はてなキーワード: 合言葉とは
たとえば
・世界の合言葉はด็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็ด้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้
・ด็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็ด้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้の左手
・198ด็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็ด้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้
・百億のด็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็ด้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้と千億のด็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็ด้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้
・さぁด็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็็ด้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้็็็็็้้้้้็็็็็้้้้้้้้になりなさい
https://bakusai.com/thr_res/acode=3/ctgid=149/bid=2716/tid=12162725/p=1/
#547
29#163#64#既婚の普段Sぶって女好きなふりしてるけど実はデカイちんぽなら相手の年齢、容姿、体型なんてどうでもよくなるほどチンポ好きなドMです
水元公園入って少し進み最初のトイレあるところにある四角い木のベンチと机のところか、冒険広場らへんにいます
黒の上下に短髪です
誰かいきなりケツの穴犯したり口に無理やりチンポぶちこんで欲しいです
見た目が分かりずらかったら、合言葉に今何時か、わかりますか?と聞いて下さい、
返答で、わかりませんと答えたら俺です
その二ヶ所にいなくて園内を黒の自転車か歩きで回ってる可能性もありますが、しばらくは冒険広場の滑り台のところに居てアナルオナしてます
[匿名さん]
#403
♂しゃぶりたい
年下体格よい人(GMPD)希望
[匿名さん]
358
2024/10/03 00:36
30代までの人いるなら
塗れながらでも
ぬれないとことかで
露ズリしたい
[匿名さん]
#361
2024/10/03 00:47
体格のよい しゃぶられたい人 しゃぶらせてくれる人居る?
[匿名さん]
記帳代行というのは、簡単に言えば紙の領収書や紙のレシートを分析して、それを帳簿につけるという仕事だ。
だいたい1枚あたり20〜60円ほどで行われる。20円はかなり安い。
これはいうならば全購入に対して20円かかっているということでもある。
個人事業主から大企業に至るまで、すべての物品購入に20円かかっている。
「20円 / 商品」はもはや税金だろ。冷静に考えてほしい。これはもう「固定消費税」みたいなもんだ。
個人事業主が確定申告のときにひぃひぃ言っているのもこれのせいだ。「固定消費税」を払いたくないから、自前で大量のレシートに対してひぃひぃ言いながら分類する。
これがめんどくさいということだ。そもそも紙はどこだなどと探すこともある。紙を管理するのがめんどいわけだ。
「めんどい」とか言っているが、固定消費税分の労働をしているわけだな。全員な。
OCRというのは、紙をスキャンして、その内容を読み取ることである。
だが冷静に考えればそのバカバカしさがわかる。そもそも領収書として紙を印刷しているわけだ。もともと電子データとして存在しているものを、レシートや領収書として出す。
もちろん手書きのこともある。手書きで領収書を出すわけだな。お釣りの計算を電卓でやっているようなところはそうだ。それはもうしょうがない。
だが、スマートレジとかを導入しているところ、そこも紙のレシートとはどういうことだ。
まずスキャンがめんどくさい。スキャナーあるいはスマホで撮るわけだ。めんどくさくないか?
紙のレシートを並べる。並べたりしてスキャナーでウィーンと動かすとか、スマホで撮影する。スマホで撮影したりスキャナーでとりこんだだけでは終わらない。
画像認識する機械学習や流行りのAIで分析し、会計ソフトに入れたりするわけだ。しかもレシートの形式もものによって違うから、画像認識が難しい。規格が統一されていない。
「電子データ→(各社頑張って印刷)→ 紙 → (各社頑張って読み取り) → 電子データ」
この流れアホだろ。しかもその紙は捨てる。何。頑張って印刷はまあ昔からの流れだからいいよ。でも頑張って読み取りしてるのマジでアホすぎる。資源の無駄遣いだろ。
紙は木を切り倒して作ってるんだぞ。
電子決済したあとスーパーアプリ化しようとしているみたいだが、そんなことよりやるべきことあるだろ。
レジと連携しろ。PayPayで払って電子レシート出てきたら革命だぞ。なぜ尽力してないのか。何してる?
POSレジは一応電子レシートを出しているところもある。だが全然流行っていない。ひっそりとやられている。
「PayPayで払ってfreeeやMoneyForwardと連携したらもう会計処理しなくていい」
もう覇権とるでしょ。なんならもう確定申告とかもやってくれるわけ。われわれ、もう買うだけでいい。何なら会社合併しろよ。まともに働いてんのか。
もうみんな電子決済使ってるじゃん。じゃあもう勝手に電子レシートにして連携しなよ。
できるでしょ。というかやってるけどしょぼいんだよ。各社が個別にやってるから。
個別にやるから各社バラバラにやってて統合めちゃくちゃじゃん。
なんで勝手にバラバラにやってんの。政府も進めているみたいだが、動きおっそ。
何?自信ないの?考え方正しいよ。みんなが乗ってくれないからって引っ込めるなよ。騒げ騒げ。ロビー活動しよう。
規格だけ作ってそれでドンッと通信すればいいよ。日付と商品名と金額と購入元だけでしょ。
既存の技術でいいよ。他の情報はなんか勝手にやっとけばいいけど、基礎レイヤーだけさっさと合意してそれで進めてもらえる????
実証実験済んでるじゃん。やりなよ。
規格考えたけど
{ "date": "YYYY/MM/DD", "item": "商品A", "tax_included_price": XXXX, "tax_excluded_price": XXXX, "source": "購入元" }
こんな感じのやつがv1でいいよ。追加したい情報は好きに追加して。これが日本中駆け巡れ。
ひっそり周り伺いながらやってるから遅々として進まないんよ。どーーーーんと堂々と進めなよ。
みんなわかってないんだって。利便性とか。みんながやってないから。
「いや俺は今まで通りとかでいいし……」とか言う感じ。他の人がやってないことやるとダセェと思ってる。ダセェのはテメェだろ。
「電子レシート便利だよ」と誰かが言っても誰も使わないって。みんな何が便利かわかってない。
そうじゃない。
消費者はアホなんだよ。何が便利かわからんわけ。自分が何を欲しがっているか理解していないわけ。
「電子レシート?よくわからないけどめんどくさそう。やり方とか覚えないといけないんでしょ?いいよ紙で慣れてるから」
そうじゃない。
「もうみんな電子レシート使ってますよ。まだ紙のレシートなんですか?遅れてるゥ!」
いいか、この流れだ。PayPayの死ぬほどのキャンペーンでQRコード決済が普通になった。
勢いでなんとかなる。別に会計ソフト使わない人もエクセルやスプレッドシートでいいって。
政府・総務省・経産省・財務省・環境省・デジタル庁で横断プロジェクトで進めたらすぐできるよ。
最悪CSVやjsonフォーマットで受け取ればいいじゃん。OSSで誰か作るって。簡単だから。
物品の購入履歴が電子化されて規格化されていくということは、レシートに留まらないわけ。
今ってPDFで請求書などを書いて送付してるけど(これも印刷されたりする。クソ)、あれも同様に効率化できるわけ。
これは基礎的な規格が存在すればいける。変に規格に余計なもんつけたら統一が遅くなる。TCP/IPのスマートさを見習って。
どっかがデファクトスタンダード作って、その上に自分たちの機能つけてよ。変な昔ながらの規格競争とかしないで。
現在の日本文明では、何がどこに行って誰の手にわたっていてどうなっているのか全然わかってない。
もちろん監視社会にすべきだというわけじゃない。プライバシーがあるので「これを買ったことは誰にもバレたくない」というのは会計処理に入れなくてもいいと思う。
(でもなんか企業はそういうことを考えずに容易に「うちのサービスの中に入れます!!」というのを堂々と言ってる。日本人の個人情報保護意識の無さが表れているよう)
いいよどうせ日本は個人情報興味ないから。どんどん進めて。EUやアメリカだとそこらへん障害あるから進まないけど日本ならいける。AIに著作権売り渡したみたいにGOGO。
それで、商品の行方がどうなっているのかわかっていないので、分析することもできない。誰が何ほしいのか、なんでほしいのか、誰が何作っているのか、何もわからない。
購入履歴がすべてわかればそれをリプレイすることで歴史を再構成できるわけだ(たとえば位置情報なども入れれば、どうやって会社が大きくなったのか見えるんだ)。
残念ながら今はそうなっていない。そんな余裕はないからだ。だって紙だから!!!!!!!!!!!!
全国には462万人の個人事業主がいるという。
ブツブツ言いながらレシートを見ているわけだ。めんどくせーなーと思っている。なんでこんなことしなきゃいけないんだと。
462万人だぞ?法人企業には平均4.6人の経理担当者がいるようだ。つまり816万人いる。1278万人か。もうちょっと少なそうだがまあいい。
まあいったん462万人で考えよう。462万人というと「静岡県の1.2倍程度」だ。みんな静岡県に行ったことはある??
静岡県のどこを歩いてもどこで人とすれ違ってもその全員がみーーーーーんなレシートを見てひぃひぃ言っていると考えてほしい。
みんな「めんどくせーなー」と思っている。なんでこんなことしなきゃいけないんだと。
熱海に行っても浜松に行っても、富士山の近くまで行っても、御殿場に行っても伊豆に行っても、そのどこに行ってもみーーーーんなレシートで潰れている、それぐらいの規模だ。
1278万人というとそれが東京都に拡大される。もはやキモい。
この1278万人がおのおの1行ずつデータを処理していると考えてほしい。1人あたり毎月200行処理するとしよう。そうすると全体で毎月25.5億行か。
コンピュータは「1億レコード/秒」で計算できるから、これは理論的には「25.5秒」で終わる。
非現実的な話だが理想はこれだ。税務署も会計士も税理士も縮小できるじゃん。やったね。なんなら勘定科目も勝手にすればいいじゃん。
結果手元にいくらあって、儲かりマシーンたる資産と、損するマシーンたる負債がどのぐらいあるのかわかることが1番重要なんだが?
端的に言うと、今日本人がひいひい言って毎月1200万人がバカみたいにだらけながらやっている作業は、最高効率化すれば「トータルで」毎月25秒、年間3分、60年分で3時間にまで圧縮可能だ。
レシートや領収書で潰れる人間は日本から消えるということ。あとついでに人手不足も解消ね。1200万人分人手増えますね。
ていうか逆に考えて。理論上コンピュータ1台で25秒で終わる作業なんだよ。
それを1200万人が毎月「あーーーーー」って顔しておのおの処理してんの。この時間何?
これがわびさびですか。この時間の間みんなで映画見た方が全然よくない?
さあ今すぐ電子レシートを進めよう。合言葉は「25秒」でお願いします。
あと電子レシートっていうけど画像で出すなよ。画像はあってもいいけど画像だけで出すなよ。
だいたい画像を出したいという思考がまず保守的。「今まで通りでいたいから……」「責任とりたくないから……」だろ。
レシートの役割理解してない。言われたからやってるだけ。アドルフ・アイヒマンかよ。
くれぐれも形だけ電子レシートにしたとかいう意味ないことするなよ。日本そういう自己中なとこあるからな。
「言われたからやりましたけど??」「言われた通りにしただけですけど。えー?なんですかー?」「やりたくないけどあなたが言ったからせっかくやったのに!」「言われたからやったのに酷い!」「はいはい自分が悪いですねー!はーい!」とかね。
反ポリコレ連中、「ポリコレを押し付けるな~!」を合言葉にしてるけど一体だれがいつ何にポリコレを”押し付け”してるのかは一切不明なんだよね。
どこぞの秘密組織が”ポリコレ”を強要しているみたいな世界観持ってるけど、もうQアノンとかそういうレベルなんだよね認識が。
ポリティカル・コレクトネスな作風を好む人達がいて、そしてそれを嫌う”お前ら”もいるというだけなんだけど、前者の主張は「押し付け」であって、後者を主張する自分たちは「押し付け」ではないという全く無自覚な傲岸さに一番嫌気がさすね。
そしてどちらの客を重視するかはクリエイターや会社の自由であり、また資本主義的な打算で決まることもある。
客側は出されたものを食うだけであり、気に入らないのなら別の店に行けばいいのである。「この店はまずい!」と騒ぎ立てて通い詰めるのはクレーマーであろう。何なら食わずに騒ぐ奴も居る。
むかしはこれをしているのがポリコレ派にみえたが、今は反ポリコレ側のほうがよっぽど態度が悪い。嫌なら見るなで終わる話である。
学がない旅行は悲しいという趣旨のXの投稿を見た。旅先で見たものに思いを馳せずにただキレイだと思うしかできないからという理由らしい。
たしかに言っていることは尤もに見える。
たとえば学がある人にとって姫路城は見た目の美しさのみならず、城が辿ってきた歴史の面でも格別である。他の城にも物語があり、それぞれが持つ物語が城を特別で代替不可能なものに変える。一方で学がない人にとっては城なんて全部一緒に見える。木造か鉄筋コンクリかなんて知らないし、関ヶ原以前に建てられた城も昭和に建てられた城もいわれなきゃ気づかないし、わざわざ調べない。学がない姫路旅行は2つの観点から悲しい。姫路城が数百年の間に経験した災難を乗り越えていま自分の目の前に建っている。この感動を抜きにして姫路城をただのランドマークとして消費してしまうのは悲しいことこのうえない。それに、都内に住んでいる人がわざわざ、1時間に1本しかない東京駅発姫路駅停車の「のぞみ号」を調べたり、日帰りで行くのは勿体ないから...とホテルを複数のサイトで比較して安くて良いホテルを探したり、といったことをしても得られる喜びは東海道本線での日帰り旅行で行く熱海城と同程度だとしたら時間とお金の無駄である。
まず第一の観点は今回無視する。絵具をチューブから直接キャンバスの上に出したような現代の抽象画について、どんなに説明を聞いても良いと思わない人がいるのと同じで、学と旅行を結びつけることに根本的に喜びを感じない人もいるからである。そのような人の存在を疑うなら修学旅行を思い出してみてほしい。団体行動の時間にはたいていの場合、歴史の授業で最近習った場所に連れていかれる。それに、ツアーガイドさんの補足説明もある。しかし、帰りの新幹線の中で学がある旅行の感動について語り合っている人はいなかっただろう。
第二の観点についてもう少し拡大して考えたい。すなわち、同じに見えるのにわざわざ遠くの有名な観光地に行くことは時間とお金の無駄だ、という着眼点で「よく分からないけどキレイな観光地」にわざわざお金と時間を余分にかけて行く人がそれなりにいるのはなぜか、ということを考察する。
グループ旅行について考えるほうが簡単なので先にグループ旅行から考える。家族や友人と行く旅行は仲を深めたいだとか、近場での遊びよりも長く一緒に過ごしたいだとか、いろいろな理由があるが、そこの違いは無視する。身も蓋もない言い方で結論をまとめると、みんなでわざわざ遠くまで行くのは共通の思い出作りだ、ということになる。しかし、これでは「なぜ熱海城ではなくて姫路城でなければダメか」の答えになっていないので旅行でよく起こるイベントを丁寧に見ながら先の論題への回答とする。
旅行に関する出来事を時系列でたどると初めには誰かが「旅行に行かないか」と言い出すことから始まる。旅行先は旅行の幹事が勝手に決めることもあれば、みんなが納得するように話し合いで決めることもある。「もしダーツで旅行先を選んだら、旅行先は決めたのではなくて勝手に決まったのではないか?」」という奇異な意見もあるかもしれないが、そのケースでも「ダーツで旅行先を決める」ということを決めている。そして、それぞれの決断にはなんらかの共通認識が必ずある。「みんな社会人になったからスケジュールをコンパクトにしよう。で、その分ちょっと予算多めにしよう」だとか、「卒業旅行だからせっかくだし海外に行こう」だとか、なんでもいいが何かしらの理由がある。そして、行きの新幹線(もちろん飛行機でもなんでも良い)に乗るタイミングでは必ずドラマが発生する。誰かが乗り遅れたらそれはずっと話のネタになる。誰も乗り遅れなかった場合、もし全員が旅慣れしてれば「みんなの深い知識と経験のおかげで誰も遅れることがなかった。」と言えるし、旅慣れていない人がいれば「旅に慣れてないのに複雑な東京駅で迷子にならなかったのは奇跡だ。旅行が楽しみだからみんな早めに家を出たのかもね。」とかなんらかの会話が生まれる。そして、目的地に着いたときに旅行に関する過去の出来事がある特定の景色やランドマークと結びつく。「新幹線に乗り遅れて一時はどうなるかと思ったけど、全員で一緒にこれが見れて良かったね。」とか、「幹事やっぱセンス良いわ~」とかといった具合だ。この瞬間に、「他の城との違いはわからないけど有名らしい姫路城」は「みんなで行った姫路城」になる。冒頭で言及したXの投稿では学がないと何を見ても同じようにキレイとしか思えないとされていたが、自分はエモいという言葉で表現することを提言したい。エモいという言葉はキレイという言葉よりも、汎用的でなんにでも使える。その言葉の広さがもつ暴力性から、攻撃の的とされている言葉だが、この広範さが旅行では逆に良い。旅行に行っていない人に「エモかった」と言っても旅先で見聞きした素晴らしいものは1mmも伝わらないが、むしろそのほうが旅行の当事者だけにしかわからない秘密の合言葉のような効力をもつ。誰かといった旅行で、ここぞというタイミングで「エモいね」と言ってみてほしい。言われたほうは初めは意味がわからなくて首を傾げるかもしれないが、意図がわかれば「そうだね、エモいね。」と返してくれるだろう。もちろんどれだけ待っても意図が理解されない可能性もあるのでタイミングと使う相手には注意していただきたい。「学がある旅行」は旅行の中にぽつりぽつりと学と実物が交差する点があって、そこに感動を覚えるといったニュアンスであると自分は解釈したが、タイトルで先に出していた「エモい旅行」のエモい、は形容詞であるため、旅行の全体にかかる。
学がある旅行以外での一人旅行も実はほぼ同じである。何かしらの理由があって旅行先を決めるし、旅行先に行くまでに何かしらのドラマがある。ひとつだけ違うと感じるのは、一人旅では共通の思い出を作る相手がいない代わり、その時の感情の一部をスナップショットのように観光地に釘付けして保存しておける点だ。たとえば、自分は大学受験の直前にモチベーションを完全に失って、いつも通学に使っている電車の先の海が近い駅に行った。あの海を見ると受験のプレッシャーから一周回って解放されて、燃え尽きるまで頑張った自分を全肯定した清々しさを今でも思い出す。あの頃にはエモいという単語すらなかったが、思い返すとあれもやはりエモい旅行だった。
金の使い方を知らない人がいきなり贅沢しようとするのは無理筋ってもんよ。
野菜嫌いが「野菜嫌いを克服するぞ」と息巻いて生野菜サラダに挑戦するのと同じくらい無謀だからな。
こういうのは身近なところからちょっとずつ生活レベルを上げていくのよ。
ちょっとした飲み物を買うにもスーパーやドラッグストアに行く生活をしてるなら、あえてコンビニに行くとか。
消耗品(シャンプーとか洗剤とか)をワンランク上の商品に変えてみるとか。
スニーカー買う時の予算が1万円以内だったなら、1万円台後半まで許容してみるとか。
変に「贅沢するぞ」と気張るんじゃなくて、普段の生活のコストをちょっとずつ上昇させるのがコツなの。
その発展形として、自営業でかつリモートワークで十分対応できるなら、多拠点生活ってのもある。
例えば北海道と沖縄に生活拠点を整えて、夏は北海道で生活して、冬は沖縄で生活するのよ。
dマガジンという雑誌読み放題的なアプリで、何冊か10年前の雑誌が読める特集が開催されている。
そこで自分は週刊アスキーを選んだのだが、あまりの懐かしさと、今の週刊アスキーの内容ペラペラさが浮き彫りになって泣けた。
以下が10年前の週アスコンテンツだったので、みんなにも懐かしんで欲しい。カッコ内は自分の感想。
【表紙】
【今週のイチオシ!】
NVIDIA GeForce GTX980(このとき株を買っておけばなー)
【NEWSROOM】
iPhone6発売開始 予約は100万台規模か? 一方で転売問題も(表紙にも画面写真が載っているのだが、アプリアイコンのデザインが古くて笑える)
【速報】
スマホに負けるなが合言葉だ!! Photokina2014現地レポート(最近炎上したLUMIXのコンデジが大々的に取り上げられている。ミラーレス前夜か)
【特集】
・サイズは? 速度は? SIMフリーは? iPhone6完全レビュー(iPhone5との比較。かなり薄くなったんだなーと思えた)
・女子高生&女子大生に学べ 自撮り名人のマル秘テク8(これは面白かった。スマホでいかに「盛る」かなので今でも通用するかも)
・大容量で速いのが欲しい SD&マイクロSDカード最速決定戦(大容量=32GBで2万2900円(東芝)がコスパ最強と言われていて草。10年でかなり進化したんだなと)
・え、それってどういうこと?(聞き手 進藤晶子) ゲスト 石戸奈々子(こんな対談記事あったなー)
・カオスだもんね!(懐かしくて涙。水口先生もこの世にいないんだよなあ。回自体は地味な回だった)
・東京トホホ会(結構好きだった。ログインでもおなじみだった金井哲五郎)
・占い(福田先生。ページシェア率では今の週アスの一大コンテンツなのだけど、この時代は半ページだった・・・)
・漫画(イコとナセミのドキドキアドベンチャーという漫画だった。パーツのパのイメージが強かったけど、もう終わっていたみたい)
・クロスレビュー(ファミ通みたいなクロスレビュー。エプソンダイレクトのタブレットが取り上げられてて、こんなんあったんだなあ、と)
その他では、ニコニコのランキングとか、iPhoneアプリランキングが載ってた。普通のTO DOアプリが一位で時代を感じる。まだiOSにタスク管理が搭載されていなかったんだな。
生産性が全ブラウザの中で一番低いにも関わらずなぜか使用率が高いので、生活残業を稼ぎたい人に大変オススメのブラウザです。
Windowsに最初から入っているEdgeは基本的にChromeの全ての機能が使える上に、
縦タブやOfficeファイルのプレビュー、Copilot、広告ブロックなど業務を効率化させる余計な機能がついているので禁止です。
生活残業をしたい生産性の低い社会人の合言葉は「EdgeはChromeダウンローダー」!
もちろんVimキーバインドでブラウジングができる拡張機能、Surfingkeysなんて入れたら生産性が爆上がりしてしまうので、
リンクはマウスでポチポチとクリックし、ページスクロールはマウスホイールを使いましょう。
Ctrl+TやCtrl+L、Ctrl+Wなどのショートカットも覚える必要がありません。
生活残業のためにタブを開くのも閉じるのもマウスを使うべきです。
こちらもマウスと矢印キーを使うことを前提にした非常に生産性の低いエディタであるにも関わらず使用率が高く、
と言う気の狂った操作方法しかなく、後者の場合『Shiftがすっぽ抜けるとやり直し』と言う絶望的な生産性の低さで非常におすすめ。
カーソル移動と言う一番頻出する操作方法がメモ帳と変わらないので、結局多少補完が強力だろうとVSCodeの基本的な生産性はメモ帳と同じです。
素晴らしい!生活残業にピッタリ!
VimやEmacsなどのエディタはもちろん、これらのキーバインドを使えるようにする拡張機能も絶対に使うべきではありません。
VSCodeで使えるGit系の拡張機能もバカみたいにマウスをポチポチして操作する必要があるので、
ヘタするとそのままGitコマンドを打つよりも遅そうで最高です。
間違ってもtigやEmacsのMagitなどの高速Git操作インターフェースを使ってはいけません。
わざわざGUIで操作するSourcetreeを入れるのもアリですね。
ExcelでもSpreadsheetでも全てのセルにその場限りの計算式を入れましょう。
おい、文章なげーんだよチー牛!と言われる前にポイントを書く。
・曖昧な概念で社会的弱者を生み出し、強者が弱者を叩く弱いものイジメの構図が平然とまかり通っていること
・ルッキズムに基づいた弱者のイメージは商業主義において利用されやすく、チー牛顔に限らず今後も資本家による弱者イメージの流布・それを利用したビジネスが展開され経済的搾取を招きやすい
チー牛に限らず、大衆にとって"叩いて良い対象"となったものは相手が人間だろうと平然と"リンチ"のような誹謗中傷が行われてきた。
しかしチー牛はそれらとは大きく異なる。チー牛男性というあの一枚絵に象徴されただけの曖昧な概念であり、一個人や団体ではない。
では概念を叩いているのか?それは違う。叩きたい人がチー牛男性という概念を引用し、社会的弱者として扱い叩く。ここにチー牛叩きの問題の本質がある。
真の問題はチー牛という概念でも、ルッキズム至上主義でもなく、社会的弱者を誰でも簡単に作り出すことができ、レッテル貼りによるリンチが平然と横行している点だ。
そしてもはやチー牛という概念を使ったリンチはネットに留まらず、現実の社会においても表出しつつある。
やがては子供、学校社会にも影響するだろう。子供はコミュニケーション能力が成熟していないし、キャッチーなワードに引かれやすいのでチー牛が合言葉のようにイジメのキーワードになっても何ら不思議ではない。
ここまで書けばもう理解していただけるだろう。「なぜイジメがダメなのか」を一から説明しなくとも、曖昧な概念によるレッテル貼りで誰かを叩くというのは誰でも被害者になり得るし、加害者が許されて良い理屈はないことは自明である。芸能人叩きでも、学校、会社のイジメでも自殺という最悪な結末によって事が収まる事があるように、チー牛叩きから人が死ぬこともあり得るのだ。
全く別の観点での問題がある。ルッキズムに基いた社会的イメージというものは「簡単に作り出せてしまう」ということである。
ファッションが分かりやすいだろう、「今年のトレンドは〇〇」のように多くのメディア、企業によって簡単にイメージというのは作り出せてしまう。
恐らく直近数年以内に、「脱チー牛」を促すための邪悪な広告がメンズサロンか、美容院か、美容外科か、出てくるだろう。
ではその流れが終わったらどうなるか?
チー牛効果で商売が繁盛すると分かれば次の弱者のイメージを作り出し、それをネタにまたビジネスをすれば良い。美容系でなくとも、一時期バリバリ財布がネタにされたように何かを貶す風潮さえできればそれがお金になるのだ。そうして企業による不安を食い物にした経済的搾取を受けるのは一般人である。
どちらの問題もチー牛男性叩きに限った話ではなく、過去似たような社会潮流はあるだろう。
この文章で伝えたいのは「強者側に回りたい人間の私利私欲に加担してはならない」ということだ。あなたが安易に加担してしまうことで被害を受ける人が生まれるし、あなたが被害を受けない保証はない。ちょっと叩きたい、馬鹿にしたい人がいたとしても、その小さな悪意の集合体が呼び起こす邪悪について、今一度立ち止まって考えて欲しいものだ。
私の好きな人達、どうしてみんなバラバラになってしまうんだろう。
本当は、新しい推しができた喜びを文章にまとめたくて、ちょっとずつメモを残していた。まとめきれないうちにケンティーの脱退が発表されてしまったのだ。
好きになってたった3ヶ月での出来事で、久しぶりにできた推しGの存在に最高潮に盛り上がってはしゃぎまくって調子に乗っていた最中だったから。期間は短いけどショックはとてつもなく大きかった。
毎日のようにCDやコン円盤を買い漁り、過去映像をチェックして、Twitterのアカウントも作って。fmkn二次創作に出会ったあたりで本格的に沼にはまった気がする。一般でチケットを手に入れて、ドーム公演にも参戦した。執着の強さが自分でもやばいと思いつつ、結局大阪両日とも参加した。久しぶりの大型会場でのコンサートで、若くかわいいお客さんもいっぱいいて、ちょっとびくびくしながらも同時にわくわくして。まるで二次元の存在みたいだったSexyZoneって実在するんだ!って思った。ドームの通路にはライブ機材が無造作に置かれていて、SexyZoneの名前が書かれていた。次のコンサートではこの名前も変わるのかな、なんて思って見ていた。
今回はドームだけどきっとある次のツアーではアリーナのチケット取りたい!と無邪気に願っていた。
TOKIOもV6も、今も活動してくれているメンバーがちゃんといるけれど、やっぱり昔と同じ熱量では追えなくなっていたから。若いグループにはまってあと何年もずっと追いかけていける!キラキラした宝石を愛でるみたいに応援していこう!って思って、ワクワクが止まらない日々だった。
今となっては、もっと早くセクゾを知りたかったと思う。デビュー時はなんて幼いのかとちょっと引いていた記憶がある。その時の印象のままずっと来ていて、WOWOWでケンティーの映画番組を見かけたときも、子供にこんな番組やらせるの?なんて失礼なことを思っていた。
TOKIOのことがあって、V6のことがあって、ここ数年はジャニーズの情報を追うのが辛くなって、大型音楽番組もろくに見ていなかった。
事務所問題がなかったらもしかして今回の脱退もなかったのかもしれないけれど、事務所問題があったからこそ応援のつもりで若手Gをチェックするよになって、それでセクゾに、中島健人に出会ったのだった。
知らずにいたらこんなに苦しんではいなかっただろうけど、知って悔やんではいない、今のところ。それくらい中島健人という人は魅力的だ。
発表後しばらくは苦しくて、わざと嫌いになろうと苦手なところを探したりもした。でも結局無理だった。むしろ発表前よりも彼のことを知りたくなり、好きな気持ちが強くなっている気がする。
VIVANTを見てノコルが良かったから、なんとなくジャにのを見始めた。並行して、キンプリとか若手の動画を見るようになった。ささやかな応援のつもりで。
ジャにので唯一知らなかったのが風磨君だったんだけど、ちょっと無礼なキャラクターが気になった。顔が好きなタイプだったのもある。
同じタイミングで聡ちゃんがDASHに初登場して、あまりの良い子さに感動してしまった。推しの太一くんの反応が良かったから余計にかもしれない。
リプモンのCM騒動も忘れられない。作品そのものが素晴らしかったから、失われることにファンは怒りを表してもおかしくないのに、ナイフには花束を、
を合言葉のようにして、嘆きはしつつ感謝を述べていたのを見て、それにケンティーが花瓶で返したやり取りを知って、泣いてしまった記憶がある。
メンバー4人中3人のことがここまで気になっているんだから、応援のつもりでFCに入ろう、なんて思っていた。ちょうど改名が発表されていたから、今は大変だろうから新G名が決まって落ち着いたらね、って感じで。
事務所バッシングがひどい頃で、テレビが辛かったから家では常にYouTubeを見るようになっていて、そこで本建のMVなんかも見てたんだけど、そこにCDTVの映像が流れてきたのだ。
そのパフォーマンスに魅了されてしまった。多分その場でFCの入会手続きをしたと思う。あの自信満々で不遜なまでの微笑み。妖艶さ。歌唱力の高さ。指先の動きまで美しくて。そこから本当に沼だった。メンバー全員方向性の異なるビジュアルの良さといい、波乱に満ちたグループの歴史といい、ふまけんというシンメの関係性といい。まるで少年漫画のようで、二次元オタクの心に物凄く刺さったのだ。
でも、はまって早々に、グループへの不安というか不満も生まれていた。
まずGの供給がないこと。Gの関係性や人となりを知ろうとしても手段がない。それもあって、CDの特典映像を集めまくっていたが、過去のものを見ると、このGあんまり仲が良くないのでは?と思わざるを得ないやり取りがたくさんあった。見ていてヒヤヒヤするような雰囲気は、仲が良いのは当たり前のトキブイしか知らなかった身にはちょっと衝撃だった。検索すれば氷河期などがサジェストに上がってくるし、でも今は仲悪くないんでしょ?と思いたかったが、ホメうそでも時々不安になるような会話があったりして。心から安心して見ていられる感じではなかった。その辺を、二次創作でごまかしていた気がする。妄想の中ではfmknはとても仲良しだったから。
JGRの動画をみて、ボケが放置されるのは不仲な訳じゃなくて通常営業なんだって知って、ちょっと安心した記憶があるけど、それくらい不安感が漂うGだと思っていた。
不安のピークは年末年始だ。年越しになんの供給もないあたり、このGは大丈夫なんだろうかって新規のくせに泣きたいくらい不安になっていた。
だけどまさか、セクゾの象徴みたいなケンティーがGを抜けるとは想像していなかった。FCの文章を途中まで読んで、一瞬風磨君が辞めるのかと思ったくらいだ。
でも確かに、ケンティーがいなくなるかも、という考えも浮かんだことはあった。彼は映画を愛していて、映画に関わっている先輩達の退所が相次いでいたから。彼も同様の理由でいつか事務所を離れてしまうんじゃないかって。
こんなに早く、少し違う形での離れ方だとは思わなかったけど。不祥事でもない、事務所を離れるわけでもないんだから、きっとずっとマシなんだろうけど。
私のFCの好きなメンバーは風磨くんだ。トニセンの写真を買ったときついでのつもりで買ったのも風磨君の写真だった。顔が好きなのは風磨くんだし、最初にセクゾを意識したのはジャにのだったし、そんな理由だったと思う。でもいつの間にか推しはケンティーになっていた。
決定的なきっかけはもう思い出せないけど。ドーム映像のビジュアルや歌声が良かったからか。パブイメと全然違うビリヤードが愉快だったり、けんしげひーの打ち解けたやり取りが可愛かったりしたからかも。でもたまたま加入していたWOWOWの影響は大きかったと思う。なんとなく見た映画番組で、映画への愛の深さ、英語力の高さ、物怖じしない強さ、礼儀正しさ、溢れる好奇心、知らなかった魅力が詰まっていて。物凄く惹きつけられた。この人の努力が報われる世界であってほしい、なんてモンペ思考になってしまうくらい。
でも、Gにいたまま世界に出て、Gを世界に紹介してくれるんだろうって信じていた。
そして彼が抜ける理由も多分この番組のせいだ。せい、っていうのはよくないかもしれないけど、Gにいる彼が好きな人間にとっては、この番組には複雑な気持ちがある。彼が最も輝く場所であり、Gから彼を奪ったとも言える存在だ。もしこの番組がなくても努力家の彼は、また違うルートで羽ばたいていたかもしれないけれど。
Gの関係性にも悲しみを感じる。トキブイの別れてのときは、いろんなパターンがあったけどどの時も、メンバー間の愛情を疑ったことはなかった。山口君の時でさえ、いやあの時こそ一番強く、深く揺るがない愛情を感じた。でもセクゾは違う。メンバー間の繋がりが脆くて儚いものに見えてしまう。Gの歴史を考えたら仕方ないのかもしれないけれど。でも、もし何かが違っていたら、もっとGが上手く機能していたら、Gにいたままでいてくれたんじゃないかって、新規ながら思ってしまう。
飛ぶ鳥を落とす勢いて売れてきた風磨くんは、これからはケンティーともっといい関係になるだろうって期待していた。それなのになんで離れてしまうんだろう。逸材揃いのこのGの魅力が、もっと世間に知られて欲しかった。そうならないうちに形を変えてしまうのがあまりにも悲しい。
世界で活躍する中島健人が見たい。でもグループでメンバーと一緒に活動する中島健人も、もっとずっと見ていたかった。
どっちも強い本心だ。あと本当にちょっとでSexyZoneは終わってしまう。
新規オタクの短い夢も終わってしまう。これから過去の作品を遡っていくのを本当に楽しみにしていた。次のコンサートでは中島さんのうちわを作ってみたかった。
上でも書いたようにケンティーのことはすごく好きだし応援したい気持ちがあるけど、アイドルはGにいてこそ、と思っているので、同じように推せるかは分からない。最推しがいなくなった新Gのことも同様だ。
きっと辛いから見るのをやめて、そのうち離れていってしまうかもしれない。
今は全く分からない。
本当は仲が良くはないと思うシンメの絆を、それでもちょっと信じたいという諦められない気持ちもあって。
季節の変わり目でメンタルもぐちゃぐちゃだ。その記録として殴り書きした。
まず私は株式会社エッタラジェンダについて特に支持する立場でも反対する立場でもない。今回の件について自分の頭の整理をするための文章なのでもし目に止まった方がいたらこんなことを考える人もいるんだー、ふーん程度で流してほしい。
この知らせはさほど広いとは言えないインド界隈にゆっくりと知れ渡る。
社名が映画RRRのエンディングテーマの曲名であったことから社名に対する賛否両論が巻き起こり、特に否定的な反応が目立った。
私自身、率直な感想としては「私はなんでもいいけど大丈夫かいな」だった。
「旗を上げろ!」という意味の「エッタラジェンダ」という言葉はRRRの象徴的なシーンやメッセージを思い起こさせるもので、ファンにとって思い入れの強い言葉になるのは自然なことだと思う。
個人的にはこれは線引きの問題だと思っていて、会社という団体を立ち上がることで「エッタラジェンダ」の「内側」がファンの中で生まれてしまったことが大きかったのでは、と思っている。
多くの人が強い思い入れを共有する集団の中にエッタラジェンダという具体的な集団がつくられ、突然エッタラジェンダの外側に出されたように感じ戸惑う人がいてもそんなに不自然なことではないような気がする。
これがもし「合言葉を共有する集団」のど真ん中で行われたことじゃなければこんなことにはならなかったのでは。
長い妄想だけど、喫茶エッタラジェンダにはRRR大好きなマスターがいて、一般的なカフェメニューの他に結構本格的なインドカレーが食べられたり赤と青のシロップがじわりと混ざり合うイメージドリンクがある、とかだったらむしろファンとして一度は行ってみたいお店になれた世界線もあったんじゃないかなあ。そしてたまに貸切でインド映画イベントや期間限定イメージメニューとか出てくるとか(そういうお店行きたい)
もし株式会社エッタラジェンダシステム開発(長い)だったとしても名刺交換の時に「へえ、インド映画?そんなに好きなんですかあ」で済みそうな気がする。そもそもこの場合は映画ファンに向けて大々的に会社設立の報告をする必要もあまりないが。
他にも「ん…?」と思われてしまう原因、いろいろあったんじゃないかな。
・「エッタラジェンダ」という言葉の日本での意味合いが限定的すぎる。例えば株式会社ビームだったら同じことにはならなかったのでは(炎上の気配が見えても違う意味を強調して若干逃げ場もある)
・RRRのヒットで界隈が急に大きくなり、強まった商業色や乗っかり的なものに対するファンの疲労。これをぶつけられたのは気の毒である
・設立者の方のこれまでのファン活動を鑑みて、権利関係に関して深く理解された上でとは考えにくい部分がある
などなど。
ただ、上記のいずれも反対する気持ちは理解できるという話で、法律的または権利的に直ちにアウトではなくあくまで道義的(可能性)または気持ち的な問題がメインだ。
上記の線引きがどうの話も個々の感受性や思い入れのベクトルや強さの問題で、コンテンツに対する愛情の強さとは必ずしも比例しないし、辛いと思うこともどうでもいいと思うことも間違っていないと思う。
今回否定的な気持ちをツイートしたほとんどの方も気持ち的な問題というところは理解されている印象を受けた。悲しみや怒りを感じる投稿は多くあったものの、社名変更の希望通り越して強要だったり、口汚く罵倒する言葉はほとんど見えなかった(見えるところにないだけでDMではわんさか届いてたりするのかもだけど)
新たな挑戦をする人を寄ってたかっていじめているような見方をされている方もいたけど、(もちろん強い言葉で詰め寄るのは論外として)嫌だと思うものを嫌だと言うまでの権利は誰にでもあっていいはずだ。今回、新たな挑戦「そのもの」を叩く人って言うほど多かったか…?
結局好きなものを共有するだけで、それ以外は異なる価値観の人の集まりでみんなが同じ意見であることは不可能だし、その状態を目指す必要もない。どの意見も間違っていない。間違えがちなのはいつだって伝え方のほうだ。
そもそもファン向けビジネスをしようと思った時、お気持ちを蔑ろにできるものなのだろうか。ファンというもの自体お気持ちの集合体だと思う。お気持ち論は根拠にならないという意見もあったが、結構な割合の人が同じように感じている気持ちを無視して進むことは事業としてリスクがあったのでは。
つらつら書いてみたけど、会社は結局一番残念な形で終わってしまった。お会いしたことはないが、設立された方はオフ会の仲間の皆さんからとても慕われているようだ。ホームページ(すでに消えたが)を見ても「良い奴」なんだろうなあと思う。
行動力が並外れに高くてあっという間にリーダーになってしまうタイプなのかな、と。それだけに今回これだけあっさり全部取りやめてファン活動そのものから撤退されるのは惜しいと思う。
何度も開催した大規模オフ会の中心的な人物(だよね?)として多くの人から慕われていたのが、いざ会社を立ち上げた時にぶつけられた想定外の否定的な意見の数々に戸惑い打ちのめされたのは想像に難くない。ご本人から詳細を説明されたツイートも状況を好転させることはできなかった。一個人にそれをすべて耐えろと押し付けるつもりはないが、もう少しいい形で共存できる方法はなかったのかと考えてしまう。元々は同じファンなのだから。
実務的に頼れる(それこそ法務とか、今回の対応含め)人物はいなかったのか、長いことインド映画を盛り上げてきた方々の力を借りつつ一緒に進めることはできなかったのか、勢いよく進む傍らで大局を把握する軍師(表現)的な方がいるだけでも随分違ってたのではなどと、今回のことが起こらなかったもしくはうまく乗り切れたシナリオを思い描いている。
また、この新しい団体によるイベントはどんなものだったのか、いつか私も何かの上映会に参加していたのだろうかともはや叶わないたらればに思いを馳せる。
追記。
今回の騒動を異なる価値観と気持ちのぶつかり合いではなく、単なる「集団いじめの加害者」と「新しいことをしようとして潰された被害者」の物語としてとらえる人の多さに少し驚いてしまった。
人の感性って思いのほか色々あって、絶対に分かり合えない価値観の人も少なくない。
自分が理解、共感できる痛みは尊重すべきもので、自分が理解、納得できない痛みは非難していいなんていう善悪の考え方は社会で生きていくにはあまりに危うい。だいたい他人の気持ちは誰かを納得させるために存在しているものではない。
その気持ちに至った土台の中に明らかな事実誤認が含まれているのならそれを教えるのはアリだと思うが、気持ちそのものの否定は争いしか生まない。
もう一つ、設立者の全面撤退により、今回の会社に対する議論ではなく結局クレームつけて潰したという構図だけがクローズアップされてしまい分断が加速しそうだなと思っていた。
設立者さんの人柄やコンテンツ愛で補われている部分も多々あったが、会社設立までのプロセスや問題提起されてからの設立者さんの対応にはいずれも思うところがある。これが全て有耶無耶になって批判勢がただ悪者になるのも違うのでは。
しかし、設立者さんは撤退の際問題提起をされていた方にDMで捨て台詞の暴言を送りつけていたとのことで。相手の言い分を理不尽と思うなら公に反論してもっと議論を重ねればよかった。批判を押し切る選択肢も、少し主義を曲げて社名を変える、スピーディーにユニット名を全面に出す(そういやこの話どうなったん)などやりようがないようには思えない。
これまでの対応でもあまり良い手を打たれているとは思えず歯痒い思いをしていたが、これは本当に悪手だったと思う。そもそもネット上での騒動なんだから裏で仕返ししようとバラされるに決まってるじゃないか。本文スクショを貼られなかっただけ良かったと思う。こんなことをしたら「愛と勢いに溢れたちょっと不器用だけど応援したい人」のイメージまでも失ってしまう。
サークル内の兄貴分としてはとても頼りになる人、けれどいざ法人化となったとき批判する勢力を納得させるだけの力量もなく、かといって一度全て飲み込んで突き進み結果で語るだけの推進力もなく(社名を絶対に譲歩できないのであればこれが一番現実的な選択肢だった)、多くの人が寄り添った「優しすぎた被害者」の立場までも本人が手放しかけている。
もしくは人一人の力なんて結局はこんなもんなのかな。
やっぱり合言葉はニンニンなの?
その合言葉は
TTP!
徹底的にパクれ!
というワードである。これはリクルートに勤めているとよく聞く。
売れているものや流行っているものはとにかく一秒でも早くパクれ正確にパクれ
なにより徹底的にパクれ!!!
森奈津子好きだったんだよなあ
子供の頃、漫画は読んでたけど、文章主体の本ではじめて読んだのは多分森奈津子のお嬢様シリーズ
主人公の綾小路麗花は、古典的な少女漫画を読んで、けなげで清廉な主人公よりも、きらびやかで意地悪で最後には潔く負けを認め「フッあたくしの負けよ」と言うような悪役令嬢に心惹かれて悪役令嬢をロールプレイしている
綾小路麗花はお金持ちのお嬢様なので、悪役令嬢の方が境遇が近くて感情移入して悪役プレイをしているが、根は育ちがよくお人好しなので悪役プレイにボロが出まくる
爽やかイケメンな彼氏や百合な従者やホモや男の娘が出てきてわいわいやる楽しい学園ラノベ
不登校になった時期があるため、不登校児が題材の「グースカ夢見る問題児」には救われた
不登校児たちが夜に眠ると、夢の世界の架空の学校に集められ、北海道や沖縄など遠く離れたちに住む子供たちがその学校内で交流を持つという設定が、インターネット普及前の時代に斬新に思えた
今だったらSNSで他県の子とつながるのなんか簡単だが、あの時代は雑誌で文通相手募集するぐらいしか手段なかったんじゃないか?
お嬢様シリーズはレモン文庫という学研のレーベルから出版されていたが、1996年にレモン文庫は突如消滅
森奈津子はお嬢様シリーズの連載構想がブツ切れになり、他に拾ってくれるラノベレーベルもなく「ラノベ界に棄てられた」と感じたという
ラノベに見切りをつけ、レズビアン寄りのバイセクシャルであることをカミングアウトし、百合小説を執筆するようになった
東京のセクシャルマイノリティの事情について語るエッセイなども発売
「女性はセックスについては語るがオナニーについては秘す。もっとオナニーについて語れ。私は女性がオカズにできる本を書く」
と官能小説を書き、また百合が精神性重視のものが多い中で官能百合を書く
百合SF、エロSFなどを手掛け、「SFの定義についてうるさい奴がいるが、エロ本はチンコが勃てばエロ本なのである、SFチンコが勃てばそれはSFなのである」と主張
小説業界の中で森奈津子は「おもしれー女」として扱われ、ミステリ作家の西澤保彦は森奈津子を主人公とするナツコシリーズを出した
百合ジャンルやTL小説はその後盛り上がっていくが、森奈津子はそのムーブメントの中央にはいられなかった
悪役令嬢ものが早すぎたように、ジャンル自体への需要はあってもいまいち世相と噛み合わず第一人者にはなれなかった
バイなのだから異性とも恋ができるのは当たり前なのだが、「ビアン寄りのバイ」としてのキャラ立ちは失った
「女が男と恋愛して男と結婚するなんか普通じゃん、所詮なんちゃってじゃん」という扱いになる
ビアンやバイやノンセクとして活動していた女が普通に結婚して、経済的安定を得て家庭の中に埋没して表舞台から消えていくのはよくあることだ
だが結婚してしばらく、森奈津子の夫は重度身体障害者になってしまった
そんな身の上になった森奈津子からすれば、「若くて健康だけどセクマイだから辛い」「セクマイにも安定した結婚生活を得る権利を」などと言っている、かつての仲間は甘えたクソガキにしか見えなくなったのだろう
かつてはセクマイの集まりの中で生きていたのに、「同性婚は不要だ」と言い切り、その手の活動家を批判する側になった
その手の活動家の中に過激で頭がアレな奴がいることは確かではあるが、明らかに矛先は「一部の過激な奴」だけではなく穏健派にも向けられている
小説「耽美なわしら」の中でノンセクを肯定的に描いていたのに、今や「異性婚しない独身おじさん」すら叩いている
「普通に男と結婚した」ことでフェードアウトしていったかつての支持者への当てつけで、「普通に結婚できない同性愛者・独身主義者・非モテ」は敵になったのだ
そういう活動によって本を出したり団体活動したりで生計を立て森奈津子は夫との暮らしを送ることができている
「あなたの発言はLGBT差別では?」と言われたら「いえ、私はLGBT当事者です」と森奈津子は答える
作者を嫌いになると作品も自動的に嫌になって避けるタイプなのだが、それは作品の方もそれほど深く好きだったわけではないから起こる現象で
森奈津子本人は今は明白に嫌いにはなっているが、作品を愛好していた時代のほうが長いので、お嬢様シリーズは今でも好きだ
レモン文庫崩壊前、作家として食っていけるようになり希望を持っていた頃の森奈津子は今の森奈津子とは別人のようだ
今の森奈津子の全てを否定するわけではなく、一理あると感じた発言もないではないが、がっかりすることの方が多いのでブロックしてなるべく見ない
だが最近新しく裁判やってるそうでスクショが流れてきて森奈津子を思い出す
ヘイト界隈って不寛容の極みであるように言われるけど、淫夢界隈と似たようなもんで「合言葉」を一緒に唱えさえすれば誰でも受け入れてくれるというある種の寛容さはある
反ヘイトの集まりなんてのはすぐ正しさを巡り喧嘩するけど、ヘイトの集まりはそうでもない
ラノベやセクマイやSFやら、あちこちで排斥された者でも受け入れてくれる寛容で優しい人達のもとで居心地はいいのかもな
綾小路麗花は結局は優しいお人好しで、誰かと対立しても最終的には和解するいい子で、金網に風船が引っかかったとかで泣いてるガキがいたらエナメルの靴をガビガビにしてでも金網登って風船取ってやるんだよ