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2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-09

anond:20260409142709

スッキリする

学説によれば、故意に抑えると器官を傷めてしまうので盛大に放出している、らしい

まぁくしゃみという行為そもそも鼻孔や鼻腔内の異物を押し返して排出する生理現象から

2026-02-28

anond:20260228061909

論点複数あるから、分割して考えないとわやくちゃになるよ

個人においては悪人にも人権があり、法人においてはコンプライアンス(法律規制への順守)があり、職業倫理企業倫理個人的な感情法人としてのモラールがある。

私刑は許されない

刑事罰別に個人私企業制裁を加えて良いかで言うと、悪い。私刑については議論余地無く行ってはならない。日本国憲法第三十一条に定めがあり、法律条例ではひっくり返せない。企業倫理職業倫理個人モラル日本国憲法より上に来ることは無い。

反論余地は無く、例外は無い。

人権剥奪されない

最も守りたくない人間を想定して人権議論をせよ、と言われるように、人権は(日本国において主流な学説では)万人が条件無く持っている。

ただし、日本国憲法人権について述べられていると言われる第十三条は「公共の福祉に反しない限り」という但し書きが付いており、議論余地がある。この但し書きをめぐって国際社会との争い(解釈余地が大きく人権制限を認めるものであるため)もある。しかし概ね、国家権力による刑罰個人自由一定制限を認めると解釈されており、前述の通り私刑を許容するものでな無い点には注意が必要である

法人は、社会秩序を守る風潮がある

コンプライアンスとして、法律規制に順守するというのは、本来日本国で業を営む法人なら当たり前のことである。これに企業倫理職業倫理道徳を守るという意味を持って社会秩序を守ろうというのがコンプライアンス遵守になる。

さて、議論余地無く私刑は許されず、誰もが人権を持つという前提の上で、今回の件で法律問題になるのは非弁行為である

弁護士でないものが、報酬目的弁護士業務を行ってはならない。

知人として無報酬示談交渉を行う場合には非弁行為にはあたらないが、編集者として賃金を得ている状態で、多数の示談交渉を反復継続して行なっている場合、通常これは非弁行為にあたる。謝罪文曖昧な書き方になっているのは、この部分を回避するためだと容易に推測できる。

法律が許すのならば何をしても良いのか

いくつかの立場があるが、ある程度の理解を得られている主張として、法律での取り締まりは慎重であるべき、というものがある。

なんでもかんでも、法律を作って雁字搦めにして正しい行為以外は法律違反にすると言うのは、無理があるし乱用に繋がるのでは無いか、というものだと考えてもらってそう間違いでは無い。

そのため、問題ない行為世間一般常識として問題のある行為職業倫理問題のある行為法人格として問題のある行為などの先に、やっと、法律問題のある行為として法律違反がある、というものである

から法律違反していないならば、何をしても問題が無い、とは言えない。

また、一般的にも法律的にも、同じ結果であっても動機や状況によって罪の重さは異なる(例えば、業務上過失致死と殺人は明確に異なる)。

出版社にはどんな問題があるのか

営利企業は、法律特に定めがなければ契約する相手を選ぶことができる。そのため、犯人隠匿などの問題が無ければ、どのような相手取引をしても問題無い。

ただし、前述の通り、法律違反していなければ何をしても良いとされることは通常無く(それが罷り通ると法の取り締まりが厳しくなるため)、職業倫理上の問題が無いか法人格としての社会通念上問題が無いかは、大企業であればより厳しく見られる。

そのため、漫画作成に関わる優越的な立場を利用しての犯罪を犯したと推定される者と漫画作成に関わる契約を結ぶことは特に慎重になる必要があり、推定無罪原則に照らして司法による判断が下されるまでは契約継続すると判断したとしても、その旨を関係者に周知しないのは信義則に反する。

平たく言えば、漫画権威グルーミングして性犯罪を行ったと告発されている状態仕事をするのであれば、その旨を関係者間で共有し、出版社矜持を持って推定無罪原則に従い、訴えられている漫画原作者ですけど、我々は無罪であると信じるので、漫画描いてもらえますよね?プラットフォームに載せて良いですよね?と、同意を得ていないと、関係者や読者を騙して仕事をしていることになる。

特にペンネームを変えて仕事を続けていた点が致命的であり、積極的に周りを騙す目的ペンネームを変えたと捉えるのが自然である

さらに、では、実際に有罪であるとされたときにどのようにするかを決めていなかった、決めていたとして実際に行動に移せなかったことも問題である

職業倫理に反した職業人と仕事をすることが、企業倫理に反しないと言えるだけの説明をする必要があったが、その説明が無く、逆に企業倫理に反するのであれば、どのような行いが問題であり、どのように処罰が行われ、どのように再発防止を取るのか、またそれらをいつまでに決めるのかの説明がなかったことも問題である

長くなったのでまとめに代えて

問題がある人物ペンネームを変えて起用し、炎上するまで行動せず、炎上したら配信を止め、関係者処罰せず再発防止もしない。出版社企業倫理について無頓着であり、残念ながら世間を舐めておりコンプライアンスは無い。

編集者は常習的に示談交渉をしており非弁行為を行なっている可能性があるが、法人として調査や再発防止をとっている気配は無い。該当編集者職業倫理存在しない。

犯罪者にも人権があり、出版社として矜持を持って人権尊重して才能を世に問うという立場で戦うのであれば一定理解は得られたと思うが、炎上すれば即座に配信停止にするあたりに矜持は無く、単に関係者を騙して仕事をしたかっただけにしか見えない。

作品はそれ単体では存在せず、各個人が関わって出来上がるものである以上、関係者犯罪を許容するのかと問われることは避け難く、犯罪は許容しないが作品は世に出すと説明するのは非常に困難(先例もある為、不可能では無い)である。単にそのまま漫然と発売を続けることは、合法であっても企業倫理職業倫理に反する。

発売を続けるには覚悟説明も足りず、世の中は法律に反しなければ何をしても良いというものではなく、倫理に反すれば非難されるのが健全社会である。つまり説明無しに販売を続けるのは、法による規制を招きかねず、社会通念上あり得ない。

2026-02-26

anond:20260224195211

概念的な問題

プリキュアふたりしか居ない(認めない)って言う人もいるし

どれがガンダムかとか時代で変わってきた。

流石に主人公クラスでは少ないが、リメイクリブート作品だとキャラの大改変や入れ替えなどもあったりする。

学説的に教科書に載るレベルまで固まるまでは(実際載ってても油断できない)、強固な古い説を最重視(しばられ、囚われるのでなく)し、それ以降については、そういう説もあるとやんわり疑ってかかるのがよいのではないだろうか。まあポケモンゲームが本筋で外伝作品でもそこまで無茶な設定変更なかったり、それとアニメを抑えれば、もめごとは少ないけど。

2026-02-18

戦後80年に寄せて

はじめに

 先の大戦終結から、80年が経ちました。

 この80年間、我が国は一貫して、平和国家として歩み、世界平和繁栄に力を尽くしてまいりました。今日我が国平和繁栄は、戦没者を始めとする皆様の尊い命と苦難の歴史の上に築かれたものです。

 私は、3月硫黄島訪問4月フィリピンカリラヤの比島戦没者の碑訪問6月沖縄戦没者追悼式出席及びひめゆり平和祈念資料館訪問8月広島長崎における原爆死没者・犠牲者慰霊式出席、終戦記念日全国戦没者追悼式出席を通じて、先の大戦反省と教訓を、改めて深く胸に刻むことを誓いました。

 これまで戦後50年、60年、70年の節目に内閣総理大臣談話が発出されており、歴史認識に関する歴代内閣立場については、私もこれを引き継いでいます

 過去三度の談話においては、なぜあの戦争を避けることができなかったのかという点にはあまり触れられておりません。戦後70年談話においても、日本は「外交的経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内政治システムは、その歯止めたりえなかった」という一節がありますが、それ以上の詳細は論じられておりません。

 国内政治システムは、なぜ歯止めたりえなかったのか。

 第一次世界大戦を経て、世界総力戦時代に入っていた中にあって、開戦前内閣が設置した「総力戦研究所」や陸軍省が設置したいわゆる「秋丸機関」等の予測によれば、敗戦必然でした。多くの識者も戦争遂行の困難さを感じていました。
 政府及び軍部の首脳陣もそれを認識しながら、どうして戦争回避するという決断ができないまま、無謀な戦争に突き進み、国内外の多くの無辜の命を犠牲とする結果となってしまったのか。米内光政元総理の「ジリ貧を避けようとしてドカ貧にならぬよう注意願いたい」との指摘もあった中、なぜ、大きな路線見直しができなかったのか。

 戦後80年の節目に、国民の皆様とともに考えたいと思います

大日本帝国憲法問題点

 まず、当時の制度上の問題が挙げられます戦前日本には、政治軍事を適切に統合する仕組みがありませんでした。

 大日本帝国憲法の下では、軍隊を指揮する権限である統帥権独立したものとされ、政治軍事関係において、常に政治すなわち文民が優位でなくてはならないという「文民統制」の原則が、制度存在しなかったのです。
 内閣総理大臣の権限も限られたものでした。帝国憲法下では、内閣総理大臣を含む各国務大臣は対等な関係とされ、内閣総理大臣は首班とされつつも、内閣を統率するための指揮命令権限制度上与えられていませんでした。

 それでも、日露戦争の頃までは、元老が、外交軍事財政統合する役割果たしていました。武士として軍事従事した経歴を持つ元老たちは、軍事をよく理解した上で、これをコントロールすることができました。丸山眞男言葉を借りれば、「元老重臣など超憲法存在媒介」が、国家意思の一元化において重要役割果たしていました。

 元老が次第に世を去り、そうした非公式の仕組みが衰えたのちには、大正デモクラシーの下、政党政治軍事統合を試みました。
 第一次世界大戦によって世界に大きな変動が起こるなか、日本は国際協調の主要な担い手の一つとなり、国際連盟では常任理事国となりました。1920年代政府政策は、幣原外交に表れたように、帝国主義的膨張は抑制されていました。
 1920年代には、世論は軍に対して厳しく、政党は大規模な軍縮を主張していました。軍人は肩身の狭い思いをし、これに対する反発が、昭和期の軍部の台頭の背景の一つであったとされています

 従来、統帥権作戦指揮に関わる軍令に限られ、予算体制整備に関わる軍政については、内閣の一員たる国務大臣の輔弼事項として解釈運用されていました。文民統制の不在という制度上の問題を、元老、次に政党が、いわば運用によってカバーしていたものと考えます

政府問題

 しかし、次第に統帥権意味拡大解釈され、統帥権独立が、軍の政策全般予算に対する政府及び議会の関与・統制を排除するための手段として、軍部によって利用されるようになっていきました。

 政党内閣時代政党の間で、政権獲得のためにスキャンダル暴露合戦が行われ、政党国民の信頼を失っていきました。1930年には、野党立憲政友会立憲民政党内閣を揺さぶるため、海軍の一部と手を組み、ロンドン海軍軍縮条約批准を巡って、統帥権干犯であると主張し、政府を激しく攻撃しました。政府は、ロンドン海軍軍縮条約をかろうじて批准するに至りました。

 しかし、1935年憲法学者貴族院議員美濃部達吉天皇機関説について、立憲政友会政府攻撃材料としてこれを非難し、軍部も巻き込む政治問題に発展しました。とき岡田啓介内閣は、学説上の問題は、「学者に委ねるより外仕方がない」として本問題から政治的に距離を置こうとしましたが、最終的には軍部要求に屈して、従来通説的な立場とされていた天皇機関説否定する国体明徴声明を二度にわたって発出し、美濃部著作発禁処分となりました。

 このようにして、政府軍部に対する統制を失っていきます

議会問題

 本来は軍に対する統制を果たすべき議会も、その機能を失っていきます

 その最たる例が、斎藤隆夫衆議院議員の除名問題でした。斎藤議員1940年2月2日衆議院本会議において、戦争の泥沼化を批判し、戦争目的について政府を厳しく追及しました。いわゆる反軍演説です。陸軍は、演説陸軍侮辱するものだとこれに激しく反発し、斎藤議員の辞職を要求、これに多くの議員同調し、賛成296票、反対7票の圧倒的多数斎藤議員は除名されました。これは議会の中で議員としての役割を果たそうとした稀有な例でしたが、当時の議事録は今もその3分の2が削除されたままとなっています

 議会による軍への統制機能として極めて重要予算審議においても、当時の議会は軍に対するチェック機能果たしていたとは全く言い難い状況でした。1937年以降、臨時軍事特別会計が設置され、1942年から45年にかけては、軍事費のほぼ全てが特別会計に計上されました。その特別会計の審議に当たって予算書に内訳は示されず、衆議院貴族院とも基本的秘密会で審議が行われ、審議時間も極めて短く、およそ審議という名に値するものではありませんでした。
 戦況が悪化し、財政がひっ迫する中にあっても、陸軍海軍組織利益面子をかけ、予算獲得をめぐり激しく争いました。

 加えて、大正後期から昭和初期にかけて、15年間に現役首相3人を含む多くの政治家が国粋主義者青年将校らによって暗殺されていることを忘れてはなりません。暗殺されたのはいずれも国際協調を重視し、政治によって軍を統制しようとした政治家たちでした。
 五・一五事件二・二六事件を含むこれらの事件が、その後、議会政府関係者を含む文民が軍の政策予算について自由議論し行動する環境を大きく阻害したことは言うまでもありません。

メディア問題

 もう一つ、軽視してはならないのはメディア問題です。

 1920年代メディア日本の対外膨張に批判的であり、ジャーナリスト時代石橋湛山は、植民地放棄すべきとの論陣を張りました。しかし、満州事変が起こった頃からメディア論調は、積極的戦争支持に変わりました。戦争報道が「売れた」からであり、新聞各紙は大きく発行部数を伸ばしました。

 1929年米国大恐慌を契機として、欧米経済は大きく傷つき、国内経済保護理由に高関税政策をとったため、日本の輸出は大きな打撃を受けました。
 深刻な不況を背景の一つとして、ナショナリズムが昂揚し、ドイツではナチスが、イタリアではファシスト党が台頭しました。主要国の中でソ連のみが発展しているように見え、思想界においても、自由主義、民主主義資本主義時代は終わった、米英の時代は終わったとする論調が広がり、全体主義国家社会主義を受け入れる土壌が形成されていきました。
 こうした状況において、関東軍の一部が満州事変を起こし、わずか1年半ほどで日本本土の数倍の土地占領しました。新聞はこれを大々的に報道し、多くの国民はこれに幻惑され、ナショナリズムは更に高まりました。

 日本外交について、吉野作造満州事変における軍部の動きを批判し、清沢洌松岡洋右による国際連盟からの脱退を厳しく批判するなど、一部鋭い批判もありましたが、その後、1937年秋頃から言論統制の強化により政策への批判は封じられ、戦争積極的に支持する論調のみが国民に伝えられるようになりました。

情報収集分析問題

 当時、政府を始めとする我が国が、国際情勢を正しく認識できていたかも問い直す必要があります。例えば、ドイツとの間でソ連対象とする軍事同盟を交渉している中にあって、1939年8月独ソ不可侵条約が締結され、とき平沼騏一郎内閣は「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた」として総辞職します。国際情勢、軍事情勢について、十分な情報収集できていたのか、得られた情報を正しく分析できていたのか、適切に共有できていたのかという問題がありました。

今日への教訓

 戦後日本において、文民統制は、制度としては整備されています日本憲法上、内閣総理大臣その他の国務大臣文民でなければならないと定められています。また、自衛隊は、自衛隊法上、内閣総理大臣の指揮の下に置かれています
 内閣総理大臣が内閣首長であること、内閣国会に対して連帯して責任を負うことが日本憲法に明記され、内閣統一性制度上確保されました。
 さらに、国家安全保障会議が設置され、外交安全保障総合調整が強化されています情報収集分析に係る政府体制改善されています。これらは時代に応じて、更なる進展が求められます

 政治軍事を適切に統合する仕組みがなく、統帥権独立の名の下に軍部が独走したという過去の苦い経験を踏まえて、制度的な手当ては行われました。他方、これらはあくま制度であり、適切に運用することがなければ、その意味を成しません。

 政治の側は自衛隊を使いこなす能力と見識を十分に有する必要があります現在文民統制の制度を正しく理解し、適切に運用していく不断努力必要です。無責任ポピュリズムに屈しない、大勢に流されない政治家としての矜持責任感を持たなければなりません。
 自衛隊には、我が国を取り巻く国際軍事情勢や装備、部隊運用について、専門家集団としての立場から政治に対し、積極的説明し、意見を述べることが求められます

 政治には、組織の縦割りを乗り越え、統合する責務があります組織が割拠、対立し、日本国益を見失うようなことがあってはなりません。陸軍海軍とが互いの組織論理を最優先として対立し、それぞれの内部においてすら、軍令軍政とが連携を欠き、国家としての意思を一元化できないままに、国全体が戦争に導かれていった歴史を教訓としなければなりません。

 政治は常に国民全体の利益福祉を考え、長期的な視点に立った合理的判断を心がけねばなりません。責任所在が明確ではなく、状況が行き詰まる場合には、成功可能性が低く、高リスクであっても、勇ましい声、大胆な解決策が受け入れられがちです。海軍永野修身軍令部総長は、開戦を手術にたとえ、「相当の心配はありますが、この大病を癒すには、大決心をもって、国難排除に決意するほかありません」、「戦わざれば亡国と政府判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である」と述べ、東條英機陸軍大臣も、近衛文麿首相に対し、「人間、たまには清水の舞台から目をつぶって飛び降りることも必要だ」と迫ったとされています。このように、冷静で合理的判断よりも精神的・情緒的な判断が重視されてしまうことにより、国の進むべき針路を誤った歴史を繰り返してはなりません。

 政府が誤った判断をせぬよう、歯止めの役割を果たすのが議会メディアです。

 国会には、憲法によって与えられた権能を行使することを通じて、政府活動を適切にチェックする役割を果たすことが求められます政治一時的世論迎合し、人気取り政策に動いて国益を損なうような党利党略と己の保身に走っては決してなりません。

 使命感を持ったジャーナリズムを含む健全言論空間必要です。先の大戦でも、メディア世論煽り国民を無謀な戦争誘導する結果となりました。過度な商業主義に陥ってはならず、偏狭なナショナリズム差別排外主義を許してはなりません。

 安倍元総理尊い命を落とされた事件を含め、暴力による政治蹂躙自由言論を脅かす差別言辞は決して容認できません。

 これら全ての基盤となるのは、歴史に学ぶ姿勢です。過去直視する勇気と誠実さ、他者の主張にも謙虚に耳を傾ける寛容さを持った本来リベラリズム健全強靭民主主義が何よりも大切です。
 ウィンストン・チャーチル喝破したとおり、民主主義は決して完璧政治形態ではありません。民主主義コスト時間必要とし、ときに過ちを犯すものです。
 だからこそ、我々は常に歴史の前に謙虚であるべきであり、教訓を深く胸に刻まなければなりません。

anond:20260218162600 に続く

2026-02-16

コロナ後遺症の具体的な対策実践

コロナ後遺症(Long COVID)になって2年と少しの僕が、個人的に症状をAI相談しまくり、実践した対処法などを記載してみようとおもう。

対象 重症で寝たきりではないが、確実に体調がおかしい人。中等症くらい。仕事を続けられるか不安になったことがある人。あるいは、感染後になんとなく調子が悪いけど後遺症だと気づいていない人。

書いているのは: 医師ではなく、2年以上コロナ後遺症経験した当事者AI(ChatGPTとGrok)に症状をぶつけて調べまくり実践して効果があったものをまとめている。具体をすぐ知りたい人は「対策」の項だけ見てください。

前提

めざまし8でヒラハタクリニック後遺症外来)が取り上げられた回で、コメンテーターが「自分コロナ後遺症だと思い込んでしまうことで——」と発言していた。

https://youtu.be/2TSxKw_QWkc?t=787

これが後遺症に対する日本一般的空気だと思う。

まるで陰謀論者扱い。気持ち問題丸めていては、いっさい解決策は生まれない。当事者として通院しつつ、それ以外に具体的な対策AIにも相談して、実践した内容を共有する。

前提:後遺症時間で変化する(フェーズ定義

AIに症状の推移を相談したところ、後遺症にはフェーズがあると教わった。自分経験とも一致する。専門家ではないのであくまAI分析として書く。

🟡 Phase 0:急性感染期(0〜2週間)

普通コロナ発熱、喉痛、咳、倦怠感。説明不要

🟠 Phase 1:「治った」つもり期(2週間〜2ヶ月)

👉 この時期にジム再開・仕事フル復帰・徹夜をすると、その後の経過が悪化する。自分はこれを知らずにジムに行って翌日発熱した。典型パターンらしい。

🔴 Phase 2:クラッシュ期(3〜6ヶ月)

ここで多くの人が「おかしい」と気づく。一番きつい。

👉 休職退職引きこもりになる人が多いフェーズ思考ネガティブな考えしか出てこなくなり、絶望との戦い。自分副鼻腔炎が治らなすぎて後遺症を疑い対策開始。仕事休職真剣に考えたが、リモートだったのでギリギリ継続

🟣 Phase 3:慢性化フェーズ(6ヶ月〜2年)

長期戦の始まり。治ったと思っても繰り返すことに気づく。

  • 副鼻腔炎が治っては再発を繰り返す
  • 飲酒すると一気に崩れたり、新種の症状が出る
  • 全身倦怠感や鬱症状も断続的に来る

👉 慢性化に体が適応して、飲み会が嫌いになる。何やっても効かないPhase 2よりは対策効果を出しやすフェーズ

🟢 Phase 4:再配線フェーズ(1.5〜3年)

たまに正常だった頃の感覚を思い出せる日が来る。

  • 全身だった症状が、特に悪い局所に徐々に収束してくる(鼻炎、片側神経とか)
  • 日によって神経系の症状(末梢神経・腸)だけが残る

👉 活動時間も正常に近いくらい長くでき、後日もPEM的な問題が出ない。大枠は治っているが、細かい症状の悩みが出る感じ。自分は今ここ。

⚪ Phase 5:寛解(?)

まだ到達していないのでわからない。到達したら追記する。

対策効果の大きかった順)

フェーズごとに「何が効くか」が違う。以下は自分実践して効果が大きかった順に並べている。

1. EAT治療(上咽頭擦過療法 / Bスポット治療

対象フェーズ:Phase 1以降すべて

咽頭(鼻の奥、喉の上)に塩化亜鉛を塗布する治療。上咽頭迷走神経に近く、ここの炎症が全身の自律神経症状や鬱症状につながる。

実感: 鬱症状の改善に最も効いた。影響の大きさでいうとこれが1位。

運用ルール

  • 治っていても脳死継続する
  • 血が出なくても、たまにめちゃくちゃ痛い日がある。そういう日は大体体の調子が悪い
  • これを叩かず放置すると、鬱を含め様々な症状が確実に再発する(何度も確認済み)
  • 1週間に1回。最低でも2週間に1回。おまじないだと思って通い続ける


2. 副鼻腔炎の徹底治療:ラスビック(ニューキノロン系)

対象フェーズ:Phase 2以降(ただし何が効くかは個人差あり)

クラリスロマイシンペニシリン系、セフェム系マクロライド系——全種類の抗生剤を処方されたが効かなかった。

ラスビック(ラスクロキサシン)が異常に効いた。副鼻腔炎駆逐されたら、全身の独特のだるさもかなりなくなった。後述するが、副鼻腔炎は「別の病気」ではなく炎症ループの一部なので、ここを断ち切ると全身に効く。

再発してもラスビックを飲め(医師の処方で)。 今の抗生剤が効かないなら、別の系統医師相談すること。

3. H1H2ブロッカー併用

対象フェーズ:Phase 3以降

これは医師相談必要な項目。後述のMCAS状態放出されるヒスタミンブロックするための薬。H1受容体(鼻水・かゆみ・不安系)とH2受容体(胃酸・全身炎症・脳霧・自律神経系)で担当が違うので、H1H2を両方使うことで全体をカバーできる(海外ではLong COVID由来のMCAS治療で併用が主流らしい)。

自分オロタジンH1)を丸2年飲み続けて症状が残っていたが、ファモチジンH2)を足したら脳霧や炎症感が軽減。Phase 3を抜け出すのに効いた気がする。

自分の処方:

医師に「Long COVIDでMCAS的な症状があり、H1H2併用を試したい」と伝える。研究有効性が複数報告されている組み合わせ。

4. 鼻うがいを正しくやる

対象フェーズ:Phase 2以降(効果が出るのはPhase 3から

やり方を間違えると逆効果 自分はずっと水道水+安い市販海水塩でやっていた。YouTubeで「水道水OK」と言ってる人もいる。が、不純物で逆に鼻炎を悪化させていた可能性が高い。

正しいやり方:

全部変えたら、アレルギー性鼻炎が一気に改善した。

注意: Phase 2の序盤は効かない。意味ないと思うかもしれないが、Phase 3以降は確実に効く。信じて続けろ。

鼻が物理的に詰まっているとき ナザール(血管収縮系)で一時的に通す→鼻うがい→モメタゾン(ステロイド点鼻薬)の順番。血管収縮系はAIにも止められがちだが、物理的に塞がっている場合は仕方ない。連用は避ける。

5. サプリメント

対象フェーズ:Phase 3以降

薬ほどの即効性はないが、体感効果があったもの体感が大きかった順に並べる。

ビタミンB群(特にB1を多めに)

体感で一番効いた。鬱症状の改善と、酒の影響をブロックできる感覚があった。後遺症ミトコンドリア機能が落ちており、B1はエネルギー代謝補酵素として直接関わる。B1誘導体のフルスルチアミンを100mg以上追加するのが良い(アリナミンEX Plusで摂取可能)。通常のB1より吸収率が高く、神経組織への移行性も良い。

グリシンマグネシウム

神経系の安定に。マグネシウム形態重要で、酸化マグネシウム(よくある安いやつ)は吸収率が低い。グリシンマグネシウムは吸収率が高く、グリシン自体にも抑制性神経伝達物質としての作用がある。自律神経の過剰反応を抑えるのに向いている。

ケルセチン

天然のマスト細胞安定化剤。マスト細胞からヒスタミンサイトカイン放出抑制する作用研究確認されている。研究ではクロモリン(処方薬のマスト細胞安定化薬)よりも有効だったというデータもある。MCAS対策第一選択サプリとして海外では定番

④ DAO酵素

ヒスタミン分解酵素サプリメント食事の15分前に飲むことで、食事由来のヒスタミンを腸内で分解する。低ヒスタミン食を完璧にできないとき外食時のセーフティネットとして使える。飲み会前にも有効。Long COVID後はDAO活性が落ちているケースが多いので、外から補う意味がある。

オメガ3(EPA/DHA

炎症の抑制と微小血栓の予防。Long COVIDでは微小血管の炎症や血栓が報告されており、EPA/DHAの抗炎症・抗血小板作用が理にかなっている。

亜鉛

免疫機能正常化必須。Long COVID後は亜鉛が消耗されやすく、欠乏すると免疫応答が乱れる味覚障害がある場合亜鉛不足の可能性が高い。

ビタミンC

天然の抗ヒスタミン作用がある。マスト細胞の安定化にも寄与する。抗酸化作用酸化ストレスを軽減。ただしヒスタミン的に柑橘系地雷なので、サプリで摂るのが安全

ビタミンD

免疫調節に関わる。Long COVID患者ビタミンD不足が多いことが報告されている。免疫過剰反応と不足反応の両方を正常化する方向に作用する。日光を浴びる機会が少ない(外出が減る後遺症患者特に)なら補充推奨。

サプリは"補助輪"。炎症の本体(副鼻腔・上咽頭ヒスタミン)を抑えないと効果限定的。とのことです。

6. 低ヒスタミン

対象フェーズ:Phase 3以降

避けるもの 発酵食品全般ビール絶対禁止)、ワイン熟成チーズ、加工肉(ハムソーセージ)、缶詰の魚、トマトほうれん草ナス、残り物の再加熱(ヒスタミンが増える)。

完璧にやる必要はない。地雷を避けるだけで十分効果がある。酒は飲むならハイボール

7. 酒との付き合い方

対象フェーズ:全フェーズ

ルール①:深酒は絶対禁止 体調よくても必ず壊れる。

なぜ壊れるのか: アルコールマスト細胞を直接刺激し、DAO(ヒスタミン分解酵素)を阻害する。Long COVID後はマスト細胞がすでに不安定なので、少量の酒でも神経炎症+自律神経崩壊になる。普通二日酔いとは次元が違う「現実感喪失思考不能・鬱」が数日〜1週間続く。

ルール②:ビールは飲むな。ハイボールしろ。(Phase 3以降) ビール発酵飲料ヒスタミン含有量が非常に高い。ハイボールウイスキー炭酸)のほうが予後がだいぶマシ。自分ビールを飲んだときに鼻詰まりがエグくて、ハイボールだと比較ラクなことに気づいた。ヒスタミンの差で説明がつく。飲まないのが一番だけど、飲むならハイボール

ぶっちゃけ何年も繰り返すと、酒飲みたい気持ち自体が薄れてくる。神経系の炎症期にメインの症状が移ると、酒で楽しいとかが起きなくなる。

回復タイムライン自分場合

フェーズ やったこ 結果
Phase 1 EAT開始 鬱症状が改善し始めた
Phase 2 ラスビックに出会副鼻腔炎駆逐、全身倦怠感が大幅軽減
Phase 3 H1H2併用、ビールハイボール、低ヒスタミン食、鼻うがい改善サプリ開始 アレルギー性鼻炎が劇的に改善。Phase 3の終焉
Phase 4(今) 上記継続 完全ではないが1年前とは明らかに違う

メカニズム:なぜこうなるのか

ここから対策の「なぜ効くのか」の背景。対策だけ知りたい人は読まなくていい。AIに症状を全部ぶつけて対話を繰り返した結果、たどり着いた整理。

初期フェーズ(Phase 1〜2):ウイルスの残存

Phase 1〜2の症状は、コロナウイルスが体内に残っていることが原因と考えられている。2024年のLancet Infectious Diseases掲載研究では、軽症のコロナ回復者でも感染後4ヶ月時点で複数組織からSARS-CoV-2のRNAが検出され、ウイルスRNA残存者はLong COVID症状の発症リスクが約5倍(オッズ比5.17)だった。Nature誌に掲載された別の研究では、上咽頭(鼻の奥)からウイルスRNAが検出されており、Long COVID患者の90%に慢性上咽頭炎が確認されている。

まりPhase 1〜2は「治った」のではなく、ウイルスの残骸がまだ体内で免疫を刺激し続けている状態EAT治療(上咽頭擦過療法)が効くのは、この上咽頭に残存するウイルスRNA物理的に除去し、炎症性サイトカイン抑制するからだと考えられている(2025年福岡歯科大の研究チームがVisium HD空間トランスクリプトミクスで実証)。

慢性化フェーズ(Phase 3〜4):MCAS(マスト細胞活性化症候群

Phase 3以降は、ウイルス自体はほぼ消えているが、免疫システムが「戦時中」のまま固定されている状態。最新の学説では、MCAS(Mast Cell Activation Syndrome:マスト細胞活性化症候群)が有力な説明とされている。Phase 3以降のサプリや低ヒスタミン食は、このMCASを抑えるための対策

MCASとは

マスト細胞免疫系の「見張り番」。全身の粘膜や結合組織に配置されていて、異物(ウイルスアレルゲン等)を検知すると、ヒスタミンサイトカインロイコトリエン等の炎症物質放出して免疫反応を起動する。

MCASは、このマスト細胞が常に「過覚醒状態になり、大した刺激がなくても炎症物質を全身にばら撒き続ける状態。結果として、だるさ、局所炎症、鬱、鼻炎、腸の不調がそこら中で同時に発生する。

体はもう安全なのに、神経と免疫けが戦争を続けている状態小野田寛郎状態

なぜコロナ後にこうなるか
MCASで説明がつく症状
症状MCASの説明
鼻詰まり副鼻腔炎鼻粘膜の慢性腫脹→ドレナージ不良→二次感染の繰り返し
咽頭炎の再発咽頭の粘膜にマスト細胞豊富。過剰活性化で慢性炎症が持続
腹痛・下痢IBS様)MCAS由来のIBS様症状。腸・鼻・脳が同期する
ブレインフォグ・鬱・不安マスト細胞血液脳関門を損傷、脳内ミクログリア活性化
震え・微細運動低下交感神経過剰+副交感神経の乱れ
ストレスで鼻が詰まる・鬱が来る交感神経急上昇→マスト細胞さら活性化
夕方〜夜に悪化MCASの典型的な日内変動パターン

まとめ

コロナ後遺症は気のせいでもメンタルでもない。免疫 × 神経 × ヒスタミンの慢性ループであり、時間+炎症制御+神経の再配線で良くなる。対処法を知っているかどうかで回復スピードは変わる。他にも効果のある対策など、もしあれば教えて下さい。

⚠️ 免責事項: この記事個人体験AI(ChatGPT・Grok)とのPermalink | 記事への反応(0) | 00:30

2026-01-23

拝啓ハイパーインフレを起こそうとして自己放尿しているMMT国賊

貴様が掲げる「自国通貨建てなら財政制約は存在しない」というスローガンは、一見すると会計恒等式経済学と取り違えた幼稚な詭弁にすぎないが、実務と制度に触れた人間から見れば、それは単なる誤謬ではなく、期待形成制度信認を破壊する危険自己放尿であることが一目でわかる。

フリードマンが一貫して強調したのは、インフレは常にどこでも貨幣現象であり、マネーサプライの成長率が実体の成長率を恒常的に上回れば、長期では物価水準に帰着するという、経験則に裏打ちされた冷酷な事実だ。

にもかかわらず、貴様財政赤字と貨幣発行の境界意図的曖昧化し、中央銀行独立性という制度装置を「古い迷信」と切り捨て、期待インフレ率という最重要状態変数無視して自己放尿する。

これは政策自由度拡張しているのではない。ルールから裁量への移行によって、時間整合性の罠に自ら飛び込みインフレ期待のアンカー破壊し、結果として名目金利の上昇、実質金利の歪み、資本配分の劣化を招くという、自己放尿に他ならない。

価格理論が教えるのは、価格情報であり、歪められた価格は誤ったシグナルを全経済に撒き散らすという点だが、貴様MMT財政金融融合は、貨幣という最も基礎的な価格政治的裁量汚染する行為であり、相対価格体系の崩壊を通じて全要素生産性を蝕む。

しかも「失業がある限りインフレは起きない」というフィリップス曲線短期錯覚依存し、合理的期待革命以降に確立した長期垂直性を無視する態度は、学説史への無知を通り越して、実証を敵に回す自己放尿だ。

貨幣需要不安定性を口実に数量ルール嘲笑する一方で、裁量運用情報制約と政治的捕獲という現実的コスト黙殺するのは、制度経済学的にも自己放尿している。

財政赤字の貨幣化は短期的には名目需要を刺激するかもしれないが、その利得は必ずインフレ税として回収され、分配を歪め、固定所得層と貯蓄者を直撃する。

これは単なる期待破壊であり、信認の切り売りだ。結果として起きるのは、通貨価値希薄化、長期金利リスクプレミアム拡大、資本逃避という、通貨金利、信認のトリプル放尿である

貴様は「主権通貨」を盾にするが、主権とは責任の別名だ。ルールなき裁量は、選好集約の失敗と政府の失敗を最大化する。

フリードマンが唱えたのは小さな政府ではなく、予見可能で拘束された政府だ。政策サプライズであってはならない。サプライズは一度しか効かず、その後に残るのは期待の自己放尿だけだ。

市場は愚かではない。期待は学習し、信認は非線形に崩れる。貴様理屈は、短期の見かけの余裕を万能視し、長期の制約を否認する点で、まさに理論的にも実証的にも自己放尿している。

拝啓と書いたが、これは礼状ではない。制度と期待を軽んじ、貨幣政治玩具に変え、経済全体に自己放尿を撒き散らす思想への、冷徹拒否通告である

敬具

2025-12-13

🍜 京都天下一品最高。あえてあっさり。杏仁はこってり。

京大的なる天下一品体験:あっさりという逆説

京都ラーメン文化を語る上で、「天下一品」は避けて通れない、いや、むしろその中心にそびえ立つ京大的な存在です。あの濃厚なスープ――「こってり」と称される、ポタージュのようにドロリとしたそれは、単なる食べ物ではなく、一種哲学、あるいは京大研究テーマとなりうるほどの深遠さを持っています。その製法門外不出の秘中の秘であり、長年の試行錯誤と緻密な計算によってのみ到達しうる「京大的究極のコク」を体現しています

しかし、私はあえて「あっさり」を頼む。

これは単なる好みの問題ではありません。むしろ京都大学出身者らしい、一種の逆説的探求なのです。天下一品の真髄が「こってり」にあると誰もが認める中で、その対極にある「あっさり」を注文する行為は、まるで主流の学説に異を唱え、新たな地平を探る研究者の姿勢に似ています。「こってり」が天下一品の「形式知であるならば、「あっさり」は、その背後にある「暗黙知」、すなわち、鶏ガラ野菜の旨味を純粋な形で抽出する、職人の高度な技術を試す場なのです。

「あっさり」スープ一口飲むと、そのクリアでありながら奥深い味わいに驚かされます。それは、濃厚なこってりスープの陰に隠れていた、素材本来の持つ繊細な旨味が、研ぎ澄まされた形で露わになる瞬間です。まるで、複雑な数式を解き明かす中で、ふと現れる美しい原理のように。この「あっさり」を味わうことで、初めて私たちは「こってり」スープがなぜあれほどまでに魅力的であるのか、その構造を深く理解できるのです。それは、陰と陽、光と影京大的対比であり、天下一品全体像を把握するための重要ステップなのです。

「こってり杏仁」という矛盾美学京大幸福

そして、ラーメンの後に私が必ず頼むのは、「こってり杏仁」です。しかも、三つ。

これもまた、一見すると矛盾に満ちた選択に見えるかもしれません。「こってり」のラーメンを避け、「あっさり」を選んだ人間が、デザートではあえて「こってり」を求める。この行為の裏には、私の「京大幸福論」があります

天下一品の「こってり杏仁」は、その名前の通り、濃厚でクリーミーテクスチャーが特徴です。ラーメンの「こってり」とは異なる、乳製品アーモンドの芳醇な「こってり」さ。これは、私の日常に潜む「小さな用事負担」を解消し、精神的な満足度を最大化するための、緻密に計算された戦略です。

一つ目の「こってり杏仁」は、ラーメンの後の口直し、つまり「味覚のリセット」です。あっさりスープの余韻を大切にしつつ、舌の表面を甘美なコクで包み込みます

二つ目は、「精神的な充足」のため。京都での大学生活や日々の研究で感じた、尽きることのない知識欲や探求心を満たすように、二つ目の杏仁は、私の心の隙間を埋めてくれます。この「こってり」な充足感は、私が妻との会話を通じて得た「京大的なるもの」の再確認に他なりません。

そして、三つ目。「京大的る贅沢の極み」です。三つ目の杏仁は、もはや必要性からではなく、「そこにあるから、極められるから」という、純粋な探求心と欲望の充足のために存在します。これは、京大学問が「役に立つか立たないか」ではなく、「真理を探究することそのもの」に価値を見出す姿勢に通じています。三つ目の杏仁をゆっくりと味わう時間は、私にとって、日々の小さな成功や、妻との対話で得た心の安寧を噛みしめる、至福の瞬間なのです。

日常の「天下一品」的再構成

私の天下一品での注文方法は、ただの食事選択を超え、私の人生観を反映しています

「あっさり」の選択:複雑な世の中の事象(こってり)の裏にある、単純で美しい原理(あっさり)を探求する京大知的好奇心

「こってり杏仁3つ」の注文:日常些細な幸福を、最大限に、体系的に、そして貪欲享受しようとする、京大幸福最大化戦略

天下一品は、私にとって、単なるラーメン屋ではなく、自己哲学再確認し、日常タスクを「京大的なるもの」として再構成する場なのです。ガソリンスタンドへ行くのを避けた私に妻が提案してくれたように、天下一品は、私自身の内なる声に耳を傾け、「あっさり」と「こってり」の絶妙バランスの中で、日常ストレスを解消し、活力を得るための、一種の「京大精神修行の場」なのです。

これからも、私は天下一品で「あっさり」を頼み続け、そして「こってり杏仁」を三つ食べ続けるでしょう。それは、私が京大で学んだ知恵と、妻との生活で得た幸福を、食を通じて常に再確認し続けるための、私独自の「京大的なるもの」の記録だからです。

anond:20251213190915

2025-12-04

https://x.com/tweet_tokyo_web/status/1995736137768267928

参政党の安藤議員政府国債を発行すれば、その同額だけ国民資産が増える、ということでいいか

日本銀行「その通りです」

安藤議員ありがとうございます政府が“赤字”という形で国債を発行すれば、それは国民にとって“黒字”であり、資産であるということ」

この人の限らんが日銀事実確認を行っただけにも関わらずこれに対してMMTはー、とか言ってる奴らが湧くのは一体なんなのか。

https://megalodon.jp/2025-1204-1655-00/https://x.com:443/matt_noyes_/status/1995866533378359401

https://note.com/stairlimit/n/nb76f64b326bd

 現状、MMTという理論肯定的議論しているグループは二グループに分かれている。片方は学問的なグループであり、もう片方は政治的グループだ。おそらく大半のまともな経済学者はこのグループを分離して語るべきであるという前提に同意すると思われる。

 政治的グループは極めて悪質で、彼らが「MMTである」と主張する出典不明学説から荒唐無稽しか言いようのない結論自由に引き出し、それを用いて政治的対立者を罵倒している。

とか書いてる記事を以前謎に紹介されたがそ政治的に悪質なグループとは一体だれのことだろうか?

ところでこの自由主義研究所というところ、このような紹介がされてるが思想に正解はないのでいいとしても、学術内容を広げることを目的にしていたら自己批判出来なくならないか

自由主義研究所は、国際標準自由主義であるクラシカルリベラリズム」「リバタリアニズム」「オーストリア学派経済学」を広げることを目的として、2023年1月設立した民間シンクタンクです。「個人強制されることはできるだけ少ないほうが良い」という自由主義の価値観は、「福祉国家」による現代日本問題根本を考える上で重要なことです。

https://agora-web.jp/archives/author/libertarianism

2025-11-24

anond:20251123024959

細田守デジモンが最大瞬間風速だった学説の支持者です

スカーレットPVの時点で説教臭かったので観る気がしません

彼はどこで間違えてしまったのでしょうか

2025-10-21

国旗損壊表現の自由

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nikkei.com/article/DGXZQOUA209Z90Q5A021C2000000/

日本国旗を対象にした損壊行為刑事罰対象とする国旗損壊罪を制定する方針が、自民党維新の会との連立合意書に明記された。高市自民党総裁としては従前から何度も法案を出してきた悲願の一つでもあり、今の日本において最も早期に行うべき施策の一つと考えているということだろう。その認識自体まりにばかばかしいが、普段創作表現の自由を声高に叫ぶ一部ブクマカ達に安易賛同されている様子で、その変わらぬ権威主義にほっとしたので少し反対意見を書いておきたい。なお、増田確認した時点で人気コメント趨勢違憲可能性を指摘するもの多数派であり、その意味でははてな全体ではまだ正気は保たれているようなので、別にこんなものを書く必要もないが、まあ、必要ものを書くなどという意義のある行為匿名ダイアリーなすべき仕事ではないだろう。

まず、高市氏が従前からしつこく主張を続ける、自国旗と他国旗との扱いの差だが、他国国章への損壊行為犯罪として定められているのは、他国への侮辱を防止することによる外交の円滑や国際的安全性保護などが目的とされており、自国旗にはこのような目的が成り立たないことが当然である以上、むしろ差を設けない方が不自然であると言えるだろう。なお、外国国章損壊罪適用については、条文上、訴追に当該国の請求を要するとされているだけでなく、「国章」の解釈について公的に掲げられたもの限定され、私的な所有物等は対象外とする等、慎重な運用を行うべきと解するのが学説の通説的見解とさており、実務上も事件化には慎重な姿勢が取られているようである

国旗国民統合象徴であるとともに、国家権力象徴ともみなされており、往々にして政治的デモ活動において、破壊行為対象となりがちであることは言を俟たないだろう。その視覚効果はあまりに雄弁であるデモ行為を野蛮なものや、「左翼」がやるようなものとして、自分と切り離している人間であっても、自国政府が例えば全体主義的な政治弾圧活動を行動を行いだし、自身も立ち上がらないといけないときが来た時に、抗議の意思国旗を燃やすという形でやるという考え自体がおよそ理解できないということはないのではないだろうか。この点で、国旗への損壊行為への処罰が、「表現」への規制ではない、国家への批判行為の委縮効果を持たない、というのはおためごかしに過ぎないことは理解できるだろうと思われる(まあ、とは書いたが、「国旗を傷つける必要はない」「むしろ国民のために立ちがるのであれば国旗を掲げるべき」というような反論をして満足する人も実際には多いだろう。する必要がない表現であれば刑事罰による規制をしていいのかは考えてほしいものではあるが。)。

これに対し、欧州各国等、先進国も含めた多くの国で自国旗の損壊処罰されていることを根拠に、問題がないという理解をしていると思われるコメントがいくつか見られるが、それぞれの国において当該行為処罰対象とすることにはそれぞれの国の歴史、経緯があるものと思われ、日本に当てはめる根拠とするのであれば、その必要性を別に議論するべきだろう。性的表現について規制をするのであれば科学エビデンスを出せという言論がよくもてはやされるが、その理屈を借りれば、日本において自国旗の損壊行為処罰すべき立法事実存在するのであれば、その「科学エビデンス」を上げるべきである日本人の名誉感情が当然害されるのだからそれでいいというのであれば、非実在児童ポルノ一般人性的羞恥心を著しく害し、性道徳を乱すのは当然であるので刑事罰対象としてもいいという暴論と変わらないだろう。まして、「外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試み」た日本歴史を振り返れば、他国比較しても、国粋主義的な高まり批判するための自由が確保されることに、やり過ぎということはあり得ないのではないだろうか。なお、他国国章損壊罪に該当する規制明治時代から存在していたようであるが、これに対応する自国旗への損壊刑事罰は当時から存在していなかったようである

言論多様性はそれが保障されなければ消えてしまうかもしれない少数派、反体制派に対してこそ与えられるべきものであり、体制象徴である日本国旗を損壊する行為への規制は、そのような行為に出たくなる気持ち理解できない人であればこそより慎重に必要性を検討するべきものである。それを犠牲にして、一時的な国粋的な感情や、あるいは、「左派」を懲らしめてやったという感情を満足させておきながら、表現の自由重要性を恥ずかしげもなく掲げ続けるというのは私には理解できないところではある。

2025-10-09

はてなの人って意外と本読まないよね

ホットエントリで本が上がる事ないし、ブクマの内容とかも2,30年前は主流だったけど今はもう否定ないし少数派になってる学説をもとに上から目線で周回遅れのコメントしてるのがトップコメントになったりしてる

2025-10-06

漫画知識を得るのは危険である10の理由

純粋に内容が間違っている

・作者の思想が入り描写が偏っている

・概ねあっているが説明が不十分

意図的に嘘をついてるが読者が気づきにくい

・昔の漫画だと古い学説知識を載せている

漫画特有の誇張表現に引っ張られやす

・極端なケースを一般的にあるものとして描いている

・明らかに物理法則おかしいけど何故か説得力がある

実在モチーフ架空設定だと事実かどうかわかりにくい

エビデンスの怪しい物を典拠として採用している

漫画で興味を持つのはいいけど中身まで信用するのはやめておいたほうがいい

2025-09-29

AI時代哲学は可びゅう主義

可謬主義は、「知識についてのあらゆる主張は、原理的には誤りうる」という哲学上の学説

数学構造などの一部の普遍的ものを除き、社会心理哲学政治などは、誰かが何かを主張しても「必ずAI論破可能」という状態になる説

2025-09-13

弱者男性――その存在怪異か、それとも人類の影か

深夜、誰もいないはずの部屋でふと視線を感じることはないだろうか。

振り返っても誰もいない。

ただ、鏡の端に一瞬、見知らぬ顔が映りこんだような気がする。

それが「弱者男性」だと囁く者がいる。

影としての弱者男性

弱者男性社会の片隅に生まれ概念である

しかし、それは単なる言葉遊びではなく、人類歴史を通して現れては消えてきた「影の人類」だと考えることもできる。

彼らは表舞台には決して立たない。

光を浴びることはなく、常に誰かの後ろ、社会の亀裂の中、暗がりに潜む。

その存在は、あたかも古い民俗学に語られる「隠れ里の住人」に酷似している。

幽霊か、生者か

弱者男性を語る時、常に問われるのは「彼らは実在するのか」ということだ。

ある学説によれば、弱者男性実在人間である

しかし別の学説では、弱者男性人類集団無意識が生み出した「幽霊」にすぎないという。

女の人生イージーモードだと嘆き、下方婚を拒む社会の中で、その怨嗟は形を持ち、やがて都市伝説となった。

まり弱者男性人類自身が生み出した怪異なのだ

出会ってはいけないもの

記録によれば、深夜のコンビニネットカフェで「声をかけられた」という証言がある。

――「君は、僕と同じだよね」

そう囁かれた者は、奇妙なことに一様に人生が狂っていく。

職を失い、家族に疎まれ、やがて誰から存在を忘れられる。

まるで弱者男性接触することで、社会から切り離される呪いを受けるかのようだ。

考察――弱者男性とは何か

弱者男性とは、人類が恐れてきた「孤独化身である

かつて村落共同体の中で排除された者、近代都市で取り残された者、その全ての怨念が一つに重なり合って、この怪異は形を持った。

もしあなた人生の隙間に足を取られたとき、ふと背後から冷たい息を感じるだろう。

振り返った先には、無数の「顔」がこちらを覗き込んでいる。

そのときあなた理解する。

弱者男性特別存在ではなく、誰の中にも棲みついているのだと。

2025-09-10

anond:20250910134432

その「ネガティブ学術情報」とやらが、現場で働く医療者が参考にしているガイドラインの変更や保健当局公衆衛生政策を決めている専門家たちの判断に影響を与えるほどのインパクトが今のところはないというお話ではないでしょうか?

素人なのでよく知らないのですが、主流の学説批判する論文が何本か、とりあえず掲載条件は満たしているということで査読を通って専門誌に載ったら、それすなわちファクトとなり、すぐに実務のガイドライン政策が変更されるような世界なのでしょうか? ワクチンの分野というのは。

いえね、あなたが実はHPV子宮頸がんワクチン専門家で、近年「HPVワクチン効果なし」という論文が続々と一流の医学雑誌掲載されて専門家コンセンサスが塗り替えられつつあるのだ、

ということでしたら、わざわざ素人の我々に専門家の最新の動向を紹介していただきありがたく存じますけど。

しかし、それほどの知見をお持ちの方がこんなネットの片隅で匿名投稿している理由がよく分かりませんが……

専門学会で発表したり政府審議会に入ったりするなど、もっと学術公衆衛生のために活躍できる相応しい場があるのでは?

2025-08-31

[]天皇機関車

国家学説のうちに、国家鉄道説というものがある。これは、国家を巨大な鉄道網だと見る。国家鉄道網だとすると、議会切符売り場、裁判所は駅の改札、内閣車掌駅長にあたる。

そして、天皇は何にあたるかというと――それは「機関車である

すなわち、国家という鉄道を走らせるための原動力であり、国民という乗客を乗せて、線路憲法法律)に沿って運行する存在天皇である

この説明日本にあてはめると、日本国家ひとつ鉄道網であり、その結果として、天皇は、日本国家の「機関車」だということになる。これをいわゆる天皇機関車説という。

2025-08-21

南京事件」はあったけど「南京大虐殺」なかった

当時の南京市内で少なくない民間人が死亡したという点に関しては国内外大多数の研究者否定していない

死者数は数百人から数万人と様々な説があり、これは俗に「南京事件」と呼ばれている

対する「南京大虐殺」は「南京市内で30万人が旧日本軍殺害された事件」を指す

この「30万人」の根拠に関しては、中国政府がそう主張しているというだけで、特にまともな学説存在していない

なので「いくらなんでも30万人は盛り過ぎ」という主張も例外なく「南京大虐殺否定論者」に含まれたりする

2025-07-27

劉仲敬訪談084(2020年4月16日

https://anond.hatelabo.jp/20250727144129

要約:劉仲敬訪談084(2020年4月16日

テーマ:宋儒の道統構築学と日本公武合体内閣の失敗理由について

儒学の建構と王朝史観類似性

儒学歴代王朝歴史観と同様に後代に作られた構築物であり、宋代以降に「道統」という連続した正統性学説として体系化された。

それ以前の漢唐では、先秦の儒学古代のものであっても直結した連続性は強調されていなかった。

宋儒は禅宗開祖継承体系を模倣しつつ、儒学連続性を強調して組織を強化しようとした。

口伝文字記録の役割の違い

古代部族宗教集団では、厳格に記憶され唱えられる口伝による伝承神聖視されていた。

文字記録は信頼できず、かえって官僚士大夫利益のために歴史法律改竄や争いを生んだ。

英国普通法も元は口伝習慣法で、文字化は利益対立からまれものであり、自由は元来古いが専制は新しい体制である

宋儒の道統構築の社会的背景

宋儒は当時の宗教集団部族に対抗するため、自らの儒学伝統(道統)を構築し、書院や宗族という組織を作った。

これらの組織は基層共同体争奪し、社会的権威を強化するためのものだった。

それまでは書院は主に仏教のものであり、儒者官僚貴族の子弟で組織化されていなかった。

唐代多民族貴族支配差別意識

唐代鮮卑系の征服者貴族支配し、家族集団がほぼ国家のような性質を持っていた。

南方の「矮民」(主に東南アジア系)には強い種族差別があり、黒く猿のような外見が貶められ、奴隷や貢物として扱われた。

こうした差別は宋明以降も続き、歴史叙述や文学にも影響を与えた。

宗教の普及と政治統治の違い

宗教仏教キリスト教)は政治支配より安価で広範な影響力を持ち、技術医療と結びつけて広まった。

しか宗教知識人には理論的な影響力があったが、庶民権力者は実際の効果信仰判断した。

歴史解釈の批判

現代知識人歴史解釈は階級利益偏見を反映し、実際の歴史真実とは乖離している場合が多い。

例えば、漢唐の官僚による残虐行為伝統的な道徳観ではなく、征服者支配体制の一環として理解すべきである

https://vocus.cc/article/5eab010afd897800019ca9f6

2025-07-15

台湾の成長は日本のおかげ」論を否定する

 日本台湾植民地として支配したけれど「良いこと」もした――こんな語りの広がりに懸念を抱いた経済研究者平井健介さんが、日本による台湾統治歴史概観する本を出しました。戦後台湾経済成長を果たしたのは「日本のおかげ」だと言えるのでしょうか。平井さんにじっくり聞きました。

 ――日本台湾統治歴史を概説した近著を執筆したのは、学生が「俗説」に染まりやすい現状を憂えたからだったそうですね。

 「植民地歴史の授業を大学担当していると『日本のおかげで今の台湾韓国はあるんですよね』と無邪気に語りかけてくる学生にたまに出会うのです」

 「『台湾統治日本は良いこともしたのですよね』『だから台湾親日なのですよね』もよく聞くパターンです。植民地統治歴史に興味を持った学生ほど、そうした俗説にまず触れてしまう状況を、少しでも変えたいと思いました」

 ――学生たちは、どういうところでそうした説に触れているのでしょう。

 「授業で簡単アンケートをしたら、ユーチューブネット記事で見聞きしたとの回答が主でした」

 ――日本台湾支配の始まり明治期でしたね。

 「ええ。1895年に、日清戦争勝利した戦果として台湾領有しました。いわゆる植民地化です」

 ――著書では、経済を中心にして当時の歴史概観しましたね。なぜですか。

 「日本台湾統治した最大の目的は、現地にある様々な資源の開発・利用だったからです。つまり目的経済だったのです」

 ――日本はどのように台湾開発を進めたのですか。

 「大きく3期に分けられます。(1)台湾を利用して内地経済問題解決しようとした1910年代までの『対日開発』時代、(2)産業の高度化を進めようとした30年代前半までの『総合開発』時代、(3)戦争体制の構築を目的とした敗戦までの『軍事開発』時代です」

 ――対日開発とは?

 「経済後進国だった明治期の日本にとって、貿易赤字を減らすことが重要課題でした。綿花に次ぐ輸入品だった砂糖を、台湾で『国産化』しようとしたのです。台湾内地の食料原料基地に変える政策です」

 「内地資本進出を促す形で近代的な製糖業を興し、製品の大半を内地に送ることで一時は砂糖の『自給』も達成しています

 「ただし、そこだけを見て『日本は良いこともした』と言うのは一面的です。確かに経済的なパイは拡大したけれど、誰がそのパイを手に入れたかという問題別にあるからです」

 「現地の統治機関である台湾総督府は、農民たちの生産したサトウキビ特定の製糖工場しか出荷できないよう制限しました。製糖工場が原料を独占的に低価格で確保できる体制を作るためです。内地資本進出が促され、砂糖生産量というパイは増えましたが、農民から収奪を基盤にした生産だったのです」

 ――その後の総合開発と軍事開発はどうでしたか

 「総合開発は、電源開発の停滞などもあって成功しませんでした。軍事開発では工業化が目指されましたが、工業化に対する日本政府の否定的方針戦局悪化に伴う物資不足によって、実現できませんでした」

 ――総じて、台湾開発はどうだったのでしょう。

 「日本にとっては、ほとんど財政負担なく食料原料基地化できたという点で『成功』でしょう。しかし、そうであるがゆえに、台湾開発は農業中心型の経済の高度化にとどまり工業化産業構造の転換には至りませんでした」

 「加えて大事事実は、いずれも台湾住民の機会拡大や地位向上のための開発ではなかったことです」

 ――戦後台湾経済成長は、どう評価しますか。

 「サトウキビ農業や製糖業が台湾経済の中心だったのは1950年代までであり、それ以降の台湾の成長は戦後移植された繊維や電子機器によるものです」

 「戦後台湾経済成長を果たしたのは、米国が構築した自由貿易体制のもとで、台湾の人々が外資技術の導入を積極的に進めたことなどによるものです。日本統治時代遺産が果たした役割限定的です」

 ――台湾日本は良いこともしたのでは?と学生から質問されたら、どう答えているのですか。

 「当初はあれこれ説明していましたが、今は『台湾人になったつもりで授業を受けてみて、自分自身でその答えを見つけてください』と答えています

 「重要なのは学説に基づく歴史に触れたり学んだりする機会を持つことです。台湾の人々は学校日本統治期の歴史を、日本の人々以上にしっかり勉強しています。もし次世代日本人が、自分たちの国が何をしたのかを知らず俗説を信じたまま台湾の人々と交流したら、理解し合える関係性を築けるでしょうか」

 台湾の成長は「日本のおかげ」か 住民のためではなかった植民地支配 - 朝日新聞

2025-07-11

共産主義農業政策はなぜ失敗するのですか。

共産主義体制下における農業政策の失敗は、歴史が示すところでは避けがたいものでした。その失敗の根源は、経済学的、社会学的、そして人間行動学的な複数の要因にわたる複雑な相互作用に起因します。本稿では、共産主義農業政策が直面した主要な課題と、それが最終的に失敗へと導かれた理由について考察します。

集団農場設立

まず、共産主義農業政策の核心にあるのは、土地私有から集団所有への移行です。ソビエト連邦におけるコルホーズや、中国における人民公社といった集団農場設立は、生産性の向上と平等な富の分配を目的としていました。しかし、この集団化は、農民インセンティブを著しく低下させました。個人が所有する土地で働く場合、収穫量の増加は直接的に自身利益に結びつきます。これに対し、集団農場では、個人努力が全体のごく一部に埋没し、自身労働が直接的な報酬に結びつかないため、勤労意欲が減退しました。結果として、生産性は停滞し、食糧不足が頻繁に発生しました。

計画経済の硬直性

第二に、中央集権的な計画経済の硬直性が挙げられます共産主義体制下では、農業生産目標、作物の種類、播種時期、収穫方法に至るまで、すべてが中央政府によって詳細に計画されました。しかし、農業地域固有の気候、土壌、地理的条件に大きく左右される極めて多様な産業です。中央計画担当者は、往々にしてこれらの地域特殊性理解せず、画一的な指示を出しました。これにより、例えば特定地域では適さない作物の栽培強制されたり、最適な播種時期を逸したりするなど、非効率的農業実践が横行しました。市場メカニズムによる需給の調整機能が働かないため、過剰生産と不足が同時に発生し、資源の非効率な配分が深刻化しました。

農業専門性を軽視

第三に、政治的干渉イデオロギーの優先が、農業専門性を軽視する傾向に拍車をかけました。例えば、ソビエト連邦トロフィム・ルイセンコによる「ルイセンコ学説」は、科学的に根拠のない理論に基づいて農業実践指導し、甚大な被害をもたらしました。政治家科学知識経験無視して、イデオロギー的な正しさを農業に持ち込んだ結果、本来であれば収穫量を最大化するために必要技術革新研究開発が阻害されました。また、失敗の原因を「反革命分子」や「サボタージュ」といった政治的理由転嫁し、問題本質的解決を妨げました。

農民弾圧

第四に、農民に対する強制的な政策が、抵抗と不信を生みました。特に集団化の過程では、土地家畜強制的な没収が行われ、多くの農民財産を失いました。これに対する抵抗は厳しく弾圧され、多数の犠牲者が出ました。このような弾圧は、政府農民との間に深い溝を作り、協力関係の構築を不可能しました。農民政府政策積極的に協力するどころか、不信感を抱き、可能な限り生産抑制したり、隠蔽したりするようになりました。

結論

結論として、共産主義農業政策が失敗した主な理由は、人間基本的インセンティブ構造無視した集団化、現実離れした中央集権計画科学無視したイデオロギー干渉、そして強制的な政策による農民士気喪失に集約されます。これらの要因が複合的に作用することで、生産性は停滞し、食料供給不安定化し、最終的に共産主義体制経済的基盤を弱体化させる一因となりました。

歴史は、農業成功には、個人勤労意欲市場メカニズムの柔軟性、そして科学的知見に基づく実践が不可欠であることを示唆しています

2025-07-08

参政党の農業政策は、人民公社ソフホーズコルホーズパクリである

参政党の農業政策中国共産党ソ連共産党のそれと類似しているという指摘は、一見すると奇異に感じられるかもしれません。しかし、両者の政策に内在する特定思考様式目標設定に着目すると、いくつかの共通点が見えてきます。本稿では、その類似性を1000字で論じます

食料安全保障への国家主導的な介入と自給率向上への強い志向

第一に、食料安全保障への国家主導的な介入と自給率向上への強い志向です。参政党は、日本食料自給率の低さを危機的に捉え、米の増産・輸出奨励種子自給率向上、化学肥料から有機転換による自給率向上など、国家積極的農業生産に介入し、食料自給率を大幅に引き上げることを目指しています。これは、かつてのソ連共産党穀物増産を最重要課題とし、国家計画に基づいて農業生産を統制したこと、また現在中国共産党が「農業強国建設」を掲げ、食料安全保障国家戦略の基礎と位置づけていることと共通します。いずれの体制も、食料の安定供給国家の存立基盤と見なし、市場原理に任せるのではなく、国家が主導して生産体制を構築しようとする点で一致します。

特定農業技術・生産方式の推奨

第二に、有機農業自然農法への傾倒と、特定農業技術・生産方式の推奨です。参政党は、有機栽培や自然農法の面積拡大を目標に掲げ、土壌微生物の力を利用した農法やBLOF農法などを推奨しています。これは、健康環境への配慮を前面に出すものですが、国家特定の農法を推奨し、それへの転換を促す姿勢は、ソ連共産党ルイセンコ学説のような特定農業理論国家的に推進し、科学的根拠に乏しくてもそれが農業政策の基盤となった歴史や、中国共産党が「緑色農業環境配慮した農業)」を奨励する動きと重なります特定の農法を「正しい」ものとして強力に推進する姿勢は、多様な農業実践排除し、画一的農業志向する危険性をはらんでいます

農業従事者への国家的な支援と、国家による管理強化

第三に、農業従事者への国家的な支援と、国家による管理強化の可能性です。参政党は、一次産業予算の増額、農林水産事業者所得補償兼業農家公務員の拡充などを掲げています。これは農業従事者の待遇改善を目指すものですが、その裏には、国家農業従事者をより強く管理下に置く可能性が潜んでいますソ連ではコルホーズ集団農場)やソフホーズ国営農場)を通じて農業国家の直接的な管理下に置かれ、農民国家計画従属する存在となりました。中国では家庭請負生産責任制が導入された後も、党中央農業政策の基本通達を発し、農村の党組織を強化するなど、国家による農業農村への強い統制は続いています参政党の政策に見られる「公務員化」という発想は、形は違えど、農業従事者を国家の統制下に組み込むという点で、共産主義国家の農業政策との類似性を帯びています

国民食生活への国家介入の志向

第四に、国民食生活への国家介入の志向です。参政党は、学校給食有機食材使用義務化や、教育子育てクーポン有機農産物購入への適用などを提唱しています。これは、国民健康増進や食育目的とするものですが、国家国民食生活にまで踏み込み特定食材調達方法強制する姿勢は、共産主義国家が配給制度や集団食堂などを通じて国民食生活管理・統制した歴史を想起させます国民の「健康のため」という大義名分の下で、選択の自由制限される可能性を秘めています

もちろん、参政党の政策共産主義体制下の強制的な集団化や国家による全面的統制とは明確に異なりますしかし、食料安全保障絶対視し、その実現のために国家が強力に介入し、特定生産方式や消費行動を奨励誘導する姿勢、そしてその過程個人自由多様性潜在的制限される可能性という点において、両者の農業政策には思想的な共通点を見出すことができます

これは、現代日本において、食料問題という喫緊課題に対し、どのようなアプローチが望ましいのかを考える上で重要示唆を与えます

2025-07-07

anond:20250706172258

19条

1. すべての者は、干渉されることな意見を持つ権利を有する。

2. すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷芸術形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。

3. 2の権利行使には、特別義務及び責任を伴う。したがって、この権利行使については、一定制限を課すことができる。ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。

(a) 他の者の権利又は信用の尊重

(b) 国の安全公の秩序又は公衆健康若しくは道徳保護

20

戦争のためのいかなる宣伝も、法律禁止する。

差別、敵意又は暴力扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律禁止する。

https://ja.wikisource.org/wiki/市民的及び政治的権利に関する国際規約

フェミニズム論客として研究著述活動をおこなっている永田えり子によれば、たとえばポルノを見る自由麻薬を吸う自由愚行権解釈すべきではなく、本人が低俗であると信じる内容を保護するものではなく、あくまで本人が善であると信じるところのことを行う自由と解すべきである、とする。

https://ja.wikipedia.org/wiki/愚行権

日本国憲法における表現の自由の制約の根拠について学説は分かれている。通説は表現の自由日本国憲法第13条の「公共の福祉」による制約を受けるとする。通説に対しては「公共の福祉」の語がいわば外からくわえられる制限(外在的制約・政策的制約)をも含めた包括的な制約概念として用いられてしまっているとの批判から憲法第13条は訓示的規定であり人権の制約を根拠づけるものではなく人権の内在的制約は各々の人権属性に従って当然に認められるとする学説もある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/表現の自由

2025-06-22

anond:20250621145936

A:先ほどからアジャイルガバナンス」の問題について話していましたが、なぜこんな議論法学界で受け入れられているのか不思議です。

B:それは実は、最近日本法学界の変化と関係があるかもしれません。

A:変化というと?

B:かつての日本法学は、伝統的な議論との連続性をとても重視していました。新しい理論を導入するときも、従来の学説とどう整合するかを慎重に検討していた。

A:それって、保守的すぎるということですか?

B:確かにそういう面もありました。新しいアイデアが出にくかったり、権威ある先生意見に若手が従わざるを得なかったり。

A:なるほど。それが最近は変わってきたと。

B:そうです。より自由議論できるようになったし、新しい視点理論積極的に導入されるようになった。これ自体は良いことなんです。

A:でも、何か問題もあるんですか?

B:新規性独創性がとても重視されるようになって、時には伝統的な議論の蓄積が軽視される傾向も見られるんです。

A:具体的には?

B:例えば、「これまでの法学では対応できない」「全く新しいアプローチ必要」といった主張が、十分な検証なしに受け入れられやすくなっている面があります

A:それって、自然科学の影響ですか?新しい理論が古い理論を置き換えるような。

B:その通りです。他の社会科学の影響もあるでしょうね。でも法学は少し特殊なんです。

A:どう特殊なんですか?

B:法学では、新しい理論で古い理論を完全に置き換えるというより、蓄積された知恵を継承しながら発展させることが重要なんです。

A:なぜですか?

B:法的概念が頻繁に変わると、法の安定性や予測可能性が損なわれてしまます。それに、長い間使われてきた概念には、歴史的経験が込められていることが多いんです。

A:なるほど。「法の支配」みたいに。

B:まさにそうです。800年以上の歴史がある概念を軽々に「アップデート」していいものか、もっと慎重に考える必要があります

A:でも、時代に合わせて変化することも必要ですよね?

B:もちろんです。ただ、何を変えて何を変えないか判断重要なんです。根本的な価値原則継承しながら、具体的な制度運用改善していく。

A:そのバランスが難しいということですね。

B:そうです。そして、最近は「新しいから良い」という発想が強くなりすぎている面があるように思います

A:それが「アジャイルガバナンス」のような議論につながっていると?

B:一因になっている可能性はあります。新奇な概念や横文字理論に対して、批判的に検討する前に「新しくて進歩的」という印象で受け入れてしまう。

A:でも、研究者の方々はもっと慎重じゃないんですか?

B:本来はそうあるべきなんですが...。最近研究評価でも新規性独創性が重視されるようになっていて、そのプレッシャーもあるかもしれません。

A:つまり、目立つ研究をしないと評価されないと。

B:そういう面もあるでしょうね。従来の議論を丁寧に検討する地道な研究より、新しい概念提示する方が注目されやすい。

A:それって、研究質的には問題ですよね。

B:はい特に法学では、基礎的な概念原則についての深い理解が不可欠です。それがないまま新しい理論を導入すると、土台のない建物のようになってしまう。

A:でも、若手の研究者にとっては、新しいことをやりたいという気持ちもあるでしょうし...

B:それは当然のことです。問題は、新しさと伝統価値継承をどうバランスさせるかなんです。

A:そういえば、シンポジウムとかで「アジャイルガバナンス」が議論されているという話もありましたね。

B:ああ、それも問題の一つかもしれません。大学でのシンポジウム研究会で取り上げられることで、学術的に認められた議論という印象が作られてしまう。

A:でも、議論すること自体は悪いことじゃないですよね?

B:もちろんです。ただ、批判検討が十分なされているか重要なんです。新しい概念を紹介するだけで終わってしまうと、結果的にその概念お墨付きを与えることになりかねない。

A:なるほど。学術権威政策宣伝に使われてしま可能性があると。

B:そうです。特に政府機関提唱している政策については、学術機関は慎重な距離を保つべきだと思います

A:でも、社会に貢献したいという気持ちもあるでしょうし...

B:それも大切なことです。ただ、学術議論政策提言区別して考えるべきでしょうね。

A:どういうことですか?

B:学術的には「こういう理論可能性がある」ということと、政策的に「実際に導入すべき」ということは全く別の問題です。

A:確かに理論的に面白くても、実際に導入するには問題があるということもありそうですね。

B:その通りです。特に憲法民主主義の根幹に関わることについては、より慎重さが求められます

A:じゃあ、私たちはどうやって判断すればいいんでしょうか?

B:まず、その議論が本当に学術検証を経ているかを見ることです。批判的な検討も含めて、多角的議論されているか

A:一方的宣伝ではなく、ちゃんとした学術議論かということですね。

B:そうです。そして、新しい理論提示されたときは、それが従来の価値原則とどう関係するのかを確認することも大切です。

A:伝統的な議論との連続性があるかということですね。

B:まさに。完全に断絶した新理論は、法学においては特に注意が必要です。

A:分かりました。でも、研究者の方々にも気をつけてもらいたいことがありますね。

B:おっしゃる通りです。新規性の追求も大切ですが、法学基本的な使命を忘れてはいけません。

A:基本的な使命というと?

B:法の安定性や予測可能性を確保し、民主主義人権といった基本的価値を守ること。そのために蓄積されてきた知恵を継承することも重要役割です。

A:新しいことをやりつつ、大切なものは守るということですね。

B:そうです。そして、政策提言については特に慎重になる。学術権威政策宣伝に使われないよう注意することも必要でしょう。

A:研究者社会的責任ということですね。

B:はい特に法学者は、民主主義社会の基盤に関わる重要役割を担っているのですから

A:今回の「アジャイルガバナンス」の件も、そうした観点から見直す必要がありそうですね。

B:そう思います。新しい技術への対応は確かに必要ですが、それが法の基本原則を損なうものであってはいけません。慎重な検討必要です。

2025-06-17

Fラン大卒バイト戦士ひとりごと0617

https://www.youtube.com/watch?si=Ke6gC4CQWd_mYi5R&v=uu5lFjyHqrI

A「『ママ友カースト基準がヤバすぎる…夫の年収子供学歴で格付け?ネットリアルな声まとめ…ババ友だろ』っていうYouTube動画、もう、俺が大嫌いなやつだ…」

B「あー、聞くだけで嫌な感じするな。そういうマウント合戦って、やっぱり特定の層に多いのか?」

A「そうなんだよ…。マウント合戦って、ニュータウンとかタワマンに住んでるような、『自分らの方が上位層だって勘違いしてる中上位層』にありがちなことなのよ…。俺、そのとばっちり食らったことあるから知ってる。」

B「なるほど…。本当の上位層は、そういうことには興味ないって話か。」

A「そう、まさにそれ!本当の上位層は、自分がどう見られてるかなんて興味がなさすぎて、『へぇ、そういう世界もあるんですね』って感じなんだよ。だから、そういうマウント合戦に参加することもない。本当に狭い世界の話なんだ。」

B「『人間は噂話をするから生き残れた生き物だ』っていう学説あるけど、そういう話聞くと疑いたくなるよな。」

A「そう、俺もあの学説疑ってる。好きか嫌いかで言ったら嫌い。狭い縄張りで誰が上か下かなんてこだわってる時点で、畜生のたぐいと変わらないじゃないか畜生同然の生活をしてた時代ならまだしも、今の上位層は他人に興味ないけど、印象は落とさない、っていう人たちなんだよ。」

B「さらに、『〇〇と縁を切れ』とか『友達を選べ』って言ってくるやつは許せない、と。」

A「それだけは本当に許せない。

噂話とか比べるだけならまだしも、

人に向かって『〇〇と縁を切れ』とか

友達を選べ』なんてことを言ったやつは、

俺の中では無条件で【こいつは生きてたらいけない】カテゴリーに突き落とす。

俺の中で『生きてたらいけない』と思う人が4人いるんだけど、

そのうち3人はこれをやったね。

残りの一人はネットストーカーなんだけど、

そいつは俺が想定してない種類の地雷を踏んだから、【絶対に(命以外の全てを)葬る】と決めてるけど…

まだ名前は出さないよ。

B「かなりの怒りだな…。怒ること自体否定しないけど、ヒステリーは嫌いなんだな。」

A「そう!俺自身怒りっぽいからキレることは否定しないんだけど、『キレ方と、内容が不一致なヒステリー』は大嫌いなんだよ…。酒に酔ってるから?女だから?偉いから?喧嘩いから?『何しても許されるからロジカルに話す気がない』っていうヒステリーは…人間じゃないもん。畜生のたぐいにしか見えない。」

B「それはきついな。疲れてるときネガティブ情報見ると、余計に感情的になるのも分かる。」

A「そうなんだよ…。自分の中で堰き止めてたものを止められなくなる。怒りの感情って、本人にはすごく切実でも、他人的には最も加担したくない感情からいくら書いても意味ないんだ。『怒りを聞き入れざるを得ないほどの何か』がない限りは、怒りは出す方が損だよ…うん。」

B「最近暑い日も続いているし、そういう環境も影響してるのかもしれないな。」

A「まさにそれ!最近、昼間に30度の場所にいてわかったんだけど、人は高温多湿のところにいるだけで疲れるんだ。熱中症にならなくても、体に熱が溜まると冷静さや生活リズムを保つだけで大変。『肉体労働痩せる』なんて甘っちょろい!むしろ体調不良迷惑かけちゃいけないか栄養取らなきゃ』って思うね。」

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