映画「対峙」…赦しとは、深く探究する傑作.
原題:Mass 製作年:2021年
製作国:アメリカ 上映時間:111分
柏のキネマ旬報シアターは3つの小屋を持ち、封切り、2番館、名画座の
3つの機能を持ち合わせる極めて便利な映画館.特に2番館の存在が
貴重で、封切り上映終了直後の佳作を必ず拾い上げてくれる.キネマ旬報
だものね(笑).
そんな2番館に待望の作品ばかりがやって来て、毎週忙しいのだ.
本年度累積86本目に観たのは、アメリカの深い闇の一つ銃乱射事件に
まつわる物語.
――――――――――――――――――――――
高校銃乱射事件の被害者家族と加害者家族による対話を描いたドラマ.
アメリカの高校で、生徒による銃乱射事件が発生.多くの同級生が殺害され、
犯人の少年も校内で自ら命を絶った.事件から6年.息子の死を受け入れられず
にいるペリー夫妻は、セラピストの勧めで、加害者の両親と会って話をすることに.
教会の奥の小さな個室で立会人もなく顔を合わせた4人はぎこちなく挨拶を
交わし、対話を始めるが…….
加害者の両親をドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」のリード・バーニー
と「ヘレディタリー 継承」のアン・ダウド、被害者の両親を「ハリー・ポッター」
シリーズのジェイソン・アイザックスと「グーニーズ」のマーサ・プリンプトンが
演じる.
「キャビン」などの俳優フラン・クランツが初監督・初脚本を手がけ、
密室で繰り広げられる4人の会話劇を緊迫感たっぷりに映し出す.
以上は《映画.COM》から転載.
―――――――――――――――――――――――
これは重い内容の作品で打ちのめされた感がいっぱいだった.
密室での4人の対話劇ということでポランスキーの「大人のけんか」との
共通点を指摘されることもあるが、そんな事思いもしなかった.
あれは子供の喧嘩に端を発した2家族の言い分の披露にしか過ぎない.
本作は、方や自分の息子を殺された両親で、その相手は10人も殺した
あげくに自殺してしまった凶悪犯の親たちなのである.
つい最近観た邦画の「赦し」を連想してしまった.女子高生を惨殺した
女子高生とその被害者家族の対峙を描いた作品であった.
直な題名通り、被害者家族が加害者を赦せるかどうかがテーマであった.
本作の原題は“Mass”直訳するなら“ミサ”である.死者を弔い、悼む儀式
の“ミサ”を示すのだと思う.被害者と加害者側で悼む為に集まって、会話
するのだろうか?邦題の「対峙」はその状態を示すだけで、ことさらその中味
を表現はしていない.さて、物語はどう進むのだろうといぶかりながら観始めた.
舞台はアメリカのどこか郊外らしき土地にある小さな教会.合唱の練習の声が
聞こえる中で、初めて訪れた女性司祭がピリピリした雰囲気を醸しながら
会談場所の部屋を事前にチェックし、椅子の配置などを整える.この神経質な
態度自体が、これから成される対話の重さを表すようで、微妙な表現になって
いる.上手い演出と思った.
やがて一組の中年夫婦が緊張した面持ちで到着し、少し遅れて別の中年夫婦
がやってくる.司祭はほどなく去り、部屋には2組の夫婦が対峙する….
最初はぎこちない挨拶と日常会話から始まり、だれもが何を話すべきか、
どこから始めればいいのかわからないといった雰囲気の中、
死んだ息子の過去の話となってからは、心を削られるような、魂のぶつかり
合う対話が全編続いていく.
被害者の両親は、なぜこんな事件が起きたのかを知りたいと訴える.
しかし、親だからといって子どもの全てを知っているわけではない.
加害者の両親は、心の闇に気が付けなかったことが悔恨として重く
のしかかっている.それでも息子を愛する気持ちは捨てられない.
事件後6年を経過しての今回の対話だ、興味本位のSNSや新聞記事で
お互いの息子たちに関する上辺の情報は知りきっている両家族だ.
そんな情報に表れない、心底の事実に向けた対話がなされる.
事件が起こった背景やふたつの家庭環境をめぐっての熾烈な、容赦ない
言葉の応酬に観客は怯え、供に苦しみのどん底でもがくような気持ちを味わう.
加害者の母親リンダ:アン・ダウドが、切羽詰まった末に「私は人殺しを育てた」
と呟く.そして、加害者の父親であるリチャード:リード・バーニーは息子の
抱えていた苦しみや鬱屈を語り出す.
いっぽうで、被害者の父親であるジェイ:ジェイソン・アイザックスは、
「あなた方が罰を受けるべきだと思った」と激しく糾弾し始めるや、
懸命に、それを否定しようとするリチャード.
延々と続く、果てることのない堂々巡りのような苛烈なダイアローグの応酬を
見ていると、この理不尽な事件の本質を理解することなど到底不可ではないか
とも思えるほど収拾がつかない状態へ陥る.
会話の中で感情が破綻してしまった被害者の母ゲイル:マーサ・プリンプトン
が、意外にも収拾の方向性を示す.「あなた達を赦さないと、死んだ息子の魂
も救済されない気がする」と.「あなた達は悪くない、赦しをうけるべき」とも.
この打ちひしがれた被害者の母からの言葉を発端に、この2組の夫婦からも、
いつしか加害者対被害者という構図が薄れていき、「人が人を赦すこと」とは
という根源的な問いかけだけが浮かび上がってくる.
やはり“赦し”に帰着するのであろう.憎しみは永遠には続かない.罪は憎んでも
“人を憎むこと”は永続きはしないのであろう.
回想シーンや再現場面などを一切使わずに、まるで緊迫した感情の吐露を
4人の役者で演じてみせる手腕は、俳優でキャリアを築いてきたフラン・クランツ
監督ならではの仕事の成果と言えるだろう.
赦しとは何かを深く探求した傑作と思う.
.
コメント