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日本語で書いてくれないと読めない
結婚に興味がない人間としては、結婚ができない絶望をネットで撒き散らしている人々が、結婚に対してどんな願望や希望、どれだけ大事なことなのかが知りたい。
id:fidajapanissa 本題とはズレるけどプロテスタントでは讃美歌、カトリックでは聖歌っていう。信者さんたちは割と使い分けてるから一般人も知っておいた方がいいかも。
スターつけてるアホもいるから一応指摘しておくが、「讃美歌」は神を讃える歌を意味していて英語でいうところのworship(礼拝とも)の訳語とされる。
ただ、教会によって使われる「讃美歌」と命名された歌集が存在し、プロテスタントが云々というのはそれを指すものと思われる。なぜなら1954年に日本キリスト教団(プロテスタント系)によるものが広く用いられているから。別にカトリックプロテスタント関係ない概念を包含しているので注意。
聖歌についてはほぼ歌集の「聖歌」を指すといって差し支えない。ただこちらは聖歌・総合版、新聖歌など、それぞれ異なる出版社(いずれもプロテスタント系)から出ており判別が難しい。概ね「讃美歌より新たに編纂されている」ことが多く、ことばの表現はより平易で分かりやすいことが多い(とはいえ古い言葉も多くわかりにくいが、讃美歌と比べて相対的に)
カトリックは聖歌という誤解が多いのはそのものずばり「カトリック聖歌集」や「典礼聖歌集」のような歌集が出版されており、そちらによるものと思われる。
つまりはカトリック=聖歌、プロテスタント=讃美歌、という図式は成り立たず、したり顔でそういった主張をすることはおすすめできない
お前が関わるなら粛々と関わるだけだが
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例えば、太平洋において事態が起これば、フォースプロバイダー、練度管理責任者たる軍令部総長が南方軍という部隊を大元帥陛下に提供する。
南方軍司令官は大元帥陛下の指揮命令を受け、フォースプロバイダーである南方空軍司令官、南方陸軍司令官、南方艦隊司令官から提供された隷下部隊をフォースユーザーとして運用する。
ここで注意が必要なのが、南方軍司令官と南方艦隊司令官が同一人物であるからと言って、南方艦隊司令官がフォースユーザーとなるわけではないということ。
例え、その職に就く人物が同一であっても、あくまで南方艦隊司令官はフォースプロバイダーであり、南方軍司令官がフォースユーザーである。
複数の職を兼任する軍人の部下は書類作成時、常にこのことに気を配らねばならない。
例えば、北方軍司令官は北方陸軍司令官とはてな国統監を兼ねている。
はてな国統監ははてな軍、はてな国境警備隊のフォースユーザーである。
しかし、はてな統監は北方軍においてフォースユーザーでもフォースプロバイダーでもない。
あくまで、はてな国の利益、防衛のために北方軍司令官に対して武力行使を要請できるというだけである。
このような指揮命令体系の原則については、士官候補生学校、各士官学校、軍令部大学校で繰り返し扱われる科目であるが、高位の将官のもとで働くスタッフたちほど職務に忙殺されこのことを忘れがちである。
誰でも無理に俺も入ってるんだから苦手ってことになるだろ
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インターネットで注目されたり、その延長線上で小遣いを稼いだりするためのハードルの高さに関して、絵を描く人間のそれは他の技能に比べてずっと低いよな、とずっと感じている。俺は描けない人間なのでやっかみもあるんだとは思う。
でも、一流の研究者が自分の専門分野についてほぼ毎日更新しているブログが1日数百PVとかなのに、デザインの専門学校入りたてみたいなやつが描いたキャラクター絵が簡単に数千、数万閲覧されていたりするのを見るとどうしてもそう思ってしまう。
物語を作る能力があったとしてもマンガと小説ではリーチできる数が全然違うし、ゲームシステムとかの設計ができてプログラミングができても、絵を描けなかったら独力でゲームを作ることはできない。俺の作った世界一面白いはずのゲームは、Unityroomの片隅で誰にも見向きされてない。
生成AIが登場した時、ついにそういう状況が改善された、と思った。文章を書くのが苦手ならAIに書かせ、プログラミングができないならAIにコーディングさせ、絵を描くのが苦手ならAIに生成させればいい時代が来た、と思っていた。
もちろん、絵を描く人が見たら、自分がAIの書く文章やコードに感じるのと同じ物足りなさを感じるんだろうけど、少なくとも誰でも一人で「成立する」程度のものは作れるようになるんだ、と。
みんな得意な部分のクオリティだけで勝負できるようになるんだ、と。
ところが、絵を描く人間たちは、「AIで生成した絵」が倫理的にダメなものだという風潮を作り、それを使った作品を忌避したりゾーニングし始めた。
インターネット上の文章やコードを無断学習したAIにメールを手直したり、ちょっとした便利ツールを作らせたりは当たり前にしているのに。
俺が魂を込めて書いたフェチ小説は、表紙にCanvaの生成イラストを使ったせいで、DLSiteの「AI使用作品」カテゴリの中で埋もれている。
だったら描く練習をすればいい。あるいは、描ける人間にお金を払って頼めばいい。
もちろんそんなことは分かっている。ただ、たまたま絵を描くことが楽しいと思えるように生まれたというだけで、そうでないものに楽しみを見出す人間よりもずっと良い場所からスタートを切れるというのは、こちら側からすればどうしても不公平に感じてしまう。
俺はfanboxの収入で毎月新しいガジェットを買えてるインターネット絵描きが絵にかけたのと同じくらいには、より良い文章やコードを書いたり設計する努力をしてきたと思うんだ。
短期記憶ありゃ過去の発言との整合性に気をつけれるからそんな指摘の隙与えないないのに
って話だろ読解力
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いうてこうやって返信してまた日記に戻ったら何かしらに反応ついてるからそれへの反応をすぐに書いてのローテーションを何時間もしてたら短期記憶バグるだろ
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ある家に、ひとつの布があった。
その布は子を包むために織られていたが、
父と母は布を引き合い、
父は言った。
「裂けた方では暖められぬ。
母は言った。
「裂けた方を子に触れさせぬ。
冷えを知れば子は泣くだろうから」
子は二人の言葉を知らぬまま、
裂け目の隙間から吹き込む風に
肩をすぼめていた。
村の古老は言った。
「布を裂いたのはどちらかではない。
裂け目を縫おうとせぬことこそ、
子の体を凍らせるのだ」
だが父も母も互いを責め合い、
糸は机の上から転がり落ちた。
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