はてなキーワード: 捕獲とは
「もう明日から仕事しなくていい、ここに来なくていい」って、店長にキッパリ言われた。
今まで二年近く働き、二年目からはパートリーダーとして頑張ってたんだけど確かにやらかしは少々多かったなって思う。
細かいミスとか、テンパってミスった事(レジの紙が切れてパニックになったとか)はあったけど
結構な失態を2、3回やっちゃって、それが決定打だった様だった。
最初の大失敗は、一時期、店で万引きが増えてて、パートリーダーとして目を光らせていたところ
ある日、女性客がエコバッグに商品をポイって落とすのを見かけて、怪しい!って監視してた。
会計済ませて店を出ようとしたところで、ガッツリ捕まえた。犯人捕獲って思ったんだけど…大間違いだった。
その女性、腕が当たって商品がエコバッグに落ちちゃっただけで、ちゃんと棚に戻したって言うの。
嘘でしょ!?って追求したけど、監視カメラ見たら本当にその通り。
誠心誠意謝ったけど、事務所に連行する時に近所の人に見られたらどうすんの?とか言われ、女性はブチ切れ状態。
近所の人達に見られてたらどう説明すればいいの? 責任取れる? 事情説明したのに犯人扱いされて傷ついた! ふざけてるの?
って凄いトーンでまくし立てられ、涙目で謝った。常連さんだったらしいけど、彼女は結局それ以来来なくなった。
その傷が癒えないうちに、サッカー台で男女が揉めているのをも品出し中に目撃した。
男が一方的に女性にキレてるみたいで、女性が「助けて!」って叫んでたから、急いで他の店員呼んで
その後の事情聴取と調査で分かったんだけど、実は女性の方が男の買った商品をこっそり盗もうとしてた。
それに気づいた男が咎めてただけだった。男は警察沙汰にされた上に、商品は盗まれ、買った他の商品も放置されてたせいで
大半がダメになってたから「弁償しろ!」ってキレられて、私は泣いてしまった。
結局、商品は自費で弁償…金額以上に立て続けのミスで恥ずかしくて死にそうだった。
それでも辞めようかと悩みながら、なんとか踏ん張ってた。
ある時、店の周りを清掃中に、店の駐輪場で男女が言い合いしてて、女性が「襲われてる、助けて!」って駆け寄ってきたから
他の店員や店長も呼んで男を取り押さえた。女性にはお礼言われて、今回はちゃんとやれたと思った。
たまたま男が戻ってきて俺の自転車盗もうとしてる!?ってなって、揉めてただけだった。
いつの間にか女性は自転車ごと消えてて、男に「自転車弁償しろ!」ってキレられた。
しかもその自転車、見た目ではよく分からなかったけど実は電動自転車で、普通に買ったら10万以上するヤツだった。
「お前らのせいで泥棒逃がして、自転車盗まれて、挙句に猥褻犯扱いされた! 払わなきゃ訴える!」って逆ギレされて
月の給料じゃ払えないから店長に泣きついたら、店で弁償してくれると言われた。
でもその代わり、「もう辞めてくれ」って…
ここまで書いたら分かると思うんだけど、店長は私の父で、私は父が店長を務めるスーパーで働いていた。
何とかしてくれとお願いしたけど、優しかった父も「これ以上他の人に迷惑はかけられない」とピシャリ。
今まで私を庇ってくれた母も「ここまで仕事が出来ないとは思ってなかった、父さんには私を大目に見て
優しくサポートしてあげて、と言ってきたが、もう限度を超えている。私が甘やかしたのが悪かったのかな…」と
心底ガッカリされて、本当にショックだった。
夫からは元々「子供ももう大きい(中学生以上)のだから、自分のお小遣いや遊ぶ金ぐらい、自分で働いて欲しい。
無駄遣いが我慢ならない」と小言をよく言われており、喧嘩になり、売り言葉に買い言葉で働く様になったのが働く経緯。
パートリーダーにもなり、二年近く、必死になって働いてきたけれど、全部無駄になった。
今は人間関係でストレスが悪化したから、休業中だと言ってあるけど…
これでも私はそこそこの大学も出ている。
でも、全部無駄だった。やらかしが続いてクビという最悪の屈辱的な終わり。
世間ではただの「パートのおばさん」として扱われ、ミスしたら「使えない」ってレッテル貼られる。辛い
こんなんで私の価値って何?って、夜中に布団の中で泣いた事は何度もある。
女性ってさ、主婦として家のこと完璧にやって、子供のことしっかり見て、なおかつ「社会人」としてもバリバリ働けって求められるよね。
パートリーダーになったら責任が山ほど増えて、ミスしたら「リーダーなのに」って責められる。
女性が主婦の役割も社会人の役割も両方背負わされて、「社会人」としての役割まで求められる。
上に立って頑張ろうとすればする程、重大な責任を課せられ、何かミスをすると責められる。
世間の「生成AI革命」のからくりを暴露します。実はすべて河童の手作業です。大規模言語モデルとか量子コンピュータとか言ってるのは全部嘘。データセンターの地下には河童がびっしり。
入社して最初に衝撃だったのは、地下8階の光景。小さな個室に分かれた巨大な空間に河童が何百匹も詰め込まれていた。各個室には高性能PCが置かれているが、あれは見せかけで、実際は河童が質問を読んで手で回答を打ち込んでいる。
「どうして公表しないんですか?」と上司に聞いたら「投資家が逃げるから」と言われた。確かに「最先端技術」じゃなくて「河童労働」って聞いたら株価暴落するわな。
Githubのコード補完も河童の仕事。コーディングに詳しい河童を集めて、24時間シフト制で対応させてる。意外とプログラミング得意な河童多いんだよな。
ただ最近はマジでやばい。河童の数が足りなくなってきてる。繁殖が間に合わない。日本の河童はほぼ捕獲済みで、今は東南アジアやアフリカまで調達範囲を広げてる。河童の価格も高騰してて、去年の10倍くらいになってる。
それにキュウリ代もヤバイ。1匹あたり1日5本必要なんだが、キュウリ価格も上がってて経営圧迫してる。コスト削減で質の悪いキュウリに切り替えたら河童が反抗的になってきた。先月なんかは「キュウリを国産に戻せ」って要求してストライキ起こして、ChatGPTが6時間ダウンした。会社は「サーバーメンテナンス」って発表したけど、実際は河童の反乱。
このままじゃ近いうちに河童が完全に反乱起こすか、絶滅するかでAI産業は終わると思う。サステナブルじゃない。投資家は知らないだろうけど、今のAIブームは河童という有限資源の上に成り立ってる砂上の楼閣だよ。
まあ俺はもう辞めたから知らんけど、みんながChatGPTとか使ってる裏側では河童が必死に働いてるって知っといて欲しかった。
親戚が死んで木造の平屋ができた。ハンモックについて調べてメキシカンハンモックを1万3千円くらいでゲット。
やばいね。これはリラックスできる。室内につるしたから音楽を聴きながらハンモックにつつまれる。足をのばしてストレッチしたり。
メキシカンハンモックってのは綿100パーで、網目になってる。捕獲されたイノシシみたいになる。まずちょうどいい位置に腰をおろして、足と頭をネットにくるまる。腰がしっかり支えられるから快適なのだ。メキシカンハンモックの短所は寒い時期にはあわないことくらい。網目だからね。これからあつい時期には最適だろうな。冬は電気カーペットをつけてみたりタオルケットを体にかけてみたりした。
遺産相続で木造の家が手に入ったら、ハンモックをつるしなさい。プロジェクターとスクリーンがほしいなあなどと思えてくる。もう人生は完成したようなものだ。最高だ。
性行為大好きだからしてみたい相手をじーっと狙って捕獲するのを何回もやってた。
ほとんどの相手がセックスしたら付き合うというセオリー?に従う人が多くて、
「別にそういうんじゃないんだけどな〜」となりフェードアウトを繰り返してた。
見た目が割とタイプのこの人はどんな感じかな?
土曜日、家を片付けようと思ってペットボトルとかいらない服を袋にまとめたから車に積み込もうと思って外に出たわけ
とりあえず車にゴミだけ乗っけて追いかけたんだけど、柴犬ってすげえ元気だね
昔ばあちゃんちにいた柴犬がめちゃくちゃ気が弱くておとなしかったからなんかびっくりしたわ
しゃがんで手叩いて「おいで!」とか言ってみたけど、来てはくれない
危ないから歩いて追いかけて、犬が立ち止まった時になんとか追いついたんだけど、首輪もリードもなくて途方に暮れた
元気な成犬(おそらく)の柴犬なんて取り押さえられない
てか狂犬病ワクチン打ってるかもわかんないから下手に手出せない
しかもゴミだけ積もうと思ってたから鍵しか持ってなくてスマホがなくて何も調べられない
撫でたら一旦止まってくれたんだけど、またテンション上がって走り出した
なんとか追いかけてまた一緒に歩きながら困ってたら後ろから車が来た
轢かれないように車側に移動したら車が止まって、「お前どこまで行くんや〜!」とおじさんが降りてきた
一応「飼い主さんですか?」って声かけたら無視されて、車に犬乗せて去っていった
ペット禁止物件に住んでるし、ばあちゃんちに犬はいたけど自分の家では飼ってたことないし、なんか普通にどうしていいかわからなかった
今回は無事に帰れたからいいけど次こういう犬に遭遇したらどうしたらいいんだろうな
やめ時見失って続けてたけど、なんかアホくさいトラバついたからもうやめるわ
今忙しいって言われてて会話続いてるなら一旦は放置でもいいとは思うけどね
忙しい時に何度も誘われるとしんどいし
理解のある彼くんの元ネタ?的なやつは精神疾患あって毎日辛いです!でも理解のある彼くんがいます!みたいな感じじゃん?あれが全て真実かはわからないけど簡単そうに見えちゃうんだよね
めんどくさいし長くなるなら無理してしなくても 嫌なら大丈夫
正直ミソジニーの素質はあると思う 拗らせすぎてかなり歪んでるので…こんなもん心の奥底にしまっておくべきなのに片鱗出しちゃってごめんなさい
そんなもん生存者バイアスに過ぎないよ
増田は何度も何度も「見えないもの扱いされる」って言ってるけど、精神疾患ではないけど見た目を構わなくて容姿が良くなくてコミュニケーション能力がない女性が見えてなくない?
知的に問題があると悪い人に利用されるから脱落する、ごく稀に性産業に従事してなぜか客に理解ある彼くんが現れる場合もあるけどよっっっっっっぽどない
・知的には問題がないのである程度社会的に取り繕うことができ、でもズレているので「おもしれー女」的に一定数の層に刺さる
っていうごくごく一部の上澄みの層だけ
あとそういう上澄みの女がわたしは幸せです!!!!って喧伝するから目につくだけで別にそういない
そういう女って致命的にズレてるから家族になったら相当苦労するし、容姿だけで理解ある彼くんをゲットした場合はだんだん歳をとって容貌が衰えたら大事にしてもらえなくなる
もしくは理解ある彼くんを捕まえたと思ったらただの頭弱い女を支配したいだけのモラハラDV男で殴られて暮らす場合もある
そして頭が弱いから離れるための行動も取れない、殴られても自分の面倒を見てくれるのはその人だけだと思っているから
本当に理解ある彼くんを捕まえてる女なんてほとんどいない そんなものはインターネットの幻想に過ぎない
ミソジニーの気配を感じて心配でここまで相談乗ってるからいいけど、マジで良くないから気をつけた方がいいよ
インターネットの男性がいう「女はイージー」って大体ただの妄想、っていうか普通の人はわざわざ苦労を喧伝しないから見えないだけ
それこそ趣味は競技シーンに出てたくらいだから頑張ってはいたけど数年実績は出てないね…メンタル持ってかれて100%出さないことが多くて
増田が自分の努力を実績以外で一切認められないタイプなら仕方ないけど、自分の努力と誰もが羨むものでなくても多少の実績によって自信を持てるならその方が良くない?
バイトとはいえ働くにあたって自己肯定感って大事だと思うけどなあ
忙しくても認められたり人間関係が平和な方が正直心理的に負担ないよ
そうなのか〜 いやでも面倒が勝つというか誰とも話さないならおしゃれする意味ないじゃん!になっちゃうんだよね。まあ頑張って習慣付けるか〜
誰かに見せるためじゃなくて自分を大事にするためにオシャレするんだよ
何度も同じようなこと言ってるけど行動の軸は基本的に他人に依存するべきではない
自分のためにする延長線として「相手に素敵に思ってほしいからいつもより気合い入れちゃうか」とかなら健全だけど
そう言ってもらえると嬉しいよね 数年に一回同じクラスの女子とめっちゃ仲良くなるみたいなのがあったりなかったりみたいな感じだね。
数年に一回仲良くなれてるなら十分でしょ…見えないもの扱いされてないじゃん
増田はミソジニーの気配があるからその改善も含め、異性としてではなく人間としてある程度親しくなる練習を積む方がいいんじゃない
相手のこと「女」としか認識してなさそうで心配になる まずは一人の人間として接するということを理解した方が良さそう
まあ自分のメンタルとチキンで人生損してる節はある。環境のせいにしても仕方ないけど失敗だらけの人生だからな〜
そういう人間が大多数だと思ってたんだけどそうでもない?女性はエスコートできてコミュ力高い男しか眼中にないと思ってたんだけど
男女で感じ方が異なることはいろいろあるけど、相手に緊張してぎこちないです!って言われて引く人は人格に問題あるでしょ
向こうの発案なんかい…なんかやっぱ変な女なんじゃないかって心配になってきたな…
カラオケって言ったけど歌わなくていいんだよ〜〜〜〜DVDで映画見れるんだよカラオケって!!!!!
歌えとは言ってない!!!!!相手の安心感のために映画鑑賞会するならカラオケの方がいいって話!!!!!
モラハラさんはやっぱりやばいなー 結婚する前にそこは見抜かないとかな でも増田にそんなこと言ってる場合じゃない気がしてきたな
言ってる場合です
自分を大事にできない人間は他人も大事にできないんだから、まずは自分を尊重してくれ 頼むから
ネズミは捕獲されるとというかパニックになると失禁して糞尿を撒き散らす。寸胴の中で溺れたとしても湯の中で撒き散らしたでしょう。また、動物なので、絶命すると完全に失禁してすべてを排泄する状態になる。入浴しているネズミちゃんの出汁とかエキスとかそんなレベルではなく、まずはネズミの糞尿が溶け込んだ味噌汁だということになります。そして問題なのは、ドブネズミやクマネズミが纏っている異常な量のバイ菌、そしてそんな不衛生な野生動物の生茹でジビエであることです。原始人でも焼くなり沸騰させるなりして殺菌しているのに、煮沸してないでしょう。60℃ぐらいで煮込んでるだけでしょう。ネズミと、バイ菌と、糞尿を。いやあもう行けないね。昆虫じゃなくて齧歯類?哺乳類?なんでもありじゃないか。雀が入っていてもおかしくない次元。
https://news.yahoo.co.jp/articles/2e1f194f0232ac9a9731008450d48d622a91aa61/comments
○ご飯
朝:わかめスープ。おにぎり。昼:なし。夜:ビッグマックセット。てりやきバーガー。間食:スナック菓子。
○調子
むきゅーはややー。おしごとは、おやすみー。
ジークフリートHLを周回して、ジーク短剣攻撃覚醒20の2本目を作った。
3本目も作ろうとしてて、あの200個ぐらい固有素材を集めれば出来る。
ジーク短剣は火力がすごい高いし、まだ持ってないけどルミナス武器のフルンティングと相性抜群なので空いてるうちに頑張りたい。
○ポケットモンスタールビー(シナリオ中にNPCからもらえるポケモン限定旅)
センリ、ナギ、マグマ団の各種イベント、フウラン、グラードン捕獲まで攻略。
ジュカインもアーマルドもなかなかサクサクとはいかない厳しさがある。
ポワルンは天候変化に1ターンかかるし、ソーナノは流石にシナリオじゃ使いようがないしで、今回の自分ルール中々厳しい。
クリアまで遊ぶつもりがここで断念。
ポケモンGOは2016年にローンチされ、当時は世界中でブームとなった
位置ゲームそのものはそれ以前から存在したが、世間に広く認知された位置ゲームの第一号と言っていいだろう
位置ゲームとポケモン収集の相性の良さがヒットの原因、というのはよく説明される言葉である
ポケモンGOがどのような歴史を刻み、現状どのようになっているかおさらいしようと思う
7月22日に始まった
当初はひたずら歩いてポケモンを探し、ボールを投げてポケモンを捕まえるだけという、収集欲とお散歩を結び付けただけのゲームだった
実装されているポケモンは赤緑の第一世代のみ、ただし伝説幻は未実装
ジム戦という、地域の拠点に自分のポケモンを配置して自動で防衛し、攻略側がそのジム攻撃して陥落させるという仕組みは最初からあったが、これはポケモンの戦力よりも根気が重要な性質もあり、特別な面白みはなかった
当初はジムに置くのもジムを攻略するのも1時間かかるように根性仕様だった
課金要素はポケモンボックスの拡張、アイテム保有上限の拡張、あとは捕獲用のモンスターボールや、ポケモンの出現数を増やすおこう、きずぐすりなどを販売していた
ポケモン捕獲用のモンスターボールなどはポケストップと呼ばれる場所に行けば無料で獲得できるが、そのポケストップの一部は企業がスポンサーとなり、店舗の場所にポケストップを設置していた
スポンサーが位置ゲームにスポンサー料を支払い、お客が店舗に誘導される仕組みとなっており、これが新しい収益化モデルとして画期的だった
モンスターボール補充のためにマクドナルトに出入りした人も多かろうと思う
人を動かすことでお金を動かすという新時代のゲームの香りがあった
ポケモンジムに卵が湧き、そこから孵ったボスポケモンを数人がかりで倒すことでボスポケモンを獲得できる仕様だ
これにより伝説レイドがある場所に人が大量に集まる事態となった
車でポケ活してて人を轢く事件は当初からあったが、それ以外で社会に悪影響が出始めたのはこれ以降だと思う
レイドバトルに挑むにはパスが必要で、これは1日1枚配布なのだが、それ以上伝説ポケモンを集めたい人向けにパスを販売し始めた
1月からコミュニティデイという、特定のポケモンが大量発生するイベントが実装された
限定技が実装され、さらに色違いが馬鹿みたいにとれるイベントである
10月にはlet's GO ピカブイとの連携が始まり、ポケGOでとったポケモンをSwitchの本家に送る仕様も追加されることとなる
コミュニティデイが色違いの価値を暴落させたため、本家でもソードシールドから色違いの入手方法はどんどん緩和され、さらに別の価値の創出ということで色以外のエフェクトや2つ名という仕組みを本家は導入した
それまでは1人で集めるだけという自己満足の世界だったポケモンGOに交換機能が実装された
ポケモンGOは、同じ場所に湧いているポケモンは誰が捕まえても同じ個体値のため、個体値100%の個体が湧けば、そこにみんなが集まって複数アカウントで乱獲すれば強いポケモンがたくさん手に入る仕組みになっている
それを個体値を維持したまま交換できると、複数アカウントが大勝利になってしまう
これを防ぐために、交換したら個体値がシャッフルされる仕様となっている
が、その対策により、交換による個体値再抽選をたくさんこなすことで、強いポケモンを手に入れるチャンスが増えることとなった
よって、対策はされても、結局は交換の実装により複数アカウントが爆発的に増えることとなる
また、企業スポンサーのスポンサー料は来客数に応じて払う仕組みとなっているため、6アカウント持ちが店に行けば支払いは6倍となる
企業スポンサーが離れるきっかけとなったのはこの複数アカウント持ちが有利な仕組みのせいに他ならない
これによりポケモンの収集の先にある、ポケモンバトルというゴールが用意された
が、この対人戦はバグだらけでまともに動くことはなかった
忍耐強い人だけが取り組むこととなる
ポケモンGOが始まり3年目、そして本家最新のソードシールドが第8世代、ポケGOでの実装がすでに第4世代と、このペースの実装では早晩新ポケモンの実装でユーザーを戻す戦略が通用しないことは明らかだった
そこで、PvPで使えるバリエーションとしてシャドウポケモン、さらにコレクション要素としてのコスチュームポケモンを実装した
コスチュームポケモンは当初からイベントで実装されていたが、記念のピカチュウ程度であった
この年からいろんな種類のポケモンに色んなコスチュームをつけだした
これらは当然、本家には送れない
ポケモン原作のファンで、日々どんなポケモンとの出会いがあるか楽しみにしている者は、明らかに価値を見出していないものを前面に押し出してきたポケモンGOに不信感を持ち始める
ついに位置ゲームポケモンGOの終わりの始まり、リモートレイドパスの販売が始まった
位置ゲームのポケモンGOは伝説ポケモンのレイドまで出向き、そこで戦わなければならなかった
しかし、コロナの影響で、家に居ながらレイドに挑める禁断のリモートパスが実装された
これにより、こなせるレイド数が跳ね上がり、旬の伝説は個体値100%を引くまでやるもの、というのがガチ勢の当然の姿勢となった
ポケGOはポケモンを捕まえるゲームで、ポケモンには個体値がある以上、一番強い個体値100%のポケモンに出会うことを夢見て日々さ迷い歩くものだった
が、リモートレイドパスを使えば一歩も歩かず個体値の抽選ができる
レックウザのレイドならレックウザに出会えることは確定しているが、個体値は分からないというだけなので、ガチャという意識がない人もいるが、要は個体値ガチャなだけである
お客を店に誘導してくれるからスポンサー料払ってたのに、人が外に出なくなったらもう払えませんよ、ということ
これ以降にスポンサーになった企業は大体2年で撤退するようになる
みんなが欲しいのは100%個体であるが、リモパスのせいで100%は持ってて当たり前になった
歩かねばならないなら、試行数にどうしても限界があるため100%取れる人は限られていたが、リモパスがあるなら金さえつぎ込めばいくらでも可能
これによりポケGOはものすごい収益をあげることになるが、逆にこれが決定的にポケGOの寿命を縮めた
が、時すでに遅し
スポンサーも戻らず
そして実装済みポケモンの厳選は多くの人が終了済みという状況になった
要するに、この3年間で、みんなが欲しいポケモンというのがなくなったわけである
みんなが欲しいなと思えるポケモンがなくなったため、限定コスチューム、限定技、シャドウ、ライト、みたいなポケGO独自の限定要素をごりごり進めたいった
いや、正直興味ないしいらんねん…
そしてリモパスを制限する代わり、その独自路線のポケモン得るためにはイベント参加代の課金を要求するようになった
何かあれば1000円払ってねと言いだす
これまでのジムでのレイドとは別にダイマックスのジムが設定され、ここでは時間制限なくやられるまで戦うことができる
要はこれまで捕まえてきたポケモンは使えず、この仕組みで捕まえたポケモンしか出せないよ、という究極のリセットをやろうとしてきた
そしてダイマックスポケモンの最高峰はキョダイマックスポケモン
キョダイマックスのレイドはかなり難易度が高く、通常のレイドと異なりレイド開始時期が明示されず常時オープンである
なので、決まった時間にせーので人が集まることはない、つまり人が揃うまでずーっと待ってた人だけが挑める
また、難易度が高く時間制限がないということは一戦終わるまでの時間が長い
これ、総合すると繁華街で1時間くらい粘った人だけが勝てるという仕組みだった
というわけで、意気込んで大きな新仕様をぶっこんだ割に、ダイマックスは大こけにこけたわけだ
本家にある価値設定ならみんなが受け入れるのに、ポケGOが独自に決めた価値設定に付き合いたい人はそんなにいない
ポケGOはあくまでポケモン好きな人がお散歩ついでに気軽にガチャできるのが受けたゲームである
そこに独自の価値設定で課金煽りをどんどんやっても、客はもう踊らない
今までgoogle傘下の会社が運営していたため、位置情報の提供にも一応の信頼は置いていたけど、今度は中東に売るらしい
サ終の臭いがプンプンしだした
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レイドパスが出たことにより課金者とスポンサーがいいバランスで運営できていた
↓
リモパスが出たことに廃課金者が誕生し、スポンサーは撤退し始める
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リモパスの使用上限が設定され、廃課金者が消えたことにより広く浅く課金を求めるようになる
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廃課金者に強烈な報酬を与えれば回るというのが他のガチャゲーだけど、廃課金者がいない中一般ユーザーへの課金煽りが度を越してくる
↓
これが現状だね
先日、友人に熱烈に勧められて観た「機動戦士ガンダムジークアクス」ですが、正直なところ、予想を大きく裏切る内容でした。そもそもこの作品は聞き慣れないタイトルだったので、「本当にガンダムシリーズなのか?」と疑問に思っていたのですが、実際に視聴してみると、制作スタジオが違うのかと思うほどアニメーションのタッチやメカデザインが独特でした。ストーリー展開やキャラクターの立ち位置も、一見すると混沌とした様子で、ガンダムらしい「戦争と人間」のテーマを扱っているのかさえ怪しく感じるくらい。とはいえ、その奇妙な雰囲気がかえってクセになる部分もあり、なんとも言えない魅力を放っていました。
まず気になったのは主人公の存在感です。名前は「ルドヴィカ・ラインホルト」というらしく、これまでのガンダム主人公とはひと味違う雰囲気を持っていました。ルドヴィカは、連邦軍でもジオン軍でもない第三勢力「ダイブレイカー」に所属している少年兵という設定らしいのですが、登場初期はやたらと傲慢に見えました。いきなり敵軍への突撃命令に背くシーンもあり、「その行動理由がよくわからない」と視聴者を混乱させる展開になっていました。しかし、その背後には彼が抱える謎の過去や、自らの出生の秘密が複雑に絡んでおり、やや強引に感じる面もある一方で、どうにか物語を引っ張ろうとする意欲は伝わってきます。
一方、タイトルにもある「ジークアクス」というモビルスーツ。これがまた不思議な機体で、外見はガンダムタイプというよりは、どこか昆虫を思わせるようなフォルムなのです。脚部が二本ではなく四本あり、しかも戦闘時には可変してスラスターの噴射角を自在に変えられる、という設定。宇宙戦よりも地上や低軌道での戦闘を想定しているらしく、高速移動と瞬間的な方向転換を売りにしていました。ただ、パイロットの負担が大きすぎるという問題点も作中で度々指摘されていて、たびたびルドヴィカがコックピット内で意識を失いかける様子が描かれています。こうした演出からは、「ジークアクスは強力だけれど、簡単には使いこなせない代物」という図式が伝わり、物語中盤の盛り上がりに一役買っていました。
物語そのものは、地球連邦が支配するコロニー群に対して、新興勢力であるダイブレイカーが独立を宣言するところから本格的に始まります。しかし、その独立戦争の理由が曖昧で、「単に連邦が独裁的だから反旗を翻す」というだけではなく、ダイブレイカー内部にもさまざまな思惑が交錯しているようで、正直、一度見ただけでは全貌をつかみきれません。特にダイブレイカーの代表者とされる少女「イリサ・エルレイン」は、表向きには平和のための独立を唱えつつ、その裏では軍閥同士の権力闘争を扇動している節があるなど、二面性が強調されています。これが作品世界に深みを与えようとしているのか、単に設定過多なのか、微妙なバランスなのが面白いところでした。
また中盤から唐突に挿入される「宇宙クジラ出現エピソード」には驚かされました。シリーズの流れとは関係があるのかないのかよくわからないままに、コロニー間を漂流する巨大クジラ型生命体が現れ、それをめぐって各陣営が「捕獲すべきか、保護すべきか」で対立を深めるという謎の展開。映像的には迫力があり見応えがあるのですが、これが戦争ドラマの軸であるはずのストーリーとどう結びつくのか、視聴していて困惑せざるを得ませんでした。ただ、作中で「ジークアクスの駆動に必要な特殊エネルギーをクジラが体内に保持している可能性がある」という説明が出てきたので、無理やりではあるものの、一応の整合性は保たれているようです。
キャラクター同士の会話も独特でした。あまりに技術用語や歴史設定の単語が飛び交うので、台詞の半分ほどが理解できないままに進むことも。視聴者にとっては、よほど作中世界にどっぷりとハマるか、あるいは設定資料集を手元に置きながら観るくらいでないと、把握しきれない部分が多そうです。ですが、この「難解さ」こそがコアなファンを引き込む要因にもなっているようで、ネット上では考察や解説が盛り上がっているのを見かけました。特に「ジークアクスとニュータイプの関連性」については多くの議論があり、作中に直接的な言及は少ないのに、ファンの間では「ジークアクスは人型の概念を超越した完全なニュータイプ専用機」という仮説が広まっているようです。
総じて「機動戦士ガンダムジークアクス」は、ガンダムシリーズの“王道”を期待して視聴すると面食らうかもしれません。しかし、その独特の世界観と突飛な設定、そしてキャラクターの妙な掛け合いがクセになり、気づけば最後まで見入ってしまうような中毒性があります。戦争の悲哀を深く描くというよりは、むしろ奇抜な設定を詰め込んだ「実験作」のように感じられました。いわゆる名作とは言い難いかもしれませんが、そのぶっ飛び具合を楽しむ余裕がある人には、ある種のカルト的魅力を持った作品と言えるのではないでしょうか。
以上が、私が「機動戦士ガンダムジークアクス」を観て抱いた感想です。あまりにも出鱈目な展開の連続で、正直言って「何なんだこれは?」と苦笑してしまう部分が多数ありましたが、一方でこの混沌をどうにかまとめあげて最終回に向かおうとするエネルギーには感服しました。もし続編が作られるとすれば、一体どんな狂騒的な世界がさらに広がっていくのか、興味半分、不安半分といったところです。ガンダムシリーズの中でも異色中の異色作品といえる本作、機会があればぜひ一度、その謎めいた魅力に触れてみるのも悪くないかもしれません。
近年、AIやロボットなどの先端技術が目覚ましい勢いで進歩するなかで、人間の定義や“権利”という概念そのものについての再考が求められる機会が増えている。そんな社会情勢の中で一部の人々が提唱するアイデアに、「動物に人間同様の権利を与えるべきかどうか」という問題がある。動物愛護の観点からは、ペットとしての犬や猫、あるいはイルカやチンパンジーなどの高い知能を持つ動物に対して人道的な扱いを求める声は以前からあった。しかし、法律や倫理の観点で「人権」を動物に適用するという議論はまだ広く受け入れられているとは言い難い。そこで今回は、ある種の極論ともいえる「一定の能力を持つ猫に人権を与える」という仮説を取り上げ、その可能性や問題点、そして私たちが学べる示唆について考えてみたい。
1.“人権”とは何か?
「人権」とは、一般的に「人として生まれながらにして持つ権利」を指す概念である。自由権や平等権など、国や社会によってさまざまに解釈や範囲の違いがあるものの、人間を人間たらしめるための基本的な権利という共通理解が広く受け入れられている。
一方、「人権」という言葉を動物に適用することの是非は長年議論の対象となってきた。かつては「ヒト以外の生物に人権など存在しない」というのが主流の考え方だったが、動物愛護の観点が強まった現代では、動物にも生命や自由の尊重が求められるべきだという意見が増えてきた。ただし、多くの場合、それを“人間と同等の権利”とは呼ばず、「アニマルライツ(動物の権利)」や「アニマルウェルフェア(動物福祉)」といった別のフレーズを用いて区別している。
では、なぜわざわざ「人権」と同じ言葉を使う必要があるのか。そこには、単なる愛護の枠を超えて、「生き物としての尊厳をどこまで拡大できるか」「法的にどのように動物を扱うか」という踏み込んだ議論が関わってくる。人間の法律を基盤として動物を守りたいという主張もある一方で、それによって生じる多くの矛盾や新たな課題も浮き彫りになる。
2.猫の特徴と知能
ここで焦点を当てているのは「猫」である。猫は犬と並んで古くから人間と深く関わりを持つ動物だが、その特性や知能はしばしば誤解されがちである。
一般に犬は飼い主の指示に従順で、さまざまな訓練に適応しやすい動物とされる。一方、猫は独立心が強く、気まぐれな一面を持つため、「犬よりも知能が劣るのではないか」と思われがちだ。しかし近年の研究によって、猫も飼い主や環境への適応能力が高く、犬とは異なるかたちでの学習能力やコミュニケーション力を備えていることが示唆されている。
さらに、一部の猫は“特殊な芸”や“問題解決能力”を持つことがある。例えば、特定の動作を学習して繰り返す猫や、飼い主が使う簡単な道具を模倣する猫が報告されている。また、飼い主が示す表情や声色を読み取って自分の行動を変化させる例も観察されている。そうした高い学習能力や社会的コミュニケーション能力を有する猫を指して、「一定の能力を持つ猫」と呼ぶことができるかもしれない。
仮に「知能テスト」や「行動特性の検証」を行い、その結果として“人間社会において最低限のコミュニケーションを成立させられる”と判断される猫がいたとしよう。そのような猫を対象に、人間と同等の権利――言い換えれば、「人権」に準ずる権利を付与しようとするのが、今回の仮説である。
具体的には、以下のような権利を想定してみるとわかりやすいかもしれない。
もちろん、これらを文字どおり猫に適用するのは現行の社会制度とは大きなズレがある。しかし「高いコミュニケーション能力が証明された」という前提を置けば、少なくとも議論の余地は生まれる。
4.想定されるメリット
猫に限らず、動物虐待が社会的な問題として繰り返し取り沙汰されてきた。「アニマルウェルフェア」の観点からも、虐待や劣悪な飼育環境が後を絶たない現状には胸を痛める人も多いだろう。もし“人権”という強い法的保護を特定の猫に与えることができれば、それが心理的・社会的な抑止力として機能する可能性がある。人権を侵害した行為として“犯罪”の扱いがより明確になり、違反者に対して厳しい罰則を課すことができるかもしれない。
人間以外の生物に人権を認めることは、社会的秩序を新たに再構築する大きなチャレンジともいえる。これをきっかけに、倫理や法、そして共同体としての在り方を深く考え直す機会が生まれるだろう。近年、ジェンダーや人種・国籍を超えた多様性の重視が進んでいるが、それを動物へ拡大するというのは、ある意味で論理的な延長線上とも考えられる。人間中心主義的な世界観から一歩離れ、より多様な存在が尊重される社会のヒントが見えてくるかもしれない。
私たちは古くから猫を可愛がり、時には神秘的な存在として崇拝してきた歴史がある。もし猫が法的に「人権」を持つ存在として扱われるならば、これまで以上に彼らの行動や感情表現が注目されるだろう。猫側も“人間社会での権利行使”のために、さらに学習やコミュニケーションを深める可能性がある。これは純粋に文化・芸術の発展にも寄与するかもしれない。映画や小説、漫画などで、猫が人間と同等に会話し、生活に溶け込む物語は多くの人の想像力を刺激する。そこに実際の法的保障が加わると、ファンタジーとリアルの境界があいまいになる新しい時代が訪れるとも言えるだろう。
最大の懸念は「人権の乱用」である。仮に一定の基準を満たした猫が人権を手に入れた場合、その適用範囲はどこまで広がるのだろうか。ほかの動物にも同じように権利を与えなければ不平等だという声が上がるのは必至であり、それが連鎖的にエスカレートする可能性もある。「猿にも、豚にも、魚にも同じ権利を」と議論が拡大していくと、社会の制度や経済活動は大きな混乱を招くことになるだろう。
権利を行使することは、同時に責任や義務を伴う。人間の場合は、法的な責任を負う自覚や社会生活上のルールを学習し、破った場合には罰を受ける仕組みが整っている。しかし、猫にそれをどのように適用するかは極めて難しい問題だ。たとえコミュニケーション能力が高い猫であっても、“法律を理解し遵守する”という意味では、人間社会のルールとの齟齬が生じやすい。万が一、猫が誤って人を傷つけたり器物を損壊してしまった場合、どのように責任をとらせるのか。権利を与えた以上、猫自身が賠償責任を負うことになるのか。その背後で管理する人間に責任が転嫁されるのか。こうした問題は容易には解決しない。
さらに、根本的に「猫は猫としての幸せを望んでいるのか?」という点にも立ち戻るべきだ。人間同様の権利を押し付けること自体が、猫の本来の生態や自由を奪う可能性もある。猫は群れを形成する動物でもなければ、複雑な社会システムを構築する動物でもない。彼らは日々の暮らしの中で狩りをし、寝て、遊び、時に仲間とのんびり過ごす生き物である。人間の法律に基づく複雑な権利関係に巻き込むことが、彼らの幸福に直結するとは限らない。
このように、「一定の能力を持つ猫に人権を与える」というアイデアは、実際の社会に導入するには数多くのハードルが存在する。しかし、この提案が示唆する本質的な問題は、「私たちは人間以外の存在をどこまで尊重できるのか」という問いにあるのではないだろうか。
動物虐待、環境破壊、家畜としての過剰な搾取など、人間が引き起こしている数多くの問題は、私たちが人間という種を優先して他の生き物を蔑ろにしてきた歴史の副産物だともいえる。一方で、動物たちが持つ豊かな感情やコミュニケーション能力に光が当たるようになり、いまや彼らを単なる“所有物”や“資源”として扱う時代は終わりを告げようとしている。
それでもなお、「人間が特別」であり、「人間のみが人権を有する」という考え方は根強い。もし、猫をはじめとする動物が人権を獲得するとしたら、それは私たちの価値観に大きな変革をもたらすだろう。生物学的にも、倫理的にも、法的にも極めて大きなパラダイムシフトを伴う。しかし、そうした急激な変化には当然、摩擦や混乱がつきまとい、実現性は高くはない。
今後、私たちの社会がどう変化していくかは未知数だが、テクノロジーの進歩が動物との共生に新たな可能性をもたらすかもしれない。たとえば、動物とコミュニケーションをとるための音声・脳波解析技術がいずれ実用化されれば、猫が感じている感情や意志をより正確に理解できるようになるかもしれない。猫側も同様に、人間の意図を理解して自分の意思を伝えるツールを持つ可能性は否定できない。
そのとき、もし猫たちが「自分たちにも尊厳を認めてほしい」「苦しい治療や劣悪な飼育環境を押し付けられたくない」と主張し始めたら――私たちはどう応えるのだろうか。声なき声がテクノロジーを通じて可視化されたとき、議論はさらに白熱し、“人間だけの特権”と思われていたものを再定義せざるを得なくなるだろう。
「一定の能力を持つ猫に人権を与える」という仮説は、まさに極論の域にある。実行のハードルや法的・倫理的問題点は膨大であり、現実的にはすぐに導入できるものではないだろう。それでも私たちは、この議論が問いかけるテーマから学ぶことができる。
つまり、動物をどれほど尊重し、社会の一員として扱うことができるのかという視点だ。猫や他の動物が持つ感情や能力を可能な限り正しく理解し、必要とされる環境や保護を整えることは、私たち人間社会の責務である。人権という言葉を用いるかどうかは別として、動物の「生きる権利」や「苦しまない権利」を法的にも社会的にも守っていく道筋を探る必要があるだろう。
また、「人間と動物」という二分法ではなく、「それぞれの生き物が互いを尊重し合う社会」というビジョンを思い描くことはできないか。もし猫がさらに進化し、意思疎通がより深くなったとき、私たちは“同じ地球上に生きる存在”として彼らとの関係性をアップデートすべきだろう。言い換えれば、本当に必要なのは、私たち人間が持つ特権や傲慢さを見直すことである。
最後に、私たちが猫たちにどのような“権利”を与えるかという話は、結局は人間側の問題に他ならない。権利を与えるという行為そのものが、すでに人間視点の押し付けの可能性を含んでいるからだ。本当に必要なのは、私たちが自然や生き物をどれだけ尊重できるか、あるいはそれぞれの生き物の“幸せ”の在り方をどれだけ理解し、そのための環境づくりができるかということだろう。人権というフレーズが象徴する大きなテーマを通じて、猫や他の生き物たちとの未来について、深く考えてみるきっかけになれば幸いである。
以上の考察を総合すると、「一定の能力を持つ猫に人権を与える」というアイデアは、現実的には多くの困難を伴うものの、動物の尊厳や生きる権利をより積極的に認めていくうえで、私たちに鋭い問いを投げかける存在であると言えるだろう。それが真に実行されるかどうかは別としても、私たちの社会が抱えるヒト中心主義や生物多様性の問題について改めて考える入り口になるのではないだろうか。権利と義務の関係をどこまで動物に適用できるのかという議論は、決して簡単に結論の出るものではないが、人間と動物が真に共生していく未来を描くためには避けて通れない問題である。
結局のところ、どんなに議論を重ねても、猫が自ら望む幸せと人間社会が用意できるシステムとの間には大なり小なりギャップが生じる。そのギャップを埋める努力こそが、私たちが“ヒト以外の生き物と共存する社会”へ近づく第一歩なのだろう。猫に人権を与えるか否か――その問いが投げかけるのは、私たち自身が持つ“人間であることの特権”や、他者(他生物)を排除する無意識的な態度への揺さぶりにほかならないのである。今こそ、一歩踏み込んだ思考の余地を持ち、猫を含む多様な生き物たちにとっての幸せを見つめ直す時期が来ているのかもしれない。
○ご飯
朝:春雨スープ。クラッカー。昼:ほうれん草。ブロッコリー。たまご。ポロイチ塩。夜:人参、玉ねぎ、しめじ、ギョニソの和風スープ。冷奴。納豆。バナナ。間食:アイス。羊羹。柿の種。チョコ。
○調子
むきゅーはややー。おしごとは、おやすー。
なんとか天井までにオロロジャイアが来てくれたので、また1年間グラブルを遊ぶモチベが保てそうだ。
使い出は色々ありそうだけど、000みたいに頭いい人の編成をコピーするだけなのでまあ。
道中で水着ネアが引けたので大当たり。
フェスで天井叩くのが大当たりか? と聞かれると悩ましいが、未所持恒常でかつ使い道のあるキャラdqから大当たりか。
ここ半年ぐらいの目標だったホーム背景集めが遂に完了してビヨンド引き継ぎの準備完了。
いや、ビヨンドまだなんですけど。
次の目標立てないとだなあ。
単騎はレベルでゴリ押せるから、どっとでもなっちゃうなあ、最後の方レベル90代だったし。
○ポケットモンスター銀(悪ポケ旅)
食べるために、私たちは様々な苦労をしている。
だから、毎日摂取すべき栄養素を満たすだけの人工食品がもっと流行ればよいと思うのだ。
人間以外の生物の生命を奪ったり、その流通や調理に手間や時間がかかったり、そんなことが無くなれば、
もっと効率化された世界が生まれ、節約できた資源は貧困にあえぐ人々に供給できるのに、とさえ思う。
そして、資源だけでなく、個人の余暇までも、「食べること」に奪われている。
なんで、人々は長時間かけて物を食べる行為に没頭しているのだろう。
食べながら、無駄にコミュニケーションをはからなくてはいけないのだろう。
「食べること」なんて、人工食品をさっさと口に入れ、代わりにスポーツなりコンテンツなりを楽しめばいいじゃないか。
当時、増田界隈では鬼滅の刃がヒットした理由を考察する日記が流行ってました。
遅ればせながら便乗しようと思った次第です。
その有名作がなぜヒットしたのか? ですが、一般的な答えがあります。一つ目は、作品自体の面白さです。
日記中の引用にあるように、「読み手の感情をどれだけ動かせたか?」「生き物同士の心の交流、繋がり、触れあいをどれだけ描けているか?」がポイントになります。
残り一つは外部環境です。鬼滅の刃だと、ちょうどコロナ禍の頃に映画が完成したうえで、ほかに競合相手がいなかったことです。世間の人気を掻っ攫うことができました。
参考までに、『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』という書籍にあるのですが、ヒット作品というのは、一定以上のクオリティがあるうえで、後は純粋に運であることがわかっています。
私も実は、若い頃に「小説家になろう」に投稿していました。柔道をメインに扱った教師ものでした。
特定ジャンルではランキング上位に入れたのですが、異世界転生や俺TUEEEE!!ジャンルの足元にしか及びませんでした。
今では、どうしてウケなかったのかを理解できます。当時は自分の描きたいものを描くので精一杯でした。
例えば、作中において人間同士の愛情の繋がりの描写が薄かったのは間違いありません。なろうで流行っているジャンルではなかった、というのが一番大きいですが。
この場を借りてプチ自慢ですが、私の小説の設定が『もういっぽん!』という柔道漫画で使われていました。作者のオリジナルとして昇華されたうえで。
私が作った教師キャラと同じ名前、同じ設定の人物が2023年放送の同アニメで名前を呼ばれた時、びっくりした思い出があります。
この当時、ニコニコ動画やYouTubeにおいて、ネズミなど哺乳類が惨たらしく殺される動画や、
昆虫や魚介類を捕獲して面白半分に実験したり、トドメを刺した後に調理するタイプの動画が流行っていました。
ニコ動の例だと、農場犬が畑内のモグラを食い散らかす動画や、ピラニアの水槽にラットを落として食べさせる動画などです。
YouTubeだと、ヘビフロッグさんやホモサピさんやおーちゃんねるがやりたい放題やってました。
私個人としては、生き物の命をいたずらに奪う動画が好きではありません。はっきりいって嫌いです。
ちょうどこの日も、ヘビフロッグさんの動画を拝見して、おそらく嫌な気持ちになっていました。その時の憤慨を日記にしました。
やはり、その、害獣だろうと昆虫だろうとSAKANAだろうと、命はたいせつなものだと思うのです。
株式投資のエントリを一度書いてみたいと思いました。それがこの日記です。
投資をやってみたいけど、最初は何をすればいいのか、そもそも投資をすべきなのかわからない――そんな人に向けて書きました。
株式に限らず、投資というのは長い経験が必要です。その中で、自分にあったジャンルや手法を身に付けていきます。人の数だけ正解があります。
いま初心者の方に言わせていただくとしたら、①まずは有名本を2~3冊読んだうえで、②つみたてNISAやiDeCoから始めて、③次は自分が好きな商品を作っている会社の株を買い、④さらに興味が出たら仮想通貨まで含めた専門銘柄に挑んでみるのがいいと思います。
なお、信用取引やFXに代表されるレバレッジ取引は、ここでは投資に含めません。
あれは投機です。続けていれば、長期的には必ず一文無しになるゲームです。
30才前後の頃はまだ、先に述べたように京都市内で地方公務員をしていました。
理想と現実の間には耐えられましたが、自分はこのままでいいのか、30代半ばになったらもう転職はできない、今決めるしかないのでは? といった焦燥と戦っていました。
結局、転職活動をすることにした私は、転職エージェントに登録しました。新卒で入った会社がリクルート(求人情報誌の営業)だったので、リク系以外がいいと思ってワークポートに登録しました。
選択できる道筋は、思ったより多くありました。数は相当少なかったです。苦戦しました。
その中でも、半年ほど粘り強く私に付き合ってくれたエージェントの方に今でも感謝しています。
最後は、公務員生活で身に付けたスキルを活かせる会社に送っていただきました。
公務員が民間に転職するコツですが、最初は行政折衝や申請事務など、行政経験を活かせる仕事がいいと思います。いったん民間で経験を積んだ後であれば、それ以外の民間企業に進む道が開けます。
国家公務員や現場で働く専門職であれば、地方自治体の事務系に比べても転職しやすいと思われます。
なお、作中に出てくる転職成功者ですが、そういった方々の中で、私が特に知っている人を選びました。
公務員→民間というルートを歩まれた方を少なくとも四人以上知っています。
この頃は、ニコニコ動画の楽しみ方がわからなくなっていました。
ニコ動が迷走期に入って相応の年月が経っており、変わり映えのしない動画サービスにうんざりしていたこともあります。
もっと早く、ドワンゴがランサムウェアに感染していたら、ニコ動もユーザー離れを防ぐことができたのではないでしょうか。ハッカーに感謝を、と言いたいわけではありません。あくまでタイミングです。
何人かの利用者から、よさそうな意見をいただくことができました。
コメントをいただいた方、本当にありがとうございました。
私の実妹が主役です。
私の妹というのは、今にして思えば発達障害というやつだと思います。
ASDとかADHDとか、私に診断する資格はありませんが、そういう傾向があったのは間違いありません。
空気の読めないところや、運動が苦手なところ、集中が続く分野が限られるといった特徴がありました。
ただ、彼女は私などに比べると相当マジメで、頑張り屋さんでした。勉強は一生懸命やってましたし、学校の成績も学年で一番でした。
しかし……生来のドンくさいところ、要領の悪さが災いして、第一志望の大学に不合格でした。合格圏内にはあったようなのですが。
私と同じ大学に行くのが、心の底では嫌だったのかもしれません。第二志望以下の大学に行くことになりました。
そんな妹が苦しんでいたのは知っています。私も妹も、大学には実家から通っていましたので。
私は途中から下宿になりましたが、彼女の頑張りは知っています。苦しい中でも努力を重ねていました。
社会人として経験を積んだ彼女は、仕事ができる風のオーラを身に付けました。凛々しい雰囲気だったのを覚えています。よりによって、私の新卒時と同じ会社に入社しました。なんでやねん😭😭😭
部落解放運動が盛んな地域であり、大人になって知りましたが、ぶっちゃけ被差別部落でした。
集落の中央には、それなりの河川が流れていて、鬱蒼とした竹林が茂っていました。住宅改良や道路・河川工事の痕跡が露わです。
全国部落地名総鑑なる書籍にも、私の生まれ故郷の大字がバッチリ書いてあります。
その頃、いわゆる隣保館において、解放同盟が主催する学習事業がありました。
その時に聞いた解放同盟の設立の話や、子どもながらに地域単位でそういった政治活動(役場の前でメーデーやデモをする)に参加したことがあります。
あの頃、私たちのことを主導していた解放同盟の人や、旧社会党のメンバーの方々がどんなことを話していたのか、自宅にはどういうタイトルの書籍等があったかなど、じわじわと思い出しながら当日記を執筆しました。
みんなからアイデアを募るタイプの投稿、大喜利系のものを読む機会がありました。三大○○など。
私もやってみたいと思い、増田やブクマカの皆さまから意見を募りました。
今生きている日本語という観点から、本歌取りの意味ではなく、元ネタになったコンテンツという意味で「底本」を使っています。
同じ公務職場の、大人数の飲み会でした。広い居酒屋を貸し切っての若手主体の飲み会があったのです。
その会に参加中、座敷でチビチビとチューハイを飲んでいたのですが、真後ろから壁越しに公務員女子がガールズトークをしてました。
その時に聞こえた話です。とある女子職員がいて、意中の男性がいたのですが、気持ちに気付いてくれなくて、アタックすらされなくて「悔しい~( ;∀;)」というのが要約です。私がよく知ってる女子職員でした。
その子のことを、ほかの公務員女子がヨチヨチする恰好で慰めていました。あれこそが真のケアーなのではないかと感じました。
当時は、まだギリギリ二十代でした。女性にとっての恋愛の重みがわかっておらず、「へえ、そういうものなんですね~('ω')」と聞き流していました。
ただ、時間が経つごとにそういう恋愛事が気になっていき……この体験は、男女にとっての恋愛観の違いを考えるいいキッカケになりました。
こちらも公務員時代の話です。当時はふるさと納税の黎明期でしたが、一部の市町村や政令市、県庁クラスはすでに参加を決めていました。
私が勤めていた役場にも、地域を盛り上げるような名称の部署があって、とある女性職員が配属されました。日記の主人公の子です。
この子は、正直仕事ができる子でした。高校を出て数年しか経ってないのに、地域おこし事業の事務事業の担当者になりました。
女の子が事務だけやっているとかではなく、上司の方からキッチリ権限をもらっていました。
その道のコンサルタントであるとか、営業会社であるとか、京都を盛り上げるための○△協議会の役員級の人とか、いろんな人がその部署の窓口に行くのですが……彼女がサシで来庁者を相手にしてました。
※日記中の「ふるさと納税」はフェイクです。地域おこし・地域づくりというジャンルは同じです
そんな彼女ですが、事務事業の関係でシステム周りの契約をしていた会社の元請けコンサルに引き抜かれる格好で、転職することになりました。
引き抜きというのは、あくまで弊庁の中での言い方です。断じて不審な転職ではありませんでした。同期であるこの子の影響を受けて、私は転職を考えることになりました。
彼女の上長の人ですが、相当憤慨していました。「あの会社は指名停止。総務部に言うとく。ほかの自治体にも、一応国にも情報共有した方がええわ。やっとくから」と発言しています。
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増田は1ページにつき25件表示です。
私のホームでは17ページ分あって、短文や返信コメントを除くと12ページ程度。
12*25≒300本が投稿数です。実際、この中で二千字以上でフィルタすると、約150本が残ります。
残り150本は? と聞かれると、自分でもよくわかりません。発言小町やYahoo!知恵袋や、Quoraなど、
私が投稿している他サイトの流用物とか、大喜利ネタとか、皆さまへの短文質問とか、そういうものと存じます。
ブックマーク数は……? と気になったのですが、当方エンジニアではないため正確なカウントができません。
ところで、「本当にあなたが書いたの?」という疑問はあると思いますが、「いや、これは私が書いた」という人が出てこないことを証明材料としてください。いざとなったら、日記本文を編集することで証明します。
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単にこの病院で過去にやらかした男が複数いたんだろうなと思われる。
子供に会いに来た父親が悪いことするわけない、との性善説で運営してたらうっかりのふりして他人の授乳中のカーテン開けたりとか、そういうことをした男がいたんだろう。
(ショッピングモールでもよくある。授乳室でうっかりのふりして他人の授乳中のカーテンばっと開けて「すいませんね間違いました」等と言いながらニヤニヤまじまじ見ていく男がいる。)
厳しいところは大抵そういう過去の失敗や被害の積み重ねで厳しくなってる。
よくあるのは動物愛護団体の里親条件。誰にでもあげてたら、「一生面倒見ます」と引き取られていった犬猫が野良で捕獲されたり山で死んでたり、捨てられていて保健所で再会したり、時には虐待写真が保護団体に送りつけられたり。そういうケースを何十回も経験したら譲渡条件を厳しくせざるを得ない。
秋田朝日放送:秋田市のスーパーに侵入し捕獲されたクマ パックに詰められた肉を食べた形跡は確認されず
私掠船は、特定の国家から私掠許可証(レター・オブ・マーク)を発行され、敵国の船舶を拿捕し、その財物を奪うことを国家に認可された船のことです。
私掠行為が「強盗」と完全に同一視できるか、そしてその収入が「認められた」と言えるかについては、歴史的背景や国際法の解釈によって複雑な問題があります。
なぜ単純に「強盗」とは言えないのか?
* 国家による公認: 私掠船は、国家によって公認された行為であり、通常の海賊行為とは異なります。国家は、私掠船に捕獲した船舶や財物を合法的に没収する権利を与えていました。
* 戦争行為の一環: 多くの場合、私掠行為は、国家間の戦争中に行われるものでした。つまり、戦争という特殊な状況下における行為であり、平和な状態での通常の犯罪行為とは性質が異なる側面があります。
* 国際法上の扱いの変遷: 歴史的に、私掠行為に対する国際法上の扱いは変化してきました。19世紀のパリ宣言で私掠行為が禁止されるまで、国際法上は明確に禁止されていませんでした。
収入が「認められた」と言えるか?
* 国家による認可: 国家が私掠行為を認可し、その収益を私掠船の所有者や乗組員に与えていたことから、ある意味では「認められていた」と言えるかもしれません。
* 国際法上の問題: しかし、私掠行為は国際法違反となる場合もあり、その収益が完全に合法であるとは言い切れません。
* 歴史的評価: 近代以降、私掠行為は国際法で禁止され、道義的に非難される行為となっています。そのため、現代の視点から見れば、私掠行為の収益は認められるべきものではありません。
まとめ
私掠船の行為は、歴史的背景や国際法の解釈によって、単純な「強盗」とは異なる側面を持っています。また、その収入が「認められた」と言えるかについても、一概にイエス、ノーと断言することは難しいです。
現代の視点から見ると、私掠行為は国際法違反であり、その収益は認められるべきものではありません。
歴史的な文脈で捉える場合、私掠行為が国家によって公認されていたこと、そして国際法上の扱いが時代とともに変化してきたことを理解する必要があります。