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失った構想力と想像力 高市新総裁と「漂流する日本政治」はどこへ?
新しい自民党総裁に高市早苗氏が選ばれた。初の女性首相となる公算が大きいと見られていたが、公明党が連立を離脱し、先行きの不透明感は増している。一方の野党も一枚岩となれず、政権交代の好機をつかみ取るのに苦心している。漂流する日本政治。さて、どうすれば――。憲法、政治、歴史を専門とする3人が語り合った。
杉田敦・法政大教授 高市早苗氏が、女性として初の自民党総裁に選出されましたが、その後、公明党が連立離脱を宣言し、政界は大混乱となっています。自民党総裁がそのまま総理になるという構図が崩れました。そこで高市氏についてですが、女性がトップリーダーになるのはいいことだと、ひとまずは言えます。しかし、日本の政界では、極端に強硬な女性しか活躍できない構造になっているようで気になります。圧倒的な男性中心社会で認められるには、マッチョでコワモテでなければという「圧力」が女性にかかっているようで、そうした圧力がある限り、真の女性活躍には必ずしも結びつかないのでは。
加藤陽子・東京大教授 自民党という家父長制的な政党、端的に言えば男性世襲議員が多いということですが、その中で、中産階級出身の女性がトップに立つことは時代を画する慶事である。これは間違いありません。ただ、1986年に社会党委員長となって「マドンナブーム」を巻き起こし、女性初の衆議院議長を務めた土井たか子さんとの連続性で高市さんを捉えることは難しい。この30年余の間に起きた……というよりも、まさに今回、高市さんを支援した方々が中心的役割を担った男女共同参画に対するバックラッシュを経たうえでの、初の女性総裁だということは踏まえておくべきです。
総裁選出時の「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」発言が問題視されましたが、これは軍隊の中隊長レベルの発想です。それも、負けている軍隊。「身を捨てる覚悟」を見せることでしか隊の統率をはかれない。とても残念です。女性のリーダーシップを考える時、少なくともバックラッシュ以前の社会には、今の高市さんのようなありようは選択肢として存在しなかったはずです。
長谷部恭男・早稲田大教授 「教育勅語大好き人間」を自称する高市さんは、「企業体国家」への憧憬(しょうけい)を抱いておられるのでは。戦前の日本はまさに企業体国家でした。国民全体の共通目標があり、国が個人の生き方を決める。一億火の玉となって公私の別なく朝から晩まで天皇のために尽くす。そうであればこそ、富国強兵の旗のもと、あっという間に世界の「一等国」となりましたが、「天皇陛下のため」が暴走して勝てるはずのない戦争に突っ込み、国家滅亡の淵に立った。その結果できた日本国憲法は、企業体国家から「広場としての国家」へと国家像を転換させました。革命的な変化です。
広場としての国家では、国民全体の共通目標なんかない。国家は、広場に参加する人たちが守るべきルールを策定し、違反する人がいたら制裁する。それしかやらない。ルールの中でどういう生き方をするかは国民一人ひとりが決めます。ところがトランプ大統領の出現によって、広場のお手本だったはずのアメリカが企業体に変貌(へんぼう)しつつある。日本も広場のままではだめなんだという焦りや気負いが、高市さんの言葉の端々ににじんでいます。
杉田 広場で個人として生きるのは結構大変です。どう生きるか、どう行動するのかを自分で決められない、決めたくないという人にとっては「企業体国家」の方が暮らしやすい面がある。結局、輸出向けに自国の為替を極度に切り下げて、輸入食料やエネルギーの価格に苦しみながら、隊長の号令に従って倒れるまで残業するのが日本の繁栄の道だという程度の想像力しか、自民党とその周辺にはなかったということでは。
今回、公明党から、歴史認識や外国人政策と並んで、政治とカネについての要求を突きつけられ、連立離脱に至りました。しかし、この連立が壊れたら、自民党の議席にかなりの打撃となることは、以前から知られていました。組織票が減って、小選挙区でも連敗となる。それでも高市さんを選んだということは、非常に狭い視野でしか「戦況」を判断できなくなっていたのでしょう。もはや解党的出直しをするパワーすら残っておらず、身内を固めて古い自民党に戻ることしかできなかった。目を覆わんばかりの没落ぶりです。
長谷部 石破茂首相をスケープゴート(贖罪(しょくざい)のヤギ)にしたことからすべてつながっています。ヤギさんは別に悪いことをしていない。だから「石破おろし」に対して「辞める必要ない」と内閣支持率が上昇したわけですが、悪いことをしたか否かは実はどうでもいい。「こいつが全部悪いということにしよう」とみんながまとまることにこそ、スケープゴートの意味があります。解党的出直しなどハナから誰も真剣に考えておらず、総裁選の候補者はこぞって「党内融和」を唱え、論戦も低調でした。そして、「自分たちの罪はすべてヤギさんが背負ってくれた。みそぎは済んだ」と、裏金議員が支える高市さんを総裁に選び、「傷もの」が党の要職につく。とても自然な流れです。しかし、あまりにも得手勝手な「身内の論理」はさすがに通らなかったということでしょう。
杉田 「石破おろし」の中心にいた人たちが、いわゆる「安倍政治」の復権をもくろんでいたことは明らかです。安倍晋三さんが敷いたレールから石破さんが外れてしまったから、従来の支持層が参政党に流れた、復権させれば支持層を引き戻せる、昔の強い自民党に戻れるという夢を抱いて、5人の候補の中では最も安倍さんに近い高市さんを選んだと。高市さんは積極財政を打ち出していますが、安倍路線で膨らんだ国の借金をさらに増やせるのか。
長谷部 NHK放送文化研究所が5年ごとに行っている「日本人の意識」調査を見ると、安倍政権時代の2013年と18年は9割以上が生活に満足していると答えている。選挙をやるたびに自民党が勝ったのも当然です。しかし、その「ツケ」がいま本格的に回ってきて、円安による物価高で国民の生活が痛めつけられている。今さら安倍政治に戻るなんてできるはずがないし、やってはいけない。国が潰れます。
加藤 安倍さんは岸信介の孫、安倍晋太郎の息子ということで、自民党内での「正統性」を無条件に担える。しかし高市さんにはそれがない。ないのに、安倍さんと同じように振る舞おうとするから危うい。最もまずいのは、彼女の言葉の定義が非常に狭く、射程も短いことです。たとえば、総裁選出後の記者会見で靖国神社参拝について問われた際、笑顔をつくって「靖国というのは戦没者慰霊の中心的な施設で、平和のお社だ」。平和のお社? それは高市さんの勝手な定義で、国際的にはまったく通用しません。アメリカは靖国ではなく千鳥ケ淵戦没者墓苑の方を正当な慰霊の場だと考えている。日中共同声明や日中平和友好条約締結に向けて、靖国神社というトゲを抜くのに両国がどれほど苦労したか、外交交渉の蓄積への敬意と理解がないですね。これまでのようにアメリカ一辺倒では立ち行かなくなっている中で、日本はアジアと付き合っていかねばなりませんが、そのアジアの横っ面を張るようなひどい発言です。
杉田 総裁選の中で、排外主義的風潮をあおりかねない外国人政策が前面に出てきたことも見過ごせません。19世紀イギリスのウォルター・バジョットは、政治には「実務」と「威厳」の二つの機能があると整理しています。法律をつくって政策を動かす「実務」は当然やらなければいけない。しかしそれだけでは人民はついてこないから、「大英帝国はすごい」というところを見せて忠誠心を獲得し、国を統合していかなければならないと。ところがいま、世界的に実務がほとんど機能していない。移民という、まさにスケープゴートを仕立てて「威厳」を無理やり演出し、人びとを統合することしかできていません。日本においても「日本人ファースト」を掲げる参政党の伸長と、それに動揺して引きずられる自民党によって、外国人排斥的な流れが一気に加速しました。
加藤 高市さんを総裁に選んだことで、自民党は包括政党であることを諦めたと言えるのでは。党内外のコンセンサスを意識した経済的利益配分に留意し、「大きなテント」を張って幅広い考えの人たちを包摂してきましたが、ついにテントをたたみ、党内の一部の「無責任なポピュリズム」にくみした感があります。
長谷部 昨今の日本政治の特徴はニヒリズムだと思います。権力を握ることが自己目的化し、何のために権力を握るのかという目標や価値が蒸発してしまっている。先の参院選で議席を伸ばした小政党の党首は人気取りにはたけていますが、あるべき社会像を描けてはいない。ただ権力ゲームが面白くて、夢中になっている。しかも政党助成金という多額の「賞金」までついてくるのだから、これはもうやめられません。
杉田 衆参で自公が少数になったにもかかわらず、野党もメディアも自民党中心の発想からなかなか抜け出せなかったことが、日本政治停滞の大きな要因です。憲法や原発などの政策で完全に一致しなければ連立できないかのように言われていますが、世界を見渡せば、かなり考え方が違う政党が争点を限定して連立している。意見が異なる問題については基本的に現状維持とし、たとえば減税を中心的な課題として内閣をつくればいいだけです。これまでそうした発想がなく、今回、公明党が離れても野党の動きが鈍いのは、政党政治への理解が浅いからであり、もっと言えば、依然として自民党を過大評価しているからでしょう。
加藤 石破さんは10日、戦後80年の所感を出しました。戦争が避けられなかった理由を、国内の政治システムの不全から考察した声明です。国務大臣単独輔弼(ほひつ)制や統帥権独立等の制度的な穴を前提とし、その穴を補完し、「政策の統合」に任じたのが日露戦争までの元老であり、1930年代までの政党だったとの理解は、最良の学知の裏付けある解釈です。
しかし、政策の統合を図れるはずだった政党は、英米との軍縮、中国との戦争終結方針をめぐり、軍部の統御に失敗し続けました。その過程を、吉野作造、美濃部達吉、斎藤隆夫等、軍部批判者の名を挙げつつ裏面から書いた点に特徴がある。所感が一見、日本の対外的過誤に言及していないように見える理由はここでしょう。戦争を止められなかった理由を歴史から真摯(しんし)に学び続ける国民がいて初めて、平和国家の礎を築けると首相は述べました。日本の今後の針路を注視する世界に向けてのこの言明は、日本国民全体の利益と福祉にかなうものと思います。
杉田 石破さんが閣議決定を伴う戦後80年談話を出すのに反対した政治家たちは、何を守ろうとしたのか。彼らは安倍70年談話の「あの戦争には何ら関わりのない先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」を、もう謝らなくていい宣言だと捉えていて、80年談話でこれを上書きされたくなかったようです。ドイツの哲学者ヤスパースは、戦争の罪には四つあると言っている。①刑事的な罪――戦犯が負う。後の世代は関係ない②政治的な罪――国民全体が負う。後の世代も継承する③道徳的な罪――戦争への加担あるいは傍観といった個人の行為に対して良心がその行為を裁く④形而上(けいじじょう)的な罪――災厄を引き起こす人間という存在そのものが抱える罪。戦後40年にあたる1985年、西ドイツのワイツゼッカー大統領はこの整理を踏まえ、①は後の世代は負えないとしつつ、「罪の有無、幼老いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません」と罪を継承すると宣言した。ところが安倍談話は①だけをつまみ食いし、他の罪はないと言っているに等しい。今回、石破所感で、先の戦争に至る統治機構の不備という論点が出されたのは私も良かったと思いますが、安倍談話で無視されたままの、他の罪が気になります。
長谷部 ④を哲学者ハイデガーの言葉で言い換えると「負い目」です。それは否定のしようがない。なかったことにはできないし、それから解放されることもありません。「職業としての政治」を著したマックス・ウェーバーは、政治家は行為の結果に責任を負うという「責任倫理」を説いていますが、行為の結果が良かったか悪かったかの判断は結局、選挙に依拠するしかない。責任倫理を問われないためには選挙に勝って政権に居続けなければならないから、そのためなら公文書を改ざんするし、国会でうそをつく。安倍さん本人がどこまで指示したか知りませんが、そうやって安倍政治は維持されていました。自民党内にそのことへの反省はないし、企業献金も、旧統一教会の問題だって別に解決する必要はないじゃないかと、高市さんやその支援者はおそらく本気で思っている。ウェーバーが言う、悪い意味での職業政治家になってしまっています。
杉田 政治とは何かについては、大きく二つの考え方があり、一つはドイツの思想家カール・シュミットが述べたような、政治とは「戦争」であるという考え方です。最近は、世界にこのような政治観が蔓延(まんえん)しています。トランプ大統領はその典型で、政敵はもちろん、大学と闘い、さらには立憲主義を否定して裁判官とさえ闘う。外国人は皆、潜在的な敵として扱う。日本でも、その亜流のような政治家たちが人気を集めています。しかし、政治についてはもう一つ、多様な考え方を前提に、話し合いを通じて何とか合意して妥協するという考え方もあります。本来の保守とはそういうものだという考え方もありますが、石破さんを含めて、今はファイティングポーズをとらないと人気がないようです。
加藤 ファイティングポーズを取ること自体を否定はしませんが、立憲主義は守ってもらうことが最低条件です。立憲主義を破壊しておいて将来のビションを語ってもらっても何もなりませんから。
長谷部 政治とは可能性の芸術などと言われますが、現在の党派の枠を超えた想像力や構想力を取り戻し、停滞する日本政治を抜け出す方途を探るべきです。法の支配を守り、事実は事実として認めるといったミニマムな規律をもちろん維持した上でのことではありますが、単に税制や社会保障負担をいじるといったことを超えた、日本社会の大きな展望をやはり描いてもらわないと。
杉田 今後のことは予断を許しませんが、もしも一部野党との連立などで高市政権となれば、持続不可能な経済政策に加えて、この間の産業や学術の軍事化の流れが一層強まる心配があります。高市さんは「スパイ防止法」への意欲も繰り返し語っていますが、こうした法律がいったんできれば、報道機関や海外とつながりのある団体が根拠なくスパイ扱いされ、人権状況が悪化しうる。「戦争」としての Permalink | 記事への反応(0) | 08:55
失った構想力と想像力 高市新総裁と「漂流する日本政治」はどこへ?
新しい自民党総裁に高市早苗氏が選ばれた。初の女性首相となる公算が大きいと見られていたが、公明党が連立を離脱し、先行きの不透明感は増している。一方の野党も一枚岩となれず、政権交代の好機をつかみ取るのに苦心している。漂流する日本政治。さて、どうすれば――。憲法、政治、歴史を専門とする3人が語り合った。
杉田敦・法政大教授 高市早苗氏が、女性として初の自民党総裁に選出されましたが、その後、公明党が連立離脱を宣言し、政界は大混乱となっています。自民党総裁がそのまま総理になるという構図が崩れました。そこで高市氏についてですが、女性がトップリーダーになるのはいいことだと、ひとまずは言えます。しかし、日本の政界では、極端に強硬な女性しか活躍できない構造になっているようで気になります。圧倒的な男性中心社会で認められるには、マッチョでコワモテでなければという「圧力」が女性にかかっているようで、そうした圧力がある限り、真の女性活躍には必ずしも結びつかないのでは。
加藤陽子・東京大教授 自民党という家父長制的な政党、端的に言えば男性世襲議員が多いということですが、その中で、中産階級出身の女性がトップに立つことは時代を画する慶事である。これは間違いありません。ただ、1986年に社会党委員長となって「マドンナブーム」を巻き起こし、女性初の衆議院議長を務めた土井たか子さんとの連続性で高市さんを捉えることは難しい。この30年余の間に起きた……というよりも、まさに今回、高市さんを支援した方々が中心的役割を担った男女共同参画に対するバックラッシュを経たうえでの、初の女性総裁だということは踏まえておくべきです。
総裁選出時の「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」発言が問題視されましたが、これは軍隊の中隊長レベルの発想です。それも、負けている軍隊。「身を捨てる覚悟」を見せることでしか隊の統率をはかれない。とても残念です。女性のリーダーシップを考える時、少なくともバックラッシュ以前の社会には、今の高市さんのようなありようは選択肢として存在しなかったはずです。
長谷部恭男・早稲田大教授 「教育勅語大好き人間」を自称する高市さんは、「企業体国家」への憧憬(しょうけい)を抱いておられるのでは。戦前の日本はまさに企業体国家でした。国民全体の共通目標があり、国が個人の生き方を決める。一億火の玉となって公私の別なく朝から晩まで天皇のために尽くす。そうであればこそ、富国強兵の旗のもと、あっという間に世界の「一等国」となりましたが、「天皇陛下のため」が暴走して勝てるはずのない戦争に突っ込み、国家滅亡の淵に立った。その結果できた日本国憲法は、企業体国家から「広場としての国家」へと国家像を転換させました。革命的な変化です。
広場としての国家では、国民全体の共通目標なんかない。国家は、広場に参加する人たちが守るべきルールを策定し、違反する人がいたら制裁する。それしかやらない。ルールの中でどういう生き方をするかは国民一人ひとりが決めます。ところがトランプ大統領の出現によって、広場のお手本だったはずのアメリカが企業体に変貌(へんぼう)しつつある。日本も広場のままではだめなんだという焦りや気負いが、高市さんの言葉の端々ににじんでいます。
杉田 広場で個人として生きるのは結構大変です。どう生きるか、どう行動するのかを自分で決められない、決めたくないという人にとっては「企業体国家」の方が暮らしやすい面がある。結局、輸出向けに自国の為替を極度に切り下げて、輸入食料やエネルギーの価格に苦しみながら、隊長の号令に従って倒れるまで残業するのが日本の繁栄の道だという程度の想像力しか、自民党とその周辺にはなかったということでは。
今回、公明党から、歴史認識や外国人政策と並んで、政治とカネについての要求を突きつけられ、連立離脱に至りました。しかし、この連立が壊れたら、自民党の議席にかなりの打撃となることは、以前から知られていました。組織票が減って、小選挙区でも連敗となる。それでも高市さんを選んだということは、非常に狭い視野でしか「戦況」を判断できなくなっていたのでしょう。もはや解党的出直しをするパワーすら残っておらず、身内を固めて古い自民党に戻ることしかできなかった。目を覆わんばかりの没落ぶりです。
長谷部 石破茂首相をスケープゴート(贖罪(しょくざい)のヤギ)にしたことからすべてつながっています。ヤギさんは別に悪いことをしていない。だから「石破おろし」に対して「辞める必要ない」と内閣支持率が上昇したわけですが、悪いことをしたか否かは実はどうでもいい。「こいつが全部悪いということにしよう」とみんながまとまることにこそ、スケープゴートの意味があります。解党的出直しなどハナから誰も真剣に考えておらず、総裁選の候補者はこぞって「党内融和」を唱え、論戦も低調でした。そして、「自分たちの罪はすべてヤギさんが背負ってくれた。みそぎは済んだ」と、裏金議員が支える高市さんを総裁に選び、「傷もの」が党の要職につく。とても自然な流れです。しかし、あまりにも得手勝手な「身内の論理」はさすがに通らなかったということでしょう。
杉田 「石破おろし」の中心にいた人たちが、いわゆる「安倍政治」の復権をもくろんでいたことは明らかです。安倍晋三さんが敷いたレールから石破さんが外れてしまったから、従来の支持層が参政党に流れた、復権させれば支持層を引き戻せる、昔の強い自民党に戻れるという夢を抱いて、5人の候補の中では最も安倍さんに近い高市さんを選んだと。高市さんは積極財政を打ち出していますが、安倍路線で膨らんだ国の借金をさらに増やせるのか。
長谷部 NHK放送文化研究所が5年ごとに行っている「日本人の意識」調査を見ると、安倍政権時代の2013年と18年は9割以上が生活に満足していると答えている。選挙をやるたびに自民党が勝ったのも当然です。しかし、その「ツケ」がいま本格的に回ってきて、円安による物価高で国民の生活が痛めつけられている。今さら安倍政治に戻るなんてできるはずがないし、やってはいけない。国が潰れます。
加藤 安倍さんは岸信介の孫、安倍晋太郎の息子ということで、自民党内での「正統性」を無条件に担える。しかし高市さんにはそれがない。ないのに、安倍さんと同じように振る舞おうとするから危うい。最もまずいのは、彼女の言葉の定義が非常に狭く、射程も短いことです。たとえば、総裁選出後の記者会見で靖国神社参拝について問われた際、笑顔をつくって「靖国というのは戦没者慰霊の中心的な施設で、平和のお社だ」。平和のお社? それは高市さんの勝手な定義で、国際的にはまったく通用しません。アメリカは靖国ではなく千鳥ケ淵戦没者墓苑の方を正当な慰霊の場だと考えている。日中共同声明や日中平和友好条約締結に向けて、靖国神社というトゲを抜くのに両国がどれほど苦労したか、外交交渉の蓄積への敬意と理解がないですね。これまでのようにアメリカ一辺倒では立ち行かなくなっている中で、日本はアジアと付き合っていかねばなりませんが、そのアジアの横っ面を張るようなひどい発言です。
杉田 総裁選の中で、排外主義的風潮をあおりかねない外国人政策が前面に出てきたことも見過ごせません。19世紀イギリスのウォルター・バジョットは、政治には「実務」と「威厳」の二つの機能があると整理しています。法律をつくって政策を動かす「実務」は当然やらなければいけない。しかしそれだけでは人民はついてこないから、「大英帝国はすごい」というところを見せて忠誠心を獲得し、国を統合していかなければならないと。ところがいま、世界的に実務がほとんど機能していない。移民という、まさにスケープゴートを仕立てて「威厳」を無理やり演出し、人びとを統合することしかできていません。日本においても「日本人ファースト」を掲げる参政党の伸長と、それに動揺して引きずられる自民党によって、外国人排斥的な流れが一気に加速しました。
加藤 高市さんを総裁に選んだことで、自民党は包括政党であることを諦めたと言えるのでは。党内外のコンセンサスを意識した経済的利益配分に留意し、「大きなテント」を張って幅広い考えの人たちを包摂してきましたが、ついにテントをたたみ、党内の一部の「無責任なポピュリズム」にくみした感があります。
長谷部 昨今の日本政治の特徴はニヒリズムだと思います。権力を握ることが自己目的化し、何のために権力を握るのかという目標や価値が蒸発してしまっている。先の参院選で議席を伸ばした小政党の党首は人気取りにはたけていますが、あるべき社会像を描けてはいない。ただ権力ゲームが面白くて、夢中になっている。しかも政党助成金という多額の「賞金」までついてくるのだから、これはもうやめられません。
杉田 衆参で自公が少数になったにもかかわらず、野党もメディアも自民党中心の発想からなかなか抜け出せなかったことが、日本政治停滞の大きな要因です。憲法や原発などの政策で完全に一致しなければ連立できないかのように言われていますが、世界を見渡せば、かなり考え方が違う政党が争点を限定して連立している。意見が異なる問題については基本的に現状維持とし、たとえば減税を中心的な課題として内閣をつくればいいだけです。これまでそうした発想がなく、今回、公明党が離れても野党の動きが鈍いのは、政党政治への理解が浅いからであり、もっと言えば、依然として自民党を過大評価しているからでしょう。
加藤 石破さんは10日、戦後80年の所感を出しました。戦争が避けられなかった理由を、国内の政治システムの不全から考察した声明です。国務大臣単独輔弼(ほひつ)制や統帥権独立等の制度的な穴を前提とし、その穴を補完し、「政策の統合」に任じたのが日露戦争までの元老であり、1930年代までの政党だったとの理解は、最良の学知の裏付けある解釈です。
しかし、政策の統合を図れるはずだった政党は、英米との軍縮、中国との戦争終結方針をめぐり、軍部の統御に失敗し続けました。その過程を、吉野作造、美濃部達吉、斎藤隆夫等、軍部批判者の名を挙げつつ裏面から書いた点に特徴がある。所感が一見、日本の対外的過誤に言及していないように見える理由はここでしょう。戦争を止められなかった理由を歴史から真摯(しんし)に学び続ける国民がいて初めて、平和国家の礎を築けると首相は述べました。日本の今後の針路を注視する世界に向けてのこの言明は、日本国民全体の利益と福祉にかなうものと思います。
杉田 石破さんが閣議決定を伴う戦後80年談話を出すのに反対した政治家たちは、何を守ろうとしたのか。彼らは安倍70年談話の「あの戦争には何ら関わりのない先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」を、もう謝らなくていい宣言だと捉えていて、80年談話でこれを上書きされたくなかったようです。ドイツの哲学者ヤスパースは、戦争の罪には四つあると言っている。①刑事的な罪――戦犯が負う。後の世代は関係ない②政治的な罪――国民全体が負う。後の世代も継承する③道徳的な罪――戦争への加担あるいは傍観といった個人の行為に対して良心がその行為を裁く④形而上(けいじじょう)的な罪――災厄を引き起こす人間という存在そのものが抱える罪。戦後40年にあたる1985年、西ドイツのワイツゼッカー大統領はこの整理を踏まえ、①は後の世代は負えないとしつつ、「罪の有無、幼老いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません」と罪を継承すると宣言した。ところが安倍談話は①だけをつまみ食いし、他の罪はないと言っているに等しい。今回、石破所感で、先の戦争に至る統治機構の不備という論点が出されたのは私も良かったと思いますが、安倍談話で無視されたままの、他の罪が気になります。
長谷部 ④を哲学者ハイデガーの言葉で言い換えると「負い目」です。それは否定のしようがない。なかったことにはできないし、それから解放されることもありません。「職業としての政治」を著したマックス・ウェーバーは、政治家は行為の結果に責任を負うという「責任倫理」を説いていますが、行為の結果が良かったか悪かったかの判断は結局、選挙に依拠するしかない。責任倫理を問われないためには選挙に勝って政権に居続けなければならないから、そのためなら公文書を改ざんするし、国会でうそをつく。安倍さん本人がどこまで指示したか知りませんが、そうやって安倍政治は維持されていました。自民党内にそのことへの反省はないし、企業献金も、旧統一教会の問題だって別に解決する必要はないじゃないかと、高市さんやその支援者はおそらく本気で思っている。ウェーバーが言う、悪い意味での職業政治家になってしまっています。
杉田 政治とは何かについては、大きく二つの考え方があり、一つはドイツの思想家カール・シュミットが述べたような、政治とは「戦争」であるという考え方です。最近は、世界にこのような政治観が蔓延(まんえん)しています。トランプ大統領はその典型で、政敵はもちろん、大学と闘い、さらには立憲主義を否定して裁判官とさえ闘う。外国人は皆、潜在的な敵として扱う。日本でも、その亜流のような政治家たちが人気を集めています。しかし、政治についてはもう一つ、多様な考え方を前提に、話し合いを通じて何とか合意して妥協するという考え方もあります。本来の保守とはそういうものだという考え方もありますが、石破さんを含めて、今はファイティングポーズをとらないと人気がないようです。
加藤 ファイティングポーズを取ること自体を否定はしませんが、立憲主義は守ってもらうことが最低条件です。立憲主義を破壊しておいて将来のビションを語ってもらっても何もなりませんから。
長谷部 政治とは可能性の芸術などと言われますが、現在の党派の枠を超えた想像力や構想力を取り戻し、停滞する日本政治を抜け出す方途を探るべきです。法の支配を守り、事実は事実として認めるといったミニマムな規律をもちろん維持した上でのことではありますが、単に税制や社会保障負担をいじるといったことを超えた、日本社会の大きな展望をやはり描いてもらわないと。
杉田 今後のことは予断を許しませんが、もしも一部野党との連立などで高市政権となれば、持続不可能な経済政策に加えて、この間の産業や学術の軍事化の流れが一層強まる心配があります。高市さんは「スパイ防止法」への意欲も繰り返し語っていますが、こうした法律がいったんできれば、報道機関や海外とつながりのある団体が根拠なくスパイ扱いされ、人権状況が悪化しうる。「戦争」としての政治観に一気にかじを切ることになりかねません。 Permalink | 記事への反応(2) | 08:48
多分最年少だよ。
* 第74回(2023年):MISIA 「紅白スペシャル2023」
* 第72回(2021年):MISIA 「明日へ 2021」
* 第70回(2019年):嵐 「嵐×紅白 スペシャルメドレー」
* 第69回(2018年):嵐 「嵐×紅白スペシャルメドレー」
* 第67回(2016年):嵐 「嵐×紅白スペシャルメドレー」
* 第65回(2014年):松田聖子 「あなたに逢いたくて~Missing You~」
* 第63回(2012年):SMAP 「SMAP 2012'SP」
* 第62回(2011年):SMAP 「SMAP AID 紅白SP」
* 第61回(2010年):SMAP 「This is love'10 SPメドレー」
* 第59回(2008年):氷川きよし 「きよしのズンドコ節」
* 第54回(2003年):SMAP 「世界に一つだけの花」
* 第53回(2002年):五木ひろし 「おふくろの子守唄」
* 第49回(1998年):和田アキ子 「今あなたにうたいたい」
* 第29回(1978年):沢田研二 「LOVE(抱きしめたい)」
* 第20回(1969年):美空ひばり 「別れてもありがとう」
【構造的頂き女子論 2025年完全版 ──「教えてもらえない=奢ってもらえる」の延長線上にある女たちの生態 約5200字】
序章 「おごられた!!」は職場でも叫ばれていた
「おごられた!!」という魂の叫びは、
同じトーンで響いている。
「教えてくれない!!
新しい職場の性被害、わかりやすく説明してもらえない彼女たちの末路、
教えてくれない!! 魂の叫びを聞け!!」
当時の男たちの反応は大別して二つ。
仕事ができなければ、
関連会社へ飛ばされる。
それが当たり前だった。
ところが、
男たちは「女も建築やるんだ」と軽く驚いただけで、
すると三ヶ月後、A子がぶち切れた。
「なんで誰も教えてくれないんですか!?
わかりやすく丁寧に教えてもらうのが当たり前じゃないんですか!?」
「いや……お前、総合職だろ?
「そんなの無理です! 私女子なんです!
男子はみんな先輩に優しく教えてもらってたじゃないですか!」
いや、教えてもらってねぇよ。
でもそれを言った瞬間、
すべて「女子だから優しく丁寧に教えてもらう権利」が根拠になる。
「私は悪くない、私は女子だから」の免罪符がここでも有効なこと。
仕事ができなくても、
「教えてくれなかった上司が悪い」
考えてみれば当然だ。
・奢る → 男が金を出して当然
・教える → 男が知識を出して当然
女子は「そこにいるだけ」で受け取る。
「奢られた!!」と「教えてくれない!!」は、
これを言われた瞬間、
なぜなら記録されたら終わりだからだ。
結果、
「おごられた!!」は、
ただの延長線上にあった。
奢ってもらうのも、
教えてもらうのも、
褒めてもらうのも、
昇進させてもらうのも、
そして悲しいことに、
このシステムに気づいた男は「女嫌い」になり、
気づかない男は一生教え続ける。
どっちに転んでも、
奢られた!!
教えてくれなかった!!
昇進させてもらえなかった!!
──終わりなき女子の宴は、
(了)
文化大革命による停滞期
文化大革命開始
6601型(成都級)をリバースエンジニアリングして、65型フリゲート(前053型/江南級)を建造
033型潜水艦 1番艦 ? 就役 ソ連から提供された633型潜水艦を参考に建造された、中国初の国産潜水艦
ベトナム戦争が泥沼化しニクソン大統領がベトナム戦争からの撤退を公約にして当選、キッシンジャーが国家安全保障問題担当大統領補佐官として政権中枢入り
リアリズム(現実主義)に基づく外交政策の擁護者として知られている
力の均衡論者で、イデオロギー的な外交を嫌い、国家間の力の均衡を保つことに腐心した
ソ連と敵対する中国と友好関係を築くことでソ連へ東から圧力をかけることを目的とした
『重要なのは何が真実であるかではなく、何が真実であると認識されるかである。』
『外交政策に道徳的完璧を要求する国は、完璧も安全も達成できない』
『結局のところ、平和は覇権か力の均衡によってのみ達成できるのです。』
『アメリカの敵になることは危険かもしれないが、友人になることは致命的である』(南ベトナムの傀儡政府を見捨て撤退したときの発言)
排水量8,000t以上の大型駆逐艦として構想され艦隊防空能力を備え、外洋での長期作戦における護衛艦隊の中核を占める艦とされたが、当時の技術的限界から未成に終わった
40年後、排水量13,000tの055型駆逐艦として結実する
051型駆逐艦(旅大I型) 1番艦 济南 就役 56型駆逐艦(コトリン型駆逐艦)をモデルに太平洋で行動しうる駆逐艦として建造された、中国が初めて独自開発した水上戦闘艦
★091型原子力潜水艦 1番艦 長征1号 就役 中国初の原子力潜水艦 静粛性と信頼性がきわめて劣悪だった
035型潜水艦 1番艦 232 就役 033型潜水艦の改良版
★西沙諸島の戦い 南ベトナム軍と戦闘を行い、西沙諸島全域を占領
https://www.koryu.or.jp/Portals/0/images/publications/magazine/2022/3%E6%9C%88/2203_02anami.pdf
1974年1月、解放軍の南海艦隊は、当時南ベトナムが実効支配していたパラセル諸島(中国名:西沙群島)に部隊を派遣し、南ベトナムの守備隊や艦艇との交戦の末に同諸島を占領した。
南ベトナムは、パラセル諸島のみならず中国が領有権を主張するスプラトリ—諸島(中国名:南沙群島)の複数の島嶼・岩礁も実効支配していたため、次はそれらを攻略せねばならないという議論が解放軍内で盛り上がった。
その翌年の5月には、それまで海軍建設に後ろ向きだった毛沢東が海軍を増強するための10年計画にGOサインを出した。
そこに好機を見出した劉華清は、同年9月に毛沢東と鄧小平に宛てて海軍の装備に関する意見書を送った。
この意見書のなかで劉華清は、既存の海軍の装備導入計画を批判しつつ、海軍の装備導入計画のあるべき姿について持論を大胆に展開した。
この時の意見書では、海軍が「帝国主義の海上からの侵略」を粉砕し、「対台湾作戦」の任務を遂行するに足る能力を確保せねばならないという基本認識が示されたうえで、当時の解放軍がそうした水準にはなく、10 年後もそうした水準に達することはないという評価がなされた。
また、50年代にソ連から入手した時代遅れの通常動力型潜水艦のコピー版を大量に生産するという当時の装備導入計画に対し、潜水艦に大きく依存する形で米英の海軍に対抗しようとしたドイツの失敗例などを根拠とした批判がなされた。
そうした批判を踏まえて、劉華清は、今後は、水中、水上、空中の戦力をバランスよく整備していく必要があり、核抑止力を担う原子力潜水艦、水上艦隊の要となるミサイル駆逐艦、艦隊に航空支援を提供できる戦闘行動半径の長い航空機の開発・配備に力をいれるべきだと主張した。
この意見書でさらに注目されるのは、中国の経済発展に伴い海外からの「戦略物資」の輸入が拡大すれば、シーレーン防衛の重要性が増し、中国本土から遠く離れた海域での航空戦力の展開を可能にする航空母艦が必要になると指摘している点である。
つまり、劉華清は、1975 年の時点で中国の対外貿易が今後盛んになるという未来予測にたってシーレーン防衛について論じたわけだが、当時遠洋航海の経験が皆無だったうえに中国沿岸海域での作戦すら満足に遂行できないようなレベルにあった解放軍の海軍のなかで、このような議論は異色のものだったといえる。
(一)「覇権主義」や「帝国主義」による海上からの侵略に備える、
(四)核戦力の残存性を高めることに貢献する、ことであった。
053K型フリゲート(江東型フリゲート)1番艦 鷹潭 就役 65型の発展型、中国海軍初の艦対空ミサイル搭載艦、しかし国産ミサイルの性能が貧弱だったため2隻目で建造打ち切り
イギリスのロールスロイス・スペイ ターボファンエンジンをライセンス生産
★文化大革命終了
上海にある江南造船廠が三菱重工業社長の古賀繁一(元長崎造船所所長、戦艦武蔵の設計に関わる)の直接指導で再建される
053H型フリゲート(江滬I型フリゲート) 1番艦 常徳 就役 艦対空ミサイル搭載艦である053K型と共に行動する艦対艦ミサイル搭載艦として設計された、しかしレーダー等電子機器の性能は不足し全天候戦闘能力もなかった
053H1型フリゲート(江滬II型フリゲート) 1番艦 台州 就役 053H型フリゲートの改良型
051DT型駆逐艦(旅大III型) 1番艦 開封 就役 フランス製クロタル8MS個艦防空ミサイル・システム、フランス製DRBV-15対空レーダー、スウェーデン製機関砲を搭載
アメリカからCFM56-3ターボファンエンジンを入手、後のWS-10ターボファンエンジンの基礎となる
劉華清の主導で中国人民解放軍海軍装備実証研究センター(現在の中国人民解放軍海軍装備研究所)が成立
★053H1Q型フリゲート(江滬IV型) 西側の対潜技術を学ぶための技術検証艦 フランス製のAS 365N ドーファン・ヘリコプターをライセンス生産したZ-9、光学射撃指揮装置、ソナーシステム、水中攻撃指揮装置、イタリア製短魚雷などが搭載された
★092型原子力潜水艦 1番艦 406号 就役 中国初の原子力弾道ミサイル潜水艦
就役後も長い間航行することはなくアメリカ軍からは「not operational」と判断された
091型と同様に静粛性と信頼性が非常に劣っていた
UH-60ブラックホークをアメリカから購入、後のZ-20中型多用途ヘリコプターの基礎となる
アメリカから入手したCFM56-3ターボファンエンジンを参考に、WS-10エンジンの開発が始まる
★053H2型フリゲート(江滬III型フリゲート) 1番艦 黄石 就役 053H1型フリゲートの改良型、イギリス製の戦術情報処理装置(CTC-1629のコピーZKJ-3)とイタリア製の電子戦装置を搭載し大幅に能力が向上した
フランスよりクロタル個艦防空ミサイル・システムとともに、トムソンCSF社(現在のタレス)の戦術情報処理装置であるTAVITAC(旧称 Vega III)を輸入、リバースエンジニアリングによってZKJ-4を完成させる
ペレストロイカ開始
労働者派遣(以下、派遣)の事業規模が拡大した要因として、一般に1980年代から繰り返された労働者派遣法の規制緩和が挙げられがちだ。しかし、この見方は事象の一面しか捉えていない。派遣の増加は、法制度の変更に後押しされたというより、むしろ日本の産業・社会構造の根本的な変化が先にあって、そのニーズに応える形で法が追認・整備されていった結果と解釈すべきである。派遣増加の真の原因は、主に以下の二点にあると考える。
1986年の男女雇用機会均等法の施行は、企業の採用慣行に大きな転機をもたらした。それ以前、特に大企業の一般事務職は、多くの女性にとって「寿退社」を前提とした長期雇用を前提としないキャリアの入り口であり、新卒女性の安定した就職先であった。しかし、均等法の施行により、女性も男性と同様に総合職としてキャリアを積む道が開かれたことで、優秀な女性の多くが総合職を志向するようになった。
結果として、企業は一般事務職の担い手不足に直面する。従来の「(一般職の)女性社員が恒常的に担う」という体制が崩壊し、企業は定型的な事務作業を、長期的な雇用責任を負わない外部の労働力に切り出す必要に迫られた。これが、特に均等法施行後の1990年代以降の派遣、とりわけオフィスワーク分野における派遣の急増の決定的な引き金となったのである。均等法は女性のキャリアを向上させた一方で、企業にとっての定型業務の人材確保方法を一変させた。
派遣のもう一つの主要な増加要因は、製造業における技術革新、特にFA(ファクトリーオートメーション)の進展である。かつて日本の製造業を支えていたのは、特定の機械操作や手作業に熟練した「職能工」であった。彼らは長年の経験に基づく「勘」と「技能」で品質を担保していた。
しかし、NC(数値制御)工作機械やロボットの導入、そして生産ライン全体の自動化が進むにつれて、特定の熟練技能を要する作業が激減した。求められるのは、高度な専門技能ではなく、マニュアルに従って機械を操作・監視する定型的な作業へと変化した。これにより、企業は熟練工(正社員)を大量に維持する必要がなくなり、マニュアル教育で短期間に戦力化できる労働力を、生産量の増減に応じて柔軟に調整したいというニーズが高まった。
このニーズに合致したのが、派遣という柔軟な雇用形態である。派遣労働者は、企業にとって必要な時期に必要な人数を補充でき、コスト変動費化を可能にした。結果、製造業における派遣労働者の利用が急増することとなった(2000年代以降、製造業への派遣が段階的に解禁されたこともこの流れを加速させた)。
労働者派遣の増加は、法改正という政策的要因に主導されたのではなく、「男女雇用機会均等法による事務職の担い手の変化」と「技術革新による職能工の非必要化」という、日本の労働市場における構造的な変化によって内側から引き起こされた現象である。派遣法の改正は、社会がすでに生み出したこれらの新しい労働需要を、後追いで法的に容認・制度化したものに過ぎないのである。
自慰をする、あるいは単に射精をすることを、俗に「抜く」という。
この「抜く」という表現の語源について、「扱く(しごく)」の誤読である、という説がある。
たとえば「陰茎を扱く(しごく)」と書いたのを「抜く」と見間違えたというのである。
この語源説の信憑性を判断するために、今回は「抜く」の古い用例を確かめてみたい。
まず、それらしいワードで検索してみると、戦前ではフロイト心理学の引用が引っかかる。
フロイトは「歯を抜く」ことが射精と関連していると主張していた。
そのくだりで「とある方言では自慰のことを『引き抜く』と表現する」ことを引き合いに出しているのである。
「sich einen ausreißen」などと言うらしい。
1957年『歯科時報』の「口腔歯牙の性心理と性生理」という連載において、このフロイトの主張が引用されつつ、こう述べられている。
フロイドは自慰を行うという意味の俗語として、「一本抜く」という言葉がドイツ語にあることを指摘したが、フエレンツイは同様の俗語がハンガリアでもしばしば用いられており、しかもハンガリア人は、フロイドが指摘したドイツ語を全然知っていないと述べ、さらに、ハンガリア語には、ほかに自慰をあらわす俗語はないことを強調している。そして、ドイツ語やハンガリア語を知らない日本人も、昔から同様の俗語を用いて来ていることは、前にわたくしが指摘したとおりである。ただし日本語の「一本抜く」は、性交の意味にも用いられるのであるが。
としている。
ただ、実際に「一本抜く」がそのような表現として使われていると思しき例は一つしか見つけられなかった。
1951年に出版された『女の平和』において、男性がセックス・ストライキを嘆く場面が以下のように翻訳されている。
1970年代ごろからは(その時期に初出というわけではないが)「精を抜く」「精液を抜く」という表現が増えたようだ。
※ ただ「精を抜く」はもともと「重要な部分を抜き出す(抜粋などと同義)」という意味で使われることのほうが多かった
※ また「精を抜かれる」のような言い回しだと「精気」の意味であることが多いので判断が難しい
今の若い船員を見ていると、本当に気の毒である。一カ月も鉄の箱にとじこめられて、おかに着いて息をするにも、精を抜くにも、一日や二日の停泊で、ムードたっぷり女をくどくひまなく、飲みに行かねば女に当らない。
jerk offというと「ぐいぐいとしごいて精液を抜く」こと。
さらに1980年代の半ばからは、少しニュアンスの違った「一本抜く」が広まっていった。
実利というのは、射精させてくれることである。業界用語で「一本抜く」という。新生ノーパン喫茶の個室では、ノーパン嬢たちがせっせと一本抜いている。一本抜けない風俗営業の店は、どんどんつぶれていった。今はノーパン喫茶でも、覗き部屋でも、ストリップ劇場でも、必ず一本抜いてくれるのである。
1987年『診男法』。
「一本抜いてくる」と平気で風俗業界へくり出し、1年も車内の掃除をしていないようなきたないスカイラインで、RX7を見ると異常な闘志を見せたりします。
このように「一本抜く」という言葉が性風俗の業界用語として、一気に人口に膾炙していった様子が窺える。
もちろん同時期に「一本扱く」という表現は見当たらなかった。
流れとしては、
といったところだろうか。
そもそもの話をすると、「抜く」の語源が気にされるのは、一見すると「自慰」と「抜く」が繋がらないからだろう。
そこで「抜く」と「扱く」の字形が似ていることから連想して「抜く=扱くの誤読」説が考案されたのではないか。
自分が若者とされる年齢だった頃は、自分の世代の価値観は「これからの価値観」だと思っていたし、レッテルを貼られても「古代エジプトから繰り返される若者批判」としか思っていなかった。しかし時代を経ることで「この価値観は次の世代に引き継がれなかったな」という点や「確かに前の世代とは違っていたな」という点が見えるようになってきたので書き残す。
おそらく、自分の世代±5歳くらいが はてなブックマークのボリュームゾーンなんじゃないかなと思ってる。
『働いたら負けかなと思ってる』という言葉が世に出たのは2004年で、その頃からネット上でニートがファッション化した。2ちゃんねるという匿名掲示板、特に当時人気だったVIP板は老若男女が36歳無職独身男性に擬態している風潮があり、自分もその中のひとりだった。自分は新卒で就職してから一度も無職だった時期はないけれど、フィクションの主人公が「無職」か「サラリーマン」であれば、前者の方により感情移入できる。ブクマカが社会的弱者に優しい理由の半分はリベラル思想でもう半分はこれだと思う。
2007年には2chのVIP板に「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」というスレが立ち、これは2008年に書籍化され、2009年に映画になった。自分が大学3年で就活を意識しだしたのが2007年で、就活本格化したのが2008年、就職して社会に出たのは2009年だった。ブラック企業という言葉が流行語大賞にノミネートされたのは2013年だが、この言葉のネットでの認知はもう少し早かったように感じる。
上の世代から散々「ゆとり」というレッテルを貼られて自己肯定感を削られ続けてきた世代ではあるが、自分たちの世代はなんだかんだ言ってもゆとり教育を価値観として内面化しているような気がする。詰め込み教育は無駄、多様性を伸ばすのが大事、答えは一つじゃない、あぁしろこうしろと押し付けずに自発性を引き出しましょう、という考え方。
これを上の世代から『軟弱さ』として受け取られるのは想定の範囲内だが、下の世代から『ネグレスト』と受け取られると我々の世代はハッとする。
価値観を顔出しSNSではなく匿名掲示板で形成してきた人間は『出る杭は打たれる』という価値観が身に染み付いている。
だから「自分は人より凄い」「自分は良い人」のような真っ直ぐな自己PRは命取りであり、「自分はダメ人間ですよ」「自分は偽善者とは違いますよ」と振る舞う癖がついている。
10年後20年後に我々が『キャンセル』されるとしたら恐らくこの部分で、この癖を抜くことがこれから求められる価値観のアップデートなんだろうなと思っている。
これは我々の世代というより2009年に就職した人限定の価値観だと思うのだけど、2009年卒業組は2008年の空前の売り手市場で就活し、2008年9月のリーマンショックで内定取り消しの嵐に襲われた。だから能力があまりなくても他の世代に比べて楽に就活できたし、どんなに能力があっても内定取り消しで最悪の2009年に就活をやり直す羽目にあう人がいた。幸せな時代に就活をしたバブル世代とも最悪の時代に就活をした氷河期世代ともちょっと違う。天国と地獄の両方があり得て、それを分ける要因は能力ではなく完全に運だった。
既婚男性が無料で家政婦と代理出産とケア労働を手に入れるために、既婚女性の生活を<なぜか独身男女を含めた厚生年金で保障する>制度がおかしい
子どもがいなくても払ってない年金をあげる、しかも夫が死んだら厚生年金もあげるとかボーナスすぎるだろう
妻のサポートがあって夫が働けるんです!
2人分の労働力で1人分の社会保険料しか払わず、しかも生産力が2倍になるわけでもないのにドロボーすぎるだろう
しかもこれ、1986年というほぼ平成、バブル時代に作られた制度
ソープの話題が出てたのでChatGPTに調べて貰った。(DeepResearch)
ソープランドやデリヘルといった風俗店では、建前上「本番行為(性交)は提供せず、お風呂やマッサージだけ」を謳います。しかし実際には、個室で客と従業員が自由意志で恋愛関係になった結果として性交したという形を装い、店側が売春を斡旋していないと主張するのです。料金は「入浴料」などと称し、性的サービスそのものには対価を払っていないというフィクションで法の網をくぐっています。この「自由恋愛だから売春ではない」という業界の建前は、1986年の最高裁判決で明確に否定されており、経営者が「知らなかった」と言い逃れできないと判示されています。
本来ギャンブル禁止の法理念が事実上骨抜きにされ、事実上日本最大のギャンブル産業が合法的に存在している矛盾です。社会的にはパチンコが深刻なギャンブル依存症の原因になっており、本質的には賭博と変わらないにもかかわらず、グレーな状態で巨大産業として存続しています。依存症による家庭崩壊や経済的損失など倫理的・社会的問題も大きいのに、法の網をくぐっているため十分な規制・課税が及びません。また景品交換所は古物営業法の適用除外とされており(「盗品等の処分の実態がない」との理由ですが、実際には強盗や窃盗事件も発生しています)、制度の不透明さが治安面の懸念も招いています。
公職選挙法は選挙運動の方法を厳しく制限する法律です。戸別訪問の禁止や文書図画(ポスター等)の制限などが規定される一方で、選挙運動用自動車(選挙カー)による連呼行為は例外的に認められています。同法140条の2で「連呼行為の禁止」を定めつつ、「但し選挙運動用の自動車上では連呼してよい」と明記されているため、候補者名の連呼だけは走行中でも許されているのです。
この規定により、日本の選挙では選挙カーが大音量で候補者の名前を連呼する光景が定番化しています。公職選挙法は選挙運動期間を公示(告示)日から投票日前日まで、時間も原則朝8時から夜8時までと定め、それ以外の深夜早朝は活動禁止です。ただし拡声器の音量について明確な上限規制はなく、住宅街でも法定時間内であればいくら大音量でも違法ではないため、実質ノーガイドラインの状態です。その結果、各候補が少しでも有権者の耳目を引こうと最大音量で連呼を繰り返し、毎回の選挙で「名前を連呼するだけのうるさい車」が走り回ることになります。これは本来、公職選挙法が戸別訪問等を禁じた副作用とも言えます。禁止事項が多いため候補者は合法な宣伝手段として「連呼」に頼らざるを得ず、結果として騒音公害のような現象が合法化されてしまったのです。
2006年以降、民間委託の駐車監視員が違法駐車の取り締まりに当たるようになりましたが、彼らが対象とするのは主に運転者が離れた「放置駐車」です。そのため運転席に人が乗ったままの車は、たとえ長時間停車していても監視員は直接取り締まらないケースが多いのです。実際には「運転手さえ乗っていれば駐車違反にならない」というのは誤解で、運転者がいても5分を超えて継続的に停まっていれば法律上は駐車違反です。しかし現場では、監視員が車に近づきタイヤにチョークマーキングしようとすると運転手がすぐ移動してしまい証拠固めができないため、結局見逃されてしまいます。加えて警察OBいわく「緑のおじさん(監視員)はトラブル回避のため運転手が乗っている車はスルーするよう指示されている」節もあり、運転席に人を残したままハザードを点滅させて路上駐車するのが物流業者やタクシーで横行しています。「ちょっとの間なら…」と誰もがやりがちなグレー行為として半ば定着し、駐車禁止標識が形骸化しているのが実状です。
技能実習制度は事実上、認めていないはずの単純労働を外国人にさせる抜け道として機能しています。例えば農業・建設・介護など人手不足の分野で、開発途上国から来た実習生が3~5年間働きます。名目上は「技能の習得」ですが、実際には過酷な労働や長時間残業、低賃金で働かされるケースが多発しています。監理団体と送り出し機関を介し、中小企業や農家が直接雇用する形をとらない複雑な構造も不正の温床です。結果として実習生への賃金未払い・暴行・パワハラ等の人権侵害が後を絶たず、毎年数千人規模で失踪者(逃亡者)が出るなど闇が深い状況です。制度の恩恵を受けるはずの受け入れ企業からも「使い捨ての安価な労働力として酷使されるだけでなく、失踪リスクや手続コストもかかり、こんな制度はおかしい」と批判の声が上がっています。現に、「これは人身売買だ」とまで制度を非難する雇用者もいました。
日本は相当数の二重国籍者を黙認しているのが現状です。国籍法には22歳までに国籍を選べとありますが、選択しなかった場合の罰則はなく、役所から「選択宣言をしてください」という通知が来る程度です。また日本国籍離脱は本人の意思による届け出制であり、他国籍を取得しても本人が届け出ない限り日本政府は把握できません。例えば米国など第二国籍を取った日本人でも、日本には報告せず日本旅券を更新し続ける人もいます。政府側も海外で外国籍取得の情報を完全に把握する術はなく、結果として黙認状態が長年続いています。一部では、著名人などが二重国籍疑惑を指摘され問題化する例(2016年の政治家のケースなど)もありますが、そうしたケースでも最終的に国籍離脱を強制されることはまれです。つまり法律上は禁止だが事実上は放置という典型例になっています。
増田をやっていると、本当かよ!?と思わず調べてしまうことがよくあって、学びになります。
ということで、最近、個人的に増田で学んだことをまとめました。間違っている知識かあったらすみません。
ピラミッドの底辺が砂に埋まっているので、ピラミッドは見た目ではもうちょっと短いらしい。
憲法22条で、職業選択の自由とともに認められています。だから住む場所は自由です。ただし、公共の福祉に反しない限りにおいて、です。
レンタサイクルといえば、電動自転車かママチャリしか借りれないと思っていたのですが、サイクルコースの近くとかではロードバイクをレンタルしてくれるお店もあるそうです。
モロッコには建物が全部、青に塗られているシャウエンという街があります。
職場で見るのにふさわしくないコンテンツ、の意。ポルノとか暴力とか。
おい!!!とか大声で言うだけならセーフ。その後に、殺すぞ!と言ったら脅迫罪、土下座しろ!と言ったら強要罪、金よこせ!と言ったら恐喝罪。
Windows 95 は平成です。
傘差し運転と同じ。公安委員会遵守事項違反、というらしい。その他条例でも禁止されているところがある。
Yahoo!知恵袋調べ。新しければ新品、古ければ古物、その間のやや古いのが中古。
ただし海外勤務の場合はもっと高くて、1300 万円以上ぐらいらしい。
「根性」は仏教的には性根と同じ意味で、もともとは粘り強いとかの意味はなかった。
だから、自力での入賞がなくなった時に「他力本願寺!」と言って祈るのは、合ってる。
このフレーズは17世紀のデカルトの方法序説という本の中に出てくる。それにしても17世紀というのは結構最近に聞こえる。もっと昔の本だと勘違いしていた。
このフレーズは、山本五十六のオリジナルではないが、気に入って色紙とかに書いていたので有名になったらしい。
ちなみに、山本五十六は前線視察中に米国軍機に撃墜されて亡くなった。
平成です。
同じ頃には、ルーズソックスやナタデココ、ポケベルが流行っていました。
クルドとは民族の名前で、そんな名前の国はない。トルコ、イラン、イラク、シリアに多く住んでいて、この地域がクルディスタンと呼ばれたりする。
自分たちの自治領や自治区を他国に作ろうといて、特にトルコと揉めている
ンゴロンゴロ自然保護区という場所がタンザニアにある。近くにコーヒー農園があって、その豆を使用したコーヒーをンゴロンゴロコーヒーという。
ちなみに難易度は年々上がっていて、TOEIC900点でマウントを取る人には「いつ受けたんですか?」と突っ込むのが礼儀。
個人を特定できる情報、という意味ではない。(それはただの個人情報)
フランス語が語源。楽譜を読む訓練、音を聞き取る訓練、リズムを把握する訓練などの総称で、特に子供の音楽教室とかでやるもの。
楽器をやっている人が、ちょっと練習すれば他の楽器も弾けるようになるのは、このソルフェージュの力。
チームの中で、純粋にタイムを狙う人、山岳賞などの特別賞を狙う人、風除けになってサポートする人、補給食などを配る人など、いろいろ役割分担するらしい。
データ保存用のメディアとして使ったことないので、知らなかった。思ったより容量が少ないという印象。ハードディスクをそのままバックアップできるぐらいの容量があると勘違いしていた。
発売開始はアリエールは1986年、エリエールは1979年で、エリエールの方が古い。
ショートショートってどれくらいショートだったらショートショートと言っていいの?と思って調べたら、諸説あることが分かった。
とはいえ、厳しい定義は原稿用紙5枚以下、ゆるい定義は20枚以下ぐらいの幅に収まる。
どちらも通貨偽造の罪だが、もちろん日本円の偽札を作る方が、外国の偽札を作るよりも罪が重い。
また、持っているのが偽札だと知って使うだけでも(作っていなくても)罪になる。
ファイルを暗号化したり署名したりする時に使われるソフトウェア。
ヤッターマンというテレビアニメの中でナレーションとして使われていたフレーズらしい。
ちなみにヤッターマンの初代の放送期間は1977年から1979年まで。昭和である。
ヒジャブはアラビア語で「覆うもの」の意味。全身を覆う布はブルカと呼ばれる。目以外を隠す布はニカブと呼ばれる。
一方JR東海は儲かっているらしい。理由は知らないけど、新幹線が関係していそう。
増田では、離婚するときに子供を連れ去ったら親権が取れる、いいやそれは誘拐だ、という議論がよくなされるので、気になって調べた。ちなみに誘拐は英語で kidnap 。スペルに kid が入っているが、子供以外を誘拐する時にも使える。
Wikipediaによると、歴史的には14世紀ごろにアジアからヨーロッパに入った玩具が元になって生まれたのが起源らしいが、「後付けされたファンタジー的起源」では古代バビロンや古代エジプトの伝説が起源らしい。
どっちも知らなかった。
あの、インドとかで乗客が車両の外まで溢れて乗っているやつのこと。トレインホッピングとも呼ばれる。
乗る列車が貨物列車の場合はフレートホッピングとか呼ばれるらしい。
だんだんめんどくさくなったけど、頑張ってまとめました。
増田は学びが多いSNSです。また学びが溜まったら投稿します。
他にもいい雑学があったら教えてもらえるとありがたいです。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00562/082700106/
futbasshi 戦前の治安維持法も成立時は「乱用はしない」となっていたのにどんどん拡大解釈されて最後には根拠のない逮捕、投獄、拷問も正当化されたのよ。だからスパイ防止法も絶対警察、検察に都合よくつかわれる
s-eagle スパイ防止法の行にケチつけてる人は、ぜひとも治安維持法の条文を読んで小林多喜二が獄中死することを予見できるか試してみてほしいなぁ…。
っていうのは、まあ、わかる。そのとおりだね。
じゃあ、その批判しているスパイ防止法の中身はどんなものなの?
スパイ防止法は存在していないけれど、自民党が1986年に出した案は存在する。
これを元に批判していると考えるべきだろう。
https://www.spyboshi.jp/zenbun/
これを読めば、大抵の人はすぐにピンと来る。
そう、スパイ防止法の多くの部分は特定秘密保護法でカバーされてんのよ。
いえーい、id:futbasshi とid:s-eagle 、こいつらにスター付けたやつら見てるー?
お前らが反対しているスパイ防止法、もう通っちゃっていまーす。
「治安維持法は駄目だ~!」って、お前らが思考停止している間に、時代は動いてんだよ。
っていうか、特定秘密保護法だって相当叩かれていたから、ニュースで目にしたろ?
なので、スパイ防止法をどうこう言う政治家への初手は「特定秘密保護法で対応できますよね?」か、「特定秘密保護法の改正で対応しましょう」となる。
スパイ防止法は治安維持法だ~!とか、無知と感情を振り回しているから、参政党が躍進してんじゃないの?
なお、「違います~、それは私が思っているスパイ防止法ではありません~、もっと危険なんです~!」というなら具体的にどこで発表されていて、実際に通りそうなのか、特定秘密保護法との兼ね合いがどうなっているのかを教えてください。
おまけ
kohakuirono ginai>大川原化工機事件とか見てもそう思えるならかなり楽観的に過ぎるんじゃないでしょうか。そういう法律が出来たら実績作りで言いがかりで逮捕される可能性があるんじゃないですか。
大川原化工機事件はどう見ても現場の暴走による冤罪でしかなく、警察の腐敗を示しているにすぎない。
実績作りで逮捕なら、どの法律でも冤罪なすりつけられるけれど、新しい法律できる度に反対するわけ?
これにスター付けたやつらが一番やべえな。