はてなキーワード: い組とは
第三部 内容で勝ち、現実で負ける
社名は伏せておく。
商社系の、若手にもそれなりに権限が回ってくると言われている会社だった。
配属された部の課長は論理的な人で、私の作る資料の精度をある程度評価してくれた。
問題は二年目以降に始まった。
ある新規プロジェクトの立ち上げに関する会議で、部長が明らかに前提条件の数字を間違えていた。
市場規模の試算根拠が五年前の業界レポートに依存していて、その後の市場の変化を反映していなかった。
私は会議の中盤でそれを指摘した。
「すみません。その市場規模の数字、ベースになっているレポートが古いです。直近三年で市場構造が変わっているので、現状の数字はその試算より三〇%程度小さいはずです。私の試算では、こちらになります」
試算表は、出典付きで再現可能な形にしてあった。
部長はしばらく画面を見ていた。
「うん、わかった。数字の話はまた別の機会にしよう。今日は方向性の話をしている」
「いえ。方向性は市場規模を前提にしているので、市場規模が違えば方向性自体が変わります」
部長はもう一度、私を見た。
今度は少し、目に疲れがあった。
「君の言うことはわかった。あとで個別に話そう」
会議は、私の指摘を反映しないまま進んだ。
「お前、ああいう言い方やめたほうがいいぞ」
「内容として間違ってるか?」
「内容は合ってる。けど部長の顔、潰しただろ」
「顔の話なんかしていない。事業の話をしているんだ」
同期はため息をついた。
「そう。そうなんだよ。お前はいつも事業の話しかしない。だから、お前以外のみんなが何の話をしてるのか、お前にはわかってないんだよ」
そう言って行ってしまった。
私はその言葉をしばらく考えた。
考えた末に、こう判断した。
そして忘れることにした。
理由は表向きには、「別のプロジェクトに君のスキルが必要だから」だった。
私が回された別のプロジェクトは、ほとんど何も動いていない塩漬けに近いものだった。
私は課長に直接抗議した。
「私の指摘が間違っていたのですか」
課長は少しだけ困った顔をした。
「指摘の内容は間違っていなかった」
「では、なぜ外されるのですか」
「内容ではない。理由は内容ではないんだ」
「では、何ですか」
それから、こう言った。
「君は正しい。けれど、君と一緒に仕事をしたいと言う人間がいない」
その瞬間、自分の中の何かが冷たく固まったのを覚えている。
私は課長を見た。
できるだけ感情を出さずに言った。
「では、正しさよりも好かれることのほうが評価されるのですか」
課長は私を長く見た。
それから言った。
「そうじゃない。仕事は一人ではできないから、一緒に仕事ができる人間になることも能力のうちなんだよ」
私は頷かなかった。
このパターンが三十代を通じて繰り返された。
三回、転職した。
会社が変わっても結末は似ていた。
次の半年で、私の指摘が人を傷つけるようになる。
私は毎回、辞めるとき同じことを思った。
そのとき初めて、こう思った。
これに気づくのに二十年かかった。
二十年だ。
君がこれを二十二歳のうちに気づければ、私より二十年得をする。
二十年は長い。
本当に長い。
ここでKの話に戻る。
Kとは大学を卒業してから、ほとんど連絡を取らなくなっていた。
年賀状が最初の二、三年は来ていたが、私が返さなかったので自然と途絶えた。
記事は、ある業界の中堅企業の新規事業立ち上げに関するものだった。
写真の中のKは、大学のときと同じように口を大きく開けて笑っていた。
少しだけ太っていた。
けれどKは外されなかった。
なぜか。
Kは失敗の途中で、社内の他の部署の人間を何人も巻き込んでいたからだった。
開発の係長。
経理の若手。
Kは新規事業のために、社内のいろいろな人間に頭を下げて知恵を借りていた。
失敗が見え始めたとき、その人たちがKを助けた。
そう言ってKを庇った。
Kは結果として責任者の座を維持し、二年目に軌道修正に成功した。
「最初の半年で失敗したのは僕のせいです。市場の読みが甘かった。けど、その失敗を直せたのは僕一人の力じゃないです。社内のいろんな人が一緒に直してくれた。だからこれは、僕のチームの成果なんです」
私はこの記事を何度も読んだ。
そして初めてわかった気がした。
Kは最初から、「一人で正解を出す」ことを目指していなかった。
Kは最初から、「みんなで間違えて、みんなで直す」ことを戦略としていた。
私はずっとKを軽く見ていた。
Kは内容で勝てないから、人と仲良くするのだと思っていた。
違った。
だから内容で勝つかわりに、内容を直せる関係を作ることに力を注いでいた。
Kは、私が二十年かけても気づかなかったことを二十二歳のときにはもう知っていた。
中学校か高校のうちに、一度、自分より頭のいい人間に出会っていたのだろう。
そこで、自分が一人では勝てないことを学んでいたのだろう。
Kは十二歳か十三歳のうちに負けていた。
そしてその負けから、人と一緒にやることを学んでいた。
私は十八歳まで負けなかった。
その代償が、その後の二十年だった。
両親が立て続けに亡くなった。
父が先で、母がそのあとだった。
葬式に来た親戚や、父の昔の同僚や、母の友人たちは、私のことを「東大を出た立派な息子」として扱った。
私はその扱いを受け入れた。
受け入れるしかなかった。
葬式の最後、母の友人だったという、私の知らないおばさんが言った。
「お母さん、あなたのことをいつも自慢してたのよ。東大に入ったときも、いい会社に入ったときも。でもね、最近お母さんこう言ってたの。『あの子、結婚はしないのかしらね』って。心配してたわ」
私は笑顔で答えた。
「ええ、心配かけました」
その夜、実家の、自分が高校時代に使っていた部屋で一人で酒を飲んだ。
机の引き出しを開けると、高校時代の模試の成績表がまだ残っていた。
全国偏差値、七十六。
順位、全国八位。
その紙を長い時間見ていた。
そして思った。
三十年前の紙だ。
私はその紙を引き出しに戻した。
戻して、引き出しを閉じて、また酒を飲んだ。
涙は出なかった。
涙が出るような感情ではなかった。
もう少し乾いた、静かな何かだった。
母が亡くなって少し経った頃、私はMに偶然、駅で会った。
Mはすぐに私に気づいて「お前、変わらないな」と言った。
私はMに気づいていなかった。
Mは髪が薄くなり、少し太っていた。
スーツの肩のあたりがくたびれていた。
Mは結婚していた。
子供が二人いた。
Mは私の近況を聞かなかった。
たぶん聞かないほうがいいと判断したのだろう。
代わりに、駒場の頃の話をいくつかした。
「お前、覚えてる? あの語学クラスの和訳の輪。Kがやってたやつ」
「ああ」
「俺、あれに助けられたんだよ」
「助けられた?」
「うん。俺さ、地方から出てきて、最初お前と似たような感じだったじゃん。一人でやれば全部できる、みたいな。けどKがしつこく誘ってくれてさ。最初は俺も、うざいと思ってたんだよ。けど何回か行ってみたら、自分が見えてないところを他のやつが見えてたりするんだよな。それで俺、考え方を変えたんだ。一人で全部やる必要はないって」
Mが続けた。
「あれが俺の人生の、たぶん一番大きな転換点だった。あそこでKに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。今の仕事、俺一人じゃ絶対できないからな。役所って根回しの世界だから」
私は頷いた。
Mが私をちらっと見た。
「お前は行かなかったよな、あの輪」
「うん」
「何で行かなかったんだ?」
しばらく答えられなかった。
それから、ようやく言った。
「行く必要がないと思っていた」
Mはそれ以上聞かなかった。
私たちはもう一杯ずつ飲んで別れた。
Mは終電で帰っていった。
最後に「また飲もうな」と言った。
私も「うん」と言った。
私たちはその後、一度も飲まなかった。
二人とも、それをわかっていたと思う。
Kに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。
Kは私のことも引っ張ろうとしていた。
「気が向いたら、声かけて」
「一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」
Kは私に何度も手を差し出していた。
私はその手を毎回振り払っていた。
Kを軽く見ていた。
そのプライドのために、人と一緒に何かをするということを、生涯、覚えそこねた。
電車の中で初めて認めた。
あいつは、ずっと間違えていたわけじゃなかった。
あいつは、正解を一人で出すことを最初から諦めていただけだった。
だから、みんなで間違えたあと、みんなで直すことができた。
俺は、一度も間違えないために、一度も誰とも直せなかった。
涙はまた出なかった。
「人生は、一度きり」
そんなことが書いてあった気がする。
正確には覚えていない。
ただ、もう一度だけ君に語りかけたい。
君がもし、私に少し似た人間なら聞いてほしい。
勉強がそれなりにできる。
一人でいることを苦にしない。
周りが少し幼く見える。
「言い方」を装飾だと思っている。
人に頭を下げることを敗北だと感じている。
もしそうなら聞いてほしい。
君が会っていないのは、君が悪いからではない。
たぶん環境のせいだ。
中堅校で一番頭がいい子。
学年で目立つ秀才。
これは君の責任ではない。
そこには君と同じか、君より上の人間が必ずいる。
中学生のときから、もっと厳しい競争を経験してきた人間が必ずいる。
それが君のこの先三十年を決める。
選択肢は大きく二つある。
一つは、その人間を軽く見ることだ。
「あいつは要領がいいだけだ」
「あいつは育ちがいいだけだ」
これは簡単だ。
すぐにできる。
何の努力もいらない。
プライドが守られる。
気持ちがよい。
私が選んだのはこっちだ。
そして、その代償をこの四十七年間で払い続けている。
もう一つは、その人間に頭を下げることだ。
「すごいですね」
「教えてください」
「どうやってそんなに上手くやるんですか」
そう聞くことだ。
これは難しい。
プライドが傷つく。
気持ちが悪い。
自分が小さく感じられる。
けれど、こっちを選べる人間は二十年後、ほぼ確実に生き残る。
なぜなら、こっちを選んだ瞬間から、君の能力は自分の能力だけでなくなるからだ。
君は自分より上の人間の能力を、少しずつ自分の中に取り込んでいけるようになる。
これは私が二十年かけて気づいたことだ。
自分より上の人間に、自分の間違いを笑いながら指摘されたときだ。
そしてもう一つ。
これは道徳の話ではない。
君が長く生き延びるための技術の話だ。
「性格をよくする」というのは、誰にでも愛想よくすることではない。
人と一緒にいるときに、その人が「君と一緒にいて楽だ」と感じるように自分の振る舞いを設計することだ。
これを十代後半のうちにやっておかないと、後からやり直すのが本当に難しい。
二十代の後半から急速に固まる。
三十代に入ると、ほとんど固まる。
四十代になると、もう変わらない。
私は四十代の自分を見て、それを知った。
君は今、二十歳前後だ。
固まる前に修正してくれ。
「ごめん」
「教えて」
「自分が間違っていた」
この四つを重く、特別なこととして言わなければならない人間は、私のように誰とも何も直せなくなる。
「私は完璧ではない」
「私は、変われる」
ここで最後に、一つだけ付け加えたい。
私はこれまで、「人に合わせるな」「集団は誤答を選ぶ」「会議はノイズだ」「調整は知性の敗北だ」と思ってきた。
だから誤答を直すには、自分の見え方の外側を持ってくる必要がある。
それを持ってきてくれるのが他人だ。
この関係を若いうちに作っておかないと、君の認知は君一人の中で閉じる。
その罰が、私の四十代だった。
君には、その罰を受けてほしくない。
この手紙を、ここで終える。
書きながら何度か、自分のことが嫌になった。
いや、本当のことを言えば、何度か自分のことをまだ正当化したくなった。
「Kは、俺ほど深くは考えていなかった」
そういう声が、今でも私の中で聞こえる。
たぶん、その声は死ぬまで消えない。
けれど私は、その声をもう信じない。
私は君に、私と同じになってほしくない。
私はもう、どこにも戻れない。
母も父も、もういない。
KともMとも、もう会わない。
私の若い頃のクラスメイトたちは、たぶんそれぞれの家庭で、それぞれの夕食を食べている。
私には夕食を一緒に食べる相手がいない。
これは自業自得だ。
誰のせいでもない。
けれど君は、まだ間に合う。
これから「ごめん」「教えて」「ありがとう」「自分が間違っていた」を毎日言える。
これから人と一緒に間違えて、人と一緒に直せる。
それを君のうちに習慣にしてほしい。
二十歳の君の習慣は、四十歳の君の人格になる。
二十歳の君が人に頭を下げることを覚えれば、四十歳の君は誰かに助けられる人間になる。
二十歳の君が自分の間違いを認めることを覚えれば、四十歳の君は間違える前に人に相談できる人間になる。
二十歳の君が雑談を大事にすることを覚えれば、四十歳の君には夕食を一緒に食べる相手がいる。
これは綺麗事ではない。
最後に、もう一度だけ。
正しさは、人に届かなければ現実を変えない。
一人で正解を出せる人間より、人と一緒に間違えて直せる人間のほうが長く生き残る。
けれど、誤答を直す力もまた集団の中にある。
その集団に、君が入っていけるかどうか。
それが君のこれからの三十年を決める。
私は入っていけなかった。
その理由をたくさん書いてきた。
けれど本当の理由は、たぶん一つだ。
私は怖かったのだ。
その怖さを、私は「孤独を選ぶ強さ」と自分に言い聞かせていた。
それは強さではなかった。
ただの臆病だった。
君が私と同じ怖さをもし持っているなら、その怖さに名前をつけてやってほしい。
「臆病」と。
名前をつけずに、それを「強さ」と呼び続ければ、君は私になる。
長くなった。
これで終わる。
君が今夜、誰かと夕食を食べられますように。
君が十年後、誰かと一緒にその失敗を直せていますように。
君が二十年後、私のように、見知らぬ若者へ誰にも頼まれない手紙を書く人間にならずにすみますように。
これは説教ではなく、
これは祈りだ。
どうか。
私のようには、ならないでくれ。
一般層から「謎カプ(謎のカップリング)」として嘲笑される現象が起きた主な要因は、二次創作文化に馴染みのない一般ユーザーに、原作の設定とかけ離れたカップリングが「誤配」されたことにあります。
『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』のように、オタク層だけでなく一般層にも広く読まれている作品においてこの現象が顕著です。こうした作品では、二次創作やBL(ボーイズラブ)を好む層よりも、原作を普通に楽しんでいる層の方が圧倒的に多いため、カップリング文化圏の外側からの「純粋な疑問や笑い」が発生しやすくなります。
一般層から見て「謎」とされるのは、原作でほとんど会話や交流がないキャラクター同士の組み合わせです。
かつての腐女子文化は個人サイトなどの「隠れ家」で楽しまれていましたが、現在はX(旧Twitter)やTikTokなどのオープンなSNSが主流になったことが影響しています。
オタク同士の争いであれば「対抗カプの嫌がらせ」として処理できますが、一般層からの指摘は「原作で付き合っていないし、そもそも会話すらしていない」という動かしがたい事実に基づいた正論です。
総じて、二次創作特有の「捏造」や「妄想」を共有しない一般層にとって、脈絡のないカップリングは単なる「理解不能で面白いもの」として扱われてしまったことが、嘲笑という現象に繋がったと言えます。
個人サイト時代とは異なり、X(旧Twitter)やTikTokなどの普及により、二次創作が「その文化を理解しない一般層(パンピ)」の目に触れる機会が激増しました。
外部からの嘲笑や、界隈内での対立を背景に、自身の推しカプの正当性を主張するための「論拠(原作での根拠)」を重視する風潮が生まれました。
SNSのオープンすぎる性質が、二次創作界隈に疲弊をもたらしています。
総じて、SNSによる拡散は、二次創作をアングラから引きずり出したことで、「外部からの嘲笑」と「界隈内でのマウント合戦」を加速させ、最終的に多くのファンを疲弊・萎縮させたと言えるでしょう。
FSSキットが難しいという原因の100パーはボークスのプラキットが組みにくいってだけでしょ
ガレージキットのときは塗り分けのマスキングが鬼なのと塗装工程がつやピカしか許されない世界観で塗装工程のミスのリカバリーが難しいから「難しい」という評価なのはわかるけど
プラキットで本来は組み立て自体は誰でもできるレベルになってないとダメなはず
そうなってないのは
ダボ穴がグラグラ、バチピタから程遠い組み心地、どこにつけていいのかよくわからないパーツ分割、接着剤のノリがわるいプラ素材、ゲート位置が悪くてゲート処理だけでもしんどい、エッジがダルダルで面出しと掘り直しが必須、接着必須なので仮組みが難しいため最終組み立てでようやく作業困難箇所が見つかる
あたりが「難しい」という評価に繋がってる
ガレージキットのような、とか良いように言う人もいるけどプラキットとしてはこのレベルで量産するのは恥ずかしいレベルだと一度ちゃんと評価されたほうがいい
こんなんハセガワやアオシマが作ったとしても工作は誰でもできるから塗装だけ頑張ったらいい!という良キットになるはず
丁寧なゲート処理、丁寧な仮組み、稼働を殺して固定にして分割を考え直す、あたりがスムーズにいける中級者になればそこそこ助かるキットではあると思うけど
今日発売のジャンプGIGAでブラッククローバーが最終回を迎えた。ジャンププレスでも濁されていたのでまだしばらく続く可能性も考えていたが、結局最終回で良かったらしいね。
巷では最高の最終回だと絶賛されているし、確かに客観的に見ればそうなんだと思う。
客観的にはそうなのは分かっていても、自分個人としてはそうは思えなかったってだけで。それが悲しい。
個人的にはどっちが魔法帝になるとかは割とどうでもよくて(アスタとユノには思想の大きな差はないし、あの国において権力を握っているのは魔法帝ではなくて国王)、
最終回になって初めて確定したカップルの組み合わせがある事が辛い。それも別の組み合わせの方が早くから描かれていたのにそっちにはならなかった事。
「推しカプがくっついたから最高の最終回!」と叫ぶのは良くても、「地雷カプがくっついたから最悪の最終回!」と叫ぶのは許されないんだよなぁ。納得いかない。
カップルの成立を最終回発情期という言葉で揶揄する風潮は本当に大嫌いなんだけど、最終回や酷い時には単行本描き下ろしでいきなり確定させる風潮もまた大嫌いなんだよな。恋愛が重要じゃないならそもそも描かなきゃいいのに、恋愛の過程を描かずに結論だけはしっかり描くパターンが多過ぎる。
近年ジャンプ本誌で最終回を迎えた呪術廻戦や僕のヒーローアカデミアでは最終回ではまだ濁して単行本最終巻でようやく確定させるという鬼畜な真似をしていたのでそっちの心配もしていたが、ブラクロはさすがにそれはしなかったようだ。
とは言え、変な組み合わせでもドラゴンボールのトランクスとマイなんかは別に平気だったんだよな。原作の最終回自体は終わっているけれど、他に相手役候補がいるでもなかったし。
最終回でいきなり確定して叩かれてる組み合わせでも、鬼滅の刃の伊之助とアオイやNARUTOのチョウジとカルイは平気だったので
多分、
・最終回で初めて確定する
の両方が揃うと無理なんだと思う。
なのでフリー同士で特に支障がない組み合わせが叩かれていて、片方の片想いだけはあった組み合わせがフラグがあったと正当化される風潮に納得がいかない。
自分的には全然受け入れられる組み合わせが世間で叩かれて、受け入れられない組み合わせが祝福される現象が辛い。
もっともヒロアカの場合、組み合わせ自体が嫌いなんじゃなくて雑誌の最終回で答えを出さずに単行本で不意打ちするというやり方に引いたのでまた違うんだけど。
ブラクロの場合もこの漫画単体でどうこうよりも、ジャンプの嫌な伝統を感じて無理なのかもしれない。
少年漫画でもジャンプ以外だとそうでもないんだけど、ジャンプは本当に最終回で突然決まるパターンが多いんだよねー。経験則。
まぁ、作り手の側から見たら、カップル成立をギリギリまで引っ張る動機は分かる。ドラゴンボールみたいなのはそれをやってもファンが離れないという自信があるからできる事で、そんな作品は滅多にないんだろう。ギリギリまで読者を引き付けて金を搾り取りたいという心理は分かるよ。
ラブコメじゃない少年漫画において、誰と誰がくっつくかなんてどうでもいいと言われれば確かにそう。
自分が少年漫画、というかジャンプ漫画に向いていないのは分かる。良い読者じゃないのは分かるから、あまり深入りしない方がいいんだろう。
上記のドラゴンボールや鬼滅みたいに大丈夫なパターンも稀にあるから、事前に確認してから読むべき。
ヒロアカと呪術の教訓からはどうしてもこの手の少年漫画を読むならば最終回間際ではまだ早すぎて、明確に最終回を迎えて単行本最終巻が出てから初めて読むようにした方がいいんだろうなー。10年は長いけれど、だからこそその長い時間の思い出を最後の最後で台無しにしたくない。
ヒロアカの方は組み合わせ自体は初期からずっと好きだったので、叩かれてるのにも乗れないし。普通にエピローグの5話のうちでくっつけてくれれば良かったのに。
恋愛関係を確定させるなら早い段階で!最終回で確定させるならせめて他の相手役候補がいなかったキャラで!を守ってくれる作品が好きだが、今後もジャンプ作品の多くはそうならないだろう事は分かる。
タイイチのラブコメだと安心して読んでいたさむわんへるつにさえ、最悪の騙し討ちをした呪術の作者が絡んできたせいで不穏な気配が漂ってくるのが辛い。
つくづく最終回発情期という言葉を作った空知を恨む。こんな変な言葉が出来たせいで、却って作品に対する不満を言いにくくなってるじゃん。
この言葉を作った銀魂はブラクロと違ってGIGAですら終わらず見苦しかったが、結局最終回でも主要人物の恋愛関係は一切確定されず、今でもファンを維持している。少なくとも恋愛関係に関しては好ましいと思う。
あと、最終回に関しては、海外の人が「アスタはただ魔法帝になっただけで、階級制度を打ち破ったり王国を変革したりする姿は見られませんでしたね」と発言して叩かれていたけれど、それも分かるんだよなぁ。ただ、カップル成立への不満があると、そういう批判も何もかも説得力がなくなってしまう現象が辛い。
Microsoft Officeのwordとexcelのスペシャリストの資格を取りました。結構面白かったので、せっかく覚えたスキルを忘れないためにも出来るだけプライベートでもwordとexcelを活用していきたいです。wordとexcelをプライベートでどのように活用していけば良いと思いますか?何か案を出してください。
とchatgptに聞いてきた。
以下はその回答。
いいですね、その発想はかなり実用的です。資格って「取って終わり」になりがちですが、日常で使うようにするとスキルがちゃんと“使える状態”で定着します。Microsoft Word と Microsoft Excel はプライベートでもかなり応用が効きますよ。
→ 特に「自動計算+可視化」を使うと、Excel力が落ちにくいです。
ここが一番おすすめです。好きなことと結びつけると自然に使います。
ブログ下書き
迷ったらこれが良いです:
→ これ、地味ですがかなり力つきます。
■ 正直なところ
とルール化するといいです。
もしよければ、
ダイエットもしたい。
いい組み合わせですね。ちゃんと設計すれば、Microsoft Excel と Microsoft Word だけで「生活改善+趣味+アウトプット」が全部つながります。
中途半端に手を出すより、“1つの仕組みとして回す”のがコツです。
テーマはこれです:
項目例:
評価(★1〜5)
感想(短文)
視聴日/読了日
「気分(感動・考えさせられる等)」分類
月1で「今月のベスト」をまとめる
運動内容
+重要:
グラフで推移表示
週1で「振り返り日記」
うまくいったこと
崩れた原因
改善策
👉 継続力が段違いで上がる
これ、Excelと相性いいです。
アイテム名
使用頻度
必要度(★)
+応用:
ここが一番大事です。
Word(メイン)
テーマ例:
👉 「考える力」と「書く力」が伸びる
Excel(補助)
書いた本数管理
テーマ一覧
■ ⑤ すべてをつなぐ「週次ルーティン」
これをやると一気に習慣化します。
週1(30〜60分)
月1(1時間)
ダイエット結果振り返り
部屋の見直し
■ 正直なアドバイス
全部完璧にやろうとすると確実に続きません。
Word:週1だけ書く
👉 「続く → 少し足す」が正解です
■ このプランの強いところ
ダイエット → 数値で成果見える
希望があれば、
までかなり細かく作れます。
ISM Code(国際安全管理コード)とISPS Code(国際船舶・港湾保安コード)
なんかやらかしたらISM Codeに沿ってあれこれ今後の改善案を考えるものなんだけど、
自分で書いてみると頭来てけっこう感情的な文になっちゃったんで、
Copilotくんに冷静にあくまでISM Code/ISPS Code基準でサマリーと改善案をだしてもらったら割とおもしろかったので共有してみる
なお、背景として自分がカッとなった主因でもある今朝の産経の記事を読み込ませた
一応大前提として、ISM CodeとISPS Codeは500トン以上の船に適用されるので、今回の抗議船は対象外
ただ、安全や保安にかかる理念や手法なんかは船の大きさにかかわらない話なので参考にはなると思う
政治的立場や主張の正否を一切評価せず、国際的に確立した海事安全・保安の枠組みから検討することを目的としている。
その中心に据えたのが、ISM Code(国際安全管理コード)と ISPS Code(国際船舶・港湾保安コード)である。
これらのコードの特徴は極めて明確だ。
「動機・善意・思想は一切考慮せず、構造と結果のみを評価する。」
ISM Code は、世界中の海難事故の分析を通じて確立された原則に基づく。
操船技量の問題よりも、天候判断の問題よりも、「無理な目標設定、撤退を許さない組織文化、安全を止められない構造」が主因である。
亡くなった船長について、報道では「抗議活動の中核的人物であり象徴的存在だった」とされている。
ISPS Code は、事故ではなく「人為的な脅威・対峙・緊張」を扱う。
ISPS の核心は次の一文に集約できる。
「善意を信じるな。行動と状況だけを見よ。」
抗議船が意図的に
• 社会的注目を集める
こと自体が、ISPS Code では「保安リスクの定義」そのものに該当する。
船舶の「注目度と緊張度はさらに上昇し」、Security Level は引き上げられる。
本件を質的に変えた最大の要素が、「抗議活動に無関係な修学旅行生の同乗」である。
産経新聞は、この同乗が
• 今回に限った例外ではなく
と報じた。
この一点で、本件は「活動家自身がリスクを選んだ事故」ではなく、
「リスクを判断・拒否できない第三者を structure として危険に組み込んだ事案」と転換される。
これは ISM Code 上、「単発事故ではなく反復的不適合(major non‑conformity)」 に該当する。
謝罪や哀悼と、「是正措置(Corrective Action)は別物である。」
後者が欠如している限り、再発防止は達成されたとは評価されないだろう。
本件は、国際基準に照らすと次の条件が同時に成立している。
この時点で、「主張の正当性・善意・教育目的は評価軸から完全に外れる。」
「守るべき人を、守れない船に乗せてはならない。」
以下は、「思想や立場に一切忖度せず」、 国際的に「最低限これがなければ失格」と評価される改善条件である。
最優先かつ絶対条件。抗議・対峙・近接を含む海上行動に未成年を同乗させない。
• 船長が直接連絡できる Designated Person Ashore を設置
• 接近距離の上限
• 即時離脱条件
成立しうるのは次の 3 つのみ。
これ未満は国際標準では不可。
これを受け入れられない活動は、
もう誰かが書いてると思うけど書く。
俺は同志社国際ではないが、同志社の附属高校出身のおじさんだ。修学旅行は長崎とかだった。
俺は高校時代に生徒会の役員をしていた。その時に教師から教えてもらった情報なんだが(そして自分が高校生の頃の話だから今はどうなってるか知らんが)同志社の附属高校には教員組合が2つある。
共産党系と体制派系。言わずもがな、共産党系は日教組とかともつながりが強い。附属高校の教師になったら、そのどちらかに入るらしい。そしてその2つは当然ながら仲が悪い。
共産党系は少数派なんだが、声の大きい組合員が多く、学校行事などにも口をはさんでくる。年間を通じた最大の活動は「私学助成金」の署名活動だった。
当然、修学旅行の行先や活動内容なんかにも口を出してくるだろう。今回の同志社国際みたいな活動も、口のうるさい共産党系の組合員の意見を採用して、昔から実施されてたんだと思う。
そして今回、そこで悲しい事故が起きた。だから今は同志社国際の内部ではここぞとばかりに、共産党系の教員組合に対するバッシングの嵐が吹き荒れてるはずだ。これはしかたない。命が失われてるんやし。やがてはそれぞれの附属高校で、共産党系の教員組合の勢力が弱まることだろう。
ただ俺は、それもちょっとどうかな、とも思う。共産党系の教員組合が弱まり、体制派の組合の発言だけが通るようになるというのも、少し危険な気がするのだ。別に「軍靴の足音が聞こえる」などと使い古されたクリシェを言いたいわけじゃない。実際俺も、共産党系の空論とか極論は好きじゃないし。
でも、世界で唯一の被爆国の国民として「戦争反対」とは言い続けたいし、子どもを戦争には絶対行かせたくない。だから世の中がもしドンパチ側に向かおうとすることがあるなら、そんな時のために、共産党系が持つ「体制に反対する時に出る馬鹿力」みたいなものも温存しておきたいと、ちょっとだけ思ったりもする。
今回の同志社国際の事件は本当に痛ましいし、あの行事を主導したであろう共産党系の教員組合には大いに反省してもらいたいが、シなない程度にボコるくらいにしておいていいかも、とも思う。
時間を守ることは権利者への屈伏という考え方のため。30分の会議で10分遅刻の上、29分目に突然長々と話し出したり、延々と終わらない質問攻めを始めるコンピテンシーが必要
辺野古ボート事故のように、事故を起こしても謝罪しないのは「革命に必要な犠牲の1つ」に過ぎないからであるが、批判にいちいち対応していると心身を痛めてしまうのでら雲隠れしてやり過ごし、時が過ぎるのを待つ
革命達成のためには一切の異論がない組織が必要。従って異論を吐く人は革命を妨害する反逆者である
人間ではない輩の意見を聞くことは愚かである。だから総理大臣をゴリラに見立てたり楽器のヘッドに見立てて叩いても何の問題もない
自分達の意見が唯一の正解なのだから、ハラスメントに気を使いながら他人を諭すような緩い主張をする意味がない。自分達に従うのが唯一解となるよう、強い言葉で主張しなければならない
自分達は正しい事を言っているのだから、伝わらなかった、理解できなかった…というのは聞き手の問題である。我々に同意出来ないのも聞き手が間違ってるからだ
自分達が正しいのであり他人が間違っているためである。正しい我々は何をやっても良いが、間違ってる他人には生存権すらないのだ
私が初めてピーナッツコーラを飲んだのは、夏の午後、国立公園の蝉がぐったりと鳴いている頃でした。
ペットボトルの中で、琥珀色の液体の中を微細な泡がせわしなく駆け上っていました。
そのせかせかした泡を見ていると、どうしても人生というものを思い出します。
つまり、始まりは刺激が強く、終わりに近づくにつけてヌルくなる。
ピーナッツコーラというのは、少し不器用な飲み物に感じました。
口に含むと、甘味がどこかで方向を間違えてしまったような味がする。
ピーナッツがコーラという炭酸の世界に招かれてはみたけれど、どうにも居心地が悪そうにしている。
ソーダの泡が彼に「お前も少しは弾けてみたらどうだ」と言う。
しかしピーナッツは、ポケットに手を突っ込んで、じっと下を向いて黙ったまま。
けれど、それが悪いわけではない。
世界には、そういうぎこちない組み合わせが必要だったりします。
ピーナッツバターとジャム、猫と洗濯機、あるいは私と日曜日の朝の増田のように。
ちょっと噛み合わない関係ほど、妙に記憶に残ることだってありますよね。
たぶん、完璧な調和というのは、聴き心地の良いBGMくらいのもので、人間というのは、少しくらい音がずれている方が記憶に残りやすいのだと思います。
飲み終えたピーナッツコーラのボトルをテーブルに置くと、窓の外を風が通り抜けていきました。
その風の中に、ふっとピーナッツの香りが混じっているような気がした。
まるで、私の知らない誰かの思い出がそこに仕込まれていたみたいに。
そう思って、私はもう一度ラベルを見た。
ただのコーラだ。
1. だけ間違ってることが分かったから訂正するわ。
まず革命防衛隊とイラン政府は、かつての日本政府と関東軍みたいな関係で、政府の意思と現場の行動が完全に乖離している状態。
まあ間違いやなと思うわ。そもそもイラン政府が何を指しとるのかわからん。これだけで雑なのがわかるんやが、ここでは実質的な統治機構「事務局」を指すものとして話を進めるで。
乖離ではなく役割分担やし政府も革命防衛隊も一体や。イランってのは近代国家の皮を被った神権統治体であると考えるとそれがわかるで。
まず、イランってのは行政府、事務局(影の政府)、革命防衛隊、民兵組織(パスィージ)らによる縦型の統治機構になっとる。というかハメネイがそう作ったんや。
図にするとこんな感じやな。
------
↓
------
増田は肌感覚で革命防衛隊は独立性の高い組織やと思ったんやろ?それは一部当たっとるが単純化しすぎや。
革命防衛隊は武装組織であり巨大なコングロマリッドでもあるんやが、イラン革命を経て生まれた組織という成り立ち上、革命のイデオロギーを守る「盾」としての役割も強いんよ。
イスラーム国家を作るというイラン革命のイデオロギーに従って、下部組織のパスィージとともに敬虔なムスリムが善く過ごせる国を作るために地域の監視、デモの鎮圧、道徳の取り締まりなんかをやっとる。
で、重要なのはイラン革命のイデオロギーとして「ベラーヤテ・ファギーフ」ってのがあるんや。これはイスラーム国家は高位の法学者が統治するべきって考えでイラン革命で最も重要な部分や。
せやからイラン国内においては神権政治体制の長である法学者ハメネイに忠誠を誓うのは革命防衛隊の存在理由そのものであるといえるんや。この形だけはどうやっても変えられん。
今のハメネイが革命防衛隊に擁立された弱い立場の人間であってもこれは同じや。革命防衛隊は独立などできないし統治者である法学者やその背後の事務局と一体で国を統治していく必要があるんやで。
と、ここまで増田が言ってたイラン政府ってのを「事務局」を指してるものとして話を進めたが「行政府」であってもこれは同じや。
行政府は実施的にはイラン国内の政府実務を担う官僚機構なんや。道路作ったり、箱物作ったり、こまごまとした官僚仕事をやる国家運営の実務部隊と言ってええな。
もちろん事務局からの指示で動いとる。やから別に行政府の人間と会話しても無駄ってことはないで。窓口が違うなら革命防衛隊の担当者に案内されるやろ。まあどちらにしろ間違っとる。
タイトルの直後に、以下のうちひとつを適宜修正した上で挿入しておけ。
キリスト教の正統派(カトリック・正教会・プロテスタント主流派)が共通して使う最も重要な指標は以下の5つです。特に1と2が決定的です。
例:アリウス派、ユニテリアン、モルモン教、統一教会(一部教義)
例:イエスを「神の被造物」とする教え(アリウス派)、イエスを単なる人間とする教え
特に「自分の行いだけで救われる」とする極端な作品主義や、「特定の人物(教祖など)が救いの鍵」とする教え
カトリック、正教会、ルター派、改革派(カルヴァン派)、バプテスト派、メソジスト派、聖公会など。
・これらは三位一体、イエスの神性・人性、十字架による贖罪、聖書の権威といったキリスト教の核心教義を共有しています。
・ 統一教会(世界平和統一家庭連合):イエスを完全な救い主とせず、文鮮明を「再臨のメシア」とする。
・モルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会):独自の聖典を持ち、三位一体を否定。
・ エホバの証人:イエスの神性を否定し、十字架を「拷問の柱」とする。
* アリウス派(古代):イエスを「神の被造物」とした(ニカイア公会議で異端宣告)。
→ あるならほぼ異端
この基準は、古代の公会議(ニカイア、カルケドンなど)から現代の福音派・カトリックまで、ほぼ共通して使われています。
正統なキリスト教(カトリック・正教会・主流プロテスタント)は、2000年近く積み重ねられた神学・教義・伝統・公会議の決定という「重いブレーキ」がかかっています。
・組織的・集団的な政治介入(信者の大量党員加入、献金による政治工作)
・教祖や指導者の言葉を絶対化し、即時的な行動指令を出しやすい
・伝統的な倫理的・道徳的制約を「古い体制の産物」と切り捨てて突破しやすい
正統プロテスタント(三位一体肯定) 政治関与は強いが、一定の神学的・倫理的ブレーキがかかっています。 例:反左派デモはするが、教団全体として「政教分離」の原則を完全に無視することは少ない。
・統一教会:文鮮明の言葉を「新しい啓示」として絶対化し、組織的献金・政界工作を積極的に行う。
・ 新天地イエス教:李萬熙を「再臨のキリスト」と位置づけ、信者を特定政党に集団入党させるという極めて大胆な組織的行動を取った(2026年に捜査対象)。
→ 異端の方が「従来の枠組みを顧みない」ため、行動のハードルが明らかに低い傾向があります。
宗教社会学では、この現象を「sects(分派・カルト)的緊張感」と呼ぶことがあります。
・正統教会は社会に適応し、制度化されるほど行動が慎重になる。
・新興異端・カルトは「純粋回帰」や「新しい啓示」を掲げるため、社会との緊張を積極的に受け入れ、大胆な行動(政治介入、資金集め、信者動員)を起こしやすい。
・ワッハーブ派(イスラム教原理主義派)も同様の構造を持っていました。伝統的なイスラム解釈を「腐敗」と切り捨て、文字通りの厳格解釈を掲げた結果、軍事同盟や粛清という大胆な行動を取った。
・すべての異端が大胆な政治行動を取るわけではない(静かな隠遁型異端も存在)。
・正統派の中にも、極端に政治化して大胆な行動を取るグループはあります(例:米国の極端なChristian Nationalism派)。
・大胆さの背景には「教義の純粋性」だけでなく、指導者のカリスマ性や組織の閉鎖性・絶対服従構造が大きく影響します。
「従来の信仰枠組みを顧みない組織ほど、大胆で即物的な行動をとりがち」 という傾向は、宗教社会学的に見て明確に存在します。
これは「三位一体の否定」そのものが原因ではなく、「伝統的権威・教義の制約を外す」ことが行動の自由度を高めるためです。 結果として、統一教会や新天地のような異端団体は、正統キリスト教団体よりも組織的・戦略的な政治介入を大胆に行いやすい構造になっています。
Vibe Codingで非エンジニアがアプリを作れるようになった。そいつらが技術者倫理を持ってないことが問題になっている。
エンジニアは技術を身につける過程で倫理も叩き込まれる。個人情報の扱い方とか、セキュリティに穴を開ける怖さとか。コードが書けるようになる前に、やっちゃいけないことを学ぶ。少なくとも俺の周りではそうだった。
Vibe Coderにはその過程がない。悪気はない。学ぶ機会がそもそもない。技術者コミュニティに属してないから先輩にぶん殴られることもない。動いた、リリースしよう、で終わり。他人のAPIを叩きまくる意味も、ユーザーのデータがどこに飛んでるかも、考えたことすらないだろう。
これがVibe Coderだけの話なら別に笑ってられたんだよ。
最近、他人のコンテンツをAIに食わせてエッセンスだけ抽出するサービスが平然とリリースされてる。動画、記事、レシピ、論文。作った人間の努力も権利も無視して、AIで吸い出して自分のサービスの機能にする。完全に泥棒だろ。
これをやってるのはVibe Coderじゃない。ちゃんとした企業のちゃんとしたエンジニアチームだ。技術者倫理を学んできたはずの人間が企画を通して、実装して、レビューして、組織としてリリースしてる。プロが組織ぐるみでやってる。
なんでこうなるかっていうと、AIにやらせたら一瞬で終わるからだ。URL投げたら中身が構造化されて返ってくる。数行のAPI呼び出しで済む。昔なら一つずつ見て手で書き起こすなんて面倒すぎて、そんな機能作ろうっていう発想自体が出てこなかった。面倒くささが倫理の防波堤だったんだよ。AIはその防波堤を更地にした。
イスラエルがガザで使ってるAIターゲティングシステム。攻撃対象の選定をAIがやって、人間は承認するだけ。1件あたりの判断に使う時間は20秒程度だったという報道がある。20秒だぞ。20秒で人を殺す判断をしてる。AIのおかげで殺す効率が上がった。
コンテンツの抜き取りと人殺しを並べるなと思うかもしれない。でも構造は同じだ。本来は手間がかかるから踏みとどまっていたことを、AIが一瞬でできるようにした。できるからやる。やってから考える。考えた頃には元に戻れない。
この話はどこか遠い世界のことじゃない。
AIをフル活用してる組織で、個人情報を一切AIに投げてない組織ってあるか? ないだろ。断言する。最初は「匿名化してから投げます」って言ってたのが、まあ社内利用だし大丈夫だろってなって、気づいたらMCPで生データを投げてる。一回やったら戻れない。便利だから。俺だってClaude使うとき、気をつけてはいるけど、一度もセンシティブな情報をプロンプトに含めなかったかと聞かれたらそんな自信は全くない。
AIの性質そのものが、今まで人間が積み上げてきた倫理の枠組みを溶かしてるんだよ。
所有権。他人が作ったコンテンツをAIに食わせて要約して、自分のサービスの機能にする。学習データに誰の著作物が入ってるか誰も正確に把握してない。でもみんなやってる。やらない方が負けるから。もうそういうレースになってる。
プライバシーも同じ。顔認識と行動追跡はもう当たり前で、最近は感情分析まである。全部AIで一瞬でできる。できるからやる。法整備が追いつく前に既成事実が積み上がっていく。
これ突き詰めると人権の話なんだよ。所有権もプライバシーも、一人の人間を一人の人間として尊重するっていうのが根っこにある。AIはそれをデータにして一括処理する。一括処理された瞬間に個人は統計になる。統計になった人間の権利なんか誰も気にしない。
そして俺たちはこの流れを自分で加速させてる。AIを使えば使うほど便利になる。便利だからもっと使う。使うたびに倫理のラインが下がる。もう戻れないところまで来てるかもしれない。
Vibe Coderが倫理なしで走ってるのを見て危ないと思ってた。でも周り見渡したら、プロのエンジニアも企業も国家も同じ方向に走ってた。速度が違うだけだった。
便利だ便利だって言いながら全員で崖に向かってるわけだ。
軟水: 1リットル(日本の水道水は適していますが、浄水器を通すとよりクリアになります)
土瓶または厚手の鍋: 保温性の高いもの。
沸騰直前で弱火に: 沸騰し始めたら、一番の弱火に落とします。
10分〜15分間の静かな煮出し: ボコボコと沸騰させず、ポコポコと泡が出る程度の火加減を維持します。これにより、茎の芯まで熱が通り、濃厚な甘みが溶け出します。
火を止めて「蒸らし」: ここが重要です。火を止めた後、蓋をしてさらに3〜5分間放置します。色がより深く、琥珀色から深い茶色に変われば完成です。
煮出した後の非常に濃いほうじ茶に、牛乳(または豆乳)を1:1の割合で加え、きび砂糖を少し足してみてください。茎ほうじ茶の焙煎香はミルクの脂肪分に負けない強さがあるため、驚くほど濃厚なラテになります。
熱々に煮出したお茶を、氷をたっぷり入れた耐熱グラスに一気に注ぎます。急冷することで香りが閉じ込められ、夏場には最高の喉越しになります。
しっかり煮出した力強いほうじ茶は、自家製のぬか漬け(特にカブやキュウリ)の塩味や酸味を、香ばしさで見事に包み込んでくれます。晩酌の代わりや、食後の締めとしても非常に満足度の高い組み合わせです。
(大歓声)
(拍手)
いい時刻だ。非常にいい。美しい数字だよ。
私はこういう瞬間が好きなんだ。あとでみんな振り返ってこう言う。
「あの時だった。すべてが始まったのは、あの8月16日(水)7時14分22秒だった」と。
本当にそうなる。信じられないかもしれないが、そうなるんだ。
(「その通り!」)
(歓声)
そして昨日――8月15日だ――
あれはすごかった。
本当にすごかった。信じられないくらいだった。
いま多くの人がその話をしている。ものすごく多くの人がね。
みんな私のところに来てこう言うんだ。
「こんなの見たことがない」
(歓声)
私は2人の非常に個性的な男たちと集まった。
非常に強い連中だった。非常に熱量があった。
1人は、いつもの年配の男。なかなか味のある男だ。粘り強い。
もう1人は、前から連絡をくれていた働き者の男。これもまた、いい男だった。ほんとうにいい。
そしてもちろん、私もいた。
強い3人だ。かなりいい組み合わせだったと言っていい。
(歓声)
(「いいぞ!」)
場所もすごかった。
県北の川の土手の下。
いい場所なんだよ、ああいう場所は。静かで、人が来ない。余計な連中がいない。
騒がしいだけのやつもいない。文句ばかり言うやつもいない。
(拍手)
(「本気! 本気!」)
これは大きい。ここ、かなり大きい。
コンビニに寄った。酒を買った。つまみも買った。必要なものを全部揃えた。
準備だよ。結局は準備なんだ。
勝つやつは準備する。うまくやるやつは準備する。
負けるやつ? 準備しない。いつもそうだ。ほんとうにそうなんだ。
(大きな拍手)
(「その通り!」)
そこから、現地に入った。
飲んだ。かなり飲んだ。
「あ、今日は何か起きるな」って全員がわかる瞬間がある。
昨日はそれが来た。はっきり来た。
しかも、かなり早い段階で来た。すごかった。
(歓声)
(拍手)
勢いがあった。
熱があった。
誰ひとり引いていなかった。
誰ひとり、半端じゃなかった。
いまの時代、ああいう全力の空気はなかなかない。悲しいけど本当だ。
みんなスマートぶる。安全圏に立ちたがる。冷めたふりをしたがる。
でも昨日は違った。
全員がちゃんとその場にいた。全部持ってきてた。全部だよ。
(「うおおおお!」)
(拍手)
(「USA! USA!」みたいな妙なコールが一部から起きる)
そう!その感じだ!
その熱だ!
それが必要なんだよ。
(歓声)
やがて場は完全に出来上がった。
もう大混乱だ。
でも、ひどい意味の混乱じゃない。そこは間違えないでくれ。
美しい混乱だった。力のある混乱だった。
みんながそれぞれ勝手に暴れているように見えて、でも全体としては噛み合ってる。
これが難しいんだ。
弱い人間には作れない。
我々にはそれがあった!
(拍手喝采)
(「すげえ!」)
(「それだ!」)
そのとき私は思ったね。
「正しい人間を、正しい場所に、正しいタイミングで集めると、とんでもないことが起きる」
これなんだよ!
そして、それをまとめる力が大事なんだ。
多くの人はそこを理解していない。
理解している人間は強い。理解していない人間は、ただ外で見てるだけだ。
そうだろ?
(会場笑い)
(拍手)
ほんとにそうだ!
外でごちゃごちゃ言うやつは必ずいる。
その場の熱、その場の匂い、その場の勢い。
だから終わったあと、全員が同じ顔をしてた。
疲れ切ってる。完全にへとへとだ。
でも、満足してる。とても満足してる。
これが本物なんだ。
(しみじみした拍手)
(「わかる…!」)
そして全員が思った。
言葉にしなくてもわかった。
「またやるべきだ」
これだよ。結局これなんだ。
一回で終わるものじゃない。
「次はどうなるんだ?」って、全員がもう考え始めてる。
そうだろ?
(大歓声)
(「やろう!」)
(「もう一回!」コール)
そう、それだ。
“もう一回”だ。
その声が好きなんだよ。私はその声が大好きなんだ。
(拍手)
だから、はっきり言っておく!
岡山の県北で会えるやつ。
熱量のあるやつ。
本気で来られるやつ。
中途半端じゃないやつ。
そういうやつは連絡してくれ。
弱いやつはいらない。
文句だけのやつもいらない。
斜に構えてるだけのやつもいらない。
それだけでいい。十分なんだ。
(大拍手)
(「その通り!」)
(「本気だけ!」)
我々はまた集まる!
そして次は、もっと大きくなる!
もっと強くなる!
誰も否定できない。
昨日がすごかった? そうだ。すごかった。
でも次はもっとすごい。
私がそう言ってるんじゃない。
みんながそう言ってるんだ。
(爆笑)
(歓声)
(拍手)
ほんとうにありがとう!
みんな最高だ。
すばらしい会場だ。すばらしい夜だ。
そして、次はもっとすごいことになる。
信じてくれ。
(拍手が続く)