映画「墓泥棒と失われた女神」…酷い邦題なれど素敵なラブ・ストーリー.
原題:La chimera 製作年:2023年
製作国:イタリア・フランス・スイス合作 上映時間:131分
金曜は公開される作品も多く、ワクワクの日なのだけど、今週は壊滅状態.
ディズニー製マーベル作品や「もし徳…」とか吐き気を催す作品ばかり.
観るべき作品が無いっ!!! やっとの思いで近所のシネコンに地味な伊
作品を発見.トコトコと出かけて溜まったポイントでタダ観したのは
本年度累積168本目.
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「幸福なラザロ」「夏をゆく人々」などで高く評価されるイタリアのアリーチェ・
ロルバケルが監督・脚本を手がけ、愛の幻想にとらわれた墓泥棒の数奇な
運命を描いたドラマ.
1980年代、イタリア・トスカーナ地方の田舎町.忘れられない恋人の影を
追う考古学愛好家の青年アーサーには、紀元前に繁栄した古代エトルリア人
の遺跡を発見できるという不思議な力があった.
アーサーはその能力を利用して墓泥棒の仲間たちと埋葬品を掘り起こしては
売りさばいて日銭を稼いでいる.そんなある日、アーサーたちは希少価値を
持つ美しい女神像を発見するが、事態は闇のアート市場をも巻き込んだ騒動
へと発展していく.
「ゴッズ・オウン・カントリー」のジョシュ・オコナーがアーサー役で主演を務め、
「ブルーベルベット」のイザベラ・ロッセリーニ、「ハングリー・ハーツ」のアルバ・
ロルバケルが共演.
2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品.
以上は《映画.COM》から転載.
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この監督さんの「幸福なラザロ」は一風変わった作風でお気に入りの作品だった.
生まれらしいトスカーナ地方を舞台の作品.年代は明らかにされないが、車を
見ても80年代初期であるのは明白だ.
それにしても酷い邦題を付けたものだ.中味を引っ張ってきただけだ.
原題は“La chimera”、キメラなんだね.ドラクエではお馴染みだが(笑)、
正しくは、キメラとは、同一の個体内に異なる遺伝情報を持つ細胞が混じって
いる状態や、そのような状態の個体のことらしい.
主人公アーサー:ジョシュ・オコナーの中に在る特殊な能力を持つ個体のことを
考えるなら、彼自身がキメラなのかもしれない.実際「俺はキメラなんだ…」という
セリフもあったような….
物語は刑務所出所後の墓泥棒を迎えるワル友達との、更なる墓ならぬ遺跡探し
の金儲け話.主人公は遺物の美しさに心を奪われるなど、単なる金儲けと違う
ロマンを求める人物.そして夢枕に現れるのは、かつての恋人ベニアミーナ.
どう言う事情か、彼女は手の届かないところに逝ってしまったよう.
前半とてもスローペースでなかなか物語が動かず、ハラハラするのだが、
中盤辺りから、アーサーのダウジングによって埋葬品を見つける能力を発揮すると
俄然調子よくテンポもでてくる.とある墓で女神を発掘してからは、凄い推進力で
ラストまで一気呵成にもっていくのが楽しい.
あまりに貧しいアーサーの暮らし.泥棒仲間たちも貧しく、埋葬品の買い手は欲深く、
皆、金と欲に目がくらんでいるのだが、アーサーに関してはそれはミスリード、
アーサーは、後になって気づかされるのだが、恋人の姿を探し求めていたのだ.
現実世界で盗掘を戒めてくれた女性イタリアと、幸せになる可能性もあったけど、
彼は自ら去って行ってしまう.それは失った彼女:ベニアミーナの幻想を追い求める
ことがやめられなかったからなのだった.
それまで、アーサーが盗掘する目的が、お金のためなのか、仲間との友情のため
なのか、考古学的興味なのか、いまひとつはかりかねられなかったところが、
最後には、ベニアミーナを探していたのか!とはっきりわかることとなる.
アーサー役のジョシュ・オコナーがとにかく素晴らしい.寂しげな表情、ヨレヨレの
くたびれ具合、どういう経緯でイギリスから来たのかよくわからないという謎感、
木の棒でダウジングしたり、突然卒倒したり、不思議すぎる人物をとても魅力的
に演じていた.
アーサーはせっかく地下遺跡で手に入れた女神像の頭部を海にぶん投げたしまう
のだが、その女神像の頭部の美しさは彼の婚約者ベニアミーナそのもの.
彼女も女神像も人の目を喜ばせるために居るのではない.
ベニアミーナを夢見るアーサーは墓泥棒をしながら夢と現実の世界を行き来する.
アーサーの存在自体がこの世とあの世の狭間にいるような感じ.だから死者が
埋葬されている場所が分かる、だって自分も片足を突っ込んでいるから….
オルフェウスの神話をベースにしてるってことだから、死んでしまった恋人への
未練から自分も彼岸に近い存在になってしまったのだろうか.
ベニアミーナへの未練を断ち切って、イタリアと結ばれていたら、アーサーは
きっと彼岸に行くことは無かったはず.
それでもアーサーはベニアミーナを選んだ、そして、完全に彼岸に両足を着地
させてしまう.墓泥棒の際に土砂崩れで閉じ込められたアーサー、暗闇の中に
地上から一本の赤い毛糸がぶら下がっている.たどっていくと地上の明かりが
見え、その先にはスカートの端がほどけたベニアミーナが….
死によって一度離れた2人が死によって再び巡り合うとても美しいラブ・ストーリー.
見方によってはバッドエンドかもしれないが、でも私はハッピーエンドだと思った.
夢の中の彼女と再会して、最高に幸せそうなアーサーの姿が見られ、
ほろ苦いながらも、素敵なラストシーンでほのぼのした印象.
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