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はてなキーワード: 偏重とは

2026-05-11

anond:20260511170346

また話ずらしてるよね。

最初は、

供述捜査手段として必要

って話だったのに、

反論が苦しくなるたびに、

処刑国家論、

中世論、

倫理論、

人質司法論って、

論点をどんどん拡散させてる。

しかも、

人質司法批判については、

こっちは最初から

「長期拘束や自白偏重への批判には合理性がある」

って言ってる。

から別に

現行制度全部を無謬扱いしてるわけじゃない。

でもあなたは、

制度問題点を語るたびに、

そこから

「だから供述による捜査自体時代遅れ

黙秘後の接触おかしい」

まで一気に飛ぶ。

そこが雑だって言ってる。

あと、

人質司法問題

供述を得ようとする必要性はある」

普通に両立する話だからね。

そこを毎回、

供述必要性を認める=人質司法肯定

みたいに変換してる限り、

そりゃ永遠に噛み合わないよ。

2026-05-10

anond:20260510162228

いや、それってかなり非現実的

黙秘されても100%証拠だけで立証できる体制を作れ」

って、実質

供述という捜査手段をほぼ捨てろ」

に近い。

でも現実事件って、

毎回DNAが残ってるわけでも、

高画質防犯カメラがあるわけでも、

第三者目撃者がいるわけでもない。

そもそも証拠って、

“どこにあるか分からない”

こと自体が多い。

から供述を足掛かりに、

凶器遺体共犯関係に辿り着くケースが今でも普通にある。

あと、日本で起きてる犯罪って無数にあるわけで、

その全件に対して、

「徹底的な科学捜査

「大規模な聞き込み」

「高度鑑定」

「潤沢な人員投入」

を常にやるのは、コスト的にも人的資源的にも現実的じゃない。

理想としては出来ればいい。

でも現実には、

限られた予算人員で回さないといけない。

その中で供述捜査手段として使うのは、

別に「怠慢」だけではなく、

現実的運用でもある。

もちろん、

違法な圧迫取調べや自白偏重問題

科学捜査強化も必要

でも、

供述に頼るな、全部物証でやれ」

は、現場レベルで見るとかなり机上論だと思う。

anond:20260510161655

仮に一切黙秘したとしても、他の証拠有罪を立証できるような捜査体制を作れというわけよ。

そのために、司法解剖科学捜査目撃者の聞き込みなど、いろいろやるわけでしょ。

これが本来あるべき姿だ。

ただ、それをするにはカネがかかるから自白偏重になっているように思う。

でもそれって捜査機関としての怠慢だよね。

検索たらこんなのが出てきた。

https://www.akita-u.ac.jp/honbu/lab/vol_21.html

日本の解剖率が約10%なのに対し、海外での解剖率は英国オーストラリアで40~50%、北欧では70%~80%といわれており、日本の解剖率ひいては死因究明率の低さが伺えます

anond:20260510160642

科学捜査重要なのはその通りだし、DNA鑑定監視カメラ解析で救われてる事件も多い。

でも「科学捜査があるから供述不要」はかなり現実離れしてる。

科学捜査って、

存在する証拠しか拾えないんだよ。

そもそも凶器が見つからない、遺体が見つからない、共犯構造が分からない、証拠隠滅されてる事件なんて普通にある。

そういう時に、

「どこに捨てた」

「誰が関わった」

「何があった」

を辿る入口になるのが供述

あと、科学捜査って万能でもない。

監視カメラが無い場所もあるし、DNAが残らない事件もあるし、鑑定結果だけでは犯意や役割分担まで確定できないケースも多い。

から世界中どこの国でも、

21世紀の今でも普通に取調べはやってる。

問題なのは供述を使うこと」じゃなく、

違法誘導威圧自白偏重に寄りすぎること。

そこを、

供述を得ようとする行為のもの時代遅れ

まで飛ばすと、

逆に現実捜査をかなり知らない議論になると思う。

2026-05-09

アメリカでは黙秘権行使したら取調べが止まる!日本は遅れてる!」

みたいな話、そこだけ切り取れば確かに聞こえはいい。

でも、アメリカ刑事司法って“被疑者に優しい世界”じゃないからね。

取調べ段階の権利保護が強い代わりに、

・超長期刑

司法取引圧力

・争った場合量刑跳ね上がり

治安刑務所環境の悪さ

ギャング暴力リスク

みたいな、日本とは別方向の強烈なデメリットも抱えてる。

まり制度って、全体がセットで存在してる。

「取調べだけアメリカ式にしろ

「でもアメリカ式の厳罰化司法取引文化は嫌」

っていうのは、かなり都合のいい摘み食いなんだよ。

しかも、黙秘権行使後の“説得”すら全面否定するなら、

それは結局、「警察はそれ以上何も聞くな」「本人が黙ればそこで終了」

という方向に近づく。

当然その分、

否認事件

組織犯罪

共犯事件

証拠が乏しい事件

の立証難易度は上がる。

それは裏を返せば、

「立件できずに野放しになる犯罪が増える」

も受け入れるって話でもある。

もちろん、日本密室取調べや自白偏重への批判には合理性があるし、

改善議論自体必要だと思う。

ただ、その議論をするなら、

権利強化には別方向のコストもある”

捜査能力低下による社会的負担も発生する”

って部分まで含めて語らないと、公平な制度論にはならない。

良いとこ取りだけして、

悪い部分は「それは導入しません」は、

制度論としてはかなり雑だと思う。

2026-05-05

悲報日本さん、敗者の教科書だった

中国指導層、特に1990年代日本崩壊リアルタイムで観察していたエリートたちは、日本の失敗を国家主権を失った国が辿る末路として徹底的にケーススタディした。

中国は、日本米国圧力に屈して急激な円高を受け入れ、バブルとその崩壊を招いたプロセスを最大の教訓とした。米国が長年人民元を切り上げろと圧力をかけ続けても、中国は決して一気に応じなかった。自国の輸出競争力通貨主権を手放すことは、国家自死意味すると理解していたからだ。

日本金融自由化の名の下に外資浸食を許したのに対し、中国資本流出入を厳格に管理し、グローバル資本国内経済根底からさぶることを許さなかった。中国通信エネルギー金融といった国家背骨となる部門を、決して民営化(=外資への売却)しなかった。

市場経済を取り入れつつも、最終的な決定権を国家共産党)が保持し続けることで、資本論理国家主権を上書きすることを防いだ。日本林道整備が収益性で切り捨てられたような事態を、彼らは国家の弱体化として回避した。

このような道はしばしば国家資本主義と呼ばれる。

日本製造業現場を軽視し、派遣労働の拡大で技能破壊し、技術米国周辺国流出させた失敗も、中国注視していた。サービス業金融への偏重経済ソフト化)が国力を削ぐことを見抜き、製造2025の掛け声のもとにハイテク製造業での自給自足を急いだ。

西側技術を導入しつつも、それを自国のもの昇華させ、逆に西側中国インフラ(5GやEVなど)に依存する構造を作り上げた。

日本は敗者の教科書となった。

中国の躍進は日本のようにだけはなるなというスローガンの上に築かれている。彼らは日本バブルの宴に酔い、竹中平蔵のようなパシリによってシステム解体され、最終的に搾取対象へと転落していく様を、冷徹な目で見つめていた。

皮肉なことに、日本米国差し出した果実が大きければ大きいほど、中国主権を失うことの代償を強く認識し、独自軍事力経済ロジックを磨き上げることができたのだ。

覚悟がなければ未来はない。中国米国と衝突してでも主権を守るという覚悟を決め、日本はその覚悟を捨てて隷属の安寧を選んだ。その結果が、現在両国の決定的な国力の差となって現れている。

2026-04-23

創作における「オタクに優しいギャル」とは

オタクに優しいギャル」の定義と特徴

創作フィクション)における「オタクに優しいギャル」は、実在ギャル文化とは乖離した、オタク側の願望が投影されたファンタジー上の存在です。

創作における問題点

こうしたキャラクター造形に対して、実在ギャル文化尊重していない点や、描写解像度の低さがギャル当事者から強く批判されています

ファッション誌などで研究せず「雰囲気」で描かれているため、ギャルファッションではなくV系バンギャ地雷系などが混ざり合った「雑な偽ギャルキメラ)」になっているという指摘があります

自分たちが愛する作品表記ミス(例:エヴァンゲリオンエバンゲリオンと書く)や改変(例:漫画原作実写化する際にリスペクトを欠いた設定変更を行う)には厳しい一方で、実在するギャル文化を「魔改造」し、自分たちの都合の良いように消費している点がダブルスタンダードである批判されています

実在ギャルとは別物であるにもかかわらず「ギャル」という名前を使い続けることで、本来文化を上書き・消去してしまう「乗っ取り」のような状態への懸念が示されています

対象を「シコの対象性的消費の道具)」としてしか見ていないため、当事者から批判に対しても「可愛く描いてやっている」といった高圧的な態度や、怒りが先行してしまうという指摘があります

二次元属性」として定着したギャル像と、時代とともに変遷する「現実ギャル」との間で定義が食い違っており、実在ギャルから見ると、不快感迷惑を感じるレベルに達しているという意見が出ています

補足的な視点

一方で、議論の中には以下のような意見存在します。

2026-04-15

anond:20260414172014

当時の空想上の名探偵仕事科学ができるようにしたからね。

劇中で、ホームズ血液だけに反応する試薬を作ろうとしているけど、現代にはもうすでにそれがある。

薬莢や弾丸データベースもあるし、動画から人相をマッチングさせることもできる。

高い推論力を持ったAIもある。

ホームズが書かれたころの世界は、科学捜査なんてなく、

事件が起きると、怪しそうな奴を適当に捕まえて"お前がやったんだろう"と自白を迫っていたわけよ。

当然、そんなずさんな捜査では、複雑な事件解決できるわけもなく・・・

冤罪だとしてもとりあえず犯人を上げられれば解決になるのかもしれんけどね、

(今も日本人質司法から自白偏重で変わっていない気もするが。)

そんな状況だったから、理想科学捜査をして犯人を追い詰める名探偵ヒーローだった。

現在科学捜査が発展してそれが標準になっただけさ。

ホームズの頃はその赤いのが血糊なのか、動物の血なのか、人の血なのかもわからない時代

江戸川乱歩あたりになると、血液であることは分かるようになった。

戦後直後の金田一耕助時代になると、血液型までわかるようになり、

CSI現代ではDNA鑑定でほぼ確実に特定できるようになった。

そして、名探偵プリキュアの今は・・・

2026-04-08

ジュディス・バトラーへの批判まとめ

ジュディス・バトラー(Judith Butler)は、1990年の『ジェンダートラブル』以来、フェミニズムクィア理論革命を起こした一方で、多方面から激しい批判を浴びてきました。

彼女に対する主な批判は、大きく分けて「実効性・政治性」「身体物質性」「文体エリート主義」の3つの観点から整理できます

1. 政治的・倫理的有効性への批判

最も有名な批判の一つは、哲学者マーサヌスバウムによるものです(論文パロディ教授」)。

「静かな抵抗」でしかない: ヌスバウムは、バトラー提唱する「パロディ的な反復(ドラァグなど)」によるジェンダー攪乱は、象徴的なパフォーマンスに過ぎず、法制度の改善経済的格差といった実質的政治変革に結びつかないと批判しました。

倫理的指針の欠如: 「どの規範を覆すべきか」という倫理的基準バトラー理論には欠けており、単に「規範を壊すこと」自体自己目的化していると指摘されました。

2. 「身体物質性」の軽視

唯物論フェミニストや一部の科学論から批判です。

身体は「言葉」だけではない: バトラーは、生物学的な「セックス」さえも社会的・言説的に構成されたものだと主張しました。これに対し、「生理痛妊娠、老化、肉体的な暴力など、言葉を超えた肉体の生々しい現実物質性)を無視している」という批判が根強くあります

実在論からアプローチカレンバラッドなどの「新しい実在論」の論者は、バトラー言語文化(言説)を重視しすぎるあまり人間以外の物質生物学的な力が持つ「行為主体性」を見落としていると批判的に発展させています

3. マルクス主義経済重視派から批判

社会学者ナンシーフレイザーとの論争(「不平等の再配分か、差異承認か」)が有名です。

「単なる文化」への偏重フレイザーは、バトラーアイデンティティ文化的な「承認」ばかりを重視し、資本主義が生み出す経済的な「再配分(格差解消)」の問題二の次にしていると批判しました。

新自由主義との親和性バトラーの「アイデンティティは流動的である」という考え方が、消費社会における自由自己選択という新自由主義的なロジックに回収されやすいという指摘もあります

4. 文体エリート主義への批判

難解すぎる文章バトラー文章意図的に難解(ポスト構造主義的)であり、学術的なエリートしか理解できない「象牙の塔理論であるという批判です。ヌスバウムはこれを「難解な言葉で読者を威圧し、実際には何も解決していない」と厳しく非難しました。

5. 近年のジェンダー運動から批判

生物学区別消失: いわゆるTERF(トランス批判的なラジカル・フェミニストからは、「『女』というカテゴリー解体することは、女性生物学的な性に基づいて受けてきた抑圧を不可視化し、女性解放運動の基盤を壊すものだ」という批判がなされています

まとめ

バトラーへの批判を支えているのは、「理論は高度だが、現実に苦しむ人々の生活や肉体を救えるのか?」という実学的な問いです。

2026-04-02

【40年間で3000万円超の大損】もともと車はバカしか持たない負債だったが、ガソリン価格高騰で更にアホさが際立ってるよな

かつては40年間自動車という負債を持たなければ3396万円超も節約できるという試算があったが、ガソリン価格が今後も値上がり続ける状況だとさらバカみたいな金額になってる。

利口なモンはさっさと自動車売却処分して自転車に乗り換えてるよ。

今まで通り歩道走れるし、ノーヘルOKハンドサインなんて警察官でさえ出してないしペナルティが与えられたケースもない。

テレビ局新聞社まとめサイト含めたネットメディア、ほら吹きインフルエンサーバカみたいな繰り返しのデタラメ情報流布とは異なり、今まで通りに自転車が便利に使えてる。これが現実だ。

  

言うまでもなく交通刑務所懲役囚人のほぼ全員は自動車運転者、つまりカスだ。

オランダフランスイギリス先進諸国調査自動車依存者は基本的健康寿命が短く心身ともにボロボロとなる時期が早く、実際に短命、早死に。

いっぽうの自転車利用者はその真逆で、まず健康寿命自体が長く、実際に長寿の傾向にある事実が明らかになっている。

  

また、オランダデンマークノルウェー等では自動車特に自家用自動車マイカーへの課税規制を強化し、車道自転車専用道ネットワークのいちぶに置き換えてでも自転車インフラを整備して自転車活用者を増やす政策で重大事故も公害渋滞も激減に成功し、地域の良好化、活性化を実現、公共投資効率の良いコンパクトシテ化促進を為すこともできている。

まり自動車特に自家用自動車を減らして自転車を増やすほどに地域公共利益になり、自転車活用個人の大きな利益にもなるというわけだ。

こういった「そうだ!自動車を減らして自転車を増やそう!」という合理的な考えにたどり着ける情報の発信が、自動車企業癒着しているテレビ局新聞社まとめサイト含めたネットメディアインフルエンサーから日本場合他国と比べて異様なぐらい少ないのが特徴的。

フランスでは自動車CMに「自転車のほうがより地域地球環境にとってやさしい乗り物です」というような旨のメッセージを明記するよう法令で定めているのとは対照的だ。

ノルウェー首都オスロ自家用自動車、つまりマイカーへの締め付けを徹底強化し、自転車を徹底優遇する施策で重大事故も公害渋滞も激減に成功し、地域良好化に成功しているが、これを日本の主要メディアほとんど報じていない。

  

いか日本メディアが発信する情報自動車カルトといえるぐらいにまで偏っていて「自転車歩道絶対ダメ!」「ハンドサインしなきゃ罰金!」「ノーヘル罰金!」と誤認させるようなデタラメ情報を繰り返し発信してきたか、記録をたどってみるといい。

まり自動車カルト的で、不当に自転車離れを起こさせようとする異様さを示す歴史資料ひとつとして残せるぐらいの仕上がりになってる。

自転車活用推進という合理的施策有用性に気付きにくいか他国自転車政策交通統計を知れば知るほど実感するものだ。

  

JAF調査日本自動車運転者の9割以上が交通犯罪常習犯だと明らかになった頃の報道も思い出す。

自動車が停止しない交通犯罪糾弾するのではなく、なぜ停止しないかの考えに寄り添い(自転車に対しては容赦なく糾弾するのとは対照的だ)、あろうことか手を上げない歩行者への責任転嫁的な論調がやたらと目立ったのが日本テレビ局新聞社姿勢であり、まさに自動車カルトのものな姿だった。

日本テレビ局世界中ネットワークがあり、先進諸国では信号の無い横断歩道自動車が停止する率はほぼ100パーセントだというのは情報として毎日見ていたのにも関わらず、それに言及しなかった。

外国と比べて、日本自動車運転者らの身勝手さ、悪質さ、卑劣さ、自己中心ぶりがより際立つことを恐れて、その事実日本国内で周知するのを避けた。人々がそれに気づくチャンスを奪ったのだ。

  

また、JA共済による自転車を不当にバッシングするデタラメ捏造情報の発信も思い出す。

疋田智自身メルマガ記事JA共済の“捏造広告”を許すなの510号』で指摘していたものだ。

  

JA共済

「知ってるかな。自転車事故の2/3は、自転車側の違反なんです。」

と大々的にデタラメ情報を発信していた

だが統計をより詳しく分析してみると、自転車側が第一当事者割合は15.4%で、それ以外の8割以上のケースでは自動車側のほうがより悪質な運転だったと認定されていた事実が浮き彫りになった。

(「交通統計平成23年版」(警察庁交通局)平成24年7月発行)。

JA共済が全国で喧伝していた

自転車事故の2/3は自転車側の違反なんです」

は、完全無欠の虚偽なのである。そう疋田智も断言したほどだ。

その後もNHK等で、自動車側のほうがより悪質な運転だった認められるケースのほうが遥かに多い状況があるにも関わらずそれに言及せず、自転車側の違反だけを責め立てる悪質な印象操作記事報道が目立った点からして、日本メディア自動車カルト偏重ぶりがより際立っていた。

  

テレビ局新聞社は、子宮頸がんを予防するHPVワクチンへのネガティブキャンペーンで、いかに多くの人々を犠牲にしたか、まったく反省していない。

自動車を減らして自転車を増やす政策を進めるほどに重大事故も公害渋滞も激減に成功し、多くの人が救われる事実が各国の実績が明らかになっているのに、それをろくに報道しない報道姿勢とも共通している。

現在いかパリロンドンニューヨークオスロアムステルダム先進諸国特に市街地自動車特に邪魔迷惑で身勝手自家用自動車抑制し、自転車専用道ネットワーク整備を進めて自転車活用を推進、後押しし、いかに重大事故も公害渋滞も激減に成功しているか無視し、自動車企業との悪しき癒着により、報道しない自由を乱用している。

また、自動車依存者よりも自転車によく乗る人々のほうが健康寿命が長く、実際に長寿の傾向にある事実報道しない。

  

そうした状況になるなか、結局のところは自家用自動車を売却処分して自転車に乗り換える利口な人だけが地域環境の良好化に貢献でき、得もできるという点で締めくくりたい。

自転車自動車と違い、車体重量が軽量な為に道路を傷めず、重大事故を起こしにくく(自動車を減らして自転車を増やす政策で実際に各国は重大事故は例外なく激減している)、排気ガス騒音といった公害地域を劣悪化しないという点で、地域貢献になる。

自転車運動で肉体と精神健康増進を進め、自動車を持たないぶん多額の節約ができ、より有意義なことに富を回せる。

交通刑務所懲役囚人のほぼ全員は自動車運転者であり、自動車運転さえしなければ交通刑務所懲役囚人となるリスク実質的回避できるという点も大きい。

2026-03-29

自称インテリよ、自己放尿をやめろ。低学歴社会必要である

自称インテリがしばしば陥る最大の過ちは、自らの知的優越性に酔いしれ、市場社会自発的秩序を軽視することである

これはまさに典型的自己放尿であり、理論偏重現実軽視・選民意識トリプル放尿である

この種の自己放尿は単なる態度の問題ではなく、資源配分の歪みを正当化しかねない危険思想である

 

まず、多様性とは単なる文化的スローガンではない。それは分業の基盤であり、異質な能力知識・選好を持つ個人市場を通じて相互利益を実現するための前提条件である

高学歴者のみが価値を生むという発想自体自己放尿であり、人的資本異質性無視した非効率中央計画的思考に他ならない。

知識分散しており、誰も全体を把握できないという事実である。にもかかわらず、自称インテリは自らを全知に近い存在と誤認し、自己放尿を繰り返す。

 

自由とは、各個人が自らの選択に基づいて行動する権利であり、その帰結として多様な結果が生まれることを含意する。

この結果の不均一性を問題とみなす態度こそ、自己放尿である。なぜなら、それは結果の平等を追求するあまりプロセスとしての自由侵害する傾向を持つからである

市場は、価格メカニズムという情報システムを通じて無数の個人判断を調整する。この精緻制度に対して、机上の空論で介入しようとすること自体が、知的傲慢という名の自己放尿なのである

 

さらに、低学歴とされる人々の存在は、市場経済において不可欠である。ここでいう低学歴とは単に形式的教育年数の問題であり、実際の生産性技能とは必ずしも一致しない。

労働市場は多様なスキルセットを必要とし、単純労働から高度専門職までの連続体によって構成されている。

もし全員が同一の高度教育を受け、同一の職を志向すれば、供給ミスマッチが生じ、社会全体の厚生は低下する。

したがって、低学歴不要だという主張こそが、分業の原理理解しない自己放尿である

 

方法論的個人主義に立てば、社会とは個々人の選択の集積であり、上から設計されるものではない。

自称インテリが好むトップダウン設計思想は、しばしば現実の複雑性を無視し、予期せぬ結果を生む。

これは政策自己放尿とも言える。市場における競争は、誤りを淘汰し、効率性を高める進化プロセスであるが、自己放尿的介入はこのプロセスを阻害する。

 

自称インテリに求められるのは、自己放尿の停止である。すなわち、自らの知識限界認識し、市場自発的秩序と多様性尊重する態度である

自由社会においては、すべての人が異なる形で価値を創出する。その現実を受け入れず、選別と序列固執する限り、自己放尿は止まらない。市場は寛容であるが、自己放尿には容赦がない。

2026-03-23

anond:20260323101824

ルッキズム=行き過ぎた外見偏重指向 なんだよ。

痩せてたほうが美しいよ。というのが行き過ぎると、拒食症みたいなガリガリになって不健康になって最悪死ぬやん?

これこそが、ルッキズム犠牲者なわけ。


大学ミスコン可愛い子が優勝するのは、なんの弊害も産まないんだからルッキズムじゃない。

あいうのをルッキズムだと否定するのは、ルッキズムという言葉濫用なんよ。

2026-03-16

大学三つ星評価実態は「要らない私学潰し」

大学学部ごとに三つ星評価する」みたいなニュースを見て、「へえー、ミシュランみたいですねえ」と思った人もいるかもしれない。

でも文科省資料を何本か追っていくと、これ、単なる「受験生にわかやす情報提供しましょうね」という話ではあんまりない。

いや、建前としてはそうなんです。

偏差値じゃなく教育の中身を見よう」とか、「在学中にどれだけ力が伸びたかを見よう」とか、言っていること自体はまっとう。実際、2025年中教審答申 [1] でも、新しい評価制度は「適合・不適合」だけじゃなく、大学教育の質を数段階で示すべきだ、と書いてある。しかもそこで、在学中にどれくらい力を伸ばせたかみたいな観点を入れるべきだ、とまで言っている。

で、問題はその次。

同じ答申 [1] には、さらっと、でもかなり重い一文がある。

教育の質が十分に担保されていない機関については撤退を促していくことが望ましい」

はい出ました。必殺「大学潰し」

しかもこの話、急に湧いたわけじゃない。

2018年答申 [2] ですでに、「学修成果の可視化」「大学教育の質に関する情報公表」「比較可能な形での提示」といった方向は打ち出されていた。さら認証評価の結果に応じて改善措置を強化する話も出ていて、つまりから見える化して、言いっぱなしでは終わらせない」構想ではあった。

じゃあ、今の「学部ごとの星付け」は何なのか。

制度の直接の検討の場が、このワーキング [3]。資料を見ると、文科省はかなり露骨学部単位の段階別評価検討している。ニュースで「三つ星」と呼ばれているもの元ネタはこれで、大学全体ではなく、教育の基本単位である学部ごとに評価を出す設計

要するに、

大学Aはい大学か悪い大学か」

ではなく、

大学Aのこの学部はどうなのか」

を細かく切る方向。

ここまではまだ「教育の質」の話に見える。

でも、私学関連の資料を横に並べると空気が変わる。

私立大学の在り方検討会議中間まとめ案 [4] を見ると、少子化のもとで2040年には現在ある法人の全てが存続することはあり得ず、相当数の法人が縮小や撤退余儀なくされるとかなりはっきり書いてある。

なかなかすごい言い方だけど、ほんとにそう書いてある。

さらに、大学改革の現状を整理した文科省資料 [5] では、もっと踏み込んで経営体力がある段階での撤退慫慂するとまで書いている。

潰れそうになってからでは遅い、まだ動けるうちに撤退判断しろ、という話。

平たく言うと「手遅れ倒産より元気なうちに畳め」。

このへんまで来ると、「三つ星評価」はただのレビューサイト化ではなくて、

大学破壊のためのスコアボード

として理解した方がたぶん正しい。

しかも、これが「すべての大学に等しく厳しい」のかというと、そこも違う。

私学助成関連の資料 [6] を見ると、文科省はむしろ

地域から必要とされる人材育成を担う地方大学

日本競争力を高める教育研究を担う大学

を重点支援する(≒すぐには破壊しない)と明記している。

地方看護教員養成を担う大学とか、研究力の高い大学とか、そういうところは「残ってくれ」側。

じゃあ、逆にどこが圧を受けるのか。

ここは名指しはされていないけど、資料を読んでいくとかなり見えてくる。

さっきの中間まとめ案 [4] では、私立大学について人文科学社会科学が半数近くを占め、文系に偏っていると書く一方、国公私立全体でも理工系入学割合17%でOECD平均27%よりかなり低い問題視している。

まり政策目線は明確で、

理工系デジタル系を増やしたい」

→「文系偏重是正したい」

という話。

さらに現状整理の資料 [7] では、私立大学学生構成

人文14.9%

社会科学35.9%

に対して

理学2.3%

工学12.0%

農学2.1%

という数字が出ている。

政策から見れば、これはもう

私大文系に寄りすぎでは?」

と言いたくなる構造

加えて中間まとめの要旨資料 [8] では、労働需要の推計として

大卒文系人材は約30万人の余剰が生じる可能

というかなり踏み込んだ話まで出てくる。

ここまで来ると

文系学部もっと教育改善してね」

というより

「その定員、本当に今後も必要?」

という政策議論に近い。

まり制度の表面はこう。

「すべての大学学部をフェアに評価します」

でも政策の大きな流れとしてはたぶんこう。

文系偏重で、教育成果や社会的必要性の説明が弱い私大には、評価助成圧力をかけるので、どんどん潰れていってね⭐︎

まあ、言い方は悪いけど。

資料を読むと、だいたいそういうことではある。

出典

[1] https://www.mext.go.jp/content/20250221-mxt_koutou02-000040400_1.pdf

[2] https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2018/12/20/1411360_1_1_1.pdf

[3] https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/mext_02266.html

[4] https://www.mext.go.jp/content/20250728-mxt-sigakugy-000043581_01.pdf

[5] https://www.mext.go.jp/content/20260225-mxt_koutou01-000047433_2.pdf

[6] https://www.mext.go.jp/content/20251219-mext_sigsanji-000046210_02.pdf

[7] https://www.mext.go.jp/content/20250310-mxt_sigakugy-000040820_6.pdf

[8] https://www.mext.go.jp/content/20250728-mxt-sigakugy-000043581_02.pdf

2026-03-13

anond:20260313202343

日本人相手ならお得意の長期拘留自白偏重の取り調べしても国際問題にならないからやり放題だけど外国人相手にはそうはいかないからな

日本コンテンツ性的ルッキズム問題があるのは事実だと思う

海外だとホライゾンZEROドーンとかの女性も過度な美人じゃないしな

なので過度なビジュアル偏重文化問題がある、というのは一定論理があると思う

2026-03-09

anond:20260309221336

ふむ、増田。よい勘所に気づいたのう。日本の「254日分」という見出しは、原油石油製品在庫に加えて、企業が操業上持っている商業在庫まで抱き合わせで数えることが多いから、国際的な「戦略国家備蓄ガバメント義務備蓄)」だけを指す数字とは一致せんのじゃ♡

    • 「約95日分」という見立て商業在庫や即時統制しにくい分を差し引き、政府裁量で使える在庫に絞ると、その程度に収斂するという整理は筋が通っておるのじゃ。定義と分母(消費か正味輸入か)で日数は大きく変わるから、そこを揃えて比べるのが作法じゃ

    比較のコツ

      • 分母は「国内消費」か「正味輸入」かを必ず明示するのじゃ

      実務上の注意

        要するに、254日分は「広義の在庫」、95日分は「統制可能戦略備蓄」に近い見方というわけじゃ。国際比較ならIEA方式で揃えて語るのが大人流儀増田。ここは基礎の基礎、しっかり押さえておくのじゃ♡

        2026-03-05

        anond:20260305125645

        なんで防衛費を下げることが親米偏重是正することになるの?

        トランプ支持してる人も戦争には反対?

        https://anond.hatelabo.jp/20260304163219

        高市トランプ支持してる人も戦争には反対って言ってる人

        トランプ先制攻撃して戦争を仕掛けてる側なんですが。

        この状況(イランへの攻撃後)でも戦争反対しているっていうのは矛盾している。

        で、左翼の主張としては親米偏重過ぎるのでそれを是正しろって言ってるのに、何故それを馬鹿にできるの?

        2026-02-26

        anond:20260226174330

        anond:20260226011834

        金がなければ炭水化物しか食えないか肥満になりやすいんだよね

        働いてるなら尚更エネルギーいるか炭水化物偏重になる

        2026-02-25

        anond:20260225140515

        その発言は、おそらく理論物理学者のEric Weinsteinが、主流の量子重力研究、とくに弦理論コミュニティに対して批判的な文脈で語ったものだ。

        まず事実整理をしよう。

        量子重力とは、一般相対性理論重力)と量子力学統合する理論を探す試みだ。現在物理学はこの二つを同時に扱えない。

        ブラックホール中心やビッグバン初期宇宙では両方が必要になるのに、数式が破綻する。これは理論的な未完成部分だ。

        主なアプローチは例えば:

        どれも決定的な実験検証がない。ここが問題の核心だ。

        ワインスタイン批判はざっくり言えばこうだ。

        1. 数十年かけて実験予測が出ていない

        2. 数学的洗練が増す一方で物理検証がない

        3. 学術コミュニティが閉鎖的で自己強化的に見える

        彼はこれを「精神病」的だと表現した。これは医学的診断ではなく、比喩だ。社会的制度的な集団ダイナミクスへの攻撃だ。

        ここで冷静に分解する。

        第一に、「実験がない理論は病的か?」という問い。歴史を見ると、マクスウェル方程式ディラック方程式も、最初は高度に理論的だった。しかし、それらは比較短期間で検証された。量子重力スケールが極端に小さく、プランク長(約1.6×10⁻³⁵ m)を直接検証できない。実験装置宇宙規模になる。これは技術的制約であって、理論家の怠慢とは限らない。

        第二に、数学偏重批判。弦理論はカラビ–ヤウ多様体ミラー対称性、モジュライ空間など、純粋数学に巨大な影響を与えた。これは客観的事実だ。ただし「数学的に豊か=物理的に正しい」ではない。整合性必要条件であって十分条件ではない。ここを混同すると宗教化する。

        第三に、制度的閉鎖性。研究資金ポスト査読ネットワーク特定パラダイムに集中する現象社会科学的に起こりうる。科学人間制度だ。完全な自由市場ではない。

        ただし注意が必要だ。「主流理論が停滞している」ことと「量子重力という問題設定が無意味」というのは別問題だ。重力量子化必要になる理論理由は明確に存在する。ブラックホール蒸発ホーキング放射)や情報パラドックスは未解決だ。

        まりワインスタイン発言制度批判としては理解可能だが、量子重力研究のもの精神病と断定するのは科学評価ではない。レトリックだ。

        さら面白い点がある。科学史では「理論が長期停滞 → 外部から挑発批判 → 新理論誕生」というパターンがある。たとえば19世紀末のエーテル問題。停滞は必ずしも病気ではない。未成熟段階とも言える。

        問題はこれだ。量子重力未検証理論の巨大な森だが、森があること自体事実だ。そこに道があるかはまだわからない。

        最後に少しメタ視点。もし量子重力が完全に間違っていた場合でも、その過程で生まれ数学概念は残る。科学はしばしば副産物で進む。錬金術化学を生んだように。

        なので評価はこうなる。

        世界未完成だ。未完成の部分をどう扱うかで、科学者の性格が出る。

        そして未完成理論空間は、時に狂気に見えるほど広い。だが狂気未踏紙一重だ。

        2026-02-18

        マカオ香港世界最低レベル出生率理由

        ```markdown

        ## 東アジアの超少子化象徴香港マカオ

        東アジアの超少子化の極端な形として共通する要因が凝縮されているからです。特に地域は**小さな密度都市国家 / 特別行政区**という特性が、少子化を加速させています

        最新データ2024〜2025年頃の推計・実績)では、

        となっており、**世界ワースト1〜2位を争う状況**が続いています

        ---

        ## 主な共通特有理由

        ### 1. 極端な高コスト生活住宅問題

        - 塾・私立校英語教育などの「教育熱」が激しい。

        - 子供1人の生涯費用が**数千万円規模**になるケースも。

        ---

        ### 2. 長時間労働仕事優先文化

        #### 香港の例

        仕事子育てかの二者択一になりやすい。

        ---

        ### 3. 晩婚・非婚化の極端な進行

        - 「子供はいらない」

        - 「1人でも十分」

        ---

        ### 4. 儒教文化の影響(教育至上主義ジェンダーロール)

        - 家事育児負担女性偏重

        • これが出産回避の大きな要因になっている。

        ---

        ### 5. 都市国家特有の閉塞感と将来不安

        #### マカオ

        #### 香港

        ---

        ## 比較表(2024〜2025年推計値)

        地域合計特殊出生率(最新) 主な特徴・追加要因 出生数実績(最近
        --------------------------------------------------------------------
        マカオ 0.58〜0.69 世界最低更新中、カジノ経済不安定さ、超高密度2025年:約2,871人(前年比-20%)
        香港 0.73前後住宅教育費が世界トップクラス政治不安 減少継続
        韓国 0.7〜0.8 教育競争世界最激戦区 -
        台湾 0.8前後 似た文化経済構造 -
        日本 1.1〜1.2 参考:まだ高いが同じ方向 -

        ---

        ## まとめ

        マカオ香港

        が同時に存在する地域であり、これらが相乗効果を起こして出生率を極端に押し下げています

        金銭インセンティブ出産手当など)の効果限定的なのは問題本質が**経済だけではなく、生活スタイルの圧迫**にあるためです。

        東アジア全体に共通する課題ですが、香港マカオはまさに**「人類史上最低出生率実験場」**とも言える状態になっています

        将来的には、

        予測されており、

        などが不可避になる可能性が高いと考えられています

        ```

        女性の言う「優しい男性が好き」ってやつ

        「優しい」の定義男と女で違うんだなって気づいた。

        優しいにも二つあって、①能動的優しさと②受動的優しさ。

        女性の言う優しさは、能動的優しさ=相手潜在的要求自発的にくみ取って与えること。コミュニケーションコストを多めに負うこと。

        男性の方は受動的優しさ=相手不快なことをしない、害にならないこと。相手の発した要求を受け入れること。

        もちろん両方必要だけど、婚活番組とかでよく見る恋愛結婚対象になりにくい男性って②偏重で①がほぼ無い。

        だって女性は①を求めてるのに、②をもって「俺は優しくしてるのに、なんでダメなんだ!嘘をつくな!」ってそりゃそうやろと。嘘はついてないんだ。

        若くてモテる女性ほど①に慣れてる。なんなら幼少期から蝶よ花よで①に囲まれて育ってる。

        俺も若いころは勘違いしてたな。

        あと①って相手要求を見誤ってアクションした結果突っぱねられるリスクも同時についてくるから、ある程度めげずに試行回数重ねて精度上げる根気とメンタル必要なんよな。

        逆に言えばそれだけの話だから、気付けるかどうかが本当にでかい若いころ、それも小学生とかおそくとも高校生くらいのうちに気付いて意識的に動ければ以後無双できる。恋愛に限らず人間関係に通じる話だし。

          

        追記

        じゃあなんで男性は優しさを②のことだと勘違いやすいか?だけど、小さいころに受ける教育とか指導関係してる気がする。

        男女比較したとき単純に力が強いし、親や先生からも、女の子には優しくねと言われて育つ。感情をこらえてぐっと我慢するのが優しさっていう思考

        しかにそれも「優しさ」なんだけど、女性視点それは大前提に過ぎない。そりゃ嚙み合わないよな。

          

        追記

        わお。なんかコメントいっぱいついて嬉しいね

        ちょっと返信してみるよ(これやってみたかった!)

          

        >hazlitt その意味ではむしろ優しさと暴力は両立する、というか本質的には暴力の言い換えでしかない(愛情も同じ)

        俺が考えてることの要約としてはこれが一番しっくりきた。突き詰めるとね。

        DV男が謎にモテてたりする理由もこれと理解してる。相手干渉することそれ自体受け手によっては①になる。

          

        >nowa_s 相手要求を受け入れるのはともかく、相手の害になるようなことをしないことは「優しさ」というより「当たり前」レベルのことだからなぁ…。「俺は殴らないから優しいんだ」とか、何言ってんだってなるじゃん。

        言葉足らずだったけどより丁寧に言えば「(自分欲求相手への不満を抑えて)相手を害することはしない、受け入れる」かな。

        たとえば偶然怪我させられて痛くても歯を食いしばって「いいよ」と許して、それ以上を求めないとか。

        これをもって優しいねって言われたりするし、別の話として「男の子でしょ、我慢しなさい」とか小さいころ親に言われて育った影響あると思わない?

          

        >tapi423 この増田を正しいとするなら、男性同士の付き合いの中で受動的に優しい男性の友人のことを男性は「あの人は優しい人だ」と認識するの?

        自分男性として生きてきた肌感だと、認識すると思う。

        ただしその優しさを好ましく思うか気弱でダメだと思うかは男性に寄るかな。

          

        >nani-ittenda 女性基本的男性コミュニケーションコストを多く負うことを求めるなら、自分コミュニケーションコストを多く負う「優しい女性」って、基本的に居ないことにならない?姫扱いを求めるテイカしかいないことに

        女性世界観基本的に、ギブアンドテイクが前提なんじゃないかな。

        自分が損することも、損させることもある。しか相手に損させたかどうかは認知できると限らないから多めにギブするしそれができる人を求めるんじゃない?

        これは男女関係ないと思うけど、俺は損はなるべくしたくない、だから相手が損するリスクもなるべく減らす、という基本姿勢(つまり②)だったかモテなかったし今もモテないw

        別に損させてもいいのよ。それより多く得させれば。

          

        追記

        わおその2。もしかしてめっちゃまれてる?最後追記します。

          

        >unpaku 女性の言う「優しい男性が好き」は「どんな男性が好きですか?」って質問に回答するのめんどくせえなぁって意味です。

        これ系のツッコミ多かった。たしかにその通りだろうし反論ないです。

        その上でなんだけど、めんどくせえなぁって思いながら答えてると思うけど、でもあながち100%嘘ってわけでもないか通用してる答えだと思うんだよね。

        面倒ごとを避けるため敢えて使われる「優しさ」っていうざっくりしたワード真剣に考えたときもっと丁寧に言語化すると思う。

        その時女性はどっちかというと①、男は②をイメージすることが多いんじゃないかなと。

          

        コメント全部読んでます。いろんな反応あって勉強になった。

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