はてなキーワード: バトンとは
この感覚の虚しさはよく分かるし、つい最近似たテーマが自分の追ってる作品内でも語られてた。
作品中の作家Mが言う事には、作家にとっての一番の心残りとは、友人Aが想像したような「未完の物語を残すこと」じゃなく、むしろその逆、「自分の書いた物語に必ず終わりを用意してあげなきゃならないこと」なのだと。
どれほど魅力的なキャラクターでも、物語が終わりを迎えてしまった時、全ての可能性が奪われてしまう。「物語」は彼らにとって決して抜け出せない「運命」になってしまうんだという話。
これはこの作品の世界観設定ともリンクした話だし、ともすればこの運営型ゲームを作っている会社自身がもつ思想のようにも聞こえる。
この作家Mは生涯の最後に、自分が握るペンを物語の中の人物に渡して彼自身に物語を書いてもらう「魔法(実態は世界法則のハッキング)」を実現することに命を費やした。
現実のアニメやマンガ作品においては、この「魔法」とは、過去の作品を愛したオタクたちが、それを下地にした新しい創作をしていくことにあたると思うんだよね。
だから、オタクというのは、留まることなく、進み続けなきゃいけない。進み続けて、DNAが継承された作品を渡っていかなきゃいけない。
ひとつの作品IPには流行り廃りがあるし、作家個人も人間だから、SNSとかやってりゃボロも見えてきて幻滅するだろう。まあ作り手が個人ではなくチーム制作の企業であれば幻滅リスクは減るがゼロにはできない。
けれどオタクたちが本当に愛していたのは、作品とか作家みたいな局所的なモノではなくて、それらが提供してくれた心動かす概念の方だったはずだ。
グッズに本やディスクといったものも、作品が見せてくれた概念の依代として存在するからこそ価値を感じている類のアイテムだろう。
結局のところ、増田がネットを通して目撃してきた綻びと、作品の価値とは無関係だ。
作品から受け取ってきた文化的遺伝子のキャリアとなりバトンをつないでいくには、高邁な心構えを維持しなきゃいけない。
つまり、世の雑事と作品価値を意識的に切り離す強い心が必要だが、実社会ですり切れた心には荷が重かった、そういうことだろう。誰のせいでもない。
小説を大量に読みます。好きな作品の映画化も気になって見るのですが、これがまぁ玉石混交です。
最近のを中心に個人的にまとめますが、基本は映画見ない子なんで、皆さんの意見も聞きたいな!
・木挽町のあだ討ち:映画オリジナルシーンも見てよかったと思える
・そしてバトンは渡された:配役と演技がぴったり(永野芽郁。。。)個人的には石原さとみのハマり役
・ハケンアニメ:小説も映画も観る前は期待薄だったのに、どっちもヤバい。
・夜明けのすべて:瀬尾まい子原作って、映画化に向いてるような。
・屍人荘の殺人:最近の映画化ワースト。この映画のどこがホラーやねん。
小説を大量に読みます。好きな作品の映画化も気になって見るのですが、これがまぁ玉石混交です。
最近のを中心に個人的にまとめますが、基本は映画見ない子なんで、皆さんの意見も聞きたいな!
・木挽町のあだ討ち:映画オリジナルシーンも見てよかったと思える
・そしてバトンは渡された:配役と演技がぴったり(永野芽郁。。。)個人的には石原さとみのハマり役
・ハケンアニメ:小説も映画も観る前は期待薄だったのに、どっちもヤバい。
・夜明けのすべて:瀬尾まい子原作って、映画化に向いてるような。
・屍人荘の殺人:最近の映画化ワースト。この映画のどこがホラーやねん。
主な受託団体(OCVB平和学習分科会・おきなわ修学旅行ナビ登録団体などから抽出)を、中立性・妥当性が低い順(最も問題が多い→最もマシ)にリストアップ。
• 政治的中立性: 極めて低い。明確に反基地・反新基地の政治的思想を前面に(講話メニューで「県民民意無視」「軍隊のない平和な島」を強調)。
• 教育的妥当性: 低い。抗議船乗船・グラスボート有料ツアー+講話で一方通行。教師不在・希望制で丸投げ常態化。
• 法律順守(加点): なし。
• 違反・不明確化(減点): 多重加盟(東恩納琢磨氏:名護市議+協議会事務局長+ジュゴンの里代表)が極めて顕著。辺野古基金1,000万円で購入したグラスボートを有料商業ツアー化(4,500円/人)。抗議船無登録運航(2026年事故で家宅捜索)。責任ぼかし構造が最も強い(市議・活動家・事業者の三重役割)。
• 政治的中立性: 低い。チビチリガマ・シムクガマなど被害者視点中心。「明るいダークツーリズム」として基地負担を強調するガイドが多い。
• 教育的妥当性: 中程度。民泊+体験は魅力だが、商業化が進み「観光資源化」の批判あり。
• 違反・不明確化(減点): ガイドに反基地活動経験者が含まれるケースあり。村・観光協会・民泊家庭の責任線が曖昧。基金・県補助金とのつながりが不明瞭な部分あり。
• 政治的中立性: 中程度〜やや低い。沖縄戦+米軍基地プログラムで「基地の課題」「住民の声」を扱うが、ワークシート・対話形式で生徒主体を謳う。
• 教育的妥当性: 中程度。大学生サポートで若者目線だが、基地問題を積極的に取り上げる点で誘導リスクあり。
• 法律順守(加点): 比較的明確(大学生団体として登録・ワークシート使用)。
• 違反・不明確化(減点): 多重加盟は少ないが、平和学習分科会経由で反基地団体との連携可能性あり。責任は大学生主体のため、学校側の監督が薄れやすい。
• 政治的中立性: 中程度。沖縄戦戦跡ガイド・ガマ体験中心。基地問題にも触れるが、歴史・体験重視で過度な政治色は薄い。
• 教育的妥当性: 比較的高い。OCVB講習修了者中心のボランティアで、修学旅行生400万人超の実績。
• 法律順守(加点): 強い。公式ボランティア団体として認定・観光功労表彰あり。
• 違反・不明確化(減点): ほとんどなし。ガイド個人の政治的発言リスクは残るが、組織として明確。
• 政治的中立性: 比較的高い。沖縄戦被害者(ひめゆり学徒隊)視点の歴史資料館。基地問題には直接触れず、戦争の悲惨さに焦点。
• 教育的妥当性: 高い。公式博物館として学芸員講話・ビデオ視聴を提供。団体プログラムが整備されている。
• 法律順守(加点): 強い。公益財団法人運営で透明性高く、団体見学予約制・料金体系明確。
• 違反・不明確化(減点): ほとんどなし(一部で「歴史書き換え」批判はあるが、政治活動との多重加盟は確認されず)。
• 最も問題の大きい層: ヘリ基地反対協議会系(多重加盟+基金商業転用+無登録運航)。責任ぼかし構造が極めて強い。
• 中間層: 村・大学生団体。公的支援を受けつつ政治色が残りやすい。
• 相対的にマシな層: 公式博物館・認定ボランティア。法律順守度が高く、責任所在が明確。
OCVB平和学習分科会や県補助金が全体を後押しするため、「平和学習=善」という枠組みで学校・旅行会社が丸投げしやすい。教師不在・希望制がさらに責任をぼかす。
私自身はもうアラサーなんだけど、高校生の時パニック障害だった。
3年間担任の先生をしてくれたひとがいて、過呼吸やパニック発作のたびに保健室で様子を見に来てくれるいい先生だった。
担任のお陰で「高校」という安心できる場所ができて、安心できるからこそ勉強をがんばることができた。
卒業してしまった時に虚無感がやばかった。家で家族仲があんまり良くないからこそ、親にしてほしいことをしてくれ、
家庭でほしかった安心感を与えてくれ、満ち足りた信頼関係を教えてくれた担任への喪失感は耐えがたかった。
感謝が深すぎるからこそ、ポンと渡された『恩』というバトンを持て余して、なりたくもない教員になって次世代を育てる事が恩の返し方じゃないかと思ってしまい、教員免許を取った。
そして結局、教員という選択肢はせずに会社で働き、ずーっと『恩をどう返したらいいか』を担任にはじめて会った15歳の頃から考えている。先生にはならなかったしね。
最近転職をして、調子を崩していたんだけれど、なんでメンタルが保てなかったのか考えているうちに自動コマンドに気づいた。
わたしには『擦り切れるまで耐久しろ』という自動コマンドが存在する。わたしはわたしに『擦り切れるまで耐久しろ』の次に『何かを成さねば無能である』とブツブツ言うが、わたしは友達や夫にそんなことは思わない。
それに、友達や夫もわたしにそうは思ってもないし言ってこない。わたしはわたしだけにそう言い続ける。
もはや私の中で神の立ち位置になっている担任も言わないだろう。担任はわたしを大事にしてくれ、労わってくれた。
そこまで考えて気づいたが、恩を誰かに渡すべきだという考え方自体が間違っていたのではないか??
わたしはわたしを労わっていいし、無能でも別に存在していいし、許すことを担任は示してくれた。
担任がわたしに与えてくれた安心感を、自分の手で自分に与えることが大人なんじゃないか、風呂んなかでそう思った。
みんな元気?
あのね、大きな戦争が終わってから、なんと今年で80年が経ったんだよ。すごーい!
この80年間、日本はずーっと「平和がいちばん!」って進んできたよね。今の私たちのキラキラした毎日は、昔の人が一生懸命つないでくれた命の上にあるんだなって、私も各地をまわって改めて心に刻んできたよ。
でもね、「なんであんなに大変なことになっちゃったのかな?」っていうのを、今こそみんなでポジティブに考え直して、もっと素敵な未来にしたいなーって思うの!
昔の憲法だと、政治をやる人と軍隊のバランスが、今のパズルみたいにうまくハマってなかったみたい。
バラバラ事件: 政治と軍隊をまとめる「司令塔」がはっきりしてなかったんだって。
パワー不足: 総理大臣も、今みたいにみんなを引っ張る魔法のステッキを持っていなかったみたい。
昔はすごいおじいちゃん(元老)たちが裏で調整してたんだけど、その人たちがいなくなったら、みんなの意見がまとまらなくなっちゃったんだね。
途中までは「世界のみんなと仲良くしよう!」っていい感じだったんだけど、だんだん「自分たちが正しいんだ!」っていう声が大きくなりすぎて、ブレーキが効かなくなっちゃったみたい。
話し合いがストップ: 議会でも「それはおかしいよ!」って言う人がいなくなっちゃったり、大事なお金の使い道がヒミツにされちゃったり……。
こわい雰囲気: 反対意見を言うと「ダメ!」ってされちゃうような、自由じゃない空気になっちゃったんだね。
昔の新聞やラジオも、最初は冷静だったんだけど、途中から「戦争だー!」「イケイケ!」って報じたほうが売れるからって、どんどん煽っちゃったんだって。
みんなもその勢いにびっくりして、本当の情報がどれかわからなくなっちゃったのかも。これって今のSNSとかでも気をつけなきゃいけないことだよね!
今の日本は、ルールもしっかり新しくなってるし、総理大臣がちゃんと責任を持つ仕組みになってるから安心して!でも、「仕組みがあるからOK」じゃなくて、それを使う私たちのハートが大事なんだよ。
冷静がいちばん!: 「えいや!」で飛び降りるんじゃなくて、ちゃんと考えて、話し合って決めるのが大人だよね。
みんなでチェック!: 政治家の人も、メディアの人も、そして私たちも!「それって本当にみんなのため?」ってキラキラした目で見守ることが大事。
歴史は宝物: 昔の失敗を「ダメだなぁ」で終わらせないで、「次はこうしよう!」って学べるのは、人間だけのすごいパワーなんだよ!
民主主義って、たまに時間がかかるし、めんどくさいこともあるかもしれない。でも、みんなで自由に意見を言える今の世界って、すっごくカラフルで素敵だと思わない?
モノカキ(Monokaki):シンプルで親しみやすく、誰でも「物語を書く人」になれる場所。
ツムギテ(Tsumugite):言葉を紡ぐ手。職人らしさと温かみを感じさせます。
ペンシルバトン(PencilBaton):作者から読者へ、あるいはリレー小説のように想いを繋ぐイメージ。
ヨミトキ(Yomitoki):物語を読み解く楽しさと、ときめきを掛け合わせた造語。
ココロノオト(Kokoro Note):作者の心の音を書き留める、日記のような親密な場所。
ハジマリノ(Hajimarino):ここから新しい物語や作家人生が始まる、という期待感。
カクヨ(Kakuyo)
ストリ(Storyの略) anond:20260103004729
はじめに。
内容はまったく肯定的でないです。
本文中、主語がざっくりしている箇所がありますが、この文章の目的上、「アニメ銀八を楽しめていない〇〇」であることを含みおき下さい。
楽しんでご覧になっている方や、銀八や銀魂が大好きで面白い面白くないは関係ないんだという方はご気分を害される内容のはずです。
自分自身の気持ちの整理や一感想として残しておくこと、また、同じように感じている方に届けばいいなと言う気持ちで書きました。
したがって、作文の程度は低いものですので、お目通しになる際は、可読性についてはご容赦ください。
よくある5段階評価を付けるなら、決して星2を超えない。
星1ではなく2なのは、声優さんの演技や製作の苦労といった、クリエイターへの“同情”から。
まるちばーす祭りもライビュを昼と夜の両方見に行ったり、銀八放映開始を本当に楽しみにしていた。
それがどうして低評価となったのか。
Xやレビューサイトで評判を調べれば、多くの人が次のように口を揃えている。
「テンポが悪い」
賛同する。
「ギャグが滑っている」
「銀魂本編のノリと違う」
これも確かに言える。
何故こんなふうに言われるのか。
まず、『銀八先生』シリーズの原作小説は空知先生ではなく、大崎知仁先生が著されている。
ギャグの雰囲気に違いを感じる人がいるのは、書いている人が異なるためもあろうと理解できるが、私が読んだのはシリーズの折り返しまでであるものの、原作小説も十分“楽しめる”内容とクオリティだった。空知先生も「(ノベライズの内容は)銀魂そのものだ。自分の代わりに大崎先生に書いてもらうことにする」と冗談めかしながらも太鼓判を押していたくらい。
元は普通の小説を書かれる作家さんであることは、銀八本文内の表現や言い回しに滲んでいる。だから、文体をあえてここまで落として、よくあのハチャメチャな作風を文字として表現できたなと、私は銀八原作小説を結構高く評価している。私が読んだのが半ばで止まっているのは、その“あえて落とされた文体”が個人的に合わず、読むのに大変な体力を使うからで、内容の退屈さからではない。
なので「原作小説からそもそも面白くなかった」という声は、この若年層向けの文体が合わなかったものではないかと推察している。こう言っているのは、高校生以上の読書慣れした人が多いのではないか。小中学生なら取っ付きやすくハードルの低い文体だと思う。
だから「ギャグが滑って」「面白みを感じない」のは、場面転換や時間経過表現、セリフとセリフの間の妙なテンポの悪さが寒々しいからではないだろうか。その寒い所へBGMのアシストもないので、笑わせるつもりのネタも響いていかない。そうして場がシラケるような気まずさを視聴者に与えるのだろうと思った。
では、何故テンポが悪いのか。
文字ベースの原作小説をアニメにすると恐らく尺がギュッとして足りなくなる。これを30分枠で一本の作りにしているため、間が持たずタラタラしてしまうのではないだろうか。
割り切ってAパートとBパートで分ける、クレしんのような形式にすればここまで間延びはしなかったのではないか。何話目か忘れたが、この構成の週は間延び感が緩和されて感じたので、的外れな発想ではないように思う。
さらに、原作小説そのままでは尺が足りないのであれば、元を削るようなことはせず、アニオリはその不足分を充填する要素として用いればいいのに、何故か原作小説の内容を削ってアニオリを入れてくる。これが面白いなら構わないが、面白くないから賛否別れるハメになっている。
複数のレビューで同様に見られた表現が「二次創作みたい」というもの。これには唸った。
例えば2話か3話のアバンで、銀八が生徒らが幼児化や獣化する白昼夢を見る。正直公式のアニメにそういう供給は求めてない。
見るのはオタクばかりじゃない。天下のWJの目玉漫画でギャグの人気が高いんだから、漫画が好きな普通の人たちも読んでいたしアニメも見ている。評判を調べていても「懐かしいと思って見てみた」という人も多い。
そうした需要の様相に対して、特定の、狭いニーズに向けたようにも感じられるショタ化ロリ化、ケモ化といったイロモノネタは面白くないどころか笑えないとさえ思える。
銀魂アニメのアニオリは、いい意味で、空知先生と同年代か少し上のおじさんたちが、おじさんホイホイやキワキワの下ネタでアニオリを突っ込んでくれていたので、作品との相性が良かった。しかし今回は監督も脚本も女性で、恐らくそうした方面への解像度が以前の上流工程陣ほど高まりにくいのではないだろうか。
銀魂アニメの監督さんたちは現在50代前後の男性で、彼らの子供時代にはまだ家庭科授業は女子だけというような区分があった。男女で見えるもの、培えるものに今よりも差があったことは想像しやすい。
加えて、キャラクターの扱いや動かし方といったものも雑だ。分かりやすいところだと高杉や土方。
頬をこけさせ好物を吸引する土方が、バケモノのように揶揄され、その姿をくどく使いまわしていたところや、ギャグを放とうとして滑り散らかす高杉というネタも、それしか弾がないかのように繰り返し繰り返しで、大変しつこかった。大抵の繰り返しネタは二回、内容や出来によっては三回程度なら繰り返していいが、この浅さで動かされるキャラクターネタを二度三度見せられるのは御免だと思った。
深夜放送とはいえ学園設定、学生ものであるゆえに、昨今のコンプラ意識の変容による縛りを余儀なくされ、表現の幅・深度に制約があることも考えられるが、どちらにせよ、アニオリ部分に面白みを感じられない。
「そういうのは二次創作でやる」というやつだと思う。公式なら、ちゃんとキャラを動かしてほしい。
従って、全体的に惜しさ、つまらなさ、退屈さ、以前のアニメとの差異を覚える流れは以下のセットだと推測。
音の乏しさ。テンポのもたつき。イマイチ乗らない視聴者の気持ち。シラけ、空回りした空気。キャラクターの掘り下げの甘いネタ。さらにシラケる視聴者の心。以下ループ。
声優さんの変わらない演技とプロ意識、及第的な作画で体面は保たれているが、原作小説の履修、未履修に関わらず、自然のうちに期待のハードルが上がっていたものが銀八アニメでは叶えられなかったということなのだと思う。ましてや、まるちばーす祭りなど、公式サイドが気流を上げまくっているのだから、期待値とともにハードルは上がって当然だ。
1話のアバンでも確かにこの事については触れていた。「渡されたバトンが重い」と。
でもね、と。
これについても言及したい。
プロが、クオリティの担保をできないことを、いくらやりたい放題ギャグ作品であろうと、「別物だと思って」と言い訳めいた建前を設けたことには、はっきり拒否感情を覚える。
確かにメタさは銀魂の醍醐味のひとつだ。けれど、これまでよくネタにされてきた、オマージュをやって色んな偉い人に怒られたというメタエピソードは、視聴者を楽しませるためにギリギリアウトのことまでした結果、BtoB的にはひんしゅくを買ったという話なのであり、今回のように、BtoCで十分な提供が出来ないことを言い訳がましく置き石するようなネタとは性質を全く異にする。例えば環境が整えられる状況でなかったとか、無理な予算や納期で進行していたという話はエンドユーザーには関係の無い話である。製作者らで談義したり解決すべき話なのであり、消費者をそれに巻き込まないでもらいたい。
ちなみに、銀魂アニメの時のような、外部のひんしゅくを招きかねないリスクを再びなぞってほしいと言っているのではない。あれらの話は、何度頭を丸めようが、額を床に擦りつけようが、立ち続けられたプロデューサー、その他製作の偉い方々の多大なる自己犠牲の上に成り立っていた。彼らが笑い話として盛り込んでいても、それはご本人の類い稀なる胆力、相手方や周囲の理解と協力によって我々に届けられていた。だから、また同じことをして笑わせろと要求している訳では無いことだけは、忘れずに言い置いておきたい。
山崎ががんばる話でした。地上波でもつい先日放送されたみたいですね。
みなさん、「死」という字をよく見てください。
まず左側にあるこの形──これは「歹(がつへん)」といいます。もともとは、古い時代に“朽ちかけた骨”を表す形なんですね。
人も動物も、生きている間は血が流れ、体が動きます。けれど、命が尽きると、やがて体は朽ちていく。それを象ったのが、この左側なんです。
では右側のこの部分──これは「匕(ひ)」という字です。
つまりね、「死」という字は、
そういう姿を表しているんです。
「死」という字は、決して“怖がらせるため”の字じゃない。
生きていた証(あかし)が、そこにちゃんと残っている
ということでもあるんです。
人は一人では生きられないし、一人で死んでいくわけでもない。
誰かが生きた証を受け取り、次の誰かへつないでいく。
“命のバトン”というやつですね。
死があるからこそ、生きるということが輝くんだ
と。
まぁフリーランスみたいなもんだ。
フリーランスにしておけばよかったとも思わなくもないけど、まぁ社保のために会社作ったようなものだ。
経緯はまぁ複雑だから端折るけど、
俺はマニュアルまで整備するのが比較的得意だけど、同じ事をずっとやるのがしこたま苦手なので、
バトンを渡す形でうまく回るのではなかろうかなどと考えてはいた。
が、準備を進めていくウチに、彼は彼なりに新規事業を考えていた。
そう。
それがVtuberだ。
なお、実績はゼロだ。
俺は正直愕然とした。何を考えているのだと。
結果として二人で会社を立ち上げる話はなくなり、一人企業にした。
こっちがクライアント多数捕まえて、仕事回して、信用と信頼を築いて、生活できるベースの金額を稼いでいるというのに、
その金でVtuberって何考えてんのよ。と。
まぁ、友達はやめてないけどね。たまに飯食いに行ったりするし。
とはいえ、ねぇ。
その一文を読み終えて、僕は思わず本を閉じた。
図書館の蛍光灯がページの端を白く照らし、埃の舞う光の筋がまるで旅の道筋みたいに見えた。
ふと、隣の棚に目をやると、同じシリーズの別冊が並んでいる。
イタリア、スペイン、ギリシャ……どれも新品みたいにピカピカだ。
でも、僕が手に持ってるこの一冊だけが、まるで生きてるみたいに息づいてる。
「貸出カード、見てみようかな」
それから、8年前、5年前、3年前……
そして去年、誰かがまた借りて、返却期限を1週間オーバーしてる。
でも、鉛筆の跡がうっすら残ってる。
もしかして、あの「Have a great trip too!」を書いた人?
そして、そっと本を棚に戻す。
いや、待てよ。
今日は借りてみよう。
「あら、この本、久しぶりに借りる人いるのね。人気なかったのに」
って笑われた。
家に帰って、リュックにそっと忍ばせる。
行き先は、この本の国。
ページを開くと、誰かの書き込みがまた一つ増えてた。
……あれ? これ、僕が書いた覚えはない。
いや、違う。
僕はペンを取り出して、空白のページに書いた。
重さは、ただの紙とインクの重さじゃない。
誰かの想いと、僕のこれからの旅が、ぎゅっと詰まった重さだ。
また新しい書き込みが増えてるかもしれない。
誰かが、僕の知らない間に、僕の旅に加わってくれてるかもしれない。
旅って、
一人で始まって、
たくさんの人と繋がって、
また一人に戻って、
でも、ずっと誰かと一緒にいることなんだ。
「Have a great trip too!」
――僕も、誰かにそう言える旅をしよう。
近所の男の子と毎朝いっしょに登園して、砂場で山をつくって濡れた手のひらを見せ合って笑った。スモックの袖口がいつも砂だらけで、帰り道に手をつなぐと体温がうつって、胸のあたりがふわっと軽くなった。あれを好きって呼ぶんだと、そのときの私は直感的に受け取っていた。
小学生になって、次はリレーのアンカーの男の子。運動会の午後。白線の粉の匂い。小太鼓の音。バトンを受け取ってからの加速。私は声が勝手に大きくなって、ゴールの瞬間、歓声にまぎれて「かっこいい」と口が勝手に動いた。誰にも聞かれていない告白。家に帰ってから名前をノートの隅に何度も書いたり消したりして、自分だけの秘密みたいに抱え込んだりしていた。
中学。ここから空気の密度が変わる。部活の先輩…女の人に、本気で恋をした。最初は憧れだとずっと思っていた。体育館の照明が木の床に反射して、バッシュがきしむ。タイムアウトでポニーテールを結び直す仕草、額の汗をタオルで押さえる動き。ホイッスルの音にふっと目を上げる横顔。休憩時間の給水機の前、首筋に貼りついた髪を耳にかける指先。スポーツドリンクの甘い匂いと、松ヤニの匂い。目が離せない。視界の中心が、先輩の輪郭に勝手に合焦してしまう。
部室の隅。先輩のシューズ袋に縫い付けられた名前の刺繍を、何度も目でなぞる。自分の指で触れてしまいたくなってばかみたいだなと何度も心で笑って、でもまた見てしまう。練習後の帰り道。駅のホーム。電光掲示板。19:04発。先輩は反対側のホームで電車を待つ。私は角柱の影から、見えないふりをしながら、ちらっとだけ見る。イヤホンを片耳だけ。何を聴いてるんだろう。電車が入ってきて、風が押し寄せて、視界がざわっと乱れる。発車してガラスに映った自分の顔が少し赤い。帰りの車内。LINEを開いては閉じる。文面を打っては消す。送信ボタンの上に親指を置いたまま、停車駅が過ぎる。送れない。送れない。ほんの数センチ上のうえから親指が動かない。動かせない。こわかった。ただそれだけ。
これって変なのかな。おかしいのかな。
教室で友だちが恋ばなをして、クラスの男子の名前が飛び交う。私はうなずきながら、別の方向を見ている自分に気づく。家に帰って検索窓に打ち込む。「女の先輩 好き 変」「女の子 好き 正常」。画面には“レズビアン”や“LGBT”の文字。救われた気も、同時に苦しくなる感じもした。あ、名前があるんだ、っていう安堵。けれど、その名前に手首をつかまれて、列に並ばされる感覚。(私は、列に並びたいんじゃない。ただ、先輩が好きなだけなんだ。)
放課後の公園。秋。ベンチのとなりでも友だちが「最近、誰か気になってる人いるの?」と聞いてきた。喉が熱くなる。言えない。「いないよ」と笑って答えた。嘘。帰ってからノートに書く。私はレズビアン?と書いて、すぐに消す。紙が毛羽立つ。私は、先輩が好きと書き直す。これだけは本当。
図書室。窓際の席。ページをめくる指が勝手に止まる。先輩が本を借りていく背中。カウンターの職員に返すとき、少し猫背になる癖。レジ袋の持ち手を指に引っかけて、肩にかけ直す動き。日常の切れ端がいちいち胸に刺さる。映画より鮮やかなワンカット。私はその画面の外側に立っている観客で、でも登場人物でもある。(追いかけたい。名前を呼びたい。何か言いたい。何も言えない。)
冬、期末が終わって、部室で小さな打ち上げ。紙コップのココア。先輩が笑う。紙コップに口紅が少しつく。私は笑って、うなずいて、たいしたことのない話をして、夜に帰る。駅のホームで冷たい空気を吸い込みながら思う。(私は、私が思っているよりも、ずっと深く先輩を好きなんだ。)
高校に入ると、少し距離が生まれた。部活も違う。校舎も違う。新しい生活。クラスには優しい男子もいて、映画をいっしょに観に行って、手をつなごうかどうかみたいな空気が一度だけ流れた。嫌ではなかった。むしろ、あのとき手をつないでいたら普通に付き合って、普通に卒業して、普通に別れて、普通に大人になっていたのかもしれない。そう思うくらいには自然だった。でもあの中学の先輩を見たときの、視界の焦点が合う感じ。呼吸が変わる感じ。世界の照明が一段変わる感じ。あれは起きなかった。
答えは出ない。
わからない。
レズビアンという言葉に救われた夜が確かにあった。検索結果の海で沈みそうになった私を浮かせてくれた浮き輪。けど浮き輪にしがみつき続けると、岸に上がるのが遅れることもある。ラベルは、入口だ。出口ではない。私は「レズビアン」という言葉を否定したいんじゃない。誰かを守るために掲げられた旗の力を、私は尊敬している。ただ、その旗の下にずっといなきゃいけないと決められることには静かに抵抗したい。
だって私の恋は、いつも固有名詞から始まる。幼稚園の彼、小学校の彼、中学の先輩。順番じゃない、確率でもない。パターン化した私の性向より、先に立ち上がる人の匂い。声。歩幅。恋はまず、あの人、から始まる。性別はない。カテゴリーはあとから。余白に鉛筆で書き添えるメモにすぎない。
中学の先輩に揺さぶられていたあの頃の私は「私はレズビアンなのか」という問いに追い立てられながら、同時にこうも思っていた。(私は、先輩が好き。以上。)これが真実の最短距離だった。レズビアンという言葉に私はときどき救われ、ときどき窮屈になった。救われたのは、同じ経験を語る声に出会えたから。窮屈になったのは、言葉が私を“こうであるべき姿”の型に押し返してくるから。(君は女子を好きでいるべき。男子を好きになったら矛盾だよ。)
そんなことはない。私は、好きになった相手を好きになる。それだけだ。
もし過去の私に伝えられるなら体育館のベンチでタオルを握りしめていた自分にそっと耳打ちしたい。「焦らなくていい。は急いで選ばなくていい。あなたは今、たしかに恋をしている。それがすべて」と。
肩書きが盾になる日もある。
けれど、その盾で自分を殴らないで。
価値観のラベリングはあなたを守るために使って、あなたを狭くするためには使わないで。
私はレズビアンではない、と言いたいのではない。私は「レズビアンでしかない」わけではない、と言いたい。
あの体育館の照明。夏の汗。紙コップのココア。ホームの電光掲示板。未送信のメッセージ。全てが愛おしく、全てが切なく、そのときの感情の機微全てが私だった。あの瞬間瞬間全てが、私の恋だった。
近所の男の子と毎朝いっしょに登園して、砂場で山をつくって濡れた手のひらを見せ合って笑った。スモックの袖口がいつも砂だらけで、帰り道に手をつなぐと体温がうつって、胸のあたりがふわっと軽くなった。あれを好きって呼ぶんだと、そのときの私は直感的に受け取っていた。
小学生になって、次はリレーのアンカーの男の子。運動会の午後。白線の粉の匂い。小太鼓の音。バトンを受け取ってからの加速。私は声が勝手に大きくなって、ゴールの瞬間、歓声にまぎれて「かっこいい」と口が勝手に動いた。誰にも聞かれていない告白。家に帰ってから名前をノートの隅に何度も書いたり消したりして、自分だけの秘密みたいに抱え込んだりしていた。
中学。ここから空気の密度が変わる。部活の先輩…女の人に、本気で恋をした。最初は憧れだとずっと思っていた。体育館の照明が木の床に反射して、バッシュがきしむ。タイムアウトでポニーテールを結び直す仕草、額の汗をタオルで押さえる動き。ホイッスルの音にふっと目を上げる横顔。休憩時間の給水機の前、首筋に貼りついた髪を耳にかける指先。スポーツドリンクの甘い匂いと、松ヤニの匂い。目が離せない。視界の中心が、先輩の輪郭に勝手に合焦してしまう。
部室の隅。先輩のシューズ袋に縫い付けられた名前の刺繍を、何度も目でなぞる。自分の指で触れてしまいたくなってばかみたいだなと何度も心で笑って、でもまた見てしまう。練習後の帰り道。駅のホーム。電光掲示板。19:04発。先輩は反対側のホームで電車を待つ。私は角柱の影から、見えないふりをしながら、ちらっとだけ見る。イヤホンを片耳だけ。何を聴いてるんだろう。電車が入ってきて、風が押し寄せて、視界がざわっと乱れる。発車してガラスに映った自分の顔が少し赤い。帰りの車内。LINEを開いては閉じる。文面を打っては消す。送信ボタンの上に親指を置いたまま、停車駅が過ぎる。送れない。送れない。ほんの数センチ上のうえから親指が動かない。動かせない。こわかった。ただそれだけ。
これって変なのかな。おかしいのかな。
教室で友だちが恋ばなをして、クラスの男子の名前が飛び交う。私はうなずきながら、別の方向を見ている自分に気づく。家に帰って検索窓に打ち込む。「女の先輩 好き 変」「女の子 好き 正常」。画面には“レズビアン”や“LGBT”の文字。救われた気も、同時に苦しくなる感じもした。あ、名前があるんだ、っていう安堵。けれど、その名前に手首をつかまれて、列に並ばされる感覚。(私は、列に並びたいんじゃない。ただ、先輩が好きなだけなんだ。)
放課後の公園。秋。ベンチのとなりでも友だちが「最近、誰か気になってる人いるの?」と聞いてきた。喉が熱くなる。言えない。「いないよ」と笑って答えた。嘘。帰ってからノートに書く。私はレズビアン?と書いて、すぐに消す。紙が毛羽立つ。私は、先輩が好きと書き直す。これだけは本当。
図書室。窓際の席。ページをめくる指が勝手に止まる。先輩が本を借りていく背中。カウンターの職員に返すとき、少し猫背になる癖。レジ袋の持ち手を指に引っかけて、肩にかけ直す動き。日常の切れ端がいちいち胸に刺さる。映画より鮮やかなワンカット。私はその画面の外側に立っている観客で、でも登場人物でもある。(追いかけたい。名前を呼びたい。何か言いたい。何も言えない。)
冬、期末が終わって、部室で小さな打ち上げ。紙コップのココア。先輩が笑う。紙コップに口紅が少しつく。私は笑って、うなずいて、たいしたことのない話をして、夜に帰る。駅のホームで冷たい空気を吸い込みながら思う。(私は、私が思っているよりも、ずっと深く先輩を好きなんだ。)
高校に入ると、少し距離が生まれた。部活も違う。校舎も違う。新しい生活。クラスには優しい男子もいて、映画をいっしょに観に行って、手をつなごうかどうかみたいな空気が一度だけ流れた。嫌ではなかった。むしろ、あのとき手をつないでいたら普通に付き合って、普通に卒業して、普通に別れて、普通に大人になっていたのかもしれない。そう思うくらいには自然だった。でもあの中学の先輩を見たときの、視界の焦点が合う感じ。呼吸が変わる感じ。世界の照明が一段変わる感じ。あれは起きなかった。
答えは出ない。
わからない。
レズビアンという言葉に救われた夜が確かにあった。検索結果の海で沈みそうになった私を浮かせてくれた浮き輪。けど浮き輪にしがみつき続けると、岸に上がるのが遅れることもある。ラベルは、入口だ。出口ではない。私は「レズビアン」という言葉を否定したいんじゃない。誰かを守るために掲げられた旗の力を、私は尊敬している。ただ、その旗の下にずっといなきゃいけないと決められることには静かに抵抗したい。
だって私の恋は、いつも固有名詞から始まる。幼稚園の彼、小学校の彼、中学の先輩。順番じゃない、確率でもない。パターン化した私の性向より、先に立ち上がる人の匂い。声。歩幅。恋はまず、あの人、から始まる。性別はない。カテゴリーはあとから。余白に鉛筆で書き添えるメモにすぎない。
中学の先輩に揺さぶられていたあの頃の私は「私はレズビアンなのか」という問いに追い立てられながら、同時にこうも思っていた。(私は、先輩が好き。以上。)これが真実の最短距離だった。レズビアンという言葉に私はときどき救われ、ときどき窮屈になった。救われたのは、同じ経験を語る声に出会えたから。窮屈になったのは、言葉が私を“こうであるべき姿”の型に押し返してくるから。(君は女子を好きでいるべき。男子を好きになったら矛盾だよ。)
そんなことはない。私は、好きになった相手を好きになる。それだけだ。
もし過去の私に伝えられるなら体育館のベンチでタオルを握りしめていた自分にそっと耳打ちしたい。「焦らなくていい。は急いで選ばなくていい。あなたは今、たしかに恋をしている。それがすべて」と。
肩書きが盾になる日もある。
けれど、その盾で自分を殴らないで。
価値観のラベリングはあなたを守るために使って、あなたを狭くするためには使わないで。
私はレズビアンではない、と言いたいのではない。私は「レズビアンでしかない」わけではない、と言いたい。
あの体育館の照明。夏の汗。紙コップのココア。ホームの電光掲示板。未送信のメッセージ。全てが愛おしく、全てが切なく、そのときの感情の機微全てが私だった。あの瞬間瞬間全てが、私の恋だった。
子供のころから、僕の心はいつも繊細すぎるあまり、小さなことで深く傷つき、簡単に折れてしまっていた。
学校では友人関係に悩み、授業中のちょっとした指摘にも胸が締め付けられるような自己嫌悪に陥り、家に帰ると涙が止まらなかった。
しかし、その「精神の脆さ」の大部分が、筋力トレーニングによって驚くほど軽くなり、自分でも信じられないほど心が安定している。
以下、長いのでよければ読んでほしい。
幼稚園のころから、泣き虫で人前で発表なんて絶対にできなかった。
小学校では運動会のリレーでバトンを落としただけで、一日中ふさぎ込んだ。
中学生になると、テストの結果が思わしくないと、夜まで布団の中でうなされ、翌朝はまるで寝ていないかのように顔がむくんでいた。
高校生になっても「自分はダメな人間だ」という思考から抜け出せず、文化祭の準備でもイライラして友人と衝突し、自己嫌悪に陥っていた。
大学に進んでからは、自己評価の低さゆえに講義にあまり出席せず、暗い寮の部屋で無気力と羞恥心にさいなまれる毎日。
就職しても、些細なミスで上司に叱られると胸が締め付けられ、仕事が手につかず休職寸前まで追い込まれた。
そんなある時、ある専門記事で「筋トレはセロトニンやドーパミンの分泌を促し、幸福感と集中力を高める」と知った。
思い返せば、運動をすると一瞬スッキリする経験はあったものの、すぐに疲れてしまって運動の習慣化は出来ていなかった。
だから、じっくりと負荷をかけて無理のないように続けていく方針で筋トレに取り組むことにした。
最初の3か月は、週2回のスクワットとプッシュアップを中心とした軽い負荷から始めた。1回8〜10回×2セット程度で無理のない範囲に抑え、フォームの習得と運動習慣の定着を目指した。
この段階では、運動の爽快感によって落ち込みの谷が浅くなるのを感じる程度だったが、自己否定のループから抜け出すきっかけになった。
4か月目に入ると、スクワットの回数を12回×3セットに増やし、ダンベルローイングやプランクを取り入れた。フォームが安定するごとにプレートを少しずつ増やし、自分の身体の変化を実感できるようにした。
この時期には「自分には挑戦し続けられる」という感覚が芽生えた。
朝の目覚めが軽く、昨日の失敗をいつまでも引きずらなくなった。
仕事中、雑音や些細な会話に心を乱されず、自分のやるべきことに集中できる。
プレゼン前も、かつては胸がどきどき震えたが、「伝えたいこと」の構成に思考を巡らせられるようになった。
7か月目以降は、ベンチプレスやデッドリフトなどの複合動作を週3回のトレーニングに組み込み、1回10〜12回×3セットを目指した。
最初は扱えなかった重量が、月を追うごとに10%ずつ増え、そのたびに「もっと自分を高められる」という確信が胸を占めた。
トレーニング前後には適度なストレッチと瞑想を取り入れ、セッション中の「今ここ」に没入する集中力を養った。
筋トレ1回1回が自己制御とストレス耐性を鍛える「精神のレッスン」となり、仕事や人間関係でのプレッシャーにも動じなくなった。
以前は飲み会の雑談に気疲れしていたが、今はリラックスして会話を楽しめる。
休日に趣味の映画を観ても、昔のように心がざわつかず、作品の世界に深く没入できる。
小さな出来事に感情を振り回されない自分に驚きながらも、飾らない日常を心から喜んでいる。
不安の軽減:運動後のエンドルフィンとドーパミン分泌が、日常の小さな不安を和らげるバッファーとなった。
集中力の持続:重いバーベルに全集中することで「今ここ」に没入する感覚が養われ、仕事中の心の乱れが劇的に減少。
自己肯定感の向上:重量アップの成功体験が積み重なり、「自分には挑戦し続けられる」という強い信念が根付いた。
ストレス耐性の強化:ウェイトの重さに耐える身体感覚が、精神的ストレスにも耐えられる基盤を作り上げた。
もちろん、この方法が万人に効くとは限らない。
だが、子供のころから抱えてきた「精神の脆さ」が、筋力トレーニングというシンプルなアプローチで驚くほど軽くなる可能性があることを、同じように悩む人にはぜひ知ってほしい。
筋トレは単なる肉体改造ではなく、心の安定をもたらす最強のパートナーになり得るのだと実感している。
この方法は一例であり、トレーニング強度や頻度は個人差を踏まえて調整することが大切だ。
初心者はフォームの確認と段階的な負荷増加を心掛け、怪我を防ぐこと。
持病や既存のケガがある場合は、専門家の指導を受けることをおすすめする。
子供のころから抱えてきた「精神の脆さ」が、筋力トレーニングという継続的かつ段階的なチャレンジを通じて、1年間で驚くほど軽くなる可能性があることを、同じように悩む人にはぜひ知ってほしい。
■自閉の年長息子(5)の運動会はとても上出来だったが悲しくて涙が止まらない
これを書いているのは運動会の当日だが、涙が出てきて止まらないため、吐き出させてほしい。
年少・年中の運動会の際は、ほかの子に比べてできない点が目立ち(たとえば、お遊戯をまったく踊らないなど)私は大きなショックを受けたため、今回も同じようにショックを受けるのだろうと身構えて行ったのだった。
クラスごとのリレーでは、あらかじめ運動会担当の先生から、「練習したが気分にムラがあり、走らず応援に回るかもしれない」と言われていた。
ただ、一応リレーの順番の中には含まれており、走る想定であるらしい。
話を聞いたときは、「単純に走ることはできるのにリレーになるとできないんだな」と不思議に感じたが、やっぱり集団行動は難しいんだな・・と、わかってはいるものの悲しくなってしまった。
息子はうまく走れるのだろうか。バトンを受け取ったらどうなるのだろう?走れるのか?
大勢の人の目に注意を奪われて、立ち止まったりどこかへ行っていまったりしないだろうか。
とうとう息子の番になった。
どちらかというと、お友だちが先導する形で、息子はそれに引っ張られる形で。
息子は「リレーを頑張ろう」という表情ではなく、どちらかというと戸惑ってる顔だった。
「なんでこんなことしてるんだろう?でも手をつながれているから走っている」ってかんじだ。
サポート役の子が協力してくれなかったら、息子はきっと走れなかったのだろう。
ゴールできてほっとした半面、ああ、なんか、ほんとうに息子は障がい者なんだな・・と落ち込んでしまった。
障が者が健常者に手を引かれて走る、という光景はテレビかなんかで見たことがある。
そこに息子が当てはまるなんて・・・その瞬間まで全く想像していなかった。
もう、障がい者確定なんだな。
小学校では支援級に入ることになるかな・・・と思っていたが、支援学校も検討すべきだったろうかと後悔した。
そもそもなんでリレーができないんだろう?ただ走るだけなのに・・・
言葉は若干遅れているものの、コミュニケーションはとれるし、知的な障害があるとは感じられない(境界域ではあると思う)んだが・・
障害物競走では、最初の障害物は難なくクリアできたが、最後の障害物の前で立ち止まってしまった。
おそらく、すでにほかの子がゴールしてしまっていたため、この障害をどのようにクリアすればよいのか(見本がないため)わからず、困ってしまったのだと思う。
その場で困惑した表情で、気力をなくしたようにへたり込んでしまった。
先生が手を差し伸べてくれてゴールはできたものの、2周目はやりたくないと拒否していた様子が見えた。
そもそも当日朝は、運動会にはいきたくないとかなりごねていた。
実際に運動会に参加してみて、本人にとってはかなり苦しい作業なのだと想像できた。
「他の子ができることが自分にはできない」のはつらいし、プライドもずたずたになるだろう。
ああ、これからどうなんだろう。
昔クラスにいたあの子のように、クラスのみんなから外れてしまうのではないか。
これを書いているのは運動会の当日だが、涙が出てきて止まらないため、吐き出させてほしい。
年少・年中の運動会の際は、ほかの子に比べてできない点が目立ち(たとえば、お遊戯をまったく踊らないなど)私は大きなショックを受けたため、今回も同じようにショックを受けるのだろうと身構えて行ったのだった。
クラスごとのリレーでは、あらかじめ運動会担当の先生から、「練習したが気分にムラがあり、走らず応援に回るかもしれない」と言われていた。
ただ、一応リレーの順番の中には含まれており、走る想定であるらしい。
話を聞いたときは、「単純に走ることはできるのにリレーになるとできないんだな」と不思議に感じたが、やっぱり集団行動は難しいんだな・・と、わかってはいるものの悲しくなってしまった。
息子はうまく走れるのだろうか。バトンを受け取ったらどうなるのだろう?走れるのか?
大勢の人の目に注意を奪われて、立ち止まったりどこかへ行っていまったりしないだろうか。
とうとう息子の番になった。
どちらかというと、お友だちが先導する形で、息子はそれに引っ張られる形で。
息子は「リレーを頑張ろう」という表情ではなく、どちらかというと戸惑ってる顔だった。
「なんでこんなことしてるんだろう?でも手をつながれているから走っている」ってかんじだ。
サポート役の子が協力してくれなかったら、息子はきっと走れなかったのだろう。
ゴールできてほっとした半面、ああ、なんか、ほんとうに息子は障がい者なんだな・・と落ち込んでしまった。
障が者が健常者に手を引かれて走る、という光景はテレビかなんかで見たことがある。
そこに息子が当てはまるなんて・・・その瞬間まで全く想像していなかった。
もう、障がい者確定なんだな。
小学校では支援級に入ることになるかな・・・と思っていたが、支援学校も検討すべきだったろうかと後悔した。
そもそもなんでリレーができないんだろう?ただ走るだけなのに・・・
言葉は若干遅れているものの、コミュニケーションはとれるし、知的な障害があるとは感じられない(境界域ではあると思う)んだが・・
障害物競走では、最初の障害物は難なくクリアできたが、最後の障害物の前で立ち止まってしまった。
おそらく、すでにほかの子がゴールしてしまっていたため、この障害をどのようにクリアすればよいのか(見本がないため)わからず、困ってしまったのだと思う。
その場で困惑した表情で、気力をなくしたようにへたり込んでしまった。
先生が手を差し伸べてくれてゴールはできたものの、2周目はやりたくないと拒否していた様子が見えた。
そもそも当日朝は、運動会にはいきたくないとかなりごねていた。
実際に運動会に参加してみて、本人にとってはかなり苦しい作業なのだと想像できた。
「他の子ができることが自分にはできない」のはつらいし、プライドもずたずたになるだろう。
ああ、これからどうなんだろう。
昔クラスにいたあの子のように、クラスのみんなから外れてしまうのではないか。
これを書いているのは運動会の当日だが、涙が出てきて止まらないため、吐き出させてほしい。
年少・年中の運動会の際は、ほかの子に比べてできない点が目立ち(たとえば、お遊戯をまったく踊らないなど)私は大きなショックを受けたため、今回も同じようにショックを受けるのだろうと身構えて行ったのだった。
クラスごとのリレーでは、あらかじめ運動会担当の先生から、「練習したが気分にムラがあり、走らず応援に回るかもしれない」と言われていた。
ただ、一応リレーの順番の中には含まれており、走る想定であるらしい。
話を聞いたときは、「単純に走ることはできるのにリレーになるとできないんだな」と不思議に感じたが、やっぱり集団行動は難しいんだな・・と、わかってはいるものの悲しくなってしまった。
息子はうまく走れるのだろうか。バトンを受け取ったらどうなるのだろう?走れるのか?
大勢の人の目に注意を奪われて、立ち止まったりどこかへ行っていまったりしないだろうか。
とうとう息子の番になった。
どちらかというと、お友だちが先導する形で、息子はそれに引っ張られる形で。
息子は「リレーを頑張ろう」という表情ではなく、どちらかというと戸惑ってる顔だった。
「なんでこんなことしてるんだろう?でも手をつながれているから走っている」ってかんじだ。
サポート役の子が協力してくれなかったら、息子はきっと走れなかったのだろう。
ゴールできてほっとした半面、ああ、なんか、ほんとうに息子は障がい者なんだな・・と落ち込んでしまった。
障が者が健常者に手を引かれて走る、という光景はテレビかなんかで見たことがある。
そこに息子が当てはまるなんて・・・その瞬間まで全く想像していなかった。
もう、障がい者確定なんだな。
小学校では支援級に入ることになるかな・・・と思っていたが、支援学校も検討すべきだったろうかと後悔した。
そもそもなんでリレーができないんだろう?ただ走るだけなのに・・・
言葉は若干遅れているものの、コミュニケーションはとれるし、知的な障害があるとは感じられない(境界域ではあると思う)んだが・・
障害物競走では、最初の障害物は難なくクリアできたが、最後の障害物の前で立ち止まってしまった。
おそらく、すでにほかの子がゴールしてしまっていたため、この障害をどのようにクリアすればよいのか(見本がないため)わからず、困ってしまったのだと思う。
その場で困惑した表情で、気力をなくしたようにへたり込んでしまった。
先生が手を差し伸べてくれてゴールはできたものの、2周目はやりたくないと拒否していた様子が見えた。
そもそも当日朝は、運動会にはいきたくないとかなりごねていた。
実際に運動会に参加してみて、本人にとってはかなり苦しい作業なのだと想像できた。
「他の子ができることが自分にはできない」のはつらいし、プライドもずたずたになるだろう。
ああ、これからどうなんだろう。
昔クラスにいたあの子のように、クラスのみんなから外れてしまうのではないか。
これを書いているのは運動会の当日だが、涙が出てきて止まらないため、吐き出させてほしい。
年少・年中の運動会の際は、ほかの子に比べてできない点が目立ち(たとえば、お遊戯をまったく踊らないなど)私は大きなショックを受けたため、今回も同じようにショックを受けるのだろうと身構えて行ったのだった。
クラスごとのリレーでは、あらかじめ運動会担当の先生から、「練習したが気分にムラがあり、走らず応援に回るかもしれない」と言われていた。
ただ、一応リレーの順番の中には含まれており、走る想定であるらしい。
話を聞いたときは、「単純に走ることはできるのにリレーになるとできないんだな」と不思議に感じたが、やっぱり集団行動は難しいんだな・・と、わかってはいるものの悲しくなってしまった。
息子はうまく走れるのだろうか。バトンを受け取ったらどうなるのだろう?走れるのか?
大勢の人の目に注意を奪われて、立ち止まったりどこかへ行っていまったりしないだろうか。
とうとう息子の番になった。
どちらかというと、お友だちが先導する形で、息子はそれに引っ張られる形で。
息子は「リレーを頑張ろう」という表情ではなく、どちらかというと戸惑ってる顔だった。
「なんでこんなことしてるんだろう?でも手をつながれているから走っている」ってかんじだ。
サポート役の子が協力してくれなかったら、息子はきっと走れなかったのだろう。
ゴールできてほっとした半面、ああ、なんか、ほんとうに息子は障がい者なんだな・・と落ち込んでしまった。
障が者が健常者に手を引かれて走る、という光景はテレビかなんかで見たことがある。
そこに息子が当てはまるなんて・・・その瞬間まで全く想像していなかった。
もう、障がい者確定なんだな。
小学校では支援級に入ることになるかな・・・と思っていたが、支援学校も検討すべきだったろうかと後悔した。
そもそもなんでリレーができないんだろう?ただ走るだけなのに・・・
言葉は若干遅れているものの、コミュニケーションはとれるし、知的な障害があるとは感じられない(境界域ではあると思う)んだが・・
障害物競走では、最初の障害物は難なくクリアできたが、最後の障害物の前で立ち止まってしまった。
おそらく、すでにほかの子がゴールしてしまっていたため、この障害をどのようにクリアすればよいのか(見本がないため)わからず、困ってしまったのだと思う。
その場で困惑した表情で、気力をなくしたようにへたり込んでしまった。
先生が手を差し伸べてくれてゴールはできたものの、2周目はやりたくないと拒否していた様子が見えた。
そもそも当日朝は、運動会にはいきたくないとかなりごねていた。
実際に運動会に参加してみて、本人にとってはかなり苦しい作業なのだと想像できた。
「他の子ができることが自分にはできない」のはつらいし、プライドもずたずたになるだろう。
ああ、これからどうなんだろう。
昔クラスにいたあの子のように、クラスのみんなから外れてしまうのではないか。
同売り場の当せんで、宇部の“億当せん”は6年連続に。その記録のはじまりは、2009年、年末ジャンボの1等・前後賞合わせて3億円が2組当せんした『宇部琴芝チャンスセンター』だった。同売り場は、35年の歴史があるが、2009年までの当せん金の最高額は1000万円。
売り場担当の亀山賢次さんは次のように振り返る。 「やっと億当せんが出たと思ったら、一気に2組ですからね。こんな小さな町で、しかも同じ売り場から億当せんが2組も出たんですから、本当に珍しいことです」
その後も、2010年と2011年の年末ジャンボで1等・前後賞合わせて3億円が出たほか、2012年のドリームジャンボでも1等・前後賞合わせて1億1000万円が当せん。まさかの4年連続で億当せんを出し、“奇跡の売り場”として北海道や沖縄など全国各地から買いに来る人もいたほど。
『宇部琴芝チャンスセンター』のバトンを引き継ぎ、翌年(2013年)、宇部市内の“5年連続億当せん”を実現させたのが、『宇部メルクスチャンスセンター』だ。 売り場の外観をイエローゴールドに改装した直後の、2013年の年末ジャンボで1等・前後賞合わせて7億円が当せんした。
前出の亀山さんは、「普段宝くじに興味のないかたでも、“これだけ宇部で当せんが続いているんだから、私も買わなくちゃ”と興奮気味に売り場を訪れる人も多くいますね」と言う。
https://www.news-postseven.com/archives/20140622_262128.html?DETAIL
消滅に抗おうとしているのが、「生きてる」って感じがして良い。
『VRChat』の「24時間誰もいなくなると消滅するワールド」、2年間生き延びる。世界の誰かが繋いできたバトン
https://automaton-media.com/articles/newsjp/vrchat-20250205-327364/
他にもないか調べると1つ見つかった。
掲示板サイト「おーぷん2ちゃんねる」の「野原板」というスレッドでは「3時間以内に書き込みが無いと消滅」する。
https://open.open2ch.net/nohara/
3時間で消えるのはテスト投稿のためのスレッドだからで、本来長く利用する場所ではないのに。
時間制限があるから、何かしら行動しないといけないのがいいのかもしれない。
他にもあったらいいな。