はてなキーワード: 不適切とは
この状況に対処するためには、問題の背景とコミュニティの特性を考慮しながら、以下のようなアプローチを検討できます。
行動規範の制定
コミュニティの性善説に基づく運営が問題の要因となっているため、行動規範やポリシーを明確に制定し、以下を含むガイドラインを作成するべきです。
攻撃的な言動や嫌味、中傷、侮辱的なコンテンツの投稿を禁止する。
不適切な行動があった場合の具体的な対応手順(警告、投稿の削除、一時的な参加停止など)。
モデレーターの設置: 問題行動を監視し、必要に応じて投稿を削除したり、警告を発する役割を担うモデレーターを設置します。
AIツールの導入: 投稿内容をチェックするAIツールを使い、攻撃的な投稿を検出しやすくします。
教育と対話: 生成AIのハルシネーションや利用ルールについての教育を行い、彼が問題点を認識できるよう試みる。
段階的な対応: 初めは警告や注意喚起を行い、それでも改善が見られない場合は一時的な参加停止を検討します。
コミュニティの再建
現在のコミュニティを一旦停止し、新しいプラットフォームや規範のもとで再出発することを検討する。
問題行動者を除外した新規メンバーの募集や、健全な環境づくりに注力する。
早期介入の重要性
攻撃的な言動を「流す」文化が問題を長引かせた可能性があります。以下のように早期対応が必要です。
初期の段階で嫌味や攻撃的な投稿に対して毅然とした対応を取る。
誰もが不適切な行動を取り得る前提で、規範やルールを整備しておく。
初期段階からモデレーション体制を整え、問題行動者に依存せず健全なコミュニティ運営ができる仕組みを構築する。
生成AIは有用ですが、その誤用によって問題が拡大しました。以下のような教育が重要です。
問題がすでに深刻な段階に達している場合、以下の選択肢を検討します。
新しいコミュニティの立ち上げ: 既存のコミュニティを放棄し、新たなメンバーと共にゼロから再構築する。
既存コミュニティの再生: 問題行動者の排除や、新しいルールの導入を行ったうえで、新規参入者を積極的に迎える。
コミュニティ運営は常に人間関係や技術の進化に直面します。このような経験を通じて、より強固で健全な運営方法を学ぶ機会と捉えるのも大切です。
話題になるのも分かる。
んで、松本糞じゃね?
やっぱりあれがなんで人気あるのか謎。パワハラの塊みたいなやつだし、何も面白くないやん。
んで、死んでも誰も反省しないどころ飲み会でネタにして笑ってんだな、ってのがよく伝わってくる。
芸人が死んでも笑ってそう
誰1人近寄りたくないけどね。
それと面白いかどうかは別だわ。
例えば、自閉症のほかに重度の知的障害を伴う場合、強度行動障害があったりしたら、
施設には入れない、入れても不幸なことに繋がるかもしれないので、小さな頃から訓練するのが良識ある親なので
共感を持って、詳細に具体的に理解し、心を育てる
1.強度行動障害の理解
筆者は自閉症児の親であり小児科医でもある。息子の育児と教育は困難を極めたが、二次的、三次的な障害をできるだけつけないで育てることができた。自閉症児のパニック、問題行動、こだわり、コミュニケーション障害、学習の困難さなどは、認知機能の障害(悟りにくさ・理解しにくさ・判断力のなさ・要領の飲み込みの悪さ)による生半可な理解によって生じていると確信している。不適切なまちがった育児と教育の結果、諸問題は大人になるにつれて深刻化し、強度行動障害へと発展し、家庭生活や地域社会での生活を極めて困難にし、両親も本人も不幸になっていく予後。家族や支援者たちを悩ましている生活態度と問題行動には、強い欲求、拘束への抵抗、自由への要求、反抗、拒否、恐怖、混乱、怒り、失望、悔しさ、嫉妬、強い興味、愛されたい思い、望郷、プライド、淋しさなど、様々な感情・思い・心からの叫びが読み取れる。
2.トモニ療育センターの自閉症児の育児と教育、および強度行動障害への取り組み
適切な家庭療育が自閉症児を救う。母親が「知識ある愛をもって行き届いて」自閉症児を理解して適切に導いていく時、強度行動障害予備軍も好ましく育っている。
適切に向き合うためには、実態を把握のための個別セッション(検査と課題学習)は欠かせない。詳細な問診票によって過去と現在を知った上で、筆者自身が自閉症児を詳細に深く観察することからトモニの療育が始まる。トモニでは月3回の自閉症関係の勉強会と、ファクシミリやメールによる家庭生活記録やレポートから療育の状況を読みとり、問題行動やパニックなどにもきめ細かな指導をしている。個別課題学習を中心において、具体的に7つの項目に取り組んでいる。「失敗は成功の元」と励まし、指示に従ってやり遂げる力をつけ、self-esteem(自尊感情)を高め、幸せに生き抜く心を育てている。
具体的目標(できるだけの自立をめざして)
基礎学習と家庭科技術と職業技術の3種を同時進行で獲得させていく
コミュニケーション力をつける
読み書き計算の基礎学習と同時進行で家庭科技術(料理)を課題とし、同時に職業技術(ビーズ暖簾作り、ボールペンの組み立て、箱づくり、折り紙など)に取り組めば、幼児から青年まで長期にわたって一貫した指導が継続できる。
3.トモニの指導に沿った強度行動障害への対応事例
(1) 社会福祉法人みくに園での取り組み
家族や施設職員を対象に自閉症セミナーを毎月1回日曜日に定期的に1年間開催した。その後、毎月1回出かけ自閉症と行動障害を示す利用者ほぼ全員(26名)に個別セッション(テストと課題学習)を実施し、同時に参加者(支援員・看護師)に詳細に解説した。「本当はこんな人だったのか!」と感動的な理解の深まりがたびたびあり、利用者への見方が一変した。それまでの不適切な支援を反省した支援員の向き合い方には適切さが増した。一方で療育室を設け、定期的に療育専門のA支援員が課題学習やクロスステッチ刺繍やビーズ暖簾の大作に取り組んだ。言葉のない自閉症者の拠り所となり代弁者となって、self-esteemを高め、心の痛みを感じながら、対等に話し相手となり、孤独感を解消し、生活を満たしている。その中で、強度行動障害は短期日に見事に改善され、素直で純粋な活き活きとした幸せと信頼の表情を見せてくれ、愛しい存在となってきている。諦めていた家族もその変化を喜び、協力的になってきてはいるが、帰宅するたびに状態像は悪化している場合が多い。
4.まとめ
大人になっている自閉症や強度行動障害の人たちの行動改善は可能である。
そのためには施設職員全体のレベルアップ、すなわち、自閉症や問題行動への理解と信頼関係の深まりが必要である。支援員と利用者の間に信頼関係が育ち、人間らしい生活が少しずつできるようになってきても、施設職員の警戒心や恐怖心は消え去ってはいない。行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服薬させられ、その上に自分の意思で開けることのできない居室に隔離されている。行動障害が軽減されたとしても、皆無になったとは言えない。支援員不足によって、やむを得ず夜間には鍵を掛けられているが、果たして支援者を信頼することができるのだろうか。障害福祉施設での身体拘束状態は、夜間の支援員の増員によって、解決できる問題である。
支援員の質の向上の機会と待遇改善と支援員の増員を心から切望する。
https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/jiritsu-report-DB/db/20/134/report/report08.html
anond:20241208104126 anond:20241208170711 anond:20241208171227
この文は少し冗談や言葉遊びが含まれているように見えます。「部長が社食の券売機で温泉卵を買い占めていた」という部分は、文字通り「部長が会社の食堂の券売機で温泉卵の食券を大量に購入していた」ことを示しています。
一方、「食券卵用」という表現には、以下のような可能性が考えられます:
1. 言葉遊び
「食券卵用(しょっけんたまごよう)」は、「食券」と「卵用」をかけた冗談の可能性があります。つまり、部長が「温泉卵を買うための食券を多く購入した」という行動をコミカルに強調しているのでしょう。
2. 意味の補足
「卵用」とは、文字通り温泉卵のために購入されたことを指しているか、単に買い占めを強調するためのユーモア的な追加表現かもしれません。
文全体は、部長の少しおかしな行動を面白おかしく伝える軽い話題として使われているように感じます。特に「買い占めていた」という表現が、部長の行動を過剰に描写してユーモラスにしているのではないでしょうか。
温泉卵(やわらかくゆでた卵)を
大量に(買い占めるほど)購入していた
「食券卵用」の部分は、食券で買える卵という意味合いと、「食べる用」という意味が混ざっているように見えます。
おそらくこの状況には、以下のようなニュアンスがあるでしょう:
それが何らかの不適切な行為や面白いエピソードとして語られている
文脈によって、より正確な意味は変わってきますが、基本的には「部長が食堂の食券で温泉卵を大量に買っていた」という状況を描写しています。
これは「職権乱用(しょっけんらんよう)」という言葉をもじったダジャレ表現です。
元々の文脈は、部長が会社の食堂の券売機で温泉卵の食券を買い占めていた、つまり「職権を乱用している(職権乱用)」状況を、似た読みの「食券卵用」と書き換えることでユーモラスに表現しています。「職権乱用」を「食券卵用」に置き換えることで、「食券(しょっけん)」と「職権(しょっけん)」、さらに「乱用(らんよう)」と「卵用(たまごよう)」をかけ、部長が温泉卵を大量購入する行為を笑いに変えています。
要するに、部長が温泉卵を独り占めする行為を「職権乱用」ならぬ「食券卵用」と言い換えて、ちょっとしたシャレとして表しているのです。
「自由恋愛」が純愛から売春まで含まれるという主張は、定義や視点によって異なりますが、必ずしも正確とは言えません。その理由を以下に示します。
自由恋愛は、社会的・経済的な制約や親の意向に縛られず、自分の意思で恋愛対象を選び、関係を築くことを指します。この概念は、愛や感情に基づく自由な選択を重視しており、必ずしも商業的な関係や利害関係を含むものではありません。
純愛は、互いの純粋な感情や深い絆を基盤とする関係です。一方、売春は経済的な取引が主軸となる行為で、感情的な繋がりを前提としない場合が多いです。これらは性質が根本的に異なるため、「自由恋愛」の枠組みで同列に扱うのは不適切です。
自由恋愛の核心は「自分で選択する自由」であり、その選択が他者の搾取や経済的取引によるものではないことが暗黙の前提とされています。売春はその性質上、しばしば経済的・社会的な圧力の結果であることが多く、自由恋愛の精神とは一致しません。
自由恋愛の解釈は文化や価値観によって異なる場合がありますが、一般的には個人の自由意志と感情を尊重する恋愛観を指します。売春などの商業的要素を含めると、「自由恋愛」という言葉の意味を歪める可能性があります。
2024年のユーキャン新語・流行語大賞で年間大賞を受賞した「ふてほど」は、ドラマ「不適切にもほどがある!」の略称です。ドラマのタイトルが長いため、短く呼ぶ際に「ふてほど」という略称が使われるようになりました。
SNS上では「ふてほど」が「不適切報道」の略語であるという誤解が広まり、トレンド入りするなど話題になりましたが、これはあくまでネットユーザーによる独自の解釈です。
これらの要素が組み合わさることで、「ふてほど」が「不適切報道」の略語であるという誤解が生まれたと考えられます。
流行語大賞で「ふてほど」が大賞を受賞した。
「不適切にもほどがある!」の略称だが、ニコニコのコメントを切っ掛けにして「「不適切報道」にしようぜ!」といった流れがある。
しかし待ってほしい、この「不適切にもほどがある!」も立派な映像作品。
その略称をふざけて、全く違う方向性の言葉に読み替えるのは作品に対する冒涜だと思う。
普段から作品を冒涜するなとか表現の自由を掲げている人こそ、この動きは止めないといけないのではないか?
本当にがっかりした。
★追記
元の水道水で薄める人は安全意識のないカスではあるんだけど、謎ルール作ってる証拠たちが湧いてきてて草
id:kagerouttepaso 担当の口頭指示を鵜呑みにせず、製品の運用ガイドラインを確認でしょ。ミネラルウォーターは非推奨。朝日の記事は記者のお気持ちじゃないか、ちゃんと読め。 https://qa.meiji.co.jp/faq/show/62?category_id=272&site_domain=default
水道水が使用できない場合はカルシウム、マグネシウム等の無機塩類(ミネラル)の少ない市販水をお選びください。
*硬度(目安)120以下(できれば60以下)が望ましい。
君が引用したメーカーのサイトにすら軟水ならOKと書いてあるのだが…。
もしかしてミネラルウォーターのこと硬水限定の言葉だと勘違いしてたりする?まさかね。
id:korilog 星付きブコメも変なの湧いてる。70度以上で菌が死ぬってことは、70度を注いだら注いだ瞬間に70度切るからダメなんだよ。ミネラルウォーターも乳児には不適切。水道水も浄水場ではOKだけど、途中経路は保証されてない。
この人も同じ。ミネラルウォーターのこと硬水限定だと勘違いしてたりする?
途中経路は保証されてないならますますミネラルウォーターを使うべきだと思うんですが、ミネラルウォーターが何なのかも調べなかったのかな。
国内における市民と兵士の関係において、兵士がどのように行動すべきかについては、国の法律、治安維持のルール、そして状況に依存します。ただし、以下のような観点で整理できます。
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原則的には、国内で兵士が直接市民に関与するのは例外的な状況です。たとえば、以下の場合が考えられます:
これらの場合でも、兵士の行動は厳格に法律や規則に従わなければならず、武力行使には非常に高いハードルが設けられています。
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市民が兵士から武器を奪う、あるいは奪おうとする行為は極めて深刻であり、兵士にとっては「一線を超えた」と判断される可能性があります。しかし、対応には以下の基準が重要です:
(1) 即座の脅威がある場合
市民が奪った武器を使用して兵士や他者に危害を加える明白な意図を示している場合、兵士が武器の使用を含む行動を取ることは正当防衛として認められる可能性があります。
(2) 脅威がない場合
市民が単に武器を奪ったが、即座に降伏の意図を示している場合、兵士がその市民を殺害するのは過剰な力の行使と見なされる可能性が高く、不適切です。
武器を取り返すか、拘束するための非致死的な方法を優先するべきです。
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日本の例では、自衛隊が国内で武器を使用することは非常に制限されています。自衛隊員が武器を使用できるのは、基本的には自身や仲間の生命が危険にさらされている場合に限られます(武器等防護措置や正当防衛など)。
海外の例でも、軍が市民に対して武器を使う際には、明確な法的根拠や命令が必要です。独断で武力行使をすることは重大な法的問題を引き起こします。
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武器を奪われた状況そのものが、兵士側のリスク管理の問題でもあります。市民に武器を奪われることを防ぐことが最善策です。
武力行使は最後の手段とされ、過剰な力を用いると市民の信頼を損ない、兵士自身や組織の立場を悪化させる可能性があります。
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国内において兵士が市民に対して武力を行使することは、法律や倫理的観点から非常に制約されています。
「武器を奪った市民を殺す」ことが正当化されるのは、生命の危機が差し迫った状況に限られます。それ以外の場合には、適切な手順(拘束や非致死的な対応)を優先すべきです。
この文における「増長」という言葉の使い方は、厳密には不適切です。
「増長」という言葉は、一般的に良くない意味での増大や横柄さを指す表現であり、「つけあがる」「わがままがひどくなる」といったニュアンスが強いです。例えば、「彼の態度は増長して手がつけられない」というような文脈で使われます。
一方、この文では「分断の煽りが増田で増長する」という記述があり、ここで「増長」は「拡大する」「広がる」という意味で使われていると考えられます。しかし、このような意味で「増長」を用いるのは不自然です。
適切な言い換え例
文意に即して自然に表現するなら、以下のような言葉が適切です:
例:特に分断の煽りは増田で増幅して、じわじわと他のメディアに広まる
法華狼とは意見が合わないがこれについてはコメントがアホ過ぎるので。
一にも二にもこれが全て。炎上したこと自体を否定している、という前提でコメントしている人が多すぎる。
なぜ、この程度での批判でこんなになるかというと、AIの雑誌の表紙の件で、企業が取り下げてしまった事件があったから。最初はこんな程度のもの、だったのに実際に取り下げられたことで一気に危機感上がって、以降は批判しまくるようになってる https://t.co/a1x9kWm82w— エキサイ (@excite6636) November 26, 2024
これについては当事者(慶應SFセンター所長大澤氏)の認識を示しておく。
あと根本的な話として、Twitter等のSNS上の議論を何らかの生産的なものと捉え、意思決定プロセスに入れるのは危険だろうとは、当時も今も思っています。一部の意見のモニタリングには有用だけど、正しい意見が通る媒体ではないし、実際、反響は見るけど、次の表紙の意思決定にはほぼ関与してない。— OSAWA, Hirotaka/慶應SFセンター所長/💙💛 (@hiroosa) November 30, 2024
どうも自分が「当事者」らしいので当事者見解を述べておきますと、始めに外部からの表紙への指摘として気づいたのはスプツニ子!さんではなく新山さんの指摘でしたね。あと、自分としてはエクスキューズがあれば、と言っており、なかったので「問題視」はしてました。でなければイベント出たりしない— OSAWA, Hirotaka/慶應SFセンター所長/💙💛 (@hiroosa) November 30, 2024
2013年末に起きた人工知能学会のいわゆる「表紙問題」については、2015年の表紙変更の際に総括記事を書きました。ただ、本件を炎上として扱い人たちは、事実自体に興味がないのかも……2015年表紙更新にあたって :人工知能/30 巻 (2015) 1 号/p.2--6 前年の「表紙問題」のまとめとこれから→— OSAWA, Hirotaka/慶應SFセンター所長/💙💛 (@hiroosa) November 29, 2024
法華狼にアホなコメントが付いていることから学会誌を読むヤツはほぼいないだろうが、表紙について学会内外から批判、その問題点を人工知能学会は重く受け止めているとし、それを基に次の表紙についてのプロセス見直しが行われたことが書いてある。決してフェミニストからの批判だけを受け止めていない。
記憶によれば肯定/否定問わず表紙問題のときに人工知能学会に来た意見は数件とかいうレベルなので、業務負荷というレベルでない。あと、10万人が賛同しようと不適切な意見は無視しますし、1人の提言であろうと価値のある意見は反映されます。アカデミアが専門性を無視して票数のみで決定したら終わり— OSAWA, Hirotaka/慶應SFセンター所長/💙💛 (@hiroosa) December 3, 2024
(あと私は15年前から韋宗成老師のファンだし、台湾の方々がパブリックな場所での表現でどういうラインを引いてきたか、何を守るべき価値だと考えてきたかは、そこそこ追っているつもりです、よ)— OSAWA, Hirotaka/慶應SFセンター所長/💙💛 (@hiroosa) December 3, 2024
大澤氏、人工知能学会と当事者が批判に一定の理があると内部で議論を重ねより良い表現を模索し、努力を重ねたことが資料として提示されている。
これを炎上させられたから対応を迫られたのだ、という事は勝手だが、それは当事者の意見を無視して自分の意見を知らしめたいという意味で大川隆法の霊言と変わらんことは自覚すべき。
法華狼の記事にある学会誌を読めば人工知能学会が炎上の元となった批判に理があると受け止め議論を重ね改善に動いたことが分かる。これを炎上だ、フェミニストが燃やしたのだとそこ“だけ”にこだわるのは研究者に対する侮辱だと思う。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/hokke-ookami.hatenablog.com/entry/20241203/1733151600
ゆるじながら高説気取りて
◎主張そっちのけで何が何でも勝ち負け判定会に持ち込もうとしてるブコメ、
事実を淡々と述べてるだけなのに「マスゴミが悔しそうに報道wwww」とか言って
キャッキャしてるアホと同レベル感ある。
http://tenreeren.rentafree.net/entry/1020724
アカウントで言ったら?そういうとこだぞ」などとのたまいよるのは
キャッキャしてるアホとやらちゃいますの?
◎ウヨミソ界隈のこの辺の独特の知能の欠落、
「自他反転」 「真偽反転」 「境界線反転」で代用しているのだと自分は推測してる。
「お前自身の欠落ぶりを推測」いまいずこにおわす?独…特…?
あのイラストを当該学術領域で用いることが適切か否かは全く別問題として判断するよ。
なお俺は一貫して「学問領域に予断や誤解を与えるから不適切」という考え。
ま…と…も…? 一…貫…? 語…り…?
啼害たるお前の考えとやらに何の価値が?
なんでドラマ自体は何もしてないのに「知らない」、「おかしい」ってもらい事故じゃねぇか
見てる人は評価高かったのに視聴率は最悪だった「いだてん」思い出しちゃったよ。あんときオールナイトニッポンでめっちゃ凹んでたぞ
TBSドラマの「不適切にもほどがある!」の最終回で歌われた『寛容になりましょう』が自分でも驚くほどの地雷と化している。
当方30代前半だが、あの歌を思い出すたびにどこからか怒りが湧き上がる。
そもそも「ふてほど」は50代〜60代のためのドラマであり、その子供世代である自分からするとゆっくりと癪に触る内容ではある。
おっさん連中が我が意を得たりとはしゃぎ、ついには略称が流行語大賞を取ったのだからよほど上の世代にはたまらない内容だったのだろう。
しかし、渚世代である自分からすると、見ててシンプルに辛かった。
何が辛いって、渚が緩やかに令和に苦しめられ、昭和に救われていく流れが辛い。
過剰なハラスメントに何かの疑問を投げかけ、『寛容になりましょう』を歌うあの場面が本当に嫌だし辛い。
確かに過剰なハラスメントは良くないですよ?しかし、「〇〇ハラスメント」という概念は先人たちが築き上げてきた権利だと思っていて、これを「やりすぎだよね〜」と否定したくないのが本音。
(とはいえ、"ハラスメント"というものを履き違えてる人間がいる嘆きはわかる)
しかし、ハラスメントというものはそもそも「寛容であれよ」という圧で口を塞がれてきたものに対抗するために行使してきたものだから、それに被せるように『寛容になりましょう』と歌ったあの流れが本当ーーーーーーに腹立つ!!!!!!!
ニコニコで誰かがコメント→Twitterで拡散→はてな匿名(イマココ)→Google検索のトップに出てくる生成AI要約→社会常識として定着
マッチングアプリの自己PRにおいて、陰茎の大きさを直接的に表現することは、不適切であり、相手に不快感を与える可能性があります。また、個人情報に該当する可能性もあるため、控えるべきです。
相手への配慮: 相手の外見や身体的特徴について、勝手に評価したり、性的対象として捉えたりするような言動は、相手を傷つけたり、不快にさせたりする可能性があります。
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性格や価値観: 優しさ、誠実さ、ユーモアなど、あなたの性格や価値観を具体的に伝えることで、共感してくれる相手に出会う可能性が高まります。
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具体的な表現例
「誰とでも気軽に話せるのが得意です。新しい人と出会うのが楽しみです。」
誠実な自分: 嘘や誇張は避け、ありのままの自分を表現することが大切です。
相手への敬意: 相手を尊重し、思いやりのある言葉を選ぶようにしましょう。
共通点を探す: 相手のプロフィールを参考に、共通の話題を見つけて会話のきっかけを作りましょう。
マッチングアプリでは、外見だけでなく、内面の魅力を伝えることが重要です。陰茎の大きさではなく、あなたの個性や魅力をアピールすることで、素敵な出会いが生まれるかもしれません。
いや
「論理を論破する」という発想は、「車がうまく動かないからエンジンそのものを壊そう」と言っているのと同じくらい不合理です。改善点を指摘して、議論をより良い方向へ進めるのが正しい使い方です。
<説明を追加することにしました> 論理という言葉を表層的に理解して論理におかしな憧れを持ち、論破とかいう不合理なラップバトルを仕掛ける人に議論は対話であるべきを説明したいです。 下記の非倫理的で自己中心的な論理は論理の飛躍も論理矛盾もないです プログラムが動かないように論理矛盾は存在しますが、論理に正しいも誤りも存在しません。 そして、論理は結論の正しさは保証しない、論理は道具であること、前提の設定・共有が重要であること強調して説明してください また下記の論理構造体で別のポジティブな結論も導き出せることも提示してください 私はAの絵は嫌いだ 私の嫌いなものは消えるべきだ Aの絵は消えるべきだ
論理は 結論に至る過程を整理する手段 です。重要なのは、論理そのものに「正しさ」や「誤り」が内在しているわけではなく、あくまで論理的な「推論のプロセス」が正しく行われたかどうかです。例えば、数学の証明やプログラムの動作のように、論理が正しく適用されることで誤りなく導かれる結論もあれば、前提が間違っていることで導かれる結論もあるのです。
論理そのものには 誤り はなく、問題があるのはその 前提 です。前提が不適切であれば、論理的には正しくても結論が誤っていることがあります。この点を理解することが重要です。
「私はAの絵は嫌いだ」「私の嫌いなものは消えるべきだ」「Aの絵は消えるべきだ」という例では、論理構造は次の通りです:
• 前提1: 私はAの絵が嫌いだ。
• 前提2: 私の嫌いなものは消えるべきだ。
• 結論: Aの絵は消えるべきだ。
この論理構造は形式的に正しく、飛躍や矛盾はありません。しかし、この結論が 倫理的に正しいかどうか は別の問題です。この論理が社会的・倫理的に受け入れられるかどうかは 前提 に依存します。前提が個人的な感情に基づいている場合、結論として「Aの絵が消えるべきだ」となることは、社会的な観点からは自己中心的で不適切です。
論理自体は結論を導くための 道具 であり、結論の正しさは 前提 とその適用方法に依存します。例えば、同じ論理の枠組みを使っても、異なる前提を設定することで 異なる結論 を導き出すことができます。
前提が「私の嫌いなものは消えるべきだ」であっても、その前提自体が他者の感情や社会的共感を無視している限り、その結論は倫理的に受け入れがたいものとなります。前提が不適切であれば、結論も不適切である可能性が高いのです。
論理に「正しさ」を求めるのではなく、その 前提 が現実的・倫理的に妥当かどうかを検討することが重要です。論理の正しさは単に 前提が適切に適用されること に過ぎませんが、その前提自体が自己中心的であれば、どんなに論理が正しくとも、結論は 倫理的に誤り となります。
先ほどの論理構造を基に、別の ポジティブな結論 を導くことが可能です。例えば、前提を変更してみると、以下のような別の結論が導き出せます。
別の前提1: 私はAの絵が好きだ。
このように、前提を変更することで ポジティブな結論 へと導くことができます。論理そのものは変わらずに、前提が異なるため、結果として導かれる結論も大きく変化します。
論理は、あくまで 共通の理解を築くための道具 です。もし、議論を「論破」を目的に使用するのであれば、それは 対話や議論本来の目的を損なう行為 です。論理は相手を打ち負かすための道具ではなく、より良い理解に到達するための手段 であるべきです。
実際に良い議論や対話では、相手の意見に耳を傾け、その意見を基に 自分の理解を深める ことが重要です。論理を「論破」のために使うのではなく、建設的な結果を得るために使うべきです。
• 論理は結論を導く道具であり、その正しさは 前提 に依存します。論理そのものには正誤はないが、前提が不適切であれば、導かれる結論は不適切である可能性が高い。
• 論理を使って、前提が異なれば 異なる結論 を導き出すことができる。
• 論理は「論破」や対立を目的に使用するのではなく、 共通の理解を深め、建設的な結論に到達するための道具 として使うべきです。
https://note.com/verineko/n/n797e606a10ea
品質が一定の水準を下回る一部の報道により、一部国民において報道全体への信頼が低下し、さらに、ネット上における出所や真偽が確かでない情報のまん延とそれによる社会の混乱が懸念されていることに鑑み、報道に対する社会一般の信頼を保護し、ひいては公共の安全と秩序の維持に資するため、信頼低下の要因となる粗悪報道を一定の要件の下に選定し、当該報道を行った報道機関に対して是正を要求し、また、望ましい報道のあり方を再確認することで、以て、国民の知る権利の実質的充足と、情報空間の健全な発達に寄与すること。
専用フォームを通じて、「不適切」と感じる報道事例をお寄せください。
皆様から投稿いただいた事例をもとに、運営者が重複する事例や不適切な内容を除外し、ノミネート候補を作成します。