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2024-12-13

フランツ・リストピアノ名曲重要曲七選(補遺

 anond:20241213001612の補足編(多分続くので1とした)である

 こんな話題に食いつく人などいないと思ったが、いたので嬉しい驚きだった。今回はコメントを見てみたいと思う。あとやっぱりヴィルトゥオーゾ系の曲はまた別に七選作ろうと思う。超絶とパガ超パガ大が別にあるとはいえ演奏会練習曲集1つとノルマの回想だけではさみしい。

リストリスト

前期のブコメちょっと笑ったが、実はリストの両親のスペルはListである(マジ)。

ピアノソロ曲じゃないけど、リストピアノ協奏曲第1番を聴くと過度にゴージャスでなんか笑えてくる。フリードリヒグルダチェロ協奏曲を聴いたときの笑いに似た感じ。

トライアングル協奏曲命名リスト政敵エドアルト・ハンスリック)ねw スター時代の曲だが、実は循環形式を大々的に活用した野心作で、ピアノソナタ ロ短調の前段階にあたる曲の一つという。

6,7年前だけど中学校音楽で習ったよ

今はやるのか。前期編でうかつに音楽史上の重要性はバッハベートーヴェンに劣ると言ってしまったのだが、音楽史上重要作曲家というのは、ナショナリズム時代様式となった近代以降現在までの歴史認識の上で成り立っていることが多い。バッハが再評価されたのはドイツナショナリズムの高揚なくしては考えられない。ベートーヴェンだってそうだろう(彼の曲にはフランス革命への共感という要素が強くあるが、一方でドイツ民族古典の頂点とみられている)。リストナショナリズム歴史認識からは扱いにくい。リスト音楽史上最も評価されているのは新ドイツ派の旗手として、特に交響詩様式確立させたことであり、紛れもなくドイツナショナリズム文脈だ。ピアノ表現技法を著しく拡大させたという点については、扱いが薄い。ピアノ楽器王者だが、一方で知名度の壁を貫通して義務教育レベルまで到達してくるピアノ曲がどのくらいあるか。タールベルクをはじめとして同じような貢献をした19世紀ヴィルトゥオーゾたちの名前ピアノ史を詳しく調べなければ出てこない。

リストの両親はドイツ系だが、ドイツナショナリズムに含めにくいオーストリア人※でしかも当時のハンガリーまれ(ということはハンガリーではリスト少数民族になる)、生活パリフランス語話者とつかみ所がない。ショパンパリ活躍したコスモポリタン的な人物ほとんどの曲がピアノ曲だが、生まれも育ちもワルシャワからそう遠くない近郊地帯といっていいと思う。何よりポーランド分割に憤り、ロシア皇帝のお誘いを断ってでも「亡命ポーランド人であることを貫き通した生き様は、ナショナリズム歴史認識に乗せやすい。彼の「革命」(op. 10-12)などが記憶されているのも多分にそのせいのはずだ。

オーストリア支配するハプスブルク支配多民族帝国チェコスロヴァキアハンガリールーマニアetcの「民族牢獄」と呼ばれた)なのでドイツナショナリズムによる国家統一不可能である歴史上「大ドイツ主義」が挫折したのはそのせい。

生演奏を聞いた伊藤博文が「連れて帰れないか」と言ったそうな。

そう言い出したので慌てて西園寺公望が止めたという話がありますけど本当なんでしょうかね。無理を言ってでも連れて来てくれれば、日本音楽界も違ったものになっただろうになぁ。

巡礼の年イタリアチョ・ソンジンが最高だった。ダンテで涙出た(リサイタルで聴いた)けど、音源は出してないんだ。。。/ロルティも好きです。

浜松ピアノコンクールライブ映像があるがやばいhttps://www.youtube.com/watch?v=_nG3CyuNC00/このライブ録音のCDがほしい)。本当に15歳だったのかこの人(結果は優勝)。

有名なラ・カンパネラはパガニーニ練習曲に含まれる曲。改訂を経て、軽薄だけどわかりやす演奏効果の高い第3稿を決定稿としたリスト時代を見抜く目があったと思う。

やべぇよやべぇよガチの人来ちゃったよ・・・

いつも見ております。おかげさまでピアノ協奏曲のオレイニチャク盤に巡り会いました。ありがとうございます

コメントしたアーノンクールこと「コスモピアニスト」氏はショパンラヴェルCDレビューを大量にHPに書いている(https://www.asahi-net.or.jp/~qa8f-kik/index.html)。

ショパン元カノマリーとの関係をぜひkwsk(もはや音楽関係ない。いや、むしろ音楽性に影響があったとか?w) あの時代作曲家界隈のドロドロネタで本が書けそうですね。

サロンありがちなドロドロした人間関係の方がもはや興味あるの分かる。正直私にはちんぷんかんぷんなので誰かマリーに焦点当てた本書いてくれないか

良し悪しはさておき重要曲としては音楽史的にも無調のバガテルは外せないのでは?

え?入れたけど

学生時代エステ荘の噴水を弾いて大人になりローマ近郊のエステ荘の噴水を見に行きました ^_^ https://maemuki.hateblo.jp/entry/2013/01/26/005305

リンク拝見しました。10年以上前にこの記事読んでました。実はこの記事を読んで本格的に「エステ荘の噴水」に開眼しています。そんな人が逆に読んでくださって本当に嬉しい。

クラシックはよーわからんけど超絶技巧ピアノといえばワイはやっぱり東方Projectピアノアレンジが好きやで(以下略

話題についていけないならとっとと負けを認めればいいのに

https://anond.hatelabo.jp/20241212212539

 言及でついた※から後者の下についてるコメント(前者の反論?)がいうように勝ち負けの問題ではないから好きにやれば良い。それよりたったこれだけしかないんですか? もっとあるでしょ。MIDI音源で作ってる人も含めて。ピアノ編曲の善し悪し含めて知らん奴に布教してくれたら最高や。

ブコメ

詳しくない分野の熱烈なテキストを読む快楽は他に代え難い。みんなどしどし書いてほしい。

が言う通りだと思う。

リストは手が大きい。彼の曲は日本の小柄な女性はいくら手を広げても弾けない曲がある。そしてその曲の美しさよ。どうやっても届かないあの美しさに悔しさと羨ましさで恍惚となってしまう。

ロルティペトロフ、あるいはヴォロドスのようにその恵まれまくった体から繰り出される力強い響きと(特にロルティは)恐ろしく繊細な音色コントロールを見ると確かにそうだなあと思う。でも、ノ・イェジンのように、小柄な体で「ノルマの回想」を弾いている人もいる(映像あった/https://www.youtube.com/watch?v=gostiJcVod4)。小柄な日本女性ピアニストリストの曲に果敢にチャレンジしている動画結構ある。昔何かのコンクールリスト編の「ギョーム・テル」序曲を弾き出した勇者がいて驚いたことがあったが、その人も女性だった(多分これだったかな?/https://www.youtube.com/watch?v=GRYLy8O3VIQ)。アムラン同様大変なテクニシャンであるティーヴン・ハフも痩身小柄な体型をしている。何度かコンサートに行ったが「ダンテを読んで」では顔を真っ赤にして渾身の力で演奏していた。多分手や体が小さいなりにやれることはあるのだと思う。日本人が無理してドイツ人のような歌唱法を真似して喉を痛めるみたいな話を声楽をやっていた人からいたことがあるのだが、似たような問題なのかな。

追記

anond:20241213202638 で以下のような有難い指摘があった(リストハンガリー人としての意識からLisztと綴ったという旨)。なるほどと思うと同時に、自分の話は出典が思い出せなかったので、消しておいた(できれば何か出典があると助かる)。

マジャル語ではszの綴りで/s/を表すので

音通リスト発音させるためにLisztと綴ったのだ。

単なるsはマジャル語で/ʃ/になるから

Listだとマジャル語読みでリシュトになってしまう。

ファーストネームリスト自身はFerenczと綴っていたことがうかがえる。

それと多分同じ人だと思うが、ハンスリックの上の名前はまったくの誤記で、こちらも感謝する。訂正しておいた。

(再追記ウォーカーの本でしたかありがとうございます!!!

2024-12-12

フランツ・リストピアノ名曲重要曲七選(中期)

 anond:20241212205415の続きである

 マリーとの破局よりもピアニストとしての活動を選び、欧州中をわかせていたリストだったが(何しろリスト風呂の残り湯を飲もうとして待機しているファンがいるとかいレベルである)、1847年にポーランドの大地主の娘であり、キエフ軍人ザインヴィトゲンシュタイン侯爵夫人カロリーヌ出会う。コンサートツアーリストキエフに来ることを知ったカロリーヌ(別居中)は、娘の誕生日のためという名目リストを招待し(誕生日に大スターを招待できるというわけでだからどのくらいのレベル金持ちかがよく分かる)、急速に二人は深い関係になっていく(意味深)。リストピアニストとしての活動打ち切りカロリーヌと一時の同居生活を経たあと、48年からヴァイマール宮廷楽長としてカロリーヌと共に腰を落ち着けることになる。カロリーヌは長い訴訟を経て婚姻無効を勝ち取るが、リストとの結婚は認められなかった。ちなみに、カロリーヌ博覧強記で雄弁な人だったらしく(リストの多くの作品にも口を出している)、あのワーグナーが引くほどだったということであるカロリーヌ身分を巡る微妙問題に加えて、音楽界の動向的にもリストドイツに居づらくなり、約10年で宮廷楽長を辞任する。つまりリストの「中期」は短い。宮廷楽長になったことで、オーケストラ作品が多く書かれるようになった一方、新規ピアノ曲はこの時期にはあまりない。大スターの座を捨てて半分隠退生活に入ったようにも見える。しかし、この時期こそが作曲家としてのリスト確立する重要時代である。前期の作品の少なくない曲(巡礼の年パガニーニ練習曲もそうだ)はこの時期に改訂され、より演奏効果は高まり、内容も充実することになる。

1. 超絶技巧練習曲 S.139(1852年出版

 リスト代表作の一つ。この時期に改訂を経て完全版になった。長年の改訂を経て磨きに磨き抜かれた。

 この曲集の決定的な録音はウラジーミルオフニコフ(EMI)だろう。どの曲も非常に質が高く、穴がない(この練習曲集は多彩な技巧のデパートなので、どこか苦手なものが出るのが常)。が、残念ながら入手性は悪い。世間的に有名なのはラザール・ベルマン(Melodiya)で、新旧二種類あるが、新版1963年)が気合いが入っている。ただ、キンキンとぶっ叩くような録音で、そこまで好きにはなれない。横山幸雄SONY)は録音も良く、やはり穴も少ない。特に第5番「鬼火」の演奏が素晴らしい。

2. パガニーニによる大練習曲 S.141(1851年出版

 1840年出版パガニーニによる超絶技巧練習曲改訂版。元々の第4曲は単音アルペッジョになり大分おとなしくなったが、それ以外の曲については、難易度を落としつつ、同等以上の演奏効果を発揮できるようになった。第3番「ラ・カンパネッラ」はここで非常に完成度を上げて今の形になった。

 40年のパガ超と違い録音は多い。有名なのはアンドレワッツEMI)だと思う。昔図書館で借りて聴いたことがあるがどれも安定の演奏。その他だとフィンランドピアニスト、マッティ・レカリオ(Ondine)の激烈な演奏があるが、残念ながら廃盤で入手困難(Naxos Music Libraryにはあったかな?)。フィリペツのパガ超のCDNAXOS)にも入っており、これまた大変安定した演奏で、パガ超と合わせてフィリペツを聴くのがいいだろう。あと、「ため息」で紹介した福間洸太朗(アコースティカ)のCDにも入っている。これも大変安定していると思う。

追記)レカリオはNMLにもiTunesにあった(Raekallio Lisztででてくる)。YouTubeにもあった。https://www.youtube.com/watch?v=SkuWa2HDk58&list=OLAK5uy_kN6U4dNkOzK4Cv1DZfZDWoidTcP7yPxr8

3. ピアノソナタ ロ短調 S.138(1854年出版

 ピアノソナタが量産されていたのはベートーヴェン(32曲)までの時代であり、19世紀半ばにはピアノソナタ落ち目ジャンルであった。一方、気合いの入った大曲を書く時にピアノソナタという古典的様式を敢えて選ぶことはその後もあり、ショパンリストソナタはその例だろう。リストソナタは、単一楽章という異例の様式だが、単一楽章の中で多楽章形式の要素とソナタ形式提示部・展開部・再現部)の要素を融合させ、しかも一つの動機(冒頭のタッタラ~タ~ララタラララ~というつかみ所のないアレ)によって全体が統一されているという極めて斬新で前衛的な曲だった。そのため当時はよく言って賛否両論といったところで、現在ではリスト最高傑作の一つとして評価されている。

 リスト最高傑作であるからして録音も非常に多く、推薦音源を挙げるのは難しい。取り敢えずクリスティアン・ツィメルマン(Deutsche Grammophone)の演奏が端正であり、技術的にもハイレベルで良いと思う(難所でタッチが浅くならず、深く充実した響きが聞こえるのが良い!)。ぶっ飛び系なので好みは分かれると思うが、カティア・ブニアティシヴィリSONY)の演奏をよく聴いている。

 なお、この曲と関連する重要作品としてスケルツォマーチ S.177がある。面白い曲だが泣く泣く割愛した。デミジェンコHyperionHelios)が良い演奏している(ソナタや「伝説」とカップリング)ので聴いてほしい。

4. バラード第2番 ロ短調 S.171 (1854年出版

 ショパン1832年パリデビューし、特にサロンでの繊細な演奏女性たちの心をわしづかみにした。リストショパン演奏に狂った一人である(またかよ)。リストショパンのことを友人と思っていたが、ショパンの方は割と適当にあしらっていたという話もあり、リスト片思いだったのかもしれない。ただし、ショパン練習曲作品10リストに、作品25をマリーに献呈している。つまりリスト夫妻にショパン練習曲は捧げられたわけで、結構親しい関係にあったことが分かる。リストショパン死後にショパンの本を書くくらいにショパンには思い入れがあり(最近新訳が出た)、弟子にもショパンを弾けと言っていたようであるが、作曲面でもポロネーズバラードなど明らかにショパンの影響と思われる様式の曲を書いている。中でもバラード第2番は大変な傑作で、冒頭の重苦しい主題が終盤にロ長調になって戻ってくるところは本当に感動的である

 これまたあまり推薦音源が思いつかないが、アンスネスEMI)のCDがかなり良かった覚えがある。前期で出したノンネンヴェルトの僧房も入っている。

 (追記)スティーヴン・ハフ(Hyperion)がポロネーズバラードを全部録音しているのを思い出した。ピアノソナタカップリング。あとショパン弾きで有名なネルソンゲルナーレーベル覚えてない)の演奏もの凄く良かったと思うのだが、どこで聴いたか・・・(この曲はショパン弾きにこそ弾いてほしい!)。YouTube動画をあげまくってCDデビューしたヴァレンティーナ・リシッツァベーゼンドルファーを使って弾いている動画がある(収録風景https://www.youtube.com/watch?v=1Qdr3Uvs09oコンサート https://www.youtube.com/watch?v=uBs4jtWMBj8)。97鍵もあって低音がアホみたいに響くから重たいが、この曲には合っている。ただCD(持ってない)でそこまで迫力があるかな

(再追記ゲルナーあった!(https://www.youtube.com/watch?v=m90vsN3SjvM配信もあるのかな。

5. ハンガリー詩曲第1~15番(1851/53年出版

 トムとジェリーで有名なハンガリー詩曲もこの時期に改訂が終わって現在の形になっている。リスト採録しているのはハンガリーマジャール)ではなく、ロマ音楽なのだが、リストは、ロマ民謡を素材に使ってハンガリー民族叙事詩を作り上げようとしていた(それがバルトークのようなマジャールからドイツ人が勝手なことやりやがって・・・という風に見えていたわけだが)。どの曲も重々しいラッサンと華やかなフリシュカという二つの舞曲的なパートから成り立っていて、構造的に単純で、しかピアニスト時代のようにド派手で豪快な曲が多く、リスト入門に良いと思われる。

 ミッシャ・ディヒター(Phillipes)が全曲では有名だと思う。ハンガリーリストの再来とされていたかシフラ・ジェルジの録音もあったはず。第2番はホロヴィッツ編曲版を弾いているスルタノフの爆演が好き(https://www.youtube.com/watch?v=_BFalOtwUy8)だが、スルタノフを聴くと大概の演奏が物足りなくなるおそれがある。残念ながらスルタノフは若くして亡くなってしまった。ホロヴィッツ編曲版ではない場合、第2番はカデンツァを挿入する部分があるので、独自カデンツァが見物になる。その点で一番に言及しなければならないのは我らがスーパーヴィルトゥオーゾのアムラン(Hyperion)で、アルカンの大練習曲 op.76の引用が入り3分以上続く頭のおかしいぶっ飛んだカデンツァだ。日本公演の映像もある(https://www.youtube.com/watch?v=pIMzL2-4bjg/8:30あたりから)。あとは自作ジャズカデンツァを用いて全体にやる気がみなぎるデニスマツーエフBMG)、ラフマニノフカデンツァ使用し爆演系のレオニード・クズミン(Russian Disc)がお勧め。ただしクズミンのCD廃盤倒産で入手困難であり、今後他社からの再発が望まれる。

 第15番「ラコッツィ行進曲」は何よりもホロヴィッツ本人のいかれた演奏聴くべきだろう(古い音源なので検索すればすぐ出てくる)。音質は悪いが、聴く価値がある。昔ホロヴィッツ編曲版にチャレンジしている勇者を見つけていたく感動したことを思い出した(https://www.nicovideo.jp/watch/sm10176725)。

 なお、15番以降19番までハンガリー詩曲はあるが、晩年様式なのでこれ以上は紹介しない。

6. タンホイザー序曲(1849年出版

 リストドイツ宮廷音楽家として、新ドイツ派(当時のドイツにおける管弦楽の停滞(と彼らは考えていた)を問題視し、ロマン主義音楽再生を志す人々)の頭目的な存在だった。そのため、同じような立場にある人々、特に売れっ子とは言い難かったワーグナー作品積極的に上演・紹介したのだが、40年代以降ピアノ編曲もいくつも作っている。リストの最も有名なワーグナー編曲は「トリスタントとイゾルデ」の終曲(愛の死 S.447)だが、自分タンホイザー序曲が単独では最上作品だと思う。何よりも前期のオペラ編曲もの同様、豪壮無比な超絶技巧を聴かせてくれるのが良い。

 ちなみにリストの次女コジマは夫のハンス・フォン・ビューローワーグナーにとっては恩人)を裏切ってワーグナー不倫し、リスト激怒する(後に和解)のだが、自分マリーやカロリーヌやらせいたことだ。

 タンホイザー序曲の録音は意外とない。ユーリ・ファヴォリン気合いが入った演奏https://www.youtube.com/watch?v=xJYkouNnuwo)が一番良いのだが、CDは手に入りにくい(一応、ヴァン・クライバーンコンクールでの演奏があるらしいのだが・・・)。スタジオ録音が望まれる。前期作品の時に名前を挙げたロルティ(CHANDOS)も美しいが、技巧的には前者が圧倒的。実は、ワーグナー本人もピアノ編曲を作っているが(https://www.youtube.com/watch?v=KdXPFBcP1bQ/カツァリスのCD「ワグネリアーナ」に入っている)、リスト編曲と比べると一目(耳?)瞭然、どちらが音楽的に充実しているかは明らかである

7. 詩的で宗教的な調べ(1853年第3稿出版

 30~40年代から書かれている曲だが、やはり最終版になったのはこの時期。もっとも早く書かれた「死者の追憶」(第3稿第4曲)を聴くと、非常に調性が曖昧な曲で、30年代から既に晩年様式が準備されていたことが分かる。第3曲「孤独の中の神の祝福」はリスト敬虔さが音楽昇華された隠れた傑作。アムランが好んでおり、2回も録音している(ノルマが入っているMusic & Arts盤とソナタや「補遺」がセットになっているHyperion)。

 この曲の中で最も有名なのは、第7曲の「葬送――1849年10月」だろう。非常に暗い曲だが、タイトルが指す通り、ハンガリー革命で奮闘し、鎮圧され死んだ人たちのための追悼音楽

 全曲では先のユーリ・ファヴォリンが録音しているが、筆者は未入手。配信で聴けたかと思う。どうでもいいことだが、デミジェンコライブ録音(Hyperion/7番のみ)を聴くと、明らかに鼻歌で歌っていて面白いグバイドゥーリナシャコンヌでも結構はっきり聞こえる)。

 宮廷楽長としての生活の中でリストの前期作品の多くが音楽的に充実されたが、音楽界での軋轢劇場でのトラブルカロリーヌ身分を巡る問題で長くは続かなかった。そろそろ次の時代に進もう。

追記

 前期のところに、ベートーヴェン交響曲ピアノ編曲についてのコメントがあった(anond:20241212215414)。

 リストベートーヴェン交響曲を全曲編曲しているが、初版出版1865年で、時期的には後期にあたる。ただし、3、5-7番の編曲は1837年には出来ており、個別出版されていたようだ。リストピアニスト時代からベートーヴェン作品布教に熱心に取り組んでおり、その一環として作られた。ボンベートーヴェン記念碑建設のために多額の資金提供したりもしている(ちなみに同様に寄付を呼びかけるためにシューマン作曲したのが「幻想曲 ハ長調」だ)。

 リスト作品の中でも記念碑的なものになるが、コンセプトは幻想交響曲編曲同様なので泣く泣く割愛した。

anond:20241212144302

もう一度聞くけど、ハマステロリストですか?

イエスかノーで答えて

テロ国家」とは通常、国家が体系的にテロ行為を支援したり、利用したりすることを意味します。しかし、イスラエルを「テロ国家」と呼ぶかどうかは、評価する立場基準によって大きく異なります。以下に、この議論の主なポイントを整理します。

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イスラエル批判される理由

1. パレスチナへの軍事行動市民への影響

イスラエル軍の空爆や地上作戦で、パレスチナ市民特に子ども女性)が犠牲になることが頻繁に報告されています。これに対し、国際人権団体国連は「過剰な武力行使」と批判しています

例:2021年ガザ紛争2023年軍事作戦では、数百人の市民犠牲となり、インフラも大規模に破壊されました。

2. 占領政策

ヨルダン川西岸地区東エルサレムにおける入植活動は、国際法(第四ジュネーブ条約)に違反しているとされています。これにより、パレスチナ人の土地資源が奪われることがあり、不満が高まっています

3. 行政拘禁人権侵害

裁判なしでの拘束(行政拘禁)、子どもの拘束、家屋破壊など、イスラエル政策は「集団的懲罰」として非難されています

4. 非対称的暴力

イスラエルは、パレスチナ武装勢力への報復を超えて、広範な地域に対して破壊的な攻撃を行うことがあります。このような行動が「国家によるテロ」と批判される場合があります



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イスラエル擁護する立場

1. 安全保障必要性

イスラエルは、ロケット攻撃自爆テロといった脅威から自国民を守るための行動だと主張しています

ハマスイスラム聖戦などの武装勢力は、市民を標的にした攻撃を繰り返しており、これが軍事行動正当化する理由とされています

2. テロリズムへの対応

イスラエルは、自国を「テロ被害者」と位置づけ、反テロリズムの一環として行動していると主張しています

これにはロケット迎撃システムアイアンドーム」や、武装勢力への軍事作戦が含まれます

3. 法治国家としての仕組み

イスラエル民主主義国家であり、法の支配確立されていることを強調しています。一部の行動は国際法に基づいて正当化されているとしています



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テロ国家」との評価に関する議論

国際社会で「テロ国家」とされる基準は、国家意図的テロ行為を計画支援、実行しているかにあります

イスラエル政府の行動は、安全保障政策戦争行為として正当化される場合も多い一方で、非対称的暴力市民への被害の大きさから批判を受けています

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結論

イスラエルを「テロ国家」と呼ぶかどうかは、見る立場価値観依存します。

批判する人々は、占領政策市民への武力行使根拠に「国家によるテロ」とみなします。

擁護する人々は、イスラエルの行動を安全保障上の必要性として理解し、テロ行為とは異なると主張します。

この問題は非常に感情的で複雑なため、立場に応じて異なる評価がなされることを理解することが重要です。

anond:20241211231514

カウンセリングって本人の問題意識希薄でも最終的に意味あるものにすることが出来るんだな。カウンセラーがすごいのか確立された手法がすごいのか分からんが素晴らしい

2024-12-11

anond:20241211110115

YMOYellow Magic Orchestra)は、日本音楽史において極めて重要位置を占めており、その評価の高さは革新性、音楽的影響力、そして国際的成功に基づいています。以下に、その評価を支える要素を日本音楽における歴史的文脈革新性を交えて詳説します。

 

1. 日本音楽史の中での位置づけ

 

a. ポップとテクノロジーの融合

YMO1978年に結成され、日本のポップ音楽歌謡曲演歌)が主流だった時代に登場しました。当時の音楽シーンにおいて、テクノロジー積極的活用した音楽制作画期的でした。

シンセサイザーリズムマシンシーケンサーといった電子音楽技術を駆使し、日本独自音楽性と融合させることで、ポップ音楽に新たな次元を開きました。

 

b. 日本初の「テクノポップムーブメントの牽引

日本で「テクノポップ」というジャンル確立し、他のアーティスト坂本龍一高橋幸宏細野晴臣がそれぞれの活動を通じて影響を広げました)を巻き込む形で、テクノロジーを基盤とした音楽の普及に寄与しました。

YMO成功きっかけに、テクノポップ一時的ブームとなり、プラスチックスピチカート・ファイヴなど後のアーティストたちに影響を与えました。

 

2. 革新

 

a. 電子音楽パイオニア

• 当時の音楽シーンでは、電子楽器使用は主に実験音楽映画音楽限定されていましたが、YMOはそれをポップミュージックに取り入れました。

アルバム『Solid State Survivor』や『BGM』では、シンセサイザーリズムマシンを駆使しながらもキャッチーでありながら知的楽曲を作り上げ、多くのリスナーを魅了しました。

 

b. サンプリング技術の先駆け

楽曲Technopolis」や「Rydeen」では、当時まだ一般的でなかったサンプリングシーケンス技術を駆使しました。このアプローチは後のエレクトロニカヒップホップハウスなどに直接的な影響を与えました。

 

c. グローバル視点音楽制作

細野晴臣のエキゾチシズム、坂本龍一クラシカル音楽教育、そして高橋幸宏ロックポップス志向が融合し、多文化的な音楽を生み出しました。

• 「東洋的なサウンド」を意図的に取り入れた楽曲(例: “Firecracker”)は、当時の西洋リスナーにとって新鮮かつ魅力的であり、日本独自音楽文化を国際市場に発信しました。

 

3. 国際的影響と評価

 

a. 海外での成功

アルバム『Solid State Survivor』は日本国内だけでなく、海外でも高い評価を受けました。特にアメリカヨーロッパエレクトロニカシーンにおいてYMO一種カルト的な人気を持つ存在となりました。

• 初期MTV時代にも、彼らのビジュアル表現スタイリッシュパフォーマンスが注目されました。

 

b. EDMエレクトロニカへの影響

YMO音楽は、後にテクノエレクトロニカIDM(Intelligent Dance Music)といったジャンルの発展に寄与しました。Aphex Twinエイフェックス・ツインダフト・パンクジャスティスなどのアーティストにその影響が明確に見られます

 

c. アジア音楽象徴

YMOは、アジアアーティスト世界的に成功する道筋を作ったパイオニアとして評価されています。彼らの音楽は、「日本高度経済成長期」における技術革新象徴する文化的な成果としても語られています

 

4. YMO哲学アイデンティティ

 

a. 未来志向美学

YMO楽曲アルバムアートワークは、常に「未来」を感じさせるものでした。例えば、『Technodelic』ではアルバムタイトル自体が「テクノ」と「叙情」を掛け合わせており、電子音楽人間感情統合する試みが見られます

 

b. 音楽テクノロジーの融合

メンバー全員が音楽だけでなく、映像テクノロジーへの深い関心を持っており、YMOライブパフォーマンスプロモーションビデオにおいて、当時としては非常に先進的な視覚演出採用していました。

 

5. 日本音楽界への影響

 

a. 後進アーティストへの影響

YMO活動は、坂本龍一細野晴臣が手がけたソロ作品プロデュース活動を通じて、多くの後進アーティスト(例えば、小室哲哉電気グルーヴPerfume)に直接的・間接的な影響を与えました。

 

b. テクノロジー重視の音楽制作文化

日本音楽制作において、MIDIシーケンサーデジタルオーディオ技術使用を普及させた功績は非常に大きいと言えます

 

まとめ

YMOは、日本音楽史において「テクノポップ」という新しいジャンル確立し、世界的な電子音楽の潮流をリードしました。その革新性は、音楽的、技術的、文化的な側面で非常に広範囲わたり現在でも多くのアーティストプロデューサーに影響を与え続けていますYMO存在は、日本音楽グローバルな発展とその多様性象徴するものと言えるでしょう。

2024-12-09

岩本照はなぜSASUKE主人公ヅラをするのか

TBSがお送りする、年末の大型スポーツバラエティ番組といえばSASUKEである。もともとは「名もなき男たちのオリンピック」を標榜し、SASUKEオールスターズ代表される一般人の参加を中心に据えていたこ番組だが、近年は芸能人の参加が目立っている。ゴールデンボンバーの樽美酒が著名だが、芸人アイドル業界わず多数参加している。

一部のSASUKEファンはこの変化をよく思っていないらしい。とりわけ、人気アイドルグループSnow Manリーダーである岩本照を取り上げすぎている、という声が時折聞かれる。彼はまだ自力3rdに到達しているわけでもないのに、番組で尺を取りすぎている。もっと当初のように、名もなき一般人に焦点を当てるべきだ、というわけだ。

だが考えてもみてほしい。この番組はすでに、山田勝己という狂気一般参加者を輩出してしまっている。もう20年以上も前に、その後長きにわたりバラエティ番組で擦られ続けるかの名言を生み出した男だ。あの時代よりだいぶ平均的な倫理観成熟した現代に、いったいどこに、山田を超える一般人エンターテイメントを生み出す余地があるだろうか。

SASUKE総合演出を務める乾氏は、「SASUKEが生んだモンスターは2人だけ」と語っている。一人は人間ドラマとしての番組方向性を決定づけた山田勝己、もう一人は現役最強のSASUKEプレイヤーである森本裕介だという。SASUKE主人公なりたければこの二人のバケモノのどちらかに勝たなければならない。森本に実力で勝つか、山田勝己を越える人間ドラマ演出するか、二つに一つだ。

前者がかなり厳しい道のりであることは論を俟たないだろう。第40回のファイナルステージ森本は他二人のファイナリストに圧倒的な差をつけて鋼鉄の魔城の頂すれすれまで辿り着きかけた。第41回では愛媛銀行職員という新星が現れるも、彼すら森本と同じ位置で脱落してしまった。

とはいえ、もう一つのルートも険しいものだ。山田勝己SASUKEに打ち込むために、およそ常人が捧げられるあらゆるものを捧げ尽くしてしまった。命綱なしでクレーンからぶら下がってファイナルステージ練習をし、SASUKE練習に熱中して仕事首になり、にもかかわらずあっけなく失敗する姿を見て妻が涙をこぼしてみせる。命、仕事家族、真っ当な人間なら犠牲にできないものを全て。そうして暗い沼地に落下し、「俺にはSASUKEしかないんですよ…」とこぼす。本当に全てを賭けてしまい、ドラマのようには美しく勝てなかった男の言葉を。

から山田に勝つためには、山田が持っていないものを賭けるしかない。総合演出の「SASUKEにはまだ林業やっている人がいない」みたいな戯言を間に受けて林野庁就職した若者自分未来を賭けたわけだ。広大な土地に膨大な労力を費やして、巨大な模擬セットを作成した選手も一人ではない。あの実力者の愛媛銀行ですら頭取のハンコを持ってきた。もちろん、もうちょっとばかし穏当な、家族とか友情とか起業とかそういうアピールもあるけれども、それらは大抵、当人たちのテレビ映えする立ち回りのうまさと、着実に前半をクリアできる実力とセットになっていたりもする。

そこにきて岩本照は、「トップアイドルとしての偶像性を捨てること」という間違いなく強いカードを持っている。彼は日本で最も売れているアイドルグループリーダーだ。その彼が、割と平気で1stで落下する。初回はなんと冒頭のクワッドステップスで落ち、そこから少しずつ距離を伸ばして6回目にしてとうとう1stをクリアたかと思いきや、新エリアの前にまた沈んだりする。特別回で3rdの良いところまで進める姿を見れば、練習ちゃんとやっているのだが、全体としての本番の成績は芳しくない。

要はぶっちゃけ微妙なところで結構落ちてるのだ。きらきらとしたアイドルリーダーが。あの汚い泥沼に。普通に考えて、アイドルスポーツバラエティに出場する動機があるとするならば、その華麗な活躍模様をファンに見せつけるためではないのか。初回出場で1st最終エリアまで到達したり、あるいはクリアまでしている諸先輩後輩がそうであるように。

にもかかわらず彼はなぜか、「俺はこれだ」と確信し、自グループ冠番組でもSASUKE番組名を連呼し、忙しい合間を縫って千葉の片田舎にあるセット練習に赴き、枕元には山田勝己カレンダーを置き、結果として見事にSASUKEキャラ確立している。他のメンバードラマとかダンスとか言ってる最中リーダーのこの男のキャラけがSASUKEである。まあ冷静に考えたら何かがおかしい。まだアニメオタクとかの方が普遍的だし理解できる。トップアイドルTBSの一企画キャラクターを預けることがあろうか? あかつクロちゃんじゃないんだから。例えばVS嵐アトラクションに全てをかける後輩がいたら、相葉くんだってドン引きだろう。それでいて別に毎回クリアできるわけじゃないのだから、彼は間違いなく、ある種の「本物」なのだ

SASUKEの熱心なファンは「SASUKEに全精力を費やすのは普通のこと」と考えている向きがあるようだがそんなわけがない。思い出してほしい。これは所詮、いちバラエティ番組なのである

そんなたかバラエティ番組で、輝くことを求められるアイドルが、時にぶざまとも言える失敗を見せる。しかし、どれだけ恥をかこうがなんだろうが決して諦めたがらない姿、それこそ山田勝己が紡いできた物語のそのまま続きと言えないだろうか?

SASUKEがもしも、完全制覇をゴールとする英雄物語だけだったならば、Mr.SASUKE称号長野誠のものだっただろう。けれども、ここには山田勝己代表してきた、人間物語がある。見果てぬ夢を見て、敵わぬ敵と戦い、届かぬ壁に手を伸ばす。それは冷静に見れば滑稽で、傍目には理不尽とすら思える情念で、とき哀愁すら漂い、しか不思議な輝きを放つ、奇妙な人間讃歌である。その世界岩本は、アイドルらしい視聴率手土産に、アイドルしからぬ泥臭さで挑んでいるのだ。


というわけで、一般人もっとスポットを当てろという意見お気持ち大変よく分かります文句はこの際、森本山田に言いましょう。エリア難易度インフレさせた森本と、人間ドラマインフレさせた山田に。でも次回にこそは、とんでもない素人ドラマが現れるかもしれないという希望もかすかに抱いて。

そんな今年のSASUKEクリスマス決戦、12月25日18:00からスタートです。岩本照で何回CMを跨ぐのか。みなさん絶対絶対絶対見てください。

https://www.youtube.com/watch?v=NYUcfzsRUmA

九州独立したら日中の共同植民地としての地位確立され、肉と水と半導体が安く手に入るんだろう

邪馬台国近畿からヤマト九州は別もんという主張も当然出てくるだろう

anond:20241209111337

糖尿病治療法が確立されてるから読み応え無さそう。壊死ニキタイプがまともな文を書けると思うんか?

anond:20241208091901

実は経済的男性優位って、今のみんなが思ってるほど歴史の古い話じゃない

1950年代まで日本人の半数を占めていた農家では「男女問わず家族の全ての大人場合によっては子供も)が働き手」であって、男が女を養うという発想はなかった。

高度経済成長期の(主に)男性終身雇用労働者が片働きで給与所得を得、性的役割分業として女性配偶者家事育児を主に担う、という1960年代確立され、2000年過ぎには共働きの増加で形骸化した「時代の徒花」的な風潮であって、日本の伝統文化とは特に関係がない。

人類本質的家族関係ともあまり関係ない。

2024-12-08

anond:20241208164821

しかしこの問題根本はそこじゃないと思うのよな

トラバで『正直に言え』って書いてる増田もそうだけど、プライバシーについては別に開示する必要性がないのよ

 

嘘は、人間関係信頼関係自己認識を壊して、人生を困難にするから、常に嘘をつかず正直でいることが何よりも大切なのだけど、

プライバシーに関わることセンシティブなことについては、正直に答えることがかえって問題を引き起こすことがあるのよ

これらについては、あえて情報を伏せて、軽いジョークでかわしたり、話題変えても良いのよ

 

けど、たぶん、『Aの時は嘘をついてよくて、Bだと嘘をついてはダメなのか!』ってなっちゃうんだろうな

 

 

あと、「隠すこと」を学歴コンプレックスと結びつけて考えたりもしそうなのよな

中卒や高校不登校は、何ら恥ずかしいことではない、ここはマジで明確にしておきたい

中卒とか高校不登校情報を積極開示しないのは、恥ずかしいからではなくて、単純にそれを話す必要がないだけなのよ

残念だけど、学歴を極端に重要視したり、学歴不登校能力と結びつけて判断する人って存在するわけね

そういう人たちの悪意を適切にいなすには、ある程度の自信やスキル必要な訳よ

現時点では、それに対処する力が十分じゃなさそうなので、余計なトラブルを避けるために伏せておいたほうがいいってだけの話

 

職人経営者としてそれなりの立場確立できたとか、虚勢ではなく心から自分肯定できていて、周囲と波風立てずにやっていけると確信があるなら開示してもいいけど、

現段階で増田はそうじゃ無さそうなので、自信がつくまではやめた方がいい

メンタル弱いのもそろそろ様式美としての芸事ジャンル確立するのかも

自分若いから既にいくらでもそれっぽいのあるし

なんならもう◯◯系と括る音楽ジャンルがあるのだろうか

子供障害を認めない親が悪い、早期に受診療育していれば解決したはずだ以外の答えないぞ

例えば、自閉症のほかに重度の知的障害を伴う場合、強度行動障害があったりしたら、

施設には入れない、入れても不幸なことに繋がるかもしれないので、小さなから訓練するのが良識ある親なので

共感を持って、詳細に具体的に理解し、心を育てる

トモニ療育センター 河島 淳子

 

1.強度行動障害理解

筆者は自閉症児の親であり小児科医でもある。息子の育児教育は困難を極めたが、二次的、三次的な障害をできるだけつけないで育てることができた。自閉症児のパニック問題行動、こだわり、コミュニケーション障害学習の困難さなどは、認知機能障害悟りにくさ・理解しにくさ・判断力のなさ・要領の飲み込みの悪さ)による生半可な理解によって生じていると確信している。不適切なまちがった育児教育の結果、諸問題大人になるにつれて深刻化し、強度行動障害へと発展し、家庭生活地域社会での生活を極めて困難にし、両親も本人も不幸になっていく予後家族支援者たちを悩ましている生活態度と問題行動には、強い欲求、拘束への抵抗自由への要求、反抗、拒否、恐怖、混乱、怒り、失望、悔しさ、嫉妬、強い興味、愛されたい思い、望郷プライド、淋しさなど、様々な感情・思い・心から叫びが読み取れる。

 

2.トモニ療育センター自閉症児の育児教育、および強度行動障害への取り組み

適切な家庭療育自閉症児を救う。母親が「知識ある愛をもって行き届いて」自閉症児を理解して適切に導いていく時、強度行動障害予備軍も好ましく育っている。

適切に向き合うためには、実態を把握のための個別セッション検査課題学習)は欠かせない。詳細な問診票によって過去現在を知った上で、筆者自身自閉症児を詳細に深く観察することからトモニの療育が始まる。トモニでは月3回の自閉症関係勉強会と、ファクシミリメールによる家庭生活記録やレポートから療育の状況を読みとり、問題行動やパニックなどにもきめ細かな指導をしている。個別課題学習を中心において、具体的に7つの項目に取り組んでいる。「失敗は成功の元」と励まし、指示に従ってやり遂げる力をつけ、self-esteem自尊感情)を高め、幸せに生き抜く心を育てている。

具体的目標(できるだけの自立をめざして)

身体作り(マラソン、山歩き)をする

基礎学習家庭科技術職業技術の3種を同時進行で獲得させていく

基本的生活習慣の確立をする

こだわり・問題行動・パニックを克服する

コミュニケーション力をつける

社会的に受け入れられる行動や奉仕作業ができるようにする

余暇を楽しみ、生活を楽しむことができるようにする

読み書き計算の基礎学習と同時進行で家庭科技術料理)を課題とし、同時に職業技術ビーズ暖簾作り、ボールペンの組み立て、箱づくり、折り紙など)に取り組めば、幼児から青年まで長期にわたって一貫した指導継続できる。

 

3.トモニの指導に沿った強度行動障害への対応事例

(1) 社会福祉法人みくに園での取り組み

家族施設職員対象自閉症セミナーを毎月1回日曜日に定期的に1年間開催した。その後、毎月1回出かけ自閉症と行動障害を示す利用者ほぼ全員(26名)に個別セッションテスト課題学習)を実施し、同時に参加者支援員・看護師)に詳細に解説した。「本当はこんな人だったのか!」と感動的な理解の深まりがたびたびあり、利用者への見方が一変した。それまでの不適切支援反省した支援員の向き合い方には適切さが増した。一方で療育室を設け、定期的に療育専門のA支援員が課題学習クロスステッチ刺繍ビーズ暖簾の大作に取り組んだ。言葉のない自閉症者の拠り所となり代弁者となって、self-esteemを高め、心の痛みを感じながら、対等に話し相手となり、孤独感を解消し、生活を満たしている。その中で、強度行動障害短期日に見事に改善され、素直で純粋な活き活きとした幸せと信頼の表情を見せてくれ、愛しい存在となってきている。諦めていた家族もその変化を喜び、協力的になってきてはいるが、帰宅するたびに状態像は悪化している場合が多い。

 

4.まとめ

大人になっている自閉症や強度行動障害の人たちの行動改善可能である

そのためには施設職員全体のレベルアップ、すなわち、自閉症問題行動への理解信頼関係の深まり必要である支援員と利用者の間に信頼関係が育ち、人間らしい生活が少しずつできるようになってきても、施設職員の警戒心や恐怖心は消え去ってはいない。行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服薬させられ、その上に自分意思で開けることのできない居室に隔離されている。行動障害が軽減されたとしても、皆無になったとは言えない。支援員不足によって、やむを得ず夜間には鍵を掛けられているが、果たして支援者を信頼することができるのだろうか。障害福祉施設での身体拘束状態は、夜間の支援員の増員によって、解決できる問題である

支援員の質の向上の機会と待遇改善支援員の増員を心から切望する。

 

https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/jiritsu-report-DB/db/20/134/report/report08.html

anond:20241208104126 anond:20241208170711 anond:20241208171227

anond:20241207184607

増田自我確立されすぎ。

一般的には自分お気持ち法律かなにかで保証されないと不安な人が多いんだよ。

2024-12-07

anond:20241207114915

何かしら理由をつけて実際やることはネット利用者個人情報を完全に把握することだったりする

SNS未成年利用の禁止にしたって、利用者未成年でないことを証明する必要から個人特定可能情報提供義務付けることになる

結局のところ通信の秘密破壊し、情報発信者を特定して叩き潰す手段確立したいだけ

権力者にとって都合のいい仕組みの出来上がりだ

2024-12-06

anond:20241206012312

元増田れいわかどうかなんてどうでもいいよ

おまえが本当のプロならどうやったら出会い系で稼いでる野良売春婦まで納税させられるかの問題についてちゃん解説してくれよ

現状では無理っすね

現金やりとりは捕捉しようがないので課税できないっす

から脱税してる奴とか犯罪取引やってるやつとかはやたら現金持ってるわけっす

それを口座にドンと入金すると「この金なんだよ」ってお問い合わせが来るのでタンス預金っス

そういうのを狙ってタタキをやるのがプロ強盗っす

 

将来的に

現金を全廃して全部電子取引にして

その全てを国が見られるようにすれば

立ちんぼ料金支払いも電子記録が残るので課税できるっす 

 

中国とかが最初にそうなるんじゃないっすかね 

おまえらそれどうするつもりなん

それをどうにかするのは国税庁とかであって

税理士とかニセ税理士とかが考えることじゃないっす

国が徴税手段確立してないのにどうもうこうもねっす

2024-12-05

「ぱあああ」っていう表現マジで気持ち悪い

タイトルに「気持ち悪い」って入れると反応が得られやすいと聞いて入れてみた。

実際には気持ち悪くも何ともない。というか、ネガポジどちらの感情もなく完全にニュートラルである

 

最近マンガによくある、うれしい出来事があった時に表情が明るくなる時の「ぱあああ」という表現

広く使われているので、いつ誰が始めたことなのかはきっとネットの物知り博士がどこかで調べ上げていることだろう。

マンガの画面に出てくる描き文字正式名は知らないが、ここではとりあえず描き文字と呼ぶ。

描き文字は、主に擬声語に用いられる。

紙に描かれたマンガ純粋視覚メディアであって音が出ない。

そこで登場人物の喋るセリフフキダシで表現されるが、それ以外の音声を伝えるには描き文字必要不可欠なのである

ビビューンとかズシーンとかバシャーンとか。

ボムとかズバングとか。

 

それとは別に擬態語もしばしば描き文字として登場する。

が、あまり多用されない。

擬声語擬態語の違いは常識範囲と思うので特に説明はしないが、わからないと本論の理解が追いつかないはずなので知らない人は各自で調べてほしい)

なぜ多用されないかというと、純粋にカッコ悪いからだ。

たとえば、くるりと振り向く所作とともに「くるり」という描き文字を添えるととたんに説明くさくなる。所作は絵で表現できるからだ。

マンガには動きや状態を絵だけで伝える多様な表現確立されていて、ほとんどの擬態語はどうしても必要というわけではない。

逆に言うと、擬態語を描き文字で書き足すのは絵やセリフだけでは十分に伝えきれない(伝えるスキルがない)ことの自白にほかならない。

もちろん、意味のある擬態語の描き文字がないわけではない。

絵で伝えることさえ難しい微妙状態もあるし、描き文字を添えることでより表現が深まるケースだってある。

メガネ中央ブリッジ部分に指を添えるだけでメガネを持ち上げる所作表現できるけれど、ここに「クイッ」という擬態語を描き文字で添えると、「得意げに説明する感じ」がより濃くなる(この場合レンズの向こう側の眼は描かないほうがより効果的だ)。

 

「ぱあああ」も、おそらく「表情が明るく変化する様子」をより効果的に表現するための補助手なのだろうと思う。

anond:20241205054732

まあわかるんだけどねえ

まず取引ってのが、ほしい人ともってる人で発生するよね

もってる人は、交換品くれるならあげてもいい

ほしい人は交換してもらうために今もってるいらないもの大事ものか何か相手がほしいっていったものをあげる

貨幣ってのは

「ほしい人が交換してもらうために現物がない、現在はない」けれども取引したい時に出るよね

明日ならあるものとか、来年かならずとか、あとで絶対とか、俺はもってないけどこいつに聞いてその先のだれかの紹介のあいつが持ってるとか

その約束が確実なら確実なほどいいんだけど「約束やぶったら本気で殴る」ってバックボーンがあったら安心

それが国ってわけ

国が貨幣を発行するのは交換を促すためなんだけど

ものを持ってる人」は、ものを持ってる

ものがほしくて交換したい人」が貨幣を使うってことは、今交換できるものを持ってない

まり

ものをもってる人

ものをもってない人

この時点で等価交換できないよね

そこで貨幣が代わりを務めるんだけど、それってつまり

貨幣は交換品をもっていないけど、あとで交換する約束をしている証拠」だよね

まり保障であり約束であり、ひらたくいうと借金

交換用に国が国の財産とか所有物の価値ときめたもの担保にした分発行した「交換用の保証書」はつまり借金として生まれてくるんだ

取引が終了した時点で貨幣は実際の価値と交換して終わってほしいけど、都度国からの支払いに還元する必要はないし

流動性で言うとその貨幣をつかってさらに交換をして生産をして交換をしたほうが効率がいい

だって農業が得意な人がいちいち国の現物と交換しても、ほしいのは水と農地肥料と種だったら、それを扱ってる交換主と貨幣で交換したほうがいいよね

金本位制からって都度金にかえてもらってたら時価であがればいいけど下がったら売るとかためるとか貸すとかいわゆる運用をして、さら農業するとかしたら効率わるい

その「国が発行した借金」を回収する手段として「国のサービスと交換」という名目で回収するのが税金なわけ

国が発行した貨幣の分だけ、そのうちでも国内で交換に使う目的流通している量が「国民一人当たりの借金」なわけだけど

これは「国民一人当たりが交換取引確立できる権利をもっている価値」なわけで今やく一千万

日本国民としての権利保有している人間として日本価値を認めている価値がひとりあたり一千万

個人が交換したいものにたどりつくまでの距離が、日本だと約一千万

現金があれば解決するのが一千万

千万のうち持ってる現金から足りない分が、日本国民労働しないといけない量なんだ

これには期限や範囲がないから対比のしようもないわけだけど、一千万ない人間人間の分だけ労働必要で不足している分が労働必要

仕事がないないいってる分がこれなんだ

これは民間でどれだけ売上をあげても国内だと意味がない

だって発行した借金の数だけでトランプみたいなゲームをしてるんだから総枚数がかわるわけがない

トランプの総枚数を減らす、つまり公共事業などで消費しないとへらない

オリンピックとか万博とかでそうなるかというモデルケースに倣ったイベントもあったけど、あれ中抜きで半分以上ぬかれて材木国内消費で循環取引なだけだから発行した貨幣が一部に移動しただけ

税金イベントに一千万公共事業をつくって

10社に百万ずつで発注して

各社合計500人で労働したら

一人当たり2万円はいってくる

消費税は2千円で500人からとれる

コロナの税収バク上がりはこれだね

10%かえってくる

けどこれが中抜き下請けに半分で流したら

半分+抜いた数人の税

から5%とちょっとになる

下税で税収が増えるのはこれ

可動実数が増えたら税金が増えるのはあたりまえ

数人しかいない高収入人間からパーセント割合でひっぱってもふえるわけがない

下請けに丸投げみたいな実際に交換の成り立ってない実質貨幣の移動だけとかには大きく課税すべきだけど労働種別として他にも同じしくみはあるから最大税率がある

しかも回数的には丸投げは少なくてすむから徴税効果が薄い

これはいかんね

そもそも下請け丸投げが可能って法律にした二階と竹中がよくない

いけないのはそこだけでそいつらが日本ダメにしたけど、いまはそういう話じゃないよね

個人取引をしたら税金納めるべきかって話

大きな額で定期的であれば、それを安定させるサービスの利用として税金を収めることが「いわゆる国民一人当たりの借金」といわれる貨幣発行量を減らす作業になる

国民の数だけふえても希釈されるから「一人当たりの借金」は発行量に対してうすまるね

移民とか大量にいれて倍にすれば半額になるわけだから

国なんて規模の視点があるとすれば「移民受け入れ」と「徴税額」はほぼ同じ感覚にはなるんじゃないか

同じ感覚摂取してたら成人病なるみたいな栄養素感はあるけど

国民一人当たりに対して対比的に発行された交換保障の額が一千万なのはいってみれば人権保障金額

国民として国の中で得られている選択肢の数だともいえる

その所有が認められていなかったりする国だと、もってるお金選択肢権利がないか

国の都合で事故現場をなんの保障もされず生きたまま埋められたり、事件がなかったことにされたり

まれ身分から仕事をえらべなかったりするところだってある

国民ひとりあたりの借金はおおければおおいほど豊かだ、というのは半分でそれと同じかそれより多く稼げないとそうは言えない

国民一人当たりの借金が一千万で平均年収がそれ以上で最底辺が三分の一以下だ、といえるならそれは豊かだと思うしそうでなければ貧しい

これは割合なので一千万でも百万でも一億でも、国内で言えばかわらない

儲かったほうがあまった金を納めるべきって感覚はまちがってないんじゃないか

ただそれは「いま交換品をもってないか代替手段を蓄えているだけ」と差がないから、中抜きで集めただけの金と区別がつかない

いちおう不労所得には大きく課税して実際の生産には軽減されるしくみは現実的範囲では設定されてる

中抜きで移動させるだけの金」が発生するしくみをなんとかすべきではある

そこに流れ込むかどうかという労働取引もまたここでの話ではないけども

「商取引自体課税をする」だといい取引にも無差別課税されちゃうし、わるい取引駆逐する材料にもなりえないか

実際、交換をすることになった取引については、貨幣でのやりとりがあると税はあるべき

取引単位でね

税の徴収自体は悪いことじゃない

なにかしらいやしい仕事やめんどうな仕事、つまら仕事で小銭をかせいでるやつもいる

わるいやつはそこにはいないし税金も多ければおおいほうがいい

ただたくさんおさめるにはたくさん収入がないと意味がない

しくみそのものがわるいやつである可能性もあると思うんだ

ウマヅラハギの立ち回りは駄目だと思うんだが

50人で17役職がある世界サバイバル

で反逆の王をロールしているウマヅラハギ、正直ロールプレイ力が弱く情報コントロールにも消極的で、もう少しやりようがあったのでは?

簒奪者のrnojajaが従者ヴェノムの入れ知恵に従っているとはいえ、盤面を作ろうと画策しているのに、その対抗馬としてあまりにも弱い。

正当なる王らいむが序盤の不幸でポジション確立できなかったのはやむを得ない部分があるのはしょうがない。

動画でも簒奪陣営が内部の行動で露出しているのに対し、反逆側がほとんど採用されていない。ネタがなかったのだろう。

ウマヅラハギをキーとして使う場合には裏でちゃんとブックを作らないと一歩間違えたら作品をぶち壊すと思う。

ケイドロの時のネタ潰しの再来になりかねない。

2024-12-04

anond:20241204143411

いーえ

批判されたらやめる」というジェンダークレイマーへの無限譲歩と

意思決定女性を入れる」というフェミニズム利権検閲体制確立提言してました

 

控えめに言って表現規制フェミニストと言えます

チンピラフェミニストより物腰が行儀いいとか知的ってだけ

 

お前ももちょっと「言ってる内容」読めるようにならんと

いいように転がされる人生なっちゃうよ

女って女同士の攻撃に男叩きを嚙ませて婉曲的に悪口言うスタイル確立してたけど

ネットでやるようになってそれが男の耳目に入るようになった」&「男女平等意識の伸長」によって

ダシにした男からマジ切れで殴り返されることが増えた

 

ネットの男女対立の3割ぐらいはこれ

ME:I(ミーアイ)はジャニーズをやったらいいと思うんだ

先日、訳あって深夜に暇を極めていた私と友人はひたすらアイドルの話をしていた。

最近ハマっているバーチャルアイドルの話、タイプロの話、今のジュニアの停滞っぷり、この前行ったMAMA、昨今のオーディションインフレ投票の結果で組まれグループマーケティングのしようがないこと、そしてME:Iについてである

「今ME:Iがやってるコンセプトってメンバー個性殺してるよね」

これが10年以上某事務所オタクをやってきた私と、10年以上某事務所オタクをしながらここ5年ほど韓国アイドルに幅広く手を出してきた友人との間で一致した意見であった。

ME:Iの良さって、側から見ても一人一人が個性であることだと思う。「この人とこの人似てるよね」みたいなのがない。そして日本女子ドルよりも女子向けの売り方で、韓国のヨドルよりも健康的な見た目をしており、その上センターが桃奈のおかげで、めっちゃくちゃ健康健全に見えることも他とは一線を画す特徴だろう。

私のように界隈に疎い人間からすると、グループのコンセプトをガチガチに決めて外見の系統も近い人々で集められた韓国グループの子たちというのは、その固められた世界観が良さなのであろうが、正直グループ内でメンバーの見分けがつかない。綺麗なお姉さんの集まりLe Sserafim、一軍の先輩たちの集まりaespa、セーラームーンIVE。そしてみんな細すぎておばちゃん心配になる。生理止まってるんだろうなとか、骨粗鬆症になるよぉとか、そういう心配をしてしまうといくら笑顔を見せられても健全な眩しさとは遠くなる。

対して彼女たちはどうだろうか。まず外見からかなりの違いがあるように思う。というか、伝わるだろうか、「作画」が違うのだ。ME:Iはそれぞれの作画が違う。おそらく、それぞれが違う前世を持っていたり、持っていなかったりするからだろう。

たとえ同じ学校にいたとしても彼女たちはそれぞれ別の部活、別のコミュニティにいる。笠原桃奈バスケ部女子に人気がある先輩だし、石井蘭はダンス部の可愛くて人気がある先輩だし、加藤心は女子テニス部副部長だし、海老原鼓は軽音部の定期演奏会のたびに部内バンドボーカルとして中庭で歌を歌う隣のクラスの子で、一方文化祭バンド演奏で初めて校内で歌を披露して話題になるのが文寧で、櫻井美羽は入学した時から美人話題の特進クラス優等生で、同じく特進クラスにいて1ミリ校則守ってないけど頭がいいから許されてるのが恵子で、同じクラスにいて妙に存在感があるのが心菜なのである。そして多分山本すずと飯田栞月はその学校におらず近くの私立女子校に通っていて駅でよく見かける制服を着ているのだ。

ここまで聞いて諸君思い当たる節がないだろうか。聞いたことがないか?こういう話を。そう、彼女たちは

ジャニーズなのである

個性バラバラで、絶対にいないんだけど学校にいたような親近感があり、それぞれのキャラクターが強い。下積みが長い人もいればシンデレラ的に急にデビューを決めた人もおり、育ちもバラバラ

まごうことなジャニーズだ。

このことに気がついてからの我々の会話というのはそれはもう盛り上がった。

想像してみてくれ。

「好きなんだ、マジで!」と叫ぶ笠原桃奈

恵子、りのん、文寧による「美しい恋にするよ」からの桃奈による「約束するよ、チャンカパーナからの鼓の「チャンカパーナァ〜〜〜〜」の伸びやかなフェイク。

「愛が足りないのにそっと微笑んで、Japonicastyle、華麗に舞う花」と扇子を雅に動かしながら物憂げに歌う櫻井美羽。

キラキラ笑顔で「came on a my house??」する恵子。

「君にやっと辿り着いたスイート」まで普通に歌ったあと「アンサー」と囁いてお口をハートの形にして笑う加藤心と湧くオタク

文寧の舌打ちを皮切りにギリギリでいつも生きだす11人。

たった一つだけ願いが叶うならば君が欲しい蘭。

戻れない時を繰り返す流れる時間を止めて欲しい飯田栞月。

心、文寧、すず、鼓によるペトラ

文寧と心菜による硝子の少年

桃奈センター勇気100%

いけるやろ?????想像に容易いやろ??????性別うから色々立場ちゃうくね?とかは思うけど、伝わるやろ??????

上記は要するにジャニーズの「トンチキ成分」なのだが、これをこなすには条件がある。

1 トンチキに負けない個性があること

トンチキというクセの強いカレーの中でも、死なない具としての存在感必要である。口に入れた時にちゃんと具の味がしないと曲のことだけしか思い出せない。チャンカパーナと聞いたら金髪手越を思い出さないといけないし、セクシーローズと聞いたら佐藤勝利中島健人を思い出せないといけない。また個人キャラクターの完成度が高くないと「よくわかんない人達がよくわかんなことやってる」ことになるのであるキャラ確立していないとトンチキはこなせない。

2 陰気でないこと

キラキラしてないといけないんだ、トンチキは。圧倒的に健康フレッシュじゃないといけない。話題の新商品!みたいな明るさと希望を持って斜め上の方向に向かわないといけない。その眩しさで観客を正気に戻さないようにしなくてはいけない。正気に戻ったら、夜行バスから途中下車して始まるワンナイトも、カモナマイハウスラブカレーも、マイルド地球の裏側じゃワイルドになるのも、意味がわからなくてとも聞いていられないのであるパフォーマンス中、観客を正気に戻さないようにそのきらめきで「圧し」ないといけない。あまりきらめきで目が潰れ圧倒され切ったあとに正気に戻って「なんだったんだあれ」となるのがトンチキなのだ。歌っている途中に突っ込んだり馬鹿にするような隙を与えてはいけない。

要するに「コンセプト盛り耐性」だ。トンチキをやってトンチキに負けない盛り耐性がないと、トンチキは滑る。やらされてる、着られてる感じが出るからだ。でもME:Iならできる。グループのコンセプトに合わせて人を集めるKpopグループとも、昨今流行りのカワイイとも、48系が築いてきた大人グループ歴史とも一線を画す。バラバラ個性バラバラな背景の人たちを押しつぶして凸凹を揃えるのではなく、バラバラ果物をそのまま使って美味しいパフェを作る「ジャニーズ」をするべきだ。

ピコピコキラキラした曲も嫌いではないが、今の売り方は、バラバラ個性をなんとかまとめるためにフワッとした普遍的なコンセプトを持ってきている感じがして、その平坦なコンセプトで個々のよさがかなり死んでいる気がする。

日プオーデ用のオリ曲の方が個性が生きていたと思う。けどpopcornとかCHOPPYCHOPPYとか&MEとかって、割と#chauとかダイヤモンドスマイルから、要するにジャニーズだと思うんですよ。(真剣)

Dreams come trueあの夢まで止まらない止められない、12 123 GO CHOPPY……」←よく考えるとチョッピーって何??となるこの感じと、夢を歌う歌詞マイルドな嵐の嵐だ。

AtoZの「なんでかわからないけど時はすぎて行くから」のいきなり妙に焦ること言いだすのなんて「やりたいことやったもん勝ち」と歌った後に「青春なら」と現実を突きつけてくるあの感じとよく似ている。

トンチキにも種類があって、特にME:Iで見たいのは「ない日本」と「ないファンタジー」と「ない陽気」だ。ない日本というのはイントロからして和楽器の音が聞こえ、なんか歌詞は雅な恋愛をしていたりして衣装和装っぽいけど和服ではなくて和傘とか扇子とか持ってたりして、曲の最後に桜が降るようなやつのことだ。これがお笑いにならずにできるのはジャニーズだけだと思っていたが、ME:I、君たちならできる。何故って、「なんか何やってもたおやか」な品がある人と、華のある人が多いから。

ないファンタジーは、なんとなく中世とか人外とか半獣みたいなコンセプトだけど設定の詳細はわからず、なんかハロウィンぽいけど別にハロウィンの時期ではなくて、衣装ゴシック雰囲気だけど別にゴシックではないやつ。嵐のmonsterとか、JUMPのmasqueradeとか。美羽、すず、栞月、文寧、りのん中心部に据えたら映える。この人たちは作画ファンタジーなので。

ない陽気というのは、SMAPSHAKEや嵐のワイルドアットハート社歌と化したCandoCango勇気100%のような、何がそんなに楽しいねんみたいな曲。これは鼓と恵子と蘭ちゃんを真ん中に持ってくるべき。彼女たちの笑顔を見ていたら、なんか、日本未来も明るいような気がしてくる。そうだろう?

あー見たい、ME:Iのジャニーズ

絶対受けるって。だって投票してた人たちの2割は事務所問題で疲れてきたか浮気してみたジャニオタだもん。(体感です)

でも実際問題、現スタエンからはこのトンチキ要素を筆頭としたアイデンティティというのが失われつつあり、オタクジャニ離れも加速している。その上タイミング的に日プを見ていた人が多いとなれば、知ってる顔も多いというわけで、今ME:Iがジャニーズをやったら確実にかなりの客がそっちに流れるだろう。

ここまで考えてみたけど全然ME:Iは旧ジャニ現スタエンの所属じゃないし、このまま和製K-POPをやっていくんだろう。今の所マジで「ない話」なのが辛い。ここまで全て虚妄。むなしい。

虚しいのでこうやって書いてネットの海に投げるのだ。みんなもME:Iのジャニーズ想像しよう。そしてあわよくばいつか現実にして欲しい。

2024-12-03

anond:20241203094103

手続きの流れがある程度確立してるあたり都銀死語)は地銀よりも進んでるなあと思った

出身大学のある街に旅行に行くときに、学生時代に使っていた、その県にしか支店のない銀行の口座をついでで廃止しようかと思って問合わせたら、

担当者たらい回しされた挙句に、駅から遠く離れた、口座を開設した支店でないと対応できないと突き放された

2024-12-02

anond:20241201095729

好きと仕事を混ぜたらいかんと散々いわれてきたでしょう?

仕事してる側は好きでやってるわけじゃないだろうことは考えてもらいたい

あなた消費者側として好きだからメーカーもそれを好きで提供してるのだと思うのでしょう

経営者目線を持つべきとはいわないけれども、自分が好きなものを売る立場になったらどうなるかくらいは考えてみてほしい

あなた推しコレクション他人に売って生活する事を考えられますか?

一人売れたからそれで生計を立てようという事がどれほど無茶かは、売れ続けている商品などそうあるわけでない事から察してもらいたい

たった一つの商品で成形を立てることができるのは個人くらいなもので、売れてる個人を抱えてる事務所ならばその客を実態として離さないようにするしかない

一人が売れなくなってももう一人、アタリの作り方、客の維持の仕方、そのための庶務となれば巨大化していくしかない

なぜって成功の仕方がわからいからだし、そんなものはないから常にアタリに近い位置に立ち続ける予備が必要から

好きなもの商品にしている事については大きくメリットがある

それは脚目線アタリを探れる市場調査的に一番近い位置社員がいることはメリットである

からといって当人が買う事は自爆営業だしそこで消費して終われば収益にはならない

モテと同じ

自分パートナーモテになれたら、それを所有している自分評価は上がる

しかパートナー自身個人的にモテ使用したならば自分の所有ではなくなる

パートナー当人モテ実益に変える事・自分パートナーモテ評価価値として得る事・第三者モテ接触する満足感、それらのどれを選ぶかという事

今、放送法協定に縛られない情報発信としてのVが大きく活躍している

それは個人SNS情報発信する威力も高まっているという事

各種端末からそれぞれ個人情報を取得する事ができるのは時代の大きな変化でしょう

個人自分の売り方を見つけることができれば、自分自身を無店舗収益を上げる方法存在しうるのは情報化の極みでしょう

一般収益目的としている会社想像してみてほしい

方向性の違い」で退職したり独立する人がどれほどいますか?

商品の売り方に疑問を感じるとか、サービス提供方法自分提案があるとか、そんな事で独立して起業をする人がどれほどいますか?

会社組織としては、そうやって離れてくれる事で組織体を維持できるし、個人個人ひとりの生計くらいは自分で立てることができる助走は組織体の売り出しでつくれる

これはWIN-WINでしょう

労働者としてのアクター業界への貢献という企業体のさまはとてもよいものだと思います

推しがうまれてきえていくのをただ眺めるのはむなしく、自分がそれに投げ銭だけでも関わりたいという気持ちもあるでしょう

その人の人生までも、ただの客としてみている分しか見えていないのに気になることもあるでしょう

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あなたがよみもせず破いてすてている包装紙に書き込まれている色や文字にも給料が支払われています

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アイドルの作り方も解らなかったし、放送のあるべき姿も確立されていない、接客業というものの正解もわからないし、人気や流行もどうやって作るのかなんて解らない

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今年の新入社員の食費を出すのは誰か、来期の予算をねん出してくれるのは誰か、先月課金してくれた人は今月も課金してくれるのか

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その人気を利用して銀行融資を得られるとか、それらを確保するために人員が増え続ける事は商品としておとどけし続けるためには必要な事なんです

Vはみんな商売なんです

人間としてならば、生活を含めるなら水揚げをしてもらえれば済む話なんです

彼らの収益はその参加している組織体の今月、来月、来年のためのお金を稼いでいるという仕事をしているんです

2024-12-01

日本における韓国バイク「ヒョースン」の評価

2000年代初頭、日本国内排ガス規制厳格化された影響により多くの日本製250ccバイク生産中止に追い込まれた。

その状況を憂えたバイクショップ「レッドバロン」の偉い人はこう考える

「250ccは中型バイクの入門クラスとして非常に重要。このクラスが消えるのは業界全体にとって大きな痛手……そうや、お隣の国にちょうどいいバイクがあるやんけ!」

こうしてレッドバロン韓国メーカー・ヒョースンの「GT250R」および「GV250」を輸入し、販売を開始。

しか問題はすぐに明らとなる。

見た目は立派なフルカウルのGT250Rだが、性能は見掛け倒しで故障率が非常に高かった。

その結果「クソバイク」という評判が口コミで瞬く間に広ることに。

さらに追い打ちをかけるように、タイミング悪くカワサキが「ニンジャ250R」を発売。このモデルを皮切りに他の日本メーカーも250ccフルカウルバイク市場に参入し、ブームが到来。

これにより、わざわざ性能の劣るヒョースンを選ぶ必要がなくなってしまう。

しかし一部のバイク愛好家は、ヒョースンバイクに意外な価値見出し始める。

客:「このヒョースンのバイク、どうですか?」

店員:「お勧めします、お安くしますよ!」 → 信用できない店

店員:「正直、ゴミバイクっすね。試乗してみます?ww」 → 信用できる店

こうしてヒョースンのバイクは「店員の誠実さを測るリトマス試験紙」としての地位確立

最終的に、ある種の風刺的な評価に落ち着いたのでした。

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