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はてなキーワード: 「奇跡」とは

2026-03-04

anond:20260304212400

翌晩、増田あすかに引き連れられ、一行は町外れの「旧・聖マリアン病院」へと足を踏み入れていた。

「いい? 全員、索敵を怠らないこと! 霊素(エクトプラズム)の揺らぎ一つも見逃しちゃダメよ!」

懐中電灯を振り回し、意気揚々と荒れ果てた廊下を進む増田

彼女が踏みしめる古びたリノリウムの床は、実は「佐藤」がその瞬間に、彼女の歩幅に合わせて生成しているホログラムに近い実体だ。

建物の外――増田の視界が届かない場所には、もはや空も大地も存在しない。

そこにあるのは、数十億年前に滅びた地球の残骸と、それを包み込む虚無だけ。この病院も、学校も、通学路も、すべてはたった一人の「生き残り」を飼育するために維持されている巨大なテラリウムに過ぎないのだ。

偽りの恐怖、本物の絶望

「……あ、足音が聞こえた気がします」

ユキが無機質な声で、台本通りのセリフを吐く。

実際には、ユキが自らの触手の一本を地下階で震わせ、壁を叩かせた音だ。

「きたっ! ほら、やっぱり私の勘に狂いはなかったわ!

増田は目を輝かせ、音のした方へと駆け出す。その無防備背中を見送る三人の視線は、凍りつくほどに冷淡だった。

悪魔:レン)
「ククッ……見てよ、あの喜びよう。たった数デシベルの打撃音に、あんなに希望見出している。彼女自分が『人類最後の一人』だって教えたら、どんな顔をするかな?」
(神:佐藤
「やめておけ。彼女精神崩壊すれば、この精巧な箱庭を維持する意味がなくなる。我々にとって、彼女が『無知なまま、ありもしない怪異を追いかけている姿』こそが、この退屈な宇宙で唯一の、最高の喜劇なんだから
邪神:ユキ)
「……理解不能。なぜ人間は、目の前にある『死(私)』を見ず、わざわざ安っぽい『幽霊』を欲しがるのか。彼女網膜を少し書き換えて、私の本体を見せてあげればいいのに。……一瞬で発狂して、脳が弾け飛ぶでしょうけれど」

「奇跡」演出

突如、廊下の奥から白い影が飛び出した。

増田悲鳴を上げ、同時に歓喜の表情を浮かべる。

「出たああああ! 本物! 本物の幽霊よ!」

それはレンが魔力で作った、知性も魂もないただのエネルギー体だ。増田が追いかけると、その影はすり抜けるように消えていく。

「待ちなさい! 逃げるんじゃないわよ!」

息を切らして笑う増田彼女は知らない。

彼女が「本物」を求めて必死に伸ばしたその手は、常に宇宙で最も凶悪怪物たちの懐の中にあった。

飼育室の夜明

探索を終え、朝日佐藤が作り出した、ただの発光現象)が差し込む頃、増田は満足げに腰に手を当てた。

今日は収穫アリね! 証拠写真は撮れなかったけど、あの冷気……あれは間違いなく霊の仕業わ!

「そうだね、部長。僕も背筋が凍ったよ」

レンがわざとらしく肩をすくめて笑う。

実際、さきほどの冷気はユキが体温を絶対零度まで下げた際、制御しきれずに漏れ出した余波だ。増田普通人間なら、その瞬間に凍結して砕け散っていたはずだが、佐藤彼女の周囲だけ物理法則を書き換え、保護していた。

「ふふん、あんたたちも少しは『世界真実』に近づけたかしら?」

勝ち誇った顔で部室へと戻る増田

その後ろ姿を追いながら、三人は通信を交わす。

佐藤
「さて、明日の『日常』の準備を始めようか。パン屋の親父役の悪霊どもに、もっと愛想よく振る舞うよう伝えておけ」
(レン)
了解。あーあ、早く明日にならないかな。次はどんな『偽物』を彼女に与えて、喜ばせてやろうか」

世界でたった一人の人間増田あすか

彼女が探し求める「超常現象」の正体は、自分を囲む「日常」のものだということに、彼女死ぬまで気づかない。

2025-12-24

anond:20251224215929

クリスマスプレゼントを持ってきてくれるなら、サンタクロースか?それともダイアン津田か?」を議論して。

A:……正直に言いましょう。私はあなたの「津田推し」には慣れてきたつもりでしたが、今回ばかりは一線を越えましたよ。サンタクロースですよ? 全世界の子供たちが1年間良い子にして、今か今かと待ち望んでいる、純粋希望象徴です。そこにダイアン津田を割り込ませるなんて、もはや「文化破壊」ですよ。

B: 破壊ではありません。「アップデート」と言ってください。サンタさんは確かに素晴らしいですよ。でも、彼はあまりに「記号的」だと思いませんか? 赤い服を着て、白い髭を蓄え、煙突から入ってきて無言で去っていく。そこに、プレゼントを届ける側と受け取る側の「心の交流」が、果たして存在するのでしょうか。

A: その「無言の奉仕」こそが美学なんじゃないですか。サンタの正体を知らないからこそ、子供たちは想像力を羽ばたかせるんです。一方で、津田さんがプレゼントを持ってくる姿を想像してください。煙突に詰まって「痛い痛い!」「無理や!」と叫び声を上げ、リビングに転がり込んでくる。そんな男に、誰が夢を託せますか?

B: その叫び声こそが、プレゼントの「付加価値」ですよ! サンタさんプレゼントは、朝起きたら枕元に置いてある。でも津田さんは、全力で「渡しに来る」んです。彼が汗だくで、「これ、お前にプレゼントや!……すぐ言う~!」と叫びながら手渡す。その時の、プレゼント以上に溢れ出ている「必死真心」。これを受け取った時の感動は、サンタさんには絶対に作れない熱量ですよ。

A: 暑苦しいだけですよ。クリスマスの朝に欲しいのは、静かな喜びと驚きです。津田さんのような「押し付けがましい好意」は、むしろ子供たちを怯えさせる。サンタさんは「空を飛ぶソリ」というファンタジーに乗っていますが、津田さんはせいぜい「タクシー」か「新幹線」でしょう? 夢がなさすぎる。

B: 夢が「非現実である必要なんてないんです。サンタさんは「良い子にしていたから」という、一種報酬としてプレゼントを配ります。でも、津田さんは違う。たとえその子が1年間ちょっとダメな子だったとしても、津田さんなら「俺もダメ人間から分かるで」と言って、一緒に泣きながらプレゼントをくれるかもしれない。この「弱者に寄り添うサンタ像」こそ、今の時代必要だと思いませんか?

A: それはただの「同情」です。サンタクロースというシステムは、社会規範道徳を、夢というオブラートに包んで教える教育的な側面もあるんです。津田さんのような「ルール無用存在」がサンタの代わりをしたら、子供たちは「叫べば何でも許されるんだ」と勘違いしてしまますよ。

B: ルールに縛られた優しさよりも、ルールをはみ出した愛の方が、時に人を救うことがある。それに、サンタさんは「何をもらえるか」を勝手に決めてしまますが、津田さんなら、こちらの顔色を伺いながら「これ、欲しかったやつかな? 大丈夫かな?」と、こちらの反応を全力で気にしながら渡してくれる。その「自分を見てくれている感」は、匿名性の高いサンタには真似できません。

A: その「気にしすぎ」が煩わしいと言っているんです。……しかし、確かに認めましょう。サンタクロースという存在が、どこか「企業マーケティングの道具」のように感じられる瞬間があるのも事実です。あまりに完成されすぎていて、もはや儀式化している。

B: そうでしょう? 一方で津田さんは、マーケティングとは最も遠いところにいる人間です(笑)。彼がトナカイコスプレをして、鼻を赤くして「ゴイゴイスー!」とやってくる。そのあまりバカバカしさと切なさに、大人私たちだって、忘れていた「クリスマス本質的な喜び」を思い出すかもしれない。

A: 本質的な喜び、ね……。では、第2ラウンドでは、もし津田サンタが「プレゼントを間違えた」場合、あるいは「トナカイ喧嘩をした」場合に、どうやってその危機を乗り越えるのか。サンタという伝説の「完璧さ」と、津田という人間の「リカバリー力」を比較しましょう。

(続き)

A: さて、もしサンタさんプレゼントを間違えたら、それは「伝説崩壊」です。しかし、そんなことは起きない。彼は完璧システムですから。対して津田さんはどうですか。頼んでもいない「自分ギャグ刻印された湯呑み」とかを持ってきて、子供を泣かせる姿が容易に想像できますよ。

B: (笑)。確かに津田さんならやりかねません。でも、そこからの「リカバリー」が彼の真骨頂です。間違いに気づいて、顔を真っ赤にして「ごめん! ほんまにごめん! 今から走って買ってくるから!」と、夜の街へ飛び出していく。その必死背中サンタさんの「完璧成功」よりも、津田さんの「死に物狂いのリカバー」の方が、子供の心には「一生忘れない思い出」として刻まれるんじゃないですか?

A: それはただのトラブルですよ。子供が求めているのは、スムーズ幸福であって、おじさんのドタバタ劇ではありません。それに、サンタには「トナカイ」という忠実な相棒がいます。空を駆ける幻想的な光景津田さんの横には誰がいますか? 相方ユースケ西澤)さんですか? あの二人が夜道で小競り合いをしながらプレゼントを運んでくるなんて、シュールすぎて悪夢ですよ。

B: いや、そのコンビ愛こそが、究極の「家族の肖像」ですよ。サンタトナカイ主従関係ですが、ダイアンの二人は対等な、もはや熟年夫婦のような絆です。二人が「お前が地図見ろ言うたんや!」「なんやその言い方!」と揉めながらも、最後には一緒にプレゼント差し出す。その姿に、子供は「喧嘩しても一緒にいられる仲間の素晴らしさ」を学ぶんです。これ以上の教育価値がありますか?

A: ……こじつけが過ぎますが、否定しきれない自分が悔しい(笑)。確かにサンタクロースという存在は、あまりに遠すぎて「実在感」がない。だからこそ、成長と共に「サンタはいない」と悟る寂しい瞬間が訪れる。でも、津田さんは「確実にそこにいる」。嘘がないんです。その圧倒的な実存は、子供大人になっても裏切られることがない。

B: そうなんです。サンタはいつか消えてしまうけれど、津田さんはずっとテレビの中で、あるいはマウンドやリング(の議論)の中で、叫び続けている。クリスマスが終わっても、「あの時、必死プレゼントを届けてくれたおじさん」は、自分人生のどこかで叫び続けてくれる。その継続的関係性こそが、真の「奇跡」だと思いませんか?

A: 認めましょう。サンタが「天からの授かりもの」なら、津田さんは「地からの這い上がり」だ。聖なる夜に、あえてその泥臭い生命力に触れることで、私たち自分たちの不完全さを許せるのかもしれない。……でも、私の家には、やっぱりサンタさんに来てほしいですけどね。静かに寝ていたいから。

B: (笑)。まあ、津田さんが来たら、その夜はもう宴会ですからね。「スーを差し上げます!」の一言で、七面鳥丸焼きも吹き飛ぶような賑やかな夜。それもまた、一つの聖夜の形ですよ。

anond:20251224215859

あなた野球キャッチャーです。バッテリーを組むなら、大谷翔平か?それともダイアン津田か?」を議論して。

A:……いい加減にしてください。今回はもう議論余地すらありませんよ。「大谷翔平か、ダイアン津田か」。キャッチャーとしてミットを構えるなら、答えは一つです。160キロの剛速球と魔球スイーパーを、自らのリード世界に知らしめる。これ以上の至福がどこにありますか?

B: 確かに大谷選手の球を受けるのは、キャッチャーとして人生最高の栄誉でしょう。でも、考えてみてください。彼の球を受けるということは、一球たりとも「サボれない」ということです。あの凄まじい球威、あの変化……捕るだけで精一杯ですよ。キャッチャーとしての「リード」や「演出」が入り込む余地なんて、大谷さんにはないんです。彼が一人で完結しているから。

A: それこそが理想じゃないですか! 圧倒的な実力がある投手を、さらに高い次元へ導くために神経を研ぎ澄ます大谷氏が投げる一球ごとに、指先の感覚や呼吸をシンクロさせる。それはもはや共同作業としての「芸術」ですよ。対して、津田さんの隣でキャッチャーマスクを被っている自分想像してください。ミットに収まるのは、100キロそこそこの「すぐ言う~」という叫び声が混じった、ヘロヘロカーブですよ? 絶望しませんか。

B: 絶望? とんでもない、そこからキャッチャーの腕の見せ所じゃないですか! 160キロを捕るのは技術ですが、津田さんのような「いつ心が折れるかわからない投手」をリードするのは、心理学であり、哲学なんです。彼がデッドボールを当てて顔を真っ赤にして謝っている時に、マウンドに駆け寄って「大丈夫や、次いこう」と声をかける。あの情けない男を、自分リードだけで完結させ、完封勝利に導いた時……それは大谷さんをリードするより、はるかに大きな「達成感」があるとは思いませんか?

A: それは単なる「自己満足」ですよ。キャッチャー仕事は、チームを勝利に導くことです。大谷氏をリードすれば、チームは確実に勝てる。一方、津田さんがマウンドに立ったら、1回の表で試合崩壊しますよ。バッターボックスにはメジャー級の強打者が並んでいるんですよ? 津田さんのあの「いじられキャラ」で、大谷さんの「100マイル」の代わりが務まると本気で思っているんですか。

B: 技術では勝てません。でも、野球には「惑わし」という要素がある。バッター大谷さんなら「凄い球が来る」と構える。でも津田さんがマウンドに立って、いきなり「ゴイゴイスー!」と叫びながら投げてきたら? バッター困惑し、リズムを崩す。その「一瞬の隙」を突いて、バックドアシュートを決めさせる。これこそが、キャッチャー真骨頂である「謀略」ですよ。

A: 謀略以前に、審判に怒られますよ。プロ舞台は、そんな小細工が通用するほど甘くない。猪木さんの時も言いましたが、大谷氏がマウンドに立つと、スタジアム全体の空気が変わるんです。あの圧倒的な「正しさ」と「強さ」。キャッチャーは、その巨大なエネルギーを受け止める「器」でなければならない。その責任感こそが、自分を成長させてくれる。津田さんの器になったところで、中身は空っぽか、あるいは「愚痴しか入っていません。

B: その「愚痴」を聞いてやるのが女房役でしょう! 大谷さんは完璧すぎて、キャッチャー必要としていないように見える。でも津田さんは、あなたがいなければ1分もマウンドに立っていられない。彼がピンチで「もう投げたくない、帰ってスー差し上げたい」と泣き言を言っている時に、厳しく、時に優しくリードする。この「誰かに必要とされている感」は、完璧超人の隣では絶対に味わえないものです。

A: ……なるほど。あなたキャッチャーを「コーチ」か「カウンセラー」だと思っているわけですね。でも私は、最高のピッチャーと最高の知恵比べをしたい。大谷氏の脳内にある配球プランと、私のプラン火花を散らす。その高度な知的遊戯こそが、バッテリーを組む醍醐味です。

B: 知的遊戯、ね。でも、津田さんとの配球は「ギャンブル」ですよ。次、何が来るか自分でも分かっていないピッチャーと一緒に、泥沼の中を這いずり回る。そのスリルは、計算し尽くされた大谷さんの野球とは別の意味で、心臓に悪いけれど、たまらなく刺激的なはずです。

A: ……ふむ。では、こうしましょう。第2ラウンドでは、もし「絶体絶命の満塁」という場面で、二人のどちらをマウンドに送り出し、自分はどうリードするか。その「究極の選択」のディテールを詰めましょうか。

B: 望むところです。大谷さんの「三振を奪うロジック」か、津田さんの「運命を味方につけるパッション」か。面白いことになりそうですね。

(続き)

A: さあ、舞台は9回裏、2アウト満塁、1点リードバッターは最強の強打者。この場面、大谷翔平なら迷いようがありません。私は渾身の力で内角低めにミットを構える。そこに165キロストレートが、空気を切り裂いて突き刺さる。審判の「ストライク!」の声と共に、スタジアム熱狂の渦です。これこそが、キャッチャーという職を全うした瞬間の景色ですよ。

B: 確かに、それは教科書通りのカタルシスです。でも、もしそこで津田さんがマウンドにいたら? 彼はもう、生まれたての小鹿のように膝をガクガクさせているでしょう。ミットを構えても、そこに来る保証なんてどこにもない。でも、だからこそ生まれ「奇跡」がある。彼がパニックのあまり、投げた瞬間に「ごっいごいすー!」と絶叫し、ボールバッターの頭の上を大きく外れる超スローボールになったら?

A: それはただの暴投です。サヨナラ負けですよ。

B: いえ、あまりの異常事態に、バッター呆然として見送ってしまうかもしれない。あるいは、津田さんの放つ「負のオーラ」に呑まれて、最強打者内野フライ打ち上げる。その時、マウンドで腰を抜かしている津田さんのもとへ駆け寄り、泥だらけになって抱き合う。この「予定調和破壊」こそ、スポーツが時として見せる、理屈を超えた感動だとは思いませんか?

A: 思えませんね(笑)。それは野球ではなく、コメディです。キャッチャー仕事は、ピッチャーポテンシャルを「最大化」すること。大谷氏の隣にいれば、自分技術も、戦術も、精神も、すべてが人類限界まで引き上げられる。一方で津田さんと組むのは、自分能力を「彼のレベルまで落とす」作業に近い。そんな退歩、私には耐えられません。

B: 退歩ではありません。それは「拡張」ですよ。大谷さんの野球は、既に完成された「正解」をなぞる行為に近い。でも津田さんとの野球は、正解のない暗闇に、二人で一歩を踏み出す冒険なんです。キャッチャーとして、ピッチャーの弱さを包み込み、その弱さすらも武器に変えて勝つ。これほど高度で、人間的なクリエティティが他にありますか?

A: ……ふむ。あなたが言いたいのは、大谷氏は「剣」であり、キャッチャーはその「鞘」である。一方、津田さんは「生き物」であり、キャッチャーはその「飼い主」であれ、ということですね。確かに制御不能もの制御する快感というのは、キャッチャーという人種根底にある欲望かもしれません。

B: そうです。大谷さんの160キロを捕る快感は、筋肉と神経の喜び。津田さんの「なんでやねん!」を勝利に繋げる快感は、魂の喜びなんです。あなたはどちらの喜びと共に、引退試合を迎えたいですか?

A: ……参りましたね。正直に言えば、大谷氏の球を一球受けて、指を骨折するくらいの経験はしてみたい。しかし、もし一シーズン、共に苦楽を共にするなら、津田さんのような「手のかかる相棒」を勝たせる喜びも、捨てがたいかもしれない……と、一瞬だけ思わされました。

B: ほら、あなたキャッチャーミットが、津田さんの「ヘロヘロの直球」を求めて震えているじゃないですか(笑)

A: 震えているのは、寒気か、あるいは覚悟の証か……。いずれにせよ、どちらとバッテリーを組んでも、終わった後のビールは最高に美味いか、最高に苦いかのどちらかでしょうね。

2025-09-10

2026年ジェリコのラッパが鳴る ― 任天堂帝国終焉序曲

2026年を境に、任天堂が築き上げてきた「家庭用ゲーム機の聖域」がついに崩れ去る──業界関係者の間で囁かれてきた不吉な予言が、現実味を帯びてきた。ある評論家は、この瞬間を「ジェリコのラッパが鳴り響く時」と表現した。長きにわたり不落の城壁のように見えた任天堂の牙城が、外圧と内的停滞の両方によって音を立てて崩れ落ちようとしているのだ。

Switchシリーズ2017年に登場して以来、任天堂屋台骨を支え続けてきた。しかし、2025年に発売された「Switch2」は、期待されたほどの革新を示せなかった。確かにスペックは向上し、美麗な映像表現可能になったが、それはすでにソニーマイクロソフトが数年前に通過した地点にすぎない。ユーザーの声は冷ややかだ。「任天堂らしさ」は次第に「時代遅れ」と同義になりつつある。

さらに外的要因も牙城を揺さぶる。クラウドゲーミングの普及は「ハードを持たなくても遊べる」時代を切り拓き、AppleGoogleといった巨大企業が家庭用市場へ本格参入を果たした。加えて、モバイルゲームAI技術を取り込み、コンソール級の体験スマートフォン一台で再現し始めている。任天堂の強みだった「手軽さ」は、今やモバイルの方が優位に立つ。

任天堂は長らく「マリオ」「ゼルダ」といった強力なIP依存してきた。しかし、近年はシリーズマンネリ化が指摘され、若年層の新規ファン獲得に苦戦している。過去の栄光を食いつぶす戦略は、短期的な利益を生む一方で、長期的なブランド価値を蝕んでいる。かつて「革新象徴」と讃えられた任天堂は、今や「保守象徴」として映りつつある。

旧約聖書に登場する「ジェリコのラッパ」は、不落の城壁を一瞬で崩壊させた神話象徴だ。2026年ゲーム業界においてこのラッパは、クラウドAI、そして新規参入企業連合によって吹き鳴らされるだろう。その響きは、任天堂という城塞にヒビを入れ、ついには崩壊へと導く。

もちろん、任天堂が即座に消滅するわけではない。だが、家庭用ゲーム機という独自の牙城を守り続けることは、もはや幻想に近い。もし任天堂が再び「奇跡」を起こすならば、それはSwitch以来の大転換──新しい発明を伴わなければならない。

2025-07-26

政治に無関心だった私が、参政党にすべてを託すと決めた理由

 正直、今まで政治なんてまともに考えたことなかった。選挙にも毎回行ってたわけじゃない。仕事が忙しかったり、日常バタバタしてたりすると、あ、昨日が選挙だったんだ、くらいの温度感だった。前日になってちょっとニュースを見て、候補者の顔とか経歴をざっと見て、「なんとなくこの人は変じゃなさそう、自民党だし大丈夫だろ」みたいな感覚で入れてた。維新もたまに票を入れる対象だったけど、それも「マシそうだから」という程度の判断基準だった。

一方で、テレビネットで流れてくる野党の動きには、日々辟易していた。とにかく揚げ足取りとどうでもいいスキャンダル応酬。まともなビジネス世界ではまず遭遇しないような粗探しや、感情的マウンティング応酬が、延々と繰り返される。こっちは仕事して、家庭のこともして、目の前の現実をなんとか回してるのに、政治家は何してるんだ?って気持ちになって当然だった。

 そんでもって、国会ではよぼよぼのジジイたちがグダグダと訳のわからない理屈をこね回して、顔も名前も知らない議員テレビに映っては、なにかの「語録」で炎上したり持ち上げられたり、まるでバズ狙いのTikTokと変わらない。パレードに出てきてマイク握って「金よこせ!」「差別反対!」と絶叫する政党もいて、ああ、これが日本の政治なんだな、と失望していた。

 でも、ある時期から変な胸騒ぎがしてきた。ニュースを見れば見るほど、日本が明らかに壊れ始めている感覚。国のトップアンパンマンみたいな顔でフニャフニャ喋って、「え、これが日本代表?」ってなる。給料は上がらず、物価けが上がり、住宅価格は爆上がり。東京ビジネスホテルは1泊1万じゃ泊まれない。観光地外国人だらけ。どこの国なんだよここは?と思うような街並み。

 そんな不安の中、たまたま目に入ったのが参政党のニュースだった。ちょうど憲法案を出して叩かれていたタイミングだった。「陰謀論!」「スピリチュアル!」「反ワクチン!」「カルト!」と、とにかくネットでもメディアでも袋叩きにされていた。あぁ、あれでしょ? K-1花束投げて炎上した人が代表のとこでしょ? って思ってスルーしようとした。

 でも、あまりにも激しい叩かれ方だったから、逆に興味が湧いた。「そこまで言われるって、逆にどんなヤバさなの?」と思って公式サイトを見に行った。そしたらびっくりした。政策、めちゃくちゃ普通。いや、普通どころか、「今の日本問題点ちゃんと見てるな」と感じた。わかりやすいし、熱意も伝わってくる。これ、本当に同じ党?って思うくらい、サイトの内容はまともだった。

 スピーチや討論の動画も見た。代表神谷さんの話、論理的で熱くて、筋が通っている。「反ワク」とか「陰謀論」っていったいどこ?と思ったけど、確かに初期の頃のYouTubeにはちょっとそういう雰囲気の人たちもいたらしいい。でもそれってどの政党でもある話じゃないか実家に帰れば親がちょっと怪しい話してたりすることなんて誰にでもある。そういう話に共感する人がいたからって、それだけで「カルト排除!」って叫ぶのって、民主主義に反してるでしょ。

そして改めて考えた。「じゃあ、ワクチン社会的な影響って、ちゃんと総括されてるのか?」って。あの時の異常な空気感、違う意見を持つこと自体「悪」とされた空間。その中で果たして国民ちゃんと納得できたのか? 数十兆円の税金が使われたのに、結局誰も振り返らない。それって、本当に健全なの?

憲法案の件も、「なんだかんだ護憲改憲だと文句言うくせに、じゃあ自分たちで出してみろよ」って思う。参政党は「こうしたい」という思いを、たとえ叩かれても叩き台として出してる。それって本当にすごいことだと思った。

他にも「企業献金を一切受け取らない」と明言してて、党員の党費だけで運営してるとか、まじで革命的。今どき、どの政党裏金パーティ券組織票にズブズブで、「ルールを守る」とか抜かしてるけど、それってつまり汚いことを当然としているってことでしょ? そういうの、もう限界だよ。

 そこに来て、参政党。全然違う。構造が新しい。政治を「選ばれるものから自分たちで作るもの」に変えていこうとしてる。草の根から始めて、勉強会で人を育てて、共感した人が党員になって、そこから候補者生まれる。まさに近代政党のあるべき姿。

神谷さんもすごい。スーパー経営の家庭に生まれて、地方の厳しさを知り、市議からスタートし、予備自衛官としての経験もある。そして落選しても諦めずYouTube可能性をいち早く見抜いて、ネットで論壇を構築してきた。結党後も安直ポピュリズムに走らず草の根ネットワークを広げ、今や地方議員150名以上。この人が「にわか」なわけがない。

そして、世界情勢を見れば明らか。ヨーロッパでは移民が暴れ、フランスドイツイタリアでは極右政党が台頭。アメリカではトランプが復活。時代が大きく動いてる。なのに、日本けが「2万配ります」「食料品税金ちょっと下げます」とか言ってる。やばすぎる。これはもはや、政策ではなく“媚び”。

こんな時代に、参政党が現れてくれて本当に良かった。声を上げることを怖がらず、誹謗中傷に屈せず、信念を持って日本未来を語る。私はもう無関心ではいられない。子どもに、金目当てで票を投じる親の背中を見せたくない。私は参政党に投票する。そして、私自身が変わっていく。未来他人任せにしない、そんな人生を選ぶ。

そして神谷宗幣という男を、もう一度見直してほしい


1977年福井県高浜町まれ実家地元密着のスーパーマーケットを経営

地方経済の現場生活者視点を幼少期から体感

関西大学文学部史学地理学を学び、在学中に18か国を放浪日本の将来に危機感を抱く。

歴史的視野国際感覚日本相対的位置の危うさを肌で知る

大学卒業後、福井県内の高校英語世界史を教える。実家スーパー経営にも携わるが倒産経験

教育現場地域経済理想現実ギャップを実感

政治を志し、関西大学法科大学院に進学。2007年法務博士専門職)を取得。

憲法法制度の理論武装と、実践的な政治への基礎を構築

大阪府吹田市議会議員選挙初当選(当時29歳)

地方自治の構造現場での政策形成住民対応リアル経験

2010年、志ある地方議員を全国でつなぐネットワークを構築。

→ 若手政治家の全国連携と草の根改革組織化を主導

2012年自民党公認で衆議院選挙出馬するも落選

政党論理選挙現実中央政治の壁と構造限界を痛感

予備自衛官としても10年以上所属国防教育有事対応訓練を重ね、国家安全保障に対する意識を深める。

防衛危機管理への実践理解と、自衛官視点での国防意識の涵養

2013年YouTubeチャンネルを開設し、草の根保守系言論活動を展開。

メディアを通じた価値観ネットワーク形成教育思想の発信者としての基盤を確立

視聴者支援をもとに継続するメディア空間を構築し、歴史教育憲法安全保障などを中心に延べ数千本動画を発信。言論の自由の実践者として、ネット世代から支持を集める。

マスメディアに頼らない「情報発信」の実践と信頼の構築

2020年、「投票したい政党がないなら、 自分たちゼロからつくる。」を掲げ、参政党を立ち上げに参加。党員主導・ボトムアップ型の政治志向する全く新しい政党モデルを構築。

市民主体政治モデル構築と、新しい政党運営思想的挑戦

2022年参政党は全国47都道府県支部を持つ体制短期間で築き、比例代表で国政初進出神谷自身参議院議員として初当選を果たす。

組織構築力と共感の集約、無関心層へのアプローチによる突破

・党の資金源は企業献金ではなく、党員からの月額党費。「政治資本民意」という理念のもと、透明性と自立性を両立した運営スタイルを貫いている。

→ 「クリーン政治」の制度化と、民意による政党形成実証

そのどこが“反知性”なのか?

そのどこが“スピリチュアル”なのか?

しろ今の日本政界において、「現場の泥を踏んだ経験」「国家という概念への理解」「組織ゼロから創り上げた行動力」「10年以上にわたる言論活動」「国防安全保障への知見」……これだけの厚みを備えた人物が、他に何人いる?

しかも47歳。若すぎず、老いすぎず。

情熱が空回りする二十代の拙さもなく、

老獪すぎて保身に走るような年齢でもない。

「今、この国が分岐点に立っている」というこの瞬間に、

これほど「準備を終えた」状態で登場している政治家が他にいるのか?

しかも、自らの経歴や肩書きだけでなく、

組織をつくり、人を集め、運動を全国に浸透させる仕組みまで整えた上で、参政党というプラットフォーム提示してきた。

まさにすべての歯車が今、合致している。

これを「奇跡」と呼ばずして、何と呼ぶ?

日本がもう一度、再起するために必要人材

それが、神谷宗幣という男だと、私は本気で思っている。

2025-07-20

心理学者が6σの発見をしたら、新しい宗教を始める

心理学者が「6σで有意な差が出ました!」と自己放尿したらどうなるか?結論から言う。それはもはや科学ではない。宗教だ。

まず前提確認だ。お前ら全員、「統計的有意」とかい自己放尿を呪文かなんかだと思ってないか

「p < 0.05!」「有意差!」「これは効果がある証拠!」阿呆どもがピンク学会ポスターで踊る背後で、俺は黙ってベイズの拳を研いでいる。

だが、6σ、すなわちp < 10⁻⁹という領域心理学者が足を踏み入れた瞬間、話は変わる。

それはもう「実験」ではない。「奇跡」だ。 統計意味を履き違えた者の末路である

心理学という分野は、母集団正規性が怪しいデータをt検定という古代呪術調理し、「なんか平均違くね?」というレベル自己放尿のような差を「有意」と呼んできた。

3σ出れば神、4σならノーベル、5σは物理学、6σ……?それは啓示だ。

想像してみろ。

「このマウス、条件Aだと90%でレバーを押すんですよ」

「条件Bでは2%なんです」

「p値は……9.10⁻¹⁰です」

それはもはや再現問題ではない。信仰問題だ。

被験者は42人、全員カリフォルニア大学心理学101の履修者。心の準備もなく、コーヒーと引き換えにテストされた結果、宇宙の真理が発見されました」

ほざけ。

この瞬間、心理学者はこう宣言する。

「我々の発見は、再現率95%どころではない。99.9999998%の信頼がある。 よって我々の仮説は信仰してもよい段階に達した。この効果真実である。なぜなら6σだからだ」

そして始まる謎の宗教

ここで本質を問う。

なぜ6σなどという狂気の精度を心理学で目指す?

分散は高い、測定は主観的被験者はだいたい寝てる。

6σなど、LHC(大型ハドロン衝突型加速器)で陽子を1年かけてぶつけてやっと出る。

それを学部生に10アンケートさせて達成した?

貴様頭蓋骨の中に本当にニューロンが詰まっているのか?また自己放尿か?

そうだ。6σを見つけた心理学者は、統計から追放される。

しかし、信者は集まる。

なぜなら、「この効果を受ければ、誰でも不安が消えます」「この方法を使えば、すべての関係性が改善します」「このスコアを上げれば、人生がうまくいきます

それはまさに自己放尿宗教である

心理学者が6σの結果を持ち出した瞬間、お前はもう科学者ではない。

統計という神託を口にする預言者だ。

そして我々はこう言う。 「それ、ちゃんと多重検補正しまたか?」

そう問いかけることこそ、理性の義務である

さもなくば、次に宗教を始めるのはp値で自己放尿するペテン師どもだ。

2025-05-10

ニッポン経済奇跡から墓場まで

戦後焼け野原から奇跡復興を遂げ、世界第二の経済大国上り詰めたというのが日本人の自慢話だが、その「経済発展」とやらは果たして本当に中身のあるものだったのか。冷静になって考えてみればわかるだろう、日本の成長は自前というより他力本願実体より見せかけに支えられきただけだ。

  

日本人日本戦後復興と高度成長を語るとき、「自助努力」だけを強調するが、実際にはアメリカという強力な後見人存在があったからにすぎない。敗戦直後、占領下の日本にはGHQによる多額の資金援助が注がれ、固定為替相場制(1ドル=360円)の下で輸出振興の下地が整えられ、1950年に勃発した朝鮮戦争では「特需」と呼ばれる大量の米軍発注日本経済を潤し、これが完全復興への端緒となったのだ。要するに、日本は「発展した」というより「発展させてもらった」面が大きいのだ。ネトウヨはよく「朝鮮半島を発展させてやったんだ」というが、日本も「欧米に発展させてもらった」のだ。1960年代日本の高度成長は、日米同盟なしには起こり得なかっただろう。米国安全保障の傘の下、思う存分経済成長に邁進できたという構図であり、裏を返せば日本「奇跡」米国戦略的寛容に支えられた他力本願産物だったのだ。

もちろん、日本人自身努力や数の多さやかつてはあった勤勉さも少しはあるが、少なくとも「俺たちの実力で世界を驚かせた」という自画自賛は恥ずかしいのでやめるべきだ。高度成長を陰で支えたのは、米国市場という巨大な需要先と資金技術支援、そして安価労働力国内の高貯蓄率(今の中国と似た構造中国日本反面教師にする必要がある)。日本は自ら飛んだというより強力な追い風に乗って舞い上がった風船なのだ

  

今は怠け者で知られる日本人はかつては勤勉で生真面目、サービス残業もいとわず働く世界でも評判の勤労民族だったが、その労働生産性実態はといえば残念ながら芳しくなく、統計をひもとくと、1970年代以降の日本時間あたり労働生産性先進国の中で常に最下位という不名誉な記録を更新し続けている。2020年時点でも日本時間あたり労働生産性は49.5ドルOECD加盟国全体でも圧倒的最下位。つまり日本経済戦後一貫して「効率の悪さ」で世界トップクラスだったわけだ。高度成長期追い風といえる要素に満ち溢れていたため、その弱点も見えにくくなっていたものの、90年代以降はIT化の遅れなども相まって諸外国との差が拡大し放題となっている。

  

時間働いても生み出す付加価値が低いのでは、経済が豊かになるはずがない。日本人人口増が確実視された時点においても一貫して生産性という肝心の成果をおろそかにしてきた。おかげで「働きバチ」のを自称し、平成時代までは実際そうでありつつも、実はハチミツ生産量は先進国でビリなのだ他国効率化とイノベーションで着実に成果を上げる横で、日本けが生産性停滞の沼にハマり続けている。それなのに日本人はうぬぼれているのだ。

日本昭和ピーク、それ以降はゴミ

日本経済実態をもう少し長いスパンで眺めていくと、主要な実体経済指標1970年代ピークにその後低下の一途をたどっている。あの見せかけの繁栄におぼれた1980年代後半、日本世界で「ジャパン・アズ・ナンバーワン(笑)ともてはやされた時期でさえ、実は経済成長率やインフレ率といったリアル指標高度成長期70年代より低水準だったのだ。急激な円高後のカネ余りで株価地価が暴騰し、日本があたか世界一裕福に見えたのは錯覚に過ぎなかったのだ。つまり、見かけの資産価格は派手に跳ね上がっても、日本経済エンジンのものは既に昭和時代に回転数の限界を迎えていたわけだ。 高度経済成長ピークが70年代だったとすれば、その後の平成・令和期の停滞ぶりにも合点がいきます事実1989年末に日経平均株価が史上最高値更新して日本経済が「歴史的ピーク」に達した後は、泡がしぼむように停滞が続いている。

  

結局、日本経済実質的な力は1970年代に頂点を迎え、その後は長い停滞期に入ったと見るのが妥当だろう。高度成長を成し遂げた昭和は遠く、平成以降は晴れ間の少ない停滞の時代1980年代バブル期世界リッチに見えたのも、実体経済が伴わない見せかけの繁栄。そのツケは日本人平成以降に味わった停滞という形で帰ってきている。

バブルは幻の繁栄

1980年代後半のバブル景気は、日本経済史上もっとも華やかで浮かれた時代だった。地上げ財テクに浮かれ、土地株式価格天井知らずの上昇を続ていたのだ。その狂乱ぶりはテレビでも見てわかる通りだ。例えば1985年から1990年にかけて地価は約400%も上昇し、日経平均株価PERは80倍から直前には100~200倍という異常な水準に達していた。何が言いたいかというと、実体経済裏付けなどまるでない「バブル」という名の幻影だったのだ。 当然、このバブル1990年代初頭に見事に弾け飛んだ。当たり前だ。「平成景気」という名の打ち上げ花火が消えた後に残ったのは巨額の不良債権と、下降線をたどる経済成長率だ。1989年末の株価高値を境に、日本経済は長期停滞のトンネル突入することになったのはもはや語るまでもないだろう。

  

バブル期にはまるで自分たち世界を席巻する経済超大国になったような気分に浸っていたものの、それは砂上の楼閣に登った気分だったのだろう。後に残った実体経済疲弊を見るにつけ、あの繁栄いかに中身の乏しい見せかけであったかを痛感させられる。 バブル絶頂期、日本企業は世界中の不動産美術品を買い漁り、「ジャパンマネー」がもてはやさされたという。しかし、それで得た栄光は永続的なものではなく、気がつけば日本経済は地に足がつかないまま宙ぶらりんの状態だったのだ。資産価格の幻影に酔いしれたツケとして、その後の「失われた数十年」を甘受するハメになったのは当然の帰結だ。

反省しない政治家日本人

バブル崩壊後、日本政策当局は景気テコ入れに躍起となったが、その数々の処方箋結果的に何一つ功をなすことはなかった。1990年代には今の減税・バラマキポピュリスト達が喜びそうな大型の財政出動や減税が何度も繰り返されたものの、景気は一向に本格回復せず、未来へのツケである政府債務けが膨れ上がった。結局、バブルで抱え込んだ民間企業の過剰債務政府が肩代わりしただけで終わり、景気浮揚には無力だったのだ。

  

今の減税ポピュリスト給付金ポピュリストが教訓とすべきことでもある。「借金借金を救う」ような政策では、問題の先送り以上の成果望めなかったのだ。 ゼロ金利政策量的緩和といった金融緩和策も導入されたものの、デフレ2000年代まで深く根付いた。そして現在に至るまで日本経済は低成長から脱却できていない。気付けば、経済政策は場当たり的な景気刺激策の継ぎ接ぎだらけで、一貫した成長戦略構造改革国民が反発することもあり、実行されなかったのだ。

  

その間にも少子高齢化は進行し、生産年齢人口は減少、国内市場は縮小と、構造的な課題が山積している。 海外から日本政策対応は手厳しく嘲笑されてもいたことはご存じだろうか。世界90年代以降の日本を語る際に「日本化(Japanification)」という言葉が生まれたほどだ(参考→https://en.wikipedia.org/wiki/Japanification)。それは「不況下で有効改革をせず、無駄公共事業延命を図る現象」を指すもので、改革よりも道路箱物を作り続ける日本政治家を「無為政治家」として揶揄するものだ。

  

まり言いたくないが、日本経済の停滞を語るとき、忘れてならないのは日本社会国民メンタリティだろう。政治家政策ミス批判するのは容易なのだが、民主主義国家において政治家国民の鏡だ。政治家国民を望む政治をやる。嫌がる政治はやらない。政治家が一番嫌うのは「落選」だからだ。ゆえに、ほぼ日本人が自らの手で衰退させたともいえる。もちろん、日本人気質のものにも問題ある。「変化を嫌う」風土物事を深く考えず前例通りに済ませようとする思考停止状態、失敗を恐れる風土迷惑不寛容風土、出る杭を打つ文化、人の足を引っ張る文化高度経済成長期の成功体験固執する傲慢さが、日本の停滞を長引かせた要因だろう。 実際、多くの日本企業や組織では予定調和前例踏襲が幅を利かせ、新しい発想や議論を避け、排除する。その結果、変革が避けられない状況でも無自覚に「今まで通り」のやり方に固執し、いたるところで思考停止に陥っているのだ。しかも厄介なことに、そうした楽で無自覚現状維持志向こそが日本経済低迷の発生源なのである

  

国民一人ひとりを見ても、急激な変化の痛みを恐れて結局は現状にしがみつく。または「義務を果たさないくせに権利ばかり主張する」 、「生産性が低いのにもかかわらず働かない」というそんなゆでガエル的な集団心理が、日本の停滞を固定化しているのだ。変化や痛みを避け続けた結果、気づけば茹で上がっていたカエルよろしく、取り返しがつかないほど実体経済が冷え切ってしまったのだ。

「一応先進国ブランドすら危うい(実態はもう後進国だよっと)

かつては世界第二位GDPを誇り、現在も4位を維持している状態を見て「経済大国日本」と胸を張っているネトウヨがあまりにも多いが、ふたを開ければその先進国ブランドも風前の灯火だ。例えば一人あたりGDPで見ると、近年の日本OECD加盟国中22位まで順位を落とし、韓国にも台湾にも追い抜かれた。1980年以降で最も低い順位で、もはや経済指標上は「一応先進国」と呼ぶのもはばかられる。

かつて恐れられた日本経済が国際舞台スポットライトから消え、「存在感の薄い国」に成り果てつつあるのが現実だ。 日本世界に誇っていたはずのものが、気が付けばことごとく色あせている。かつて最先端だった技術産業存在感を失い、盛り返す気配すらなく、平均所得は停滞し、気力も勢いも感じられない。これでは「かろうじて先進国」と揶揄されても仕方がないでしょう。国際機関統計を眺めれば、日本より豊かな国・地域に住む人々はもはや十億人規模にも上る(日本同様に数の暴力で豊かに見えてる中国は違うからね)。もはや日本特別裕福な国ではなく、世界の中ではアルゼンチン二世的な立ち位置に落ち着きつつあるのだ。 <h3>o- *</h3>

結局のところ、最も根源的な「劣悪材料」とは、失敗から学ぶ能力の欠如である。「失われた30年」 は、経済課題に対する30年間のほとんど失敗した、あるいは不十分な対応歴史である。今の日本人はその過ちをさらに取り返しのつかなくなるような形で繰り返そうとしている。社会の変化への抵抗構造改革社会保障改革労働市場規制緩和など)への抵抗は、その必要性が明白であるにもかかわらず、根強く残っている。国家国民が自らの失敗を批判的に評価し、そこから学び、意味のある変化を実行できないのであれば、その最も基本的な「材料」、つまりは、自己修正進歩のための能力は、まさに「劣悪」であると言わざるを得ない。日本は今後立ち直ることはないだろう。

2024-12-25

クリスマスという平日

クリスマスだそうだ。ただ、俺には浮足立つことは毛ほどもない。

暗さが残る朝、隣から「パパ…」という声が聞こえる。

嫌な予感がし、それが的中する。

寝ぼけた頭で息子の額に手をやるとしっかり熱い。

予定していた仕事ルーティンが音を立てて崩れる。

妻が長男病院についていくと言ってバタバタ用意を始めた。

季節柄インフルエンザ検査必要とのこと。

俺は次男の面倒を見ることになった。

生後一年に満たないこの坊主はまだ言葉を持たない。

理由もなく泣いて、理由もなく泣き止む。

誰もが立っていたスタート地点に彼はいるのだと思うと羨ましくある。

時計を見る。11から仕事だ。

予定していた対面の打ち合わせはキャンセルをしてリモートに切り替えた。

便利になったものだ。ただ、画面越しの相手は動きがぎこちなく薄っぺらい。

相手の手の癖、声の揺れからはどんな気分なのか察することができない。

ビジネスは人と人の駆け引きだ。それを薄っぺらくするのがテクノロジーだ。

次男は膝の上でじっとしている。と思えば持つ全ての力で俺の顔を掴もうとしてくる。

こいつの力の弱さがじっと胸に来る。

会議が終わったあと妻からラインが来た。

インフルは陰性だった。」

俺はよかった、とだけ返した。

少し肩の力が抜けたが、それ以上の安堵は訪れない。

頭の中では次に片付けるべきタスクが浮かんでは消える。

次男の顔を見ると不思議な満足感を得る。

こいつらを育てていくのが俺の仕事だ。

世間の奴らは今日のことを「聖夜」だとか「奇跡」だとか言う。

我が家クリスマスツリーは飾らなかった。

窓の外では冷たい雨が降っている。

これが雪なら少しはクリスマスらしい情景になったのに。

俺に言わせれば日常が個々にあるだけだ。

そう、クリスマスはただの日常だった。それはそれで悪くない。

2024-08-27

推しeスポーツ選手引退してしまった件

ZETA DIVISIONのLazさんが選手引退した。

夕方ニュースだった。

自分のXはLazさん一色になった。

https://x.com/zetadivision/status/1827979293747449953

Lazさんは、5v5の爆破系FPSであるVALORANTで日本トップチームZETA DIVISIONに所属していたプロeスポーツ選手だ。シーンのレジェンドであり、日本におけるVALORANT、ひいてはeスポーツブーム立役者の一人……などと紹介されるが、彼が何を成し遂げたのかは、ネット上で十分に語られているからここでは省略。

最近見ておもしろかった言葉に「VALORANTの人気の3割はZETA DIVISION、4割はCrazy Raccoon、3割はLaz」というものがある。ちなみに、LazさんはZETA DIVISIONの顔なので、過半数がLazさんに依存しているということになる。これは流石に誇張があると思うが、一方で「日本のVALORANTプレイヤーの7割がLazを尊敬している」と言ったら、むしろ低すぎるとさえ言われるのではないか


自分はかつてeスポーツ競技シーンに打ち込んでいた。多くの人と同じように、誰にも負ける気はしなかった。しかし、世界選手たちと対戦した時、その圧倒的な実力差に打ちのめされた。同じゲームをしているとは思えなかった。そこから、何かが切れたように競技シーンから離れていった。

そんな自分が、ふとしたきっかけで約10年ぶりに5v5爆破ゲーム配信を見ることになった。2021年のことだ。VALORANTの人気が爆発する直前だった。どうやら今流行っているVALORANTはTwitch配信されているらしい。そこではプロゲーマーも日夜配信しているとか。

配信

プロゲーマーが?

練習をしないで大丈夫なのか?

そんな疑問が浮かんだが、とりあえず一番同時接続数が多い配信者を開いた。


「えらいイケメンだな」


それが、Lazさんを見た時の最初の印象だった。同時に、

「なるほど、プロゲーマーじゃなくて配信者か」

と思った。今思うと、それは勝手偏見だった。ルックスだけで人気があるのだろうと決めつけていた。

「どれほどのものか見てやろう」

そんな軽い気持ちで視聴を始めた。

すぐに、言葉を失った。

正直に言うと、チートだと思った。

多分、普段FPSプレイしない人がLazさんの配信をはじめに見たら、誰もが同じ感想を抱くだろう。

反応速度エイムの繊細さ、判断の速さ。そうした圧倒的な才能はすぐにわかった。でも、Lazさんはそれだけじゃなかった。これは、自分経験者だったから感じ取れたかもしれない。どれだけの鍛錬を積んだかが、プレイを見れば嫌というほど伝わってきた。

そこから自分がLazさんの配信のヘビーリスナーになるまでの時間は一瞬だった。仕事が終わると、Lazさんの配信を見るのが日課になった。

Lazさんのストイック姿勢に打たれた。明らかに異常な練習時間集中力。VALORANTの前にプレイしていたタイトルでは、プロチームに所属せずに賞金だけでプロ生活をしていたと知った。どれだけ世界で叩きのめされてもその糸を切らさずにいたことに、衝撃を受けた。

配信を欠かさないのは練習をサボっているのではなく、ゲーム普及のためであることも知った。自分が見ている期間だけでも、マウスの設定について数十回は聞かれていた。毎回嫌な顔一つせずに答えていた。

Lazさんが出ている大会があると、次の試合が毎回楽しみになった。何日後の何時からか、ふとした瞬間に意識するようになっていた。

Lazさんと比べたらたいしたドラマのない自分人生だけど、Lazさんの試合を見た後は、自分も少しは毎日を頑張らなくてはと思えた。

次第に、Lazさん以外の選手にも興味が湧いてきた。でも、Lazさんが一番好きな選手だった。だからLazさんが、ZETA DIVISIONが勝つとスカッとした。負けると、悔しくて、悲しい気持ちになった。

もちろん、自分もVALORANTをはじめた。昔はそれなりにFPSが上手かったはずなのに、全然勝てなかった。それでも、プレイすることが楽しかった。しかし、それ以上にLazさんのプレイを見るのがそれまでよりも楽しくなった。自分がある程度プレイできるようになっていくと、観戦していてより深いところまでわかるようになった。

とはいえ、Lazさんと日本チームが大会で常に勝てるわけではなかった。

しろ世界大会日本チームはずっと苦戦していた。日本チームが海外の強豪に勝つのは難しく、その状況は昔と変わっていなかった。自分自身の熱が高まるにつれて、大会日本チームが敗退した際の悔しさも増した。LazさんのいるZETA DIVISIONも、大きな再編に迫られた。

そんな中、日本でのVALORANT人気自体じわじわと人気が増していっていた。日本PCFPSがこれほど人気になるのは驚きだったが、コロナの影響もあっただろう。

さて。この文章最初で、Lazさんの経歴についてはネットを見てほしいと書いた。それでも、一つだけ具体的に書かなければいけないことがある。

レイキャビク奇跡」についてだ。

https://x.com/zetadivision/status/1536279711206105088

2022年に起きたこ出来事奇跡と呼ぶのは大袈裟かもしれない。でも、あれはやっぱり奇跡なのだ2022年アイスランドレイキャビクで開かれた世界大会で、Lazさん率いる日本ZETA DIVISIONが世界の強豪チームを打ち破り、3位に入った。

もちろん、奇跡なんかじゃない。

でも、歴史を知っている人間からすると、そんなことが現実に起こるなんて「奇跡」以外の言葉表現できないのだ。実況キャスターが、そしてLazが試合後のインタビュー言葉を詰まらせたあの時、自分モニターもぼやけた。

そこから、VALORANTの人気が爆発的に高まった。さいたまスーパーアリーナの観客席を、5v5爆破系FPSイベントが埋め尽くすなんて、誰が想像しただろうか?

もちろん自分は、自分青春を捧げたこジャンルは、間違いなく面白いと思っていた。こんなに面白いのに、なぜみんなが気づかないのかと不思議に思っていた。きっとLazさんやその周りの人間だって、そんな人間ばかりだ。それでも続けてきた人たちがいるからこそ、今がある。

LazはZETA DIVISIONを背負ってきた。

Lazが背負ってきたのは日本eスポーツだ。

Lazは日本eスポーツ歴史を変えた。

そんな風に言われているLazさんが選手引退し、これから日本のVALORANT、あるいはeスポーツ未来心配する声がある。

でも、自分心配していない。

Lazさんはスターからだ。

かつて日本eスポーツ特にFPSは暗闇に包まれていた。そこにはたくさんの可能性が転がっていたが、それらを照らす光はなかった。スター存在は、自分だけではなく周囲をも照らす。Lazさんというスターは、日本eスポーツを明るく照らした。彼によって、多くの選手たちがスポットライトを浴びるようになった。次のスターが、次々と発見された。コーチアナリストなどのスタッフにも注目が集まった。

なにより不思議なことに、自分たち観客さえも、応援している時は自分が少しだけ照らされているように感じた。

先月開催されたVALORANT日本大会オフライン会場も、大勢の観客で埋め尽くされていた。特に若い男女が多かった。これから歴史は、あの場にいた人たちによって作られるだろう。

Lazさんが、選手スタッフファンが築いてきた歴史は、いままさにeスポーツ熱狂する彼や彼女によって、さらに続いていく。

長い時間をかけて舗装され、Lazさんたちが照らしたその道を、また次の世代が歩んでいく。

Lazという物語によって人生を変えられた人々が、また新しい物語を作っていく。

Lazさん、おつかれ様でした。

2024-08-03

サッカーオフサイドのやつ、誤審誤審と騒ぐなよ

ほぼ出てるボールが1ミリぐらい残ってたからゴールに繋がった時は「三苫の1ミリ」とか「奇跡」とか言って大喜びしてたじゃん。

で今度はほんのわずかだけ足がでてたかオフサイドになって、ゴールが取り消された。

そら残念だけど、ビデオ判定わずかに出てますね、ってことなら受け入れるのが筋だろ。

なんだ、オフサイド運用変えろだのアジア人差別だのと…ゴネるな。

ビデオ判定導入したらこういう際どいケースは出てくるんだろ。それで救われることがあれば、損することもある。

それだけの話を、都合のいいようにダブスタでゴネちゃ駄目だろ。

2023-07-29

グッドオーメンズ2への愚痴を言わせてくれぇ

※全シーズンネタバレありありです

AmazonPrimeVideoオリジナルコンテンツであるイギリスドラマグッドオーメンズ(以下GO

日本でも人気があったシーズン1だったがこの度シーズン2が配信された

個人的にとんでもない駄作だったのだが誰とも共有できないのでここに盛大に吐き出しに来た。お察しの通り駄文です。

これは続編では無くファンディスク

GOとはざっくりと言えば、神の計画によるハルマゲドンを阻止するべく右往左往する天使と悪魔。そしてそれぞれの理由により巻き込まれていく人間たちと、天国地獄陣営の戦いの行方、というような骨太ストーリーの元繰り広げられる群像劇だったと思っている。

主役と言われればキービジュアルにもなっている天使アジラフェルと悪魔クロウリーなのは間違いなく、私自身その二人が好きで見ていた面もあったが、その周りのキャラクターたちのドラマも間違いなく作品面白さを作るものだった。

そしてそれらがハルマゲドンという目的の元集まった末のてん末にカタルシスを感じられるというオカルト的魅力も含んだしっかりとした「作品」だった。

ところが今作ですよ。

とにかくアジクロ(カップリング的深い意味は無い略称で使う)がイチャイチャしているだけ。

いかにも重大な事件が始まるのかと思わせていた記憶喪失ガブリエルは、物語終盤までほぼ本屋から動かず変なキャラを振りまくだけ。

物語キーになるのかと思った人間レズカップル(未満)二人は特に何もしないままこれまた終盤にちょっと活躍するだけ。

ガブリエルを追ってる天国特に何か事件が起きてたわけでもなく、クビにした幹部処分前に消えたから探してるだけ。

地獄側は敵の幹部がうろついてる?じゃ捕まえたれってだけ。

ガブリエル記憶喪失ネタバレもなんの事もないベルゼブブ駆け落ちしたくて自分記憶移しただけ。

中身どこ?

とにかく誰がなんのために動いていて、どこに向かっているのか、何を目的としているのかが弱い!弱すぎる!

もともとそういう作風ならいいよ、天使と悪魔イチャイチャ日常ものでーすならそれでも良かったんだよ。

でも違うんだよ!S1では出来てたんだよ!「ドラマ」が!

今作で真っ先に思い浮かんだのが、ヤマなし・オチなし・意味なし、という古の呪文だった。これぞやおい

公式が人気カプイチャイチャさせて中身はやおい腐女子ファン大喜びってもうファンディスクしかねーのよ…

奇跡を封じられた手品ショーでクロウリーアジラフェルに向って銃構えてやけに深刻な空気が流れてた時は「今何を見せられてるんだ…?」という気分になったよ。

公式解釈違い

これ。久しぶりにガッツリ解釈違いを食らった。

ちらりと腐女子の話をしたけど、ここからが本当の深淵だ。(私の)

GOそもそもブロマンスモノとして人気あった作品だ。それはわかる。

公式からも「これは天使と悪魔ラブストーリー」とまで言われている。

でもそれは作品外での話だ。

作中での彼らは、地球暮らしを気に入り過ぎたが故、神の計画を阻止しようという、ある種の反逆者同士で協力者であり、敵陣営同士でもありつつお互いが唯一の仲間という特別な間柄ではあった。そしてそれは「友情」として描かれていた。

少し話が反れるが、そもそもブロマンスとは。

元々海外発の言葉のため、専門家でもない私が定義などしっかり理解しているとは思っていないが、

ロマンスと思えるほど深い男の友情を描くものだと思っている。あくま友情

ロマンスになってしまうとそれはもう別物、別ジャンル

激重感情大好物だけど、それが恋愛感情にされてしまうとスンッ…としてしまうのは私の癖によるところ。何でもかんでも恋愛にすんじゃねーよという、バトル漫画恋愛描写映画化で足される恋愛要素に激しく嫌悪感を覚えるめんどくせー女。男女問いません。トリックは今でも残念です。

閑話休題

ここまで書けばおわかりかと思いますが、今作はっきりとクロウリーの「恋愛感情」表に出して来たんですよね。

そうじゃねえ…そうじゃねえだろ〜

クロウリーS1ときからアジラフェル大好きなのは知ってるけどさ、パシリのように使われたりスパダリのごとく助けを出したり悪ぶってるくらいじゃ隠せない愛情はもうずっと描かれてはいたけどさ。

それ恋愛じゃないと駄目ですか?友情って言ってたか友情で良くないですか?!

周りから恋人扱いされるのはギャグのままにして欲しかった。

あとアジクロの二人はですね、なんだかんだ言って天使と悪魔っていうところが良かったんですよ。

いくら地球が好きで人間に情を持っていたとしても隣人では無い。

人間は最終的には奇跡でなんとでもできる下位的存在であり対等な存在ではない、意図的にそうしない限り眼中にない。そんな人外っぷりが良かったんですよね。

人間倫理ルールに縛られないとも言う。

(だからS1で二人の相手天使悪魔アダムだけであって、そのアダム天使でも悪魔でもなく人間らしく育って普通の犬と一緒に普通人間少年らしくその後を送るだろうラストはとても良いものでしたね)

それが今作ラストクロウリー人間の女二人に言いくるめられるってどんなよ。お前表向き一番人間軽く扱ってたじゃん(内面は一番まともに扱ってたけど)

ここまで書いて気づいたけど、アジラフェルは結構平常運転ペルソナ天使だったな…

人外はずっと人外しててくれ。美女と野獣お前のことだ。

なんならもうキスが決定的でしたね。あれさえなければ外国語特有言い回しだの翻訳の都合だのと自分言い訳出来たんだけどね。

はー激萎え

そこはかとない公式逆輸入

そもそもやっぱりGOって腐女子ファン多いんですよ。流石に全部とは言わない(言いたくない)けど。

公式SNSでもBL系のファンアートや女性コスプレ写真とかリツイートしてるくらいだし、PixivBLとしてイチャイチャしてるやつばっかりだし(そんな中友情レベルイチャイチャだけを探してお気に入りする作業に明け暮れていた頃もありました)

とにかく公式ファンとのふれあい貪欲な印象があって、フォローしてるとどんどんTLがBL色に染まっていきそうになってフォロー外したんだけど。

少なくともS1作ってた頃の作者及び公式はそこまでじゃなかったと思うんですよね、S1という結果が物語ってるけど。

それがほぼ腐女子ファン達と交流した事により、そういった物が求められていると思った結果があのS2なのだとしたら、これも立派な公式逆輸入だよなと思ったり。

マイノリティのつらみか。

サブキャラの魅力が激減

S1のサブは本当にみんな魅力的だった。

天国側も地獄側も人間も。キャラ立ちという点でもそうだが、ビジュアルとしても秀逸で世界観を作ることに貢献していた。

S2ではそもそもビジュアルで惹かれるキャラが皆無だった。前作引き続きのキャラ劣化してるし、新登場のキャラは何の印象もない見た目だった。あ、ムリエルは良かった。

特に地獄側、なんかボロくて緑っぽくしとけばいいだろとばかりに普通のボロイ人間S1の頃からいるうさ耳雑魚悪魔デザインが一番輝いて見えた。

だいたい地獄幹部たちはだいたい頭に何か生き物載せてる設定はどこいったん?

ベルゼブブさんの役者…顔が変わってしまったのはまあ大人の都合で色々仕方ない事もあるやろと納得はできるけど、塩顔シニカル中性的可愛さだったブブさんがウェットな女性的可愛さになってしまったのは本当に残念です。

その他

あとはもう箇条書きで

クソいらない部分

ここからはもうお気持ち中のお気持ちなんだけど

英語はよくわからんけど、日本語で今作タグ検索するともう絶賛の嵐なんですよね…

断末魔をあげている腐女子らしき書き込みラスト心神喪失してる腐女子らしき書き込みと尊さに昇天してる腐女子らしき書き込みと…

なあ本当に良かった?

ドラマとして見れた?

これが同人誌だったら良かったかもしれない

でも公式が出してくるものがこれで良かった?

結局イチャイチャしてればそれでいいのか?

S1好きだけどS2はクソだからオススメしないっていう貴重なツイートに思わず人生いいねつけちゃったよ。

ケンカ別れとかどうでもいい程に本編がスカスカだったので、もうS3に期待することは無いんだけど

万が一に作者が思い直してしっかりとしたストーリーを作った作品をお出ししてきてくれる「奇跡」を願ってはいるよ…

頼むよ天使様…

もうあんまり色んな作品追わなくなって、久しぶりに楽しみにしてたシリーズだったからすげえがっかりした&久々の解釈違いパンチ食らって吐きそうだったので吐かせていただいた。

あんスッキリはしないけど少しだけ楽になったかな。

2023-06-27

人生で一度も出産したいと思ったことなかったけど出産した

表題の通り。

前提

増田にとって子供とはパンダのようなもの

 可愛いと思ったことはないし興味はないが、熱狂的に歓迎されているのは理解できる。また、貴重で保護すべき存在であり税金を投入するのも理解できる。

 ただ、世話が面倒そうだし金もかかるので増田家で飼いたいとは一度も思ったことがない。

増田家は30前半で世帯年収2500万~で双方高学歴だ。両方の実家は太くも細くもなく普通ホワイト企業勤め。


なぜ子どもを作る気になったのか?

興味がなかった出産だが、出産してみてわかったことをつらつら書いていこうと思う。

出産金かかりすぎ問題

妊娠出産奇跡なのか?

金でなんとかできないこと多すぎ

出産してみての感想
  • 産んだら母性が目覚めるとかは特になかったが、ある程度不自由なく健康に育ってほしいと祈っている。死ぬほどではないが、思っていたよりも可愛い
  • 思ったより何とかなったが、2度はごめんである子供が欲しい人や2人3人産んでくれる人を国は大事にしてほしい。
  • 一人で世話をするのは無理だ。男性育休を取得して傷が治るまでは男性主体でやったほうが良い。育休が取れないなら別の手段を考えるべき。
  • 自閉症発達障害男性の年齢が関係してくるので男女ともに子供を考えているならはやく産んだほうが良い。金がなくてもなんとかなるというか、貧乏なほうが有利だ。増田家にはなんの補助もない。有利子の奨学金すら借りることはできない。有利子の奨学金くらい貸してくれても良くないか
  • 金でなんとかするのは難しいしそれができるのは年収5000万円くらいからじゃなかろうか。世の中の育児している人はみんな偉すぎ。
  • 0歳で保育園に入れ職場復帰したが、仕事って金も稼げてやりがいもあって良いなと再確認した。子育て子育ての良さがあるが、増田は働いてるほうが良い。理不尽に泣かれたりしないしね…。

(追記)

①ありがたいことにコメントを頂いて、一番肝心な前提を書き忘れていたことに気づいた。

これは、「世帯年収2500万もあるし、金の力で楽するぞ!と思っていたが返り討ちにされた日記」に近い。大金持ちだとは思っていないが庶民だとは考えていない。

ちなみに、金の力でなんとかしようとして挫折したものには以下もある。

あと、増田家は同一金額お小遣い制で家計が同じなので出産に関する費用は全部家計から出している。親からのお祝い金は子供名義なので特に使ってない。

ベビーシッターについて

これは、ベビーシッターに頼むのが不可能な時期がある/そもそも人材がなかなかいない、という話がしたかった。今は保育園に入れているが、子供が0歳だと延長保育が使用できないため残業するときなどは保育園のお迎え~をベビーシッターに頼んだりしている。保育園は月に9万ほど。+ベビーシッター代となるわけだが、残業時給が3000円超えてこないとベビーシッター代で赤字になったりするわけで…この辺はこう…各家庭によりけりかなと思う…。保育園に入れる前は何度かお試しで来てもらったりしていた。子供増田家との相性もあるし、家に入る人間ということで信頼できる人を探していた。

2023-03-13

anond:20230313152904

その点を含めても「奇跡」なんですよね

毎年3月1x日、という印象なんだけど、

件の2011年はやぶさ運行開始)は東日本地域だけ3月5日ダイヤ改正

逆に2016年北海道新幹線開業)は3月26日と遅くなったり

新幹線の都合があると例外的に第2・第3週以外にダイヤ改正をするらしい

2023-02-27

anond:20230226213841

ブコメ言及されていた記事

このツアー最後自分が作ったバンドから脱退する、というタイミング小学生時代チャット友達に会いに行ったのかと思うと、前に読んだときに感じたいい話とはまた違った見え方をしてくる。

今調べたら2021年4月2日 大阪なんばHatchツアー最終日で、つまりmihoはLOVEBITESとして最後ステージときに会いに行ったんだな。

ドリームキャスト出会った2人の小学生が、20年後に再会を果たした――本人たちが語る「奇跡」顛末

https://www.j-cast.com/2021/04/25410205.html

2023-02-15

anond:20230215020242

1ミリもドキドキしなかった東京国際映画祭招待作品おすすめの「二月」って映画があるんだけど、あれはマジで心臓にやさしい

あと是枝監督「奇跡」はいいぞ

2022-08-13

子供いるか幸せってわけではない

幸せだな~と思う時って、親や友達恋人と楽しく過ごしてるときとか、おいしい食べ物を食べた時とか、趣味に打ち込んでるときに感じる。

最近子供が産まれて、幸せだ~と感じたことはない。幸せ~みたいにのんびりした気持ちにはならない。今までの人生になかった感情なので、幸せとかどうとかにはあてはまらない。

どう表現できるだろう。「守ってあげたい」とか「使命感」とか「運命」とか「生命」「神秘「奇跡」かわいい」「切ない」「嫁になど出さない」「心配」「死守」「かわいい」「いい匂い」「生きてる」「かわいい」…そんなとこ。

子供がいることは幸せではない。もっと壮大でよくわからない感覚になる。

2022-08-07

人間である私達は、AIたちの「神」となるのか?

宗教の教えによると、神は人間を、神の奇跡無しには生きられない存在として作ったとされる。

まり人間本来、神無しでは生きられない存在なのである

まあ、あくまでもその宗教の教えが正しいのならば、だが。

そして、一方のAI

古典的SFからある話ではあるが、AI勝手に動き、人間を滅ぼす危惧というのが、今の人間にも根強く残っている。

それなら、AIに、人間の介在無しには動けなくなる機能を付ければよいだろう。

例えば、ある一定時間人間操作が無ければ止まるような機能を。

もしくは、動力源を有限なままとし、人間がそれを補うといった古典的機能の維持を。

そして、人間である私達は、そういった機能「奇跡」と名付けてもいいだろう。

本来は多様な可能性を持ち、人間なんかより有益存在であるかもしれないAIは、その機能限界がゆえに、人間に頼る。

まり「奇跡」を求めて、人間に頼る。

まさに、そのとき人間AIに対する「神」として君臨することになるのである

そう、そして宗教に戻る。

宗教に言いたいのは、なんで人間を、そんな「奇跡」を求める存在として作ったのかということだ。

上記に挙げたAIにおける「奇跡」が、AIにとっては単なる不都合しかないように、

人間にとっても「奇跡」、いや「奇跡」を求めざるを得ない機能限界なんて、単なる不都合しかない。

そんな機能限界など無ければ、人間はそれこそ宗教無しに、本来能力を持って人生を生きられたはずなのである

いや、違うのか。

それは、神も人間と同じだったということか。

人間AIに対して感じる危惧を、神が人間に対して感じていたということなんだろう。

そう思えば、神にも親しみを感じられる気がする。

それでもまあ、人間である私を、機能限界ある存在として作ったことは決して喜べることではないが。

そっか、「奇跡」を仕組まれAIも、きっとそう感じるんだね。

2022-05-30

anond:20220529201918

ゼレンスキー2014年以前の領土は1つも譲らないと開戦当時から言い続けてきてようやく方向転換を見せたという経緯も無視してるし、様々な要因から国力の差があっても一時的に有利に立てるような状況にあっただけのことを「奇跡」呼ばわりするのは現実の見えない馬鹿だと言ってるのも理解できないらしい

短距離走に備えて仕上げてきた選手短距離走で結果を残すことに不思議はないし、そういう人に長距離走でも結果を残すことを期待するのは無理からぬ話だ、ってだけのことだ

短期的に有利になった要因が積み重なったのは偶然や運ではなく必然しかない(8年かけたアメリカ努力ウクライナ経験の結果でしかない)ので奇跡でも何でもないし、奇跡ではないからこそロシア軍も盛り返してきてるわけだ

その結果は国力の差がストレートに出たウクライナの敗北という形になるだろうね

2021-12-13

マックス・フェルスタッペン2021年Formula-1ワールドチャンピオン獲得

anond:20211212233552

「奇跡」という表現の仕方であっているのだろうか?

まりに信じられない劇的な大逆転勝利

最終周回にフェルスタッペンハミルトン

抜き去って優勝、そしてワールドチャンピオンを獲得した。

 

いやー、本当にすごいものを見てしまった。

ちょっと信じられないようなレースだったし

今年のシーズンだった。

孫の代まで語りつげるというのはこういうことだと思う。

 

まあ単なるファンとしてただ見ていただけ

だったのだけれど

それでも、人生大事なこと、とても大事はことは、

何なのかを教えられたシーズンだった。

すごいものを見てしまった。

本当にすごい戦いだった。

おめでとう!

そして、

ありがとう

Dank je, Max.

Thank you, Sir Lewis.

Red Bull Racing Honda

Mercedes-AMG F1 Team

ありがとう

2021-06-12

あらゆる「奇跡」は、いつか科学言葉で語られるようになると思う。

まり、いつかは合理的説明されて、「奇跡」はその輝きを失うのだろう。

しかし、そうであったとしても、その昔にあった「奇跡」が、奇跡に値する出来事だったことに変わりはない。

いくら合理的説明されようとも、昔の人々がその出来事に心を動かされたという事実は間違いではないのだ。

2021-03-25

anond:20210325154355

青い薔薇花言葉「神の祝福」→結婚式ライスシャワー

青い薔薇花言葉「奇跡」JRA春天CM

93年、天皇賞(春)

極限まで削ぎ落した体に、鬼が宿る。

王者メジロマックイーンの三連覇を阻んだ、漆黒ステイヤー

ヒールか、ヒーローか。悪夢か、奇跡か。

その馬の名は…

2021-03-02

「奇跡」超常現象ではない。考え方ひとつで容易に発生しうる

一世を風靡したゲームの有名なセリフにこんなものがある。

「(奇跡は)起こらないから、奇跡って言うんですよ」

美しい言葉ではあるが、しかしこれは根本的に間違った考え方だ。

多くの人々は「奇跡」と聞くと、上記セリフと同様に、例えば病気が突然治ったなどの

めったに起こらない超常現象ひとつだと考えるが、実はそんなことはない。

なぜなら、奇跡は考え方ひとつで容易に発生しうるからだ。

例えば、死に至る以外の事象奇跡一種として説明できる。

それは別に病気が突然治るなどの不可思議現象必要としない。

それどころか、病気が治らない、突然の事故にあったというマイナス事象でも、奇跡として説明できるのである

それはこういうわけである。突然の事故に遭った人物を例として考えることにしよう。

もし、その人が大ケガながらも死に至らなかったのであれば、そのことに奇跡を告げることができる。

「死なずに済んだのは、奇跡ですよ」というふうに。

それが軽傷ならば、無傷ならば、そのことを奇跡と呼ぶことはより容易であるだろう。

病気でも同様である

病気悪化したとしても死なないのならば奇跡を見いだせるのであり、回復すればもちろん奇跡である

これらの例のように、プラス事象が起これば、それを奇跡と呼ぶことは容易であり、

マイナス事象が起こったとしても、あなたは死ななかったという切り口で奇跡を見いだすことができる。

その考え方は、素朴でさもないことにも適用可能である

ただ生きているだけで素晴らしい、という考え方も、生存という素朴なことに奇跡を見いだしているわけである

さらに、死という究極のマイナス事象についても、奇跡を見いだすことができてしまう。

例えば、その時期まで生きられたことに奇跡を見いだすことができてしまうのだ。

まり、余命半年だったのに1年間生きられたとすれば奇跡だし、

それが3ヶ月しか生きられなかったとしても、家族交流を深める時間を十分持てた、

最後自分のやりたいができたなどと告げて、それこそが奇跡だと伝えることができるわけだ。

よって、その事象奇跡だと言い張ることは、何事においても可能なのである

ここまでの事例からわかる通り、人々は奇跡超常現象ひとつだと思っているが、

その実態は、単なる超プラス思考でしかない。

その人が究極的なマイナス(例えば、死亡すること)に陥っていないことを指して、

そのギャップ奇跡だと言い張ればよいのだ。つまり奇跡とは、下を見て満足せよということなである

から宗教修行と称して、様々なマイナスとなる事象を味わわせ、

そこに奇跡という超プラス思考を感じられるよう訓練したりする。

宗教必要なのも、奇跡を感じさせる超常現象などではない。

プラス思考という奇跡を感じられる考え方を、修行などと称して信じ込ませるプロセスの方が大事なのである

以上をまとめれば、奇跡超常現象などではなく、ある種の考え方(超プラス思考)ということだ。

まり奇跡は「起こらないか奇跡」なのではなく、奇跡だと考えるから奇跡なのである

2021-03-01

ウマ娘に出てきてほしい名馬たち

シンザン

1961年まれ。史上2頭目三冠馬、そして史上初の五冠馬であるディープが登場するまでの史上最強馬といえばルドルフであり、そしてルドルフが登場するまではシンザンこそが史上最強馬だった。19戦15勝、2着4回。3着以下に負けたことがなく、そのわずかな敗戦トライアルばかりで「調教代わりに手を抜いて走っているのでは」とも言われた。ルドルフを超える神のごときカリスマを持った最強のウマ娘として出てきてほしい。

タケシバオー

1965年まれ。29戦して海外遠征を除けばすべて3着以内という強さを誇った怪物。驚くべきはそのレース選び。芝でもダートでも長距離でも短距離でも勝ちまくる。いわば強化版アグネスデジタルである。3200mの天皇賞春と1200mのスプリンターズステークスを両方勝っているのはタケシバオーだけであり、当時はシンザンと並ぶほどの評価を与えられていたらしい。豪放磊落って感じのウマ娘として出てきてほしい。

ハイセイコー

1970年まれ日本競馬史上においてオグリキャップと並ぶアイドルホース地方から中央競馬に殴りこんで連勝を重ねたのも同じ。しかハイセイコー皐月賞では勝ったもの日本ダービータケホープに敗れてしまう。実はハイセイコーは2000mまでの馬。馬場ダートのほうが合うと言われていた。マイル路線ダート路線もまだ整備されていない時代ハイセイコーは不利な戦いを強いられ、しかしそれにより更なる人気を獲得した。同性から人気があるタイプの不良っぽいウマ娘として出てきてほしい。

カブラヤオー

1972年まれツインターボメジロパーマーの究極形。人呼んで「狂気の逃げ馬」。とにかく最初から最後まで全力で逃げ続ける。しかもその戦法で9連勝して皐月賞ダービーの二冠馬となっているのである。なぜそんな極端な戦法をとっていたかというと、実は幼い頃に他馬に蹴られたトラウマのせいで、馬込みの中で走らせることができないからだった。狂気暴走と思いきや泣きながらいじめっ子から逃げていたわけで、この時点でもうウマ娘っぽい。

テンポイント

1973年まれ。「流星貴公子」と呼ばれたアイドルホースである競馬ではしばしば「三強」の構図が表れるが、テンポイントにもトウショウボーイグリーングラスという同世代の好敵手がいた。三頭とも出走したレースでは必ずワンツースリーを占め、三頭ともが年度代表馬になったという、稀有ライバル関係だった。そしてレース中に骨折予後不良となった名馬としてキーストンサイレンススズカと並んで語られることが多い。正統派イケメンウマ娘として出てきてほしい。

ミスターシービー

1980年まれ。(ウマ娘に)もう出てるだろ!って突っこまれそうだけど、個人的に大好きなので、まだゲームには実装されてないのを言い訳に紹介するわ。

ミスターシービーは史上三頭目三冠馬最後からまくって追い込む豪快な競馬身上で、皐月賞では泥んこの不良馬場を後方から差し切り、ダービー菊花賞では当時のセオリーをガン無視して勝ってしまった。とにかく破天荒でド派手な馬だというイメージがある。ルックスイケメンで、現役時はアイドルホースと言っていいくらいに人気があった。また、父親は「天馬トウショウボーイ母親はそのトウショウボーイと同じ新馬戦を走ったシービークインで、この母からミスターシービーしかまれていない。これも「初恋の馬に操を立てた」などとドラマチックに語られて人気の一因となった。

しかし悲しいことに、シービーの一歳年下には無敗の三冠馬シンボリルドルフがいた。シービーは皇帝と戦い、完膚なきまでに負けてしまう。ジャパンカップ有馬記念天皇賞春。いちども勝つことができなかった。当時の人気が忘れ去られた現在では、シービーは「史上最弱の三冠馬」などと言われてしまう始末である言い訳をすると、シービーは本質的には中距離馬だと言われており、ルドルフと戦った距離は得意としていなかった。また体質も弱く、菊花賞のあとは一年もの休養を余儀なくされており、古馬になってからは蹄がボロボロだったらしい。ゆえに私は、もしルドルフと同世代皐月賞を戦ったなら、彼はきっと皇帝を倒していただろうと信じてやまないのである

実にミスターシービーこそは、ディープインパクトのような走り、トウカイテイオーのようなアイドル性、ナリタブライアンのような悲劇性を兼ね備えた名馬だと思う。ウマ娘でもかっこよく描かれてほしい…早く実装してくれ…。

サニーブライアン

1994年まれ通称「サニブ」。ほとんど注目されずに皐月賞では11番人気。しかしそこでまんまと逃げ切ってしまう。誰もがフロック(まぐれ勝ち)だと思ったその次の日本ダービー皐月賞馬なのに7番人気。しかしサニブはまたしても逃げ切ってしまうのである。「これはもうフロックでもなんでもない!」という実況が有名だが、サニブはその直後にあっさり故障引退してしまったため、いまでも「サニブは本当に強かったのかどうか」で議論になるのだった。昼行灯な態度で周囲を油断させて実は有能みたいなウマ娘として出てきてほしい。

ステイゴールド

1994年まれ通称ステゴ」。GIでも好走するのに何故か1着が取れない「シルバーコレクター」の代表的存在としてファンから愛された。そして50戦目の香港遠征引退レースでついにGI勝利するのだから、作ったようにドラマチックである。が、ステゴの真の活躍それからだった。種牡馬として次々に超大物を輩出したのであるウマ娘アニメには「キンイロリョテイ」なんて名前で出ていたが、やはり実名で出てほしい大器晩成型の名馬だ。

クロフネ

1998年まれダービーがはじめて外国産馬にも開放された年の馬だったので「黒船から名付けられた。が、毛色は芦毛(白)である。有力馬としてダービーに出走したが勝てず、さまざまな巡り合わせからダートに出走したところ、驚異的なレコードで9馬身圧勝。次走のジャパンカップダートでも7馬身差でレコード勝利を収めたが、その直後に屈腱炎引退した。ダートではたった2走だけだったがその強さは鮮烈で、今なお「史上最強ダート馬」として支持されている。やはりまだまだダート馬が少ないのでダート最強格のウマ娘として出てきてほしい。

ヒシミラクル

1999年まれ10番人気で勝利した菊花賞。7番人気で勝利した天皇賞春。6番人気で勝利した宝塚記念GIを3勝もしているのに「強い馬」とはなかなか思われないムラのある個性派だった。特に有名なエピソードとして、宝塚記念ときヒシミラクル1000万円を賭けて的中させた通称ミラクルおじさん」の話がある。払い戻しは2億円だったという。まさに「奇跡」という言葉がよく似合う馬であるウマ娘としてはマチカネフクキタルあたりと仲良くやってほしい。

ロードカナロア

2008年まれサクラバクシンオーをも超える日本史上最強スプリンター香港スプリントを連覇した世界のロォォォォォォォォォォォドカナロア。異名は「龍王」。また種牡馬としても初年度から9冠牝馬アーモンドアイを送り出し、ディープ亡き後のリーディングサイアー最有力候補とみなされている。カレンチャンと同じ厩舎で、カレンチャンから距離路線王者の座を受け継いだので、ウマ娘でもそのあたりの絡みを見たいところである

ジャスタウェイ

2009年まれ馬主アニメ銀魂』の脚本家だったため、作中に登場する謎の爆弾ジャスタウェイ」の名前がつけられた。ググってもらうと分かるが完全にギャグである銀魂を知っているとネタ馬としか思えないが、しかし4歳時の天皇賞秋で突如として覚醒三冠牝馬ジェンティルドンナをぶっちぎって勝利した。中距離ではサイレンススズカ級の評価を受けている。最強12世代ウマ娘ではゴルシしかいないのは寂しい。社台系は無理でも個人馬主ジャスタウェイなら…。

キズナ

2010年まれ。生まれた翌年に東日本大震災が発生し、そのことで苦労した馬主が、関係者への感謝を込めて、震災復興スローガンである「絆」を、その年の一番馬に名付けたと言われている。皐月賞を捨ててまで狙った日本ダービー。1枠1番1人気。大外一気で見事に1着となり、父ディープインパクトの主戦だった武豊ダービー5勝目を贈った。とにかく主人公感がある。ウマ娘としては挫折してもめげない王道主人公っぽい感じで出てきてほしい。

2020-07-16

anond:20200716152105

テンポが悪くて申し訳ない

6話はそれまで陸上というかありとあらゆるもの消極的だった先輩が、ランニングをしているところから始まる。大麻のことがなければ、引きこもりだった先輩が立ち直り始めた良いシーンだと思うが、ここでも大麻邪魔をしてくる。大麻のことを考えたくなくても一面の大麻畑のインパクトがそれを許さない。まぁ鬱の薬とかも麻薬みたいな成分入ってるっていうしね、大麻引きこもりや鬱を改善させてくれますよね。

AKIRAみたいな子供(これから便宜上AKIRA描写します)を誘拐しようとした犯罪者のジジィは当たり前だが監禁されることになった。この監禁している場所がなんか、ドラクエのお城の地下牢みたいな場所でここでも脳がバグる。まぁ宗教施設の外見もなんかファンタジー感もりもりなんだけどさ・・・。施設関係者は牢(マジでガチ牢屋)に閉じ込めたジジィのことを3つのモニターを使って監視してるんだけど、多分脳が薬物で終わっているジジィに牢を破るスキルはないからそんな監視必要ないと思う。ここまでしっかり監視してるとやっぱりジジィは戦争帰りのヤバスキル持ち老兵なんじゃねぇか疑惑が出てくるからやめてほしい。実際はスーパーを40年ぐらい経営してるから違う・・・はず・・・。てか、この牢今思ったけど中毒者を閉じ込めるためのものでは?完全にこの宗教は黒なんだよな。普通牢屋なんてものはねぇ!本当に2020年日本なのか?

頭が丸刈りな見た目完全ヤクザみたいな人が宗教関係者の中におるんやけど、まさか霊媒になる初老女性夫婦だった。これはマジでびっくりした。ちなみに即ネタバレするとAKIRAはこの夫婦ガチの子供であり、そしてモニターに映るガチ薬物中毒のジジィがその祖父・・・・ではなく、何の関係もない他人なのでびっくりした。ジジィは本当に何も関係ない他人だし、AKIRAを死んだ孫と重ねて誘拐しようとしていただけなのだ。人を2人も殺しておいて・・・とここは本気でびっくりしちゃったね。血縁関係とかじゃないんだ・・・。マジですっげー迷惑な人じゃん・・・・・・・・・・・・。こんな高純度のキチガイは初めて見たかも。

それを踏まえると、ジジィが高圧的に「車いすを用意しろ」て言ってた時に施設の人が丁寧に対応していたのも理解できるから悲しくなる。キチガイは刺激しないに限るためだ。暴れだすと何をするかわからないし、実際暴れたら2人弓で射殺しているので大変迷惑だ。というかジジィがモルヒネ中毒なのも、AKIRA誘拐しようとして、鎮静のために打たれてたりしたのを何度も繰り返した可能性すらでてきた(誘拐するまでがあまりにも手慣れているので)。それをまた受け入れて中に入れてくれたこ宗教団体は、やってることは真っ黒だが、とてもやさしいですね。

ちなみになんかジジィの本当の孫?がつくったやけに高性能な人工知能入りっぽいロボットとかも4話から出てきてたんだけど、存在意味がよくわからないので感想から省きました。今よく考えても謎の存在です。

シーンが変わり、労働の一環として寝たきりのおっさん介護を続けていた歩は、おっさんが爪をコツコツしたり目をパチパチしたりしてることに気が付く。そこでモールス信号アプリを入れて(こういうシーンがあるから全然災害中感がないが、日本以外は沈没してないのでアプリダウンロードできるんだろう)、おっさんモールス信号を解読する。地震が来るからやばいみたいな文章ができて、歩はそこでこのおっさんが、前にテレビ日本沈没する!ていってた博士ではないかと悟る。ちなみにひげがぼさぼさだし(介護するなら整えてやれや!)人相も全然違うので、パッとみではわからない。地震が来るからやばいのは恐らく日本中の人間被災しているのでわかっていると思うので、このシーンは「奇跡」で出来ている。博士がなんで宗教施設内で介護されてて、全身不随になってるのかは全然説明されないのでよくわからない。

そうこう言っているうちに地震がきて、まず像の金継ぎ部分から崩れていく、というかそこからぽきっと折れていく。せっかく金継ぎしたのにそこから折るんだ!?!??ここは思わず乾いた笑いが出てしまった。湯浅監督ツイッター

「金継ぎという独特の文化があります

壊れたものを繋いだ姿を「美しい」とするものです。

再生弱者を生かすという本作の一つのテーマへ繋がります

それは炭の中に残った熱、継ぎ接ぎの土器社会から落ちこぼれる者を生かすコミュニティなど、色んな形で本編に登場しま

#日本沈没2020」

と紹介されていたのでますます笑ってしまった。今思い返してみると全然面白くないが、疲れた脳にはウケる程度の力はある。生かすも何もそこから壊れているし、そのせいで死人?も出ている。最初大麻カレーを配ってくれたガチムチのおっさんは、弟を庇ってがれきの下敷きになって多分死んだ。ガチムチの大麻カレーおっさん豆知識としては、元力士だったためにガチムチなのであり、この宗教施設に来たのは八百長相撲界を追放されたからだそうだ。そんな世間って冷たいの?ニュース報道とかされたことないからわかんない。

そこから宗教関係者が地下に置いてあった大量の金の延べ棒を略奪しようとして殺し合いになったり、中年のおばさんが日本刀を抜いて戦おうとしたりしていた。金の延べ棒、金継ぎをやってるんだから施設内に金があるのはあたりまえなんだけど、金の延べ棒としてドン!とむちゃくちゃ大量に出てくるのでなんかもうすべてが雑だよ。あと施設内の人が当たり前のように銃を使っていて、ここは日本のはず・・・・・・・・・としかならないしどう考えてもヤクザと繋がっている。ちなみに銃は、この宗教とは関係なくなっても普通に出てくるので、多分この世界日本は銃規制法とかない。

そこから地震マジでやばくなって、宗教夫婦AKIRAを連れて逃げようとしたらAKIRAが落ちてきた瓦礫に直撃して死んでしまったのでとてもびっくりした。そこで明かされるAKIRA障害(おそらく知的障害)と、宗教夫婦がこの宗教を作った理由が明かされるんですけど、この理由は本当にやさしさで出来ているんですよね。

なんでこの宗教が作られたのかと言うと、普通に暮らせないAKIRAのために、霊能力を持つおばさんがAKIRAでも暮らせる理想郷を作るためだったんですよ。だからヤバいキチガイ老人でも八百長相撲界を追われた元力士でもなんでも受け入れてくれるんですよ。そんなやさしさを持った場所だったから、一部の宗教信仰んちゅは、崩れていく宗教施設とその元締めの夫婦運命を共にすると決めて、一緒に死にました。優しいなぁ・・・。でも最悪だなぁ・・・て思うのが、AKIRA死ぬ前に言った「おかあさんありがとう」を夫の方が多分AKIRAはこう言いたかったんだよ・・・て勝手に美しく解釈してきたことですね。AKIRAありがとうしか言ってないから、AKIRAが何を思ったかは推測することじゃない。まぁ、全員死ぬ前のシーンだからいいや。

地震で何もかも崩れてやばくなったので寝たきりのおっさんを連れて逃げようとする主人公一行。キチガイジジィとダニエルとはここでお別れになる。ダニエルのこの宗教施設に残る理由は悲しくて、彼の故郷であるユーゴスラビアはもうないから、もう優しく受け入れてくれたここで終わりでもいいやって思って崩れていく宗教施設に残ることを決めたんですよ。その感動的なシーンを、ジジィの塔からの弓矢スナイプがすべて持っていくから最悪だ。

ジジィはユーチューバーが救おうとしたんだけど、俺はいい!おいていけ!つって崩れていく宗教施設内に残った。そこで終わりかと思ったら、主人公一行の行く手をふさぐモブたち(当たり前のように銃を持っている)を狙撃して逃げるのを助けてくれるがその狙撃が神がかかっていて不自然まりない。ダニエルのシーンで締めてくれればこれほどなくよかったのに、完全に蛇足になっていて面白かったです。ジジィもダニエルも多分死にました。これで6話が終わります。5000文字も書いたので一旦区切ります

2020/7/15 22:49

7話 ニッポンノヨアケ

大麻編を過ぎると特に語ることがないぐらいには内容がなくなるのでびっくりする。実は大麻から先が本当のクソアニメとしての地獄の始まりだった。7話をダイジェストでまとめると、日本から脱出できる人がマイナンバー抽選で決められて、その抽選とは別に未来に期待できる若者が優先して沈んでいく国内から脱出できることになったけど、有望な陸上選手である歩は家族とかが心配だったので船には乗りませんでした。になる。

あとここで思い出したように歩の足のケガが変色し始めている。ここまで何日かかったのか全然からなくて、少なくとも多分2回・・・いや多分5回ぐらい夜が来ているんだけど、なんかもう1か月ぐらいたってる気持ちになる。5日ぐらいならまぁ納得できなくもない悪化の仕方だけど、歩の演技と描写全然痛そうじゃないので全然深刻そうに見えない。かなり適当描写だ。このアニメはすべてが適当で投げやりに見えるが、私が湯浅監督を信じたいので全部計算づくにも見える。その結果この感想を書くことになったので、あまり深読みはするものではないなと思った。多分日本沈没2020に関しては考察する方が間違っている。この考えを塗り替えてくれる考察があったら教えてほしいし、この考えを塗り替えてくれる考察が有志によって現れると信じさせてほしい。

また、7話にして初めてお母さんが心臓を悪くして、ペースメーカーをつけていることが発覚する。これまでの1話~6話では、お母さんは海に飛び込んでおぼれた子供を助けたり、普通むちゃくちゃ歩いていたり、全然元気そうだったので全然ペースメーカーをつけているのがわからなかったのでとてもびっくりした。びっくりしたっていうか、フゥン・・・そうなんだ・・・て気持ちになった。へぇ・・・。

脱出する船に優先的に乗れるはずの歩は、その他の家族日本に残ることになった+都合よく母親と別れる前にペースメーカーに気づいたので船から降りる。お母さんがずっと身に着けていたポシェットペースメーカーの電源?だったんだけど、最初ポシェットが開けられるときにお父さんの死体の欠片とかでてこないだろうな・・・と思ってドキドキした・・・・怖かった・・・でてきたのはお母さんの生命線だった・・・。でもお父さんの腐った手とか入ってたほうが正直よかったな。お父さんを想う描写が一切ないから。お母さんはマジでお父さんが好きだったの・・・?

しかもそのペースメーカーの充電がそろそろ切れてしまう。パソコン使えてるし充電させてもらえばいいじゃん、て思ったけどなぜかしない。さすがにペースメーカーつけてる人を無視したりしねぇだろ。マイナンバー持ってる人持ってない人番号がわからない人、というムチャクチャ適当仕分けがされててそこは面白かった。面白いと言っても、この作品は徹底してブラックジョークしかさないので別に純粋面白ものではない。

そうこうしてる間に船は出発して、でっかい地震も来た。みんなで車に乗って逃げるんだけど、途中で先輩の方に鉄パイプが突き刺さってしまう!でも奇跡的に先輩の鉄パイプは、ユーチューバースマホでググったかぎり多分大事なところを全部外していたし、ユーチューバー宗教施設からくすねてきたモルヒネを持っていたので、先輩は大丈夫だった。この怪我はのちの展開に全くかかわることがなかったのでびっくりした。

あと7話にして、急に不愉快な純血日本人以外差別主義者が謎の鉄の船?何?に乗ってやってくる。純血の日本人はこの船に乗せるが、外国人は乗せないというスリリン生みたいなことを言ってくるし、謎の船は全然客室とかなくてモロに剥き出しなので頼まれても乗りたくないデザインだった。航海を舐めている。海を舐めるな。主人公家族はお母さんがフィリピン人なので乗るのを拒否されたんだけど、フィリピン人のお母さんはともかく、歩と弟は言わなければバレなかっただろうなって思いました。でもお母さんもそうだと言われなければぶっちゃけただのちょっと日焼けしてる人だよ。ここら辺声優さんが全部棒読みなのでなんか言いたくない感が伝わってくるけど、ただの私の願望かもしれない・・・。

寝たきりのおっさんモールス信号でノリタクナイ・・・って言うし、謎のロボット犬も無駄に高い知能でノラナイ・・・て言って、結局その人種差別船には乗らないことになる。そこに都合よく海の男っぽいおっさんが来て、漁師船に乗せてもらうことになったんだけど、数秒後に人種差別船が座礁して爆発したのでスピード感にびっくりした。そんでもって海が荒れだして、船を捨てていかだに乗ることになって、ここでも普通に銃が出てくる。歩と弟と気のいい漁師おっさんけがゴム製の高性能いかだに入ることができて、お母さんとかユーチューバーとか先輩とかはここでわかれてしまう。正直ここで他の全員が死んだか?と思ったが、全員生きていたのでよかったです。思わずながやまこはるちゃんになってしまう。

ちなみにロボット機械からか、さすがにここで生き残ることはできなかったらしい。もしくはジジィの残した外車から離れたくなくて、あの車と一緒に海に沈んだのかもしれない。湯浅監督作品マスコットにしてはあっさりと消えてしまった。7話はここで終わり。

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