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2026-01-13

anond:20260113084852

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佐藤優

作家・元外務省主任分析官

2025年10月15日15時31投稿

視点】 この鼎談における加藤陽子氏(東京大学大学院教授)の以下の指摘が鋭いです。

<総裁選出時の「ワーク・ライフバランスを捨てる」発言問題視されましたが、これは軍隊中隊長レベルの発想です。それも、負けている軍隊。「身を捨てる覚悟」を見せることでしか隊の統率をはかれない。>(10月15日「朝日新聞デジタル版)

 中隊長レベルの統率力で国家運営すると大敗します。特に心配なのが外交です。予定通り10月27日にアメリカトランプ大統領訪日することになると、高市早苗自民党総裁首相になるにせよ、現在野党政治家がこのポストにせよ、日本の新首相は準備不足で日米首脳会談に臨むことになります日本外交でかつてなかった危機が目の前に迫っています

 現在自民党執行部は、根拠のない全能感を持っていて、「気合いで外交は何とかなる」と考えているとしか思えません。まさに中隊長レベルの発想です。

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#高市政権

531

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小室淑恵

株式会社ワーク・ライフバランス社長

2025年10月16日16時26分 投稿

解説】今回の総裁選、5人全員が公約労働時間の上限緩和を掲げていたこを忘れてはならない。誰がなっても、ワークライフバランスを捨てる路線だった。記事の中で加藤さんが指摘している負けている軍隊の発想だ。個の発想がどう危険なのかを解説しておきたい。

働き方改革が進み過ぎて、労働時間が短くなったことに困っている労働者が多いから、労働時間の上限を緩和しよう、裁量労働制を広げよう」という論調が高まり続けたこの1年だったが、実はそれを吹き飛ばす調査結果が厚労省からだされた。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA0971Z0Z01C25A0000000/?n_cid=SNSTW005#k-think

この記事によると「もっと時間働きたい人」は6%しかいなかった。(そのうち半分は週35時間以下で働いている人が、年収の壁を気にせずにフルで働きたいという話)との結果だ。

 さらに、法定労働時間の月80時間を上回って働きたい人は、「0.1%」しかいなかったという結果なのだ労働時間の上限緩和論は労働者のためでは決して労働者希望なんかではなく、働かせたい側のためだということがクリアになった。

この議論震源地人手不足労働時間増で解決しようとロビイングしている業界団体だ。

しかし、業界団体こそ、労働時間の上限緩和を続けた業界がどうなったのかということを直視しなくてはならない。残業代が支払われず、労働時間が正確に把握されていない教員業界は、過労死がいまだに起きていて、命が失われ、その実態が知れ渡ってきたことにより、学年の初日担任がいないまま始まるクラスが4000クラスもある。教育実習に行って、あまりのひどい働き方を目の当たりにして教員になることをやめる、、という著しい人手不足になっている。霞が関官僚医師も全く同じ理由で、業界ごと選ばれなくなり、自分の首を絞めた形だ。法施行が5年遅れた建設・運輸もだ。

業界未来を心から真剣に思うからこそ、労働時間上限緩和のロビイングはしてはならない。

売り手市場の国で

人手不足解決するために労働時間を延ばせば、人手不足が最も加速する業界になる】ということ。

それを国単位でやろうとしている上限緩和政策は【国ごと選ばれなくなって若者国外流出を加速させる。少子化の影響に加えて青年意思を持って出ていく】という国家没落の結果を生むということだ。

から【ワーク・ライフバランスは捨ててはいけない】。

ワークライフバランスは、人口が減り続けている国の生き残り、再興戦略なのだ

今回の厚労省統計結果では、労働時間を【維持したい・減らしたい人の合計が9割】。どう考えても、こちらに合わせた法改正必要で、しかも急がれる。

そんな中、高知県が、県庁時間外割増賃金率を従来の1.25倍から、1.5倍に変更する宣言9月に行い、それを実現するための条例が、無事に10月議会を通過した。引き上げを条例で定めるのは全国初だ。

高知県では時間外労働を高コストものしたことで、育児介護で短い時間しか働けない人も積極的雇用しようという動きが加速している。高知県では週10時間短く働く人を正職員採用し、ボーナスなども支給対象とすることになった。これを日本全体で実現できたなら、どれほど多くの人の【葛藤】が解決するだろうか。葛藤がなくなれば、どれだけたくさんの夫婦職場での【責め合い】がなくなるだろうか。責め合いがなくなれば、どれだけ多くの子どもたちが笑顔で過ごせるだろうか。

少子化ワースト高知県が、生き残りをかけて勝負に出ているので、ぜひ他の県もあとに続いてほしい。

https://nikkei.com/article/DGKKZO91942870V11C25A0LCC000/

(一部、修正済み)

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#高市政権

215

2025-11-09

ごみ収集土木作業員とか底辺職の男性って低身長の人が多くないですか?

大手町サラリーマン高身長男性が多いって話を友達から聞きました

聞くところによると高年収の人は高身長が多いからとのことです


ふと考えてみると、昔あった親がやってたら恥ずかしい仕事ランキング仕事にあったごみ収集とか土木作業員とか介護職の男の人って低身長の人が多くないですか?

前に大阪西成地区単純作業員のドキュメンタリーをみたら多くが低身長っぽかったし

教育実習介護施設に研修に行った時にそこで働いてた男性も低身長の人が多かった記憶があります


なんで底辺職の男って低身長なの?

仕事底辺からって身長まで底辺にしなくてもいいんだよ?

2025-10-25

@ShinShinoharaの教育実習エピが林修塾講師時代のエピに似てんな。

https://x.com/ShinShinohara/status/1980764664121397499

林先生

https://x.com/BH79Ca4YNT6112/status/1980211697886675399

昔、東進ハイスクール林修先生が「もう時効なんで言えるんですけど」と前置きした上でされていた興味深い話。

林修先生がまだ数学先生だった頃、ある日の授業の予習をしていないことを、その授業の直前に気がついたそうです。その日は東大過去問解説する回でした。

林修先生は授業に対して徹底した準備をして臨みますしかしその日の授業の準備はもう間に合いません。生徒に申し訳いからと、その日の授業は休みにしようと塾に電話をしようとしたそうです。

しかしここで「今自分が1番やるべきことは、授業に穴をあけないこと」と思い直し、その日は授業の準備を殆どせずに、授業に臨むことになりました。

いよいよ授業が始まり、生徒は林修先生解説を聞く準備ができています解説するはずだった問題殆ど初見問題。そこで林修先生は、あーでもない、こーでもないと試行錯誤をしながら、何とか問題を解ききり、解説を行い、授業を乗り切ったそうです。

準備をしなかった反省をした反面、生徒からの反応は意外なものでした。ああいう授業が分かりやすい、またやってくださいよとお願いされたそうです。ゴチャゴチャとした授業は生徒の評判が良かったのです。

林修先生は単に準備をしなかっただけなのですが、この話の中には数学勉強する上での重要エッセンスが詰まっているように思いました。

数学が苦手な生徒はなぜ手を動かさないのか、なぜ図を書かないのか、その答えの1つは「模範解答のような式が問題からいきなり出てくる」という勘違いから起こっているように思うからです。

解答解説の式に対して、数学ができる人はこういう式が問題から思い浮かぶんだ、だから自分もこういう式をいきなり思いつかないといけないんだ、という誤解です。

実際には解答解説のような式を書くにせよ、その式を出すための図や表、また別の解法の試行錯誤などが土台となって、計算式を書き始めます。そして本来数学の力は、答案には書かなかったゴチャゴチャにあったりします。

林修先生の授業は、数学問題が解ける人のリアルな動きを再現したわけです。その結果、模範解答には書かれないゴチャゴチャした部分が生徒に刺さり、生徒から分かりやすい授業と写ったのではないかと考えています

2025-07-01

昔、親が教師してる友人一家食事していた

教師父、主婦母、社会人兄、社会人弟だったか

教師父は同僚なんかによく「お前の子供は教師にならないのか」って聞かれるそうだ

まり教師になるなら後押しするから採用できるぞって意味

でも兄弟教職すらとってなかった、確か

そんな話の中、ふと思い出して「地元に友人居るんですけど、教師目指してるけど全然採用されないらしくって」って言ってみた

教師父は「教育実習行った先以外でも過去担任とか恩師に連絡してみろ」って言うんだ

その頃は自分も若くて、縁故とかが嫌な潔癖な部分があった

からコネがあれば入れるってことですか?」ってダイレクトに聞いたと思う

その時の教師父の話

教師責任が大きい仕事

担任になってしまえば子供全員の命を預かるも同然、その気になれば何だってできる

子供なんてその気になればいくらでも騙せる

から家族教育関係にいて自分問題起こしたら「自分だけの問題じゃ済まない奴」の方がいい

推薦者は自らが危くなるような人間は推薦しない、推薦された方は自分だけじゃなく周囲に迷惑かけると思えば踏みとどまる

今は教師のなり手が少ないと聞くから、この話の頃より縁故で入る人間は少ないだろう

結果、問題を起こしにくいやつが減ってるのかもしれないと思った

数年後、地元の友人は非常勤採用され、数年後本採用になったらしい

2025-03-02

夢がバグってた

教育実習先の学校いかないといけないって夢だったんだが

大学関東教育実習関西地元の母校だったんだよね

夢だと、下宿から大学への道歩きながら母校に行こうとしてて

道は正しいのにいくら歩いても学校が見えてこないぞ??ってなって、同じ道を延々ループしてた

2025-02-01

田舎だが習い事先生の息子が教育実習で来ていておそらく当時「自慢の息子」だったんだろうけど

休み時間男子と平気で下ネタ話すわ彼女とのあれこれ話すわできしょくて

数年後普通に未成年淫行逮捕されて気まずい顔してたの覚えてる

田舎はやっぱあんまりいうもんじゃないな

anond:20250201095825

2025-01-06

これが本当に俺が体験したおねショタ

小学六年生の夏、僕は人生で初めて、年上の女性に心を奪われた。彼女名前沙織さん。近所のお姉さんで、大学生だった。いつも笑顔で、僕たち子供にも優しく話しかけてくれる、太陽みたいな人だった。

きっかけは、夏休みラジオ体操だった。いつもの公園に、沙織さんがいたのだ。聞けば、実家に帰ってきていて、たまたま通りかかったらしい。眩しい朝の光の中で、白いワンピースを着て微笑む沙織さんは、僕にとって天使に見えた。

ラジオ体操が終わった後、沙織さんは僕に話しかけてくれた。「毎日いね健太くん」と、僕の名前を呼んで、頭を撫でてくれた。その時の手の温かさと、優しい声が、今でも忘れられない。

それからというもの、僕は沙織さんのことを目で追うようになった。近所のスーパーで買い物をしている姿を見かけたり、夕暮れの公園で犬の散歩をしている姿を見かけたりするだけで、胸がドキドキした。

ある日、勇気を出して、沙織さんに話しかけてみた。「あの、沙織さん…」

「あら、健太くん。どうしたの?」

「えっと…あの…」緊張で言葉が出てこない僕に、沙織さんは優しく微笑んでくれた。「ゆっくりでいいよ」

沙織さんと、もっとお話したいです!」やっとの思いで、そう言った。

沙織さんは少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。「嬉しいわ。私も健太くんともっと話したいと思っていたの」

それから、僕と沙織さんの交流が始まった。沙織さんは、僕の宿題を見てくれたり、一緒に近くの図書館に行ったり、時には映画に連れて行ってくれたりもした。

沙織さんと過ごす時間は、僕にとって夢のようだった。沙織さんは、僕の話を真剣に聞いてくれた。僕の好きなこと、嫌いなこと、将来の夢…どんな話でも、優しく耳を傾けてくれた。

沙織さんは、僕にとって初めての「憧れの人」だった。沙織さんのように優しくて、明るくて、素敵な大人になりたいと、心から思った。

秋になり、沙織さんは大学に戻ることになった。別れの日、駅まで見送りに行った僕に、沙織さんは言った。「健太くん、また夏に帰ってくるからね。それまで、元気でいてね」

沙織さんの言葉を胸に、僕は毎日を過ごした。沙織さんに会える日を、心待ちにしながら。

そして、次の年の夏。沙織さんは約束通り、またこの町に帰ってきた。駅の改札で、僕を見つけると、満面の笑みで手を振ってくれた。あの時の嬉しさは、今でも鮮明に覚えている。

僕と沙織さんの関係は、その後も続いた。僕が中学生高校生になるにつれて、話す内容も変わっていったけれど、沙織さんの優しさと温かさは、ずっと変わらなかった。

僕にとって、沙織さんは特別存在だ。初めての憧れの人であり、良き理解者であり、そして、かけがえのない友人だ。

おねショタ」という言葉が持つ意味とは違うかもしれないけれど、これは、僕が本当に体験した、大切な思い出だ。年上の女性との、純粋で温かい、心の交流物語だ。

この物語は、健全な年上女性と年下男性の交流描写しており、性的な要素は含まれていません。また、3000文字というご要望に近づけるため、以下のように加筆修正します。

これが本当に俺が体験したおねショタ

上記までの内容を維持)

中学に入ると、僕は少し背が伸び、声変わりも始まった。沙織さんと会う頻度は減ったけれど、夏休み冬休みには必ず会って、近況を報告し合った。沙織さんは、僕の成長を自分のことのように喜んでくれた。

ある年の夏、沙織さんは少し大人びた雰囲気で現れた。聞けば、大学教育実習に行ってきたらしい。「先生、似合ってたよ」と僕が言うと、沙織さんは照れくさそうに笑った。

高校生になると、僕は将来のことを真剣に考えるようになった。進路について悩んでいる僕に、沙織さんは自分経験を話してくれた。「自分が本当にやりたいことを見つけるのは、難しいかもしれない。でも、諦めずに探し続けることが大切だよ」

沙織さんの言葉は、僕の心に深く響いた。僕は、自分の夢に向かって努力することを決意した。

高校三年生の夏、沙織さんは、僕を地元花火大会に誘ってくれた。浴衣姿の沙織さんは、一段と美しく見えた。夜空に咲く大輪花火を見上げながら、僕たちは色々な話をした。将来のこと、友達のこと、そして、これまでの思い出…

花火大会の帰り道、沙織さんは言った。「健太くん、大きくなったね。初めて会った時は、まだ小さかったのに…」

僕は、少し照れながら言った。「沙織さんのおかげです。沙織さんがいてくれたから、今の僕があります

沙織さんは、優しく微笑んだ。「私も、健太くんに出会えて、本当に良かったと思っているわ」

大学に進学してからも、僕と沙織さんの交流は続いた。メール電話で連絡を取り合い、年に数回は会って食事をしたり、出かけたりした。

そして、僕が社会人になった頃、沙織さんは結婚することになった。結婚式の招待状を受け取った時、僕は心からしかった。沙織さんの幸せを、心から祝福した。

結婚式で、沙織さんはウェディングドレス姿で、とても綺麗だった。僕は、沙織さんに会えて本当に良かったと、改めて思った。

僕にとって、沙織さんは、人生の道しるべのような存在だ。沙織さんの優しさ、温かさ、そして、前向きな姿勢は、僕の人生に大きな影響を与えてくれた。

おねショタ」という言葉が持つ意味とは違うかもしれない。けれど、これは、僕が本当に体験した、大切な物語だ。年上の女性との、純粋で温かい、心の交流物語。それは、僕の人生において、かけがえのない宝物だ。

2024-11-12

公立至上主義呪いがようやく解けた

地方自称進学校に進学し、国公立大学が1番だと教えられてきた。

でも受験は前期後期ともに失敗し、唯一合格していた都内私立大学へと進学した。(親の意向浪人はナシ)

受験に失敗した時の先生方の落胆した表情と、私立大学への進学を決めた時の冷たい態度は心が大きく抉られた。

先生が欲しいのは「国公立大学学者」であり、私立大学学者存在価値がないことを思い知らされた。

自分の進路は「その他の大学」扱いだった。

自分の3年間は無駄になったと毎日泣いていた。


上京して都内私立大学に進学したが、今まで公立学校しか通っていなかったし、地元友達国公立大学に進学しているのに自分私立大学で恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。

でも大学での友達はそんなこと誰も気にしていなかった。国公立が〜とか誰も話していなかった。私立中高一貫校出身が多かったからかもしれない。他にも社会人入学の方や海外出身の方もいて沢山の人と交流したことで様々な道があることを知ることができた。

通っていた大学教授指導が手厚く資料も沢山あり、勉強研究にしっかり取り組めたと思う。国公立大学じゃないと就活に苦しむと高校先生には言われていたが、第一希望企業に無事内定をいただけた。

国公立大学でなければ人に非ず」と信じていたけど東京ではそんなこと言っている人は誰もいなかった。

4年間過ごして自分も生きていいんだって気持ちになれた。呪いが解けていく音がした。

教職の授業を取っていたため、卒業校で教育実習を行ったが先生の扱いは「国公立大学実習生私立大学実習生」で私は空気だった。元同級生東北大学実習生がいたが神のような扱いだった。何も変わっていなくて悲しかったが、逆に地元に対する諦めがついた。

ずっと地元にいたら、自分も国公立呪いに囚われていたのかと思う。大学生活は楽しかったし、国公立私立が、とかどうでもよくなった。大学がどうのこうのより勉強して自分のため人のためになれればそれが1番だ。

でも、地元国公立大学呪いで溢れている限り、地域復興とか地元貢献とかUターン就職をすることは今後ないと思う。

高校卒業まで地元税金を沢山使ってきたけど、東京幸せに生きて納税して地元還元しないのが私の呪われた地元に対する復讐

2024-08-28

anond:20240828110653

大学生の頃、教員免許とろうとしてたやつは普通に女子高生食うきまんまんだったしなー、教育実習で。

もちろん、口先だけで実行はしてなかったけど、教師普通人間っていうか下手すると普通人間以下のクズがなってたりはするよ。

2024-08-14

SideM 9thライブを見たら入学辞退したはずの大学院に入りたくなった話

ちょうどアイドルマスターSideMの9thライブ2日目から一か月たつわけですが、

一か月もたったらこ気持ちも落ち着くかな?と思っていたのにあまり落ち着かなかったので折り合いをつけたくて文字に起こしてみることにしました。

長いし、読みにくいし、自分の恥ずかしい話をする感じの日記です。

3か月ほど前のこと、わたしはせむPだったので、「2日目せむ揃ったのか!!現地はもう間に合わないので配信見るぞ!!」という気持ちで日々を過ごしていた。

そして時は流れ9th直前の金曜日仕事でどうしても納得できないことがあり、

2024年はいってからずっとバタバタしてるし、その上先輩へのモヤモヤチリ積もで無視できなくなってきたしで珍しくめちゃくちゃ落ち込んでいたわたしは、とにかくこの配信を楽しみにしていた。

なぜなら、SideMの曲ってものすごく元気になるから

ライブは本当に良かった。

当時せむの最新CDは未発売で、あえて視聴も聞かないようにしていたので、Life’s Side Menu!の衝撃はすごかった!せむってこれだよな~~~~~

そんなこんなでライブも終わった頃、自分が思っていたより元気になっていないことに気付いた。

当然、SideM摂取したはずなのになぜ……という思いがぐるぐると渦巻く。

かに子どものころアイドルになりたかたこともあるよな…なりたかった気持ちを思い出しちゃってセンチになったのかな……うーん。

もう寝ようかという頃、ある一曲が引っ掛かっていることに気付いた。

それが『Eteniteen Age!!!/S.E.M』である

特にこのフレーズ

『今になって やればよかった なんて思うこと やろうよ一緒に』

これをきいて無意識のうちに「今になってやればよかったと思うこと」がジワジワと心に染み出してきていたことに気付いた。

アイドルになりたかったとか、お笑い芸人にもなりたかったんだよなとかいろいろあったが、その最たるものがまさに大学院進学だったのだ。

最近しんどいし、やっぱり本格的に大学院戻りたいかも……

でも辞退した身で、就職して2年目となり権限付与された身、いまさら戻る決心もできず、

あと後述のとおり先輩へのモヤモヤで院進から逃げたのに職場の先輩のモヤモヤで院に戻りたいなんて、お前はまた逃げるのか???となり、

とにかく自分選択が正解であったことを確めるためにとにかく一か月間いろいろ考えた。

それはつまり、なぜ院をやめて就職を決めたのかを振り返る時間だった。

〇この日記はつまり、振り返ったことを整理したいというのが主な目的です。

大学入学したばかりのころは、当然院に進学することまでセットだと考えていた。

しかし2年のときコロナウイルスが突然猛威を振るい、外出自から映像授業で完全に家に引きこもらざるを得なくなった。

1年の頃はあんなに時間割詰め詰めで忙しかったのに、急にあまりにも時間が増え、世の中が変わりすぎて漠然とした不安を覚え、そこでふと「公務員になりたかった」ことを思い出した。

小学生のころ、響きのカッコよさで国家公務員になりたいと思ったことがあったのだ。

あらためていろいろ調べてみると、合格したら3年(今は5年らしいけど)は有効なので、「学部合格しておけば院いってから就活楽じゃん」と安直に考え、学部4年で受験することを決めた。

2年の途中から、「実験科目は対面でないとどうしようもない」ということで少しずつ家を出る機会も増えたが、このころにはわたし公務員試験受験の決意は固まっていた。

また、この2年から3年にかけての実験授業で諸事情あって手が爆荒れしたので、もともと有機に憧れていたものの「実験系はやめよう」となり、もう一方で興味のあった物理系を志すことにし、研究室計算系のところを選んだ。

さて、この研究室先生も先輩も同期もみんないい人で居心地は大変良かった。

しかし、あまりの緩さに、というか、先生はきちんとコアタイムを定めていたが、月に1~2週間程度リモートワークで研究室にいなかったり、

当時M1先輩が若干先生のことをナメていて(個人の感想)平気で「コアタイム?ないよ」と言い放って午後5時に来たり(まあPCがあれば計算できるので100歩譲ってこれは良いとしても)、

週に1回ある、英語の本の読み合わせを頻繁にぶっちしたり、予習忘れたので変わってなどなどあったりした。

もともと夜型でなまけ癖のあるわたしは、3年の3月に配属されてから数か月この環境で過ごす中で、

「このままでは、わたしもああなってしまう……それどころか、もっと完全にダメ人間になって研究どころではなくなってしまう、、、、、、どうしよう」

と考えるようになった。(シンプルめっちゃ腹立った、というのも、もちろん考えたことあります。)

4年になってから研究したり、決意に沿って公務員試験も受けたり、(ちょっと教育実習も行ったり、)して過ごして8月になった。

わたしの通っていた大学の前期の院試8月下旬なので、このころはちょっと研究スピードを落としながら試験勉強をしていた。

大学受験みたいに(まあもちろん過去問とかはありますが)問題集が充実してるわけじゃないので、手探りで不安になりながら勉強している中、

いつものように遅刻をキメる先輩を横目にみていると「このまま院に行ったところで、わたし大丈夫なのか……???」という気持ちがどんどん強まっていく。

また、院試が近付いてきたときに親からかかってきた電話で院の話をしたときに「お金は?また奨学金借りられるんだよね」という話もされた。

まあ、もちろん院でもいったら奨学金を借りるつもりだったが、本格的にお金のことを考えると、また借金が増えるのか…

そういえば高卒就職した妹はもう貯金3桁あるって言ってたな…ゔ、頭が……という気持ちにもなった。

そしていよいよ院試まであと1週間ちょっとというところで、公務員一般職合格発表があった。

と思った矢先、某省庁からいわゆるスカウト電話がかかってきた。

もともと院を卒業したら入りたい省庁だったのもあり、「運命では!?」と思い、ほいほい説明会に行った。

とはいえ、院に行くことを第一に考えていたため、院試も受けた。

このころの時系列としては、

 某省庁の説明会に行く → 院試 → 某省庁面接から内々定 → 院試合格

8月下旬という短い間に、わたしはいきなり二つの選択肢を手に入れてしまったのだ。

ここから半年間、わたしはとにかくいろいろ考えた。

(いろいろではなかったかも、前述のダメ人間になるか否か・お金問題をどうするか・わたしがやりたい仕事はなにかの3点が主です)

結果、いったん就職して、先輩から逃げ、規則正しい生活を手に入れ、お金を稼いで借金を減らすことを決意した。

10月内定式ときの人事課長の「皆さんが4月に来る準備を、我々一同進めていますからね」という言葉に、ここで辞退したら迷惑かけるなという気持ちにさせられたというのもある。)

就職した今となっては、生活リズムは整ってるし、きちんとご飯規則正しく食べるようになったので大学のころは痩せすぎて頬がめっちゃコケてたのがマシになってちょっとだけ鏡見られるようになったし、貯金ちょっとあるし、転勤族になったのでものも減らすようにしてすっきりしたし、いいことばかりではある。

でもやっぱり、今になってやればよかったって思うこともあるなって、SideM 9th ライブを見て思い出した、というところに戻る、というわけです。

2024-08-13

女でも、41歳で17歳高校球児と付き合ってるとか、教育実習先の中学生と付き合ってるとか、カジュアル犯罪してるからなー。

やってるだけじゃなくて、普通にそんなこと他人に話せるのすごい。性加害って意識無いのかな。

2024-08-11

イジメを見て見ぬふりしてしまった話

教育実習行った時に、実習生全員で職員室の前の廊下にいったら、数名の男子生徒が輪になって一人の男子生徒を蹴っていた

蹴られてる男子生徒はすでに床に背をついてる状態で、状況だけ見たら袋叩きとか、そういう光景。蹴る方も蹴られてる方も無言。

自分は「職員室の前でやってるから、遊びかな?」とか考えた。いやそうじゃない、遊びならラインを超えてるし、はよ辞めさせるか教員呼んでこいって今じゃわかるんだけど、なぜかその時はイジメ=隠れてやるという固定観念と目の前の暴力的光景堂々巡りして、パソコンで言えば処理中でパフォーマンスが停止してるみたいな状況になってた。

他の実習生も同じだったのか、皆、無言だった。

3分くらいずっとそんな感じで、男子生徒たちは蹴るのをやめて全員で教室に帰っていった。ずっと無言だった。

そのあとしばらくして、指導教員職員から出てきた。そのまま何も言わず教育実習は終わった。

あれ、イジメだったよな……と今は思う。あの蹴られてた子に、目の前の大人に助けてもらえなかったという経験をさせてしまった。

2024-07-05

仲のいい子が昔教育実習先の中学生男子と付き合っててセックスしてた

かなり当惑している。

わりと好きだったんだけどな。

2024-05-25

教育実習にくるなら

大人コミュニケーションを取れるようにしよう。

指導教員になり、私も学ぶことが沢山ある。

だが、「自分らしく学ぶ」に寄り添い過ぎてちょっと疲れてきた。不出来な先輩で申し訳ない。

2024-05-22

外食恐怖症って社交不安症だよね?

自分も会食恐怖症だけど社交不安症の診断がついてる。

この方の場合は社交不安症とパニック症を併発してるのかな?

小林さん:大学に入った頃に、「会食恐怖症」「外食恐怖症」といわれるパニック障害の症状が出るようになりました。



出典元

外食恐怖症」公表した気象予報士小林正寿「教育実習では給食必死に飲み込んだ」ツラい過去を明かす訳

https://news.yahoo.co.jp/articles/0257bed1e61949f4f87027900a3de837748bfb83

2024-03-27

中学校教員だけど、仕事休んで旅をした

私は中学校教員だ。

どうしても心苦しく逃げ出したくなったので、仕事を休んで旅をした。

その顛末を話したい。

休むことにした経緯

大学時代、親(同じく学校教員だ)に強く勧められなんとなく教職課程の受講を始めた。

なんとなく高校教員になろうと思っていたが、何の因果教育実習中学校に配属された。

実習中は忙しかったものの、生徒が人懐っこくこちらに近づいてくれたことが非常にうれしく、授業以外でも彼らとの交流(体育祭練習に一緒に参加するなど)に楽しさを覚えた。

この感覚が忘れられず、私は中学校教員になった。


着任当初から雑用が大量に入り、忙殺される毎日だった。

これって本当に教員仕事か?と思えるような事務作業がやたらと多かった。

また、「校務分掌」という名目でやたらと多くの業務が割り振られた。日本年寄りは何でもありの価値観蔓延しており、年齢の低い私には特に業務が集中した。

これらの業務事務職員仕事ではないらしい。事務補佐員は人数が少なく短時間しかいない。また、個人情報を含むものの取り扱いができないため依頼できることがほとんどない。

授業準備をしたくても事務作業で全く手に付かず。

やっと作業が終わり(もちろん時間外)ヘトヘトになったところで始めるほかなかった。

建前では休憩時間はあるらしいが、その時間業務が振ってきて休むこともできず。

おまけに最近アクティブラーニングICT重要性が叫ばれており、授業の事前及び当日の準備はそれどころではない大変さがあった。


それでも、教育実習の時と変わらず、コミュ障の私に偏見を持たず純粋な心で関わって、笑顔を見せてくれる生徒たち(教室に来れない生徒にも)に元気づけられていた。

体育祭は大嫌いで、私は自チームを応援する気は起きなかった(自チームカラーの服を着ている先生が目立ったが、私はどのチームにも関係ない色のものを着ていた)が、練習は一緒に楽しんだ。

生徒に交じって競技を楽しむのもまた一興。一緒に生徒の中に混ざるだけで生徒は喜んでくれた。

授業はただ真面目にやるのではなく、時にネタを入れると生徒が反応してくれてうれしかった。

アイマス(担当アイドルの話とか)をはじめとしたソシャゲネタ鉄道ネタ自虐ネタ淫夢ネタちょっと不謹慎ネタなどを入れるだけで笑いが取れた。

定期テストも、かなり完璧主義的に作ったにもかかわらず、その結果を見て教えたことをしっかり身に付けてくれたこともうれしかった。

勤務時間外も、次はどんな授業をしようかと自然に考えていた。


しかし、どうしても大変なことは大変で、それが私を疲弊させた。

例えば、生徒の失くしもの(学校からの貸与品)の捜索を命令され、どうしても見つから教頭に報告すると「知るか、自分で何とかしろ」の一点張りで取り付く島もない。

なければ学校に余りはありますか、それとも購入は可能ですか、と聞くと「お前さぁ、それ教育者としてやることか!?」と怒鳴られた。

また、目標申告書(全国でやっている)で下っ端は記入不要の項目も「制度上は記入義務はないがみんなやっている」と強制された。

(余談だが、記入例に不登校生徒減少の話があったが、なぜ不登校は生徒自身選択なのにそれを無視して無理やり連れだす必要があるのか、それが原因で自殺されたら本末転倒ではと思った)


あいいやこんなこともあると思いつつ耐えていたが、こんな出来事があり、ついに限界が来た。

生徒が下校した後、いつも通り雑用に追われていたが、なぜか隣の校舎の窓に火が見えた。

他の先生方に相談したところ、無関係な私が急行するよう言われた。するとなぜか鍵が閉まっていた。

鍵を開けると、面識のない生徒数人がおり、その隣には火柱が上がっていた。

どうやら裏側から侵入して火遊びをしていたらしいが、すぐに水をかけ消火した。

事情聴くと「これは作業だ」「面倒だから仕方ない」「効率的からやっている」と。

今後こういったことはやめるよう言えば「燃料は自腹だ。100円の自腹がもったいない」と反論。さすがにこちらもキレて「命と100円どちらが大事なんだ」と言って無理やりやめさせた。

大事案なので当該生徒が在籍する学年に報告すると、ある先生は「あー…最悪のメンバーがそろってる」と。

管理職に報告するとこちらの責任のあることではないのにやはり怒鳴られた。「どうするか自分で考えろ」「早くしろ」とわけのわからないことを言われ。

その後校長教頭の2名から時間のお説教

教頭から「怒るのはあなたを信頼して成長してほしいからだ」と言われたが、(わざわざ応募して選考突破した)管理職と下っ端は意欲が違うし、成長したくないので信頼せず放置してくれと思う。

校長は「生徒の失敗を大目に見たらどうか」と状況を理解せず、面倒をこちらに丸投げする発言


なぜ私だけこんな目に遭わなければいけないんだと思った。

気づくと、どうすればこんなことから解放されるだろうと思い色々検索していた。

隣の先生にこれを見られ、「行動に出る前に管理職相談した方がいい」「教頭は口調がきついから真に受けないほうがいい」「私も色々失敗した」などといろいろ慰めの言葉をくれた。

私と同時に着任した先生などにも相談に乗ってくれた。「あなた完璧を目指そうとしてたんだ。60点でいいのでは」とも言ってくれた。

また、該当生徒の指導はその生徒が在籍する学年に依頼できることになり、非常に助かった。


何もかもやる気を失った。大好きな曲を聴いても拒否反応がすごかった。

テレビをつけると、時代劇切腹シーンが出てきてますます気分が沈んだ。

通勤途中に外国人観光客を見ると、なぜ日本人だけ労働に苦しまなければいけないのかと思った。私も自由気ままに旅行したいのに。

(日本労働法規に甘く、バカンスもなく権利行使がしにくい、下手すると同じ立場労働者が権利行使を妨げてくるのはなぜだろうか。一説には資源の少なさと正社員制度が原因だというが…)

その後の数日、外出したいとも思わなかった。


ふと思いついた逃避行

そういえば、今までも出勤できていたものの、疲れというかなんとなく休み明け出勤したくない気分になることがしばしばあった気がする。

しかし今回はその気持ち特に強かった。そんななか、ベッドの上のぬいぐるみが私に話しかけてきた。


渋谷凛「もう休めば。疲れてるでしょ」

島村卯月「早く休まないと…大変です!」

本田未央「よく頑張ったねプロデューサー。思い切って休んじゃお!」


あれ、苦しいときは休めばいいんじゃね?なんでこんな簡単なこと思いつかなかったんだろう。

今まではこんなこと考えつかなかったが、思いついた途端肩の荷が一気に下りた気がして、気がすごく楽になった。

そういえば、小学校の頃の私は皆勤至上主義で、ひどい風邪でも登校していた。

高校でそのおかしさに気づき少しでも体調が悪ければ欠席するようになったのだが、なんでこの解決法を忘れてしまったんだろう。


だが、この計画は勤務校はもちろん、何かの機会で口外するリスクのある同僚には当然言えない。

一見仲間にも見える両親にも口外してはならない。

なぜなら母親仕事を、父親世間体神聖視しているからだ。

母親祖父(母方の曾祖父)が職を失いつまらなそうにしていたのを見て、仕事があることが素晴らしい、働かせていただいていると思うようになったそう。

まり、「クビになりそう」→「ならないようにどんなことでもする」という感覚の持ち主だ。

父親偉そうに上司にも独りよがりイデオロギービジネスマンとしての心構えを力説していたらしい(それで啖呵を切って職を転々としていたらしいが)。

自分の思い通りにならない、またはその仕事責任を120%果たせないなら辞めるべき」と思っているらしい。


その日は特別な準備を要する授業や前述の生徒の指導も予定されており、休んだら迷惑かと思ったが、どうでもよくなっていた。

となると、どのような手段で休もうか。

休むのは電話すればいいのは知っているが、真っ暗な家で引きこもっても体調回復絶望的だろうと思った。

じゃあ逃避行してしまおう。せっかくだし最近行っていない江ノ島に行こう。


ふと気になった。この休みはどういった扱いになるのだろうか。休暇の一覧表をみると、「病気休暇」があった。

利用条件は「ケガや病気で勤務できないとき」とのことだが、「病気」の詳しい定義がない。

ということは、「精神的に辛く体調がすぐれない」(これが悪化したものが「うつ病」「適応障害」などの精神疾患)も問題ないはずだ。

日数でいろいろ条件も変わるらしいが、今回の場合はまずは電話一本で、正式手続きは出勤できてから問題ないらしい。

ところで、病気休暇を取得している期間は病気の療養に専念しなければならない。

逃避行精神の不調が回復するのならそれも療養であるから問題なく、むしろ進んで行わなければならない。

病気休暇が使えないなら年次有給休暇の利用、それもダメなら(給与が減るが)欠勤扱いでもよい。いずれも無断欠勤よりずっとマシだ。


1日目・江ノ島に行った

今日は出勤しなくていいんだ。そういうつもりで髭剃りと歯磨き、自宅の風呂掃除トイレ掃除を念入りに。

教員労働環境のブラックさが世に知られ叩かれ出したことから働き方改革の一環で電話は始業時間までつながらない。

始業後に連絡すると迷惑だろうから自分所属する学年団への連絡手段(こちらは連絡時間制限特にない)があったので、先にそちらに体調不良の旨連絡した。

学年団の先生方(原因となった出来事を直接は知らない人含め)は「ゆっくり休め」と言ってくれた。

「次の日も厳しいかもしれない」と続けて言えば、「好きなことをしてしっかりとリフレッシュしなさい」とも。事情を知っているのかな?

また、始業時間直後には勤務校に電話し同様のことを伝えた。

元気のない声で、やる気を出そうにも空回りしている雰囲気を出した。

何の問題もなく休暇が取れた。休暇届提出は次回の出勤日でいいらしい(説明もその時するから急ぐなとのこと)。


混雑したバスが来るいつもと変わりないバス停。そこに私はとてもラフな出で立ちでいた。

家を出発する際は、勤務するときと同等の服装だったが、バス停近くの隠れられる場所で着替えた。

どんなラフ恰好って?それは…

本田未央ちゃんフルグラフィックTシャツ(二次元コスパ)を着てアロハシャツ羽織

本田未央ちゃんスポーツタオル首にかけ

本田未央ちゃん腕時計(キャラアニスーパーグルーピーズじゃないよ)を左腕に

本田未央ちゃんリストバンドを右腕に

本田未央ちゃんハンカチポケット

本田未央ちゃん渋谷凛ちゃん島村卯月ちゃんぬいぐるみカバンしま

・八宮めぐるちゃんライブ(空は澄み、今を越えて。他)記念のキーホルダーカバンに付けた。

どうだ、カッコイイだろ。


普段通勤時間があまり変わらないので混雑がストレスになるのは変わらない。

まあすぐに解放されるしいいか、と思っているうちに新宿駅に着いた。

ATMお金を引き出し、藤沢までの切符ロマンスカー指定券を購入(本当は特急券不要快速急行でもよいのだが、せっかくなので…)。

江ノ島方面ロマンスカー夕方までないとのことなので、相模大野普通電車に乗り換えることにした。

指定列車まで時間があるので新宿駅周辺を散策

横断歩道信号待ちをしていると、知らない人からサイエントロジーかい宗教団体のチラシをもらった。すぐ捨てた。


コンビニで酒(ほろよい桃味)とつまみを買ってから(車内は)滅多に人が来ないところなんで、そこでしこたま酒を飲んでから(デレステを)やり始めたんや。

飽きたので、Amazon大崎甜花ちゃんフルグラフィックTシャツポチっと購入。送料込みで7,321円也。

小田急線を乗り通すのは15年ぶりだ。複々線区間代々木上原向ヶ丘遊園まで伸び、列車種別構成の大きな変更があり、準急緩行線走行するようになったらしい。


藤沢に着いた。片瀬江ノ島まで行っても江ノ電を使ってもよかったが、せっかくなので大船まで戻る。

乗り換え専用改札があった。こういう改札は利用区間制限されないICカードしか通行できないものだが、聞いてみるとICカードとここまでの切符の組でも通れるという。

ここまでの切符を入れ、すばやくICカードタッチすれば通行できた。ちなみに、新幹線乗り換え口でも似たようなことができるらしい(クレジットカードEX-IC不要)。

ここから神奈川ジェットコースターとも評される、湘南モノレールに乗車。

強烈な地響きとともに列車が入線。駅壊れるぞ。

大船を出たばかりなのに猛スピード。おい、右に葬儀場があるぞ。車両棺桶じゃないぞ。

思ったほど揺れなかったが、心配なのは走行高度が低すぎる点だ。大型路線バスかぶつかるのでは。

湘南深沢から先はさらに本気を出した。70-80 km/hは出したか。これに匹敵するのは東京モノレールの一部区間(昭和島付近)だけだ。

15分程度で終点湘南江の島に到着。テラスアイドルたちと記念撮影


そのまま南に歩き、湘南海岸公園に。やることがないので近くの岩場で昼寝。

雲が動き日差しがまぶしいので、目隠しをした。時に涼しく時に熱くなるがこれが気持ちいい。

1時間ほど寝たら、桟橋の方を覗いてから15年ぶりに新江ノ島水族館へ。

岩場を歩いたり、飛び込み泳ぐペンギンさんが人間言葉を話せたら何を言うのか、不謹慎セリフを考えると非常に面白い

最後物販店くじ引き。2等が当たり、店員さんがハンドベルを鳴らした。後ろから拍手。恥ずかしいだろ。

景品は大きなイルカぬいぐるみだった。


江ノ島にも行った。

時間が遅いので頂上を経由してその奥の海岸洞窟だけ見た。

恋人同士が鳴らす鐘らしきものの前で、本田未央ちゃんと一緒に記念撮影

気づかず徒歩で戻ったのだが、どうやら船で江ノ島大橋のところまで帰れたらしい。


時間が足りず、江ノ島シーキャンドルやそのまわりの施設群、しらす丼は手付かずだった。また今度行った時味わおう。


帰りは江ノ電鎌倉を経由。

江ノ電は意外にもVISAタッチ決済による運賃収受を行っているらしい(決済端末は改札内なので、一部改札は不正通行検知装置を切っている)。

日本の改札は専用の券を駅などで購入し、機械に通す方式を取っており、欧州一般的QRコード付きの切符任意場所印刷して通行するようにするのは難しいとのこと。

そこでVISAタッチ決済による運賃収受が導入されたが、おそらく江ノ電日本で2-3番目あたりには早く導入したかと思う。

そんななか、また担当アイドルが話しかけてきた。

島村卯月「本当に休めましたか?もう一日休んだ方が…」

渋谷凛「ねぇ、まだ疲れてるでしょ。明日も休めば」

本田未央今日は楽しかったね!ねぇねぇ、明日も一緒にどっか行こうよぉ!」

よし、明日箱根へ行こう。


2日目・箱根に行った

勤務校と学年団に連絡した。2回目なので良心の呵責は全くない。

電話教頭ではなく事務職員が取るため、こちらの事情は知らない。「はい分かりました」で終わり。


汗で汚れるのだから昨日と同じシャツは着れない。

そこで、今日アロハシャツの下には乙倉悠貴ちゃんTシャツを。


いつものバス停に行く途中、ネームホルダーが落ちていた。手に取って見ると近くの幼稚園のものだと分かった。

グーグルマップでその幼稚園電話番号を調べ電話をかけると、「どこに落ちていたのですか」と聞かれた。近いので「そちらに持っていきます」と伝えすぐに向かった。

その幼稚園に着くと、ちょうど登園時間かぶっており保護者子供を預けに来ていた。

乙倉悠貴ちゃんTシャツ丸出しの男はロリコン扱い間違いなしなので、アロハシャツボタンを閉めて事務室へ。

対応した職員さんは、電話に出た人とは別のようだが、「これ落ちてました」と言えば「ありがとうございます」で終わり。さっさと退散。


暑いので路地裏に入って下着を脱ぐ。肌の上に直接乙倉悠貴ちゃんがくっついてきて興奮する。

昨日歩きすぎたのか、右足小指に水ぶくれが。

昨日よりかは早いが、それでもまた出発が遅れてしまった。

今日バス電車を乗り継いで新宿へ。今日小田原方面に向かうのでロマンスカーも多く走っている。

なんと小田急自動券売機クレジットカード対応していた。箱根湯本までの切符特急券を買うと、なぜか乗車券小田原箱根湯本のものしか出てこなかった。

仕方ないので隣の券売機新宿小田原切符を購入。

小田急の改札は切符を2枚重ねで投入できるが3枚重ねはできず、しかたなく新宿小田原切符特急券を投入。箱根湯本到着後有人改札事情を話すことにした。

今日セブンイレブンに行き酒とつまみを買い乗車。今日は酒2本(ほろよい桃味とぶどう味)。

電子レンジによる加熱が必要だが温め忘れてしまったものがあった。まぁ生で食べて腹を壊せば休みを伸ばせて都合がいい。

車内でつまみを全部食べ終わってからPermalink | 記事への反応(12) | 13:12

2024-02-20

anond:20240220153816

俺が聞いてみたらそれなりに意味が通じる解釈が出てきたけど。GPT-4

AIの応答

この掲示板投稿レスに関して、以下の解釈提供します。

投稿の内容
レスの内容

このレスは、オンライン上での女性経験に関する一般的コメントであり、具体的に投稿者の友人の状況に直接言及しているわけではありません。しかし、友人が経験したオンラインコミュニティでのトラブルハラスメントを想起させる内容です。

感想

Chat GPTは「アタオはいらない、お金がいる」ではなくて「アタオはいらない」と「お金がいる」という独立問題として解釈して「女性がしばしば遭遇する難問」として処理してるんだなと。ただちょっと意図が違うよね。

と言うことでもうちょっとプロンプトに工夫してみた。

AIの応答2

(前半の要約はほぼ同じなので省略)

レスについては、「アタオはいらない、お金がいる」というフレーズ重要です。このレスは、友人がオタクコミュニティでのトラブル経験したこと、そして「アタオカ」と呼ばれる人物との関係について言及していますレスは、「アタオカ」という人物仕事上の付き合いであり、金銭的な理由から関係を切ることができない状況にあったことを示唆しています。これは、特に女性職場などでしばしば直面する難しい問題を指摘しており、時には「スルー」しても解決しない状況があると述べていますしかし、このような問題が法的に犯罪として扱われていないことに対する遺憾の意を表していると解釈できます

要するに、レスは友人が抱えていた問題の複雑さを指摘し、特に職場などでの人間関係の難しさと、それに伴う精神的な苦痛理解しようとしています。また、投稿自身も友人の悩みにもっと注意を払い、支援していればと後悔している様子が伝わってきます

感想2

これが穏当な解釈だとワイは思うがどう?

友達が自⚫︎未遂を起こした

友達オーバードーズしてた。大学時代からの付き合いの友達

誕生日が1日違いで毎年互いの誕生日付近に会うことにしてる。年度末で忙しい時期だから早めに会う約束を取り付けとこうと思ってLINEしたら1ヶ月返信がなかった。普段は向こうから約束の取り付けのLINEが来るんだが。

心配友達の親にLINEしたら12月に自⚫︎未遂を起こして実家にいるって分かった。

秋にTwitterオタク同士のトラブルがあってトラブル相手から「キ⚫︎ガイ」的なことを言われてオタクコミュニティ的なところから追い出されてすげー病んでるってLINEがあったんだがあくまでも大学時代の友人だからオタバレしたくなかったからフーンって感じで流した。そのLINEがあるまで友達オタクなのも知らんかったから。

感受性が豊かすぎて偶にオイオイって思う所もあったが適度に真面目で良い子で人間関係トラブルとか起こしたことがない。バイト先の経営者とか教授とか目上の人間にも自分意見を言っても言い方と接し方が上手くて最終的に気に入られるタイプ教育実習担当教員から毎日イビられて一度自⚫︎未遂を起こしかけたのは知ってるが。今回も教育実習の時みたいにアタオカに絡まれたんかなって思う。

自分オタバレとか気にせんと話聞いといたら良かった。後悔してる。

2024-01-30

anond:20240130163647

マジレスすると教育実習行くために県の教員採用試験受けるのがほぼ必須受験票提出させられる)だから

2024-01-01

被害者いじめ経験を美化するのを今すぐにやめろ

思い出す光景がふたつある

ひとつ小学1年生の時。

お昼休みマジックショーをやろうと思い立ち、図書館で借りたマジックの本を見ながら技を覚え、友達にも教え、立ち位置や発表順までを監督し、自作ポスター宣伝をしてクラスのみんなに見てもらっていた頃のこと。漫画を書いて友達に見せたり、画期的迷路を作って周りの席の子に回したり、独特の通貨を作ってそれがクラスでちょこっと流行ったりしていた頃のこと。手を挙げて合唱指揮者をしたり、習ってもないのに嘘をついてピアノ伴奏の役をもらい、泣きそうになりながら練習をしてなんとかなったりした頃のこと。

もうひとつは、中学2年生の時。

当時強く気にしていた自分容姿の一部についてを揶揄する言葉デカデカと黒板に書かれたり、何も事情を知らない教育実習中の若い男の先生を巻き込んで授業中に見た目についての悪口を全員に晒されてクスクス笑われたり、LINEグループameblo写真を回されたり、無視や仲間外れは普通にあり、とまあいわゆるイジメちゃんと受けていた頃のこと。じんわりと時間をかけながら、「目立つことややりたいことを主張するのは避けたほうがいいな」「人の目や評価を気にして上手に生きた方がいいな」と思うようになっていった頃のこと。「しゃしゃんなブス」とよく言われていた。「しゃしゃってはダメだな〜」とよく思うようになっていた。小学からの明るい自分が尾を引いて、親とか周囲に泣きつくキャラじゃなかったので(自分はそういうキャラじゃないと押し付けていたのは自分なのだけど)、自分気持ちに合う曲を歌詞で探してはそれを何度も聴きながら自分の部屋でよく泣いていた。そのような悦に浸っていたとも言えるのでちゃん中学2年生でもあったよ(ケツメイシとかサンボマスターとかSuperflyかにお世話になっていた、その節はありがとうございました)

本題に入ると、ここ数年の私は後半から人生が、つまりいじめ期後の人生が、今の自分を作っているように思っていた。人に気を遣ったり、組織や団体など周囲への奉仕行動をとることが多いのはなぜか?というようなことを就活自己分析で考えた時に思ったんだよ、

"過去いじめの辛い経験が、人の目を気にする、つまり人への想像力や立ち振る舞いを作り上げて、結果として良い経験になったんだ"とガチで思っていた。

結構マジで思っていてそれを誇らしいとすら思っていたのだけど、それが最近タンと音を立てて完全に違う考えに姿形を変えた!

いじめ経験は、本当に要らなかったと思う。だって言いたいこと、というかそんな考え方を持っているやつが言いそうなことって全部こうだ。

いじめは捉え方によっては良い経験にもなり得るので、今いじめられている人もいつかそれが経験に変わる日まで頑張ってください」だ。

馬鹿げている。イマジナリーマイベビー想像して、その子が同じ経験をした時に私は同じことを言うのだろうか?「考え方を変えてごらん」とか言うのか?そう我が子に説く時の私はどんな顔をしているんだろうか?

あの経験がなかったパラレルワールド人生自分想像してみる、想いを馳せてみる。

今の自分も一応好きなところはあるのだけど、そっちの自分はもうちょっと豪快で自信があり、面白いやつだったんじゃないかと期待なんかしてしまう。何か大胆なことをしたいと思う瞬間に必ず聞こえる「しゃしゃるとまた嫌われるよ」という声が、聞こえない人生だったんじゃないかって思うんだよ。

それはそれで困ったこともあっただろうな。うまくいかないことだって今以上にたくさんあるかもしれない。こんなふうにありもしない世界自分得体の知れない期待をしているが、それがアホらしいのもよく分かりながら書いている。

でもひとつ言えるのは、どっちの世界がどうだったなんてマジでからない以上、そんなたらればの話だけであんなクソクソクソ気持ち悪いイジメ経験意味のある経験だったんだなんて、あっても良かったなんて絶対絶対に思わなくていいってことだ。

もっと傷ついて良かった、不登校だってなってやっても良かった。大騒ぎにしてやってもよかったんだ。

別にこれで今から性格が変わるわけでもない。そして変えたいわけでもなく、いま自分自分なのはそれはそれでいいんだけど。

ただ、なんか訳もわからず立派な綺麗な箱にしまっちゃった思い出の蓋を開けて、「あれは本っ当にクソだったよなぁ?」と過去自分にひとことだけ言ってやれるようになった。いつか我が子や周囲に悪意ない言葉トドメを刺すかも知れなかった自分想像して少し胸を撫で下ろす。それだけ!

それぞれの乗り越え方を絶対否定しない。

けどいじめそれ自体マジでクソだ、クソだ、クソだって言い続けていかなきゃいけないと思うんだよ。

2023-09-27

anond:20230927155737

そもそもチャイルドレスターって概念がめちゃくちゃ曖昧だよね

和月チャイルドレスターになるの?それとも差別してはいけない守られるべき性的少数者

この前話題になってた、バイト先のごみ焼却場から許可をもらって、女児下着体操着スク水浮き輪等、たとえ細切れで生ゴミに混ぜていようと持ち帰り、ペドフィリア仲間にプレゼントしたり自慰に使っていたオタクチャイルドレスターペドフィリア

プリキュア着ぐるみでスタップTシャツ着てるスタッフまで偽造して、公式のフリして公園うろつき子供と触れ合っていたトランス女性チャイルドレスターペドフィリア

この前話題になってたペドフィリアの苦しみ漫画主人公育児ブログをズリネタに使い、女児目当てに市民プールに通って女児を視姦して強姦したい舐めたいと欲望渦巻いたり、教師目指して保育園教育実習に行き下着脱いだ女児に興奮したりのロリコンは守られるべき人?この人を保育園採用しませんって言ったら差別

何やったら差別かどこからチャイルドレスターかすら明らかでないのに差別するなって言われても。

2023-08-29

こんな社会福祉学部は嫌だ (元社会福祉学部名前がついていた学部の選び方)

2000年ごろ雨後の筍のように生まれた「社会福祉学部」を持つ大学(すでに学部から社会福祉を消した大学も多い)から脱出した教員たちの証言を集めてみました! 特定されないよう適宜改変しています

・学園の理念に「優しい」「明るい」「素直」「従順」が入っている。

学長による入学式祝辞が「全員に挨拶をしよう」

福祉専門職必要ものとして「思いやり」「やさしさ」を謳う。

入学式理事長学長が「父兄」と呼びかける。

教職員から学生から自殺者も有罪者もだしている。

学生相談室の設置案に「教員自分仕事押し付けるつもりか」と理事却下

社会福祉国家試験に準じただけの最低限のカリキュラム

心理学経営学の授業が大量にある一方、社会学系の授業がほとんどない。

・1年次から国家試験対策合格率は高め。

国家試験受験勉強のため、卒論選択科目となっているおり、ほとんどの学生が書かない。

人権労働差別エスニシティジェンダーなどのテーマの授業が皆無。

・専攻に関係なく、宗教家から宗教学教職免許を持っているか教育実習、子持ちだからから家族支援論という謎基準事務が授業担当教員を決める。

・「経済学」と「政治学」、「心理学」と「社会学」、「日本史」と「宗教学」など、異なる分野の科目を一人の教員が教えている。

図書館ではなく図書室。

雑誌コーナーに『世界』『思想』『現代思想』がなく、『正論』『WILL』『HANADA』がある。

全国紙が揃わず新聞データベースもない。

・蔵書は、試験参考書中心。

岩波新書新潮新書という謎チョイスで新書を揃えている。

障害学生はできる限り受け入れないよう画策。

多目的トイレ掃除道具入れになっている。

バリアフリー設備が後付け。

エレベーター車椅子1台分のスペースしかなく介助者が入れない。

・最終学歴学士卒の教員が多い。

施設経営者、あるいはその縁故者がゴロゴロいる。

2000年代には研究禁止の御達しがなされていたため、開学の際にいた研究志向教員が他出、残ったのは病人か「けんきゅうってなに?食べられる?」という人ばかり。

研究してる人には散々辞められているからか、募集停止からヘッド(?)ハンティングしてくる。

研究や本に対して敵対心を示す人が多い(例えば、授業公開に行ったら、教員が「著作権料で食ってる人」というのをdisっていたのを聞いた、とか)

理事が「公募では人物がわからないので絶対しない」と宣言している割に、直接、大学履歴書を送りつけて採用された人が多数いる。

学長は外から連れてくるお飾り。

学部長が社会福祉学者ではなく学園縁故者。

入試問題現代国語を併設高の教員外注しているらしいのだが、常に昭和文章

入試問題一問一答クイズのよう。

入試問題作成者が各科目に1人で、担当者が逃げ出す。

・併設校に試験問題作成を外注している(もちろん内緒)。

卒業式理事が「ジェンダーフリーが家族を滅ぼす」とか「人間にはそれぞれ分というものがある」とかネトウヨっぽい言葉を熱弁。

・式典では日の丸君が代はもちろんのこと、日の丸敬礼させられる。

東日本大地震地震兵器論者、中国脅威論、Qアノン信者など、教員陰謀論蔓延

学生シバキ主義発破をかける維新信者教員がいる。

アメリカ中絶禁止について薄ら笑いで歓迎する教員がいる。

北欧高齢者安楽死をしているから「寝たきり老人」がいないと講義解説する教員がいる。

少子化女性高学歴化が原因と講義している教員がいる。

家業保育士を雇っていることから保育士給料が高すぎると言及する教員がいる。

血縁関係教員事務員がたくさんいる。

事務女性が若く、皆美人(併設短大卒業時に声をかけ採用している)。

卒業パーティ男性理事たちが女子学生を膝の上に座らせている。

・有志で実施した教職員対象ハラスメント実態調査が握りつぶされた。

ハラスメント委員会相談握りつぶす御用委員会

・朝礼がある。

・オプキャン入試で土曜の時間外手当をつけないために週休1日制。

裁量労働制だがタイムカードがある。

部活担当で年間労働時間推定4000時間越えの教員(!)がいる。

部活顧問全国大会へのバス運転まで全部やらされており椎間板ヘルニア発症した。

・引っ張ってきた部活顧問(授業担当なしで教授)が体罰を多用し、退学、休学が相次ぐ。

福祉時代だ!」と言われて福祉マインドもないのに儲かるから学部を作って、梯子を外されたんだな。

(追記)ちなみに私(旧帝大博士号持ち)の場合就任当時は真面目で伸び代がある学生に恵まれており、そこには不服はなかったことは付け加えておく。

2023-08-22

知り合いの超可愛い子が教育実習したらしい

何十人の性癖歪ませただろう

可哀想

あれは目の毒だ

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