はてなキーワード: マグカップとは
藤原敗訴
・概要
カルピス「(画像を転載しながら)こんな画像つくるなんてサイテー」
暇アノンB「画像の無断転載するな、俺の名義で削除依頼するわ」
カルピス「正当な引用なので、この削除依頼は無効です、異議申し立てします」
信仰していると言えるほどディープな者から、一時的に好意的な発言をした者など全部ひとまとめにそう呼ばれる
被保険者2名の零細企業で、金持ちのボンボンが無職の肩書を回避するための、かりそめの会社疑惑が漂う
藤原はネット上ではゲーム実況を載せるなどしていたが、再生数は2桁でショボかった
しかし、暇空騒動が勃発し、暇アノンとなり暇空を持ち上げる配信をするようになってからは数十万再生を叩き出す人気Youtuberへ上り詰めた
暇空本人の配信が冗長かつ声が独特なので、最新情報を知りたくても視聴が耐えられないという層に需要があったのだ
人気ものになった藤原は、自身のマスコットキャラであるアルパカを印刷したパーカーやマグカップなどのグッズ販売もした
しかし、人気になりすぎたが故に暇空に「スパイ」認定され追放され、藤原をフォローした者はブロックするとの暇空の勧告により再生数は激減した
追放さえなければ売れ続けるはずだったグッズの在庫に圧迫され、今では暇空への恨みを日々語っている
名称の由来は、暇空の弁護士である垣鍔晶が「カルピス」と名乗りながら仁藤夢乃叩きやネトウヨ発言していたこと
「カルピスかきつば」など垣鍔を揶揄した名前にするのが暇空批判派の間で一時期流行り、批判派はカルピス軍団と暇空に呼ばれるようになった
カルピス軍団は特に示し合わせてアカウントを作ったわけではない、ただ暇空に批判的なだけの匿名の集まりだが、中には政治的にガチな人たちもいた
そのガチな人が木野寿紀である。しばき隊にいた界隈で有名な人らしく、現在では北欧で学生やってるそうだ
匿名で活動していたが別に身バレしてもいいよスタンスであったらしく、特徴的な声で配信するなどして特定された
暇空気に食わねー!と気軽にカルピスやっていた人の中にはガチ勢がいることに引いてカルピスアカウントを消す者などもいた
それにはもう一人の人物が関わってくる
neko800だ
neko800は暇アノンで、ゲームクリエイターなので暇空のターゲットになっている仁藤夢乃や堀口英利を揶揄するようなブラックなミニゲームやイラストをよく制作していた
堀口を中傷する画像を頻繁に公開し、その中で堀口は全裸にされたり滅多刺しにされたり自殺したりしていた
岩下の新生姜社長はneko800と相互フォローで、新生姜を購入するお客様たちが見るアカウントで堀口凌辱画像をRTしていた
カルピス軍団は、neko800の画像を転載してその内容を批判的に取り上げることがあった
なんで転載かというと、neko800にブロックされているからだ
neko800は批判転載を封じたいが、著作権侵害で削除依頼を出すと、依頼者の実名が公開されてしまう仕様がある
そこで、既に実名を出して活動している暇アノン仲間の藤原が、代理で藤原名義で削除依頼をするようになった
削除依頼に異議申立をすると、申立した者の実名が相手方に伝わる仕様がある
それは嫌なのでカルピス軍団らは削除されてもそのままにしていたが、しかし木野は実名開示済みなので異議申し立てをした
要するに今回の裁判は、木野がneko800の画像を批判的に転載し、それを藤原が自分の名義で削除依頼した件の正当性についてのものだ
そして藤原が負けた
あとneko800は中傷画像について堀口に訴えられており、画像のキャラは堀口ではないので濡れ衣だと主張しているが、今回の裁判で「キャラのモデルは堀口」と認定されてしまった
neko800裁判に響きそうだ
正月って、正直暇だ。皆なにかと正月のこと持て囃すし“いいもの”扱いしてるが、結局は日曜夜のデカい版だから未来を考えて憂鬱になる。それにいざ祝い終えたら食うしかすることがない。そうやってダラダラするのが至高なんだと言われたらそこまでだが、でも正直自分は年明け前から飽きていた。
そんな時ふと、そういえば自分の会社は社内規定で副業しても良いとなっていたことを思い出した。先回りしてクソリプを防いでおくが、別に給料低いとかじゃなくて仕事内容的に副業に対するハードルが低いというか、そういう会社なだけだ。
今の会社に入る前のフリーター時代にも数回行っていたし、自分はgood率100%獲ってるから選びたい放題だったんだが、寒いし近い方がいいからって理由で某雑貨屋兼服屋の初売り販売の手伝いをすることにした。
で、いつもならば目が覚めてダラダラTwitterとか眺めて時間が過ぎるのを待ってるんだけど、今日は決まった時間に目覚ましかけて起床して、服を着替えて駅に向かった。
その時点でだいぶ良いな、と思った。やはり人間目標とか目的って大事だ。家で一人ひたすら携帯じっと見て過ごすのって、心の栄養が足りなくなる気がする。三食カップ麺な時になんとなく心がしんどくなるのと同じでさ。
それで、職場のモールはものすごく混んでた。行きに乗ったスカスカな電車からは想像できないぐらい人で溢れてて、どこにこんなに人がいたんだ!?ってぐらい。皆もやはり暇なんだな。
自分はその人混みをすり抜けて、さっさとバックヤードに行って社員っぽい人に声かけた。社員っぽい人はああタイミーさんねよろしく、じゃああっちにレジあるから、福袋のお渡しは社員がやるから商品の袋詰め補助よろしく、とだけ言われて足早に去っていった。
なんだよ袋詰めの仕方ぐらい説明ぐらいしてくれ、とか思いながらレジに向かうと、店内の半分を埋め尽くすぐらいに伸びる行列と、4台ぐらいのレジで必死の形相で会計を進めている店員達がいた。そのうち3つのレジが二人1組でレジ入力と袋詰めしてて、残り一つが一人だけで会計してたからとりあえずそこに入った。
店員さんは返事こそしてくれたが振り返らなかった。ひたすらに目の前に置かれた買い物籠から商品を手に取ってバーコードスキャンをし続けていた。レジには買い物カゴが二つ置いてあって、中には紅茶パックやらおもちゃやらトレーナーやら靴下やらがみっちり詰まっていた。あー初売りはやっぱり修羅場だなぁ、なんて思いながら、自分もそれに釣られるように、他のタイミーの人を真似しながら次々スキャンされていく商品を片っ端から袋に詰めてった。
最初は必死だったけど、だんだん慣れて来て、どういう順番で入れたら効率よく詰められるか分かるようになった。袋を開いた状態で横に置いて、地層だと考えた時に上着、四角いクッションやトレーナー等の布製品は古生代あたり、紅茶とか充電ケーブルとかマグカップとかプラスチックのパッケージに入ってるのは袋に入れる時尖った角で袋を割いてしまうので中世代もしくは古生代に紛れ込ます(許されざる行い)、靴下は泥扱いで隙間に詰めればいい、といった具合に。
そうすると客がレシートを受け取るタイミングで袋詰めが終われるようになって、他のレジより圧倒的に回転率が早くなった。隣のレジの客がまだかなぁ、みたいな顔で袋詰めが終わるのを待つ横で自分のレジの客は会計が終わると同時に颯爽と帰っていくのだ。実に気分がよかった。次第に客の中にも自分のレジは早く終わることに気付く客が出てきて、自分のレジが空いたタイミングで自分の番が来ると一瞬嬉しそうにニコッと笑うのがわかった。そうだ、気付いていたか。あなたは実に運がいい。なにせ自分のレジは超高速だ。何故なら私は常に考え続けているからだ。生物は考え続けるものだけが進化できるのだ。
そして更に余裕が出てくると、次に来る客がどれぐらいの量か予測して量に合う袋を準備しておけるぐらいにはなった。用意した袋の8割がジャストサイズだとして、ぴったりそれに当てはまると少し脳汁が出た。パチンコで当たり当てた時というより、フランス料理のシェフがステーキにかけるソースをものすごく綺麗にかけられた時のような快感だった。自分はあの瞬間グランメゾン東京のキムタクだった。
そしてあっという間に時間が過ぎて、勤務が終了して、自分は今帰路の電車内でこれを書いている。今日、暇な時間を引き換えに得たのは心地良い疲れと爽快感とちょっとした小遣い。
味噌汁の「お湯を注ぐだけ」という手軽さは、ダイエット中には本当に助かりますよね。
結論から言うと、1(だし汁)は普通のスーパーで簡単に手に入りますが、2(ボーンブロス)は一般的なスーパーだと「鶏ガラだしの素」などで代用するか、少しこだわったお店に行く必要があります。
OMAD(1日1食)の空腹対策として、スーパーで買える「塩分控えめ・お湯を注ぐだけ」の選択肢をまとめました。
だし汁をそのまま飲む習慣(飲むお出汁)が流行っているため、塩分ゼロや無添加のものが増えています。
* 特徴: 「食塩・化学調味料」が一切無添加です。スティック1本をマグカップに入れてお湯を注ぐだけで、旨味たっぷりのスープになります。
* ポイント: 完全に塩分ゼロなので、何杯飲んでも血圧やむくみの心配がありません。
* だしパック(ティーバッグ型)
* 例: ヤマキ「基本のだし」、トップバリュ「天然だしパック」など。
* 使い方: カップにだしパックを入れ、お湯を注いで2〜3分待つだけ(紅茶と同じ方式)。
* 注意点: 裏面を見て**「食塩不使用」**と書いてあるものを選んでください。「万能だし」などは最初から塩味がついていることが多いです。
本格的なボーンブロス(骨を数時間煮出したもの)の液体タイプは、成城石井などの高級スーパーや通販がメインですが、身近なもので代用可能です。
* 茅乃舎(かやのや)「鶏だし」
* 特徴: ティーバッグ型で、お湯を注ぐだけで濃厚な鶏の旨味が出ます。ボーンブロスに最も近い満足感があります。
* ポイント: 小さじ半分程度をお湯に溶かします。ただし、これには塩分が含まれるので、味噌汁の代わりとして「1日1杯」程度にするのが無難です。
お湯を注ぐだけで、味噌汁より塩分が低く、満足度が高いものとして以下も人気です。
「お吸い物」を薄めて飲む
市販の松茸のお吸い物などの素を、通常より多めのお湯(300ml〜400mlなど)で割ります。香りが強いため、薄くても満足感が出やすく、塩分摂取量を抑えられます。
お湯を注ぐだけですが、意外と塩分があります。これも「素材力だし」のこんぶ味に変えることで、塩分をカットしつつ旨味を楽しめます。
OMAD中の選び方アドバイス
* 空腹がキツイ時: 「素材力だし(かつお)」などの動物性の旨味。脳が「栄養が来た」と錯覚しやすく、空腹感が落ち着きます。
* リラックスしたい時: 「素材力だし(こんぶ)」などの植物性の旨味。
まずはスーパーの調味料コーナーで、理研の**「素材力だし(食塩無添加)」**を探してみてください。これが一番安くて手軽、かつ塩分を気にせず何杯も飲める最強の味方になります。
もしよろしければ、お近くのスーパー(イオン、ライフ、成城石井など)を教えていただければ、そこで買える具体的な商品をさらにお調べしましょうか?
私には3人の家族がいる。父・母・兄。
父が東大に、母が医療系の専門学校に通っていた頃ふたりはインカレサークルで知り合って、20代の終わりに結婚した。その頃父はまだ博士課程にいて、国家資格持ちの医療従事者となった母が支えたらしい。それから父は博士号を取り、大手企業の研究職に就き、兄が生まれ、私が生まれ、母は専業主婦になって、家族みんなで父の海外赴任について行ったこともある。家を買って、"家族4人"で暮らしていた。料理上手で家庭的な母と、頭が良くて順調なキャリアを歩む父。兄も私も健康で、大きな問題を起こすこともなかった。絵に描いたような家庭。
私たちの問題がなんなのか、いつどのように始まったのかわからない。
母は「お父さんも結婚する前は優しかったの」と言う。でも結婚してすぐ手をあげられたことがあって、親にも誰にも言えなかったらしい。幼い私から見ても、偉いのは父で、母は従う人。父は家ではなにもせず、母は頼まれる前から「お茶飲む?」と聞いて、「いい」と言われてもなお「あったかいの淹れることもできるよ。この間○○さんにお土産でもらったのがあるの」と言いつのって「要らないって言ってるじゃん!」ときつく言われ黙り込むような人だった。いま30代となった兄の振る舞いは、この父によく似ている。私も内心で母に苛立つ。
楽しかった思い出もある。夏のキャンプとか、塾でいい成績を取れたら遊園地に連れて行ってもらえたこととか。
ふれあい動物園が好きで、小学生の私の"将来の夢"は獣医だった。父が言った言葉からそういうことになった。
でもどこかに向かう車内の何気ない会話で父が激高して、そのまま気まずい沈黙が流れたり、Uターンして家に帰ったりした記憶も同じくらいある。
父が声を荒げたり物を壊したりするのが怖かった。されるがまま、言われるがままで、ただ黙って父の壊したものを片付ける母がもどかしかった。
だから小学校を卒業する頃、父が単身赴任すると聞かされた時は嬉しかった。私の中学受験が終わった頃で、「せっかく受かった志望校を諦めさせるのはかわいそう」というのが家族で引っ越さない"言い訳"だったらしい。私たち子供の意見は聞かれなかった。この頃の父は激務なのか家庭の不和なのか、メンタルクリニックに通っていたらしい。"職場に近いところで寝泊まりしたいから"一人暮らし用の部屋を借りていた時期もあった。でも父が辛そうにしていた記憶も、幸せそうにしていた記憶もない。父が私のマグカップを使ったことがあって、それが気持ち悪くて二度と使わないと心に決めたことだけを覚えている。
そうして家族3人での生活が始まって、私は母の選んだ中高一貫校に進学した。
ふたつ上の兄は地元の公立。兄も中学受験のために塾通いをしたけれど、本人のやる気が足りないからと父が打ち切ったらしい。後の大学進学を含め、"お父さんのお気に入り"である私の学費は父が、"お父さんはお兄ちゃんに厳しい"から兄の学費は母が捻出したらしい。母は資格を活かして復職し、一人で兄と私を育て、家事をし、仕事もしていた。朝は6時前に起きて朝ご飯とお弁当をつくってくれて、電車通学の私を駅まで送ってそのまま自分も出勤する生活。
確かに父は、兄より私のことが好きだと思う。母より兄より私の方が父の物の考え方を理解できるという感覚が、幼心にもあった。父が母に向かって声を荒げる前にそれを予測できたし、単純に兄より私の方が勤勉で、成績がよく、いわゆる"優等生"だった。父と私は似た者同士なのかもしれない。私は父のことが嫌いだったし、父も私たちにさほどの関心はないようだったけれど。単身赴任を始めて以来、父と会うのは年に数回、話すのは数分になって、それが今日まで続いている。
対して母のお気に入りは兄だと思う。兄は今も母と実家で暮らしている。月5万を家に入れて、当番制でときどき食事を作り、母はそれを褒める。掃除も洗濯も家の修繕費の負担も母で、「お兄ちゃんが作ってくれておいしかった」と聞かされるのは大概がパスタの話だけど、兄は"いい息子"、私は"手がかかる娘"。実家を出て自立していても、兄より収入が多くても、"昔は全然家のこと手伝わなかった"から、私は永遠に手のかかる娘。昔だって兄よりは手伝っていたけれど、母は男尊女卑の根強い家庭で育ったのだと思う。身内を貶すことも文化のうちなのだと思う。
兄と遊んだのは小学生の中学年くらいまでで、まだランドセルを背負っていた頃に「恥ずかしいから外で話しかけないで」と言った記憶がある。共通の趣味も話題もなかったし、兄の自意識が透けて見えるような言動が恥ずかしかった。でも、ひどい言葉だ。私の方から関係を壊したのかもしれない。その頃には既に一緒に遊ぶような関係ではなかったけれど、兄はより話しかけてこなくなった。
兄が高校3年、私が高校1年だったか、その1年前か、その年のセンター試験をそれぞれ解いて、いくつかの教科は私の方が成績がよかった。兄の能力を低く感じ始めたのはこの頃かもしれない。でも兄は、受験のプレッシャーもあっただろうに、「すごいね」というようなことを言ってくれた。そう言える兄のことをすごいと思った。兄のことを尊敬したのはこれが最後になる。
その頃の私たち兄妹はろくに会話せずそれぞれの自室にこもって過ごしていて、物の貸し借りはなかったし、用があるときはドアをノックする関係だった。
でもある夜、ふと気配を感じて目覚めたらベッド脇に兄が立っていた。驚いて「何?!」と聞いたら兄は無言で出て行った。いま思えば、次の日にでも「なんだったの?」と聞けばよかった。聞ければよかったのに、どうしてできなかったのか、なにが問題なのかわからなくてこれを書いている。私は聞けず、兄はなにも言わず、ただただ気持ち悪く思いながら寝て、その後も何度か夜中に兄が部屋に入ってくることがあった。ただそこに立っていて、一度は布団に触った。物を持っていったことはなかったと思う。
母には相談した。相談しているときに兄が帰ってきて、母はそのまま私の前で「○○の部屋に入ってるの?」と聞いた。兄は否定して立ち去って、母は「入ってないって」と私に言って、話はそれで終わった。一度じゃないのに。入ってきてるのに。それで私はいよいよ兄のことが気持ち悪くなって、食器もバスタブも兄の触れたものは使いたくなくて、夕食と入浴を捨てた。水道を止めるために蛇口を触ると、その手をまた洗いたくなって困った。その手を拭くタオルも兄とは別のものを使いたかったし、それでも同じ洗濯機で洗っていると思うと気持ち悪かった。夕飯を食べない生活なのに今より随分ぽっちゃりしていて、なのに生理は2~3カ月に1度しかこなかった。でもそういうことは、我が家では問題として扱われず、兄が遠方の大学に進学して家を出た。2年後に私も出た。
家を出て本当によかった。高校までと大学からで、自分を違う人間のように感じる。連続した人生とは思えない。高校までの記憶がぼんやりしていて、本当にあったことのように感じない。
大学で、回し飲みができるようになった。学校生活を生き抜くために必要だから無理して維持しているだけじゃない、本当に好きな友達ができた。次に会うのを楽しみにできて、泊まりで複数日一緒にいることができる。大切な思い出、というのができた。私のことを大切にして尊重してくれる恋人もできた。一人でいるより一緒にいる方がいい、と思っていることに気づいて驚いた。
その人たちから本当に多くのことを学んだと思う。
関係が近いからと言ってその人を貶す必要はないということ。嫌なことがあったら話しあった方がいいこと。伝えたら聞いてもらえるということ。行動に移してもらえるということ。私も聞きたいし、行動を変えたいし、それは案外簡単で、延々と不満を溜めこむほどのことではないということ。好きな人がいると幸せだということ。いろいろな形の幸せがあること。お互いを思い合う夫婦もいること。家族はなんでも話せる相手、と思っている人もいるということ。
そうして月日が経って、生活や人間関係が安定するにつれ、家族のことが嫌いになった。高校までの自分のことも、あまり思い出せないけれど、思い出せたら嫌いになる気がする。
男尊女卑、人を見下す視線、高い要求や幸せの形を押し付ること、人の気持ちを無視すること。
母は"いい母"として"いい家庭"を築くことに一生懸命だった。本当にすごく努力して、くれた?と思うし、その努力と根性を尊敬している。でも母が見ていたのは理想の家族像であって、私たちではなかったと思う。父と結婚したのは東大生だったからじゃないのか。父が声を荒げて物を壊しても、抵抗しなければ嵐は止むから、私が内心でどんなに兄を気持ちわるがっていても、「気にするな」と取り合わなければ黙るから、そうして"穏やかな家庭"を得ることにしたみたい。「お父さんとは話合いにならない」「なにか言ったらもっと荒れる」と母は言うし、父の気が荒いことは事実だけれど、一方で父は非常に論理的な人でもある。
話し合いを諦めたことは、なにを諦めたことを意味したんだろう。"かわいそうな被害者"として父への不満を言い続けた母は、なにを得たんだろう。
復職してからは家計も折半になり、生活費ももらっていないらしい。母はそのことを誇りに思っていて、それが私には、自立を誇っているというより父なしで生きていけることを誇っているように見える。父は、父としても夫としても、基本的に不在だった。今でも不在で、お互いの退職後にどこでどう暮らすのかは、楽しみな計画というより悩みの種となっている。
母が口癖のように言うこと。
「専業主婦のときは社会に認められていると思えなかった」「資格を取りなさい」「子供を産みなさい」「毎月25日はATMが混んでてなんでかなって思ってたら給料日にはすぐ生活費をおろすって人が結構いるみたいなの。生活に余裕があるって有難いことだなぁってしみじみ思った」
私はどうしても子供がほしいと思えない。
結婚したいと思える人が
行き場の無い感情を整理するため、増田なるものに投稿してみんとす。
最近、パートナーにイライラすることが多くて、自分でも良くない形で態度に出しちゃってる時があるのを自覚してた。
巷で言う、モラハラ夫的な感じになってたんだと思う。Emotional Manipulationというか、不満を直接伝える代わりに、「私は不満です」という態度で示してしまう、という感じ。
これは、どう考えても二人の関係にマイナスだし、単純に人としてめちゃめちゃかっこ悪かったので、ChatGPT君のお力を借りたりしながら我流の認知行動療法的なものを試みてみることに。
そうこうしていくうちに、自分でも自覚していない本当の欲求とか、それを伝えるための健全なコミュニケーションに対して自覚的になれるのでは?というのが目的。
ちなみに、今、見返すと自分の子供っぽさが透けてバカ笑えるのでちょっと初期の例を出しとく。
1. 今日の出来事 「妻に浮気された男がテーマのとある歌の話」をされた。別になんら含みのあるコンテキストではなかったが、湧いた苛立ちを隠すように皮肉的な言い方で「社会的役割を考えたら男は最後にはサイフでしかないしね」と返した。 2. 1次感情 (チェック式) 怒り 3. 身体反応 特になし 4. 自動反応 (チェック式) 罪悪感誘導 5. 求めていた核心ニーズ わからない 6. 健全な代替表現 思いつかない。余計なことは言わない方が良かったのでは。
5で「わからない」とか書いているように、自分でも論理だてて説明ができないくらい衝動的な怒りが根源にあるにも関わらず、飾りたてるように、一般論のフォーマット「男は~」の形で自動的に発話しているところが、モラハラキモクソ男ポイント高くて笑える点である。6の余計なことは言わない方が良かったのでは、とか言ってるあたりも大変香ばしくて良い。
こんな感じで全然自己分析上手くいってなさそうな感じの日次ワークシートを埋めていってたんだけど、こんなんでも意外と効果があって、少なくとも、Emotional Manipulation的な態度はコントロールすることができるようになってきた。
で、タイトルの問題が発生。客観的に自分の中にある要求を見つめなおした結果、
あれ?俺、もしかして、めちゃくちゃ、彼女とセックスがしたかっただけなのでは?
――話は変わるが(変わらないが)、弊夫婦は結婚直後から、5年にわたるセックスレスに直面している。
当方(夫)はもう毎日でもしたいので、なるべくロマンチックな関係を維持すべく努力を続けてきた。
雰囲気づくりのためにたまに良いレストランに行ったりはもちろん、
彼女が欲しいといってたものをサプライズでプレゼントしたりも良くしていたし、記念日だって忘れずお祝いし続けてきたし、
自分の性格に問題があるのかと思えば改善のための努力だってしてきた。
妻は働いてないうえ、普段の家事や料理だって夫の側がしているので、セックスする体力くらい有り余ってそうなものなのだが、
どういうわけか、もうどうにも濡れない(そういう気分にならなくなってしまった)らしい。
それでも、多分、(少なくとも俺の勘違いでさえなければ)妻は、まだ俺の事を(なんらかの意味においては)好きなんだとは思う。
毎日割と楽しそうに笑っているし、好きだといってハグもしてくるし、キスもする。基本的に何をするにも一緒にしたがるし、良いことがあればすぐに共有したがる。
……いや、本当に勘違いとかじゃなくて俺のことまだ好きだよな?どう考えても?え、もうわかんねーや。
「セックスができない」と言葉にするとそれだけのことに5年間耐え続けていると、次第に、だんだん、日常の細かい問題が目につくようになってきた。
「病める時も~」ってのはきっとなんかこういうことで、たかだか「セックスができない」くらいのことで些細な問題が目に付くようになってしまうのはきっと「真の愛」ではなかった、ってことなんでしょうね。
で、まあ、「真の愛」がどうのとかセンチな話を気にするフェーズはとっくに過ぎていて、もう結婚は性格的に向いていなかったな、ということが自覚できたので、離婚を考え始めるわけですが、ココで致命的な問題が:
とりあえず、今は、何とか彼女が自立できるようになるように、頑張って育ててるんですけど、本当に、びっくりするくらい、継続力というか、
そう、私の友人は熱っぽく語った。幼少の頃から冷たいカルピスしか知らなかった私は、その言葉に一瞬の戸惑いを覚えたものの、好奇心には勝てなかった。その日以来、「ホットカルピス」という響きは、私の頭の中で哲学的な問いへと変貌していったのだ。これは、その熱く、そして甘酸っぱい探求の記録である。
カルピスの本質とは何だろうか。それは、あの清涼感と、冷たいグラスから立ち上る夏の白さにあるのではないか。そこに熱を加える行為は、まるで哲学者が自らの公理を否定するがごとき、自己矛盾を孕んでいる。
私は意を決して試みた。所定の濃度に薄めたカルピス原液をマグカップに入れ、電子レンジで温めること90秒。立ち上る湯気は、普通の白い湯気だ。一口、口に含む。
…ぬるい。そして、甘い。
冷たい時の、喉をスーッと通り抜けるあの爽快な酸味のキレがない。熱によって酸味が丸くなり、ただの甘い飲料水へと成り下がっている。これはもう、「カルピス」ではない。「ぬるくて甘い水」だ。この失望感は、期待が大きかっただけに倍増する。
さらに追い打ちをかけるように、熱によりカルピスの独特な乳酸菌飲料の香りが増幅され、冷たい時には感じなかった独特な風味が際立ってくる。それは決して不快ではないが、求めていたものと違うという深い虚無感を伴う。
結論として、ホットカルピスは、カルピスの最大の魅力である清涼感とキレのある酸味を完全に殺した、凡庸で甘すぎる飲み物である。
というのは嘘で、意外と美味しいかもしれないよ。知らんけど。
「清潔感」のミソは「清潔」という言葉だろう。「清潔」であることと「きれい」であることは厳密にいえば違うのだが、人間の日常生活では「きれい」の感覚のほうが重視され、なおかつヒューリスティックな判断ではきれいなものは「きたないものと比較して」おおむね清潔であるので、この2つの概念はごっちゃにされやすい。
既に使い古された例示ではあるが、あなたがこれから2つのマグカップのうちどちらかを使って水を飲めと言われたら、どちらを使うだろうか。
どう考えても、「清潔」なのはカップBだ。しかし人間の認知はカップBを「きたない」と感じるようにできている。実際にはカップAのほうが「不潔」なのだが、カップBと比較するとカップAのほうが「きれい」に感じられる。
近代以前であれば、つまり細菌という概念が見つかっておらず、また除菌技術も発達しておらず、身分によって享受できる衛生環境に差があった時代にあっては、「きれい/きたない」と「清潔/不潔」はおおむね対応していた。水で洗ったものは洗っていないものに比べてきれいであり、清潔である。整えられた貴族の髭は農民の無精髭に比べてきれいであり、清潔である。つるりとした富豪の肌は皮膚病で荒れた貧民の肌と比べてきれいであり、清潔である。それで何の問題もなかった。
しかし現代社会ではこの2つがズレる局面が多々出てくるようになった。多くの人が毎日風呂に入るようになった時代にあっては、短い無精髭よりも丁寧に梳られた豊かな髭のほうが雑菌が多いだろう。伝染性の皮膚病が少なくなった社会にあっては、アトピーが目立つ風呂上がりの肌よりもシャワーを浴びる直前の滑らかな肌のほうがよっぽど不潔だ。コーヒーの染みが落とせていない洗いたての白衣と当直で着たきりの真っ白な白衣なら、多くの医師が前者を清潔だと判断するだろう。
そして現代人も、多くのひとは「清潔」ではなく「きれい」を重視して生きている。スマートフォンという雑菌の塊をレストランのテーブルに置くひとは大勢いる。多くの店舗では手袋をはめたまま食事の準備と会計を行う(素手で都度手を洗ったほうがよっぽど清潔だろうに)。増田は風呂を浴びてメガネをかけてから洗い物をする習慣があるが、メガネをかけるときに手が雑菌まみれになることはあまり気にしないようにしている。気にしていたらきりがないからだ。
「清潔感」はうまい言葉だ。「~感」といったとき、対象が実際に「~」であるか否かは場合による。AIの絵に「ジブリ感出てる」と言うとき、AIの絵はジブリの絵ではないことが明らかだが、いっぽうで、「それってどうなのよ感がある」と言ったら「それってどうなのよ」と言いたいのだ。
では「清潔感」はどちらか。伝染性のないアトピーの患者やシャワー浴びたての無精髭やシワが寄った洗いたてのシャツに発動され、水虫の美男子や立派な髭をたくわえたイケオジや昨日から着たままの洒落た服に発動されない感覚は、どう考えても実際の「清潔」を推し量っているのではない。それは「きれい」さを推し量っている。
「~感」がついている以上、「清潔感」が実際の清潔を表していなくとも間違いではない。その意味で、「論理的」に概念の破綻を示そうとする人たちはおかしい。しかし同時に、「清潔感」を必死になって正当化しようとするのもおかしい。それは原始的でヒューリスティックな認知に過ぎず、倫理的に正当化しうるものではない。カップAを反射的に選びたくなる本能を美辞麗句で飾り立てているだけだ。
もちろん本能に従うことは別に悪いことではないが、本能に基づいてくだされた判断を道徳的に正当化することはできない。「巨乳の女性が好き」という本能にしたがっておっぱいの大きな配偶者を選ぶのは個人の自由だが、それを道徳的に正しいと言い募ることができないのは誰にだってわかるだろう。私たちは、清潔感という言葉の定義をめぐる不毛な論争にかまけるのではなく、清潔感に意味を持たせようとするのをやめるべきなのだ。それは本能的な反射にすぎないのだから。
ワキガは直して、風呂キャンは論外。ちゃんと歯も磨こう。胃が悪い人は医者に行って直して。
雑巾臭のする服は着てくるな。
洗剤等の香りがキツいのも勘弁して(ちゃんと仕様書を読んで容量守れ)。
TPOに応じ合っている香水やフレグランスを付ける。夜のクラブみたいなのやめろ。
食後は手と顔を洗え。カレー食べたの丸分かりだぞ。
②食事は綺麗に食べよう。
クチャラーとか論外。鼻直してこい。
こいつは客先に出せない→出張に出せない→出世させられない→リストラ候補入り。
逆に綺麗に飯を食うだけで社内評価は爆上がり。
③字は綺麗に書こう。
汚い字で書かれると、判読するのに時間が掛かる。
出世すると手書きが増える。字が汚いと影で馬鹿にされる。辛い。
④遅刻だけは絶対に絶対にするな。あと重要案件の期限は必ず守ろう。
アイツは約束を守る という上司の評価は、仕事できる以上のポイントだったりも。
言われてた事は守れ。言われてない事はやるな。
突発が起こったら、上司に直ぐ連絡しろ。これだけ評価が上がる。
⑤身だしなみはちゃんとする。
人は見た目9割。無能でも見た目さえ避ければ生き残れる。
セミ・オーダーメードで背広を作る。美しく見えるので、これだけで評価が上がる
ワイシャツとネクタイは良いものをしろ。高くてもノーアイロンシャツ一択。
ズボンプレッサーは超楽だし、折り目きっちりついたズボン周りの評価が高い。
ズボンのポケットに重いものを突っ込むな。だらしなく見える。ポーチを使え……。
バスタオルと替え下着はロッカーに入れておこう。汗だくになり乳首が浮き出る姿を周囲に晒すのはNG
散髪は高くで評判が良い店で一度切ってもらって写真を撮る。常連の散髪屋に見せて切ってもらうと安上がり。
⑥言葉遣いに気をつける。
これも専門書があるんでそっちをあたれ。
⑦時計、手帳、カレンダーをいかに味方につけるかが勝負。Todoリストも使いこなせれば最強。
こうなると超有能な秘書を24時間365日自分の側で雇ってる状態になる。強い。
奥が深いのでそっちをあたれ。
⑧机は綺麗に使おう。
借りた資料は速攻で返す。会議等で貰った配布資料は課のバインダーに閉じるかシュレッダーへ。
机の上の玩具は5つまで。
スマホの充電等、盗電行為は、目立たぬように周囲からの死角を作りコソコソと。
⑨会話は手短に