映画「関心領域」…このシュールさ、怖さを堪能.
原題:The Zone of Interest 製作年:2023年
製作国:アメリカ・イギリス・ポーランド合作 上映時間:105分
さて、カンヌのグランプリを獲った問題作.音響がキモという評判なので、
補聴器を付けるか取るか悩んだ末に、補聴器有りで観賞してみた.
本年度累積118本目はMovixつくばの大劇場で観賞.
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「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」のジョナサン・グレイザー監督がイギリス
の作家マーティン・エイミスの小説を原案に手がけた作品で、2023年・
第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でグランプリ、第96回
アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞.
ホロコーストや強制労働によりユダヤ人を中心に多くの人びとを死に
至らしめたアウシュビッツ強制収容所の隣で平和な生活を送る一家の
日々の営みを描く.
タイトルの「The Zone of Interest(関心領域)」は、第2次世界大戦中、
ナチス親衛隊がポーランド・オシフィエンチム郊外にあるアウシュビッツ
強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するために
使った言葉で、映画の中では強制収容所と壁一枚隔てた屋敷に住む
収容所の所長とその家族の暮らしを描いていく.
カンヌ国際映画祭ではパルムドールに次ぐグランプリに輝き、第96回
アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞、音響賞
の5部門にノミネートされ、国際長編映画賞と音響賞の2部門を受賞した.
出演は「白いリボン」「ヒトラー暗殺、13分の誤算」のクリスティアン・
フリーデル、主演作「落下の解剖学」が本作と同じ年のカンヌ国際
映画祭でパルムドールを受賞したサンドラ・ヒュラー.
以上は《映画.COM》から転載.
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新種のホロコースト作品.
三国合作とあるが、A24提供ゆえアメリカは資本提供、原作・監督が英国.
撮影場所とスタッフはポーランドだ.
直接的な残虐場面は無く、間接的表現や音響面でナチスの残虐さを表現.
一見すると、ドイツ人将校の平和的?な生活を表面的に描いてみせる.
観客の創造力と妄想力が試される造りだ.観方によってはとんでもない
心のダメージを受けてしまう….
物語の主人公はルドルフ・ヘス:クリスティアン・フリーデル.アウシュビッツ
収容所の所長.彼は妻ヘートヴィヒ・ヘス:サンドラ・ヒューラーと5人の
子どもたちとともに、収容所から塀一枚隔てた土地に建つ瀟洒な一軒家に
暮らしている.
たくさんの草花が生い茂り、よく管理されたヘス家の美しい庭の向こうには、
有刺鉄線が巡らされた塀越しに収容所の見張り塔が覗いている.
抜けるような青空の下、塀の向こうからは得体の知れない重機の音にまじって、
銃声や悲鳴が引っ切りなしに聞こえてくる….
本作の特徴は、音による暴力. 冒頭と最後のエンドロール時にはブラックアウトし、
悲鳴のような合唱とバイオリンの不気味な音色の伴奏が流れる.冒頭は数分にも
及ぶかと感じさせ、観る前に気持ちを萎えさせる.
途中の音声も、小さめだがかなりクリアにアウシュビッツ収容所で起きている音だけ
でその行動や声が表現されている.人が運ばれてくる汽車の稼動音、時折の銃声、
立ち起こる悲鳴、ゴーと燃やす音….観客にはその存在が見えないからこそ、
恐ろしさが強調される.
その悪魔の所業が実行される場の壁一つ隣で、何不自由なく暮らす一家の様子.
沢山の使用人はおそらく現地ポーランド人なのであろう、妻ヘートヴィヒ・ヘスの
人を人とも思えない罵倒する姿はこの上なくあさましい.庭やプールで遊ぶ5人の
子供たちには罪はない.ただ、毎朝学校に行く時、家族に向けて右手を高く上げて
「ハイルヒットラー」を叫ぶのには嫌悪感を感ずる.
主人公ルドルフは所長ゆえ、所内で行われている事は周知している.それどころか
いかに効率よくユダヤ人を殺す手段を考える、昇進願望の強い男だ.一度子供たちと
川で遊んでいる際に、川に流れてきた或るモノを見て、血相を変えて子供たちを
風呂で完璧に洗わせて.自らも清める姿が描かれ、自らが行っている事が汚らわしい
と思っているのか、流れてきたモノのユダヤ人を汚らわしいと心底思いこんでいる
のかは分からない.
夫は実行犯なのだが、その妻ヘートヴィヒは隣の所内で行われている事を一切
無視している.ユダヤ人から搾取した毛皮や宝石を纏うことをいとわないし、庭の
手入れや家のでの暮らしをまったく享受しきっている.
夫にベルリン移籍の栄転話しが舞い込んでも、自分と家族は今の家に残ると
主張する.職業軍人ゆえの良く有る移動話しなのだが、悪行の限りが行われる
収容所の隣に住み続けたいと思うその神経の麻痺には驚いてしまう.
単身赴任に追い込まれた夫ルドルフが浮気?とも思えるポーランド女性あるいは
ユダヤ女性との性行為を想像させるシーンがあった.異常に思えたのは、事後
自身の性器を磨くが如く洗い流すシーン.その後、階段でルドルフが吐き気を催す
場面が何かを示唆しているようなのだが判断に苦しむ.
大量殺戮を指揮した贖罪の気持ちがあったのか? あるいは、人間とも思わぬ
ユダヤ人と交わってしまったからか?ルドルフによって殺害された人たちから
時空を超えて呪われたのか? とても不思議な場面であった.
その後、現代のアウシュビッツ収容所が映される.そこのスタッフの人々が掃除
をしているシーン、そこで映し出されるのは残された大量の靴やさびれた衣服.
観客たちの関心領域だとで思っているのだろうか、押しつけがましいと感じた.
本作の怖さは壁を隔てた2つの空間の対比よりも、むしろ、妻ヘートヴィヒに
見られるような、無関心を装うことがいかに残酷で、戦争を放置することに
なるかという事実にあると感じた.
そんな中にも、それらに抗う姿も描かれてはいた.映画の後半に挟まれる
赤外線カメラの少女の行動.最初は何をしているのかはよくわからないのだけど、
収容所内で何かをそっと置いているように見える.これが後に実話としてされている
「命の危険を冒して囚人に食べ物を届けた少女」の映像だと判る.
もう一つは、ヘートヴィヒの母の行動.わざわざドイツ本国からアウツシュビッツ
までやって来て、実の娘がエリート軍人に嫁いで、子どもたちといい暮らしを
していることに満足しているようすを見せる.
が、「あの塀の中にあの方たちは居るのね」と親しかったユダヤ人家族の名をあげる.
また、塀のむこうからのただならぬ気配におびえ泣き止まない末の孫の泣き声に
心を痛め、娘にはなにも告げずに、夜のうちに姿を消してしまう.
出来る範囲内での.起きている事への抗議の姿は尊い.ポーランド人に於いても、
ドイツ人異に於いてもだ. 大勢に屈せず、権力の横暴に抗う姿勢は尊い.
この部分は見習わなければならない.
この作品の製作ポリシーは、露骨なシーンは見せない、音だけ聞いて、後は観客
が脳内で補完してくれという事なのであろう.解釈は観客に委ねられているのだ.
とんでもなくシュールな造りの作品.その不気味さに慄くとともに、映画的な発想
の斬新さには感服してしまう.
たんと味あわせてもらった気分、ラストエンディングロールの音楽は、刺激的な
バイオリンの音が人の悲鳴に聞こえてしまい、吐き気を催してしまった.
普段にも増してエンドロール中に退出する顧客が多かった….
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