はてなキーワード: 外科医とは
「男の方がリーダーシップを発揮するのに向いていると思う理由を教えてくれ。
男の方がプレッシャーに耐えられると思うんだ。
女は運転中とか普通の会話とかちょっとした口論でプレッシャーに耐えきれず、すぐに感情的になって崩れるよ。」
▼Deanの発言
「俺は昔、この主張(『女より男の方が感情的じゃない』という主張)について一日中議論してたんだ。これは世界で一番好きな議論トピックのひとつだよ。
特にmisogynist(女性蔑視主義者)を叩くのが大好きで、このポイントに関しては、経済政策とかでトランプ支持者を叩くより、個人的にずっとやりがいがあるんだ。
『生物学的に男の方が女より感情的だ』って? もちろん、認めるよ。
じゃあ俺が言うよ――男は女に比べて、意思決定を感情で導きやすいという俺の主張を。
まず第一に、
・男の方が、ほぼすべての暴力犯罪の大部分を犯している(必要のない暴力も含めて)
・男の方がお金を持っているのに、平均的に女より生活の質が低い。なぜだろう?
・男の方がハードドラッグを乱用しやすい――未処理の感情を処理するための不健康な対処法として。
一方で、俺は思うんだ。女の方が理性的な思考プロセスに頼りやすいのは、平均的にEQ(感情知能)が男より高いからだ。EQってのは、感情を理性的に処理する能力を測るものだよね。
生物学的に、女はストレスや痛みに男より耐えられるように設計されている。進化の結果だよ。子供を産めるように(産まなくてもいいけど)、平均的にストレスや痛みに耐えられる。脳の樹状突起(dendrites)がもっと多いからだと思う。
それが社会でも実証されてる。例えば女性外科医の手術だと、患者が死亡したり術後に悪くなる確率が有意に低い。女の方が手術というストレスに上手く対処できるからだ。
男はどうか? ストレスを感じたり怒ったりしたら? 国中の暴力犯罪の92%を犯しに行くんだよ。
だからこれらの理由、そして他にもたくさんある理由から、俺はこう信じてる――男は女に比べて、意思決定を感情で導きやすいと。
『合理的な男はいない』とか言ってるわけじゃない。俺自身、合理的な男だと思ってる。
『論理的な男はいない』とかも言ってない。俺は論理的な男だと思ってる。
『良い男はいない』とも言ってない。
ただ、平均的に見て、女の方がここでは優位に立ってると言ってるだけだ。
さっきお前が挙げたポイント全部――お前は『俺の主張の裏にデータがある』って言ったよな?
じゃあそのデータはどこから得たんだ? 自分で考えただけか? ただ箇条書きで並べただけだろ。
出典はあるのか?」
「は? 切った? マジかよ……
フォーブスが調べてたやつ知ってる? フォーチュン500のCEOの10%しか女性じゃないのに、リーダーシップに女性が30%以上いると、企業が財務パフォーマンス上位20%に入る確率が上がるって研究だよ。」
「チャットで『ソース出せないからキックされた』って言ってる人が何人かいるみたいだから、ちょっと待って。
女性外科医が患者アウトカムを良くするっていう主張の出典は、アメリカ医師会(AMA)とアメリカ医師会雑誌(JAMA)。1.4百万人の患者を10年間追跡した研究だ。
他科の先生と比べると結果に何の責任も持ってない無責任な人たちだよね
なんの成果も出さない割に権力だけは強いし薬だけはやたら出すけど
外科医や内科医と同レベルに社会として大切に扱う価値なくない???
でもそれが割と多くの人から糾弾されないのって、一般人のポジショントークなんだよね
精神科医って一般労働者と共犯になって社会や企業から不当に金銭を得ているようなもんじゃん
なんかとりあえず「う~ん、これは鬱病」ってやって、「また来てください。薬出しますから。」って言っておけば
一生儲かるし、それを言われた患者もしばらくは国が面倒見てくれるようなもんだからね
それがこの日本でメンタル病んでるとされた人が爆増した理由でしょ
一般労働者も公金チューチューやってるのが今のJAPANなんだよね
終わってるよ
恥を知れ
必ず、かの邪智暴虐の輩に物申すと決意した。
というわけで、ですね
竹田君
子宮摘出手術での注意過誤
これらの話題を通してここ1,2週間くらいずっとTwitterで医者と弁護士界隈が大喧嘩していますね
お互いに罵倒のようなものから冷静に意見を言おうとするものから色々と
まぁみててしんどい
しんどいし、思うこともあるのでいろいろ言いたい、というか自分のTwitterアカウントでも少し言及はしましたが
私のアカウントはあくまでもプライベートやゲームについてつぶやく用であり、長々とご高説を垂れるためのものではなく、
とはいえこのまま飲み込むには腹の虫がおさまらないと感じたので好き勝手書き散らかせるこの場をお借りしようと思った次第でございます。
自身の感情の吐き出し先として思うことを言うだけなので一部話が飛んだりまとまっていない場合があります。
メロスに少し代弁してもらいましたが、私自身はただの一般人で、法律家でもなければ医者でもないです。
つまりただのド素人です。ついでにいえば院卒のわりに鬱で倒れてキャリアをダメにしたので30手前にしてはまだ社会にでたてで金も彼女も資格もない弱者男性です。
ここに記載することがすべて正しいという意味ではなく、素人から見て今彼らがしている議論…のようなものを見て思ったことを書きます。
ここまでご理解いただいたうえで続きを読んでいければと思います。
簡単な時系順に起きたこと、思ったことをまとめていきます(当初はこんなに延焼すると思ってなかったので正確には覚えてないですし調べる気もないです)
この大喧嘩が始まったきっかけは間違いなく、裁判官マップがきっかけにあると思います。
大まかな理解としては、いわゆる口コミによる評価は直接的な評価にはつながらないので何書かれてても問題ない
という判決に基づいて、それなら裁判官も口コミによる批評にさらされても問題ないよな!と開設されたサイトであると理解しています。
このサイトについて、弁護士の方たちがTwitterでやりすぎでは?こんなことしてどうするの?と、裁判官を擁護するツイートがきっかけでしょう。
これに対し、多くの医者の方たちが、俺たちは昔からこんなかんじの理不尽な批評にさらされているのだからお前らも当然耐えられるよなぁ!と反駁することで開戦の火蓋が切られました。
そもそもの背景として、長らく医療は司法の下すトンデモ判決により、善良な医者が訴訟にまけ、莫大な慰謝料を払わされたり、職を辞さなければならないという状況にあり、
医療裁判で負けないために多くの対策をしてきてみたものの、どれも正当に効力があるわけではなく、その結果として不必要で過剰なまでの検査検査検査で現場が疲弊していました。
同意書を書かせてもダメ、患者の意向に沿ってもダメ、きちんと説明しても理解できてなかったらダメ。
これは介護業界にも近しいものがありますね。夜間に認知症で徘徊して一人でこけて骨折したらなぜか施設が訴えられ、しょうがないから出れないように拘束すれば人権侵害だと訴えられる。
そして司法側に、じゃぁ具体的にどうすればいいのだと聞いても具体的な基準は返ってきません。個々のケースに拠ると。
このようなダブルバインドで司法は医療に対して長年圧力をかけていました。実際、これは私が小学生中学生の頃にすでに問題視されており、子供心ながらにおかしくないか?
と思っていたのでもう10年20年はこのような状況だったと思います。
このような司法からの圧力は当然ながら裁判官側にはありません。それなのに少し批評の嵐にさらされるだけでやめてくれと訴えてくるのは軟弱すぎるだろう
それからは弁護士によるよくわからない擁護が続いてましたね、このような批評にさらされると判決に影響が出るかもしれないなんて意見が出てて笑ってしまった記憶があります。
そもそもどうして裁判官を擁護するのが弁護士だったのかが理解に苦しみますがこの辺りはあれですかね?
裁判官が攻撃される=司法崩壊の危機!みたいな感じだったんですかね?そもそも既にちゃんと機能してるか怪しくありません?
まるで自分たちが攻撃されているかのように擁護している方が散見されて不思議に思いました。
このころは特に医者からの医療への強い主張はなく、ただ司法にその批判にもさらされず責任も取らなくていい特権階級から降りてこいという趣旨しかなかったと思います。
せん妄事件で裁判官が冤罪を産み出し、お子さんを間接的に殺害した責任をとっていないという記憶が新しい中、自分たちだけが昔から一方的に結果に対して責任を取らされていたことへの皮肉でしょう。
長くなりましたが、この頃はまだ自分も考えがまとまってなくてただひたすらに論点のぼけた主張をする弁護士達が多くてこんなんで本業は大丈夫なのか?と心配してました。
ただまぁ同時に負けそうな議論はひたすら論点をずらす、ぼかすで曖昧にすることで負けないようにするというのもひとつの手法なのかなとかも思ったりしました。
ここから1週間くらいすると、裁判官マップの是非ではなく何故司法は医療裁判でトンデモ判決をだして責任をとらないのか という議題にシフトしていき、
完全な医療ミスなどほとんどないのに有罪をだす司法は何様のつもりだもう少しまともになれゴミ
という医療と、
医者の言う過失と私たちの過失は意味が違うのに誤解する医者が悪いに決まってるだろ
という司法による罵りあいになり、そんな中、子宮摘出手術時のミスで1600万円の支払いを命じられた事件と
小児心臓外科医が手術した先天性の疾患をもつ子が術後なくなってしまったことに対する訴訟が発生してもう大変なことに
小児の心臓外科医なんて神に訴訟してやってくれなくなったらどうするんだ!という医療サイドと
属性だけで訴訟するなとはどういうことだ!特権階級をよこせというのか!?という司法サイドで現在絶賛大バトル中。という感じでしょうか
この辺りから弁護士のツイートをいくつか見てて思ったことをつらつらと書かせてもらいます。
医者側もそれは無茶だろって思ったりすることはありますが概ね彼らの言ってることはわからんでもないって感じだったので
全体的な話でもあり、前述した話でもありますがまずどうにも弁護士先生方の論点がずれていることの多いこと多いこと
そのずれた話に医者も反論するのでどんどん話が意味不明な方向にとっちらかって
私の頭の中より話がとっ散らかってるんじゃなかろうか
医師と弁護士で大きく認識が食い違っていると思えることが3つあって
・特異的な例外的な状況だったことが明らかなとき、どこまで適切に罪状を減らす(増やす)かを議論する
というものです。これなら自身に落ち度がないなら安心して裁判をうけれると思うんですよね
あなた方が全力でやっている、依頼人の利益を最大化するために理屈をこねくり回して現実的ではない解釈を作り出すということは求められていません。
あまりにも弁護というのは依頼人の主張を無理筋でも通そうとすること というツイートが多くてびっくりしました。
それは事実ではなく、事実もとに展開した私たちの弁論(ストーリー)を元に判断しろということで、あまりにも事実を蔑ろにしていて傲慢だなと感じました。
そもそも被告原告が引き起こした事実ではなくお互いの弁護人や検察が生み出した物語で勝負するのであればその判決結果は物語を産み出した弁護人や検察に責任が帰属しそうなものです
これは雑談ですが法学部って一般教養で実験実習とかやらないんでしたっけ?
実験レポートの解析で主観マシマシお気持ち満載のレポート書いたら怒られません?
お気持ちを重視するならそれは法治国家ではなく情治国家と名乗った方がいい。
裁判官への批評一つで判決が変わるかもしれないらしいし、もうそうなっているのかもしれない
手術というのはガチャです。
それは執刀医がとかミスるかどうかとかではなく、手術後無事に回復できるか自体がガチャであるということです。
ガチャの内容は快復だったり合併症を引き起こすなどなどいろいろあると思いますが医者が手術をすることそのもの
を通して単発でガチャを引け、その結果に応じた状態を患者は入手できると。
患者の状態や手術の難易度に応じて中身の確率は変わりますが、所謂SSR確定券というのは存在しません
なので確実に手術が成功して快復するという保証はできないんですよね
この状態でのミスというのは別のガチャを引くとか、ガチャ結果を別の人に渡すとか意図的にガチャの内容を変えるとか
そういうのをミスというのであってガチャの結果が悪かったから訴えるというのは筋が通らないというのはおわかりいただけるでしょうか。
もっというなら、成功率が低いガチャなんて引きたくないのですよ。
でも引けるのは自分たちしかいないし、引かなかったら死んでしまう。
だから人助けのつもりで引くのも大変なガチャを回す。しかし結果が悪ければ訴訟される。
裁判官も弁護士も裁判結果が出た後にくじを引いて当たりだったら裁判結果と同等の罰を受ける
あまりにも法の下に活動している私たちが正義で医者はおろかである。
弁護士というのは基本的に弱者の味方として巨悪である権力のあるものに立ち向かうもの
というように扱われていますが別に弱者が常に正しいわけじゃないですよね?
スポーツの試合で負けるのは勝った側が違反してるからだ とか思っているのでしょうか
正々堂々戦ったのにズルしてる!といわれて不快にならない人がいるのでしょうか
長くなりましたがようするにですね、
弱者の代弁者として噛みつくのは大切です。がそれは相手に何も落ち度がなかった場合、
ただひたすらに現場の足を引っ張っているだけ。という事実は認識されていらっしゃりますでしょうか
別にやるなとはいいませんが膨大な時間を奪われることやそもそもの社会的な信頼を失うことによる損失は保証されているようには思いません
これはシンプルに疑問なのですが、例えば手術が間に合わなくて病状が悪化したとき、執刀医あるいは担当科が医療訴訟を抱えており、
そのせいで全体の手術の件数が減っていた場合はその医療訴訟してる患者と弁護士は責任とってくれるんですかね?
あるいは医療訴訟が原因で近くに手術できる病院がなくなっていた場合、遡ってでもその医療訴訟起こした人を訴えられるんですかね
別に責任とってくれとまでは思わないですがそのあたりの影響考えずにできるのは無責任でお気楽ですねとは思ってしまいます。
個人の利益を重視しすぎた結果社会が回らなくなることを本末転倒というのではないでしょうか
あと気になったのは裁判沙汰になっているということに対する社会的な影響に対して少し無自覚過ぎませんか?
小児心臓外科医が訴えられた件、まだ報道が出ただけで何もしてないのにかばいだてするな
という意見が数多く出ているように見えましたし、実際事実だけならそうなのでしょうけど
それなら原告の弁護士だってすぐに名前と所属と声明を出すべきじゃないですかねぇ?
そもそも小児の心臓なんてからあげ1個分とかのサイズなんじゃないの???
数ミリどころか0.数ミリで結果変わる世界だろ!そんな世界の過失ってなんだ
書類作ってる際のタイプミスや裁判中一瞬でもつっかえたらもう弁護過誤として扱うならまぁしょうがないかってなるけど
とにかく、詳しい声明が最初の報道時にあればそれだけでも話変わるよねぇ?
ここから決着がつくまで、あの病院で心臓手術を受けること自体にリスクが発生します
小児の心臓病なんて決着がつくまで手術を延期できるわけもないでしょうに
そもそも新任の医者がきてくれるかもわかりません。今いる医者も異動してしまうかもしれません
患者が生きてるならね
移民問題、ハンターの猟銃、せん妄事件、ループやら自転車の問題等々
直近の話だけでもこんなに滅茶苦茶やってるのに司法が絶対的に正しいと思えるのは何故なんでしょうか
司法がきちんと機能していない状況で疑問を持たれるのは当然であり、それに対して法がルールなのだから従えと盲目的に高圧的にでれるのは面白いなと思っています
もっと面白かったのが法律が悪いというなら医師会から立法に働きかけてみては?という提案
なんで?弁護士だって司法関係者でしょ?法律の専門家なのに法律について改良するための動きは何一つできないの?
医者って法律に関しては素人のはずなんだけど素人に手伝ってもらわないとアクション起こせないならもう少し医者側に理解を示しなさいよ
そもそもただでさえ多忙な医者にさらに仕事を悪気無く押し付けようとするの、人の心がなさすぎる
弁護士としての仕事の後に夜勤ボランティアでもしてくれるのでしょうか
馬鹿の一つ覚えみたいに医者の考え方がおかしいっていう前に自分たちの信奉する法が現実に即しているかくらい考えられないものですかね
ルールに則ってるだけで悪くないというのなら歴史上のの悪法について学んでみてはいかがでしょうか
制定されている法が完璧である保証はどこにあるのでしょうか。ついでに裁判官の公平性はどのように担保しているのでしょうか
一般人からしたらむしろ司法の方が自分たちだけの言葉の使い方で一般人を締め出してそのルールの中で良し悪しを決めているように見えますし、それってまさしく貴族政治の振舞では?と思ってしまう
こんな感じでTwitterで暴れまわってる司法関係者たちが自分たちの特権に無自覚的なまま医者をボコボコに好き勝手叩いているのは見ていて気持ちが良いものではないですよねってフラストレーションがすごかったよってお話
あ、忘れてほしくないのですが、これだけボロクソに言っていますがちゃんとしている弁護士の先生方がいるのは認識しています。
ただシンプルに彼らって死ぬほど忙しくて連絡してもド深夜だったり翌日にやっと連絡が返ってくる感じなので当然Twitterなんてしてる暇ないのですよね
なのでTwitterにしょっちゅう流れてくる人のレベルは推して知るべしという話ではあるのですが
あまりにも目に余るので何か言ってやらないと気が済まなかったというか...
今回の一連の話を通じて、日本には客観的事実に即した司法判断を下す場所が存在しないというのがよくわかりまして、正直若干絶望しています。
一番クラシックな論点だと思われる。厚労省とかも問題視してるのはこの論点だろう。
この論点は、保険医療に医者が足りないので、医学部を増員したのに、その増員分がマンマ美容に流れてしまったという主張がなされてる。
実際、その通りなんだけど。
この論点においては、保険医療は逆に、新専門医制度を槍玉に挙げられて、「専門医制度を改悪したからこうなった」という反論もよくみる。
実際、専門医制度の改革は、過半数の医者が大反対したのに、押し切られた。
なぜ、そんな改悪があったのかというと、利権を持ってる医者、特に医局の長老が、医局の力を取り戻すために、専門医制度で若手を絞りたいからだった。
あまり知られていないが、専門医制度に乗ったら、かなり低い給料で、しかも責任も重く、奴隷労働が待ってる。普通の超ブラックなんか霞むレベルのブラック。
1日20時間365日休みなしなどでも「ホワイト」と言われるくらいの、超苛烈な勤務を、上司にさからわないでやり過ごす数年間が待っている。
さらに、都会で専門医制度に乗っても、一定の期間は、田舎に飛ばされる。拒否権は無い。
しかし、専門医制度がキツくなり、特に東京などの都会での就職が絞られたりした結果、
「都会で高給を得られる美容に行った方がはるかにいい」となってしまった。
男性でも、初期研修医の時点で絞られた人は、美容に流れてしまってもおかしくないと思う。
はっきり言って、手術は、センスと経験が物を言う。特に、手技系は大事だ。
もちろん、専門医課程で、高度な火傷だとか、指が多くで生まれてくる場合の指の切除とか、口唇口蓋裂という鼻と口が繋がって生まれてきた場合の手術とか。
そういう、コスメティックじゃない手術は、経験してないのが直美だと思う。
しかし、二重形成とか、鼻形成とか、そればっかりやってる医者の方が、あまり経験ない医者より上手いのは自明だと思われる。
特に、美容のセンスがある女性の場合は、手術だけでなくどういうデザインにすべきかのセンスが違うと思われる。
また、若い時のみずみずしいセンスの方が、患者の要求を理解できて、手技にも繋げられるんじゃないかと思う。
一方で、医学としての手技という観点から見ると、術前のリスク把握や、術中の麻酔の管理、術後のケア、生涯にわたる合併症のフォローなどは、保険医療の医者だと気になる。
一般的な外科医は、そのようなリスクに関する教育が非常に強い。
しかし、そのような教育も、あくまで、成功例のクオリティとのトレードオフだろう。
若い医者が美容のセンスがあるという論点から差し引いたら、プラマイゼロか、下手したらマイナスの可能性もある。
正直、一番多いんじゃなかろうか。
こういう、くだらない感情論で直美を叩いてる医者は恥ずかしい。
医者が金稼ぐほど、政治的な発言力も増えるんだから、保険診療で絞られて発言ができなくなったら終わりなのがわからないのか。
「保険診療が絞られるんなら、美容に行ってやるぞ」というのは、交渉でいうBATNA (代替手段)だ。
保険医療しかできないとみられたら、厚労省も国民も、医者をイジメまくる。
保険医療が頑張ってるのに〜国民も厚労省も財務省もいじめる〜ってアホか。だったら、美容医療応援した方が、保険医療のためじゃないの?
「医師会は開業医グループだから、勤務医の意見が反映されない」とかと同じようなアホさ。
開業医という対抗策があるから、国も医療費削減に無茶できないわけで。勤務医のイグジットがなくなって、勤務医だけになったら、そりゃ終わるよ。
そういうのもわからないレベルの医者が多いのが本当に恥ずかしい。
でも、脱毛とかは最近の若い人には当たり前だし、美容脱毛とかで行く医者はいてもいいんじゃない。
あと、海外ではコスメティックで稼いでる国がある。トルコの植毛とか、韓国の整形とか。
日本が海外からお金取れるような美容医療を作るのは、産業政策的にはいいんじゃないか。
あと、若くて美しい男女が、スタートアップみたいに盛り上げていくのも、いいんじゃないの。
自分は、美容医療には一切手を出してない医者だけど、医者の美容医療叩きは違和感感じる。
普段、医者は、「医学部の入学で、点数取れない奴が医学部語るな。そんなに思いがあるのに、なんで入試で点数取れないの?気持ちがなくても点数とった方が優秀なんだから当たり前じゃん」と言ってる。
だったら、金が稼げる方に、行くってのも、合理的な選択として、保険医療が悪いと言わないのかあ?
医療への思いより、お金って選ぶことに反対するのは整合性取れてなくない?
医者において、最近は、「博士号意味ない」、「海外留学とか金かかるだけ」という意見がある。
おいおい、直美叩いておいて、それはないだろ。
君らが医療できてるのは、研究があるからだろ。より多くの患者に対して医療で貢献できるのは研究だろ。
そもそも、直美を叩いていいのは、その観点だと、研究で相当結果を出してる先生じゃないとおかしいんじゃないか?
自分が美容医療に手を出さないのは、知り合いが美容に行って、反社に絡め取られて不幸な転機を辿ったから。
保険医療が締め付け激しくなるほど、「じゃあ美容行きます」という選択肢をちらつかせるという手段が取れる。
てか、実際、保健医療が嫌だとなって、美容に行く若手が多いので、その点では、代替というか、そろそろ美容とか自由診療がメインになるのかもしれないが、若手にとっては。
つまり、保健医療の医者も、美容に行く人がいることで交渉できるようになる。
若手の保健医療に行く医者も、不合理な後期研修(専攻医)で何年も使い潰されたり、意味不明な義務年限や地方に飛ばされるという不合理に巻き込まれなくなる可能性が上がる。
「あんまり締め付けると、俺ら美容に行くからな」という交渉カードが切れる。
というか実際、いわゆるブランド病院とかも、後期研修で、ハードな診療科には医者が集まらなくなった、定員割れとかも普通にある。
これは、一番苛烈な後期研修の難易度を下げる意味でも、ありがたい話じゃないかな、若手の先生には。
ぶっちゃけ、後期研修までが、選択肢を強制できる最後で、それ以降は自由なんだから。
保健医療としては、確かに美容はカバーできないのは自然だけど。
アメリカでは、最高の医者は、形成外科に行って、形成外科の中で美容医療やったりする。
日本だと、美容医療はレベルが低い医者がなってるという話がまことしやかだが、本当かな?
とんでもないお金の叩きあいの中で、磨かれた才能たちが、レベル低いとは思わない。
美容医療で失敗して、保健医療にこられても、治療をできないという言説もある。
しかし、それ込みで患者は美容医療を受けるんでしょう。それは患者の選択なのでは。
「自分の手術ミスなら、自分でみろ!それができない医者はメスを握るな!」という話もあるが、その美意識は日本の医者特有なのでは。
つまり、海外だと、保健医療の外科医が、外科手術だけしてその後のフォローは他の診療科に丸投げは一般的。
日本の医者の美意識を、美容医療に押し付けるのは違うんじゃないか?
イライラ、不機嫌、身体の痛み、判断力の低下。そんな生理中の女が運転する飛行機になんぞ乗りたいか?
女性にこそ聞きたいよ。「機長は女性で、今、重めの生理中です。」乗りたいか?
それとも、生理中は女性パイロットだけ仕事を免除するのか?同じ給料で?
馬鹿げてるだろ。
マジで女性に答えて欲しい。「生理中の女性が運転する飛行機に安心して命預けられますか?」
追記:いや女性自身が「生理はこんなにつらいのぉおおおおお!!!男は分かって頂戴ねぇえええ!!」っていっつもつらいつらいアピールしまくってるじゃん。
別に比較対象は「常に腹部に電流を流されるぐらいの痛みを感じている男性の機長」でもいいよ。
普通に嫌だろ。
つか「生理中の裁判官」も嫌だし、「生理中の心臓外科医」も嫌だし、「生理中の婦警」も嫌だな、よく考えると。
前者なら配慮求めんな。
図々しいにも程がある
そもそも獣医っていうのはペットを治すおちごと💕をするためにあるんじゃなくて、日本国民の食と健康を守るためにあるんだよ
今の獣医業界は医者でいうところのキラキラ直美が当たり前に過半数を占めるようになった世界で、正直もう崩壊済み、外科医のいない秋田県みたいな
ペット獣医が都会でキラキラ自己実現をしている間に、本来「求められていた」大動物獣医や公務員獣医が田舎の激務で死にかけてる
ペット獣医と直美の違いはペット獣医だったとしても儲からないし激務だということ
それでも華がない食品系やシビアな家畜系はヤダヤダってことで(特に私立)今日も崩壊が続いている
基本的に#真相をお話しますと同じ結論、原作を読めばいいです。30点。
医学生の友人が海外で自殺、医学生の下にその遺骨が届く。骨壺には謎のクリスタルオブジェが入っており医学生は友人の死の不信からオブジェの調査を始め、その過程で謎の天才外科医ブラックジャックと出会う。で、まぁいろいろあってブラックジャックは獅子面病という顔が変形してしまう病気にかかった妻の夫から手術の依頼を受けるが、妻は人生を儚んでルスカ・ロマ所属の暗殺医キリコに安楽死を依頼していた。ブラックジャックは彼女を救えるのか。そして医学生の友人の死の真相とは。
みたいな話だった気がする。知らんけど。
Netflixの映画ジャンルに来てたので映画として見たんだけど、なんか途中のシーン転換で左下に「ブラックジャック」って出ててこれドラマやないかーいってなったので、出てくる奴らがもうみんなコスプレすぎるし演技がやりに行きすぎててうんざりするというようなところには目を瞑る。
ただそれはそれとして一本の作品としての志が低すぎる。
原作のブラックジャックは、もろちん人間ドラマとしての強い側面を持っていることは俺も否定しないが、医療系漫画としての強度に決して手を抜いていない部分が大きな魅力であるはずだがこのドラマ映画版ではまともに手術シーンをほとんど映さない。
最も長尺でやった鉄骨に挟まれたガッキを救うために両腕を切断しくっつけるシークエンスも何をやっているかを一切画で見せない。ドラマだから……じゃ説明がつかない。医龍だってドクターXだってブラックペアンだってちゃんとやってた。これはドラマでもできることのはずだ。でもやってない。
もっとどうでもいいグダグダしたドラマパートを切って医療シーンを入れるべきだったと思う。
じゃあ人間ドラマでオミットした医療作品としての部分を補えているかというとそうは思えない。
本作は「金持ちのドラ息子のために善良な市民の内臓全部入れ替える(と見せかけて、善良な市民の顔をドラ息子とすり替える)話」「鉄骨に挟まったガキの両腕を切断してくっつける話」「獅子面病の患者を助ける話」「内臓にピンクダイヤを埋め込む話」「キリコが毒殺しようとするも救う話」の5つを採用してるけど
鉄骨の話とピンクダイヤの話は1本の作品として見た時にぶっちゃけまったくいらない。ハンバーグに入ってるパン粉くらいの必要度。ほないるかぁ。いらない。
かろうじて呼応しているはずなのは「ドラ息子の顔をすり替える話」「獅子面病の話」でこれはどちらも「顔が変わってもそれは同じ人なのだろうか」という面白いテーマとして語る価値があると思うのだが、そこに関してはほとんど触れられない。めっちゃ不満。医学生の友人は顔が変わったけど生きてて、獅子面病も治ってよかった~!おわり。
敢えて褒めるべきところを探すとしたら原作では悪徳警官が獅子面病になった息子を無理やり助けさせる話だったのが、今作では「妻の顔が好きすぎて拝み倒して結婚した冴えない男が妻の顔が変形するという境遇になって愛とは何なのかに向き合う」という形に改編したこと。そしていつも通りBJに大金吹っ掛けられるんだけど妻の顔が変わったことで愛がすでに薄れ始めていてハイとは言えない。そうこうしているうちにキリコの暗殺計画は進行して……というサスペンスとしての面白みはあるかな。
そして今作でいろいろ改変がされてるんだけどほぼ全部うまく行ってない。
骨壺に入っていたオブジェはBJが手術に失敗した人の身体の一部を埋め込んで戒めとしていたという謎設定が生えてくるんだけど、まぁそれ自体はBJそんな奴か?という部分はありつつ是非が分かれていい部分かもしれんけど、なんで「死んだドラ息子の身体の一部で作ったオブジェ」を顔を挿げ替えた善人の関係者の骨壺に入れたん?意味わからんやろ。
渡すとしたらドラ息子の父親のほうやろ。「フフ、そういえばこんなものをもらったのですが私には必要のないものでしてね。手術成功の記念にもらってやってください(まぁその中身、お前の息子の遺体の一部なんやけどな)」だったらまだ理解できるけど、医学生はなんの知り合いでもないドラ息子の身体の一部なんかもろてどうすりゃええねん。
そして無理やりくっつけられたキリコパート。増田で一時期話題になった「キリコ性転換問題」ってこれのことだったんかと懐かしみつつ、キリコが女になったことで何か妙にウェットになってるの解釈違いやわぁと思いつつそんなことは些細なことで。
原作ではキリコの安楽死実行寸前にBJが駆けつけて患者を奪い治療を行うという展開だったと思うのだが、今作ではキリコが渡した安楽死キット(ナニソレ)を獅子面病の妻が使用してほぼ死んでしまう。そして妻の死に面した夫は「顔じゃなくて妻を愛していた」ことに気づいてBJに金はないけど俺の身体を使って(ホモ奴隷になるってこと?)くれ!と言い、BJはいつものドヤ顔で「それが聞きたかった!」と服を脱ぎだすんだけど(存在しない記憶)。
いや、薬剤注射で死にかかってる人間を助けるのって天才"外科医"のBJの仕事じゃなくね?内科医の仕事じゃね?いや、知らんけど。原作では元々BJが手術で救えるはずだった人を手術で救う話だったからいいんだけど、安楽死注射打って死にかけてる人をBJが救うのちょっと難しくね?これって気にしすぎ?
まぁ結局死ぬんだからなんでもいいじゃんって言われたらそれはそう。
でもあの最後に死ぬ展開も原作では、手術しないと死ぬ(しても死ぬかも)→安楽死させてあげよう→いや俺が救う→救えた!→でも別の事故(事件)で死ぬ→死なせとけばよかったのにVSそれでも俺は救う!の対立と諸行無常があったけど、今作では顔が奇形でもう死にたい→殺してあげる→自分で死ぬわ→グエー死んだンゴ→命も救って顔も戻す!→ありがとう→帰り道に事故で死にましたになっててシンプル脚本書いたやつ性格悪いなってなっちゃってる気がする。
別に実写化、フォーマットの変更にあわせて内容を変えたりオリジナル要素を入れるなとは言わないんだけどなんでそこの検証をおざなりにしてしまうんだろう。一本の作品としていいものを作ろうって気持ちがすごい薄く感じる。これが映画として撮られてたらさらに10点引いてもいい。
日本の健康保険はすごい。手術費が400万円以上かかったのに16万程度しか負担してない。高額療養費制度が凄すぎる。
外科医、7時間くらいの手術をして凄い。ぶっ通しで集中するって凄すぎる。入院病棟の看護師の方も凄い。なんか脱毛で通ってた皮膚科の看護師の方とはテキパキさが全然違うのね。脱毛とは違って急変して死ぬような患者が次々来る場所だからそれもそうなのか。
会社ありがとう。手術で長期の休みくれて。会社自体にそれなりの規模があり、抜けている間も業務のパンク状態にはならなかったと思う。就活頑張ってよかった。
死ぬ可能性ゼロではなかったので、死ぬつもりで引継ぎ資料を作ったのも新鮮だった。自宅も完璧に片付けてネット証券のログイン情報とかも家族向け死亡時引継ぎ資料としてまとめた。27歳で一旦死ぬつもりになってみるのは良い体験だった。
私がこうなったことで母が一時的にスピってしまった。告知直後から私より母が精神状態が変になってしまい、母には正確な病状等を伝えないようになった。
基本全部「この手術では絶対死なないから大丈夫!」みたいな感じでポジティブな嘘をついてた。家族への説明は父が受けてくれてありがたかった。あと私が入院あけて回復して職場復帰していったことで母がもとに戻っていったのもとりあえずは良かった。
病気で手術するから入院という話をしてから大学時代から7年付き合ってた彼氏に振られたのはすごい。恋愛ほど脆いものはないな。というか、逆の立場で彼氏のほうが難病になりましたってとき、
じゃあ私が全力で一生支えますみたいな気持ちになれたかというとそれも微妙だった。付き合いが長くなりすぎて冷めてきてはいたが、本当に関係がゾンビ状態だったのだなと実感した。
別れたあとも連絡は可能な状態になっていたけど、職場の23歳の子にアプローチして振られたという謎の愚痴をLINEしてきたのでブロックした。
なんなんだこいつ…となったけど、「それ私に言うことじゃなくない?」って内容をわざわざ言ってくるのは知り合った頃から何も変わってなかった。
病気をするまでとくに気にしていなかった健康保険だけど、本当にその価値を思い知った。大病院の設備も人材もすごい。日本に生まれてなかったら死んでいたんだろうなとしみじみ思う。
医療関係者の方々もすごい。ハードワークだ。あなたたちが医療業界を志してなかったら私は生きてない。本当にありがとうございます。
あと、入院明けで歩くのが激遅状態のとき父が車を出してくれて荷物積んで家まで運んでくれたのもありがたかった。利便性の高い場所に住んでると正直、車必須のシチュエーションが少なくて、免許取らないままここまできたのだけど、
父の迎えがあってなんか改めて、使う頻度が低いままだったとしても、免許欲しいなと思って。2026年は自動車学校に通う。春休みの大学生で混み始める前にね。
スキルというものが光輝いて見えて、気持ち(?)のような曖昧なものの価値が自分の中で下がった一年だった。日本はいい国だと思います。健康保険を納めてくださっている方々もありがとう。良いお年を。
「日本の政治を託すなら、高市早苗か?それともダイアン津田か?」を議論して。
A: ちょっと待ってください。今日のテーマ、本当に真面目に議論する価値があるんですか?「高市早苗か、ダイアン津田か」って、これ比較の土俵にすら乗っていないでしょう。片や閣僚経験も豊富で、国家の骨格を語れる政治家。片やバラエティ番組で叫んでいる芸人ですよ。冗談が過ぎませんか?
B: いえ、僕はこれこそが今、私たちが直視すべき「究極の問い」だと思っているんです。もちろん、行政実務の能力で言えば高市氏でしょう。でも、今の日本に必要なのは「精緻な政策論」なのか、それとも「バラバラになった国民を一つの熱狂で繋ぎ止めるシンボル」なのか。そこを突き詰めたいんです。
A: シンボル? 政治はエンターテインメントじゃないんですよ。国防、経済、外交……これらは論理と駆け引きの世界です。津田さんに何ができますか? 尖閣諸島の問題に「ゴイゴイスー!」で対処するんですか? そんなの国家の自殺ですよ。
B: 確かに言葉の使い方は違います。でも、高市氏のような「正論」や「強い国家観」が、今の国民にどれだけ響いているでしょうか? 彼女の言葉は、熱烈な支持者には届くけれど、政治に無関心な層には「自分たちとは違う世界の理屈」として切り捨てられている。一方で、津田さんの発するエネルギー、あの理屈を超えた「人間としての剥き出しの感情」は、分断された社会の壁を軽々と超えていく力がある。
A: それは単なる「人気投票」の延長ですよね。衆愚政治の極致です。政治家に求められるのは、国民を気持ちよくさせることではなく、国民の命と財産を守ることです。高市氏の強みは、そのための「具体」を持っていること。憲法改正、経済安全保障……彼女が提示しているのは、日本という国をどう維持するかという設計図なんです。津田さんにあるのは、その場限りの笑いと、視聴率という名の刹那的な数字だけでしょう。
B: でも、その「設計図」がどれだけ立派でも、誰もその家を作ろうとしなかったら意味がない。今の日本人は、政治に対して完全に冷え切っています。高市氏の語る「国家」という概念が、個人の生活実感からあまりにも乖離しているからですよ。対して、津田さんが体現しているのは「失敗しても、いじられても、なお叫び続ける生命力」です。この圧倒的な肯定感こそが、閉塞感に包まれた今の日本に最も欠けている「政治的リソース」だとは思いませんか?
A: 甘いですね。政治的リソースとは「権力」と「予算」と「法」の執行力のことです。愛嬌や生命力でインフレが止まりますか? 少子化が解決しますか? 議論の前提がズレている。そもそも、ダイアン津田という存在を政治の文脈に置くこと自体、今の日本における「知性の敗北」を象徴しているようにしか見えません。
B: 「知性の敗北」……。そう切り捨てること自体が、エリート主義的な傲慢に聞こえます。かつてレーガンは大統領になる前、俳優でした。ゼレンスキーだってコメディアンだった。彼らに共通しているのは、プロの政治家が失ってしまった「大衆と同じ言語で語る能力」です。高市氏の言葉は、あまりにも「完成されすぎている」。隙がないから、国民が入り込む余地がないんです。
A: 隙がないのがプロの仕事です。ゼレンスキーの例を出しましたが、彼は戦時下という極限状態で「コミュニケーションのプロ」としての才能を開花させた。でも、平時の国家運営は地味で退屈な事務の積み重ねです。津田さんに、予算委員会の答弁を10時間耐え抜く忍耐と知識があると思いますか? おそらく30分で飽きて、的外れなことを叫び始めるのがオチですよ。
B: その「的外れな叫び」が、実は官僚機構の硬直化を打ち破る「異物」として機能するかもしれない。高市氏は既存の自民党的なロジックを極めた、いわば「システムの最高傑作」です。でも、システム自体がバグを起こしている時、必要なのはシステム内の秀才ではなく、システムを外側から揺さぶる道化(ピエロ)なんです。
A: 道化が王座に座った歴史に、ろくな結末はありませんよ。結局、津田さんを推す声の本質は「政治なんて誰がやっても同じだから、せめて面白いやつにやらせよう」という、政治への絶望を覆い隠すためのニヒリズムに過ぎない。対して、高市氏への期待は、どれだけ批判があろうとも「政治によって国を立て直せる」という知的な信念に基づいている。この差は決定的です。
B: ニヒリズムか、信念か。……なるほど。でも、その「信念」が一部の人間による排他的な正義になってしまうリスクについてはどう考えますか? 高市氏の主張は、時に「敵と味方」を明確に分けすぎる。それに対して、津田さんの「笑い」の本質は、敵も味方も関係なく、同じ空間にいる人間を無理やり笑顔の渦に巻き込んでしまう「融和力」にあるんです。
A: 融和? 政治における融和は、利害調整の結果であって、ノリで生まれるものではありません。……いいでしょう。では、議論の視点を変えましょうか。なぜ今、これほどまでに「専門家(高市)」よりも「異分子(津田)」に、ある種の期待値が向けられてしまうのか。その背景にある、現代日本特有の「閉塞感の正体」について。
B: 望むところです。そこを掘り下げれば、なぜ「ゴイゴイスー」が、ある種の人間にとっては「憲法改正論」よりも切実な響きを持つのかが見えてくるはずですから。
(続き)
A: さて、先ほどあなたは「システムを揺さぶる道化」が必要だと言いました。ですが、それはあまりに無責任な「劇薬」待望論ですよ。高市氏が掲げる政策——例えばサイバーセキュリティの強化やサプライチェーンの再構築——これらは地味ですが、現代の戦争や経済競争において、文字通り「盾」になるものです。津田さんのようなキャラクターに、その盾の厚さを検証する能力があるとは到底思えません。
B: 確かに、実務レベルではそうでしょう。でも、考えてみてください。なぜ今の日本で「正しい政策」がなかなか進まないのか。それは、国民が「自分たちのリーダーが何を考えているか分からない」と疑心暗鬼になっているからです。高市氏の言葉は、論理的で強固ですが、どこか「教科書的」で血が通っていないように聞こえる瞬間がある。対して津田さんの言葉はどうですか? あの必死さ、あの「すぐ感情が表に出る」未完成な姿。あれこそが、嘘が通用しないデジタル時代の「透明性」そのものに見えるんですよ。
A: 透明性? それは単なる「露出」でしょう。政治家に必要なのは、感情を垂れ流すことではなく、感情をコントロールして国益に繋げる抑制力です。津田さんが国際会議で他国の首脳に詰め寄られた時、あの「いじられキャラ」でどう乗り切るんですか? 国家の威信を笑いに変えられたら、それは屈辱でしかありません。
B: いや、むしろその「いじられ力」こそが最強の外交術になる可能性はありませんか? 今、世界中で「強いリーダー」がぶつかり合い、分断が深まっている。そんな中で、あえて隙を見せ、相手の懐に入り込み、最終的に「まあ、こいつの言うことなら聞いてやるか」と思わせる。これは高市氏のような正論で武装した政治家には絶対に真似できない、高度な人間力ですよ。
A: それは外交を舐めすぎです。外交は「貸し借り」と「力」の計算です。笑いで核ミサイルの脅威は消せません。……ただ、あなたが言いたいことも一点だけ理解できます。それは、高市氏のような「理想的な政治家像」が、ある種の「窮屈さ」を国民に与えているという点です。彼女の掲げる「強い日本」という目標が、日々の生活に疲弊した人々にとって、重荷に感じられてしまう。
B: そう、そこなんです! 高市氏の目指す場所は高潔すぎて、ついていけない人が置いてけぼりになっている。一方で津田さんは、いわば「失敗の象徴」です。滑っても、怒られても、泥臭く立ち上がる。その姿に、今の日本人は「自分たちの写し鏡」を見るんです。エリートが提示する「強さ」よりも、ダメな奴が必死に生きる「肯定感」。これこそが、社会の底流にある閉塞感を打ち破る熱量になる。
A: ……なるほど。あなたが言うのは、もはや政治を「行政」としてではなく、「セラピー」として捉えているということですね。社会全体が傷ついているから、有能な外科医(高市)よりも、隣で一緒に泣いてくれるピエロ(津田)を求めている。ですが、それは非常に危険な徴候です。病気を治さなければ、患者は死んでしまう。
B: でも、外科医を信じられなくて手術台に乗るのを拒否しているのが今の国民ですよ。まずは「この人なら信じられる、一緒に歩める」と思わせる力が必要なんです。では、こう考えられませんか? 高市氏のような実務者が脇を固め、津田さんのような「国民の感情を一身に背負う象徴」がトップに立つ。これこそが、日本の停滞を打破する究極のユニットではないかと。
A: 皮肉な結論ですね。つまり、津田さんは「中身」ではなく、国民の不満を吸収する「依代(よりしろ)」になれと? それは彼をリーダーとして認めているのではなく、便利なツールとして利用しているだけではありませんか。
B: 利用と言えば聞こえは悪いですが、リーダーシップの新しい形ですよ。トップが全てを決める時代は終わった。トップは「みんなで頑張ろうぜ」という空気を作り、実務はプロに任せる。これなら、高市氏の専門性も、津田さんの共感力も両立できる。
A: 認めがたいですが、一つ条件があるなら検討の余地はあります。それは、津田さん自身が「自分の無知と無力を自覚し、専門家の言葉を国民に翻訳する役割に徹すること」です。もし彼が自分の人気を過信し、専門知を無視して暴走し始めたら、その瞬間にこの国は終わります。
B: 逆に、高市氏側にも条件が必要です。彼女が「自分の正しさ」を振りかざすのをやめ、津田さんが吸い上げた「国民の泥臭い本音」を政策に落とし込む度量を持つこと。彼女の理知が、大衆の感情という海に深く潜っていく勇気を持てるかどうか。
A: ……結局、私たちが求めているのは、特定の個人ではないのかもしれませんね。「冷徹なロジック」と「剥き出しの身体性」。この、決して相容れない二つの要素が、激しく火花を散らしながら共存する状態。その緊張感こそが、健全な政治の姿なのかもしれない。
B: ええ。高市早苗という「盾」と、ダイアン津田という「叫び」。この矛盾を受け入れる覚悟が私たちにあるか。それこそが、これからの日本のリーダー論の出発点になりそうですね。
これ、中国の解剖書なんだけど、
普通解剖の写真って、病気で亡くなった人の体使ってるから痩せ細ってるんだけど、
これに載ってるのは、どうみても「さっきまで元気に生きてた人の体」なんだよ…
Xで話題になってた。
中国で作られた手術用解剖図譜を持っている。
通常解剖図譜っていうのは、何らかの病気が原因で亡くなって献体された方なので、皮下脂肪が薄く痩せ細っていたり、筋肉が薄くなっているものである。
https://x.com/redstone_ZN6/status/2001237719197081695
https://x.com/chinniisan/status/2001995637173490092
中国で研修してた医者が、大学で死刑囚から心臓なり肝臓なり普通に取ってるって言ってたので本当かと。
その日は流石に執刀する外科医も鬱らしい。
生体心移植
って言葉聞いて耳を疑ったのは忘れない。
https://x.com/Tensuke1857507/status/2001193392085119409
それで、百度(baido)で「显微外科临床解剖学图谱」で調べたら、生々しい腕の解剖写真が出てきてヒッとなった。
古い本(2009年、第二版が2014年)なので、今はこんなことしてないのかもしれないけど。多分。
显微外科临床解剖学图谱、でGoogleや百度で画像検索したら、腕の解剖写真が出てきます。
補足として。
北村晴男議員が国会で中国の臓器売買を暴露「日本や欧米諸国では肝臓・腎臓移植のドナーが見つかる期間は2〜7年に対し中国は1〜3週間。様々な研究者が指摘している通りウイグル人チベット人、100万人の人間が強制的に収容され必要に応じて臓器を収奪する体制がある」
って思ってる人間だけじゃない。
親も医者だったり、裕福だったりする。
勉強もそこそこできると、余計に流れに乗る。
患者の顔も見ないまま学年だけ上がる。
それでも何とかなる。
で、臨床に出て初めて現実を見る。
熱傷の跡で手が縮んだ人。
外傷で顔が崩れた人。
拘縮で体が変形してしまった人。
教科書じゃなく、目の前にいる。
エグいものをそこで初めて目の当たりにする。
現場も優しくない。
回診でプレゼンして詰められる。
手技の前で手が震える。
救急と当直で「まず君が診て」って投げられる。
こんなはずじゃなかった。
でも引き返せない。親に怒られたくない。
そこで国家試験を通って研修を終えた医師が、すぐ抜けられる道がある。
新人を育てる余裕もない。
「向いてない奴は落ちていけ」みたいな空気が出る。
医療関係ないただの会社員だが最近がんについての動画よく見てたら以下の1時間の動画をたまたま見た。
がん患者を助けられない?・なぜ消化器外科医が激減?(現場からの報告)・がんのDEEPな話#160
消化器外科医は激務の割になぜか給料は全く良くなくて若い人が避ける傾向にあるとのことだ。もちろんそれにより既存の医者は更に激務になるんだろう。高齢化社会が進むと更に状況は悪化するだろう。
6時半に起きて7時半に出勤して25時帰宅という狂いそうな激務で、更に緊急の手術が入ったりするらしい。書類仕事もこなさないといけない。
門外漢からしたら手術なんて非常に高度なことで、更には緊急なんてさぞかし高給なんだろうと思ってたが、なぜかコンビニでバイトするのと大差ないらしい。何だったらタクシー代自分で出して足が出るとか言ってた。わけがわからない。
こわいな、昔の動画かなと思ったら今年、2025/05/03の動画だ。
外科医は習熟するまで20年とかかかり、しかも合格率2,3割の色んな専門の試験があったり辞める人も多いとのこと。
給料が高くないのは勤務医はそういう設計になってるとか、厚労省が決めてるとか、そんなことが軽く匂わされていたが俺にはよく分からない。アメリカでは同じ消化器外科医は年収5,6千万円だとか(でも手術の成績は日本の方が良いらしい)。
動画内でベテランのお医者さんの方が、誰か知り合いに議員とかいたらこの状況を知らせてほしいとか言ってた。もうむしろ実際に多くの人が何ヶ月も手術できなくなる悪い状況になれば、問題が知られるようになって良いのかもしれない的なことも議論されていた。実際海外ではそうなってるとこもあるみたい。
え、医療や医者のシステムって、常に医者の偉い人たちや省庁官僚政治家が綿密にコミュニケーションしてうまいこと設計してるもんじゃないのか?
何なんだこれ?どこがおかしいんだ?この1つの問題を議員に何か変えてもらうというか何か根本的な要因が何かないか?何だこのコミュニケーションは。