「依り代」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 依り代とは

2026-04-29

ピュロイだって

これマジでスタンドじゃん

しか名前もパエトーネタからダイレクト

太陽神ヘーリオスの子エトーンが駆る太陽戦車を曳く炎の馬4頭のうち1つの名前がピュロイ

ちなみに残りの3頭はアイオス、アイトン、フレゴンだけど綴り的に作中のイアスはアイオスのことだと思われる

中国ではCVも出ててリン/アキラと同じ声の人が担当してる

もしかして零号ホロウ暴走、旧エリー都の陥落はかつてのパエトーンが神話のように「暴走」「墜落」したことによる災害なのかな

人為災害であることは仄めかされてたけど主人公ガッツリ絡んでた場合どんな顔すればいいかからないよ

リンアキラ記憶喪失系の主人公じゃないと思ってたけど瞬光との幼少エピで記憶も疑わしくなったし記憶操作隠蔽されてる系か

神話を当てはめるならパエトーンは旧都陥落のときに一旦死んでいるはず

今までリンアキラ=パエトーンと思ってたけど実際には知能水晶体がパエトー本体で、双子はその依り代にすぎんのかも

まり記憶混濁状態ってことか?

2026-02-27

映画】回路 を見た

雰囲気重視のホラーっぽい映画別に面白くはなかったかな。43点。

 

花屋に勤務する麻生久美子は同僚の男子が出てこなくなり家に様子を見に行くと彼の首が伸びているのを発見。その後、彼は黒いシミになってしまい、さらにそれを見た同僚もおかしくなり店長も来なくなりとてんやわんや。一方その頃、チャラい大学生加藤晴彦ネトゲをやろうとPCを頑張ってセットアップするも謎のサイトに繋がってしまい混乱、大学情報学部みたいなところで謎の美女小雪出会いサイトの謎、そしていま日本で起きている異変と向き合っていく。

みたいな話だったかなぁ。

 

作品内の設定としては「死者の世界が定員オーバーになって困ってる時に生者の世界できんたまたま死者の世界との回路が繋がってしまった結果、死者が生者の世界に乗り込んできて生者を取り込み始めた」ということなんだけど、実際にこの作品が示しているのは「生者の世界がスッカスカになって困ってる時に、死者の世界 a.k.a. ネット空間への回路が繋がってしまった結果、生者たちはこぞって死者の世界移住し生者の世界は滅びてしまった」ということだと感じた。

死者の世界(今後はネット上と読み替えてもらって結構)に接続した人間はどんどん無気力になり最終的に自殺するか黒いシミになって消えてしまう。これを作中では死者の世界からこちらに来た者が生者を依り代にした際の副作用である定義しているけど、これは自分というものネット上という架空世界依存することで現実世界からの逃避を行っている人間の鏡写しだと思う。そう考えれば現実世界でシミになった連中はきっと死者の世界で楽しくやっていることだろう。よかったよかった。

しかし実際に死者の世界に囚われる人間は常に孤独に苛まれていて死者のキャパオーバーというのは同時に生者の世界に対しての生の実感のなさ空虚さの裏返しであるともとれる。いや知らんけど。

最後まで生き残る麻生久美子は明らかに孤独からの逃避よりも生存闘争を求めるメンタル強者だし、ギリギリ最後まで頑張る加藤晴彦(すっかり見なくなった)もネット依存しなさそうなチャランポラン大学生だけど友人関係希薄さが提示されている。また積極的に取り込まれに行く小雪(作品の時点で色気がすごくて全く大学生に見えなくてすごい)は厭世観や強い孤独感に強く囚われている。

この作品は昨日見PERFECT BLUEより4年後でよりインターネットへの距離が近くなってネット中毒者みたいな問題が表出しはじめていた時期だと思うので、そこに対する世間のうすぼんやりした空気を拾い上げたんだと思う。今見るとより事態は深刻化している感じはするけど一方で別に現実世界は滅びてないのでちょっと悲観的すぎるなって感じ。

 

ホラー映画としては首が伸びてるシーンと麻生の同僚が黒いシミを見に行くと謎の女がシミから這い出してきて(おそらく死者)、ベッドの下かなんかに隠れてたらそのふちを青白い手が掴んでにゅーっと顔が出てくるみたいな古典的な仕掛けは控えめで、むしろシーン切替の不自然さや音響効果(なんかボソボソ囁いてくるシーンが多くて怖いから嫌い)、そして音楽の使い方の不自然さ(最も盛り上がるところは控えめで、次の何でもないシーンで盛り上げるみたいな演出結構多い)などで全体的に怖いというよりは不気味さを醸し出してくる。

定期で出てきて好きだったのは生者と思って話しかけたら壁のシミに向かって話しかけてた!ってシーン。うわあああってよりはヒエッって感じの怖さで好きだったかな。これもお前の隣にいる奴、本当に現実に心を残してるか?という鋭い問いであるともいえるしいえないともいえるかもしれん知らんけど。

あとは最終的に回路が前回になった結果、街には人っ子一人いなくなりそこらじゅうで事故まくり黒煙を上げて飛行機が墜落するという終末感展開は日本映画頑張ってるやん!って思ったけど、よくよく考えたら仮に飛行機操縦士が黒いシミになったとしても飛行機が黒煙を上げる論理的接合性ゼロやなと冷静になってしまいました。バードストライクかな?

あと麻生みたいな人間東京くらい人口があればもっといっぱいおるやろたぶん。

 

全然関係ないんだけど冒頭、客船で働く役所広司がたたずむ謎の女と出会うシーンから始まって、最終的に加藤晴彦ボート脱出した麻生久美子がその女だったらしいことがわかるんだけど、それが脱出してしばらくした後、みたいな感じの演出でなおかつ、加藤役所が同じようなボサボサ頭だったので「え、加藤晴彦が成長して役所広司なっちゃった!?」って思ったら別にそんなことはなく、加藤晴彦は静かに息を引き取った。

全体的にかったるいし、観念的すぎるし、その割に台詞めっちゃ説明してくるし俺の好みではあんまなかった。

雰囲気重視、ネット社会への鋭い警鐘!みたいなもの栄養摂取できる層にはオススメできるんじゃないかな。俺はテーマが優秀かどうかよりもそれがエンタメとして面白提供されているかのほうに興味があるのでちょっと微妙だったかな。

2026-01-25

如月千早武道館公演に本気で怒っている

参加状況

24日のみ参加、25日は配信見ようか迷ってたが、結局見ていない。

感想は言わずにいるつもりだったが、Xで25日のセトリを見て耐えられなくなってここに書くことにした。所詮、5年程度しか千早を見ていない人間なので、浅いところもあると思うがご容赦願いたい。

怒っているところは大きく3つ。

1、座席が最悪。ほぼ背中しか見えない。

XR(要するに3Dモデルライブをやる形式である以上、なんらかの方法映像を出してそれを見る形式ライブになるのだが、今回はそれをセンターステージでやるという。

実際には周囲360度全部に客が入っているわけではなく、ちょうど3時と9時のあたりは座席が入らないステージ構成だったが、それでも十分新しい試みだと思ったしちょっと期待してた。

で、蓋を開けてみたら、ほとんどこっちを向かない。具体的には北側ほとんど向かない。センターステージから、そりゃどっちかが正面になるのは分かっていたが、だとしてもマジで向かない。配信カメラ南側にあるからか、ずっと背中を見るハメに。なんだ?3Dモデル実在してないからこっち向かなくても良いってか?ふざけんなと言いたい。

また、自分は南東ブロックの1階席、つまりアリーナと2階席の間だったのだが、そうなるとステージ上部のモニターが2階席に隠れて全く見ることができなかった。結果として、本人を直接見えないけど代わりにモニタで顔が見えます、というアレすら全く見ることができず、本当に本当に何を見ているんだ俺は?と思う時間が多かった。

正直、アイマスに脳を焼かれた人間大勢いるから騒ぎになっていないだけで、普通に金取ってはいけないレベルで最悪だ。せめて、見切れ席って言って売ってくれれば許せた。バンナムの有料会員入って最速先行だぞこっちは。

2、演出(炎、ロボット

そもそも上部モニタが見えていないのに演出を語るなと怒られてしまいそうだが、それでもおかしいと思うところが2つあった。

良くあるステージから立ち上るアレ。やりたいのはまぁ分かるし、普段ライブなら文字通り熱気が感じられて好きなんだけど、XRのライブに対してやった結果、炎が千早やそれを写すためのセンターステージ装置(要するにスクリーン)に反射して、結果的に没入感が落ちていた。

そんな細けぇこというなと言われそうだけど、覚めるからやめてほしかった。こっちは夢見に来てんだから、素直に歌ってるところを見やすく見せてくれりゃ良いのに。

ロボット

どういう理屈か知らないが、ソニーの新しいロボットを使った演出があった。直方体の全面液晶が、ライブに合わせて移動しながら映像を映し出すというもの

まず、正直見た瞬間は何がしたいかからなかった。なんでバラード歌ってるときにで本人より周りにいる物体が強く光って動いてるんだよ。目をどっちに向けさせたいんだ。そういう楽曲ときダンサー配置しないだろ普通シンプル意図がつかめず、個人的には不要だと感じた。だがまぁ、ここは正直好みの問題しかない。

問題は、アンコールの「約束」の最後に、1体だけステージ上に留まって動かなくなって、緊急停止かなんかして、周りと一緒に一気に電源落ちたようになったところ。ここの演出自体アニメの21話再現をやりたいのだというのがすぐに分かったし、正直これだけのためにロボット入れたんすよって言われたら、素直に手のひら返しして謝罪してたんだが、よりによってアイドル想像できるような演出をやった依り代が、急にぷっつり電源落ちて終わりで終演後にステージ上に放置ってのはさすがに笑えない。

実際、意図していないものだったのだろうとは思うが、やらかしやらかしなので許しがたいとは思う。こうなるリスクを取ってまでやるべき演出だったのか?とは思う。まぁその辺は次の怒りがあるからなのだが。

3、セトリ

おそらく、一番世間から同意を得られないと思いつつも、個人的に一番しんどくて、今回のライブを全く許せないものにしたのはここ。今まで書いてきた1と2に対する怒りをまとめて1とするなら、こちらが10とか50とかそういう位にデカい。

期待していたこ

まず、このライブ名称は「如月千早武道館単独公演」であった。アイドルマスターという作中のアイドルが一人で武道館に立つ、というそ事実だけで心がときめいた。

しか公式サイトを見ると分かるのだが、このライブに関してアイドルマスターという名称は一度たりとも使われていないし、なんなら765プロ名前すらない。要するに、「あくまで作中のファンとして千早ライブを見に行くことができる」という体で準備されていた。と、少なくとも私はそう感じている。

また、武道館という場の重さも、それらに対する期待を更に強くしていた。だって武道館だぞ。ステージとして重たさが違う。立つこと自体が夢である舞台に一人で立つなんて、期待しないわけがない。

1日目の感想

まぁなんというか、思ってたより765プロじゃん、というのが率直な感想で、拍子抜けであったし、うっすら失望していた。「隣に…」とか、「Kosmos, Cosmos」とか来るんか。えぇ、自分武道館公演で千早はそれを歌うの?という違和感が拭えなかった。曲は好きだし歌も好きだけど、えぇ?

一方で、「蒼い鳥」が1曲目であり、765プロの面々と歌った楽曲などを経て、最後に「約束」に繋げていくセトリの流れ自体は、それこそアニメ最初から最後までを1公演で表現するような内容にも思えて、暗い海の底にいるようななかで、歌うことにすがりもがいていた千早が成長し救われていく流れにも感じられた。

から、まぁ思うところがないでもないが、「今の千早ってこういうことだから」という意志自体は感じられ、同意できるかはさておき理解はできる内容ではあった。

ただ、だとしても自分ソロ曲が数多ある中で、公演アンコール前の最後に「M@STERPIECE」は無いだろうと思う。名曲だけど、ソロ武道館最後に歌う曲ではないだろう。それこそ、そこは「Just Be Myself!!」だろう、と突っ込みたかったし、私の周りの席の人が複数人千早が歌い出ししたのを聞いてすぐにため息ついてたのが印象的だったし、私も同じ気持ちだった。

だが、これらは勝手に期待して勝手に裏切られているだけである。正直武道館から帰る電車では、「まぁそんなもんか」、「ほぼ背中しか見てないけど、配信チケット売れて次があればうれしいな」ぐらいに思いながら家帰って寝てた。

2日目のセトリをみて

そしたら2日目、ごりごりに越境して他ブランドアイマス曲をバンバカ歌っててさら失望。もうこれは「アイマス」のライブであって、そもそも最初から如月千早」のライブにするつもり無かったんだなってなおさら悲しくなった。

冷静に考えてほしいんだけど、武道館ライブをするアーティストがお世話になってるからと言って、仲いい人達の曲を歌いますか?という話。歌ってもせいぜい1~2曲ぐらいでしょう?

念のため、別にアイマス文脈特有の持ち歌を勝手に歌うな論争がやりたいのではない。それなりに見てきたアイドルが一人で武道館に立つという晴れ舞台なんだから、当然彼女の数多ある曲の中から彼女が選んだであろう楽曲彼女が決めたセットリストで歌ってくれるのだと信じていたのだけれど、こういうことするなら、最初からアイマス20周年記念特別公演」とか言ってくれりゃ良かったんだ。そしたらそのつもりで見てたと思う。

まとめ

私にとって今回の千早武道館公演は、千早単独武道館公演には到底見えないものだった。

結局今回のライブは、アイマス話題づくりの一環でしかなくて、20存在していた千早というアイドルステージに下ろすという覚悟が感じられるものではなかった。少なくとも私はそう感じた。

XRのセンターステージ技術検証とか、新ロボット技術のお試しの場とか、配信チケット販売ノルマを達成するためのセトリとか、そういうバンダイナムコ大人の事情、「やれそうな場と立て付けがあるからやりたいことたくさん突っ込んじゃえ~」でやっちゃった、コンセプトに見合わないステージだったように感じた。

そういう場に千早が選ばれたこ自体は、彼女は人を集める力があるという証左であり、それ自体は喜ばしいことだが、だとしても武道館に一人で立つ場はもっと大切にしていただきたかったというのが本音




いや、なんか取り繕ってるなぁ、もっとちゃんと言うべきかもしれない。

俺さぁ、悔しかったんだと思う。俺は千早一人が、千早本人の歌だけで、武道館を叩き割ってくれるって思ってたんだよ。

2026-01-10

持ち込むにあたって、額に入った遺影ダメでもクリアファイルに入った書類ならセーフ、みたいなよくわからない駆け引きがあったりするんだろうか。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4781533773904935681/comment/suzukisuzuki

賛否ある慰霊碑代わりのカラーコーン黙祷した野田と同じで

依り代信仰のある日本ならではの所作だろな

2025-09-16

ノイズという言葉選び』と『虎に翼』がノイズだけど「大衆に届くことも考えるとあまりよろしくない表現原作を読んでも本筋と関係いかオミットしました」に変なところはないですから

単純にこの記事大衆に届くことを考慮してなかったか言葉選びと思想ノイズが除去できていないだけで……

https://kai-you.net/article/93374

追記2025年9月16日

https://x.com/TYonemura/status/1967827334972707184

テレビアニメ作品における“未成年キャラクターへの性的消費を誘因するような描写”をオタクと呼ばれる人たちがアイデンティティ依り代にしていて、その削除に傷ついていることが事実だとしたら、さすがに理解できないし、社会的にもケアしようがないと思うのですが本当にそう捉えていいのでしょうか

メディア中の人がノリノリで出てきたので、この話はおしまいです。

吉田恵里香トークイベントは上手に切り抜くと、PV数があがるネットメディアおもちゃです。

編集の鎮火試行謝罪文https://x.com/ondarion/status/1967783597097750981)ですら言葉選びが最悪だったのに、火に油を注ぎはじめたぜ!?

2025-07-23

dorawii@執筆依頼募集中

ワンピースといえども結構伏線回収されないまま終わるかもしれない。ラフテルの正体とか。

隕石少女というのを読んだ。主人公善悪さっぱりしてて嫌いではないタイプ主人公。なぜか超操縦メカMGを思い出すのはそこに出ている少年雰囲気や画風が似ているからだがだったらなぜかじゃないな。

から死んだ少女の見た目をしたロボットが降ってくるという話だが、結局なぜその現象が起こったのかメカニズムまでははっきりしないまま終わるんだ。

ヒロインの父がそうなるようにしたのは明白っぽいが、その父がクライマックスで殺されてから現象はやまないし、ロボットが落ちてくるというシチュと裏腹に、なんらかの装置でそうなってたとかじゃなくて、世界のなんらかの仕組みが直接いじられたような非科学的な手段があったと感じられる。

あの世界に魂という概念があって降って来たロボットは魂の依り代として生きていたころの生まれ変わりといっていいものなのか、それともどこまでも生者の精巧コピー(スワンプマンみたいな)でしかないのかわからない。

装置のようなものでそうなったのではないということは神みたいな存在が降らせるようにしたのかどうかも、わからない。

そういうSFSF要素の種明かしをしないまま終わってしまう。

神さまの恋人も読んだが最後VR現実世界を融合させて問題点解決させたかのような書き方になってるけどそのあとまたVR作られたらなんの意味もないんじゃないのかって思えるような終わり方。

所詮は数巻完結の漫画からまだいいけど、百巻以上付き合ってる人は蓋を開けて見たら誰もが回収を期待していたネタが回収されないって事態覚悟した方がいいと思う。

読者たちにとっては重要ネタとされていても作者本人は大したことだと思っていないというずれは普通にあり得る。

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2025-06-20

もしエヴァンゲリオン日本神話モチーフだったら

『神世補完計画神代エヴァンゲリオン』― 日本神話エヴァストーリー

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■序章:神々の子

シンジ天照大神化身は、父ゲンドウ=イザナギに呼び出され、荒ぶる神(使徒)を鎮めるため「依り代エヴァ」に乗るよう命じられる。世界には今、信仰を失った神々の荒御魂が顕現し、人々に災厄をもたらしていた。

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■中盤:黄泉と穢れ

綾波レイイザナミの転生体は、かつて黄泉に堕ち、死の穢れを抱いて帰還した存在

ゲンドウ=イザナギ彼女を取り戻すため、禁呪によって黄泉の国へと踏み込み、そこで腐敗したレイの姿を見て逃げ帰る。これが“人類補完計画”の原点。彼は「死と再生」「神と人の融合」によって完全な世界=神世の復元を目指す。

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■転換:神懸かりと神去り

アスカスサノオ激情ゆえに暴走し、自らのエヴァを“神”と一体化させるが、制御を失い神罰を受ける。

綾波レイは霊的共鳴を強め、次第に“個”を失い、神格へと昇華していく。

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■終盤:天の岩戸世界の闇

人類補完計画の発動により、死者の魂が現世に溢れ出し、人間たちは「見るべきでない真実黄泉の姿)」を目にして自己崩壊

シンジ絶望と恐怖の果てに「天の岩戸」へと籠もり、すべてを拒絶。世界太陽を失い、闇に包まれる。

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■終局:神楽再生

ミサトやアスカら生者の「神楽対話共鳴)」によって、シンジ岩戸の中で自我と向き合う。

黄泉レイは「私を見て」と微笑み、死と穢れを肯定しようとするが、シンジはそれを受け入れた上で「生きること」を選ぶ。

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■結末:神世の終わりと人の夜明

シンジ岩戸を開き、黄泉と現世を繋ぐ柱となり、補完計画は中断される。

神々の時代は終わり、人間たちは個のままで、再び不完全な世界に立ち戻る。

空には初日の出が昇り、神代が終わり、人の時代が始まる。

2025-04-05

dorawii

増田にこそ本音がある

ネットde真実なんて揶揄表現があるが増田にこそ真実があるのだ。ネットde真実に対するアンチテーゼなのだ

だって増田嘘松してもしょうがないだろ。どんなに伸びてもハンネすら出してないんだがその相手承認還元される依り代がないのだし(つまりハンネを通じてでも「自分」が承認されているという実感が沸くことさえない)。

2024-05-03

「まともなフェミニストもいる」とよく聞くが、誰もその具体例として表舞台に立つ個人名を出さないから、その実在性が強く疑われている

anond:20240502205151

そう言われて出してきたとしても、大体が遠く手の届かない位置にいる海外大学教授などばかりで、多くの一般人にとっては、実質的に専門書の中で言葉によってしか存在しない、しかも間に翻訳者を挟んで語られる概念しかない

現代人にとっての交流の場であるSNS上で、日本語を使っていて、しかもそれなりに気軽に絡みにいける立場で、その「まともなフェミニスト」とされるのが、一体どこの誰なのか、それを「本物のフェミニスト」さんたちは誰一人として答えてくれていない

現在、暴れ回っているフェミニストを名乗る連中が偽物扱いされるのであれば、その対となる存在が決して概念上の存在だけではないことを、フェミニストたちは証明しなければならない段階に来ている

それで、「まともなフェミニスト」というのは、一体どこの誰を差しての言葉なのだ

この場合自分の知り合いなどという、公の場で個人名を出すことのできないような存在を持ち出すのは意味がない

まずは、表舞台に立って活動している「まともなフェミニスト」を一覧にしてまとめ、その正当性世間に認めさせるところからだろう

神にすら依り代となる人間名前存在が与えられているというのに、どこの誰かも分からない存在の伝聞を通じての説法なんて、人に届くわけがないだろう

2023-10-10

新海誠の好きなところと微妙なところについて書く

あんまり映画を観る方じゃないけれどね。

ほしのこえ

記憶は定かではないが、おそらくこれが最初に見た新海アニメ

大学在学中はSFに飢えていて、「AKIRA」とか「エヴァンゲリオン」とかを観ていたのだけれど、「ラーゼフォン」にはハマることができなかった。問題は長さなのではないかと思い、26話も見る必要のない映画を手に取った。

この作品が好きだったのは、クラークイーガンが好きだった自分が求めている、別の惑星風景描写があったことだ。僕が映像作品評価するのは、どれくらい思いがけない風景を見せてくれるかだ。火星の大地や、木星イオあいだにかかる雷の橋が美しかった。ヒロインから携帯メールにも確かクラークへの言及があった。

また、日常の美しさを切り取った言葉を、詩のようにつなげていくアニメを見たのは初めてで、そこも新鮮だった。

敵方宇宙人が、鏡像となって話しかけてくるところなど、露骨エヴァの影響を受けているし、詩的な文章村上春樹フォロワーに過ぎないと感じはしたものの、この監督作品もっと見てみたいと感じた。

「僕と彼女の猫」は忘れてしまった。珍しく自分好意を寄せている女性視点失恋の話だった気がする。

雲のむこう、約束の場所

僕が好きな要素がとにかく詰まっていた。架空歴史知的早熟だけれども情緒的には年相応の少年少女、そして天にそびえる真っ直ぐな塔。東京からも見える北海道メガストラクチャーという、自分想像力はるかに超えた世界を見ることができた。

もちろん、欠点もあった。ヒロイン・佐由理を救うか世界を救うか決断を迫られる主人公・浩紀は、セカイ系典型例に感じられて冷めてしまったし、あと、これは前にも書いたのだけれど主人公のやっていることはテロリズム肯定だ。

テロ組織名前も、北海道を手に入れるためなのにアイヌ解放戦線じゃなくて、サハリン樺太先住民族ウィルタ解放戦線だ。ヒロイン祖父名前キノエはアイヌ系の名前だが、そこには一切触れられないし、朝鮮半島のように南北に別れた家族悲劇は、ごくわずしか触れられず、プロットには絡んでこない。つまるところ、政治は装飾でしかない。いいのか。

にもかかわらず、この作品を好きになってしまった。アニメで精密に描かれた東京景色は、当時の僕の生活圏とかぶっていた。自分の暮らす世界彩度を高めた景色は、ぐずぐずとした感傷に僕を引き込んだ。何にもでもなれると、まだかろうじて思い込めていた頃だった。

そして、テーマ曲があまりにも切なく、これがずっと頭の中で流れ続けていた。過剰なまでに作中で繰り返され、露骨でさえある。しかし、悔しいけれども切ない気持ちになるのをやめられなかった。ラストで虚無に飲まれ北海道の美しさで息をのんだ。

自分青春に満足できていなかった僕は、この甘ったるいテーマ曲映画呪縛されていた。批判しつつも、フィルムブックとノベライズを買ってしまうほどだった。これが感傷マゾなのか。

秒速5センチメートル

退屈さを感じる場面や、冗長な個所もあった。でも、日常風景を美しい色合いで描くアニメを他に知らなかった。第2話冒頭の、貴樹が空想する巨大ガス惑星が空にかかった惑星風景は、僕が創作していたSF小説舞台として何度も用いた。

そして、第3話で流れた「One more time, One more chance」ですべてを持っていかれた。ヒロイン・明里と結ばれないラストを見て「そうなんだよ! これこそが人生なんだよ! はっはっは!」と快哉を叫んだ。「鬱エンドだ」「悲しい」と言っている連中を笑っていた。なんてこじらせた大学生だったんだ。これもノベライズを買った。

振り返ってみれば、主人公はいつまでも明里の幻影に惑わされており、サーフィン少女・花苗の気持ちちゃんと向き合っていない。独り身の期間が長かった自分は「応えてやれよ!」とあとになって思ったものだった。そりゃあ、思春期から初めての感情ばかりで、あまりにも未熟で、だから人間関係で目も当てられないような失敗を繰り返すんだけれど、「結局お前モテてんじゃん!」と怒りが湧いた。

後に、貴樹をはじめとした新海アニメ主人公たちはどうやって童貞卒業したのかな、夜のお店かな、などと根拠のまったくない最低な空想をするようになってしまった。自分がそうだったからって投影するなよ。

星を追う子ども

激しくツッコミを入れながら観た作品

統一感のない固有名詞(※僕はファンタジー名前を付ける際には一貫性必要だと信じている。だからアルカンジェリ、ケツァルトル、シャクナ・ヴィマーナと複数言語から安易に引っ張ってくるのを良しとしないし、文法的に怪しいヴィータクアやフィニステラという語も納得できない)、ジブリの表層だけをなぞったような描写主人公明日菜が地上世界と地下世界の両方の血を引いているという重大な設定が劇中ではほとんど描写されないなど、自分が気に食わなかった点は多数あるが、最大の問題点は悪役の森崎(ムスカ揶揄される)のサブプロットのほうが面白く、新海誠思い入れを持っているように感じてしまったところだ。

愛するもの喪失を受容せず(子の喪失ってキーワード村上春樹フォロワーっぽい)、代理品や依り代を求め、神々なり悪魔なりと契約する姿は碇ゲンドウともかぶり、なんにせよ強烈なキャラで、明日菜を食ってしまっている。いっそ明日菜いらなくないか

冥界をめぐり、禁断の知識の代償として盲目になるのは神話的でちょっと良かったけどね。

この頃から、新海アニメを僕はさら批判的に見るようになる。

しかし、作者の意図性癖が透けて見えるというのは一方的に親しみを感じる契機でもある。不完全にゆえに見透かせるものがあり、理解者になれたと錯覚できてしまい、結果的作品を愛してしまうことがある(※これは新人賞を取った作品を読むときもそうなんだけど、「作者はこういうことをやりたいんだろうな。なら、ここをこうすればもっとよくなるだろうな」と考えつつ読むことが多い。創作をしていた人にありがちなことなのかな?)。

言の葉の庭

言いたいことはたくさんある。

けれども、最大の欠点は「何でもかんでも台詞説明してしまうこと」だ。

最後タカオとユキノが見つめあう場面で、高まった気持ちをぶちまけるのだけれど、音楽映像がうるさいなので、台詞なんていらない。

海監督は文章を書く能力はあるのは認めるけれども、「説明小説でやれ」と感じる。「なんでも説明するのをやめてくれ、映画受け手を見くびるな」とも感じた。

そして、鮮やかな色彩がわざとらしく感じられ、反発を覚え始めた。

ただ、この頃から日本古典を扱いだしたのは嬉しい。ささやか愛国心が満たされる。

僕は海外文学が好きなので、逆に外国の人に日本の詩を知ってほしい。

君の名は」「天気の子

観ていない。

言の葉の庭」の一件もあったが、ハッピーエンドになったということを聞いて、寝取られ性癖(というかBSS、「僕が先に好きだったのに」?)を抑える優秀なプロデューサーがついたんだな、とシニカルに考えていた。売れるようになった、大ヒットを飛ばすようになったとも耳にして、新海誠自分からどんどん離れて行ったように感じた。そして、もう二度と新海アニメを見ることはないだろうと思った。友人や尊敬するSF作家が見ていると聞いても、耳を塞いでいた。

君の名は」の予告の「スカート注意、男子目線!」といったセリフにも、新海誠性癖が透けてみるのだけれど、徐々に作者のあけすけな欲望に対して嫌悪を感じるようになっていた。

これは男子出身の僕がそうだからかもしれないけれども、僕には、男性監督女子高生をじろじろ見て偏愛していると気づくと、鬼の首を取ったかのように指摘してやりたくなる悪癖がある。岩井俊二映画を観たときもそうだし、「ラストレター」を観たときは「俺を振った女は不幸になればいい」という怨念を感じた。庵野秀明俳優やってたのはめっちゃ面白かったけどね。

「すずめの戸締まり

ある女性が新海アニメが好きで、じゃあ一緒に見に行こうということになった。ただし、彼女が好きだったのは「君の名は」以降だった。

「お手並み拝見」と思いながら(なんだかんだで楽しみにしていた一方、不安でもあった)観てみると、極めてまっとうな少女の成長映画になっていて驚いた。

被災者のすずめが「死ぬのなんて怖くない」と言っていたのが、逆に震災記憶と向き合い、心底死を恐怖し、逆に生きる実感を取り戻す構成が素晴らしかった。自分を助けに来た謎の女性自分自身だったってのも良かった。周囲の支援必要なのはもちろんだけれども、傷付いた自分を癒すためには、どこかで自分の力を信じて自分の足で立ち上がらないといけないのだ。

ロードムービーとしても優秀だし、周囲の人々が善意にあふれてすずめに手を差し伸べてくれたのも、叔母の環が思わず激高して負の感情をぶちまけるシーンのための溜めだと感じ、よく計算された素晴らしい脚本だと感じた。

今まで肯定的だった(あるいはマスコットしかなかった)猫が、ダイジンという善悪不明存在になったのも面白い。

今まで別の災害という形で間接的に東日本大震災を扱ったと聞いていたが、正面から向き合ったのはとても立派だ。このタイミングでなければできなかっただろう。

恋愛要素を薄めたのも大正解。「シン・エヴァ」を観たときみたいに、「監督大人になったんだな」と感じた。

それでも無念な個所はある。人口希薄になった土地を神々に返すというモチーフと、地震を封じる要石というモチーフが、完全に噛み合っているわけではない(人口が減少している時代から出てきた発想では? なぜそこから厄災が漏れ出る?)。少しぶれている。また、震災は人力で防げる、つまり東日本大震災は防げた、という誤った読解を誘発しかねない面もある。

あとは、震災描写リアルだし、緊急地震速報が頻繁に鳴るので、観ていてずきずきと頭が痛み、かなり気分が悪くなった(御茶ノ水近辺も学生時代生活圏内だったし)。昔は「アルマゲドン」みたいなパニック映画大都市がぶっ飛ばされるのを見たり、「地球大進化」の大隕石地殻津波が起きて日本列島が引き裂かれるのを見て気分爽快になっていたのだが、ある時点で感受性が「まっとう」になってしまったらしい。

ところで、この作品村上春樹かえるくん、東京を救う」のオマージュだとよく言われるけれども、「海辺のカフカ」のパロディも仕組まれている。東北まで中古車ドライブする芹澤青年が車内で流すのが「夢の中へ」だが、「海辺のカフカ」でも星野青年が何を探しているのかもわからない中田老人を連れて車で高松ドライブしながら、「探し物は何ですか~」と口ずさむのだ。誰か気づいてないかな。

そのくせ、村上春樹オマージュにとどめ、影響下からは完全に脱しているように感じた。

疑問点。すずめの三本足の椅子過去自分に手渡されたことで、時間の輪っかをめぐっていないか? 

その他

どの作品かは伏せるが、主人公が僕の名前と同じで、ヒロインから名前を呼ばれるたびに恥ずかしいくらいに動揺してしまった。

当時流行っていたラブプラスをやっていたら、おそらく引き返せないことになっていただろう。

あと、「すずめの戸締まり」に関するウェブ記事で、新海監督が#MeTooのこともあるしパンチラを封じたと聞いて、機を見るに敏だなと感じ、何となく気に食わなかった。正しい判断だと思ったけど、商業性に屈したようにも感じたのだ。正確には、「雲のむこう~」みたいに政治的を雰囲気に使うのをやめたのが、なんとなくタイミングが上手すぎて、逃げ足の早さを感じるのだ。

でも、とっくに青春コンプレックスこじらせオタク向けクリエイターから国民監督に変わってしまったのだ。寂しい。あんなこじらせた作品を書くのに既婚者なのも納得できない時期があった。

まとめ

こういったことを、友人に対してつらつら語っていたら、「それはお前、もう立派なアンチだよ」と指摘された。「アンチじゃない、愛情と憎しみの両方を持っているだけだ。複雑な感情をも抱えているんだよ」と反論すると、「お前が複雑な感情を抱えていない対象なんてあるのか」と笑われた。ひどくない?

これだけ複雑な感情を抱えているので、「君の名は」「天気の子」を見るのがずっと延期になっている。諸般の事情ラブコメ苦手だし。

2023-08-08

映画君たちはどう生きるか」のキリコについて(感想文)

映画君たちはどう生きるか」を観てきた。

うまい言葉がみつからないけど、アニメーションとしては、スタジオジブリ集大成といってもいい、すごい映像作品だと素直に思った。

・「インコ」というジブリ史上でもっとキモ可愛なキャラクター爆誕しているので、それだけでも見る価値がある。早くグッズ欲しい。

唐突に色々な出来事モンスターアイテムが目まぐるしく登場するので、初見理解が追いつかない感もあったが、むしろ神話的で良いと、魅力的に感じた。たぶん、わざとそういう配置にしてる。

特に個人的感想として、もっとも印象深かったのがキリコという登場人物だった。

以下、考えたことをメモする。

↓↓↓以下、全てネタバレかつ妄想↓↓↓

 キリコ異世界(塔の世界)に迷い込んだ眞人が最初出会う案内人漁師)であり、『千と千尋』の湯屋女中のような主人公との関わりを連想させるキャラクターだとも思う。後に、その正体は主人公(眞人)と同時に異世界に入り込んだ従者(老婆)であることが作中で明かされている。

 はじめは、この案内人は老婆であったキリコ異世界で変身した姿なのかと思ったが、どうも違う。この若い姿のキリコは(恐らく)数十年前に異世界(塔の世界)を訪れていた、若き日のキリコなのだ

 そして、眞人と同時に異世界侵入したはずの老婆キリコは、若き日のキリコより、木彫の人形として眞人に託される(映画ラストで、この人形が老婆キリコに変化することから、これが依り代のようなアイテムになっていることは明らかである)。

 しかしなぜ、老婆キリコ異世界で木彫り像に変身しなければならないのか?それは、パラドックス回避の為、時空が混然一体となった異世界(塔の世界)には、2回目は入れないルールがあるからではないか、と考えた。

 ではそうだとして、何故、異世界侵入していないはずのその他の従者(老婆)たちも、老婆キリコと同様に木彫り人形として異世界で登場していたのか?この関係は紐解く必要があるように思う。

 一つは、現実世界からの老婆キリコは、他の従者(老婆)たちと同列に、この異世界(塔の世界)には不在であることを示すたんなる装置としての(木彫り人形の)意味合いはあるだろう。

 では、他の従者(老婆)たちも若き日のキリコと同様に、過去異世界に招かれていたということなのか?この点については、実は、キリコ以外の従者たちは、ワラワラ様が現実世界に生まれ、育った姿なのではないかと思うのだ。つまり彼女たちは大叔父が作った異世界に魂の起源体験を持つので、作中の異世界では木彫り人形として描かれたのではないか(2回目は入れないルール)。つまり過去異世界と縁があった存在であることのメタファー暗喩)が木彫り人形なのだと思う。

 そう考えると、丸くて小さくてもふもふした従者(老婆)たちと、背筋の伸びた老婆キリコキャラクターの対比も分かりやすい。異世界でのワラワラ様とキリコ関係性を、現実世界でも再現しているというわけだ。

 そして、実はキリコは大叔父血縁者なのではないか。つまり血筋的にも大叔父・ヒミ・眞人と関りのある重要役割を担う存在だったのではないか

 異世界(塔の世界)では、大叔父とその血縁しか主体的世界に影響を与えられない……という風に理解ができそうな台詞描写も作中にあったと思う。だから異世界での鳥達は変容・進化?してしまったし、直接の血縁ではない眞人の父は異世界には入れない。他方で、ヒミは火を操る神通力により世界浄化破壊?する役割を与えられ、キリコは循環と再生を扶ける役割が与えられているのだ。

 作中序盤で描かれる現実世界での老婆キリコは、他の従者たちと違って、なんとなく可愛げがなく、めざとく狡賢い性格として描かれている。しかし、あの異世界で描かれるように、面倒見がよく逞しく凛々しい姿が、キリコ内面なのである。だから、老婆キリコは、眞人を心配して廃墟の塔までついてきてしまうのである

 ここまで考えると,老婆キリコが作中でもっとも印象深く愛しいキャラクターに思えてこないだろうか。

↑↑↑以上↑↑↑

SNSなどでストーリーが分かりにくいという前評判をみていたが、物語構成は『千と千尋』や『トトロ』と同様で、トンネルを抜けた先の異世界で試練を経た主人公が、何かを現実世界に持ち帰る構造であり、ファンタジー系のハヤオ作品の中ではむしろ分かりやすい部類だと感じた(個人的には『ポニョ』とかの方が難しくてついていくのがしんどかった印象)。

「結局、アオサギは何者だったのか?」など未消化の要素も多いので、また時間があれば鑑賞に行きたいです。

2023-04-25

anond:20230418170745

たぶん大半のファン増田と同じだし、攻撃的なファンジャニーズ依り代なんだと思うし同情してあげても良いと思う。むしろ増田以上に性暴力嫌悪感を感じていてその反動で暴れているだけだよ。

ジャニーズ詳しくないから変な質問だけどジュリーを完全に切り離すのは難しいの?それで今のジャニーズ全員が元SMAPレベルの扱いになるの?素人的には一線を退いて隠居してもらうのが一番即効性あると思うんだけどな。

しかしたらジュリー切った瞬間全局がLDH尻尾降り始めたるのかな?そしたらマジで地上波終わってんなって思ってTV捨てるわ

2022-07-24

anond:20220724175247

あん?そんな右翼左翼のくくり自体冷戦とともに終わってるってことだよ。

今は何かしら依り代を持てば攻撃役に回れるというチンカスな連中の集合体

2022-05-22

anond:20220515124855

薬草=神への供物」説には、いろいろ疑問点があるが、最大の疑問は「薬草のどのような要素が神への供物として(神に)認識されるのか? 供物として捧げられた薬草はどうなるか?」が一番大きいかな。

たとえば、ホイミ等を「MPというある種の生命エネルギーを捧げることでHPエネルギーを神から授かる呪文」だと考えるとすると、薬草はMPに相当する生命エネルギーをもったものということになるし、使用後はそのエネルギー喪失すると考えるのが妥当だろう。だが、薬草はいったん刈り取られて商品として販売されている。絵などを見ても、おおむね単なる葉っぱ扱いであって、普通に考えればただの死骸だ。生命エネルギーを捧げる行為は、収穫した時点で終わってしまっているのではないだろうか?


次に、神道における榊のような、いわば神職の手を経て加工されることである種の「依り代」としての役割をもたされた聖なる存在である、という観点から考えてみよう。なるほどそれなら植物自体は単に象徴としての供物であって、神は「捧げる」という行為の完遂をもって願いをかなえているのだと考えることはできる。榊を捧げて心が安らかになるのと同様に、薬草を捧げてHP回復するということだ。だが、そうなると「薬草」を生成するのは神職もっともふさわしいということにならないだろうか。なぜ薬草は「道具屋」で売られているのか。神殿教会は、初級の神官薬草生成の労働をさせて道具屋に卸しているのか? 復活の呪文を唱えたりといった商行為普通に行っているのに、どうして薬草だけは道具屋におろすのか? 直売すればいいのではないか?…等々を考えるとやはりおかしい。薬草の生成に神殿が関与している可能性は低そうに思われる。

何より、異世界語との翻訳問題もあるかもしれないが、上記の2点に相当するようなものを我々は普通「薬」とは呼ばない。「薬」と称されるものは、何らかの方法で体内に取り込むことによって、その成分から何かしらの身体作用を得るようなもののことを言う。それならば、「薬草」を「使用」するとは、端的に言えば(まさに空腹をも5%回復する不思議のダンジョン的に考えれば)それを「食う」行為なわけであり、その場合、「何かを食う」ことが「何かを神に捧げる」こととイコールであるという宗教観世界観が設定的に必要になると思われるが、そういう設定が「薬草」以外にも表れているような作品を私は寡聞にして知らない。また、元増田が完全に見落としているのが、これも多くの作品に登場する「ポーション」の存在である一般薬草のやや上の効力をもつように設定されているポーションであるが、明らかに人間の手が介在するこのアイテムを、また「神への捧げもの」と考えるのにはかなり無理がある。

だとすれば、「薬草」の体力回復作用は、単純にそれを摂取することで生じる薬効成分の作用だと考えるのがもっと妥当であり、ポーションはその成分を何らかの方法抽出したものと考えるのがもっと妥当であろう。もちろん、そこに魔法的な意味合いの薬効が存在すること自体不思議でないとしても、神を介在させることには特に妥当性がないと考えられる。中毒したり副作用が生じたりしないのも、まあ、突き詰めれば魔法からだよ。な。

2021-10-20

anond:20211019233200

完全に単なる逆張り現在制度擁護してみるけど、

こちから叩かないと埃が出ない」程度の問題に対しては罷免できないシステム、という事なんじゃない?

そもそも名前世間に浸透していないと信任するしない以前に「誰それ?」となるわけで、

誰それ?=信任、と判断するに足る理由けがあればシステム上の問題はない、とも言えるわけだ。

例えば「裁判官とは単なる法の依り代であって、個人の顔が見えないほど良い」という価値観仮定すれば、

「誰それ?」度が高いほど信頼に足る、という判断妥当だ。

2021-07-13

anond:20210712204137

母親は娘の事をアイドルみたいに思ってたんだろうね

率直に言えばキモオタと一緒。嘘をつかない、男に汚されていない綺麗な娘という理想自分純潔性に重ねて、それを娘に重ねていたんだと思う。

一種契約だよね。キモオタ彼女を作らない、アイドルも異性をつくらない。その間に男女間を超える絆があるという幻想

処女であることが自分と娘を繋げる依り代だったし、娘に嘘をつかれて、卒業されて、母親はその時一歩大人になったんだと思うしそれまでガキだったんだと思う。

2020-12-27

最初に変な行動を始めるのは変なやつに決まってるので、いまヴィーガンとかやってるのは元々メンヘラとか発達障害とかの精神問題がある人間ばかりだが、これはどの分野でもなんでもそうだから仕方ない。

キャズムを越えた時点で普通の人ばかりになる。時間問題しかし、もしそうなったら、いまヴィーガンに“逃げて”いるような人は、もっと自分自分らしく輝けるはずの次の依り代を求めてまた彷徨うだろう。

2020-07-16

anond:20200716151534

増田の使い方が全然からなくて途中で途切れてしまった。続きを張ります

ストレスと言ってしまえばそれまでなんだけど急にキレ始めるので怖いし不安になる。さっきの終末クソモブ男とカイトを重ねたのだろうか。弟君も知人がすぐそばで死んだのに有名人に会えたことを喜んでいる場合なのだろうか・・・何も感情移入できないのでここらへんで本当に怖くなる。引きこもりの先輩は空気より存在感がない。PT内に入っていることも忘れそうだ。

カイトが一人だけなら謎の機械に一緒に乗せて助けてやるよと意地悪を言って、なんやかんやついてくる。お姉さんの死体はまぁどうしようもないし放置・・・諸行無常を感じる。お父さんのことはあれだけ引きずっていたのに、近所のお姉さんが死んだことはこのあとほぼ何も描写されないので、本当に無情です。

電気が生き残ってたコンビニに入り、必要ものだけもらうことに。歩は必要ものをもらうことに、すごい嫌だ・・・て言ってるけど、スタンスが周りでどれだけ人が死んでも自分は死なないと思ってる人間すぎるのでこれまたよくわからない。もうPT内で二人死んでるけど・・・。

明らかにイカレてる店主に警告され、矢を放たれて追いかけまわされる。矢の攻撃力を舐め腐っていた弟くんの体のど真ん中に矢がぶっささるシーンで3話が終わるが、全然インパクトはないし4話を知らないときにここで弟が死んだと言われても何も思わなかったことだろう。3話目感想終わり。3話目は正直不愉快の塊なので飛ばしてもいい。


4話 ヒラカレタトビラ

弟は偶然懐に入れていたゲーム機のおかげで怪我をすることなく生きていた。そんなことってある?懐にゲーム機を入れてなければ死んでいたところだったぜ・・・・。弟を射抜いた怖すぎるジジィはなんか急にヨボヨボのシワシワになってすまんかった・・・そんなつもりでは・・・とか言ってきたがどう考えても殺意シマシすぎて説得力がない。これで弟が死んでたら面白かった。はんだごてでジーッてやると、ひび割れゲーム画面も治るので面白い。

車でどこかに移動するのだが、地滑りなどが起きて地図無意味に(本当に無意味なのか・・・?地滑りが起きただけで・・・?)といいジジィが地図を捨てるので、ますます現在地がどこなのかわからなくなる。途中でやけに陽気なヒッチハイカダニエルを拾う。マギー審司ネタをモロにやってくる外国人だ。ここで歩と弟のお母さんがフィリピン人だったことがわかる。それまでただ外国から帰ってきた、やけに日焼けしてる人というだけの描写しかなかったので、ここでフィリピン人だと言われなかったら多分最後まで私はお母さんのことを日本人だと思ってただろう。

ジジィが外国人嫌いなのに外車に乗ってたりとかなり不愉快。でもそれと反して、宗教関連は全然不愉快じゃないんですよね。むしろやさしさの塊なのだ。突然大麻がでてきたりして意外性はあるけど、描写は全体的に見ると作品内で一番穏やかだ。

宗教ティにたどり着き、あたたかシャワー食事をもらう。優しい。なぜかみんな服を来たままシャワーを浴びるので、とても不安になる。野菜たっぷりカレーをもらい、それを食った先輩がお母さんのカレーみたいだ・・・と涙して存在感を出してくる。実は先輩のお母さんは、カレーができたわよと先輩に言ったあたりでカレーと共にがれきに挟まり、ぐちゃぐちゃに潰れて亡くなっていたのだった・・・。血とカレーがまだらに混じり合い、形容しがたい色になった母親死体を見たのに、ここでカレーを食える先輩。ただ焼かれているだけの猪を見て吐いた歩とはメンタルの強さが違う。

ガツガツとお母さんの味に似ているカレーを貪り食っている先輩をみんながほほえましく眺め、お母さんがカレーを食べて不思議な味ねと言ったところで、突然ダニエル大麻が入っているのさ!と言うので、前述した先輩のカレーに対するシーンが「大麻入りのカレーを食べてトリップしている疑惑」もしくは「お母さんがカレー大麻を入れてた疑惑」へと急激に変化することになるのでとても酷いと思った。そんでもってみんな大麻が入ってるって言われても普通にカレー食ってたから、多分大麻が解禁されたか大麻調味料代わりに使われている日本なんだろう。フォロワーが言う通りネオ日本なのかもしれない。普通大麻カレーを食わされていると知ったら非常時であっても怒るし、急に大麻入りカレーを出してくる宗教団体はどう考えても異常で怖いからだ。「クセになる味わい」そりゃそうでしょうよ・・・。

大麻外国では普通に解禁されてるところが多くなってきたけど、突然大麻カレー説明もせずに出してくるのはマナーがなってないと思うので、この描写は明らかに異常すぎる雰囲気で怖い。事前に「大麻が入っている」と言われればまだマシだったが、結局なぜかダニエルが澄んだ笑顔説明してきただけで宗教団体の人に「そのカレーには大麻が入っていますよ」と言われることはなかった。

というかお母さんがフィリピン人であることを考えると、この舞台日本ではカレー大麻が入っているのは当たり前なのでは?(お母さんが◎◎スタイルカレーね!と言って明らかにこのカレーを知っている雰囲気なのに、食べてみたら不思議な味だと思う描写から)。当たり前なことは説明する必要もないからね。やはりスパイス一種として扱われているんじゃないだろうか。大麻日本の国草だし、日本スパイスである七味唐辛子にも一応大麻の種が入っている。きっと日本沈没2020では大麻麻薬ではなくスパイスとして描かれているのだ。大麻をキメていると考えると、登場人物全員になんらかの狂気があるのも理解できる。大麻描写が度を超えて肯定されているので、湯浅監督大麻をキメて日本沈没2020を作ったと言われても理解できるけど・・・。

大麻入りカレーを食った後は施設内を案内され、日本文化である「金継ぎ」や「もったいない」をなぜかダニエル説明する。ここでも何故ダニエル説明するのかはよくわからない。説明したがりやさんなのかもしれない。歩も弟もお母さんもジジィも引きこもりの先輩もみんな日本に住んでいるし大半が日本育ちなのに・・・。

地震につよいからと言ってモンゴル家屋であるゲル」に案内され、なんかエスニック雰囲気なまま一日が終わる・・・と思ったところでここでジジィが麻薬中毒なのが発覚する。ジジィがここにみんなを連れてきたのは麻薬を手に入れるためだったのだ。そりゃ矢も射かけてくるだろうな・・・と納得してしまう強すぎる設定に痺れた。いやでも、矢を射かけてくるのは意味わかんねーんだよな戦争でも経験したのか?このジジィはありとあらゆる意味で強いので、仮にフォロワー日本沈没2020を見る時はこのジジィに注目しておいてほしい。

てかジジィは普通スーパーの店主?なんだけどなんでモルヒネ中毒になってんだよ・・・。

なんか中華系っぽい怪しげなピンク色の雰囲気、そしてやけに和っぽいBGMの中、背中ドン!と入った入れ墨が目立つ初老女性がシルエットだけでヌルヌルンと得体の知れないヨガを行っているところで4話目が終了。大麻にいきなり横っ面を殴られた回だった。文章だけでは説明しきれない独特の空気感があるので、インパクトを求める人は4話は見たほうがいい。


5話 カナシキゲンソウ

爽やかな朝にジジィがサウナに入り、水風呂で汗を流すところから始まる5話。どう見てもヤク抜きの現場だ。このジジィはもう薬物中毒と、歳のせいかかなり狂っているので、ヤク抜きする意味はないと思うしなんでこのシーンが入るのかはわからない。

ジジィは唐突に水風呂につかりながら「はぁ・・・ここにいる・・・」と感慨深げに言うのですが、これには後述する理由があった。初見だと唐突意味からないことをいうので、もう完全にこのジジィは終わっているなと思った。いや実際いろいろと終わっているんだけど・・・・とにかくパワーが強すぎて一番印象に残っている。

ラジオ体操やってる宗教団体の人たちがいたり、クソデカ彫像メチャクチャ金継ぎがされていたりする。クソデカ彫像メチャクチャ金継ぎを行うのは、明らかに金を大量にもっていないと無理なので、宗教団体の財力が垣間見える。突然主人公一行に合流してきたジジィが偉そうに車いす要求普通に歩けるのに。ただ、この車いすがのちに活躍することになる。

この話で「マザー」と呼ばれる4話最後にでてきた初老女性が、10の子供を媒介に霊を下ろすスピリチュアル儀式施設内で行っているのがわかる。この子供がどう考えてもAKIRAなのでオイオイオイ・・・と思った。依り代として財布を受け取り、依頼者の母の霊を下ろして津波に攫われた私を助けてくれてありがとう・・・と依頼者に言うのだが、続く言葉が「暗証番号は金庫の中だよ」なので何もかもが台無しになる。ここらへんでさすがにストーリーハシゴを外されまくるのにも飽きてくるし、正直こういうシュールギャグ全然面白くないので苦痛になってくると思うが、大麻編は6話まであるので大麻のその先に何があるのか知りたい人は6話までは見たほうがいい。

最初大麻入りカレーを配ってくれたクソデカいおじさんがなんか白濁したポタージュみたいな謎の料理を配ってくれる。多分説明されていないが、これにも大麻が入っているんじゃないかと疑ってしまった(大麻が入っている説明はされなかった)。というかこの場所のすべての食事大麻が混ぜ込まれていても不思議ではない。なんでかっていうとびっくりするほどでかい、明らかに違法なクソデカ大麻畑がこの宗教施設には存在するためです。

大麻カレーを食べてからやけに表情が明るい先輩が、労働の喜びに目覚めるなどして人間性を取り戻していく姿はどんな顔をしたらいいかからなかった。大麻がなければいい話なのに、大麻のせいで何もかもが疑わしく思えてくる。それもこれも大麻が悪い。

大麻が出てくるとストーリーの何もかもが破壊されていくことがよくわかるので(登場人物すべての行動に「もしかしてこいつは大麻をキメてるかも」のノイズがかかるため)、もしかしたら大麻のすばらしさを語っているのではなく、大麻の恐ろしさを訴えているのかもしれない。こういう考察も、監督大麻キメてそうなハチャメチャ奇想天外な展開をどんどんお出しされるともう考えるのが馬鹿らしくなってくる。これを反日アニメだと思っている人は見る前からすでに頭がおかしいか、それかたぶん視聴していないと改めて思った。そういう意味では監督天才なんだけど、このアニメは最悪。

労働の一環として歩は寝た切りのおっさん介護をすることに。寝た切りのおっさんは全身不随になっていて、ちょっとだけ指とあと目だけ動かせる。おっさん介護をしている歩の表情はなんかやけに穏やかだ。あれだけ情緒不安定な姿を見せられた後では、大麻があらぶっていた精神クールダウンしてくれたんだろうとしか思えないが・・・。

夜になって労働奉仕活動?がおわり、一行は割り当てられたゲルへと戻る。薪の火が消えたので、やけに活力的になった先輩がガスバーナーを持ってくるよといってゲルから出て行った。ガスバーナー・・・?マッチとかじゃなく・・・?ゲル燃えそう。火はガスバーナーを使うまでもなく、ジジィが息を吹いて起こして終わったので先輩の行為無駄に(わざわざその描写もある、何なの?)。その日に行われる謎の週末パーティに誘われたので歩と弟はパーティへ参加することになった。

パーティに参加する前に、歩と母親がまた喧嘩をするんだけど、その理由が酷い。お父さんの声を聴きたいという歩にお母さんが聞いても無駄だよ・・・っていうんだけど、歩はそれをお父さんを忘れて、ダニエルと仲良くしたいからだと思うし、それをお母さんに言ってしまうのね。あまりにも酷すぎる・・・実の子供でもこんな子供は嫌だ。お父さんが死んでつらいのは歩もそうかもしれないけど、恋人を亡くしたお母さんが一番つらいと思うよ。

言いたいこといって気持ちよくなった歩にお母さんが「大人になってちょうだい」て言うんだけど、なんかもう、大麻編の先がどうなるのか見たい!て気持ちがなかったらここで切ってた。それぐらい最悪だったし、大麻畑のある宗教施設の週末パーティはやっぱりドラッグパーティで、この描写がクラベビを思い返させたし、先輩は多分大麻を吸ってDJになった。ちなみにユーチューバー大麻を吸っていたことがこの後判明する。

息子と娘がドラッグパーティに参加している間にダニエルとお母さんが話す描写がね、また良いんですよ・・・こういう要所要所に湯浅監督節をキメてくるのでなんかだらだら見ることになる。

そんでもってお母さんと歩が和解するなんかいい感じの雰囲気の朝が来たと思ったら、急にジジィが車いすを乗り回しながら弓で施設内の人間を2人ほど殺す描写がやけにかっこよくでてきてもうマジでなんか温度差で死ぬんだよね。ジジィの描写文字であらわすと頭痛くなるから描写しません。

5話冒頭の「はぁ・・・ここにいる・・・」は宗教として祭り上げられている10の子供のことだった。ジジィはこの子供を奪還するためにここに来たっぽいんだけど、絶対大麻理由50%ぐらいを占めているんじゃないかと思う。ちなみに子供を連れ出そうとしたジジィは、盗んだ車で脱走しようとした途中でヤクが切れて運転を失敗し、宗教施設の塀に突っ込んで自損して気絶したので最悪。ここで5話が終わる。今思うとここが一番の山場だった。

2020/7/15 20:43

6話 コノセカイノオワリ

ここら辺まで視聴すると、タイトルカタカナ描写されているのも腹が立ってくるようになる。ちなみに「コノセカイノオワリ」がタイトルだが、ここで終わるのはどっちかっていうと世界じゃなくて宗教施設だ。そもそも日本だけ沈没してるからタイトルスケールがでかすぎる。クソアニメを見ているとこういうところにもケチをつけたくなる。なまじメッセージ性があるから考察する余地があるんだが、その考察をしている最中でわけがからなすぎてこっちの頭がおかしくなってくる。勝手おかしくなったのを作品のせいにしたくもないが、本当に理解できなくて脳がバグる

湯浅監督は、なんか炎上してますね~みたいなスタンスツイッターで取っているが、このアニメで何がしたかったのかあとでインタビューとかでまじめに答えてほしい・・・。いや、やっぱり失望しそうだから答えなくていいよ。なんか炎上してますね~~いやそりゃ炎上するでしょうよ・・・逆に炎上しない自信持てねぇよこんなの。監督炎上しないと思ってたん・・・?逆に怖いよ。てかこれに関しては、内容じゃなくてタイトルが悪い。日本沈没2020、完全に内容がタイトル負けしているのだ。別タイトルオリジナルアニメだったら、ここまで炎上しなかったと思う。なぜなら日本沈没2020を見て(本当に見たのかは非常に疑問に思うが)騒いでるのはツイッターで見たところ右翼左翼の人が中心だから一般人間と、監督ファンはどこを褒めればいいのかわからないのでさほど話題にもなってないという印象がある。最もこれはあくまで私の印象なので、自分で「日本沈没2020」をツイッター検索するのが一番いいです。自分の目で確かめて。

とか思って湯浅監督ツイッターを見たら

「素直にこうあった方が良かったと言う意見も今後の参考になる。評価分析された非難はあまり参考にならない事が多いが、たまに誉めてるものに鋭い見方があったりする。つまらなければ、あまり考えないし、面白ければよく考えるせいかと思う」

と言っていた。実力がある監督がクソアニメを作ると、つまらなくても考える羽目になるんですよねぇ。実力があるから何気ないシーンに考察余地を残せてしまうし、実力があると知っているからこそ監督はこのシーンでこういう表現を訴えてるんじゃないだろうか?と考えてしまうんだ。だってこれまでの作品がそうだったし、そう思わせる下地表現監督アニメで作ってきたでしょ。クラベビとか特にすごかったですよ。クラベビ何回も見返した。特にバトンのシーンがあまりにも素晴らしかった。バトンが澄んだ音を立てて地面に落ちて、何度渡しても了に受け取ってもらえないところの表現が本当にすごくて、ネトフリを開くと必ずクラベビのあのシーンを見たくなったし実際に見てた。だから日本沈没2020酷評されてたけど、まずは自分の目で確かめようと思って最後まで見た。

まぁケモノヅメとかはぶっちゃけわけわかんなかったけどでも日本沈没2020レベル意味不明さではなかったのよね。そして面白かった。他の作品も全部面白かった。ケモノヅメはわからないけど、面白かった。日本沈没はわからないし、面白くないです。だからこそこの考察感想?書いてるのが自分自身むかつくんだけど、こういう形を取らないと「大好きな湯浅監督のクソアニメを見た」感情に整理がつかない。日本沈没2020を見る前は、まさか自分が「お前のことが大好きだからこそ殴っているんだ」みたいなDVクソ野郎みたいなことを主張する羽目になるとは思わなかったな。

私は「作者はそこまで考えてないと思うよ」って言葉だいだいいっきらいなんですけど、日本沈没2020に関しては「作者はそこまで考えてない」ことを祈ってしまう。すべてを大麻のせいにしたいです。

途中から感想じゃなくて文句なっちゃったけど、感想へ戻ります


6話はそれまで陸上というかありとあらゆるもの消極的だった先輩が、ランニングをしているところから始まる。大麻のことがなければ、引きこもりだった先輩が立ち直り始めた良いシーンだと思うが、ここでも大麻邪魔をしてくる。大麻のことを考えたくなくても

日本沈没2020を観ての考察(?)・感想ネタバレ

ふせったー内で身内にずっと吐き出していたが、日本沈没2020を観て思った事をここに張っていく。匿名だし、増田なんて多分本当に日本沈没2020に興味がある人ぐらいしか見ないだろう。でもその人が見てくれたら何よりもうれしいことはない。増田作法がわからないので何もかも間違ってたらすみません

しか一昨日ぐらいに日本沈没2020ネットフリックスで全話見た。批判されていたのは知っていたが、湯浅監督作品がすべて好きだったか自分の目で確かめたいと思った。結果悪い意味で打ちのめされて、日本沈没2020を観た次の日はずっとふせったーに籠って、まる一日をかけて30000文字ぐらいの感想(あらすじがほとんどかもしれない)を書いた。ただ30000文字からものすごい長い。なのでその1日でわかった要点をまとめるとこうなる。

①「日本沈没2020」は右京先生の「日本沈没」を元にした作品で、ノベライズがある

②そのノベライズは、湯浅監督が書いたものではない。なので日本沈没2020ストーリーを描いた脚本家湯浅監督ではない・・・

湯浅監督はこれほどなく忠実に「日本沈没2020」をアニメ化していた

もうこのことさえ知ってくれればあとはどうでもよくなる。反日だのなんだの騒いでいる人もあほらしくなる。何故って日本沈没2020を視聴したらそんなことは言えなくなるからだ。これはもうそういう次元作品じゃないんだ・・・・・。感想内で何度も書いたけど、逆に本当に見たのか気になるぐらいだ。反日だの陰謀だのなにもかもが虚構だ。批判すればするほど滑稽に見えて、考察すればするほど何もなくて空しくなる。こんな虚無のストーリーもなかなかないんだけど、そこで湯浅監督表現力とぶつかってしまってビッグバンが起きたのは不幸だった。

丸一日かけて日本沈没2020に浸かってしまったのは多分私がアニメがどう作られているかに詳しくなかったのが原因だ。だから脚本湯浅監督が作っているのかと思ってしまった。そこが間違いだった。これは自分無知を恥ずかしく思った。OPとEDもしっかり見るべきだったんだなぁ。今度からはしっかりチェックしますね。

下記からふせったーに書いたものをそのままコピペしたものになる。読んでもいいし読まなくてもいいけど、とりあえず置いておく。これから日本沈没2020を観ようかなと思っている人の参考になるとすっげーうれしい。また、途中で湯浅監督をぼろくそに言っているが、それは脚本家存在を知らなかったためです。申し訳ありません。

長すぎるので2つに分けます


2020/7/15 14:30

無限文句言ってしまうので改めて感想をまとめたいと思いました。本当に無限文句言えるんですけど、それすら監督予定調和の中な気がしてそれにもキーッ!むかつきますわぁ!!の悪役令嬢になって地団太を踏んでしまうことになるのですごいアニメだった。1話から振り返りをします。

1話 オワリノハジマリ

序盤は普通に日本沈没2020の始まりだ・・・!て感じで、すごい描写が良かった。リアル感のある揺れ方とかでここで一度トラウマがよみがえって気分が悪くなった方もいるんじゃないかと思う。陸上練習中に地震被災し、足にけがをしてパニックになって周りの友達を助けずに逃げてしまった主人公、歩の心情も、無力感と罪悪感にまみれていてよかった。14歳もの・・・。ただ、逃げているときに歩が父親が庭に飾ったイルミネーションのことを思い出していて、それで家族が集まる場所の証になったのが「神社に飾り付けられたイルミネーションだった」時には思わず2度見をしてしまった。電気の消えた町の中で燦然と輝くイルミネーション神社の絵はまるで悪夢のようだったし、何かの幻覚なんじゃないかと思った。

突拍子すぎてよくわからなかったし、貴重な電気イルミネーションで全部使うなや!としか思えないのがすごい(このしばらくあとにイルミネーション電気ぎれで切れる)。ただの地震やないぞ・・・!?普通にあちこちで人が死んでる災害やぞ・・・!?なんかもっとあったんじゃねぇのか!?しかも七色に輝くゲーミングイルミネーションでもうだめだった。ここで嫌な予感がした人は正しいと思うし、大部分の人間が「何故イルミネーションを?」と思ったのではないかなと思う。肯定的意見があったら教えてほしい。あとどこから調達したのか普通に気になるな・・・。

まぁイルミネーションはさておきとして、神社にはイルミネーションを目印にして家族が集まっていた。水泳が得意らしいお母さんと、日本語英語を織り交ぜて話すやけにむかつくクソガキのゲーマー弟と、建築仕事をしているお父さんだ。あと近所の知り合いのお姉ちゃんと、引きこもり陸上の先輩がいる。この引きこもりの先輩は、なんかイケメン有名人らしくて同じく避難してきた近所のおばちゃん集団にヒソヒソと噂をされていた。

日本沈没2020ではそういう今話すことじゃねぇだろ?みたいな感じの描写が異常に多い。それも湯浅監督ツイート通り、表したかった「リアル」なんだと思うが、日本沈没2020なんてビッグタイトル以外のタイトルでやってほしいところだ。あと一応私自身も東北震災経験してるし周りがパニックになるところも見てたけど、流石にあの状況であそこにいるの引きこもりのあの子でしょ・・・?とかい人間はいなかったなぁ・・・正直家族とか知り合いのことが気にかかりすぎてそれどころではないよ・・・好意的に見れば、先輩のことを説明する一番の近道とも言えなくもないのかもしれない。ただ、この先に先輩の引きこもり描写が何か意味があったのかというと、特にないのでやっぱり必要ないと思う。だからやはり、人間の悪意だけをあえて描いているのだと思う。そこは作品を通して徹底的に描かれているから、意図的だろう。

それから突然お母さんが家族写真を撮ろう!と言って・・・・まぁ、どうなるかわからいか写真に残しておきたい気持ちはわかるけど、震災時に写真を撮るような心理状態にはならないと思うので、ここも え?急に写真!?となってしまった。この写真も後々最終話伏線(?)だったことがわかる。あんまり伏線って言いたくないけど、まぁ写真を撮るのにも理由はあったという話。

そこから急に木の下に座り込んでいた引きこもりの先輩の腕に、雨かと思ったら血が降ってくる。あと死体?も降ってくる。空を見上げるとヘリコプターから人が落ちていて、イルミネーションされた木にも死体クリスマスの飾りみたいな感じで乗ってた。

死体が降ってくるときに音がするわけでもなく、最初私は木に元から死体がひっかかっていたのかと思った。死体イルミネーションで輝いている枝に乗っていたので、そう考えるとお父さんが死体無視したことになってしまう。だからやっぱりヘリコプターから落ちてきたんだろう。でも重力関係でそこにひっかかるまえに枝が折れるし、血もビチャビチャ降ってくるんじゃないか?なんかいつの間にか怪我をした人達避難してきて、これにて第一話が終わる。

ここの空気が完全にゾンビ物だったので、このままゾンビ物が始まるのかと思った。いっそここで日本沈没2020ゾンビ大パニックかに路線を変えてたら湯浅監督最高!て言えたのだが、残念ながら日本沈没2020日本沈没2020のまま10話まで続いていく。1話目の感想終わり。


2話 トウキョーサヨナ

朝になり、なんかユーチューブとかネット記事を探していた人達が騒ぎ出す。ユーチューバーカイトという人がなぜか沖縄沈没の瞬間をドローンで撮っていて、こいつは一体・・・?となる 沖縄沈没の瞬間をドローンで撮れるユーチューバーは正直意味がわからない。なんでドローン沖縄全体を観察してるんだよ。どういう規模のユーチューバーなんだ。国が雇ってんのか?

日本が第2のアトランティスになるとか陰謀論だとか、なんかツイッタートレンドに上がってそうな感じの勢いで人々がありとあらゆるノイズをしゃべる。ネットにも記事がどんどん出ている。マスコミ情報を出さないというセリフすらある。携帯テレビを見て情報を集める人がいない描写といい、ここは完全に日本マスコミへの風刺ですね。いたかもしれないけど見返す気はないです。

避難先になった神社はとても高い場所にある。というか神社って大抵そういう感じだよね。まわりに水が満ちてきたので、ここから脱出しようみたいな話になったんだが、避難先の神社にはコンビニ物資を大量に持ってきているコンビニ店長さんがいた。よって食料や水に困っているというわけではなかったし、普通ならここで安全高台を捨てて歩くという発想にはならないと思うが、みんな神社を出た。歩は怪我をした足を保護することもなく、汚水まみれの水に浸かったので足が痛いみたいな描写がある。お察しの通り後で傷口から感染症になる。予定調和と言ってもいい。ここは別に違和感はない。まぁそりゃそうなるよねという感じだ。逆にならないほうが不思議なので、感染症になってくれてよかった。

神社にいた集団は、西に行くか東に行くかで途中で別れることになる。主人公たち(父母、弟、歩、近所のお姉さん、引きこもりの先輩)は西へ、他は東へ行くそうだ。ちなみに主人公たちが西へ行くのは弟が海外ゲーマー友人と連絡をとってどこに逃げたらいい?て聞いたことが理由なんだけど、別に根拠とかなくてゲーマーはただ「西に行け」と言ってるだけなのでマジか?て思った。予言か何かかよ。

別れる時に集合写真を撮る。ここは理解できるよ。ただ、2話で理解できた展開はここだけだった。

西へ向かって歩いてる最中に、謎のロードバイクに乗った男がなんか水を球体にしてそのまま飲めるやつを食べていたり、スケボーに乗った男が主人公たちを追い越すシーンがあるが、何を伝えたいのか全く分からないので、なにもわからなかった。歩かないで何かに乗れ!という意味だったのかもしれないですね。

道端に座り込んでいたおじいさんとおばあさんに、歩が家族にとって最後の水を「これが最後の水である」とわかっているのにどうぞと言う。おじいさんとおばあさんは普通にそのもらったペットボトルをもらったものだと思い、バッグへしまう。歩のえっ?という表情にこちらもえっ?となった。これどうぞ・・・て言われてそれが最後の水だと思うか?なんかこう、意図的に外してるのはわかるけど、外しすぎて意味わからんことになってるからマジで意味わからん

歩いた先にあるコンビニには何もなくて、歩がごめんねって言ってた。コンビニに何もないのがもうなんか災害起きてから1日後のそれじゃなくて、明らかに退廃後の日本・・・みたいな感じで時間間隔が何もわからなくなる。多分この世界の人々は自宅に備蓄とかしてない。

そこからなぜか山に登り、滝を見つけた。滝がある山で良かったですね。泳げないといってた弟をお母さんが滝つぼに突き落としたりしてて私がドン引きしたりした。そのあとは民家に降りて鳥がやけにリアル死体を食べているところを見たり、お父さんがコメディ調でイノシシを仕留めたりした。野生動物舐めるな。

イノシシを捌いて焼いてるときに歩が突然吐き出したので傷から感染症がとうとう体に影響を?と思ったらなんか多分肉がダメな人っぽいだけだった。別にそれはいいんだけど人が飯を食ってるときに吐くのは人間として最悪だと思う。肉をみて気持ち悪くなるんなら猪をさばいてるときに吐きなよ。なんで焼いてるときに吐くんだ。

肉が食べられない?のでおなかがすいたよ~になってる歩のために、お父さんが山芋を取るな!の看板を見つけて山芋をさがしてそこらへんにあったスコップ山芋を掘る。長すぎて木の根っこ掘ってんじゃねぇのて思った。お父さんが掘り進めている間に、歩が蔦に覆われた「不発弾注意!」の看板を見つける。

というか不発弾注意!の看板がそこら辺にあるし、なんで山芋看板は蔦でおおわれてないのに不発弾注意の看板繁殖した蔦でむちゃくちゃにおおわれてんだよ。どうやらここらへんの住民不発弾で死なれるより山芋を取られる方が嫌だったっぽい。それか山芋不発弾がセットになっていたので、この近くの山芋不発弾の上に芽生えるのかもしれない。つまり山芋を掘ろうとしなければ、不発弾出会うこともないので、結果として山芋を掘るな!という看板だけ綺麗にするのだ。ここまで考えて悲しくなった。

お父さんが不発弾で爆散四散する前の前振りがこれなんだけど、本当に意味がわからいから、これから日本沈没2020を見る人はここで止めといてもいいと思います。この適当シナリオに対して、土くれと一緒にバラバラになったお父さんが降る光景とか、お父さんのちぎれた手とか、そういう描写に力入ってんのが本当に笑うしむちゃくちゃ笑った。全編通して死体描写だけは上手いんだよな。しかも2話はそこで終わる。え?ここで終わるんですか?お父さんと土と血の雨の中で!?てのにもびっくりした。

ちなみにここで山芋に対して、「お父さんがつくったこれ大好き!」て思い出すセリフがあるんだけど、山芋で何を作ったのかは最後まで明かされなかったです。2話の感想終わり。

2020/7/15 18:10

3話 マイオリタキボウ

前回でお父さんが爆発したけど、特になにも思ってなさそうな顔で歩き続ける一行。その中でも歩だけはむっつりとした顔をしていて、お父さんが爆発したのを気にしていることがわかる。ここの部分は歩以外のみんなは、とりあえず生きる事を目標にしているのだということは伝わってくる。悲しむことはいくらでもできるし、今はまず命をつなぐことが大切だからだ。でもこの作品あくまで「日本沈没」なのであって、他の国も全部滅びたわけではないので、主人公たちがここまでサバイバルする意味はさほど感じられないのがネックになっている。普通だったら神社自衛隊や救援を待つんじゃ・・・。

ただその場合はこの物語は始まらないんだけど、でも何もこんな物語にしなくても良くない?

歩は無限父親のことを考えていて、歩いている途中で癇癪を起して道端に座り込んでしまう。その癇癪の起こし方があまりにも幼稚で、お父さんがプレゼントしてくれた靴を脱いで投げ捨てたり(死んだお父さんのプレゼントなのに大切にしないんだ!?)何日も風呂に入ってないからお母さんが臭いとか、お母さんの顔が汚いとかちょっとわけのわからない暴言を吐く。お母さんのことが嫌いなのか?あまりにも酷いのでここはちょっとびっくりした。湯浅監督は歩に何をさせたかったんだろう。ここの考察を求む。ちなみに10話まで見たけど、特にお母さんが歩のことを邪険にしたとか、お母さんの子供じゃないとか、そういうのは一切なかったんだよな・・・。反抗期?お母さんかわいそうだ・・・。

都合よく通りかかった明らかにこの終末を楽しんでる感じの男の車に乗せてもらい、どこかへ移動。この移動もどこなのかよくわからないがどこかへ向かっている。ガソリンスタンドガソリンを入れようとしたけど、機械が動いてないので入れられず暇になった男がタバコを吸いながら近所のお姉さんの肉付きのいいお尻を見て襲おうとする。ここまでは終末のテンプレ

近所のお姉さんはそれまで何も描写がなかったのに、いきなりつよつよカラテの有段者になり、男を撃退する。とはいえあんまり効いておらず、男がスタンガンを取り出してきて一瞬危ないことになるが、お母さんが棒で殴って助かる。ただ、男がむちゃくちゃタフすぎてお母さんも反撃を受けてやばいことになり、最終的にスタンガンを奪って結構長い電撃のカットのあとにようやく男を倒す。倒れた男の眼鏡をお姉さんが奪って引きこもりの先輩の割れ眼鏡と交換してあげるのが美談風に描かれているが、なにも美談ではないし俺が先輩だったらそんな眼鏡はかけたくないかな。

この描写ここまでいるか?お母さんがお腹みぞおち当たりを殴られててすごいかわいそうだった。暴力描写にもめちゃくちゃ力が入っていた。力を入れるところを間違っていると思う。ストーリーとして必要なところに力を入れず、死体描写暴力描写だけにやけに湯浅監督ならではの表現力とテンポを入れるので、結果として「日本沈没2020から受ける印象が醜悪になる。狙っているのだろうけど最悪の一言に尽きる。

日本沈没2020は徹底的に「主人公たちがどこにいるか」を描写しないんだけど、そのせいでマジでどこにいて何をしているのかわからない。車のガソリンが切れたので、いかにも両脇に危険な感じがある謎の道をひたすらに歩く。近くに富士山が見えるので、多分山梨とか・・・静岡とかそこら辺なんだと思う・・・。あやふやすぎる・・・。

引きこもりの先輩を気遣った近所のお姉さんを見て、自分も気にかけてもらうために歩がわざと座り込む。近所のお姉さんは優しいので構ってあげる。どうしたの?と言われたのでおしっこ行きたい・・・という歩。さっき意地をはって喧嘩した手前、母親トイレ行きたいかちょっと待っててと言えなかったんだね・・・。思春期反抗期?だね・・・。

近所のお姉さんと連れションしにいったが(お姉さんは明らかにトイレに行きたい感じじゃなかった)、一歩の差でお姉さんが溜まってた毒ガスで死に、歩は生き残った。本当に一瞬で死ぬので、とても展開がスピーディー。空から謎の白髪イケメンが謎の機械を使って下りてきて、そこは毒ガスがあるから立ち寄るな!と言ってくる。前触れもなく急に現れたので本当にびっくりした。

有名ユーチューバーカイト(KITE)じゃん!と弟君が喜び、カイト自分のことを知っていた弟君おかしをあげようとしたら歩がいきなりキレ始める。そのキレ方がまた異常で、あげようとしたお菓子を人から盗んだものだと決めつけて、取り上げようとする。そのお菓子外国お菓子で、カイト外国の人なので盗んだものじゃないでしょと弟から言われる。ここ本当に思考が飛躍しすぎててわからない・

2020-05-30

anond:20200530183131

所詮右か左かというのは強者より、弱者寄りぐらいの意味しかない。

ついでに言うと大昔は自由主義一本だった。だけど自由主義だと世界恐慌の後の長期不況をどうすることもできなかった。

そこでケインズが「きちんと政府が金の流れを調整するべきだ」と訴え、とマルクスが「世界恐慌のようなバブルとその崩壊を防ぐために政府がすべて計画する経済が良い」と訴えた。

そうした世界ケインズ社会主義(右)とマルクス社会主義(左)となっていた。

マルクス社会主義は失敗したがケインズ社会主義オイルショックのような重資源供給不足でケチがついた。

なので、ケインズ社会主義よりもさらに右である自由主義新自由主義として復活した。だがバブル崩壊で再び長期不況に陥った。

新自由主義ケインズ社会主義の残渣が悪いと公的セクターの縮小と、法人税、累進所得税の減税を進めさまざまな構造改革をしていった。

この時点では右は新自由主義に乗っ取られ、左は経済政策の依り代を失ったため何も考えず新自由主義になった。つまり経済政策では両方とも新自由主義になったため経済政策としてみると右左ともかつての基準で見れば極右になってる。

現時点で右派左派無意味になっているということでもある。

2020-05-29

anond:20200529155505

艦これfgoアズレン

どれも2010年代中小企業スタートだぞ?で、2次創作推奨だ。後から大企業が寄ってきたかもしれんがな。

今であればアマビエ。

どのみちある時代で後世に残るものというのは大企業だろうが中小企業だろうが少数だ。

大企業は一気にバズらせて一気に廃れさせるからどのみち長期的に生き残るものは作れないよ。

まだうまく立ち回れた中小企業のほうが可能性がある。

ワンクールごとに嫁が変わる依り代の題材を提供し続けるかもしれんが、長期的には大企業が一気に稼ぐための題材に使われた奴は生き残れないよ。

2020-05-24

anond:20200524090447

単に「その時優勢だという陣営には、勝ち組陣営だったら自分でもマウントできるだろう」ってバカが寄ってくるってことだと思うよ。

とすると陣営で勝ち負けを作る風土馬鹿が寄る依り代を作ってしまものから自分ウヨサヨからと言ってるやつは両方陣営を基に語ろうとする時点で馬鹿にしてかかるべきだと思う。

どこの陣営か?というのは分類のために他者がつけるものであって、自分が名乗る物じゃない。

2020-03-18

当時の懸念がここまで現実化していればそりゃね…

しかし当時児童ポルノ禁止法青少年条例で言われていた懸念がここまで現実化してくると笑えないよね。

児童ポルノ関係にしても創作物規制をした国の方が酷いままで効果がないかより事態悪化を招き、捜査リソース無駄に割いている事や規制に熱心だったキリスト国連こそが性犯罪をしていた事実があるのに今でも当時より反論やすくなり、この人達の行動こそおかしもの世間的に認識され始めたものフェミニストは児童ポルノを盾にして今だ大暴れしているのは事実だし、青少年条例に関して言えば、それこそ子供店舗から追い出す事は余計な危険を招く可能性や表現言論の自由から問題も言われていたりしたけど、それにも増して今やゲーム障害と言う疑似科学依り代と化し、真剣恋愛以外禁止とかついに思想まで規制しようとする事態まで招いているしね。

子供に関しても綺麗ごとを言う人達が何でも禁止した結果、遊具も失われ、ボール遊びを禁止され、実際外で遊ぶ方法が少なくなった上でゲームまでトンでも疑似科学規制をしようとしているのだからね。

地方条例に関して言えば、当時の地方独立運動の結果、今や香川の一件のみならずヘイトスピーチ条例等のより危険ネット規制まで行い、国政に圧力をかけるツールと化している。

こんな地方暴走を認めていればそれこそ国家崩壊のものを招きかねないのだけどね。

また一番の皮肉は当時虐げられていた側の漫画家まで権力と結びついた途端規制を推進しだした事だよね。

ブロッキングに関しては懸念が多くて今は沈静化しているけど、彼等がやりたがっているのは角川を見ていれば判る事だしね。

これに関しても児童ポルノ禁止法で大問題になり、当時はそれこそ児童ポルノ以外適用しないと言う話もあったのに後にすぐに覆りそうになったのも問題

そして漫画家海賊版を盾にして何故かネットユーザー規制するダウンロード違法化推し進めたりしたからね。

何にしてもこの手の規制経済的文化的ダメージを与え続け、国力をも衰退させ、様々な実害を招きだしたからこそ、逆に規制自体問題視され、規制を推進する団体人物問題と考えられるようになったのは事実だよ。

しかし当時は自民公明推し進め、今はリベラルしばき隊以降で裏切り、支持者が規制を推進している事を見てもこの手のは右も左も関係なく規制推し進めたがることが良く判るね。

特にカルト宗教はこの手の規制に熱心なのはからだしな。

自身自由権利は主張するが他者自由は大嫌いで認めらがらず、何かと屁理屈詭弁を言って規制したがるのは事実からね。

こんな事をしているか日本がここまで衰退するのだよ。

2019-08-27

SCHOOL OF LOCK!はどこへ行く

SCHOOL OF LOCK!は、TOKYO FM2005年から放送している10代向けラジオ番組だ。

私は、その番組をかつて20年にわたって聞いてきた。

パーソナリティ校長教頭リスナーは生徒とすべてが学校のような設定になったバラエティー番組だ。

私は、この番組を2年前からほとんど聞かなくなった。

理由はいくつかあるが、そのうちの一つに名物企画であった「掲示板逆電」という企画をめっきりやらなくなったことだ。

掲示板逆電」は、生徒の悩みや苦しみ、楽しかたこと、聞いてほしいことなどを掲示板スタッフパーソナリティが見つけ、

その書き込みの主に電話するという企画だ。

この番組では、そうやって生徒の悩みなどを聞いていくことで支持を得ていったといっても過言じゃないし、

事実それを求めていた私を含めた昔なじみから聞いていたリスナー、「老人会」の人間は多かった。

掲示板逆電がなくなる分、ゲストが登場する放送はとても多くなった。私が聞かなくなる当時前は月に1回か2回程度だったのが、聞かなくなった時にはほぼ毎日ゲストが登場し、

生放送ライブトークが中心の番組に方向転換していった。

その当時も聴率の問題があったのは皆がわかっていた。しかし、そのことによって新しいリスナーが増える一方で老人会人間は校舎から去り、卒業していった。

そして、今。その聞かなくなった当時教頭を務めていたあしざわ教頭が退任する。

私は、就任前にあしざわむねとという人間SCHOOL OF LOCK!以外で知っていた。

SCHOOL OF LOCK!教頭になる直前まで担当していた「RADIO DRAGON」という番組担当していたことで私はとても彼に好感を持っていた。

しかし、教頭就任するや否や、「RADIO DRAGON」で出していたキャラクターとは全く異なるキャラクターで登場していたために、

私は教頭に対して最初はあまりいいようには思えなかった。

しかし、それも暫くすれば聞きなれ、結局就職もつらくなった時にSCHOOL OF LOCK!は帰る依り代となっていた。

しかし、その依り代教頭が退任することで、また時代の1ページが変わる。

聴率を求め、スポンサー企業の力を求め、リスナーの力を求める。

スタッフ時代や様々な背景とともに、変わっていく。

私たちとなじみのあるスタッフは今どれだけのこっているのだろうか。

SCHOOL OF LOCK!はどこへ行く。

あと何回、「叫べ」と聞けるだろう。

あと何回、「また明日」と笑えるだろう。

夜明け。在校生たちが笑えて、楽しくいられていることを願う。

学校に行かなくてもいい、戦ってるなら存分に戦え。

だけど、どんなに辛くてもどんなに変わってもSCHOOL OF LOCK!相談出来る場所であってほしいと、老人会メンバーであるけども、そう思う。

ロックスペルはL・O・C・K。

したっけね。

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