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はてなキーワード: 個人主義とは

2026-05-09

anond:20260509155344

偶然だよ!日本の衰退は左翼リベラル女性解放個人主義、家庭の解体専業主婦蔑視と、自民党の安い労働力としてのパート派遣女性活用」「女性社会進出」「男女平等」が左右悪魔合体してちゃんと家庭運営してきた中流層解体して、派遣労働貧困個人を大量生成したことだよ。

貧困個人は家庭を形成できず、次世代再生産をする経済的能力がなかった。

2026-05-05

20年くらい前、この調子個人主義が極まれ他人に無関心な人ばかりになるのかなと思ってたけど

意外とそうはならなかった

他人干渉されたくない方向に向かうと同時に、他人への関心はむしろ強まった感じがある

前者は例えば他人生き方にとやかく言うなという声として出てくるし、後者は例えば他人政治を歌うことを強要する声として出てくる

2026-05-04

anond:20260504034259

technocutzero こういう話をはてブでするとだいたいのブクマカが一切の妥協も譲歩もないキショい個人主義思想を謳い出すから意味ないよ なんならお前のことを全体主義カルト扱いだよ 怖いね

https://b.hatena.ne.jp/entry/4786828036887093570/comment/technocutzero

2026-05-03

トランプ氏の行う「人々の感情操作」 ホックシールド氏の警鐘 2026年5月2日 7時30分 聞き手金成隆一 あとで消す

https://digital.asahi.com/articles/ASV4Z2VWGV4ZUHMC00JM.html

 トランプ米大統領の「誇りを取り戻そう」という呼びかけが、2期目は「誇りは盗まれた」となり、支持者たちが抱える「恥」を「怒り」に転換している――。8年ぶりにインタビューした社会学者アーリーホックシールドさんはそう語った。保守的土地に通い、人々の感情を解読することで、何が見えたのか。

 ――前回2018年夏のインタビュー後、アパラチア地方で暮らす人々の心情を理解するためケンタッキー州に通ったのですね。

 

 「米国炭鉱地帯中道左派から右派へと変化した理由を探求する旅でした。新著『盗まれた誇り』は、ケンタッキー州にある全米で2番目に貧しく、白人割合が最も高い選挙区舞台ですが、トランプ氏の最も熱烈なMAGA(「アメリカを再び偉大に」)支持層、非大卒白人層の物語です」

 

 「要点は二つあります。一つ目は、彼らがどう感じたいと望んでいたかという『感情の素地(predisposition)』。そしてトランプ氏がその感情をどうつかんだかという『感情捕獲(emotional capture)』です」




トランプ支持の根底にある「喪失

 ――まず、感情の素地とは。

 

 「喪失物語です。ノーベル賞を受賞した社会心理学者のダニエル・カーネマンが「損失回避性」の研究で示した通り、人間は『新しいものを手に入れるため』よりも、『一度持っていたものを失った後にそれを取り戻すため』に倍の代償を払おうとする。人々がカリスマ的な政治指導者にひかれる傾向を考えるとき、まずこの喪失に目を向けなければなりません」

 

 「それは仕事喪失、機会の喪失、居場所喪失、何より『誇り』の喪失でした。熟練技術時代の変化で無用になるような喪失感も。彼らは非常に誇り高く、例えば、炭鉱労働者の娘は『私たちは貧しい』とは言わない。彼らの文化貧困は恥だからです。その代わり『どれだけ工夫して乗り切ったか』『ボロ切れで人形を作ってどれほど幸せ遊んだか』という、打たれ強さや、他者を助ける力を語りました。しかし外部から貧困層としか見られませんでした。彼らは誇りを失ってしまいました」

 

 「1970年代以降のグローバル化は勝者と敗者を生みました。非大卒白人たちは、収入や機会を『絶対的』に失っただけでなく、都市部大卒白人や、かつては自分たちより貧しかった黒人が上昇していく中で、『相対的』にも敗者となった。ここでは「持てる者と持たざる者」ではなく、「喪失と獲得」の区別に着目しています自分たちが転落していく一方で、周囲の他者は上昇していく。この喪失感が(大統領選があった)16年にあのカリスマ的な人物トランプ氏)の演説を受け入れる素地となりました」



【ここから読み解くこと】

なぜトランプ氏の度重なる暴言は、支持を下げるどころか、かえって熱狂を生むのか。ホックシールドさんは彼を「感情交通整理人」と呼び、支持者の「恥」を「怒り」へと変換するプロセスを解き明かします。



トランプ氏が支持者の感情をつかむ方法とは

 ――では「感情捕獲」は。

 

 「マックス・ウェーバーが分類した『合法性による支配』の指導者典型が、民主党前大統領バイデン氏です。彼は『私が誰かではなく、私があなたのために作ったインフレ抑制法を見てほしい』と無表情で実績を語る。一方、カリスマ支配指導者は『私が何をするかではなく、私自身を見ろ。私があなた代弁者であり、あなたを救い上げる』と語りかけます



 「魔法使いであるトランプ氏は、民主党と(従来の)共和党提供しなかった三つのものを彼らに与えた。私が『感情捕獲』と呼ぶものの3要素です。第一に『承認』。『私はあなたの本当の姿を知っている。かつて誇り高かったあなたが、今はどれほど見下されているかを知っている』と語りかける。私は薬物依存回復施設で元炭鉱労働者男性に会いました。彼は、仕事を失って、家族を養えない『女こどものするような』低賃金仕事しか就けず、深い恥に苦しみ薬物に溺れ、家族も失いました。16年に『炭鉱を復活させる』と叫ぶトランプ氏を見て、うそをついているとわかっていたが、自分のことを理解していると感じた、と語りました」

 

 「第二に、トランプ自身が厳格な父の元で育った『恥をかかされた男』ということ。没落した階級が抱える『構造的な恥』の鉱脈を掘り当てる天才です。『あなたは何かを失った。ひどいことだ。いや違うぞ、あなたたちの誇りは単に消えたのではなく、盗まれたのだ。私がそのプライド泥棒報復する』という物語で、『恥』を『非難』へと変換する。鬱々(うつうつ)とした『消極性』を『積極行動』へと反転させる。まるで地中から石炭を掘り出し、加工して火をつけるようなプロセスです」

 

 「第三に、トランプ氏は4段階の『恥の撃退儀式(Anti-shame ritual)』を提供する。これが最も重要です。①彼が『移民ペットを食べている』といった異常な発言をする。②メディア知識人が激しく非難し、彼に恥をかかせる。③彼が『見下されている私を見ろ。あいつらは私を通してあなたたちを攻撃している。私が代わりに恥を引き受ける』『私が背負った恥に比べれば、皆さんはマシなはずだ』と主張し、まるでイエス・キリストのように身代わりの被害者となる。④しかキリストとは異なり、彼は剣を構えて『あなたたちのために報復する』と語る――というように」

 

 「米国の半分、民主党支持層は、①と②を聞いている。しかし、共和党側やグローバル化の敗者は③と④を見ている。つまり米国人は感情の面で同じ大統領すら見ていないのです」

 

 「私が(著書で)試みているのは、皆さんが『バイリンガル』になる手助けをすることです。理性が提示されたときにはそれに従って考える一方で、人々の感情の流れもたどれるようになるということです。感情にも論理があるからです。先ほど『感情捕獲』の3要素を説明しましたが、特に三つ目(恥の撃退儀式)では、人々の感情チャンネルを合わせなければ見えてきません。理性の領域ばかりに論理を探すのをやめ、感情操作や『どう感じるべきかという感情ルールの設定』といった領域の中に論理を見いだし始めましょうという皆さんへの招待状です」

 

 「トランプ氏は怒りや共感サインを操る、感情交通整理人です。どう感じるべきかという信号を発信している。『あいつらに共感を抱いてはダメだ(赤信号)』『これは敵だ、激しく怒れ(青信号)』という具合に、彼は信号を出している。カリスマ的な指導者というのは、こういうことをするものです。彼だけではありません。ヒトラーも同じことをしました。日本にも独自の(感情が動員された)歴史があります





「失われた」から「盗まれた」へ

 ――とはいえ、「失われた」が「盗まれた」に変わるには飛躍があります

 

 「両者は全く異なります。それが、トランプ氏のやってのけた手品です。人々はすでに他人を責めたがっていた。恥という感情を心に抱え続けるのは耐え難い苦痛で、生き延びるためには何らかの誇りが必要です。そこで彼は『(喪失について)自分を責めるな。盗んだのはあいつらだ』と語りかけた。では、あいつらとは誰か? それは教育を受けた人々、ディープステート民主党員、移民、最終的には『あなたと似ていない誰か』。どんどん拡大しました」

 

 ――「盗まれた」という物語は、耐え難い「恥」を「非難」へとすり替え手品だった、と。

 

 「そうです。そして物語は今、その『あいつら』を罰してやる、という『報復』に移っていますカリスマは、私たちにどう感じてほしいかという明確な『感情面の政策』を持っている。それは彼らが意図したゴールであり、決して副産物として偶然起きる現象(epiphenomenon)ではない。1期目は『赤い帽子かぶって誇りを取り戻せ』という多幸感、恥から解放が中心だったのが、今は『敵を探し出して激怒しろ』という段階に来ている。真の軍最高司令官激怒という言葉は使いません。エンターテイナー言葉です。私たちがどこへ向かっているのか恐ろしくなります

 

他者の痛みを気にしない「直感天才

 ――トランプ氏は、「恥」から政治エネルギーである非難」への変換を自覚してやっていると思いますか?

 

 「直感的にやっているのだと思います。その直感において天才的です。彼だけではありません。第1次世界大戦で敗れて多大な賠償金を課せられ、国全体が喪失感と屈辱にまみれていたドイツで、歴史家が詳細に記録してきたように、ヒトラーも人々の『恥』を巧みに利用したのです」

 

 「トランプ氏に決定的に欠落している最大のものは『他者への共感』です。戦争で亡くなった米兵を追悼する厳粛な場で、彼はゴルフキャップかぶったまま平然としていました。彼は他者の痛みを気にしません」

 

 「ただ、イラン戦争や物価高に直面し、『戦争に巻き込まない』『エプスタイン文書を公開する』といった約束を彼が破るさまを見て、共和党から無党派層へと離れる人々も一部で出てきています。『感情捕獲』の魔法が、少しずつ解け始めている感覚もあります






【ここから読み解くこと】

アメリカ炭鉱町で起きた「誇りの喪失」は、決して遠い国の労働者だけの問題ではありません。AIの台頭によって、やがて世界各地のホワイトカラーにも同じ問題が迫っていると、ホックシールドさんは警告します。



対岸の火事ではないホワイトカラー危機

 ――人々は、実際の生活を豊かにする経済政策より「誇り」を得ることを政治に求めるようになったのでしょうか。更に言えば、常にそうだったのか、それとも、グローバル化デジタル化の時代に誇りを感じることが難しくなり、その埋め合わせを欲している?

 

 「興味深い問いです。現在米国では二つの相反する現象が衝突しています。一つは、経済の硬直化。世界銀行の調査によると、先進20カ国の中で、米国は今や階層間の移動(上昇も転落も)の可能性が最も低い国です。生まれ階級に一生固定される傾向が強い。一方、別の世論調査によれば、若者の6割が『億万長者になりたい』と答えている。機会が極端に減ったのに野心は高いまま持続している。私は『アメリカン・ドリームの圧迫』と呼んでいます

 

 「先日、私はダボス会議で一つの警告を発しました。人工知能AI革命前夜の今、今後5~6年でエントリーレベル仕事の60%が消滅すると予測されている。多くの非大卒白人が探し求めるような仕事です。ホワイトカラー業務でも半分以上でAIの性能が人を上回るようになる。職を失うとは限りませんが、とてつもない大激震です」

 

 「欧州企業3分の2は労働者の再教育プログラムを持っているが、米企業は半分しかない。つまり、私がケンタッキー州炭鉱離職者らに見いだした『喪失』と『恥』、そこから右翼政治に絡め取られるということが、世界中のホワイトカラー層にも起きる危険があるのです」



――人々が誇りを持つことが今後さらに難しくなる、と。

 

 「そうです。私が言う誇りとは、大富豪になるといった意味ではありません。自分社会に貢献していると感じ、誰かの役に立ち、家族を養っていると感じるようなことです。傲慢(ごうまん)さの対極にある美しい感情で、人間生存に不可欠なものミクロ名誉感覚です。ただ、これを失うことは右翼政治の燃料にもなってしまうのです」

 

 ――著書にも書かれていたように後期ラテン語の「prode(プロデ)」ですね?

 

 「そう。何かの『役に立つこと』という意味です。アメリカン・ドリームにおける目標改定必要です。常に親よりも成功する必要があるのでしょうか。夢が『地球を救うこと』『川の汚染を減らすこと』でもいいじゃありませんか」

 

 「人々は自分家族地域社会の中で働き、誇りを得たいと願う。政治から誇りを得るというのは、あくまで代償行為(埋め合わせ)に過ぎません。しかし、誇りを喪失した状態から政治を通じて誇りを満たしたい』という欲求に対して、人々を脆弱(ぜいじゃく)にさせてしまったのです」

【ここから読み解くこと】

自分たち生活を豊かにしたわけでもない大富豪を、なぜ労働者層は支持するのか――。この謎を解く鍵が「プライド経済」。トランプ氏はお金の代わりに、「生まれ持った属性」の価値を引き上げるなどして、人々に「偽りの上昇感覚」を与えているとの見方を紹介します。

「誇りの経済」と「偽りの社会的上昇」

 ――経済を「プライド経済」と「物的経済」に分類していますね。普段、このような区別をしないので違いを説明してください。

 

 「両者には重なる部分もありますが、物的経済とは、あなた収入や家の価値といった数字です。歴史はしばしば純粋に物的な現実に着目して書かれている。マルクス主義者もウォール街エリートも『物的な現実第一であり、文化は上部構造であって二の次だ』という点では一致していますしかし、特に危機的な状況下において、物的な経済にそれほどの優位性を与えるのは間違っています

 

 「プライド経済とは『自分は高い地位/低い地位にいる』という感覚です。私たちは、物的経済プライド経済の両方に生きている。しかし、物的経済の変化には細心の注意を払うけれど、プライド経済重要性については過小評価していることが多いのです。物的な現実ばかり見ていると、見落としてしまうことがあります

 

 「例えば、ジェンダートランプ氏は、カールした長い髪の『スーパーウーマン』を最前列に置き、人々を再ジェンダー化している。そこに新たな『誇り』を結びつけています


「生まれ持った属性」を誇りに変える手品

 「経済的に落ち込んだ地域に向けては、『あなた米国まれ白人で、異性愛者の男性だ』と言い、これらは『プライド経済』において非常に価値が高いことだ、と語りかける。周囲が『いや、いや、ここは移民社会だ』『全員が何世代かさかのぼれば移民だ』と反論しても、彼は『いや、いや。今や米国まれ白人であることはすごいことだ。あなたはそれを誇りに思うことができる』と言う。ご存じの通り、(現代社会では)そうした肌の色や性別特別価値は認められませんが、彼はその値札を付け替えているのです。『あなたは何もする必要がない。あなたがしなければならないのは、白人であり、異性愛者であり、男性であり、米国まれであることだけだ』と」

 

 「彼は『生得地位』、生まれつきの属性価値プライド経済の中で上げようとしている。ある種の『偽りの階層移動(fake social mobility)』です」

 

 ――現実では社会的な上昇が困難になる中、「偽りの社会的な上昇」を差し出している、と。

 

 「もはや自分社会地位階級を上げることが不可能になっている現実を踏まえ、敗者たちが『はい上がる手段』を示し、彼らを狙い撃ちしているのです」

 

 「製造業を取り戻すと言っても、製造業は全米の雇用の8%に過ぎず、自動化も進んでいます。支持者は『製造業を取り戻すことは良いことだ。生まれながらの異性愛者の白人男性が、良い仕事を取り戻せるだろう』と言うけれど、それほど有望ではない。不法移民を追い出すと言っても、彼らは全体の5%で、米国まれ米国人と仕事を奪い合っているわけでもありません」

 

 「また、トランプ氏は、自らの富豪地位も誇示し、崇拝されたがってもいます。妻メラニア氏の豪華なドキュメンタリーを流し、視聴者に『美しく、金持ち彼女が、ホワイトハウスゲストとして招き入れてくれた』と思わせる。文化人類学的に解釈すると、『架空地位の再分配(fictive status redistribution)』を行っているのです」

 

 「物質的な豊かさや数字ばかりに目を向けていると、人々の感情面で起きている変化を、私たちはつい見落としてしまます。私が試みているのは、そこに皆さんの意識を向けてもらうことです」

 

 「トランプ氏が提供しているのは、(富裕層への課税貧困層への支援といった真の)ニューディール政策ではなく、『生得地位』の価値を認め、誇りを操作する、右翼版のニューディール政策です。これまで説明してきたような素地ができあがっていて没落を恐れている人々には響く、この強力な魔法に目を向けなければなりません」

 

バイデン政権に足りなかったものとは

 ――バイデン政権インフレ抑制法など「物的経済」では仕事をしたが、「プライド

2026-05-02

anond:20260502071544

利己的ではなく個人主義なんだよ。

他人は死んでも良い、じゃなくて他人も赤を押せばいいと思っている。自分意思自殺ボタンを押した人を止める気はないだけ。

anond:20260502124008

文化ヘゲモニー(Cultural Hegemony)は、イタリアマルクス主義思想家アントニオグラムシ(Antonio Gramsci, 1891-1937)**が主に『獄中ノート(Prison Notebooks)』で発展させた重要概念です。

 

 

基本的意味支配階級(主に資本主義社会ブルジョワジー)が、暴力強制(強権)だけではなく、文化イデオロギー価値観を通じて社会支配する仕組みを指します。支配階級の考え方(世界観)が「常識」「自然もの」「普遍的もの」として、社会全体に浸透し、被支配階級労働者階級など)が自らの支配に**合意(consent)**してしま状態です。

 

 

伝統的なマルクス主義では、経済基盤(下部構造)が上部構造文化政治・法など)を規定するとされ、革命経済危機を通じて起きると考えられました。

しかグラムシは、先進資本主義国で革命が起きにくい理由説明するため、文化的な支配重要性を強調しました。労働者たちが資本主義価値観個人主義、消費主義競争など)を「当然のもの」として内面化しているため、階級意識が芽生えにくいのです。

 

ヘゲモニーの特徴強制(domination) vs 合意(consent):国家強制装置警察軍隊)だが、市民社会学校メディア教会家族文化機関など)は合意形成する場。

支配階級はこれらの機関を通じて自らのイデオロギーを広め、「現状維持」を自然ものに見せかけます

これに対抗するため、グラムシ労働者階級有機知識人を育て、**対抗ヘゲモニー(counter-hegemony)**を構築する必要があると主張しました。

 

 

グラムシ戦略的提言グラムシ革命戦略として「位置戦争War of Position)」を重視しました。これは文化イデオロギー分野での長期的な闘争で、市民社会ヘゲモニーを徐々に奪取することです。これに対し、直接的な武力衝突は「機動の戦争War of Manoeuvre)」とされます

 

 

 

現代への影響この概念カルチュラル・スタディーズポストマルクス主義(例: ラクラウとムフ)、メディア論、ジェンダー論など幅広い分野に影響を与えました。現代では「文化戦争」や「ポリコレ議論でも、保守派リベラル派双方から引用されることがあります。要するに、グラムシ文化ヘゲモニー論は「力は銃ではなく、頭の中(価値観)を支配することで最も強固になる」という洞察提供した点で画期的です。

anond:20260501125833

個人主義者を気取ってる馬鹿の頭の悪さが痛いほど伝わってくる良問。

実際にやってみれば赤ん坊盲目の人が青いボタンしまくるからその人達を生き残らせるかどうかという話になるわけで、それが判明したらあっという間に青ボタンが90%を超える。

その時に「うるせー!俺だけ助かればいいんだ!」で赤いボタン押したやつは一生無意味な罪悪感を背負うことになるが、それで得することは一切ない。

2026-05-01

anond:20260501125833

これ面白いのは、青派は赤派を「利己的」とみなすところ。

実際は利己的なのではなく個人主義的なだけなんだが。皆が赤を押せば普通に助かる以上、赤を押すことで誰かに迷惑がかかるわけではない。自らの意思で青を押した人が死ぬだけ。

実際、「青を間違えて押しちゃったアホを救うためにお前も青を押せ!」というのは全体主義のものだ。

anond:20260501203829

これ面白いのは、青派は赤派を「利己的」とみなすところ。

実際は利己的なのではなく個人主義的なだけなんだが。皆が赤を押せば普通に助かる以上、赤を押すことで誰かに迷惑がかかるわけではない。自らの意思で青を押した人が死ぬだけ。

実際、「青を間違えて押しちゃったアホを救うためにお前も青を押せ!」というのは全体主義のものだ。

2026-04-13

anond:20260412120412

お前は個人主義者。自己責任論者。テイカー。

 

自己利益の最大化を尊び、負けたやつは子供だろうとそいつの名のもとに負けたままでいさせる。

ギブアントテイクのギブ側にいることを不利益と呼んで憚らない。

 

いや、そういう思想立場は当然あるだろうよ。

ただ、お前は自分自分のことを女性の権利守護であるリベラル、と思ってそうなのが気に食わない。

凄くネトウヨ的なのに。

2026-04-12

推し活とは何の代替なのか?

・生きる意味

コミュニティへの帰属、貢献

・疑似恋愛の一部

自己表現

物語への参加

 

こんなところ?

 

代替されたもの

恋愛の一部、ときめき

人間関係の一部

・育成欲求

宗教やそれに類するイベント、関わりの一部

自己実現の一部

 

なぜそうなった?

リスク回避傾向

個人主義の進行

人間関係の煩わしさ

・疑似関係の完成度が向上した(エンタメ側が成長した)

 

海外ではどちらかというとインフルエンサー依存っぽい

新自由主義によるフェミニズム運動の取り込み

Seattle Journal for Social Justice

His Feminist Facade: The Neoliberal Co-option of the Feminist

Movement

Anjilee Dodge and Myani Gilbert

第14巻第2号(2015年秋)第9論文2016年4月27日

フェミニズムミソジニーによって取り込まれてきた。本論文は、女性解放運動が、操作強制を通じて、いかに家父長制的かつ資本主義的な利害によって植民地化されてきたかを論証する。

この主張を示すために、本論文では、フェミニズム運動が家父長制および資本主義イデオロギーによって植民地化されていく過程を、年代順に分析する。まず、第2波フェミニズム運動の展開と、そこで対立するフェミニズム立場が出現し、売買春およびセックスワーク思想概念として、セクシュアリティと性暴力をめぐって争った、いわゆる「セックス・ウォーズ」を示す。次に、新自由主義の到来と、それがフェミニズム思想形成に果たした役割をたどる。第三に、本論文は、世界的な性産業ロビーが、売買春全面的犯罪化を提唱することを通じて、いかに自らをフェミニズムとして表象しているかを明らかにする。最後に、ワシントン州政治とその力学に焦点を当て、世界的な性産業が、自らの利害を代弁させるために、フェミニズムを前面に掲げた非政府組織NGO)に投資している実例として検討する。

第2波フェミニズムは、女性差別社会全体の構造問題として捉え、家父長制・資本主義人種差別などを一体の抑圧として考えていた。

その立場からポルノグラフィ売買春女性に対する制度暴力として批判されていた。

一方第3波、第4波フェミニズムの一部は、構造的抑圧の分析よりも、個人選択自己決定性的自由を重視する方向に進んだ。

そのため、フェミニズム内部で「セックスワーク擁護派と、反ポルノ・反売買春派との対立が深まった。

セックスポジティブ派やクィア理論は、個人性的自由主体性を重視したが、その結果、階級人種労働制度差別といった構造問題が見えにくくなった。

著者は、こうした流れが、新自由主義個人主義市場主義と結びついているとみる。新自由主義は、自由市場規制緩和商品化を重視する考え方であり、その中で性産業は拡大しやすくなった。

また、「本人が選んだなら正しい」という考えが強まり売買春も「選択した仕事」として語られるようになったが、この見方は、貧困暴力人種差別教育格差などの背景を見えにくくする。

論文さらに、性産業ロビーフェミニズム言葉を利用し、「女性解放」「人権」「自由」などを掲げながら、自らの利益正当化していると批判する。

その具体例として、Eros Foundation、COYOTE、SWOP などが挙げられ、著者は、こうした団体女性保護よりも性産業側の利益を守っているとみる。合法化・非犯罪化で利益を得るのは、女性よりも買春者や業者だというのが著者の立場である

結論として著者は、フェミニズム本来、最も周縁化された女性たち、とくに有色人種女性先住民女性低所得女性を中心に考えるべきであり、必要なのは合法化ではなく、教育・住居・医療仕事地域支援などの社会支援だと論じている。

https://digitalcommons.law.seattleu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1813&context=sjsj

2026-04-11

anond:20260411080452

かにはてな匿名ダイアリーという場の性質を考えると、その発言には一見すると矛盾があるように見えます

ただしこれは「完全な矛盾」というより、複数価値基準を場面ごとに使い分けている可能性が高いです。

順番に整理します。

① 表面的には確かに「軽い矛盾」がある

あなたが感じている違和感はかなり筋が通っています

なぜなら、はてな匿名ダイアリーという場所自体が:

個人の考えや感想を書く場所

• 必ずしも多数の閲覧を前提にしない

ニッチ話題普通に流通する

という文化を持っているからです。

まり

「誰にも見られていないなら意味がない」

という価値観を本気で徹底しているなら、

• 大規模SNS

拡散重視の場所

に行く方が合理的です。

それでも匿名ダイアリーを使っているのは、

本人の中で“意味”の基準単一ではない

ことを示唆しています

② 実際には「自分には適用しない合理主義」が起きている可能

これはかなり典型的パターンです。

他人には成果主義

自分には娯楽主義

という使い分け。

まり

自分が書く → 楽しいからOK

他人が書く → 効果ないなら無意味

この非対称性は、珍しいものではありません。

心理学的には、

自己には動機他人には結果を求める」

という評価のズレがよく起きます

自分:書きたいから書く

他人:誰も見ないならやめろ

という形です。

これは本人の中では矛盾認識されないことが多い。

③ 「暇つぶし攻撃」という行動様式

匿名ダイアリー文化的特徴として、

• 長文を書く人

他人に絡む人

批評をする人

が混在しています

この中で一定存在するのが:

自分では何も作らないが、他人行為評価することを娯楽にする層」

です。

この場合動機は:

建設的な批判

ではなく

• 反応を引き出すこと

に寄っていることがあります

まり

矛盾しているかどうか

より

「何か言いたかっただけ」

というケース。

匿名空間ではこれがかなり増えます

そもそも匿名ダイアリー実態」を誤解している可能

もう一つの可能性は、

その人自身匿名ダイアリー文化を深く理解していない

というものです。

例えば:

たまたま流入してきた

普段は別のSNS文化圏にいる

• バズ志向文化に慣れている

こういう人が入ってくると、

匿名ダイアリー的な:

ニッチ

個人主義

• 記録的

という文化と衝突しやすい。

そして:

「誰も見てないのに書く意味ある?」

という発言自然に出てくる。

まりこれは矛盾というより、

文化摩擦

に近い。

いちばんあり得るのは「場の使い分けが雑」

最も現実的説明はこれです。

人は実際には:

場によって価値観を切り替える

ものです。

例えば:

仕事効率重視

趣味 → 非効率でもOK

議論 → 成果重視

雑談 → 娯楽重視

この切り替え自体は正常です。

ただし今回のケースでは:

切り替えが無自覚

である可能性が高い。

まり

自分は娯楽として匿名ダイアリーを使う

• でも他人には効率基準押し付け

このズレが、

あなたの感じている「矛盾感」の正体でしょう。

まとめ:これは矛盾か?

結論としては、

論理的意味では「軽度の矛盾

心理的意味では「よくある非対称」

です。

あなたが感じている違和感はかなり鋭くて、

ポイントはここです:

「多数に見られないなら意味がない」という価値観を

「少数文化の場」で発言している

これは確かに

その場の文化とズレた価値観の持ち込み

という構図になっています

もしもう少し踏み込むなら、次の点も気になるところです。

• その人は「自分でも投稿している人」なのか

• それとも「コメントだけする人」なのか

• その発言は一度きりか、繰り返し型か

このあたりが分かると

矛盾している人」なのか

「ただの一時的ノイズ」なのか

かなり精度高く見分けられます

2026-04-10

イチロー教育

イチロー氏 「指導する側が厳しくできない」時代の流れ 「酷だけれど…自分たちで厳しくするしかhttps://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2023/11/06/articles/20231106s00001002555000c.html


この記事がたびたび炎上するのは、典型的な「エリート育成」と「全体的な底上げ」をゴッチャにした

教育論になってるからだと思う。


エリートを育成するには、孟子性善説に基づいて伸び伸びと育てれば良い。

エリート候補生になるような学生は、内在的な向上心自律心があるのだから

(そうでないなら、その場にいるべきでない)

指導者は余計な介入をせず、コーチとして支えることに徹するべきだ。


一方で、全体的な底上げをするには、荀子性悪説に基づいて、

けがちな学生の尻を叩いて厳しく訓練しなければならない。


イチロー教育論が炎上するのは、表向き「高みを目指す=エリート育成」の話をしているようで

事実上「しょせんお前らは性悪説底上げをしなければならない非エリートであるから、厳しい指導必要だ」

と言ってるからだ…(性善説性悪説観点で要約するとそうなる)


仮に、高校野球甲子園レベルであっても「性悪説による底上げ必要もの」だとすれば

イチローの言ってることは筋がとおるのだが、そうすると今度は

そもそも部活動って「底上げをする=強くなって試合に勝つ」ためにやってるんでしたっけ?

という別の地雷原に突入することになる。


更に、性悪説によるエリート育成にせよ、性悪説による底上げにせよ、

結局はどちらも「国力を上げるために」という国家経営する側から出てきた発想であって

そもそも個人幸福を追求するものではない。


からこの議論は、コミュニティー規律・結束を重視する保守と、個人主義のリベラル対立に回収されて、

ネットでよくある右派左派の罵り合いとなる…

2026-04-08

映画】エディントンへようこそ を見た

もしもSNS100人の村だったら、51点。

 

コロナ初期のニューメチャシコの田舎町エディントンで保安官をしている白人主人公ヒスパニック市長マスク政策に反発し、ノーマスクの老人を助けたのがSNSにアップされ称賛されたことで舞い上がり市長選に立候補する。一方、主人公母親陰謀論者で、心に傷を抱える妻はロックダウンの中影響を受け陰謀論にハマっていく。そんな中、ジョージフロイト事件を機にBLM運動過熱。町は混沌に陥っていく。

みたいな話が前半。

 

とにかく分断された映画だったって印象。

主人公白人で反マスクの家父長制に侵された個人主義保守的存在として描かれるが、一方で全体主義によって排除されようとしている老人(マスクをすると息ができないと主張する)や、作中でほぼすべての人に無視されるホームレスに水を与えたりする個人守護者としても機能する。

一方でヒスパニック市長は町を守るという名目マスクの着用を義務付けたり半ばロックうダウンに近い状態を町に敷いてそれに対応できない人たちを排除し、一方で自身支援者らに対しては自宅の敷地内で大掛かりなパーティーを行ったりするような二枚舌さがある。

主人公母親シンプル陰謀論者。

主人公が愛する妻は先代の保安官長という町の守護者であり主人公家の家長であった父親から性的虐待を受けており、そこから自身虐待経験からカルト教団を立ち上げた男に影響を受けていく。

市長の息子は自身境遇からもBLM運動に影響を受けるがそこであっさりと出会った女の子と楽しむ立場に転身。

その友人の白人少年女の子漁りにBLMに参加するが最終的にいろいろあってSNS英雄となり1年後には保守系活動者として圧倒的なカリスマを得る。

その白人少年が思いを寄せる女の子は同じく白人の身でありながらBLMに傾倒しているがその視点は「白人と言う特権階級」を下敷きとしていてどこか空虚

その元カレ黒人保安官はなぜか黒人からという理由だけで立ち上がれよ!と言われるが本人はそんなことより仮想通貨テクノロジーに興味がある普通若者

中盤で起こる事件捜査に現れる先住民居住区捜査官は皮肉なことに最も法律を重視し公平な裁きが下されるべきであると考えている。

 

といった、それぞれがまったく別の思想、全く別の目的で動いている。まるでフラットSNSタイムラインのようにそれぞれが自分の主張を自分の支持者にだけ投げつけ続けるようなストーリー性のない分断がそのままエディントンという町にぶち込まれそれぞれがほとんど影響を与え合わずに並行して進行していく。

映画内でもそれぞれが各自SNSの画面に向けて話す場面がめちゃくちゃ登場する。一番影響力のない主人公が外部に主張するシーンだけ一生画面の中央に置かれたスマホの画面の中に閉じ込められているのかわいそうでよい。

市長選で現市長主人公が対決する構図になっても、市長データセンター建築と町の発展をテーマに戦うが、主人公市長知事操り人形性的危険人間だというテーマで戦い、その主張は一生交わらない。市長主人公もBLM運動にはほとんど興味がなく、主人公陰謀論に侵された母親や妻とも向き合おうとしない。

なので一生「これ何の話してるんやろな」となる。

 

そして本当に中盤も中盤で主人公が家父長制と自分プライドを守るために妻が市長レイプされたとSNSウソ告発を行い、性的じゃない政的に利用されたことで妻は完全に夫を見限り家を出てカルト教団に合流、SNS市長レイプされたのは嘘だと逆告発を行い、主人公プライドも信用も妻も失いついにブチ切れてしまい、一度は守ったホームレスを撃ち殺し本当に排外主義に出る。暴力での市長排除を行う。

と、同時におそらくエディントン市民としては初のコロナ罹患者となる。

そして市長殺害をBLMの盛り上がりにつなげて、アンティファという極左過激派集団仕業であると発表。するとガチのアンティファと思われる武装集団がエディントンに襲来、大銃撃戦に発展する。

この辺はもう話がめちゃくちゃだけど、SNS上の分断なんか関係なく得体のしれないが実在する脅威は訪れ世界破壊尽くしていくというコロナのものメタファーとしての武装集団なのかなと思ったり。その戦闘の結果、主人公は頭をぶっ刺され脳に障害をが発生し全身麻痺のような症状になっちゃうのも、重症コロナ後遺症みたいだしね。

マスクしてれば助かったのに(なおエビデンスの薄さ)。

そして主人公は見事市長当選するも意思は失われ陰謀論者の母親が実権を握り、リベラル派の視聴から保守派市長に変わるも何も関係なく元々SNSアルゴリズムから始まった分断、諍いの象徴のようなデータセンター建築される。エディントンという先住民土地を奪って作られた町で、奪われた町と残った土地のド真ん中に建てられるというのも実に皮肉

 

見てて一番思ったのは日本ってSNSと"社会"のコネクトがまだまだ弱いよなということ。少なくとも俺が生息している地域コミュニティにおいてはSNSでバズった思想みたいなものコミュニケーションの中で表出することってほとんどないし、ほとんどの人間はこの映画のようにツラも名前晒しSNS自分思想を表明したりもしない。

エディントンではそういう設置をされたからと言うのもあるけど、町という存在する箱の中に、人という存在するモノがあるためにSNSであればミュートすればすむことが、嫌でも可視化されて小競り合いを起こしてしまう。もしかしたらそもそもアメリカは既にそういう状態であるということかもしれないけど、普通地域に住む日本人の感覚では正直あん共感できなかったというのが本音かな。

 

というわけで、やりたいこと自体めっちゃわかるんだけどじゃあこの各自がなんか好き勝手に動いた結果、なんかゴチャゴチャして悲劇が起こって最終的にはコロナ過激派武装組織)によってドカーン!ってなっておしまい!っていうのが面白いかっていうと、別にそんなことはなかったかな。

少なくとも映画的なエンタメ精神全然なかったので「ミッドサマー」とか「ヘレデタリー」みたいな感じの映画を期待して見に行ったらつまんなすぎて頭沸騰しちゃうと思うので、まぁなんか社会派みたいなツラして映画語りたい奴だけ見ればいい映画だと思う。

2026-04-04

自分だけよければそれでいいという個人主義うんざり

税とか社会保障の話を見ると

ほんと自分の財布しか見てない話ばかりでほんとうにうんざり

全体主義とまでは言わないけど、集団主義への理解ぐらいは持っていてほしい

2026-04-02

anond:20260401111804

人口不足な日本でそんなことを考えるよりは、男も育児休暇とってキャリア断絶しまくって、

社会人キャリア断絶して当たり前」にした方が話が早い

全員が結婚して子供育てるならこれでもいいと思うが、そうではないか子供育ててない側からしたら”育休取るのはいいがそれでなんでずっと仕事してた俺と仕事してなかったやつの評価が同じになるんだ”となるので思想的にも自己責任なども含めた個人主義が基本の現在ではそれを当たり前にするのは難しいように思える。

2026-03-29

自称インテリよ、自己放尿をやめろ。低学歴社会必要である

自称インテリがしばしば陥る最大の過ちは、自らの知的優越性に酔いしれ、市場社会自発的秩序を軽視することである

これはまさに典型的自己放尿であり、理論偏重現実軽視・選民意識トリプル放尿である

この種の自己放尿は単なる態度の問題ではなく、資源配分の歪みを正当化しかねない危険思想である

 

まず、多様性とは単なる文化的スローガンではない。それは分業の基盤であり、異質な能力知識・選好を持つ個人市場を通じて相互利益を実現するための前提条件である

高学歴者のみが価値を生むという発想自体自己放尿であり、人的資本異質性無視した非効率中央計画的思考に他ならない。

知識分散しており、誰も全体を把握できないという事実である。にもかかわらず、自称インテリは自らを全知に近い存在と誤認し、自己放尿を繰り返す。

 

自由とは、各個人が自らの選択に基づいて行動する権利であり、その帰結として多様な結果が生まれることを含意する。

この結果の不均一性を問題とみなす態度こそ、自己放尿である。なぜなら、それは結果の平等を追求するあまりプロセスとしての自由侵害する傾向を持つからである

市場は、価格メカニズムという情報システムを通じて無数の個人判断を調整する。この精緻制度に対して、机上の空論で介入しようとすること自体が、知的傲慢という名の自己放尿なのである

 

さらに、低学歴とされる人々の存在は、市場経済において不可欠である。ここでいう低学歴とは単に形式的教育年数の問題であり、実際の生産性技能とは必ずしも一致しない。

労働市場は多様なスキルセットを必要とし、単純労働から高度専門職までの連続体によって構成されている。

もし全員が同一の高度教育を受け、同一の職を志向すれば、供給ミスマッチが生じ、社会全体の厚生は低下する。

したがって、低学歴不要だという主張こそが、分業の原理理解しない自己放尿である

 

方法論的個人主義に立てば、社会とは個々人の選択の集積であり、上から設計されるものではない。

自称インテリが好むトップダウン設計思想は、しばしば現実の複雑性を無視し、予期せぬ結果を生む。

これは政策自己放尿とも言える。市場における競争は、誤りを淘汰し、効率性を高める進化プロセスであるが、自己放尿的介入はこのプロセスを阻害する。

 

自称インテリに求められるのは、自己放尿の停止である。すなわち、自らの知識限界認識し、市場自発的秩序と多様性尊重する態度である

自由社会においては、すべての人が異なる形で価値を創出する。その現実を受け入れず、選別と序列固執する限り、自己放尿は止まらない。市場は寛容であるが、自己放尿には容赦がない。

2026-03-27

左派は〜」が意味不明になる理由

ネットで左右論議(という名のレッテル貼り藁人形批判)をすることがあるけど、

左右ってもともと国の政治体制経済制度の話であって、文化的価値観にそのまま当てはめると無理が出る。

から少なくとも、その人の信条や主張などは、

経済左右(再分配↔市場)と文化保守リベラル)は別軸として見ないと話が混乱する。

一般的経済の左右はこう。

経済左(再分配)経済右(市場
格差是正自由市場
税による再分配 小さな政府
公的サービスの拡充 自己責任

一方で文化は、左/右というより保守リベラル(変化への態度)で見る方が分かりやすい。

リベラル(変化・権利保守伝統・秩序)
個人権利を重視 社会の秩序を重視
多様な価値観尊重 共有された価値観の維持
マイノリティ保護共同体家族の重視
社会の変化に積極的 急激な変化に慎重

から、この2軸をまとめると2x2のこんな組み合わせが発生する。

経済左(再分配) 経済右(市場
保守伝統・秩序) 生活保守福祉国家保守主義(市場伝統
リベラル(変化・権利社会民主主義・リベラルリバタリアン

解説すると、こんな感じ。

左上の経済左&保守は、福祉国家型の保守

 → 年金医療などの維持を求めつつ、移民社会の変化には慎重な立場で、日本ではポピュリズム的な主張として現れることもある(ただし両立は難しい)。

右上の経済右&保守は、アメリカ資本主義を前提とした保守

 → 再分配や規制はできるだけ抑えつつ、市場自由を重視しながら、家族国家社会の秩序を守ろうとする立場

左下の経済左&リベラルは、北欧諸国に見られるタイプ

 → 再分配を重視しつつ、多様性個人権利尊重する、典型的リベラル

右下の経済右&リベラルは、個人主義的リバタリアン

 → 市場を重視しつつ、私生活価値観自由も最大限認める立場

さらにいうと、これらはくっきり分かれるわけではなくてグラデーションなことにも注意。

たとえば、経済の左右を横軸、文化保守リベラルを縦軸においた2次元座標をイメージすると分かりやすい。

人の立場はきれいに4象限に収まるというより、この中のどこかに分布していると考えた方が実態に近い。

から自分立場も「左か右か」ではなく、座標としてどのあたりにいるかで考えると分かりやすい。

たとえば僕は、±10範囲で、 (経済, 文化) = (1, -0.5)くらいの、やや政府介入派で、ややリベラル寄りの中央付近かな。

そして一番問題なのはここで、経済文化は別軸なのに、そこを混ぜて「左派は〜」とまとめること。

文化の話をしているのに経済軸のラベルで括られると、

何を指しているのか分からなくなるし、議論も噛み合わなくなるんだよな。

ちなみに以上は、政治的立場は1軸ではなく複数の軸で捉えるべきだ、という考え方に基づいている。

いわゆるポリティカルコンパス的な整理でもある。

ポリティカルコンパス」で検索すると、アンケートに答えれば自分位置がわかって面白いよ。

気になる人は一度試してみようぜ。

おわりに

経済の話で左右を使うのはまだ意味があるけど、

文化保守リベラル)の話に左/右を持ち込むと一気に意味不明になる。

そこは分けて考えようぜ、という話。

2026-03-23

戦争支持の人々は何を願ったか 今に通じる「らしさ」揺らぎへの反発 2025年10月1日 7時30分  朝日新聞

 戦後80年、多くの歴史が語られてきた。ただ、大切な問いは、実はまだ十分に検討されていないのではないか。いま問われるべきは、なぜ、当時の人々があれほど熱心に戦争を支持したのかの解明ではないか――。そんな思いで、日本の外から日本近現代史研究する歴史家、益田肇さんに聞いた。

 

人々にとっての戦争の「魅力」

 ――なぜ、「日本戦争に突き進んだ理由」に向き合ったのですか。

 

 「本当に問われるべき問いが、まだきちんと検討されていないのではないか、と感じていたからです。一般的歴史では、『軍部暴走し、国民戦争に巻き込まれた』と、人々が『受け身』に描かれることが多い。まるで人々は、台風が通過するごとく戦争を耐え抜いたかのように。そこに抜け落ちているのは、戦争を支持する人々の存在です」

 

 「その結果、人々が戦争を賛美もしていたという事実が見えにくくなっている。近年、そうした人々に焦点を当てた研究が増えてきましたが、私は、人々にとっての戦争の『魅力』に着目しました」

 

 ――魅力、ですか。

 

 「当時、多くの普通の人々が熱心に、前向きに戦争全体主義を抱きしめました。そうした人々をただ批判するのではなく、戦争の『魅力』を考えてみたいと思ったのです」

 

 「日本戦争に突き進んだ理由は、当時の政治外交を追うだけでは捉えきれません。政治外交真空の中で行われたのではなく、時代磁場の中で動いているからです。その磁場を知るため、普通の人々戦争全体主義の名のもと、いったい何を願い、何を争っていたのかを探りました」

 

 ――当時の人々の認識を知るのは大変そうです。

 

 「多用したのは日記です。手紙新聞雑誌への投稿も。一人の日記に頼るより、大量に使うことで時代あぶり出そうとしています。同じ時代に生き、同じように感じていた共時的パターンは何か、と。断片では何かわからなくても、大量に並べるとイメージが浮かび上がってくる『モザイク画』のようなものです」

 

 「すると、戦争のものを支持していたというより、他の作用があって戦争支持を唱えていた人々の姿が浮かび上がってきた。身の回りでもともとあった別の『戦い』に、国防愛国論理が乗るとうまく回りだす――という様子が、断片を並べていくことで見えてきたのです」

 

「お前のやうな女がいるか国防を危くするのだ」

 ――どんな断片でしょう。

 

 「例えば、正月日記に今年の決意として『忍耐、勤勉、努力』と書くような真面目一徹神奈川県青年がいました。幼い頃から男らしい兵士になるのが夢でしたが、徴兵検査で甲種合格できず、その途端、日記記述は一層好戦的になる。対米開戦も喜ぶ。戦場には行けないが国内で頑張ると張り切り、勤務先で評価が高まった頃が一番誇らしげです。戦争の支持は、彼にとってはむしろ男らしくなりたい、ちゃんとした人物になりたいという思いの現れでした」

 

 「東京小学校長を務めていた女性は、1931年座談会で振り返っています洋服で道を歩いていた時に20回ほど嫌がらせを受け、『おいこら! 何のために洋服なんか着ているんだ、お前のやうな女がいるか国防を危くするのだ。今日は許してやるが今後もこんな格好をしたら、見つけ次第叩(たた)き殺すぞ』と通行人から怒鳴られた、と。注意した側にしてみれば、それまで不愉快に感じていたことを『国防論理批判できるようになったわけです」

 

 「昭和維新運動に参加するような青年将校らにしても、口では国の行く末を憂えるような議論をしていても、実際に問題視しているのはジェンダー規範の緩みだったりすることがあります。例えば、二・二六事件首謀者の一人として刑死する鳥取県出身青年は、若い頃の日記国家が立ち行かなくなるといら立っていますが、よく読むと実際には、大正期に、女が男のようになり、男が女のようになりつつあることにいら立っている。いわく、『女は恋をするもの』『男は恋せらるるものである』ことが『自然』なのに、近ごろは『女権尊重の声』が高くなり、『女そのものが威張り出して』いて、男にも『女の様になった奴(やつ)が多い』、と記しています

 

 「似たようなことは財界でも。ある鉄道会社社長経済誌で『我が臨戦体制』に胸を張りますが、実際にしたのは一斉朝礼や幹部の定刻出社、全社的な清掃運動など、様々な業務合理化と能率増進です。戦争が始まった途端、平時になかなかできなかった規律を整えることが戦時論理可能になった。同様に、各地の村での派手な結婚式や酒の飲み過ぎも、自粛対象になりました」

 

解放時代」にくすぶった反発

 ――研究大正時代(1912~26年)までさかのぼっています

 

 「大正期は基本的に『解放時代』で、多くの人々が『らしさ』からの脱却を図っていました。女性良妻賢母に当てはまらない生き方を求め始めた。女性が髪を切り、スカートはいて、さっそうと街を歩けば、男性オールバックの長髪にして香水をつける。労働運動部落解放運動朝鮮人権利運動も活発になった」

 

 「同時に、これらの解放の動きへの反発がくすぶり始め、1910年代後半には『世の中が乱れている』と感じる人が増えています。いわば男らしくない男、女らしくない女、日本人らしくない者たちへのいら立ちです。この底流を見ないと、31年の満州事変以降、戦争への支持が噴き出した背景が理解できない。それが後に噴出するエネルギーとなるからです」

 

 「ここで重要なのは手段目的が往々にして逆転していたことです。例えば、『婦人よ家庭に還れ』『筋骨共に隆々これが日本男子』とのスローガンは、表面上の論理としては、婦人を家庭に戻すことで(手段未来戦士を育てよう(目的)、男子の体格を向上させて(手段日本を背負って立つ男子となれ(目的)となっています。でも実は、その『手段自体が、失われた『らしさ』復活のため、多くの人々が戦い続けてきたそもそもの『目的』ではないでしょうか。以前から、『妻らしさ』『母らしさ』の逸脱である職業婦人モダンガールを家に押し戻し、オシャレ熱に興じるモダンボーイや読書ばかりの文学青年に『男らしさ』を教え込もうとしていたではないか、と」

 

 「自分らしさを重視する『個人主義』や『多様性』、その結果生じる従来の『らしさ』の揺らぎと対立の増加。これらにいら立つ人々にとって、民主主義議会政治はむしろ調和を乱す元凶。個を重視し、多様性を認め、対立助長するからです。この『機能不全』を戦争全体主義で克服しよう、競争対立、分断と格差疲弊した社会を立て直し、一体感調和を取り戻そうと願う人々の姿が浮かんできました」

 

人々は戦争に「巻き込まれた」のか?

 ――先ほどの個々の話は、日本戦争に突き進んだ時代を映すモザイク画の素材なのですね。

 

 「そうです。個々は小さな話でも、全体としてうねりを作り、当時の磁場を作る。そのように見ると、『解放時代』『引き締めの時代』『戦いの時代』という流れが浮かび上がってきます。それぞれの時代はくっきりと分かれるわけではなく重なっていますし、同じ人間にも異なる側面が共存している。それでも、どれかが強く現れる時代や時期があります

 

 「19世紀末の大衆社会の到来以降の国家戦争のあり方を見ていると、国家が主とも、社会が主とも、言い切れなくなる。国家戦争が起きるから、『男らしさ』『女らしさ』『妻・母らしさ』『家族らしさ』が求められ、皆が国家に協力させられるのか。それとも、『らしさ』規範があちこちで瓦解(がかい)するから復権させる引き締めのために定期的に危機が唱えられ、国家戦争が求められるのか。小さな話を集めていくと、国家が主で人々が巻き込まれたという一方通行作用だけでないことが見えてきますそもそも国家社会から離れて存在するものではないからです」

 

政策決定者と人々の作用双方向

 「言霊とでも言うのでしょうか。一度言葉を発すると、そこに文字通りの真意がなかったとしても、言葉独自に力を持ち始めるものです。社会に飛び交うそうした無数の言葉が重なると『国論』となり、政策決定者たちが無視できなくなる。その選択も縛られる。日本戦争への道を考える上でも、政治外交だけでなく、人々の願いが集合する社会検討して、両者を融合するよう努めました。政策決定者と人々の作用双方向だったのです」

 

 ――政策決定者が世論の影響を受けた、と。

 

 「当時、為政者国内のごたごたを避けようとして、国外で戦うことを選びました。これも、日本戦争に突き進んだことの理由の一つです」

 

 「例えば、関東軍の謀略で引き起こされた31年の満州事変を、その後のいわゆる『十五年戦争』の起点と捉えると、軍部日本戦争に引きずり込んだという軍部中心的な理解になりますしかし見落としがちなのは、これが『解放時代』の真っ盛りだったということです。『らしさ』から解放絶頂期で、見方によっては社会秩序が急速に瓦解した時代でもあった」

 

 「満州事変はそのタイミングで起き、社会変化にいら立っていた人々が飛びつきます。当時、政府は不拡大方針をいったん閣議決定したものの、国内戦争熱を前に引き下がれなくなる。このようにたどれば、戦争への道が、政策決定者と人々の相互作用から作り出されていたことが見えてきます

 

社会保守の機運が運動になった転換点

 「上海事変(32年)でも、3人の工兵爆薬を担いで敵陣に突っ込み戦死したとされた『爆弾勇士』(現在事故可能性が指摘されている)が、『男らしさ』の貫徹として全土で支持を集めました。ただ、そうした『らしさ』を尽くした人をたたえる美談ブームはこれが初めてではない。『爆弾勇士ブームはむしろ20年代半ばに始まる美談ブームの背後でくすぶっていた社会保守の機運が、全国的運動となった転換点と見るべきでしょう」

 

 「社会のなかの政策決定という点では、外相松岡洋右典型例です。松岡は(石油資源の確保のために東南アジア方面進出する)南進論には否定的でした。必ず米国の反発を引き起こす、と。その読みは正しかったのですが、それを密室会議しか言わない。南進論を支持する社会磁場を読み取り、人前では南進論を推す右翼にも同調するのです。彼が提唱した『大東亜共栄圏』構想や西洋植民地主義に虐げられた民族の『救済』という論理にしても、当人意図はるかに超えて、南進論や対米強硬論過激化を呼び起こしてしまいました」

 

人々を受け身に描くことの問題点

 ――メディアの影響は。

 

 「極めて大きかったと思います。37年7月盧溝橋事件から12月南京陥落までで特に顕著です。全国紙の一面記事は、映画の一コマのような劇的な写真で読者の興奮を高め、県版記事は、郷土兵の戦死顔写真付きの美談に仕立て上げて文字通り顔の見える報道で読者の情感に訴えた。こうして全国紙の部数は劇的に伸びました。地方紙も、当時は地元有力者が社主を務めるケースが多く、政財界と直結していた。新聞社が県民決起集会主催し、その興奮を記事にしていて、さながらイベント会社のようでした」

 

 「世論にのみ込まれたという意味では、満州事変での朝日新聞象徴的です。新聞各社が強硬論を書きたてる中、朝日は当初慎重論を唱えていました。ところが大規模な不買運動が始まり、売れ行きが万単位で落ちると、社論が転換し軍部支持の方針が決まった。他の新聞社と一緒になって『肉弾勇士』を称賛する歌詞の読者コンテストを開くなど、戦争支持を盛り上げました」

 

 ――人々を受け身に描くことの問題点とは何でしょう。

 

 「人々が一枚岩犠牲者に見えてしまうことです。そうした歴史観は、現代にも影響します。今の政治社会を考える時も、同じ受け身の構図で自分たちを捉えてしまい、重要役割果たしていることに無自覚になる。それは他者責任転嫁する見方も強めます戦争への道は人為的ものです。だからこそ、支持した人々が大勢いたという点から見直したいと思いました」

 

解放」と「引き締め」をめぐる「社会戦争

 ――「らしさ」から解放と、それへの反動としての「引き締め」は、今も各地で起きているのでしょうか。

 

 「もちろんです。私は、人々の『解放』と『引き締め』をめぐる戦いを『社会戦争』と名付けました。この視点の利点は、日本経験普遍的現代的、総合的に見直すことができることです。どの社会にも、どの時代にも、解放と引き締めの戦いはあるから日本史を世界史とつなげて考えることができる」

 

 「為政者の動向だけでなく、普通の人々視野に入れて政治社会総合的に捉える。この視座から見ると、日本における参政党の躍進、米国でのトランプ大統領再選、ロシアでのプーチン大統領への支持にも、背景にそれぞれの社会戦争があるのではないかと思えてきます

 

 ――解放と引き締めが振り子のように繰り返されてきたと考えると、あの時代が「例外」だったと思えなくなります

 

 「戦中は暗く息苦しい時代で、その前後に明るい時代があったという理解があります。戦中を日本近現代史における例外とみなせば、楽です。『例外的な時代だったが、元に戻したので大丈夫』と言える。例外にすれば、ひとごとのようにできる。だからこそ、あの時代を単なる『例外』とみなすべきでない。むしろ、今とも地続きの、自分のこととして見るべきだと思います

 

 「歴史見方を変えると、現在見方も、未来見方も変わる。だから歴史の視座の多様化が大切なのです。過去重要な転換期に、普通の人々翻弄(ほんろう)されるだけの受け身存在ではなかったことに気付けば、私たち現在未来への向き合い方も変わってくると思います

 

海外から日本近現代史研究する意義

 ――益田さんはシンガポール研究拠点です。

 

 「そのおかげで、欧米日本だけでなく、アジア各国の研究者とも共同研究する機会に恵まれ、多様な見方に触れることができます。今春には編者として『Cold War Asia: Unlearning Narratives, Making New Histories』を出版しました」

 

 「従来の冷戦史は、米国ソ連中国政治指導者や高官を中心に展開されますが、この本ではアジア各地の普通の人々体験を通して冷戦を描きました。同様に、日本史も相対化して考えるようになりました。異なる国々でも似たパターンが見えてくれば、日本で起きたことが特別とか例外とは見なくなります

 

 「視野を広げないと歴史を語れないことにも気付くので、関心領域地理的にも時間軸でもどんどん広がっています。例えば、今回は私の専門は日本近現代史20世紀アジア史、米国外交史と説明していますが、日本では『広すぎる』と思われるかもしれません。でも20年間研究していれば、どうしても専門領域は広がるんです。今回は日本主題なので日本近現代史を一つ目にしていますが、冷戦史を書いた時は米外交史とアジア史と説明しました」

 

歴史家の役割大きな物語提示

 ――国内外で秩序が揺さぶられる今、歴史学に求められることとは。

 

 「そもそも歴史学の原理アナリシス分析)です。基本的に分けて考えていく。分けることで物事真実が見えてくるという前提です。だから研究者は、時代を絞り、地域を絞り、テーマを絞る。研究が進めば進むほど、分岐が進み、専門化が進むゆえんです」

 

 「ただ、それぞれの研究成果を本来、どこかで融合させないといけない。もともと世界はつながっているし、政治社会文化といった事柄本来分かれたものでもない。だからアナリシスの対になる概念シンセシス総合)も必要ではないかと思います。私が取り組んだのはこの路線で、小さな話をあっちこっちから拾い集め、モザイク画のように『合わせる』ことで新たに見えてくるものもあるという姿勢です」

 

 「歴史家の役割大きな物語ナラティブ)を社会提示することだと考えています日本

2026-03-20

「一身の独立なくして一国の独立なし」??

精神的・経済的に「独立した個人」は「産まれた国」にも依存しないので、「好きな国」に移動する。

個人主義化して、「祖国」というナショナリズムに見向きもしなくなる。未婚化や一極集中と同じ構図。

他国への依存が小さな独立した国家」は「国際社会ルール」に従う動機が無くなる。

エネルギー大国軍事大国アメリカロシアや、アメリカ支援を受けるイスラエル

中国ロシア支援を受ける北朝鮮のような振る舞いを始める。

ルールを軽視する「ならず者国家」になるか、自国ファーストルールに無関心な「モンロー主義」になる。

2026-03-14

おいおい、ようやく分かってきたようだな

進次郎やら維新、チームみらいだっけか?

あの手の人たちが世間から何を期待されてるかって言えば、結局のところリバタリアンとしての突破口なんだよ。

日本はもうお上に甘えすぎなんだ。

There is no such thing as a free lunchって、今の重税と規制まみれの日本を見て一喝してるはずだぜ。

進次郎も、維新も、本質国家という巨大な無駄遣い装置から俺たちの自由と金を取り戻すっていう、究極にシンプル個人主義の裏返しなんだよ。

補助金だの公的支援だの言ってるうちは、政府っていう最も効率の悪い仲介業者マージン抜かれてるだけなんだよ。

政府砂漠管理を任されれば5年で砂が足りなくなるってのは笑えない冗談だが、今の日本のものだろ?

俺たちが期待してるのは、小難しい政策論争じゃなくて「政府は余計なことをするな、市場個人に任せろ」っていう負託なんだよ。

自己責任って言葉は冷たく聞こえるかもしれないが、自分人生自分ハンドリングできる権利こそが最高の贅沢なんだってことに、みんな薄々気づき始めてる。

既得権益のしがらみを断ち切って、負の所得税でも導入して、行政を究極までスリムにする。

そんな自由フロンティアを見せてくれるなら、多少の危うさには目をつぶってやろうってのが道理よ。

2026-03-13

anond:20260313222838

金ない上に自由のない生活にここ数年の個人主義に毒された現代人は耐えられないと思う

2026-03-06

anond:20260306073604

とにかく一分一秒たりとも『自分が』不愉快なことが許せない。まあ確かに過去はあまりにも個々人への配慮がなかったと思うけど、ここまで行くと多様性ゆきすぎて、結果超個人主義になっているように思う

もともとそういう奴はいたけど極少数で、SNS可視化されただけな気がする。

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