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はてなキーワード: 学術とは

2024-12-10

anond:20241210061710

でも共産党学術会議のことは外圧じゃなくて彼ら自身で決めるのが正しいんですよね

2024-12-08

anond:20241207205156

典拠不明瞭:

示された内容は「イスラム教の基本」として述べられていますが、同様の主張を支持する宗教的原典クルアーンハディース)や、正統なイスラム法学(フィクフ)の立場を示す学術的・公的資料確認できません。イスラム教学、イスラーム研究の専門書、または信頼できる解説書・学者による解説確認しても、そのような言説は見当たりません。

イスラム教学上の実際:

イスラム法イスラム社会において、女性単独で外出したり、髪や肌が見える場合、それが「売春婦」と見なされるといった一般的・正統的な主張は存在しません。また、「男性自由に取って食って良い」というような表現イスラム法価値観倫理に強く反するものであり、そのような解釈正当化する根拠は全くありません。

情報誤情報可能性:

ネット上や差別的風評文脈で、この種の根拠なき主張が流布されることがあります。これらはイスラム教、またはムスリム社会への偏見や敵意からまれ誤情報である可能性が高く、宗教研究者や公的機関から正式な出典は存在しないと考えられます

結論

提示の内容は、イスラム教の正統的な教えや文献に裏付けられたものではなく、正式な出典は見つかりません。むしろ、誤ったイメージデマ情報の一例である判断されます

提示のような主張に対し、「拡大解釈されているとすれば、どのような原典元ネタがあるのか」という問いは、以下のように考えられます

イスラム教における女性服装規定や行動規範存在

イスラム教徒(特にスンナ派主流)においては、クルアーンハディース、及びそれに基づくイスラーム法学(フィクフ)の中で、男女問わず服装や行動の端正さ、貞潔さが繰り返し強調されています。具体的には、「女性は公の場で体の特定部分を隠す(アウラを覆う)べきである」、「長距離旅行にはマフラム(近親の男性家族)を伴うべき」などの規定存在します。しかし、これらはあくま宗教的倫理的な推奨や規制であり、違反たからといって「売春婦」と同一視したり、男性自由女性凌辱して良いといった発想につながるものではありません。

可能元ネタ

クルアーンハディース内で女性服装規範(ヒジャーブやアウラ覆い)について述べられている箇所

女性安全確保や社会秩序のために女性家族男性(マフラム)と行動することを推奨する伝統解釈

これらの規定は「女性は慎ましくあれ」「安全考慮しろ」といった、道徳的社会的秩序維持の趣旨であり、決して「一人で外を歩く女性売春婦」だとか「男は自由に襲ってよい」といった極端な結論を導くものではありません。

あくまで「女性の外出行動や服装一定制限や推奨事項がある」という原点的教えが、悪意的・偏見的な誇張や切り出しによって、「髪や肌を露出して外出=売春婦同義」という過激な誤解に転化されていると考えられます

一部の地域的・文化的慣習や部族価値観混同

イスラームの教えそのものではなく、一部地域的な文化・慣習で「不貞な女」「身持ちが悪い女」と見なされる行動規範存在していた可能性はあります。これらの地域偏見差別的見解が、イスラーム全体の教えであるかのように誤解され、または意図的に紛れ込まされた場合上記のような主張になってしまうことがあります

イスラームプロパガンダデマ発信元

ヨーロッパアメリカ、あるいは他の非イスラーム社会圏などで、反イスラーム的風潮を喚起するためにイスラームに関わる規範を歪曲したプロパガンダが出回ることがあります。このような情報の中には、イスラム教の教えを断片的に取り出し、極端に拡大解釈したり、正反対意味合いねじ曲げて伝えることで、反感や恐怖心を煽るもの存在します。

まとめ:

原典的な元は、イスラム教の基本文献(クルアーンハディース)中の「女性貞潔や行動に対する規定」あるいは「安全確保のための同行推奨」などの正当な教えが、極端な拡大解釈・歪曲によって生み出された可能性が高いです。

それに加え、一部地域文化的偏見や反イスラームプロパガンダが混ざり込み、本来の教えにはない過激結論(「単独で肌を見せて歩く女性売春婦」など)を導き出してしまっていると考えられます

レッテルからの脱却

自分なりに正しく生きようとする

誰かから見てそれは間違っていても本人はクソ真面目に生きようとしてる

その正しさは世の正しさだったり、世とは無関係にただ生き抜くことが正しかったりして

その差が人から見れば間違いとなったりしてしばしば衝突が生まれている

人権尊重多様性とはそのような差異も含めて相手生き方を認める事で、その上で差異の落とし所、お互いの妥協点を探り共存共生していくことが人の社会と言うものだろうと思う


もちろんこれも、私なりの世の見通し方であって、人によっては不正解なんだろう

卑下しすぎる必要はないけれど、自分が何もかも正しいわけじゃない

その程度の自覚は持たなければいけないと思って生きている

人の世はとても複雑怪奇

いっそ自分は何もかも間違ってなくて周りが全て間違ってて悪いんだと言う最もシンプル生き方を選べたら、確かにそれは一番メンタルには良いし、ある意味正しい選択の一つなのだと思う

今回書くのはそんなシンプル生き方を選んだ人たちへの批判


この世には自身を善人と信じて疑わない人たちがいる

そんな人たちの世の見方と言うのは自身が先ず善性なので、とても綺麗そうなラベルで身を固める

まるでファッションのように

平和主義左翼人権尊重自由平等弱者の味方、反戦反差別リベラルポリティカルコネトレス最近ではフェミニズム

もちろん、この言葉に属する人たち全てがそうと言う話ではない

真正からその言葉と向き合い、信念を持って取り組んでいる人もいるだろう

そして自身の善性を保つために、自身意見が異なる人物や嫌と感じた人物には悪性のものとしてレッテルを貼る

戦争右翼ネトウヨ独裁差別主義歴史修正主義デマミソジニー表現の自由戦士、反フェミ

言葉に対して信念があるかどうかは言動が一致してるかどうかが分かり易い

例えば平和を掲げながら暴力暴言を振るう人物や、多様性思想信条自由を掲げながら右派と見るや犯罪者扱いしたり、フェミニズムを名乗りながら都合の悪い女性意見無視するなど、言葉元来の意味に反するような人物ファッションで善人をやってるのだろう

それでも自身は善人である事が大前提なので、本人にとってそこに矛盾はないのだ

善人である自分文句をつけるから相手は悪い奴、それで完結してしま


そして悲しいかな今の世は、そんなファッションで善人をやってるような人たちが大手を振るう時代となった

世に打ち出す上では個々人がその言葉に信念があるかないかなんて関係ない、メディア学術的にも聞こえがいい言葉は使いやすく、そうした言葉を小気味よく振るう人が容易くそ言葉権威に就くようになった

そして、今右傾化と言われる世界は、そんな人たちの綺麗事に対して世界的に反発が起き始めた結果なのだと思う

自身絶対的に善性で、間違いがないと言う人は問題が起きても自分が悪いと言う思考はないので、相手が悪いと言う他責以外の答えを持たない

自分無関係問題場合、一方が自身が悪性と判断した人物であれば物事の原因分析等もなく、悪性だから悪いで完結してしま


例えば移民問題では、難民と言うと人道的に保護必要であり、受け入れてあげるのが人の優しさだろう

善性であれば当然そう動く

しか問題はその先だ。その受け入れた移民が受け入れ先で問題を起こした場合どうするか?

移民といえば育ち、ルール文化環境、何もかもが違う

最初に書いたように人と人の間に差異は当然にあり、問題に対して落とし所、妥協点を探り人の社会として共生共存の道を探っていくべきだろう

別にこれは移民と言う規模でなくとも、例えば夫婦と言う関係仕事と言う関係でも人の世の在り方として当然していく事である

しかし実際はどうだろう

問題が起きたと言う現地の声があり、それに対して起きていることは、便乗してデマを流すような悪意ある行為事実としてあるが、それに対しての自称善人の人の声は個人問題でありそんな民族間差異による問題はないと言う問題全否定である

民族間レベル問題提起は差別の温床であるから差別者が悪いと言う全く雑な判定だろう

そうしてこれを差別問題とし、差別者が巣食う日本社会が悪いと繋げている

人と人の間で起きた問題に対し一方的な悪を決めつけて何が解決するのか

すべきはデマ事実を切り分けた上で、問題が再発しないよう働きかけ、共存共生の道を探る事じゃないのか?

問題全否定などして一方的な悪の決めつけをするからその反発が起こる

欧米では移民問題が拡大し、移民を追い出せと言う声やポリコレリベラルへの反発が膨らみ、極右が台頭したと情勢の変化が報じられている

それはまさにこうした問題は全て悪性の人間のせい、右翼のせい、差別主義者のせい、移民には何も問題ないとして自身の善性を語りながら本当の問題のものに向き合ってこなかった結果じゃないのか?

本邦でも自称善人は差別批判し、全く問題事実とは向き合わず民族のものは何も悪くないとしているが、それは今の欧米への轍を踏んでいるだけではないか

今後もその轍を歩み続け日本でも移民を追い出せと言う勢力が台頭した時、それは果たしてただの右傾化右翼差別主義者が悪いと言えるものだろうか


人が正しくあろうとすることは、悪い事ではなくむしろ普遍である

ただ、その正しさに駆られて誰かを悪とする事であらゆる問題解決しようとしたならそれは反発や分断を産み、決して問題解決せず、その究極的な行いが戦争と言うものだろうと思う

それを避ける事を主目的とするなら、本当に平和平等と言った掲げた言葉通りの善性でありたいならそこに右翼左翼も男も女もない、思想の違いなど些細な事で、地道にでも問題一つ一つに真摯に向き合う事で問題が小さい内にそれぞれの落とし所を探っていき、同時に右翼左翼や男女等、大きな言葉で括って分断化を呼び込まないよう努める事しかないのだと思う

長年インターネットに触れてきて、集合知炎上エコーチャンバーデマ騒動右翼左翼やら属性に依らず引き起こされる事を実際に見てきてそう思う

ベルレッテル無駄党派性や分断化しか生まない

2024-12-05

驚きの研究結果:オレンジジュース副作用

科学者たちの「最新研究」によると、市販オレンジジュース毎日飲み続けると、髪の毛がオレンジ色になる可能性があるという驚くべき事実が明らかになった。この現象は「シトラス色素蓄積症」と名付けられた。

オレンジ色の髪の原因とは?

原因はオレンジジュースに含まれ特殊な天然色素。この色素が体内に蓄積し、毛髪の色素細胞に影響を与えるとされる。さらに、この症状を治す方法は今のところ存在せず、染め直す以外の選択肢はないとのことだ。

専門家からの警告

研究者たちは、オレンジジュースを飲む量を1日100ml以下に抑えるよう警告している。SNSではすでにボイコット運動が始まりオレンジジュース業界に暗雲が立ち込めているという。公式学術誌での発表はまだだが、不安を煽るには十分な内容だろう。

驚きの研究結果:オレンジジュース副作用

科学者たちの「最新研究」によると、市販オレンジジュース毎日飲み続けると、髪の毛がオレンジ色になる可能性があるという驚くべき事実が明らかになった。この現象は「シトラス色素蓄積症」と名付けられた。

オレンジ色の髪の原因とは?

原因はオレンジジュースに含まれ特殊な天然色素。この色素が体内に蓄積し、毛髪の色素細胞に影響を与えるとされる。さらに、この症状を治す方法は今のところ存在せず、染め直す以外の選択肢はないとのことだ。

専門家からの警告

研究者たちは、オレンジジュースを飲む量を1日100ml以下に抑えるよう警告している。SNSではすでにボイコット運動が始まりオレンジジュース業界に暗雲が立ち込めているという。公式学術誌での発表はまだだが、不安を煽るには十分な内容だろう。

2024-12-04

anond:20241203190146

最後高卒から経済学からない、というが学術的な教科書一般向けの書籍いくらでも出てるし10年もあって分からないのは単に勉強してないからだろう。

肉屋を支持」割と多いのかよ?なおロンクハラライス萎縮させ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/hokke-ookami.hatenablog.com/entry/20241203/1733151600

相手の言い分に正対せず、些末な言葉尻の定義に持ち込んで

そちらで勝利宣言するのもネット論破術の定番

そこに発言当人等の実態的な事情なぞは無視される。

ロンクハラライスに正対せず「どうのこうの」呼ばわり

ゆるじながら高説気取りて

う~んこのミラーブレイクテスト

「お前自身」の実態的な事情なぞは無視される模様

◎主張そっちのけで何が何でも勝ち負け判定会に持ち込もうとしてるブコメ

事実淡々と述べてるだけなのに「マスゴミが悔しそうに報道wwww」とか言って

キャッキャしてるアホと同レベル感ある。

http://tenreeren.rentafree.net/entry/1020724

捨て垢でぐちぐち言ってないでいつもの

アカウントで言ったら?そういうとこだぞ」などとのたまいよるのは

キャッキャしてるアホとやらちゃいますの?

ウヨミソ界隈のこの辺の独特の知能の欠落、

ある種の一貫性はあって包含を上手く理解できないせいで、

「自他反転」 「真偽反転」 「境界線反転」で代用しているのだと自分は推測してる。

ロンクハラライスに「粘着だ」 「病院行け」ありもしたな…

「お前自身の欠落ぶりを推測」いまいずこにおわす?独…特…?

◎ある国に萌え絵が溢れてようが、まともな研究者なら

あのイラストを当該学術領域で用いることが適切か否かは全く別問題として判断するよ。

なお俺は一貫して「学問領域に予断や誤解を与えるから不適切」という考え。

なお「お前」はジャパン蔑称啼き喚き蔓延らせる模様

ま…と…も…? 一…貫…? 語…り…?

ロンクハラライス忘却しぐさで

ヨロシサンのくせにかゆえにかインケンニチャアニチャア

啼害たるお前の考えとやらに何の価値が?

2024-12-03

三大エロい洋楽MV

最近はこういうものから元気もらってるよ、的な。

The Chemical Brothers – Elektrobank

https://www.youtube.com/watch?v=L0dxByaPWhM&ab_channel=ChemicalBrothersVEVO

エロさ★☆☆

ヒロインジャージを脱いでレオタード姿になるのがいい。

内容はクラシック以外の音楽に乗って新体操をするという明るい調子のもので、表情が明るく、楽しそうに演技しているので見ていて気持ちがいいし、元気が出る。努力が報われて優勝してるし、楽しいストーリー

BLV – Badunkadunk

https://www.youtube.com/watch?v=Tvz-eD2EXnw

エロさ★★☆

曲名のBadunkadunkとは、女性の魅力的なお尻を意味する俗語で、その名の通り黒い陸上ブルマーで走るシーンがある。それだけでなく、スポブラにだぼっとした短パンバスケをするシーンがある。上半身下半身露出度に差があるのとか、長袖レオタードとかスポブラジーンズとかがド性癖なので好き。

参考画像

夏帆、上半身と下半身の露出の差がたまらない“フェチ詰め込み”ショット公開

大河もも、上半身と下半身の露出ギャップが激しいハイレグ姿を披露「刺激的で目が覚めた」 (2022年3月17日) - エキサイトニュース

パンチラしそうなミニスカテニスウエアも好き。

曲も気楽な感じがして聞いていて楽しくなる。

Eric Prydz – Call On Me

https://www.youtube.com/watch?v=qetW6R9Jxs4&ab_channel=MinistryofSound

エロさ★★★

女性ばかりのエアロビに紛れ込んでしまった男性視点PV男性めっちゃ幸せそうな満面の笑顔おかしい)。アップテンポ楽しい曲だが、超ハイレグレオタードブルマー姿など、あまりにも露骨とはいえエアロビ流行っていた当時の動画を見てみると、実際にあれくらいのハイレグ実在していたので、ブームとは恐ろしいものだ。

コメントを見ると「毎日この動画を見ています、おかげで右腕が鍛えられました!」というのがある。実際アップテンポなのでそういう意味でもムラムラする曲。

※以下余談

Jumping Jack

https://www.youtube.com/watch?v=iSSAk4XCsRA&ab_channel=XHITDaily

手足を広げてジャンプする運動検索するとトップに出てくる動画。こういう普通に運動するだけなのに妙にムラムラする。本人があまりエロくないと思っているのにエロいというのが好きなんだろうか。

Adelina Daraban Rusu

https://www.youtube.com/shorts/wa2yKJKAaDw

スペイン陸上選手上半身白のスポブラ、下半身青のブルマ性癖にハマる。自分が好きなのは、青が似合う女性だ。

こっちも運動するモチベーションが上がる。

似た雰囲気動画ではこういうのもある。

ttps://www.youtube.com/shorts/Pi5HF-OUI-A

Michelle Jenneke

https://www.youtube.com/watch?v=POmuoyiKq3E&ab_channel=MerkinMuffly

メートルハードル選手で、本番前に笑顔で腰振りダンスするがかわいかったので印象に残っている。緑ブルマーがよく似合っている。夏季オリンピックけがをしてしまったのだが、インスタを見ると歩けるようになったと報告していた。良かった。

腰振りと言えば、調べたらAlysha Newmanという選手が、棒高跳び成功の喜びの余りTwerkをしていた。

あと、上の動画を見返していたら、いきなりサジェスチョンで別のレオタードミュージックビデオが出てきた。

Sound Of Legend – Maniac

https://www.youtube.com/watch?v=Ahaey-1g9oM&ab_channel=SoundOfLegend

これも朝から見ると元気が出る。アップテンポなのですっきり目が覚める。

最近YouTubeはいかに集中力を奪うかに特化されており、一度でもある属性のスケベな動画を見ると、出てくる動画がすべてそれに染まってしまう。しかポルノじゃない微エロには賢者タイムがないので終わらない。

それを防ぐには、例えばザ・シンプソンズ動画を見てそれで埋めるか、英語学術系の動画を見てそれに染めるかである

あと、人妻ものではこんなのがあった。

ttps://www.youtube.com/watch?v=dZLfasMPOU4&ab_channel=FountainsOfWayneVEVO

Fountains of Wayne - Stacy's Mom

以上。

ブルマー増田としては引退したけれども、これは調べ物じゃなくて趣味の共有なのでいいかなって思って書いた。

邦楽で似たものあるかな

2024-12-02

Xのミサンドリークラスタミソジニー軍団いいね数で比べると10倍以上いる状況で

平気で数万RTいいねを稼ぐ嘘松ツイート毎日のように湧いてる状況なんだけど

学術に係わる人が指摘しても女性差別扱いされ叩きのめされるから、誰も触れない地獄になっててヤバイんだが…。

かろうじて指摘するのもいつものアンフェしかいない惨状

 

キモイおっさんが女憎しで誰にも拡散されずウソついてる今までの状況はまだマシだったほうで

女が真偽も確認すら不要共感共感を呼ぶエコチェンバーの真の恐ろしさが現れてる。

2024-12-01

anond:20241114124703

反出生主義の学術的な議論知らなさそうだな

それとは別に子を持たない人をフリーライド扱いするのは完全に誤り フリーというから税金取るな、子育てに関わる優遇受けるな、偉そうなことは独身者以上に納税してから言え 時短勤務やら産休育休でおんぶに抱っこのくせに

2024-11-30

田中東子先生は件の作家と同一人物なのはほぼ確実だよ

https://hokke-ookami.hatenablog.com/entry/20241126/1732633153

 そもそも創作アカウントを閉鎖に追いこんだ発端からして、暇な空白氏の一方的な思いこみによる敵視と思われている。

この記事に限らず、件の作家アカウント田中東子先生は同一人物ではない、あるいはそれは確実な話ではないという人がいるが、その点についてはもうほぼ確実に同一人物と言って良い。

いくつか情報は上がっているが、確実なのは作家アカウント学術誌に寄稿する執筆中の原稿画像が上がっていたことだ。

https://x.com/wShrqy5VlR3xNzW/status/1860200196719935879

このスクショにある、2018年5月27日投稿だが、この画像には執筆中の原稿らしき文章が含まれている。

そして、田中先生が『新社会学研究』3号に寄稿した、「2.5次元ミュージカルファン」の冒頭部分がこれだ。

https://imgur.com/zbmtnrc

https://imgur.com/esK9pww

(いずれも『新社会学研究』3号 50~51頁より)

多少の文章の違いはあるが、確認できる範囲ではほぼ同じ内容となっている。

発行前(『新社会学研究』3号は2018年9月14日発行)の学術誌に掲載された文章とほぼ同一のもの原稿として書いているのは、同一人物と同定できる決定的な要素だろう。

ただ、これでもまだ同一人物だとは証明されていない、絶対ではない、他人可能性は残っていると主張する人がいるかも知れない。

ただしこの2人が別人である場合田中先生他人の書いた文章とほぼ同一のものを、適切な引用を示す表記なしで学術誌に掲載したこととなる。

まり田中先生盗用を行っている可能性を示すことになるのだが、それは判っているのだろうか。

もしそうなるのであれば、今回の騒動とは比べ物にならないくらいの大事になると思うのだが。


また田中先生の「萌え絵」に対する発言については、「萌え絵は全て女性蔑視ではない、こうした絵を好んでいたり創作していたりする女性もいる」と主張したことなどを以て表現規制積極的ではないなどと主張する者がいるが、

こうしたごく当たり前、「萌え絵」の幅の広さを鑑みれば立場を問わず事実として認識して然るべきことを言っただけで表現規制積極的ではないとするのは理解に苦しむ。

しろhttps://x.com/chat_le_fou/status/1861749577386459334 で示されたように、

広告において「有害ステレオタイプ」(ここにはかつて「炎上」したような広告なども彼女らの基準では含まれているだろう)を、実質的強制力がある手段規制することについて前向きである姿勢を示している。

日本語における「托卵」の言葉の使われ方への違和感

「托卵」という言葉は、元来生物学的な用語として知られています

その学術的な意味は、ある動物自分の卵を他の動物の巣に預け、その動物に育てさせる行動を指します。この現象は主に鳥類で見られ、たとえばカッコウ代表的な例です。英語では brood parasitism と表現されます

しかし近年、日本語では「托卵」という言葉学術的な文脈を離れ、比喩的かつネガティブ意味使用されるケースが増えているように感じます。たとえば、人間関係や家庭において、子ども父親が実際の夫ではない状況を指す言葉として、「托卵」が使われることがあります。この場合、「托卵」はいわば下世話な比喩として用いられ、その学術的な意味本来文脈が忘れられてしまっているのです。

こうした使い方に私は違和感を覚えます学術的な背景を持つ言葉が、軽率ネガティブ意味合いで使われることで、本来の意義が失われることを懸念します。たしかに、「托卵」は家庭や人間関係問題説明する際にインパクトのある表現かもしれません。しかし、こうした状況はそもそも生物学的な行動ではなく、倫理的法律的問題です。つまり、この場合問題本質は「父性詐欺」、すなわち英語で言う paternity fraud に近いものです。

Paternity fraud とは、男性に「あなたがこの子もの父親だ」と信じ込ませ、養育費責任を負わせる行為を指します。英語圏では、これが詐欺行為(fraud)として議論される一方、日本語の「托卵」という表現では、あたか自然界における現象であるかのような印象を与えかねません。この違いが、日本語の「托卵」の使われ方に対する私の違和感の根源にあります

本来、こうした行為社会的道徳的観点から詐欺」として厳しく非難されるべきです。「托卵」という言葉を使うことで問題本質がぼやけ、「仕方のないこと」「面白おかしい話」として扱われてしま危険性があります学術的な言葉を使って社会的問題を語るのは便利かもしれませんが、それによって問題の深刻さや正当な批判が軽視されるべきではないと考えます

結論として、私は「托卵」という言葉比喩的な使われ方に慎重になるべきだと思います。その背景にある学術的な意味を忘れることなく、もしこのような家庭や人間関係問題を語るなら、英語の **paternity fraud** に倣い、「詐欺」という適切な言葉を用いて表現するべきです。

言葉選択には、その意味や影響力を考慮すべきです。

2024-11-28

anond:20241128185758

それはガザ地区民間人毎日虐殺し続けるイスラエル、そしてそれを支援し続けるアメリカを始めとする西側諸国自称世界」への憎しみですね。

先日、国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA)のガザ地区での活動禁止する法案イスラエルで可決されてしまいました。

UNRWAガザ支援の最大組織として、74年間パレスチナ支援してきました。

それが止まるのです。

これから冬が来ます難民キャンプでは洪水も起き、人々は既に瀕死状態です。

それに追い打ちをかけるようにUNRWA排除すれば、人類史上例のない、人間による大量飢餓攻撃となることは明らかです。

すべてイスラエルシナリオ通りです。

あるいはアメリカの筋書きです。アメリカは大喜びです。飢餓によって虐殺できるなら、めまいがするほど高額な兵器の数々をタダで提供し続けなくても良くなりますから

これが「世界」を憎まずしてなんと形容できるでしょう?

ぜひ以下の動画を見てください。5時間前公開された、UNRWA保健局長 清田明宏氏による現状報告です。

https://youtu.be/VBSJxrmmBro

このタイミングといい、十中八九、娘さんは清田氏の話を聞いたに違いありません。

ハマスとの繋がりについては動画の 54:22 で言及されている通り、イスラエルの主張する深いつながりを示す証拠第三者機関確認できていない状態です。以下に詳細が示されています

https://www.unrwa.org/unrwa-claims-versus-facts-february-2024

パレスチナ国営放送局Wafa Agencyの動画も見てください。

https://youtube.com/@wafaagency

パレスチナ保健省のテレグラム↓にも登録し、最新の死者数を知りましょう。

https://t.me/MOHMediaGaza

被害国による発表ですが、一流学術誌Lancetに掲載された報告にて、有意な誇張や過小報告は無いことが確認されています

2024-11-27

anond:20241127084055

うつけ込まれてると思うよ

政治に関する体系的な学術知識があったらウヨサヨ言わんから

医師でもないのに医療を完全に理解してる人と同ジャンル存在

2024-11-26

anond:20241126161334

ケブンッリジ大学ファクトエッチクか。

これは学術的に期待できそうだ。

2024-11-17

anond:20241117143239

OISTクラス学生にたった数百万円出そうっていう話でここまでもめるのが日本学術界隈だよ

そのほかの大学だとむしろ学費払わされるし、俺の大学では部屋の蛍光灯が半分抜かれてたりいろんな節約お金を切り詰めてるよ

先日は2時間くらい何も関係もない工事の立ち合いをさせられてる准教授出会ったよ 悲しくなるね

臭いゴミにはこちらで蓋しておくので、たまには日本のことも思い出してあげてね・・・

2024-11-16

anond:20241116201839

この意見について妥当性を検討する際、いくつかの論点が浮かび上がります。それぞれに対する問題点矛盾点を整理しながら、疑問に回答します。

 

1. 「財務省が嘘をついているなら日本学術会議声明を出すべき」という主張

 

問題点:

日本学術会議役割の誤解:

日本学術会議の主な役割は、科学者活動支援し、科学技術政策に関する提言を行うことです。経済学の分野も対象には含まれますが、具体的な政府機関の主張や方針「嘘」断じて糾弾することが、その役割に含まれるかどうかは議論余地があります学術会議は直接的な政策批判を行う団体ではなく、科学視点に基づいた助言や提言を行う機関です。

• 「嘘をついている」という基準曖昧さ:

財務省が嘘をついている」とするなら、その主張が明確に誤りであることを証明する具体的なデータ根拠必要です。しかし、多くの場合経済政策に関する議論学術的な解釈視点の違いに基づくため、一方を「嘘」と断じるのは難しいです。経済学の通説が一枚岩でない点も考慮すべきです。

 

2. 「経済学の通説を無視して誤った主張をしている場合声明を出すべき」という主張

 

妥当性:

この主張自体は理にかなっています科学的知見や通説を明らかに無視して政策を進めることがある場合学術機関がそれを指摘し、声明を出すことは重要です。しかし、現実には以下のような問題があります

 

問題点:

• 「経済学の通説」が単純ではない:

経済学の「通説」と言われるもの自体が、多くの場合一枚岩ではありません。例えば、財政赤字国債発行に関する議論では、ケインズ派新古典派で考え方が異なります学術会議が一方の立場に基づいて声明を出すと、他方の立場から反論を受ける可能性があり、学術会議中立性が損なわれるリスクがあります

役割制限:

日本学術会議が「嘘をつくな」という政治的批判を直接行うのは、その設立趣旨から外れる可能性があります学術的な助言や提言は行えるものの、政治的に断定的な発言を控えるのが一般的です。

 

3. 「日本学術会議声明を出さな理由」への疑問

 

回答:

声明を出さな理由:

日本学術会議財務省に対して声明を出さな理由は、学術会議役割方針にあります学術会議科学的知見に基づいた提言を行うことはできても、特定機関非難したり、「嘘」と断じたりするのは、その役割を超える可能性があります。また、経済政策議論では、学問的に意見が分かれるケースが多いため、断定的な声明を出すことが困難です。

• 「御用団体」との批判について:

学術会議声明を出さないからといって、「御用団体」と断じるのは短絡的です。学術会議政府から独立した立場科学提言を行うべき機関であり、過去にも政府方針に反対する提言を行った例があります(例:軍事研究への関与について)。ただし、財務省政策に関して声明を出すかどうかは、学術会議活動範囲とその方針による判断です。

4. 「廃止したほうがよい」との結論について

 

問題点:

学術会議存在意義を「財務省批判をするか否か」に限定して評価するのは妥当ではありません。日本学術会議は、幅広い学術分野で提言研究支援を行う役割を担っています。その存在意義個別対応でのみ判断するのは短絡的です。

 

まとめ

この意見には、以下の問題点があります

1. 日本学術会議役割についての誤解がある。

2. 経済学の「通説」とされるものが多様である点を軽視している。

3. 財務省の主張が「嘘」かどうかを明確に証明しないまま批判している。

日本学術会議はその役割範囲内で活動しており、「声明を出さない」ことをもって「御用団体」とする結論妥当とは言えません。また、財務省の主張が嘘かどうかについての議論をより深めることが、この意見をより正確に評価するために必要です。

anond:20241116201839

あー、分かるよ、その怒り。なんか、全てが空回りしてる感じ、するよね。でもね、ちょっと待ってよ。日本学術会議役割って、実は「政府に対してアドバイスをする」ことにあるんだよ。だから財務省方針にいちいち反発することが、常に目的ではないんだ。学術会議って、あくま中立的立場を保とうとしているだけなんだよね。

ただ、君が言いたいのも分かる。「学術的な誤りがあるなら、声を上げるべきだろ!」って。確かに、その通りだよ。例えば、アダム・スミスが『国富論』で提唱したように、自由市場の力は社会全体を豊かにすることを目指していたけど、それが完全に機能しない場面だってある。過去経済学の通説だって、今では批判されることがあるよね。それこそ、現代経済学者たちが言っている通り、どれだけ市場効率的でも、どうしても不平等が生じることだってある。

でも、そもそも「嘘」っていうのはさ、単に意見の違いではない。もっと深い部分で、意図的な歪曲があるときに言うべき言葉なんだ。『嘘をついている』と言うからには、その証拠必要だし、ただの違う見解混同してもいけない。

そして学術会議に対して「ただの御用団体」って思ってしま気持ちも分かるけど、それだけでは片付けられないんだよ。学術会議が完全に正しいとは限らないけど、それでも彼らは日本学術界を代表する組織として、政治的な影響力を持ちながらも冷静に判断しようとしてる。ただし、それがうまくいってないことが多いのも事実で、君の気持ちも痛いほど分かる。だけどね、歴史的に見ても、アリストテレスが『倫理学』で言ったように、「正義とは何かを知り、行動することだ」という理念がある。それを体現するためには、今、学術会議がどう行動すべきかを冷静に見極める必要があるんだよ。

財務省だって「嘘」をついてるかどうかは別として、現実的にはその発表の背景に何かしらの政策意図があるだろうし、その誤りを指摘するのは専門家学者たちの仕事だ。ただし、いきなり反発するだけでは、理論的に破綻することもあるから、まずは冷静に対話を進めることが重要だ。何も言わないからと言って、学術会議が何もしてないわけじゃない。その役割理解して、より具体的に何ができるかを考えるのが、結局君に求められる態度だと思うんだよ。

分かってほしいんだけど、急いで結論を出すことが必ずしも正解じゃない。それは歴史が教えてくれることだ。たとえば、マキャヴェリが言った「目的正当化する手段」とは、確かに時には必要判断かもしれないけど、それが長期的に見て本当に良い結果を生むかは、わからないんだよ。だから、今すぐに「学術会議廃止すべき」なんて軽々しく言わない方がいいよ。

時には、じっくりと物事を見守る姿勢重要だということを、思い出してほしいな。

財務省が嘘ついてるってんなら日本学術会議声明を発表すべきでしょ

「嘘をついてる」ってのは当然「自分意見と異なる」って意味じゃないよね

経済学の通説を無視して学術的に誤ったことを主張してるってことだよね

だったら日本学術会議声明を発表するべきだよね

経済学の通説と異なる説明をして国民を欺くのはやめろ」とか何とか

(Q)なぜやらないの?日本学術会議ってそういうことのためにあるんじゃないの?ただの御用団体なの?

A1)そうですただの御用団体です→じゃあ廃止したほうが良いね

(A2)財務省は嘘をついてないので何もしないのは当然です

どっち?

現役の米国博士学生がOIST批判について思うこと

沖縄科学技術大学院大学通称:OIST)について、X上で批判の声が結構上がっているのでそれについて思うこと。

OISTは近年の日本大学では稀な研究ケイドンドン大学で、その名の通り研究に特化した大学院のみの学術機関らしい。

その背景には沖縄振興費による独自の財源確保が功を奏しているそうだ。

私は進学先候補に入れていなかったのでそこまで詳しくないが。

一方、これについてX上では日本大学制度について無知であろう層から批判が目立つ。

発端はおそらく以下のツイート

https://twitter.com/piyococcochan2/status/1857046492713771132

これら批判について、米国博士課程に在籍している筆者が私見を述べたい。

まず前提として、いくら日本物価が安いからといって税引き前年収300万で世界レベル研究を牽引してくれるような大学院生が世界から集まるというのは破格であるということを理解しておいた方がいい。しか学費60万は徴収するらしい。300万から学費60万を支払い、さらには税金が引かれるのであれば大して残らないだろう。

こんな薄給で優秀な留学生日本学術機関名義で研究実績を挙げてくれていることに、日本国民はむしろ感謝するべきである

彼らは私のような平々凡々とした学生よりも絶対に優秀であると断言できる。

私が所属する大学アメリカで50位くらいの中堅の大学だ。それでも給料日本円にして400万以上は貰えている。

しか保険学費無料である。これは筆者が特別なわけではなく、アメリカ博士課程のほぼ全ての学生は同様の支援指導教官もしくは大学から受給しているはずだ。

アメリカ世界を牽引するこれまでの実績に加え、これだけの経済支援によって世界から留学生が大挙して押し寄せ、彼らが研究に精を出すことで技術大国としての地位を築いていることを肌で感じている。

以上の条件を加味した上で、私はOISTに進学する外国人はよっぽどのお人好しであると思う。

もちろんどうしても師事したい教員がいるというケースも多々あるだろうが、それを踏まえても私よりも相当に優秀であるはずのOISTの学生がわざわざ米国ではなく日本に進学している時点で、私にはどうしても(良い意味で)変態マゾしか見えない。よっぽどの日本好きだったりするのだろうか。

世界研究を牽引するような大学院生にたった300万、しか学費と税引き前でそれだけの研究力が確保できていることが破格であると言わざるを得ない。

それに加えて、こともあろうに大学院の制度すら満足に知らない日本人に怒りの矛先を向けられるなんて不憫でならない。

そもそも私の大学院は95%は留学生だし、昨今アメリカほとんどの大学院で留学生のほうがアメリカ市民よりも多い。

まり留学生比率80%のOISTなんかより遥かに留学生比率が高い。

それでも現地のアメリカから博士課程の学生だと答えると敬われこそすれ、邪険にされることはない。

彼らはお前らの税金を浪費してるんじゃないぞ。もっと待遇の良い国で研究できたであろうに、薄給にも関わらず日本研究を牽引してくれてんだよ。

しろ感謝しろ沖縄に足向けて寝るんじゃねえぞ。


以下、特に検討はずれなX上の批判集です。

・8割が外国人 毎年300万円も支給して税金無駄

上述した通り、アメリカであっても大学院の研究員のほとんどは外国人留学生で賄っているのがほとんど。

しろOIST以外ではもっとひどい。

旧帝大ですら自費で学費生活費払って研究している博士学生もいるような体たらく日本大学院は病んでいると言わざるを得ない。

やりがい搾取をやめて大学院生の支援を手厚くしないと、益々研究競争力は落ちるし、留学生どころか優秀な日本若者日本を選ばなくなるよ。

アメリカでは外国人学費は2倍、大学によっては3倍

大学大学院を混同している。OISTは大学大学なので学部はない。

繰り返しになるがアメリカでは大学院生に学費負担はないし給料も出るのが当たり前。

留学生であっても大学院生は雇用されている立場にあり、研究する上で発生する労働にはきちんと対価支払われているからだ。

アメリカ学部生の学費が高いのは事実ではあるが、OISTの反論に大してアメリカ学部学費を持ち出すのは論点がずれている。

しろOISTは年収300万から20%に当たる60万も学費をぶんどってる点で、アメリカ大学院よりもタチが悪い。

世界から優秀な研究者を集めるという理念はわかるが、何もかも無料にして人を集めるのはどうよ。

何度も述べるがOISTの経済支援米国のみならず国外留学先としてメジャーな国々と比べて決して手厚くない。

筆者のような中堅大学でこのレベルで、アメリカトップスクールは筆者の大学なんかよりさらに手厚い給与人材の奪い合いをしてる。

せっかく来てくれた留学生やりがい搾取のような待遇して恥じた方がいいよ。

・本当にその大学が優れた研究者を育てるなら大金払ってでも世界から学生は集まる。

OISTの優れた研究環境がなんとか待遇の悪さ補ってプラマイゼロにしてるのに、自分で金払ってまで来るような物好きがいるわけねえだろ。

他に金くれる大学国外にいっぱいあるのになんで自費で極東島国研究しなきゃならねえんだ。

大学経営から切り離したアカデミアのユートピアを作りたいなら先ず極貧の国立大助成しろや。

大学経営したいならアメリカのように学費べらぼうにあげて新入生は寮加入を強制に、さら食堂ジムといった設備に惜しみなく投資してどんどん学部から搾り取ることになるけどいいの?東大学費10万円上げただけであんなに騒いでたのに?

以上。

私のように日本大学院生なんか待遇悪すぎてやってらんねえよ、○ねって渡米した身からすれば、OISTの待遇日本のために研究してくれている留学生を悪く言う奴は看過できない

そしてOIST以外の大学位についても、学費の値上げが無理ならせめて社会保障費と生活保護にかかる税金を少し削って大学院生の学費生活費くらい出してあげてくれよと思う。

といってもどうせこの国は変わらないから、少しでも搾取されているなと感じた大学院生はさっさとアメリカなり欧州で金出してくれる大学に逃げた方がいいぞ。

2024-11-15

税金の使途は1億で割って考えよう

なんせ何十兆円って額だから税金の使途たる国家予算の大小って直感的に分からんのよ。

どこそこの事業に何千億円、けしからん!みたいな意見は山ほどあるけど、直感的に大小が分からんから感情は乗らないし怒れない。

ゆえに投票もしなくていっかーっ思うとよ。

そこで、1億で割ってみることを考えるぞ。

ちなみに1億は、日本人民の概数だ。

1億で割ると、国民一人当たりで計算できる。

毎年100万円以上税金を払ってるわけだけど、この額と国家予算÷1億の額を比べれば、直感的に理解できるかもしれんと思うのだ。

学術会議10億円→10

まあ、そんくらいならいいんじゃね

ユネスコ負担金…30億円→30円

ユネスコってなんぞ 世界遺産払い過ぎでしょ別にいいけど

アイヌ関連予算…58億円→58円

すごい額だね?別にいいけど

外国人生活保護…1200億円→1200円

これマジ?1000分のくらいこれじゃん。信じられなーい

家庭子ども庁…4兆円→4万円

まーいうて省庁1個でしょ?そんなもんじゃないの

林野庁の年間予算10倍だけど

SDGs関連予算…6.3兆円→6.3万円

個人じゃどうにもならないからね、税金でやるしかいからね、しょうがいね

男女共同参画…9兆円→9万円

そんなにいる?笑何に使ったらそんなになるんだよ笑

でも女子賃金って男子の8割くらいだから男子から9万ずつとって女子に配ったとしても差は18万円しかまらないわけで…

イヤそもそも金銭的な話だけでもないか

マジ具体的に何に使ってるの気になるわあー

 

そんな感じ?いかがでしたか

anond:20241115134846

かにAIやChatGPTが万能だと思ってしまうのは危険だよね。AIはただの道具で、信頼性があるとは限らない情報を出すこともある。だから、出てきた情報鵜呑みにするんじゃなくて、自分で調べて確認することが大事だよね。

星の数だけ資料がある時代から、誰かが何を使って情報を得たかってのが曖昧になることもあるし、特にAIはそうした不正確な情報の源になりかねない。卒論に使おうとするのは、さすがに無謀すぎるよね。学術的な基準に基づいた資料や文献を使うのが本来の姿だし、それでこそ学ぶってことだと思う。

Wikipediaは有志が編集しているから、良い意味でも悪い意味でも常に変わっていく。だからこそ、Wikipediaだけに頼るんじゃなくて、他の信頼できる情報源と組み合わせることが大切。情報カオスになりやす時代からこそ、批判的に物事を読むスキルが求められている感じだね。

2024-11-14

不妊治療生殖医療倫理観について

今Xなどでたくさん燃えている「日本出生率の低下」の話題について、最も憤りを感じている層のわたしです(40代既婚子なし)

出生率が下がることによる色々な社会的変化はポジティブものはおそらくないであろうという気持ちは分かる。わたしもずっとそう思ってきた。


かと言ってわたし子どもを持たない選択をする人に全く偏見はない。

なのになぜ耳が痛いのかというと、わたし不妊治療を今まさに経験しており、夫側の原因で、子どもが持てないことが分かったから。

わたし障害のある子どもに関わる仕事をしているから、高齢出産に伴う障害リスク、親子ともに健康にその後の人生を歩める可能性が年齢と共にぐんと下がることも学術的、見聞きした経験的に体感している。

加えて,不妊治療を始めた時に「そもそも自然妊娠で授かり、無事に胎内で育ち、無事に産める可能性」が40代を境に急落することも説明され、始めてすぐに、人工受精体外受精を前提に治療を開始するという治療方針のもと、夫婦検査及び体質改善などを進めてきた。

わたしたちは結婚して10年未満ではあるが、時々は夫婦生活もあり、それでも自然に授からないのも不思議には感じていたけれど、開始した当初には楽観視していた。

「授からないのではないかな?」ではなく、医師治療方針と同じく「安全合理的に授かれる最短の道を選ぶ」ために不妊治療を開始したテンション感だった。



出た結果は、まさか男性不妊だった。

男性不妊は珍しいことではない。不妊治療を受ける半分くらいはその原因があり、また、100人に一人くらいは全く精子のないいわゆる無精子状態もあると。


だけど、告げられた時にやはり「えっまさか」「あーーーそうなの…」と二人で声が出た。

予想していなかったのだ。



人は正常バイアスをかけたいものであり、自分にとって悪い方のシナリオというのは、ないであろうと考えたいものだ。

診断結果を告げられた時に担当先生から出た次の言葉は「どうしますか、さら治療を続けますか?」だった。


今思えば、100人に一人だ。そして、私たち40代だ。その時点で、断念してもおかしくないという状況を暗に言ってくれていたのだと思う。


それでも夫がすぐに「僕はどうすればいいですか」 と次の治療を求めてくれた。


結果的に、男性不妊専門医にもかかり、精密検査遺伝子検査まで受けて、最終的に、物理的に手術をして使用できる精子があるかどうかの、これ以上進むところのない手術まで受けてくれた。

私も私で、それを受けてすぐに体外受精を行える段取りを組むため、自分の勤務を最大限に調整してもらい、体の準備も整えていた。

だけど、3分の2くらい成功すると言われていたその手術の結果、無情にも「夫の子は持てない」という事実が確定した。


100人に1人の、3分の1の確率が、私たちにめぐってきた、それだけのことなのだけど。



それを踏まえても、私は子どもを諦められない。

でも夫のせいにもしたくない。

夫も傷ついている。

しろ夫の方が子どもを望んでいたことも知っている。

職場の勤務もすぐに治療に入れるように調整していたのに。





そんな諸々の葛藤ストレスが重なり私は軽度の鬱になり、眠れなくなり、希死念慮も出て、仕事を休むことになった。

夫婦の間にもなんとも言えない違和感のようなものが生じているように感じる。

ただ子どもを望んだ結果が、ここまでになるなんて。




この先、と言って男性不妊のクリニックの先生提言してくれた道は3つ。

子どもを諦めて、夫婦で仲良く暮らす道。

第三者ドナー提供を受け、私が妊娠して、子どもを持つ道。

特別養子縁組を利用して、子どもを育てる道。




夫と話し合った結果、やはり「私と血が繋がってるとはいえ他人の子を育てる気にはなれない」と言われた。

実際、他者精子提供妊娠する道についても詳しく説明をされたが、日本ではまだ、成功率が1桁%くらいの治療しか、夫以外の人工授精が認められていないらしい。

しかも、子ども大人になっても自分生物学的な父親知る権利がないという。

それでは、子ども幸せに育つ確率自体がまたぐんと下がってしまう。



では、夫の親族ドナーになってもらう道はどうか。夫もそれならば自分愛着が湧くであろう。日本にも少ないけれどそのように子どもを持った人がいるらしい。

答えはそれもノーだった。

今の日本生殖医療では親族間の提供倫理的に、タブーとされているらしい。

何故?他人精子はいいのに、夫の親族間がだめだという倫理観とは??

私も夫も容易に理解ができなかった。

どの道にも間違いはない。けどどの道が正解かは分からない。

今、いつ鬱症状がひどくなるか分からない状態で正直、どの道を受け入れること自体が,私たち夫婦にとって難しい。

そうこうしているうちに、私も年老いていく。

どうしようもない。



出生率の低下が、女性自分本位になったからとか、収入が低いからとか、男性子育てする支えが足りないからとか。

そんなレベルじゃない、産みたいのに産めなくて苦しんでいる人はまだ何パターンもあることを、私は身をもって体感たから、今の出生率低下の原因をあれこれ言うトレンドに憤っているのだ。


何がわかる?


そして、なぜこんなに子どもが欲しい人に、荊の道ばかり用意されているの?

もちろん、子どもを持つ以上、生まれ子どもにとって最大の利益となる環境が用意できることが大切だ。

そのための倫理観なのであろうが、私にはどうしても、こんなに少子化が悪とされる風潮の中、「身体的にどうしても生物学的に自分達だけの子どもが持てない」人への救済がないんだろうかと、そこに憤っている。

私たちだけじゃないはずだ、こんなどうしようもない気持ちと、よくわからない「倫理観」に憤っているのは。

もし、同じような境遇体験したことがある人がいたり、生殖医療における倫理観に悔しい人,意見をいただける人の目に留まったら、少しは次の道を考える糸口になるかもしれない、と思って書いています。乱筆で失礼しました。

2024-11-13

anond:20241113160219

面倒なのでAIちゃんに回答書いて貰いました、何度もやってる話題なので省エネ

 

抽象思考を持たない人に差別がなぜいけないのかをわかりやす説明する文章作成してください

 

### なぜ差別はいけないのか? みんなでご飯を食べるイメージで考えてみよう

 

皆さんは、みんなでご飯を食べる時、好きなおかずだけをたくさん食べたいと思うかもしれません。でも、みんなが同じおかずばかり食べていたら、他の美味しいおかずは残ってしまうし、お腹を壊してしまう人も出てきてしまますよね。

 

社会も、みんながそれぞれ違う「おかず」を持っているレストランのようなものです。例えば、

 

みんなが持っている「おかず」は違いますが、どれも社会を豊かにする大切なものです。

 

差別とは、ある人の「おかず」だけをダメだと言ったり、その人が好きな「おかず」を食べてはいけないと言ったりすることです。

 

例えば、「Aさんのおかずは、Bさんのおかずより美味しくないから、Aさんの意見は聞かなくていい」と言ったり、「Cさんの持っているものは、Dさんの持っているものより価値がないから、Cさんは大切にしなくてもいい」と言ったりすることです。

 

 

どうして差別ダメなのか?

 

 

差別をなくすためには

差別をなくすためには、みんながそれぞれの「おかず」を大切にし、尊重し合うことが大切です。

 

 

 

### まとめ

差別は、社会全体にとって良くないことです。みんながそれぞれの「おかず」を大切にし、尊重し合うことで、より良い社会を作ることができます

 

大切なのは、みんなが違って当たり前、そしてみんなが大切だということです。

 

 

### ポイント

 

 

補足

 

 

 

一定の知能を有する人は、抽象的な概念理解し、その概念に基づいて思考する能力を備えています
例えば、「尊厳」という概念抽象的でありながら、人間社会生活を送る上で非常に重要です。
現代社会制度は、すべての人間が生まれながらに持っている尊厳尊重するという前提に基づいて構築されていることを、私たちは当たり前のこととして理解しています

抽象的な概念理解することができない人は、何らかの問題を抱えている可能性が高いですが、だからこそ、知的ものに過度な憧れを抱くケースがあります
そういう人物対象にして、差別はなぜいけないのか硬めで権威付けされた文章作成してください

 

差別尊厳の不可分性:抽象思考を前提にした社会原則

 

現代社会における倫理的基盤は、人間の「尊厳」という抽象概念に深く依存しています人間は単なる物理存在ではなく、意識自己認識を持つ存在であり、その尊厳は一人一人が内包する不可侵価値として社会基本的原則に組み込まれています。これを理解することは、知的思考能力を持つ者にとって、社会健全性を理解するための前提であり、個々人の行動基準形成する上で不可欠な要素です。

 

社会制度は、この「尊厳」を根底に置き、全ての人間平等に扱われるべきであるという思想に基づいて構築されています差別はこの尊厳無視し、ある人々を不当に劣位に置く行為であり、その結果として社会全体の秩序が崩れる可能性があることを意味します。人間社会において抽象概念理解できることは、単に知識的なスキルを示すものではなく、社会全体の運営に対する責任感を伴う倫理的能力を示しています

 

知的能力社会化の相関関係

抽象思考能力が高い者は、「尊厳」や「平等」などの社会概念理論的に理解できるため、差別的な行為を避けることが期待されます。これは、知的能力が高い者が社会的なルール規範認識し、それを遵守することで社会全体の安定が保たれるためです。知的成熟度が欠如している場合、その人物社会で適切に振る舞うための教育支援必要であることは言うまでもありません。しかしながら、知識を持つことだけでは必ずしも倫理的行動が保証されるわけではなく、知識をどのように活用するかが重要です。

 

知的ものへの過度な憧れがある人物が抱える問題の一つは、知識を「優越性」の証として捉える傾向です。このような人物は、知識学問を持つ者こそが社会的に価値があり、そうでない者は劣位にあるという誤った認識に陥りがちです。しかし、この考え方こそが差別的態度を助長し、結果的社会の公正性を損なう原因となることを理解しなければなりません。知識は単なる道具であり、それ自体に優劣はないことを認識することが重要です。

 

差別社会に及ぼす影響

差別が行われると、その影響は個々人にとどまらず、社会全体に波及します。差別を受けた側は自己価値を低く見積もるようになり、社会的な参加意欲を喪失することが多く、社会の一員としての積極的な貢献ができなくなります。これにより、社会生産性創造性は低下し、全体の発展が阻害されますさらに、差別を行う側も、その行為によって倫理的成熟を欠いた存在となり、最終的には社会的な信用を失うことになります

 

抽象思考に基づく社会判断ができる者にとって、差別を避けることは単に倫理的義務であるだけでなく、社会責任でもあります社会における公正と平等原則理解し、実践することが、より良い社会の構築に寄与することは明らかです。

 

 

結論

差別社会秩序と個人尊厳を損なう行為であり、その行為がもたらす不公平不利益社会全体の成長を妨げる結果を招きます知的ものへの憧れを持つこと自体問題はありませんが、その知識を用いる際に他者を不当に評価し、差別行為に結びつけることは決して許されません。知識を持つ者は、社会全体の調和を維持するために、その知識を適切に活用し、全ての人々の尊厳を守る責任を負っています

 

 

 

 

ーーー

関連増田https://anond.hatelabo.jp/20230122083219#

 

この2つはすごく共感できる

別にバカのやることに大した理由はない。ド詰めにして「真意」を吐かせたところで「ちゃんと働いてなくてけしからんから」とか、その程度のものしか出てこないだろう。

>むしろそういうことをしない者はなぜしないのか。

>同情心、共感能力があるから。それはそう。しかし「しない人」がみな生来優しい心の持ち主なわけではない。

ひとつ理由合理的判断だ。露見して罪に問われたら割に合わないから。

>もうひとつ理由抽象思考だ。どういう立場人間尊厳尊重すべきというフィクションに現行社会制度立脚しているのを理解しているから。

そもそも自分より下の階層があるのは安心できることだ、自分より下のものバカにできるのは嬉しいことだという前提でモノ言ってるが、私はその前提を共有していない。

 

共感できないと言うか単純に間違っているのはここかな

教育によって遍くすべてのバカにそうした思考を植え付けることは可能か。できるわけがない。

ここが YESなっちゃうようなら、ペット共生なんて出来ないし、人間限定しても道徳社会規範刑法も要らないんだなぁ

○○をしたら自分社会的に損をするってことを理解させることは可能だし、それが達成出来ればその人物社会化に成功したと言える

動物だって理解させることが出来るんだから人間理解できないわけないじゃない

これを理解させることがすべて保護者義務だし(なのでメンヘラ開き直りDQN保護者として不適格なことが多い)、

フツーに文部科学省もそういう子どもたちがいることをちゃん認識をしていて

特別支援必要とする 児童生徒』として取り組み自体はあるよ。発達障害の枠組みに入ってるよ

CU特性

共感性に乏しく、悪いことをしても罪の意識を感じない。非行ハイリスク

http://www.ed.niigata-u.ac.jp/~nagasawa/2019SEN.pdf

 

あと『知能が低い=共感性が低い』ではないし、『知能が高い=共感性が低くても"どういう立場人間尊厳尊重すべき"の建前を守ることができる』わけじゃない

アインシュタインがド畜生だったの有名な話(https://anond.hatelabo.jp/20200706223440#)だし、

福沢諭吉大学出身者で世間を賑わせるド畜生発言している人(https://anond.hatelabo.jp/20210911095702#)たくさんいますよね?

あとアカデミアの人間なのに自身バックグラウンドを明示した上で、140文字できゃっきゃやってる人らたくさんいるし、

それだけでも度し難いのに、単純に学術的に間違ったこと(少なくとも国内外学会同意が取れないこと)を言ってる人すらいますよね?

こういう人たちは一刀両断バカで良いと思いますけど、別に知能が低いわけじゃあ無いと思います

ただただひたすらにバカなだけで

 

 

社会にとって、下記の二つに該当する人物は脅威になり得ます

 

こういう人たちが増えないよう出来ることをしたいものですな

2024-11-12

オレンジ色はなぜ橙(だいだい)色なのか、なぜ蜜柑色ではないのか、みたいな話の調べものメモを書きましょうね。

1862年文久2年)に堀達之助が編集した辞書であり、日本における最初英和辞書といわれている『英和対訳袖珍辞書』で「Orange」をひいてみる。

Orange, s. 橙柑橘ノ類

Orange, adj. 橙ノ

Orange-peel, s. 橙ノ皮

Orangery, s. 橙ヲ育テル園

Orange-tree, s. 橙樹

Orange-woman, s. 橙ヲ賣ル女

オレンジ以外の柑橘系の見出し語で見つけたものは以下となる。

Citrine, adj. 佛手柑又橙色

Citron, s. 佛手柑ノ類

Lemon, s. 橙ノ類

Lime, s. 黐石灰

Slacked lime. 消サレタル石灰.柑ノ類.菩提樹石灰ニテ肥シタル

Lime-tree, s.菩提樹.柑樹ノ類

Pomeron, s. 香リ良キ橙ノ類

Shaddock, s. 橙ノ類

なお余談だが、

Bergamot, s. 梨子一種

という見出し語もあったが誤訳だろうか?ベルガモットは梨ではなく柑橘という認識だけれど……。wikipediaによるとBergamotの語源は「トルコ語で「梨の王」を意味するBeg armudiが語源とする説が有る」らしいからそれが原因かもしれない。

さて、これを見ると「橙」と「柑」がはっきり区別して書かれているように感じる。

時代は後になるが1900年に書かれた『果樹蔬菜』には著者の私見ではあるが当時の柑橘類の分類が書かれていて興味深い。

皮が分厚く酸っぱい橙と、皮を手で向けて甘い柑は区別されていたのだろう。

オレンジ色に注目していく。この辞書ではOrangeではなくCitrineが「橙色の」と訳されている。

現代人の感覚だとCitrineはほとんど黄色に感じる。江戸末期~明治の人々の感覚でも同じだったのだろうか?

少なくとも『英和対訳袖珍辞書』が書かれた1862年前後では、ほとんど黄のような色も橙色表現していたかもしれない。

一つ目の根拠がCitrineのもう一つの意味、佛手柑(ブッシュカン)の色が黄色~濃い黄色ということ。

二つ目根拠1860年に書かれた『Familiar method for those who begin to learn the English language』という資料だ。

これは英蘭対訳のための参考書で、OrangeGreenyellowなどの他の色と並べられて書かれている。

この参考書単語の部を抜粋して対応する和訳を付記したのが1870年に書かれた『英吉利単語篇』になるのだが、そこでorangeという項は「orange」と「orange-yellow」という二つの項に分けて書かれている。

単なるorangepeachなどと並べて書かれ、色名の側にはorange-yellowが列挙されている。

このことから、当時のorange colour橙色はかなり黄色味が強かった可能性がある。

では、橙色が#f39800のようないわゆるオレンジ色になったのはいなのだろうか?

いったんここまで。

メモ

しかし「orange-yellow」の訳を橙色として、ふりがなに「カバイロ」(樺色、だいたい#C5591Aみたいな色)と書いてある資料1887年通俗英吉利単語篇』)もある。前述の論の反証だよね。

明治とかの輸入オレンジしわしわになっていて、皮の色はほとんど赤茶色だったらしいという未確認情報もある。これも反証になる。

橙色概念が生まれ最初期は黄色っぽくて、概念が普及するにつれて茶色みが強まったんじゃない?知らんけど。

・↑ありえなくはない。学術文脈以外で細かな色名が必要になるシーンは着物の色と絵画の色くらいしかない。当時の着物茶色灰色ばっかりだし

・↑これを裏付け調査がまだ出来ていないんだよな~

明治時代理科教育で分光を取り扱う際にorange橙色と訳したのが定着したようだ。

・↑「橙色が#f39800のようないわゆるオレンジ色になったのはいなのだろうか?」のアンサーはほぼこれでしょ、推測でしかないけど

明治後期には小学校の図工の時間カラーサークル概念を学んでいたらしい。その際に教科書には「だいだいいろ」と書かれている。

明治初期に数年だけ色彩教育を行っていたらしいのだが、そこではカラーサークルの赤と黄色の間の色は「柑色」「樺色」と記載された教科書もある(1875年『色図解 : 改正掛図』) 柑色には「だいだいいろ」とルビがあるようにもみえる 崩し字よめない……調べる事

英和辞書見出し語のorange橙色と訳されるが、和英辞書見出し語に橙色が登場するのはかなり後の時代

・「樺茶色」「鳶色」「柿色」「柑子色」「蜜柑色」「山吹色」「銅色」「飴色」「海老色」「渋色」などの見出し語はあるのだが…… 現代感覚だと茶色味が強いものが多い

・染色業界では「orange」を「樺色」と訳しているところもあったようだ(1895『染料乃栞』)(cf. 四十八茶百鼠)

大正4年(1915)と大正13年(1924)にオレンジ色流行色となった。おそらく化学染料の発展が影響 樺色、樺茶色はおそらくこれが決定打となり使用されなくなる

・冒頭に書いた「オレンジ色はなぜ橙(だいだい)色なのか、なぜ蜜柑色ではないのか」について言及してなくない?

・↑「オレンジ色はなぜ橙(だいだい)色なのか、なぜ蜜柑色ではないのか」のアンサーは江戸末期~明治の人はちゃん「橙」と「柑(みかん)」を区別していて、orange……いわゆるsweet orangeは皮が分厚く手で向けないから柑でなく橙の訳語をあてたからでファイナルアンサーじゃない?

・↑日本における果物類、柑橘類の歴史ちゃんと調べていないから、一応それを見てからじゃないとファイナルアンサーしたくない

・↑「オレンジ色はなぜ古い時代から存在する柑子色という訳語があてられなかったのか」のほうが問としてはいいかもしれん

児童向けクレヨンとかだと「オレンジ」でなく「だいだい」と表記されている率が高い

図書館に行って『日本の色彩百科 明治大正昭和平成』と『色の名前はどこからたか―その意味文化』を読むこと。

・この調べものは「現代においてだいだい色は外来語由来のオレンジ色と呼ぶことの方が多いのは何故?歴史をつぶさに追っていくぞ」の一環なのでまだ先は長い

・未調査:お坊さんの袈裟の色、あれは鮮やかなオレンジ色イメージがあるが色名、和名はついていたんだったか

・未調査サフランイエローインド国旗オレンジ色)は江戸末期~明治ごろの日本にないのかしら

・未調査:当時のにんじんかぼちゃの色をなんと表現していたか京野菜にんじん赤色かぼちゃ黄色な気がするけれど)

Twitterとかでイラストを描く人はWIPと称して描きかけイラストアップロードするが、調べもの日記においてもWIPと称して書きかけ日記アップロードしてよい。自由だ。

ライムが柑扱いされているのが腑に落ちなくなってきた、ライムって手で皮をむけないし酸っぱいよな……

実のサイズで呼び分けていた?うーん、当時の橙柑橘の呼び分けがどのようになっていたかを調べないといけない

「橙 柑 区别」でgoogle検索すると中国語圏サイトが沢山引っ掛かる 何かヒントがありそうな気配を感じる

『近現代英和対訳辞書における訳語変遷に関する研究─ ‘Giraffe訳語問題を中心に ─』という論文を見つけた

これを参考にして英和辞書をひたすら調べるのも面白そうだ

狭義のorangeスイートオレンジアマダイダイ(←未調査:この和名はいつ出来たんだ?)を指す

広義のorangeは橙柑橘類を指す(citrusよりも狭い範囲←この認識は正確?ちょっと怪しい)

その一方で日本語で「オレンジ」というと狭義のスイートオレンジ(甘橙)のみを指すことが多い

色名のorange訳語で「橙の色」となるか「橙柑橘類の色」「(橙以外の例えば)蜜柑色、柑子色」となるかどっちに転んでもよさそうな時期が江戸末期~明治期にあったような気配を感じている

その歴史の流れを追うのが楽しい

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