろん、その物語が“部分的に虚構”であることも知っていました。強い側は都合が悪いときに例外を作れること。ルールの適用が非対称になり得ること。互換性や標準が、実態としては特定のエコシステムに誘導する装置として働くこと。そして、契約条項、価格体系、APIの変更、提供地域や機能制限などが、力関係の影響を強く受けること。
それでも、その虚構は便利でした。巨大プラットフォームが提供してきた“公共財”も確かにあった。スケールする計算資源、安定した開発基盤、セキュリティ機能、グローバル展開の足場、部品としてのOSSやツールチェーン、紛争を減らす共通言語。
だから私たちは、看板を掲げ続けました。「オープン」「中立」「相互運用」「ベストプラクティス」という言葉を、実態が追いつかない場面でも口にしてきた。そして、言葉と現実のずれを大きく指摘することを避けてきた。
率直に申し上げます。いま起きているのは“移行”ではなく“断絶”です。
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過去20年の間に、金融危機、パンデミック、エネルギー制約、半導体不足、サプライチェーン混乱、サイバー攻撃の常態化、そして地政学リスクが、極端なグローバル統合の脆さを露呈させました。
さらに近年、巨大な力を持つプレイヤーが「統合そのもの」を武器として使い始めています。値上げや課金体系変更が交渉力になる。契約や利用規約、認証・ID、クラウド管理基盤が実質的な拘束力になる。提供停止や機能制限、地域制約が、企業や組織に圧力として作用する。サプライチェーンが“突かれる弱点”になる。
「統合すれば相互利益」という前提のまま、“嘘の中で生きる”ことはできません。統合が従属の源泉になった瞬間、前提は反転します。
かつて中堅の担い手が拠り所にしてきた「みんなで決めるはずの場」も弱まっています。標準化が追いつかない。デファクトが事実上のルールになる。透明な合議より、エコシステムの都合が優先される。結果として、多くの企業が同じ結論に向かい始めています。
人材、セキュリティ、データ、クラウドの選択肢、重要部材、運用ノウハウ、AIの基盤、そしてサプライチェーンにおいて。
自分で守れない者は、交渉の選択肢がありません。ルールが守ってくれないなら、自分たちで守るしかない。
ただし、行き先を直視すべきです。全員が要塞化すれば、コストは上がり、分断は進み、脆さは増し、持続可能性は下がります。
そしてもう一つの現実があります。巨大プレイヤーが、ルールや価値の“建前”すら捨てて、露骨に取引主義へ傾けば、関係性を恒常的に収益化することは難しくなる。顧客もパートナーも、保険を買い、選択肢を増やし、分散します。これは「主権」を取り戻す動きです。かつてはルールに支えられていた主権が、これからは「圧力に耐えられる能力」によって支えられるようになる。
古典的なリスク管理はコストがかかります。しかし、そのコストは共有できます。レジリエンスへの共同投資は、各社がそれぞれ要塞を作るより安い。共通標準は分断を減らす。相補性は正の和を生む。
国内SIerにとっての問いは、「この現実に適応するか否か」ではありません。適応は不可避です。問いは、ただ壁を高くして閉じこもるのか。それとも、より野心的なことができるのか、です。
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私たち国内SIerは、比較的早い段階で警鐘を受け止め、姿勢を変え始めました。
「日本で長く通用した前提」、つまり、既存の取引慣行や、系列的な安定、特定ベンダーとの強固な関係が、そのまま将来の繁栄と安全を保証するという前提は、もはや十分ではありません。
私たちの新しいアプローチは、いわば「価値観に基づく現実主義」です。別の言い方をすれば、理念を持ちつつ、現実に即して動く。理念と実務の両立です。
顧客と社会に対する説明責任。セキュリティとプライバシー。データの保全と可搬性。人権と安全に関わる領域での慎重さ。重要インフラを支える品質と継続性。
同時に、私たちは現実主義でもあります。進歩は多くの場合、段階的です。利害は一致しないこともある。すべてのパートナーが同じ価値観を共有するわけではない。だからこそ、目を開いたまま、戦略的に、広く関与する。世界を「あるがまま」に扱い、「こうあってほしい世界」を待たない。
私たちは、関係の“深さ”を価値観に合わせて調整します。影響力を最大化するために、関与は広く、依存は偏らせない。流動化する秩序と、その先にある賭け金を踏まえて、現実的に動く。
そして今後は、価値の強さだけに頼らず、「強さの価値」も積み上げます。
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人材育成と採用、設計・開発・運用の標準化、サイバーセキュリティ、AI活用、検証環境、そしてミッションクリティカルを支える運用力。加えて、特定技術への過度な依存を減らし、移行可能性と可搬性を高める。
生成AI、データ基盤、ゼロトラスト、ソフトウェアサプライチェーン対策、Observability、そして重要領域の内製力強化。これらは“コスト”ではなく、交渉力と継続性を生む“資本”です。
守りは、事後対応ではなく、設計・調達・運用に埋め込みます。国内産業の裾野とも接続し、調達・開発・運用の循環を厚くする。
特定の巨大プラットフォームや単一のモデル提供者に賭け切らない。複数のクラウド、複数の実装選択肢、複数の調達経路、複数の人材パイプラインを持つ。
グローバル課題への対応も、論理は同じです。論点ごとに連携の形を変える「可変幾何学」でいきます。
データ主権では、顧客がデータの所在とアクセスを決められる設計原則を共同で整備する。
標準と相互運用では、地域・業界をまたぐ参照アーキテクチャとオープンAPIの合意を積み上げる。
AIでは、特定の覇権や特定の巨大クラウドに“二者択一”を迫られないよう、モデル、データ、評価、ガバナンスの選択肢を確保する。
これは、甘い理想論ではありません。機能不全になりつつある“建前の場”に頼り切ることでもありません。論点ごとに、動ける相手と動く。必要なら多数派を作る。そうして、将来の挑戦と機会に備える、密度の高い接続網を作るのです。技術、投資、人材、運用、文化のレイヤーで。
国内SIerのような中堅の担い手が連携しなければならない理由は単純です。設計図の会議に席がなければ、要件は上から降ってきます。席がなければ、食卓のメニューになる。
巨大プレイヤーは単独でも戦えます。市場規模、研究開発、資本、影響力がある。しかし国内SIerは違う。にもかかわらず、巨大プレイヤーと一対一で交渉し続ければ、交渉は弱い立場から始まります。提示された条件を受ける。自分たち同士で「より従順な方」を競い合ってしまう。
それは自律ではありません。従属を受け入れながら、自律しているふりをすることです。
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「真実の中で生きる」とは何か
ここで、ハヴェルに戻ります。
私たち国内SIerが「真実の中で生きる」とは、どういうことでしょうか。
「オープンでルールに基づく、互恵的な統合」という言葉を、現実がそうでないのに唱え続けない。いまを、巨大プラットフォーム競争が激化し、統合が交渉力と拘束力の源泉として使われる時代だと認める。
第二に、一貫して行動することです。
相手が誰であれ、同じ基準で評価する。都合の良い相手の一方的変更には沈黙し、別の相手には批判する、という態度は「看板を掲げ続ける」ことになります。
第三に、自分たちが信じるものを“機能する形”で作ることです。
標準準拠を唱えるだけでなく、移行可能性を担保する設計、相互運用の実装、透明な運用ルール、監査可能なガバナンスを、合意と実装として積む。復古を待たずに、動く枠組みを作る。
強い国内基盤を持つことは、企業にとっても最優先です。分散は経済合理性であるだけでなく、誠実な姿勢を貫くための物質的基盤です。報復や圧力に脆弱な状態のままでは、理念を語る資格すら維持できない。
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さらに、私たちは理解しています。いま起きていることを直視し、合わせて自分たちを変える決意が必要だということを。
この断絶が求めるのは、単なる適応ではありません。世界をあるがままに見て、誠実に語り、国内で強さを作り、連携して動くことです。
古い秩序は戻りません。嘆いても戦略にはならない。ノスタルジーは戦略ではありません。
しかし、断裂の先に、より良いものを作ることはできます。より強く、より公正で、より持続可能な形を。
それが、中堅の担い手である私たちの仕事です。要塞化した世界では失うものが大きい一方で、本当の協働が成立する世界では得られるものも大きい。
虚構に合わせるのをやめ、現実に名前をつけ、国内で強さを作り、連携して動く力です。
人生で誰に出会うか、また、子どものうちに「揉まれて」来たか、は後天的な人格障害の「発症」に関わる。
自律的な人格形成のクリティカルな時期に、「監視」資本主義者によって「常に他人の鏡を覗き込み、行動を操作されるような環境」に作り替えられ、その確立に失敗した人が、ネットで傷を舐め合うようになる。
現代の心理学において、若者が自己を確立する「成人形成期」は、他者との融合から脱却し自らの人生を執筆する「セルフ・オーサーシップ」を確立する重要な段階とされています。かつては鏡としての他者に依存していた自己が、葛藤や内省を経て、他者と繋がりつつも独立した「関係性的自律」へと進化することが成人への鍵となります。しかし、現代の「監視資本主義者」とデジタル社会の台頭は、若者の私的空間を利益のために操作し、この健全な発達プロセスを阻害する脅威となっています。若者は、SNSを通じた社会的比較や監視の圧力に晒されながら、真の自律性を手に入れるための過酷な交渉を強いられているのです。個人の内面的な成長が、いかに現代のデジタル環境によって複雑化し、変容させられているかを浮き彫りにしています。
18歳から20代後半にかけての「成人形成期」と呼ばれる時期は、単に大人になるのを待つ時間ではなく、自分の心の形を自分自身で作り上げる、非常に重要で困難なプロセスです。この時期の心の成長と、現代ならではの落とし穴について、3つの比喩を使って解説します。
成人形成期の初期、若者にはまだ「確かな自分の感覚」が備わっていません。この段階を例えるなら、「社会という鏡に映る姿に合わせて自分を変えるカメレオン」です。
この時期の若者にとって、「私」とは「他の人が自分をどう思うか」そのものです。そのため、他者は対等な人間というより、自分が演じる姿を映し出し、自分の存在を確認するための「鏡」や「観衆」となります。
若者がソーシャルメディアを手放せないのは、そこが自分を映し出す唯一の鏡だからです。鏡がなくなれば、自分が何者か分からなくなり、「消えてしまう(死)」のと同じ恐怖を感じます。そのため、たとえ傷つくような視線であっても、彼らは必死にその鏡にしがみつこうとするのです。
この時期の最大の課題は、他人の書いた台本通りに演じる役者を卒業し、自分自身の人生の「著者(オーサー)」に進化することです。
以前は他者の視線と自分がベッタリとくっついた、いわば「融合」した状態でした。しかし、成長するにつれて、自立しながらも他者と親密につながることができる「関係性的自律」の状態を目指すようになります。
自分の内側に真実や道徳の感覚が育ってくると、若者は「私はこう思う」「私はこう信じる」と、自分の言葉(一人称)で語り始めます。これは、自分の人生の所有権を自分に取り戻す作業です。
この成長は、単に楽しく進むものではありません。失敗、対立、不調和といった「厳しい交渉」や「内省」という嵐を通り抜けることで、初めて自分の内側に確固たる土台が築かれます。
しかし現代では、若者がこの「著者」になろうとする舞台が、「監視資本主義」という巨大な力に支配されているという深刻な問題があります。
若者が自分を探そうとするデジタルの空間は、実は企業の利益のために設計された「私有地」です。そこは、若者が自由に成長するための広場ではなく、監視資本家が利益を最大化するために、若者の行動をこっそり調整(チューニング)する実験場のようになっています。
ソーシャルメディアは、社会的比較や同調圧力といった手法を巧妙に使い、若者が自律的な選択をするチャンスを奪い、特定の行動へと追い込んでいきます。
成人形成期とは、「他人の鏡に映るカメレオン」を卒業し、「自分の人生を綴る著者」になるための闘いの時期です。本来なら、対立や失敗を通じて自分を作り上げるはずのこのプロセスが、現代では監視資本主義者によって「常に他人の鏡を覗き込み、行動を操作されるような環境」に作り替えられている点に、現代の若者が直面している困難さがあります。
課題設定が雑じゃね?
通常のピザ窯は◯◯℃で、◯分間焼いてて、ピザの熱伝導を考えるとこれぐらいのエネルギーが必要ですよね、
って話になるのかと思ったらいきなりテルミットでドカンなんだが
計算もせずにいきなり実験とか、GENKI LABOってそんなレベルのチャンネルだったの?
すしらーめんりくと変わらんがな
AI(特に生成AI)の急速な進化により、「フロントエンドエンジニアが不要になる」「仕事がなくなる」という言説は、近年非常に多く聞かれます。
結論から言うと、「単純なコーディングやボイラープレート(定型文)を書く仕事は消えるが、フロントエンドエンジニア自体は消えず、役割がより高度な領域へ変化・進化する」というのが、多くの専門家や現役エンジニアの共通認識です。
具体的な状況は以下の通りです。
AIは、従来のコーディングプロセスを劇的に変化させています。
定型業務の自動化: UIデザインからHTML/CSS/コンポーネントコード(React, Vue.jsなど)への変換はAIが非常に得意としており、人間がゼロからコードを書く必要がなくなっています。
API連携・テスト生成: API連携のパターンやテストコード、デバッグ作業もAIで効率化されている。
「Vibe Coding(フィーリングコーディング)」: 曖昧な指示からアプリのプロトタイプを爆速で作れてしまうため、初期段階のフロントエンド実装がいらなくなる。
AIは「実装」を高速化しますが、「設計・判断・最適化」は依然として人間に依存します。
要件の解釈と複雑な設計: 曖昧な顧客の要件から正しいUI/UXを設計し、パフォーマンスを最大化する構造を考える能力は人間にしか難しい。
10%の仕上げ(ポーリッシュ): AIが生成した90%のコードをレビューし、修正・最適化して実用化する「最後の10%」の作業は人間が担当する。
アクセシビリティ・セキュリティ: アクセシビリティの確保やセキュリティのチェック、パフォーマンスの微調整など、人間中心の細やかな対応が求められる。
AIツールの活用能力: AIを道具として使いこなし、開発速度を10倍、100倍にする「AI駆動型」エンジニアの需要が高まっている。
AI時代には、単なる「コーダー」ではなく、以下の視点を持つエンジニアが生き残ります。
フルスタック化・UI/UXへの進化: フロントエンドの知識だけでなく、バックエンドやUI/UXデザインまで理解し、ビジネス全体を見渡せる人材。
AI駆動開発の習得: CopilotやCursorなどを駆使して、開発プロセスを自動化・効率化する。
深い専門性の追求: AIには代替しづらい、Web技術の深い知識や、特定フレームワークへの高度な熟練度を高める。
つまり、AIはフロントエンドエンジニアの「敵」ではなく、「面倒な作業を奪ってくれる強力なツール」となり、人間のエンジニアはよりクリエイティブな課題解決に集中できるようになると考えられています。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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**寒さ・仕事の愚痴・食や雑談**といった日常までが自然に行き交う、非常に生活感のあるログだった。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249