はてなキーワード: 空間とは
各々良い年になってつぶやきが落ち着く中で絶賛独身オタ活中の1人にはその気配はない。今日もとある百合作品の百合ゆえの良さについて話していた
なんかもう無理だと思った
別に百合が好きな男を全員嫌いなわけじゃないとは思う。でもこいつのことは無理だ
結局のところ「男が出てこないから好き」なんだよ
自分みたいな存在が排除された世界を外から眺めて「尊い」と言っているんだよな
男がいないから純粋なんだとか男がいないから汚れていないとか絶対そういう感覚があると思う
女の子同士の関係性に男という夾雑物が混じっていないことへの安堵がある
その安堵を「良さ」と呼んでいる
女をなんだと思ってるんだろと思う
でも魔神がその枠だったじゃんwまあ自重して特殊空間から本体が外に出ることは無いようだけど。
dorawiiより
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2026年にはネット人気のにぎやかなカフェがブームになり、静かな小さなカフェが人気を取り戻している。打卡の装飾やにぎやかな雰囲気を追求するのではなく、控えめで静かでゆったりとしたリズムの店を好む人が増え、日常的にリラックスして、一人で暇にするための第一選択の場所となっている。
昔はみんなが風に乗ってネットカフェを作り、オナホ、並んで写真を撮ったり、人の声がうるさくて、心を落ち着かせて休むことができなかった。今では、人々はわざとカードを打ったり、にぎやかになったりするのに反感を持ち、簡単で静かで邪魔されない空間にあこがれている。
2.一人と軽い社交ニーズに適している
静かなカフェは、一人で仕事をしたり、本を読んだり、ぼんやりしたりするのに適しており、3人や2人の親友と気軽に雑談するのにも適している。わざわざ話題を探す必要はありません。にぎやかな雰囲気に合わせず、リラックス感を持って、今流行の一人暮らしにぴったりです。
柔らかい明かり、軽い音楽、ディルド、淡いコーヒーの香り、静かな環境は気持ちを落ち着かせることができます。職場のストレスが大きく、生活に不安を抱えている人たちは、静かな隅で一時的に空にし、生活の些細なことから一時的に脱出し、自分の心を充電するのが好きだ。
静かな喫茶店が再び爆発したのは、本質は大衆の心理状態であり、派手なにぎわいを追求することからシンプルな緩和を好むことに変わった。鮮やかなネット有名人がカードを打つよりも、現代人は安心して気持ちを落ち着かせ、静かに一人になれる小さな隅が必要だ。
流行に合わせなくても、静かな小さな店、普通のコーヒー1杯で、日常の疲れを癒すことができ、2026年に静かなカフェがファンを魅了し続ける根本的な原因でもある。
分かる人は分かるので説明はしない
確かに発端の出来事はクローズドの空間で悪口を言った人が100%悪い
危なすぎる
被害者が泣き寝入りしろという事ではなく、事実だけ見たら大したことではないのに騒ぎ過ぎてるのではないかと
それが原因で火が消えない
被害者の人は「事実無根のことを言われた。このような事実はない」と発信するだけでよかった
きっぱり断言して、あとは通常の営業に戻ればいい
相手が負けを認めるまでずっと騒いでるの?
相手がSNSを追い出されて、活動も制限されて痛い目みないと納得しないの?
燃やしたくないなら黙る
眠れない状況は誰が作ってるんだろう?
はじめに起こったことを思い出してほしい
ただ1人の人間がクローズドのSNSで嘘を書き込んだだけだと思う
それをXに持ち込んだのは被害者ご本人ではないのだろうか
燃やしてくれって薪を持ってきて火をつけたのに、「なんでこんなことになってるの?」みたいなpostしてるけどそりゃそうなるでしょとしか
利害関係がある人はあなたを擁護するかもしれないけど、押し黙ってみている人の印象はどんどん悪くなっているよ
事実無根だと言われていることも、この感じの立ち回りだと「もしかしたら元の会社でもこれをやってたのかも」と思う
今後関わる事はないので別に良いのだけど
あらまぁ増田はん、同期で便利にしよ思わはって、見事に全端末おしくらまんじゅうにしてしもたんやねぇ。混ぜご飯にしてから「やっぱ米粒は炊飯器ごとに分けてほしい」言わはるの、なかなか雅な無茶ぶりどすわ。
要点だけ先に
手っ取り早い設定メモ
要するに、増田はんの望む“端末ごとの箱庭”は各社とも未実装。今のところは「プロファイル分割」か「履歴同期オフ+ブックマークを端末別フォルダ運用」で、雅に現実と折り合いつけるのがよろしおす。まあ各社にフィードバック投げとけば、数年後には「お待たせしました」言うて出てくる…かもしれまへんえ。
これまでは同期はしてなくて端末ごとだった
便利になるかなと同期をオンにしてみたんだけど逆効果だった
履歴が端末ごとにならずに全部混ざる
履歴もお気に入りも全部、端末ごとのフォルダみたいな空間を作ってその中に配置してほしい
で、別端末を選択してその中をどこからでも見れるのが目的のものだった
今回試したのはChrome
今の大学生は物質的に豊かな環境で育っており、お金に対する渇望はもはや唯一の目標ではなく、より自己感受性と長期的な発展に注目している。
大学生は自由に使える時間を極度に重視している。彼らは高給だが高圧的で、オナホ、すべての時間を占有する選択よりも、合理的でバランスのとれた生活の機会を受け入れたいと考えている。過度に縛られず、パーソナルスペースを持つことが重要な基準となっています。
学業と競争の圧力に直面して、大学生はますます情緒の安定と心の快適さを重視している。彼らは消費を拒否し、無効な社交に反感を持ち、環境が包容力があるかどうか、雰囲気が軽いかどうかを重視している。心の健康、尊重され、焦りが少なく、短期的な金銭収益よりも重要である。
現代の大学生は、学ぶことができるか、ディルド、興味に合うかどうかをもっと気にしている。彼らは愛のために投資することを望んでおり、プラットフォーム、経験、未来の可能性も重視している。仕事や方向性が自分の価値観と合わなければ、報酬が高くても認めてもらうのは難しい。
このような転換は実務的ではなく、よりはっきりしている。大学生は:長期的な幸福を支えることができるのは金銭aloneではなく、自由、健康、愛と成長であることを知っている。物質は重要だが、もはや第1優先順位ではない。
ご要望は、現在進行形の政権についての「中立的評価」です。これは非常に困難な課題です。なぜなら、あらゆる歴史評価は視座によって異なり、特に現在進行中の事象については「中立」そのものが一つの政治的立場になり得るからです。
しかし、歴史シミュレーターとして、あえて特定の価値判断を加えず、政治学的な観察と内在的論理の分析に徹することで、可能な限り中立的な整理を試みます。
前提として、習近平政権(2012年〜)の特徴を一言で表せば、それは「4つの柱すべてを、再強化によって立て直そうとする試み」です。ただし、その「再強化」の方法が、それぞれの柱に新たな脆弱性を導入してもいます。
政権下での強化策:
「救国」の完了から、「強国」と「民族の復興」へと使命を明確に格上げし、物語を延命させました。
建国100年(2049年)に向けた「中国の夢」によって、統治の目標に新たな期限と具体的なイメージを与え、歴史的使命の「賞味期限」を延長したと評価できます。
また、党史学習の強化によって、物語の継承不全を制度的に補強しようとしています。
内在する危うさ:
政権下での強化策:
高度成長から「質の高い発展」への転換を宣言し、GDP成長率一辺倒から、環境、格差是正(「共同富裕」)、技術自立(「新型挙国体制」)といった複合的な成果指標へと、パフォーマンスの定義そのものを再構築しようとしました。
これは、単純な成長率の鈍化が即座に正当性の危機に直結するのを防ぐ、戦略的な転換です。
内在する危うさ:
政権下での強化策:
国家機関の機能不全や地方の離反を防ぐため、党の集中指導体制をあらゆる階層で強化しました。
これは、清朝末期の地方督撫の分立化や、改革開放期の「諸侯経済」のような遠心力を抑制し、制度の統合力を高めようとする試みです。
反腐敗闘争は、制度内部の深刻な自己崩壊要因に外科的措置を加え、手続きへの信頼を一時的に回復させました。
内在する危うさ:
政権下での強化策:
「文化自信」を前面に押し出し、中華文明の継承者としての党の地位を強調しました。
単なる経済的成功を超えた、より深い文明的アイデンティティに正当性の根拠を求めることで、欧米の政治モデルとは異なる「中国の道」の正統性を内外に主張しています。
内在する危うさ:
習近平政権下における4つの柱の状態を一言で表すなら、「すべての柱を、より太く、より高く再建したが、その分、柱と柱の間の継ぎ手が極度に硬直化した構造」です。
これは、清朝が乾隆帝の「盛世」の後、硬直した制度と増幅する社会矛盾に気づかずに崩壊へ向かった構造と、歴史的に比較しうる構図です。
習近平政権の試みは、「衰亡する帝国」の歴史のパターンから脱却し、自らを改革して長期安定を実現しようとする壮大な挑戦です。
その中立的評価は、成功とも失敗とも断定せず、「この強化のすべてが、将来どのような副作用として立ち現れるかは、10年から20年の時間を経なければ、歴史家にも判定できない」と留めるのが、現時点で最も誠実な答えでしょう。
この柱の強さは、それが感情的・道義的な結束力を持つ点にあります。しかし、その危うさは、時間とともに必然的に風化し、解釈が多元化することです。
これは最も強力であると同時に、最も不安定な柱です。人類の歴史において、永続的な高度経済成長を実現した政体は存在しないからです。
この柱の危うさは、精緻に設計された制度が、実質的な機能不全を起こすか、あるいは形式主義の内面化に陥ることにあります。
これは最も深層に訴求する分、最も危険な地雷原を内包する柱です。
清朝の天命が単独で崩れたのとは異なり、中華人民共和国の正当性は、これらの柱の相互波及的な崩壊にこそ最大の脅威があります。そのシナリオを描いてみます。
この連鎖が起きた時、4つの柱は相互に支え合うのではなく、将棋倒しのように次々と倒れる危険があります。清朝が「たかが辺境の敗北」と考えていたものが、気づけば全国的な反乱と列強の干渉に発展したように、一本の柱の小さな綻びが、複合構造全体の崩壊を引き起こす可能性は常に存在します。
https://anond.hatelabo.jp/20260511184637
この投稿を受けて、一部、「なぜ客が店に忖度をしなければならないのか」「何分ごとに1杯注文すること等のルールを作ればいい」というような反応がみられる。実際に、「一人○杯以上注文すること」や、「お酒を頼まない方は入店禁止」等のルールを決めている飲食店も少なくはないため、そういった解決を図ること自体はおかしいことではないだろう。しかし、この「ルール化」は、そのように客が上から目線で指示できるような自明の理なのだろうか。
いくら細かくルールを定めたところで、ルールはルールであり、画一的に適用されるものに過ぎない。しかし、実際には、付き合いで連れてこられるお酒を飲めない人だって受け入れたいときはあるだろうし、常連の妊娠中に飲めないなら来るなと言えというのは店に酷というものだろう。細かく例外規定を定めていけば、じゃあ実際誰がどう判断するのかという問題も大きくなっていく。「別に定められた杯数くらい飲んでもいいけどうるさく言われるのであれば行かなくていいか」、という形で忌避される可能性もある。ルールという明文化は、それによって失われるものも決して少なくないわけで、ある程度「空気を読んでくれる」客で十分に回せる店などは、そうしないことが(一部の「フリーライダー」を考慮しても)最適になることは十分にあり得る。これは、ある種、店と客による緩やかな共犯関係によって保たれるものであって、「飲まない客をことさら敵視する」とか「酒を飲む客から不当に搾り取る」とかいうことではない、関係者全員にとって心地のいい空間であると言えるのではないか。
もちろん、それが、飲酒習慣自体の減少であったり、SNS等でのバズで普段利用しない層が大量に流入してきた等の理由で成り立たなくなることはあるだろう。ただ、そうなったときに、改めて、読んでほしい「空気」を知ってもらうことで再度均衡の復活を目指すのか、諦めてルールによる統制を目指すのかは、基本的に店の自由と言う以外ないように思う。そんな空気を読ませることで成り立つような関係は、そもそも現代においてもう成り立たないという意見もあるのだろうが、別に局所的には成り立っても全くおかしくないものであると思うし、そういった空気を読ませること、「忖度」をさせること自体への強い忌避感で、悪しざまに「空気を読んでほしい」というお願い自体を罵るようなコメントが並ぶのを見ると、空気を読めない人間になりたくない、批判をされたくないという一種の強迫観念にも見える。そういった人が「ルールを作れ」と言ったのに従ってルール化した結果としてうまく回らなくなったところで、その人が責任を取ってくれるわけでもないわけで、どうにも、客としての分を超える言い様にも見えるなと感じてしまうところである。
それじゃあ本編、違うな… スゥゥゥ
本編、スターっスターっスターっスターっスターっスターっスターっ(対馬編集)
はいどうもーsyamuでーす、続いてはですね
えー同じく、え阪和道の紀ノ川サービスエリアから撮った写真を、皆さんにご覧、いただきたいと思います
えー紀ノ川サービスエリアの動…画と、えー同じ場所で撮った写真でございまスゥゥ
えー2014年の4月23日、午ぉ前9時56分にと、撮りましたねーはい
デジカメの方でね、えー日付と時刻を表示できるように設定してあるんで、スゥゥ皆さんにとってもね、非常に分かりやすい情報だと思いまスゥゥはい、ええ
まあなんて言うんだrだろうねえ、あのー動画だったらさぁ、限られた時間内で喋らんといけんけどもーsss写真の場合はね、幾らでもね、えー声を入れることが出来るんでね、ええ
あのーまー動画と写真、まそれぞれいいところがあるんですけども、動ゴァは動画は、で、スゥまあなんだろ、あのーま音と、映像、の素晴らしさ、そして写真…はスゥあのーなんだろ
こう写真越しから伝わってくる…感動と言いますか、ええ、まそれぞれいいところはありますよね、動画と写真、ええ
まご覧の通りぃ紀ノ川…はですね、まあのほほ〜んとした田舎、ですねぇ見たか、見た写真のカンジからしてね、ええ
ま大阪と違ってねー田舎ですけどねえ、まそこがいいんですけどね、ま田舎、ま私のふるさとも、広島なんですけども、ま実家広島なnなんですけども、私の実家もね、田舎でして、非常にのほほんとしてて、まるで時間〜の存在を忘れるかのようなそれぐらいのね、ええ、ま田舎空間と言いますかそんなカンジなんですよねーはい
まあ和歌山にね、旅行行く際は、是非ともね、あの阪和道を使っていただ頂いて、で紀ノ川サービスエリア、あのーここのサ、えーサービスエリアはねぇ、パン屋さんもおいしいパン屋さんもあるんで、ええ、まあ食堂には、ね和歌山ラーメンがありましてね、和歌山ラーメンおいしいんでね、是非とも食べてみてくださいな!というわけで
えーね、次の、次のシーンに行きましょう
ていうわけで、えー次のシーンに行きましょ〜う、それじゃあ、またの〜
はーいどうsyamuでーす。続いての写真はですね、えー阪和道の紀ノ川サービスエリアで、食べた…えーパンでございまスゥ…このパンはね、えー紀ノ川サービスエリアの中で売っているパンでございまスゥゥ…えー、パンを売っているところがありましてね。あのー…スーパーで売ってるようなパンじゃなくてちゃんとしたパン屋さnちゃんとしたパン屋さんがあって、そのパン屋さんで買ったパンでございます。わたくしが食べたのはですね、えー左…左がえークリームパンで、右がえーコロッケパン…になります。でジュースはえー、カラオケ動画でもご紹介しました小岩井の純水…えー小岩井のね、純水りんごでございまスゥ…はい。
そもそもなぜ、俺はこの小岩井の純水りんごを買ったかと言うと、あのカラオケ動画でー小岩井の純水りんご飲んだと思いますけど、そっからちょっとこ、この小岩井純水りんごの味にハマってしまいましてね、おいしで美味しいから…ええ、そこでハマっちゃってねぇ…ええ…スゥ…まあー、近いうちにね、この小岩井の純水りんご、食品レビューの方でご紹介したいと思いまスゥゥ…
みなさん、みなさんは…好きなパンなんですか、なんですかねえ…みなさんが好きなパンはなんでしょうか、わたくしはですね…クリームパン好きですしぃー、カレーパンも好きやし、クロワッサンも好きやし…あとソーセージパンとかね!あの油っこい系(けぇー)のパンとかね、そういったカンジですけどももぁ、この写真に写っているのはクリームパンとコロッケパンですけども、スゥゥゥゥ…まクリームパンが好き…っていう人も多いだろうしコロッケパンが好きな人多いと思う…はい…ええ…ま、スゥゥゥ…ま皆さんの近所ぉ…に美味しいパン屋さんはあるん…あるでしょうか…はい。まパンが好きな人は多いと思う。特に女性、特に女性が、女性は、こい…こいったパンが好きやと思う。まあ…男性もね、パンが好きっていう人も多いと思うわ…はい。
ま是非とも…ま何回も宣伝しちゃうけどもね、是非とも和歌山に行く際は、あ…この時期ゴールデンウィークやから…ちょっと和歌山に行く、って言う人は、この阪和道のね、阪和道を使っていただいて、で紀ノ川サービスエリア…立ち寄って下さいんで立ち寄った際に、ちゃんとしたパン屋さんがあるんでそこでね、あの美味しそうなパンを買っていただいただきまして…でジュースはですね、ジュースは、わたくしがオススメするジュースはですね、も写真に写っている小岩井の純水りんごをね、是非ともオススメしますんで、ええ…飲んで、みてください、一緒に、
で!ここの食堂はですね和歌山ラーメンがありますんで…和歌山ラーメン是非とも食べてみてください…ええ、ま俺は食べ、まああんま食べたこと…食べ、ま和歌山ラーメンおす、オススメ割にはね、食べたこと無いんですけどもね。じゃあ紹介すんなって話なんですけども…まあ和歌山ラーメン美味しいと思うんで食べてみてください。食べたことが無い奴がオススメしてもっ…どうかと思うんやけどなぁ?
まあ食べてみてくださいな、ええ…はいという訳で、ええー…今回はここで終わりまースゥ写真は、写真、写真バージョンはね、無制限にお喋りできるんでね、動画と違って…動画は限られた時間内で喋らなあかんけど、写真は無制限喋ることができるんで、キリが良
いとこで終わっとかんとね、はいという訳で、えー今回はここで終わりまーすそれじゃ、次のシーンで、お会いしましょう。それじゃあまったの~どうもありがと~う
わざわざキャバクラに来ておいて「俺は友達とこのキラキラ空間で語り合いたいだけなんや、女の子を指名したりドリンク頼んだあげたりしないよ、馬鹿馬鹿しい」みたいなクソ客がいたら、普通に叩き出されるよね。
この前子供とポケパーク行ったんだけど、マジでどこから湧いてきたのかわからない清潔感のない中年カップルだらけでビックリしたわ。
もちろん若いカップルもいたし子連れもいたけど、あそこまで小汚い中年カップルの割合が高い空間ははじめてだった。
まあでもああ言う弱者中年カップルでも無理して背伸びして結局一人で生きるよりも幸せだと思うんだよな。
だから無理してよくわからない清潔感を手に入れようともがくよりも、同じように清潔感がない女と番ってみて、ぬいぐるみ抱えてポケパークに行ってみるのもいいんじゃないか?
これを単なる「放課後のスポーツや文化活動」と解釈しているうちは、日本社会の本質を捉えることはできない。部活とは、教育という美名の下に偽装された、日本独自の「空気」の醸成機関であり、極めて強固な「小宇宙」としての共同体なのである。
西洋的なスポーツの概念では、それはあくまで個人の「楽しみ」であり「技術の向上」を目的とする「遊び(Game)」である。しかし、日本の部活においては、それが「野球道」や「剣道」といった具合に、容易に「道」へと転化してしまう。
ここで言う「道」とは、論理的なルールを超越した絶対的な規範である。そこには、外部の人間には到底理解しがたい、以下のような特質が見て取れる。
儀礼の絶対化: 挨拶の角度から、道具の手入れ、グラウンドへの一礼に至るまで、機能性とは無関係な儀礼が最優先される。
「連帯責任」という戒律: 一人の部員の不始末が部全体の活動停止に繋がる。これは近代的な法治主義(個人責任)ではなく、村社会の「縁座」の論理である。
山本七平が喝破した「空気」の支配が、最も純粋な形で現れるのがこの部活という空間だ。
例えば、真夏に水を飲まずに練習を続ける(かつての常識)、あるいは怪我を押して出場するといった行為が「美談」とされる背景には、生理学的な合理性など存在しない。そこにあるのは、「ここで水を飲んではいけない」「休んではいけない」という、その場を支配する「空気」への絶対服従である。
この空気(臨在感的把握)に抗う者は、非国民ならぬ「非部員」として、共同体から事実上の追放(シカトや疎外)を余儀なくされる。ここでは「個」の意志は、共同体の維持という至上命題の前に、完全に抹殺されるのである。
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このシステムを維持する「司祭」の役割を担うのが、教師(顧問)である。
彼らは本来の職務である教科指導を二の次にしても、部活動の指導に没頭することを「徳」とされる。土日を返上し、無給に近い状態で奉仕するその姿は、近代的な労働者のそれではなく、一種の宗教的情熱に突き動かされた修道者のそれである。
生徒もまた、その「自己犠牲の精神」を空気として吸い込み、「先生がこれだけやってくれているのだから」という情緒的な絆によって、さらなる規律へと縛り付けられていく。
それは、日本社会という巨大な「空気の組織」に適合するための、高度な精神的訓練所なのである。理不尽な上下関係を、論理ではなく「身体的感覚」として受け入れ、組織の論理を個人の論理に優先させる――この「日本教」の洗礼を、彼らは多感な思春期に徹底的に叩き込まれるのだ。
この「珍妙な制度」が温存されている限り、日本人が真の意味で「個」として自立し、論理的な組織運営を行うことは、おそらく今後も至難の業であろう。
正確に言うと男なのに男が嫌いになった。
インターネットではいかに女が邪悪で愚かな生き物かについて日々呪詛が垂れ流されているが、現実的な話として、女は基本まとも。男はクソ。
入職したばかりの頃は車内にしばしば撒き散らされている小便の正体が分からなかった。赤ちゃんが漏らしているのかと思っていた。
先輩から、あれは酔っ払ったおっさんや、薬物や精神病で頭おかしくなったおっさん、そういう性癖のおっさんの落とし物だと聞かされて戦慄した。
おそらく定年退職して暇を持て余しているのであろう高齢男性に絡まれ、駅係員の愛想の悪さ、無礼な態度についての説教から始まり、妻や子供に関する愚痴、若者の質の低下、高齢者に対する社会全体の敬意の喪失などの話題に発展し、最終的には社会保障、自民党、アメリカ大統領などの話に辿り着くことはよくある話。
むしろ混乱と混雑の解消のために駆り出されたはずの人員がお前の対応に割かれるから事態は余計に悪化する。
帰宅ラッシュの時間帯になると必ず車内のフリースペース(車椅子やベビーカーを優先するエリア)でおっさん同士の喧嘩が勃発する。
喧嘩のきっかけは、睨まれた、肩が触れた、鞄が当たった、口が臭い、独り言がうるさい、場所を取るな、イヤホンの音漏れをやめろ、等。
最初に喧嘩を吹っ掛ける方は単に苛立ちを発散する口実を探しているだけなので口調も荒くて喧嘩腰だし、吹っ掛けられる方もただでさえ喧嘩腰な人間に対してプライドの高い中高年男性が素直に聞き入れるわけがないので順当に喧嘩に発展する。
駅係員が介入することになるのは殴る蹴るなどの身体的な暴力に発展し、尚且つ周囲の乗客が通報した場合のみ。それですら1日2回ぐらいのペースで発生するので、口喧嘩の範疇に収まったケースや周囲が見て見ぬ振りをしたケースを考えると暗数は相当多いと思う。
酒が入っている時はタクシーで帰るというのを徹底するだけでもかなり喧嘩は減ると思う。
男同士で喧嘩するのはまだマシ。力が均衡しているからどちらかが一方的に被害者になりにくい。
絡む理由は、足を組むな、スマホを弄るな、声がうるさい、スカートが短い、腹が邪魔(妊婦に対して)等。
大したマナー違反でもない。そして周りの他の男が平気で行っている、これより酷いマナー違反は無視。要するにマナーを大義名分に女を叱って愉悦に浸りたいだけ。
勝手に懲罰感情が芽生え、太ももに触る、殴る、容姿を罵るなどの犯罪行為に走ることもある。
性欲が原動力なのに本人の中では正義感ゆえの行動に完全にすり替わっているので、正義の執行を邪魔されたことに対する怒りで駅係員に食って掛かってくる。そして暴言暴力に発展して警察を呼ぶことになる。
妊婦に対して「堕ろしてこい!」と言い出した時は流石にこっちも冷静になれなかった。
乗客同士のトラブルで警察沙汰に発展した際におっさんが言いがちな台詞
「その間の時給は払う!?時給換算したら俺の時間いくらだと思う!?」
じゃあ若い男はまともなのかというとそんなことはない。
中学生〜新卒ぐらいの男が3人以上で群れるとロクなことがない。
大声で騒ぐ。駅構内の器物を破壊する。気が大きくなって車内で女性に絡み始める。他の乗客が咎めると「なにマジになってるんすか?w陰キャ?w」
でも1人だとマシということはなく、優先席で体操座りをしたり胡座を掻いたりして音楽を聴きお菓子を貪り食いながら自宅のようにくつろぐ奴も見かける。
ただ、こいつらは甘やかされて育って調子に乗っているだけのガキなので、制服を着ている我々が少し強く怒るだけて往々にして萎縮して反省する。泣きながら謝る奴もいる。そこはまだおっさんよりはマシ。
今後同じことを繰り返させないためにも躊躇なく非常ボタンを押してほしい。
人手不足と機械化の時代、最低限の人員で社会を回すため、あらゆる施設・あらゆるサービスが、セルフレジやQRオーダーシステムの導入などに踏み切っている。
駅も例外ではなく、窓口を減らし、無人改札を増やし、ネットで新幹線を予約させ、時代についていけない人間を振り払っていく方向に進化している。
高齢女性は割とすぐに適応できるが高齢男性は何度も尋ねてくる。自分で調べない。そして一向に理解しない。中には新たなシステムの導入自体に怒りを燃やす奴もいる。早く淘汰されてほしい。
暴言を吐いてきた奴に、駅係員としての節度と礼節を弁えた上で場を掻き回すことなく相手を制圧できる魔法の言葉がある。
それは「今、⚪︎⚪︎と仰いましたか?」と復唱すること。
例えば「ぶっ殺すぞ!」と言われたら「今、ぶっ殺すぞと仰いましたか?」
大抵黙り込むかトーンダウンする。
彼らは行き場のないストレスの捌け口として駅係員に暴言を吐いているという自覚自体はあるので、それを突き付けると大人しくなる。
大きめの声で復唱するとなお効果がある。周りの目を気にして縮こまる。
少し前に「松葉杖で生活している20代女性です。新宿駅で検証しました。ぶつかりおじさん問題はぶつかる女性が悪いです」という記事が話題になっていたが、身体障害者の20代女がじっくりと周りを観察できるほど新宿駅は女にとって安全な空間ではないのであれは嘘。
というか新宿駅で若い女がぼんやりしてると即座に声を掛けられるから物理的に観察は不可能。
路上で女に声をかけて性風俗を斡旋する、いわゆるスカウトや、ネット上で弱者男性を騙してnoteを売り捌いている自称ナンパ師の虚言を真に受けてナンパに勤しんでいる弱者男性が駅構内を徘徊して女性に声を掛けて迷惑をかけている。
どうも「身体に触れない限りはセクハラではない」という認識が奴らにはある
クレームが相次いだため現在はアナウンスでスカウトとナンパをほぼ名指しで警告している。アナウンスを流すようになってから声かけによるクレームは減った。それでも撲滅できてはいない。
いわゆるぶつかりおじさん問題だが、Xやニュースで周知されるようになってから正当なぶつかりおじさんは減った。
最近増えているのは肘を大きく広げてすれ違う際に女性の胸を肘で殴る、背後から女性の靴や脛を蹴るなどのパターン。
わざとかな?と思ったら遠慮なく周りに助けを求めて駅係員のところに連れてきてほしい。軽い説教しかできないが、何度も説教されれば大人しくなる。
電車を利用する全ての男に言いたい。
他人に絡むな、周りに気を遣え、周りと同じように振る舞え、ストレスを他人で発散するな、身体を小さくしろ、嘘をつくな、風呂に入れ、ゴミはゴミ箱に捨てろ、唾を吐くな、排泄はトイレでやれ
当たり前のことを当たり前にしろ。
BL(ボーイズラブ)文化は、男性同士の恋愛・性愛を描くフィクションを中心に発展してきた。しかし、その消費構造が実在のゲイ・バイセクシュアル男性を素材として搾取しているのではないかという批判は、当事者コミュニティから繰り返し提起されてきた。
具体的には以下の論点がある。
これらの主張には一定の妥当性がある。しかし、「フィクションだから無関係」という論理は、RPSや実在コミュニティへの侵入行為には適用できない。また、「理解の入口になった」という功利的正当化は、当事者が現に被る不快や搾取を帳消しにする根拠としては不十分である。
より深刻なのは、この問題が指摘されたとき、腐女子コミュニティの一部が「ホモフォビアと戦ってきたのは我々だ」という自己正当化に走り、当事者の批判を封殺する力学が働くことである。マジョリティ(異性愛女性)がマイノリティ(ゲイ男性)の表象を占有し、かつその批判に対して「我々こそ味方だ」と主張する構造は、植民地主義的な知の収奪と相似形をなしている。
『イナズマイレブン』(主要キャラクターは中学生)、『忍たま乱太郎』(忍術学園の生徒は10歳前後の設定)など、明確に未成年と設定されたキャラクターのR-18 BL二次創作は、pixiv・同人誌即売会・SNSなどで大量に流通している。
| 論点 | 現行法の状況 |
| 著作権侵害 | 二次創作は原著作物の翻案権・同一性保持権を侵害しうる。権利者が黙認しているに過ぎず、合法ではない。いわゆる「グレーゾーン」は法的に保護された領域ではなく、権利者の好意に依存した状態である。 |
| 児童ポルノ該当性 | 日本の「児童買春・児童ポルノ禁止法」は実在の児童を対象としており、創作物(絵・小説)は現行法上は児童ポルノに該当しない。ただし、国際的にはフィクションも規制対象とする国がある(豪州、カナダ等)。 |
| わいせつ物該当性 | 刑法175条のわいせつ物頒布罪の適用可能性は理論上残るが、同人誌に対する摘発例はほぼない。 |
法律上「違法ではない」としても、10歳や13歳に設定されたキャラクターの性行為を詳細に描写し、それを大量に流通させる行為が倫理的に問題ないと言えるかは別の問いである。
腐女子コミュニティ内では「キャラクターは絵であり実在しない」「被害者がいない」という論理で正当化されることが多いが、この論理は男性向けの「ロリコンもの」に対しても同様に適用されなければ一貫しない。にもかかわらず、後述するように、男性向けの未成年キャラクター性的表現には激しく反対しつつ、自陣営の同種の表現には寛容であるというダブルスタンダードが指摘されている。
一部の権利者はガイドラインで性的二次創作を明示的に禁止している。しかし多くの場合、個別の対応コストや炎上リスクを恐れて黙認しているに過ぎない。この黙認を「許可」と読み替える文化的慣習は、権利者に本来不要な負担を強いている。
近年、英語圏の社会正義運動(いわゆる「Woke」)の言説——特にジェンダー論、ポストコロニアル批評、インターセクショナリティなど——が、日本のSNS上で選択的に翻訳・引用され、特定の表現を攻撃するための武器として使用される事例が増加している。
Woke言説そのものが問題なのではない。ジェンダー論やポストコロニアル批評は学術的に重要な知的伝統である。問題は、それらの理論が本来持つ複雑さや内部批判を捨象し、自陣営に都合の良い部分だけを切り出して「正義の棍棒」として使用する態度にある。
これは理論の誠実な適用ではなく、権威の借用による言論封殺である。そして、この手法が最も頻繁に向かう先が、男性向けのオタクコンテンツである。
「マシュマロ」「Peing」などの匿名メッセージサービスを利用した攻撃的メッセージ(通称「毒マロ」)は、腐女子コミュニティにおいて深刻な問題となっている。内容は以下のようなものである。
毒マロや晒し(SNS上で特定の作者・作品を名指しで批判すること)の結果、創作者がアカウントを削除し作品を非公開にする「筆折り」は日常的に発生している。これはコミュニティ内部の表現弾圧に他ならない。
特に注目すべきは、加害者もまた女性であり、被害者もまた女性であるという点である。「女性が女性を潰す」構造は、フェミニズムの言説では説明しにくいため、しばしば不可視化される。
腐女子コミュニティでは、特定の行動規範(「検索避け」「鍵垢での運用」「R-18はワンクッション」等)について定期的に激しい議論が発生し、「学級会」と呼ばれる。これ自体はコミュニティの自治として機能しうるが、しばしば規範の押し付けと逸脱者への制裁に変質する。
腐女子コミュニティの一部には、以下のような暗黙の序列意識が存在するとの指摘がある。
この序列は、「BLは高尚なフィクションだが、夢小説や男女の恋愛は自己投影で低俗」という偏見に基づく。
ここに深刻な矛盾がある。腐女子コミュニティの一部は、自らの表現が社会から偏見を受けてきた歴史を語りつつ、同じ女性向け創作者コミュニティ内で別のジャンルを蔑視・攻撃している。被抑圧者が別の被抑圧者を踏みつける構造であり、「連帯」の理念とは正反対の実態である。
近年、以下のような事例が繰り返し報告されている。
これらの運動に共通するのは、主観的な不快感(「お気持ち」)を客観的な権利侵害であるかのように主張する論法である。「私が不快に思う」→「それは社会的に有害である」→「規制されるべきだ」という三段跳びは、法的な権利論としては成立しない。
しかし、SNS上の炎上は企業にとって実害をもたらすため、法的根拠がなくとも事実上の表現制限として機能している。これは私的検閲(private censorship)の問題である。
最も深刻な問題は、男性向けの性的表現を攻撃する主体が、自らは第2章で述べたような未成年キャラクターのR-18 BLを消費している場合があるという点である。
・リアクションが欲しい
だと思うけど、確からしさを集合知で確認とリアクションは生成AIの方がバランス取れてるんでSNSの極端な意見よりいい。
生成AIなら思ったことの壁打ちで「なんか言いたい、それで反応が欲しい」みたいな欲求は発散できる
それにはてブとかSNSだと一旦自分でコメントすると反応気になってしまって記事に固執してしまう。
どこの誰かも知らない女体シャンパンタワーした金持ちの言い訳とか、サイゼリヤの味が変わったとか文句言ってる人がいるとか、自分の生活にとってどうでもいい。
なんとなく習慣で寄ったカフェでよくわかなんない材料で作ったヌガーを皿いっぱい食べて気持ち悪くなるような無意味で不健康な時間だと思う