はてなキーワード: 花屋とは
これには全国の「かつて野球少年だったけど、コンビニ店員などの一般社会の仕事を乗り切ってきたおじさん」たちもニッコリ😇
おじさんになってしまうと就きやすくてありがたみが薄れた(コンビニ店員などの一般社会の)仕事も、子どもの頃はあこがれの職業だったことを思い出させてくれるいい話すぎて、今井さんをますます好きになった
ご指摘ありがとうございます。確かに、「コンビニ店員」が日本で一般的な子どもの憧れの職業として広く認識されているかというと、そうではないかもしれません。
@tm2501さんの投稿では、コンビニ店員が子どもの頃に憧れの職業だったというニュアンスが含まれていますが、これは個人の感覚や経験に基づくものであり、必ずしもデータで裏付けられた事実とは限りません。
ただし、子どもの憧れの職業に関するデータや文化的背景を踏まえて、この発言の背景を掘り下げてみましょう。また、関連するデータや調査結果を探して解説します。
日本では、子どもの「将来なりたい職業」についての調査が定期的に行われています。提供されたWeb検索結果やその他の公開情報を基に、子どもの憧れの職業について見てみましょう。
内容: クラレ(Kuraray)が2023年5月から2024年2月にかけて実施した調査で、小学校入学前の子ども4,000人(男児2,000人、女児2,000人)を対象に「将来なりたい職業」を尋ねた結果が掲載されています。
◦ 女児の1位は「ケーキ屋さん」(お菓子屋さん)で、20年以上連続でトップ。
◦ 男児では「警察官」や「スポーツ選手」が上位(2位と3位)。
◦ この調査では、「コンビニ店員」は上位に挙がっていません。
その他の調査例
日本では、保険会社や教育関連企業が同様の調査をよく行っています。以下は一般的な傾向です(過去の公開データに基づく):
第一生命の「大人になったらなりたいもの」調査(例:2023年版)
男児の上位:スポーツ選手(特にサッカー選手や野球選手)、警察官、消防士、医者、YouTuber。
幼児(3~6歳)を対象にした調査では、男児は「ヒーロー」や「運転士(電車やバス)」、女児は「お花屋さん」や「プリンセス」が人気。
コンビニ店員は挙げられていません。
これらの調査結果から、「コンビニ店員」が子どもの憧れの職業として一般的であるというデータは見つかりませんでした。
子どもの憧れの職業は、華やかさ(スポーツ選手、アイドル)、身近でかっこいい存在(警察官、消防士)、または親しみやすいイメージ(ケーキ屋さん、教師)などが多い傾向があります。
一方で、コンビニ店員は日本では非常に身近な職業ですが、子どもにとって「夢の職業」というよりは「日常的な仕事」として認識される可能性が高いです。
@tm2501さんの投稿で「子どもの頃はあこがれの職業だった」と述べられている背景には、以下のような理由が考えられます。
@tm2501さんの個人的な思い出
@tm2501さん自身が子どもの頃、コンビニ店員に憧れた経験があるか、あるいは周囲にそういう人がいた可能性があります。
例えば、コンビニ店員は子どもにとって身近な「大人」の象徴であり、レジでお金を扱ったり、商品を並べたりする姿が「かっこいい」と感じることがあるかもしれません。
共感を呼ぶための表現
この投稿は共感や懐かしさを引き出すために書かれており、「子どもの頃にコンビニ店員に憧れた」という表現は、@tm2501さんが読者に「わかる!」と思わせるためのレトリック(修辞的表現)である可能性があります。
実際には「一般的」とまでは言えないかもしれませんが、一部の人には共感できる話として受け取られたのでしょう。
コンビニは子どもにとって身近な存在 日本ではコンビニエンスストアが非常に身近で、子どもが親と一緒に買い物に行ったり、お菓子を買ったりする場所です。 Web検索結果でも、コンビニが日本で子連れの家族にとって便利な場所であることが述べられています(例:ローソンの「からあげクン」など、子どもに人気の商品がある)。 こうした環境から、コンビニ店員が子どもにとって「身近で親しみやすい大人」として映り、憧れの対象になるケースが一部であるかもしれません
子どもにとって、レジでお金を扱う姿は「大人っぽい」と感じる要素があります。 例えば、レジを打つ音や、お客さんとのやり取りを見て、「自分もやってみたい」と感じる子どもがいる可能性は考えられます。 実際、おもちゃのレジスターセットが子ども向けに販売されていることからも、レジ業務が子どもにとって魅力的に映ることがあると推測できます。
今井選手が「コンビニのレジ係をやってみたい」と語ったことが、この投稿のきっかけです。
今井選手の発言は、プロ野球選手という華やかな職業にいる人が、意外と身近な職業に憧れているというギャップが魅力的に映ったのでしょう。
@tm2501さんは、この発言を「子どもの頃の純粋な気持ちを思い出させる」と解釈し、自分の感覚や想像を交えて「子どもの頃は憧れの職業だった」と表現した可能性があります。
日本におけるコンビニ店員の仕事は、以下のような特徴があります。
身近で重要な存在 コンビニは日本社会に深く根付いており、24時間営業でさまざまなサービスを提供しています(例:公共料金の支払い、ATM、宅配便の受け取り)。 Web検索にもあるように、コンビニで健康的な食事(サラダやおにぎり)を買ったり、チケットを購入したりすることも一般的です。 子どもにとっても、コンビニは「身近なお店」として認識されています。
アルバイトとしての人気 Web検索結果によると、コンビニ店員は特に学生や外国人にとって人気のアルバイトです。 例えば、セブンイレブンやローソンなどの大手コンビニチェーンでは、外国人従業員が全体の6.8%を占め、語学力向上や日本文化を学ぶ機会として利用されています。 このように、コンビニの仕事は「誰でもできる仕事」として認識される一方で、子どもにとっては「大人っぽい仕事」と映る可能性があります。
「普通の仕事」としての認識 大人になると、コンビニ店員の仕事は「ありがたみが薄れる」と@tm2501さんが述べているように、特別な職業ではなく「普通の仕事」と見なされがちです。 しかし、子どもの視点では、こうした「普通の仕事」が新鮮で魅力的に見えることがあります。
「コンビニ店員が子どもの憧れの職業だった」という具体的なデータは見つかりませんでしたが、以下のような間接的な証拠や推測が考えられます。
身近な職業への憧れ
子どもの憧れの職業は、必ずしも「華やかな仕事」に限定されません。
例えば、クラレの調査で女児の1位が「ケーキ屋さん」であるように、身近で親しみやすい職業が子どもの憧れになることはよくあります。 コンビニ店員も、子どもにとって身近な存在であるため、一部の子には憧れの対象になり得ると考えられます。
ロールプレイの人気 子ども向けのおもちゃや遊びの中で、「お店屋さんごっこ」が人気であることはよく知られています。 コンビニを模したおもちゃ(レジスターや商品のミニチュア)が販売されていることからも、子どもが「コンビニ店員」に興味を持つ可能性はあります。
今井選手の発言の影響 今井選手が「コンビニのレジ係をやってみたい」と語ったことで、@tm2501さんが「子どもの頃の憧れ」を連想した可能性があります。 プロ野球選手という「夢の職業」にいる人が、身近な職業に憧れるというギャップが、懐かしさや共感を呼び起こしたのでしょう。
データ的な裏付け 「コンビニ店員」が子どもの憧れの職業として一般的であるというデータは見つかりませんでした。 子どもの憧れの職業は、スポーツ選手、警察官、ケーキ屋さんなどが多い傾向にあり、コンビニ店員は上位には挙がっていません。
@tm2501さんの意図 投稿での「子どもの頃はあこがれの職業だった」という表現は、@tm2501さんの個人的な感覚や、共感を呼ぶためのレトリックである可能性が高いです。 コンビニが子どもにとって身近な存在であることや、レジ業務が「大人っぽい」と感じられることから、一部の子どもには憧れの対象になり得ると考えられます。
文化的背景 日本ではコンビニが非常に身近で、子どもにとっても親しみやすい場所です。そのため、「コンビニ店員」に憧れる子どもが一部に存在することは想像に難くありません。 また、今井選手の発言が純粋で親しみやすいものだったため、@tm2501さんが「子どもの頃の気持ち」を連想し、このような表現を使ったのでしょう。
今年1月に閉店になったんですよね。わたしも1/6辺りに通りがかった際にシャッターは閉まっており「フラワーショップガーデニアは1/5をもちまして閉店させていただきました。」と張り紙があり残念に思いました。というのも都内御徒町周辺には12年ほど住んでおり、当時はよく通いました。花を買う頻度はそれほど高くなかったけれど仕事で心が折れる日々の中でマルイの花屋さんや上野公園、浜離宮恩賜庭園などが心癒されるものでした。台東中学校前の北側の細い通りにも2010年頃は週末にワゴン車の花屋さんがきていて、この辺りでも花をよく買ってはベランダで育てていました。その後も月2回は都内で仕事があるたびに通ります。このあたりの立ち飲み屋にもよく行きました。
上野マルイの花屋さんはもともと立体駐車場だったようで、回転用の床が置かれています。2007年から2010年頃はあのエリア一帯が花屋さんでしたが、その後は売り場を半分にして営業していましたね。
マルイの店舗の外にあって、目の前は居酒屋いっぱいゾーン。なんだけど、繁華街にしては入りやすい花屋さんだった。
ここは、母の日の花を何度も買った思い出のお店だ。カーネーションは変わり映えしないから、いつからかアジサイを選ぶようになった。アジサイにもたくさんの種類があって、色や花の形で毎年違ったものを送っていた。星形でかわいい「隅田の花火」もここで知ったな。
アジサイの鉢と「体に気をつけて」っていうそっけないメッセージを添えて。母の日到着指定の宅配便を送ったっけ。
母は実家の庭にそのアジサイを植えて、毎年「咲いたよ」と写真を送ってくれた。一度だけ梅雨の季節に帰省したことがある。一般的な紫のアジサイとは違う変わった品種が、うちの庭を彩っていた。
母には迷惑かけた本当に。感謝の言葉はあまり直接は言えなくて、ただただ体には気をつけてほしかったんだけど……数年前に母は認知症を患い、施設に入居してしまった。悲しいけど自分のこともわからなくなって、自分は贈り物に意味があるのかわからなくなって、アジサイを贈らなくなってしまった。
閉店を知って、何だかいろんな記憶が呼び起こされて、しんみりしてしまった。でも、なくなった上野マルイの花屋さんでアジサイを買って贈ったこと、すごく良かったなって思っているよ。
間伐材をその場でマルチにするフォレストリーマルチャーの話題な。
畑に行ったら畝を黒いビニールで覆ってあるじゃん。あれがマルチ。
花屋さんに行くと大きい鉢植えの土の上が細いココヤシ繊維で覆われてるじゃん。あれもマルチ。
マルチメディアのマルチmulti-ではなく、mulchと綴る。中世の英語のmolsh(柔らかい、湿った)が語源らしい。
雨水で土が流出するのを防ぎ、土からの水の蒸発を抑え、日差しを遮って雑草を防ぐ。あと黒いビニルのは春先に早めに地中温度を上げる狙いもある。
オレは林業は全然わからんが、林業でのマルチングは↓の記事が分かりやすいと思う。
https://jifpro.or.jp/tpps/conditions/conditions-cat03/d01/
フォレストリーマルチャーの話題では、生木を砕いてばら撒くのを肥料にしてると言ってるブクマカが多いけど、
自然素材やポリエチレンシートなど複数のマルチ素材を試した結果、いずれの素材も植栽木の成長に効果があるが、ジュート麻で植栽時にマルチングすると、その後自然分解するので手間がかからずコストも低いと評価している。
とあるように、自然分解しないポリエチレンシートでも良いのがマルチ。
畑だと自然分解は待てないのでビニール製のが普通だけど、林業なら分解を待てるのかもしれない。いまググったら、果樹園向けだと苗木用は1〜2年で分解する生分解性、成木用は7〜8年使える高耐久性が売られてるな。 https://ts37.co.jp/products/agriculture/agriculture-agriculture/product-387/
生分解性なら肥料になるのかもしれないけど(ただ、肥料というと普通はN-P-K(窒素-リン-カリウム)を言うから、セルロース(C₆H₁₀O₅)nを敷き詰めても???)、肥料は雑草とかが生える原因にもなるから、マルチングの目的とはむしろ真逆。
なので、「フォレストリー・マルチャー」(森林用マルチング機)の話題で間伐材を「肥料にしてる」と言われてしまうと、「はわわ〜、逆ですよ〜!」って言いたくなる。
カッコつけてお墓にお酒かけるとかはあるやん?
ゲームカタログが明日(もう日付変わったから今日か)で配信終わるから1週間前から始めてやっとトロコン
10時間くらい
でも攻略見ながらじゃないとトロコンはめんどくさすぎるしわからん系でめんどいな
あとこれまでの中で一番カットシーン(ムービー)が長くてウンザリさせられた
飛ばせないのは百歩ゆずって許容するとして、それならそれでぽんぽん会話してくれればいいけど、セリフとセリフの間に無駄に間があってイライラすんだよな・・・
雰囲気出してるといえば聞こえはいいけど、ゲームなのに見てるだけが多すぎてこれまでの中で一番「これゲームじゃなくていいじゃん」ってなった
ムービー長くてもキャラやストーリーがよければ全然いんだけど、そこも微妙なんだよなあ・・・
家族いなくて施設で育ってた主人公の女(高校生か大学生くらい?)が田舎町の兄ちゃんのとこに身を寄せるとこから始まるんだけど、
終始閉鎖的なんだよな
ずっとちっちゃな町の中だけでお話が進むからほんと広がりがない
お話も閉鎖的な田舎町で昔のスキャンダルが隠蔽されてたってだけの話だし
まあ実際の街並みってよりかはかなりデフォルメした町だからってんだろうけど、
それにしては全体的なディテールが細かくて妙にリアルでちぐはぐなんだよなあ・・
これまで部屋の中とか学校の中とか限られた空間ならよかったけど、街を再現するとこうもダメダメなんだなって
いやこれまでも町を描画したのはあった
2とかね
ただあっちはあくまでも教会まわりとか市場だけとかうまく場面を切り取った上でリアリティは保ってた
心が読めたりサイコメトリーできるって能力だけど、どうもメンタリズムの域を出てない感じ
サイコメトリーは異常だけども
NPCによかれと思ってやったことが裏目に出てラストシーンで味方してくれなかったのはすげーむかついたわマジで
ちょろっと花プレゼントするだけで同性同士で簡単にくっついてキスとかもするし
ろくに掘り下げもしてないし関係性も書いてないのに雑すぎんだよな・・・
過去のトラウマとか心理描写を描くってのももう手垢のつきまくった表現でめっちゃ白けたし
2はカットシーンの長さとかキャラのイライラはあったけどストーリーはおもろかったしダイナミックさがあったけど、
あ、音楽だけはよかったな、相変わらず
逆に音楽以外ほめるところが・・・あーなんかサイケデリックな見た目の華やかな田舎町のグラフィックかな
まじでこの町のやつどうやって暮らしてんだよ感が強すぎる
10時間でトロコンもできたしよかたけど、これが20時間とか15時間あったらもう耐えられなかったなあ
めも
ライフイズストレンジ ビフォアザストーム クロエの過去編。つなぎで出した程度でボリュームないし超能力もないからいまいち
ライフイズストレンジ2 完全新作 時系列は初代の後で主役も別人。2を冠するだけあってめちゃくちゃ力入れて作ったことがひしひしと感じられた
ライフイズストレンジ トゥルーカラーズ 完全新作 開発者は実質3だと言っているが、2と比べるとスケールも面白さも格段に落ちるガッカリげー
ライフイズストレンジ ダブルエクスポージャー 新作 まだプレイしてない。平行世界らしいけど開発コストも関係してるんだろうな。ある人がいるかいないか程度でほぼ同じらしいし。
花屋の店先に並べてる時点でまぁまぁ上位定期
令和のタナソー
「AVは瀬戸環奈以前と以後に分かれる」。この言葉が単なる誇張でなく、むしろ控えめだったことに気づいたのは、この作品を観た瞬間だった。彼女のデビュー作は、AV史を一度解体し、そこに新たな世界を築き上げたと言っても過言ではない。
まず、彼女の登場シーンから既に“ただならぬ空気感”が漂っている。画面越しにこちらを見つめるその瞳に、一瞬で心を射抜かれる感覚。「あ、これはヤバい」と思う間もなく、心が奪われ、身体がリモコンから離れなくなる。デビュー作にありがちな緊張感も確かにある。だが、それさえも彼女の持つ天性のオーラに吸収され、完全に「演出」と化しているのだ。
視聴中、画面の美しさに圧倒されるあまり、思わずテレビの明るさ設定を確認した。そして気づく。「いや違う、これは瀬戸環奈が放つ光そのものなんだ」と。作品が終わる頃には、こちらの網膜に刻まれたその輝きが消えず、画面を消してもしばらく残像として彼女が浮かび続ける。これはみんなもよく知ってる、いわゆる“環奈残光”である。
しかし、視聴後に待っていたのは、深い喪失感だった。街に出ても、風景が灰色にしか見えない。夕陽を見ても何も感じない。花屋の店先に並ぶカラフルな花々すら、まるでモノクロ写真のようだ。「この世から色が消えた」というのが、これほどまでリアルに感じられるとは思わなかった。唯一、色が戻る瞬間は、彼女のデビュー作を再生するときだけ。これを“瀬戸依存症”とでも呼ぶべきだろうか。
眼科に行こうと思った。しかし、そこで「先生、目に映る世界が灰色なんです」と言ったところで、「この作品を見てからです」と告白すれば、医者も冷静でいられないだろう。「ちょっと待って、それ僕も診断しないと」と言い出しかねない。それほどの衝撃を、この作品は与えるのだ。
ラストチャプター、魂を根こそぎ回収され、気づけば白旗を全力で振る自分。「すまない、父…俺は負けた。」思考回路すらリセットされた壮絶な瞬間だった。
総評:瀬戸環奈のデビュー作は、ただの映像作品ではない。これは文化だ。色彩を取り戻す革命だ。そして、私たちは今、AVの“瀬戸環奈以後”に生きている。こんな不安定で曖昧な世界で、唯一確かなことがある。このレビューを書き終えたあと、私はまた眼科の予約を忘れ、「もう一度だけ」と再生ボタンを押しているのだろう。「色彩」を取り戻しに...。
思えば今年はキングオブコントでも、ロングコートダディさんは盤外の裁定のためにうっすらヘイトを買っていた感がある。私の主観だが、Twitterとかでも同じように見る意見が当時、散見されたのを覚えている。
花屋のモンスターカスタマーのネタは無論、兎さんの卓越した演技力もあってめちゃくちゃ完成度の高いコントだったと思う。ただ、爆発的な笑いがドン、とあるというよりニュアンスの笑いだし、ライブの時とオチが変わって劇的になった(元は事故に遭うくだりがなくて、つくらせた花束を店員さんにプレゼントして「好きな人への贈り物だから完璧にしたかったんです」みたいなことを言って普通にフラれる)代わりに兎さんのあの客の態度の悪さが物語上で回収・解消されなくなってモヤモヤが残る、手放しに「大好き!」とは言えないネタだった。あの点数はちょっと高すぎたと思う。
なぜロコディさんにあんな高得点がついたのかと言えば、私は「令和ロマンと松本人志の呪い」だったと見ている。
今年のキングオブコントは、M-1に先立つ「松本人志が審査員席に居ないお笑いの大会」として、ちょっと観測気球的なポジションにもなっていた。
審査員長枠のプレッシャーを番組中でも口にしていた飯塚さんはじめ、審査員たちは(というか制作陣が)心のどこかで「松本がいなくてもちゃんと公正で権威ある審査ができた」実績をつくらねばという強迫観念を抱えていたと思う。
だから、「トップバッターはとりあえず様子見の基準点」という、例年通りの定石が打てなかった。なぜなら去年のM-1、松本失脚直前のM-1で「トップバッターでウケた令和ロマンがちゃんと高得点を取って3位に入り、そのまま優勝した。それがネットなどの評判としても概ね、納得できる結果と受け止められている」事実があるためだ。
だから彼らはロングコートダディに低い点数をつけることができなかった。「去年のM-1は出順に関係なくちゃんとした評価ができていたのに、今回のKOCは……」と比較されたくないからだ。
(や団さんは、あまりにも出来が良く、そしてそこまでの認知度がなかったところからのインパクトだった「2022年の自分たち」も越えないと飯塚さんが良い点をつけてくれないという、あまりに重い十字架も背負わされてて本当にかわいそう)
ガラス張りで中が見えるつくりになってたから、室内で三毛猫がひなたぼっこしてるのが見えた
そばに店主のおばーさんもいた
写真とっていいですかって外から声かけてスマホ出そうとしたら猫が動き出した
あー逃げられちゃうかなと思ったら、店の外に出てきて、足元20cmくらいまでよってきて、背中を差し出す感じで立ち止まった
さわっていいのかなと思って背中をおそるおそるなでたらおとなしく触らせてくれた
前足の肩甲骨?的なところがごつごつしててやせぎみだなって思った
でも毛並みはほんの少しぼさぼさな程度で、全体的にはきれいだった
なでてもらったことを確認したら(?)、これで仕事は終わったという感じでまた歩き出して、
そばにあるバケツまでゆっくり歩いて行って、たまった雨水を飲み始めた
店主のおばーさんいわく
一度水のみはじめると長い、
とのことだった
確かに長い
写真撮りたいけど顔見れない
店主のおばーさんが「みーちゃん」って読んだら顔あげてくれたから写真とれた
目つき悪い
そのあと店の前を離れてから振り向いたら、
おばーさんが声かけたのに反応して、また店の中に戻っていくところだった
気まぐれなイメージある猫でこんなサービス精神を持ってるのがいるなんて初めて見たから、すごく驚いた
テレビの看板ネコってだいたいカウンターにいるだけ、みたいなのが多いイメージだったから、
こんな人懐っこいのもいるんだなあ
あの曲は何故か歌詞の意味を曲解してマジレスしたり、いちゃもんつけたりする人が多いから、そういう人が満足するであろう歌詞を考えてみた。
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優れた者以外淘汰しろ
花屋の店先に並んだ
いろんな花を見ていた
劣ったものは間引かれる
この中でどれが一番か決めて
他の花を廃棄して
優れた花だけになる
一人一人違うからその中で
一番を決めようよ
そうさ僕らは
世界で一番を決めるべき
優れた遺伝子だけ残すのさ
優れた者、美しい者
だけの世界をつくるべきだ
優劣をはっきりさせよう
劣った者には断種して
子供を作れなくしよう
そうして優れた者だけに
人類全体の形質を
優良なものにするのさ
やらないと人類は滅ぶ
劣った者が繁殖すれば
そうさ僕らも
世界で一番を決めるべき
優れた遺伝子だけ残すのさ
優れた者、美しい者
だけの世界をつくるべきだ
優れた者と劣った者
前者の遺伝子だけ残すべきだ
ナンバーワンじゃない者たちは
不妊手術して淘汰しよう