映画「オッペンハイマー」…これまた難物な作品だ.
原題:Oppenheimer 製作年:2023年
製作国:アメリカ 上映時間:180分
さて、日本公開がはばかれた問題作品.米国内の何とか賞ではもてはやされたが、
日本ではどう受け止められるか? 公開初日の朝一番に観賞.老若男女入り交じった
中で観賞.あっと言う間の180分であった.本年度累積72本目はTOHOシネマズ柏で.
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「ダークナイト」「TENET テネット」などの大作を送り出してきたクリストファー・
ノーラン監督が、原子爆弾の開発に成功したことで「原爆の父」と呼ばれた
アメリカの物理学者ロバート・オッペンハイマーを題材に描いた歴史映画.
2006年ピュリッツァー賞を受賞した、カイ・バードとマーティン・J・シャーウィン
によるノンフィクション「『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」を下敷きに、
オッペンハイマーの栄光と挫折、苦悩と葛藤を描く.
第2次世界大戦中、才能にあふれた物理学者のロバート・オッペンハイマーは、
核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画において、原爆開発プロジェクトの
委員長に任命される.
しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で投下され、
恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、
戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対するようになるが…….
オッペンハイマー役はノーラン作品常連の俳優キリアン・マーフィ.
妻キティをエミリー・ブラント、原子力委員会議長のルイス・ストロースを
ロバート・ダウニー・Jr.が演じたほか、マット・デイモン、ラミ・マレック、
フローレンス・ピュー、ケネス・ブラナーら豪華キャストが共演.
撮影は「インターステラー」以降のノーラン作品を手がけているホイテ・バン・
ホイテマ、音楽は「TENET テネット」のルドウィグ・ゴランソン.
第96回アカデミー賞では同年度最多となる13部門にノミネートされ、
作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィ)、助演男優賞(ロバート・
ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞を果たした.
以上は《映画.COM》から転載.
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さて、色んな意味での待望の作品.アカデミー賞なんて私の価値感には
微塵も影響を与えない要素.やはり原爆を造ってしまった人間を知りたかった.
最初に、大手配給会社が尻込みする中、ビターエンドが早々に配給を決めて
くれたことに感謝したい.この心意気は買いたい.
初見では政治劇の印象.悔やみ後悔は二の次に回されているととった.
ノーラン監督らしく単純明解な表現にはなっていない.時制がいったりきたりするし、
オッペンハイマー:キリアン・マーフィーによる視点がカラー映像、ロバート・
ダウニー・Jr.が演じるルイス・ストローズなどオッペンハイマー以外の視点が
モノクロ映像と使い分けられている点は、本作を直感的に理解しにくくしている
要因の一つだ.
一度観てすっと理解できるような単純な映画でない.「テネット」と同様
繰り返し鑑賞することで理解度が高まる奥深い作品を追求するノーラン監督らしい
作品だと感じた.かといって何回も見返す気持ちにならないのも事実だ.
180分と長尺だがそれを感じさせない緊迫感の連続を強いてくる.鑑賞後の疲労大.
以下いくつか感じたことを羅列.
作ったものに責任は無い.運用側の言い分が述べられる.運用した軍部に反省微塵
もなし.トルーマン大統領に至ってはクソとしか言いようが無いように描かれていた.
どうせドイツかソ連が作り出していたという言い訳は詭弁.ドイツが敗戦し、有無を
言わさず、戦争に負けようとしない日本に使ってしまった責任はある.
ロスアラモスに於けるトリニティ計画、原爆実験がクライマックス的に描かれている.
驚くべきは、その実験準備とほぼ並行して実戦配備の原爆も作製していたこと.
実験成功後1ヶ月と経たない内にもう広島に投下されているのだ.
当時の米国政権にとっては、既定路線だったということだ.
オッペンハイマーの水爆作製反対の真意が良く描かれていない.原爆は作って
おきながら…、落とす場の選択にも加担していて…. 原爆作製の反省からかとも
思うのだが、水爆開発に異議を唱えたロバート・オッペンハイマーは、政治権力に
よって「アメリカを裏切った人物」に仕立て上げられ、この映画の半分を占める
聴聞会やトルーマン大統領に臆病者と罵られるシーンに繫がる.
これらは全てアイソトープ輸入の一件で公衆の面前で馬鹿にされたルイス・
ストローズ:ロバート・ダウニー・Jr.が仕掛けたいわゆる“赤狩り”の一環.
ある特定の人物が持つ背景を理由に排斥しようとする不寛容な社会を代表する
“赤狩り”のような愚かな時代を繰り返してはならないという強いノーラン監督の
意思表示を感じさせる.
同時代のハリウッドの映画界もまた密告に怯える恐怖政治のような状況で、
“赤狩り”の時代に政治権力へ屈してしまったという反省から、ハリウッドの
映画人たちは今も社会を後退させないために声を上げ続けている.
「オッペンハイマー」が映画芸術アカデミーの会員たちに支持された由縁だ
とも思ってしまうのはげすの勘ぐりだろうか?(苦笑).
広島と長崎に原爆投下し日本が降伏、戦争が終結し、多くのアメリカ人兵士の
無駄死にを防いだヒーローとされたオッペンハイマーが“赤狩り”で窮地に
追い込まれても、それを支え続けた妻キャティ:エミリー・ブラントの存在、演技は
印象的であった.
前半では出演シーンも少ない.キャラクターの重要性が判りずらいのだが、
中盤以降の夫の不倫など紆余曲折を乗り越え、他人には解らない夫婦という
関係性を絶妙な表現力で演じて、特に終盤では身動きをとれない夫を支える
強力な推進力としても、効果的で重要なキャラクターを素晴らしく演じている.
彼女が夫にささやくセリフ「戦いなさい…」を何度聴いたことか.
こんな素晴らしい助演女優にオスカーは与えられないのだね(笑).
他の役者ではアインシュタインを演じたトム・コンティ.これまた出番は極少だけど
飄々としたアインシュタインのキャラを上手く演じていた.それにしても「相対性理論」
で一世を風靡したアインシュタインのアメリカでの扱いが意外の感有り.
1940年代で既に「相対性理論」は過去の遺物扱いで、最新の量子物理学が
幅を効かせていたのだね.
他には、トリニティ計画の軍側の責任者レスリー・グローブスを演じたマット・
デイモン.ちょっと見には彼とは思えない風貌で、陰に日向にオッペンハイマー
を支える役柄.されど君は原爆を作りさせすれば良く、使用は私たち軍人の責任
と突き放す….
広島・長崎の描写の不在については、オッペンハイマーの視点で描く物語だから
当人が見ていない原爆投下を描かないというのも一理ある. が、1億ドルもの巨費
を投じて米国の製作会社が作る大作ゆえ米国市場での評価と興行的成功を重要し、
ネガティブな反応を引き起こしかねない原爆による凄惨な殺戮の描写はぼかされた
点も見過ごされるべきではないだろう.
米国側の視点・史観に立った映画を日本人が観てさまざまな意見を持ってよいと
思う. 少なくても日本公開されたおかげで健全な議論のきっかけになることであろう.
作品を見ずして賛否を論じるのは不毛でしかない.
今回通常画面で観賞した.IMAX前提で作られているようだが、キリアン・マーフィー
の顔の極大アップやオッペンハイマーが物理学的真理を追求する思索のイメージ、
原子爆弾が世界に連鎖的な破壊をもたらす悪夢のような空想シーンをIMAXで
観たいとは思わなかったから.
本作は、時代背景、政治、世界情勢、大人の愛、謀略、科学、アイシュタイン、…
に対して自分の持てる力量をフル回転させながら見ないと映画の全てを受け入れら
れないと思う.ノーラン監督らしい難物の作品であった.
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