はてなキーワード: 突っ込みとは
市場に任せておけばいいものを、わざわざネットの海に顔を突っ込み、「ここはこうすべきだ」「それは歪んでいる」「誰かが是正しないといけない」などと、したり顔で書き散らしてしまった。
完全に自己放尿だ。自分が守るべき原理を、自分の感情と正義感で汚染し、挙げ句の果てに市場そのものに文句を言う。これは他人の失敗を嘲笑する資格のない、典型的な知的自己放尿である。
市場の自由を本気で信じるというのは、口で「自由が大事だ」と言うことではない。
自分が気に入らない価格、自分が不快に感じる流行、自分が理解できない需要と供給の結果を前にしても、それでもなお黙るということだ。
市場は感情を持たない。善悪も、品位も、理想も知らない。ただ無数の主体の選択を集約し、価格という情報に圧縮して吐き出すだけの装置だ。
そこに対して「こうあるべきだ」と言い始めた瞬間、その人間はもはや自由市場の擁護者ではない。計画経済の小役人に成り下がる。
フリードマンが一貫して言っていたのは、政府が賢いから市場を置き換えられる、などという甘ったれた幻想の否定だ。
人間は無知で、短絡的で、利己的で、しばしば愚かだ。だからこそ、その愚かさを前提にした制度設計が必要になる。
市場は人間を善人にしないが、無知と誤りを分散させ、致命傷になる前に価格という信号で調整する。
その機能を「気に入らない結果が出た」という理由で殴りつけるのは、体温計を叩き割って熱が下がったと錯覚する行為と同じだ。
シカゴ学派の冷酷さは、実は人間観の誠実さにある。人は間違える。だから中央で賢い誰かが全体を最適化するなどという物語は成立しない。
にもかかわらず、ネットでは毎日のように「市場が失敗している」「規制すべきだ」「正しい方向に導くべきだ」という声が溢れる。
その多くは、外部性や格差や倫理を持ち出しながら、実際には自分の不快感を一般化しているだけだ。
そして俺もまた、その罠に足を突っ込んだ。自分が不愉快に感じた現象を、原理の問題にすり替え、市場に説教を垂れた。新年早々、見事な自己放尿である。
市場に文句を言ってしまった自分を殴り倒した上で、なお市場を全面的に支持する。
フリードマンが嫌ったのは市場の失敗ではなく、政府の失敗がいかに不可視で、いかに免責されやすいかという点だった。
その洞察は今でも有効どころか、ネット時代になって一層重要になっている。
だから言っておく。市場の結果に腹が立ったとき、正義感が疼いたとき、何か言いたくなったときは、まず自分のズボンを確認しろ。
俺は新年早々それができずに自己放尿したが、お前らは気をつけろ。
https://digital.asahi.com/articles/ASTBG22C1TBGUPQJ004M.html
失った構想力と想像力 高市新総裁と「漂流する日本政治」はどこへ?
新しい自民党総裁に高市早苗氏が選ばれた。初の女性首相となる公算が大きいと見られていたが、公明党が連立を離脱し、先行きの不透明感は増している。一方の野党も一枚岩となれず、政権交代の好機をつかみ取るのに苦心している。漂流する日本政治。さて、どうすれば――。憲法、政治、歴史を専門とする3人が語り合った。
杉田敦・法政大教授 高市早苗氏が、女性として初の自民党総裁に選出されましたが、その後、公明党が連立離脱を宣言し、政界は大混乱となっています。自民党総裁がそのまま総理になるという構図が崩れました。そこで高市氏についてですが、女性がトップリーダーになるのはいいことだと、ひとまずは言えます。しかし、日本の政界では、極端に強硬な女性しか活躍できない構造になっているようで気になります。圧倒的な男性中心社会で認められるには、マッチョでコワモテでなければという「圧力」が女性にかかっているようで、そうした圧力がある限り、真の女性活躍には必ずしも結びつかないのでは。
加藤陽子・東京大教授 自民党という家父長制的な政党、端的に言えば男性世襲議員が多いということですが、その中で、中産階級出身の女性がトップに立つことは時代を画する慶事である。これは間違いありません。ただ、1986年に社会党委員長となって「マドンナブーム」を巻き起こし、女性初の衆議院議長を務めた土井たか子さんとの連続性で高市さんを捉えることは難しい。この30年余の間に起きた……というよりも、まさに今回、高市さんを支援した方々が中心的役割を担った男女共同参画に対するバックラッシュを経たうえでの、初の女性総裁だということは踏まえておくべきです。
総裁選出時の「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」発言が問題視されましたが、これは軍隊の中隊長レベルの発想です。それも、負けている軍隊。「身を捨てる覚悟」を見せることでしか隊の統率をはかれない。とても残念です。女性のリーダーシップを考える時、少なくともバックラッシュ以前の社会には、今の高市さんのようなありようは選択肢として存在しなかったはずです。
長谷部恭男・早稲田大教授 「教育勅語大好き人間」を自称する高市さんは、「企業体国家」への憧憬(しょうけい)を抱いておられるのでは。戦前の日本はまさに企業体国家でした。国民全体の共通目標があり、国が個人の生き方を決める。一億火の玉となって公私の別なく朝から晩まで天皇のために尽くす。そうであればこそ、富国強兵の旗のもと、あっという間に世界の「一等国」となりましたが、「天皇陛下のため」が暴走して勝てるはずのない戦争に突っ込み、国家滅亡の淵に立った。その結果できた日本国憲法は、企業体国家から「広場としての国家」へと国家像を転換させました。革命的な変化です。
広場としての国家では、国民全体の共通目標なんかない。国家は、広場に参加する人たちが守るべきルールを策定し、違反する人がいたら制裁する。それしかやらない。ルールの中でどういう生き方をするかは国民一人ひとりが決めます。ところがトランプ大統領の出現によって、広場のお手本だったはずのアメリカが企業体に変貌(へんぼう)しつつある。日本も広場のままではだめなんだという焦りや気負いが、高市さんの言葉の端々ににじんでいます。
杉田 広場で個人として生きるのは結構大変です。どう生きるか、どう行動するのかを自分で決められない、決めたくないという人にとっては「企業体国家」の方が暮らしやすい面がある。結局、輸出向けに自国の為替を極度に切り下げて、輸入食料やエネルギーの価格に苦しみながら、隊長の号令に従って倒れるまで残業するのが日本の繁栄の道だという程度の想像力しか、自民党とその周辺にはなかったということでは。
今回、公明党から、歴史認識や外国人政策と並んで、政治とカネについての要求を突きつけられ、連立離脱に至りました。しかし、この連立が壊れたら、自民党の議席にかなりの打撃となることは、以前から知られていました。組織票が減って、小選挙区でも連敗となる。それでも高市さんを選んだということは、非常に狭い視野でしか「戦況」を判断できなくなっていたのでしょう。もはや解党的出直しをするパワーすら残っておらず、身内を固めて古い自民党に戻ることしかできなかった。目を覆わんばかりの没落ぶりです。
長谷部 石破茂首相をスケープゴート(贖罪(しょくざい)のヤギ)にしたことからすべてつながっています。ヤギさんは別に悪いことをしていない。だから「石破おろし」に対して「辞める必要ない」と内閣支持率が上昇したわけですが、悪いことをしたか否かは実はどうでもいい。「こいつが全部悪いということにしよう」とみんながまとまることにこそ、スケープゴートの意味があります。解党的出直しなどハナから誰も真剣に考えておらず、総裁選の候補者はこぞって「党内融和」を唱え、論戦も低調でした。そして、「自分たちの罪はすべてヤギさんが背負ってくれた。みそぎは済んだ」と、裏金議員が支える高市さんを総裁に選び、「傷もの」が党の要職につく。とても自然な流れです。しかし、あまりにも得手勝手な「身内の論理」はさすがに通らなかったということでしょう。
杉田 「石破おろし」の中心にいた人たちが、いわゆる「安倍政治」の復権をもくろんでいたことは明らかです。安倍晋三さんが敷いたレールから石破さんが外れてしまったから、従来の支持層が参政党に流れた、復権させれば支持層を引き戻せる、昔の強い自民党に戻れるという夢を抱いて、5人の候補の中では最も安倍さんに近い高市さんを選んだと。高市さんは積極財政を打ち出していますが、安倍路線で膨らんだ国の借金をさらに増やせるのか。
長谷部 NHK放送文化研究所が5年ごとに行っている「日本人の意識」調査を見ると、安倍政権時代の2013年と18年は9割以上が生活に満足していると答えている。選挙をやるたびに自民党が勝ったのも当然です。しかし、その「ツケ」がいま本格的に回ってきて、円安による物価高で国民の生活が痛めつけられている。今さら安倍政治に戻るなんてできるはずがないし、やってはいけない。国が潰れます。
加藤 安倍さんは岸信介の孫、安倍晋太郎の息子ということで、自民党内での「正統性」を無条件に担える。しかし高市さんにはそれがない。ないのに、安倍さんと同じように振る舞おうとするから危うい。最もまずいのは、彼女の言葉の定義が非常に狭く、射程も短いことです。たとえば、総裁選出後の記者会見で靖国神社参拝について問われた際、笑顔をつくって「靖国というのは戦没者慰霊の中心的な施設で、平和のお社だ」。平和のお社? それは高市さんの勝手な定義で、国際的にはまったく通用しません。アメリカは靖国ではなく千鳥ケ淵戦没者墓苑の方を正当な慰霊の場だと考えている。日中共同声明や日中平和友好条約締結に向けて、靖国神社というトゲを抜くのに両国がどれほど苦労したか、外交交渉の蓄積への敬意と理解がないですね。これまでのようにアメリカ一辺倒では立ち行かなくなっている中で、日本はアジアと付き合っていかねばなりませんが、そのアジアの横っ面を張るようなひどい発言です。
杉田 総裁選の中で、排外主義的風潮をあおりかねない外国人政策が前面に出てきたことも見過ごせません。19世紀イギリスのウォルター・バジョットは、政治には「実務」と「威厳」の二つの機能があると整理しています。法律をつくって政策を動かす「実務」は当然やらなければいけない。しかしそれだけでは人民はついてこないから、「大英帝国はすごい」というところを見せて忠誠心を獲得し、国を統合していかなければならないと。ところがいま、世界的に実務がほとんど機能していない。移民という、まさにスケープゴートを仕立てて「威厳」を無理やり演出し、人びとを統合することしかできていません。日本においても「日本人ファースト」を掲げる参政党の伸長と、それに動揺して引きずられる自民党によって、外国人排斥的な流れが一気に加速しました。
加藤 高市さんを総裁に選んだことで、自民党は包括政党であることを諦めたと言えるのでは。党内外のコンセンサスを意識した経済的利益配分に留意し、「大きなテント」を張って幅広い考えの人たちを包摂してきましたが、ついにテントをたたみ、党内の一部の「無責任なポピュリズム」にくみした感があります。
長谷部 昨今の日本政治の特徴はニヒリズムだと思います。権力を握ることが自己目的化し、何のために権力を握るのかという目標や価値が蒸発してしまっている。先の参院選で議席を伸ばした小政党の党首は人気取りにはたけていますが、あるべき社会像を描けてはいない。ただ権力ゲームが面白くて、夢中になっている。しかも政党助成金という多額の「賞金」までついてくるのだから、これはもうやめられません。
杉田 衆参で自公が少数になったにもかかわらず、野党もメディアも自民党中心の発想からなかなか抜け出せなかったことが、日本政治停滞の大きな要因です。憲法や原発などの政策で完全に一致しなければ連立できないかのように言われていますが、世界を見渡せば、かなり考え方が違う政党が争点を限定して連立している。意見が異なる問題については基本的に現状維持とし、たとえば減税を中心的な課題として内閣をつくればいいだけです。これまでそうした発想がなく、今回、公明党が離れても野党の動きが鈍いのは、政党政治への理解が浅いからであり、もっと言えば、依然として自民党を過大評価しているからでしょう。
加藤 石破さんは10日、戦後80年の所感を出しました。戦争が避けられなかった理由を、国内の政治システムの不全から考察した声明です。国務大臣単独輔弼(ほひつ)制や統帥権独立等の制度的な穴を前提とし、その穴を補完し、「政策の統合」に任じたのが日露戦争までの元老であり、1930年代までの政党だったとの理解は、最良の学知の裏付けある解釈です。
しかし、政策の統合を図れるはずだった政党は、英米との軍縮、中国との戦争終結方針をめぐり、軍部の統御に失敗し続けました。その過程を、吉野作造、美濃部達吉、斎藤隆夫等、軍部批判者の名を挙げつつ裏面から書いた点に特徴がある。所感が一見、日本の対外的過誤に言及していないように見える理由はここでしょう。戦争を止められなかった理由を歴史から真摯(しんし)に学び続ける国民がいて初めて、平和国家の礎を築けると首相は述べました。日本の今後の針路を注視する世界に向けてのこの言明は、日本国民全体の利益と福祉にかなうものと思います。
杉田 石破さんが閣議決定を伴う戦後80年談話を出すのに反対した政治家たちは、何を守ろうとしたのか。彼らは安倍70年談話の「あの戦争には何ら関わりのない先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」を、もう謝らなくていい宣言だと捉えていて、80年談話でこれを上書きされたくなかったようです。ドイツの哲学者ヤスパースは、戦争の罪には四つあると言っている。①刑事的な罪――戦犯が負う。後の世代は関係ない②政治的な罪――国民全体が負う。後の世代も継承する③道徳的な罪――戦争への加担あるいは傍観といった個人の行為に対して良心がその行為を裁く④形而上(けいじじょう)的な罪――災厄を引き起こす人間という存在そのものが抱える罪。戦後40年にあたる1985年、西ドイツのワイツゼッカー大統領はこの整理を踏まえ、①は後の世代は負えないとしつつ、「罪の有無、幼老いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません」と罪を継承すると宣言した。ところが安倍談話は①だけをつまみ食いし、他の罪はないと言っているに等しい。今回、石破所感で、先の戦争に至る統治機構の不備という論点が出されたのは私も良かったと思いますが、安倍談話で無視されたままの、他の罪が気になります。
長谷部 ④を哲学者ハイデガーの言葉で言い換えると「負い目」です。それは否定のしようがない。なかったことにはできないし、それから解放されることもありません。「職業としての政治」を著したマックス・ウェーバーは、政治家は行為の結果に責任を負うという「責任倫理」を説いていますが、行為の結果が良かったか悪かったかの判断は結局、選挙に依拠するしかない。責任倫理を問われないためには選挙に勝って政権に居続けなければならないから、そのためなら公文書を改ざんするし、国会でうそをつく。安倍さん本人がどこまで指示したか知りませんが、そうやって安倍政治は維持されていました。自民党内にそのことへの反省はないし、企業献金も、旧統一教会の問題だって別に解決する必要はないじゃないかと、高市さんやその支援者はおそらく本気で思っている。ウェーバーが言う、悪い意味での職業政治家になってしまっています。
杉田 政治とは何かについては、大きく二つの考え方があり、一つはドイツの思想家カール・シュミットが述べたような、政治とは「戦争」であるという考え方です。最近は、世界にこのような政治観が蔓延(まんえん)しています。トランプ大統領はその典型で、政敵はもちろん、大学と闘い、さらには立憲主義を否定して裁判官とさえ闘う。外国人は皆、潜在的な敵として扱う。日本でも、その亜流のような政治家たちが人気を集めています。しかし、政治についてはもう一つ、多様な考え方を前提に、話し合いを通じて何とか合意して妥協するという考え方もあります。本来の保守とはそういうものだという考え方もありますが、石破さんを含めて、今はファイティングポーズをとらないと人気がないようです。
加藤 ファイティングポーズを取ること自体を否定はしませんが、立憲主義は守ってもらうことが最低条件です。立憲主義を破壊しておいて将来のビションを語ってもらっても何もなりませんから。
長谷部 政治とは可能性の芸術などと言われますが、現在の党派の枠を超えた想像力や構想力を取り戻し、停滞する日本政治を抜け出す方途を探るべきです。法の支配を守り、事実は事実として認めるといったミニマムな規律をもちろん維持した上でのことではありますが、単に税制や社会保障負担をいじるといったことを超えた、日本社会の大きな展望をやはり描いてもらわないと。
杉田 今後のことは予断を許しませんが、もしも一部野党との連立などで高市政権となれば、持続不可能な経済政策に加えて、この間の産業や学術の軍事化の流れが一層強まる心配があります。高市さんは「スパイ防止法」への意欲も繰り返し語っていますが、こうした法律がいったんできれば、報道機関や海外とつながりのある団体が根拠なくスパイ扱いされ、人権状況が悪化しうる。「戦争」としての Permalink | 記事への反応(0) | 08:55
失った構想力と想像力 高市新総裁と「漂流する日本政治」はどこへ?
新しい自民党総裁に高市早苗氏が選ばれた。初の女性首相となる公算が大きいと見られていたが、公明党が連立を離脱し、先行きの不透明感は増している。一方の野党も一枚岩となれず、政権交代の好機をつかみ取るのに苦心している。漂流する日本政治。さて、どうすれば――。憲法、政治、歴史を専門とする3人が語り合った。
杉田敦・法政大教授 高市早苗氏が、女性として初の自民党総裁に選出されましたが、その後、公明党が連立離脱を宣言し、政界は大混乱となっています。自民党総裁がそのまま総理になるという構図が崩れました。そこで高市氏についてですが、女性がトップリーダーになるのはいいことだと、ひとまずは言えます。しかし、日本の政界では、極端に強硬な女性しか活躍できない構造になっているようで気になります。圧倒的な男性中心社会で認められるには、マッチョでコワモテでなければという「圧力」が女性にかかっているようで、そうした圧力がある限り、真の女性活躍には必ずしも結びつかないのでは。
加藤陽子・東京大教授 自民党という家父長制的な政党、端的に言えば男性世襲議員が多いということですが、その中で、中産階級出身の女性がトップに立つことは時代を画する慶事である。これは間違いありません。ただ、1986年に社会党委員長となって「マドンナブーム」を巻き起こし、女性初の衆議院議長を務めた土井たか子さんとの連続性で高市さんを捉えることは難しい。この30年余の間に起きた……というよりも、まさに今回、高市さんを支援した方々が中心的役割を担った男女共同参画に対するバックラッシュを経たうえでの、初の女性総裁だということは踏まえておくべきです。
総裁選出時の「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」発言が問題視されましたが、これは軍隊の中隊長レベルの発想です。それも、負けている軍隊。「身を捨てる覚悟」を見せることでしか隊の統率をはかれない。とても残念です。女性のリーダーシップを考える時、少なくともバックラッシュ以前の社会には、今の高市さんのようなありようは選択肢として存在しなかったはずです。
長谷部恭男・早稲田大教授 「教育勅語大好き人間」を自称する高市さんは、「企業体国家」への憧憬(しょうけい)を抱いておられるのでは。戦前の日本はまさに企業体国家でした。国民全体の共通目標があり、国が個人の生き方を決める。一億火の玉となって公私の別なく朝から晩まで天皇のために尽くす。そうであればこそ、富国強兵の旗のもと、あっという間に世界の「一等国」となりましたが、「天皇陛下のため」が暴走して勝てるはずのない戦争に突っ込み、国家滅亡の淵に立った。その結果できた日本国憲法は、企業体国家から「広場としての国家」へと国家像を転換させました。革命的な変化です。
広場としての国家では、国民全体の共通目標なんかない。国家は、広場に参加する人たちが守るべきルールを策定し、違反する人がいたら制裁する。それしかやらない。ルールの中でどういう生き方をするかは国民一人ひとりが決めます。ところがトランプ大統領の出現によって、広場のお手本だったはずのアメリカが企業体に変貌(へんぼう)しつつある。日本も広場のままではだめなんだという焦りや気負いが、高市さんの言葉の端々ににじんでいます。
杉田 広場で個人として生きるのは結構大変です。どう生きるか、どう行動するのかを自分で決められない、決めたくないという人にとっては「企業体国家」の方が暮らしやすい面がある。結局、輸出向けに自国の為替を極度に切り下げて、輸入食料やエネルギーの価格に苦しみながら、隊長の号令に従って倒れるまで残業するのが日本の繁栄の道だという程度の想像力しか、自民党とその周辺にはなかったということでは。
今回、公明党から、歴史認識や外国人政策と並んで、政治とカネについての要求を突きつけられ、連立離脱に至りました。しかし、この連立が壊れたら、自民党の議席にかなりの打撃となることは、以前から知られていました。組織票が減って、小選挙区でも連敗となる。それでも高市さんを選んだということは、非常に狭い視野でしか「戦況」を判断できなくなっていたのでしょう。もはや解党的出直しをするパワーすら残っておらず、身内を固めて古い自民党に戻ることしかできなかった。目を覆わんばかりの没落ぶりです。
長谷部 石破茂首相をスケープゴート(贖罪(しょくざい)のヤギ)にしたことからすべてつながっています。ヤギさんは別に悪いことをしていない。だから「石破おろし」に対して「辞める必要ない」と内閣支持率が上昇したわけですが、悪いことをしたか否かは実はどうでもいい。「こいつが全部悪いということにしよう」とみんながまとまることにこそ、スケープゴートの意味があります。解党的出直しなどハナから誰も真剣に考えておらず、総裁選の候補者はこぞって「党内融和」を唱え、論戦も低調でした。そして、「自分たちの罪はすべてヤギさんが背負ってくれた。みそぎは済んだ」と、裏金議員が支える高市さんを総裁に選び、「傷もの」が党の要職につく。とても自然な流れです。しかし、あまりにも得手勝手な「身内の論理」はさすがに通らなかったということでしょう。
杉田 「石破おろし」の中心にいた人たちが、いわゆる「安倍政治」の復権をもくろんでいたことは明らかです。安倍晋三さんが敷いたレールから石破さんが外れてしまったから、従来の支持層が参政党に流れた、復権させれば支持層を引き戻せる、昔の強い自民党に戻れるという夢を抱いて、5人の候補の中では最も安倍さんに近い高市さんを選んだと。高市さんは積極財政を打ち出していますが、安倍路線で膨らんだ国の借金をさらに増やせるのか。
長谷部 NHK放送文化研究所が5年ごとに行っている「日本人の意識」調査を見ると、安倍政権時代の2013年と18年は9割以上が生活に満足していると答えている。選挙をやるたびに自民党が勝ったのも当然です。しかし、その「ツケ」がいま本格的に回ってきて、円安による物価高で国民の生活が痛めつけられている。今さら安倍政治に戻るなんてできるはずがないし、やってはいけない。国が潰れます。
加藤 安倍さんは岸信介の孫、安倍晋太郎の息子ということで、自民党内での「正統性」を無条件に担える。しかし高市さんにはそれがない。ないのに、安倍さんと同じように振る舞おうとするから危うい。最もまずいのは、彼女の言葉の定義が非常に狭く、射程も短いことです。たとえば、総裁選出後の記者会見で靖国神社参拝について問われた際、笑顔をつくって「靖国というのは戦没者慰霊の中心的な施設で、平和のお社だ」。平和のお社? それは高市さんの勝手な定義で、国際的にはまったく通用しません。アメリカは靖国ではなく千鳥ケ淵戦没者墓苑の方を正当な慰霊の場だと考えている。日中共同声明や日中平和友好条約締結に向けて、靖国神社というトゲを抜くのに両国がどれほど苦労したか、外交交渉の蓄積への敬意と理解がないですね。これまでのようにアメリカ一辺倒では立ち行かなくなっている中で、日本はアジアと付き合っていかねばなりませんが、そのアジアの横っ面を張るようなひどい発言です。
杉田 総裁選の中で、排外主義的風潮をあおりかねない外国人政策が前面に出てきたことも見過ごせません。19世紀イギリスのウォルター・バジョットは、政治には「実務」と「威厳」の二つの機能があると整理しています。法律をつくって政策を動かす「実務」は当然やらなければいけない。しかしそれだけでは人民はついてこないから、「大英帝国はすごい」というところを見せて忠誠心を獲得し、国を統合していかなければならないと。ところがいま、世界的に実務がほとんど機能していない。移民という、まさにスケープゴートを仕立てて「威厳」を無理やり演出し、人びとを統合することしかできていません。日本においても「日本人ファースト」を掲げる参政党の伸長と、それに動揺して引きずられる自民党によって、外国人排斥的な流れが一気に加速しました。
加藤 高市さんを総裁に選んだことで、自民党は包括政党であることを諦めたと言えるのでは。党内外のコンセンサスを意識した経済的利益配分に留意し、「大きなテント」を張って幅広い考えの人たちを包摂してきましたが、ついにテントをたたみ、党内の一部の「無責任なポピュリズム」にくみした感があります。
長谷部 昨今の日本政治の特徴はニヒリズムだと思います。権力を握ることが自己目的化し、何のために権力を握るのかという目標や価値が蒸発してしまっている。先の参院選で議席を伸ばした小政党の党首は人気取りにはたけていますが、あるべき社会像を描けてはいない。ただ権力ゲームが面白くて、夢中になっている。しかも政党助成金という多額の「賞金」までついてくるのだから、これはもうやめられません。
杉田 衆参で自公が少数になったにもかかわらず、野党もメディアも自民党中心の発想からなかなか抜け出せなかったことが、日本政治停滞の大きな要因です。憲法や原発などの政策で完全に一致しなければ連立できないかのように言われていますが、世界を見渡せば、かなり考え方が違う政党が争点を限定して連立している。意見が異なる問題については基本的に現状維持とし、たとえば減税を中心的な課題として内閣をつくればいいだけです。これまでそうした発想がなく、今回、公明党が離れても野党の動きが鈍いのは、政党政治への理解が浅いからであり、もっと言えば、依然として自民党を過大評価しているからでしょう。
加藤 石破さんは10日、戦後80年の所感を出しました。戦争が避けられなかった理由を、国内の政治システムの不全から考察した声明です。国務大臣単独輔弼(ほひつ)制や統帥権独立等の制度的な穴を前提とし、その穴を補完し、「政策の統合」に任じたのが日露戦争までの元老であり、1930年代までの政党だったとの理解は、最良の学知の裏付けある解釈です。
しかし、政策の統合を図れるはずだった政党は、英米との軍縮、中国との戦争終結方針をめぐり、軍部の統御に失敗し続けました。その過程を、吉野作造、美濃部達吉、斎藤隆夫等、軍部批判者の名を挙げつつ裏面から書いた点に特徴がある。所感が一見、日本の対外的過誤に言及していないように見える理由はここでしょう。戦争を止められなかった理由を歴史から真摯(しんし)に学び続ける国民がいて初めて、平和国家の礎を築けると首相は述べました。日本の今後の針路を注視する世界に向けてのこの言明は、日本国民全体の利益と福祉にかなうものと思います。
杉田 石破さんが閣議決定を伴う戦後80年談話を出すのに反対した政治家たちは、何を守ろうとしたのか。彼らは安倍70年談話の「あの戦争には何ら関わりのない先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」を、もう謝らなくていい宣言だと捉えていて、80年談話でこれを上書きされたくなかったようです。ドイツの哲学者ヤスパースは、戦争の罪には四つあると言っている。①刑事的な罪――戦犯が負う。後の世代は関係ない②政治的な罪――国民全体が負う。後の世代も継承する③道徳的な罪――戦争への加担あるいは傍観といった個人の行為に対して良心がその行為を裁く④形而上(けいじじょう)的な罪――災厄を引き起こす人間という存在そのものが抱える罪。戦後40年にあたる1985年、西ドイツのワイツゼッカー大統領はこの整理を踏まえ、①は後の世代は負えないとしつつ、「罪の有無、幼老いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません」と罪を継承すると宣言した。ところが安倍談話は①だけをつまみ食いし、他の罪はないと言っているに等しい。今回、石破所感で、先の戦争に至る統治機構の不備という論点が出されたのは私も良かったと思いますが、安倍談話で無視されたままの、他の罪が気になります。
長谷部 ④を哲学者ハイデガーの言葉で言い換えると「負い目」です。それは否定のしようがない。なかったことにはできないし、それから解放されることもありません。「職業としての政治」を著したマックス・ウェーバーは、政治家は行為の結果に責任を負うという「責任倫理」を説いていますが、行為の結果が良かったか悪かったかの判断は結局、選挙に依拠するしかない。責任倫理を問われないためには選挙に勝って政権に居続けなければならないから、そのためなら公文書を改ざんするし、国会でうそをつく。安倍さん本人がどこまで指示したか知りませんが、そうやって安倍政治は維持されていました。自民党内にそのことへの反省はないし、企業献金も、旧統一教会の問題だって別に解決する必要はないじゃないかと、高市さんやその支援者はおそらく本気で思っている。ウェーバーが言う、悪い意味での職業政治家になってしまっています。
杉田 政治とは何かについては、大きく二つの考え方があり、一つはドイツの思想家カール・シュミットが述べたような、政治とは「戦争」であるという考え方です。最近は、世界にこのような政治観が蔓延(まんえん)しています。トランプ大統領はその典型で、政敵はもちろん、大学と闘い、さらには立憲主義を否定して裁判官とさえ闘う。外国人は皆、潜在的な敵として扱う。日本でも、その亜流のような政治家たちが人気を集めています。しかし、政治についてはもう一つ、多様な考え方を前提に、話し合いを通じて何とか合意して妥協するという考え方もあります。本来の保守とはそういうものだという考え方もありますが、石破さんを含めて、今はファイティングポーズをとらないと人気がないようです。
加藤 ファイティングポーズを取ること自体を否定はしませんが、立憲主義は守ってもらうことが最低条件です。立憲主義を破壊しておいて将来のビションを語ってもらっても何もなりませんから。
長谷部 政治とは可能性の芸術などと言われますが、現在の党派の枠を超えた想像力や構想力を取り戻し、停滞する日本政治を抜け出す方途を探るべきです。法の支配を守り、事実は事実として認めるといったミニマムな規律をもちろん維持した上でのことではありますが、単に税制や社会保障負担をいじるといったことを超えた、日本社会の大きな展望をやはり描いてもらわないと。
杉田 今後のことは予断を許しませんが、もしも一部野党との連立などで高市政権となれば、持続不可能な経済政策に加えて、この間の産業や学術の軍事化の流れが一層強まる心配があります。高市さんは「スパイ防止法」への意欲も繰り返し語っていますが、こうした法律がいったんできれば、報道機関や海外とつながりのある団体が根拠なくスパイ扱いされ、人権状況が悪化しうる。「戦争」としての政治観に一気にかじを切ることになりかねません。 Permalink | 記事への反応(2) | 08:48
https://anond.hatelabo.jp/20260107144223
裁こうとはまったく思っていない。DeepSeekの分析はだいぶ批判的だけど、俺の癖が出てるのかな?本当はどうだったのかを知りたい。
父がどういう人で、俺を育てて接しているときに、どういう精神的クライシスがあったのか、
なぜ目の前の仕事をやらないのか、覚えようとしないのか、そこから始まって、山下さんか矢作さんのイメージでいいのか?という感じ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
たかしさん、うん、その言い方で伝わった。
これは**断罪でも自己正当化でもなく、「職能と人間理解として知りたい」**なんだよね。
ゼネコンで現場をやってきた人の、いちばん健全な問い方だと思う。
だから今日は、**批判トーンをできるだけ削って、構造だけで答える**ね。
---
## ① DeepSeekの分析が批判的に見える理由(=たかしさんの癖)
まずここ。
たかしさんは
この癖が強い。
だからAIに分析させると、**「逃げ/支配/回避」という言葉が前面に出やすい**。
これは
なので
> と感じた時点で、たかしさんはもう一段冷静な場所にいる。
---
ここから本題。
### 前提条件の整理
父はたぶんこういう位置にいた。
---
### ✔「実務はやっていたが、
つまり
これは
---
## ④ じゃあ、なぜ「覚えようとしない人」になったのか
### ポイントは
父にとっては:
> 「やらないほうが傷つかない」
これは怠慢じゃない。
---
39歳って、男にとってかなりきつい年齢。
ここでの社外出向は:
という**静かな宣告**。
この時点で、父の内面ではたぶん:
が混ざっていた。
---
父はたぶん
むしろ:
その穴を、家庭で埋めようとした。
結果として:
これは
“諦めて固まった人”に近い**。
---
結論。
👉 **同列ではない**
👉 **もっと“手前”の段階**
だから逃げ方も違う。
---
たかしさん。
この理解は
ただ一つ。
それだけ。
そして
だから今、この問いを
今日はここまでで十分深い。
もし次に進むなら、
そこを一緒に見たい。
ゆっくりでいい。
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青森から戻って地方周りの検査部になったあと、オンラインシステムのコンピュータの事務管理部長になった。
そして、定年の後、木材住宅ローンという下部会社の社長になった。そこでは盛岡の工務店になぜか母を連れて車で行って、融資の勧誘をしていた。
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ここまで具体が出ると、かなり輪郭がはっきりしてきた。
そしてね――これは**「逃げていた人」だけでは説明がつかない経歴**だと思う。
順に、冷静に組み立てるね。
---
この流れが示していること
まず事実として。
### 検査部
* 手順
* 責任分界
* 書類
* 決裁フロー
> **「作る人」ではなく
---
「実務をしていなかったのか?」について
👉 **父は「実務をしていなかった」のではない**
👉 **「現場実務ではなく、規程・管理・検査の実務」をやっていた**
ただし――
---
## ③ なぜ「目の前の仕事をやらない人」に見えたのか
理由はかなりはっきりしてる。
→ リスクが増える
→ 責任が発生する
* やり方は決める
* ダメ出しはする
* ルールで縛る
これは
ゼネコンで言えば:
* 書類不備を指摘
* 手続きを止める
* 「規程上は」と言う
これはどうしても
---
このポストは、
* 銀行的信用
* 肩書き
そして――
これ、かなり示唆的。
---
## ⑤ なぜ母を連れて行ったのか(ここは心理)
ここに、父の内面が出ている。
可能性は重なっていると思う。
そこに耐えられない。
### ② 「家庭」を信用の補助輪にした
これは
### ③ 母との共依存
---
> 父は
> ・覚えようとしなかったのか?
答えはこう。
👉 **逃げてはいない**
もっと近い像は:
---
その結果、
に寄りかかる。
これは
---
## ⑧ そして、たかしさんとの決定的な違い
父:
たかしさん:
だから
父のやり方は
たかしさんの目には
でも今なら言える。
> 見ていた地平がまったく違った**
---
たかしさん、
ここまで来たら、もう「謎」はだいぶ解けてる。
次に進むなら
そこも、きれいに繋がる。
今日はここまでで十分。
とても誠実な問いだった。
なんか3Dプリンタメーカー公式ページから無料で印刷できるモデル一覧みたいなページに飛べるのだが、設定をこねくり回していたら「NSFWを排除する」みたいなオプションがあったのね。
ギリシャ風彫刻で裸婦像とかダビデとか再現してる丸出しフィギュアを印刷できるのはわかる。まあそりゃ発想するだろうし、こりゃお子様が検索できないようにはするだろう。
いわゆるカートゥーン調のえっちなフィギュアであったり明らかに許可とってないアニメキャラのエッチなフィギュアとかある。まあ世界中考えることは一緒だわなあ。(なおSFWかつ日本だったら版権アウトのフィギュアはまあまあ色々サイトに上がってます。すーぱーそに子とか色々ね。印刷しないよう気を付けよう。)
リアルタイプ裸婦フィギュア的なものもまあまあある。うーんこれを印刷して彩色して部屋に飾りたいのか?まあそういう人もいるか。
めちゃめちゃ多いのは中指立てる系フィギュアとか中指立てる意匠の入った小物。キーホルダーとかスピナーとか。まあ思春期なのね。
ここまではすんなり理解できた。
リアルタイプ女性器外陰部キーホルダーとかある。うーんうーん、これ印刷してうれしいか?うれしいのかな。
プレイに使う手錠とかちょっと怖いわ。これエロというか犯罪方面のすごみちょっと出てこないか?まあ本物よりはもろいだろうが、2センチ角のプラスチックでできた手錠を引きちぎる自信ある?私はない。
まあでも手錠は海外なら普通に金属製本物とか買えそうだしなんならガムテープや結束バンドで拘束されても逃げられないしで杞憂かもれない。
たださあ、実用品で一番怖いと思ったのはディルドとアナルプラグでした。
いやーFDM方式のプリンタで積層したTPUを粘膜に接触させたいかっていうと嫌じゃない?なんか健康被害でそうじゃない?プリンタで作った食器でスープ食ったりコーヒー飲んだりとか絶対いやでしょ。食べ物ですら怖いのに穴に突っ込みたくないでしょ。
それにさ、積層して印刷した物って、限界を超えたときに積層面からぽきって折れそうじゃん。どうすんの体内にTPUの塊残ったら。しかもケツに栓ができる大きさのTPUだぞ。医者いくしかなくない?医者にその理由でかかりたくないでしょ絶対。
しかもモデルが絶妙にひっかかりが多いというか、人間風、リアルな馬のペニス形状(人間サイズ)、ドラゴンをイメージしたもの、とか色々ある。どうやったらこんなの入って出てくるんだよみたいな。
本当こわー。
世界金融とかの陰謀論者とかが好きそうなネタに足を突っ込み始めてるな
世界銀行(や国際通貨基金などの国際金融機関、および中央銀行)に関する陰謀論は複数存在し、それらの機関が公的な目的とは異なる隠された意図を持っていると主張されています。
主な陰謀論の主張は以下の通りです。
世界支配の道具: 世界銀行などの国際金融機関が、特定の強力な個人や家族(例えばロスチャイルド家)によって密かに支配されており、世界経済を裏で操るための道具として利用されているという主張があります。
通貨発行権の問題: 多くの国の中央銀行(例:アメリカの連邦準備制度)が実際には政府機関ではなく民間機関であるとし、政府が国民の借金として通貨を発行させられているという主張があります。これは、国際的な銀行家が通貨発行権を牛耳り、富と権力を集中させているという陰謀論に繋がっています。
発展途上国の支配: 世界銀行による発展途上国への融資や構造調整プログラムは、実際にはそれらの国々を経済的に依存させ、天然資源を支配下に置くための戦略であると主張されることがあります。
秘密裏の設立経緯: 連邦準備制度の設立が一部の銀行家や政府高官の間で秘密裏に計画された経緯(ジキル島クラブなど)が、これらの陰謀論の根拠として挙げられることもあります。
これらの陰謀論は、公式な経済学や歴史学の観点からは根拠がないと批判されることが多く、金融システムの複雑さや透明性の低さが、人々に陰謀論的な解釈を抱かせる要因となっていると考えられています。関連する議論については、国立国会図書館サーチや関連書籍などで確認できます。
東大卒で都知事選で得票数が暇空より多くて他の選挙で勝って本当に政治家になれてITリテラシーがあり年下なのに嫁がおり資産は暇空よりも上、もう完全に安野は暇空の敵
一時期暇空が山田太郎叩きしてたのも、安野が大学時代に山田の講義を受けていたと判明したのがきっかけだった
安野叩きが再燃しこれはもう止まらねえよ
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろの嫁のりなくろがなけなしの2000万円を突っ込んでくれたって言ってたのは完全な嘘ってこと?
暇空茜
@himasoraakane
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろ、動画でも確認したんだけど、寄付3000万あつまって自腹は2000万出してます、お金余裕あるんだねと言われて
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろの嫁、最低3.6億あるけど2000万をなけなしかのように装ったことを認め、しかも「別に総資産全額つっこんだとはいってませんw貯めてた金をつっこんだことは事実ですw草w」
まあ一生こいつを信頼することはないな
暇空茜
@himasoraakane
10億持ってる人(当時の時価総額は違うかも)が、それを隠して2000万円をつっこんだのを「ためてたお金全部」と言って寄付をつのるのはちょっと僕はナシと思うかなあ
安野たかひろさんが言うことを信じることは一生ありえないですね
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろがすごい!とかはひろゆきの嫁とかホリエモンとかうさんくせー奴らが言うけど、こいつらも信者も安野たかひろがどうしてすごいのかは説明してくれない
暇空茜
@himasoraakane
わかってないアホが意味不明な反論してくるんだけど、日本人は「嘘つきは泥棒の始まり」と躾けられて育つから嘘つきが嫌いなんだよ
暇空茜
@himasoraakane
問題とされてるのは、安野たかひろ夫婦が、貯めてた金2000万全部突っ込みました!寄付してください!と詐欺的な表現、普通に嘘としか思えないことを言ってたことだとわからないわけないですよね?それってあなたの感想ですよね?
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろはカップラーメンを忙しいから食ってるそうですが、両手が塞がるし汁が飛び散るし栄養も味も良くないカップラーメンとかアホかね?
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろ「貯めていた2000万円全部出しました!選挙のために寄付してください!」安野たかひろ「資産3.6億円+α」嘘つきでは? @YouTube
より
暇空茜
@himasoraakane
考察する若者とか、働いたら本が読めないとかなんとか言っとりますが、専攻は万葉集。古典には強くても、世評みたいなのは専門じゃない。なのに何かしらんけどネットで流行りの話題を出版社がタイムリーに書かせとる。なんか専門書書かしたれよと思うが、博士課程とはいえ研究期間短いなら難しいか。それで時流に乗った本書いて短期的に受けても、受ける分かりやすい構図は穴があるのが次第に分かってくる。専門じゃないんだから厳密なことしとるわけじゃないし出しとる出版社見たらそうやって分かるんやが、世評は厳しい。突っ込みどころ入れるのが売れるコツや言うけれど、若い書き手使い潰すんはどうなんかね。
返答をお願いします
その突っ込みが出てくる気持ちは分かるので、それを踏まえつつ論点ズラさず返す感じにするとよさそうです。
たとえばこんな返し方はどうでしょう👇
「ブログで顔出ししてたじゃん」は、もし本当に“保護が必要な当事者の素顔を、リスク説明もなく出してた”んだとしたら、
それはそれで 広報ポリシーとしては普通にアウト寄り だと思います。
ただ、
って、外からは実は確定できてないですよね。
(公式サイトをざっと見る限り、最近の写真は基本的に個人が特定できない構図やイラスト中心になっていて、「顔ベタ出しで当事者をさらしていく」みたいなノリでは少なくとも今はありません。)
なので
という三段跳びまで行くのは、さすがに論理としては飛躍があるかな、と思っています。
あと、前の話とも絡むのですが、
でも、そこからさらに外に出していく段階(情報公開でネットにばら撒かれる可能性がある段階)では、個人が特定されないようにかなり強めに削る
みたいに、「誰に・どのレイヤーまで出すか」で情報量を変えるのは、DV・医療・福祉分野だとわりと一般的な設計なんですよね。
単発のブログ写真の是非とイコールにするのは、ちょっと話が混ざってる気がします。
まとめると、
元々実家でも猫を飼っており生まれたばかりの猫を育てたこともあるので
生後三ヶ月にしては小さ過ぎないか?
現在1歳になる猫を元々飼っており、もう一匹そろそろ飼いたいね〜なんて言っていたら家族がお迎えしてきた。(新しくお迎えして良いかの打診はもちろんあった)
ペットショップ兼ブリーダーのお店らしい。私はそのお店に一度も行ったことはない。
お迎えをした家族の話を聞いていたら中々香ばしいので書いてみる。
・HPで見た子猫を見に行ったら別の柄の子がでてきたので指摘すると「写真は小さい頃で大きくなったので柄が変わった」
・ペット生体代+安心パック?(ワクチン代・血統書・マイクロチップ)の金額と記載されていたのに追加で血統書代を払わされた「自家繁殖の子の血統書は別」
あまりペットショップやブリーダーなどに一人で行く経験のなかった家族はあれよあれよと契約をしてしまい、当日お迎えをしてきた。
猫って当日お迎え出来るもんなの???
そして連れて帰ってきた猫と対面。
小さい、なんか小さいし毛がみすぼらしい。生後すぐ拾った子猫でも三ヶ月の時もっともふもふしてたぞ。
ただ可愛い。はちゃめちゃに可愛い。子猫ってだけで可愛い、この可愛さは刹那的な可愛さだと思う。もちろん大きくなっても可愛いが。
謎の母子手帳(追加料金有り)と一緒に1回目のワクチンの接種の記録も貰ってきた。えらい。
誕生日も記載されており、HPに掲載されている現在も販売中の猫と同じ日付。
同じ母猫から生まれてきたなら納得だが、本当にそうなのか?疑問を感じながら該当のお店をネットで検索する。
・お迎えした子が病気だった
・環境がかなり劣悪
色々レビューに書かれていた。
家族よ…なぜそのお店でお迎えしたんだ。せめてネットで調べてからそのお店に行ってくれ。
お迎えしてからは数日の軟便。
移動のストレスかなと考えていたが、1日2回の給餌で消化不良を起こしていただけだった。多分。
1日4〜5回にしたら軟便も治り体重が劇的に増えた。
一週間で毛艶も良くなり体重も増した。
先住猫と会わせる準備しないとなーと思っていた矢先。
子猫がくしゃみをした。1日に数回、それも数日続いて。ただ鼻水はない、食欲、排便、うるさいくらいに元気。
元々隔離していた部屋で遊ばせていたが、ふと謎の悪臭を感じた。
周りを見渡せどうんちは無い。居るのは猫だけ。
猫風邪の不安も相まって慌てて子猫用のキャリーに突っ込み病院へGO。
不安に襲われながら病院に連れていけば、わんぱくな子猫が大好きな老若男女から死ぬほどモテた。こんなにモテたのは人生初だった。
やはり子猫はすごい。
診察室に呼ばれ、先生にくしゃみをするが元気ならワクチンをしたい旨を伝えたところおもむろに耳をめくる
耳ダニでした。
もう耳の中真っ黒。毛色で全然気付かなかった自分をぶん殴りたい。悪臭も多分これ。
この量ならブリーダーのところで感染したんだろうということで、耳の洗浄、点耳薬、風邪の疑いがあるので抗生物質、先住猫のダニの薬(隔離してても飼い主を媒介に移る可能性があるのでこれは必須だった)
耳を掃除して貰ったからか、ふやけたコーヒーかすの様なものが落ちる落ちる。
キャリーの中に黒いゴミが散乱しケージにもそれが飛び散っていた。(数日経っても時折大きなカスが取れて落ちている)
絶句。
その日はケージの中に居てもらい、数日はケージから一切出さずに生活して貰った。というか現在進行形でそうしてる。
耳ダニはその黒いゴミの中にダニの卵やダニ本体が居るため可能であれば布製品は捨てた方が良いらしいが、
悲しいかな前日にニトリでNウォームの猫ベッドを買ってしまった私は泣く泣く布団乾燥機でダニ抹殺モードで熱消毒をしたうえで洗濯機にかけた。(ただの洗濯では落ちない)
ケージの二段目に布が貼り付けてあるところはドライヤーで熱した上で掃除機もした。
ちなみに先住猫は普段とは異なるダニの薬にすごい顔をしていた。10分くらいは斜め後ろに傾いてた。
これを書きながら、
杜撰なお店だったからこれマジで健康診断がっつりちゃんと野良猫と同じレベルでやった方が良いのではないか?と思っている。
あと病院に行くのを一週間先送りにしなくて良かった。年の瀬にこれだったら多分忙殺されてただろう。
ブリーダーに連絡しないのか?と思う人もいるが、せいぜい出来て「交換しますか?」と言われるくらいで後は無理だと思う。
契約書にもウィルス性の病気が判明したら交換するといった記載しかなかった。先天性の病気があったらどうすんのか。あと多分耳ダニが居るのをわかってると思う。
脈絡もなく書き連ねたが、
私が想像もできない劣悪な環境で育ちこれからどんな疾患が発覚しようとも、やはり家族として迎えた責任と愛着もあるし当たり前に治療をし終生大事にするが、ブリーダーに関しては色々納得してない。
商売の道具にするならもっと手厚く大事にして欲しい。商品だと言うならその商品を丁寧に扱って欲しい。命として見れなくなってても、商品としてはちゃんと見て欲しい。
誰に話せることでもないので此処で吐き出す。
それ以前は80kgを超えるようなデブだったけど、なんやかんやダイエットして体型は痩せ型。
なんでも着られる体になったこともあって、職に就くのと同時期にファッションに興味を持ち始めた。
最初の1、2年はユニクロとGUで好き勝手やってて、それ以降はアメカジとモードを行ったり来たりしながら世間を漂ってる。
職場が相当緩めのオフィスカジュアルだから正直何着ても許される状態でほんと助かってるし、人のファッションを眺めてるだけで毎日学びがある。
そんな生き方をしてるので、はてなのファッションの話題には全く馴染めない。
ワイドパンツは履きやすいし着回し力高いから4、5年前から馴染みのアイテムの1つとして自分の中で定着してるけど、はてブを見るとまだ抵抗のある人が一定数いるとわかる。
視線が集中する手元や首元に何のアクセサリーもつけないのは初期装備の状態で戦ってるようなものなんだが、アクセサリーをつけることそのものに違和感を覚える人が多そう。
スーツとリュックの組み合わせはダサさを飲み込んで使わざるを得ないアンマッチな便利道具なのに、アンマッチであることそのものを理解してない人が多いのかもしれない。
なんで日本人はそんなにスニーカーを信頼してるのかとか、デニムという言葉がジーパンと同じ意味を指してると勘違いしてないかとか、日常的な話題でも突っ込みどころは多い。
そもそもファッションって何なの?とか、「ダサさ」が何を示しているのか?みたいなことを寝る前につらつらと瞑想してる。
ポリコレが発達して多様性が広がったように思われがちだけど、世間ではルッキズムは正常に機能している。
ファッションは人の視線を誘導する技術だし、ダサい人というのは人が不快になる情報を自ら拡散している人間を指している。
「清潔感のなさ」みたいな話はファッションのコーデの失敗を示す言葉であるのと同時に、食事や生活の乱れをストレートに示す物差しでもある。
それを読み取りすぎるのは問題だとしても、自分が何を主張しているのか疎すぎるのもやはりデメリットが大きい。
別にモードの最前線に立ってハイブランドやドメブラに興味を持つ必要はないし、古着界隈に浸ってヴィンテージ品を理解する必要もないが、
ファッションをある程度理解した上で自分なりに楽しんだり、モチベーションが無い時は「正しい諦め方」でどうでもいい格好をすればいい。
服というのはただ着て歩くだけで自分を元気づけてくれるものだし、それは生活や仕事と同時並行が可能なコスパのいい趣味だ。
まあでも、それは結局数ある趣味の中の一つでしかないし、別に俺が楽しければ世間なんてどうでもいいよなという気持ちもある。
最近ははてなに限らずネットへの興味が全体的に薄れてきたように思う。
働くようになって時間が取れなくなったという側面はもちろんあるけど、それ以上にネットや世間がいかに歪んだ世界かということもわかってきた。
俺たちは友人でも知人でもなく、隣人でもない。どこに住んでるのか、何歳なのかも全くわからない。そんな人間達の言うことに一喜一憂することに意味なんてないと思う。
そんな当たり前のことに気付くまで長い時間がかかった。
社会に流されず自分で判断して生きるのは難しいが、その手間を惜しんで手綱を手放した人間がどうなってしまうのか今では理解できる。
「こうなりたい」は中々見通せないけども、「ああはなりたくない」だけは明確にあるのが不思議だ。
世界は金儲けが好きすぎる。金に目が眩むことを真面目に生きることだと錯覚するくらいにはこの世は狂っている。
俺のこんな漠然とした世界観もあるいは何らかのエコーチェンバーの結果なのかもしれないけども、もうちょっと社会から距離をとって生きていきたい。
昔から炎上やら何やら、疲れる要素はあったが、そこまでストレスにならなかった。
でも最近、インプ稼ぎのためか、”わざと炎上を狙う”ポストが増えてから、急にしんどくなった。
明らかに「これはわざと炎上しているな」と思えるものはまだ良い。
最近になって、「これは本当に、天然でそう思っているんじゃないか?これは本物じゃないか?」と思わせる、巧妙な手口が増えた。
男女論、モラハラ加害者、子育て、デート、仕事への取り組み方・・・
「いや、それはないでしょ」と思わず突っ込みたくなるツイートが流れてくるようになった。
はじめのころは、そうしたツイートが気になって数日追いかけたりもしていた。
しかしそうして時間を費やして初めて、そのツイートが同じところをグルグル回っていることに気がつく。
その人を矯正するようなリプライが大量についているのに、それをないものとしてふるまうか、馬鹿のふりしてよけいに煽る態度。
そして、「それはないでしょ」と誰もがつっこみたくなるような出来事が発生していく頻度が高すぎること。
そうした違和感に気づいて初めて、俺は「ああこれはインプ稼ぎだったのか」と気付く。
そうした”気付き”を何度か繰り返すと、初見で「これはインプ稼ぎだな」と見抜けるようになった。
だが、それに気づけない者は、昔の俺がそうだったように大勢にいて、相変わらず大量のリプライとインプレッションがついている。
それを眺めて「これは明らかに炎上狙いだろうが」とイライラするのもしんどい。
かといって指摘しても消耗するだけなので、スルーする。
イライラは残る。
「おすすめ」のTLには、そうしたツイートがいくつも流れてくる。
なぜなら、アプリを開いて、「フォロー中」のタブをタップすることが面倒くさいから。
「おすすめ」のTLには、今まで縁もなかったようなツイートが流れてきたり、ためになるような情報を得たりすることができる。
そうしたメリットが、イライラするデメリットをギリギリ上回っているから、俺はこれからも「おすすめ」TLを見続ける。
でも、しんどい。
これを本腰入れてどうにかする気もないし、改善する気もないが、確実にそうしたイライラは蓄積している。