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映画「大いなる不在」…藤竜也の怪演、一見の価値有り.


映画「大いなる不在」-1
製作年:2023年 制作国:日本 上映時間:133分



気になっていた作品がようやく柏キネマ旬報シアターに
やってきた.認知症テーマ作品は観落とせない.
本年度累積196本目の観賞.
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長編デビュー作「コンプリシティ 優しい共犯」がトロント、
ベルリン、釜山などの国際映画祭に招待され高い評価を
得た近浦啓監督の第2作.
森山未來が主演を務め、藤竜也と親子役で初共演を
果たしたヒューマンサスペンス.

幼い頃に自分と母を捨てた父が事件を起こして警察に
捕まった.知らせを受けて久しぶりに父である陽二のもと
を訪ねることになった卓(たかし)は、認知症で別人の
ように変わり果てた父と再会する.

さらに、卓にとっては義母になる、父の再婚相手である
直美が行方をくらましていた.一体、彼らに何があった
のか.卓は、父と義母の生活を調べ始める.
父の家に残されていた大量の手紙やメモ、そして
父を知る人たちから聞く話を通して、卓は次第に
父の人生をたどっていくことになるが…….

主人公・卓を森山未來が演じ、父・陽二役は
「コンプリシティ 優しい共犯」でも近浦監督とタッグを
組んだ藤竜也が務めた.卓の理解者となる妻の夕希役
は真木よう子、行方知れずの義母・直美役は原日出子.

第71回サン・セバスチャン国際映画祭のコンペティ
ション部門で藤竜也がシルバー・シェル賞(最優秀俳優賞)
を受賞.第67回サンフランシスコ国際映画祭では
最高賞のグローバル・ビジョンアワードを受賞.

以上は《映画.COM》から転載.
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いきなり冒頭のシーンが警察の特殊部隊が家に来る
という予想外のシーンから物語は始まる.掴みは十分.
認知症の陽二;藤竜也が引き起こした事件なのだ.

何故こんな事が?と思わせることで始まるオープニング.
過去と現在、2つの時間軸をややこしく見せて、この
センセーショナルな場面に至る経緯が解き明かされる.

その過程にもいくつかの謎が見え隠れし、錆びついた
家族関係が動き出す人間ドラマだけではなく、
ミステリーのような味わいもある.

認知症になった父が施設に入ることになり、20年ぶりに
息子と再会する.父親がそれまでの家族を捨てて一緒
になった再婚相手は行方不明.


映画「大いなる不在」-2


現在と過去の二つの時間軸で”壊れてしまった現在”と
”壊れていく過程”が描かれる.藤竜也の演技は認知症
の特徴を良く捉えていて、その混濁した発言内容は
ややこしい時系列の物語をより一層ややこしくする.

映画は現在と過去を行きつ戻りつながら、三つのこと
を描く.一つは、藤の認知症の進行具合.そして、愛情
深く尽くしてきた妻の心が切れ決別してしまう夫婦の姿.
二つは、森山の心中に長らく不在であった父との絆を
繋ぐとともに父の足跡を辿ろうとする子の姿.
三つは、藤の妻の行方探し.

本作の特徴は、第一に構成の独特さにある.
冒頭の緊迫感、前後する時系列.
第二に印象的なショットの数々.

ー胸の痛みで倒れた藤の妻が離れていく
藤の足元を窓越しに見るときの絶望的な目のアップ.
ー森山が義母の郷里で海岸に寝そべりながら
藤が出奔前に書いたラブレターを読むシーン.
ー藤と決別した妻が郷里を彷徨い夜の海辺に
佇むシーン.

第三に謎めいたストーリー.森山が義母の行方に
ついて、義母の息子から義母の妹宅にいると聞き、
そこを訪ねたが、妹からはいないと言われる.

一つ前のシーンでは庭で姉妹が語らっていたが、
これは姉が藤の家を出た直後と思われる.
その後も姉は彷徨いその行方は謎のまま残される.

病は本人にとってつらく悲しいことだが、「あちら」
の世界に移った陽二は、どこかプライドの武装が
解除されたような印象もある.これは私自身の父の
認知症でも感じたことと同じだ.本人は楽なのだ.

卓:未山未来が施設を後にする時、自分のベルトを
陽二の腰に巻いてやる場面は静かだが心を打った.
病は陽二を苦しめたが、卓が陽二の過去を辿る
きっかけにもなり、親子関係に雪解けの兆しを
もたらすものでもあったのだ.


映画「大いなる不在」-3


卓にとっての父親、若き日の陽二にとっての20
年間の直美への思慕、病んだ彼の元を去った直美、
現代パートで姿を見せない朋子の謎など、さまざまな
「不在」のコラージュで描かれた物語の最後に、
陽二と卓それぞれの胸に残ったのは妻への思慕と
父への情だった.

映画はオープニングとエンディングで役者をしている
卓の舞台稽古のシーンが挿入される.かなり前衛的な
演劇で最初は意味不明だったのだが、エンディング
でその意味が判明する.


映画「大いなる不在」-4


要は卓と陽二のドラマのメタファーになっている.
これも中々面白い”仕掛け”だと思った.「ドライブ・
マイ・カー」に於いても演劇との密接なリンクが
話題になったが、本作もその関係性が上手いと
感じた.

キャストに於いては、陽二を演じた藤竜也の演技
が絶品で、完全に独壇場.泰然自若とした物言い
は受け取り方次第では時に冷たく感じられ、
これじゃ家族崩壊も当たり前と容易に想像がつく.

そんな彼が認知症を患ってからは一転.喋る言葉
もあやふやになり、勘違いや被害妄想に取り
つかれた憐れな老人になり果ててしまう.

人間が人間らしく生きることの喪失、不安、苛立ち.
それらが見事に表現されていた。
元大学教授であるため、常に社会問題や世界情勢
に目を向けていたのだろう.柔軟性がなく、頑固な
性格だが、丁寧な物言いで知的な雰囲気が
身から漂う.

そんな人が認知症を患ってしまったら。無理難題
といえる役柄を彼は見事に演じきった.
それどころか、監督の想像の範囲を大きく超えて
しまったのではなかろうか.まさに、怪演.

その演技を観られただけでも至福としたい.

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