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はてなキーワード: 我が家とは

2026-01-21

プレ花嫁(笑)、顔合わせやりたくねえ

当方25女

その婚約者28

神奈川在住。顔合わせの日程でもめている。

我が家の条件…日曜希望

父親がとんでもないブラックシフト制のパート

日曜以外休んでるのみたことない。多分休んだら給料が減る。有給とかあるのかな?多分彼には「元旦休みではない」と言ったことはあったが、父の職場がそこまでブラックだと気づいてないっぽい。

婚約者親の条件…地方勢のためゆとりある日程

神奈川から4時間かかる地方在住。

開催場所…未定

私たちも我が親も神奈川在住だから

神奈川開催なら婚約者親には来てもらう必要がある。

婚約者の主張は下記2点

・遠方から来る親を優先すべき

・3連休中日開催希望

(1日目移動、2日目顔合わせ、3日目移動)

そして先駆けて自分の親に「避けるべき日の相談」を行い、彼としては3月の3連休(金土日)がよいと考えていた。

まり、我が親に土曜休みを強いる想定。

日程相談したことさっき初めて聞いて超がっかり

なんだこいつって思った。

以下、私の主張。

彼は3連休がよく、私は日曜がいい。

じゃあまず日曜が中日となる3連休を探せば?

誰も調整せずに済むからね。

入籍11/22を予定している。

余裕があるんだからなにも急ぐ必要はない。

2月時点で土日月の3連休は早くともGWだ。

それでいいじゃん、と言ったら「それぞれやりたいことがあるかもしれん」とか言い出した。それをしないために前もって余裕をもって計画するんじゃないの……?「私はないよ」と言ったら渋い顔してた。親に確認してみろじゃあ。主語かいけど、たぶん自分大学の友人たちに会いたいんだと思う。てめーの言葉でしゃべれ。

そして、段取り的にまず確認するのはうちの親。状況を説明し、土曜に休めるか相談する。承諾が得られればそれでいいし、それでも日曜にしてほしいと言えば日曜限定でセッティングする必要がある。

それを怠って自分の親を優先しろってなんだそれ。

しかも、3連休中日がいい、3月がいいってさ、実際に親が言ったわけではないからね。あくまで彼自身がこうしてあげたいという考え(!)

実際、もめた後に彼が親に確認したところ、「最悪日帰りでもいいよ」と言っているわけだし。さすがにそんなことさせないけど。でも、要介護祖父を自宅でみてるひとたちが2泊3日も空けるかな?とおもう。きっと普通の土日でもいいと言うし、(土曜移動、日昼開催、その後帰宅を想定)そんなに観光休みたいと言うなら勝手有給でもなんでも取ると思いますが…。

うちの親に譲歩しろっていうの?とか言ってたけど、普通の土日に親が有給取得するのを「無理させる」とするなら、土曜開催にした場合私の親だって無理させてると考えてほしいところ。

だって、ある程度日にちの目星をつけてから希望を聞いたほうが答えやすくない?オープンクエスチョンで「いつがだめか」なんて聞かれても困らね?

てかそんなにむりさせたくなきゃ私の親と一緒に大阪でも名古屋でも中間地点であってやろうか?

なんか指摘されたら自分否定されたと思うみたいで

はいはい俺が悪かった。その日でいいよ」と投げやりになって不快人間が小さい。

これって双方の親という重要取引先との会食だから

その自覚あるかな仕事でその一連のムーブやれる?

視野が狭い。思い込みがつよい。間に立つのが下手すぎてイライラする。こいつが間に立つ親とのセッティングは大体こちらが不快な思いをすることが多い。

自分音頭取る気は失せた。案を出してもらって、

そこまでして私の親を休ませたいなら電話なり実家訪問なら場をセッティングするから自分説明してくれ。

こんなんでやってけんのかなー

何を切った包丁から洗うべきか

何を切った包丁から洗うべきかについて、妻とレベル1ぐらいの喧嘩をした。

私が子の離乳食の準備をしてた際、りんごを切った包丁を水ですすいでニンジンを切り始めようとしたのを妻に見られたのが発端だった。

妻の言い分では、何かを切った包丁は次のものを切る前に必ず洗うべきらしい。

一方私は、りんごニンジンも既に何度も与えてる食材なので仮に何かが混ざったとしてもアレルギー心配はないし、りんごを切っただけの包丁をいちいち洗剤をつけたスポンジで洗うのはやりすぎだと思う。

これをきっかけに、「じゃあ何を切った包丁からあなたは洗うの?」という質問が飛んできた。

「少なくとも、野菜果物は多分洗わなくてもいいや、バナナみたいな粘っこいものをみじん切りしたら洗わないとちょっと気持ち悪いけど我慢できる、刺身もよく水で流したら我慢できなくはないけど、生肉は何であろうと洗わないと無理」ということを答えたら、ズボラ過ぎると言われてしまい、全て洗う運用我が家統一することになった。


実際のところ、これって俺が本当にズボラ過ぎるのか、妻が神経質すぎるのか?

2026-01-16

猫なんだけど、猫まんま食べてみたい

猫まんまというものがあるらしい。

我が家では出てこない。

関東では、ご飯かつお節としょうゆをかける。

関東では、ご飯みそ汁をかけるらしい。

我が家テレビ天気予報を見ると関東らしいから、ご飯かつお節としょうゆになるだろう。

食べたい。

猫まんまを食べたい。

しかしどうやら、猫の体には悪いらしい。

炭水化物塩分が多すぎるとか。

怖くなってきた。

やっぱりちゅ〜るが一番にゃ。

昔のキュウリ存在感想像を絶するレベル

キュウリの断面図を家紋にするやつが出てくる時点ですごい立ち位置だよな

いま食卓キュウリの輪切りみて「!!!我が家、これでやっていこう!」ってなる人いるか?って話。

2026-01-14

東京都第一子保育料無償化のせいで保育園落ちた

東京住まい。第二子2026年4月0歳クラス保育園申請で落ちた。

第一子の時から比べると、近所の保育園が増えて、0歳児待機児童はほぼゼロに落ち着いてた。余程のことがない限り、保育園に入れるはずだった。

それが、「東京都の第一子保育料無償化の影響で近隣の県から移住者が増えているらしい」、「例年になく保育園への申し込みが殺到したらしい」、という情報を他のママから聞いたのは保育園の申し込みを終えた後だった。

それでも、夫婦ともフルタイム正社員で、育休から復職加点の着く我が家大丈夫だろうと思っていた。

みごとに落ちた。申し込み数をなめていた。現時点の待機児童は0歳児だけでも100人を超え。1歳児はもっとひどい。

え、どうするのこれ?

育休を延長しても1歳児のほうが空きが少ないのだから、入れる保証なんてない。

こんな状況だから、近隣の認可外保育園はすでにいっぱいだ。入れたとしても、満員の電車バスの通園になる。

子供負担かけて、高い保育料を払って、なんのために働いてるの?となる未来が見える。

保育園に入れた第一子を持つ人たちが無償化恩恵を受けるために、待機児童が増えてしまう。施策の失敗じゃない?キャパを考えてよ。

70歳、余命あと1年の娘

anond:20251225124730



から、バズったといって、URL送られてきました。自分病気ネタバスらせないでよ、と思いつつ読むと、昔のことを思い出されました。まあ、ここまで詳細書かないでよともおもうけど。匿名ブログには、匿名ブログで返信というルールみたいなので、こちらで書きます身バレ防止のため、今どこで何しているみたいな話はなしで。あと孫プレッシャー、、、父おい、、、配慮しろ。まあ確かに、父は「人生で最高だったのは、●●ちゃんが生まれてきてくれたこと。子育てって最高に楽しい」と、今も言っているからなあ。


父の祖父(私の曾祖父)と祖母(私の曾祖母)は、猜疑心が強く怒りっぽく、夫婦仲も悪かったみたいです。で、そんな親に育てられた父の父(私の祖父)も、突然怒るとか、物事を悪意にとらえることが結構あったと。で、環境的に遺伝したのか、父もそういう性格がありました。なにげない発言を悪意に捉えて、怒るなど。まあ、世代連鎖みたいなものですかね。父の記事は、自分についておおむねよいところしか書いてない感じですが、実際は欠点もあります


ただ、父が偉いなと思うのは、私が小学校低学年の時に、この問題に取り組んでほとんど無駄に怒らなくなったこと。母は、「もっとから取り組めばよかった」と言っていますが、まあこれは頑張ったと思います。何世代にも渡った猜疑心の輪を解き放ったのかな。


父は忘れ物多く、色々なことを先送りにする、という特徴があるので、ある種のADHDかもしれません(的外れだったらごめん)。


父の強みは、何か面白いものがあれば取りあえず試してみる、あとは人を助けること、まず信頼することでしょうか。例えば、たまたまマレーシア空港カウンターの列で知り合った人と仲良くなって、その後彼の家に遊びに行って、彼の日本ビジネスを助けて、その後生涯の友になるとか、妙な行動力があります。まあ、運が良かったね、みたいなところも多いのですが、楽天的物事ポジティブに捉えることがいいなと思います。なお、見た目は全然かっこいい系ではない。


教育ビジネスにおける父の価値観は、教育大事だが、基本的には効率よくお金稼げるようになるのがもっと大事、私みたいなサラリーマン自営業うまくいかなかった人にはなるな、サラリーマンとして勝ち得たビジネスは、全部会のもので引き継げないが、自分で勝ち得たビジネスは、全部自分に残るぞ、とよく言ってました。母は、この商売根性お金儲け主義)をあまり好まなかったですが、私はこの、いか人生ショートカットを探すかみたいな思考は好きです。


母は、基本警戒心が強く、やや引っ込み思案だが、私の教育に熱心でとにかく真面目。父と母の個性はかなり逆なので、ある意味補完できていたのかと。母も素晴らしいところたくさんあるが、本筋とそれるので詳しくは書きません。


小さい頃は、父は時には兄のような感じで、いかにお母さんから怒られないようにするか、いかに隠れて遊ぶか、いかにアホな遊びをするか、みたいなことをよくやってました。お母さんが寝たあとにこっそり、父のゲームコレクション遊んだしました(主に対戦もの)。マリオカート各種、アイスクライマースマブラ各種、鉄拳各種、バーチャロン桃鉄など。いちばん好きだったのは、アイスクライマーかな。点数対決、どちらが長く生き残るか対決とか、ルールを決めて繰り返し遊びました。アイスクライマーって、協業しても競争しても楽しい任天堂屈指の名作だと思います。今も夫とSwitchで遊んでます(父よ、Switch2はもらうぞ)。私が小さいときは父とはふざけてばかりいたので、二人まとめて母によく怒られました。「お母さんにばれないように、夜アイスクライマーやろう」といって遊んでいたら、無性に笑えてきて、お互いが「笑っちゃだめ!バレル!www」みたいな。


父の教えは、

できれば35までには、独立して自分で稼げるようになるといいよ、私は気付くのが遅かったが君ならできるサラリーマンをしていても、ノウハウをどう独立したときに生かせるかを常に考えるといいよ

英語絶対できるようになりなさい。私は下手くそ英語で苦労した。日本英語ができると何故か給料高い職業アクセスできる。私のような平凡おじさんでもできたのだからあなたなら簡単のはず

プログラミング勉強しなさい。プログラミングができると、自分ものを作れるようになり、独立への近道になる。直接プログラミング関係ない仕事をしたとしても、役立つこと多い

サラリーマンとすごい起業家の間には、小さく成功した起業家がたくさんいる。彼らは有名にはならないが、金は持ってる。これも一つの成功モデル

といったポイントかな。

中国語もできるといいよ、と言われたが、私はどちらかというと韓国のほうが好きなので、中国語はやらなかった。今は、夫とK-POPデーモンハンターで盛り上がっているよ。


英語は早いうちからレアジョブとかDMM英会話、あとフィリピン留学(父同行)などで鍛える機会を作ってくれた。TOEICの点数が1点上がったら100円あげる、みたいなゲーミフィケーション?もやってましたね(母に内緒で)。あとは、我が家では英プレと読んでいたのだが、父と私が、英語プレゼン作って、英語で話すというのを月1くらいでやってました。しゃべる時間は15分、スライド枚数制限なし、テーマ制限なし、質疑応答5分、というやつで、これは今にも役に立ってる。緊張したら、聴衆はじゃがいもだと思えばいい,中国語じゃがいもは土豆(トュードウ)なので、中国人はみなプレゼンの時にトュードウというといって心を落ち着けている、という謎の教えをいただく。後にこんな言い伝えはないと、中国人から教えてもらう。こういう変なウソ小ネタが父らしい。


プログラミングは、私の頃はプログラミング教室とかそんなになかったので、どこからプログラミングできる学生さんを見つけてきて、1:1(主にオンライン)でプログラミングを学ぶ機会を作って、scratchから教えてもらう、といったことをやってました(教室ができてから教室もいった)。レゴのmindstorm教室とかも。今は子供向けのプログラミング教室もいっぱいあっていい時代ですね。このあたりを深堀すると、私の今の仕事ばれそうなのでこれくらいで。


大学入学が決まった直後、父が「今日夜1時間いい?」というので、OKしてリビングに行ったら、「大学入学おめでとう!世界へ羽ばたく●●ちゃんへ!」みたいなタイトルプレゼンモニターに映し出されてて、父の伝えたいメッセージプレゼンをやってくれたこと。それが、わざと90年代みたいなふざけたレイアウトですごく笑った。


この父のプレゼンでは、特に犯罪に逢わないこと、レイプされないように注意すること、怪しい宗教に関わらないこと、詐欺師を見抜く方法とか、具体例とともにやけに詳細に説明してくれたのが面白かった(宗教ごとの勧誘の違いとか、このマニアック情報は父の趣味だろと)。飲み会では、睡眠薬混ぜられるのを防ぐために、飲み物を飲み終えてからトイレ行くとか。今も守ってます。そして、「あなたが直面する問題の多くは、お父さんとお母さんが助けることで、簡単解決できるものも多い。なので、抱え込まないで連絡して。困ったら人を巻き込むのも能力」とも。

父が最初のガンになったときに、父の死は覚悟していました。最初のガンが寛解したあと、父は、「いま寛解なのは神様たまたまくれたロスタイムみたいなもの。体も意欲も前とは違うが、相当ラッキーだ」とよく言っていて、自分が死んだあとの準備を着々と進めてました。特に相続関連と、残されるであろう母について。


書いていくときりがないのだが、父よ、ありがとう。娘は元気です。一年と言わずもっと長生きしてよ。さみしいよ。

2026-01-12

こたつの上にコーヒー+少しのゼラチン 洗濯ものを干してて、

戻ったら

コーヒーゼリーになってた😲

こたつの上なのに部屋寒すぎるぅぅぅ🥶

部屋で寝てたら、鼻呼吸するとき空気が冷たすぎて

鼻(の穴)が痛くなって目が覚めちゃったりするんだぜ

🐈ほんと我が家雪山みたいなものかニャ💦

🐶ここをキャンプ地とするッ 🐇他人事だと思って🐶酷いわね~

2026-01-11

娘のシール経済圏発展しすぎ問題

ボンボンドロップシール世間では暇そうな主婦学生がこぞって買いに走っているのをご存知だろうか?

我が家も同じである。土日に口を開けばシール探しに行こうと毎度言ってきて、探しに街に出かけても類似しかない。

そんな娘の学校でも勿論シール同士の取引が行われている。

シール情報屋シール相場屋の登場までは想像していた。

しか現在はそこから更に発展している。

まず、シール譲渡権利書が出回っている。シール先物取引である

クラスの中に文具屋の子供がいるらしく、入荷と同時に入手が確約されるので、その子から権利書が発行された事が発端らしい。

こうなると、とにかく取引に幅が出る。

権利書の売買

他にも権利書を発行する人が多発

権利書の信用度も異なり、権利が履行されなければ権利書の価値と信用度が下がり、取引されなくなる。

シール保険屋、権利書が履行されなかった場合シール保険屋が保証する。

譲渡猶予期限が過ぎても履行されないシール権利書をまとめて買取り、シール取り立てを行うシール債権屋。

など様々な発展をしているらしい。

2026-01-10

息子が戦闘機にハマりだした

YouTube第二次世界大戦戦闘機関連の動画ずんだもんや3Dのやつ)をいつの間にか見るようになり、我が家冬休みはずっとそれがテレビに映ってた。

漢字算数も褒められた成績ではないのだけれど、自学習ノートに何も見ずに零戦の絵と説明を書いてたのは感心した(字は汚い)

好きなパイロットもいるようで、それはドイツとか他の国の人で私は知りもしない人物だった。

私は、戦闘機に関してはその悲惨さの方に目がいってしまうので一緒に楽しむことは出来ないのだが、多分私より戦闘機戦争については息子のほうが詳しいだろうな。

今も楽しそうに発砲スチロールで作った戦闘機で妹と遊んでる。

そろそろ宿題やってほしいんだけど、止めて良いものか悩み中

2026-01-09

子ども3歳、我が家の戦力

子を持つまでは、小さな子ども家庭内で守られるだけの存在だと思っていたけど、2歳も過ぎると意外にも家庭内の人手にカウントできるようになってきた。

片付けや配膳などの簡単な手伝いはもちろんだが、大人にできないことをやってのけることもある。

さな子どもはどうやら視界に入ってくる情報大人ほど取捨選択していないようで、忘れっぽい親どもがどこに置いたかからなくなった小物類を大人より早く見つけてくれる。

また、マッサージして〜と頼んでうつ伏せになると、背中に立ってフミフミしてくれる。14キロの重みが丁度いい。

可愛いだけで十分なのに、まさか役にまで立ってくれるとは。サイコーすぎ。一生愛す👊

2026-01-08

anond:20260108102359

同じくフルタイム勤務でASD児の登校渋りを体験した者として体験談と自分が知ったサービスなどを残しておく。


無理やり連れていく

子も二次障害うつっぽくなって登校渋りが長引いたし、無理やり連れていくことで登園にプロセスが嫌になってしまうので、無理はさせない方がよい。

無理やり連れていったとしても、おそらく園での生活で馴染めていないことが、登園渋りの原因だろうから何も解決しない。

ASD児は定型発達の子より多くの困難を抱える。感覚過敏(聴覚、味覚等)、コミュニケーションの困難さ(友達と好きなものが合わない、コミュニケーションが独特で馴染めない等)、睡眠障害(寝つきが悪く昼寝をしにくい、逆に過眠等)などなど。その時期の子どもは自分の思っていること、嫌なことを言語化できないので、おそらく何が嫌なのかまだ本人もわからないのだろう。けれども「嫌」を察知しているから、登園渋りに繋がっている。


仕事を諦めるしかないのか

仕事を辞めることはいつでもできるが、同じ会社にもう一度入社することは困難である。辞める選択肢はなるべく最後カードとして取っておく。(私も何度も辞めようと思ったが、結局辞めなかった。発達障害児お金がかかるので、これは賢明選択だった)

辞めないためにできることは、

会社休職制度確認

看護介護休暇(年5日)、介護休業(年93日まで)のような制度でまずは数か月休めないか検討する。子にASDの診断がついているか診断書を用いると介護休業が使えそう。詳しくは「育児・介護休業法」で検索して。

保育園内の調整を保育園に依頼する

→①加配の先生をつけてもらう(もうついているかもないが)

 ②訪問支援を利用する(市役所から保育園に専門の職員派遣してらって子どもの様子を確認して助言してくれるサービス。お住いの自治体にありますように)

 ③保育園と調整して合理的配慮を依頼する(自分の子が苦手な場面を少しでも和らげられるような工夫を園とともに検討する)

児童精神科との連携

→①主治医での服薬調整

 ②臨床心理士カウンセリングで現状を相談

福祉サービスとの連携

相談支援事業所相談してみる。(精神子どもを見られる事業所が少ないこと、相談員がなかなか見つからないのがネック)そこで相談から紹介された福祉サービスを利用する。(移動支援など)

ということができそう。(素人がまとめた内容なので、間違っていたら申し訳ない)

とりあえず、まずは一週間は保育園をお休みしてみることをお勧めする。そしてあなたも何もしない日を一緒に過ごす。それで子のエネルギーが溜まってきたなら行ってみればいいし、難しそうであれば休業を勧める。登校渋りは長期戦になる人も多いので(我が家も登校渋り10選手くらい)親のエネルギーを消耗しないことが大事。親子でよく食べてよく寝て。

そして登校渋りが延長戦になって小学校以降に続いたとしても、小学校以降は一人でお留守番もできる年齢になってくるし、学校放課後デイサービスの人が迎えに来てくれるサービスもある。フルタイムを諦めたくなるだろうけれども、正念場は数年~5年くらい。そこを乗り越えられますように。この親子に幸あれ。

2026-01-07

掛け算は本能なのだろうか

我が家の小1は、言語レベルが2歳児くらいなのだけど、キューブを並べて、

3 by 3 by 3 equal 27!と英語で叫んでいた。

音で覚えただけかな?と思って(なにせ知的障害なので)

試しに、

3かける6は?

と聞いてみたところ、

18÷3=6と書いて

「eighteen, minus, three equals six!」

続いて、

18÷6=3と書いて

「eighteen, minus, six equals three!」

と叫んだ。

うーん、日本語の問いに英語で答えるのも無茶苦茶だし、聞いたのは掛け算で割り算じゃないし、÷はminusじゃないんだけど、掛け算割り算の概念はあるようだ。

そのあとも、いろいろ観察してると、九九とおぼしきフレーズを呟いてる時がある。

英語だし、発音も悪いのでなにを言ってるのかわかることは稀だけど、確実に九九だった。

親や保育園言葉シャワーを浴びてる日本語より、YouTube経由での英語を喋るっていうのが第一オカシイしんで、イレギュラーすぎるんだけど、それについてはさておき、掛け算って勝手に覚えるもんなんだなと感心した。

俺が掛け算を覚えたのは小2で、唱えさせられた記憶がある。

知的障碍児だって勝手に掛け算に興味をもって、勝手マスターするというのは、ちょっと驚いた。

2の累乗みたいなことを呟いてたりもした。

今のYouTubeって凄いな。子供勝手勉強してくれるんだな。

ちなみに、言語全然なので、

リンゴが5こありますミカンが3こあります。あわせてなんこでしょう?」

みたいな問題すら解けない。

2026-01-03

anond:20260103122021

誰にだって問題提起可能だろう。

そこでアヴドゥルが「我が家は代々コーカソイド家系黒人の血は一滴も混じっていません」と宣言すれば済む話。

おまえこそ黙ってろ。

2026-01-01

妻の母親が来る

タイトルの通りである


元日我が家へ来るらしい。一泊。

妻に対し、月の中頃に「あんたの所に行ってもいいか?」と打診があったそうだ。

年末年始等であれば、本来こちらが実家へご挨拶に伺うのが筋であろう。

ただ、妻の実家訪問することが非常に難しい土地柄であり、それを言い訳訪問をサボれている。

当方実家距離的には非常に近いのだが、仏壇に線香あげる程度で、ほぼ接点はなく妻にも「我が実家はキ〇ガイが多いため近づくべからず」と伝えている。

関係なく近づいている様子ではあるが。

と言うことで、両実家や親戚等とはあまり接触することなく日々過ごしている。


元日の妻の母親来訪は2年連続である

前回は、近隣のホテルを予約してそこで一席設けて、お義母さんはホテル宿泊してはどうか?と妻に提案してみた。

と言うのも、我が家は共有部が極端に少なく、客間どころか、玄関開けたらすぐリビングレベルである

妻の「我が家には訪問客は現れない」という思想からそのような設計になっており、人が泊まれるスペースがないのである

あと、来られるのがダルかったから。こちらがメインであることはご賢察ください。

母親から「〇〇のスペースあるじゃん、そこでいい」と、ホテル宿泊提案は一蹴された。

妻はと言うと、仲は悪くないが来られるのは若干めんどくさい、しか親孝行もせねばならぬ、といったアンビバレントな面持ち。


っていうかさ、俺がおかしいのかもしれんが、そもそも元日に嫁ぎ先に泊まりに行くってなんかすごくねえか?すごくねえのか?

元日じゃねえけど、そういや妻兄弟の嫁ぎ先にも泊まり行ってたな。

そういう時ってホテルに泊まるもんじゃないの?

これ、正月の決まりごとにしようとしてねえか?別に死ぬほど来てほしくねえとか行きたくねえって程のもんじゃないけど、なんか、ちょっぴりイヤじゃねえか?

妻は「まぁまぁ、(義父は逝去したため)寂しいんじゃない?たまにはいいじゃん。」、テンプレ回答、おっしゃる通りです。

私も妻母親とは仲はいいと思うんですけど、何て言えばいいんでしょうか。

正月よ?365日分の1よ?そんなん言ったら全ての日が365分の1だけれども。


俺の自身実家への感覚が異常とも思えることに起因している気もするが、やっぱなんかイヤなんだよねえ。

妻の事を考えて、イヤって思う事も多分ダメなんだろうねえ。

めんどくせえなあ。

年末年始帰省をやめて、やっと自分人生が始まった

さっき、ずっと憧れていた海外ミュージシャンライブを観て帰ってきたところだ。

身体は冷えているはずなのに、心はホクホクしている。 今、なんだか感動している。

ライブの余韻もそうだが、何より「今現在自分人生自由謳歌できている」という事実感謝してもしきれない気持ちだ。

近年になってやっと、年末年始に「自分の好きなことだけ」をやれるようになった。

ここに至るまでは長かった。 学生の頃から父親首に起因する障害を患い、身体が思うように動かなくなっていた。

そのせいもあってか、若い我が家では「年末年始帰省」は絶対的義務とされていた。

帰省すると、母からは必ずこう言われた。 「お父さんの気持ちの張り合いになるから自分の部屋に籠もらずリビングにいなさい」

父はもともと会話をするタイプではない。リビングにいたところで、交わすのは二言三言の会話程度。

あとは延々と、強制的テレビを見ているしかなかった。

自分テレビを観るのが苦痛で仕方がないタイプ人間だ。

興味のないバラエティ番組やお決まり特番を、ただ座って眺めさせられる数日間。

強制的自分時間を浪費させられているこの時間が、本当に、苦痛苦痛で仕方なかった。

「親のために」という名目で縛り付けられていたおかげで、地元の友人たちと遊ぶこともほとんどできなかった。

当然のように誘いは断り続け、そのせいで地元友達とは完全に疎遠になってしまった。

父も辛かったのだろうが、当時の自分にとって、帰省とは「時間ゴミ箱に捨てること」と等しかった。

ずっと後に、父が亡くなった。 それを機に、母に伝えた。「もう一生地元には戻らず、都会で生きていく」と。

年末年始帰省はやめた。顔を見せるとしても、別の季節にすることにした。

それから何年も経ち、自分都心で、世界最高の音楽を浴びて帰路についている。

誰に気兼ねすることもなく、見たくないテレビ強制されることもなく、心震えるような体験時間を使えている。

お父さん、お母さん、自分解放してくれてありがとう

あなたたちの息子は今、好きなことだけに時間を使い、とても幸せ気持ち年末年始を過ごさせてもらっています

実は自分も、平均寿命結構短くなる病気を抱えている。 もしかしたら、人より時間は少ないかもしれない。

からこそ、こうして手に入れた自由時間を、残りの人生時間を、1秒たりともゴミ箱になんか捨てず、有意義に使わせてもらいます

元旦くらいは母に電話でもかけよう。

2025-12-28

業者キッチンを汚された話

※汚くて気持ち悪い話





2025年厄年で最悪なことがたくさんあったが、今日それらすべてを上回る真相解明編に辿り着いたので書いて吐き出すことにした。



今年の秋ごろに換気扇エラーが出てしまい、自分でなんとかするも結局解決できなかったので本体記載されていたP社のヘルプデスク電話した。

そして指定された日時にその修理担当業者は来た。

インターホンを押したのは小柄で温和そうなおっさん一人。

朗らかに挨拶され、その時はこれでもう大丈夫だと安堵したのだが実はこれこそが悪夢の始まりだった。



まずは家に上がってもらい作業の様子をしばらく見守ることに。

我が家換気扇には洗浄機能がついており、本体が汚れると警告音がなるのでお湯を入れて洗浄ボタンを押すという簡易的な洗浄は日常的にやっていた。

だが、もともとの性格ズボラなため、今の家に住んで12年経つが換気扇は一度も開けて洗ったことがない。

100億%汚いことはわかりきっているため「すみません、汚くて…」と苦笑いを浮かべながら詫びたのだがなぜかおっさんはこれを無視

しばらくそのまま無言で作業をしているので、なんとなく気まずくなり私はそこを離れ子供たちの世話をすることにした。

その途中ガチャガチャと流し場の皿を勝手に動かす音がして(ん?)となったが端に除けて作業をしているのだろうと思い、気にしないでいた。

予定した時間よりも早めにおっさんが来たのと、子ども朝ごはんを食べるのが非常に遅いため皿を洗う間もなかったのだ。ズボラでごめんなのだ

終始無言で作業していたおっさんは一時間ほどして作業を終え、無言から反動か急に子供たちとベラベラと話しをしだした。

おっさん作業のお礼を言いつつ「さーて、皿でも洗いますか」と流し場を見て思わず硬直。

グレーの細かい謎の汚れがスプレーで吹き付けたかのようにびっしりと皿やコップにこびりついていたのだ。

春のパン祭りの白い皿の白いところがほぼなくなるほどの謎の汚れ。

なにこれ!?すぐに洗わなきゃ!とパニックになり皿洗いを始めた私を横目におっさんは帰っていった。

自分のやったことなのでわかっているはずなのにおっさんはそのことに一言も触れずに帰っていったのだ。

手洗いをして洗浄機に放り込んでお湯で洗ったはずなのにその謎の汚れはまだ残っていた。

修理で上がり込んだ他人の家の食器をこんなに汚してなんの謝罪もなく帰るって何!!!!??????

当時はパニックになり、何も言えぬままおっさんを帰してしまったが、ぐらぐらと煮えたぎるような怒りが後からわいてきた。

子供と話している暇があったらその謎の汚れの説明をしてくれてもいいのでは?

家に子供たちと女一人だからと舐めくさっていたのだろう。

旦那のいる土日にすれば良かった、皿を早めに片付けていれば良かったなどと後悔は尽きない。

そのあとはクレーム入れて返金や汚れた食器の弁償をしてもらいなんとか怒りは収まったのだが、本題はここからである



冬ごろからまた換気扇調子が悪くなった。

火を消すたびに毎回エラー音がなり、エラーによって数字が点灯するのだが今回はヘルプデスク電話しないと直らないようだった。

絶対に嫌すぎる。もうあの会社人間を家に踏み入れさせたくない。

ガスは問題なく使えるのでうるさいエラー音を我慢しながら一か月ほど使用し、年末大掃除にこのタイミングで初めて自分でネジを外して換気扇を洗うことにした。

換気扇カバーを外すとそこには大量のGの糞と一匹の死骸が転がっていた。

そのあたりの処理を旦那にやってもらい、私は換気扇を洗うことに徹した。

長らく洗っていない換気扇は油と汚れが茶色粘土のようにこびりついている。

それを一心不乱に歯ブラシでこすり落としながら私はふと疑問に思った。

クレームを入れた時にこのグレーの汚れはなんですか?と聞いたがP社の担当は油汚れだと言っていた。

だが今こうして私が必死に戦っているこの油汚れは主に茶色黄色で黒やグレーのものは見当たらない。

あの場にあったグレーの汚れと言えば一つしかない。

ゾッとした。

担当者の言う通り油汚れであってほしいとさえ願った。

そんな邪悪人間など存在するわけがないと思いたかった。

一人でこの恐怖を抱えていられず、思わず旦那相談したが

100%そうであるとは限らない。真相はわからない。あまりもう考えないほうがいい」と言われて何も言えなくなった。



あのおっさんに不幸になれとは思わない。

人を呪うと自分に返ってくるからであるおっさんのためではなく自分のためである

から、あの時や今日不快な思いが何十倍にもなっておっさんの元へと返り、自分にはそのぶんの幸せめぐりますように。

死ねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

子供を産むだけ産んで育てないで済む方法ない?

子供産むのは構わないんだけど育てたくなくて困ってる。

やっぱり男の人って「女を孕ませたい」って願望があって、女が自分の種を受け入れてくれたみたいな部分で、男としての充足感を得ることができる部分が少なからずあると思うんだよね。

から、私は夫に対して「私は貴方に孕まされてもいいほど貴方を受け入れている女ですよ」って誠意を見せることで、夫の男としての自信を底上げしたいし、普通に夫の種がこの世で次世代に継がれるのはありがたいことだと思う。

ただ、本当に心の底から子供を育てたくない。めんどくさいしうるさいし汚いしお金かかりすぎるし。

から、産むだけ産んで合法的にどっかで誰かが育ててくれんかな。特別養子縁組?みたいなやつあるっぽいけど、例えば生まれた後に障害があったからやっぱり引き取りたくありませんとか言われても困っちゃう。なかったことにしたいか親権全然いらない。

ただ、どうやら特別養子縁組は裁判で認められないといけないらしく、我が家の家庭事情だと厳しいだろうか(安定企業の夫と専業主婦の私の二人暮らし実家支援も期待できる…)。ただ、後で厄介ごとに巻き込まれたくないか親権ごと譲り渡したいんよな。法的に無関係責任のない状態にしたい。赤ちゃんポストに入れるのが一番かなあ。どうするのがええんやろ。

家族という呪いの話

私には3人の家族がいる。父・母・兄。

父が東大に、母が医療系の専門学校に通っていた頃ふたりインカレサークルで知り合って、20代の終わりに結婚した。その頃父はまだ博士課程にいて、国家資格持ちの医療従事者となった母が支えたらしい。それから父は博士号を取り、大手企業研究職に就き、兄が生まれ、私が生まれ、母は専業主婦になって、家族みんなで父の海外赴任について行ったこともある。家を買って、"家族4人"で暮らしていた。料理上手で家庭的な母と、頭が良くて順調なキャリアを歩む父。兄も私も健康で、大きな問題を起こすこともなかった。絵に描いたような家庭。

私たち問題がなんなのか、いつどのように始まったのかわからない。

母は「お父さんも結婚する前は優しかったの」と言う。でも結婚してすぐ手をあげられたことがあって、親にも誰にも言えなかったらしい。幼い私から見ても、偉いのは父で、母は従う人。父は家ではなにもせず、母は頼まれる前からお茶飲む?」と聞いて、「いい」と言われてもなお「あったかいの淹れることもできるよ。この間○○さんにお土産でもらったのがあるの」と言いつのって「要らないって言ってるじゃん!」ときつく言われ黙り込むような人だった。いま30代となった兄の振る舞いは、この父によく似ている。私も内心で母に苛立つ。

しかった思い出もある。夏のキャンプとか、塾でいい成績を取れたら遊園地に連れて行ってもらえたこととか。

ふれあい動物園が好きで、小学生の私の"将来の夢"は獣医だった。父が言った言葉からそういうことになった。

でもどこかに向かう車内の何気ない会話で父が激高して、そのまま気まずい沈黙が流れたり、Uターンして家に帰ったりした記憶も同じくらいある。

父が声を荒げたり物を壊したりするのが怖かった。されるがまま、言われるがままで、ただ黙って父の壊したものを片付ける母がもどかしかった。

から小学校卒業する頃、父が単身赴任すると聞かされた時は嬉しかった。私の中学受験が終わった頃で、「せっかく受かった志望校を諦めさせるのはかわいそう」というのが家族で引っ越さない"言い訳"だったらしい。私たち子供意見は聞かれなかった。この頃の父は激務なのか家庭の不和なのか、メンタルクリニックに通っていたらしい。"職場に近いところで寝泊まりしたいから"一人暮らし用の部屋を借りていた時期もあった。でも父が辛そうにしていた記憶も、幸せそうにしていた記憶もない。父が私のマグカップを使ったことがあって、それが気持ち悪くて二度と使わないと心に決めたことだけを覚えている。

そうして家族3人での生活が始まって、私は母の選んだ中高一貫校に進学した。

ふたつ上の兄は地元公立。兄も中学受験のために塾通いをしたけれど、本人のやる気が足りないからと父が打ち切ったらしい。後の大学進学を含め、"お父さんのお気に入り"である私の学費は父が、"お父さんはお兄ちゃんに厳しい"から兄の学費は母が捻出したらしい。母は資格を活かして復職し、一人で兄と私を育て、家事をし、仕事もしていた。朝は6時前に起きて朝ご飯とお弁当をつくってくれて、電車通学の私を駅まで送ってそのまま自分も出勤する生活

かに父は、兄より私のことが好きだと思う。母より兄より私の方が父の物の考え方を理解できるという感覚が、幼心にもあった。父が母に向かって声を荒げる前にそれを予測できたし、単純に兄より私の方が勤勉で、成績がよく、いわゆる"優等生"だった。父と私は似た者同士なのかもしれない。私は父のことが嫌いだったし、父も私たちにさほどの関心はないようだったけれど。単身赴任を始めて以来、父と会うのは年に数回、話すのは数分になって、それが今日まで続いている。

対して母のお気に入りは兄だと思う。兄は今も母と実家暮らしている。月5万を家に入れて、当番制でときどき食事を作り、母はそれを褒める。掃除洗濯も家の修繕費負担も母で、「お兄ちゃんが作ってくれておいしかった」と聞かされるのは大概がパスタの話だけど、兄は"いい息子"、私は"手がかかる娘"。実家を出て自立していても、兄より収入が多くても、"昔は全然家のこと手伝わなかった"から、私は永遠に手のかかる娘。だって兄よりは手伝っていたけれど、母は男尊女卑の根強い家庭で育ったのだと思う。身内を貶すことも文化のうちなのだと思う。

兄と遊んだのは小学生中学年くらいまでで、まだランドセルを背負っていた頃に「恥ずかしいから外で話しかけないで」と言った記憶がある。共通趣味話題もなかったし、兄の自意識が透けて見えるような言動が恥ずかしかった。でも、ひどい言葉だ。私の方から関係を壊したのかもしれない。その頃には既に一緒に遊ぶような関係ではなかったけれど、兄はより話しかけてこなくなった。

兄が高校3年、私が高校1年だったか、その1年前か、その年のセンター試験をそれぞれ解いて、いくつかの教科は私の方が成績がよかった。兄の能力を低く感じ始めたのはこの頃かもしれない。でも兄は、受験プレッシャーもあっただろうに、「すごいね」というようなことを言ってくれた。そう言える兄のことをすごいと思った。兄のことを尊敬したのはこれが最後になる。

その頃の私たち兄妹はろくに会話せずそれぞれの自室にこもって過ごしていて、物の貸し借りはなかったし、用があるときはドアをノックする関係だった。

でもある夜、ふと気配を感じて目覚めたらベッド脇に兄が立っていた。驚いて「何?!」と聞いたら兄は無言で出て行った。いま思えば、次の日にでも「なんだったの?」と聞けばよかった。聞ければよかったのに、どうしてできなかったのか、なにが問題なのかわからなくてこれを書いている。私は聞けず、兄はなにも言わず、ただただ気持ち悪く思いながら寝て、その後も何度か夜中に兄が部屋に入ってくることがあった。ただそこに立っていて、一度は布団に触った。物を持っていったことはなかったと思う。

母には相談した。相談しているときに兄が帰ってきて、母はそのまま私の前で「○○の部屋に入ってるの?」と聞いた。兄は否定して立ち去って、母は「入ってないって」と私に言って、話はそれで終わった。一度じゃないのに。入ってきてるのに。それで私はいよいよ兄のことが気持ち悪くなって、食器バスタブも兄の触れたものは使いたくなくて、夕食と入浴を捨てた。水道を止めるために蛇口を触ると、その手をまた洗いたくなって困った。その手を拭くタオルも兄とは別のものを使いたかったし、それでも同じ洗濯機で洗っていると思うと気持ち悪かった。夕飯を食べない生活なのに今より随分ぽっちゃりしていて、なのに生理は2~3カ月に1度しかこなかった。でもそういうことは、我が家では問題として扱われず、兄が遠方の大学に進学して家を出た。2年後に私も出た。

家を出て本当によかった。高校までと大学からで、自分を違う人間のように感じる。連続した人生とは思えない。高校までの記憶ぼんやりしていて、本当にあったことのように感じない。

大学で、回し飲みができるようになった。学校生活を生き抜くために必要から無理して維持しているだけじゃない、本当に好きな友達ができた。次に会うのを楽しみにできて、泊まり複数日一緒にいることができる。大切な思い出、というのができた。私のことを大切にして尊重してくれる恋人もできた。一人でいるより一緒にいる方がいい、と思っていることに気づいて驚いた。

その人たちから本当に多くのことを学んだと思う。

関係が近いからと言ってその人を貶す必要はないということ。嫌なことがあったら話しあった方がいいこと。伝えたら聞いてもらえるということ。行動に移してもらえるということ。私も聞きたいし、行動を変えたいし、それは案外簡単で、延々と不満を溜めこむほどのことではないということ。好きな人がいると幸せだということ。いろいろな形の幸せがあること。お互いを思い合う夫婦もいること。家族はなんでも話せる相手、と思っている人もいるということ。

そうして月日が経って、生活人間関係が安定するにつれ、家族のことが嫌いになった。高校までの自分のことも、あまり思い出せないけれど、思い出せたら嫌いになる気がする。

男尊女卑、人を見下す視線、高い要求幸せの形を押し付ること、人の気持ち無視すること。

母は"いい母"として"いい家庭"を築くことに一生懸命だった。本当にすごく努力して、くれた?と思うし、その努力根性尊敬している。でも母が見ていたのは理想家族像であって、私たちではなかったと思う。父と結婚したのは東大生だったからじゃないのか。父が声を荒げて物を壊しても、抵抗しなければ嵐は止むから、私が内心でどんなに兄を気持ちわるがっていても、「気にするな」と取り合わなければ黙るから、そうして"穏やかな家庭"を得ることにしたみたい。「お父さんとは話合いにならない」「なにか言ったらもっと荒れる」と母は言うし、父の気が荒いことは事実だけれど、一方で父は非常に論理的な人でもある。

話し合いを諦めたことは、なにを諦めたことを意味したんだろう。"かわいそうな被害者"として父への不満を言い続けた母は、なにを得たんだろう。

復職してから家計折半になり、生活ももらっていないらしい。母はそのことを誇りに思っていて、それが私には、自立を誇っているというより父なしで生きていけることを誇っているように見える。父は、父としても夫としても、基本的に不在だった。今でも不在で、お互いの退職後にどこでどう暮らすのかは、楽しみな計画というより悩みの種となっている。

母が口癖のように言うこと。

専業主婦とき社会に認められていると思えなかった」「資格を取りなさい」「子供を産みなさい」「毎月25日はATMが混んでてなんでかなって思ってたら給料日にはすぐ生活費をおろすって人が結構いるみたいなの。生活に余裕があるって有難いことだなぁってしみじみ思った」

私はどうしても子供がほしいと思えない。

結婚したいと思える人が

母親というのは娘より息子の方が好きらしい

 題は最近職場の休憩スペースで、あるいは電車で耳にし、インターネットでもよく見かける説である。曰く、「そりゃ当然息子の方が可愛いに決まってる」と。

 当方は長子であり、自分の下に弟とも呼びたくないうんこ野郎存在している。本当にうんこ野郎なのでここからうんこ野郎表記する。多分自分母親うんこ野郎の方が好きだったろう。

 その扱いの差が、そしてうんこ野郎の態度があまりにも腹立たしくて普段は頭から追い出しているが、年始ちょっとうんこ野郎絡みの気掛かりなことがあるので思い出しついでに増田にでもするかとはてな登録した。匿名でもないとなかなか書けないような話だしあんまり人に聞かせるような内容でもないが、増田ならばこんなのも受け入れる器があるはずだと見込んでいる。話半分、そういう家もあるんだなと思って読み流してほしい。

 うんこ野郎自分と4歳離れた第二子であった。幼少期は比較的可愛らしい顔立ちだったのでいたくチヤホヤされていた。まずもってこのときのまつ毛イジリ(自分は女だがまつ毛が細く少なく短い。うんこはその逆)からコンプレックスを植え付けられていたのだが、こんなのはまだ序の口である

 明確に扱いが違うと感じだしたのはゲーム機が途中からうんこ野郎専用機しか与えられなくなったことだ。当方現在20代世代青春と言われるうごメモなんかが入った3DS以降のハードうんこ野郎しか与えられていない。DSハードとしての旬を終えて以降ゲームの話が何もできない自分は周囲から大変に浮いた。

 当然不満は伝えたが、「お前はいずれスマホを持つようになるはずだ。そのときゲームはやればいい」と一蹴された。そのくせ、スマホを持つようになって嬉々としてアプリDLしたら「スマホ電話機であってゲーム機ではない」とシバかれた。正論ではあるので言い返せなかった。

 その後うんこスマホデビューをし、何故かスマホと並行してSwitchを買ってもらって某ゲームに勤しんでいた。

 心が狭いのは重々承知の上だが、うんこゲームをやる時間を捻出するためにうんこの手伝い当番を代わらされることも親公認結構あった。当時当方受験を控えていたにも拘らずである。そりゃおかしいだろうと文句を言ったら女親(母と祖母)総出で「うんこ可哀想だと思わないのか」とめちゃめちゃ怒鳴られた。そのせいで当方は今もそのゲームが嫌いである。結構有名なゲームだが、ビジュアルを見るだけでイラッとする。

 実家で起こったうちで一番大きかった事件近親相姦未遂である大学生になった自分の布団に中学生うんこが潜り込み、「姉ちゃん大好き」「女の子身体ってどうなってるのか教えて、見せて」などとのたまいながら服に手を突っ込んできた。上も下も。

 「そういうことは彼氏にも許してない」と言いながら手を払いのけると、今度は身体に跨って服越しに陰部を擦り付ける動きを始めた。気持ち悪さ、悍ましさのあまり声も出ず、運動部所属うんこ万年文化部女子だった自分が退かせられる力も出るはずがなく、やっとの思いで父親を呼んで引き剥がして連れて行ってもらった。

 翌朝食卓で言われた言葉が「あんたが姉としての威厳がないから悪い」「あんたも1人でしてるでしょ(※以前母が夜中に自室に立ち入ってきてバレたことがある)」であるうんこには「そういうのよくないよ、メッ」程度であった。家族間の問題なので父母間で共有されていること自体はともかくとして食卓で言うことではないだろ、とか、威厳とか関係ないだろ、とか言いたいことは山ほどあったが、話が通じなさそうだったのでこのときに心を固く閉ざした。

 他に実家時代事件といえば、鬱を拗らせて片付けができず大荒れの当方の部屋に綺麗好きの祖母から駄賃をもらったうんこが立ち入って全てをゴミ袋に詰めて捨てようとしたことがある。大事ものもあったので捨てるな!と泣いて取り戻そうとしたところ首を絞められた。もちろん片付けのできない当方が悪いことにされ、首を絞めたうんこはお咎めなしであった。誰のせいで鬱になったと思っているんだと言いたい。

 その後社会人になって実家脱出し、とはいえ完全絶縁は諸事情あって不可能だったので仕方なく関わり続け、それなりの距離感を保つようになってもなおうんこには苦しめられた。うんこと関わりたくなくてLINEブロックして家族から怒られたり。うんこ文化祭で使うから当方趣味で使っているもの要求されたり。この件は結構酷くて、まずうんこに物を貸したくないのと「こういうのが欲しい」という要望に合うものもなかったので断ったところ、ケチで断っていると思われて非難轟轟だった。渋々一番出来が悪いものだけ手渡したら散々アレンジの名の下ぐしゃぐしゃに弄り回された上で「使わなかった」と後日返却されたのだ。原型を留めずに戻されるであろうことは予想できていたがまさか使わなかったとは。当方が浴びた非難は何だったのか。

 我が家にいたうんこ息子はこんな奴である。これほどのことをしておいた上で、なおも実家で顔を見るたびに「よっ姉貴」と話しかけてくる。面の皮が水族館アクリル水槽くらい分厚い。うんこに姉と呼ばれるなど苦痛しかない。

 ましてや「陰キャの姉貴よりも友達多くて予定多くて大変」などと小馬鹿にしてくる自称陽キャ(本当に自分陽キャと言っていた)の癖に家族LINEひろゆきの影響丸出しの喋りや5年遅れのネット用語を得意げに披露するようなのは先に挙げたようなことがなくても恥ずかしくて姉を名乗りたくない。長年キモめのオタクをしている姉もドン引きである

 こんなうんこであるが、現在医療関係の職に就くことを目指して勉強中だそうだ。大層な志である。姉の首を絞めたその手で、辱めたその手で患者を救おうなど可笑しくてへそで寸胴鍋ほども茶を沸かせそうだ。

 とにかく、こんなのでも母からすると娘よりも可愛いらしい。女親は男児が好きすぎて〜という論説がTwitterにはびこるのも実感を持って理解できる。何せ近親への性的嫌がらせさえもチャラにして被害者咎めるような好きっぷりである。異の唱えようがない。個人的にはこれと同時に「家庭内の力関係は姉≫超えられない壁≫弟である。姉最強」みたいな論もまことしやかに囁かれているのが理解できないが、他所の家庭ではまた事情が違うのだろうなと無理やり納得している。

 ところで、この増田を書くに至った年始の気掛かりな話についてだが、このうんこ彼女現在実家にそこそこ入り浸っており、「お姉さんにも会いたいです♡」などと言っているそうだ。年始帰省したらしれっと居るなんてこともあり得てしまう、というかその確率がかなり高い。そもそもうんこのことを除いても実家のノリが好きではなくうんこのことも実弟だと思いたくないのに、入り浸れるほど実家とノリが合う知らない女にうんこの姉だと思われるなど気分が悪い。どういう経緯で姉の存在言及されたかもわからず、しか当方家庭内序列最下位に置いている我が家でいい文脈であるはずもなく、それも含めて怖い。とにかく会いたくない。だが帰省しないとさらにろくでもない目に遭いそうだ。

 あ〜あ。実家爆発しないかな。

 長々と失礼しました。こういうの初めてなのでさぞや読みづらかったでしょう。ごめんなさい。

 もし嘘だと思うなら、それはとても幸せなことだと思います。こんな変な家庭で起きていることに理解が及ばないほど、まともで普通に育ったということなのでしょう。当方としても嘘だった方が嬉しいです。

 何せそういう人は、こんなくだらない増田のことは忘れて早く寝てください。

 でも世の男児親一同は、うちの悍ましい家庭の話を忘れずに、自分が産んだ息子は責任持ってうんこよりはまともに育ててください。

2025-12-26

父の暴走を止められず、実家老後破産した話

1人で抱えきれなくなってきたので、今年のうちに吐き出しておく。フェイクを混ぜているので、細部に矛盾があったら申し訳ない。

端的に言うと、父親(70代半ば)が暴走し続け、それを誰も止められず、実家老後破産し、事実上崩壊した、という話。なお現在進行形で、父の浪費と暴走は止められていない。

コロナ前〜コロナ

帰省するたびに「マスクに何の意味があるの」「ワクチンは毒」「医療業界が儲けたいだけ」など言われた。トランプ氏を褒め、選挙不正がある、といったことも食事の際に熱弁された。家族グループLINEにも、そういった主張をするYouTube動画ブログ記事が頻繁に送られてくるようになった。適当に相槌を打ち、無視していれば直接的な実害はなく、当時は深刻に受け止めていなかったため、周囲に「父が陰謀論にハマって反ワクになったwww」とネタにしていた。

増田実家に住んでいたこから、両親は言い争うというより、必要最低限しか会話をしない関係だった。自分で言うのもなんだが、増田存在緩衝材になってた。「この2人を残して家を出たらまずいのでは」と薄々感じてはいたが、「いい歳して実家暮らしから抜けることを優先してしまった。

増田はうっすら父親のことをADHDASDだと思っており、そっと母に打ち明けたところ、意外にも素直に病院へ行って診断がおりたらしい。ADHDASD傾向あり、というような説明を受けたと聞いた(詳細は曖昧)。ついでに母(70代前半、結婚後ずっと専業主婦)のことはカサンドラ症候群だと思っている。

2023年あたり

父は長年、会社勤めではなくフリーランスに近い働き方をしていたが、すでに開店休業状態収入年金のみだったが、現役時代生活の質を下げられなかった。これは母も同じ。

普通預金の残高がマイナスになるが「口座の残高がマイナスでも定期預金があれば使い続けられる」という謎理論を持っており、母の警告を無視しつづけた。父なりに年金以外の収入を得る方法模索していたようだが、勝算の見込みもない未経験ジャンルに手を出してしまい、これが老後破産の始まりだったんだろうなと思う。父は昔からものすごく衝動的に行動して速攻で飽きる。たぶん特性なんだろうな。こういうやつに財布を握らせてはいけない。我が家みたいになるぞ。

・「将来の収入につながる」「これから時代必要」と、数十万円単位セミナーや講座を繰り返し受講するも、実際の収入には一切つながらず。

・一時期、特定政治団体に入党(のちに脱退)、栄養系(?)の情報に傾倒し、「小麦や油、砂糖は害」系の主張を始める。

・母の料理をさも「毒まみれ」のような発言を繰り返し、糖尿病患者レシピ本を買い「今後はこれに載っているメニューのみ作るように」と指示。ただし差し入れ菓子めっちゃ食う。

自己啓発系講座を転々とし、民間資格のようなものを取得。サプリメントプロテインを大量に購入し、摂取を始める。もともと若干スピっていたが加速。

2024年あたり

母に「詐欺だと思うから止めてください」と言われるも、黙って金を振り込み、投資詐欺に遭い1000万円を失う。

資金源は、定期預金の一部を解約、残りは、実母(=増田祖母からの援助。

すべて終わってから聞かされた。増田は母に「金銭管理の主導権を完全に握るべき」「父からカード類を全部取り上げたほうがいい」と伝えたが、母は実行できなかった。

後述するが、父は話し合いが成立しないタイプで、約束も守れない。長年の結婚生活の中で、母の気力はかなり削られていたのだと思う。

2025年

年明け、父から「口座残高がなく光熱費が払えないため、自宅をリースバックすることにした」と、ほぼ決定事項のような連絡が来る。

そこで初めて、過去セミナー関連のローンが合計100万ほど残っており、毎月の返済額が十数万円あること、年金収入だけでは完全に赤字であること、かつては数千万あった貯金が、ほぼ枯渇していることを知った。父は「この先、母(=増田祖母)が亡くなったとき遺産で、また自宅を買い戻せる」と言った。

一般常識のない増田だけど、リースバックは止めたほうが良い気がした。自宅が買い戻せる保証はないし、こんなになるまで危機感を持てなかった父が、また大金を得たからと慎ましく生活できるわけがない。それに、母の人生があまりにも報われない、と思ってしまった。父による、ここには書ききれないほどの大小のトラブルで、母がいろんなことを諦めてきたのを知っている。とにかく母を助けたかった。母に「増田が養うから、父と離婚して増田と一緒に暮らそう。犬も飼おう」と言ったが「できない」と拒否された。

なので増田は、先に母と増田弟(既婚・子無し)に同意を得たうえで、家族会議にて以下を実行した。

・父が勝手処分できないよう、実家の名義の一部を増田が取得

カードローンを全額返済

・月5万円の仕送り開始

・父をお小遣い制に

FP相談し、家計の整理を依頼

・父には年金以外の収入源を探してもらう

夫婦から金銭面を一部請け負ってもらったが、その後、父の浪費が改善しないことを知り、現在はほぼ絶縁状態増田や母とは関係良好)。

増田は一応、正社員として働いていて、2000万くらいの貯金と、自社株を数百万円ほど持っているので、そこから仕送りを捻出する。冠婚葬祭など臨時支出負担も一応加味してある。

ボーナスが1円たりとも出ないなか、我ながらよく頑張ったと思う。この先、この貯金をどうしたら良いのかちょっと悩んでいるけどそれは別の話。

なお、このときにも母に「生活費の管理は、父がアクセスできない口座でやるべき」と伝えたが、再度拒否されている。

父の年金の振り込み先、光熱費その他諸々の引き落とし先がすべて父名義の口座なので、そこを起点にするのは変えたくないと言われた。

■いま現在

お小遣い制度は早々に破綻し、父は、昔の知り合いのツテで得る単発仕事不定期)の収入生活費に入れず、全額自分の懐に入れるようになった。「AIコンサルタントを目指すので、今後も単発仕事収入生活費にはできない。ご理解ください」と、年金以外の収入生活費にも、残高マイナスの口座の補填にもあてられなかった。散々「取り返せ」と告げたのに全く動こうとしなかった、過去仕事未払金も、自分自由に使えるお金がほしいために動いた。数十万円。二の舞いはごめんなので、「2026年6月までに定期収入が得られなければ追加の生活費を入れろ」と伝えたがたぶん無視される。

母は、相変わらず年金内で生活が回るようにやりくりしている。「遠いスーパーのほうが安かったか健康のためにも歩いて行ってきた」とうれしそうに報告してくれる。

そんな状況のなか、父が無断で生活費の口座から金を引き出す事態が発生した。カードの引き落とし額が、自分の口座の残高を上回って払えないから、だそうだ。さすがに母を説得し、せめて増田仕送りだけでも、と仕送りの振込先を母名義口座に変更した。増田は父に「あなた自由に使えるお金を増やすために仕送りをしているわけではない。生活費の口座から金を引き出すのは承諾できない」と伝えた。父からは、「あなた(=増田)が拒否することで、誰が幸せになるのか」といった内容の長文LINEが連投された。

つい3日ほど前、再度、生活から父が十数万円を引き出したと、母からメール転送されてきた。

「新しい仕事の準備のためにセミナー講座費用必要、単発仕事の依頼があったが、ADHD先延ばし癖と鬱が重なり、作業が終わらず入金されなかった。つらい中でも頑張っているのだから、責めずに応援してほしい。」

疲れた

父は話し合いができない。お互い少しずつ譲歩して、妥協点を見つけることができない。毎回、5000文字~1万文字の長文メールLINEで、自己正当化自分未来を語る現実逃避、そして感情的こちらを支配する内容が書かれている。この1年、父と接してみた増田がだいぶうんざりしているので、母のメンタルは相当にきつかったはずだ。長年の結婚生活で、母はたぶん徐々に気力を失っていったんだと思う。意見反論をしようものなら、何倍もの量で主張が返ってくる。だから、母は増田に父の愚痴を言ったり、「また勝手お金を引き出された」とメール転送してくるが、「じゃあ阻止するためにこうしよう」という具体的な提案は受け入れられない。

唯一の光として、老健に入っている祖母が亡くなったら、父は自宅を相続できる。実家よりも資産価値が高い。増田は「祖母がなくなるまで持ちこたえられたらこっちの勝ち」ゲームだと思っている。でも、父にまとまった金を渡すとまた同じことの繰り返しになりそうだから祖母の自宅は売却せず、家賃収入などで生活費の足しにしていったほうが良いんだろうかと思う。揉めそう。

今でも何が最善だったのかわからないし、この先どうすべきかもわからない。2025年リースバックを「勝手にどうぞ」と、手を離してしまったほうがよかったんだろうか。書いてて思ったが、増田、母にも色んな局面で、やんわり助けを拒否されてるな。

随分とお金をかけて育ててもらった。自分社会人になって、いわゆる「実家、割と太かったんだ」とわかった。その結果、第1子がアラフォー独身、孫ゼロなんだなという負い目はある。アラサーの頃、父に「普通結婚するもんでしょ」と言われたのをまだ覚えている。ああ自分普通じゃないんだなと思った。どこまでやったら恩返しになるんだろう。

増田結婚して孫の一人や二人でもいれば、こんな事にならなかったんだろうかと思うこともある。だけどもう年齢的に手遅れだし、今となっては、自分と弟の代で家系図を終わらせることになって良かったのかもしれないと思う。

2025-12-25

我が家サンタ業、そろそろ終わる

我が家サンタさん小学生プレゼントをしてくれるので来年我が家サンタさんが来るのが最後の年となる

長かった。子供が男女で数人いるのでプレゼントの用意はずっと大変だった

男子サンタさんなら魔法でなんでも叶えてくれるから100万円欲しいとか、まだ発売していないゲームソフトが欲しいとか戯言を言うのでそれを諭したり

女子自分では欲しいものがわからないけど何か期待を超えるプレゼントが欲しいという受け身ここに極めりの態度。願い事で自分の期待を超えるもの要求するのはダメだろ、と一緒に選んであげた

子供達のプレゼントを一緒に選んで注文して受け取って隠してクリスマス前日にこっそり出して…やることが多くて面倒な上に子供感謝するのはサンタさん

何度か匙を投げようかなと考えた。けど自分が親からしてもらったことを自分の子供にもしてあげようと最後まで頑張ろうと今まできた

サンタ業はこんなに大変だったんだな、と改めて自分の親とサンタ業をやっているすべての親御さんがすごいと感じた

うちの子供達やサンタさんからプレゼントをもらったすべての子供達は感謝気持ち次世代に繋げていって欲しい

君は誰かのサンタさん。大変だけどね。でも受け取った側の嬉しい気持ち一生物

クリスマスになると思い出す、兄がサンタを見た話

幼稚園くらいの頃のクリスマス、兄が夜に「サンタさんいる!!」と騒ぎ出して目が覚めた。

我が家ではサンタさん手紙とお礼のお菓子を用意するのがお決まりだったんだけども、用意したはずのお菓子がなくなってる。兄が言うには、そこでサンタさんが立って食べてるのを見たとのこと。

慌てて逃げてったのか、プレゼントは置かれてなかった。

そのあとすぐ二度寝して、起きたら枕元にプレゼントが用意されてて。

筆記体メリークリスマスが書かれた手紙が置いてあるから、お父さんもお母さんもこんなかっこいいの書けないし(今思うと謎理論)、やっぱりサンタさんはいるんだ!!と。

何より、兄が見たって言ってるんだからサンタさんは本当にいるんだなあって思ってた。

そのせいで、人よりサンタさんを信じてる期間が長かったりしました。

周りがサンタさんは親なんだよって言ってても、「いやでも、お兄ちゃん見たって言ってたしな」みたいな。

実際のところ、プレゼントを置きに来た父がとりあえずその場でお菓子を食べてた(なんで?)ところを兄に見られたらしい。特に仮装もしてない、そのままの"父"だったので、結構やらかしてるんだけど、部屋が暗かったのと兄が純粋だったからバレなかったらしく。

サンタさんは居ませんでした。

2025-12-24

クリスマスだよ!

子供バカだ。後先考えず目先の欲望を叶えようとする。

俺の息子がそんな大人になっては困るので教育的配慮クリスマスプレゼントは無い。

彼は4,5歳で向こう百年先まで前借りしてしまったのだ。愚か者

 

ガチャガチャやりたい」

ダメだ」

「今後の誕生日プレゼントをこれで」

「辞めといたほうがいいと思うが」

「どーしてもやりたい!いい!前借りで」

 

こんなことが続き、百均ガラクタにまで前借りを乱発した挙げ句もはや寿命はるか先まで使い切った。

からもう誕生日プレゼントクリスマスプレゼントも無い。

今年7歳の誕生日、その現実説明プレゼントは無いと申し伝えた。

 

なにも無いと可哀想なのでタワシをあげた。掃除でもしてろ。

タワシは我が家定番である

プレゼントは箱を複数用意し好きなものを選ばせる。ハズレはタワシだ。彼はタワシを引いた

息子はアホなので毎回必ず一番大きい箱を選ぶのだ、愚かだ。

当たりはSwitchだったり、ゲームだったり、自転車だったり、値の張るおもちゃだったり。

一発で当てたことはない。まぁ結局は全ての箱を開けさせるのだが。

7歳の誕生日は三択でタワシ、タワシ、自転車(鍵の入った小さな箱)を引いた、愚か者

 

だが、今年のクリスマスプレゼントは無い、もう甘い顔はしないと宣言している。

ポケモンゲームを欲しがっている。やらん

なにも無しは可愛そうだ、そこで今年はハズレ10個に当たり1個だと予告した。

通常だと三択だ、サンタクロースだけに。

 

。。。

数日前から息子に刷り込みをしている、

「キミは愚か者から必ず一番大きい箱のハズレを引くんだよねぇ、あはは

これを繰り返し言うてる、結果、愚かだから一番大きい箱を避けるだろう。当たりはそれだ。

世の中は厳しいのだよ、騙されるやつが悪い。

 

ハズレのタワシには工夫を凝らした

黄金のタワシを作ってやった。ラッカー金色を吹き付けた。

内部までびっしり金色に光らせるのは結構難儀した

光り輝くタワシが完成。うひひひひ、これを引いて落胆する息子の顔が今から楽しみだ。

 

今、妻が嬉しそうにタワシをラッピングしている。

妻とは競争をしている、どちらのラッピングが息子の気を引くか。

まり息子が最初に選んだ箱のラッピングをしたほうが勝ち

楽しい楽しい

なお夕飯の予定は豚しゃぶである

2025-12-22

残ったご飯を持ってかえるママ友がいる

複数人ママ友同士で我が家で集まるときには、我が家もちで食事を用意するのだけど、食事を持ってかえるママ友が1人いる。


今日私体調悪くて、作るのしんどいから持ってかえらしてもらうね!」「今日も持って帰ってあげるね!」「余ったら大変だもんね!うちは他にも子どもいるから!」と持参のタッパーにつめて持ってかえる


食事ピザテイクアウトオードブルなどを、15名分ほど用意している。我が子は1人だけど、みんな兄弟がいるので、連れてきたりしてくれるので、多めに用意している。


持ち帰りママ友以外の家にいくこともあり、そこではいつもお料理を用意してもらったりしている。車を運転してコストコに連れて行ってくれたり、仕事が遅くなったら代わりにお迎えにいってくれたり、誕生日プレゼントをくれたりするママ友ばかりなので、我が家でするパーティー料理を用意するのは全くかまわない。


ただ、人の家で用意されたものを、自らタッパーに詰めて持って帰るというのが、私には理解できない。寿司パンピザサンドイッチチキンなど詰めているのとき「余ったら困るやろから我が家持って帰ってあげるね」と言うのが、恥ずかしくはないんだろうか?と思ってしまう。私の価値観とちがうのでいつも驚いてしまう。


別に持って帰ってもらっても良いけど、手土産なしに人の家にきてご飯を持って帰るのは一般常識としてどうなのかが知りたい。出されたものは全て食べる方が良いということなんだろうか。どちらが正解なんだろうか。

BitTorrent を使った海賊行為に対する開示請求が増えているという記事

https://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/2069262.html

に付いたブコメI KNOW というサイトが紹介されていてアクセスしてみるとエグい履歴が表示されてビビる

すわ、乗っ取りか?何かに感染して踏み台にされてる?

いや、このサイズファイルダウンロードされてればさすがに気付くか

ルータ管理画面で接続されている機器確認。見慣れない端末を発見

お前か!お前が我が家の帯域を盗み取って「幼女全集 36G」をダウンロードしたのか!

端末のアクセス禁止した後に、母親の頼れる相棒ことエコー君のことを思い出し、話しかけてみると反応なし

そういえば君も無線でつながる我が家の一員だったな、すまんすまん。アク禁を解き名前を付けておく

など、一通りバタバタした後にgoogle AI相談してみると

「お前の接続方式ISPの他のユーザIPアドレスを共有する方式から問題ない」とのこと。

ルーターを買い替えた時に「なんか接続方式が変わったなあ、まあ、繋がってるからヨシ!」とあまり深く調べてなかった

その後のAIとの問答と管理画面の情報から、どうやらこのIPアドレス我が家を入れて64ユーザが共有しているらしいと分かった

多分、検索だけでも同じ結論にたどり着けたとは思うが

IPアドレスを共有する方式」という知識がなかったのでかなりの回り道になったことだろう

AIやっぱ便利だわ

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