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映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」…純度の高い魂の触れ合い.


映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」-5
原題:The Holdovers 製作年:2023年
製作国:アメリカ 上映時間:133分



観るべき映画がない状態は続いている.柏キネマ旬報シアターでやっと、
1本見つけた.本年度累積176本目の鑑賞は米製の人間ドラマ.
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「ファミリー・ツリー」「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」の名匠アレクサンダー・
ペイン監督が、「サイドウェイ」でもタッグを組んだポール・ジアマッティを主演に
迎えて描いたドラマ.

物語の舞台は、1970年代のマサチューセッツ州にある全寮制の寄宿学校.
生真面目で皮肉屋で学生や同僚からも嫌われている教師ポールは、
クリスマス休暇に家に帰れない学生たちの監督役を務めることに.

そんなポールと、母親が再婚したために休暇の間も寄宿舎に居残ることに
なった学生アンガス、寄宿舎の食堂の料理長として学生たちの面倒を
見る一方で、自分の息子をベトナム戦争で亡くしたメアリーという、それぞれ
立場も異なり、一見すると共通点のない3人が、2週間のクリスマス休暇を
疑似家族のように過ごすことになる.

ポール・ジアマッティが教師ポール役を務め、メアリー役を「ザ・ユナイテッド・
ステイツvs.ビリー・ホリデイ」「ラスティン ワシントンの『あの日』を作った男」
のダバイン・ジョイ・ランドルフ、アンガス役を新人のドミニク・セッサが担当.

脚本はテレビシリーズ「23号室の小悪魔」「ママと恋に落ちるまで」などに
携わってきたデビッド・ヘミングソン.第96回アカデミー賞では作品賞、脚本賞、
主演男優賞、助演女優賞、編集賞の5部門にノミネートされ、ダバイン・
ジョイ・ランドルフが助演女優賞を受賞した.

以上は《映画.COM》から転載.
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原題の“Holdovers”とは残留物、残り物の意.邦題は補完する意味では
正しいとは思うが、余計感は強い(苦笑).

キリスト教圏では、基本的にクリスマスは家族と過ごすものだろう.
人の生き方が多様化した現代はいざ知らず、1970年のクリスマス休暇に
家族の元に帰れないというのは、現代の日本人の私が想像する以上に
疎外感や孤独感を覚える状況だったのだろう.

しかも寄宿学生アンガス:ドミニク・セッサは、帰れるつもりでいたのに終業日
当日に母から帰ってこないよう連絡があったのだからショックをうける.
資産家と再婚した母親は、毎年クリスマスディナーは取り寄せだし、クリスマス
グリーティングには現金を送りつけるのみと愛情に乏しすぎる仕打ちの人.

嫌われ者の教師ハナム:ポール・ジアマッティは、学校に大口の寄付をしている
議員の息子に対しても成績に色をつけない信念の持ち主だが、クリスマス休暇
の過ごし方にさえ揺らがない信念を持ち込む堅物でもある.コンタクトレンズを
巧みに装着し、斜視(ロンパリだ)を上手く演じて見せる.


映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」-2


序盤、2人の相性は見るからに最悪.ハナムは休暇中なのに規律を強要し、
アンガスは勝手にホテルに予約の電話をしたり、体育館で暴れて肩を
脱臼したりする.

だが、事務員のクレイン:キャリー・プレストンのホームパーティーに行ったり、
メアリー:ダバイン・ジョイ・ランドルフの手作りの料理でクリスマスを過ごすなど、
小さな出来事を共にするうちに相手の本音や弱さを知り、心の距離が徐々に
近づいてゆく.


映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」-3


映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」-1


彼らが互いに少しずつ心を許してゆく過程がとても自然で、微笑ましかったり
切なかったりして魅了される.それに伴ってそれぞれの悲しく重い背景も
明らかになってゆくのだが、不思議と物語自体の印象が重くなったりはしない.

堅苦しさや意地を張った態度の内側が見えてくると、表面的な印象とは違う
その素直さや人間臭さ、ぬくもりが感じられ、二人の距離が近づいていくのが
ありありと伝わってくる.

息子をベトナムで亡くしたメアリーは、アンガスとハナムを繋ぐ存在でもあった.
クレインのホームパーティーで、息子の死を嘆き心を乱したメアリー.
アンガスはハナムを呼びに行って2人で彼女のそばにいて、なぐさめる….
翌日のクリスマスにメアリーは料理の腕を振るう.食卓を囲む3人にはどこか
気の置けない、擬似家族のような雰囲気がうっすらと漂う.
 
このかすかな絆が芽生えたからこそ、最初は亡くなった息子を思って学校に
とどまっていたメアリーは、新しい命を宿す妹の元を訪れる決心がついた
のか、ボストンへ向かうハナムとアンガスの車に同乗して、妹の家を目指す.

ボストンでは、ハナムが博物館で歴史と人生を語るのだが、アンガスは姿を
くらまして、精神病院に入っている別れた父親に逢いに行く….父親は精神破壊
していて、母から離婚して捨てられていたのだった.病状は変わらない….
この訪問が、後の二人の人生を左右する事件へ発展してしまう.

年が明けて、始まった学校生活.アンガスの両親が校長室へ殴り込んでくる.
アンガスが訪問したことにより、父親が期待してしまい退院したいと熱望して
症状が悪化、別な精神病院へ転院する羽目になったと.アンガスは劣悪な
陸軍高校へ転校させると凄む.鬼母にアホ義父のコンビである.

アンガスを迎えに来た両親の前でハナムは信条を曲げ大きくて正しい嘘をつく.
“私の指示で父に逢えと言った”と.アンガスの前途を身を挺して守る事を選んだ.
この短くて濃いクリスマス休暇で、自らの人生に形式的な信念よりも大切な
ものを見出し、変わったのだ….学校を去っていくハナムの姿がラストシーン.

70年代にふさわしいレトロティックな映像処理とノスタルジックな70年代の
音楽…キャット・スティーブンス、ザ・オールマン・ブラザーズ・バンド、
バッドフィンガーが醸し出す雰囲気は.懐かしく当時に引き戻される.

その厳しすぎる性格から生徒からも同僚からも疎んじられている教師と、
母親に見捨てられた男子学生と、息子をベトナム戦争で亡くした料理長、
3人の主要キャラには同じ寄宿学校の住人という以外に何の共通点もないのだが、
たまたま、クリスマス休暇で誰もいなくなったキャンパスで共に過ごすうちに、
互いの心の奥底に同じ傷を隠していることに気づいていく.

そこを彼らが傷を癒し合う話にはせず、絶妙の語り口で矛盾だらけの人生を
生きることの悲しさと可笑しさを同等に配分して、温かみのある後味を
残してくれる.それぞれ辛い事情を背負った人間たちが、ぶつかり合い、
反発しながら、意識的にも無意識的にも他人のクッションとなることで支え合い、
お互い少しだけ気持ちが楽になっていく….

根底で共通するのは、人が世代を超えて人生の苦楽の一片を共有し
相手を認め合う時、そこに見えるのは純度の高い魂の触れ合いであり、
その絆が生む希望は心に響くということ.その過程を丁寧に描いた名作.

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