はてなキーワード: 巡回とは
家の中で僕の踵を噛んじゃったマムシをそのまま踏んづけてしまって逃げられちゃったんだけど、朝にはふすまに挟まってて動けなくなってたんですよね。
関係ないけど、昔俺に殴りかかって来たやくざは朝倉市じゃなくて糸島市の人間だと言ってた希ガス。どうでもいい情報だった。
その動けない蛇を逃がすなゴミに出せと母親から言われたんだけど、生きたままはゴミ屋さん回収してくれないんで殺さないといけない。
どうせ殺すんなら食べてしまった方がいいと思って、その動けない蛇の前にコンロ持って来てフライパン熱してベーコン焼いて食ったんだよね。
「お前も食べちゃうよ。」って
フライパンが冷たくなるのを待ってから蛇を引っ張り出してフライパンの上で魔法陣ぐるぐる巻きにして針金で動けなくして庭につるしてアルミホイルの傘かけて遠火の熾火で1時間かけて燻製にした。
通りすがりの近所の子が「いいにおい。ちょうだい。」って言うけど、焼けてなかったら腹壊すと思って確認してみたらこんがり焼きあがってたからあげた。
で、あとでおばさんが「塩味がしたけどなにかつけた?」って聞かれたから、ベーコン焼いたフライパンでぐるぐる巻きにしたからかなって伝えた。
そしたら「生きたまま焼いたのかっ!」ってどなりつけられた。「そうですよ。」って答えた。
怒るようなことだろうか。
ちなみに、僕はふすまを閉めて出られなくしただけだったんだけど、朝隙間からこっちに来ようとして顔を出してた時に母親がふすまを開けたので挟まれて動けなくなってたんだよね。まあ、首を出した時点ですでに動けなかった可能性もあるが、タイミング悪かったよね。かわいそうに。
俺は逃がしてやるつもりでいたんだけどね。(ほんトカナ)
庭で丸焼きにして食う手もあったな。
一頭丸ごととか食べきれないけど、丸焼きの味ってどんなかなって。
結論から言うと、イノシシを生きたまま(生存した状態で)丸焼きにすることは、技術的にも倫理的にも、そして法的にも不可能です。
法律の勉強しないとイノシシの丸焼きもできないとか、学歴至上主義にもほどがあるだろう。
わずかな火で短時間で魚を焼くから内臓には火が通らないんですよ。僕のやり方だと。
だけど、あえてそうしてるんですよね。
その寄生虫がつめたい内臓に逃げ込めるように加熱しないんですよね。
食べるときはキレイにあばら骨と内臓を残して食べるんです。だから寄生虫にやられないんです。
他にも思い出してたんだよね。
有吉の話の続き。
父親がいろいろ聞いてくるから教室に戻って話すんだけど、有吉が黒板に刺さった椅子の話をしないんですよ。
俺が殴り倒される前の話には口をつぐむんです。
だからなんで殴り倒されたのかは、黒板に刺さった椅子が俺の仕業だと推測するしかないんですが、俺が理由もなくガラスを割ったりしないように、理由なく黒板に椅子を突き刺すこともないんです。
誰もやってないなら神の仕業ってことになるんだけど、俺が神様だから結局俺の仕業ってことになるんですよね。
埒が明かないんで有吉の机をひっくり返してまさぐってみたらX線レーザーガンが出て来たんです。おもちゃにしか見えなかったけど。
父親が「やめろ」って言うんです。父親はそれが何か知っているんですね。
俺は有吉の頭に向けて引き金を引いたけど、何も起こらなかったんです。
しばらくして(30秒後に)有吉が倒れたんだけど、銃の引き金を引いたこととの因果関係は不明です。
父親が有吉を抱えてどっかに行くんですよね。ホテルかな?ハッテンバかな?
女子を連れて父親が立ち去ったか確認しに行って戻って来て僕は「僕がこれからやることをすますまでお前たちはここを動くな。声を出すな。父親がいたらできないから見届けてきた。」と静かに警告した。
それから僕は全時代の全女性をレイプもとい全学年の全教室を巡回してハルヒの前の席の奴じゃなくて教室の真ん中の席の奴に「お前X線レーザーガン持ってるだろ。出せ。」って声をかけて椅子であご下から脳天を突き刺して殺して机の中をまさぐってX線レーザーガンを取り出して集めて回った。
それからまた全教室回って外見ろと言ったけど誰も言う事聞かないので窓際の女子に肩たたきして「お前出ろ。俺がすることを最後まで見てろ」って声かけて回った。
それから外の焼却炉の近くて銃を取り出してボンベを出してとがったハンマーで叩いてガス抜きしまくった。
ガスが混じらないように同じ種類のだけ一通りやってからもう片方のボンベも破壊したんだけど、あとで「なんか暇そう」じゃなくて「空が光ってた」って言われた。
空で反応してX線レーザーが出まくってたらしい。俺は銃を叩き割るので忙しくて見てなかったが。
自分と同じX線レーザーガン持ちが一人残らず虐殺されてX線レーザーガン持ってることまでみんなにバレてたらそらビビってもしょうがない。
結局その後犬鳴峠でガソリンかけられて燃やされるけど、警察も近所のお店の人も知らんぷりだったんだよね。
X線レーザーガン様に逆らう奴はイスラム式の火に焼かれて死ぬのだ
ワイはメンテ業(某地方都市に点在するハザードマップ地区の雨水ポンプ場を巡回する下請け業務)でケツ割ったメンなので貴方がやり遂げてるのマジすげーとおもうやで
あの界隈の人らってとにかく昔でいう大工みたいなキツい人あたりしてくるんでどうにも馴染んかったんよ…
「引きこもりから社会復帰できた」という元増田を見て、自分も書こうと思った。
俺も現在38歳の男だ。
元増田のように看護師という専門職ではないし、給料もそこまで高くないけれど、俺もなんとか社会の端っこにぶら下がることができた。誰かの希望になればと思って、柄にもなくキーボードを叩いている。
35歳まで、俺は見事なまでの「子供部屋おじさん」だった。
大学で人間関係につまずいて中退して以来、実家の自分の部屋に引きこもった。たまに親に泣きつかれて、短期の倉庫の仕分けバイトなんかに行くことはあっても、数日で行かなくなる。基本は昼夜逆転生活。ネットゲームと、まとめサイトを無限に巡回する日々。ゲームの画面の中では古参プレイヤーとしてふんぞり返っていたけれど、現実の俺は履歴書に書くことが一つもない、透明人間みたいな存在だった。
転機が来たのは35歳の冬だ。
深夜に起きてきてリビングでカップ麺を啜っていたら、夜勤明けで帰ってきたパートの母親と鉢合わせた。普段なら「こんな時間まで起きて…」と小言を言う母親が、その日は何も言わず、ただ疲れた顔でテーブルの向かいに座った。
そして、ため息混じりにぽつりと「お父さん、来年で定年なんだよね。再雇用だと給料半分になるってぼやいてたわ」と言った。
その時、蛍光灯の下で見た母親の頭にびっしりと白いものが混じっていること、そして昔よりずっと背中が小さく丸まっていることに気がついた。
瞬間、心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような感覚に陥った。「あ、俺、このままじゃ親を食い潰すんだ」って。親が死んだら自分も生きていけないという恐怖以上に、自分という存在が親の命と人生を削って生き長らえているという事実が、急にリアルな重みを持ってのしかかってきた。
食べていたカップ麺の味が全くしなくなった。残りの麺を流しに捨てて部屋に戻り、布団を被ってボロボロ泣いた。このままじゃダメだ、死ぬ気で変わらないと本当に人間じゃなくなる、と思った。
次の日、俺は数年ぶりに外行きの服を着て、震える足でハローワークに行った。
職員のおじさんに呆れられながらも、必死に探して職業訓練校(ポリテクセンター)の「ビルメンテナンス(設備管理)科」に申し込んだ。「中高年でも未経験から就職しやすい」「資格さえ取ればなんとかなる」とネットの掲示板で見たからだ。
10年以上まともに人と喋っていなかったコミュ障の俺にとって、初日の自己紹介すら拷問だ。最初は周りの若い子やリストラ組のおじさんたちの輪に入れず、昼休みになるたびにトイレの個室に逃げ込んで、持参したパンを無音で食べていた。
でも、「ここから逃げたらマジで首を吊るしかない」という切羽詰まった思いだけが俺を支えていた。実習でドジを踏んで舌打ちされても、必死に愛想笑いでやり過ごした。
人生で初めて、死に物狂いで勉強した。「ビルメン4点セット」と呼ばれる資格のうち、まずは第二種電気工事士と危険物乙4の取得に全振りを決めた。電気工事士の技能試験の練習では、不器用すぎて配線の輪っか作りができず、ペンチで手の皮を挟んで血が滲んだ。悔しくて泣きながら、それでも夜中までケーブルを切り続けた。
数ヶ月後、ネットの合格発表で自分の番号を見つけた時は、歳甲斐もなく声を出してガッツポーズをした。
36歳で、今の会社に就職した。いわゆる独立系のビルメン会社だ。
面接では「今まで逃げてばかりの人生でしたが、もう絶対に逃げません。便所掃除でもなんでもやります」と頭を下げた。面接官の所長が「まあ、体力はありそうだし、真面目にやるならいいよ」と拾ってくれた。
今、社会人になって2年半が経つ。オフィスビルに常駐して、管球交換をしたり、空調のフィルターを清掃したり、トイレの詰まりを直したりしている。
夜勤もあるし、テナントからのクレーム対応で胃が痛くなることもある。給料だって額面で24万くらいで、手取りにすれば20万を切る月もある。ボーナスも寸志に毛が生えた程度だ。
でも、夜勤明けにビルの屋上で吸う空気は、ひきこもっていた部屋の淀んだ空気とは全く違う。早朝の街の匂いと朝日が異常に眩しくて、「ああ、俺、生きてるな」って実感する。
初任給をもらった月、俺は親父と母親を近所のちょっといい焼肉屋に連れて行った。
席に座って「今日は俺が払うから、好きなの頼んでよ」と言った時の親の顔は、一生忘れられない。親父はビールを飲みながら「美味いな、お前の金で食う肉は美味い」と何度も言い、母親はメニューで顔を隠しながら少し泣いていた。俺も肉を焼きながら、煙が目に沁みたふりをして泣いた。
元増田が「働くってすげーな。自信がもりもり湧いてくる」と書いていたけど、本当にその通りだと思う。
俺は今、社会の「歯車」だ。底辺職だとバカにする奴もいるかもしれない。でも、ただのゴミだった俺が、誰かの役に立つ歯車になれたんだ。トイレを直して「助かりました、ありがとう」と頭を下げられる。毎月、自分の口座に「給与」としてお金が振り込まれる。
その一つ一つの事実が、俺のフニャフニャだった背骨を少しずつ太く、真っ直ぐにしてくれている気がする。
俺は社会にいてもいいんだ。
誰かの役に立って、その対価としてご飯を食べていいんだ。
親も、やっと夜に安心して眠れるようになったと思う。
30代後半で職歴なしのひきこもりでも、本気で泥水すする覚悟で動けば、なんとか社会の端っこにしがみつくことはできる。
もし今、昔の俺みたいに暗い部屋でこれを読んで絶望している奴がいたら、とりあえずハローワークに行って職業訓練のパンフレットだけでも貰ってきてほしい。
遅すぎることはない。
俺も、社会復帰できて本当によかったよ。
以下は、日本基督教団(UCCJ)の人物(主に牧師や関係者)が関与・協力した平和学習プログラムを採用している主な学校・団体を、公開情報・報道に基づいて挙げたものです(2026年3月時点)。関与の形は、講師派遣、プログラム企画協力、海上視察案内、開会礼拝でのメッセージなど多岐にわたります。
• 内容: 開校以来(1980年代〜)の沖縄研修旅行「辺野古コース」の平和学習で、海上視察プログラムを長年協力。2023年頃から抗議船「不屈」「平和丸」を使用した海上からの基地見学を導入。金井牧師は研修初日の開会礼拝でメッセージを担当するなど、プログラム全体に深く関与。学校側は宗教ネットワークを通じた信頼関係で実質的に協力・委託的な形で採用していた。
• 内容: 研究所自体が平和学研究・平和教育の拠点。学校内や外部からの依頼で平和学習プログラムを提供・支援。金井牧師の肩書を使って全国カンパで抗議船「不屈」を購入した経緯もあり、学院の平和教育に深く結びついていた。
• 内容: 年次セミナー(「いのち・平和・人権」をテーマにした全国大会)で分科会や講演を実施。「オキナワと平和学習」などの分科会があり、教団牧師が講師や聖書研究を担当。参加校はキリスト教主義学校が多く、平和学習の教材共有・研修に活用。
• 平和学園(神奈川県など、キリスト教学校教育同盟とも連携)
• その他参加校の傾向:フェリス女学院、横浜共立学園、青山学院関係校などキリスト教主義学校多数(毎年セミナーで平和学習の実践を共有)。
• 内容: 教団の宣教協力学校向けに平和教育を含むキリスト教主義教育の推進。講演会や研修会を通じて平和学習の重要性を強調し、加盟校(中学・高校)でプログラム採用を支援。教団の社会委員会・平和関連委員会が背景にある。
• 共愛学園前橋国際大学附属校(群馬県前橋市、共愛学園中学校・高等学校)
• 新島学園(群馬県など、新島学園短期大学・中学校・高等学校)
• 関西学院関係校(兵庫県など、教団認可神学部とのつながりが強い)
• 内容: 沖縄・広島などの平和学習研修旅行で、教団牧師を講師やガイドとして招くケース。NCC(日本キリスト教協議会)教育部を通じた平和教育資料提供やセミナーも間接的に関与。
• 明治学院大学・明治学院高等学校(東京・横浜) 国際平和研究所(PRIME)などで辺野古や沖縄関連の平和学習・シンポジウムを実施。教団関係の牧師や研究者が関与。
• 明治学園(北九州市) 中学3年生の沖縄修学旅行で平和学習(ひめゆり平和祈念資料館など)を実施。日本基督教団のネットワークを通じた平和講話などが取り入れられるケースあり。
• 日本基督教団社会派の人物は、個人的・ネットワーク的な信頼関係(同志社教会・同じ教団つながり)を活かし、キリスト教主義学校の平和学習に深く関与する傾向が強いです。特に金井創牧師のケースは、牧師職+平和研究所+抗議船運航+学校プログラムという多重関与の典型でした。
これらの平和学習は「戦争の悲惨さ」「沖縄の実相」「構造的罪への気づき」を強調する内容が多く、教育基本法第14条(政治的中立)の観点から議論を呼んでいます。
あ、縦列駐車も面白い視点で考えると、幾何学的位相(Geometric Phase)的に説明できる部分があります。順を追って解説します。🚗
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縦列駐車では、車は前進・後退・ステアリング角度の組み合わせで位置と向きを変えていきます。
と考えると、縦列駐車は 操作パラメータ空間を巡回して車の状態空間をタイヤの向きと直角に !!!!横向きに!!!! 移動させるループとして表現できます。
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• 車の向きと位置は、ハンドル操作を順序よく行うことで、最終的に狭いスペースに収まります。
例えば:
1. 前進 → ハンドル右いっぱい → 前輪が縁石方向に向く
2. 後退 → ハンドル左いっぱい → 車が平行に入り込む
• このループ操作をパラメータ空間上で巡回すると、車の位置・向き(状態空間)が最終的に変化します。
• 「操作のループを回すと、車の状態が意図した位置に変わる」
• 操作順序が異なると結果も変わる → パラメータ空間のループが結果に直結
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3. 猫の落下技との共通点
項目 猫の落下技 縦列駐車
操作パラメータ 体の曲げ方・ねじり方 前進/後退・ハンドル角度
ループ効果 形状空間のループで姿勢が変わる 操作パラメータのループで車が収まる
• 共通点:ループ運動(猫の体、車の操作)で最終状態が変わる
• 違い:猫は自然法則に従って勝手に姿勢が変わる、縦列駐車は人間がループ操作を意図的に作る
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💡 直感例:
• 縦列駐車をハンドルを一定に固定して前後に動かすだけでやろうとしても、狭いスペースには収まらない
日本の警察における経済警察、労働警察、鉄道警察は、それぞれ異なる社会情勢や必要性から発展した歴史を持っています。それぞれの歴史的背景と役割の変遷は以下の通りです。
戦前・戦中(戦時統制): 1930年代後半から戦局が悪化するにつれ、物資不足を補うための統制経済(食糧、燃料など)が強化されました。この違反を取り締まるため、経済警察が本格化しました。検事からは「知識不足」と軽侮されつつも、戦時の配給制度を守るという役割を担いました。
戦後・現代: 戦後、闇市などの混乱期を経て、経済警察は「経済犯罪」を取り締まる専門部門へ変化しました。現代では、汚職、金融犯罪、知的財産侵害、外為法違反など、国際的かつ複雑化する経済犯罪に対応しています。
明治・大正・戦前: 日本の産業化とともに労働運動が活発化すると、労働運動を治安維持の観点から監視・規制するために警察力が行使されました。
戦後: 戦後、労働組合法や労働基準法などが整備され、労働警察の役割は「労働運動の鎮圧」から「労働条件の確保」へ転換しました。労働基準監督署(行政機関)が労働基準法違反の捜査を行うようになり、警察は主に労働争議に伴う暴力行為や、労働法規に違反する悪質な事件(賃金不払い、強制労働など)を取り締まります。
明治~昭和初期(軍事・輸送防衛): 鉄道が開通すると、鉄道施設や治安維持のために鉄道警察が設置されました。
国有鉄道時代(鉄道公安官): 戦後の国鉄(日本国有鉄道)時代には、鉄道施設内を専門に巡回・捜査する「鉄道公安官」という独自の組織がありました。彼らは「鉄道公安職員」と呼ばれ、刑事警察の権限の一部を持っていました。
JR民営化(鉄道警察隊): 1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化に伴い、鉄道公安制度は廃止され、その機能は各都道府県警察の「鉄道警察隊」へと移管されました。
ワイ、30代男。
今は廃れて消えてしまった無料のチャットサービスで(自称)女の子と話したりあわよくば会ったりする出会い厨だった頃の話。
ハマったきっかけは高校入学と同時に買ってもらった初めての携帯電話だ。まだガラケーって言葉もない2000年代後半。
手元の小さな箱でネットサーフィンができることに感動し、パケ放題も入っていないのに夜な夜ないろんなサイトを巡回していた。
その時たまたま知ったのが「ラムダチャット」というチャットサービスだ。
入室した二人がランダムにマッチングして会話が始まるやつ。よく利用してるやつの最初の挨拶はたいてい「こん」だ。昼でも夜でもいけるからな。
で、最初は単純に出会う人との会話を楽しんでいたワイだが、ある時偶然マッチングした自称女子高生と話が盛り上がり、
2、3週間同じログ画面を通して会話が続いたあと、ついにはメアド交換するまでに至る。
クラスの女子とは雑談なんてできなかったワイ、大興奮である。対面だと緊張し上手く話せないが、文面なら返事を考えることができるし、ノリのいい奴を演じることもできた。
一度本人が写ってるというプリクラを送ってもらったが、可愛かった。
ある程度仲良くなるとちょっとHな会話を振ってもブチられることもない。ヤったことある?とかどんな下着履いてるの?とか。
この頃にはもう好きになってたよね。恋してた。授業の合間に携帯開いて返事して。相手から来てなかったら更新ボタン連打。
結局その子と何があったわけでもないが、数か月はメールのやり取りが続いたと思う。チャットで女の子と会話する楽しさに、脳を焼かれた。
余談だけど「スケットダンス」って漫画あるじゃん?ボッスンとヒメコが互いを互いと知らずにメールのやりとりが続いてついにはリアルで会うことになる話があるんだけど、まさにあれ。
解像度高すぎてビビったしワイのことかと思った。あれは作者の経験談入ってるね。
その後、受験やらなんやらありしばらくチャットサービスのことは忘れていたワイだったが、大学生になり入ったサークルで周りと馴染めず早くも辞めようかどうしようか鬱々していた頃、そういえばと思い出し、またチャットサービスに入り浸るようになった。初めての一人暮らしで自前のPCもあったし、高校生の時など比べようもないほどやりたい放題だ。
利用の仕方はわかりやすく出会い厨で、早い段階で性別を聞き出して相手が女の子じゃないとわかるとフェードアウトした。
ある時、同じ大学生だという1つ上の女の子とマッチングした。仮にKとする。
Kとは話が弾んだ。その日は一晩中話していたし、日が変わってもログ画面は残してあるので、そこで何日も会話が続いた。
趣味の話や日々の愚痴、悩み相談的なのもしたし、猥談も弾む弾む。何週か経ってそろそろいいかと思いLINEを交換した。
まあ好きになったよね。顔は見えないが、Kも楽しそうなのが伝わってきていた。
期間にして半年以上はやり取りしていたと思う。クリスマスイブに、彼女(彼氏)いねえよリア充爆発しろ!とか言いながら話していたのを覚えている。
そんな調子で年を越して、たしか夏頃だったと思う。今度会ってみないかと言われた。
当時ワイは関西、Kは関東(たしか千葉県)にいた。”たまたま”関西に友達と遊びに行くので、その時会おうよというわけだ。
ワイは悩んだ。小心者だったのでいざ会おうと言われるとちょっと怖かった。が、いわゆるオフパコのチャンスかと意を決した童貞ワイ、後日会う約束をしたのである。
某駅の改札近くで待ち合わせた。ボーダー柄のTシャツにジーンズという当時のワイ渾身のおしゃれをして。
その日が来るまで、何も手につかなかった。
そしてついに当日、バクバクの心臓を抱えて待ち合わせ場所に行ってみると、言われた服装の通りの女性が確かにそこにいる。
ワイは会ったのを後悔した。
理由は、言葉を選ばずに言うが、かなり不細工な女性だったから。本当にごめんだけど。
自分だって人のことを言えたもんじゃない。勝手に想像していた姿と落差があったとはいえ、人の見た目に文句をつけてよい道理などない。
頭ではわかっていたが、ダメだった。心が急速に冷めていくのを感じた。
ふと目線を上げると、同年代くらいの女性がこちらを見て手を口に当てて、クスクス笑いながらじっとこちらを見ていた。
あれは誰かと聞くと、友達とのこと。こっちは一人で来たのに、と少しむかついた。今思えば、知らん男と会うんだし、助っ人に待機してもらうのは
会った後のことは特に決めていなかったので、とりあえず駅周辺を歩くことにした。途中座って話でもしようとファーストフード店に入ろうとしたが、
休日の夜で満席だったため、断念した。ワイはなんだか面倒になってきて、駅に戻り、ひと気のないベンチに座ろうと誘った。
何を期待していたのだろう。実際会ってみたらタイプの女の子で意気投合し、そのままホテルへ・・・とかか。いや、そこまで具体的な想像はできていなかったと思う。
チャットやLINEでの盛り上がりはどこへやら、穏やかではあるもののぎこちない会話。30分ほどで解散となった。
「なんか、LINEとかで話してた印象と違うね・・・」とぼそっと言われた。
別れる頃には、Kとはもうなるべく連絡しないでおこうと考えていた。
自意識過剰と思われるかもしれないが、たぶんKはワイに好意を持ってくれていたと思う。直接会って話してそう感じた。
だからこそ余計に、もう連絡したくなかった。あまりに自己中心的で今考えても申し訳ない限りだが、ワイはそうした。
それから1週間くらいは何かとKからLINEが来たが、そっけなく返して短く会話を終わらせた。
そのうちに連絡は来なくなった。
佐藤一光
@kazzuaki
マクロ経済統計(SNA)の需要項目(支出側)を見るときにそれをどう見るべきか。国民経済計算の消費とは、そこから効用を得るための財やサービスへの支出の記録です。投資とは将来の生産のための支出の記録です。
簡便化のために生産(=所得)が消費と投資だけで構成されていると考えて、貯蓄を所得-消費と定義すると、投資=貯蓄となります。これを投資Investmentと貯蓄Savingsの頭文字をとってISバランスと呼びます。まず定義上、投資は貯蓄と一致します。これは貨幣のない世界を考えようと、貨幣を外生的だと考えようと、貨幣を内生的だと考えようと同じなので、コンセンサスといえましょう。
ISバランスをマクロ経済学的に考えるとどうなるか?貨幣のことを考えることなしに、投資=貯蓄の水準が決まる、と考えてみることにします。大切なのは貨幣価値が含まれた名目値ではなくて、実質値なわけですから。投資というのは実際に投資された生産力の量なのであって、貯蓄というのは消費されなかった生産力の量です。
そしてその水準を決めているのは投資需要と消費需要(貯蓄需要)によって決められる利子率(r)なのだ、と考えるわけです。それぞれの需要関数のあり方によって自動的に決まる利子率といってもいいし、利子率を通じてそれ投資と消費のバランスが決まるといってもいい。ここでの利子率というのは銀行金利というよりも収益率のような抽象的概念です。
これを動学的にモデル化したのがリアルビジネスサイクル(RBC)であり、動学的一般均衡モデル(DSGE)であり、世代重複モデル(OLG)なのだということになります。
それに対して、貨幣量を外部からコントロールして、そのことを通じて短期的には金利水準を上げ下げできる、という考え方があります。上の考え方では貨幣のことは考えていないし、金利水準というのも経済内部の需要関数の形状で決まっているのでそもそもコントロールすることなんかできません(し意味がありません)。
しかし、中央銀行がマネーの量を増やしたり減らしたりすることができれば、金利水準をコントロールしてISバランスにアクセスできるはずだ、と考える。これが有名なIS-LMモデルで、その拡張系も含めて貨幣量を自由に決定できるとする外生的貨幣供給理論の系譜と位置付けられる。
貨幣外生説だからといって、必ずしも貯蓄量が投資量を決定しているとまではいえない。貨幣を供給して市中の金利を引き下げれば投資を増やすことができる、というのはどういうことか?金利が下がれば企業は投資を増やそうとするだろうが、家計は貯蓄を減らして消費をしようと考えるだろう。しかし低い金利水準のもとで多く投資されようとすることが、新しい(高い)生産水準を生み出し、その分の消費を増やす生産余力と貯蓄(=投資)を生み出す生産余力とを生み出す、と考える。
国債残高が多くなって、貯蓄水準を上回りそうになると急激に金利上がるぞ!などという説明を見ることはあるが、俗流であろう。資金巡回統計で企業+政府の投資水準を高めよ(貯蓄超過にすべからず)という議論もあるが、これは目安であって、そうしたら急激に金利が高まるという話ではないだろう。
本筋ではないのだが内生的貨幣供給理論とMMTについてもごく簡単に触れておく。会計的には貨幣は負債の一種であって、借入による民間投資や政府支出によって貨幣は増える。民間投資の水準を決めているのは金利とすれば、これまでの理論よりもずっと直接的に金利水準を決定することができる。政府支出の水準と政府支出によって生まれた貨幣を吸収する課税や国債発行は利子水準によって自動的に決まる訳ではなく、財政運営によって決まってくる。
長くなってしまったが、このような見取り図を持っておくと、一般的なマクロ経済学のテキストは、貨幣について無意識な場合が多く、しかしそれは必ずしも貯蓄が投資を生み出すという因果方向を考えていない、と私はよんでいる。特に考えていなかった、I=Sは定義上自明、rがバランシングファクターとなってIとSは一致せざるを得ない、のような表現がしっくりくる。そう思ってご提示いただいたテキストの抜書きを読み直していると、雑だしよく分からない、という読解になるのではないか?(もちろん明確に貨幣としての貯蓄の上限がが投資の上限なのである、と書いてあるものもあるのだが。