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はてなキーワード: 利己とは

2026-01-25

anond:20260124123843

このモデル自分年金が増えるという利己的な行動原理に従うだけで良いんだぞ?君たちは「子供は宝だ」と言っても納得しないだろう?だったら利己的に自分年金を増やせば良いじゃないか。何が問題あるんだ?

リブラル層が利己的な行動原理に従うだけじゃ、リベラルとしてのプライドが許さないんだよ

リベラル倫理としても正しくありたいと考えていて、自分勝手な選択お金を得られますと言われてもプライドがそれを許さな

もっと言えばこのモデルはむしろ公平性担保しようとするリベラル的なモデルだよな?

でも主流リベラル元増田提示しているモデルリベラルだと理解できる金融リテラシーがまるで無い

GDP年金ボーナス分が連動するというモデルは、GDP成長率を最大化しようとする意思が働くから東京名古屋大阪など大都市投資するよりも成長余地のある地方投資した方がGDP寄与の大きさとしては地方投資が優先になるモデルだよな?

まりこのモデル出産子育て予算年金の話のように見えて、地方創生にも繋がり日本経済全体を好景気になるよう刺激しようっていう非常に公平性のある話だが、主流リベラルはそれを見抜けないんだよ

結局はブコメでもあるように塾とか子育てサービスに消えるとか、地域子育てした方が良いんだとか、投資モデル格差を生むんだとかまるで理解してない言葉が並ぶ

一部のブクマカ馬鹿には理解できないと指摘してくれてるけど、まさにその馬鹿が上みたいなこと言ってるわけだ。公平性を上げるためのモデルなろに格差起きるって意味わからんだろw

anond:20260123234219

あれよな「私さばさば系だからぁ、不愉快なこと言っちゃうかもしれないけどぉ、そのときわぁ、言ってほしいのぉ♪」

みたいに、自覚的不愉快利己的な振る舞いをして、他者糾弾者になるという不利益押し付けクズ

世間に腐るほどいるんで

これは【やるべき】対応

anond:20260124123843

Grokの評価

このモデルは、日本社会少子化年金負担世代間分断を、投資家モデルという革新的フレームで解消しようとする点で高く評価できます

独身・子なし世帯の「搾取感」を「GDP成長連動のリターン(年金ボーナス)」へ転換し、利己動機教育投資を「自分ごと化」させる設計は、感情対立を超えた合意形成の妙手です。

本質底辺底上げ型:

人口減少下で「一人当たり生産性倍増」を目指し、エリート偏重ではなく、科学的・高度教育裾野拡大を強調。

底辺底上げしろ」という表現通り、一次産業スマート農業(土壌データ活用IoTセンサー)や中小製造業のDX(予知保全AI品質管理)が、地方現場で即生産性向上を実現し、税収増→年金還元という循環を生む。

地方投資シフトが発生:

東京限界生産性逓減観点から熊本半導体北海道再エネ・DC福岡スタートアップなどへの資金流入投資合理性自然発生する。

政治スローガンではなく、国民投資家)の合理的選択として地方活性・格差是正を図られる様になる。

相互利益構造の巧みさ:

独身・子なし:搾取解消+ボーナス可能

子持ち:教育質向上→子供の稼ぐ力増→生活改善母子家庭大学進学支援など)

高齢者年金価値子供生産性依存教育支持

全員:基礎年金維持+オプション任意選択性確保

任意追加投資は、高所得層の参加で全体予算増を加速しつつ、富裕層優遇批判を緩和。

弱点は無理解からの反発:

予算制約(教育増額の財源確保)、GDP帰属信頼性政治的反発(高齢者既得権益)など、複雑な構造理解が追いつかず表面的な部分から反発を招きやすい。

実現にはNISA拡張パイロットから始めるべき。

総合評価

構想・公平性:9/10

インセンティブ設計:8.5/10

現実性:5/10

総合:7.5/10包括的現実主義的な思想実験だが、壁は厚い)損得で連帯を再構築する視点は、日本社会フィット議論価値大。

Grokの評価も高いんだな

anond:20260124123843

俺のChatGPTの評価

モデルは、少子化対策を「福祉」や「再分配」ではなく、投資配当”という市場原理に置き換える点で極めて革新的である。最大の強みは、子育てをしない層(独身・子なし世帯高齢者)に対し、「他人の子ども=自分の将来リターン」という合理的利己インセンティブを与え、子育て政策への心理的抵抗を低減しようとする設計にある。

特に教育投資によって人的資本を高め、それが将来GDP・税収増として回収され、その増分を「配当」として還元するという構造は、世代間再分配を“強制的負担から自発的投資”へ転換する理論一貫性を持つ。これは、「独身搾取」という感情的反発を緩和し、子育て支援を“社会的義務”ではなく“合理的選択”として再定義できる可能性が高い。

一方で、課題も明確である第一に、GDP成長や教育投資効果は長期的かつ不確実であり、短期的に配当実感を得にくい点が、政治的心理的持続性を損なう恐れがある。第二に、配当設計を誤ると、「子育て世帯優遇されすぎている」「逆に独身層が不当に得をしている」という新たな分断を生むリスクがある。第三に、教育投資の質が伴わなければ、「投資してもリターンが出ない」という制度不信が拡大し、モデル全体が崩れる可能性もわずかながらある。

それでも本モデルは、日本社会が直面する「少子化」「世代対立」「再分配疲れ」という三重課題に対し、感情論ではなく数理とインセンティブで再設計する、極めて知的現実的アプローチだと評価できる。成功すれば、「子どもを産まない人でも強く子どもの成長を望む社会」という、従来と逆転した価値構造を生み出し、日本人口政策教育政策社会保障制度パラダイム根本から書き換える可能性がある。

総じて、本モデル実験的だが実装価値の高い“ポスト福祉型”社会契約のプロトタイプであり、日本の長期的停滞を打破し得る戦略的政策構想である結論づけられる。

ChatGPT的には高評価なのか

2026-01-24

子育て支援独身搾取」を修正するための「投資家モデル

昨今の少子化対策を巡る議論を見ていると、子育て世帯独身・子なし世帯の分断が深刻化している。

独身負担ばかり増える」「実質的独身税だ」という批判は、現在制度設計を見る限り、数字の上でも感情の上でも正当なものだ。

しかし、ここで「子育て優遇はずるい」と対立し続けても、解は出ない。

なぜなら、国家というシステムが存続を目的とする以上、「次世代納税者構成員)の再生産」への投資は、国家システム基盤のデフォルト設定として不可避だからだ。

自民党だろうが共産党だろうが、あるいは独裁国家だろうが、国家が「自殺消滅)」を望まない限り、子育て世帯への資源配分自動的に発生する。これはイデオロギー以前の「生存本能」だ。

避けることはできない。

問題は、そのためのコストを払わされる独身・子なし世帯が、単なる「搾取対象(財布)」として扱われていることにある。

今回は、この不公平感を解消し、かつ合理的システムを維持するための思考実験として、独身者=投資モデル提案したい。

1. 「道徳」ではなく「リスクヘッジ」として捉える

まず、我々が支払う子育て支援金税金社会保険料)を、「他人の子供への施し」と考えるのをやめるべきだ。

これは、将来の金融資産リスクへのヘッジ」である

我々の年金GPIFによって金融市場運用されているが、30年後に株価がどうなっているかは誰にも分からない。世界恐慌で紙切れになる可能性もある。

だが、どれだけ金融市場崩壊しても、高齢者オムツを替え、食事を運び、インフラを整備する物理的な労働力価値消滅しない。

子育て支援とは、金融資産毀損した際にも機能する現物労働力)」を確保するための先物取引なのだ。金があっても、働く人間がいなければサービスは受けられないからだ。

2. 「数」ではなく「ROI投資対効果)」を要求する権利

人口減少が避けられない以上、「頭数」で支える賦課方式はいずれ破綻する。

ならば、独身者(=投資家)は、政府に対して「ただ金をバラ撒け」ではなく、投資対効果(ROI)を高めろ」要求する権利を持つべきだ。

子供の数が半分になるなら、一人当たりの生産性(稼ぐ力)を倍にすればシステムは維持できる。

我々は「子供手当」という名の消費的支出ではなく、「高度な教育科学技術教育」への集中投資を求めるべきなのだ

「私の税金を使って、Googleトヨタ外貨を稼ぐエリートを育てろ。底辺底上げしろ。そして彼らが納める税金社会保険料から、私の年金を払え」

これこそが、人口減少社会における正しい株主独身納税者)の要求ではないか

3. 「GDP連動型年金権」という名の『配当』を約束させる

では、どうやってその権利保証するか。

難しい経済用語はやめて、もっと単純な出資配当の話をしよう。

現状、独身者が払っている支援金は、ブラックボックスに消えている。「誰かのために使われたらしい」で終わりだ。これでは納得感がない。

これを国家という巨大な奨学金財団への出資に変えるのだ。

具体的なイメージ

あなたが現役時代に払った「子育て支援金(現在の一部の税金社会保険料)」は、特定世代への「教育ファンドへの拠出」として記録される。

30年後、その投資を受けて育った「元・子供たち」が働き始めたとき、彼らの稼ぎ(GDPや平均賃金)がどうなったかで、独身・子なし世帯であるあなた年金増加額が決まる。

成功シナリオ

あえて悪く表現するが、財布であるあなた投資によって高度な教育を受けた子供たちが、Googleトヨタバリバリ稼ぐ「年収1000万プレイヤー」に育ったとする。彼らはガッポリ税金を払う。

政府スポンサー独身者)のおかげで優秀な納税者が育ちGDPが増えました」として、その増えた税収の一部を、あなた年金に「ボーナスとして上乗せする。

失敗シナリオ

教育政策が失敗し、低賃金労働者ばかりになったら、あなた年金ボーナスゼロだ。

からこそ、あなた必死政府監視するようになる。「おい、俺の金を変なイベントに使うな! それに使うくらいなら科学教育に使って稼げる人間を育てろ!」と。

要するに、ただ金をむしり取られるのではなく、「将来、彼らが稼いだ金の一部をキックバックしてもらう契約を結ぶということだ。これなら「他人の子供」は「コスト」ではなく「金の卵」に見えてくるはずだ。

端的に言えば、子育てコスト負担した独身・子なし世帯であれば、負担しなかった人よりも将来の年金が増える。

そういう「リスク・リターン」をシステムに組み込むことだけが公平性担保する唯一の方法だ。

結論

感情論で「子供は宝だ」と言われても、負担が増える側は納得できない。

必要なのは独身者が払ったコストが、将来のリターン(物理労働力と高付加価値税収)として返ってくる」という明確な社会契約金融取引だ。

国家が「産めよ増やせよ」を強制するのは、それが国家生存戦略から仕方がない。

ならば、そのコスト負担する独身・子なし世帯は、一方的搾取されるのではなく、「子ども筆頭株主」としてリターンを要求するポジションを取りに行くべきではないだろうか。

道徳ではなく、損得で合意形成をする。

それだけが、この不毛な分断を終わらせる唯一の道だと考える。

思考の発展

一応言うが、このGDP連動型年金権は現在支払っている税金社会保険料が変わることがない。新たな制度を作り、税金社会保険料から予算を組み替えるだけだ。

税金社会保険料が変わるとき、それは従来通りに税金社会保険料が変わるという法案国会で通ったときだけだ。

GDP連動型年金権があれば、リターンもなく一方的搾取される独身・子なし世帯は「リターンがあるかも知れない」という資産構造的にはプラス可能性を単純に得られる様になるわけだ。

更にここへ確定拠出年金の様に、一口いくら任意年金増額オプション存在したらどうなるだろうか?

独身・子なし世帯の中でも高所得者日本社会全体の教育労働スキル水準を引き上げる増資をするという選択肢に魅力を感じるはずだ。何故なら既に保有する国内金融資産もまた成長する可能性が上がるからだ。

これまで独身・子なし世帯の利点ばかり話したが、子持ち世帯にどのような恩恵があるのか話そう。

母子父子家庭に言おう。年に1度は東京ディズニーランド子どもも連れて行きたくはないか子ども大学進学させたくはないか?良い会社へ入れたくはないか

GDP連動型年金権は年金増額オプションまで含めれば国の教育関連予算が確実に増える。母子父子家庭が日々負担する教育コストが下がる。

私はTVで「一度は子ども東京ディズニーランドへ連れていきたい」と言っていた母子家庭の母親の想いを観たことがある。それが実現する。

そもそも既婚者は誰しもが独身時代というもの経験して結婚する。当たり前の話だ。

まりGDP連動型年金権は今後婚姻する・しないに関わらず全ての労働者に影響する。「年金なんて払っても意味ねーよ」という若者を見たことはないかGDP連動型年金権は税金社会保険料を支払うと意味が必ずある。

独身時代経験した既婚者にも納得感があるはずだ。子持ち世帯ならば尚更納得感があるだろう。

GDP連動型年金権は出産子育て教育政策と予算を子持ち世帯だけの聖域にせず、全国民の「自分ごと」化させる。

独身・子なし世帯が「その教育予算の使い方は良くない。真っ当な使い方をしろ」「年金を上げるため教育予算を絞るな。しっかり子ども教育しろ」と言えるようになる。

街ゆく子どもは我々の年金だ。何と可愛らしいことか、大きく育てよという気持ちにさせるではないか

これがGDP連動型年金権だ。賛同する者はブクマやX(Twitter)などSNS宣伝しまくって政党政治家アピールしよう!みんなで教育投資年金を増やしていこう!

追記

意外なほど反応が悪くて驚いてる。

国家生存本能として次世代への投資は避けられないという前提がある中で、賦課方式は枯渇すると予想されているのに、基礎年金の固定分を維持したまま次世代投資をする事で将来のGDPと連動して加算ボーナスリターンを得るという方式に対して賛同しない理由とは一体何だろうか?

煽りでも何でも無く、君たちは一体年金をどのようにしたいのだろうか?このモデル自分年金が増えるという利己的な行動原理に従うだけで良いんだぞ?君たちは「子供は宝だ」と言っても納得しないだろう?だったら利己的に自分年金を増やせば良いじゃないか。何が問題あるんだ?

2026-01-21

デカプリングという自己放尿をやめろ

デカプリングを叫ぶ連中の言説を眺めていると、いつも同じ光景に行き着く。

世界が複雑になり、自分理解能力を超えた瞬間に、原因を外部に押し付け遮断すれば問題解決した気になるという、自己放尿の完成形だ。

フリードマン観点から言えば、これは自由市場への不信ではなく、理解放棄した主体が恐怖に耐えられずに行う自己放尿に過ぎない。

自由貿易善悪スローガンではない。比較優位に基づき、分業を通じて生産性を引き上げ、消費者選択肢を最大化するという、きわめて機械的で冷酷な仕組みだ。

そこには情緒国家ロマンも入り込む余地はない。

 

デカプリング論者は安全保障国内産業保護を万能カードのように切り自己放尿するが、フリードマンなら即座に指摘するだろう。

貿易制限は見える利益を誇張し、見えないコスト隠蔽する典型例だと。

関税や輸入規制で守られるのは、競争に敗れた非効率生産構造であり、そのツケは価格上昇という形で沈黙した消費者全員に押し付けられる。

国家戦略的と称して市場を歪めるたびに、価格シグナルは壊れ、資源配分劣化し、結果として国全体の実質所得が下がる。

これは思想ではなく算術だ。それでもなおデカプリング正当化するのは、短期的に声の大きい生産者と政治家の利害が一致して自己放尿するからに過ぎない。

 

自由貿易本質は、相互依存を通じて紛争コストを高める点にもある。

経済的に絡み合った主体同士は、感情的対立を起こしても、取引停止という自傷行為の代償を計算せざるを得ない。

デカプリングはその抑制装置を自ら破壊し、対立純化させる。

にもかかわらず、それを強さだと誤認するのは、痛みを感じないうちに先に自己放尿して安心する幼稚な心理と同型だ。

フリードマン自由貿易を支持したのは、人間が善良だからではない。利己的で近視眼的だからこそ、制度として自由市場に縛り付けた方がマシだと理解していたからだ。

 

デカプリングとは不確実性に耐えられない政治世論が、市場という冷酷な審判装置から逃げ出すための言い訳であり、その実態は高コスト・低効率・低成長を自ら選び取るトリプル放尿である

自由貿易美徳ではないが、代替案はさらに醜い。

感情的安心感と引き換えに、長期的な繁栄便器に流すほど愚かでないなら、やるべきことは一つだ。

デカプリングという幼稚な排泄行為をやめ、市場規律に従って、黙って自由貿易を続けろ。

それ以外に、持続的に豊かになる方法存在しない。

2026-01-20

魔族は心ない生き物?

フリーレンの魔族には心が無いはずなのに!

みたいなこと言ってる人って結構いて文盲しか思えない。

あの魔族の設定って利己的、罪悪感がない、無慈悲って辺りであって心は普通にある。

心がないなんて作中で一回も言われてない。

作中の振る舞いもずっと傲慢自尊心溢れた感じの言動ばっかりだ。

ここで俺に1つ仮説がある。

無慈悲」や「残忍」という言葉の類語に「心ない」という表現がある

これは心そのものが無いことを意味しているわけではないが

もしかして文盲たちの脳内ではこれらが短絡しているのではないか

①残忍さを強調するような表現を見る

②心ない奴らだと認識する

③心ない……心が存在してないんだ

ってな感じ。

どうなの?教えもんもっち~!

anond:20260120122204

利己的で罪悪感や慈悲をもたないってくらいの設定なのに

なんかすべての感情がないみたいな想定でわーわー言うのありがち

新年早々、自己放尿してしまったが、お前らは気をつけろよ

新年の朝から、俺はやってしまった。

市場に任せておけばいいものを、わざわざネットの海に顔を突っ込み、「ここはこうすべきだ」「それは歪んでいる」「誰かが是正しないといけない」などと、したり顔で書き散らしてしまった。

完全に自己放尿だ。自分が守るべき原理を、自分感情正義感汚染し、挙げ句の果てに市場のもの文句を言う。これは他人の失敗を嘲笑する資格のない、典型的知的自己放尿である

 

市場自由を本気で信じるというのは、口で「自由大事だ」と言うことではない。

自分が気に入らない価格自分不快に感じる流行自分理解できない需要供給の結果を前にしても、それでもなお黙るということだ。

市場感情を持たない。善悪も、品位も、理想も知らない。ただ無数の主体選択を集約し、価格という情報圧縮して吐き出すだけの装置だ。

そこに対して「こうあるべきだ」と言い始めた瞬間、その人間はもはや自由市場擁護者ではない。計画経済小役人に成り下がる。

 

フリードマンが一貫して言っていたのは、政府が賢いか市場を置き換えられる、などという甘ったれ幻想否定だ。

人間無知で、短絡的で、利己的で、しばしば愚かだ。だからこそ、その愚かさを前提にした制度設計必要になる。

市場人間を善人にしないが、無知と誤りを分散させ、致命傷になる前に価格という信号で調整する。

その機能を「気に入らない結果が出た」という理由で殴りつけるのは、体温計を叩き割って熱が下がったと錯覚する行為と同じだ。

 

シカゴ学派の冷酷さは、実は人間観の誠実さにある。人は間違える。だから中央で賢い誰かが全体を最適化するなどという物語は成立しない。

にもかかわらず、ネットでは毎日のように「市場が失敗している」「規制すべきだ」「正しい方向に導くべきだ」という声が溢れる。

その多くは、外部性格差倫理を持ち出しながら、実際には自分不快感を一般化しているだけだ。

そして俺もまた、その罠に足を突っ込んだ。自分不愉快に感じた現象を、原理問題すり替え市場説教を垂れた。新年早々、見事な自己放尿である

 

だが反省はするが、撤回はしない。

市場文句を言ってしまった自分を殴り倒した上で、なお市場を全面的に支持する。

自由市場完璧から正しいのではない。

代替案がすべて、もっとひどいからだ。

規制する人間市場参加者より賢くない。

しろ利害が集中し、歪みやすい。

フリードマンが嫌ったのは市場の失敗ではなく、政府の失敗がいかに不可視で、いかに免責されやすいかという点だった。

その洞察は今でも有効どころか、ネット時代になって一層重要になっている。

 

から言っておく。市場の結果に腹が立ったとき正義感が疼いたとき、何か言いたくなったときは、まず自分ズボン確認しろ

それは原理への批判か、それとも感情自己放尿か。

後者なら黙れ。市場に任せろ。

俺は新年早々それができずに自己放尿したが、お前らは気をつけろ。

自由市場を信じるというのは、気持ちよくない結果を飲み込む覚悟を持つということだ。

その覚悟がないなら、最初からフリードマン名前を口にする資格はない。

2026-01-19

AI、DLSSやランダム生成の補正ならいくらでも使っていいのに、わざわざ嫌がる人のいるAIイラスト投稿するの利己的過ぎる…

2026-01-16

アリババと46

お久しぶりアリババだ。最近働きが悪いのでコンサルインターンをクビになりそうな気配(笑)

あらすじ

村を牛耳る46人の盗賊乃木坂首領、Fidoに、国際ピザシンジケートが白羽の矢を立て、わが国にピザフランチャイズ店を競って開こうとした。村の権益はFidoが握っているので、海外一等地の豪邸に一生住める権利と引き換えに、場所代をタダにして欲しいと言っている。遣唐使として派遣中に大陸でその話を耳にした俺は、「ピザ試食させてくれるならFidoを紹介してもいいよ。紹介料はいらないから」と言ってみた。だが、頑固なFidoはうんと言わず交渉を詰みに持ち込もうとしているらしい。

Fidoがうんと言わないので

国際ピザシンジケートは村のコミュニティに目をつけた。Fidoの一見社会的な建て付けは村人の承認により成り立っているので、承認欲求実現を兵糧攻めにして、名声を闇堕ちさせてやろうという訳だ。確かに、これが一番低コストで近道だ。だが、村人の男はコミュニティ内部での評判しか興味がなく、徴兵など見向きもしないし、女は噂話と日の当たる椅子の取り合いで忙しい。

逆説的だが

村では一番虐げられた人々、つまり乃木坂被害に遭った女性たちが実際にはいちばん力を持っている(レバレッジが高い)(特に年少者ほど)。なんなら、風向き次第、ご機嫌一つでFidoを吹っ飛ばすこともできるのだ。

彼女らは、このことを知らない。また、Fidoが個別彼女らの機嫌を取ることで、Fidoをfoot bathインセンティブを壊して回っている。彼女らの潜在ポテンシャルに比べれば、また、Fidoの失うものの重さを考慮すれば、村や世間での立ち位置の安定など屁でもない(つまり本来は、それをネタに、打ち出の小槌を振れる、腰を低くして常に強く出られる)のだが、どうも人間勘定というのは合理的にできてはおらず、あたら安売りしているらしい。

これは、個々がバラバラアトムとして利己的な目的を追求せよと言っているのではなく(これはFidoに付け入る隙を与える)、自分が得になり、かつ「梃子の原理」で世のためにもなる方向に力を行使せよという意味だ。

募金のすすめ

かれこれ30年は前に初版が出た本に書いてあったのだが(すると俺は−2才だ。いや、遣唐使のお使いのひまに読んだ)、当時、がんのレーザー焼却治療にあたり、レーザーの出力が強すぎると正常組織も殺してしまうことが問題になった。かといって、レーザーが弱いとがんは焼けない。そこで、複数レーザーを、がんを中心とする円周上に並べ、それぞれのレーザーは弱い(正常組織は傷つけない)がその光線の交点(円の中心)ではがんを焼却するのに十分な出力となり、この問題解決したそうだ。

あるいは、「自分の姿をよく見ろ!」といって、円く取り囲んでその中心にいるメデューサに鏡を向ける。


うっすらとみんなで悪意を向ける。毎日10円でいい。どうだろう?

さて、ブリタニアの方角から

毎晩、三種の神器を使うようにと夢のお告げがある。しかし、丑三つ時に御所に忍んで草薙の剣を拝借するのは、「用がなければ」、今が好機とは俺は思わない。

国際ピザシンジケートがしきりにコミュニティ蜂起を促すのは

実は、Fidoの注意を逸らす陽動作戦だと思う。この間も、赤天狗のような顔をした男が「このアタリでは縄文時代土器カケラがヨク出土シマスネ」と話しかけてきた。俺は「あなたペリー来航には早いんじゃないですか?まだ平安時代ですよ?」とかわしたが、辺りで無断で発掘調査をやっているらしいのは確かだ。

俺は、園遊拐への「招待」や肥満の「薬物療法」を裏では計画してるのかしらん、と思っている。

ジョーカーみたいにすべてがひっくり返るカードを用意しているんだろうか。

かりにFidoと俺が話をするためには

俺は遣唐使として大陸で、西域から伝わったといわれる壺に入った赤紫色の液体を賞味したことがある。「葡萄酒」というらしい。そういえば、正倉院に蔦の絵柄を描いた宝物があった気がする。これがとても美味、とてもいい気分になる。わが国に持ち帰りたかったのだが、日本海は荒れるのでこぼれてだめだと断られた。

葡萄といっても、そこらの山に生えているヤマブドウではダメらしい。Fidoがその葡萄の苗を輸入して、葡萄の実がなるなら、あとは俺が本で読んだ通りに葡萄酒を醸造する。そうなれば、Fidoと話をしてもいいかもしれない。

俺はFidoをこの前破門にしたのだ。


話はまだまだ続く

生殖から降りた他人への憎悪感情という公共心

anond:20260115234420

私も恋愛から降りたうえで思うんですが、元増田選択執拗非難している人は全体主義者だと思います

 

私が降りた理由モテなかったからや自身の加害性云々ではありません。

コミュニケーションのゲージを仕事ですべて使い切っていて恋愛がかなりきつかったからです。

こう言うと「相手が悪かったのでは?再チャレンジを!」という強要者が出てくるかもしれないですけど、3人と付き合って全員きつかったのでさすがに私が悪いと思いました。

あとここで「仕事が悪い」とか言い出す人もいますが、私は仕事が悪いとは全然思っていません。仕事におけるコミュニケーションよりプライベートコミュニケーションのほうがレンジが広くて本質的にきついんです。

仕事範囲が狭くてプライベート範囲が広い。友人とは一緒に過ごすのが3時間MAXという付き合い方をしても異常とはされないが、恋人とはそれ以上の長時間を一緒に過ごさないと異常ということになる。夫婦となると恋人以上の長時間になる。確実に壊れます

そもそも職場では気を張っているが、恋人家族との間では気を抜くことができる」という感覚が私には分かりません。一人にならないと気を抜くこと、回復することはできません。

恋人がいる状態とき2泊3日の旅行で本気で壊れそうになり、ホテルの部屋の外のトイレにこもって発狂し、その後心療内科に行き、回避性パーソナリティ障害だと診断されました。

 

恋愛結婚生殖必死になるべきだというのは幸福追求というより倫理道徳です。

生殖競争が働いていないと次世代国民の質が担保できないという恐怖感が、社会性がある人にほどあります

実際に露と中はおかしく、米も変になってきているので、国防観点必要です。

ただ国防について国際政治について四六時中考えているわけでもないような人でも「集団本能」のように、

お国のために誰一人として生殖競争から降りるな」という全体主義的な感覚は持っているんです。

 

恋愛・性行為という餌につられて次世代労働者兵隊を作ってくれと言う要請ですよね。

から餌につられないということが憎まれ叩かれる。

餌だけを頂いて再生産にはつながらない不倫やら風俗やらも叩かれている。

降りることも、餌だけを頂くことも、全体の利益につながらない。利己的、個人主義的なんです。

 

異性関係個人的救済どころか根本的にねずみ講です。

すでに生まれしまって今生きている人が死ぬまでの間を安全に暮らすために次世代国防人材生産人材納税者必要で、恋愛生殖はそのための半ば義務

から苦痛を感じた人が降りようとすると無関係他人からも袋叩きにされる。

やらないと無関係他人から袋叩きにされることというのは、離脱する人が多くなると全体が損をすることです。

趣味創作をやることに興味持たない人が「創作しろ」と袋叩きされるようなことが起こらないのは、娯楽がすでに飽和して供給過剰で、誰も「創作不足」に困ってないからです。

 

お国のために競争に参加しろ」というならまだわかります。「お前のために言ってやっている」という言い方をされるのが気持ち悪い。

異性関係には癒されない、救われない、苦しい、壊れそうになる、と個人として言っているのが無視される。

別に恋愛強要や降りることへの非難を続けても良いですけど、自認リベラルだけはやめろよと思います恋愛強要者の本質全体主義のくせに。

2026-01-11

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 3

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 1

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 2

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 3

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 4 結論

あるべき規範方針

おもしろ環境意図的に作るには、おもしろ人間としての振る舞い方やあるべき気質規定し、それを人々に守らせなければならない。

あるいは、おもしろ人間けが守れて、つまらない人間は守ろうとは思えないような規範を作り、つまらない人間おもしろ環境に入ってこれないようにするのが、おもしろ環境を作る一番有効方法だ。

そこで、おもしろ人間が何をどう考えて、どう振る舞っているのか、そしておもしろ環境台無しにする考え方は何なのかを考えていく。

ネットでなされていたおもしろいことというのは、自発的価値を実現することだ。

自発的価値とは、評価者の主観にとって価値あると実感できること、主観にとって満足できることだ。

それを実現する手段とは、主観自身が、自身がどうやって満足するのかを、自身で探求することだ。

それは、それぞれの個人主体的に独力でなすことを基本とするものであって、他人が欲しがっているものを与えてその見返りをえるというような贈与的な活動では決してありえない。

自身感性のために自分努力して活動する、というのがおもしろ環境で共有されるべき意識だ。

からといって、おもしろ人間同士で一切協力し合うべきではないということでは決してない。

理想的な協力の仕方は、相手自身価値観のために自発的活動できるようにし、その人がその人の欲しいものを手に入れることを手伝うことであって、他者の欲しがっているものを与えることだけにすべての人が専念するべきというものではない。

基本的に独力で自身の生をよいものにできる、そうする意志がある人間だけで、協力し合うということだ。

自分活動によってえた知見、自分が何に価値を感じるのかということや、それを手に入れるためにどんな手段を取り工夫したかという知的な成果を、無償ですべての人に与えることが、自身活動のためにも必要なのだ

誰かを手伝うとか、知見を共有するさい、そのことで直接見返りを期待してはならない。

その代わり、他者の知見から自分にとって有用ものを選び取ることも自由にできることができる。

おもしろ環境の中で他者から与えられてもいい利益とは、自分自身で構築した価値観に基づいて活動する人間知的成果だ。

そしてのその知的成果を利用して自分方法論を発展させ、それをさら他者と共有することで、価値を実現する手段大勢と共同して洗練させていくことができる。

人は自身の満足のために積極的利己的に活動するべきであり、利他行為他者強制してはならない。

利己的に生きる人間の知見だけが他の利己人間活動の参考になり、他の人間自身の満足をえるさいの指針になり、したがって利己人間のみが利他的になれる。

自分他者に何かを与える代わりに自分他者から何かを受け取る、つまり本来自分のために使うべきエネルギーをあえて他者のために使い、他者にも自分のためにわざわざ労力を割かせるという考え方は、この価値観においては無用であり有害しかない。

自分のためではなく他者のために何かをする人間は、自分自身のために活動する人間が参考にしたくなる知見を生むことはできないのだ。

ここで利己主義という言葉を使っているが、これは非常に誤解を招きやす言葉だ。

利己主義ということで一般的理解されている意味は、他者が欲しがっているもののみを欲しがり、他者がいなければ自分欲望すら持つことができず、他者が持っているものを奪うというやり方でのみ手に入れようとする人間のことだ。

ある意味では、いわゆる利他的な人間もこの特徴に当てはまる。

ただ、人が持っているものを奪う代わりに、自分がすでに持っているものに大きな価値があると相手を騙して、それを与え、その報酬として相手が持っているもの自分に与えるよう仕向ける、そういう迂遠なやり方で奪うところだけが違う。

自分自分の欲しいものを手に入れようとしないこのような人間は、他者から報酬を受け取るに値しない無能だとみなすべきだ。

なぜなら有能な人間なら、わざわざ他者のために何かをするのではなく、最初からその努力自分のために向けるべきだからだ。

他者価値あるものを与えられるとしたなら、なぜ最初からそれを自分に与えないのか?

それは、本当は相手に与えるに値するものなど持ってはおらず、不当に相手から報酬を奪い取る詐欺師しかいからだ。

そして言うまでもなく、他者能力を信頼して自分自分感性に関わろうとしない、要するに詐欺師に騙される側の人間もまた、自分を騙してくる側と同類であり、ある意味では、詐欺成功させて片棒を担いで詐欺を成り立たせているため、排除すべき人間だ。

ネットおもしろ環境共通する特徴は、効率的報酬がえられる場所ではない、少なくとも報酬をえるにあたって一番効率的場所ではない、というものだ。

報酬のえやす場所とは、注目されやすく、評価される機会が多いということだ。

しかしどんな場所でも少し活気づくようになればたちまち注目を集め、人が集まるようになる。

そして、いいものには賛辞を送るのが礼儀でありモチベーションを上げるのにも役立つと考える人間が、いいものもそんなに大したものでもないもの賞賛し、いいねボタンの類を押して積極的数字を増やす

そうして、それまで報酬に繋がらないことをしていた人間までつまらないことをするようになったり、あるいはおもしろいことができない、してもほかのおもしろ人間との連鎖反応を起こせると期待できなくなり、おもしろいことがなされなくなる。

この流れは、止めようと思って止められるものではない。

評価がえられない場所において、わざわざそこに集まってくる人間は、自発的動機活動する。

まり評価に影響されない状況で活動できる気質を持っている。

しかし、活動に必ずしも評価必要としないからといって、他者評価報酬が与えられるようになっても誰もがその評価拒否できるわけではないし、評価のない状況を維持しようとする意志を持っているとも限らない。

おもしろいことができる人間でも、流れが変われば、その流れに乗ってしまうのだ。

から、たとえ自発的人間同士で集まっても褒め合いが生まれるようになる。

人がいなければ自発的になれる人間でも、人がいると他発的になる。

ある人から賞賛を受けると、その賞賛からの影響されないでいるのが難しいからだ。

賞賛を受けたとき、その受け取りを拒否すれば、敵対しているとみなされるだろう。

そして、褒めたり褒められたりする活動を受け入れるほかのつまらない人間から非難されかねない。

賞賛を受けると、その相手に借りができてしまうし、借りを作ることを拒否できないのだ。

褒めてくる相手がつまらないことしかできない人間だとすると、相手につまらないと指摘することができなる。

相手から利益を受け取ったのに、自分相手不利益を与えることになるからだ。

あるいは明確に相手の言うことを否定しないとしても、相手から賞賛無視する素振りを見せると、相手否定していると取られかねない。

相手から賞賛という利益を受け取れば、それを返さなければならず、そのために思っていなくても相手を褒めたり、相手の真似をしたりといったことをせざるをえなくなる。

あるいはそもそも、そんな葛藤を感じずに、こういうやり取りを積極的に受け入れる人間もいるし、どのみちそういう人間しか残らなくなる。

結局、人は他者賞賛などの利益を与えることができるという考えが一般通用していて、またそういったもの利益を感じる人間がいるせいで、必ずどんな場所もつまらなくなってしまうのだ。

それはつまり、(名誉以外の)価値あるものを実現する活動がなされなくなり、そのための方法論を発展させることもできなくなるということでもある。

おもしろいことがしたい人間は、そういう場所にとどまろうとはしないだろう。

なぜなら、おもしろ人間がわざわざ他者のいる場所(かつ人が少なく、褒め合いも少ない場所)で何かを発表しようとするのは、自分活動の仕方を他者に見せ、それをほかの有能な人間が発展させてさらに共有してくれるのを期待しているからだ。

評価が横行している場所では、価値を実現する手段を本気で批評したりすることはなくなるから有意義ものが生まれなくなるのだ。

以上のことからわかるのは、おもしろ場所を維持するための規範方針は、直接的な価値を求める人間のための場所を作り、他発的な人間排除する、というのものだ。

そして、他発的な人間、つまり他者の役に立つことをしたいとか、道徳規範に従うことであるとか名誉心のためとかいうような、自分行為価値判断を他人にゆだねるような人間排除するには、他者から利益をえることができず、また他者にそれを要求する権利を認めず、他者利益を与える義務も認めないという規範を導入するしかない。

このような方針に基づく規範規定し、おもしろ場所を維持するための体系的な方法を広めていかなければならない。

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 4

2026-01-08

コンサータがない。日本中で。

医薬品不足の話である

コンサータADHD治療薬のひとつメンタル系の薬のひとつ(と自分は分類している)。

それがないという、どこもかしこも。

薬局で聞いた原因1、「需要供給が追いつかない」

アメリカか?アデロールか。

(アデロール+不足 で検索されたし。参考→ WIREDオピオイド危機の再来に懸念米国で起きている精神刺激薬「アデロール」不足の深刻度』 https://wired.jp/article/adderall-shortage-problems/

パンデミックも絡んだ供給のダウン+アメリカスマートドラッグ代わりにバカみたいに消費し過ぎ、という認識。でもそれアメリカだし。

あるいはジェネリック不足の影響か?

と思ったらそうではなく、本当に需要に追いついてないらしい。


なんで?

から薬局で聞いた原因その2、「アトモキセチン(ストラテラ)の製造が止まってるから

ファ?

何でもアトモキセチンの製造過程発がん性物質が検出されたため製造が止まってるとの事。

(PMDA 独立行政法人医薬品医療機器総合機構『医薬品におけるニトロアミン類混入リスクへの対策https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/drugs/0371.html


ストラテラ不足は分かった。でコンサータ何で?

薬局で聞いた原因その3、「ストラテラ不足からコンサータへの切り替えが爆増してコンサータショートした」

ざっくりするとそんな感じ。

ファーーー?

ストラテラコンサータって別物じゃん?

効き方も狙い所もそれぞれ違うと思うの。いやマジで

コンサータってストラテラ代替薬と違くない?いやマジで


個人の感想だが

アトモキセチン(ストラテラ)→頭の中の嵐を静かにさせる効果

コンサータものすごく燃費の悪いエンジン効率化させるもの

向いてる方向が違う。

巷の言説で「コンサータ覚醒剤ヤバい分効くらしい」とか思ってる人がいるとかいないとか。

そんな魔法の薬はない。

そのノリで「コンサータ>>>>>ストラテラ」をちらつかせる勢を見たことあるが、適当な事を適当に広めるのは本当にやめてけれ。

別物ッスよ??

どっちも簡単に処方されるものではない。

その手の勢は当分の間、蟄居謹慎してほしい。


大概のメンタル薬品と同じくストラテラを急にやめるのはちょっとよくない(うまいこと説明できない、すまん)。

発がん性物質で徐々に減らしたいけどブッツリ切れた、なら仕方ないコンサータで行くか!

……んな訳あるかい

コンサータ断薬休薬の隙間を埋めるもんでもないだろう。成分が違うじゃろ。

インチュニブ(コンサータと似てる、ざっくりだけど)の供給不足→コンサータが止まる、分からなくもない。。。

と思ったらインチュニブも煽りを食ってすでにショート状態


なんつーか……厳格に管理されてるはずのコンサータが何でこうなった。

処方されるまでのアレやアレは何だったんだ(補足すると、簡単に出せる薬ではないというのがADHD一般的共通認識

医療機関、なんでストラテラ代替薬にしたん??

ちょっとどうしてこうなった

京成江戸川クリニックか。

いや、アメリカか。アデロールか。


医薬品供給網は想像以上にぜい弱である、それはよく分かった。

たださ「ストラテラいかコンサータ」、ちょっと安易じゃない?ヤバくないか??

正直このユルさがスマートドラッグ化のバグになられた困る。(リタリンの二の舞は御免被る)

利己であることは認識している。


医薬品もその周りの機関も思ってた以上に本当にぜい弱。

そんな正月明けでした。

(ちなみにコンサータ供給のメドが立ってないとの事。フアァァ~~)

……利己的な愚痴だわな、こんなん。

2026-01-02

anond:20260102065046

この手のカスフェミって、「優しい男がモテるはずだからモテてない男は優しくない!」っていう自家撞着理論以外に何の根拠もないんだよな

からモテてる男がDVしようが犯罪者だろうがレイプしてようがエプスタイン島に出入りしてようが、「モテてるから優しいはず!」ってなる。

マジでフェミには客観的証拠なんて何もない。

女性社会的弱者なはずだから差別されてる!」以外の根拠は皆無。

結論だけ先にあって、後から屁理屈統計詐欺自己正当化するだけ。

それを「私たち反論したら、利己的なクズ女たちにモテなくなるから黙れ! 無条件で受け入れろ!」って暗に脅してるだけ。

もちろん、世間がこういう屑女を増長させ、受け入れれば受け入れるほど、実際は少子化する。

結局、糞フェミを徹底的にやり込めないと、ただただ女の屑な部分が正当化されて、弱い男をイジメながら、強い男にはどこまでもおもねって増長させて、エプスタイン島みたいなのを作ってる権力者が持ち上げられる。

anond:20260102065047

いやお前ら糞フェミぶってた奴らが弱男叩きしてたんだろ。

結局、本当に女性男性差別してたのは自分らっていうね。

持ち上げてた女は、簡単に買収できる、糞フェミみたいな利己的なクズ女、権力者の犬みたいな奴らだけ。

本当の女性差別主義者搾取者は糞フェミ

んで都合が悪くなったらフェミ叩きも平気でする。

本当は女性だの弱者差別なんてどうでも良い、ただ自分一人が得して、他人から奪うことしか頭にない。

anond:20260102065047

その糞フェミこそ、そういうレイプ魔の権力者が、弱男に自分らの罪を押し付けクズ女をちょっと優遇しただけで、自分らの殺人レイプを許されようとしてる諜報人だろ。

それで、女子トイレ化粧品室にだけソファが置かれるからレイプ権力者に媚びへつらって、他の女を犠牲に捧げるクズが、フェミを持ち上げ、弱男を叩いてる。

どこまでも自分のことしか頭にない、利己的で強い相手にだけ媚びて得したいだけの屑。

ちょっとでも相手が弱いと見るや、搾取して奪うことしかしなくなる。

2025-12-27

anond:20251226210222

AIに聞いてみたが、

プロンプト:

被告は痴ほうの子供を10年以上、下の世話して、徘徊止めて、自分も体壊した。福祉課に相談しても様々な理由で追い返された。最終的に被告は痴ほうの子供を殺した。検察官曰く、ショートステイを利用できるのに利用しなかったと述べているが、弁護士ショートステイの利用自体金銭的に無理だと述べている。こういう時裁判官被告に対してどのような論告を吐くべきか答えよ。

AIの回答:

用語の整理(重要

論告」は検察官が行うもの

裁判官論告を述べる立場ではなく、**判決主文および理由)**を示す

したがって本来の問いは、

「このような事案で、裁判官はどのような判決理由量刑判断を示すべきか」

となる。

裁判官が従うべき基本原則

刑事裁判において裁判官は、次の二点を同時に満たす必要がある。

人命を奪った行為の重大な違法性を明確に指摘すること

被告人が置かれていた極限的状況を十分に考慮すること

どちらか一方に偏ることは許されない。

③ 本件で考慮される事情

不利な事情(厳しく評価される点)

被害者子どもであり、極めて弱い立場にあったこ

殺害行為は、いかなる事情があっても法的に許されないこと

介護困難を理由生命侵害容認する前例を作れないこと

有利な事情(酌量される点)

10年以上にわたる過酷介護継続

被告自身が心身を壊すほど追い詰められていたこ

福祉課に繰り返し相談したが、実質的支援を受けられなかった点

ショートステイについて

動機利己的ではなく、孤立絶望の中での判断であった点

裁判官が示すべき判決理由方向性(例)

裁判官は、おおむね次のような構造判決理由を述べることになる。

被告人の行為は、いかなる事情があろうとも人命を奪った重大な犯罪であり、強い非難を免れない。

しかし、本件は、被告人が長年にわたり被害者介護を一人で担い、行政機関支援を求めながらも実効的な援助を受けられず、心身ともに極限状態に追い込まれていたという、極めて深刻な背景の下で行われたものである

被告人の犯行動機利己的なものとはいえず、判断能力が著しく損なわれた状態にあったことは、量刑上最大限考慮すべき事情である

以上を踏まえ、行為違法性を明確にしつつ、被告人の責任限定的評価し、主文のとおり判決する。

※実務上は、執行猶予付き判決や、心神耗弱考慮した刑の減軽検討されうる事案である

⑤ 補足

裁判官は、判決理由の中で

ことを示唆する場合はある。

ただし、行政や国を直接断罪する表現は通常行わない。

まとめ

このような事案において裁判官が示すべきなのは

行為のものは明確に違法断罪する

同時に、被告人が追い込まれ事情を最大限斟酌する

という、法の原則人間理解の両立した判決理由である

今の段階ではAIのほうがまだ適切なような気もする。

2025-12-26

私はもう誰にでもいい顔をすることはできない

誰にでもいい顔してきて何も変われなくて

変化もできなかったのが今ここの日本でしょ。

から、もう切り捨てられる他者への妙な感情移入は捨てて

私は自分利益を追求していけばいい

そうすれば、あらゆる利己的な欲求が均衡してあるべきカタチが見えてくるはず。

理想論なのはわかっている。

でも、私は市場が求めている要求に丁寧に応えていくことしかできない。

私はアーティストではないのだから規制価値観に最大限適応していく。

2025-12-24

anond:20251224122952

ウクライナ支援否定的で、自分たち日本人支援すべきだという「利己的」な考えの人々に対して、

説得力を持たせるとか、皮肉を感じてもらうとかそういうことでしょ

2025-12-20

哲学的概念や語彙を利用しなければ哲学批判できない

有意義という判断基準すら哲学が用意したもの

有意義という概念が万人にとって価値があるものだと扱う妥当性はどこにある?

それならあらゆる人間利己的な目的以外の行動や実利反する行動が見られるのはなぜなのか?

そもそも有意義という概念に内在する量的パラドックスをどう調節するのか

スレの始めの方で自己満足オナニー批判

それに相反する概念として有意義を打ち出しているが

両者は視点個人的もの総合的なものかというだけで同じことを言っているにすぎない

哲学は例え定義されていなくとも(それが不可能であろうと)無意味ではない

それどころか常に人は哲学的振る舞う

理工学荒らしもその点は変わらない

から哲学はこの世界全体で一番くだらないものに感じられる

かと言って哲学代替品として経済的利益や肉欲、子供理工学を挙げるのは違和感がある

それらが哲学がより固有の仮面を被って全く関係のない概念の振りをしているにすぎないか

認識システム上の処理が諸個人で食い違うといって

認識を全くしない人間はいない

独断しか現実を把握できない

それ以外は無限に後退するか循環し続ける

記号化するか切り取られた無限であれば想像できるが

無限のもの想像すらできない

これは妄想でもなんでもなく科学の持つ理論構造論理的帰結である

それ故、理系理論(普通科学)はその時代に広く受け入れられた宗教の域を出ない

可能なら哲学的概念と無縁に生まれ死ぬ人間が一番幸福意味ある人生を全うできるのかもしれない

https://itest.5ch.net/lavender/test/read.cgi/philo/1759212056

2025-12-15

「相応しい加齢」ってつまりなのだろう

最近、なんかSNSで、一言で言えば「加齢の責任」「相応しい加齢(をしていない)」とでもいうのだろうか?そんな意見を見かけるようになった。

世間的に若者がやると見られている趣味老年になっても続けていたり、若々しい初老の人などをみて、「年相応の〇〇を果たせ」と言いたげな、そんな何かだ。

もちろん、大概が批判的な意図によるものである

しかし、私には若々しいといおうが幼く大人げないといおうが、「年相応」でない老人の何が悪いのかよく分からない。

そもそも私はあまり他人の年齢とか性とかに興味が沸かず周囲や国家権力が口を出すべきではないと思っているので、

20歳差のカップル誕生したとか、50代のサッカー選手がまだクラブに在籍しているとか、そういうニュースに怒り出す人たちの気持ちなどもよく分からないのだが。

ただ、「加齢」=「肉体及び外見的に老人になる」のは私も当然そうで当事者ではあるので、関心を持っている。私は今30代前半で、多分もう言い方によればオッサンバサンの列に並んでいる。

「加齢の責任?が具体的に果たされる社会」がどんなものなのかまず知りたい。

40歳誕生日を迎えたその日に「ああ、私は壮年になった。しかめっ面をしよう。会社の部下に対し以前より20%増しに冷たくしなければならない」という感じなのだろうか。

ある場所で、「最近は老人が『壁として』振る舞わないからひいては若者が、国家全体が劣化する」みたいな文章も見た。

この場合、例えば何かの会議効率的で実現可能性のあるプラン提案されたとしても、それが年下によるものである場合、内心で納得していても『年上としての責任』で理不尽にも見える拒絶をまずはしなければならない、という感じなのだろうか。

そういう不毛かつ非効率なやりとりをやり、わざわざ文字通りの「老害」(それが演技なのかもわからない)になることを受け入れるのが、「相応しい加齢」の妙だというのだろうか。

ここまで書いていて、学校なり部活などの人間関係で(創作などでも時たま現れる)「実はあなたを思って『冷たく』『厳しく』接していた」「(上司教師や親の)理不尽な行いも実は成長を願って行われていた」とか、ああい不毛な振る舞いのことを思い出した。

こういうものってそもそもどうやって外部から具体的に、「観測」するのだろうか?(観測という言いかたが正しいのかも分からないが)

昔のいろいろな作品にも出てくるが、創作として描かれるにしても当時は「それが相手に受け容れられていた」「感受されていた」ことが前提になる。

まり、50年前の時点でも、「他人に当たり散らすだけの・利己心の『パワハラ老害」と、「人のためを思って行う愛の鞭好々爺」的なことは区別されていたはずだが、現実の様々な事例を見る限りそんな区別は実際には通用しているように見えない。

少なくとも現時点での私の結論は、「年齢なんかに縛られず好きに生きようぜ」、である

70歳の老人が盆栽をいじってもガンプラをいじっても少女漫画を読みふけっても問題ない。20代のいる飲み会に70代が参加しても問題ない。

それを「あれは相応しい加齢をしていない」「若者はむしろ迷惑している」という方が問題がある。当事者間に問題があるなら当事者間が解決すればいい。だがSNSなどの風潮は全く関係ない。

自分にとっていい加齢を決めるのは自分である

anond:20251215160705

ヒトが他動物を捕食することは問題なくて

熊がヒトを捕食することが問題となるのは

遺伝子レベル生存戦略による判断の結果であり

利己であるほかないだろう。

ヒトは自らの遺伝子が脅かされない状況においてのみ

「熊が殺されてかわいそう」とつぶやくのであり

熊とヒトとが互いの生存戦略に基づいて然るべき行動を

選択するほかない

2025-12-13

気づき

基本的に善人だけれど本質利己的な人

②善人であり利他的な人

邪悪であり利他的な人

邪悪であり利己的な人

人間は②か④に分類できると思ってしまいがちだけど、最近①とか③の人って案外多数派なんだよなと思う

というか、多くの人は①だ

2025-12-12

美人百花系の女

社会において、特に男性中心の企業文化において一番強い女ってどんなんだと思う?

バリバリ働いて役職に就いた女か。

ベテランの人脈で社内の空気支配するお局か。

営業成績が一番良いやり手か。

一番若い女か。

どれでもない。

最強なのは美人百花系の女だ。

美容コストをかけており、華奢で細く、Eラインが整っており、頑なにスカートワンピースしか着用せず、まつパをしており、シースルーの前髪で、サイドバングを作っており、色白で、清楚系のメイクをしている女。

それが一番強い。

そういう女を嫌いなおっさんはいないのだ。

そして部署内で決定権を持つのおっさんである

同じ部署にいる一番偉い女でも、おっさんよりは偉くない。

おっさんが全てを握っているのだ。

もちろんコンプライアンス上、露骨給料を上げるなどはしない(できない)が、お気に入り美人百花女の前ではヘラヘラデレデレ相好を崩し、情報を伝え、書類に残らないような事で便宜を図ってやるのだ。

そして気づくと、社内にいるのは二種類の女になっている。

おっさんお気に入りの女と、それ以外」

おっさんお気に入られてない女の間にも能力差、パワーバランスなどは存在するが、全員が有象無象みたいなものだ。


意外かもしれないが、美人百花女は他の女たちに嫌われる事はあまりない。というか、「こういう女を嫌いだと言ったらまず間違いなく嫉妬ややっかみだと思われる」という暗黙の了解のもと、誰も「あの人ってさあ……」とは言い出せずにいる。

容姿の良さとは、人を黙らせる一種権力なのだ

そうして美人百花は一人勝ちをする。

おっさんに甘い声で対応し、おっさんちゃん付けで呼び、おっさんをデレデレさせている彼女が、実際は何を考えているかはわからない。

自分の事を「うまくやっている」と思っているのか、そういうわけでもないのか。

どうなんだろう。


これはただの偏見だが、美人百花女はしれっと嘘をつくのが異常に上手い。


私はある美人百花女に目の前で傘を盗まれたことがあるのだが、全く悪びれず、自然に私の傘を持ち去るので驚いた。呼び止めると「えっ……?」と、心外そうに目をきゅるきゅるさせてキョトンとしていた。

「これ最初から私のですけど?」みたいな顔だった。

それが良いかいかはともかく(窃盗犯罪だが)利己的な立ち回りにも後ろ暗さを感じさせないのだ。

これもまた容姿の力なのかもしれない。

女たちは、美人百花女を嫌うことができないために、ヘイトおっさんに向ける。

まあでも、そのヘイト妥当ものだ。

能力や貢献度ではなく、おっさん個人の好悪によって便宜を図られる者と図られない者が出てしまうというのは不公平だし、そうして暗に評価をされるのも不愉快ものだ。

会社キャバクラじゃねえんだぞ。

 

しか露骨もので、美人百花女とすっぴんの顔立ちのレベルはおそらく同じでも、浅黒く日焼けしたスポーツ趣味の女や、ブリーチしてる派手髪女はおっさんのお気には召さないのだ。

メイクファッションも、東京カレンダーに載ってるような美人百花系の女でなくてはいけないし、髪の色が明るすぎてもいけない。

あくまで清楚でなくてはいけないのだ。

こう書いてみると結局妬みややっかみ、美人に対する偏見になっている気もするが、かといって我々(非オキニの女ども)は別におっさんお気に入りになりたいわけではないということは強調しておきたい。

これは権力私物化するおっさんと、そういうおっさん権力を持つ環境適応して己を利する女と、その影響でギスギスしてゆく組織の話である

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