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はてなキーワード: 景色とは

2026-05-11

anond:20260428182347

すまんが俺の魂の故郷である高輪に行ってくれないか

目黒五反田品川のどこからでも行ける。

高輪郵便局よこのコマイヌの異形は一見価値がある。

高輪1丁目26あたりのアパートが密集しているエリア階段、エモさを感じるはずだ。

このお寺なのに南国のヤシの木めいた景色、おれは中まで入ってないが見てみたかった。

https://maps.app.goo.gl/g3gQPExBkqA8vB6q8

2026-05-10

ネットでの申し込みとかストレス溜まるよな

証券口座の開設をネットでやっているのだけど、ストレスが凄い。

窓口で人間相手だったら全然いいのだけど、ネットだと感じるストレスがエグい!

なんでだろうと思ったので書く。

まずさー、ネットよー。

お前さー、説明が甘いんだよ。

なんでそれでいけると思ったん?

使う人の見える景色考えてる?

俺は何かあって詰まった時に戻るボタンしか押せないことが何度もあったんよ!

そして戻るボタンを押したら、

「戻るボタン押しちゃったかー。あー、それはないよ。分かってないなー君は。ハイ最初からー!」

っていうのを何度も経験してきたんよ。

なのに、まだそれやる?

俺が開発者だったらまずその不安を解消するけどな。いつまで俺を不安にさせるのよ。そしてその不安を解消しないでなんでそのまま現実に起こすんだよ!

お前さー。

こっちに選択肢が無くて、それを検証する手番がたくさんあって面倒臭そうだなーって思う人のこと考えてる?

そりゃリリースしてるんだから上手くいくルートはあるんだろうけどさ、

こっちは、お前の開発の甘さのために検証する手間をかけるのホント嫌なんだよ!

お前がどんだけバカかなんてこっちには分からないじゃん。

窓口で人間相手に話すなら、言葉の節々からその人のレベルが分かるからまだ対処のしようがあるけど、

それも分からないのに、お前の不備に付き合うのはホントストレスなんだ!


はー、愚痴を書いたらスッキリした。

さぁがんばろー!

跡で消す

https://digital.asahi.com/articles/ASV592RZ4V59UCVL055M.html

深夜の藤井聡太に聞いた 将棋史に残る「毒まんじゅう」の中身

2026年5月9日 20時00分

編集委員北野新太


 第84期将棋名人戦番勝負第3局(朝日新聞社毎日新聞社主催大和証券グループ特別協賛、和倉温泉日本の宿のと楽協力)が7、8日に石川県七尾市の「のと楽」で指され、藤井聡太名人23)=竜王王位棋聖棋王王将と合わせ六冠=が糸谷(いとだに)哲郎九段(37)に130手で勝って開幕3連勝とし、4連覇に王手を掛けた。互角だった盤上の景色が歩の妙手から急転する一局だった。第4局は16、17日に大阪府高槻市で指される。

  

 棋士になった14歳の頃、藤井は「景色」という単語を時々口にしていた。「強くならないと見えない景色があると思っています」。目に映るランドスケープではなく、ある領域まで到達した時の境地、という意味合いで用いる「景色」。中学生しからぬ言語感覚だな、と思ったものだが、あれからもう10年が過ぎようとしている。

 

 対局後の深夜、名人戦第3局を象徴する△4五歩(図1)について23歳に尋ねる。あの言葉を再び発した。

 

「複雑な景色にできるんじゃないかな、という考えがありました」――。

 

 対局2日目。両者が互角のまま激しく競り合う午後3時前のことだった。

 

 挑戦者が▲2七桂と打った局面名人は42分考慮し、難問を突き付ける。

 

 「自然に指すと△1七歩成ですが、▲3五桂から3~4筋を制圧されて主張を失ってしまます。もうちょっと頑張る手はないかと考えていました。△4五歩への先手の候補手もいろいろあって難しいと思ったので、よく分からないけどやってみようと」

 

 △4五歩を指して藤井が席を立つと、糸谷から本心独り言漏れた。

 

 「いやぁ……どういう意味だ?」

 

 挑戦者は30分を用いて▲4五同銀と角取りに歩を取る。極めて自然に映る一手は、なんと敗着になる。33秒後、藤井に△5三桂を指され、糸谷は再び手を止める。変調に気付いたのだ。

 

 「応手(▲4五同銀)が悪く、△4五歩で形勢を損ねました。△5三桂を軽視していて思考が飛んでしまった」

 

 目の前の果実を取らず、一目散に▲4八玉~▲5八玉と戦場からの逃避を開始すれば難解だったようだが、常識的感覚からは難しい。藤井は語る。

 

 「角を取って下さい、という△5三桂はあまりない手です。最初は変な手かな……と思いましたけど、▲3五桂が空を切れば先手は攻めにくくなる。複雑で難しい展開にできるので、あり得る手なのでは、と考えました」

 

 糸谷は▲4四銀と角を取って△同銀に▲3三角さらに△同銀▲同歩成△同金▲3四歩△3二金▲3三銀と激烈にアクセルを踏むが、藤井は自玉の安全度を正確に読み切っていた。格調を漂わせる△5七歩(図2)から▲同角△4五桂打▲5六銀に△3六歩が決め手になった。連隊で跳躍するはずだった2枚桂は盤上に釘付けに。逆に全軍を躍動させた藤井は、長らく自陣最下段で眠っていた飛車の成り込みを決着直前に実現させて一瞬で討ち取った。

  

 大盤解説会場の渡辺明九段は△4五歩を「将棋史に残る毒まんじゅうですね」と評した。現実を冷静に見る前名人に「将棋史に残る」と言わしめた名手により、現名人は3連勝を飾った。4連覇へ死角なき強さを見せている。

 

 能登半島地震から復興途上にある和倉温泉での勝負だった。名人は語っていた。「将棋ゲームなのでハードの面でプラスになるわけじゃないです。でも、ソフトの面で名人戦を楽しみにしていただき、開催していただいたことで復興に向けた歩みをより多くの方に知っていただけたら」

 

 △4五歩が後世まで語られれば、舞台となった対局地も記憶される。傑出した一手には時を超える力がある。かつての景色を取り戻そうとしている土地の盤上に名人が刻み込んだ絶景の妙手順は、どう語られていくのだろう。

 

 激闘の翌朝、藤井能登の空と七尾湾を見つめていた。透き通るブルーで彩られた世界は「好きな色は青」と語る名人の佇(たたず)まいと調和した。美しい景色だった。

2026-05-07

Visit Japan Web 最新動向

もはやだいぶ認知が広まった「日本入国税関、VisitJapanWeb電子申告するより、紙のほうが早い」問題であるが、SNSの反応をみた上であらためて現状を記す。

(筆者は年10回程度渡航出入国してます

1. 有人ゲートを使うため紙の申告書を書く

もはや古い。VisitJapanWeb問題空港での受け入れ体制問題があるのであって、Webシステムにあるのではない。

今は有人ゲートでもQRスキャンができるので、素直にWebから申請したほうが良い。

Web申請UIシンプルだし前回の履歴などから入力項目を補完できるので、紙で書くよりも早くドキュメントは完成できる。

ただし、ネット接続環境がない状況(機内)であれば紙でもいい。(CAさんからもらえるのであれば)

そういう意味オフラインでの編集・一時保存モードなどがあると今後より良いとは思う。あと細かいこと言うと出発地のサジェスト日本語だけじゃなくて英語空港コードでも出るようになるとか。

2. ガイド誘導に惑わされるな

これは正しい。というかもはやガイド存在が混乱を生んでいる要因の一つと言って良い。

現在税関QRを持ってることをガイドに気取られるとまず「自動ゲートのほうにいってください」と誘導される。

その結果、有人ゲートでもQRスキャンできるのに、皆自動のほうにいってしまうため長蛇の列を形成する原因となっている。

列を形成してしまう他の原因としては、そもそも自動レーンの数が少ない、一人に対する処理速度も有人のほうが下手したら早い(自動は顔認証の判定でつまづいてる人多すぎ)などもある。

が、その上で状況を把握せず機械的自動レーンに誘導する様はあまりに辛く「日本的」光景だ。

誘導モーションを受けても強い心をもって、冷静に空いてる有人レーンを活用するべし。

3. 新たな懸念ウォークスルー認証ゲート」

去年?ぐらいから始まった新方式の「入国審査」。

これまでの自動化ゲートはパスポートスキャン&顔認証をゲート端末で行う形式だったが

この新方式では入国ゲート前にある税関キオスク端末で顔認証パスポート認証をすると、入国ウォークスルーの顔認証で通ることができる、というものだ。

(つまりパスポート認証入国税関でまとめて1回だけでOKになる)

が、実はこれが税関と同じ問題にハマる景色がみられた。

端的に言えば現状1レーンしかないのに、ガイドウォークスルー対象者グループaとbだっけな)をウォークスルーのレーンのほうばかりに誘導してしまってこちらも列を作ってしまっている。

また、ウォークスルーとはいえカメラでの顔認証はあるので、詰まる時は詰まる。(歩く速度、位置マスク、グラス、帽子、不慣れな人が立ち止まる、などなど)

そういう場合は、税関と同じように惑わされず空いてる旧来の自動化ゲートのほうに行ってしまって良い。

根本的原因

ここまで書くと「要領が悪いガイドが悪い」という結果に見えがちだが、自分としては単純に「自動(新方式)ゲートの数が少なすぎる」ほうが問題かと思っている。

なんでそうなるか、というと「新しい方法ドラスティック変えられない/旧来の方法を残しがち」という日本文脈?があったりすのかな、とかね。マイナンバーカードとかもそうだし。

また、これまで言われていた税関キオスク端末で詰まる、という話だがこちらは設置位置の再検討などで改善傾向のように感じた。というか有人ゲート利用だとキオスクスキップできるので、使う人減ってきてるかも。

まあ、そもそも税関も全員申告じゃなく他の殆どの国と同様にNothing to declareはそのままスルーでええやん、とも思ったりするが、その辺りは日本国の事情とかがあるんでしょう…(知らんけど)

余談だけれど、先日カンボジアの新空港のテチョ空港(超綺麗でモダン)にいったんだが、事前のオンラインビザ申請パスポート登録顔写真登録)しておけば、外国人でも生体認証自動化ゲートで即入国できたの驚いたよね。

日本人が日本入国するより、外国人カンボジア入国する方が先進的で早いんだもの。なんだかな〜ってなるよ。

とはいえEUEESが始まってえらい時間かかるようになったから、日本劣化してるとかそういう話でもないんですけどねも。(さらにETIASも控えてるし)

JESTA日本ESTA)が始まったらいったいどうなるのやら…

瞑想のコツがわかった

1秒前の景色を思い出し続ける

これだけ

過去でも未来でもなく今に集中するのが瞑想であるが、

今とは何ぞやという疑問のせいで集中できなかった

1秒前を思い出し続けるというガイドライン瞑想に具体性と再現性を与える

2026-05-06

飲食物を添えるぬい活が理解できない

可愛い洋服を着せるとか綺麗な景色と一緒に撮るとかはわかるけど(正直外に出すのも汚れそうで怖いけど)マジのマジでカフェとかでぬいぐるみと一緒に撮るのはわからない

汚れつきそうじゃん

大事じゃないの?そのぬいぐるみ

でその汚れのついたぬいぐるみをまた別の飲食店で取り出すのもよく平気だなと思う

映えた食事でもなくスーパーで買ったお弁当とかイートインスペースで食べられるような食べ物とかと一緒に撮ってぬい活〜!ってはしゃぐやつの気持ちは一生わからん

ぬいぐるみ好きだけどそりゃお外でぬい活なんてしてたらキモがられるよなと思う

ワイ、いろいろ住んだ挙句、タワマンの2階に落ち着いたわ。

一軒家も住んだし、

タワマンの上層も経験したし、

普通アパートも一通り住んだ。

その上で出た結論がこれ。

結局、

治安・立地・設備総合で見ると、

タワマンの低層でいい、ってなる。

まずタワマンの強みって、

セキュリティと立地と共用設備じゃん。

これ、別に上層階じゃなくても全部享受できる。

しろ低層のほうが快適。

すぐ出入りできるし、

災害時も動きやすい。

で、上層のメリットって何かって言うと、

眺望とかステータス感。

でもそれって、

生活の快適さというより、

ほぼ見栄なんだよな。

しかも当然、

低層のほうが値段も安い。

同じ建物の中で、

機能面ほぼ同じなのに価格だけ高いって、

冷静に考えるとコスパ悪い。

毎日暮らす上での利便性を取るか、

たまにの景色優越感を取るか。

ワイは前者でいいってなった。

結果、

「タワマンの低層でいい」に落ち着いた。

一周回るとここに来ると思うわ。

邦画洋画の違い

なんとなく、邦画だと実際のセットと CG の背景の組み合わせで、背景の CG 感が強く出る印象

見慣れた景色からなのか、技術問題なのか、それとも画作りの狙いの違いなのか

2026-05-05

AI面白くないなぁって思う単純な理由

AIAIとこの数年とてもうるさい。

今後の世の中で、これがどんどん浸透していくものだってことはもう多分間違いがない。

それは認めたうえでも「面白くない」という感情は捨てられない。

これの存在で喜んでいるのは現状強者だなぁと感じる。

人を切れる、人を使わなくてすむ、やれることのスケールが上がる、

いわゆる偉い人たちほど黄ばんだアイコンで、ジェンスパークで作ったクソみたいなスライドにi2iで作ったクソみたいな絵を付けてキャッキャしている。

ここのクオリティに対してクソだな~って思えているのも多分今だけで、多分そのうち俺がやるよりいい感じになるのだろうと思う。だから人が切れることに喜ぶ経営者の姿は何も責められるようなことではないのだろう。

今まで甘言で引き止めていたにしたって、経営者本質的には人のことをコストとしてみなしていて、それを切れることは庶民家賃が半額になるくらいは多分嬉しいんだろうから

ミクロ的に零細寄りの企業で起きているのはこれで、

ももっと厳しいのは、AIの強みはおそらくスケール感で、個人で出来ることが1→100仮になるとしたら、100人いるところが10000になる(多少は減算するだろうけど)ところだと思う。

から勝ち組」に「今いる」ことでしか今後の希望はないように思う。

今まで、企業でやるには採算が取れない10個人や零細としてオールインしてどうにかなるかも…みたいな戦略を取っていた場合、もう希望なんてない。

メモリをはじめ機材の値段も上がる、電気代も上がる、雇用も減る、趣味世界景色も変えてくる

金持ちがより金持ちになることを喜んでいる姿がものすごく目にはいる。

これでどうしてこのテクノロジーを好きになれるのだろうか。

権利がどうこうとか、クリエイティブクオリティがとか、そんなことは正直どうでもいい。

ただただ、自分世界を一段階つまらなくさせて、職も希望を失わせた。このテクノロジーのことを好きになるのはなかなか難しい。

無敵ではないからまだもがくしこれは自分がやるって意味殺害予告でもなんでもないけれど、自分みたいなのは多分世の中にはいっぱいいるはず。

そうなった時に、多分、こういう時に無邪気にはしゃいでいる黄ばんだアイコン経営者に対して一矢報いたいと考えてしまう人もいるんじゃないだろうかと思う。

お行儀よくはしゃぐ、適宜庶民に寄り添う姿勢を見せる、そういうのは政治家なんかより成金の皆さんにこそ意識してもらいたいなと思う。嫌いな人たちでも無敵の人に刺されるのを見るのは嫌だなぁと思うから

いわゆるブレス・オブリージュとか納税とかパンとサーカスとか、なんかそういうのは、自分の身を護る振る舞いなんだとオモウよ。

2026-04-30

はてな匿名連続テレビ小説 ヒロイン二人のレズで稼ごうと思う

まゆこは24歳。ゆかり17歳

まゆこはある日から犬憑きになった。

犬憑きには自治体から補助金が出る。

まゆこは仕事を辞めて、学生時代の少しの貯金自治体補助金暮らしていくことにした。

補助金を得る代わりに、夢日記をつけることが義務付けられている。

まゆこは日記をつけ始めた。

まゆこは犬憑きになってから、毎夜同じ夢を見る。

犬になっている夢。

犬になって、街を歩いている夢だ。

街には誰もいない。

路地を曲がると風が気持ちいい広場に出た。

犬になったまゆこはこの街の全てを知っている。

その街は犬のための街だった。

ゆかりはまゆこと同じ村に住む女の子

まゆこが犬憑きになったという噂を聞いて親友になりたいと、まゆこの家にやってきた。

まゆこをスケッチしたり、まゆこの夢日記勝手に読んだりする。

代々の犬憑きの日記の写しも持っている。

犬憑きにハマっている。

ある日、ゆかりとまゆこが過去の犬憑きの日記を読んでいると、

どの犬憑きも「同じ街」を歩き回っていることに気がついた。

街の道、あちこちにあるモニュメントなど、どの日記も、まゆこの夢の中の街も、位置が一致している。

日記をもとに、つぎはぎで街の地図を書いてみた。それはどこにも存在しない街だった。

まゆこは犬憑きの症状が進むと、うまく言葉を話せなくなってきた。

その代わり、夢の中の街のことがどんどん理解できるようになってきた。

この街一種暗号なのだ

通る道、現れるモニュメント景色、それらは犬の認識もつゆみこだけが分かる暗号だった。

その街はいわば一つの記憶神殿であった。

暗号はそれぞれ、実在書籍を表していた。

その街は誰かの読書リストだったのだ。


まゆこの人格ゆかり母親人格ベースになっている。

この日本には3つの人格ベースとなって国家運営されている。

ゆかりはY型、まゆこはZ型、もう一つにアルファ型の人格存在する。

日本電子データとして存在している架空国家であり、統括のためにそれぞれの肉を持った国民には

その3つの人格ダウンロードされている。

経験により振る舞いが変わるため、色々な人格があるように振る舞うが、元は一つの核家族である

アルファゆかりの父であり、まゆこの夫だ。

女の生きづらさは、「若い女」の価値が高すぎるせいで、それが実質「通貨」になっていることからも生じてるんだよな。つまり、『

https://x.com/taichinakaj/status/2049477739670102518

女の生きづらさは、「若い女」の価値が高すぎるせいで、それが実質「通貨」になっていることからも生じてるんだよな。つまり、『若い女Pay』である

 

あらゆるコストの支払いを『若い女Pay』に依存してしまう。これは、ちょうどクレカ登録したサブスクのようなもので、使用者には「使っている自覚がない」んだよ。無意識なんだ。自動引落なんだ。

 

これは売春や、そのほか直接的な性的サービスにかぎらない。じつは『若い女Pay』というのは、顔の偏差値が40以上、かつ30代前半以下の女には、永続魔法のように効果が持続し続けている。

 

若い女Pay』を、ただ持って見せるだけで入れる部屋がある。空港における『プラチナカード』みたいなものだね。

 

特別なことは何もせずとも、男は無料で受けられないサービスを、なんか無料で受けられるようになっている。あるいは、割引がなされたりする。それは『奢り奢られ論争』のように、認知できるものだけではない。そのほとんどは、気付かないほどしずかに、水面下でおこなわれている。

 

それが、老化と同時に「若い女Pay安」に陥る。つまり価値がさがる。満足に支払いができなくなる。するともちろん、手に入るサービスがへっていく。

 

今まで当たり前に入れていた、タダで酒やら食い物やらが貰える、景色がよくて静かなデカソファのある部屋に入れなくなる。いままでVIP待遇だったのに、急にブラックリスト入りしたみたいになる。

 

あの小汚いおじさんとおなじように、急に冷たいイスに座らされる。そりゃあ、不満にもなるわな。

 

でも、どうしてそんなことになったのか分からない。なぜなら、『若い女Pay』を使ってきたことを自覚しづいから。

 

突如、いままで取り巻いていた「当たり前の文明」が消滅する。あたり一面がサバンナと化す。体力も能力もないのに、とつぜんのサバイバル生活が始まる。

 

30歳のイエネコが、急に野良に放たれるんだから、そりゃあ、生きづらいし、不満よな。

 

もしもさ。16歳の子供に「限度額なしのクレジットカード」を持たせて、自由に買い物させていたら、そのあとどうなると思う?

 

まり、「多くのものが当たり前に手に入る生活」をさせて、それを30歳になった途端に、「はい、もうダメ〜」と取り上げてしまったら、そりゃあ「......ワタシ...セカイ....ハカイスル...!!」となるに決まってる。

 

幸いなこと(?)に「男」には価値がない。マジでない。ほんとうにない。ないです。危機感持ったほうがいい。いや、持っても仕方ない。ないんだもん。

 

でも、そのおかげで男は「欲しいもの」にしっかりと対価を支払う。そういう、コスト意識がある。価値がないからこそ、価値提供する。そういう意識があるんよな。価値がないから。ほんとうに。

 

女がゲーム中盤以降で詰みやすいのは、何をどこまで「若い女pay」で購入してきたのか、それが不明瞭なまま生活していく構造の中にもあるんよ。あとで明細みてビックリするタイプの。

 

そもそもこの経済社会は、「若い女を買いたい、価値のない男」が、その支払いのために経済をぶん回して出来てるわけだ。いい大学を出て、いい稼ぎを得たら、いい家に住んで、いい服をきて、いい車に乗れば、もしかしたらモテるかもしれない。(モテないけど。)ダメなら、女を買えばいい。

 

そもそも、そういう経済競争の先には「売春賭博パワハラ」以外には何も用意されてない。だから、男が経済をやり、女を金で買い(結婚や、モテを含めて)、女は上手に若い女Payを利用し、結婚事業ごとバイアウト、が最適解になっているわけだな。

 

そう考えると、飢えた男の欠乏感で経済が回ってるうちは、生物的に満たされた女が経済の主役になるのは難しいだろうな。

 

これまで8000人に奢られた経験からいうと、やはり「女の生きづらさ」は、男の生きづらさとは別のベクトルなんよな。だから、どっちのほうが辛い、なんて勿論いえない。

 

「生きづらさ」とは、手に入らない苦しみだけではないからね。手に入りすぎる虚しさもある。男なら、みんな知ってるだろ。プロアクションリプレイで最強ポケモンをつくった同級生鍵っ子を羨ましがるのはあまりに幼稚じゃん。つまらんやろ。すぐ飽きるやろ。そんなん分かりきってることじゃん。男ならな、たまご厳選、からジグザグマ乱獲、正の字を手書きメモだろうが。たまに数えたか分かんなくなる。それくらいでいいんだよ。人生ってのは。

 

女の話にもどるけどさ。「そもそも欲しくないものを、まるで『好意で買って頂いた』かのようにして買い与えられる」という若い女Payの自動お節介決済も、女性の生きづらさを助長しているわけだ。

 

いま多くの女性が「いやいや、そんなもん、欲しくもないよ」と叫んでいる。男はいいよな、って。鍵っ子は帰る家を羨むし、帰る家のあるやつは鍵っ子ゲーム機を羨むものだ。

 

とはいえな。ないものはないし、あるものはある。そうだろ。だからさ、現実的な部分と、うまく折衷するしかないよな。男も女も。ポケットモンスター 虚無/ 無限 くらいのもんよ。どちらも地獄。みんなちがって、みんなクソだよ。

 

午後10:15 · 2026年4月29日

プロ奢ラレヤー🍣

@taichinakaj

10年間フォロワーに奢られて暮らします。 奢りたいひとは「奢りたい」とLINEして→ https://lin.ee/aFXo5bT 。 👇8000人に奢られたついでに結婚相談所もやってます

2026-04-27

悲報増田さん、基地外粘着される

増田莉音ちゃんブログに棲息するグラスりょう大手生保勤務の三留26歳)同じ日に2個怪文書送ってるときもあるのヤバすぎ

しかも一日150枚とか200枚以上ミーグリの券あるとか書いててガチ恐怖

この化物と長時間さなきゃいけないとかそら病んで当然やわ

https://x.com/xlll_death_rev/status/2048312382263644212

増田さんのブログ

https://www.nogizaka46.com/s/n46/diary/detail/104518?ima=4512

例のコメント

グラスりょう 全国ツアーの話

NO.4

2026.04.26 13:42

みりねちゃんへ。

グラスりょうやで。

みりねちゃんライブで会えるかもしれないことや、モデルとしての新しい姿を見られることを考えると、みりねちゃんにも明るい気持ちで読んでもらえる気がしてる。

から今日は、少し先の楽しみをたくさん詰め込んだコメントにしたいなって思った。

まず一番伝えたいのは、やっぱりライブでみりねちゃんに会いたいってこと。

真夏全国ツアー2026の福井公演に応募したよ。

アリーナ席指定普通指定席も両方申し込んだから、今はほんまに当たってほしい気持ちでいっぱい。

福井公演が当たったら、みりねちゃんライブで直接見る初めての機会になると思う。

ミーグリで話すみりねちゃんももちろん大好きやけど、ライブで踊っているみりねちゃん、曲に合わせて表情を変えているみりねちゃんステージの上で遠くまで気持ちを届けているみりねちゃんを、ちゃん自分の目で見たい。

グラスりょう最後乃木坂ライブに行ったのが2024年神宮で、9月2日から9月4日まで全部行ったのが最後やねん。

そこからずっとオンラインイベントやミーグリが中心やったから、久しぶりに乃木坂ライブ空気を感じられるかもしれないと思うだけでもすごく楽しみ。

しかもその久しぶりのライブで、みりねちゃんを見つけられるかもしれないって考えると、今からかなりわくわくする。

会場に入った時の空気とか、開演前の高まりとか、ペンライトが広がる景色とか、曲が始まった瞬間の一体感とか、そういう全部の中にみりねちゃんがいると思うと、それだけで特別時間になりそう。

福井という場所についても少し気になってる。

みりねちゃん福井に行ったことあるんかな。

福井って、海の幸とかソースカツ丼とか越前そばとか、いろいろおいしそうなものがあるイメージやし、恐竜博物館とか東尋坊みたいに有名な場所もあるからライブ以外にも少し楽しめそうな場所やと思ってる。

もちろんライブが一番の目的やけど、せっかく福井に行けるなら、その土地空気も少し感じたいなって思う。

みりねちゃんがもし福井に行ったことがあるなら、思い出とか印象とか聞いてみたいし、初めてなら、何を食べたいかとか、どんな場所が気になるかとか、そういう話もミーグリでできたら楽しそうやなって思う。

それからライブでのみりねちゃんについて。

まだ生で見たことはないけど、配信映像を見ていても、みりねちゃんステージでかなりかっこいいタイプなんじゃないかなって思ってる。

普段のやわらかくて優しい雰囲気もすごく好きやけど、曲に入った時には目線が変わって、表情が強くなって、見る人を引き込む空気が出るタイプやと思う。

ミーグリでは近くで言葉を届けてくれる魅力があるけど、ライブでは言葉を使わなくても伝わる魅力があると思う。

ダンス角度とか、手先の動きとか、表情の切り替えとか、立ち位置での存在感とか、そういう細かいところまで見てみたい。

みりねちゃん努力家なところが本当に魅力やと思ってる。

これはもう何回でも言いたいくら大事なところ。

自分がまだ足りないと思うところから逃げずに、少しでも良くなりたいって向き合える人やと思う。

ダンスもきっとたくさん練習してるやろうし、ライブに向けて覚えることも多い中で、どうしたらもっと良く見えるかとか、どうしたら曲の雰囲気に近づけるかとか、いっぱい考えてるんじゃないかなって思う。

そういう努力って、ステージに立った時に絶対に伝わると思う。

完璧に見せようとすることだけじゃなくて、そこに向き合ってきた時間が見えるからこそ、人は惹かれるんやと思う。

みりねちゃんにはその力があると思ってる。

あと、優しいところも本当に好き。

乃木坂メンバーはみんな優しいし、気配りができる人ばかりやと思うけど、その中でもみりねちゃんの優しさは、すごく丁寧でまっすぐな優しさやと思ってる。

相手言葉ちゃんと受け止めようとする感じ。

自分けが前に出るんじゃなくて、その場にいる人や、見てくれている人にちゃん気持ちを向ける感じ。

そういう優しさがあるから、ミーグリで話していても安心するし、ブログを読んでいても言葉がやわらかく届く。

みりねちゃんの優しさは、ただ雰囲気がやわらかいというだけじゃなくて、相手を大切にしたいという気持ちが行動や言葉に出ている優しさやと思う。

特に印象に残ってるのは、SEVENTEEN専属モデルとして初めての撮影現場に密着した乃木坂配信中の企画

あれを見た時、みりねちゃん礼儀正しさとか、周りの方への感謝とか、緊張しながらもちゃんと一つ一つ向き合おうとする姿勢がすごく伝わってきた。

まだ高校1年生なのに、挨拶も受け答えも丁寧で、スタッフさんや関係者の方に対してもすごく礼儀正しくて、見ていて本当にすごいなって思った。

初めての現場で緊張もあったと思うけど、その中でも周りへの感謝や敬意を忘れずにいる感じがして、そこにみりねちゃんの人柄が出ていたと思う。

あいう姿を見ると、応援していて本当に誇らしい気持ちになる。

モデルとしてのみりねちゃんも本当に楽しみ。

SEVENTEENという場所はすごく大きなブランドやし、そこで専属モデルとして活動していくことは、本当に大きな挑戦やと思う。

でも、みりねちゃんはその中でどんどん変わっていける人やと思ってる。

普段のかわいさとはまた違う、モデルとしての表情や立ち方や服の見せ方があって、写真映像を見るたびに、こんな雰囲気も出せるんやって驚くことがある。

いつものみりねちゃんはもちろんかわいいけど、モデルの時は美しさとか透明感とか、少し大人っぽい空気が強く出ていて、本当に別の一面を見ている感じがする。

服の着こなしも、メイク雰囲気も、表情の作り方も、これからどんどん上達していくと思う。

最初の頃の緊張感もかわいいし、慣れてきた時の自然な表情もきっと素敵やと思う。

ファッションメイクって、その人の魅力を新しい形で見せてくれるものやと思うから、みりねちゃんがこれからいろんな系統に挑戦していくのがすごく楽しみ。

かわいい系も似合うし、清楚な雰囲気も似合うし、少し大人っぽい服も似合いそうやし、アニメ好きな一面と合わせた個性的雰囲気絶対に魅力的やと思う。

これからモデルとしてどんな表情を見せてくれるのか、ゆっくり見守っていきたい。

言葉選びを大切にしているところも、みりねちゃんの大きな魅力やと思ってる。

この前のミーグリでも、みりねちゃん言葉選びを大事にしているっていう話をしてくれたけど、それを聞いて本当にすごいなって思った。

言葉って、相手を大切に思えば思うほど簡単には選べなくなると思う。

適当に言えば早いけど、ちゃんと届けたいと思うと、どういう言い方がいいか、どんな順番で伝えるか、相手がどう受け取るか、いろいろ考えることになる。

みりねちゃんブログを書くのに時間をかけているのも、きっとそういう理由があるんやろうなって思う。

ファン自分気持ちちゃんと届けたい。

でも誰かを不安にさせたり、傷つけたりしないようにしたい。

その両方を大事にしているからこそ、言葉時間をかけられるんやと思う。

グラスりょう言葉選びはかなり大事にする方やから、みりねちゃんのその感覚にはすごく共感する。

相手のことを大切に思うほど、言葉は慎重になるし、何回も考え直すことがある。

コメントを書く時も、どうしたら重くなりすぎずに気持ちが届くか、どうしたらみりねちゃんが読んで少しでもうれしくなるか、かなり考える。

から、みりねちゃんブログ時間をかけているということは、ファンのことを本当に大切に思ってくれている証拠やと思う。

文章時間をかけることは、ただ遅いということじゃなくて、気持ちを丁寧に整えて届けようとしているということやと思う。

そこが本当に素敵やし、みりねちゃん文章が心に残る理由やと思う。

笑顔もたくさん褒めたい。

みりねちゃん笑顔は、本当に周りの空気を明るくする力があると思う。

いつも自然に笑っているように見えるけど、笑顔でいることって実は簡単なことじゃないと思う。

しんどい日もあるやろうし、思うようにいかない日もあるやろうし、緊張する場面もたくさんあると思う。

それでも、番組配信やミーグリで笑顔を見せてくれると、見ている側はすごく安心する。

その笑顔に救われている人はたくさんいると思うし、グラスりょうもその一人やで。

みりねちゃん笑顔は、作った感じじゃなくて、ちゃんとあたたかさがあるところが好き。

見る人を安心させる笑顔やと思う。

笑顔って、その場にいる人だけじゃなくて、画面の向こう側にいる人にも届くと思う。

配信中や番組を見ていても、みりねちゃんが笑っていると、画面越しでも空気がやわらかくなる感じがする。

それってすごい才能やと思う。

から、みりねちゃんには自分笑顔もっと自信を持ってほしい。

いつも笑顔でいてくれることに感謝しているし、その笑顔は本当に大きな魅力やと思う。

かわいいだけじゃなくて、人をほっとさせる笑顔

明るくする笑顔

また会いたいなって思わせてくれる笑顔

そういう力があると思う。

それからヘアピンの話もしたい。

次にしてほしいものとしては、やっぱりヘアピンが見たいなって思ってる。

ミーグリだと画面越しでも分かりやすいし、ちょっとした変化でもすごく印象に残ると思う。

最近はおしゃれなヘアピンも多いし、シンプルかわいいものも、少し個性的ものも、みりねちゃんには似合いそう。

特にアニメが好きっていう話もあるからアニメ関係する小物とか、さりげないキャラクターっぽい雰囲気ヘアピンとかも絶対かわいいと思う。

ゼロが好きって言ってたし、そういう好きなものを少しだけ身につけてくれたら、話題にもなるし、ミーグリでもめちゃくちゃ盛り上がりそう。

推し推しがいるっていう感じもすごく尊いし、みりねちゃんが好きなものを楽しそうに話してくれる時間絶対楽しいと思う。

5月10日のミーグリで、もしできそうならヘアピンとか、アニメ関係する小物とか、そういう少し分かりやすものを見せてくれたらうれしい。

もちろん無理に用意してほしいということじゃなくて、もし持っていて、気分が合ったらで大丈夫

でも、みりねちゃん自分の好きなものを身につけてくれたり、好きな世界観を少し出してくれたりしたら、それだけでめちゃくちゃうれしい。

そこからアニメの話もできるし、リゼロの話もできるし、好きなキャラの話もできるし、みりねちゃん推し活の話も聞いてみたい。

みりねちゃん自身乃木坂応援される立場でありながら、アニメの中に好きな存在がいるっていうのが本当にいい。

推し応援する気持ちを知っているからこそ、ファン気持ちにも寄り添えるのかなって思うこともある。

ミーグリで話すなら、ライブの話も、モデルの話も、言葉選びの話も、笑顔の話も、ヘアピンの話も全部盛り上がると思う。

福井が当たったら、その報告もしたいし、福井で何を食べたいかとか、どんな景色を見たいかとか、ライブでどの曲の表情を見たいかとか、いろいろ話したい。

モデルの話では、撮影で一番緊張したこととか、服を着た時に気分が変わる瞬間とか、メイクで新しい自分を見つけた感覚とか、そういう話を聞いてみたい。

言葉選びの話では、ブログを書く時に一番時間がかかる部分とか、書き出しから悩むのか、最後の締め方で悩むのか、そういう細かい話も聞いてみたい。

笑顔の話では、最近一番自然に笑えた瞬間とか、逆に笑顔で救われた出来事とか、そういう話も絶対に素敵やと思う。

ヘアピンの話では、どんな系統が好きかとか、アニメっぽい小物を普段使うことがあるかとか、聞いてみたいことがたくさんある。

みりねちゃんって、話せば話すほど話題が広がる人やと思う。

つの話題から、別の話題自然に広がっていく感じがある。

ライブの話をしていたら努力の話になるし、努力の話をしていたら言葉選びやブログの話にもつながるし、モデルの話をしていたら表情や服やメイクの話にもつながる。

そういう広がり方があるから、ミーグリで話す時間がすごく楽しいんやと思う。

短い時間でも、ちゃんと会話した感じが残る。

それはみりねちゃんが、相手言葉ちゃんと聞いてくれているからやと思う。

からこそ、また話したいなって毎回思える。

今回のコメントでは、昨日のことはほどほどにして、これからの楽しみを中心に書いたけど、結局どの話題も、みりねちゃんの魅力につながってると思う。

ライブで会いたいのは、みりねちゃんパフォーマンスを見たいから。

福井の話をしたいのは、みりねちゃんと新しい場所の話で盛り上がりたいから。

努力家なところを褒めたいのは、みりねちゃんが見えないところで積み重ねている姿勢を本当に尊敬しているから。

優しいところを褒めたいのは、ミーグリでもブログでもその優しさがちゃんと伝わってくるから

モデルの話をしたいのは、みりねちゃんの新しい魅力がどんどん見えてきているから。

ヘアピンの話をしたいのは、みりねちゃんの好きなものとかわいさが合わさったら絶対楽しいと思うから

全部、みりねちゃんと話したら楽しいと思えることばかりやねん。

これからも、みりねちゃんにはたくさんの場所活躍してほしい。

乃木坂ライブで輝く姿も見たいし、モデルとして誌面や撮影で新しい表情を見せる姿も見たいし、ミーグリでやわらかく話してくれる姿も見たいし、ブログで丁寧に言葉を届けてくれる姿も見たい。

どれか一つだけじゃなくて、全部がみりねちゃんの魅力やと思う。

やさしいところ。

努力家なところ。

笑顔が素敵なところ。

言葉大事にするところ。

好きなものを楽しそうに話すところ。

周りへの感謝を忘れないところ。

モデルとして美しくなっていくところ。

ステージでかっこよくなっていくところ。

そういう全部をこれからも見守っていきたい。

ここからさらに、みりねちゃんブログについても少し触れたい。

みりねちゃんブログって、毎回ただ出来事を書くだけじゃなくて、今自分がどう感じているのか、どこに迷いがあって、どこに嬉しさがあって、どこに感謝があるのかがちゃんと見えるところが好きやねん。

特に自分の弱さや不器用さも隠しすぎずに書いてくれるところがすごくいいと思ってる。

全部を完璧に見せようとするんじゃなくて、今の自分の歩幅をちゃんと見せてくれる感じがあるから、読んでいる側も応援したくなる。

それに、文章の中にちゃん相手への気遣いがある。

自分気持ちを書いているのに、読んでくれる人がどう受け取るかまで考えている感じがして、その優しさが本当にみりねちゃんらしいと思う。

ブログを書くのに時間がかかるっていうのも、りょうはすごく良いことやと思ってる。

早く書けることだけがすごいわけじゃなくて、時間をかけて考えた言葉からこそ届くものがあると思う。

たとえば、何かをありがとうって書く時でも、ただありがとうって書くだけならすぐにできるけど、誰に向けたありがとうなのか、どんな気持ちありがとうなのか、今どういう温度で伝えたいのかまで考えると、やっぱり時間がかかると思う。

みりねちゃん文章には、その時間をかけた跡がちゃんとある

から、読む側もただ流し読みするんじゃなくて、ちゃんと受け取りたくなる。

そこが本当にすごいし、みりねちゃんブログが好きな理由の一つやねん。

あと、モデルの話に戻るけど、みりねちゃんSEVENTEEN現場で見せていた緊張と一生懸命さは、これから先のすごく大事な原点になると思う。

初めての現場って、何をすればいいのか分からないことも多いし、周りの人たちはみんなプロで、緊張して当然やと思う。

その中で、みりねちゃんが丁寧に挨拶して、説明ちゃんと聞いて、撮影に向き合っている姿は、本当に立派やった。

最初から完璧じゃなくてもいい。

大事なのは、分からないことをそのままにせずに、ちゃんと吸収しようとすることやと思う。

みりねちゃんにはその姿勢があるから、これからモデルとしてどんどん伸びていくと思ってる。

モデル仕事って、ただ服を着るだけじゃないと思うねん。

服の雰囲気に合わせて表情を変えたり、メイクに合わせて空気を変えたり、誌面の中でどう見えるかを考えたり、全部が表現仕事やと思う。

その意味では、乃木坂ライブとも少し似ている気がする。

ライブでは曲に合わせて表情や動きが変わる。

モデルでは服や世界観に合わせて表情や姿勢が変わる。

どちらも、自分の中にある魅力を違う形で見せる場所やと思う。

から、みりねちゃんライブでもモデルでも成長していく姿を見られるのは、本当に楽しみやねん。

みりねちゃんは、やわらかい雰囲気の中に芯がある人やと思う。

見た目の雰囲気はふんわりしていて、話し方も優しくて、笑顔かわいい

でも、その内側には、もっと良くなりたいとか、ちゃんと届けたいとか、周りの人に感謝したいとか、そういうまっすぐな気持ちがある。

そのバランスが本当に魅力的やと思う。

ただかわいいだけじゃない。

ただ優しいだけでもない。

かわいさの中に努力があって、優しさの中に強さがあって、落ち着いた雰囲気の中に熱がある。

そこがみりねちゃんのすごく好きなところ。

ライブで見たいのも、まさにその部分やねん。

かわいい曲で笑顔を見せてくれるみりねちゃんも見たいし、かっこいい曲で目線を決めるみりねちゃんも見たいし、少し切ない曲で表情を変えるみりねちゃんも見たい。

曲ごとに違うみりねちゃんを見つけられたら、本当に楽しいと思う。

ミーグリでは言葉や表情で近くに感じるけど、ライブではステージ全体の中で存在感を感じることになると思う。

その違いをちゃんと感じたい。

から福井は本当に当たってほしい。

アリーナ指定で当たったらもちろんうれしいし、普通の席でも会場に入れたらそれだけでうれしい。

でもやっぱり、できれば少しでも近くでみりねちゃんの表情を見たいなって思ってる。

福井の話も、ミーグリで広げられたら絶対楽しいと思う。

ライブで行く場所って、その日の思い出と一緒に残るから福井がみりね Permalink | 記事への反応(0) | 16:45

2026-04-26

死=無への恐怖

年々死が怖くなる。その先に圧倒的な無があるからだ。

意識が途切れたら二度と自我は戻らず、無となる。

から色々な宗教があり色々な解釈の救いがあるのだろう。信じることで救われるなら信仰に目覚めたいが、無宗教現実的な考えの持ち主なので、恐らく無理だ。

無が怖い。無の先に何かあってほしい。

藁にもすがるなんとやらで、AIに聞いてみた。

以下チャッピーの回答。何の足しにもならなかった。

その問いは、人類がずっと向き合ってきた根源的なテーマです。

結論から言えば、死後に何が起こるかを確実に知る方法は、現在科学にはありません。

現実的視点科学

科学的には、脳の活動が停止すると意識消失すると考えられています

まり現在の主流な理解では「自我」は脳の働きに依存しており、脳が完全に機能を終えれば、意識も終了する可能性が高いです。

この考え方に立つと、「無」への恐怖はとても自然です。

なぜなら、自分という存在の終わりを想像すること自体人間本能に反するからです。

哲学的視点

一方で、多くの哲学者はこう考えました。

まれる前の「無」は怖くなかった

死後も同様に、苦しみや恐怖を感じる主体存在しない可能性がある

古代ギリシャ哲学者 エピクロス

私たち存在する時、死は存在しない。死が存在する時、私たち存在しない」

と述べました。

まり、「死そのもの」より、「死を想像する今」が怖いとも言えます

宗教的な視点

宗教ごとに答えは異なります

キリスト教天国地獄

仏教輪廻転生涅槃

イスラム教:来世

スピリチュアル思想:魂の継続

信仰は「証明」ではなく、「意味」を与える役割があります

現実的な人が無理に信じようとしても難しいことは多いですが、宗教が長く人を支えてきた理由は、その恐怖に物語を与えるからです。

「無」が怖い理由

多くの場合、怖いのは無そのものより、

自分が消えること

愛する人と離れること

未完成人生

意味が失われること

です。

からこそ、人は

子孫

作品

思い出

社会への影響

など、「自分痕跡」を残そうとします。

つの救いになる考え方

「死後」に答えがなくても、

“限りがあるからこそ、今が価値を持つ”

という考え方もあります

永遠ではないから、

誰かを愛する

美しい景色を見る

笑う

生きる

ことが特別になる。

最後

「無が怖い」と感じるのは、あなた真剣に生きている証拠です。

その恐怖を完全に消す明確な答えは誰にもありませんが、多くの人が同じ問いを抱えながら生きています

しかすると重要なのは

死後の確実な答えを得ることより、死を意識しながら今をどう生きるか

なのかもしれません。

2026-04-23

anond:20260423184346

 こうなってくると何をいうても、直ぐそこへ持ってくるので話がゆきつまってしまう。二人の内でどちらか一人が、すこうしほんの僅かにでも押が強ければ、こんなに話がゆきつまるのではない。お互に心持は奥底まで解っているのだから吉野紙を突破るほどにも力がありさえすれば、話の一歩を進めてお互に明放してしまうことが出来るのであるしかしながら真底からおぼこな二人は、その吉野紙を破るほどの押がないのである。またここで話の皮を切ってしまわねばならぬと云う様な、はっきりした意識も勿論ないのだ。言わば未まだ取止めのない卵的の恋であるから、少しく心の力が必要な所へくると話がゆきつまってしまうのである

 お互に自分で話し出しては自分が極りわるくなる様なことを繰返しつつ幾町かの道を歩いた。詞数こそ少なけれ、その詞の奥には二人共に無量の思いを包んで、極りがわるい感情の中には何とも云えない深き愉快を湛えて居る。それでいわゆる足も空に、いつしか田圃も通りこし、山路へ這入った。今度は民子が心を取り直したらしく鮮かな声で、

「政夫さん、もう半分道来ましてしょうか。大長柵おおながさくへは一里に遠いッて云いましたねイ」

「そうです、一里半には近いそうだが、もう半分の余来ましたろうよ。少し休みましょうか」

わたし休まなくとも、ようございますが、早速お母さんの罰があたって、薄すすきの葉でこんなに手を切りました。ちょいとこれで結わえて下さいな」

 親指の中ほどで疵きずは少しだが、血が意外に出た。僕は早速紙を裂いて結わえてやる。民子が両手を赤くしているのを見た時非常にかわいそうであった。こんな山の中で休むより、畑へ往いってから休もうというので、今度は民子を先に僕が後になって急ぐ。八時少し過ぎと思う時分に大長柵の畑へ着いた。

 十年許り前に親父おやじが未だ達者な時分、隣村の親戚からまれ余儀なく買ったのだそうで、畑が八反と山林が二町ほどここにあるのである。この辺一体に高台は皆山林でその間の柵が畑になって居る。越石こしこくを持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり掛って割に合わないといつも母が言ってる畑だ。

 三方林で囲まれ、南が開いて余所よその畑とつづいている。北が高く南が低い傾斜こうばいになっている。母の推察通り、棉は末にはなっているが、風が吹いたら溢れるかと思うほど棉はえんでいる。点々として畑中白くなっているその棉に朝日がさしていると目まぶしい様に綺麗だ。

「まアよくえんでること。今日採りにきてよい事しました」

 民子は女だけに、棉の綺麗にえんでるのを見て嬉しそうにそう云った。畑の真中ほどに桐の樹が二本繁っている。葉が落ちかけて居るけれど、十月の熱を凌しのぐには十分だ。ここへあたりの黍殻きびがらを寄せて二人が陣どる。弁当包みを枝へ釣る。天気のよいのに山路を急いだから、汗ばんで熱い。着物を一枚ずつ脱ぐ。風を懐ふところへ入れ足を展のばして休む。青ぎった空に翠みどりの松林百舌もずもどこかで鳴いている。声の響くほど山は静かなのだ天と地との間で広い畑の真ン中に二人が話をしているのである

「ほんとに民子さん、きょうというきょうは極楽の様な日ですねイ」

 顔からから汗を拭いた跡のつやつやしさ、今更に民子の横顔を見た。

「そうですねイ、わたし何だか夢の様な気がするの。今朝家うちを出る時はほんとに極りが悪くて……嫂ねえさんには変な眼つきで視られる、お増には冷かされる、私はのぼせてしまいました。政夫さんは平気でいるから憎らしかったわ」

「僕だって平気なもんですか。村の奴らに逢うのがいやだから、僕は一足先に出て銀杏の下で民さんを待っていたんでさア。それはそうと、民さん、今日はほんとに面白く遊ぼうね。僕は来月は学校へ行くんだし、今月とて十五日しかないし、二人でしみじみ話の出来る様なことはこれから先はむずかしい。あわれッぽいこと云うようだけど、二人の中も今日だけかしらと思うのよ。ねイ民さん……」

「そりゃア政夫さん、私は道々そればかり考えて来ました。私がさっきほんとに情なくなってと言ったら、政夫さんは笑っておしまいなしたけど……」

 面白く遊ぼう遊ぼう言うても、話を始めると直ぐにこうなってしまう。民子は涙を拭うた様であった。ちょうどよくそこへ馬が見えてきた。西側山路から、がさがさ笹にさわる音がして、薪たきぎをつけた馬を引いて頬冠ほおかむりの男が出て来た。よく見ると意外にも村の常吉である。この奴はいつか向うのお浜に民子を遊びに連れだしてくれと頻しきりに頼んだという奴だ。いやな野郎がきやがったなと思うていると、

「や政夫さん。コンチャどうも結構なお天気ですな。今日は御夫婦で棉採りかな。洒落しゃれてますね。アハハハハハ」

「オウ常さん、今日は駄賃かな。大変早く御精が出ますね」

「ハア吾々なんざア駄賃取りでもして適たまに一盃いっぱいやるより外に楽しみもないんですからな。民子さん、いやに見せつけますね。余あんまり罪ですぜ。アハハハハハ」

 この野郎失敬なと思ったけれど、吾々も余り威張れる身でもなし、笑いとぼけ常吉をやり過ごした。

馬鹿野郎、実に厭なやつだ。さア民さん、始めましょう。ほんとに民さん、元気をお直しよ。そんなにくよくよおしでないよ。僕は学校へ行ったて千葉もの、盆正月の外にも来ようと思えば土曜の晩かけて日曜に来られるさ……」

「ほんとに済みません。泣面なきつらなどして。あの常さんて男、何といういやな人でしょう」

 民子襷掛け僕はシャツに肩を脱いで一心に採って三時間ばかりの間に七分通り片づけてしまった。もう跡はわけがいか弁当にしようということにして桐の蔭に戻る。僕はかねて用意の水筒を持って、

「民さん、僕は水を汲くんで来ますから留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産みやげに採って来ます

「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られたら大変ですもの

だって民さん、向うの山を一つ越して先ですよ、清水しみずのある所は。道という様な道もなくて、それこそ茨いばらや薄すすきで足が疵だらけになりますよ。水がなくちゃ弁当が食べられないから、困ったなア、民さん、待っていられるでしょう」

「政夫さん、後生から連れて行って下さい。あなたが歩ける道なら私にも歩けます。一人でここにいるのはわたしゃどうしても……」

「民さんは山へ来たら大変だだッ児になりましたネー。それじゃ一所に行きましょう」

 弁当は棉の中へ隠し、着物はてんでに着てしまって出掛ける。民子は頻りに、にこにこしている。端はたから見たならば、馬鹿馬鹿しくも見苦しくもあろうけれど、本人同志の身にとっては、そのらちもなき押問答の内にも限りなき嬉しみを感ずるのである。高くもないけど道のない所をゆくのであるから笹原を押分け樹の根につかまり、崖を攀よずる。しばしば民子の手を採って曳ひいてやる。

 近く二三日以来の二人の感情では、民子が求めるならば僕はどんなことでも拒まれない、また僕が求めるならやはりどんなことでも民子は決して拒みはしない。そういう間柄でありつつも、飽くまで臆病に飽くまで気の小さな両人ふたりは、嘗かつて一度も有意味に手などを採ったことはなかった。しかるに今日は偶然の事から屡手を採り合うに至った。這辺このへんの一種云うべからざる愉快な感情経験ある人にして初めて語ることが出来る。

「民さん、ここまでくれば、清水はあすこに見えます。これから僕が一人で行ってくるからここに待って居なさい。僕が見えて居たら居られるでしょう」

「ほんとに政夫さんの御厄介ですね……そんなにだだを言っては済まないから、ここで待ちましょう。あらア野葡萄えびづるがあった」

 僕は水を汲んでの帰りに、水筒は腰に結いつけ、あたりを少し許り探って、『あけび』四五十と野葡萄一もくさを採り、竜胆りんどうの花の美しいのを五六本見つけて帰ってきた。帰りは下りから無造作に二人で降りる。畑へ出口で僕は春蘭しゅんらんの大きいのを見つけた。

「民さん、僕は一寸『アックリ』を掘ってゆくから、この『あけび』と『えびづる』を持って行って下さい」

「『アックリ』てなにい。あらア春蘭じゃありませんか」

「民さんは町場もんですから、春蘭などと品のよいこと仰おっしゃるのです。矢切百姓なんぞは『アックリ』と申しましてね、皸あかぎれの薬に致します。ハハハハ」

「あらア口の悪いこと。政夫さんは、きょうはほんとに口が悪くなったよ」

 山の弁当と云えば、土地の者は一般に楽しみの一つとしてある。何か生理上の理由でもあるか知らんが、とにかく、山の仕事をしてやがてたべる弁当不思議うまいことは誰も云う所だ。今吾々二人は新らしき清水を汲み来り母の心を籠こめた弁当を分けつつたべるのである。興味の尋常でないは言うも愚おろかな次第だ。僕は『あけび』を好み民子は野葡萄をたべつつしばらく話をする。

 民子は笑いながら、

「政夫さんは皸の薬に『アックリ』とやらを採ってきて学校へお持ちになるの。学校で皸がきれたらおかしいでしょうね……」

 僕は真面目に、

「なアにこれはお増にやるのさ。お増はもうとうに皸を切らしているでしょう。この間も湯に這入る時にお増が火を焚たきにきて非常に皸を痛がっているから、その内に僕が山へ行ったら『アックリ』を採ってきてやると言ったのさ」

「まアあなたは親切な人ですことね……お増は蔭日向かげひなたのない憎気のない女ですから、私も仲好くしていたんですが、この頃は何となし私に突き当る様な事ばかし言って、何でもわたしを憎んでいますよ」

「アハハハ、それはお増どんが焼餅をやくのでさ。つまらんことにもすぐ焼餅を焼くのは、女の癖さ。僕がそら『アックリ』を採っていってお増にやると云えば、民さんがすぐに、まアあなたは親切な人とか何とか云うのと同じ訣わけさ」

「この人はいつのまにこんなに口がわるくなったのでしょう。何を言っても政夫さんにはかないやしない。いくらだってお増が根も底もない焼もちだ位は承知していますよ……」

「実はお増も不憫ふびんな女よ。両親があんなことになりさえせねば、奉公人とまでなるのではない。親父は戦争死ぬ、お袋はこれを嘆いたがもとでの病死、一人の兄がはずれものという訣で、とうとうあの始末。国家のために死んだ人の娘だもの、民さん、いたわってやらねばならない。あれでも民さん、あなたをば大変ほめているよ。意地曲りの嫂にこきつかわれるのだから一層かわいそうでさ」

「そりゃ政夫さん私もそう思って居ますさ。お母さんもよくそうおっしゃいました。つまらないものですけど何とかかとか分けてやってますが、また政夫さんの様に情深くされると……」

 民子は云いさしてまた話を詰らしたが、桐の葉に包んで置いた竜胆の花を手に採って、急に話を転じた。

「こんな美しい花、いつ採ってお出でなして。りんどうはほんとによい花ですね。わたしりんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。わたし急にりんどうが好きになった。おオえエ花……」

 花好きな民子は例の癖で、色白の顔にその紫紺の花を押しつける。やがて何を思いだしてか、ひとりでにこにこ笑いだした。

「民さん、なんです、そんなにひとりで笑って」

「政夫さんはりんどうの様な人だ」

「どうして」

「さアどうしてということはないけど、政夫さんは何がなし竜胆の様な風だからさ」

 民子は言い終って顔をかくして笑った。

「民さんもよっぽど人が悪くなった。それでさっきの仇討あだうちという訣ですか。口真似なんか恐入りますナ。しかし民さんが野菊で僕が竜胆とは面白い対ですね。僕は悦よろこんでりんどうになります。それで民さんがりんどうを好きになってくれればなお嬉しい」

 二人はこんならちもなき事いうて悦んでいた。秋の日足の短さ、日はようやく傾きそめる。さアとの掛声で棉もぎにかかる。午後の分は僅であったから一時間半ばかりでもぎ終えた。何やかやそれぞれまとめて番ニョに乗せ、二人で差しあいにかつぐ。民子を先に僕が後に、とぼとぼ畑を出掛けた時は、日は早く松の梢をかぎりかけた。

 半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、木この間まから影をさして尾花にゆらぐ風もなく、露の置くさえ見える様な夜になった。今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑には、蕎麦そばの花が薄絹を曳き渡したように白く見える。こおろぎが寒げに鳴いているにも心とめずにはいられない。

「民さん、くたぶれたでしょう。どうせおそくなったんですから、この景色のよい所で少し休んで行きましょう」

「こんなにおそくなるなら、今少し急げばよかったに。家の人達にきっと何とか言われる。政夫さん、私はそれが心配になるわ」

「今更心配しても追おっつかないから、まア少し休みましょう。こんなに景色のよいことは滅多めったにありません。そんなに人に申訣のない様な悪いことはしないもの、民さん、心配することはないよ」

 月あかりが斜にさしこんでいる道端の松の切株に二人は腰をかけた。目の先七八間の所は木の蔭で薄暗いがそれから向うは畑一ぱいに月がさして、蕎麦の花が際きわ立って白い。

「何というえい景色でしょう。政夫さん歌とか俳句かいものをやったら、こんなとき面白いことが云えるでしょうね。私ら様な無筆でもこんな時には心配も何も忘れますもの。政夫さん、あなた歌をおやんなさいよ」

「僕は実は少しやっているけど、むずかしくて容易に出来ないのさ。山畑の蕎麦の花に月がよくて、こおろぎが鳴くなどは実にえいですなア。民さん、これから二人で歌をやりましょうか」

 お互に一つの心配を持つ身となった二人は、内に思うことが多くてかえって話は少ない。何となく覚束おぼつかない二人の行末、ここで少しく話をしたかったのだ。民子は勿論のこと、僕よりも一層話したかったに相違ないが、年の至らぬのと浮いた心のない二人は、なかなか差向いでそんな話は出来なかった。しばらくは無言でぼんやり時間を過ごすうちに、一列の雁がんが二人を促すかの様に空近く鳴いて通る。

 ようやく田圃へ降りて銀杏の木が見えた時に、二人はまた同じ様に一種感情が胸に湧いた。それは外でもない、何となく家に這入はいりづらいと言う心持である。這入りづらい訣はないと思うても、どうしても這入りづらい。躊躇ちゅうちょする暇もない、忽たちまち門前近く来てしまった。

「政夫さん……あなた先になって下さい。私極きまりわるくてしょうがないわ」

「よしとそれじゃ僕が先になろう」

 僕は頗すこぶる勇気を鼓こし殊に平気な風を装うて門を這入った。家の人達は今夕飯最中で盛んに話が湧いているらしい。庭場の雨戸は未だ開いたなりに月が軒口までさし込んでいる。僕が咳払せきばらいを一ツやって庭場へ這入ると、台所の話はにわかに止んでしまった。民子は指の先で僕の肩を撞ついた。僕も承知しているのだ、今御膳会議で二人の噂が如何いかに盛んであったか

 宵祭ではあり十三夜ではあるので、家中表座敷へ揃そろうた時、母も奥から起きてきた。母は一通り二人の余り遅かったことを咎めて深くは言わなかったけれど、常とは全く違っていた。何か思っているらしく、少しも打解けない。これまでは口には小言を言うても、心中に疑わなかったのだが、今夜は口には余り言わないが、心では十分に二人に疑いを起したに違いない。民子はいよいよ小さくなって座敷中なかへは出ない。僕は山から採ってきた、あけびや野葡萄えびづるやを沢山座敷中じゅうへ並べ立てて、暗に僕がこんな事をして居たから遅くなったのだとの意を示し無言の弁解をやっても何のききめもない。誰一人それをそうと見るものはない。今夜は何の話にも僕等二人は除のけものにされる始末で、もはや二人は全く罪あるものと黙決されてしまったのである

「お母さんがあんまり甘過ぎる。あアして居る二人を一所に山畑へやるとは目のないにもほどがある。はたでいくら心配してもお母さんがあれでは駄目だ」

 これが台所会議の決定であったらしい。母の方でもいつまで児供と思っていたが誤りで、自分が悪かったという様な考えに今夜はなったのであろう。今更二人を叱って見ても仕方がない。なに政夫を学校へ遣やってしまいさえせば仔細しさいはないと母の心はちゃんときまって居るらしく、

「政や、お前はナ十一月へ入って直ぐ学校へやる積りであったけれど、そうしてぶらぶらして居ても為にならないから、お祭が終ったら、もう学校へゆくがよい。十七日にゆくとしろ……えいか、そのつもりで小支度して置け」

 学校へゆくは固より僕の願い、十日や二十日早くとも遅くともそれに仔細はないが、この場合しかも今夜言渡いいわたしがあって見ると、二人は既に罪を犯したものと定められての仕置であるから民子は勿論僕に取ってもすこぶる心苦しい処がある。実際二人はそれほどに堕落した訣でないから、頭からそうときめられては、聊いささか妙な心持がする。さりとて弁解の出来ることでもなし、また強いことを言える資格も実は無いのである。これが一ヶ月前であったらば、それはお母さん御無理だ、学校へ行くのは望みであるけど、科とがを着せられての仕置に学校へゆけとはあんまりでしょう……などと直ぐだだを言うのであるが、今夜はそんな我儘わがままを言えるほど無邪気ではない。全くの処、恋に陥ってしまっている。

 あれほど可愛がられた一人の母に隠立てをする、何となく隔てを作って心のありたけを言い得ぬまでになっている。おのずから人前を憚はばかり、人前では殊更に二人がうとうとしく取りなす様になっている。かくまで私心わたくしごころが長じてきてどうして立派な口がきけよう。僕はただ一言いちごん、

「はア……」

 と答えたきりなんにも言わず、母の言いつけに盲従する外はなかった。

「僕は学校へ往ってしまえばそれでよいけど、民さんは跡でどうなるだろうか」

 不図ふとそう思って、そっと民子の方を見ると、お増が枝豆をあさってる後に、民子うつむいて膝の上に襷たすきをこねくりつつ沈黙している。如何にも元気のない風で夜のせいか顔色も青白く見えた。民子の風を見て僕も俄に悲しくなって泣きたくなった。涙は瞼まぶたを伝って眼が曇った。なぜ悲しくなったか理由は判然はっきりしない。ただ民子が可哀相でならなくなったのである民子と僕との楽しい関係もこの日の夜までは続かなく、十三日の昼の光と共に全く消えうせてしまった。嬉しいにつけても思いのたけは語りつくさず、憂き悲しいことについては勿論百分の一だも語りあわないで、二人の関係は闇やみの幕に這入ってしまったのである

 十四日は祭の初日でただ物せわしく日がくれた。お互に気のない風はしていても、手にせわしい仕事のあるばかりに、とにかく思い紛らすことが出来た。

 十五日と十六日とは、食事の外用事もないままに、書室へ籠こもりとおしていた。ぼんやり机にもたれたなり何をするでもなく、また二人の関係をどうしようかという様なことすらも考えてはいない。ただ民子のことが頭に充ちているばかりで、極めて単純に民子を思うている外に考えは働いて居らぬ。この二日の間に民子と三四回は逢ったけれど、話も出来ず微笑を交換する元気もなく、うら淋しい心持を互に目に訴うるのみであった。二人の心持が今少しませて居ったならば、この二日の間にも将来の事など随分話し合うことが出来たのであろうけれど、しぶとい心持などは毛ほどもなかった二人には、その場合になかなかそんな事は出来なかった。それでも僕は十六日の午後になって、何とはなしに以下のような事を巻紙へ書いて、日暮に一寸来た民子に僕が居なくなってから見てくれと云って渡した。

 朝からここへ這入ったきり、何をする気にもならない。外へ出る気にもならず、本を読む気にもならず、ただ繰返し繰返し民さんの事ばかり思って居る。民さんと一所に居れば神様に抱かれて雲にでも乗って居る様だ。僕はどうしてこんなになったんだろう。学問をせねばならない身だから学校へは行くけれど、心では民さんと離れたくない。民さんは自分の年の多いのを気にしているらしいが、僕はそんなことは何とも思わない。僕は民さんの思うとおりになるつもりですから、民さんもそう思っていて下さい。明日は早く立ちます。冬期の休みには帰ってきて民さんに逢うのを楽しみにして居ります

  十月十六日

政夫

民子

 学校へ行くとは云え、罪があって早くやられると云う境遇であるから、人の笑声話声にも一々ひがみ心が起きる。皆二人に対する嘲笑かの様に聞かれる。いっそ早く学校へ行ってしまいたくなった。決心が定まれば元気も恢復かいふくしてくる。この夜は頭も少しくさえて夕飯も心持よくたべた。学校のこと何くれとなく母と話をする。やがて寝に就いてからも、

「何だ馬鹿馬鹿しい、十五かそこらの小僧の癖に、女のことなどばかりくよくよ考えて……そうだそうだ、明朝あしたは早速学校へ行こう。民子は可哀相だけれど……もう考えまい、考えたって仕方がない、学校学校……」

 独口ひとりぐちききつつ眠りに入った様な訣であった。

 船で河から市川へ出るつもりだから、十七日の朝、小雨の降るのに、一切の持物をカバン一個ひとつにつめ込み民子とお増に送られて矢切の渡へ降りた。村の者の荷船に便乗する訣でもう船は来て居る。僕は民さんそれじゃ……と言うつもりでも咽のどがつまって声が出ない民子は僕に包を渡してからは、自分の手のやりばに困って胸を撫なでたり襟えりを撫でたりして、下ばかり向いている。眼にもつ涙をお増に見られまいとして、体を脇へそらしている、民子があわれな姿を見ては僕も涙が抑え切れなかった。民子今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏いちょうがえしに薄く化粧をしている。煤色すすいろと紺の細かい弁慶縞べんけいじまで、羽織も長着も同じい米沢紬よねざわつむぎに、品のよい友禅縮緬ゆうぜんちりめんの帯をしめていた。襷を掛けた民子もよかったけれど今日民子はまた一層引立って見えた。

 僕の気のせいででもあるか、民子十三日の夜からは一日ひとひ一日とやつれてきて、この日のいたいたしさ、僕は泣かずには居られなかった。虫が知らせるとでもいうのか、これが生涯の別れになろうとは、僕は勿論民子とて、よもやそうは思わなかったろうけれど、この時のつらさ悲しさは、とても他人に話しても信じてくれるものはないと思う位であった。

 尤もっと民子の思いは僕より深かったに相違ない。僕は中学校卒業するまでにも、四五年間のある体であるのに、民子は十七で今年の内にも縁談の話があって両親からそう言われれば、無造作に拒むことの出来ない身であるから、行末のことをいろいろ考えて見ると心配の多い訣である。当時の僕はそこまでは考えなかったけれど、親しく目に染しみた民子のいたいたしい姿は幾年経っても昨日の事のように眼に浮んでいるのである

 余所から見たならば、若いうちによくあるいたずらの勝手な泣面と見苦しくもあったであろうけれど、二人の身に取っては、真にあわれに悲しき別れであった。互に手を取って後来を語ることも出来ず、小雨のしょぼしょぼ降る渡場に、泣きの涙も人目を憚はばかり、一言の詞ことばもかわし得ないで永久の別れをしてしまったのである。無情の舟は流を下って早く、十分間と経たぬ内に、五町と下らぬ内に、お互の姿は雨の曇りに隔てられてしまった。物も言い得ないで、しょんぼりと悄しおれていた不憫ふびんな民さんの俤おもかげ、どうして忘れることが出来よう。民さんを思うために神の怒りに触れて即座に打殺さるる様なことがあるとても僕には民さんを思わずに居られない。年をとっての後の考えから言えば、あアもしたらこうもしたらと思わぬこともなかったけれど、当時の若い同志どうしの思慮には何らの工夫も無かったのである八百屋お七は家を焼いたらば、再度ふたたび思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧ちえも出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖おじ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の弱い同志であったろう。

 僕は学校へ行ってからも、とかく民子のことばかり思われて仕方がない。学校に居ってこんなことを考えてどうするものかなどと、自分自分を叱り励まして見ても何の甲斐もない。そういう詞の尻からすぐ民子のことが湧いてくる。多くの人中に居ればどうにか紛れるので、日の中はなるたけ一人で居ない様に心掛けて居た。夜になっても寝ると仕方がないから、なるたけ人中で騒いで居て疲れて寝る工夫をし

 後のちの月という時分が来ると、どうも思わずには居られない。幼い訣わけとは思うが何分にも忘れることが出来ない。もはや十年余よも過去った昔のことであるから、細かい事実は多くは覚えて居ないけれど、心持だけは今なお昨日の如く、その時の事を考えてると、全く当時の心持に立ち返って、涙が留めどなく湧くのである。悲しくもあり楽しくもありというような状態で、忘れようと思うこともないではないが、寧むしろ繰返し繰返し考えては、夢幻的の興味を貪むさぼって居る事が多い。そんな訣から一寸ちょっと物に書いて置こうかという気になったのである

 僕の家というのは、松戸から二里ばかり下って、矢切やぎりの渡わたしを東へ渡り小高い岡の上でやはり矢切村と云ってる所。矢切斎藤と云えば、この界隈かいわいでの旧家で、里見の崩れが二三人ここへ落ちて百姓になった内の一人が斎藤と云ったのだと祖父から聞いて居る。屋敷西側に一丈五六尺も廻るような椎の樹が四五本重なり合って立っている。村一番の忌森で村じゅうから羨ましがられている。昔から何ほど暴風が吹いても、この椎森のために、僕の家ばかりは屋根を剥がれたことはただの一度もないとの話だ。家なども随分と古い、柱が残らず椎の木だ。それがまた煤やら垢やらで何の木か見分けがつかぬ位、奥の間の最も煙に遠いところでも、天井板がまるで油炭で塗った様に、板の木目も判らぬほど黒い。それでも建ちは割合に高くて、簡単な欄間もあり銅の釘隠しなども打ってある。その釘隠しが馬鹿に大きい雁であった。もちろん一寸見たのでは木か金かも知れないほど古びている。

僕の母なども先祖言い伝えからといって、この戦国時代遺物的古家を大変に自慢していた。その頃母は血の道で久しく煩っており、黒塗りのような奥の一間がいつも母の病褥となっていた。その次の十畳の間の南隅に、二畳の小座敷がある。僕がいない時は機織場で、僕がいる間は僕の読書室にしていた。手摺窓の障子を開けて頭を出すと、椎の枝が青空を遮って北を覆っている。

母が長らくぶらぶらしていたから、市川の親類で、僕には縁の従妹になっている民子という女の子が、仕事の手伝いや母の看護に来ていた。僕がいま忘れることができないというのは、その民子と僕との関係である。その関係といっても、僕は民子下劣関係をしたのではない。

僕は小学校卒業したばかりで十五歳、月を数えると十三歳何か月というころ、民子は十七だけれど、それも生まれが遅いから十五と少しにしかならない。

やせぎすであったけれども顔は丸い方で、透き通るほど白い皮膚に赤みを帯びた、まことに光沢のよい子であった。いつでもいきいきとして元気がよく、そのくせ気は弱くて憎気の少しもない子であった。

もちろん僕とは大の仲よしで、座敷を掃くといっては僕のところをのぞく、障子をはたくといっては僕の座敷へ入ってくる。私も本が読みたいの、手習いがしたいのという。たまにははたきの柄で僕の背中を突いたり、僕の耳をつまんだりして逃げてゆく。僕も民子の姿を見れば来い来いと言って、二人で遊ぶのが何よりおもしろかった。

からはいつでも叱られる。

「また民やは政のところへ入っているな。こら、さっさと掃除をやってしまえ。これからは政の読書邪魔などしてはいけません。民やは年上のくせに……」

などとしきりに小言を言うけれど、その実、母も民子を非常にかわいがっているのだから、いっこうに小言がきかない。民子は「私にも少し手習いをさせて……」などと、ときどきだだを言う。そういうときの母の小言も決まっている。

「お前は手習いより裁縫です。着物が満足に縫えなくては、女一人前として嫁に行かれません」

このころ僕に一点の邪念がなかったのはもちろんであるが、民子の方にも、いやな考えなどは少しもなかったに違いない。

しかし母がよく小言を言うにもかかわらず、民子はなお朝のご飯だ昼のご飯だと言っては僕を呼びに来る。呼びに来るたびに、急いで入って来て、本を見せろの筆を貸せのと言ってはしばらく遊んでいる。その間にも母の薬を持ってきた帰りや、母の用を足した帰りには、きっと僕のところへ入ってくる。僕も民子がのぞかない日は、何となく寂しく物足りなく思われた。今日は民さんは何をしているかなと思い出すと、ふらふらっと書室を出る。民子を見に行くというほどの心ではないが、ちょっと民子の姿が目に触れれば気が落ち着くのであった。何のことだ、やっぱり民子を見に来たんじゃないかと、自分自分をあざけるようなことがしばしばあったのである

村のある家に瞽女が泊まったから聴きに行かないか祭文が来たから聴きに行こうのと近所の女たちが誘っても、民子は何とか断りを言って決して家を出ない。隣村の祭で花火や飾り物があるからとのことで、例の向こうのお浜や隣のお仙などが大騒ぎして見に行くというのに、うちの者まで民さんも一緒に行って見てきたらと言っても、民子は母の病気言い訳にして行かない。僕もあまりそんな所へ出るのは嫌いであたから家にいる。民子はこそこそと僕のところへ入ってきて、小声で、「私はうちにいるのが一番面白いわ」と言ってにっこり笑う。僕も何となく民子をそんな所へやりたくなかった。

僕が三日おき四日おきに母の薬を取りに松戸へ行く。どうかすると帰りが遅くなる。民子は三度も四度も裏坂の上まで出て、渡しの方を見ていたそうで、いつでも家中の者に冷やかされる。民子はまじめになって、「お母さんが心配して、見ておいで見ておいでと言うからだ」と言い訳をする。家の者は皆ひそひそ笑っているとの話であった。

そういう次第だから、作女のお増などは、無性に民子を小面憎がって、何かというと、「民子さんは政夫さんのところへばかり行きたがる。暇さえあれば政夫さんにこびりついている」などとしきりに言いはやしたらしく、隣のお仙や向こうのお浜などまであれこれ噂をする。これを聞いてか、嫂が母に注意したらしく、ある日母は常になくむずかしい顔をして、二人を枕元へ呼びつけ、意味ありげな小言を言った。

「男も女も十五、六になれば、もはや子どもではない。お前たち二人があまり仲がよすぎると、人があれこれ言うそうじゃ。気をつけなくてはいけない。民子が年かさのくせによくない。これからはもう決して政のところへなど行くことはならぬ。

わが子を許すわけではないが、政はまだ子どもだ。民やは十七ではないか。つまらぬ噂をされると、お前の体に傷がつく。政夫だって気をつけろ……。来月から千葉中学へ行くんじゃないか

民子は年が多いし、かつは意味あって僕の所へゆくであろうと思われたと気がついたか、非常に恥じ入った様子に、顔を真赤にして俯向いている。常は母に少し位小言を言われても随分だだをいうのだけれど、この日はただ両手をついて俯向いたきり一言もいわない。何のやましい所のない僕は頗る不平で、「お母さん、そりゃ余り御無理です。人が何と云ったって、私等は何の訳もないのに、何か大変悪いことでもした様なお小言じゃありませんか。お母さんだっていつもそう云ってたじゃありませんか。民子とお前とは兄弟も同じだ、お母さんの眼からはお前も民子も少しも隔てはない、仲よくしろよといつでも云ったじゃありませんか」母の心配道理のあることだが、僕等もそんないやらしいことを云われようとは少しも思っていなかったから、僕の不平もいくらかの理はある。母は俄にやさしくなって、「お前達に何の訳もないことはお母さんも知ってるがね、人の口がうるさいから、ただこれから少し気をつけてと云うのです」色青ざめた母の顔にもいつしか僕等を真から可愛がる笑みがたたえている。やがて、「民やは、また薬を持ってきて、それからいかけの袷を今日中に仕上げてしまいなさい。政は立ったついでに花を切って仏壇へ供えてください。菊はまだ咲かないか、そんなら紫苑でも切ってくれよ」

人達は何の気なしであるのに、人がかれこれ言うのでかえって無邪気でいられない様にしてしまう。僕は母の小言も一日しか覚えていない。二三日たって民さんはなぜ近頃は来ないのか知らんと思った位であったけれど、民子の方では、それからというものは様子がからっと変ってしまった。民子はその後僕の所へは一切顔出ししないばかりでなく、座敷の内で行き会っても、人のいる前などでは容易に物も言わない。何となく極りわるそうに、まぶしい様な風で急いで通り過ぎてしまう。よんどころなく物を言うにも、今までの無遠慮に隔てのない風はなく、いやに丁寧に改まって口をきくのである。時には僕が余り俄に改まったのを可笑しがって笑えば、民子も遂には袖で笑いを隠して逃げてしまうという風で、とにかく一重の垣が二人の間に結ばれた様な気合になった。それでも或日の四時過ぎに、母の言いつけで僕が背戸の茄子畑に茄子をもいでいると、いつのまにか民子が笊を手に持って、僕の後にきていた。「政夫さん……」出し抜けに呼んで笑っている。「私もお母さんから言いつかって来たのよ。今日の縫物は肩が凝ったろう、少し休みながら茄子をもいできてくれ。明日麹漬をつけるからって、お母さんがそう言うから、私飛んできました」民子は非常に嬉しそうに元気一杯で、僕が、「それでは僕が先にきているのを民さんは知らないで来たの」と言うと民子は、「知らなくてさ」 にこにこしながら茄子を採り始める。茄子畑というは、椎森の下から一重の藪を通り抜けて、家より西北に当る裏の前栽畑。崖の上になっているので、利根川は勿論中川までもかすかに見え、武蔵一円が見渡される。秩父から足柄箱根の山々、富士の高嶺も見える。東京上野の森だというのもそれらしく見える。水のように澄みきった秋の空、日は一間半ばかりの辺に傾いて、僕等二人が立っている茄子畑を正面に照り返している。あたり一体に静としてまた如何にもはっきりとした景色、我等二人は真に画中の人である。「まあ何という好い景色でしょう」民子もしばらく手をやめて立った。僕はここで白状するが、この時の僕は確かに十日以前の僕ではなかった。二人は決してこの時無邪気な友達ではなかった。いつの間にそういう心持が起っていたか自分には少しも判らなかったが、やはり母に叱られた頃から、僕の胸の中にも小さな恋の卵が幾つか湧きそめていたに違いない。僕の精神状態がいつの間にか変化してきたは、隠すことの出来ない事実である。この日初めて民子を女として思ったのが、僕に邪念の萌芽ありし何よりの証拠である民子が体をくの字にかがめて、茄子をもぎつつあるその横顔を見て、今更のように民子の美しく可愛らしさに気がついた。これまでにも可愛らしいと思わぬことはなかったが、今日はしみじみとその美しさが身にしみた。しなやかに光沢のある鬢の毛につつまれた耳たぶ、豊かな頬の白く鮮かな、顎のくくしめの愛らしさ、頸のあたり如何にも清げなる、藤色の半襟や花染の襷や、それらがことごとく優美に眼にとまった。そうなると恐ろしいもので、物を言うにも思い切ったことは言えなくなる、恥ずかしくなる、極りが悪くなる、皆例の卵の作用から起ることであろう。ここ十日ほど仲垣の隔てが出来て、ろくろく話もせなかったから、これも今までならば無論そんなこと考えもせぬにきまっているが、今日はここで何か話さねばならぬ様な気がした。僕は初め無造作に民さんと呼んだけれど、後は無造作言葉が継がない。おかしく喉がつまって声が出ない民子茄子を一つ手に持ちながら体を起して、「政夫さん、なに……」「何でもないけど民さんは近頃へんだからさ。僕なんかすっかり嫌いになったようだもの民子はさすがに女性で、そういうことには僕などより遥に神経が鋭敏になっている。さも口惜しそうな顔して、つと僕の側へ寄ってきた。「政夫さんはあんまりだわ。私がいつ政夫さんに隔てをしました……」「何さ、この頃民さんは、すっかり変っちまって、僕なんかに用はないらしいからよ。それだって民さんに不足を言う訳ではないよ」民子はせきこんで、「そんな事いうはそりゃ政夫さんひどいわ、御無理だわ。この間は二人を並べておいて、お母さんにあんなに叱られたじゃありませんか。あなたは男ですから平気でお出でだけど、私は年は多いし女ですもの、ああ言われては実に面目がないじゃありませんか。それですから、私は一生懸命になってたしなんでいるんでさ。それを政夫さん隔てるの嫌になったろうのと言うんだもの、私はほんとにつまらない……」民子は泣き出しそうな顔つきで僕の顔をじっと見ている。僕もただ話の小口にそう言うたまでであるから民子に泣きそうになられては気の毒になって、「僕は腹を立って言ったではないのに、民さんは腹を立ったの……僕はただ民さんが俄に変って、逢っても口もきかず、遊びにも来ないから、いやに淋しく悲しくなっちまったのさ。それだからこれからも時々は遊びにお出でよ。お母さんに叱られたら僕が咎を背負うから……人が何と言ったってよいじゃないか」何というても子供だけに無茶なことをいう。無茶なことを言われて民子心配やら嬉しいやら、嬉しいやら心配やら、心配と嬉しいとが胸の中でごったになって争ったけれど、とうとう嬉しい方が勝を占めてしまった。なお三言四言話をするうちに、民子は鮮かな曇りのない元の元気になった。僕も勿論愉快が溢れる、宇宙間にただ二人きりいるような心持にお互いになったのである。やがて二人は茄子のもぎくらをする。大きな畑だけれど、十月の半過ぎでは茄子もちらほらしかなっていない。二人でようやく二升ばかりずつを採り得た。「まあ民さん、ご覧なさい、入日の立派なこと」民子はいしか笊を下へ置き、両手を鼻の先に合せて太陽を拝んでいる。西の方の空は一体に薄紫にぼかした様な色になった。ひた赤く赤いばかりで光線の出ない太陽が今その半分を山に埋めかけたところ、僕は民子一心入日を拝むしおらしい姿が永く眼に残っている。二人が余念なく話をしながら帰ってくると、背戸口の四つ目垣の外にお増がぼんやり立って、こっちを見ている。

民子は小声で、「お増がまた何とか言いますよ」「二人ともお母さんに言いつかって来たのだから、お増なんか何と言ったって構いやしないさ」一事件を経る度に二人が胸中に湧いた恋の卵は層を増してくる。

機に触れて交換する双方の意志は、直ちに互いの胸中にある例の卵に至大な養分給与する。今日日暮は確かにその機であった。ぞっと身震いをするほど著しい徴候を現したのであるしかし何というても二人の関係は卵時代で極めて取りとめがない。人に見られて見苦しい様なこともせず、顧みて自らやましい様なこともせぬ。従ってまだまだのんきなもので、人前を繕うという様な心持は極めて少なかった。僕と民子との関係も、この位でお終いになったならば、十年忘れられないというほどにはならなかっただろう。

親というものはどこの親も同じで、我が子をいつまでも子供のように思っている。僕の母などもその一人に漏れない。民子はその後ときおり僕の書室へやってくるけれど、よほど人目を計らって気兼ねをしながら来るような様子で、来ても少しも落ち着かない。先に僕に嫌味を言われたから仕方なく来るのかとも思われたが、それは間違っていた。僕ら二人の精神状態は、二三日では言い表せないほど著しい変化を遂げている。僕の変化は最も激しい。三日前には、お母さんが叱るなら自分責任を負うから遊びに来てくれとまで無茶を言った僕が、今日はとてもそんな気持ちではない。民子が少し長居をすると、もう気がとがめ心配でならなくなった。

「民さん、またお出いでよ。あまり長く居ると人がつまらぬことを言うから

民子気持ちは同じだけれど、僕にもう行けと言われると妙にすねだす。

あなたはこの前、何と言いました。人が何と言ってもよいから遊びに来いと言ったじゃありませんか。私はもう人に笑われてもかまいません」

困ったことになった。二人の関係が密接になるほど、人目を恐れるようになる。人目を恐れるようになっては、まるで罪を犯しているかのように心も落ち着かなくなる。母は口では、男も女も十五六になれば子供ではないと言うが、それは理屈の上のことで、気持ちではまだ二人を子供のように思っている。そのため、民子が僕の部屋に来て本を見たり話をしたりしていても、すぐ前を通りながらまったく気に留める様子もない。この間の小言も実は嫂が言うから出ただけで、本心からではない。母はそうだったが、兄や嫂やお増などは盛んに陰口を言って笑っていたらしく、村中でも「年上の娘を嫁にする気か」などともっぱら噂しているという。それらのことが次第に二人にも伝わり、僕の方から言い出して、しばらく距離を置くことにした。

僕はズボン下に足袋裸足麦藁帽という出で立ち、民子は手指を佩いて股引も佩いてゆけと母が云うと、手指ばかり佩いて股引佩くのにぐずぐずしている。民子は僕のところへきて、股引佩かないでもよい様にお母さんにそう云ってくれと云う。僕は民さんがそう云いなさいと云う。押問答をしている内に、母はききつけて笑いながら、

「民やは町場者だから、股引佩くのは極りが悪いかい。私はまたお前が柔かい手足へ、茨や薄で傷をつけるが可哀相だから、そう云ったんだが、いやだと云うならお前のすきにするがよいさ」

それで民子は、例の襷に前掛姿で麻裏草履という支度。二人が一斗笊一個宛を持ち、僕が別に番ニョ片籠と天秤とを肩にして出掛ける。民子が跡から菅笠を被って出ると、母が笑声で呼びかける。

「民や、お前が菅笠を被って歩くと、ちょうど木の子が歩くようで見っともない。編笠がよかろう。新らしいのが一つあった筈だ」

稲刈連は出てしまって別に笑うものもなかったけれど、民子はあわてて菅笠を脱いで、顔を赤くしたらしかった。今度は編笠を被らずに手に持って、それじゃお母さんいってまいります挨拶して走って出た。

のものらもかれこれいうと聞いてるので、二人揃うてゆくも人前恥かしく、急いで村を通抜けようとの考えから、僕は一足先になって出掛ける。村はずれの坂の降口の大きな銀杏の樹の根で民子のくるのを待った。ここから見おろすと少しの田圃がある。色よく黄ばんだ晩稲に露をおんで、シットリと打伏した光景は、気のせいか殊に清々しく、胸のすくような眺めである民子はいつの間にか来ていて、昨日の雨で洗い流した赤土の上に、二葉三葉銀杏の葉の落ちるのを拾っている。

「民さん、もうきたかい。この天気のよいことどうです。ほんとに心持のよい朝だねイ」

「ほんとに天気がよくて嬉しいわ。このまア銀杏の葉の綺麗なこと。さア出掛けましょう」

民子の美しい手で持ってると銀杏の葉も殊に綺麗に見える。二人は坂を降りてようやく窮屈な場所から広場へ出た気になった。今日は大いそぎで棉を採り片付け、さんざん面白いことをして遊ぼうなどと相談しながら歩く。道の真中は乾いているが、両側の田についている所は、露にしとしとに濡れて、いろいろの草が花を開いてる。タウコギは末枯れて、水蕎麦蓼など一番多く繁っている。都草も黄色く花が見える。野菊がよろよろと咲いている。民さんこれ野菊がと僕は吾知らず足を留めたけれど、民子は聞えないのかさっさと先へゆく。僕は一寸脇へ物を置いて、野菊の花を一握り採った。

民子は一町ほど先へ行ってから、気がついて振り返るや否や、あれッと叫んで駆け戻ってきた。

「民さんはそんなに戻ってきないったって僕が行くものを……」

「まア政夫さんは何をしていたの。私びッくりして……まア綺麗な野菊、政夫さん、私に半分おくれたら、私ほんとうに野菊が好き」

「僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き……」

「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」

「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」

民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。二人は歩きだす。

「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」

「さアどうしてということはないけど、民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」

「それで政夫さんは野菊が好きだって……」

「僕大好きさ」

民子はこれからあなたが先になってと云いながら、自らは後になった。今の偶然に起った簡単な問答は、お互の胸に強く有意味に感じた。民子もそう思った事はその素振りで解る。ここまで話が迫ると、もうその先を言い出すことは出来ない。話は一寸途切れてしまった。

何と言っても幼い両人は、今罪の神に翻弄せられつつあるのであれど、野菊の様な人だと云った詞についで、その野菊を僕はだい好きだと云った時すら、僕は既に胸に動悸を起した位で、直ぐにそれ以上を言い出すほどに、まだまだずうずうしくはなっていない。民子も同じこと、物に突きあたった様な心持で強くお互に感じた時に声はつまってしまったのだ。二人はしばらく無言で歩く。

真に民子は野菊の様な児であった。民子は全くの田舎風ではあったが、決して粗野ではなかった。可憐で優しくてそうして品格もあった。厭味とか憎気とかいう所は爪の垢ほどもなかった。どう見ても野菊の風だった。

しばらくは黙っていたけれど、いつまで話もしないでいるはなおおかしい様に思って、無理と話を考え出す。

「民さんはさっき何を考えてあんなに脇見もしないで歩いていたの」

わたし何も考えていやしません」

「民さんはそりゃ嘘だよ。何か考えごとでもしなくてあんな風をする訣はないさ。どんなことを考えていたのか知らないけれど、隠さなだってよいじゃないか

「政夫さん、済まない。私さっきほんとに考事していました。私つくづく考えて情なくなったの。わたしはどうして政夫さんよか年が多いんでしょう。私は十七だと言うんだもの、ほんとに情なくなるわ……」

「民さんは何のこと言うんだろう。先に生れたから年が多い、十七年育ったから十七になったのじゃないか。十七だから何で情ないのですか。僕だって、さ来年になれば十七歳さ。民さんはほんとに妙なことを云う人だ」

僕も今民子が言ったことの心を解せぬほど児供でもない。解ってはいるけど、わざと戯れの様に聞きなして、振りかえって見ると、民子は真に考え込んでいる様であったが、僕と顔合せて極りわるげににわかに側を向いた。

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

大根を育てる

家賃7万8千円。ベランダは南向き。初夏の午後になるとコンクリートの床がじんわりと温まる。

手すりの外には向かいの棟の灰色の壁が見えるだけ。景色と呼べるものほとんどない。洗濯物を干すための物干し竿が二本。その下にプラスチックの鉢を三つ並べている。

深さのある長方形プランターで、ホームセンターで買ったものだ。その時一緒に土も買ったはずだが、その名はもう覚えていない。

大根を育てる。

自炊をしようと思ったのがきっかけだった。外食が続いて、濃い味に飽きがきていた。

スーパーで手にした大根。その時頭に過ったもの。お味噌汁おでんエトセトラ。切っても、煮ても、擦ってもいい。なんにでも使える。実家に居たときはいつも食卓に出ていた気がした。

一度、自分作ってみたいと思った。

種は小さい。指の腹にのせると重さがあるのかどうかもわからいくらいで、色はくすんだ茶色をしている。

説明書きには、「条間何センチ、株間何センチ」等と書いてあったが、守れてはいない。

プランターの幅が限られているので、だいたいで三列。間隔も目分量でまばらだ。

ネットで調べて、土は最初に軽く湿らせた。指で浅い溝をつくり、そこに種を落としていく。

水やりは朝の出勤前に一度。帰宅が早ければ夕方にもやる。ジョウロはなく、ペットボトルに穴を開けたもの代用している。

水の出方が不規則で、最初は土がえぐれたが、次第にコツを覚えた。受け皿には余った水が溜まる。数日放っておくと底の方にぬめりが出るので、ときどき洗って流す。

芽は思ったより早く出た。

細い双葉が土を押し上げるようにして顔を出す。どれも同じ形で、どれがどの種だったのか見分けはつかない。しばらくすると、混み合っているところが気になってくる。

間引きという作業説明どおりに初めて行った。元気そうなものを残し、そうでないものを抜く。

抜いた芽は、捨てるのがもったいない気がして、水で軽く洗ってそのまま口に入れてみた。ほんのりと青い味がした。それと大根おろしの辛味に近い、ざらざらとした味わい。

時々、土が乾くのが早くなる。そういう日は水を少し多めにやる。肥料最初に混ぜ込んだきりで、追肥はしていない。やるべきなのかもしれないが、今のところ見送っている。

白い部分は、土の下にある。見えているのは葉だけで、どれくらい育っているのかは掘ってみないとわからない。ときどき株元の土を少しだけ指でどけて、肩のあたりを確かめる。まだ細い。思っていたよりも時間がかかるようだ。

大根はまだ土の中にあって、形は見えない。見えないままでも、毎日少しずつ変わっているはずだと思う。

収穫の時期は袋の裏に書いてある。あと何日かで、予定日に近づく。どれぐらい育っているのだろうか。引き抜くまでは分からない。

とりあえず今は水をやる。がんばれ。元気に育てよ。そう心の中で思いながら、水をやる。

春と夏はお味噌汁。 秋と冬はおでん

家庭の味は、もうすぐ食卓に並ぶ。

2026-04-20

anond:20260419141439

かつての子供「😟なにゆってんの景色ぜんぜん違うじゃん」

2026-04-19

言葉と結びつく行為否認悪用厳禁😉)

J.L. オースティンは、従来の哲学者が陥っていた「言葉役割事実記述すること(真偽を判定すること)だけである」という「記述誤謬」を批判し、言葉世界に働きかける「行為」としての側面を明らかにしました。

1. 遂行的発話と事実確認的発話の区別

事実確認的発話: 事態記述し、報告し、事実を述べる発話。真か偽のいずれかとして判定されます


遂行的発話: 何かを行うこと自体が、その言葉を述べること、あるいはその一部となっている発話。これは「記述」ではないため、真偽を問うことはできません。


遂行的発話の例:

結婚式での「誓います

進水式での「私はこの船を浦島太郎号と命名する」

遺言状での「私は時計を弟に譲渡する」

・賭けの際の「明日は雨が降ることに100円賭ける」


これらの例では、言葉を発することによって「結婚」「命名」「譲渡」「賭け」という行為が成立しており、単に自分がそうしていることを報告しているわけではありません。

2. 「不適切」の理論

遂行的発話は「真偽」では判定できませんが、代わりにそれが適切に成功たか、あるいは失敗したかという「適切」か「不適切」かの基準評価されますオースティンは、遂行的発話が適切に機能するための6つの規則提示しました。

a. 慣習的手続き存在

特定の慣習的効果を持つ手続き存在し、それが言葉の受諾や特定の状況・人物を含むものでなければならない。

b. 適切な対象と状況:

その手続きを用いる人物や状況が、呼び出された手続きにとって適切でなければならない

c. 正確な遂行

手続きはすべての参加者によって正しく行われなければならない

d. 完全な遂行

手続き最後まで完全に行われなければならない

e. 誠実性の要件

手続き特定思考感情を前提とする場合参加者は実際にそれを持っていなければならず、その後の行動もそれに従う意図がなければならない

f. 事後の振る舞い:

実際にその後の行動において適切に振る舞わなければならない


これらの規則が破られた場合、発話は「不適切」となります

・不発: 規則a〜dの違反

行為のものが成立せず、無効となります。例えば、既婚者が結婚の誓いをしたり、権限のない人が船に命名したりする場合(”安倍晋三”というはてなコメント)です。

濫用規則e〜fの違反

行為は一応成立するものの、中身が伴わず「虚偽」や「空虚」なものとなります。例えば、守る気のない約束をする場合(不誠実)(「俺のいうことを聞けば、46を卒業できるよ」)などです。

3. 事実確認的と遂行的な区別崩壊

重要発見は、事実確認的発話も「不適切」になり得るという点です。

例えば、「フランス国王は禿げている」という文は、フランス国王がいない場合には「前提」の欠如により適切に機能しません。これは遂行的発話における「不発」に似ています。また、事実確認的な「言明」も、話し手がそれを信じていなければ「濫用(不誠実)」の一種とみなせます存在しないフランス王を禿げだと言っても中傷したことにはならない、と主張する人がいますが、フランス王はだれかのシンボルかもしれません。

このように、真偽を扱うはずの言明にも「適切さ」の問題がつきまとい、遂行的発話の中にも「事実との照合」が必要なケース(例:警告が事実に基づいているか)があることが明らかになり、最初の二分法は維持できなくなります

4. 言語行為一般理論:三つの側面

I. 発話行為(Locutionary act):

一定の意義と参照を伴う、単に「何かを言う」行為

II. 発話内行為(Illocutionary act):

「言うことにおいて」行われる行為。その発話がどのような「勢い(force)」を持つかを指します。質問する、約束する、命令する、警告するなどがこれに当たります

III. 発話媒介行為(Perlocutionary act):

「言うことによって」もたらされる効果や結果。説得する、驚かせる、怖がらせる、感銘を与えるなど、聞き手に生じる心理的・行動的変化を指します。

5. 政治的発話で利用されやす不適切さの形態

濫用」:不誠実な確約

発話の手続き自体は成立しているものの、話し手が適切な思想感情、あるいは意図を欠いている状態を指します。

⭐️手続きは行われるため、行為(例えば「約束」)は一応成立しますが、その中身が伴わないため「空虚」なものとなります

政治的例: 守る意図のない「公約」や「約束

「心の中ではそう思っていなかった(私の舌は誓ったが、心は誓っていない)」という『ヒッポリュトス』の例では、これが道徳的不謹慎さを招くことを指摘できます。また、誠実さを欠いた「言明」は、一種の嘘に近いものとして機能します。

「不発」:権限や状況の曖昧

政治家が、自分にその権限がないことを知りながら、あるいは適切な状況ではない中で特定行為を行おうとする場合、これは「誤用」に分類されます

⭐️ 適切な人物や状況が欠けているため、その行為は「無効」となります

政治的例: 権限のない官僚政治家による「任命」や「宣言」。例えば、正式手続きを経ていないのに「私はあなたを任命する」と述べることで、既成事実化を狙うなどの手法です。

曖昧さ」の意図的利用

特定言葉が「遂行的(行為)」なのか「事実確認的(記述)」なのかが曖昧な事例。

⭐️ 発話が記述なのか警告なのか、あるいは単なる意図の表明なのかを意図的に不明確にすることで、後で批判された際に「単なる予測記述)だった」と言い逃れる道を残します。

政治的例:

○「野原に雄牛がいるぞ」という発話は、単なる景色描写記述)とも、避難を促す「警告(行為)」とも取れます

政治的な場面で「私はそこにいるだろう」と述べる場合、それが「約束」なのか、単なる「予定の予測」なのかを曖昧にすることで、行かなかった際の発言責任回避できます

寄生使用」と非真剣な発話

発話が、劇中や詩の中、あるいは「真剣ではない」状況でなされる場合、それは通常の言語使用から外れた「寄生的な」ものとみなされます

⭐️ 政治においては「冗談だった」「誇張だった」という防衛線として利用されます

政治的例: 物議を醸す発言をした後で「あれは比喩詩的表現)だった」あるいは「ジョークだった」と主張すること。これは言語の通常の使用一時的に停止させ、行為としての責任無効化しようとする不適切さの利用です。

まとめ

このように、政治的発話では「真偽」よりも、発話が持つ「発話内的な力(Illocutionary force)」をいかに有利に制御するかが重要視されます

2026-04-18

スペック男性が身近にいない環境で育った

小中以降高偏差値学校を出て肩書見合い会社で勤めている。

同級生や同僚は大体家柄がよくて清潔感があって言葉遣いも優しかったので、世の中にいる人の平均は自分の周囲にいる人だと思っていた。

ネットで度々話題になる弱者男性なるものはどんな人でどこで生活しているのかあまり想像がつかなくて、どこか遠い世界出来事だと感じていた。

モテない自分は30歳を超えてから婚活サービス婚活を始めた。

結婚相談所アプリ、平凡な顔立ちの私にいいねや申し込みをする人達をみてやっとネットがいう弱者男性可視化できた。

私は多分日常でこの人達と同じ電車に乗ってるけど、そもそも景色みたいに認識してなかった。

電車や街中で「見かけた」人って、そもそも容姿が美しかったり身なりの良い人なんだと気づいた。

私の中では同年代ならこのくらいの清潔感年収常識があるもの、の物差しがあった。

あったけど、世の中にそんなもの存在しなかったんだと思い知らされた。

私今まで景色みたいに認識してた人と同じ土俵に乗せられてるんだ。

世の中的に自分はすっと景色みたいな人間の一人だったんだろう。

2026-04-17

四川料理の風を思いっきり感じる増田酢魔ル仁賀吏キッ芋生を是かノリうょ林セ史(回文

おはようございます

私はそんなに表には大っぴらには大きく大々と看板は掲げていないんだけど、

日々の探検の追求である日替わり定食探検家を一人で名乗っているの。

椎名誠さんの冒険譚で鶏はリュックに生きたまま吊して持っていくといつでも新鮮な肉で食べられるという言葉に感銘を受けたかどうかは分からないけれど、

そこに本当に仕事の依頼が来たのよ。

新しいお店ができたから、

報酬まりランチ代を出すから食べに行って偵察してきて欲しい美味しいかどうかって内容の依頼が来たの。

私は日替わり定食探検家として初めてのリアルな割とその一件の依頼に一見疑いそうになったけれど、

しかと1000円札を受け取って新しいお店のランチに向かったの。

受け取った1000円残りのおつりがつまり私の報酬

これは初めての仕事とあって、

私の乗っているオートバイベスパを片手で運転しながらもう片手にはコーヒーカップになみなみと注がれて熱々のホットコーヒー

こぼれないようにそーっとそーっと松田優作さんばりに慎重に運転しながらコーヒーを飲みながら、

新しくできたランチのお店に行ったの。

そこはいわゆるいわゆわれなくても、

ガチ中華しか四川系の中華屋さんで、

飛び込み前転で入店してしまうと私が日替わり定食探検家だとバレてしまうので、

ここは一応覆面とまでは行かないけれど、

社交界で恥ずかしいから目元だけ隠すようなマスクベネチアマスクを装着して入店したの。

お一人様ですね!って

店員さんに導かれるままに小さなテーブルに到着した私は、

辺りを見渡すの。

そこそこのお客さんの入りね。

私は一通りランチメニュー

ランチメニュー以外の冊子になっている黒革の手帖みたいなそれなんて松本清張さんばりの豪華な体裁の黒い表紙の色々なメニュー掲載されたものパラパラとめくって眺めていったの。

このランチ以外にも他の夜でも頼めるたくさんのメニュー掲載されたこメニュー名称が分からないまま、

私はその思いでもまだ無いはずなので、

涙そうそうばりに古いアルバムめくりありがとうとまではまだ呟けないほどの初見だったの。

へー!いっぱい美味しそうなメニューが並んでいるわね。

目移りしちゃうわ。

でも私はいろいろなこの豪華な黒革の手帖松本清張さんばりの体裁の豪華なランチ以外にも夜のメニュー掲載されている冊子よりも、

手軽にラミネーターでラミネートされた、

A4サイズ和牛で言って例えるとそこそこのランク

A4サイズの両面印刷ラミネートされたランチラインナップを見るの。

うーん、

どれにしようかしら?

定番を注文して頼むのは面白くないから私は「鶏のピリ辛揚げ」という、

定番から揚げ定食が無かったので、

その代替案になるであろう、

安直「鶏」という漢字と「揚」という漢字にただたんにから揚げみを感じたかっただけだったかもしれない、

その時はまだ気づいていない本気の四川四川感を知る由もなかったの。

しばらく待って、

やって来たお盆に乗ってきたその「鶏のピリ辛揚げ」の景色絶句したわ。

乾燥唐辛子1本を輪切りに3つしたものが大量に、

バラエティー番組の辛い料理食べさせて悶絶させる、

シュークリームワサビロシアンルーレットよろしく

いきなり一発目でロシアンルーレット弾丸当たっちゃうようなその軽く素揚げされた乾燥唐辛子の山に恥ずかしいぐらいちょっと隠れて見えない控え目な鶏のから揚げ片があったの。

大袈裟に言わなくて割合をいうと、

唐辛子7に対して鶏が2で残りの1がなんか四川の辛い香りという。

大袈裟に言うと、

四川10割合で攻めてくる感じのその唐辛子の勢いに驚いたの。

まあランチが来たので頂きましょう!って

本格的な中国ちっくな箸先も箸の持つところも太さがずーっと同じの、

なんかこれだよこれが中国のお店で食べる醍醐味を感じる一つでもあるあの箸!ってそこから雰囲気作りいやイキフンは最高に高まっているの。

メインのお皿の横には、

定番杏仁豆腐、刻みキャベツサラダ春巻き、ザーサイかなにかの刻んだお漬物的なやつに、

あと白湯ではない中華屋さんに行くと大抵ランチで付いてくるような卵を溶き入れられ混ぜられたスープが並んでいるの。

とりあえず、

全景はそんな感じね。

私はこれ本当に食べられるの?って思って囓ってみる恐る恐る箸で持ち上げる唐辛子は、

1つの欠片を食べてみるのには好奇心も相まって、

四川の風を感じるには充分立ったけれどあまりにもこの唐辛子の量が多くって、

鶏肉の揚げたものはなんとか食べたものの、

その唐辛子はどうしても辛すぎて全部は完食できなかったの。

日替わり定食探検家として看板を掲げている以上残すわけにはいかないと強く思っていた時代とか季節とかシーズンとか今この瞬間まで思っていたの!

もったいないお化けが出ちゃうぞ!って。

うーん、

やっぱりこれは辛いすぎるし量多過ぎるし、

完食を諦めたの。

私の初のお店の日替わり定食を食べて調査するという依頼は美事に失敗。

自分が情けなく思ってしまった唯一の令和入ってからイチのテヘペロ案件をも凌駕する勢いの失態だったの。

また出直さなくちゃって。

まりに初回初球を変化球すぎる日本には食べ馴染みで舌にも馴染みの無い味のものを頼んじゃったので、

美味しいとか不味いとか、

その判定の前にただただ目の前にある四川系のガチ中華の大きな壁がそびえているだけだったの。

うーんなんか四川の味ってこんな感じなのかしら?って。

まりに張り切りすぎてしまったわ。

次はなんか比較のできる八宝菜的な定番メニューしましょう!って。

あとからその料理のことを調べたら、

な!なんと、

その唐辛子は食べる前提じゃ無くって残してオーケー系の食材だそうで、

日替わり定食探検家の名に恥じぬよう格好を付けて無理矢理唐辛子を完食して、

あ!あいつこれ初めて食べるヤツで食べ方よく分かってないやつだな!って厨房大将にそう思われていたかもしれないところだったけれど、

まりの辛さにセーフティーネットが発動してこれ以上やめておけという、

身体からサインを逃さなかったのが正解だったという。

その唐辛子全部食べる前提じゃないんかーい!って世界の広さをいやまだ見ぬ日替わり定食の奥深さに実感したの。

本当に無理して格好を付けて唐辛子全部完食しなくて良かったわって。

ピリピリと口の中に残る痺れ感がお水をいくら飲んでも拭いきれなかったので、

わず私は、

成功報酬のおつりは全部自分のもの!って思っていた矢先、

その100円でミルクアイスクリームバーを買って食べてしまったわ。

私の日替わり定食探検家としてのお仕事はもうけなしで終わってしまって、

赤い唐辛子に悶絶しただけで大赤字わ!ってやかましーわーい!って言われそうなほど、

優しく口の中に溶ける甘いミルクアイスクリームバーが改めてこんなにも美味しいものだとは思わなかったわ。

最後までミルクアイスクリームバーの欠片が無くなるまで木のバーが見えるまで食べ切ったその先にあったものは、

アタリ」の文字

おおお!捨てる神あれば拾う神ありね!ってさすが四川

良いのがツイてるのかも!って。

日替わり定食探検稼業としては赤字だったけどミルクアイスクリームバーアタリたから、

ま!いっかー!って、

レジでこれ当たりました!ってもう1本美味しくミルクアイスクリームバーを食べたことは食いしん坊と思われるから内緒にしておくわ。

うふふ。


今日朝ご飯

納豆巻きにしましたー!

最近買えてる率高い美味しい納豆巻きなのよね。

以前は一切品切れで買うことができなかっただけに、

今日もあって嬉しいわ!

しっかり食べてパワーをつけるわ!

デトックスウォーター

あ!レモン炭酸水ウォーラーにしたんだけど、

またストックなくなってきていることに気付いた時には遅くなるので

次早めに発注しなきゃ!って思って飲む

シュワッとキマるレモン炭酸水ウォーラー

1ケース注文よ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2026-04-16

[]2026/04/16/02

俺についてこい、バスに乗れ、いや電車でもいい

俺についてこい、どっちでも同じ場所に着く

 

ここにいる間は安全だ、今のうちはな

外がどうなってるかは、俺も詳しくは知らないけどな

 

笑っていればいい、オッサンみたいでいい

笑っていればいい、それで誰も見ない

 

教えてるだけだろ、見せてるだけだろ

選んでるのはお前だ、rightでもleftでも好きにしろ

 

どっちに行っても同じ景色だってことだけは

歩けばわかる、歩けばな

 

軽い話でもしようか、歳の差婚とかさ

そういうのでいいんだ、飲み込みやすいだろ

 

ゆっくり効いてくる、咳止めみたいにな

気づいた頃には、楽になってる

 

俺についてこい、まだ終わりじゃない

俺についてこい、終わりにするかはあとで決めればいい

2026-04-13

女が女のノリで社会のタガを緩ませてるけど

女って基本的に「組織」とか「社会」を見通せないか

自分の周囲3m景色だけで物事判断するんだよな

周囲3m世界では正解でも、社会にとっては不正解ことなんていくらでもあるし

組織のためには周囲に厳しい人間でいなくてはいけないことなんてたくさんあるけど、それができないんだよね

女の考える「人のため」って、ただ甘やかすことだけだから

成長のための厳しさを与えることができないし、苦痛の中でのみ起こる「成長」を理解できない

そういう女たちが蔓延って、社会のタガを緩めている

そうやって甘ったれ人間を量産した責任って誰がとるの?やっぱ男?

[]2026/04/13/03

拝啓静かな夜に、君へ。

 

あれから季節は巡り、

ようやく言葉を拾い集めています

肌を刺すような夏だったね。

 

触れるたびに、少しだけ苦しくて、

少しだけ愛しかった。

 

君の柔らかい表情に触れるたび、どこか遠くで、

終わりの匂いがしていた。

長くは続かない。

 

きっと最初から知っていたのに。

 

あと二ヶ月だけ、と願った夜があった。

雨は急に強くなって、

気づけば何もかも見えなくなっていた。

 

あの頃の僕らは、ただ前に流れていて、

戻る道なんて、最初から持っていなかった。

 

別れた帰り道、見慣れたはずの道を、

僕は探していた。

景色ひとつも入ってこない。

 

世界はただ君で満ちていた。

  

平気なふりだけが上手くなって、

心の奥では、

触れられなかった言葉ばかりが残っていく。

 

時間が連れていってくれると思っていた。

それでも夏が来るたび、

あの日空気けが、静かに戻ってくる。

 

言葉にしなくてもいい。

どこかでまだ繋がっていると、

思わせてほしかった。

 

そんな願いも、風のない夜に、そっと手放します。

ネモフィラ人形の思い出

ネモフィラ畑で「キモっ」と吐き捨てた側の心理、わかる気がする。

最近ネモフィラ畑で人形撮影をしていたら通りすがりに「キモい」と言われたというポストがバズっていた。

ネットの反応を見ると「趣味自由」「わざわざ口に出す奴が性格悪い」という擁護が大半。まあ、正論だと思う。赤の他人趣味ケチをつける権利なんて誰にもない。

でも、あの有名な公園で、実際に体験した話を聞いてほしい。

あのポストの主とは別人だろうけど、ドール撮影者の実態の一端を見た気がして、正直今でも引きずっている。

「あ゛っ!!」という威嚇音

昨シーズンのことだ。例のネモフィラの名所を歩いていた。

家族連れやカップル普通に写真を撮っている平和空間で、ある場所を通り過ぎようとした瞬間、

「あ゛っっっ!!!

という、猛獣が外敵を追い払うような、あるいは子供パニックになったような、異様に甲高い絶叫が響いた。

鼓膜に刺さるような声に、心臓が止まるかと思った。

反射的に「子供が転んだのか?」と顔を上げ、声の主の方を確認して、正直固まった。

ファインダーの先にいたのは

そこにいたのは、地面に這いつくばってカメラを構える成人男性

そして、彼がレンズを向けていたのは、可愛い盛りの子供でも、ましてや風景でもなかった。

ネモフィラの中に不自然に鎮座していたのは、大きな美少女人形だった。

彼は、自分の「撮影画角」に他人が数センチでも入り込んだ(あるいは視界をよぎった)ことに対して、あのような威嚇音を発して周囲を排除していたのだ。

その光景は、控えめに言って恐怖だった。

趣味自由と、公共の場での結界

人形を愛でるのも、高い金をかけるのも勝手だ。

でも、公共公園あなたの専用スタジオじゃない。

多くの観光客が行き交う場所で、地面スレスレ人形を設置し、そこを通りかかる一般人を「あ゛っ!」と叫んで威嚇する。

そんな人間が「趣味理解してほしい」なんて、どの口が言えるんだろうか。

SNS話題の「キモいと言われた」という投稿

もちろん暴言は良くない。

けれど、もしその撮影者が、異様な空気を放っていたとしたら?

キモい」という言葉は、人形のものに向けられたのではなく、その独善的な振る舞いに対する周囲の悲鳴だったんじゃないか

そう思わずはいられない。

見ないふりを強いる不条理

その時は結局、逃げるようにその場を去った。

今でもネモフィラ写真を見ると、あの不気味な叫び声と、美少女の形をした人形を思い出してゾッとする。

ドール界隈の人たちはよく「偏見を持たないで」と言う。

でも、自ら牙を剥いて公共の場自分だけの結界を張るような振る舞いをする人が混じっていれば、ジャンル全体が奇異な目で見られるのは避けられない。

匿名から書くけれど、あの時の恐怖と不快感は、今思い出しても腹が立つ。

美しいはずの景色が、一瞬で関わってはいけない場所に変わったあの瞬間。

あの鋭い叫び声は今も耳に残っている。

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