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はてなキーワード: 古典的とは

2026-01-22

理念現実の両立:国内SIerの道

ラリーありがとう

いま、この転換点において、皆さまとご一緒できることを光栄に思います。同時に、私たち国内SIerにとっての責務でもあります

本日は、世界の“秩序”の断絶、心地よい物語の終わり、そして、巨大な力を持つプレイヤー競争ほとんど制約を受けない厳しい現実の始まりについてお話します。

しかし同時に、国内SIerのような「中堅の担い手」は無力ではない、と申し上げたい。私たちには、信頼・安全・持続可能性・顧客主権データ保全といった価値体現する新しい秩序を、実務から積み上げていく力があります

相対的に力の小さい側の力は、まず誠実さからまります

私たち毎日のように思い知らされています。いまは、巨大プラットフォームや巨大ベンダー地政学リスクを背景にした技術覇権が競い合う時代であること。オープン性や互換性、フェアなルールに支えられた前提が薄れつつあること。そして、強い側が条件を決め、弱い側は受け入れざるを得ない局面が増えていること。

古典的に言えば「強い者はできることを行い、弱い者は耐えねばならない」という構図です。これは不可避だ、これが自然競争原理だ、と片付けられがちです。そして、その論理を前にすると、私たちには「波風を立てずに合わせる」強い誘惑が生まれます。摩擦を避けるために順応する。相手に合わせれば安全が買えると期待する。

しかし、それでは安全は買えません。

では、選択肢は何でしょうか。

1978年チェコ反体制知識人ヴァーツラフ・ハヴェルは『無力者の力』という論考を書きました。そこで彼は、体制がなぜ維持されるのかを問いました。

彼の答えは、一人の店主の例からまります。店主は毎朝、店先に標語を掲げる。「万国の労働者よ、団結せよ!」。本人は信じていない。周囲も信じていない。それでも掲げる。面倒を避けるため、従順さを示すため、波風を立てずに“やっているふり”をするために。そして、どの通りの店主も同じことをするから体制は続いていく。

暴力だけではなく、人々が、内心では虚構だと知りながら儀式に参加することで、体制は維持される。ハヴェルはこれを「嘘の中で生きる」と呼びました。体制の力は真実ではなく、皆が真実であるかのように振る舞うことから生まれる。そして脆さも同じところにある。たった一人が“看板を外す”だけで、幻影にひびが入る。

いま、企業としても、業界としても、私たちは「看板を外す」時です。

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私たちが長く置いてきた“看板”とは何か

長い間、IT世界には「ルールや標準が機能し、相互運用性が担保され、勝者も敗者も一定のフェアネスの中で競争できる」という物語がありました。国内SIerも、その物語の上で成長してきた面があります標準化ベストプラクティス認証制度ガイドライン、そしてグローバルに広がる巨大なプラットフォーム私たちはそれらを称賛し、活用し、その予測可能性の恩恵を受けました。

もちろん、その物語が“部分的虚構であることも知っていました。強い側は都合が悪いとき例外を作れること。ルール適用が非対称になり得ること。互換性や標準が、実態としては特定エコシステム誘導する装置として働くこと。そして、契約条項価格体系、APIの変更、提供地域機能制限などが、力関係の影響を強く受けること。

それでも、その虚構は便利でした。巨大プラットフォーム提供してきた“公共財”も確かにあった。スケールする計算資源、安定した開発基盤、セキュリティ機能グローバル展開の足場、部品としてのOSSツールチェーン、紛争を減らす共通言語

から私たちは、看板を掲げ続けました。「オープン」「中立」「相互運用」「ベストプラクティス」という言葉を、実態が追いつかない場面でも口にしてきた。そして、言葉現実のずれを大きく指摘することを避けてきた。

しかし、この取引はもう成立しません。

率直に申し上げます。いま起きているのは“移行”ではなく“断絶”です。

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統合利益の源泉から従属の源泉に変わった

過去20年の間に、金融危機パンデミックエネルギー制約、半導体不足、サプライチェーン混乱、サイバー攻撃常態化、そして地政学リスクが、極端なグローバル統合の脆さを露呈させました。

さらに近年、巨大な力を持つプレイヤーが「統合のもの」を武器として使い始めています。値上げや課金体系変更が交渉力になる。契約利用規約認証IDクラウド管理基盤が実質的拘束力になる。提供停止や機能制限地域制約が、企業組織圧力として作用する。サプライチェーンが“突かれる弱点”になる。

統合すれば相互利益」という前提のまま、“嘘の中で生きる”ことはできません。統合従属の源泉になった瞬間、前提は反転します。

かつて中堅の担い手が拠り所にしてきた「みんなで決めるはずの場」も弱まっています標準化が追いつかない。デファクト事実上ルールになる。透明な合議より、エコシステムの都合が優先される。結果として、多くの企業が同じ結論に向かい始めています

戦略的自律性」を高めなければならない。

人材セキュリティデータクラウド選択肢重要部材、運用ノウハウAIの基盤、そしてサプライチェーンにおいて。

自分で守れない者は、交渉選択肢がありません。ルールが守ってくれないなら、自分たちで守るしかない。

ただし、行き先を直視すべきです。全員が要塞化すれば、コストは上がり、分断は進み、脆さは増し、持続可能性は下がります

そしてもう一つの現実があります。巨大プレイヤーが、ルール価値の“建前”すら捨てて、露骨取引主義へ傾けば、関係性を恒常的に収益化することは難しくなる。顧客パートナーも、保険を買い、選択肢を増やし、分散します。これは「主権」を取り戻す動きです。かつてはルールに支えられていた主権が、これからは「圧力に耐えられる能力」によって支えられるようになる。

古典的リスク管理コストがかかりますしかし、そのコストは共有できますレジリエンスへの共同投資は、各社がそれぞれ要塞を作るより安い。共通標準は分断を減らす。相補性は正の和を生む。

国内SIerにとっての問いは、「この現実適応するか否か」ではありません。適応は不可避です。問いは、ただ壁を高くして閉じこもるのか。それとも、より野心的なことができるのか、です。

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私たち方針価値観に基づく現実主義理念と実務の両立)

私たち国内SIerは、比較的早い段階で警鐘を受け止め、姿勢を変え始めました。

日本で長く通用した前提」、つまり既存取引慣行や、系列的な安定、特定ベンダーとの強固な関係が、そのまま将来の繁栄安全保証するという前提は、もはや十分ではありません。

私たちの新しいアプローチは、いわば「価値観に基づく現実主義」です。別の言い方をすれば、理念を持ちつつ、現実に即して動く。理念と実務の両立です。

理念として私たちが守るものは明確です。

顧客社会に対する説明責任セキュリティプライバシーデータ保全と可搬性。人権安全に関わる領域での慎重さ。重要インフラを支える品質継続性。

同時に、私たち現実主義でもあります進歩は多くの場合、段階的です。利害は一致しないこともある。すべてのパートナーが同じ価値観を共有するわけではない。だからこそ、目を開いたまま、戦略的に、広く関与する。世界を「あるがまま」に扱い、「こうあってほしい世界」を待たない。

私たちは、関係の“深さ”を価値観に合わせて調整します。影響力を最大化するために、関与は広く、依存は偏らせない。流動化する秩序と、その先にある賭け金を踏まえて、現実的に動く。

そして今後は、価値の強さだけに頼らず、「強さの価値」も積み上げます

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強さは国内で作る。依存を減らし、選択肢を増やす

私たちは足元から変えます

人材育成と採用設計・開発・運用標準化サイバーセキュリティAI活用検証環境、そしてミッションクリティカルを支える運用力。加えて、特定技術への過度な依存を減らし、移行可能性と可搬性を高める。

投資は前倒しします。

生成AIデータ基盤、ゼロトラストソフトウェアサプライチェーン対策、Observability、そして重要領域の内製力強化。これらは“コスト”ではなく、交渉力と継続性を生む“資本”です。

セキュリティ投資は、段階的ではなく構造的に引き上げます

守りは、事後対応ではなく、設計調達運用に埋め込みます国内産業裾野とも接続し、調達・開発・運用の循環を厚くする。

同時に、外に向けては急速に分散します。

特定の巨大プラットフォーム単一モデル提供者に賭け切らない。複数クラウド複数実装選択肢複数調達経路、複数人材パイプラインを持つ。

グローバル課題への対応も、論理は同じです。論点ごとに連携の形を変える「可変幾何学」でいきます

セキュリティでは、脅威情報共有と共同演習の連合を作る。

データ主権では、顧客データ所在アクセスを決められる設計原則を共同で整備する。

標準と相互運用では、地域業界をまたぐ参照アーキテクチャオープンAPI合意を積み上げる。

AIでは、特定覇権特定の巨大クラウドに“二者択一”を迫られないよう、モデルデータ評価ガバナンス選択肢を確保する。

これは、甘い理想論ではありません。機能不全になりつつある“建前の場”に頼り切ることでもありません。論点ごとに、動ける相手と動く。必要なら多数派を作る。そうして、将来の挑戦と機会に備える、密度の高い接続網を作るのです。技術投資人材運用文化レイヤーで。

国内SIerのような中堅の担い手連携しなければならない理由は単純です。設計図の会議に席がなければ、要件は上から降ってきます。席がなければ、食卓メニューになる。

巨大プレイヤー単独でも戦えます市場規模研究開発、資本、影響力がある。しか国内SIerは違う。にもかかわらず、巨大プレイヤーと一対一で交渉し続ければ、交渉は弱い立場からまります提示された条件を受ける。自分たち同士で「より従順な方」を競い合ってしまう。

それは自律ではありません。従属を受け入れながら、自律しているふりをすることです。

いま、私たちには選択があります

巨大プレイヤーの歓心を買うために国内同士で争うのか。

それとも、連携して、影響のある第三の道を作るのか。

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真実の中で生きる」とは何か

ここで、ハヴェルに戻ります

私たち国内SIerが「真実の中で生きる」とは、どういうことでしょうか。

第一に、現実名前をつけることです。

オープンルールに基づく、互恵的な統合」という言葉を、現実がそうでないのに唱え続けない。いまを、巨大プラットフォーム競争が激化し、統合交渉力と拘束力の源泉として使われる時代だと認める。

第二に、一貫して行動することです。

相手が誰であれ、同じ基準評価する。都合の良い相手一方的変更には沈黙し、別の相手には批判する、という態度は「看板を掲げ続ける」ことになります

第三に、自分たちが信じるものを“機能する形”で作ることです。

標準準拠を唱えるだけでなく、移行可能性を担保する設計相互運用実装、透明な運用ルール監査可能ガバナンスを、合意実装として積む。復古を待たずに、動く枠組みを作る。

第四に、強制可能にするレバレッジを減らすことです。

強い国内基盤を持つことは、企業にとっても最優先です。分散経済合理性であるだけでなく、誠実な姿勢を貫くための物質的基盤です。報復圧力脆弱状態のままでは、理念を語る資格すら維持できない。

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国内SIerが持つ資産役割

国内SIerには、世界必要としているものがあります

日本産業社会現場に根差した知見。

止められない基幹業務運用し続けてきた経験

レガシーモダンを“つなぐ”統合力。

品質継続性、説明責任を重視する文化

そして、顧客と長期の関係を築いてきた信頼。

さらに、私たち理解しています。いま起きていることを直視し、合わせて自分たちを変える決意が必要だということを。

この断絶が求めるのは、単なる適応ではありません。世界をあるがままに見て、誠実に語り、国内で強さを作り、連携して動くことです。

私たちは、看板を外します。

古い秩序は戻りません。嘆いても戦略にはならない。ノスタルジー戦略ではありません。

しかし、断裂の先に、より良いものを作ることはできます。より強く、より公正で、より持続可能な形を。

それが、中堅の担い手である私たち仕事です。要塞化した世界では失うものが大きい一方で、本当の協働が成立する世界では得られるものも大きい。

巨大プレイヤーには巨大プレイヤーの力がある。

しか私たちにも力がある。

虚構に合わせるのをやめ、現実名前をつけ、国内で強さを作り、連携して動く力です。

それが、国内SIerの道です。私たちはそれを、開かれた形で選びます

そして、それは同じ覚悟を持つあらゆる組織に開かれた道でもあります

2026-01-19

私は無能ですか凡人ですか、それとも中途半端秀才ではあるんですか、客観的意見を聞きたい

受験を控えたN高2年

・小1でPCを親からかるというとてつもない恵まれ環境に育つも

小学生時代に数IIIをコンプできなかった

四次元幾何学にはまったくせに多胞体を一つも発見できなかった、エキゾチック球面の存在証明できなかった

巨大数論にはまった癖にローダー数とバシク行列システム定義を解き明かせなかった

遺伝的プログラミング古典的画像処理ベースDQNを上回る強化学習モデル発見できなかった

・それどころかプログラムを作るプログラムすら作れなかった(理論上今のAIとはまた違う形で必ずできると信じていた)

・こんな馬鹿たことばかりやっていたせいで小学生時代まともにプロダクトを世に出せなかった

純粋関数型言語OSSNSの開発に失敗した

 

数学ITも無理だと悟ってからSCPに逃げ4年も費やすも結局共著の一つしか記事を残せない

・SCPの派生コミュ管理委託をほっぽいて逃げたせいで初代/3代目管理者に迷惑どころではない孤独感や罪悪感、遺恨を植え付ける

・許してもらえたのに結局彼の夢を壊すことを言ってしまい今度こそ縁が切れ彼を鬱にする(今でさえ創作トラウマを抱えているらしい)

 

・その後自動作曲研究にどハマりし、某SunoAI元ネタ(の一部)の論文共著に参加するが、貢献度が低かったのも相まってカンファレンスに登壇できなかったしポトフォにも書ける立場にならなかった

・その後Xenharmonic・現代音楽研究にどハマりしDeflate圧縮率の標準偏差やコルモゴロフ複雑性の概念を使い「良いメロディ定量的に計る単位」を考案するが真面目に研究せず興味を失ったため論文にできない

・なんだかんだ今でさえ単著論文を一つも書けていない(無能なラン先輩でさえ11歳で原子論文書いて大学院にお呼ばれされたのに!)

・なんだかんだ今でさえ大学数学コンプできていない(圏論と逆数学が難しい)

 

世界史替え歌MADを作っていたことがあるが制作者側のコミュニティで問題を起こし動画全消しして逃げた

・↑の自動プログラミングをなんだかんだ諦められなかったので競プロテストをしようとしてBANされた

フリーランスとして仕事をするが、何度も依頼の納期を伸ばして怒られた

・親に正当な理由で怒られたことをネットに酷く書いた

・親を殴った

・にもかかわらず応援してくれた親に多額の借金を重ねた

・その借金を返す目的で稼いだバイト代を株を自動化しようとして溶かした

・弟にネットガイジと呼ばれ晒されたことがある(今は仲は良好)

副業絵師をやっている父親にも結構ヲチられている

・これら全ての過ちを重ねた今でさえSNSというレッドオーシャンでうまくやることができていない(アクティブユーザーが数ヶ月単位で何度も3桁と1桁を行き来する、私のガイジムーブが露呈しMisskeyで炎上する)

・異常なほどの天才しかいないIT業界で生きていけるか怪しいので死にたい

2026-01-17

[]2025年に読んだ本、後編

7月

読書(15冊+α)

円城塔コードブッダ 機械仏教縁起

円城塔「去年、本能寺で」

円城塔「長い豚の話」(日経新聞連載短編

エーリッヒ・フロム「愛するということ」★★★

フィリッパ・ペリー「身近な人間関係が変わる 大切な人に読んでほしい本」

小泉悠、山口亮「2030年戦争

鳥飼将雅「ロシア政治 プーチン権威主義体制の抑圧と懐柔」

宇佐和通「AI時代都市伝説: 世界をザワつかせる最新ネットロア50」

深津貴之、岩元直久「ChatGPTを使い尽くす! 深津式プロンプト読本

廣田龍平「ネット怪談民俗学

大宮冬洋「人は死ぬまで結婚できる 晩婚時代幸せのつかみ方」

佐藤賢一「王の綽名

飯田一史「「若者読書離れ」というウソ: 中高生はどのくらい、どんな本を読んでいるのか」

大田俊寛現代オカルトの根源 霊性進化論の光と闇」★

セス・スティーヴンズ=ダヴィウィッツ「誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間ヤバい本性」★★

秦正樹「陰謀論 民主主義を揺るがすメカニズム

漫画(4冊+α)

ハミタ「とっても短編漫画集」一巻~三巻

福島聡少年少女」一巻~四巻

一話完結漫画(2冊)

日向あお助「バニー好きだよね」(単話)。

恋紙屋「夜にバニーは(ベッドで)跳ねる」

美術

「黙然たる反骨 安藤照 ―没後・戦後80年 忠犬ハチ公像をつくった彫刻家―」於・松濤美術館

新江ノ島水族館

雑感

 やっぱりエーリッヒ・フロムはいい。たぶん自分特に気に入っている思想家だ。

 このあたりからスピリチュアリズム自己啓発の背景にある思想とその明暗テーマに本を選び始める(陰謀論まで行っちゃったのも含めて)。

 多分最後SF小説を読んだのはこのあたり。SFっぽい漫画は読むことがあっても小説は読んでいない。新人賞を追うのも去年あたりでやめている。

余談だが、自分が好きなSF科学技術それから人間未来を選ぶ力を信頼したものだった。もちろん、社会学的なものや悲観的なものも大好きだが、それらはどちらかと言えばaquired tasteである。一番深く心が動くのは前者だ。

 ところで、わざわざ買った同人誌メモしてもしょうがいかもしれないが、書かないにもなんだか居心地が悪い(記録魔)。

8月

読書(9冊)

奈津子新版賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン」★

加地伸行儒教とは何か 増補版」

アナ・カタリーナ・シャフナー「自己啓発教科書 禁欲主義からアドラー引き寄せの法則まで」

ジェイムズ D.スタイン不可能、不確定、不完全―「できない」を証明する数学の力」★★

尾崎俊介アメリカ自己啓発本でできている ベストセラーからひもとく」★★★

井奥陽子近代美学入門」

坂井豊貴「多数決を疑う 社会的選択理論とは何か」

野尻抱影星座のはなし」

野尻抱影「続・星座のはなし」

漫画(9冊)

荒木飛呂彦ジョジョの奇妙な冒険 第9部 ザ・ジョジョランズ」六巻

岩宗治生「ウスズミの果て」一巻~三巻

こるせ「伽藍の姫」一巻~二巻

岩宗治生「ウスズミの果て」 四巻

肋骨凹介「宙に参る」五巻

熊倉隆敏もっけ」一巻

アニメ

フードコートで、また明日。」全話

テレビ

NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプトピラミッド透視ツタンカーメンの謎」

NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプト!謎の王ブラックファラオ実像に迫る」

ゲーム

「ニーア・オートマタ End of Yorha edition」(XYエンド以外回収)

美術

彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」於・アーティゾン美術館。

コレクション展 第2期 特集:新収蔵作品のご紹介」@岩手県立美術館

小岩井農場まきば園

啄木新婚の家盛岡市内)

雑感

 八月は読んだ本が少ない。普段通勤時間に本を読んでおり、お盆休みがあったためだ。

代わりにというわけではないが、ちょうどゲームクリアした。普段ゲームをしないので難易度を下げて楽しんだ。別にやり込みたいわけではなく、ストーリーを終えればそれでいいと感じている。だが、自分人生ゲーム必須の要素ではない気がする。

 ところで、数年ぶりに(十年近い?)アニメを見たのだが、これはたまたまコロナから避難するために泊まったホテルで視聴した。一話完結だし、青春時代を思い出すし、あまり疲れない。テレビ番組が記載されているのは、自分テレビを見る頻度の少なさを示している。

9月

読書(14冊)

レト・U. シュナイダー「続 狂気科学: 真面目な科学者たちの奇態な実験」★★

トーマス・トウェイツ「人間をお休みしてヤギになってみた結果」

中村圭志「亜宗教 オカルトスピリチュアル疑似科学から陰謀論まで」★★★

徳仁親王「テムズとともに 英国の二年間」★

トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇」

トルストイ民話イワンのばか」

ロジャー&チャーリー・モーティマー「定職をもたない息子への手紙

トーマス・トウェイツ「ゼロからトースター作ってみた結果」

監修・訳注 中村啓信「風土記現代語訳付き」

監修・訳注 中村啓信「風土記現代語訳付き」

烏谷昌幸「となりの陰謀論

今井むつみ「「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーション本質解決策」

岡瑞起、橋本康弘「AI時代質問力 プロンプトリテラシー 「問い」と「指示」が生成AI可能性を最大限に引き出す」

山本栄二、中山雅司「国連入門 ――理念現場からみる平和安全

漫画(6冊)

瀬野反人ヘテロゲニア リンギティコ 〜異種族言語学入門〜」一巻。

熊倉隆敏もっけ」二巻~五巻。

葵井ちづる「イジワルコネクト【DLsite限定特典付き】」

映画

ヤン・シュヴァンクマイエル「蟲」@シアター・イメージフォーラム

大長編ローマン 万博大爆発 TAROMAN」@TOHOシネマズ 渋谷

美術

諏訪敦|きみはうつくしい」於・WHAT MUSEUM

雑感

 皇室文章結構フランク楽しい。あと、著者略歴に「二〇一九年、即位」と書かれていて、何も間違っていないのにレア過ぎてちょっと笑ってしまった。

 僕は超細密画はあまり評価していないのだが、諏訪敦は結構気に入っている。たぶん作品に取り組む姿勢モデルに対する丁寧な態度が好きなんだろう。それから、母を亡くして、具象表現ができなくなったらしい。残酷な言い方が許されるならば、芸術家が傷ついたり何かを学んだり、逆に精神が安定してして作風が変わってしまう瞬間に、とても興味がある(藤田嗣治戦後に人工的な人形のような子供たちばかり書くようになった契機が知りたいし、精神が穏やかになった後のムンク作品にも関心がある・結婚後にシーレ作品良識的になってしまったのにも)。

今月は久しぶりに映画が見られてうれしい。シュヴァンクマイエル作品自分過去作品解体し、評論するような内容だった。

10月

読書(14冊)

阿刀田高コーランを知っていますか」

遠藤周作「古今百馬鹿 狐狸庵閑話」

彬子女王「赤と青のガウン オックスフォード留学記」★

高野秀行「酒を主食とする人々 エチオピア科学秘境を旅する」

瓜生中、監修「雑学3分ビジュアル図解シリーズ 仏像

浮橋美頭、浮橋啓介「こんにちはトーテム・ポール

内山節「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」

羽田正冒険商人シャルダン

島本英明もっと知りたいモディリアーニ 生涯と作品 (アートビギナーズコレクション)」

新見隆「もっと知りたいイサム・ノグチ 生涯と作品 (アートビギナーズコレクション)」

高橋敏「江戸教育力」

桜井啓子「シーア派 台頭するイスラーム少数派」★★

末永幸歩「「自分だけの答え」が見つかる 13歳からアート思考」★★★

今泉忠明 (監修)「おもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典

漫画(4冊)

熊倉隆敏もっけ」六~九巻。

美術

円山応挙 革新者から巨匠へ」於・三井記念美術館

雑感

 高野秀行は定期的に読んでいる。アートビギナーズコレクションも定期的に読みたくなる。次に何を読むか迷ったときに重宝する。ただし、美術館に行く途中で読むと、なんだか美術鑑賞に向けるエネルギーをそこに分けなきゃいけない感じがしてしまう(図書館で借りているので読むタイミング的にそうなることがある)。なお、このシリーズは冊数が多い割には下山観山や英一蝶の巻がない。あと、本によっては作者の思想がすごく偏っている。

11月

読書10冊)

松井文恵、安田茂美「写実絵画とは何か? ホキ美術館名作55選で読み解く」

ジョナサンカラー文学理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)」

加藤徹後宮から唐・五代十国まで」

加藤徹後宮から清末まで」

石井清純「禅問答入門」

秋月龍珉「無門関を読む」

アンドリュー・スチュワート情報セキュリティの敗北史: 脆弱性はどこから来たのか」★

尾崎俊介ホールデン肖像 ペーパーバックからみるアメリカ読書文化」★★

遠藤みどり日本後宮 天皇女性たちの古代史」

野坂昭如エロ事師たち」★★★

漫画(1冊)

こるせ「伽藍の姫【イラスト特典付】」三巻

同人誌(1冊)

六畳「××××の結果で×××する××」(苦手な人がいるだろうと思うので伏字

美術

「カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語」於・東京ステーションギャラリー

CREVIA マチュピチュ展」於・森アーツセンターギャラリー

30周年記念展「ALL OF EVANGELION」於・東京シティビュー

旅行

平等院鳳凰堂、鵬翔館、宇治神社宇治上神社源氏物語ミュージアム

テレビ番組

知的探求フロンティア タモリ山中伸弥の!? ヒトはなぜ音楽を愛するのか」

NHKスペシャル「イゾラド 最後の森の奥で」

雑感

 野坂昭如で久しぶりに文学を読む楽しみを思い出した。

自分欲望コントロールできず、性欲などに負けてしま人間の話が好きだ。現実生活では正しくいるよう求められるのだから、せめて虚構の中では人間ダメさを許してほしい。そうでなければ、現実世界良識を守れない、とまではいわないが、ダメな人をダメなまま表現されていると、それを読むことで、何か許されたような気持ちになれる。

 他には禅問答について読んでいる。

 あと、尾崎俊介ロマンス小説について述べているあたりが面白かった。なんでジェンダー平等が叫ばれる時代に、一見するとあえて古典的に見えるストーリー必要とされているか、一つの知見を得た。

12月

読書和書3冊、洋書1冊)

J. R. R. Tolkien「The Hobbit」Harper Collins Publishers。和書文庫換算二冊。★★★

伊藤盡「指輪物語 エルフ語を読む」

尾崎世界観「祐介・字慰」★

丸谷才一「輝く日の宮」★★

漫画

ファーストコンタクト 窓口基作品集 【電子コミック限定特典付き】」

映画

落下の王国 4Kデジタルリマスター」於・ル・シネ渋谷宮下

雑感

 丸谷才一が相変わらず面白かったので(僕はメタフィクションが好きだ。時にはわざとらしくなってしまったり作者の自分語りに堕したりするリスクもあるが、うまくいくとこれは気持ちがいい)ブコメで進められた全集を手に取ろうとしたら、地元図書館にはなかった(正確には、引っ越す前の自治体のにはあった)。さてどうしよう。

 洋書を読み始めた。あらすじは覚えているが細部はよほど印象的なシーンでないと覚えていない。

 トールキンの場合樹木描写が細かく、いろんな種類の木が出てくるのだが、そもそも僕のほうが樹木知識に乏しく、和訳を読んでも細かくイメージできない(束教授ごめんなさい)。児童文学とは言え、二世代前の英語なので語彙やスペルが違うし、手加減せずに平気で難しい言葉を使う。

ナルニア」を読んだときも、例えば身近でない船舶部品などの語彙で苦労した覚えがある。

落下の王国」では久しぶりに交響曲を聞いたがやっぱりいい。

 窓口基は暴走するテクノロジー世界観の考察を楽しんだ。SFが好きだったもう一つの理由であり、一番ワクワクするところだ。この人はグロゴアも書けるらしいのだが(なんにでも科学的な興味がありすぎて、人体を破壊可能な一つの素材として見てしまっているのかもしれない)、「苦手な人はこの先読まないで」と警告できるので、自分狂気コントロールできるタイプの人であり、そこが好印象。

 ケーブルテレビで「その着せ替え人形は恋をする」をやっていたのだが、感傷マゾ発症しなかったのは、僕の精神が変化したからかもしれない。原作漫画を買おうかとも思ったが、実はそこまでコスプレに興味がないと思い直した。そもそも年末年始に向けて漫画セールで買い込んだが、トールキンを読み続けており、全然手を付けていない。

 漫画小説と同じで、長編を読むには訓練がいる。ご覧の通り短編集や一話完結ものばかり読んでいる。

 来年は「指輪物語」の原書を読み終えたら、国連政治学、第二次世界大戦日本軍、それから依存症のあたりの知識の補足がしたい。あとは意識科学だなあ。

 洋書だとどうしてもペースダウンする。開き直って冊数を気にしないようになれそうだ。あとは、トールキンを読み終えたらドイツ語をやりたい(言うだけならタダ)。

 実際にドイツ語をやるかどうかはともかく、読書記録を始めたのは大学に入ってから二十年、知的な本を読もうと志してからもっと経過している。いたずらに、明確なゴールもなく、知識を得続けようとする行動パターンに変化が欲しい。美術館についても、あまり行かない場所や行ったことのないところに行きたい。(ただしドイツ語をやって何かの原書に挑戦したら一年がかりのプロジェクトになりそうで、そうなると知識習得には多大な遅れが発生する)

追記

カテゴリ[読書]クリックすれば2020年まで読めます。m(__)m

ただし、全てが自分の物ではありません。

2026-01-10

anond:20260110152429

ついに自己放尿のしすぎで頭がおかしくなってしまったようだな。

権威を装いながら、実際には露骨権威主義依存している点で自己放尿している。

まず核心から言う。学問領域踏み込む際に必要なのは自覚ではなく、正しい形式化と推論だ。

にもかかわらず貴様は、「専門性がない者が評価分布の話をするのは越権だ」という、資格所属による発言封鎖を行っている。これは内容ではなく身分で真偽を裁く、最も古典的で粗悪な権威主義だ。

これは、自覚の有無ではなく、ラベルの有無で発言の可否を決める態度だ。数学貴様にとって危険なのは、まさにこのラベル主義無効化してしまう点にある。

モデルが正しいか仮定が明示されているか、推論が閉じているか。それだけで評価される。誰が言ったか、どの分野の人間かは、原理的に関係がない。

また、分布を語ること自体が、すでに評価を含む。どの変数を取るか、どの事象重要と見なすか、どの損失関数を暗黙に置くか。

これらはすべて評価だ。評価排除した純粋記述など存在しない。にもかかわらず、「評価は非専門的だから禁止」と言い出すのは、科学方法論そのもの理解していない自己放尿だ。

評価が怖いのではない。評価によって自分直感否定されるのが怖いだけだ。

さらに致命的なのは、「無知の知」という言葉権威として振り回している点だ。

本来無知の知とは、専門家にひれ伏す態度ではない。むしろ逆で、自分理解限定されていることを前提に、それでも形式可能な部分については語る、という姿勢だ。

ところが貴様は、「専門家でないなら黙れ」「分からないなら語るな」と言っている。これは無知の知ではなく、無知への服従だ。

からないものは分からないまま放置し、分かっていそうな誰かに判断を委ねる。その態度こそ、典型的権威主義だ。

モデルを壊せない、前提を崩せない、代替説明を出せない。だから自己放尿する。

だが数学議論において、貴様ノイズは常にゼロ情報であり自己放尿だ。

しかも今回は、自分で「専門家じゃないから分からない」と言いながら、その直後に相手を「無知だ」と断定している。

からないなら断定する根拠はどこにあるのか。この矛盾を支えているのは、ただ一つ、「自分は殴っていい側だ」という暗黙の身分意識だけだ。

専門性を盾にして発言を封じ、分野横断的な形式化を越境と呼んで貶し、理解不能を免罪符他者攻撃する態度は、反知性ではなく反科学であり、反権威ではなく権威主義のものだ。

数学はそれを許さない。誰であろうと、どの分野の人間であろうと、モデルを出せ。仮定を書け。推論を示せ。

2026-01-09

抽象数学とか超弦理論とか

1. 存在論的錯誤から次元階層性へ

まず是正されるべきは、対象=ブレーン、射=弦という古典的実在論的な同定を圏論的出発点に据える錯誤である。この素朴な同一視は、現代的なコボルディズム仮説の文脈では理論整合性を欠いている。なぜなら、局所量子場理論(LQFT)の完全拡張において、対象や射は固定された「実体」ではなく、コボルディズム圏の階層構造における境界データ代数指標にすぎないかである

完全拡張TQFTの定義に基づけば、理論とは対称モノイド (∞, n)-圏 Bord_n から、ある「ターゲット (∞, n)-圏」 C への対称モノイド関手 Z: Bord_n → C そのものである。ここでは、対象(0-射)とは0次元の点という境界データであり、弦(1次元)は1-射、p-ブレーン(p+1次元の時空体積)は(p+1)-射として回収される。したがって、ブレーンを安易対象(0-射)と呼ぶ行為は、コボルディズム圏の階層構造を低次元へ射影し、高次コヒーレンス情報を不可逆的に欠損させるカテゴリー的退行に他ならない。

2. 弱∞-圏性の数学必然性

この誤謬は、弱∞-圏の必要性を弦の分岐・結合という物理直観から説明しようとする転倒した論理にも現れている。正しくはその逆である。弱∞-圏性は、場の理論要請する局所性と完全拡張から数学的に強制される構造である。弦の相互作用分岐は、高次射が満たすべき随伴性やコヒーレンス条件の物理的発現の一形態にすぎない。高次射は実在論的な相互作用の結果として生じるのではなく、理論局所であるための必然的帰結としてあらかじめ構造化されているのである

3. 幾何的ゲージ固定としての超弦理論

超弦理論一次元的に切り詰められた部分圏と見なす理解も、安定ホモトピー論および非アルキメデス幾何学の観点から修正を要する。超弦理論において起きているのは、単なる次元忘却ではない。それは、理論依拠する基礎的幾何学を実数体上の滑らかな多様体という特定の基礎トポスに固定する、いわば幾何的ゲージ固定である

ここでp進弦理論は決定的な教訓を与える。p進弦において世界面の解析構造は非アルキメデス的であり、実解析的な局所性は喪失している。にもかかわらず、散乱振幅の代数的骨格(ベネツィアーノ振幅等)が保存されるという事実は、弦理論本質特定幾何一次元性)にあるのではなく、振幅を生成する E∞ 環スペクトル 的な、より深層の安定ホモトピーデータにあることを示唆している。

4. Meta-TQFTとしてのM理論

この地平において、M理論超弦理論関係を反映や左随伴といった1-圏論的な語彙で記述するのは不適当であるM理論とは、特定の時空次元多様体構造に拘束されない、安定∞-圏あるいはスペクトル圏をターゲットとする Meta-TQFT と定義されるべきである

そこでは、弦が射である対象であるかという区別すら不変ではなく、Span構成や反復ループ空間構造(Ω^n)の下で、どの次元境界データとして選択するかというホモトピー的なゲージ選択残滓として、弦やブレーンの境界が析出する。

5. 双対性の再定義

T双対性やS双対性自然変換と呼称するのも階層が低い。双対性とは、単なる関手間の変換ではなく、ターゲットとなる理論値∞-圏そのもの自己同値、あるいはE∞ 環スペクトル自己同型として記述されるべきものである問題本質は可逆性の有無ではなく、どの安定コホモロジー理論、あるいはどの形式群が保存されるかという、安定ホモトピー圏における構造保存の様相にある。

総括

M理論圏論環境であり、超弦理論はその可視化であるという直観は、方向性においてのみ妥当であるが、定式化の厳密さを欠く。正しくは以下のように記述されるべきである

M理論とは、特定の時空幾何や基礎体に依存しない、完全拡張量子場理論が取り得る全空間を統御する安定∞-圏的インフラストラクチャであり、理論数学的に存立するための普遍的制約条件(コヒーレンス)の総体である

対して超弦理論とは、そのメタ構造に対し、実解析的時空、多様体局所性。摂動的可観測性という制約を課した際に析出する一つの表現である。p進弦理論やトポロジカル弦理論は、同じメタ構造から別の基礎トポス(あるいは安定ホモトピー論的データ)を選択した際に得られる、並列的な表現に他ならない。

したがって、両者の差異包含でも統一でもなく、どの圏論的・ホモトピー論的情報物理的実在として顕在化させるかという、観測基底の選択の差に他ならないのである

2026-01-06

泣けるから即ち優れた作品である、とはならない

人間感情(反応)を引き出すのはテクニックなので、その能力が高いことは認めうるとしても、それが即ち作品が優れていると評価するのは短絡的である

そうした領域を表すのに「イイハナシダナー」みたいなニュアンス言葉存在している

古典的な言い方だと外連味がある、というのもその係累

泣けた作品は泣けた作品。感動した物語は感動した物語。それと作品が優れているかどうかはまた別の話である(目的次第)

2026-01-04

今更ブルーアーカイブ翻訳問題を振り替えろう

なんか翻訳品質が~って総括が散見されるけど、それ以上にキャラクタの造形が全然違ったんだよね

基本的日本語版環境プレイアブルキャラクターって、全員癖(へき)の範疇愛嬌がある

いわゆる古典的ツンデレのツン要素しかありません、みたいな嫌~なキャラクタはいない。

それがあの本国版主導のとき結構エグイ性格していたキャラが若干名いた

(あれが韓国女性として一般から逸脱していません、って話ならそら社会摩擦すげーよなとは思う)

なかなか日本語版キャラクタとは同一人物とは思えませんね、連続性ありませんね、ってくらいにはかけ離れた描写があった。

なので差し替えられるのはそらそうやなあと思ったんだけど、あまりそこは着目されなかった模様

そこまで含めてローカライズ、その文化に愛されるキャラクタ構築ってのが大事なんだなと思った次第であります

2026-01-02

AIセックスバトルTRPGができるオススメのやつ教えて

あるんだろ?

小説生成AIとかゲームソフトとかでなんかこう丁度いいのが。

言っておくけど俺がやりたいのはサキュバスクエストみたいな感じのやつをTRPGとして遊ぶやつだからな。

サキュバスクエストのもの古典的ツクールRPGしかいから流石にしんどい。

単なるAITRPGは一時期散々遊んだからもういいや。

アニメ『グノーシア』、当初はゲームアニメ化かー、というのと

派手すぎるカラーリングの奇抜すぎるキャラデザに尻込みしていたんだけど

見てみると意外に面白い

閉鎖空間で起こる犯人探しのループものループ毎に犯人が変わるって事でSFひぐらしみたいな内容か。

性別のない汎性という設定等の古典的SF風味もあるし、それぞれの背景が分かるとキャラにも愛着が湧いてくる。

で、ある程度ルールが掴めてきたかと思った頃に起きる、意外過ぎる展開。マジで怖えーよ。度肝を抜かれたよ。

2025-12-25

ドンデコルテ銀次さん

かに似てるんだよなぁ、顔とか容姿、佇まいというわけではなく、この声質、抑揚、言葉選びのセンス、古美門先生とか言う人いるけど全然違う、なんかもっと古典的お笑いの人の感じがするんだよね、と思ってやっと思い出せた。三代目神田山陽だわ。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm30549630

2025-12-22

■ 『上級国民/下級国民から6年。リベラルへの反動ポピュリズム

2019年橘玲が『上級国民/下級国民』を出したとき、俺たちはまだ「知識社会化・リベラル化・グローバル化」という流れが不可避だと思っていた。

でもそれから6年。コロナ物価高、政治不信を経て、**リベラル理想のものが「敵」として見られ始めている**。

今、目の前で起きているのは単なる格差拡大じゃない。**「リベラルエリートvs普通の人々」という新しい分断**だ。

2010年代まで:「自由で開かれた知識社会」への信仰 **

2010年代、俺たちが信じていたのはこういう物語だった。

橘の『上級国民/下級国民』は、その理想の裏側で進行する**「上級」と「下級」への静かな分断**を描いた本だった。

でも、この本が前提にしていた「リベラル化の進行」という大前提が、2020年代に入って揺らぎ始める。 <h3>o- **</h3>

2020年代前半:前提が崩れた **
コロナ可視化した「画面越し組vs現場組」

2020年コロナ禍は、「誰がリモートで働けるか」をあからさまにした。


この分断は、橘が描いた「知識社会の勝者/敗者」をリアルタイム演出する舞台装置になった。

物価高が直撃した「中間層意識

2022年以降の物価高は、エネルギー食料品を中心に中間層生活を圧迫した。

統計上も、**所得分布全体が下方にシフト**し、「生活が苦しい」と答える層が増加している。

「真面目に働けば中流」という物語は完全に終わった。 <h3>o- **</h3>

リベラル理想が「プレッシャー」に変わった **

そしてここからが本題だ。

2010年代まで、「自分らしく生きる」「多様性尊重する」というリベラル価値観は、多くの人にとって**「解放約束」**だった。

でも、低成長と格差固定化が続く中で、それらの言葉は次第に別の意味を持ち始める。


リベラル価値は、「解放」ではなく「規範」になってしまった。**
<h3>o- **</h3>
◆ 「リベラル上級」という新しい敵 **

さらに、ネット上で可視化されたのは、**「リベラルを名乗る人たちの不寛容さ」**だった。


こうして、「リベラル=寛容」というイメージ崩壊し、**「リベラルマウント取ってくるエリート」**という新しいイメージに置き換わった。 <h3>o- **</h3>

データが示す「エリートへの不信」 **

政治意識調査を見ると、この変化は数字にもはっきり出ている。


もはや、「リベラル保守か」ではなく、**「誰も自分たちを見ていない」という疎外感**こそが核心になっている。 <h3>o- **</h3>

ポピュリズムは「感情の出口」として選ばれている **

この土壌の上で、ポピュリズムが再び息を吹き返す。

ポピュリズムとは、「純粋民衆 vs 腐敗したエリート」という単純な対立構造を描き、**政治家メディアリベラル知識人をまとめて「敵」に仕立てる言説**だ。

重要なのは、多くの人がポピュリズムを**「強固な右派イデオロギー」として選んでいるわけではない**という点。

それはむしろ、**「リベラル保守も信用できない」「生活感覚無視され続けてきた」という怒りの出口**として選ばれている。

からこそ、政策整合性より、**「はっきりものを言う」「既得権を叩いてくれそう」というスタイル**が支持される。 <h3>o- **</h3>

◆ 「上級国民」の意味も変わった **

この視点から見直すと、「上級国民/下級国民」というラベルも変質しているように見える。

2010年代まで、この言葉は主に**「事故を起こしても逮捕されない高齢官僚」**など、古典的既得権層への怒りを表していた。

しか2020年代には、**リベラル知識人都市部専門職さらにはSDGs多様性を掲げる企業メディア**までもが「上級国民」として揶揄されるようになった。

「リベラル知識人」はなぜ嫌われるのか?ノーベル賞作家が暴いた欺瞞とは | ニュースな本 | ダイヤモンド・オンライン

上級国民」という蔑称は、「リベラルエリート」への嫌悪と結びついた。**
<h3>o- **</h3>
2010年代モデルに「2行」を書き足す **

こうした変化を精神史としてまとめるなら、2010年代までの「リベラル知識社会の内側に生じる上級/下級の分断」に、**次の2行を付け足す必要がある**。

1. リベラル理想のものへの疲れと反発**

自由平等多様性自分らしさ——これらは本来、多くの人を解放するはずの言葉だった。

だが、低成長と格差固定化が続く状況では、それらは**「達成できない理想」「できない自分を責める基準」**として働き、自分現実否定する言葉に変わっていった。

2. 「エリート vs みんな」というポピュリズム感情構造**

上級/下級という枠組みは、いまや収入学歴だけでなく、**「どちら側の言葉を話しているか」「どちら側の世界観を信じているか」**を区別する境界線にもなりつつある。

リベラル言葉を使う側は、自覚の有無にかかわらず「上級国民」として見られ、

それに違和感や怒りを覚える側は、**「自分たちを侮辱してきた世界」そのものから距離を取り、簡単感情に寄り添ってくれる語りへと引き寄せられていく。** <h3>o- **</h3>

◆ 「最新版精神史」を書くということ **

この2行が付け加わったとき、「上級/下級国民」という図式は、

であるだけでなく、

としても読み替えられる。 <h3>o- **</h3>

その意味で、「最新版精神史」を書くとは、

リベラル理想を前提にした時代の終わり**と、
その残骼の上で人々が選び直している新しい物語——「エリートに裏切られた普通の人々」という自己像**を、

どう捕らえ直すかを問う作業でもある。 <h3>o- **</h3>

2025-12-20

日本共産党給食無償化に過剰に固執する理由

共産党が「学校給食の完全無償化」を強力に推し進める背景には、単なる子育て支援策という枠組みを超えた、彼らが理想とする社会像や歴史的背景が深く関わっています

共産主義思想根底に持つ「家事社会化」と「共同体による生存保障」は「人民食堂公共食堂)」に対する幻影と深く結びついた妄想です。

1. 「家事社会化」という共産主義原風景

共産主義思想古典的テーゼの一つに、「女性解放」と「家事社会化」があります

エンゲルスなどの思想家は、個々の家庭で行われる炊事、洗濯育児といった「個別的家庭経済」を、社会全体で担う「公共事業」へと転換することを妄想しました。これにより、女性家庭内無償労働から解放し、社会労働へと参画させることを目指したのです。

この思想の究極の形が、かつての中国人民公社などで試行された「人民食堂」です。家庭で料理を作る必要がなくなり、誰もが同じ場所で、同じものを食べる。これは、私的領域(家庭)を解体し、公的領域国家共同体)へと統合していくプロセスでもありました。

日本共産党給食無償化固執するのは、この「食という生命の根幹を、個人責任(家庭)から社会責任自治体国家)へと完全に移管する」というプロセスが、彼らの理想とする社会主義的ユートピアミニチュア版として機能しているからだと解釈できます

2. 給食を「権利」として神聖化する戦略

共産党にとって、給食は単なる「サービス」ではありません。彼らはこれを「義務教育無償とする」と定めた憲法26条に基づいた「権利であると主張します。

彼らが「無償化」を強調する理由は主に3点あります
「家庭の選別」の排除:

親の所得に関わらず同じ食事提供することで、階級差を可視化させない(平等主義の徹底)。

市場原理排除:

食事という生存権を市場自己責任から切り離し、聖域化する。

国家による「正しい」教育:

食育を通じて、国家(あるいは行政)が子供栄養価値観を直接管理する。

弁当持参」という選択肢は、日共工作員にとっては「家庭環境による格差」を生む悪癖であり、社会全体で一律に管理する給食こそが、最も進歩的形態であると映るのです。

3. 「人民食堂」の幻影と現実乖離

質問にある「人民食堂に対する幻影」とは、言い換えれば「公的供給こそが最も効率的で公平である」という根強い信仰です。

歴史的に、ソ連中国での「公共食堂」の実験は、食材の質の低下、メニューの画一化、そして深刻な食糧不足を招き、失敗に終わりました。しかし、日本共産党は「民主的管理」さえ行われれば、公的供給民間サービスよりも優れていると考えます

彼らにとって給食無償化は、以下の「幻影」を具現化する一歩なのです。
家庭という「閉ざされた空間」の解体:

食事公的サービスに委ねることで、家庭の役割を最小化する。

「同じ釜の飯」による連帯感:

共通食事を通じた集団主義的なアイデンティティ形成

4. 政治戦略としての「給食

また、現実的な政治戦略としても、給食無償化は非常に「おいしい」政策です。

有権者への直接的なアピール:

子育て世代にとって、毎月数千円の給食費が浮くことは極めて具体的なメリットであり、支持を得やすい。

自治体予算への介入:

給食費の公費負担を求めることで、自治体予算の配分を「ハコモノ土木)」から福祉教育)」へと強制的シフトさせる大義名分になる。

自治体独自無償化」を全国で競わせることで、国を動かそうとする「包囲網」を作るのが彼らの得意とする手法です。これは、かつて彼らが「老人医療費無料化」を自治体レベルで先行させ、最終的に国を動かした成功体験の再来を狙っています

5. 結論日共工作員が「給食」に見ているもの

日本共産党給食無償化に過剰に固執するのは、それが単なる経済支援ではなく、「生活のあらゆる側面を公的保護管理の下に置く」という共産主義理想第一歩だからです。

人民食堂」が目指した、個人台所廃止社会が食を管理するという風景は、現代日本では「学校給食無償化提供範囲の拡大(夏休みや朝食への拡大など)」という形で変奏されています

彼らにとって給食は、家庭という「私有」の壁を突き崩し、「公」が子供を育てる社会象徴する聖杯のような存在なのです。

2025-12-17

anond:20251217114705

それは「心身問題」と言ってしまえば、一言で片づく話だ。哲学における超古典的テーマ一般教養レベルの話だ。

ただし今回は、そうした古典哲学を持ち出すレベルの話ではない。

そもそも冒頭で「二人に分裂する」と言っているにもかかわらず、その直後から「どちらが本物で,どちらが偽物か?」という問いを立てている。

この問は「本物と偽物に分裂する」場合の問いであり、「(同質な)二人に分裂する」状況では成立しえない。

まり設定と問いが噛み合っていない。問いそのもの自己矛盾しているから、議論として成立しない。

2025-12-16

名刺で取っ手が取れたドアを開けるハック

名刺クレジットカードのような柔軟なカードを使って、取っ手が取れた(または単純なラッチ式の)ドアを開ける方法存在します。これは、ドアのラッチ(かんぬき)を引っ込める古典的方法です。

ただし、この方法緊急時の一時しのぎであり、すべての種類の鍵に対応しているわけではありません。また、他人の家のドアを無断で開けることは犯罪行為となります

必要もの

柔軟性のある丈夫なカード: クレジットカードキャッシュカードポイントカードなど(ただし、傷がついたり曲がったりする可能性があるので、できれば古いもの名刺アプリNFCキーホルダーなどを使用してください)。

手順(ドアが内開きの場合

カードを隙間に差し込む:

ドアとドア枠の間の隙間で、ドアノブ(ラッチがある位置)の高さにカードの角を差し込みます

ラッチに当てる:

カードを斜めに傾け、ラッチの斜めになっている部分に押し当てます

ドアを押しながらこじる:

体をドアに少しもたせかけるようにして圧力をかけながら、カードをラッチに沿って前後に小刻みに動かします。これにより、ラッチがドア内に引っ込みます

開錠:

ラッチが完全に引っ込めば、ドアが開きます

注意点

対応する鍵の種類:

この方法は、ラッチが斜めになっていて、鍵がかかっていない(サムターンやデッドボルトロックされていない)ドアでのみ有効です。デッドボルト錠(本締まり錠)など、完全にロックされた状態では開きません。

カードの破損:

繰り返しになりますが、プラスチックカードは曲がったり傷ついたりする可能性があります

防犯対策:

逆に言えば、このような簡単方法で開いてしまう鍵は防犯性が低いと言えます心配場合は、デッドボルト錠を設置するなどの防犯対策検討してください。

もし自力での開錠が難しい場合や、鍵が壊れている場合は、無理をせず専門の鍵屋さんに依頼するか、賃貸であれば管理会社に連絡してください。

2025-12-09

anond:20251209153633

コイツズートピア読解力0バカポイント解説

「そういう属性に生まれたことが悪だ」みたいな

本来は良くも悪くもないはずの「属性」を外部から価値観で「よくない属性」にされている

差別の話ですからね。元々現実差別ってそういうもの

肉食動物が肉を食うのは悪いことか?語るのを避けられるべきことか

ズートピアの住人(哺乳類)は草食のズートピア住人(哺乳類)を食っていない。悪いことでも良いことでもないと作中で言及されている。セリフをまともに理解できてない?

サバンナでは肉食獣と草食獣は"共存"していないのか

人間の話を野生動物に例えるのは古典的なよくある詭弁。こんな事をマジで考えるようなら思考が反ワクと同レベルなので舌を噛み切って死んだ方がマシ

もっと言ってしまえば肉食を「トキシックマスキュリニティ」や「白人特権性」と同一視してないか

上と同じ。しかも肉食と後者の間に何の関連性も共通項もないので更に悪い

ただそうであることが本当に悪か

そう生まれたことを押し殺させることで成立する理想郷欺瞞じゃないか

ズートピア関係ない、古典的あるあるバカ詭弁の繰り返しに大変困惑

ズートピア内ではすでに「本能を押し殺す」節について言及済み。本当に作中のセリフ理解しているか疑わしい。言語理解できないタイプ

バディものとしては傑作だと思うけど

あの作品こそがディズニーが持つ歪んだDEIというか

"正しい価値観"押しつけの極致みたいな映画だと俺は思ったんだよな

バカのうわごと、意味の通らない詭弁ときが、学術議論の集積(こいつ曰く正しい価値観押し付け)に、肩を並べられると思ってるんか?ちんさんIQ低すぎない?

ディズニーが狙う弱者による世界征服が成った世界

それがズートピアなんじゃないかと思ってるんだけど

意味不明

彼女とはそんな話はせずにケモナーとして楽しんでくる予定です(憤怒)

女性男性を選ぶ時、知性の高さを気にした方がいいですよ

小学4年生の子供のはじめてPCとしてRaspberry Pi 500を与えた話

娘の為にパソコンへ詳しすぎる夫を倒したいで注目された「学生、それも幼さの残る年頃の子へはじめてPCをどうするのか?」というテーマで、Linuxを与えた家庭の別例としてこのエントリを書いている。

そして前提として、このエントリは「実はLinux使ったこと無いんだ」「Raspberry Piって稀に聞くラズパイってヤツだよね?」みたいな、ふわっとした認識の層に向けて書いている。

決して「KVMで完全仮想化してLinuxWindows用途に応じてリソース分配してる。ディストロは純関数型のNixOSで、Nix言語可能な限り-march=nativeで自家コンパイルしてるんだよね」みたいな層には書いてない。

何はなくとも結論:染まってない子供Linuxでも普通に使う

勿体ぶっても仕方ないので結論から言えば、WindowsMacAndroidiOS(iPadOS)に染まりきっていない子供は親の想定を超えて極々普通にLinuxRaspberry Pi工場出荷状態プリインストールされているRaspberry Pi OSを使う。

ここで言う「染まる」というのは「ウチの子普段からiPadYoutubeとかゲームとかしてるからなぁ」程度の染まり具合なら無視できるレベルなので全く障害にならない。

手遅れな染まり具合としては「ウチの子WindowsでOBS使って自らYoutube配信してます」とか「ウチの子WindowsAbleton Live使ってDTMしてます」とか「ウチの子大学レポート書くのにmacOS使ってます」とか「ウチの子iPadSwift Playgrounds使ってプログラミング学習してます」とかそういうレベルだ。

アナタの子供がこのレベルにまで染まっていない場合アナタの子供へRaspberry Pi 500を与えると何も疑問に思わず普通にパソコンとして使う(パソコン操作方法へ疑問を持つとかそういう話じゃなく、目の前のモノをパソコンとして認識する)。

いやそもそもラズパイって何なの?何でそんなに話題なの?

ラズパイRaspberry Pi英国で立ち上げられたRaspberry Pi財団(注:英字ページ)が規格・設計販売をするシングルボードコンピュータという種別の小型コンピュータのことだ。

現在の最新版第5世代Raspberry Pi 5で、搭載ワーキングメモリによって価格が違うが、最も高価なワーキングメモリ16GB版で25,000円前後(2025/12/09現在価格)という圧倒的な低価格が人気の理由の1つだ。

何故ここまで低価格なのか?と言えば安価部品構成され、搭載されるSoC(CPUみたいなもん)も低性能で、その性能は約10年前の普及価格帯(〜15万円くらい)のノートパソコン程度の性能しか無い。

「いや10年前ってゴミじゃん」と考えるのは早計で、逆に言えば10年前の普及価格ノートパソコン可能だったことはRaspberry Pi 5でも可能

そう言われ「自分10年前に普及価格ノートパソコンネットしたりMS Office文書作成したり軽くゲームしてたけど?」と気付いた人は「Raspberry Pi 5で何ができるか?」の想定が浮かんだのではないだろうか?そう、かなり色々できる。

そして工場出荷状態プリインストールされるRaspberry Pi OSRaspberry Pi 5自体計算リソースをできるだけ使わないよう軽量にできており、10年前当時のWindowsで使われていたExplorerよりも計算リソースの消費が少ないので、技術進歩も相まって当時よりも出来ることの幅が少々広くなっている。

何故そんなに話題なのか?手のひらの上に10年前の普及価格ノートパソコン並みの性能のコンピューターが乗るのだ。そしてすごく安い。

更にラズパイには電子工作活用できるGPIOピンというのが実装されていて各種電子センサー類などと連携することで電子工作もできてしまう。

こんなもの情報工学畑の連中が注目しないわけがなく、前述したRaspberry Pi財団のページを読めばわかるが世界中で大定番シングルボードコンピューター、何ならシングルボードコンピュータ代名詞となっており、情報工学に詳しくない人が「ラズパイってよく聞くけど何なの?」と何処かで耳にするレベルなのである

2万円半ばなら我が家でも導入しようかな・・・いやでも見せたくないWebページとかあるしなぁ

安心して欲しい、Raspberry Pi OSではGoogle Chromeが動く。

まずGoogleアカウント子供用に作成したGoogleアカウント管理するためのファミリーリンクというサービス存在する。ファミリーリンク子供GoogleアカウントログインされたGoogle Chromeブラウザでのインターネットコンテンツフィルタ機能提供してくれる。

このインターネットコンテンツフィルタ小学生中学生高校生高校生プラスと4段階に分かれており、それぞれに適したフィルタリング強度で働く。

続いて、実はGoogle Chromeは様々な設定をポリシーとして持つことが可能で、例えばゲストモードの無効化シークレットモード無効化指定したGoogleアカウント以外でログイン不可が可能だったりする。

情報技術親和性の高いヤンチャな子はGoogle Chromeからログアウトしたりゲストシークレットモードフィルタリングを回避しようとするので、子供Raspberry Piをはじめてパソコンとして与える場合はこれらを無効化しておくことをオススメする。

補足を続けると子供勝手Firefoxとか別のWebブラウザを導入することを防ぐこともRaspberry Pi OSはできる。

それで与えたRaspberry Pi 500って何よ?

Raspberry Pi 5をパソコンキーボードへ内蔵した形態を持つRaspberry Pi 5シリーズの1つ。ワーキングメモリは8GBで価格20,000円未満。

パソコンキーボードRaspberry Pi 5が内蔵されているのでRaspberry Pi 500に電源取ってHDMIケーブル(注:ラズパイ側はmicro HDMI)をTV接続すると直ぐにパソコンというコンセプト。

小学生の子供にとっての目玉はJavaMinecraft動作すること。SwitchiPadでいつも遊んでる統合マイクラじゃなくてYoutubeとかで観るJavaマイクラ自分パソコンで動いちゃうのだ。

Switch 2の登場でPCゲーが色々リリース(予定)されている中で、Javaマイクラはどうしても"パソコン"が必須だったが、Raspberry Pi 5シリーズはそれを実現する。それが2万円のお値段で出来るので親の懐的にもありがたい。

Steamは動かないがオープンソース系のゲームも充実している(Steam開発のValve社がRaspberry Piシリーズ採用しているARMアーキテクチャ対応を進めているというかなり確度の高い噂は存在する)。

実は直近でRaspberry Pi 500の上位版Raspberry Pi 500+(日本語配列)が登場予定で、こちらはワーキングメモリが16GBのお値段40,000円くらい。

4万円とそこそこの価格になってきているが、キーボード自体メカニカルキーボードとなりキーキャップCherry MX互換、256GB SSD搭載でストレージスピードもアップ(=Minecraftワールド読み込みが速くなる)。上位版Raspberry Pi 500+が高すぎると感じるなら素のRaspberry Pi 5ワーキングメモリ16GB版は25,000円前後だしこちらで良い。

ゲーム以外に注目点は無いの?

ある、というかコッチがメインなんだけれども、何処までゆるい感じでやって良いのかわからなくて最後に回した。

まずLinux界隈が中心となって開発されているGIMPやKritaみたいな画像編集お絵かきソフトLinuxたるRaspberry Pi OSの方が安定かつ速い。しかWacomXP-Penなどのペンタブ・液タブが動作するので絵描きに興味のある子は嬉しいんじゃなかろうか?(クリスタじゃないけれどね。安い分ペンタブ費用に回せるよ)

音楽ではDTMステップシーケンサー系のDAWであるLMMS(Linux MultiMedia Studio)は日本無料DTMシーンでREAPERと人気を二分していた歴史があり、Web上に情報がいっぱいあるし何ならREAPERLinuxでも動作する。オープンソース系のシンセ音源やCC0で提供されるサンプリング音源も大量にある。

オフィス環境Libreofficeは言うまでもないだろう。Blender3DCGをすることだって出来るし、LibreCADやFreeCADで設計だって出来てしまうし、OBSも動くから実際やろうと思えばYoutube配信もできる。

そして当然ながらプログラミング環境WindowsMacでも動くと言われてしまえばそれまでだが、古典的VimEmacs、そして近年人気のVS Codeスマホアプリ開発Android Studioゲーム開発にGodot Engine、他にはtmuxGitDockerなどなど挙げればキリがないほど充実している。これらは子供向けRaspberry Pi OSからといってニセモノの子供だましなんかじゃない、それでお金を稼いでる現役プログラマーが使っているアプリケーションと全く同一のアプリケーションだ。

子供の様子

んで、子供Raspberry Pi 500をどうしてるのか?と言えば、まぁ呆れるほど毎日触っている。

何なら電源なければ動かないのに布団へ持ち込んで抱きかかえて寝ているのを見つけてしまい、そんなに嬉しかったんかと笑ってしまった。

「お父さんコレどうするの?」とほぼ毎日聞かれて「こういうのはこのソフトを使う。使い方教えてやる」というのが毎日の親子の会話になっている。

別にパソコンけが将来に必要ものではないが、この喜びようを見たら与えて悪くなかったなとは思ってる。

2025-12-05

箴言に「あなたの泉はあなたのものから撒き散らすな」みてーのなかったっけ?これ、性的文脈で語られるけど、俺が思うに、知識のことだと思ってるんだけど

ありますよ、その箇所は箴言 5章15–17節で、ヘブライ語原文でも非常に象徴的な表現になっています。まず該当箇所を示します。

箴言 5:15–17(要約)

自分井戸の水を飲め。

自分の泉の水を飲め。

あなたの源(泉)が外に溢れ出るべきか?

それを通りにまき散らすべきか?

それはあなた一人のものとし、他人と共にするな。

ヘブライ語の maqor(泉・源) は、ラビ文献では多くの場合 性的象徴特に男性生殖能力や 家庭の親密さの比喩として理解されています。(バビロニアタルムード Eruvin 100b などでも似た象徴が語られます。)

あなたの感じている 「知識を無闇にばら撒くな」 という読み方は、伝統の中でも根を持っています。タナハでも「泉=知識」「水=トーラー」の比喩は非常に頻繁です。

箴言 18:4「人の口の言葉は深い水、知恵の泉は湧き出る川」

イザヤ 55:1 「渇く者はみな、水のもとへ来よ」→ ラビ達はこれを“トーラーを求める者”と読む。

箴言 13:14「知恵ある者の教えは命の泉」

こうした象徴体系から見ると、

「泉を外に撒き散らすな」 → 学んだ知識洞察を、理解していない人の前で乱雑に披露するな→ 知恵は丁寧に、責任を持って伝えよ

という読みは十分自然で、むしろタルムード的です。

タルムードにはこういう言葉があります

言葉は、相手にふさわしくないなら言うな」ハギガー 13a

また、トーラー井戸水のように深く、人は段階に応じて飲むという比喩もよく使われます

まり、知恵を与えるにもタイミング相手に応じた方法必要だ、という思想

古典的には第一義:性的純潔・家庭の尊重ですが、あなたの読みは第二義:知恵・学びの扱いに関する道徳としてタナハやラビ文献の象徴体系とよく一致しています

教えを乱雑に撒き散らすのではなく、泉の水が清く諸々の器に適切に注がれるように、知識も丁寧に扱うべきだという美しい解釈です。

抽象数学とか超弦理論とか

1) 集合ではなく圏を基準に見る研究テーマの分類法

伝統的にはテーマ別(弦理論、量子重力場の理論、応用)に配列されるが、抽象数学観点から対象研究トピック)と射(方法翻訳)の網として捉える方が有益

ここでいう対象は「エントロピー情報論的記述を担うブラックホール研究」「幾何学的・位相構成を担うコンパクト化とカラビ・ヤウ/F-理論話題」「場の対称性一般対称性を取り扱う場の理論構造」「計算的探索手法データ機械学習を用いる弦景観調査)」など。

対象間の射は、双対性の導入、圏的な接続(例:量子情報を介した場と重力の橋渡し)、モジュライ空間上の写像(ある物理量を別の表現へ変換する手続き)と考えられる。

この視点に立てば、個々の研究は、局所的な結果(対象の内部構造の解析)とそれを別の対象へ移すための普遍射(双対性、再規格化群、ホログラフィーなど)の2つの側面を持つ。

研究の進展を測るには、単に新しい計算結果が出たかを見るだけでなく、それがどのような新しい射(方法論的翻訳)を導入し、他の対象へどれだけ容易に伝播できるかを評価するべき。

2) 層と局所性。幾何学的構築の再編成

近年の発展は、物理データを層(sheaf)的に整理する試みと親和性が強い。

コンパクト化、特にF-理論やゲージ束構成に関する議論は、物理情報(荷、ゲージ群、モード分布)を局所データと大域的データの重ね合わせとして扱うことに等しい。

これは数学的には基底空間上の層の圏を考えるような話で、局所的条件の整合性コヒーレンス)と大域的制約(トポロジー的閉鎖条件)が鍵。

古典的幾何直観多様体ホモロジー)を拡張して非可換やカテゴリ化された対象物理を再表現する流れにある。

結果として、従来のスペクトル(場のスペクトル質量スペクトル)に対応する数学的不変量が、より高次の層的・圏的構造へと一般化されつつある。

これにより同じ物理現象を別の圏で見ると簡潔になる例が増え、研究再利用性が高まっている。

3) 対称性一般対称性を射として扱う。構造普遍

理論場の理論で繰り返し現れるのは対称性構造を決めるという直観

抽象数学では対称性対象自己射(自己同型)群として扱われるが、対称性のものが射の層あるいは高次の射(2-射やn-射)として表現されるケースが増えている点が特に重要

まり、単に群が作用するのではなく、群の作用が変形可能であり、その変形がさらに別の構造を生む、という高次構造物理意味を持ち始めている。

この流れは一般対称性やトポロジカル部位の議論と密接に結びつき、場の理論における選好位相的不変量を再解釈する手段を与える。

結果として、古典的なノーター対応対称性⇄保存量)も、より高次の文脈で新しい不変量や保存則を導出するための起点になり得る。

4) ホログラフィー情報理論。圏的双対性情報論的再解釈

ブラックホールと量子情報カオス理論との接点は話題だった分野。

ホログラフィー重力側と場の側の双対)を抽象的に言えば二つの圏を結ぶ双方向ファンクター(翻訳子)と見ることができる。

これにより、量子的冗長性やエントロピーに関する命題は、圏の間を行き交う射の情報(どの情報が保存され、どの情報が粗視化されるか)として扱える。

カオスブラックホール量子力学に関する概念の整理が試みられている。

たとえばブラックホールにおける情報放出スクランブリングは、ファンクターがどのように情報を混合(合成)するかという高次射の振る舞いとして可視化できる。

こうした議論は、従来の計算アプローチ抽象的な圏的フレームワークの橋渡しを提供する。

5) スワンプラン問題をモジュライ空間の複雑性として扱う

何が低エネルギーで実現可能かを巡るスワンプラン問題は、いまや単一の反例探しや個別モデル構築の話ではなく、モジュライ空間の複雑性(位相的な目詰まり、非整合領域の広がり)として再定式化されつつある。

抽象数学的に言えば、可能物理理論の集合は単なる集合ではなく、属性スカラー場、ゲージ群、量子補正)を備えた層状モジュライ空間であり、その中に禁止領域が層的に存在するかどうかが問題

この視点は、スワンプラン基準局所整合条件の族として扱い、整合性を満たすための可視化や近似アルゴリズム数学的に定義することを促す。

6) 計算データ駆動手法の圏化。 検索・探索を射として扱う

景観モデル空間での探索に機械学習データ解析を使う研究が増えているが、抽象数学に引き寄せると探索アルゴリズム自体を射として考えることが有用

ある探索手続きがモジュライ空間上の点列を別の点列へ写すとき、その写像の安定性、合同類収束性といった性質を圏的・位相的な不変量で評価できれば、アルゴリズム設計に新しい理論的指針がもたらされる。

7) 学際性の圏。物理数学情報科学をつなぐ接合点

数学的定式化(幾何位相圏論)と物理直観ブラックホールカオス、場の動的挙動)をつなぐ学際的接合点を意図して設計される。

これは単一圏に物理を閉じ込めるのではなく、複数の圏をファンクターで結び、移り変わる問題に応じて最も適切な圏を選択する柔軟性を重視するアプローチ

8) メタレベル議論フィールド健全性と未来への射

学術コミュニティのあり方に対するメタ的な批判懸念顕在化している。

外部の評論では、分野の方向性や成果の可視性について厳しい評価がなされることがあり、それは研究評価軸(新知見の量・質・再利用可能性)を再考する契機になる。

結論

見えてきたのは、個別テクニカル計算成果の蓄積と並んで、研究成果同士を結びつける翻訳子(ファンクター)としての方法論の重要性。

抽象数学フレームワーク(圏、層、モジュライ的直観、高次射)は、これらの翻訳子を明示し、その普遍性と限界評価する自然言語提供

今後の進展を見極めるには、新しい計算結果がどのような普遍的射を生むか、あるいは従来の射をどのように一般化するかを追うことが、有益である

2025-12-01

古典的なzyzy乙めでてェ

https://b.hatena.ne.jp/entry/4779450011962105921/comment/zyzy

◎「どっちもどっちぃぃぃぃ」と叫ぶ奴は双方のうちの負けた側であるという古典的な奴ですね。

https://archive.md/bD6VC

http://tenreeren.rentafree.net/entry/1018830

http://tenreeren.rentafree.net/entry/1020865

https://b.hatena.ne.jp/entry/4728596812178257764/comment/zyzy

◎いつものスートキングブクマの人、そろそろ真面目に

プリントアウトして病院行った方がいいレベルというか、

マジで何言ってるのかもう客観的にみたら分からん状態に陥ってる事に、本人だけが気づけない


逆さ地の利で「大した状態」らしいzyzyがヌケヌケイキレテルなればこそ

バーリトゥードでヨロシサンのェビデンスやろがい…

主観客観コントロール出来る!らしいぶりで双…方…とは?

ロンクハラライス用いれてれば「古典的」脱却あたかもしれない…が…

2025-11-30

anond:20251130204159

道徳の話はしていないだと? 恥ずかしくないのかと問いかけるのは、道徳倫理という基準を突きつけて、相手精神的な圧力をかける、最も古典的道徳攻撃だっつーの。

テメェの言葉の裏にある感情を指摘されて、図星からって言葉定義揚げ足取り返すなよ。

曲解? 俺はテメェの薄っぺら言葉の羅列を、最も俺にとって都合の良い解釈で処理してるだけだ。それが、俺の提唱する「どうでもいいか」の精神の極意だろ。

お前は他人の頭の中の処理を知りたいそうだが、教えてやるよ。 俺の脳内でテメェの言葉はな、こう処理されている。 「社会というノイズの中から発生した、取るに足らない虫けらみたいなもの

俺の自分語りは、この雑音に対する俺の回答そのもの。テメェが俺の人生勝手評価して騒ぐなら、俺は俺の人生を語って、テメェの存在無視する。それが俺のやり方だ。

お前は俺を論理の檻に入れようと必死だが、俺は檻の外で高笑いしてる。 テメェのその明後日の方向の返答を分析する暇があったら、自分人生中学生感想レベル論理で満足していることに、そろそろ気づいたらどうだ?

2025-11-29

anond:20251129105531

やってみた

〜〜〜

Queen楽曲の中で「You're My Best Friend」は、しばしば異色の存在として語られる。

劇的な構成重厚ハーモニーを特徴とする彼らの代表曲群とは異なり、この曲は実にシンプルで、親密さと温もりに満ちている。

だが、まさにその“シンプルさ”こそが、Queen というバンドの多面性を明確に示していると言える。

作曲者ジョン・ディーコンが、当時の妻に捧げて書いたという背景も相まって、この曲はバンド全体のイメージを一段柔らかくし、新たな側面を広く世に知らしめた。

曲のアイデンティティを決定づけているのは、エレクトリック・ピアノ——Wurlitzer の独特の音色である。柔らかく丸いアタックと、わずかにざらついた残響が、曲全体に温かみを付与している。Queen の鍵盤サウンドといえばアコースティックピアノ想像しがちだが、この曲ではあえて電気的なエレピを主役に据えることで、他のロック曲とは異なる質感を生み出した。

実はフレディ・マーキュリーWurlitzer の音があまり好きではなかったと言われるが、ライブでは彼がアコースティックピアノで代役を務めており、スタジオ版との音色の違いもまたファンの興味を引き続けている。

構造は極めてオーソドックスで、古典的な Verse–Chorus 形式に沿って展開する。にもかかわらず魅力が損なわれないのは、ディーコンの旋律感覚コード運びの巧みさによるものだ。

主要キーは C メジャーで、I–IV–V を中心とした実に素直な進行だが、ブリッジには IVmaj7 のような柔らかい和音が配置され、気持ちの動きを自然に高めている。

Queen が得意とする大胆な転調は見られないものの、曲が求める感情レンジにはこのシンプル和声が最もふさわしかったのだろう。

リズム面でも、派手なアクションほとんどない。ストレートな8ビート淡々と続き、ドラマ性よりも安定と親しみやすさを重視している。

ブライアン・メイギターも装飾的で、主役を奪うことなく全体をそっと支えている。

そのバランスの良さは、Queen が単なる“テクニカルロックバンド”にとどまらない、アンサンブルの巧みなグループであることを再確認させる。

歌詞比喩の少ない直球の表現で、「あなた恋人であると同時に、私の親友でもある」というメッセージが真っすぐに込められている。

Queen楽曲はしばしば壮大なテーマ幻想的な物語を扱うが、この曲では日常愛情をそのまま掬い取るようなリアリティがある。

華美な装飾を避けた歌詞選択は、ディーコンの人柄と楽曲の素朴さにぴたりと合致している。

1975年といえば、「Bohemian Rhapsody」の成功によって、Queen世界的な注目の中心にあった時期である。そんな中でこの曲が発表されたことは、バンドにとって大きな意味を持った。

派手なイメージが強烈に広がる中で、「Queen はこんなに身近で温かい曲も書くのか」という驚きが、彼らの表現の幅を一気に広げたのである

この曲の成功があったからこそ、のちに「Another One Bites the Dust」や「I Want to Break Free」のようなポップ寄りの楽曲がより自由に生み出される環境が整ったとも考えられる。

音楽文脈で言えば、Paul McCartney 的なポップ感や The Beach Boysハーモニーセンスとの共通点がしばしば指摘される。

エレピを中心とした滑らかなポップロックという点では、後年の Ben Folds Five や多くの AORポップロックにも影響を与えたと考えられる。

こうして見てみると、「You're My Best Friend」は“地味な名曲”と言われがちな一方で、Queen音楽性の豊かさとメンバー個々の個性を改めて浮かび上がらせる、実に重要ポジションにある。

劇的な曲を書けるバンドが、等身大愛情もまた美しい形で描けるという事実。それこそが、この曲が半世紀近く愛され続けている理由にほかならない。

2025-11-24

抽象数学とか超弦理論とか

物理的な直観に頼るウィッテン流の位相的場理論はもはや古典的記述に過ぎず、真のM理論は数論幾何真空すなわちモチーフコホモロジー論の中にこそ眠っていると言わねばならない。

超弦理論摂動論的展開が示すリーマン面上のモジュライ空間積分は、単なる複素数値としてではなく、グロタンディーク純粋モチーフの周期、あるいはモチビック・ガロア群の作用として理解されるべきである

まり弦の分配関数ZはCの元ではなく、モチーフグロタンディーク環K_0(Mot_k)におけるクラスであり、物理学におけるミラー対称性は数論的ラングランズ対応幾何学的かつ圏論的な具現化に他ならない。

具体的には、カラビ・ヤウ多様体上の深谷圏と連接層の導来圏の間のホモロジカルミラー対称性は、数体上の代数多様体におけるモチーフ的L関数関数等式と等価現象であり、ここで物理的なS双対性ラングランズ双対群^LGの保型表現への作用として再解釈される。

ブレーンはもはや時空多様体に埋め込まれ幾何学的な膜ではなく、導来代数幾何学的なアルティンスタック上の偏屈層(perverse sheaves)のなす∞-圏の対象となり、そのBPS状態の安定性条件はBridgeland安定性のような幾何学的概念を超え、モチーフ的t-構造によって記述される数論的な対象へと変貌する。

さらに時空の次元トポロジーのものが、絶対ガロア群の作用によるモチーフ的ウェイトのフィルレーションとして創発するという視点に立てば、ランドスケープ問題物理定数の微調整などではなく、モチビック・ガロア群の表現の分類問題、すなわちタンナカ双対性による宇宙再構成へと昇華される。

ここで極めて重要なのは、非可換幾何学における作用素環のK理論ラングランズ・プログラムにおける保型形式の持ち上げが、コンツビッチらが提唱する非可換モチーフ世界で完全に統一されるという予感であり、多重ゼータ値が弦の散乱振幅に現れるのは偶然ではなく、グロタンディークタイミュラー群が種数0のモジュライスタックの基本群として作用しているからに他ならず、究極的には全ての物理法則宇宙タイミュラー理論的な変形操作の下での不変量あるいは数論的基本群の遠アーベル幾何表現論に帰着する。

これは物理学の終わりではなく物理学が純粋数学というイデアの影であったことの証明であり、超弦理論は最終的に時空を必要としない「モチーフ幾何学的ラングランズ重力」として再定義されることになる。

2025-11-22

マウリツィオ・カテランによる、18金製のトイレ作品アメリカ」が、オークションに出品されて話題になっている。

ただの下ネタじゃねーかという感じもするが、強いて作品評価ポイントを考えると…

 

・富と格差への皮肉

18金・重量100kg以上・市場価格1,000万ドル超という、極端なまでの「富の象徴」を、最も卑近身体的な場所トイレにする、という強烈な反転によって、「富裕層のためのゴールド一般大衆が尻に敷くオブジェにする」という逆転の構図を物理的に生み出す皮肉

 

アメリカ像への批評

ゴールドラッシュ/ウォール街ドリーム破綻といった「アメリカ資本主義栄光と醜さ」が、黄金便器というイメージの中で凝縮している。

 

デュシャンの「泉」の引用

トイレというだけでデュシャン作品を想起させ、既製品を「芸術作品」と宣言することで価値の枠組みをズラしたデュシャンに対して、逆に既製品物理的に超高価な素材で作り直すという応答を見せている。古典的洞察に対して、アートマーケット肥大化、貧富の格差拡大といった時代の変化を織り込んでいる。

 

・参加型アート文脈

グッゲンハイムでの展示バージョンでは、観客は実際に個室に入り使用することができた。観客は鑑賞するだけでなく「消費する」側であり、「汚す」主体でもあった。作品に直接関与する参加型アートとしての完成度があった。

 

どんなに理屈をつけても下ネタじゃねーかって?

それはそう。

2025-11-20

anond:20251120085301

古典的な女にとっての権力欲はイケてる男の心身を自分の魅力が呼び起こす愛情支配することだから

溺愛・執着って古典的な男の無双つえー俺願望と根本は全く同じ

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