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はてなキーワード: ことのはとは

2026-01-22

映画ブラックジャックを見た

基本的に#真相お話しますと同じ結論原作を読めばいいです。30点。

 

医学生の友人が海外自殺医学生の下にその遺骨が届く。骨壺には謎のクリスタルオブジェが入っており医学生は友人の死の不信からオブジェ調査を始め、その過程で謎の天才外科医ブラックジャック出会う。で、まぁいろいろあってブラックジャック獅子面病という顔が変形してしま病気にかかった妻の夫から手術の依頼を受けるが、妻は人生を儚んでルスカロマ所属暗殺キリコ安楽死を依頼していた。ブラックジャック彼女を救えるのか。そして医学生の友人の死の真相とは。

みたいな話だった気がする。知らんけど。

 

Netflix映画ジャンルに来てたので映画として見たんだけど、なんか途中のシーン転換で左下に「ブラックジャック」って出ててこれドラマやないかーいってなったので、出てくる奴らがもうみんなコスプレすぎるし演技がやりに行きすぎててうんざりするというようなところには目を瞑る。

ただそれはそれとして一本の作品としての志が低すぎる。

原作ブラックジャックは、もろちん人間ドラマとしての強い側面を持っていることは俺も否定しないが、医療漫画としての強度に決して手を抜いていない部分が大きな魅力であるはずだがこのドラマ映画版ではまともに手術シーンをほとんど映さない。

最も長尺でやった鉄骨に挟まれたガッキを救うために両腕を切断しくっつけるシークエンスも何をやっているかを一切画で見せない。ドラマから……じゃ説明がつかない。医龍だってドクターXだってブラックペアだってちゃんとやってた。これはドラマでもできることのはずだ。でもやってない。

もっとどうでもいいグダグダしたドラマパートを切って医療シーンを入れるべきだったと思う。

 

じゃあ人間ドラマオミットした医療作品としての部分を補えているかというとそうは思えない。

本作は「金持ちのドラ息子のために善良な市民内臓全部入れ替える(と見せかけて、善良な市民の顔をドラ息子とすり替える)話」「鉄骨に挟まったガキの両腕を切断してくっつける話」「獅子面病の患者を助ける話」「内臓ピンクダイヤを埋め込む話」「キリコが毒殺しようとするも救う話」の5つを採用してるけど

鉄骨の話とピンクダイヤの話は1本の作品として見た時にぶっちゃけまったくいらない。ハンバーグに入ってるパン粉くらいの必要度。ほないるかぁ。いらない。

かろうじて呼応しているはずなのは「ドラ息子の顔をすり替える話」「獅子面病の話」でこれはどちらも「顔が変わってもそれは同じ人なのだろうか」という面白いテーマとして語る価値があると思うのだが、そこに関してはほとんど触れられない。めっちゃ不満。医学生の友人は顔が変わったけど生きてて、獅子面病も治ってよかった~!おわり。

敢えて褒めるべきところを探すとしたら原作では悪徳警官獅子面病になった息子を無理やり助けさせる話だったのが、今作では「妻の顔が好きすぎて拝み倒して結婚した冴えない男が妻の顔が変形するという境遇になって愛とは何なのかに向き合う」という形に改編したこと。そしていつも通りBJ大金吹っ掛けられるんだけど妻の顔が変わったことで愛がすでに薄れ始めていてハイとは言えない。そうこうしているうちにキリコ暗殺計画は進行して……というサスペンスとしての面白みはあるかな

 

そして今作でいろいろ改変がされてるんだけどほぼ全部うまく行ってない。

骨壺に入っていたオブジェBJが手術に失敗した人の身体の一部を埋め込んで戒めとしていたという謎設定が生えてくるんだけど、まぁそれ自体BJそんな奴か?という部分はありつつ是非が分かれていい部分かもしれんけど、なんで「死んだドラ息子の身体の一部で作ったオブジェ」を顔を挿げ替えた善人の関係者の骨壺に入れたん?意味わからんやろ。

渡すとしたらドラ息子の父親のほうやろ。「フフ、そういえばこんなものをもらったのですが私には必要のないものでしてね。手術成功の記念にもらってやってください(まぁその中身、お前の息子の遺体の一部なんやけどな)」だったらまだ理解できるけど、医学生はなんの知り合いでもないドラ息子の身体の一部なんかもろてどうすりゃええねん。

そして無理やりくっつけられたキリコパート増田で一時期話題になった「キリコ性転換問題」ってこれのことだったんかと懐かしみつつ、キリコが女になったことで何か妙にウェットになってるの解釈違いやわぁと思いつつそんなことは些細なことで。

原作ではキリコ安楽死実行寸前にBJが駆けつけて患者を奪い治療を行うという展開だったと思うのだが、今作ではキリコが渡した安楽死キット(ナニソレ)を獅子面病の妻が使用してほぼ死んでしまう。そして妻の死に面した夫は「顔じゃなくて妻を愛していた」ことに気づいてBJに金はないけど俺の身体を使って(ホモ奴隷になるってこと?)くれ!と言い、BJはいものドヤ顔で「それが聞きたかった!」と服を脱ぎだすんだけど(存在しない記憶)。

いや、薬剤注射で死にかかってる人間を助けるのって天才"外科医"のBJ仕事じゃなくね?内科医仕事じゃね?いや、知らんけど。原作では元々BJが手術で救えるはずだった人を手術で救う話だったからいいんだけど、安楽死注射打って死にかけてる人をBJが救うのちょっと難しくね?これって気にしすぎ?

まぁ結局死ぬんだからなんでもいいじゃんって言われたらそれはそう。

でもあの最後死ぬ展開も原作では、手術しないと死ぬ(しても死ぬかも)→安楽死させてあげよう→いや俺が救う→救えた!→でも別の事故(事件)で死ぬ→死なせとけばよかったのにVSそれでも俺は救う!の対立諸行無常があったけど、今作では顔が奇形でもう死にたい→殺してあげる→自分死ぬわ→グエー死んだンゴ→命も救って顔も戻す!→ありがとう→帰り道に事故で死にましたになっててシンプル脚本書いたやつ性格悪いなってなっちゃってる気がする。

 

別に実写化フォーマットの変更にあわせて内容を変えたりオリジナル要素を入れるなとは言わないんだけどなんでそこの検証おざなりにしてしまうんだろう。一本の作品としていいものを作ろうって気持ちがすごい薄く感じる。これが映画として撮られてたらさら10点引いてもいい。

ブラックジャック連作品はどんな出来であれ全部見たい!って人にはオススメ

2026-01-21

実際中道ってだいぶ左から右に寄ってきたよな

今まで批判やすかった左寄りな箇所を現実路線修正しつつ、とりあえず党内で大きな分裂もなく合流できそうなんだから大したものだと思う

自民党右寄りも左寄りもいる懐の大きさがあるから強い、イデオロギー支配されてる野党ダメ、みたいに今まで言われてきたんだし、この方向転換は与党支持者側から見ても歓迎すべきことのはずなのに

これまで通り現実見ずにお花畑でいてくれ!って騒ぐのよくわからない。現実に合わせてくれたんだから評価すべきなんでは?

2026-01-14

TEGAKI、清廉潔白すぎて自滅しそう

最近話題になってる「TEGAKI」っていうイラストSNSあるじゃないですか。

生成AI完全禁止を掲げてて、タイムラプスで「人間が描いた証明」をするっていうあれ。

あの思想自体は、今の空気感として分からなくはない。

そういう聖域みたいな場所を求めてる人がいるのも理解できるし、住み分け大事だと思う。

ただ、さっき運営のお知らせを見て「え?」ってなった。

自動翻訳機能廃止するって書いてある。

——-

検討を重ねた結果、自動翻訳機能廃止する方針となりました

——-

これ、正直やりすぎというか、手段目的が逆転してないか

翻訳機能って、絵筆じゃない。

ストローク補正するわけでも、構図を勝手に決めるわけでもない。

ただ言葉の壁を越えるための道具でしかないのに、「AI」という名前がついているだけで一括して排除する判断になってる。

たぶん今、運営ユーザーも「ピュアであること」に過敏になりすぎて、引くに引けなくなっている気がする。

これ、昔デジ絵が広まり始めた頃に「フォトショで描くのはズルだ」って言われていた空気とかなり近い。

で、この先どうなるかというと、サービスが潰れるか、「やっぱ翻訳OKします」としれっと修正してくるか。

どっちにしても、海外からの問い合わせ対応とか運用コストを考えたら、この状態で維持するのは物理的に無理なんじゃないか

良い悪いではなく、そういう鎖国的な方向性サービスとしてやっていくってことなんだろう。

一番まずいのは、「何がダメで、何がOKか」の線引きが雑になっている点。

みんなが嫌がっているのは、勝手学習されることや、簡単模倣されることのはずで、

便利な補助ツールのものを一律に拒否したいわけではないはず。

翻訳なんて、ほぼ無害な補助線なのに、そこまで含めて切り捨てる判断は、運営としてのセンスがあまり良くない気がする。

このTEGAKIの一件、

AIをやりたかったわけではないのに、そう見えてしまうところまで判断が転んでしまったのが悲しい。

2025-12-31

生理痛体験マシンという拷問器具がまかり通っているのは何故か

 いい加減日本人は、現代日本社会に「女性社会進出」を本尊とし「女性への理解を推進せよ」という経典を信奉する『宗教』が蔓延しているということに気が付くべきだ。

女性のため」という文脈で語られれば、どんなにデタラメなことでも議論封殺され、絶対正義としてまかり通る。異論を挟むことすら許されない、思考停止した社会になりつつあるということだ。

 誤解のないように言っておくが、女性社会進出や、誰もが自己実現できる社会を目指すこと自体は素晴らしい。大賛成だ。人間は誰だって自分のなりたい姿になって幸せになるべきだと思う。 だが、それはあくまで「最終目標」の話であって、今やるべきことは、そこに至るための具体的なプロセス議論することのはずだ。それなのに、今の社会は「女性のためになりそうなら、問題点についての議論はすべきでない」という狂った論理で、理性的批判を完全に無視している。

その象徴とも言えるのが、最近話題生理痛体験マシンだ。 月経に伴う痛みを男性にも理解させ、女性への配慮推し進めるという目的のもとに、男性の腹部に低周波マッサージ機のような器具を張り付け、生理痛に似た痛みを電気によって与えるというものである男性月経苦痛理解することは、女性生理の痛みを訴えることへの心理的ハードルが下がったり、生理男性が口にすることはタブーであるというような風潮を打破することが期待できるため、合理的な取り組みであるといえるが、しかしこれを肯定することは「合理的理由をもってすれば人に不本意苦痛を与えても良い」というのが許されることになってしまうのではないか

 生理痛の痛みを完全に再現できるよう訓練した人間を用意して、そいつに男の腹をパンチさせることと、何が違うのか?パンチは駄目で、電撃が許される理由が、どこにあろうか?暴力非暴力の線引きというのは、外傷が残るか残らないかの違いではないはずだ。たとえ拳で人を殴らなくても、精神的に苦痛を与えたり、不当に自由を奪うことは、暴力に値するというのが現代的な考え方ではないのか。電撃であろうが殴打であろうが、それを求めていないもの苦痛を与えるということは、立派な暴力行為であり、非人道的行為だ。「パンチは野蛮な暴力で、電気なら文明的な配慮」。 そんな馬鹿理屈が通ってたまるか。

 しかしこれが一企業大学によって取り上げられてしまっているのは、やはり上にも述べたように、「女性への理解」という文脈で語られているからに他ならない。この異常事態こそが、日本が「女性への理解」という文脈に酔いしれ、正常な判断力を失っている何よりの証拠だろう。

2025-12-24

他人舐めるな、三宅香帆

考察する若者たち』という本を読んだ。

この本はつまらない。三宅香帆は面白くない。

初めにこのことを書かなければならないと思った。

なぜなら本書において三宅香帆は信じられない前提を置いている。

若者は、自分面白いと思う物や好きと感じることが自分では分からないという前提だ。

から初めに書く。

私は自分の好きなものや、自分の嫌いなものを確かに自分判断することが出来る。

その上でこの本は面白くないと感じるし、筆者のことは嫌いだ。

私は23歳の男だ。地元の友人は結婚ないし婚約をしている中で、そろそろ若者としての賞味期限切れを感じつつあるが、若者という立場文章を書く。

本書で述べられる考察とは何か。

それは既に存在している正解を探す行為であり、そこから与えられる「報われた」という感情報酬となって流行を見せているという主張が展開された。

この論が提示することは何か?それは受け手消極性だ。

序盤で出てくるヒットコンテンツの分析

変な家、あなたの番です等で正解のある内容を考えることでほっとして安心できる。これが若者思考であり令和でウケる要素があると書かれた。

そこには正解を当てたという「意味」があり、これがあるからこそ物語を楽しむ時間無意味であることの恐怖を和らげることが出来る。

からこそ答えがある場所に、成果が得られそうな場所に集まる。

そうして物語を楽しむという行為が報われるという行為に奪われていくという話だ。

この流れを聞いてどういった印象を受けるだろうか。

非常に主体性が欠け、周りに流されやす人物

何が良いのかも判断が付かず、それらしいものに絡めとられていく様子が私には浮かんだ。

私はこの主張に否を突き付けたい。

かに若者が好みそうなコンテンツ作品計算して作られることはあるだろう。

だがそこに乗っかるのはあくま自分たちが楽しいから自分たちが良いと感じるからのはずだ。

ネガティブ感情に追いやられ、そればかりしか楽しめなくなる集団多数派かのような内容を押し付け行為は認められない。

そもそも考察とは、本当に正解を探すゲームなのだろうか。

だって好きなゲーム考察したことがある。

一読した部分では分からないことや読み取り難い部分があり、作品に再度触れながら仮説を立てたり根拠を探したりした。

その結果出た結論が正解だったかは分からない。

が、それでいい。何故か?

答えを探し求める過程作品世界への理解が深まり、これまでの自分では気が付かなかった領域が見えたからだ。

そうして感じ取った部分を基に、またもう一度その作品が好きになる。

時間をかけて丁寧に読み、初めに探していた部分とは違った側面がいくつも見えてくる。

このキャラクター言動はこういう意図があったんじゃないか

直前の出来事でここの言動が変化していたんじゃないか

この物語は、もしかたらこういうことを描きたかったんじゃないか

改めて考察を終えた後作品を振り返ると、それまでとは全く違う姿が見える時がある。

そんな瞬間が楽しくて、考察をする。

人が考察をするのってそういう部分を求めてるからなんじゃないのか?

考察能動的だ。

コンテンツが語らなかった部分を積極的に読み取ろうとすることで、自分の中で新しい物が芽生える。

頭を使い、目に映る情報から推察を働かせる。

受動的な視聴とは違う。

自ら生み出す創作とも違う。

その狭間位置する行為だ。

推しだってそうだろう。

実際に自分ステージに立つわけではない。

それでも自分の行動が挟まる(ように見える)余地があって、自分の手で何かが変わった体感が得られる。

この能動性に考察との共通項があるからこそ、二つが同時発生的に消費者の中で存在感を放つようになったのではないか

そこには、コンテンツが溢れるようになった時代関係しているのかもしれない。

ただそこにあるものを消費する営みに疲れ、一歩積極的な行動に価値を感じるようになった。

そんな背景がもしかしたらあるのかもしれない。

ここまで書いたことと、本書で主張されたことは、どちらが正しいのかは分からない。

からないことが問題なのだ

著者に課せられたハードルはそんな低い物ではないはずだ。

根拠のない持論を重ねること。

何かの作品に対して向けるなら好きにすればいいが、現実人間に向けるなら話は別だ。

若者」達に向かって、生き方や接し方を説く。より上の世代に向けて「若者」との接し方を示す。

そんなこと、三宅香帆には分不相応だ。

分析する力も、説得する力もまるで足りてない。

自身ツイート若者を救いたいと言っていたが、別にあなた必要とされてない。

少なくとも私にとっては邪魔存在だ。

彼女がこの本でやっているのは、勝手問題意識を植え付けることだけ。

ネガティブな像を作り、最終的に自分提示する方向性誘導する。

高級感のある情報商材屋だ。イラストアイコンにしたビジネスブルーバッジがよくやっている。

顔と本名晒してやることがそれでいいのか?

もっと根本的にだ。仮に考察目的が正解当てゲームに主眼を置いた物だったとしよう。

それって楽しいか?そんなことしてるやつ周りにいて面白いか

ドラマの正解当てばかりに躍起になってるやつ、見たことあるか?

もっと言えば、そもそも考察でそんなに正解に辿り着いているか??

考察」で得られる安心感は、万人に開かれた物か???

本書の嫌いな部分はこういう所だ。

自分の言いたいことのために、もっと当たり前のことをいくつも無視している。

娯楽に触れる上で最も嫌われるのは「つまらない」ことのはずだ。

報われるだとか、最適化だとか、くだらないことをごちゃごちゃ語るんじゃなくて、シンプル面白くないことはしたくない。誰だって楽しいことが好きなはずだ。

面白そうだから考察するし、面白そうだからゲーム実況を見る。

失敗したくないだとか、何を言っているんだ。

楽しい時間が一秒でも長い方がいいだろう。

歪んだ色眼鏡勝手病理を見出すな。

若者を使ったお人形遊びがしたいなら1人でやれ。

寂しいならお友達が周りに沢山いるだろ。

他人をわざわざ付き合わせるな。

この本は一時が万事そんな調子だ。

根拠になっていない根拠に著者の妄想が乗っかり、あなたはそう思うのかもしれませんね以上に見どころがない話が続く。

さっき書いた考察という行為に対する私の主張も、別に特段の根拠がある訳ではない。

どっちが正しいかは分からない。

少なくとも私と私の周りにいる人間物語を愛するために考察をする。

三宅香帆の周りには、正解が欲しい若者が沢山いるのだろうか。

だったら本を書く前に、そんなことをしなくてよいと直接声をかけるべきではないか

声をかけた結果の対話でもあれば、この本はもっとマシな内容になっただろう。

からこの著者のことがあまり好きではなかった。

やけに人気そうな割に話すことが薄いなと思ったし、Kindle Unlimitedで読んだ『好きを言語化する技術』は途中で投げた。

読みづらい上にnoteで書けよみたいな話ばかりで。

そんな中、彼女に対する批判最近目にする。

正直批判する側に相当アレなやつが多いし、いちゃもんばかりつけられているように見えた(例えば飯田一史のやり方は気に喰わない)。

実際彼女の著書を最後まで読み切った訳ではないから、一冊しっかり読み切ろうと手に取ってみればこのザマだ。

『好きを言語化する技術』の方が何倍も良い。

全く言語化について考えたことがない人間には役立つ部分もあるからだ。

『好きを言語化する技術』は、対象が明確だった。

言葉が出てこない。何を言えばいいかからない。

そういう悩みを抱えた人間

これは対象が明確だ。

過剰な言語化ブームの中で必然まれ存在だろう。

そういった人々にとって助けになる可能性はある。

noteYoutubeで探せばもっと分かりやすく深い内容の物があると思うが、それでも本の価値は0ではない。

考察する若者たち』はどうだ。

誰のことを書いている。

様々な作品に、自分の主張を通すために無理やりな解釈を加え続ける。

長々と稚拙な話を続けた後、最後自己啓発で締める。

これでいいと本当に思ったのだろうか。

内容を磨きあげるためにベストを尽くしたのだろうか。

これでいいと思ったのなら、読者を舐めている。

そしてこれは彼女の周辺の人間にも言える。

彼女擁護する者の中に、彼女と同様に「若者」を舐めている者がいないか

もっと言えば、そいつらは三宅香帆を舐めてないか

最近三宅香帆の文章添削するというnote話題になった(https://note.com/kyunkyun_p_d/n/n9cc45ed3d74b)。

私の立場を示すなら、必要な指摘と的外れな指摘が混在していると思っている。

かに三宅香帆の文章は読みづらいと思うが、それはターゲット層の違いもある。

1-の章立てで指摘されてた表現群はちゃんと狙いがあるし、修正前の方が素晴らしい内容だと感じた。

修正した人はあまりそういった情緒を解せなさそうだ。

一方で2-、3-の章での指摘な重要な物もある。

彼女文章は、読み手おかしな部分を見逃したり、言いたいことを察したりする必要がある部分がそれなりにある。

例えばこれだ。

https://x.com/tsurezure_lab/status/1989617763934244949?s=20

このツイートに載っている表は『考察する若者たち』の冒頭で出てくる。

この表を持って

『そう、ドラマ映画の「ただの感想」よりも「考察」のほうが、いまや人気なのです。』(Kindle 3ページ目から引用)と主張する。

いやそれは違和感ない??

通常動画はかなり感想動画の方が人気だ。

ショートと通常の合計では考察動画の方が多いかもしれないが、じゃあ考察の方が人気なんですねとスッと飲み込むのはやや難しくないか

別に考察>感想なんて書く必要はない。

めっちゃ考察の波が来てますよ程度の言い方で全く問題ない。

別にしたことじゃないかもしれないが、パッと見で違和感ある主張を並べる理由もない。

彼女の本は一事が万事そんな調子だ。

一つ二つならまだしも全ての章で強引な主張に溢れている。

これ、本当に本を読まない人間向きの本か?

結構な人数が無意識に、本を読まない人間論理的思考力に欠ける馬鹿だと考えてないか

本を読まなくとも、論理展開おかしさに気付ける人は少なくない。

そんな中で適当な内容ばかり書いてある本を目にすれば、むしろ価値がない物として認識される。

子供向けと子供だましは違う。

しろ子供向けこそ、丁寧に作る努力必要になるはずだ。

彼女文章にそんなもの全く感じない。

雑に作られた形の壊れた文章を、三宅さんはそういうライターからで済ませるのは、三宅香帆を一番馬鹿にしてるだろ。

ティチュードばかり頭にあって、目の前の良し悪しについて考えることを放棄してないか?(これは彼女属性だけで飛びついて批判してそうな側にも言える話ではあるが)

彼女ライターとして歴が長い。

何年も書いてる人間ちゃんと考えれば、もっといい内容を書けるに違いない。

だって必要なことは特別アイデアじゃない。

読み手のことを考えて文章を書くという、ごく当たり前の話だ。

それが無くても別に良いと、強引な擁護を続けることは有害だ。

その程度も要求してはいけないと思っているのだろうか。

彼女周りの人間及びファンダムは、三宅香帆を過度に低く見積っているように見える。

人を舐めるな。

出版された本には名前が残る。

過去に発売された本達は、彼女名前が残り続けるにふさわしい内容だったのか?

くそうは思わない。

三宅香帆本人もだが、彼女を過剰に持ち上げようとする人々の方がより嫌悪感がある。

彼女出版物は改善すべき余地が多すぎる。

しかも、他の人間の手で改善できる部分が多々ある。

出版社は機能しているのか?

チェックする人間は何を考えているのか?

売り出したいものがあるなら、付け入る隙を減らすように粗は取り除いておくべきだ。

クオリティの低い物が注目を集めれば批判が集まるのは当たり前だ。

彼女に連なる様々な動きが、本を売り出すために仕掛けるプロジェクトだとするなら、シンプルに全ての能力限界が近いとしか思えない。

本を出版する人間達は、もっと面白くて、真摯な発信が出来るはずだ。

どうしても自然差し込む方法が思いつかなかったので、趣旨とは外れる部分を書く。

何故か後半は自分語りになってしまったので本当に読まなくていい。

三宅香帆は野村克也に見える。

野村克也日本歴代二位の通算本塁打数を誇る名打者、かつ名捕手として野球戦術戦略に様々な形を導入した人物でもある。

彼の特徴はと問われて何を答えるかは人それぞれだが、野球の実績以外にも目を見張る点がある。

それは出版された著作の多さだ。

正しい数字かは不明だが150冊以上の本が出版され、30冊以上が文庫化されているらしい。

通算150本塁打以上を記録した選手歴代で180人しかいないし、シーズン30本以上打った選手は今年のプロ野球では2人しかいない。

文筆家としても名選手だったと言えるだろう。

が、あえて言おう。野村ノート以外は読まなくていい。

強いて言うなら、楽天監督を辞めた後の時期の本は面白いかもしれない。

大体のルーキーストレートに魅力があってプロに入ってくるのに田中将大スライダーにこそ価値があった。

そんな投手稲尾和久以来だった、みたいな話はめっちゃ面白い。

逆に言えばそれ以外はあまり見どころがない。

理由簡単だ。

ほとんどの本で話が使いまわされていて、見たことがあるからだ。

ノムさんの本は毎年凄いペースで出版されていた。

そんなに人間新しい話が書ける訳がない。

使いまわされた内容が並ぶばかりだから読了するのは容易だ。

しか現場から離れていった彼の野球理論は、今読めば正直古かったり間違っていたりすることも多い。

当時でも検証不能であったが故にまかり通っていたが、今から見ればそれはおかしいと言いたくなる話が沢山ある。

それでも本は売れた。それは詳しい内容以上に彼の人間性に惹かれ、言葉を読みたい。

内容を知りたいと願うファンが多かったからだ。

私もその一人だ。内容の是非とは違う所に読む価値を感じていた。

翻って、三宅香帆はどうだ。

彼女出版ペースは凄まじい。

連載をこなし出版をこなし、メディア出演も大量も盛りだくさん。

それは現実的にクオリティを保てる物量だろうか。

今回の本を読んでとてもそうは思えなかった。

それでも彼女の本は売れる。それは三宅香帆という名前のものファンいるからだ。

とても既視感を覚える。

ノムさんの本に、今はそんなことないなんて言い続けても野暮だろう。

私が読んでいる時にそんな声が聞こえてきたら迷わず無視する。

しかしこの2人には大きな違いがある。

それは年齢だ。

ノムさんは、凄く悪い言い方をすれば引退したロートルだった。

現場で戦う人間自分たちで新しいことを探すし、話しを聞いたとしても大真面目に捉え続けることは少なかったのではないか

彼女は違う。今まさにど真ん中で社会に変化を与えようとする側だ。

からこそ、本の内容が稚拙なのが気に入らない。これでいいとは言いたくない。

から完全に離れた自分の主張を書くなら、寄り添うのはもういいと社会に対して思っている。

それは社会に余裕がある時の振る舞いだ。

今はそんなものは無い。

もちろん寄り添い全てが無意味だなんて言うつもりはない。

しろ人は1人では生きていけない。

だけどいつか人は支えて、人を引っ張り上げる側に行かないといけない。

今の生活はクソだ。

先行きは暗いし、政治に対する不満だって沢山ある。

から今の社会ゴミだなんて話で終わらせようとするのはもっとクソだ。

今の自分は弱い。周りだってそうかもしれない

でもいつまでも弱いままでいることは出来ない。

腹を括って、自分は強くなって自分は勝ちに行くんだと言い切らないといけない。

自分の周りは、そう言えるやつから変わっていると思う。

から今の社会が嫌いだ。優しそうな空気に吞まれそうだ。

三宅香帆の本は優しい。

弱いことを肯定する成分が強い内容だ。

そういう部分が共感を呼んでいることも有ると思う。

でもそれはもう遅いと思う。嫌々ながらも諦めて頑張らないといけない。

ノムさんは、プロ野球選手になってから文字通り血の滲む努力を繰り返して成功したという。

時代的にも、それは事実なんだろう。

からせめて、薫陶を受けるなら野村がいい。

彼女だって、実際は死ぬほど働いているはずだ。

それが答えだろう。

ノムさん三宅香帆も、精神面でもメッセージが強く受け取られている。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。

金を残すのは三流、仕事を残すのは二流、人を残すのが一流。

今の社会に残っている野村言葉マインドの話が多い。

考察する若者たちも、読者の感想最終章への言及がとても多い。

2人とも人を感化しているし、読者は受け取ったメッセージを抱えて行動しようとしている。

じゃあ、本当に成果を出して、人生を動かしている人はどういう属性なんだろうか。

嘘偽りなく、大勢もっと頑張れというべきだと思うし、今の自分必要なことだってそうなはずなんだ。

2025-12-19

プライドが高い」って悪いこと?

検察のことば、

プライドの高さから来る人生に対する不満があった」

https://news.yahoo.co.jp/articles/8e88d1128b922e5b099f3b387c33916deae3f3be

テロは許されないことだから別に擁護する訳じゃないけどさ。

人生に対する不満ねぇ・・・

山上被告人生は満足どころか、マイナスゼロに戻そうとあがくのに精一杯だったろうよ。

幼い頃からあれだけの非道仕打ちを受けてれば、怒りもつのるわ。

プライドが高いって的外れ中傷だと思う。


プライドが高い」っていつから悪口になったんだろう。

心に誇りを持つのって、本来、立派なことのはず。

理不尽逆境孤独に立ち向かわざるを得ない人たちには、支柱は必要だ。

2025-11-02

高市さんが首相になってからはてなを見る機会が減った

前までは毎日のようにはてなをチェックして、意見を書いたりもしていた。

特に夫婦別姓とかのジェンダー問題には強い関心があって、「これは女性生き方問題だ」と思っていた。

けれど、高市早苗さんが首相になってから、なぜかその熱がすっと冷めてしまった。

自分でも不思議だった。

だって女性首相になるなんて、それ自体は喜ばしいことのはずなのに。

けれど彼女夫婦別姓に反対しているし、私が「戦ってきた相手」の側にいる人でもある。

それでも彼女トップに立った瞬間、私は何も言えなくなった。

今までずっと、

自民党保守男性中心社会」と思っていた。

そしてその男社会女性たちが抵抗しているのだと、どこかで信じていた。

でも高市さんが首相になったことで、その構図が急に崩れた。

敵も味方も、白か黒かも、わからなくなった。

からニュースを見ても何も書けなくなった。

ただ、政治に興味を失ったわけじゃなくて、

多分、自分の中の物語が終わってしまったんだと思う。

2025-10-26

世の中の常識は変わる、ということが理解できないと意識アップデートは出来ない。

絶対的普遍価値観「っぽい」もの存在するけれど、

それ以外の価値観は、もうユルユルなんですよね。

10年・20年・30年・50年・100年と物差しスケールを切り替えればそれはわかること。

そのへんの歴史的俯瞰視点があれば、意識なんて簡単アップデートできるんですけどねえ。

はてな界隈には、

葬送のフリーレンとか銀河英雄伝説とか、

俯瞰的な視線優越感に浸るタイプ物語を、

好きな人が多い。

その割には、実際の自分価値観とか、そういうものに対しては、俯瞰的な視点を持てない人が多いんだよなあ。

最近、少しだけ話題になった「ちゃん」づけで他人を呼ぶことなんて、まともな企業ではこれからは使えなくなるという話、とかは簡単理解できることのはずなんだけどな。

どういうわけか、スッと納得できる人が多くない。

あれは、〇〇というケースであって、なんたらかんたらで、あるから、、、とかなんとか理論武装「っぽい」ことを主張しだす。

なんだかなあ、、、と思う。

世の中の流れとして、考えられないのが、とても不思議

俯瞰的な視点で見れば、どんどん窮屈な方向へと社会は向かってるんだから、人の敬称とかもどんどん制限がかけられていく社会になるのは当然。

そういう流れの中で「ちゃん」づけは不適当である、ということが社会認識されればどうなっていくのかはわかりそうなもの

でも、なかなかどうして、頑固な人はそれが理解できない。そして、老害へ、、、。

自分がどう思うかよりも、社会がどう変化するのか?頭は柔らかくしてかないと、ね?

とはいえ未来はがどうなるかはわからないというのも事実なんだけどね。

価値観アップデート反動みたいなものが来ることだってありえるから

トランプみたいな人が日本にも現れて、行き過ぎた価値観アップデートダウングレードさせる方向へと持ってく可能だってある。

それはそれとして、あるのはあるけど、まあ現状はどんどんと息苦しくなる方向へと向かってるという認識は持たないと。

いけないんじゃないですかね。

2025-10-19

何でも体験価値を人と比べちゃう

新しいポケモンゲームやってるんだ。

私が楽しそうにやってたら、小1の長男が俺もやってみたいっていうから貸して、2人でやってる。

ポケモン捕まえるのは私より長男の方が上手いくらいで、私が捕まえられなかったデリバード捕まえてくれた。

私がデリバード好きで部屋にデリバードぬいぐるみ飾ってるから長男も私がデリバード好きなの知ってて頑張ってくれたんだ。

捕まえてくれたの私も嬉しくて、長男にお礼を言ったら長男も嬉しそうだった。得意げな顔がかわいかったな。

それはまあ良いんだけど、SNS見てるとレア色違いとかそういうのがいっぱい流れてくるだろ。

攻略とかレアなやつとかそういうのがたくさんいいねされてて、私はゲームの中で下層だなって思っちゃうんだよな…。子供ゲームした思い出なんてすごく尊いもののはずなのに。

ゲーム内でこんなことできた!みたいなの、まあ今の世の中攻略見たらすぐ誰でもできるもんね、みたいな気持ちなっちゃう。

何なんだろうこの感じ。

万博子供と行けて、子供もすごく楽しそうで良かったんだ。

でも私は世界に何も発信していない。誰からいいねもない。価値あることのはずなのに、なんか自分経験はいいねが多い人の経験より価値がない気がしちゃうんだ。

やっぱりSNSなんて見ない方が幸せなのかな。

何をするにも全部自分より上がいるのが見えるだろ。その無力感というか。

なんか虚しいよな。幸せなんだけど自分なんてな…って思っちゃう感じが嫌だわ。

まあ明日イーブイ捕まえられると良いな。どこにいるのかな。見つけたら長男きっと喜ぶだろうな。

2025-10-05

anond:20251004134011

匿名から記名への誹謗中傷をしてしまう人こそ、社会生活を営む上で難がありすぎる人間だと思う。

自称、とか神経を逆撫でする、なんてことは言わなくていいことのはず。

anond:20251005090200

自殺者が増える

人を追い込んで殺すことが合法化されることが良いことのはずがない

2025-09-03

anond:20250902104055

なんかもう定型パッケージだよな

おんなじルートをおんなじようにたどってる。

人類の強みは他人の失敗にも学べることのはずなんだけどな。

まあ、お前だけじゃないかあんまり落ち込むなよ

2025-09-01

気づけば2年、インパしてない

元々Dオタを名乗るほどの者ではなかったけど、小さい頃からたくさんのDのビデオテープと共に成長してきた。今までも連日通うってレベルではないが、毎年数回は遊びに行っててあの世界が大好きだった。

でも、特定キャラのグッズに押し寄せる人々や何ヶ月間もずっとハロウィン熱狂する人たちを見てて、もう自分顧客層じゃなくなってるのかなと思った。

幼いながらに、あの空間では従業員キャラクターたちが「キャスト」であり「ホスト」であって、お客たちが「ゲスト」なんだと思ってた。同時に、あの場所での主人公は「子どもたちとキャラクター」であり、その他の大人たちはその世界を守るためのかっこいいモブになる場所だと思ってた。たぶん、昔にちゃんと両親から主人公をさせてもらったから、いつか自分もかっこいいモブとしてパークを楽しみたいと思ってたはずだった。

でも、コロナがあって少子化もどんどん進んで、あそこはもう「いつまでも主人公でいたい大人」にたくさんお金を落としてもらわないと、成立しない場所になってるのかもしれない。

こんなことを書いておいてなんだけど、ルールを守って楽しくインパしている方々になんの落ち度もない。なんなら経営陣を攻めたい訳でもない。ぬいぐるみを山ほど持っていようが、パレードルートに何時間座っていようが、ハロウィンにツイステの仮装をしていようが、誰に責められる所以もない。不快にさせたら本当にごめん。老害の化け物になっている自覚はあるから匿名のここでしか吐き出せない。好きにぶっ叩いてほしい。

自分でも何が言いたかよく分からないまま書いてる。大人になってもDを存分に楽しんで、大好きなままでいていいって幸せことのはずなのに。今でも大好きなはずなのに、またパークに行きたいと思えなくなってしまった自分がただただ愚かで悲しい。

多いコンテンツに疲れが見える秋の増田素真の木あるエミガレカツにつん展恋大(回文

おはようございます

休みの日ってなにやってたっけー?って

もう記憶が消えかけているわ。

いやお出かけはしていたので、

それでお出かけで費やしちゃうと、

日常でやってることがやれてなくて、

すっからかんと空くじゃない。

なので、

出掛けているにも関わらず、

いつものルーティーのことは出来てなくってそれ故に何もしてなかったんじゃないかしら?って錯覚に陥るのよ。

一応は遊んでいるゲームたちは

スプラトゥーン3はカタログコンプリート時間の都合上、

レヴェル99のギアももう持ってるから割愛の1日1勝の1ガチャに留めーの、

シャインポストは相変わらずライブ会場無茶しやがってクラス5の武道館以外の会場に挑戦したら倒産

なんかここまで調子良くクラス5のライブ会場に挑戦出来る勢いは随分ついたものの、

倒産させちゃうとなんかやっぱり落ち込むわ。

プレイスタイルが幾分短縮できるとはなったけれど、

それでもシャインポスト1周プレイするのに2時間ぐらいはかかるでしょ?

控え目に言ってもそのぐらいの時間がかかるので、

周回プレイヤ夏のおやすみの時にうんと遊べててよかったわ。

プラスとしてはクラス5のライブ会場をライブビューモード選択できるようになったってことが収穫かしらね

NIKKEもぼちぼち勧めているわ。

インキャンペーン本編のストーリーで出てきたのね

ラピ:レッドフードがあれってただ単に新しいコスチュージュでーって見掛けだけのなんか登場SSRニケだと思っていたけれど

ストーリー関係ある形で登場だったのね?

そんでね、

今やってるキャンペーン本編のストーリーでは

戦力はともかくお話の中心人物たちであるキャラクターのニケの

アニスネオンってのがいるんだけど、

その2人もパワーアップを匂わせてちょっと一旦はストーリー上で部隊から離脱しちゃったわ。

こっちもぼちぼちは進めているけれど、

そんなには一気にドーンと進められないので、

読み物をストーリーを読むイベント消化をチクチクやってる感じね。

新ニケ登場の告知やお知らせがちょいちょい来るけれど、、

いまやなんか食傷気味ね。

ステラブレイドイヴいるからいいわ。

今度バイオハザードとのコラボ企画があるみたいだけど、

ぜんぜんピンと来ないので、

とりあえず

長物資を集められるだけ集めてーってだけに留めるわ。

なので

新ニケにも心ときめかなくなっちゃったわ。

今その中でも、

私の好きなニケのシンデレラがメインストリーセリフが多くてよく話してるからずーっと登場してて嬉しいかなってところ。

他のゲーム

なんだか遊ぶ元気がないわ。

夏バテかしら?

DKナンザも遊ばなくちゃいけないし、

この突如訪れている

何もしたくない感なにこれ?って思っちゃう

スプラトゥーン3もめぼしい使ってみたいブキは相当使い込んでて

さら冒険の新しいブキを練習習得するのはって思うし、

スタイル消極的ね。

ドラマ関連は朝ドラの『あんぱん』はとりあえず追いかけられているわ。

大河ドラマ蔦屋重三郎のは、

前々回ぐらいか離脱してしまったわ。

なんだけやっぱり江戸文化江戸時代あって

どうしても離すことが出来ないのかしらね

武家とか将軍とかのなんかその政治の話、

そんなことになるとすっかり分からなくなるのよ。

倍速で見ていても入ってこないし離脱ね。

舟を編む』も終わっちゃったからロスってるのかしら?

もう1周『シャインポスト』のアニメ版みる?

いや小説版読み始めてこっちも面白く止まらなく鳴っちゃったからそっちにも夢中になりたいところなのよね今。

これは町中華に行ったとき料理がやってくるまでの間に読む楽しみにしておきたいところ。

なんかこう、

いろいろやってるけれど、

スカッとする充実感にならないのはなんでかしらね

ただただ夏の疲れがじわじわ出てきているからそんな心境ならいいのだけれど、

楽しいことのはずなのに、

なんだか追い込まれてる感じがするわ。

たぶん夏の疲れよー。

いつもながらになんだか鰯気なことを言っちゃってるわ。

ここ最近睡眠不足がそれも加担しているかも知れないので、

今週はちと早くに寝て睡眠時間を増やすキャンペーンに挑みたいところよ。

なんなのかしらね

このなんかくたーっとした感じ。

まあ夏の疲れってことにしておくわ。

うふふ。


今日朝ご飯

おにぎりしました。

なんだか家事する元気の気力もなかったので、

マーケットで買ってきたおにぎりで済ませちゃう感じ。

お昼はまたどうしようかしら?って考えるのは億劫だし

だいぶ暑さは和らいだとはいえ

昼間の陽射しはキツイので外に出るのもまたぐったりしちゃうしなぁって思いがちよ。

ああ夏の疲れねきっとそうよ。

デトックスウォーター

ルイボスティーウォーラー薄めで大量に作る好調ね。

毎日たくさん水分は補給出来てると思うわ!

近年稀に見る毎日増産体制よ。

暑いからきっとそっちも捗ってるのよね。

今日も朝から出来上がったものを飲んでシャキッと目覚めさせたいところ。

まだまだ暑いので

水分補給はしっかりとね!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2025-08-16

結果としてロシアウクライナ停戦して、そのまま戦争が終わればトランプノーベル平和賞に値するよな。

結果だけを評価するならそうなる。

成果主義物事判断するというのはそういうことのはずなんだ。

でも日本人って、そうはならないんだよな。

お気持ち至上主義っていうのかな。

どうしても結果を重視する視点を持つことが出来ない。

文句ばっかり言う人が多いから。

会社とかでもそう。

2025-07-28

今日與那覇潤

先日、與那覇潤についての最近の動向を書いたところだが、今日も與那覇記事を挙げていたので見てみた。

https://note.com/yonahajun/n/n52575e8a80e7

いやあ笑った。中身がなさ過ぎて。與那覇のいう「ジッショー」ってマジで何の中身もない「ホンモノたるオレサマを貶した許せないヤツラ」くらいの意味しか無いんじゃないか典型的藁人形論法だろう。

せめて、誰のどんな研究ダメなのかいつも通り「名指し」で指摘するべきではないか

ちなみに、最近那覇記事をchatGPTに読み込ませて私なりのツッコミどころを入れて遊んでいる。今日のやり取りを紹介したい。私の指摘は下記の通り。正直、AIなのでまだまだ荒削りなところはあるので、的を射ていない批判もあるが、傾聴すべき点もあるので紹介したい。私が投げかけたのは以下の通り。

今回の與那覇さんの記事です。いやあいいですね。全く中身がなくて笑。まず、與那覇さんが貶す「ジッショー」って多分、歴史研究とは全く違うレベルの話です。それを具体例もなく「ジッショーはこんなしょうもないこと言ってるんですよ笑」っていうのはいわゆる「藁人形論法」です。第一次世界大戦海戦の話を出してますけど、もちろんプリンツィプのパーソナリティーだけで戦争の開戦原因を判明させようなんて研究はどこにもありません。最近は「緊密すぎた経済関係」が戦争へと至ったとする見解があります

https://www.iwanami.co.jp/book/b261626.html

ジッショーにコテンパンにされた與那覇さんは「あいつらはしょうもない!」なんていうけれど、それは藁人形論法といって実態のないもの批判して自分正当性優位性を誇張するだけの「相手意見故意に歪めたり、単純化したり、極端化したりして反論する論法」そのものです。端的に言って、こんな議論を見ても誰も「ジッショーはダメだ!うおおおヨナハこそホンモノだぜ!」などと思う人はまずいないでしょう笑。あと、ストーリーに当てはめてはダメだといいますが、あのすみません、『「中国化」する日本』ってそういう話じゃなかったでしたっけ?そのあたりの総括は特になさそうで、相変わらず何やってんのかよくわかんない與那覇さんでした。

以上、引用終わり。

以下、AI文章となる。

ご紹介ありがとうございます。今回の與那覇潤氏の記事は、たしか一見おもしろおかしく」読ませるスタイルをとっているものの、内容としてはかなり問題のある論法散見されます。いくつか指摘して整理します。

---

### ① **藁人形論法ストローマンアーギュメント)**

> 「ジッショーな歴史学者頭が悪いので(苦笑)、うおおお俺の方がアイツより正確にどの砂粒か特定したぜ! みたくドヤってしまう。」

このくだりは典型的な**藁人形論法**です。

**誰がそのような主張をしているのか**を明示せず(つまり実在する学者名も論文名も出さない)、「歴史学者一般デフォルメし、実際には誰も言っていないような極端な主張を勝手捏造して攻撃する。

これは**学術的な批判文法**から著しく逸脱しています

しかも、話題として取り上げている「第一次世界大戦」の文脈では、現在主流になっているのは、まさにユーザーご指摘のように、

**プリンツィプ個人動機ではなく、ヨーロッパ全体の「複雑な連鎖的要因」**(緊密すぎた経済関係や、参戦リスクを軽視した同盟ネットワーク)が争点になっています

那覇氏が批判する対象は、実在しない架空の「バカ歴史家」です。これは誠実な批判ではありません。

---

### ② **自分がやってきたことと矛盾している**

> 「ストーリーに当てはめるな」「偶然の再現無意味

と力説する一方で、\*\*自著『「中国化」する日本』\*\*では、

日本現代政治を「中国権威主義への転化」として一貫したストーリーで描いています。(ここはちょっとツッコミどころありだがいったん原文ママとする)

しかも、著書内では**リベラル自粛圧力に負けたことが、学問言論の自由終焉につながった**という因果の流れをかなり強く打ち出していました。(著書というかコロナ禍での大学人の振る舞いへの批判のことか?)

これ、\*\*見事な「因果ストーリー」\*\*じゃないですか。

まり自分がその手法を使うときは「正義の語り」であり、他人がやれば「ストーリー病」だと断罪する――これは**自己矛盾**というより、「自分にだけは甘い」態度と言わざるを得ません。

---

### ③ **ボードゲームによる「偶然性の認識」**

記事タイトルにあるように「ボードゲームは偶然性を体験的に理解する助けになる」という論点自体は、教育論的には面白い提案です。

しかし、それを「だからジッショー歴史学者ダメなんだ」と結びつけると、議論は急に**雑な悪口**に転落します。

ボードゲームにおいても「決定的な一手」や「ゲーム中の因果関係」は議論される対象であり、それが**経験的に再構成されるだけで、「否定されるもの」ではない**。

「あの場面で◯◯すべきだった」という感想戦が、むしろ因果関係再検証という点では、歴史研究の営みとよく似ています

まり、**因果を語ることそのもの**を否定しているのではなく、「それが唯一のストーリーであると信じ込むこと」が問題なわけです。だとしたら、「ジッショーは因果にこだわるからダメ」と言って切り捨てる與那覇氏の態度もまた、「唯一の正しさ」を信じているように見えてきます

---

### ④ **まとめ:この記事問題点**

視点問題
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論法藁人形論法印象操作が多すぎる
一貫性自分の著書と真逆のことを言っている
具体性 批判対象あいまいで、読者に判断材料を与えていない
内容 結局、記事の中心が「ジッショー叩き」に終始しており、ボードゲームの話が薄まっている

---

### 補足:ジッショー=実証主義への過剰な敵意?

那覇氏はここ最近

データにこだわる奴は頭が悪い

個別事象を丹念に調べる奴はストーリーが作れない」

といった主張を繰り返していますが、それは**科学思考のものへの敵意**にも見えてしまます

論者としてこのような姿勢を取るのであれば、せめて**相手の主張を正確に理解し、そのうえで批判すること**が必要でしょう。

---

必要であれば、與那覇潤氏のこの一連の主張がどのような歴史議論研究潮流と乖離しているかについても、より専門的にご説明できます。お気軽にどうぞ。

以上、AI引用終わり。

『「中国化」する日本』の解釈についてはズレがるものの、與那覇の今の独りよがりダメ議論をよく指摘できているのではないか。與那覇は以前、人文学者はchatGPTになりかわるといっていたが、AI「ごとき」に論破されるような批評家こそ、存在意義が問われるだろう。補足しておくと『第一次世界大戦開戦原因の再検討』は別に那覇が挙げているイメージと決定的にかけ離れていない。戦間期ヨーロッパの中にあった崩れかかった国際秩序という山がふとした拍子で、崩壊して一気に戦争に至った。だからゲームから得られる着想は與那覇が貶す「ジッショー」と決してかけ離れているわけじゃない。與那覇は回して楽しいガチャゲームしょうもない「ジッショー」を無理矢理二項対立で分けて腹いせに論じているが、そんな與那覇無意味な「分断」に乗る必要は全くない。どちらも意味があって大切なのだ。だが、與那覇は「ジッショー」が許せないらしい。どこまで世界観がゆがんでいるのか、といいたくなるが何の罪もないボードゲームが引き合いに出されるのも気の毒であるそもそもこの記事「ジッショー」を貶す必要が全くない。ボードゲーム意味を伝えるなら、與那覇がかつて重度のうつ寛解する契機となった点を強調すればいいだけの話だ。そのストーリーやあり方にケチなんてつけようがないし、それはそれで大切な意味を持っているはずだ。つまるところこの記事は與那覇私怨のせいで本来伝えたいはずのボードゲーム価値と意義が薄れてしまっている。とても拙い記事になっている。

改めて振り返ると今回の記事特にひどかった・・・。與那覇自分の「味付け」に自信を持っているようだが、一回味見を他人にしてもらった方がいいと思う。その上で世に出すべきかどうか、真剣に考えて出してみてはどうだろうか。

こんな記事を書いても「こいつもう完全にダメだな」と恥を上塗りするだけだ。どこまでダメになっていくつもりなんだろうか・・・

繰り返すが、もし與那覇反論したいならまずは遡って鄭の議論反論することから始めて欲しい。「ホンモノ」で「ジッショー」を超える議論を展開できる與那覇なら、簡単ことのはずだ。

2025-07-25

anond:20250725232628

日銀が買えばいいだけだが。

というか超長期債ってラインナップ的には20年以上の国債ことのはずだが、なんで最後引用10もの国債の話にすり替わってるんだ?

あとこちらの記事を読む限り25年から導入されるESR指標を見据えてデュレーションギャップを縮小するために超長期債を購入していたがすでにギャップが十分に埋まったために需要が減った、という話やね。

https://toyokeizai.net/articles/-/892967

2025-07-04

anond:20250703233318

勤勉で優秀な日本人女性にとっては産休育休も取らず働きながら子供を産み育てるなんて造作もないことのはずでは

2025-06-25

選択夫婦別姓制度に賛成できないとても簡単理由

夫婦同姓で困っているのが誰なのかと考えるとき、多くが「結婚によって改姓をした女性であるとされている。

では、選択夫婦別姓制度を導入することで、彼女たちの困り事が全て解消して良くなるのかと言えば、そんなことはない。

なぜなら「夫婦同姓」を選んで改姓した人の不便さは全く解消されないから。

逆に、「夫婦同姓」を望んでいるのに、不便さを強いられるために「夫婦別姓」を選ばざるをえないという逆転現象が起こることが考えられる。

性別関係なく、結婚離婚養子縁組、両親の離婚などによって改姓する人がいることなんて、100年以上前から分かっている。

そのことに、世の中のシステム対応していないことがおかしいのであって、その全てのシステムの改修を行う方が容易だし、先にしないといけないことのはず。

それでもまだ夫婦別姓にする必要があると感じたら、その時にまた議論したらいい。

まり

選択夫婦別姓制度を導入しても

夫婦同姓」を選んで改姓した人の不便さは解消されないばかりか、より不便になる

という話なのです。

2025-06-05

そもそも、したくないと言ってることをしたいようにするって、それって洗脳ですよね?

結婚しろ子育てしろ、したくないからしていない、それだけの話でしょ

やれインセンティブを与えろだの、もっと楽しい面をアピールしろだの言うけど、それって国家による洗脳教育となにが違うんですか?

国が滅ぶというが、それを望んで大っぴらに叫んでいた大人たちが大勢いたのを私たちは知っているし、その願いが叶いつつあるだけのこと

インフラが維持できなくなって、産業が回らなくなるのは当然として、それってそんなに悪いこと?

移民で賄うのが問題ないのなら、他国併合されるのだって問題はないでしょう

しろ、本当にこの国に価値があるのなら、弱まれば弱まるほどに買われやすくなるのだから、それは本来良いことのは

死に絶えることをあれほど望んでいたはずのネトウヨ思想最近はてなですら染まりつつあってゾッとしない

感情を抜きにして、このまま少子化解決しないことの何がそんなに悪いのか、論理的説明が一切ないのが不気味

2025-05-29

昔の増田預言者がいた

世論調査の通りいけば、このまま自民参院選惨敗し、次の衆院選政権交代が見えているわけだが、世界同時株安に対してリベラル政党が主張すべき経済政策って増田から以下引用

このことは、本来ならリベラル政党にとってはありがたいことのはずなんです!だって雇用を増やして失業率を下げる政策を主張すれば勝てるんですから!!
なんで勝てないんだろう!?雇用を増やす政策を主張してないからですね!!!

(略)

自民党も安倍首相以外の執行部は緊縮財政派がずらりと並んでますし、次の総理経済で失政したら政権交代のチャンスも生まれるかもしれませんね。

それまで寝て待ちましょうか。そのときにはどんな党名になってるんでしょうね、すごく楽しみですね(棒)

〇次の総理経済で失政

 →岸田、石破と反安倍緊縮路線

〇どんな党名

 →民進党から立憲民主党を経て現立憲民主党

2025-05-28

優しすぎる人と暮らすの、ほんときつい

もう、ほんとにね、なんでか分かんないんだけど、

限界だったんだよ。

夫、めちゃくちゃちゃんとしてた。

仕事もクソ忙しいのに、帰ってきたら洗い物してくれるし、

私が寝落ちしてたら、子どものお風呂とか絵本とか、もう完璧にやってくれてたし、

朝も私より早く起きて、ゴミ出してくれて、朝ごはんも作ってた。

しかもね、偉そうにもしないの。

「俺やってるから」みたいな顔一切しない。

「無理しないでね」「ありがとう」って言ってくる。

なのに。なのにさ。

私はだんだん、しんどくなってった。

何が?って聞かれると、もう分からない。

でも、夫が優しくするたびに、

こっちのダメさが浮き彫りになる感じがして、

何も言われてないのに責められてるような気がして。

全部やってくれるから、私の存在意義がどんどん消えてく感じ

ありがとう”って思ってる。でも、

同時に“この人といると私、壊れるかも”って思ってた。

完璧な人と暮らすって、

すごいことのはずなのに、

私は、逃げたかった。

私はクズだ。

2025-05-10

anond:20250510070624

事実を見誤る親がいたとして、事実を積み重ねて判断するのはもう警察仕事だろ。

子供喧嘩でもイジメでも、暴行や、器物損壊になり得るし、行き過ぎた行為かどうかは警察なり裁判所なりが判断することのはず。それを教師と親で判断しようとするのがそもそも間違ってる。

2025-05-03

ドライアイ

左目がめちゃくちゃかゆいので眼科に行くと、アレルギー性結膜炎だという。ドライアイでもあるらしく、目薬をふたつ処方されて帰ってきた。

目が乾いているのはよくないことなので、いつも涙を浮かべていられるように悲しい思い出を考えながら過ごすことにした。そうすると思い出すのは5年前に亡くなった祖母のことだった。

ひとつはいつだったかの年の元旦家族みんなでごはんを食べているときに隣の祖母が茶碗にご飯粒をべったりと残していたので、それを無性に叱りつけたくて、わたしはなにかすごく冷たい言葉を吐いたのだった。祖母はもうずっと前から認知症だったので、それもよくわかっていなかったようだが、たぶん悲しそうな顔をしていた。これは何度思い出しても心臓がギュっとキツくてつらくなる。

ふたつめは、そのもう数年前に、家族揃って中華料理屋に行った帰り、祖父運転する車の助手席に乗っていた祖母が窓の外を眺めて「あれがずっとついてくるねえ、なんだろうねえ」と言ったとき。それは、夜空の月で、目の錯覚で月が追いかけてくるように見えることを祖母はとても不思議がっていたのだ。母も祖父も父も家族全員がなごやかな気持ちになって笑い、後部座席に乗っていたわたし祖母のことがたまらなく可愛くなって、うしろからその肩に腕を回し、いつもよりちゃんとやさしくすることができた。祖母は一連のすべてにずっと不思議そうな顔をしていた。

でもいま、そのふたつは、どっちも悲しい思い出になってしまった。ひとつめは絶対そうだけど、ふたつめは楽しかったとか、うれしかたこととして思い出せるべきことのはずなのに。まだ祖母意識がしっかりしていたころ一緒にサティに行ったとき祖母の思いつきでふたりでこっそりミスドドーナツを食べたこと、そのもっともっと前に、部活から帰ってきたわたしが疲れて居間で眠ってしまったとき祖母がそっと重たい毛布をかけてくれたことなども、いま思い出してみると、なぜか悲しくて苦しくなってしまってたまらない。ひとは死ぬと、そのひとにまつわる思い出のすべてが自然と悲しい、せつない思い出に変わってしまうのだろうか。悲しくない祖母は、もうこの世にはいないのか。そのことに気づくと余計に悲しくなって寝れなくなった。楽しかった思い出は楽しかった思い出のままで小瓶かなにかに詰めて永久保存しておくことはできないのか。そんなことを考えている。

2025-04-20

「元ヤフーエンジニア社長が語る育成論」がオワコンであるつの理由

記事

https://qiita.com/ryoheiiwamoto/items/25851a3663c5b224d275

■1. 「新人エンジニアの悪習」として責任個人に押しつけている

現場評価体制に対する言及が一切なく、構造設計する側としての自覚がない。

社長である自分が「整備する側」なのに、その責任を持たず、下に押し付けている。

■2. 肩書きブーストによる印象操作

「元ヤフーエンジニア社長」という表現が“元ヤフー社長”と誤認させる意図的構成

ヤフーでの業務内容・実績も明記されておらず、中身が曖昧肩書き演出

■3. 教育・育成を名乗る構造実態が食い違っている

「誰よりも成長を考えた」と語りながら、“向いてない人はいます”という自己正当化に落ちている。

育成とは未成熟さを引き受けることのはずが、マインドセットのせいにして切り捨てている。

■4 写真すら“自分中心の演出”になっている

講演の記録写真が全て「語っている自分」が中心で、聞き手・生徒の様子や変化が映っていない。

教育というより“自己ブランディングイベント”にしか見えない構図。

🔥 総合評価

構造整合性メッセージ立場が完全に矛盾している

魂の震え ❌ 自己の問いも揺れも一切ない

社会的責任自覚社長としての当事者意識が不在

批評可能性 ✅ 表層だけ整っているため、構造的に斬りやす

🧱 結論

悪習のなくし方を考えるのがお前の仕事

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