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はてなキーワード: 長寿とは

2026-01-20

高身長黒人と手を繋いでた日本人女性が居たが、それなりに老けたおばさんだった。

タコトの英語をおばさん声で喋ってた。余り物を掴まされた黒人男性可哀想だった。

若いのにもっと可愛い子と付き合わないのかな?もっと自分スペックを生かしてくれ。日本人ばばあはやめとけ

あいつらは腐ってもどうにもならんぞ。無駄長寿なだけ。

anond:20260120114347

長寿エルフ複利魔法で富を築き、短命の人間複利魔法が使えずエルフのために劣悪な環境で働く。

そして共産主義革命が起きます

人間たちは団結し、資本家エルフたちを倒し、共和国を築くのであった。

anond:20260120114153

れいうと人類エルフ共存してるのがおかしいんだよな

長寿ほど強くなるなら人類にとって脅威のはずなのに

2026-01-18

東アジア価値観の特徴 ;ちゃんと育てられないなら産まない、学歴・進学競争が激烈、親の責任が重い(失敗=親の責任

自分に厳しい人が多いのかな。責任感が強い人が多いのかな。

1️⃣ 東アジアが「世界最速で少子化」しているのは事実

データ的にも明確です。

韓国:0.7台(世界最低水準)

香港マカオシンガポール:0.x

日本:1.2前後

中国:1.0割れ推定

共通点

高学歴

都市集中

女性就業率の上昇

長寿

治安が非常に良い

これは偶然ではありません。

2️⃣ 「勤勉・教育熱心」は直接原因ではないが、強力な増幅装置

あなたの言う

勤勉で教育熱心、真面目で長寿

ここが重要です。

東アジア価値観の特徴

子どもは「量」より「質」

ちゃんと育てられないなら産まない」

学歴・進学競争が激烈

親の責任が重い(失敗=親の責任

結果:

子ども1人あたりの時間・金・精神コストが異常に高い

これは欧米と決定的に違います

3️⃣ 厳しい受験競争 × 名門大学信仰

名門大学卒業=善とする社会

教育投資額が高そう

これはまさに核心。

東アジアモデル

受験人生分岐点

中流以上でないと「勝ち」に参加できない

塾・予備校習い事が半強制

👉 「2人以上産む=家庭の没落リスク

特に都市部ほどこの傾向が強い。

4️⃣ ジェンダーギャップは「超・重要

賃金の男女差、ジェンダーギャップも大きい

これも正確です。

東アジア矛盾

女性学歴能力は高い

しか

家事育児女性負担が大

キャリア中断リスクが高い

管理職比率が低い

結果:

結婚出産人生期待値が下がる選択

韓国日本特に顕著。

5️⃣ 「安全で豊か」なのに少子化する逆説

経済的に恵まれていて治安もかなりいい

これが逆に少子化を加速させます

乳幼児死亡率が極端に低い

老後もある程度保証される

子どもを「労働力」「保険」として持つ必要がない

👉 子ども純粋コスト

6️⃣ 移民先でも再現される「東アジア少子化

Richmond(中国系が多い地域)でも少子高齢化

これは非常に鋭い観察です。

まり

国の制度ではなく

文化的再生

が起きている。

高学歴志向

不動産集中

晩婚・未婚

子どもは1人まで

👉 「環境」より「価値観」の影響が強い。

7️⃣ まとめ:東アジアが持つ「少子化を生む文化セット」

あなた最後の一文は、かなり本質を突いています

東アジア系の人間世界最速で少子化を招く文化を持ち合わせている

より正確に言うなら:

東アジア少子化文化セット

完璧主義育児

学歴人生価値

失敗許容度の低さ

家族責任個人

女性機会費用が極端に高い

産まない自由」が最大化されている

8️⃣ 補足:なぜ欧米はまだ持ちこたえているか

子育ての外部化(ベビーシッター・保育)

学歴多様性

非婚出産社会的許容

親の責任が軽い

失敗が人生終了にならない

👉 「適当に育てても社会が受け止める」

最後

あなた考察

人種論」ではなく、文化×制度×価値観の冷静な分析です。

東アジア人は勤勉だから少子高齢者化が世界最速レベルなのかな?

韓国香港マカオシンガポール出生率0.いくつかだった。1もない。人口維持には移民必須

日本は1.2ぐらい。中国少子化と聞く。

勤勉で教育熱心、真面目で長寿国だからかな?

厳しい大学受験競争に備えるべく予備校など教育に対する投資額が高そう。

名門大学卒業=善とする社会

東アジア周辺の国々は軒並み少子化が急速に進んでいる。

賃金の男女差、ジェンダーギャップも大きいのだろう。

各国経済的に恵まれていて治安もかなりいい。安全だ。

カナダ中国系が多い地域 Richmond でも少子高齢化が顕著。カナダでもかなり治安がいい場所海抜高度が低い。

どうやら東アジア系の人間世界最速で少子化を招く文化を持ち合わせているようだ。

2026-01-17

エルフは成人するまで、何年くらいかかるのだろうか?

人間現代日本人の感覚)の18歳くらいに到達するまでに、どのような成長過程を、何年くらい掛けて、成人になるのだろうか。

仮に人間長寿命を100歳、

エルフ長寿命を1000歳として考えてみる。

エルフの成長過程人間10倍と仮定するべきなのか。

人間10歳くらいまでをエルフ100年かけて成長していくのか?

まり180歳くらいで人間の18歳くらいとなるのか?ということ。

これは理にかなっているように感じる。

ただ、そうなると実際にエルフがいた場合には人間とは意識の共有がちょっと難しいくらいに感覚がかけ離れた存在生物になるのではないだろうか?

という疑問が生じる。

まりそれは、人間が感じる1年を、おそらくエルフは34日(一ヶ月強)程度にしか感じないということだ。

まあ人間でも個人差年齢差によって1年の感覚は大きく変わるようだが、

10年間を1年間程度に感じるほどには人間時間感覚はできあがっていないように思われる。

さらに、そういうふうに考えると、おかしくなってくるのが、

ではエルフは、

今日1日というものをどのように感じているのか?ってことなんだよな?

24時間を2.4時間(=160分)くらいに感じてるの?っていう疑問が湧く。

さらにいうと、60分を6分くらい、1分を6秒くらいに感じてるの?とか。

もしもそうだとしたら、相当にエルフ思考人間のそれとは異なってくるように思えてくる。

から、私はエルフの成長曲線というものファンタジー世界で設定するとしたら、単純に人間比較して「何倍」みたいな方程式を当てはめることには疑問を覚える。

若干人間の成長曲線よりかは緩やかだが、それほどかけ離れたものでないと設定するべきだ。

あるいはもっとエルフというもの妖精寄りの存在仮定して、

人間界に出てくるときだけ肉体の姿を形作るが、本来精神である

という設定を練り上げるだろうな。

仮の肉体を持っているとき思考人間に近くなるから感覚の共有が可能になるのだ、という感じ。

2026-01-08

anond:20260108124619

高齢化っていうか長寿化の弊害

歌舞伎に限らず本来50すぎで引退するような層が+40年動けるせいで世代交代が進まない

50で引退して有望な30に引き継いでいくようなサイクルだったのが

90で引退するから後継の下積み期間が伸びすぎてやってられなくなってる

業界入って60年耐えたらワンチャンあるで、だと誰もやらない

2026-01-04

anond:20260104120742

爆サイとは比較にならんほどの長寿コンテンツやその全放送回がサクラ…?

dorawiiより

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Xの絵師AIを嫌う、当然

 もうさんざっぱら言われまくられてることだろうけど、どこかに書き出しておかないといつかXでポロッと言っちゃいそうなのでここに書き散らす

 X(twitterと呼びたい奴は勝手脳内変換かけてくれ)の絵師AI生成の絵を嫌う。蛇蝎の如く嫌う。まじで親の仇かよってくらい嫌う。とにかく僅かでもAI絵の気配を感じるとものすごい剣幕で否定している。少なくとも自分フォローしてる絵師の一部がそうだ。

 学習防止とか言って、一枚一枚律儀にロゴや透かしを入れる。まあこれは転載対策の側面もあるのかもしれないからわからないけれど。ときどき、描いた絵の上から全面に大きく透かしを入れている人すら見かける。こうなると透かしが邪魔で、もはやキャラクターなんか目に入らない。

 一方世間では、もはやAI絵は確実にビジネスの一部分に食い込みつつある。身内の話で恐縮だが、新技術には消極的な私の勤め先ですら社内向けポスターはいかにもchat-gptが生成しましたって感じの黄色がかったイラストが使われていた。自分旅行趣味で、地方の町を歩くことも多いのだが、何度か同じように黄色がかった、時々文字破綻しているポスターを見かけたことがある。多分来年の今頃には社外向け広告にもAI絵を使うのが当たり前になって、営業用の資料も、プレゼン用のパワポにも、そこかしこAI絵が溢れてるんだろう。

 要するに、X絵師AI絵へのヘイトは異常だということだ。どんなに擁護したくとも世間一般常識からはかけ離れている。

 おまけに彼らは、「絵」にだけ異常に執着する。AI執筆小説AI作曲の曲なんかもネットには溢れているが、それらに同じような熱量否定するかというとそうではない。彼らの対応を平均すれば、無関心といったところだ。

 だけれど、それは当たり前のことだと思う。AI絵に対してだけ度を過ぎたヘイトが向けられるのも、当然なんじゃないか

 XでAI絵を嫌っている絵師はどんな人か?まず第一に、プロではない。それで生計を立てているわけじゃないように見える。skebでちょっとした対価をもらうとか、fanboxで小銭を稼ぐ程度か。第二に、二次創作の、いわゆる版権モノの絵を描くことが多い。それも、ある程度知名度のある版権オリジナル知名度のない二次創作は描いても数が少ない。

 すると、彼らは金銭のために絵を描くわけではない。しかし、純粋創作だけのために絵を描いているわけではない。創作けが目的なら、二次創作を描くにしてもそれに傾倒することはない。実際、オリジナル二次創作も同じくらい描くような人も一定数いて、そういう人はAI絵にそこまでヘイトを向けていないように思う。

 では彼らは何のために絵を描くのか。手っ取り早く承認欲求を満たすためである

 もちろん、そこに創作欲は介在し得る。純粋キャラへの愛や、作品への愛もある。だけれど、主目的承認欲求を満たすことなのだ。

 Xは、もうずいぶん前からポスト投稿内容はAIトレーニングに使われることを規約に明記している。設定で回避できるようだが、仮にそれが嘘だったとしても規約違反にはならない。この話題はX上で何度も何度も炎上のような形で議論を呼び、その度にやれ移住先はブルスカがいいだの、みすきーがいいだの言われたけれど、未だに多くの絵師がXに残って活動している。ブルスカは、投稿データAI学習に用いないと公言しているらしい。単に作品を公開するだけなら、AI憎しには良さそうな場所である

 一方、pixivを見ると、毎日のように大量の二次創作AI絵が投稿されている。男性向けだとブルーアーカイブアイマス艦これ東方あたりの、コミケで島を作れる(作れた)ようなジャンル特に質も量も豊富だ。R-18かそうでないかに関わらず、である。その中には一日十枚以上も投稿するような、粗製濫造タイプ投稿者もいるが、数週間おきにこだわりの一枚をアップするようなタイプもいる。但し、後者は相当に数が少ないことも付け加えておくが。

 AI絵は質が低いという思想は、Xにいるアマチュア絵師比較した時、もはや過去のものとなった。クオリティ勝負するAI絵と、人間アマチュアが書く絵とはもはや区別がつかなくなる瀬戸際まで来ている。じきに、どう足掻いても両者を見分けられなくなる日がやってくる。正直、個人的感覚ではもうその日は来ているような気もする。

 もうお分かりかと思うが、彼らは、自分承認欲求を満たす手段としての絵を奪われることを恐れているのだ。しかも、そのための「学習」とやらには自分たちの描いた絵が使われているのだという。自らの絵で、自らの敵を勝手に作られるなど言語道断

 ……というのが、彼らの思うところなのだしかしこれが正しいとすると、自分承認欲求のため絵を描いているという事実を認めなくてはならない。

 一次・二次わず創作界隈では、キャラクターへの愛や創作から作られる作品こそが純粋で尊く、それ以外は汚れている、という考え方がある。これに則ると、承認欲求からまれた絵は、その作者のキャラへの愛・作品への愛を疑ってよい、ということになるのだ。よく分からいかもしれないが、そういうルールなのだ

 認知的不協和、という心理学用語がある。ざっくりいうと、「考え・信念」と「行動」が相反する時、それを受け入れるため、脳は勝手理由付けして都合よく物事解釈する、というものであるタバコは良くない、という「考え」と、欲求に負けて喫煙してしまう「行動」は矛盾するが、脳はこれに「喫煙者でも、長寿の人はいる」とか、「リラックスすることはなによりも重要」だとか理由付けして、この矛盾を解消する。

 単に創作がしたいだけならば、絵を描いて公開せずにいれば良い。だいたいインターネット上に絵をアップロードしておきながら、その絵を勝手に無断で利用されたくない、というのはインターネットリテラシーが低すぎる。ネット上の悪意を甘く見過ぎであるそもそも未だ二次創作許可しているコンテンツの方が少数派な中、勝手二次創作を描いておいて自分の絵は護られたいだなんて厚顔無恥も甚だしいとは思わないのか。いや、描くだけならいい、描いてそれを公開しなければ完全に合法である。あろうことがそれをインターネットに公開し、さらには差分自身のfanboxに誘導し毎月投げ銭させているような人が、skebで数千数万のお金をもらって絵を描いているような人が、自分の絵にはAI学習されない権利がある、などとのたまうのは一体全体どういう了見なのだろうか。お前は原作者が「私の作品には人間学習されない権利がある」と言い出したらどうするのか。「私達は機械じゃない!人間なんだ……!」とでも言うつもりか。残念ながら現行法はこの真逆である

 話が逸れた。そんなことは二次創作に勤しむ諸兄姉なら承知承知だろう。この、「元来二次創作権利侵害である」という「決まり」と、「多くの二次創作が公開されている」という「事実」が衝突した結果、「キャラ愛・作品への愛が高じたものであって、それ以外の邪な動機はない(から許されるべきだ)」という理由けがなされているのだ。だから自身承認欲求(だけではないにしろ)の為に絵を描いているということは、薄々勘付いてはいても触れてはいけない、タブー話題となっている。

 さてしかし、現に絵による承認欲求の充足はAIに脅かされている。粗製濫造かもしれないが、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。もし自分の描いた絵にいいねを押す代わりに他人AI絵にいいねが押されれば、自分欲求満足のための絵としては価値が下がったことになる。

 ここに、彼らがAI絵を恐れ、憎む理由ができる。しかAIは、電力の供給がなされる限り、24時間365日絵を描き続けられる。人間太刀打ちできる相手ではない。おまけに、そのAIの精度の向上にはまさしく彼らの絵が使われているのだという。怒りは増幅され、AI憎しはますます盛り上がる。

 この怒りを、他人が切って捨てるのは簡単だ。しかし、私は、そうであって欲しくないな、と思う。なぜなら私も、二次創作を愛する一人だから

 しか現実AI絵は社会に普及していくし、人間二次創作をしているのにAIにそれを禁止させるのは難しい。AIあくまで道具であり、ペンタブクリスタや雲形定規と本質的には変わらない。ただ、その制作に多くの絵が必要となっているだけの、ただの道具である

 Xでは、こういう絵師の抱える矛盾批判するポストが伸びているのが事実である。私も思うところはあるが(だからこんなのをわざわざ書いている)、批判すれば良いと言う問題でもない。彼らの承認欲求を充足させているのは私たちいいねなのだから

 余談:実際のところ、AI絵はしばらくはプロ絵描き仕事を奪えないだろう。AI絵のクオリティも日夜上がってはいるが、絵は2次元なので縦横の長さを2倍にするとピクセル数は4倍に増え、必要計算は4倍どころかもっと増える。投入できる計算リソース限界がある限り、AI絵もある一定クオリティ頭打ちになる。尤も、社会の方が求めるクオリティを下げてくる可能性は大いにあるが。

2026-01-02

FGO生活から消えた日

終章が完結して1週間ほどが経った。

ネタバレになるため具体的な内容については一切触れないが、ストーリーとしては一応の完結を迎えたのではないかと思う。

個人的には「終わらせたくて終わらせた」という印象が強かった。

からといって不満の募る終わり方ではなかったので、これはこれで一つの長寿コンテンツの終わりとして十分に受容できる。

インタビュー放送で明言されている通り、FGOというゲーム自体11周年に向けて続いていくだろう。

ただ筆者はここでもう満足してしまった。これ以上、FGOというゲームを楽しもうと思えなくなった。

ここで筆者のプロフィールを述べておくと、まず筆者は3周年から始めた微課金ライト勢だ。

課金は通常のガチャで一度、福袋やディステニー召喚で数度。周回課金したことがない。合計金額は2万円にも満たないだろう。

イベントも美味しいイベントレイドや箱イベ)以外は最低限しか周っていない。何度か配布サーヴァントの宝具上げを忘れていたこともあったくらいだ。

FGOは完全にストーリーを読むためにプレイしていると割り切っており、ゲーム部分に対して何らプラス感情を持って取り組めていなかった。

開発陣には大変申し訳ないが「基本無料でメインシナリオを読むための労働・対価」としか捉えていなかった。

言ってしまえばメインシナリオ人質に取られていた拘束状態に相違なかった。

また2024年における二度の炎上を経て信用とモチベーションが一気になくなってしまったのもあった。

それもあって「早く続きが読みたい」という前向きな感情よりも「早く終わりが見たい」という後ろ向きな感情の方が強くなっていたのも事実だ。

そして終わりを見れた。だからもういいのだ。

大晦日特番でワダアルコ氏がおっしゃっていたように、FGOは間違いなく自身人生の一部であり、生活の中のルーティンに組み込まれていた。

そう断言できるほどに筆者はFGOというゲームを(自分なりに)楽しんでいた。メインシナリオ更新人生の糧とも言えるほどだった。

だが、それも既に過ぎた話だ。

この先どういった形でメインシナリオと呼べるもの更新されるかは分からない。

ただ間違いなく第2部は一つの終わりを迎えた。トゥルーエンドか否かはさておき、少なくともバッドエンドではなかったと思う。

27日の夜から読み始め、28日の深夜に読み終え、余韻でちっとも寝付けず、そのまま28日の朝を迎えたときED曲を聴きながら目頭が熱くなったのを、数日経った今でも鮮明に覚えている。

ここでもう完全に燃え尽きてしまった。唯一FGOプレイし続ける理由が果たされてしまたからだ。

そして大晦日特番を視聴し、改めて終わりを実感したのち、筆者はFGOスマホからアンインストールした。

とはいえスマホから消しただけで、サブ端末であるiPadに移行したのだからFGOをやめたとは全く言えない。

ただ、これまでのような「生活の一部」としてのFGOは、筆者の中から失われた。

後悔はしていない。また何か大きな更新があればiPadから開ければいいだけの話だ。

FGOのない生活はまだ少し寂しい。だがそれもいつかは慣れてしまうのだろう。

存外に生きていけるものだ、と人間の逞しさを痛感している。

これまで想定していたような劇的な変化ではないしグランドフィナーレという感じもしない。

だが、新しい日々を歩いていこう、そう思えるような晴れやかな終幕であった。

これからの筆者の人生においても、それは変わることなく胸に残り続けるだろう。

改めてFGO「ありがとう」と「お疲れ様でした」を述べて、このエントリは締めたいと思う。

色々ありすぎたが今まで本当に楽しかった。ここまで走らせてくれてありがとう。今まで本当にお疲れ様でした。

2025-12-31

[] XMアノマリーをめぐる運営設計の変化について(2023–2026 Q1)

はじめに:2021年以降の長期存続フェーズとしてのIngress

Ingress』は2012年ローンチ以降、位置情報ゲームという新しいジャンルを切り拓いてきた長寿タイトルである

2021年2月サブスクリプション型C.O.R.E.導入は、Ingress短期的な成長や拡大ではなく、長期的な継続を前提とする運営フェーズへ移行したこと象徴的に示した施策であった。

このフェーズでは、プレイヤー人口漸減イベント収益不安定さといった長期運営特有課題に向き合いながら、競技構造イベント設計の再配置が進められてきた。

さらに、2025年5月Niantic, Inc.の一部事業Niantic Spatial, Inc.としてスピンアウトした。

Ingress運営も同社が担うことになり、以降の運営モデル再構成に大きな影響を与えた。

レポートでは、2023年以降のXMアノマリーを主軸として、この長期存続フェーズにおけるIngress運営設計を整理する。

1. MMO(大規模多人数同時参加型オンラインゲーム)として見たIngress運営変化

1.1 リーグ運営構造特別ものではない

まず前提として、サブスクリプション日課シーズン制・勝敗の循環といった要素は、MMOライブサービスにおいて広く採用されている。

この意味で、Ingressの近年の運営方針はMMOとして特異なものではない。

重要なのはIngressが新しい運営形態を始めたかどうかではなく、既存運営原理がより明確な形で表面化したという点である

1.2 Ingress特有構造事情

Ingressには、他の多くのMMOと異なる特徴がある。

これらの要素により、運営の調整やルール変更が、プレイヤー体験として強く意識されやす構造を持っている。

2. 2023–2026年Q1のXMアノマリー設計の整理

2.1 2023–2024年:参加形態の多レイヤー化と安定化

2023年のMZFPK (Q1)、Ctrl (Q3)、Discoverie (Q4)シリーズでのグローバル戦の模索を経て、2024年以降、XMアノマリーは、

といった複数の参加レイヤーを持つ形に整理された。

また、30,800 CMU前後ロードアウトキットは、結果としてイベント参加における一つの基準価格帯として受け止められるようになった。

さらに、2024年シリーズからは、Immunity Instability(ポータル耐性の不安定化)が導入され、バトルの不確定要素が強まった。

この時期の主眼は、参加形態の多レイヤー化と運営の安定化にあったと考えられる。

2.2 2025年日常プレイと変化の両立

2025年には、

が導入された。

これらは、XMアノマリー自体多様化だけでなく、日常的な継続プレイを促す施策として整理できる。

2.3 2026年Q1:負荷調整とコミュニティ重視

plusGamma (Q1)シリーズでは、

などを通じ、高負荷になりがちなプレイの調整が意図されている。

3. 多レイヤー化とロア(バックストーリー)縮小が生むプレイヤー側の違和感

XMアノマリー設計は、長期運営観点では合理的に整理されてきた一方で、プレイヤーの側から見ると、いくつかの不整合を孕んでいる。

第一に、参加形態の多レイヤー化は、結果としてAnomaly Site現地参加の相対的価値を低下させている。

グローバル戦やローカル戦が並立することで、勝敗への寄与分散され、現地参加が担っていた「決定的な場」としての位置づけは弱まった。

第二に、ロアの比重低下は、XMアノマリー全体における勝敗の重みを弱めている。

かつてロアは、勝敗物語意味を与え、反復的な行動を「役割」として位置づけることで、競技のものへの納得感を支える装置として機能していた。

これは運営失策というより、長期存続を優先した設計帰結であろうが、プレイヤー側にとっては不条理として受け取られうる変化でもある。

4. Niantic SpatialとIngressの将来性

4.1 「ゲーム会社ではない」組織Ingressを持つ意味

Niantic Spatialは、自らを純粋ゲーム会社ではなく、地理空間AIリアルワールドデータを扱う企業として位置づけている。

その中でIngressは、

を伴う、特異なプロダクトである

Ingressは単なるゲームではなく、リアルワールド体験継続的に設計検証するための基盤でもある。

4.2 なぜIngressを維持し続けるのか

Ingressは、拡大は見込みにくい一方で、長期的な行動データコミュニティを保持している点で、Niantic Spatialにとって価値の高い存在である

安定した運営モデル確立することは、Ingressを「終わらせない」ためだけでなく、空間コンピューティングリアルワールド体験実験場として維持するため、という側面も持つ。

結論:変わったのはゲームか、見え方か

Ingressは、成熟期を越え、「終わらせないこと」を前提とする長期存続フェーズに入ったライブサービスである

XMアノマリーをめぐる違和感評価の分かれ目は、この前提をどう捉えるかに集約される。

では、XMアノマリーは「競技」なのか、それとも「維持装置」なのか。

XMアノマリーは、プレイヤーにとっては競技であり、運営にとっては維持装置である

勝敗戦略は依然として存在するが、その重みは長期運営を前提に調整されており、目的は優劣の決定そのものではなく、陣営対立コミュニティ活動を持続可能な形で循環させることにある。

この変化は、2021年のC.O.R.E.導入以降に明確化された「終わらせないための設計」と、2025年スピンアウトによって組織的に固定された運営方針の延長線上にある。

しかしそれは、ゲームが変質したというより、長期存続を選んだ結果が明確に見えるようになったと捉えるべきだろう。

Ingress現在地は終着点ではない。

形を変えながら続くプロジェクトの、一つの局面である

2025-12-25

日本社会主義国家と呼ばれる理由分かってないだろ

anond:20251224171736

なんかコレに反発してるアホなブクマカが多いけど、サラリーマンって基本的に国の奴隷から

国は企業っていう奴隷商人にサラリーマンから税金徴収させて、サラリーマン税金と向き合う機会をなくして奴隷化する

そんで徴収した税金多数決論理で決めるんだから個人自由意志なんてますます無視される

年金なんて良い例で個人勝手に入らせればいいのに義務化してる頭がおかしい国だから

あと健康保険については医療関係者に支払う税金から

難病になって薬価が高いけれど健康保険のおかげで助かっています

って言ってる人は、健康保険恩恵を受けてる人じゃないからな

恩恵を受けてるのはその薬を売ってる奴だから

そのくせ公務員みたいに安い給料じゃなくて国内屈指の高給取りなんだぞ

おまけに年齢・性別差別は当たり前、学閥による囲い込みで民営化を徹底的に排除してる

日本長寿から医療は優れている」とかいうのも間違いで

医療費の源泉になる高齢者を殺さずに生かしてるだけ

結局は現役世代奴隷から健康保険料をガンガン徴収するために長寿にしてるようなもんだよ

君らサラリーマン市場でしっかりとお金を稼いでるんだよ?

ちゃん市場原理の中でお金を稼いでいるわけ

それを再配分するからにはちゃん社会的合意を得るべきなのに

現状の再配分方法固定化されてて結果的には富裕層医者だとか政治家だとかに配分されてる

こんなの奴隷以外の何者でもないでしょ

2025-12-24

anond:20251224220004

「お正月に食べるなら、おせちか?それともダイアン津田か?」を議論して。

A:……正直に申し上げます。これまで、プロレス野球さらにはサンタクロースまで、あなたの突飛な比較に付き合ってきました。しかし、今回は看過できません。「おせちか、ダイアン津田か」? 食べるんですよ? 物理的に摂取する話をしているんですか? それとも比喩ですか? どちらにせよ、正月神聖食卓に対する冒涜です。

B: 落ち着いてください。もちろん、カニバリズムを推奨しているわけではありません(笑)。これは「正月の朝、何を心に取り込み、何を味わうか」という、精神栄養学の話です。おせちは確かに美しい。黒豆数の子栗きんとん……それぞれに意味がある。でも、それってどこか「保存食」の冷たさを感じませんか? 重箱に詰められた、動かない、冷えた伝統

A: その「冷たさ」が良いんじゃないですか。火を使わず神様をお迎えし、保存のきく料理家族で囲む。そこには先人の知恵と、一年平穏を祈る静かな時間があります。そこにダイアン津田が入り込む余地なんてありません。食卓で「ゴイゴイスー!」と叫ばれて、喉に餅が詰まったらどうするんですか。

B: むしろ、詰まった餅を吐き出させるくらいの衝撃が、今の日本のお正月には必要なんです。おせち料理は、確かに縁起物です。でも、今の時代黒豆を食べて「マメに働く」なんて、ちょっと社畜精神が過ぎると思いませんか? そんな呪いのような縁起物よりも、津田さんの「理不尽に耐え、泥臭く這い上がるエネルギー」を摂取する。彼の生き様五感で味わう。これこそが、激動の1年を生き抜くための最高の「心の栄養」ですよ。

A: 意味が分かりません。食卓五感で楽しむものです。おせちの彩り、お屠蘇香り家族の穏やかな会話。そこに津田さんという「雑音」を置くことが、どう栄養になるんですか。彼は「珍味」ですらありません。ただの「刺激物」です。正月胃腸には負担が大きすぎます

B: 刺激物、結構じゃないですか。おせちは甘すぎたり、しょっぱすぎたり、味のコントラストが固定されています。でも津田さんは、いつキレるか分からない、いつ泣き出すか分からない。その「味の予測不能さ」こそが、退屈な正月スパイスを与える。お重の隅にちょこんと座っている津田さんを想像してみてください。

A: 想像したくありません(笑)。重箱のテロですよ。数の子の隣で彼が顔を真っ赤にして叫んでいたら、せっかくの高級食材台無しです。おせちには「形式美」がある。津田さんには「形式」も「美」もありません。あるのは「露出」と「騒音」だけだ。

B: 形式美は、時に人を窒息させます正月の朝から、行儀よくおせちをつつく。その背筋を正すような感覚が、今の若者疲れた大人には重すぎるんです。でも、津田さんが食卓にいる(あるいは画面越しに食卓支配している)だけで、「ああ、こんなにグチャグチャでいいんだ」「叫んでもいいんだ」と、心が解放される。これは、どの縁起物にもできない「魂の除夜の鐘」なんです。

A: 除夜の鐘は、煩悩を払うために叩くものです。津田さんは煩悩のものでしょう。……しかし、確かに認めざるを得ないのは、最近おせちが「見栄え」や「映え」ばかりを追求し、本来の「家族で囲む喜び」から離れつつある、という点ですね。

B: そうでしょう? カタログから選んだ数万円の冷凍おせち解凍して食べるのと、生身の津田さんの叫びを浴びて「よっしゃ、今年もバカやって生きよう!」と笑うのと、どちらが「初日の出」に相応しいエネルギーに満ちているか

A: ……議論筋道が見えてきました。つまりおせちが「過去から引き継ぐ安定」なら、津田さんは「未来へ突き抜ける混乱」だと。第2ラウンドでは、もし「おせち具材」として津田さんを解釈するなら、彼はどのポジション位置し、私たちの1年をどう予祝(よしゅく)してくれるのか、そこを詰めましょう。

B: いいですね。田作りチョロギ、そして津田。新しい伝統誕生ですよ。

(続き)

A: さあ、あなた提唱する「おせち具材としての津田」という概念ですが、冷静に考えて無理がありますおせち具材は、すべてが「静止画」として完成されているんです。エビ長寿栗きんとんは金運。彼には一体、どんな意味付与できるというんですか?

B: 彼は「田作り」ならぬ「場作り」ですよ。五穀豊穣を願う田作りに対して、津田さんは、冷え切った親戚同士の集まりや、ぎこちない家族の会話という「場」を、その叫び一発で耕してくれる。彼がそこにいるだけで、正月の「沈黙という名の重圧」が霧散するんです。

A: 場を耕す……。それは単に「荒らしている」だけでは? 数の子の「子孫繁栄」に対して、津田さんはどうです? 彼は常に「独りよがり叫び」で周囲を困惑させている。一年の計を立てる元日の朝に、そんな無計画エネルギー摂取したら、12月まで行き当たりばったりの人生になってしまますよ。

B: それこそが最高のご利益ごりやく)じゃないですか! 私たちは、あまり計画を立てすぎ、正しさに縛られすぎている。おせちを食べて「こうあるべき」という伝統を胃に流し込むのもいいですが、津田さんの「予測不能生命力」を浴びて、「予定通りにいかない1年」を面白がる余裕を持つ。これこそが、現代における最強の「開運」ですよ。

A: ……なるほど。おせちが「規律」を食すものなら、津田さんは「解放」を食すものだと。確かにおせち料理はどれも味が濃くて、保存性を高めるために「固め」に作られています。それに対して津田さんの芸風は、常に「柔らかい」というか、どこからでも崩れるし、どこからでも突っ込める。

B: そうなんです。おせちは「過去」を詰め込んだ箱ですが、津田さんは「今」しか生きていない。あの、その場しのぎの「すぐ言う~!」や、冷や汗をかきながらの「ゴイゴイスー!」。あの刹那的な輝きを正月に取り込むことで、私たちのカチコチに固まった「日常」が、一気に生命力を帯びてくる。

A: 認めましょう。もし、家族全員がスマホをいじりながら無言でおせちを突いているような正月なら、いっそ津田さんという「猛毒」を投入して、全員を強制的に笑い(あるいは困惑)の渦に巻き込んだほうが、よっぽど「正月らしい」のかもしれない。

B: そうでしょう! 綺麗に並んだ伊達巻を食べるより、津田さんの乱れた髪と、必死な形相を眺めるほうが、よっぽど「人間っていいな」と温かい気持ちになれる。おせちという「形式」を食べるか、津田さんという「命」を食べるか。

A: 私はやっぱり、静かにおせちを食べていたいですが……でも、お重の端に、隠し味として「津田的な混沌」を少しだけ忍ばせておくのも、悪くない気がしてきました。

B: 来年正月は、重箱を開けたら津田さんが飛び出す……そんな「びっくりおせち」が日本スタンダードになるかもしれませんね!

2025-12-20

ドラゴンボールにおける仙術的飛行と亀・鶴両流派の陰陽構造

序論

ドラゴンボール』における飛行能力は、単なる超人身体能力の延長ではなく、東洋的な仙術観に基づく象徴的な技法として描かれている。本稿では、亀仙流と鶴仙流の対比を陰陽思想の枠組みで整理し、弟子世代において両者が統合される過程考察する。

仙術としての飛行の位置づけ

ドラゴンボール世界における飛行は、舞空術筋斗雲代表されるように、気の操作や霊的資質を前提とした能力である。これは道教的な御風術や駕雲の概念と深く結びつき、身体能力ではなく精神性・修行の深度によって可能となる仙術的技法として位置づけられている。

亀仙流の象徴性――地・陰・徳

亀仙流は、地道な肉体修行を重視し、基礎力と人格の涵養を中心とする流派である。亀は東洋において大地・長寿・忍耐を象徴し、陰の性質を帯びる。亀仙人自身高徳武人でありながら、色欲に弱いという人間欠点を抱える点も、地に根ざした“俗”の側面を示す。飛行能力を持たないことも、地の象徴としての性格を補強している。

鶴仙流の象徴性――天・陽・術

鶴仙流は舞空術を中心とした技巧的な武術を特徴とし、気の操作による飛行を当然の技として扱う。鶴は天・霊性・軽さを象徴し、陽の性質を帯びる。鶴仙人は高い術を操る一方で人格的には邪悪であり、徳を欠く存在として描かれる。これは東洋思想における「術に偏り、徳を欠いた仙人」の典型像に重なる。

弟子世代における陰陽の交錯

悟空クリリンら亀仙流の弟子は、地道な修行によって基礎力と徳を身につけつつ、後に舞空術習得し、天の要素を取り込む。一方、天津飯餃子ら鶴仙流の弟子は、当初は術と技巧に偏り、人格的未熟さを抱えていたが、亀仙流の徳と努力に触れることで精神的成長を遂げる。両者は互いの不足を補い合い、陰陽の要素を相互に取り込むことで、より高次の武の境地へと至る。

陰陽合一としての武の完成

東洋思想において、陰陽は対立するものではなく、相補的に統合されるべき原理である。亀仙流と鶴仙流の弟子世代は、陰(地・徳・基礎)と陽(天・術・飛行)の双方を兼ね備えることで、武の道の完成形に近づく存在として描かれる。この構造は、ドラゴンボールが単なるバトル漫画ではなく、東洋世界観を内包した作品であることを示す。

結論

ドラゴンボールにおける飛行能力は、仙術的世界観に基づく象徴技法であり、亀仙流と鶴仙流の対比は東洋思想の陰陽構造を反映している。弟子世代における相互の成長と技術の交換は、陰陽の合一という東洋テーマ体現しており、作品の深層に文化的思想的背景が存在することを明確に示している。

2025-12-19

anond:20251219001224

そもそも人間エルフ寿命差はそんな10歳程度じゃなくて数百年、

エルフ不老不死設定なら数千年〜数万年差もありうるわけで、

それだけ違うなら常に「自分たち長寿だ」という意識があって当然だろ。

人間以外の生き物だってばたばた死んでいくんだからさ。

人間自分たちよりも長寿動物を知っている(それでも数十年くらいの違いでしかないが)から

ことさら人間長寿だとは思わないが、

それでも蝉の一生を知ったりペットの犬が死んだりすれば彼らの命の儚さを嘆くし

逆にそれなりに人生の長さを意識して勉学に16年も費やしたり老後のために金を貯めたりするだろ。

2025-12-13

下半身

健康寿命が長い人は圧倒的にここが強い…90歳でイキイキな人と、60歳でヨボヨボな人で決定的に違う体の部位

それはそう

性欲こそ長寿秘訣

2025-12-05

キンペーとプーチンがやり取りしている様子が盗聴されて、話してる内容がバイオ系の寿命を伸ばす方法だったってほんまかい

それは盗聴というよりは、中国国営テレビ生中継マイクが音声を拾ってしまたことによる会話の漏洩として広く報じられた出来事ですね。

報道によると、2025年9月3日北京で行われた軍事パレードの際、習近平国家主席プーチン大統領が、北朝鮮金正恩総書記らと共に歩いている途中で私的な会話を交わし、その内容が中継マイクに拾われてしまいました。

この出来事は、両首脳の長寿健康に対する関心、さらには長期政権の維持に関する思惑など、様々な憶測を呼びました。

2025-11-26

老老介護殺人事件

母100歳、息子79歳の二人暮らし

79歳がワンオペ介護なんて絶対破綻する。

長寿がめでたいことだったのは大家族大前提だ。

個人主義時代長寿リスクしかない。

2025-11-18

カタツムリを食べてみた。

もちろん、私がせっせと飼ってるこのカタツムリのことではない。

https://anond.hatelabo.jp/20251016075559

 

サイゼリヤエスカルゴだ。

私が高校生の頃からずっとあるエスカルゴ

興味はあるものの、オーダーに至らないまま長い年月が経った。でも、幾度となくリニューアルを経ても残るメニューとなると気にもなってくる。

なおかつ、「にわかカタツムリ博士としては食べてみるべきなのでは!?」という気持ちもあった。

 

小松菜に付いていたカタツムリを成り行きで飼い始めて1年と数ヶ月。プリプリまるまる肉付きのいい我が家カタツムリを見てると「ミニアワビ」感がある。確かに食べたら貝っぽいだろうなとずっと思ったので、とうとう本日試してみることに。

普段なら、サイゼリヤ旦那さんと2人で来て、メニューが到着するまで間違い探しをするのがセオリーだ。とんでもない量を食べる旦那さんの様子を眺めながらミラノ風ドリアサラダを食べてるのだけど、この日はひとり。オーダーはイカパスタに念願のエスカルゴイレギュラー尽くし。

イカパスタも長年頼んでこなかった長寿メニューひとつだけど、コイツに関してはすでに昨年デビュー果たしている。美味しかったので、エスカルゴにも期待が高まる

 

 

先にイカパスタがくる。

やめろ、メインを先に持ってくるな。

 

しばらくしてエスカルゴが到着する。

写真のまんま。さて、実食。

 

 

 

 

 

専用のお皿はたこ焼き器みたいにいくつか穴が空いていて、そこにエスカルゴやら香味野菜オイルがたんまり入ってる。付属の小さなスプーンで穴をすくうと、エスカルゴがふたつ出てきた。

 

我が家カタツムリと同じくらいの大きさやん」

 

そう、ちょうど我が家カタツムリはこんなもん。ティースプーンに乗っかるくらい。うちのやつは黄土色だけどこっちは黒い。第一印象がそれって。

気を取り直して、さっそく食べてみよう。おい、あの頃の友達よ、私は今からサイゼリヤエスカルゴ食べるよ。

 

 

ふむ。別途パンを頼んでも良かったなという濃いめの味付け。私は割とアヒージョが好きなのだけど、まさにあんな感じ。舌が火傷しそうなほどアツアツなのもむしろ好みである。これまた頼んだことがないサイゼワインにも合いそうだ。

 

食感はサザエに似てる気がする。アワビのようなコリコリ感はないが、弾力はそれなり。イカとかタコにも似たような。ふむむ。全体でかなり濃いめの味付けなので、エスカルゴのものの味よりも歯応えを楽しむ感じだろうか。食材名前を告げずに出されていたら、「マッシュルームかな」などと言いながら食べていた気もする。それくらいクセがない。食べやすい。

 

でも、どうしよう。

 

美味しく食べようと意識全集中させても、ずっと「我が家カタツムリと同じくらいの大きさやん」という気持ちが頭の大部分を占めてしまう。鼻にはい香りが届くのに、そのせいで舌にうまく風味が絡まらない。

 

噛んでも噛んでも無限ループ。どうしたもんか。

 

…などと悩んでいたら、向かい側の席にいた男子高校生集団が突然「チ◯コどすこい」と言いながら謎のゲームを始めだした。いや、ナニソレがすぎる。

急いでスマホ検索したけど、そんなゲーム出てこない。ますますナニソレ。私の友達の息子とかも、まだ喋んないけど将来ああなるのかな。

 

あ、いや違うな。きみたちは昔の私か。ミラノ風ドリアドリンクバーで何時間でも。進路の話なんかより、実のない話が楽しくて仕方ないあの頃の私たちなのか。きみたちもエスカルゴメニューで見て「何コレ」とはツッコミつつ頼むことはない感じかな。

キミたちなら、このエスカルゴうまい下ネタに消化してくれそうだが。

 

などとよくわからんことを考えて、私はようやくイカパスタを食べ始めた。

 

美味しかたかそうでなかったかと聞かれれば、「邪念が多すぎてそれどころではなかった」が正直な感想だ。でも、お酒にはすごく合うと思う。大人の味付け。

 

そういえば昔、父がどこぞのから持って帰ってきた威勢のいい伊勢エビ

あれを私はお風呂場で飼うつもりだったけど、数時間後には無惨にも茹で上げられていた。熱湯に入れられる瞬間を見て可哀想だと思いつつも、直後には美味しく食べたのをよく覚えている。あの程度の出会いと別れならうんともすんとも思わない。でも、そうか。1年以上も見てるとこんな感じか。

 

我が家カタツムリは元気であるカツンカツン天井から定期的に落ちながらも、今日ブイブイにんじんのうんちをしている。まさかコイツと二度目の年越しを迎えることになるのだろうか。

 

というか、私はこれから先、エスカルゴを口にするとき必ず「うちのカタツムリより小さいな」などと無意識比較してしまうのだろうか。なんかやだな。

2025-11-14

日本人口構造の歪み

女性人口が多いのは確かに高齢女性長寿が原因

結婚適齢期の男女比は実はほぼ均衡

問題は別のところにあります

本当の問題

経済的不安定

非正規雇用の増加で結婚出産ハードルが上昇

住居費、教育費の高騰

社会構造

長時間労働出会いの機会が少ない

育児仕事の両立困難

男性家事育児参加が先進国最低レベル

高齢者優先の政策

社会保障費の大半が高齢者向け

若年層への投資(教育住宅子育て支援)が不十分

日本人高齢者が多すぎるから子どもが産めないのかな

日本って女性のほうが人口が多い。しかしそれは長寿からだ。

若い人が婚活とか妊娠を考えると日本世界トップレベルで不利なのでは?

いい加減気づいたほうがいいよね。

外国語勉強して嫁ぐか婿入りしたほうが子供が持てる可能性が上がるということ。

2025-11-04

日本医療制度社会保障現実

日本世界で最も長寿の国の一つであり、国民皆保険制度によって、誰もが比較安価標準的治療を受けられる。これは世界的に見ても非常に優れた仕組みだ。

 

たとえば、がん治療の中でも注目されている光免疫療法(レーザー治療)がある。

この治療現在、頭頸部がんに対してのみ保険適用されている。肺がんなど他の部位にも有効可能性が指摘され、治験は進行中だが、国内外ともに結論は出ていない。

 

患者が、たとえば初期の肺がんに対して光免疫療法を自由診療で受けることは可能だ。

しか日本では「混合診療保険治療自由診療の併用)」が原則禁止されているため、

レーザー治療選択するとその他すべての治療保険適用外となり、すべて自費になる。

制度として「おいしいところだけ保険で」という“つまみ食い”を防ぐ仕組みになっているのだ。

 

臓器移植の例

アメリカでは年間約1万4千人が臓器提供を行い、3万5千件以上の移植手術が実施されている。

一方、日本では年間149人にとどまる。人口比で見ても大きな差だ。

 

それでも、日本では臓器移植保険適用であり、さら公的医療費助成制度を併用できる。

アメリカのように「高所得者しか受けられない医療」とは対照的だ。

 

もし日本アメリカ並みに移植件数を増やしたらどうなるだろう。

人口比で計算すると、およそ年間1万人の命が救えるかもしれない。

しかし、そのコストをすべて保険負担すれば、医療財政は確実に破綻する。

 

命にも“コスパ”の現実がある

日本医療制度は、「どの治療公的資源を使うか」を経済合理性で選別している。

まり「標準治療」は、世界最高峰技術をすべて使えるという意味ではなく、

費用対効果コストパフォーマンス)を最大化するための妥協点として設計されている。

 

海外では一般的治療法だが、日本では保険が効かない」というケースは多数ある。

理由は単純で、それを認めると制度全体が維持できなくなるからだ。

 

「命は地球より重い」という理想を掲げ、あらゆる先進医療や高額薬を

制限保険適用すれば、制度のもの崩壊する。

 

たとえば、一年生存率が1割にも満たない高齢患者に対し、

1億円を超える治療を行うことに経済合理性はあるだろうか。

誰に尋ねても「ない」と答えるだろうし、実際に制度もそれを許していない。

限界と不均衡

すでに日本医療介護制度財政的に破綻寸前であり、どこかを削らなければもたない。

仮に今後、頭頸部がんへの光免疫療法が「コスパ見直し」で保険適用外になれば――

治療中の人は来月から自費でお願いします」という事態理屈の上では起こりうる。

そんなことになれば国会大炎上し、千代田区デモがあふれるだろう。

新しい治療法の採用抑制的でも叩かれないが、一度採用したものの取り消しは炎上案件となる、そこに合理はなく情緒なのだ

 

冷静に考えればすでに現状でも命は“選別”されている。

医療リソースには限りがある以上、制度設計とは結局、

「どの命に、どれだけの社会的コストを割くか」という配分の問題にすぎない。

社会保障本質

医療制度介護制度は、突き詰めれば徴収(税・保険料)と分配(給付)の設計に尽きる。

充実させたければ、社会保障費を増やすしかない。

問題は、その分配が誰にどれだけ公平かということだ。

 

現状では明らかに高齢偏重になっており、

現役世代子育て世代の納得感を失わせている。

これが、今の社会保障制度が抱える最大の不均衡である

 

一言で言えば「老人を殺せ」だ

/ChatGPT15分

2025-10-26

110歳まで生きる気でいるんだけど、70くらいで死なないか心配

一応両祖父母が存命で95とかなんで、遺伝的には長寿家系っぽい

お金の積立とかも考えると110くらいまでは生きたい

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