はてなキーワード: マグカップとは
なんかしょぼいキーホルダー
去年からしょぼくなった
一昨年まではマグカップだったのに
去年から原価300円の携帯カトラリーとかになって一気にしょぼくなって
とんかつわかばで食おうか迷ったけど食欲そんなになかったからみずほ銀行へ
めっちゃ行きづらい
1Fにシャネルの店があって入口にガードマンとかいてほえーってなった
地下のうどんやも引かれたけど、うどんに1000円以上はなあと思ってやめた
みずほのATMで小銭まで全部残高おろして、6Fのなんとか食堂で食べようかと思って店頭の看板を少しだけ眺めたけどなんか微妙でやめた
広いだけあって、また、久しぶりにいったのもあって、行きつけの店にないラインナップで楽しかった
カルト村で生まれましたの2作目と3作目をざっとななめ読みした
でも正直1作目には劣るなあ
内容自体は興味深いけど、立ち読みで読むボリュームではなかった
すんごく冗長で、入院して入院生活をすんごくあっさり書いておわった
さすがに引き延ばしすぎよ
あとがき担当してた人も書いてたけど、完全版というならヤンマガ版もいっしょにのせないとなあ・・・
ひゃくえむの完全版?もあった
でもこれ前もどっかで書いたけど川島誠の800とほぼ同じ感じで既視感あってつまんなかったのよな
パトレイバーが新装版だか愛蔵版だか2パターンあってうげーってなった
それでもう15時半すぎた
外のジャンク本コーナーを見る
悪魔の味方があってちょっと心ひかれるけど5巻しかないし駿河屋とかでも安く買えるとわかったからかわない
さすがにおいてなかった
WORKINGの1巻の初回盤があって迷ったけどやめた
まえ、1,2年前にかったオカルト学院のアウトレットもPS5に入れて再生すらしてないから
だいたいお高めだから買うつもりはなかったけど、近藤るるるの画集があってちょっと迷った
もうデジタルでも紙でももってんだけど、あまりにも安かったから。LR2冊で2100円くらい。
我慢。
プリキュアのとこ見る。地味に狙ってた初代のファンブックの改訂版があった。
でもどうせ高いんだろうなと思ったらなんと550円。汚れありXXありとかいろいろ書かれてたけどぱっとみでは全然普通の中古レベルっぽい
即確保
あとで開封して確認したけど、問題なさそう。むしろおまけのカードとかもついててラッキー。確かに少々ダメージはあるけど、普通に見る分には全然問題ない
設定資料集のページだけ国会図書館にコピー依頼しようかと思ってたくらいだったから、その金額と手間考えたら全然お得だったわ
電子なら2k、紙なら中古で3kするのを550円で確保はマジでうれしい
そこまで気になるのはなかったかなー
型月が相変わらず高いねって感じ
捨ていないととホロウアタラクシアのセットが状態悪いやつで17k、いいやつで35kくらいしてた
あとカーニバルもあった
箱のダメージあるけどそれでも30kくらい
河原崎家の一族2完全版がひかれたけど12kはたけーと思ってかわない
んで店でる
うーんと迷う
せっかくなら久しぶりに六本松にもいくかと思って向かう
でも結局歩きで帰った
六本松のぶこふは、画集コーナーと小説でか行とさ行をチェック まあ当然ないけども
ルーツレポを買う
途中でうどんマップ1回にでたとかいう手作りまるてんうどんの店があって引かれたけど我慢した
はかたぶこふで荷物受け取ってもうへとへと
それにしても森はやっぱりドラッグイレブンより格段に安いな
冷蔵庫ないのに
3500円ぶんくらい
そんで値段にして600円くらいでおなかいっぱいになってシャワー浴びて今
歩数は22k
だいたい15kmくらいか
毎日1万ぽあるくよりも食う量減らした方がいいんだよなあ
流体力学というか動態力学というかそう言うのがよく分からないんだけれど、
粉末のポタージュスープをお湯に溶かすときダマになって底に溜まって溶け残っている問題はこのAIが高度に発達した今の世の中でも解決出来ないミステリーなことは百も承知でもはや人類はそのことすら口に出さなかったけれど、
私は今までそれで失敗して、
溶け残ったポタージュスープのポタージュ感をこれでマックスに堪能できているのかしら?ってどうやっていいのか分からなくなっていたところ、
髪は女の命!
失敗は成功の母!
成功は失敗の父!
いつもなら先に粉末上の粉をマグカップの上に入れてからお湯を注ぐシステム的にオートマチックにノー思考で考えもせず朝に起きたばかりのボサボサの髪のままこの手法で作り続けていた伝統の製法!
うわ!間違ってお湯先に入れちゃった!って
まあお湯を捨てるのもそんな必要なく、
そのお湯の上から
ポタージュスープのいわばクノール状の粉末を投入して匙で掻き回したら、
掻き回したらよ!
なんか凄く良く解けてる!
洗濯洗剤のシーエムの洗濯洗剤がよく汚れを落とす驚きの加減を臨場感たっぷりなセリフで吹き込むあの驚き屋の「驚きの白さ!」ってばりに、
驚きの溶け具合!なの!
めちゃ溶けてる!
ちょっとはダマになっていたけれど、
ほぼダマになっていないようなもの1ダマぐらいで済んでるの!
おおお!
めちゃ溶けてる、
私はかつてない今まで以上にそのポタージュスープの迫力を思わずクノールと叫びたくなるような、
マグカップを口につけカップを傾けて口の中に流れ込んでくるクノール!
いつもより溶け残り少なく、
上手に作ることができたって多分思い込みがあるせいだとは思うけれど、
かつてないぐらいなクノールを感じることが出来たような気がするの。
迫力が違うというか!
迫り来るクノールというか!
クノール博士もこればっかりは発見出来てなかったかもしれないわ!
ということで、
マグカップにお湯を先に入れてそこに粉末を入れるのか?
それとも粉末を先に入れてそこにお湯を注ぐのか?
このようにどうでも良いことをAIには尋ねることを恥じらう季節でもある春。
ふとした偶然で何かが発明できちゃう瞬間に自分でやったことだけど立ち会うことができて、
この快挙感を握りしめながらマグカップをギューッてとってをしっかり握りしめるぐらいの勢いで飲むポタージュスープは熱いから気を付けないとって、
唇の直前まで液体が来たところで、
唇の先の私の熱センサーが、
うわ!
これはなんか火傷する熱いさかもしれないポタージュスープ接近中待ったなし!って警告を鳴らすの。
でも朝イチ美味しい熱々出来立てしかも粉がダマになっていない美味しく仕上がって作ることのできたポタージュスープをすぐさま飲みたいじゃない!
うー!
早く飲みたいいち早く飲みたい!
そんな気持ちに応えるかのように
無意識にふーふーとマグカップの唇の先寸前まで迫り来るポタージュスープを口から出す息の人間に備わった冷却システムで、
そして、
若干の空気を一緒に含みながら複雑に飲みながら冷たい空気を一緒に取り込みつつ冷ましながら飲むという人間離れした誰しもがお味噌汁で体験したことのある、
ずずずずって音と立てて飲んじゃうあれなのよ!
すごい冷却システムだわ。
思わずお椀を持つ手のその熱さは忘れられないぐらい!
あちち!
私は思わず
熱くなったマグカップを
一口ずずずと飲んだ後、
手も熱いからって、
ああ!
木のスプーンを使ってマグカップで飲んでいるところをインスタグラムに投稿したら、
木のスプーンってところが、
あああの人は丁寧な暮らしをしているんだな!って思われるアイテムの一つとして活躍するのよ。
でも、
木のスプーンって
マグカップにいつもより浮いている分高さがあって、
そこに手を引っかけちゃってスプーンがテーブルの上に美事ポタージュスープを巻き散らかすという、
それも私の今日一日のスタートのマイポタージュスープストーリー。
とても丁寧な暮らしだわ。
はい!美味しい!
私はそう一口目にまだポタージュスープが口腔の舌全体に行き渡るまえに、
もう朝は
木のスプーンに少し丸みをおびた白いマグカップに粉末のポタージュスープ。
の三種の神器が揃っていたら、
はい!丁寧でました!って繰り出すこともできるのよね。
朝の丁寧さとポタージュの上手な作り方を発見しできた喜びに包まれながら飲み干すの。
もごもご、
さすがに粉が先かお湯が先かでもクルトンは頑丈に固くて奥歯で噛んだら歯に挟まっちゃうなんかそれは相変わらずクノールおまえか!って
逆に良く溶けて美味しく飲めたことの感動の方が大きいほど。
お湯が先か粉が先かでは
粉はよく溶けたけれど、
今度はクルトンがどうやったら早くお湯にしっとり浸されて柔らかくなるかってのが課題になったわ。
そう思いながら奥歯に挟まったクルトンに思いを馳せるのよ。
クルトンが奥歯に挟まったことがバレるとアン丁寧な暮らしになるので、
舌先でほっぺを膨らまさないようにクルトンをクールに口の中もごもごしてるのがバレないようにしなくちゃね。
クルトン探し中よ。
うふふ。
納豆巻きブーム継続中の絶好調続いていて今日も美味しくゲットできて食べられたことに、
信じ合える喜びを覚えるのよ。
ベーコンレタストマトバーガーを食べるときのテーマ曲だったその曲は
納豆大好きだわ。
ピンクグレープフルーツを1つ買ってきたので半分は残して
レモン炭酸水インピンクグレープフルーツ果汁インウォーラーってところね。
リアルな果汁の酸っぱさは強いわね。
おおすっぱ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
僕は今日の進捗を評価する。物理学的には前進、社会的には後退だ。いつものことだが、統計的に有意なので問題ない。
午前中は、超弦理論における非可換幾何の再定式化に集中した。従来の背景独立性の議論は、どうにも多様体という古典的直感に寄りかかりすぎている。
そこで僕は、時空を最初からスペクトル三重項として扱い、弦の振動モードを作用素環の自己同型として記述する試みを進めた。
問題は、既存のK理論ではDブレーンのチャージ分類が整いすぎていることだ。現実の量子重力はそんなに親切じゃない。
今日の核心はここだ。モジュライ空間を、単なるパラメータ空間ではなく、∞-圏的スタックとして再構成し、その上で弦の相互作用をホモトピー極限として定義する。
このとき、通常のS双対性は自然変換として現れるが、T双対性はより深いレベル、つまり圏の自己同値の上の自己同値としてしか記述できない。これにより、双対性の上位構造が見えてくる。
さらに僕は、弦の散乱振幅を、従来のパス積分ではなく、導来代数幾何の言葉で記述し直した。
具体的には、世界面を導来スキームと見なし、その上の写像空間をスタックとして扱う。
これが何を意味するか?簡単だ。物理量が数ではなくホモトピー型になる。つまり、観測値そのものが高次の位相情報を持つ。
ここで問題が発生した。ルームメイトがコーヒーを持ってきたが、僕のマグカップの取っ手の角度が17度ずれていた。
17度だ。これは許容誤差を明確に超えている。僕はその場で角度を補正し、彼に再教育を施したが、彼は「そんなのどうでもいい」と言った。
どうでもいいわけがない。宇宙は対称性で成り立っている。マグカップも例外ではない。
午後は、ブレーンのエンタングルメント構造を再検討した。エンタングルメントエントロピーを単なる面積則として扱うのは、あまりにも低次元的だ。
僕はそれを、圏論的トレースとして定義し直し、さらにそれを∞-圏に持ち上げた。結果として、エントロピーは単なるスカラーではなく、自己関手のスペクトルとして現れる。
これは重要だ。なぜなら、ブラックホール情報問題は情報が消えるかどうかではなく、どの圏に保存されるかという問題に変換されるからだ。
夕方、隣人がノックもせずに入ってきた。僕は即座に指摘した。「ノックは3回、間隔は一定、これは基本だ」。
彼女は笑っていたが、僕は笑っていない。ルールは守るためにある。守られないルールは、もはや物理法則と区別がつかない。
夜は友人Aと友人Bとビデオ通話。彼らは量子力学の話題に入ろうとしたが、途中でなぜか映画の話に逸れた。
理解不能だ。僕は議論を元に戻そうとして、「君たちはヒルベルト空間とポップコーンの違いも理解していない」と指摘したが、通話は切られた。
まず、今日導入した∞-圏的構造を使って、弦の自己相互作用項を再定義する。
その後、非摂動的効果を取り込むために、スタック上のモチーフ的積分を試みる。
もしこれが成功すれば、従来のM理論の定式化を一段階抽象化できる。言い換えると、物理学がようやく数学に追いつく。
※重いテーマ(心理的支配・ハラスメント・精神的圧迫)を扱う物語として、被害の具体描写は避けつつ、心理サスペンスとして続きを描きます。
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第28章:欠けた席
研究室の朝は、いつも同じだった。
窓際の机に差し込む白い光。
コーヒーメーカーの低い音。
それでも、A子にはどうしても慣れない光景があった。
B子の席が、空いている。
モニターは黒いまま。
最初の数日は、ただの欠席だと思っていた。
A子は画面を見つめながら、何度も隣の席を盗み見る。
B子は、こんなふうに黙って休む人ではない。
誰もB子の話をしない。
その沈黙が、A子には耐えられなかった。
昼過ぎ、A子はついに席を立った。
研究室の奥。
三矢准教授の部屋だった。
ドアをノックする。
「……失礼します」
返事はない。
A子はもう一度ノックした。
「三矢先生、少しいいですか」
数秒後。
「……ああ?」
不機嫌そうな声。
A子はドアを開けた。
三矢准教授は椅子にだらしなく座り、モニターに顔を近づけていた。
無精ひげ、もじゃもじゃの髪。
机の上には資料と空き缶が散らばっている。
「なんだ」
A子は一瞬ためらったが、口を開いた。
その瞬間。
苛立ち。
「……はあ?」
A子は続ける。
「連絡もつかなくて……何かあったんでしょうか」
沈黙。
三矢は椅子にもたれ、深く息を吐いた。
そして、露骨に舌打ちした。
「なんで俺が研究の時間を割いてこんなことしなけりゃいけないんだよ」
部屋の空気が一瞬で冷えた。
A子は言葉を失う。
三矢はキーボードから手を離し、面倒くさそうに天井を見上げた。
しかし、すぐに思い出したように付け加えた。
「ああ……」
椅子を回してA子を見る。
「B子な」
その声には、妙な軽さがあった。
「精神科だよ」
A子の胸が強く打った。
「……え?」
三矢は肩をすくめる。
「通院してるらしい。メンタルやられたとか何とか」
淡々としていた。
A子は言葉を探す。
「それって……どういう……」
三矢は遮った。
「知らねえよ」
そして鼻で笑った。
「最近多いだろ、そういうの」
「……」
「研究なんて向いてない奴は、すぐ壊れる」
カチカチ、とキーボードを叩く。
「まあ、あいつもその口だろ」
A子はしばらく立ち尽くしていた。
壊れる?
そんな人が?
「……先生」
A子は思わず言った。
三矢は苛立った顔で振り向く。
「まだ何かあるのか」
A子は小さく尋ねた。
「何があったのか……本当に知らないんですか」
三矢の目が細くなった。
数秒の沈黙。
そして。
「知らねえって言ってんだろ」
声は低かった。
だが、次の瞬間。
三矢は、ふっと笑った。
「まあ」
軽い調子で続ける。
その笑みは、どこか妙だった。
「プレッシャーとか、色々あるだろ」
A子の心臓が強く脈打つ。
三矢は椅子を回し、窓の外を見ながら言った。
「……それで壊れたんなら、仕方ない」
まるで、人が一人いなくなったことなど大した問題ではないかのように。
A子はそれ以上何も言えなかった。
「もういいか?」
三矢は画面に向かったまま言う。
A子は静かに部屋を出た。
ドアが閉まる。
研究室に戻る途中、A子の足は重かった。
B子の席が見える。
やはり空っぽだ。
そのとき。
A子は気づいた。
B子の机の引き出しが、ほんの少しだけ開いている。
ほんの数センチ。
今まで閉まっていたはずなのに。
A子はゆっくり近づいた。
周囲を見渡す。
誰も見ていない。
指先で、引き出しを少し開ける。
中にはノートが一冊。
表紙の端に、震えた文字で何か書かれていた。
A子は息を止める。
そこには、たった一行。
「信じないで」
「三矢先生を」
昼食は予定通り。オートミール62グラム、水240ミリリットル、電子レンジ2分20秒。これより長いと粘性が臨界点を超えてしまう。
ルームメイトは「そんな差わかるのか」と言ったが、当然わかる。物理法則は細部に宿る。
午前中は研究。昨日まで考えていた「弦の状態空間を∞圏として再定式化する試み」の続きを進めた。
通常の超弦理論では、世界面上の共形場理論のモジュライ空間を使って散乱振幅を定義する。
しかしこれはどうにも古典的すぎる。弦の相互作用を圏論的に見直すと、世界面の貼り合わせは単なる幾何操作ではなく、高次射の合成として理解できるはずだ。
そこで僕は、弦のヒルベルト空間を単なるベクトル空間としてではなく、安定∞圏の対象として扱うことにした。
各弦状態は対象、相互作用は1-射、ゲージ対称性は2-射、BRST同値はさらに高次の射。こうすると、弦の散乱振幅は単なる積分ではなく、∞圏におけるホモトピー極限として表現できる。
問題はDブレーンだ。通常は境界条件として扱うが、∞圏の視点ではこれは自然に導来圏の対象になる。
ここでミラー対称性が奇妙な姿を見せる。カラビ–ヤウ多様体の複素構造側では導来圏、シンプレクティック側ではFukaya圏が出てくるのは知られている。
しかし弦場理論を∞圏として書くと、両者はさらに上の階層、つまりモノイダル∞圏の同値として統一できる気配がある。
直感的に言えばこうだ。弦は1次元の物体だが、その量子状態の空間は単なる幾何ではなく、情報の圏構造として存在している。
時空はその圏の“表現”にすぎない。つまり時空そのものが、ある∞圏の表現圏として創発している可能性がある。
ここで面白いことに気づいた。もしこの構造が正しいなら、重力はエネルギー運動量テンソルではなく、圏の自己同型群の曲率として書ける。
要するに、時空の曲がりは圏の自己対称性の歪みだ。これを数式化するには、∞トポス理論とホログラフィーを同時に扱う必要がある。
正直言うと、この段階になると世界でも理解できる人間はかなり減ると思う。
彼はマグカップを僕の指定席に置いた。もちろん許可していない。
そのあと隣人が突然ドアをノックしてきた。「Wi-Fiが遅い」と言う。
もちろん原因は彼女の動画視聴だ。僕の研究用回線は量子重力の計算のために帯域を確保している。
友人Aなら即座にルーターを分解して改造するだろうが、僕は理性的に説明した。
友人Bからもメッセージが来た。彼はまた望遠鏡を買おうとしている。
宇宙を観測するのはいいが、真の宇宙は望遠鏡では見えない。弦のモジュライ空間の方がよほど広い。
今日ここまでの研究の進捗を整理すると、弦状態の∞圏モデルの基本公理はほぼ書けた。
問題は散乱振幅を圏論的に再構成する部分だ。もし成功すれば、弦理論の摂動展開を使わずに振幅を定義できる。これはかなり大きい。
これからやることは三つ。
まず、∞圏のモノイダル構造と弦の結合定数の関係を明確にする。
次に、ホログラフィック原理をこの圏構造に埋め込む。境界理論が内部の∞圏をどのように生成するのか調べる。
最後に、時空の4次元性がどこから出るのかを確認する。もしこの理論が正しいなら、4次元は基本ではなく、圏の安定性条件から自然に現れるはずだ。
17:00には夕食の準備を始める予定。火曜日はタイ料理の日なので、今日は通常メニュー。秩序は宇宙の基礎構造だ。これは物理学でも生活でも同じ。
土曜日 03:00
僕は今、机の上の温度計を確認した。室温22.3℃。許容範囲だ。22℃±0.5℃が理想だが、この誤差は許せる。宇宙は量子揺らぎで満ちているのだから、僕の部屋の空気が0.3℃くらい揺らいでも大勢に影響はない。
少々早いが、シリアルを42回噛んだ。回数は宇宙的意味ではなく統計的最適化の結果だ。咀嚼回数と粘度と嚥下効率の関数を簡単にモデル化すると、だいたいこの辺りに極値がある。
友人Aは「ただ食え」と言うが、最適化問題を放棄するのは文明の敗北だ。
問題がある。彼はマグカップをランダムに置く。僕の座標系ではテーブルは格子構造で理解されているので、カップが格子点から2.5cmずれると精神的ノイズが発生する。
僕は修正した。ルームメイトは「別にいいだろ」と言った。もちろん良くない。局所対称性の破れは気持ちが悪い。
さて、本題。
最近僕が気に入っているのは、弦理論をコボルディズム圏の表現として理解する視点だ。
つまり、世界面の幾何を単なる積分領域として扱うのではなく、構造付きコボルディズムの∞-圏として扱い、その上の関手として量子場理論を定義するというやり方。
要するに、時空の断片(コボルディズム)を入力すると、ヒルベルト空間や相関関数を出力する機械として理論を公理化する。
問題は、弦の世界面理論が単なる2次元CFTでは足りないことだ。低種数のホロモルフィック部分、つまり頂点作用素代数だけでは全データの半分しかない。
完全な理論には全種数の縫合条件(sewing constraints)を満たす構造が必要になる。
ここで僕は少し狂気じみた仮説を考えている。
世界面CFTを単なる代数として扱うのではなく、factorization algebra の ∞-スタックとして扱う。すると、弦の相互作用は operad 的な貼り合わせではなく、E₂-代数から E∞-代数へのホモトピー的拡張として見える。
つまり
世界面 → ∞-圏
観測量 → factorization algebra
弦相互作用 → operadic gluing
でも僕の進捗はその先だ。
もし弦のバックグラウンド場(B場やRR場)を微分コホモロジーのコサイクルとして扱うなら、弦の作用は普通のゲージ場ではなく2-束(bundle gerbe)の表面ホロノミーになる。
線 → 粒子
面 → 弦
三次元 → 何か
という階層になる。
ここで僕は思いついた。
もし世界面理論が tmf(topological modular forms)に自然に持ち上がるなら、弦のスペクトルは実質的に楕円コホモロジーのスペクトル系列として見えるはずだ。
このとき弦の振動モードは単なる調和振動子ではなく、モジュラー形式の q 展開として理解できる可能性がある。
これはかなり美しい。なぜなら弦理論の分配関数はもともとモジュラー不変性を持つからだ。
もし tmf が本当に正しい言語なら、弦のスペクトルは、ホモトピー論 + モジュラー形式、という奇妙な組み合わせで分類される。
つまり、宇宙は振動しているのではなくホモトピー圏でモジュラー関数を再生しているということになる。
夕方、隣人が部屋に来た。理由は不明だ。僕のホワイトボードを見て「それ何?」と言った。
隣人は「なるほど、パスタ?」と言った。
夜は友人Aと友人Bとオンラインで話した。
友人Aは衛星の話をしていた。友人Bはまた宇宙人の話をしていた。
僕はその間、バックグラウンドで計算していた。もし弦理論が本当に QFT = Cobordism functorとして完全に定式化されるなら、弦の摂動展開は
という関手の圏論的トレースとして書ける。その場合、弦の相互作用頂点は単なる三点頂点ではなく∞-圏の合成になる。
僕はこの考えがかなり気に入っている。ただ問題がある。まだ計算できない。
現在の予定。
1. カモミールティーを作る
2. factorization algebra と tmf の関係をもう一度整理
3. 世界面の sewing constraint を ∞-operad で書き直す
4. 眠くなったら寝る
もちろん寝る確率は低い。
そして僕のホワイトボードにはまだ空きがある。
○ご飯
朝:カシューナッツ。昼:おにぎり、サラダ、味噌汁。夜:納豆豆腐沢庵。たまご焼き。トマト。キュウリ。ギョニソ。バナナ。ヨーグルト。間食:ラムネ。
○調子
むきゅーはややー。おしごとは、一生懸命頑張ってる。
マグカップに付いた小さな妖精が注ぐ飲み物によって姿形が変わるという不思議を、ヒロインの陶芸の才能に絡めるアイデアが、ちゃんと理屈になっていて好印象。
段取りや理屈で整理されてるので、もっとページ数が多くても楽しめそう。
・アオのハコ
匡の告白回。
すごく真面目な回の真剣なエピソードなんだけど「風よけに…?」のところ、真面目すぎて面白かった。
・キナト
僕はお風呂に入らないキャラをすこるけど、それはそれとしてお風呂シーンは露出が多くて評価する。
○ポケットモンスターX(NPCからもらえるポケモン旅)
僕は今、いつもの席に座っている。クッションの沈み込みは左側が2ミリ深い。これはルームメイトの怠慢だ。重心の非対称性は量子補正と同じで、放置すると破滅的に増幅する。
今日ここまでの進捗を書く。
午前中は超弦理論のメモを整理した。正確には超弦理論という呼称すら暫定的だ。
僕が考えているのは、可換多様体上の2次元共形場理論という従来の出発点を捨て、∞-圏を値域に持つ場の理論としての再定式化だ。
弦のワールドシートは単なるリーマン面ではなく、スペクトラ値をとる層のスタックとみなす。物理量は数ではなくコホモロジー類として現れる。
通常、弦の整合性は共形不変性、アノマリーキャンセル、モジュラー不変性などでチェックされる。
僕の仮説はこうだ。真の制約はコボルディズム分類の段階で既に決まっている。量子重力理論は、適切な構造をもつd次元多様体のコボルディズム群が自明になる条件と等価である、というものだ。
ここで重要なのは、対称性を群ではなく高次群(2群、∞群)として扱うこと。ゲージ場は接続1-形式ではなく、n-接続のデータになる。するとブレーン電荷はK理論ではなく、より精密なモチーフ的コホモロジーに持ち上がる。
M理論のC場は、もはや3形式ではなく、スペクトラムの点として理解されるべきだ。
この枠組みだと、弦のランドスケープ問題は消える。許される真空は連続的に無数にあるのではない。∞-圏的整合性条件を満たすものは、ホモトピー同値の下で極端に制限される。
宇宙は数学的に許されるものが全部あるのではなく、高次整合性が崩れない極小構成に収束する。少なくとも僕の計算では、真空の数は指数的ではなく、ホモトピー型のクラス数に支配される。
もちろんこれは作業仮説だ。まだ証明はない。だが少なくとも、従来の10次元背景時空に依存した議論よりは、はるかに幾何学的だ。背景独立性を本気で実装するなら、最初から時空を前提にするのは論理的に甘い。
11:30に友人Aからメッセージが来た。「量子重力ってブラックホールの中どうなってるか分かるの?」。
僕は3分で説明した。ブラックホール内部という問い自体が、古典的時空の図式に依存している。
もし時空がエンタングルメントの派生量なら、内部という概念は低エネルギー有効理論の錯覚にすぎない。
隣人は昼にノックもせず入ってきて、「難しい顔してるけど、また宇宙のこと?」と言った。
僕は訂正した。宇宙ではない。宇宙を記述する公理体系の整合性だ。対象とメタ対象を混同してはいけない。
彼女は笑って去った。彼女は世界を現象として扱う。僕は構造として扱う。その違いだ。
できるが、それは熱力学極限の話だ。僕が今扱っているのは、理論がそもそも存在しうるかというメタレベルだ。存在しない理論の統計を取るのはナンセンスだ。
午後は、E₈型対称性を持つ仮想的12次元理論の圏論的構成を進める予定だ。
特に、異常の消失条件が安定ホモトピー群の消滅とどう関係するかを調べる。
もしそこに自然な消去機構が見つかれば、重力とゲージ相互作用の統一は、力の統一ではなく、コホモロジーの単純化として理解できる。
日常的な進捗も記す。昼食は正確に12:00に摂取した。サンドイッチは対称に切断。斜めは不可。
昨日ルームメイトが斜めに切った件については、正式な抗議文を準備中だ。文明は幾何学から始まる。
水曜日 深夜1:54
僕は今、定位置の左端、クッションの縫い目と背もたれの角度が直交する場所に座っている。温度は23.1℃。この0.1が重要だ。23.0ではなく23.1。23.0は丸すぎる。丸さは怠慢の入り口だ。
今日の主進捗は、超弦理論における背景独立性の強化版の再定式化だ。
通常、弦理論は特定の時空背景上で定義される摂動展開から出発する。
しかし僕が考えているのは、背景そのものをホモトピー型として扱い、時空を∞-トポス内の対象とみなす立場だ。
時空多様体はもはや固定された滑らかな4次元多様体ではない。安定∞-圏の中のスペクトル対象として振る舞う。
ウィッテンでも完全には形式化していない領域に踏み込んでいる。
弦の世界面は単なる2次元共形場理論ではなく、コボルディズム仮説の高次版に従う対称モノイダル∞-関手の像として再解釈できるのではないかと考えている。
p進弦理論の振幅は、実数体ではなくp進体上のアデール的統一で書ける。そのとき散乱振幅は単なる解析関数ではなく、モチーフ的L関数の特殊値に対応する可能性がある。
僕の作業仮説はこうだ。弦のスペクトルは、導来代数幾何の枠組みで定義されるスタック上の層の導来圏において、自己同型群の固定点として特徴づけられる。
Dブレーンは単なる境界条件ではなく、E∞-環スペクトルの加群対象だ。そこに現れる対称性は通常のゲージ群ではなく、高次群、つまり∞-群だ。
今日の計算では、安定ホモトピー群π_k^sの非自明性が、ある種のBPS状態の存在条件と一致する兆候を見つけた。
ただしこれはまだworking theoryだ。証明には至っていない。
整合性条件を一つ緩めると、宇宙定数項が自然に消える形になる。もしこれが正しいなら、真空エネルギー問題はゼロに近いのではなく、高次構造の影として説明できる。
ルームメイトは「それは物理なのか数学なのか」と言った。誤った二分法だ。物理は自然界の公理系の推測であり、数学はその言語だ。言語を分離してどうする。
夕食時、隣人が「今日は普通の話をしないの?」と聞いた。普通とは何だ。四次元ローレンツ多様体上の弦の量子化より普通な話題が存在するなら提示してほしい。
友人Aは相変わらず工学的応用の話を持ち出した。「それで何が作れるの?」という問いは理論物理への最大級の侮辱だ。
重力波が観測される前、誰が一般相対論を応用目線で評価しただろうか。
友人Bは途中でカレーの辛さについて延々と語り出した。辛さはスカラー量だが、僕の関心はテンソルだ。
習慣について記録しておく。水曜日は洗濯の日だ。洗濯機の回転数は1200rpm固定。タオルは必ず偶数枚で入れる。
奇数枚だと回転の位相が心理的にずれる。これは迷信ではない。非対称性は気になる。気になるものは排除する。それが理性だ。
21:00から23:30まで計算。23:30から23:42はホットココア。マグカップは青。赤は月曜日用だ。色の割り当てはカレンダーと一致している。これは宇宙の対称性を日常に投影する試みだ。
これからやることは二つ。
第一に、弦のモジュライ空間を通常の複素多様体ではなく、スペクトル代数幾何の枠組みで再構成する。
第二に、非可換幾何とホログラフィー対応の接続を、圏論的随伴関手の言葉で書き直す。
もし成功すれば、時空は「存在するもの」ではなく、「関手として振る舞うもの」になる。宇宙は対象ではなく射だ。これは詩ではない。構造だ。
正月って、正直暇だ。皆なにかと正月のこと持て囃すし“いいもの”扱いしてるが、結局は日曜夜のデカい版だから未来を考えて憂鬱になる。それにいざ祝い終えたら食うしかすることがない。そうやってダラダラするのが至高なんだと言われたらそこまでだが、でも正直自分は年明け前から飽きていた。
そんな時ふと、そういえば自分の会社は社内規定で副業しても良いとなっていたことを思い出した。先回りしてクソリプを防いでおくが、別に給料低いとかじゃなくて仕事内容的に副業に対するハードルが低いというか、そういう会社なだけだ。
今の会社に入る前のフリーター時代にも数回行っていたし、自分はgood率100%獲ってるから選びたい放題だったんだが、寒いし近い方がいいからって理由で某雑貨屋兼服屋の初売り販売の手伝いをすることにした。
で、いつもならば目が覚めてダラダラTwitterとか眺めて時間が過ぎるのを待ってるんだけど、今日は決まった時間に目覚ましかけて起床して、服を着替えて駅に向かった。
その時点でだいぶ良いな、と思った。やはり人間目標とか目的って大事だ。家で一人ひたすら携帯じっと見て過ごすのって、心の栄養が足りなくなる気がする。三食カップ麺な時になんとなく心がしんどくなるのと同じでさ。
それで、職場のモールはものすごく混んでた。行きに乗ったスカスカな電車からは想像できないぐらい人で溢れてて、どこにこんなに人がいたんだ!?ってぐらい。皆もやはり暇なんだな。
自分はその人混みをすり抜けて、さっさとバックヤードに行って社員っぽい人に声かけた。社員っぽい人はああタイミーさんねよろしく、じゃああっちにレジあるから、福袋のお渡しは社員がやるから商品の袋詰め補助よろしく、とだけ言われて足早に去っていった。
なんだよ袋詰めの仕方ぐらい説明ぐらいしてくれ、とか思いながらレジに向かうと、店内の半分を埋め尽くすぐらいに伸びる行列と、4台ぐらいのレジで必死の形相で会計を進めている店員達がいた。そのうち3つのレジが二人1組でレジ入力と袋詰めしてて、残り一つが一人だけで会計してたからとりあえずそこに入った。
店員さんは返事こそしてくれたが振り返らなかった。ひたすらに目の前に置かれた買い物籠から商品を手に取ってバーコードスキャンをし続けていた。レジには買い物カゴが二つ置いてあって、中には紅茶パックやらおもちゃやらトレーナーやら靴下やらがみっちり詰まっていた。あー初売りはやっぱり修羅場だなぁ、なんて思いながら、自分もそれに釣られるように、他のタイミーの人を真似しながら次々スキャンされていく商品を片っ端から袋に詰めてった。
最初は必死だったけど、だんだん慣れて来て、どういう順番で入れたら効率よく詰められるか分かるようになった。袋を開いた状態で横に置いて、地層だと考えた時に上着、四角いクッションやトレーナー等の布製品は古生代あたり、紅茶とか充電ケーブルとかマグカップとかプラスチックのパッケージに入ってるのは袋に入れる時尖った角で袋を割いてしまうので中世代もしくは古生代に紛れ込ます(許されざる行い)、靴下は泥扱いで隙間に詰めればいい、といった具合に。
そうすると客がレシートを受け取るタイミングで袋詰めが終われるようになって、他のレジより圧倒的に回転率が早くなった。隣のレジの客がまだかなぁ、みたいな顔で袋詰めが終わるのを待つ横で自分のレジの客は会計が終わると同時に颯爽と帰っていくのだ。実に気分がよかった。次第に客の中にも自分のレジは早く終わることに気付く客が出てきて、自分のレジが空いたタイミングで自分の番が来ると一瞬嬉しそうにニコッと笑うのがわかった。そうだ、気付いていたか。あなたは実に運がいい。なにせ自分のレジは超高速だ。何故なら私は常に考え続けているからだ。生物は考え続けるものだけが進化できるのだ。
そして更に余裕が出てくると、次に来る客がどれぐらいの量か予測して量に合う袋を準備しておけるぐらいにはなった。用意した袋の8割がジャストサイズだとして、ぴったりそれに当てはまると少し脳汁が出た。パチンコで当たり当てた時というより、フランス料理のシェフがステーキにかけるソースをものすごく綺麗にかけられた時のような快感だった。自分はあの瞬間グランメゾン東京のキムタクだった。
そしてあっという間に時間が過ぎて、勤務が終了して、自分は今帰路の電車内でこれを書いている。今日、暇な時間を引き換えに得たのは心地良い疲れと爽快感とちょっとした小遣い。
味噌汁の「お湯を注ぐだけ」という手軽さは、ダイエット中には本当に助かりますよね。
結論から言うと、1(だし汁)は普通のスーパーで簡単に手に入りますが、2(ボーンブロス)は一般的なスーパーだと「鶏ガラだしの素」などで代用するか、少しこだわったお店に行く必要があります。
OMAD(1日1食)の空腹対策として、スーパーで買える「塩分控えめ・お湯を注ぐだけ」の選択肢をまとめました。
だし汁をそのまま飲む習慣(飲むお出汁)が流行っているため、塩分ゼロや無添加のものが増えています。
* 特徴: 「食塩・化学調味料」が一切無添加です。スティック1本をマグカップに入れてお湯を注ぐだけで、旨味たっぷりのスープになります。
* ポイント: 完全に塩分ゼロなので、何杯飲んでも血圧やむくみの心配がありません。
* だしパック(ティーバッグ型)
* 例: ヤマキ「基本のだし」、トップバリュ「天然だしパック」など。
* 使い方: カップにだしパックを入れ、お湯を注いで2〜3分待つだけ(紅茶と同じ方式)。
* 注意点: 裏面を見て**「食塩不使用」**と書いてあるものを選んでください。「万能だし」などは最初から塩味がついていることが多いです。
本格的なボーンブロス(骨を数時間煮出したもの)の液体タイプは、成城石井などの高級スーパーや通販がメインですが、身近なもので代用可能です。
* 茅乃舎(かやのや)「鶏だし」
* 特徴: ティーバッグ型で、お湯を注ぐだけで濃厚な鶏の旨味が出ます。ボーンブロスに最も近い満足感があります。
* ポイント: 小さじ半分程度をお湯に溶かします。ただし、これには塩分が含まれるので、味噌汁の代わりとして「1日1杯」程度にするのが無難です。
お湯を注ぐだけで、味噌汁より塩分が低く、満足度が高いものとして以下も人気です。
「お吸い物」を薄めて飲む
市販の松茸のお吸い物などの素を、通常より多めのお湯(300ml〜400mlなど)で割ります。香りが強いため、薄くても満足感が出やすく、塩分摂取量を抑えられます。
お湯を注ぐだけですが、意外と塩分があります。これも「素材力だし」のこんぶ味に変えることで、塩分をカットしつつ旨味を楽しめます。
OMAD中の選び方アドバイス
* 空腹がキツイ時: 「素材力だし(かつお)」などの動物性の旨味。脳が「栄養が来た」と錯覚しやすく、空腹感が落ち着きます。
* リラックスしたい時: 「素材力だし(こんぶ)」などの植物性の旨味。
まずはスーパーの調味料コーナーで、理研の**「素材力だし(食塩無添加)」**を探してみてください。これが一番安くて手軽、かつ塩分を気にせず何杯も飲める最強の味方になります。
もしよろしければ、お近くのスーパー(イオン、ライフ、成城石井など)を教えていただければ、そこで買える具体的な商品をさらにお調べしましょうか?
私には3人の家族がいる。父・母・兄。
父が東大に、母が医療系の専門学校に通っていた頃ふたりはインカレサークルで知り合って、20代の終わりに結婚した。その頃父はまだ博士課程にいて、国家資格持ちの医療従事者となった母が支えたらしい。それから父は博士号を取り、大手企業の研究職に就き、兄が生まれ、私が生まれ、母は専業主婦になって、家族みんなで父の海外赴任について行ったこともある。家を買って、"家族4人"で暮らしていた。料理上手で家庭的な母と、頭が良くて順調なキャリアを歩む父。兄も私も健康で、大きな問題を起こすこともなかった。絵に描いたような家庭。
私たちの問題がなんなのか、いつどのように始まったのかわからない。
母は「お父さんも結婚する前は優しかったの」と言う。でも結婚してすぐ手をあげられたことがあって、親にも誰にも言えなかったらしい。幼い私から見ても、偉いのは父で、母は従う人。父は家ではなにもせず、母は頼まれる前から「お茶飲む?」と聞いて、「いい」と言われてもなお「あったかいの淹れることもできるよ。この間○○さんにお土産でもらったのがあるの」と言いつのって「要らないって言ってるじゃん!」ときつく言われ黙り込むような人だった。いま30代となった兄の振る舞いは、この父によく似ている。私も内心で母に苛立つ。
楽しかった思い出もある。夏のキャンプとか、塾でいい成績を取れたら遊園地に連れて行ってもらえたこととか。
ふれあい動物園が好きで、小学生の私の"将来の夢"は獣医だった。父が言った言葉からそういうことになった。
でもどこかに向かう車内の何気ない会話で父が激高して、そのまま気まずい沈黙が流れたり、Uターンして家に帰ったりした記憶も同じくらいある。
父が声を荒げたり物を壊したりするのが怖かった。されるがまま、言われるがままで、ただ黙って父の壊したものを片付ける母がもどかしかった。
だから小学校を卒業する頃、父が単身赴任すると聞かされた時は嬉しかった。私の中学受験が終わった頃で、「せっかく受かった志望校を諦めさせるのはかわいそう」というのが家族で引っ越さない"言い訳"だったらしい。私たち子供の意見は聞かれなかった。この頃の父は激務なのか家庭の不和なのか、メンタルクリニックに通っていたらしい。"職場に近いところで寝泊まりしたいから"一人暮らし用の部屋を借りていた時期もあった。でも父が辛そうにしていた記憶も、幸せそうにしていた記憶もない。父が私のマグカップを使ったことがあって、それが気持ち悪くて二度と使わないと心に決めたことだけを覚えている。
そうして家族3人での生活が始まって、私は母の選んだ中高一貫校に進学した。
ふたつ上の兄は地元の公立。兄も中学受験のために塾通いをしたけれど、本人のやる気が足りないからと父が打ち切ったらしい。後の大学進学を含め、"お父さんのお気に入り"である私の学費は父が、"お父さんはお兄ちゃんに厳しい"から兄の学費は母が捻出したらしい。母は資格を活かして復職し、一人で兄と私を育て、家事をし、仕事もしていた。朝は6時前に起きて朝ご飯とお弁当をつくってくれて、電車通学の私を駅まで送ってそのまま自分も出勤する生活。
確かに父は、兄より私のことが好きだと思う。母より兄より私の方が父の物の考え方を理解できるという感覚が、幼心にもあった。父が母に向かって声を荒げる前にそれを予測できたし、単純に兄より私の方が勤勉で、成績がよく、いわゆる"優等生"だった。父と私は似た者同士なのかもしれない。私は父のことが嫌いだったし、父も私たちにさほどの関心はないようだったけれど。単身赴任を始めて以来、父と会うのは年に数回、話すのは数分になって、それが今日まで続いている。
対して母のお気に入りは兄だと思う。兄は今も母と実家で暮らしている。月5万を家に入れて、当番制でときどき食事を作り、母はそれを褒める。掃除も洗濯も家の修繕費の負担も母で、「お兄ちゃんが作ってくれておいしかった」と聞かされるのは大概がパスタの話だけど、兄は"いい息子"、私は"手がかかる娘"。実家を出て自立していても、兄より収入が多くても、"昔は全然家のこと手伝わなかった"から、私は永遠に手のかかる娘。昔だって兄よりは手伝っていたけれど、母は男尊女卑の根強い家庭で育ったのだと思う。身内を貶すことも文化のうちなのだと思う。
兄と遊んだのは小学生の中学年くらいまでで、まだランドセルを背負っていた頃に「恥ずかしいから外で話しかけないで」と言った記憶がある。共通の趣味も話題もなかったし、兄の自意識が透けて見えるような言動が恥ずかしかった。でも、ひどい言葉だ。私の方から関係を壊したのかもしれない。その頃には既に一緒に遊ぶような関係ではなかったけれど、兄はより話しかけてこなくなった。
兄が高校3年、私が高校1年だったか、その1年前か、その年のセンター試験をそれぞれ解いて、いくつかの教科は私の方が成績がよかった。兄の能力を低く感じ始めたのはこの頃かもしれない。でも兄は、受験のプレッシャーもあっただろうに、「すごいね」というようなことを言ってくれた。そう言える兄のことをすごいと思った。兄のことを尊敬したのはこれが最後になる。
その頃の私たち兄妹はろくに会話せずそれぞれの自室にこもって過ごしていて、物の貸し借りはなかったし、用があるときはドアをノックする関係だった。
でもある夜、ふと気配を感じて目覚めたらベッド脇に兄が立っていた。驚いて「何?!」と聞いたら兄は無言で出て行った。いま思えば、次の日にでも「なんだったの?」と聞けばよかった。聞ければよかったのに、どうしてできなかったのか、なにが問題なのかわからなくてこれを書いている。私は聞けず、兄はなにも言わず、ただただ気持ち悪く思いながら寝て、その後も何度か夜中に兄が部屋に入ってくることがあった。ただそこに立っていて、一度は布団に触った。物を持っていったことはなかったと思う。
母には相談した。相談しているときに兄が帰ってきて、母はそのまま私の前で「○○の部屋に入ってるの?」と聞いた。兄は否定して立ち去って、母は「入ってないって」と私に言って、話はそれで終わった。一度じゃないのに。入ってきてるのに。それで私はいよいよ兄のことが気持ち悪くなって、食器もバスタブも兄の触れたものは使いたくなくて、夕食と入浴を捨てた。水道を止めるために蛇口を触ると、その手をまた洗いたくなって困った。その手を拭くタオルも兄とは別のものを使いたかったし、それでも同じ洗濯機で洗っていると思うと気持ち悪かった。夕飯を食べない生活なのに今より随分ぽっちゃりしていて、なのに生理は2~3カ月に1度しかこなかった。でもそういうことは、我が家では問題として扱われず、兄が遠方の大学に進学して家を出た。2年後に私も出た。
家を出て本当によかった。高校までと大学からで、自分を違う人間のように感じる。連続した人生とは思えない。高校までの記憶がぼんやりしていて、本当にあったことのように感じない。
大学で、回し飲みができるようになった。学校生活を生き抜くために必要だから無理して維持しているだけじゃない、本当に好きな友達ができた。次に会うのを楽しみにできて、泊まりで複数日一緒にいることができる。大切な思い出、というのができた。私のことを大切にして尊重してくれる恋人もできた。一人でいるより一緒にいる方がいい、と思っていることに気づいて驚いた。
その人たちから本当に多くのことを学んだと思う。
関係が近いからと言ってその人を貶す必要はないということ。嫌なことがあったら話しあった方がいいこと。伝えたら聞いてもらえるということ。行動に移してもらえるということ。私も聞きたいし、行動を変えたいし、それは案外簡単で、延々と不満を溜めこむほどのことではないということ。好きな人がいると幸せだということ。いろいろな形の幸せがあること。お互いを思い合う夫婦もいること。家族はなんでも話せる相手、と思っている人もいるということ。
そうして月日が経って、生活や人間関係が安定するにつれ、家族のことが嫌いになった。高校までの自分のことも、あまり思い出せないけれど、思い出せたら嫌いになる気がする。
男尊女卑、人を見下す視線、高い要求や幸せの形を押し付ること、人の気持ちを無視すること。
母は"いい母"として"いい家庭"を築くことに一生懸命だった。本当にすごく努力して、くれた?と思うし、その努力と根性を尊敬している。でも母が見ていたのは理想の家族像であって、私たちではなかったと思う。父と結婚したのは東大生だったからじゃないのか。父が声を荒げて物を壊しても、抵抗しなければ嵐は止むから、私が内心でどんなに兄を気持ちわるがっていても、「気にするな」と取り合わなければ黙るから、そうして"穏やかな家庭"を得ることにしたみたい。「お父さんとは話合いにならない」「なにか言ったらもっと荒れる」と母は言うし、父の気が荒いことは事実だけれど、一方で父は非常に論理的な人でもある。
話し合いを諦めたことは、なにを諦めたことを意味したんだろう。"かわいそうな被害者"として父への不満を言い続けた母は、なにを得たんだろう。
復職してからは家計も折半になり、生活費ももらっていないらしい。母はそのことを誇りに思っていて、それが私には、自立を誇っているというより父なしで生きていけることを誇っているように見える。父は、父としても夫としても、基本的に不在だった。今でも不在で、お互いの退職後にどこでどう暮らすのかは、楽しみな計画というより悩みの種となっている。
母が口癖のように言うこと。
「専業主婦のときは社会に認められていると思えなかった」「資格を取りなさい」「子供を産みなさい」「毎月25日はATMが混んでてなんでかなって思ってたら給料日にはすぐ生活費をおろすって人が結構いるみたいなの。生活に余裕があるって有難いことだなぁってしみじみ思った」
私はどうしても子供がほしいと思えない。
結婚したいと思える人が
行き場の無い感情を整理するため、増田なるものに投稿してみんとす。
最近、パートナーにイライラすることが多くて、自分でも良くない形で態度に出しちゃってる時があるのを自覚してた。
巷で言う、モラハラ夫的な感じになってたんだと思う。Emotional Manipulationというか、不満を直接伝える代わりに、「私は不満です」という態度で示してしまう、という感じ。
これは、どう考えても二人の関係にマイナスだし、単純に人としてめちゃめちゃかっこ悪かったので、ChatGPT君のお力を借りたりしながら我流の認知行動療法的なものを試みてみることに。
そうこうしていくうちに、自分でも自覚していない本当の欲求とか、それを伝えるための健全なコミュニケーションに対して自覚的になれるのでは?というのが目的。
ちなみに、今、見返すと自分の子供っぽさが透けてバカ笑えるのでちょっと初期の例を出しとく。
1. 今日の出来事 「妻に浮気された男がテーマのとある歌の話」をされた。別になんら含みのあるコンテキストではなかったが、湧いた苛立ちを隠すように皮肉的な言い方で「社会的役割を考えたら男は最後にはサイフでしかないしね」と返した。 2. 1次感情 (チェック式) 怒り 3. 身体反応 特になし 4. 自動反応 (チェック式) 罪悪感誘導 5. 求めていた核心ニーズ わからない 6. 健全な代替表現 思いつかない。余計なことは言わない方が良かったのでは。
5で「わからない」とか書いているように、自分でも論理だてて説明ができないくらい衝動的な怒りが根源にあるにも関わらず、飾りたてるように、一般論のフォーマット「男は~」の形で自動的に発話しているところが、モラハラキモクソ男ポイント高くて笑える点である。6の余計なことは言わない方が良かったのでは、とか言ってるあたりも大変香ばしくて良い。
こんな感じで全然自己分析上手くいってなさそうな感じの日次ワークシートを埋めていってたんだけど、こんなんでも意外と効果があって、少なくとも、Emotional Manipulation的な態度はコントロールすることができるようになってきた。
で、タイトルの問題が発生。客観的に自分の中にある要求を見つめなおした結果、
あれ?俺、もしかして、めちゃくちゃ、彼女とセックスがしたかっただけなのでは?
――話は変わるが(変わらないが)、弊夫婦は結婚直後から、5年にわたるセックスレスに直面している。
当方(夫)はもう毎日でもしたいので、なるべくロマンチックな関係を維持すべく努力を続けてきた。
雰囲気づくりのためにたまに良いレストランに行ったりはもちろん、
彼女が欲しいといってたものをサプライズでプレゼントしたりも良くしていたし、記念日だって忘れずお祝いし続けてきたし、
自分の性格に問題があるのかと思えば改善のための努力だってしてきた。
妻は働いてないうえ、普段の家事や料理だって夫の側がしているので、セックスする体力くらい有り余ってそうなものなのだが、
どういうわけか、もうどうにも濡れない(そういう気分にならなくなってしまった)らしい。
それでも、多分、(少なくとも俺の勘違いでさえなければ)妻は、まだ俺の事を(なんらかの意味においては)好きなんだとは思う。
毎日割と楽しそうに笑っているし、好きだといってハグもしてくるし、キスもする。基本的に何をするにも一緒にしたがるし、良いことがあればすぐに共有したがる。
……いや、本当に勘違いとかじゃなくて俺のことまだ好きだよな?どう考えても?え、もうわかんねーや。
「セックスができない」と言葉にするとそれだけのことに5年間耐え続けていると、次第に、だんだん、日常の細かい問題が目につくようになってきた。
「病める時も~」ってのはきっとなんかこういうことで、たかだか「セックスができない」くらいのことで些細な問題が目に付くようになってしまうのはきっと「真の愛」ではなかった、ってことなんでしょうね。
で、まあ、「真の愛」がどうのとかセンチな話を気にするフェーズはとっくに過ぎていて、もう結婚は性格的に向いていなかったな、ということが自覚できたので、離婚を考え始めるわけですが、ココで致命的な問題が:
とりあえず、今は、何とか彼女が自立できるようになるように、頑張って育ててるんですけど、本当に、びっくりするくらい、継続力というか、